「少しの間、俺の代わりに護衛を頼めないでしょうか」
ある日、そんな事をライドウがウチに来て頼んできた。そのすぐそばには眼鏡を装着した優男……と表現できるような学生の姿が見えた。ライドウと同じ服装を見ると、たぶんヤタガラスの人間なのだろうが。ともあれ、そんな風にライドウが此方に頼みに来た。玄関で話すのもちょっと酷いと思うので、話の続きは居間に通してからにする。
「ここが噂の伏魔殿かぁ……」
「ウチの評判悪いなぁ……」
眼鏡が案内されながらそんな事を呟くので苦笑すれば、眼鏡の青年が少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。だが、まぁ、日常的な此方の風景を見ればそう言いたくなるのも解る。居間から見える縁側ではベルがタンクトップにホットパンツ姿で暑そうに団扇を仰ぎながら寝転がっている。その先、庭ではナラシンハがカティの素振りをしている。その近くではスダマを大玉代わりに上に乗った鳩がバランスボールとしてダイエット中だし。アンはアンでおやつを楽しみにして既にちゃぶ台に着席している。
すっかり食欲の凄い子になってしまって……。
最近、食費が嵩んでるってチェフェイが嘆いていたのを思い出す。
そんなチェフェイは割烹着姿でお盆の上に人数分の緑茶とお茶請けの栗羊羹を乗せて居間にやって来た。それを配膳するとそのまま、邪魔にならない様に下がって行く。その姿を眼鏡の青年がしばし、無言で見ていた。
「……? どうした、星命」
「いや、余りにも非常識な光景に少し呆れていただけだよ……よくもこれだけの数と時間を召喚させ続けられるね……」
「あぁ、星命はこれを見るのは初めてか」
星命、と呼ばれた青年はライドウの言葉に頷いた。どうやら初見だったらしい。まぁ、この時代のデビルサマナーとはかけ離れたスタイルだから驚くのもしょうがないだろう。
「ウチは君たちの様に召喚する為の才能みたいなもんは皆無だからね。封魔管とか使って悪魔を使役できる訳じゃないんだよ」
ライドウや星命たち《オールド・サマナー》とでも呼ぶべき存在は封魔管を使って悪魔を使役する。これは自分が使っているプログラム化されたDDS等とは違い、契約はサマナー個人の実力に依存する。その為、サマナーが才能のある異能者や超人であれば、自分のレベルを超える悪魔を常に保有し続ける事も出来るのだ。所謂超人サマナーカテゴリーの中で一番強いのはこの連中だと言われている。自分のレベルを超える悪魔を使役できるからだ。
「だけど俺の場合、契約は全てDigital Devil Systemで代替している。これで悪魔を使役できるのは個人の才能じゃなくて機械的なスペックの問題―――つまりは道具の性能に依存している。だから一種の安全装置として術者の実力を超える悪魔を使役する事が出来ない様になってるんだよ」
だがその代わり、アプリやプログラムによる拡張性が非常に高い。そして契約で縛る必要がない程に心を通わせた悪魔であれば、オールド・サマナーの様に自分のレベルを超える悪魔を使役する事も出来る。
ただし、その場合はDDSからの支援はなくなる。
「俺達DDS利用者はスペック的には元々、悪魔を使役する能力なんてないからね。自分のレベルを超える悪魔を使役しようとすれば自然と無理や無茶の分が体に返ってくるらしいぞ」
それさえ破らなければ比較的安全に悪魔を使役する事が出来る。
「まぁ、悪魔使役の裏技みたいなもんだよ、此方は。完全に道具頼りだし。実力を超えた悪魔を契約で縛ったり使役出来たりする分そっちのが羨ましいよ」
「隣の芝生は青く見える……って奴かな」
オールド・サマナーにはその利点が、DDSにも別の利点がある。一概にどちらのが良いとは言えないだろう。まぁ、それでも自分はDDSユーザーである事を止める事は出来ないだろうが、一回だけライドウに悪魔と個人で契約する為に必要な知識を教えて貰ったが、まるで意味が解らなかった。自分が此方方面に手を出す事はまずないだろう。
そう思いながら爪楊枝で芋羊羹を切って口に運ぼうとし、既に食べ終わっているアンが此方のを見ているのが解った。だから自分のを食べずに、それをアンの方へと運べば、嬉しそうに餌付けされてしまった。あー、可愛い。小鳥を餌付けしている様な気分だった。
「……? ぴよ……ぴよ?」
「うっ」
「サマナー! 死ぬなサマナー! まだ死ぬには早すぎるぞ!?」
心臓を抑えながらなんとか可愛死を回避しつつ、ふぅ、と瀕死になって乗り越える。その様子をライドウは何時も通り楽しそうだなぁ、という感じの表情で見ていて、星命の方は変人を見るような目で眺めながら頷いた。
「伏魔殿……!」
「本当の魔境ってのはあっち側だからな」
庭へと指させば、そこではナラシンハの頭の上でバランススダマボールしている鳩の姿が見える。スダマ先輩の報告を受けているだけあって、星命の表情から色が一瞬で消える。バランスを取りながら周辺ではナラシンハが武芸の練習でカティを振り回しているだけあって、何時スダマが爆裂したもんか解らない状態だった。
「ヤタガラスの連絡員が絶対に近寄りたくないって言う意味を魂で理解したよ……」
「何故かライドウは気に入ったみたいだがな……」
ゴウトの言葉にライドウがサムズアップを向けてきた。何気にきっちりと羊羹と茶を頂きつつ。ライドウ君、ただの成長期疑惑。いや、でもこれ以上成長されても困る様な気がする。主に心の平穏の為に。
まぁ、それはそれとして、アンを餌付けしながらそれで、とライドウに言葉を向ける。
「護衛を引き受けて欲しいんだっけ」
「はい。個人で頼めそうで実力のある知人となると貴方ぐらいしか居ないので」
「そこまでかしこまられても困るんだけどなぁ……」
言いながら《アナライズ》を起動させ、星命のレベルの確認する。
「それに星命君の方が俺よりもレベルが高いし」
流石ヤタガラスのエリート、ライドウと共に行動するだけのレベルはあった。だがこのレベルでもライドウと比べると見劣りするという事実が存在する当り、やはり日本最強の守護者は根本的に格が違うというのを理解させられる。というかライドウ、軽くアナライズしてみればレベルまた上がってる……。
「レベル?」
「数値化された個人の強さの位階らしいぞ。こいつは個人の強さを数値化して確認する事が出来るらしい」
星命の疑問にゴウトが答えた。レベル概念も希薄とか、この時代は相手の格上格下を確認する方法が少なくて大変だなぁ、と思わなくもない。なお、その話を聞いた星命がライドウのレベルを気にし始めたので、教える事だけは絶対に止める事にした。教えた結果、友情ブレイクしそうな気配があまりにも強すぎるのだ。
何せ、レベルが上がった今でも軽く二倍以上のレベル差がライドウとの間には存在しているのだ。星命も、自分の倍近くライドウが強いと知ったら寝込むだろう。俺は寝込む自信がある。だって何をどう見ても人間のレベルじゃないもんアレ。
「まぁ、俺の事なんてどうでもいいんだよ。それよりも護衛を頼みたい、んだっけ?」
「はい、帝都から一時的に離れるので、代わりに頼みたいと思いまして」
「確かに実力はそれなりにあるが、こいつは破壊魔だぞライドウ」
「破壊しているのは俺じゃなくてスダマ先輩だから」
庭の方を見ればナラシンハの刃の先端でスダマが転がされ、その上で鳩がバランスを取っている。その光景をたっぷり数秒間全員で見つめてから視線を室内に戻す。
「ライドウ、やっぱり考え直すべきではないかな、これ」
「いや、今の所ヤタガラスからの依頼を全て成功達成しているサマナーに頼むのが一番安全だと思う」
ライドウに予想以上に買われているなぁ、と思った。ライドウが自分の何をそこまで気に入っているのかは自分にはよくわからないけど、
「まぁ、鳴海探偵社で帰ってくるまでお茶をしてればいいんだよな?」
「えぇ、それで十分です。夜には戻る予定ですので」
ライドウがそう言うのならきっと、帰って来てくれるだろう。それにヤタガラスはペイがかなり良い。此方で入手する金銭自体に価値はないが、それを宝石とかにして貰えれば悪魔との交渉とかで使えるのだ。合体素材とかはベルベットルームや支配人が用意してくれるから問題ないが、アイテムの類はぶっちゃけ、悪魔と交渉したほうがレアな物を入手しやすい場合もあるのだ。
崩壊トウキョウへと戻った時、野生の悪魔や他のサマナーとの交渉材料として、此方でなるべく手に入るアイテムを用意しておきたい気持ちがある。だからちゃんと報酬さえ出してくれるのなら、此方としては何も問題はない。
その事を告げると、ライドウが頷く。
「では先払いで支払わせて貰います」
そう言ってライドウが懐から布袋を取り出した。確認してみればその中には宝石が詰め込まれている。確認する限り、かなり質の良さそうな宝石だ。これなら報酬としても十分すぎる。そしてこの気前の良さが、ライドウの本気さを教えてくれる。
「ずいぶんと支払いがいいなぁ……」
「今はこっちで本物の供倶璃の媛を預かっているからな。影武者を目当てに刑務所が襲撃されたばかりだ。警戒するのは間違っていないだろう」
「おっしゃる通りで」
供倶璃の媛―――名前や意味は知らないが、影武者が刑務所に居た事は先日の襲撃の時のオウハンの最後の言葉を思い出せば解る。やっぱり、アレが囮で本命はライドウが護衛していたらしい。だけどそのガードが一時的にとはいえ落とされるとなると、代わりの護衛が必要となる。
まぁ、確かに、そうなると悪魔を多重に展開できる自分が最適かもしれない。報酬を前払いで受け取り、良し、と呟く。
「報酬を受け取った以上は日本社畜サマナーとして仕事は絶対に果たす。ライドウが帰ってくるまでは傷一つなくお返しするからな」
「宜しくお願いします」
「それじゃライドウ、僕達は調査の方に出かけようか」
ライドウが一礼してから家を出て行き、それを星命がけん引する。その姿を玄関から見送って行くと、ふよふよとスダマが浮かび上がりながら近づき、去って行く二人を眺めていた。スダマ先輩が見せる、珍しい姿だった。
『弁えられない外宇宙の敗北者め。新しいおもちゃ箱を探しに来たか』
「何を言ってるんだお前は……」
発言は何時も通りの正気度ゼロだった。寧ろスダマのその発言に安心感を覚えながら、頭を仕事モードに切り替える。スダマを掴んでDDS内に放り込んだら、残りの仲魔たちにも手をぱんぱん、と叩いて出立の準備を始める様に伝える。めんどくさそうに動き出す仲魔たちを統率し、片っ端からDDSに叩き込んだら軽く外行き用に身嗜みを整える。
玄関に再び集まった所で、アンを見る。
「お土産、何がいいかな」
「……ケーキ?」
『氷室に妾が作ったシフォンケーキがあるからそれで良かろう』
想像以上にチェフェイが現代に馴染んでいるというか、家庭的になってしまっている。お前の傾国設定とかどこに行ったの? と思いつつ、チェフェイ印の料理なら外れはないので、問題はないだろうと氷室まで戻り、シフォンケーキを回収したらそれをストレージの中に入れる。
「ん」
歩き出そうとすればアンが腕を絡めてくるので、それに応えつつ、お出かけする。
「あ、どうもー。ライドウの代わりに護衛に来たものでーす。はい、此方手土産のシフォンケーキの方になっているので冷やして保存するか今食べちゃってください。あ、どうもどうも、ライドウが帰ってくるまでお邪魔しますねー」
「めっちゃ軽いのが来たな……」
片手を持ち上げて所長の鳴海に挨拶しつつ、持ってきたシフォンケーキを渡す。所内には鳴海の姿の他に、和装姿の少女の姿が見えた―――おそらく、彼女がライドウが守っていた供倶璃の媛という奴なのだろう。
「あー、ライドウ君が帝都を出るからその代わりに護衛を交代してくれって言われたので、一時的にこんな冴えない男が彼の代わりでごめんね」
「ほんとやな」
「そこは否定して欲しかったかなぁ!」
供倶璃の少女はどうやら、ややご立腹という様子。しかし、シフォンケーキに対してはどうやら興味津々。流石に街中なのでチェフェイを召喚して給仕させる事も出来ないので、まぁまぁ、と少女をなだめながら鳴海の方にウィンクする。それで意図を察してくれたのか、皿はこっちだぞ、と教えてくれる。
「これはウチの仲魔が作った異国の菓子でな、サマナー贔屓かもしれないけどかなり美味しく出来てるんだ。とりあえず夜には帰ってくるだろうし、それまでお兄さんと一緒にお茶したり、ボードゲーム……えーと、盤上遊戯で遊ばない? 異国のも揃えてるんだぜ」
ストレージからモノポリーやらチェスのセットを取り出す。崩壊世界で入手したものの、偶に暇つぶしで仲魔と遊ぶのに使っているボードゲームのセットだ。
「なんや子供扱いされているようで気に入らんわ」
「俺にどうしろと」
ぷい、と表情を供倶璃の媛が背けてしまった。助けを求める様に視線を鳴海へと向ければ、肩を振ってどうしようもないと言われてしまった。ちょっとそれは酷くないだろうか……?
ライドウもライドウで、もうちょっと人となりとか説明を残してくれればよかったのになぁ、と思いつつ気合を入れ直す。日本人はへこたれない、社畜適正の高い日本人はこの程度では折れないのだ。
見せろ、ブラック企業でも戦える日本人の心を。
「じゅるり」
「……」
「サマナー……」
アンに袖を引っ張られ、視線を鳴海へと向ける。どこか呆れた様子を浮かべつつも、小さく、口の端には笑みが浮かんでいるのが見える。それから視線を供倶璃の媛の方へと向け、掴んだアンを引きはがしながらそれを媛の横に置く。
「すいません、お茶入れている間はコレの相手をお願いします」
「ウチ護衛されるって話だった気がするんやけど」
「残念だったな―――お腹の空いた娘には勝てない」
「流石ライドウが連れて来るだけあって濃いわ」
「警戒するだけ馬鹿らしく感じるわ」
最近、間食が多いなぁ、と思いつつ鳴海に皿を出して貰い、そこにシフォンケーキを乗せる。どうやらライドウが珈琲豆を貯蔵しているらしいので、それを借りる。淹れる事に関してはDDSからチェフェイがしつこく細かい指示を出してくるので、それに従いながら用意すれば人数分の珈琲を淹れる事が出来る。地味な重労働に、家事の大変さを感じた。
まぁ、それはともあれ、
自分の仕事はライドウが帰ってくるまでの間、この平穏を守っている事だ。
余程の馬鹿じゃなければ大通りに近いこの探偵事務所を襲おうなんて事は考えないだろうから、楽にしていても問題はないだろう。
しばらくの間、女の子のご機嫌取りをしているだけで宝石がもらえるのだから、チョロイもんだ、と判断する。早くライドウが帰ってくることを祈りつつ、人数分の珈琲を用意した。
ただし、その評価は、
「ライドウのが美味しいな」
「へたくそやん」
「君ら辛辣過ぎない……?」
という物に落ち着く。
繋ぎの回とか言いつつやっぱお前ら個性豊かだよな。
漫画版コドクノマレビトを保有していれば解る通り、ここらへんでそろそろクライマックスフェイズが近いというか、ライドウがこれから画面外でロリとキャッキャうふふし始めてるのマジで許さねぇ……!
てんぞー、IMAGINEでアリス取る為に数万課金したんだよ昔……。