地下へと通じる梯子、その手すりを滑る様に緩めて下へと向かって落下し―――着地する。映画でちょくちょく見る素早い梯子の降り方だが、これを普通の人間がやったら摩擦で手がヤバい事になりそうだよなぁ、と思いつつももう超人なのでそう言う心配はない。第一、50メートルぐらいの高さから飛び降りても無傷でいられるのが超人と言う生物だ。単独で街を滅ぼす事の出来る強さというのは伊達じゃない。落下程度で死ぬような脆さを持つレベルではないのだから、こうやって梯子を下りる必要も別にないのだが、
まぁ、なんというか、気分の問題だった。
「くら……い……」
既に降りていたアンがこの水の流れる地下空間の電気が消えており、光が差し込んでこない事を指摘する。唯一の光源は今入って来た入り口だけだ。それ以外は通っていた筈の電気も破壊され、完全な暗闇が支配する空間になっていた。
「おぉ、本当に電気が切れてる。……しかし臭いなぁ」
軽く手を鼻の周りにはためかせるが、それで下水道特有の臭さが消える訳でもなかった。
そう、ここは下水道だ。
帝都の下水道。帝都という巨大な街を支えるアンダーグラウンドの世界だ。生活排水を流し込む場所であり、浄水所へと繋がる道筋でもある。こんな臭い場所、依頼でもなければ来る事もなかっただろう。まぁ、臭いに関しては事前にヤタガラスから対策となる道具を貰っているので、それを装備してきている。悪臭が衣服にこれで付着せず、そして稼働中は悪臭を避ける事が出来る。
ピンポイント過ぎる道具じゃない? と思うかもしれないが、異界というのは時に毒で満ちていたり、Mag不足でスライムが大量発生した異界とかが時々発生するらしく、悪臭異臭対策は割と必須項目らしい。そういう訳で自分とアンの分の悪臭対策の道具は用意してある。
到着した所でMagを消費して稼働させれば、即座に悪臭が気にならなくなる。ついでにベルベットルームで入手してきたライトマのスキルカードをカンテラと融合させて来たので、ライトマのカンテラも作成してきた。
「ライトマ」
装備している間は誰であってもライトマを使用する事が出来る、と言う魔晶品だ。このポイントは異能者でなくても扱える、という事だろう。そういう訳でライトマが発動した影響で、闇に包まれていた下水道の様子が良く見える様になる。
そして着地点から数メートル先に、空間が歪んでいるのが見える。
異界だ。
『帝都地下での連続失踪事件と下水道の異界化調査……ね?』
『まぁ、外様でそこそこ戦力があるサマナーには任せやすい依頼だよね!』
『妾、下水道は嫌じゃ』
「勝手をおっしゃる」
お前ら、アンに全裸で布団に潜り込んでくるように進言した事を絶対に忘れないからな。許さないからな。絶対に一番臭い所に叩き込んでやるから今の内から覚悟しておけよ、と思いつつ依頼の内容を思い出す。
最近、帝都から人が急に消えるケースが増えている。その一部に関しては今、ライドウが遊郭の方に向かって調べている。自分が派遣されているのはライドウとは別方面のケースであり、ホームレスというか、失業者達が巣にしていた下水道や地下水道からその姿が唐突に消え、目撃証言で下水道へと運び込まれる人影が存在したらしい。
その先を調査すれば見つかるのは異界化された下水道だった。その奥におそらくは失踪の理由があるのだから、調べて、可能であれば解決して来いという内容だった。凄い雑というか、それだけ? と言いたくなるような内容だった。
まぁ、外様だからしょうがないよね……と思いつつ、下水道までやって来た。あからさまに警戒もされていない様子で異界が存在していた。必要がないのか、或いは単純に馬鹿だからなのか、どちらにしろ、突入しない限りは確認する事も出来ないだろう。中に入るに限る。
だが入った直後でトラップが設置されていても困る。
「良し、逝け鳩!」
「いつもの」
DDSから召喚した鳩を異界の中へと投げ込んで、その様子を確かめる。数分後、ぱたぱたと翼を羽ばたかせながら鳩が異界から出て来た。
「罠の類は存在せぬぞ。ただ悪臭がより一層強くなり、そして空気中に毒が混じっていた―――まぁ、我が神聖さの前に浄化されてしまったがな!」
「芳香剤になる神様」
まぁ、便利ならそれでいいや。そう思いながら両手にルーチェ&オンブラを装備し、肩に芳香剤代わりの神を装備する。中の広さはそこそこあるぞ、と鳩が言ってくるが、具体的な広さは目視しない限りはどうもわからない。残りの仲魔は実際に入ってから召喚したほうがいいだろう。
そう思いつつアンと視線を合わせ、
異界へと続く空間の揺らぎに踏み込んだ。波紋を破る様に揺らぎの向こう側へと突き進めば、下水道の空間は一変する。悪臭が満ちていた狭い空間は広がり、近くには濁った汚水が流れる水道が見え、足元は気持ち悪くぬめっている。
きらりーん、と肩の上の鳩が神聖なオーラを放った。空間に満ちていた悪臭と毒をその存在だけで浄化してしまい、半径20メートル範囲であれば余りにもあっさりと不浄が祓われてしまった。流石最大宗教の主神なだけはある。特に魔法とかを使ったわけでもなく、神としての性質だけでこのような奇跡を起こせるのだ。
冗談の様だけどガチなのだ、これ。
やっぱ頭おかしいわこの鳩。心の中で再確認しながら頷き、そして空間を安全に活動できるのを確認した。
「環境的にバステに強いのが居そうだな……この場所じゃ重力系魔法も危険か。ベル」
「ま、他のが居なくても何とかするわ。任せなさい。この空間だったらこの人数だけでも十分圧殺出来るでしょうし」
「スダマ先輩禁止令」
『そんなぁ』
実際、下水道は異界化で広くなっていても、自分とアンとベルがフルに戦闘を行えば一瞬でカバーできる広さだ。寧ろこれ以上戦闘要員を出したほうが危ないかもしれない。狭い空間で戦闘する場合は常に出しておく人数を制限しておけ、と先輩サマナーが教えてくれたことを思い出す。
とりあえず、耐性に引っかからない限りはこの面子で行こう。吸収さえされなければどうにでもなる。ガードキルスキルがかなりの上位系統に入ってくるのは吸収と反射以外であれば対応可能だからだ。アンズーは正直、電撃吸収で相性が悪かったが、そうでなければ問題はない。
最近、全裸で布団の中にアンが突撃して来るからフラストレーションがたまっているのだ。フラストレーションというかチンコがイライラしている。
こういう時は悪魔をぶっ殺してすっきりしよう。
「うっし、行こうか」
何時も通り《エネミーソナー》と《ハニー・ビー》でマップ表示しつつそこに悪魔の反応をキャッチし、《百太郎》が稼働している事をチェックして奇襲警戒を行う。アプリが稼働し、その情報がちゃんと片眼鏡に表示されているのを見つつ、まずはこの異界内に居る悪魔がどんなものかを確認するために足音を殺してゆっくりと接近する。
《エネミーソナー》では敵が存在する、とまでしか解らないのだ。その内容は把握できない。となると実際にエンカウントする以外に知る方法がないのだ。そして突然の奇襲で知らない相手に襲われるのが一番恐ろしい。
だから異界に入ったら手頃な、襲いやすい位置の悪魔を探す。アプリの力で簡単に索敵が行える自分にとっては、それは簡単な事だ。あっさりと裏を取ったり、奇襲する事が出来る。だからそうやって先に先手を取り、《アナライズ》を行う事で安全に情報を取得する事が出来る。
下水道は異界化の影響によって拡大、そして同時に迷路の様に複雑になっているのがマップに表示されており、行き止まりが多く存在し、そこに悪魔が待ち構える様にうろついている。マップを見る限りあまり、規則性の様な物は動きに見えない。だが奥の方をマップで確認すれば、悪魔の数が増えるのは解った。
ともあれ、まずは先手を取る。
ステルスする様に移動しながら角から悪魔の群れを見つける。5体ほどのグループで固まっている悪魔は異形化した人の様な姿をしていた。口が大きく開き、下顎から股間まで体がバックリと開いて内臓が全て吐き出され、肋骨が牙の様に剥き出しのままになっている。皮膚は黒く変色し、目の色も黄色に輝いている。特徴的なのは……鼻が象の鼻になっていることだろうか。
『あぁ、これはヴェータラだね』
「インド系の悪魔か……インフレしそう」
ブラフマーストラとか連射しない? 大丈夫? そう思いながらさっくりとアナライズする。
「つっよ」
『一応悪霊としては最上位の部類に入るからね。ただの雑魚だと思うと危ないよサマナー』
「40レベル超えてるって英雄級はあるのに油断も慢心もする訳もないだろ……」
レベル44の悪魔が帝都の地下で大量発生している恐ろしさは中々筆舌に尽くしがたい。だがヴェータラの耐性をチェックすれば電撃、衝撃、破魔が弱点となっており、銃には耐性を、そして打撃は無効化するようだった。神経と精神も無効化するようなので、チェフェイによるドルミナーやマリンカリンなどのデバフもかなり通りが悪そうだ。
神経弾との相性も悪い。ルーチェ&オンブラの弾丸を電撃弾へと換装する。相手が電撃弱点であればベルでジオハメしながら封殺する事が可能だ。後はアンは竜巻で壁になって貰い、敵の接近を弱点属性で押しつぶす。戦闘開始直後に鳩にラスタキャンディを使わせてバフを重ねながらひたすら弱点を責めれば多少のレベル差はあっても、ハメ殺せる筈だ。
「オーケイ? 今の此方のレベルがアンズー狩りの影響で33ある、つまり合計で11レベル差はある。だがそれを考慮しても電撃でハメればほぼ問題ないと思う。最悪、鳩で直接殴って物理的なハマを叩き込む」
「強引すぎる力業だけど嫌いじゃないわよそういうの」
「ん……頑張る」
レベルの高い悪魔は強敵であるのと同時に、豊富なMagの宝庫でもある。つまり殺せばそれだけ、此方を強化する為のチャンスでもある。あのアンズー殺しのおかげで一気に3レベルも上げられたので、あのペースでこのヴェータラも虐殺し、レベルを一気に上げたい所だった。ヴェータラのレベルがアンズーよりも上である事を考えると、十分レベルを上げる事の出来るラインだと思っている。
ヴェータラがうろうろと歩いている通路を角から覗き込む。その背が此方へと向けられるのを待ちながら、静かにカウントを進める。
そしてその姿が完全に距離を開けて背を向けられた瞬間、角から飛び出した。
「ラスタキャンディ」
鳩のバフの一回目が乗る。発動する魔法の気配にヴェータラが反応し、此方へと振り返る。だがその時にはベルが魔法を発動させる準備を整え終わり、そして此方も二丁拳銃の銃口をヴェータラへと向けていた。何時でもカットに入れるようにアンは待機しながらも、
「ダンテ直伝、トゥーサムタイム……!」
「現世になんてしがみついてないでとっとと逝きなさい」
電撃弾とマハジオンガが同時に放たれた。面を一気に制圧する様に放たれた電撃の嵐は一瞬でヴェータラを飲み込み、その全身を感電させながら停止させる。STUNしたヴェータラが反撃できずに、追撃で電撃を味わうが、1体だけ、別のヴェータラを盾にしたからかSTUNせずにいたのが居た。
それがレベル44という圧倒的レベル差による速度から飛び込んでくるが、事前に待機していたアンが竜巻を纏って突撃してきたヴェータラを集団の中へと弾き返す様に叩き込んだ。これが他の技であればまだ無事だったろうが、事前に準備されていた弱点属性でのカウンターであれば、無理だ。
叩き込まれたヴェータラを他のヴェータラとひとまとめにする様にトゥーサムタイムとマハジオンガでヴェータラを始末する。レベル差から多少ヴェータラに対する攻撃回数を必要としたが、一方的にSTUNさせてしまえば後は此方のもの。
ヴェータラの集団を始末するのにはそこまで時間を要する事はなかった。最後のヴェータラが苦しみながらMagを失って行くと、
ヴェータラの姿が変わって行く。
悪魔の姿からまるで脱色して行くように色素を失って行き、そして見る見るうちにやせ細り、
「……ミイラ?」
「人の、ね。これは」
ヴェータラが居た場所にはその数と同じ人間のミイラが残されていた。
「デビルシフター……って訳じゃないよな?」
「無理矢理変身していたのが死亡したから元に戻った、って感じね、これは」
「ぼぉー」
死体が蘇らない様にそれをアンがファイアブレスで焼却処理するのを確認しつつ、確認したミイラの服装はどことなく統一感を感じないものだったな、と思えた。貧相だったり、和服だったり、洋服だったり。
「……一般人を悪魔に改造してた、とか?」
「デビルシフターが泣きそうな話ね」
《ハニー・ビー》を確認し、そして《エネミーソナー》で再び悪魔の数を確認する。これ、全てがホームレスや失踪した人間だったりするのだろうか?
というかレベル44にまで上がるっていったい何をやっているのだろうか。
「……」
銃を軽く回転させ、ガンプレイで銃を遊びながら思考させ、そして素早く結論する。
「一介のサマナーが深く考えた所で無駄だな」
帝都の危機であればそれにライドウが対処するだろう。何か陰謀があったりするのなら、ヤタガラスがその情報を集めているだろう。だったらその依頼を受けて働いている自分は、余計な事を考えずにしっかりと情報収集しつつお仕事を終わらせ、その内容を報告すればいい。それだけだ。
深く考えすぎると心を病むだけだ。
だから頭を空っぽ……にする訳ではないが、それでも少しだけ軽く物事を考える。深刻に考えて苦しむのは自分なのだから。もっと簡単に考えよう。最終的にはライドウが全部パパッと解決してくれるに違いないと。
世界はそういう風に出来ているのだから。
俺が奮闘した所で特に意味はないのだから。
「お、今の戦闘でレベルが34になってるな。やっぱり高レベルの悪魔と戦うのは経験値的に美味しいなぁ……」
「相性で一方的にハメる事の出来る場合に限るけどね。解っていると思うけどサマナー、一発でも喰らえば戦線が崩壊してもおかしくはないレベル差よ? そこら辺ちゃんと見極めてリスクコントロールしてね」
『ヴェータラはマハラク・ンダを使えるから場合によっては集団マハラク・ンダからアイスブレスで詰むよ!』
「解ってる解ってる。油断せず、慢心せず、臆病に確実に安全確保しつつ始末して行こう」
《ハニー・ビー》でおそらくは異界深部へと繋がるルートを表示させながら、そこに出現するヴェータラと、そしてそれを奇襲できそうな場所をマークしておく。真正面から戦う必要はない。相手の方がレベルが上である以上、一方的に奇襲からジオハメで動かさずに始末するのがベストだ。チャクラポットも魔石もストックしてある。ベルのマハジオンガが今回の生命線である為、惜しまず使って行く事を忘れない。
戦うのは死ぬほど怖いが、戦わなきゃ生き残れない。強くないと生き残れないのだ。
この業界に至っては、弱さとはつまり罪になるのだ。
だから生き残る為には強くならなくてはならない。そしてその為にはより多くの悪魔を殺さなければならない。たとえその元が人間であったとしても、それをためらう事はもうできない。既に殺している以上、ストップは存在しない。
「サクサク始末して行こう」
「レベルが上がる度にバアルへと近づくと思えば少しはやる気が出るものね」
「その殺意の眼光は我ではなく本体へと頼む」
「れっつ、ごー」
奇襲を警戒し、相手を確実に殺せるパターンを引き寄せるために動き出す。奥へ、更に下水道の奥へと向かって。
「……段々と下水の色がケミカルになって来たな」
下水道の奥へと進んでくると、下水の色が通常の腐った、濁った色からもっと薬品が混じったようなケミカルな色をし始めていた。排水の中に混ざっていた色が色濃く出てくるようになった、と言う方が正しいのかもしれない。奥へと進むと段々この色が濃くなり、空気中に気持ちの悪い霧が出現し始めていた。
鳩が存在する限り、一瞬で浄化されてしまうので活動に際してはまるで関係ないのだが。それでも、一体下水に何を流し込まれているのかは気になる所だった。道中でヴェータラを一方的に虐殺して行く度にレベルは上昇して行き、今ではレベルがアンズーと同じ、38まで上がっていた。英雄級と呼ばれるレベル40の領域は目前まで迫っていた。
それでもライドウの数字を知っていると霞む。この程度で満足してはいられない。
故にヴェータラを始末しつつ奥へ、奥へと進んで行く。
「しかし魔界産じゃなくて死体を利用した悪魔の生成でこんなにも同じ悪魔を大量生産って出来るものなのか?」
「可能か不可能で言えば可能よ。ただし恐ろしく難しいし面倒という前置きがあるわ」
ベルが言葉を口にする。
「だけどそうね……この時代なら、難しくないのかもしれないわね」
ソナーに付近に悪魔の反応がない事を確認しつつベルに何故、と言葉を返す。
「そりゃあ《アナライズ》がこの時代には存在しないからよ」
ベルの言葉に首を傾げる。アンもそれを真似て首を傾げる。くそぉ、可愛いぞ。
「レベルという概念はそもそも近年、悪魔召喚プログラムの発達と管理が機械的に、数値的に表現できる時代に入った影響の賜物よ。数値で確認出来る強さはね、サマナーや悪魔に共通としての能力的な指針を与える事が出来たわ。だけど同時にそれはお互いに、格上格下等の明確な区分けをする意味でもあるの」
ベルが言葉を続ける。
「いい? アナライズが存在しないこの大正二十年ならレベルの概念も存在しないわ。そして悪魔は非常に概念的な情報が強い存在よ。レベルが存在する事によって召喚のしやすさ、し辛さがサマナーには解るわ」
「……だけどレベルが存在しない時代なら、その基準があやふやなのか」
その言葉にベルが頷いた。
「そういう事。悪霊なんて生物、上位の存在であれ、恨みなどの負の感情があればいかにも出現させやすいじゃない? だから量産可能なのよ、この時代なら」
成程、と認識する。逆に数値的管理と情報化社会の現代ではレベルによって共通認識が概念に影響し、召喚のしやすさやし辛さに影響する。
レベルが確認できる事によって安全性を確保出来る様になった裏で、召喚し辛くなった悪魔もいるんだなぁ、と認識させられる。
まぁ、自分はもはや今の仲魔でいっぱいいっぱいだから、これ以上能動的に仲魔を増やそうとは思わないが。一人一人どうやって運用するのか、それを考えたりするのが地味に大変だし、同時に指示を出すのに結構頭を使うので、使い方を考えなくてはならない仲魔をこれ以上増やしたくない。
ただでさえヴァラーハが権能たくさん持ってて面倒なのに。
ここら辺はサマナーの永遠の命題なのかもしれない。
「―――と、この先40メートルにヴェータラの集団がいるな。合計で15程いるわ」
「流石に一度に相手するにはちょっと危険な数ね」
「迂回しよう」
現状の戦力差を加味した上で、8体以上同時に相手するのは危険だと判断する。素直に迂回路を通って更に奥へと進んで行く。
そして進めば進むほど、段々と下水道は気持ちの悪い色に包まれて行き、ゴッドパワーで空間を常に浄化し続けなければ、まともに進めない程になってくる。毒霧だった筈の霧は、段々と赤い色を帯びてきていた。
『臭い……臭いのぉ。鼻がひん曲がりそうな程濃い欲望を感じさせる臭いじゃ』
「濃縮された悪魔の血ね、これは」
「体に悪そうだな……」
下水に流れているのも悪魔の血液の様だった。濃密になって来たその気配を、もはや探索するまでもなく仲魔たちは察知出来る様になっていた。これがどうやら、下水の中に垂れ流しにされていたらしい。そして同時に、この下水道の異界を満たしている様だった。
悪魔の体、パーツであってもそれは概念的な情報の塊だ。それを人間が摂取してしまえば、変異するなんて事は当然の話だ。割とこれ、滅茶苦茶恐ろしい話なのではないだろうか? 下水に悪魔の血を流したら概念情報だから浄水施設でも浄化されないし。
飲み水が気が付いたら汚染されていた、と。
テロでしかない。
……まぁ、対処とかはヤタガラスに任せればいい。自分の仕事は情報収集と異界を潰す事だ。《ハニー・ビー》を確認すれば異界の奥にルーティーン染みた動きを繰り返すマーカーが確認できた。ヴェータラの理性のない動きとは違う、何らかの作業をしている動きだ。恐らくここにこの異界の主がいる。
それを確認するためにヴェータラの大群を迂回して奥へと進み―――そして異界の一番奥を確認できる場所までやって来た。
姿を隠す様に物陰から観察し、異界の奥へと視線を向けた。
そこには檻に入れられた大量の人間と、手術台の様な物が設置されており、周辺には大量の血液と臓腑と人の残骸が撒き散らされている。別の檻には様々な悪魔が収められており、その近くには赤黒く濁った血液の溜め込まれたタンクが見える。
その中、真っ赤に染まった白衣の男が何かをぶつぶつと呟きながら檻を開けて、そこから人間を引っ張り出した。全裸の、汚い男はホームレスの様に見える。白衣はホームレスを手術台の上へと乗せると、それを逃げられない様に鎖で縛り、そして檻から悪魔を引き出した。
悪魔をホームレスに叩きつけると、悪魔と男を殺さない様に刻み始め、そして刻んだ部分をくっ付けながらタンクからホースを伸ばし、それを貫通する様につなげ、血液を流し込み始める。悪魔と人間がどろどろに溶ける様に融合し始めながら、それが別の姿へと変貌し始める。
即ち、ヴェータラの姿へと。
吐き気のするグロテスクな光景だった。
「理論は邪教の館で行う悪魔人の作成に近いな……それでいて魂を穢せるだけ意識的に穢している。サマナーよ、これは邪悪の類だ」
肩の上から鳩の真面目な声がする。そしてそんな事を言われなくても、解っている。アレはここでぶち殺すべき敵だ。いや、抜ける情報の事を考えたら生きて確保する方が重要だろう。人間の姿をしているが、恐らくまともな人間ではないだろう。あのアンズーの様なデビルシフターだろう、とは予想がつく。
まずは戦略を考える為に《アナライズ》を行う。
作業中で此方に気付いていない姿を一方的に調べる。
「弱点無効反射吸収なし、火炎破魔呪殺魔力耐性」
『勝ち申した』
「そっかぁー、神経精神耐性ないかぁー」
ちらり、と作業中で此方に気付かない姿を確認し、いったん後ろへと下がる。
召喚中の悪魔をベルからチェフェイへと入れ替える。武器をルーチェ&オンブラから威力と貫通力、そして狙撃力に優れているブルームへと交代させる。装填する弾丸は当然神経弾。
魔法が察知されない距離まで下がった所で、ラスタキャンディを連打する。保険用に追加でテトラカーン、マカラカーン、テトラジャを発動させる。これは発動してから途切れるまでが早い魔法なので、かけ終わった時点でステルスしながらも小走りで異界の主が居る付近まで戻ってくる。
これにて準備完了。
作業中で気付かない背中に神経弾を打ち込む。
「うっ、侵入―――」
「ドルミナー! ドルミナー! シバブー! シバブー! 落ちるんじゃ! 落ちろ……落ちろ!」
「追加の神経弾! 追加の神経弾! そして追加の神経弾を喰らえ! 後追加の神経弾だ! 恨め! 神経も精神も耐性のない自分自身を恨め!」
『ヒュー! 流石サマナーだ! 絶対にまともに戦おうとしないね!』
「デビルサマナーの基本知識! ボスを見かけたら調べつつ撤退して徹底的にメタれ!」
相手を選んで徹底的にメタによってハメ殺せる万能性。それがデビルサマナーという存在が業界において猛威を振るっている理由なのだから。態々正面からぶつかって、自分の不利になる様な事をする必要はない。
白衣がヤクシャに変身する前に神経弾とシバブーをしこたま叩き込んで行動を封じつつ、ドルミナーで意識を落とす様に連打させ、そして仕上げにサブリミナルマリンカリンでまともに思考出来ない様に頭を揺らし続ける。
まぁ、多少頭が馬鹿になってもヤタガラスなら脳味噌から情報吸い出せるよね! という事で。
そうやって下水道実験場の重要参考人を確保した。勝てば官軍。それがデビルサマナーの世界である。
耐性持ってない奴が悪い。
ターンとか会話とか一切考えずにやれる時にやっておく、それもなるべく自分が有利にやり方で。デビルサマナー最強の武器とはそう、マンチ脳だった。
ライドウは2巻、遊郭イベ中だったり。