死神と塔
「痛い……」
光が消えた頃に気が付けば、顔の下に硬いアスファルトの感触を感じていた。痛ぇ、と呟きながら片手で頭を押さえながら立ち上がる。どうやらどこかの路地裏に放り出されたらしい。狭い空間の中で転がっていた。起き上がって壁に背を預けた所で、焦点が漸く定まってくる。軽く頭を横に振って調子を確かめつつ、
「人修羅ちゃん生きてる?」
「んー……」
返事がある。どうやら無事らしい。段々と焦点が定まって来た視界で外を見れば、明るい陽射しと、そして全くMagを感じない世界がそこには広がっていた。やべぇ、と思いながら反射的にスマートフォンの機能を最低のレベルまで下げる。何が起きているのかは解らないが、それはそれとして、Magは悪魔召喚士にとっては生命線だ。悪魔の召喚、維持、そして一部魔法等のコストに使う上に、スマートフォンのバッテリーも今ではMagで代用している。こんなところで浪費する訳にはいかない。
それが終わった所でアンも立ち上がったが、軽く肩に埃がついているので、叩いてそれを掃った。
「ありが……と……サマナー」
「どうも」
アンのお礼を受け取ってから路地の明るい方へ―――つまりは道路へと視線を向けた。路地の外には道路があり、そこには人や車が通っているのが見えた。しばし、しばらくの間見ていなかった風景に、異世界へと迷い込んでしまったような気分を味わっていた。そのまま、スーツ姿のサラリーマンや、制服姿の学生が歩き去って行くのを見て、固まっていた脳味噌が動き出す。
軽く頬を抓り、感触を確かめ―――これが夢ではないのを確認する。
「マジで……別の世界へと渡ったのか……?」
呆然としたまま、足を前へと踏み出し、路地裏から進んで道路脇に出る。そうやって出て来た日の当たる場所で、歩いている人々は何を警戒する訳でもなく、自由に日にあたりながら歩いているのが見える。悪魔に怯える姿はなく、破壊されたビルや家もなく、人間の死体やそこらへんにある筈のMagの気配もない。ない、ここにはそれらがどれもない。武装したメシアンやガイアーズの姿もない。
この世界は平和だった。
これは、崩壊していない世界だった。
「……」
呆然とその当たり前だった様子を眺める。誰もが気にせずに普通に歩いている姿を。そこには悪魔に怯える人の姿はなかった。当たり前の様にそこに存在する日常を楽しんでいる人たちの姿があった。学生たちは同じ方向へと歩いているし……学校でもあるのだろうか? きっと、明日は何をするか、今日はどんな勉強をするのか、そんな事を考えているのだろう。
「サマナー……泣いてる」
「えっ? あっ、わ、悪ぃ」
いつの間にか頬を涙が流れていたらしい。それを手の甲で拭いながら、捨てる。どうやら、この平和な光景が余程ショッキングだったらしい。自分でも知らないうちに、あの平和だった日常が恋しかったのだろう。あぁ、いや、でも、当然か、とは思わなくもない。だって辛いし。今すぐ逃げたいし。逃げられたら逃げるし……。そんな気持ちが、目の前の光景を目にして零れてしまったのだろうか。
あぁ……なんて、無様なんだろう。
この光景を前にして―――したい、と思ってしまうなんて。
「大丈夫?」
「ちょっと情緒不安定なだけだから……それよりもこのまま歩くのはヤバいな」
「……?」
いや、主に自分の話である。素早く路地裏の中へと戻って、無銘の刀とベレッタをアプリを使って収納する。ついでにポンチョの方も収納する。だが問題はそれだけではない。今自分が着ている服装はこの数日間、一回も取り換えていないものだ。だから普通の都会に出ればホームレスと変わりのない汚さになってしまう。流石にこのまま活動に出るのは控えたい。
それに比べ、アンの服装は大体常に綺麗である。服装も悪魔の概念の一部らしく、Magさえあれば修復したり綺麗にすることが出来るらしく、その影響でアンの服装はあの崩壊世界の生活の中でも清潔なままだ。つまり、此方と違って臭くはない。なら仕方がないな、と判断する。
アプリから札束を引き出す。あの崩壊世界ではチリ紙扱いのお金である。略奪すれば好きなほど手に入る物ではあるが正しく貨幣が機能していないので、全く価値のないものだ。ただ何かに使えるかもしれないのでストレージに入れていたものだが、それを引き出してアンに渡し、
「すまん……服をなんか頼む……」
「任された」
札束を受け取ったアンの表情は心なしか、普段よりキリっとしていた気がする。大丈夫かなぁ? と少しだけアンのセンスを不安に思いながら、路地裏から彼女を送り出す事にした。
見ての通り、人修羅・アンは可愛い。
長く、艶やかな青髪。淫靡さを掻き立てる紋様。白い肌。だがその服装はかなり不思議な構造をしており、スカートと上が一体になった白いワンポイントリボンを装飾したワンピースであり、このスカートはスリットが何本も入っている他、前の方が開けっ放しになっており、その下に穿いているスパッツが丸見えなのだ。その上で殴るよりも蹴りの方が遥かに得意らしく、しばしば打撃属性で戦う場合は、尻のラインが物凄く目立つ。割と下半身の露出が凄い恰好をしている。立っている間はそこまで目立つわけじゃないが、動くとスカートがまるで仕事をしないのだ。
そんなフェティッシュな恰好をしているアンがまともなセンスをしているのだろうか……?
やはり早まったか。そう思わなくもないが、文明社会の人間として、このままの恰好で外に出る事は許せなかった。一応スティーブンのバーは水と電気が無制限で使える為、軽く体を水で拭いたりはしていたのだが、それでも服の臭いはどうにもならない。
染みついた血と死臭が誤魔化せない。
片眼鏡に直接コールが投影され、スマートフォンを耳に当てる。表示されている通り、スティーブンからの電話だった。
「はい、もしもし此方如月竜二」
『無事だったかサマナー君! 此方から観測できる範囲から存在が消失したから焦ったが、その落ち着いた感じ……どうやら別の世界への移動には成功したようだね?』
「えぇ、なんか扉が勝手に開いて驚いたんですけどね……なんか、到着したばかりですけど、滅茶苦茶平和そうに見えます」
うん、少し、イラつくぐらいには。だけどその暗い感情を胸の中で握り潰す。そんな事を考えている場合でもないんだし。今は、忘れておこう。そんな事よりも大事な事がある。扉を探せ、とは言われているが何をしろ、とは言われていない。ぶっちゃけ、世界を救うにはどうしたらいいのかが解らない。そういう訳で、
「これからどう動けば……?」
『好きにすると良い』
「……ん?」
なんか今、スティーブンが滅茶苦茶投げやりな言葉を此方へと投げて来たような、そんな気がした。その最中にスマートフォンへと通信が入り、確認すればスマートフォンに新しいアプリが追加されている。《ワールド・レコーダー》という名前のアプリだった。それを確認してから、スティーブンに言葉を返す。
「このアプリは……?」
『それを起動すれば、世界滞在中にその世界における濃密な概念情報をコピーし、作成してくれる。それを持ち帰れば君の最初の任務は完了する。だがそれも少々、時間のかかる作業だ。だが必要な作業の類は全てそのアプリが代用してくれる。だから自由に歩き、そして自由を楽しめばよい。それが君に与えられた特権だ』
「いきなりそう言われても……」
非常に困る、というか世界を救おうという意気込みだったのに、やる事は異世界観光になりつつある。こんな風に梯子外しされると今までの意気込みと言うか、覚悟とか、そういう物が全部茶番に見えてくる。もしかして、俺の意気込みとか全部無駄だったのではないか? とさえも思えてしまう。が、とスティーブンは言葉を付け加える。
『扉に繋がる世界はどれも強烈な概念を保有する世界だ。即ち、我々の世界が滅びたように、何らかの壮大な物語や事件が発生している可能性がある。君はそこに介入できる非常にイレギュラーな存在だ……大悪魔ともなる規模であれば、君の有用性にも気付くだろう』
「安心していいのかと思った直後脅迫された……」
電話の向こう側からスティーブンの笑い声が聞こえてくる。
『あぁ、だがそれは当然のリスクだ。言っただろう? 君は
そう言ってスティーブンは言う。
『だから、好きにすると良い。君はリスクを冒してそこにいるし、そこで情報を集積している。その間に何をしようが君の自由だ。異世界で何をしようが、その罪は此方では問われないからね……物語を救うのも、破滅させるのも君の自由さ』
「それは」
どういう意味ですか、と言葉が続く前に通信が切れた。残されたのは《ワールド・レコーダー》のアプリだけであり、その達成率も1%の状態だった。どうやらまだまだ、と言うより1日で終わりそうにはない時間がかかりそうだった。
『サマナー、良いだろうか』
今度はDDSの方からマツヤが通信を繋げて来た。
「なんだよ」
『スティーブンの言葉は少々解り難いだろうからね……神としての視点を持つ僕が多少解りやすくかみ砕いて説明してみよう!』
「流石魚はDHAあるな」
『それは関係あるのか……?』
『フラッシュ!』
DDS内部でもお前ら殺し合ってるのか……知りたくもなかった新事実のまえに驚愕しつつ、マツヤの言葉に耳を傾ける。
『良いかな、サマナー。サマナーが向かう世界というのは詰まる所、僕たちの存在する世界と類似する世界でないとならない。じゃないと情報を埋める時に世界がエラーを吐くからだ。だから同じように悪魔が存在し、そして崩壊する可能性を持つ世界にサマナーは移動しているんだ。そしてそこには当然ながらも、僕たち悪魔も存在する』
『そして当然悪魔と人間が同時に存在する世界には数多くの策略が満ちているのじゃよ、サマナー。基本的にちょっかいをかけるのが好きじゃからなぁ、悪魔は。妾も欲望を糧にするが故、人間に働きかけるのは基本的な事じゃ』
「……あぁ、成程。つまり秘密裏に俺らの世界が崩壊したように、そういう出来事が向かう先の異世界でもありえる、と」
『つまりそういう事だね! そして必然的に滅びた世界と類似するという事はそういう出来事が発生しうる世界への移動の可能性が高い! 死神と塔というキーワードにはご注意!』
『じゃが同時にここは異世界よ、サマナー。記録が終わり、元の世界へと戻れば何をやったのかを知る者は我ら以外には存在せぬさ。故に人を殺そうが、人を救おうが、それを知る人間は向こう側には誰もおらぬ』
だから、サマナー、とマツヤが言う。
『君には自由がある。人を殺すも、犯すも、救うも、導くも、関わらぬも、その全てが君の自由だ。僕もそこの駄狐も君の仲魔だ―――主義主張はあっても、それを君の判断に持ち込むことはない。君が何を選ぼうとも、それは世界を救う代償だ。何であろうとも
『ま、面白い方向性にしてくれるのを楽しむにしているがのぉ』
『マヨネーズとケチャップはやはりマウンテンバイクの従兄……宜しい、閣下は助走が好きだな? やはりハロウィンはたわしパイだな。良いとも!』
『あ、虐殺兵器が起きた、こら、妾に押し付けるな! 妾にその危険物を押し付けるなぁぁぁ―――!』
最後のオチが無かったら素直に感心してたんだけどなぁ。スダマが会話に混ざった時点でダメになった。というか今もアプリからチェフェイの悲鳴が聞こえる。スダマ先輩は本当に強いなーもー。そんな気持ちで先ほどのスティーブンの話を流す。まぁ、好き勝手やれ、と言われても困る。
あぁ、でもお金は略奪してきてそこそこあるのだ。こっちで服とか食べ物とか、保存の効きそうなものとか娯楽品を購入して、持ち帰ってそれで楽しむというのも手か、と考える。流石に大悪魔に目を付けられるかもしれないという異世界で暴れる気にはなれない。とりあえずは、
「サマナー」
振り返ればアンが服の入った紙袋を片手に帰還していた。それを見つつ、まぁ、此方にいる間が自由時間であるのなら、と言う感じで、
崩壊前の一般生活を最大限に楽しむ事にする。
ズズズ、と音を立てながら麺を啜った。久方ぶりに食べるラーメンの味は感動的なものだった。しばらくの間缶詰オンリーの超不衛生な生活なだけに、人の手で料理された食事とはこんなに美味しいものなのか、と思わず正気を失ってしまいそうな味だった。いや、きっと普通よりも美味しい料理なのだろうが、しばらくの間クソみたいな食生活を続けていた為、ストレスと合わせて舌が完全に馬鹿になっていた。そこに注ぎ込まれるこの美味。麺と絡むスープ……おそらくはトンコツ、それがのどを降りてゆく感触、そして分厚いチャーシューの噛み応え。
もう、言葉に出来ない。ただただ、食べるしかない。
アンと二人で並んで食べるラーメンの丼が空っぽになった所でそれを既に空っぽになっているのに重ね、そして、
「おかわりオナシャッス」
「……おかわり」
「おまちどうさま」
売り子が既に用意されていたラーメンを運んで来ていた。既に四丼目となるラーメンだったが、食べても食べても飽きない。と言うかいくらでも食べ続けられる。これが文明的な料理なんだね? って感動しながら啜る様に喉の、胃の中へと押し込んで行きこの10日間最高の感動を味わっていた。
「ぷっはぁー……あー……幸せー……」
「うん」
横で同じようにラーメンを食べるアンも幸せそうに頬を少しだけ、緩めていた。そんな俺らの食べっぷりを周囲の人間が唖然として眺めていた。無論、服装がおかしいからではない。というかアンのセンスは悪くなかった。良く活動すると解っているのでジーンズが数着、そして汚れが目立ちにくい黒や赤のシャツを数枚、そしてその上から着ていて違和感のないチェック柄のシャツを数着、と言う実に悪くない、と言うか無難なセンスだった。おかげでこうやってラーメン屋に入って飯を食うことが出来る。このはがくれって場所、美味いな、と感心する。
しかし、これで食欲は満たされた。今まで全く満たされていなかったそれが10日ぶりに満たされる感覚は言葉にし辛かったが、それ以上に超人化してきた肉体に合わせてエネルギーをMagの代わりに摂取した、と言う感じの量でもあった。そういえば食事を通してMagを摂取する事も出来るな、なんて話はどこかで聞いた気もする。まぁ、大体は悪魔をぶち殺して獲得したMagなのだが、それがここで出来ない場合、飯を大量に食う必要が出てくる。
デブらなきゃいいんだが。
『サマナー幸せそうじゃな』
『幸せそうな食べっぷりは正直僕も混ざりたくなるね!』
『その場合は魚介スープベースじゃな』
共食いか。心の中でツッコミを入れつつ最後の丼を空っぽにして、並べた。大きく膨らんだお腹をぽんぽん、と叩きながら支払いを済ませて店を出る事にした。今は降り注ぐ太陽の光は心地よく、そして最高の気分にしてくれていた。腹がいっぱい満たされる。たったこれだけの事で、ここまで幸せになれるのだ、と良い事を思い出させてくれた。まぁ、確かに腹が減って、良いもんが喰えない状態だとそりゃあ気が滅入るよな! と元気よく背筋を伸ばした。
「幸せ?」
「幸せ。超幸せ。もう世界とかどうでもいいんじゃないかな……」
『おい』
スティーブンから短文メールが来た。その一言が妙に面白かったので、軽く笑い声を零してしまった。まぁ、スティーブン本人もこんなの、冗談だと思っているだろう。まぁ、俺も、自分の故郷を捨てて逃げるなんて器用なことは出来ない……この世界に逃げる事は不可能だろう。立ち向かうしかないのだ、あの地獄の崩壊世界に。俺の一歩がそれを救うのだと信じて。
まぁ、今はそれを忘れておこう。
「サマナー」
「うん?」
歩き出そうとしたところで、アンが呼び止めて来た。そこで足を止めていたアンは、
「りゅーじ、求める……なら……一緒に、諦め……る」
「……いや、そんなことしないさ。最後まで逃げないよ、俺は」
いや、逃げる根性さえない。そっちのが正しいだろう。どれだけ体が強くなっても、この心までは強くなれない。俺は心が弱い。それだけは強く自覚していた。だから逃げられる状態になっても、逃げることは出来ないだろう。だから今はそんな事よりももっと楽しい事をしよう。
この刹那を味わえるだけ味わって……今は少しだけ、あの地獄を忘れたい。
だからアンに手を伸ばし、掴んでくれたそれを引く。
「さ、行こう。この近くには大型モールがあって、ゲーセンとかカラオケとかあるからな」
「歌……苦手」
「なぁに、口数が少ないんだから歌う時ぐらいいいじゃないか。折角綺麗な声をしているのに聞けないのは勿体ないし」
あ、痛い。凄く痛い。手を握りつぶそうとする力強さ凄く痛い痛い。照れ隠しが死ぬほど痛い。ディア、ディアをください、ディアを。
『ハマ』
「まだ死んでないから。ほら、アンも……そろそろ手が折れそうだから俺……」
「……うん」
そう告げるとアンの手の万力が緩まり、普通に手をつなぐ事が出来た。地味にこんなの、初めての経験だなぁ、と思いながらアンと手を繋いでそのままモールへと向かった。軍資金はたっぷり存在するのだから、遠慮する必要はない。駅からもそう遠くはなく、迷う事もない。
メシアンやガイアーズには悪いが、地獄で頑張ったご褒美としてしばらく、楽しませて貰おう。
そう思って迷うことなくまずはモールのゲームセンターにアンを連れ込んだ。崩壊世界で見たナカノのゲームセンターは完全に電源が落ちて停止していた。だがそんな事がない此方側の世界では、そんな事を気にしなくてもいい。ゲームセンターでは大量のゲームが稼働しており、サボっている学生たちが遊んでいたり、大きなお友達が大きなお友達向けのゲームを遊んでいた。特に音ゲー、何時も誰かいるよな……という感じで軽く眺めた。
「動いてる」
「見るのは初めてか?」
「うん」
「じゃあどうやって遊ぶのかは俺が教えよう。なんて言っても、俺はナカノTRFの世紀末リズムアクションゲーで遊んでいたモヒカンの一人だからな」
「……?」
うん、まぁ、伝わらないよね、と苦笑しながらアンにゲームセンターと言う場所を紹介する。自分の事を喋らず従ってばかりの彼女だが、何故だか解らないが、こういう経験は恐らくなかったのではないか、と思っている。だからこれもいい思い出になるだろう、ととりあえず色々と連れ回してみる。
まずは定番中の定番、クレーンゲーム。どれだけ運動神経や反射神経が良くても、技術と運が試されるゲーム。そこまで欲しい景品があった訳ではないが、それでも記念に一つ、大きな人形を持って帰るのも悪くはない、と言う事から1メートルサイズの巨大ひーほー君人形を狙う事にした。
「むむ……難しい」
「あーあーあー、そこは素直に掴むんじゃなくて引っ掛けるんだよ。そうそう、そこを引っ掛けて……あぁ、惜しい」
やり出してみたら結構熱中するもので、そしてアン自身が結構負けず嫌いな性格であったこともあり、5回失敗した辺りからかなりのめり込む様にコインを投入する姿を見せていた。たぶん、ギャンブルで身を破滅させるタイプだな? と思いつつも、自分でもわかるぐらいに熱中していた彼女を自分は邪魔する事が出来なかった。初めて彼女が被っている無表情が少しだけ、崩れている様にも感じたからだ。
「ビクトリー」
「おう、おめでとう……しばらく持ち歩く?」
「ん」
巨大ひーほー君人形を3600円でゲットする事に成功したアンはその景品を大事そうに抱きしめて頷いた。なんか、もう、これだけでだいぶ満足しているなぁ、と言う表情だったが、他にも見て回る場所はいっぱいある。普通の女の子であれば忌避しがちだが、悪魔を蹴り殺すだけの胆力のあるアンであればシューティングゲームも行けるだろう。
……でもよく考えたらリアルゾンビの方でお腹いっぱいなので、ガンシューティングは今度にする。
本命は無論、世紀末リズムアクションゲームである。
「この、無駄に鍛えられた仮面の放火魔の実力を見せてやろう……」
「じょいんじょいん」
「あ、マジでやめろくださいあっあっあっあっ」
仮にもサマナー相手だというのに一切容赦のない無限コンボで殺害される。覚えるのが早いし、容赦のなさも悪くない。だが接待すらさせずにぶち殺して行くそのスタイルをサマナーに向けるのは止めてくれ。そう思いながらも笑い声が漏れ出す時間だった。何をどう足掻いても戻らない筈だった時間を今、ここで取り戻している気分だった。
実際、ここでなければ取り戻す事も出来ないだろう。
果たしてナカノブロードウェイが本来の姿を取り戻すのにどれだけ時間がかかるのだろうか? 1年? 或いは10年? 世界の再生だってどれだけ時間がかかったものか解りやしない。そう考えるとやはり、遊べる時に遊ばなくてはならないのだろう。
……少なくとも、今の俺はそれが許される。
故に笑った。笑って頭から悪魔とか、悪魔召喚士とか、そういう事を忘れようとして頭の中から追い出した。なるべく、考えたくはなかった。思い出しもしたくなかった。既に人を殺している事実を。
だから遊んで頭の中を空っぽにして、ゲームセンターを回り終わった所で恥ずかしがっているアンを引っ張ってカラオケへと連れて行く。無表情ながら足を断固として動かそうとしないのが面白いので、そのまま持ち上げて運んでカラオケへと連れて行く。
気分は高校の時の馬鹿になった気分だった。
カラオケで適当に部屋を取り、曲をチェックする。意外な事実に、ラインナップはそれほど違いがなかった。その為、普通に歌いだせる。そしてついでにチェフェイも参加したそうにうずうずしているので、マツヤ諸共召喚し、二人と2匹でのカラオケ大会を開催する。
なお、ここでヒンドゥー語で歌い出したマツヤは評価外だった。
そして無駄に芸達者なチェフェイが無駄にヘイト集めていた。
そんな様子を眺めていると触発されたのか、アンもマイクを手に取って最初は小声だったが、少しずつ恥ずかしそうに歌い出して、参加してくれるようになり、それで大いに盛り上がった。
げらげらとビールジョッキを片手に笑いながらおつまみにから揚げを食べる。Magの消費がちょい重い、とか今だけは言わずに我慢する。
こんな風に心の底から爆笑するのは本当に久しぶりだった。そしてどれだけ、崩壊世界からそういう物が失われてしまったのか、というのを実感してしまった。世界の崩壊はこの当たり前の様な楽しささえも失わせてしまったのだ、と理解させた。だとしたら、自分の戦う理由とは、もう少し解りやすいのかもしれないな、とカラオケでマイクを握りながら思った。
自分が戦うのは世界の為とかではなく、もっと解りやすく言えば……そう、こういう時間を、崩壊世界でも味わえるように、楽しめる様に頑張っているのだろう。そう思った。
だからその為にも、少しだけ頑張ろう。もうちょっと頑張ろう。だから少しでもいいから長く、この時間に続いてほしい。
「そう思った途端にこれかよ」
おそらくは0時を過ぎた所だった。
呟きながら目の前には棺桶が立っていた。わぁい、なんか変な空間に突入したぜ。そんな言葉を頭の中での半濁しつつ、邪魔な棺桶をカラオケの通路のわきへと押しのけた。とりあえず邪魔で通れない。そんな事を考えながらカラオケのボックスへと戻れば、マツヤを装備したアンの姿と、マイクを置いて爪を出したチェフェイの姿が見えた。
「ちゃんと厠に行った後は手を洗ったかなサマナーよ? 商売道具を汚したくなければな」
「あ、やっぱりそういう流れなんだ」
「ん……良くない気配感じる」
「ですよねー……なんでだろうなぁ、楽しい時間が続かないのって」
溜息を吐きながら頭を切り替える。学生マインドから世紀末マインドへと切り替え、DDSを本格稼働させる。ポンチョと武装を取り出して装備し、ここが狭いという事もあって神経弾を装填したベレッタを握る。やっぱり、刀よりも銃の方が握っている時にしっくり来るのだ。《ガンスリンガー》の才能は伊達ではない、という事だろうか。まぁ、それはともあれ、
「引きこもってるだけじゃ詰む可能性あるし、殴りやすい場所へと移動って事で」
「ん」
「はてさて、異世界の悪魔とはどういう味をしているのか、見ものであるな」
チェフェイに至ってはジェノサイドする気満々である。やだなぁ、もう。そう呟きながらも戦闘に対応する状態は完全に出来上がっている辺り、自分も殺し、殺される状況には完全に適応していた。悲しい話だが、そうできない奴は皆死んでしまった。
《エネミーソナー》を稼働させながらカラオケを出た所で先ほど見た棺桶が所々に見える。《エネミーソナー》から感じるその中身の気配は、
「人……が入っているのか?」
「と言うよりは気配的にこれが人その物じゃな」
『……』
「へぇ……世界が変わればルールも変わるもんなんだな……」
それが一般的かどうかは別として、崩壊世界で生きて来た人間として、余り狭い場所に居続けたくはない。特にどういう悪魔が出現するかわかっていない状況では。そういう事もあり、カラオケを出て、モールの外へと出た所で、同じように棺桶の様な物になった人たちの姿を見つけた。いったいどういう法則で人がこうなっているのだろうか? もしかしてこれが自分たちの世界崩壊に通じる様な事件や異変なのだろうか?
そんな事を考えていると、虚空から出現する様に《エネミーソナー》に反応があった。映し出される赤点には寧ろ安堵さえ覚える。
「来るぞ……交渉出来るタイプだと良いんだけどな」
ベレッタを両手で握って正面へと向けて構えた所で、数秒間、そのまま動きを停止して構える。仲魔と共にソナーが示す敵の方角を睨み続ければ、やがて、月光に照らされる様に悪魔の姿が見えて来た。
うぞうぞと地面を這うように出現するのはヘドロに仮面をくっ付けたような姿をした存在だった。《アナライズ》が即座に発動し、捉えるその名称は臆病のマーヤ。まったく聞いた事のない悪魔だった。
しかもレベルは2。
「耐性を持たないどころか火雷風弱点とかいうクソ雑魚生命体。安らかにお眠りー」
「おやすみー」
「ぐっない」
パンパンパン、と撃ち殺して出現した悪魔らしき存在を瞬殺するのに成功した。夜に響く銃声になんか、ここがまだ崩壊前だと考えると少しだけ、妙な気分になる。銃刀法は生きているのだし。まぁ、しかし、と呟く。振り返りながら、アンとチェフェイとマツヤへと肩を揺らして手を広げた。
「もしかしてここ、クソ雑魚悪魔しかいない世界では」
もしかしてこれ、竜二無双始まるのでは? そう思った直後、凄まじい勢いで接近してくる赤点を《エネミーソナー》が示し、風を切る音が聞こえ、背後で大地を揺らすような轟音と共に、着地する音が聞こえた。
なんか、物凄い濃い気配を感じる。体の動きを完全に停止させながら、ゆっくりと、ゆっくりと、振り返る。
「……あ、どうも、こんばんわ。異世界から来たものですが夜の散歩ですか? いやぁ、良い夜ですからねぇ、気持ちも解りますよ」
跳躍と共に飛んできたのは、これまた大量の腕によって作られている体を持った怪物だった。そこに仮面をくっ付けた、そんな感じの怪物。今まで見て来た悪魔の中で、最も強そうな悪魔だった―――いや、流石に支配人クラスには程遠い。それでも恐ろしいほどの力を感じる姿であり、
「お、詰んだかな」
『冥府は僕が知り合いの所を紹介しよう! 転生するよりマシだろうしね!』
逃げる事さえ諦めるレベル差の中、マジシャンと言う名前の悪魔は此方を確かめるかのように仮面を揺らしながら多腕の剣を軽くぶつけ合い、金属音を鳴らして行く。あぁ、俺、ここで死ぬのだろうか……そんな事を考えていると、
「あ」
それを見た瞬間、一瞬で希望を取り戻し、迷うことなく銃口をマジシャンに向けて引き金を引いた。世紀末マインドに迷いという概念は存在しない。即断実行のみである。そしてそれが功を奏したのか、銃弾はマジシャンに突き刺さり、
―――マジシャンが痺れた。
「勝ったな」
ペルソナシリーズはまず既存との耐性が違うからね。2とか核熱とか重力ってなんだよ……って感じ。そう、IMAGINEとかにあった精神とか神経とか、それらがペルソナシリーズにはないのだ……。
そしてひとしゅらちゃん可愛いヤッター!
次回、スダマ先輩最後の輝き。