その後の帝都の話をしよう。
つまりはクラリオンが死亡した後の帝都の話になる。
当然ながら首謀者であった安倍星命の死によって、そしてクラリオンの死によって秘密結社コドクノマレビトは解散した。帝都で暴れていたその構成員は全てクラリオンの養分になっていたらしく、最終的にその死体さえも残らなかった。首謀者の星命の死体も、オウハンの死体も他の結社員の死体同様、消えていた。Magに分解されてそれがクラリオンに食われたためであろうと判断された。実際、星命の肉体がほどけてクラリオンと同化している所を目撃したライドウがいたのだ。その結末が恐らく、正しい。
そしてクラリオンによって残された帝都の爪跡は甚大だった。
そもそも帝都自体、コドクノマレビトによる大規模な襲撃と異界化、それに事前に仕込まれていた人間の大規模悪魔化によってすさまじいレベルで被害を出していた。普通に考えればこれは再建不可能とも呼べるレベルだっただろうが、
予想に反し、実際の一般人への被害はそう多いものではなかった。まず、事前にオウハンの名前が刑務所時点で割れたために悪魔化した一般人の数が少なかったこと。それに続き水道の浄化が進み、そしてそこになぜか、神聖な祝福聖水と化していたことから、奇跡を起こす下地が事前に帝都には用意されていた、と表現できる。
故にそれがアメノオハバリが、十束剣によって解放されたクラリオンのMagに反応したのだ。超神聖祝福聖水を張り巡らされた帝都と、膨大な量のMag、それが一種の反応を起こして奇跡をそれを依り代とした少女の願いと共に発動した。
帝都は光に包まれ、傷は癒され、まだ魂が残っている人々は蘇生し、そして軽度の悪魔変化した人々は元に戻った。
無論、完全に悪魔となってしまった存在や、完全に死亡してしまった存在、食われたり千切れたりした人々まで蘇れたわけではなかった。それでもそのMagが起こした奇跡は帝都全体を癒し、クラリオンとコドクノマレビトが生んだ壮大な悲劇を、軽減する事で洗い流してしまった。
そうやって帝都は物理的破壊を除けば、大きく救われた。
そう、破壊は人々だけではなく、帝都という町全体に及んでいる。家屋、道路、地形、その全てが極限まで破壊し尽くされていた。当然ながら戦闘でそれを気にするだけの余裕はなかったのだから、コドクノマレビトの責任だとしか言えないだろう。当然、そいつらが死滅している以上、請求する先もいない。
帝都の人間が目覚める前に、処理できるだけ処理しなくてはいけないヤタガラスのデスマーチが始まる。家屋の再建築。地形の修正。事件の捏造。記憶の処理。地方に飛ばしていたヤタガラスを引き戻しつつ、海外の組織と同時に連携して、日本の空を覆ったクラリオンという存在の隠蔽を行った。
神秘の力をフル稼働して帝都、そして世界でMagの大量消費による連続昏倒事件を隠蔽する。
だがその中で、目覚めない者も出た。
串鉈だ。
元々供倶璃の媛としてMagを解放するとそれが原因で崩れ去る事になる。それが供倶璃の媛としての末路になる。だがある種の奇跡か、いや、実際に奇跡だったのだろう、串鉈の体は崩れる事はなかった。それをヤタガラスはアメノオハバリの助力だと判断した。その影響で串鉈は何をしても目覚めない昏睡状態に陥り、目覚める事がなくなった。
なお、鳩を叩きつけたら一瞬で目覚め、悲劇なんて消え去った。美しいバッドエンドはゴッド奇跡っぽいものでなんか、こう、ふわっとしたいい感じに解除された。どれだけそれが美しいものだろうと、それがバッドな結果である以上台無しにしてしまえばいいのだ。そういう精神で鳩を投げつけてみれば、馬鹿みたいな展開でハッピーエンドへと展開は変わった。
確かに、帝都は崩壊した。
だけど鳴海はヤタガラスに新しい事務所を建て直して貰えた。タエは汚染されていた状態からゴッドパワーで回復した。ついでに影武者の大月もなんだかんだで無事だった。ゴウトはボーナスでちょっと豪華なキャットフードを貰った。串鉈もなんやかんやでゴッドパワーで回復した。そしてライドウもかなり疲れた様子をしていたが、無事な姿で戦いを乗り越えた。
そして、無論―――俺も。
全速力で扉を開けて、目的の人物を見つけ出す。鳴海探偵事務所、コーヒーミルで何時も通り珈琲を作っているライドウの姿を発見し、スライディングする様に接近してから羽織っている外套の中へと滑り込む様に隠れる。外套と影のコンボで隠密性は高い筈だ。最近ナラシンハから学んだ気配の殺し方で気配を殺しつつ、
「いいか、絶対に俺がいるって言うなよ、言うなよ!?」
「お前……なにをした……」
ゴウトが滅茶苦茶困惑した表情で此方を見るが、それを無視してライドウの陰に隠れた。いないよー。リュージ君いないよー、と小さく呟いてから黙り込む。俺は石だ、石となるのだ。石になってしまうのだ。そう自分に言い聞かせる。寧ろSTONE化させる道具を用意して、それで一時的にSTONE化したほうが隠密性は高いのではないだろうか?
そう思いながら隠れる事十数秒後、
扉の開く音がした。
「リュージ……ど、こ……?」
「アイツなら窓から逃げたぞ」
「ん」
鳴海の声がアンの言葉に応えられ、アンの気配と足跡が遠ざかって行く。それが完全に去って行くのを待ち、《ハニー・ビー》でマークされたアンの存在が離れた事を確認してからライドウの外套の下から転がり出て、壁に寄り掛かりながら息を吐く。はぁ、と盛大に溜息をもう一度だけ吐き出してから膝を抱え、丸まった。そしてそのまま、顔を膝に埋めた。
「どうして、どうしてこうなってしまったんだ……!」
「なんか面白さしか感じない気配がしてるんだけど何があったんだ」
鳴海が面白そうに聞き、ライドウとゴウトが珍妙な物を見る様な視線を向けている。タエと串鉈はいない。どうやらお着替え中の様子だった。つまり、今、ここにはくだらない話の出来る男しかいないという事だった。もう一度周囲を確認し、そして《ハニー・ビー》でアンが遠ざかった事をちゃんと確認してからいいか、とライドウたちに言葉を告げる。
「―――俺は童貞だ」
「衝撃の告白だな」
「美女揃いの悪魔を連れていてそう言うサマナーも珍しいな。ライドウか貴様」
「!?」
ゴウトからの思わぬ流れ弾にライドウが攻撃されていた。クラリオンの事件を通して、ゴウトとライドウももっと、立ち位置が近くなったような気がするなぁ、と思いつつ、いいか、と話を続ける。
「俺は童貞だ。このほぼ十九年になりそうな人生の中で女性との付き合いなんてなかった。昔の俺は普通の学生で、普通に勉強して、そして普通に友達と遊んでいた。だけど女友達はいても、恋愛経験なんてものはないのだ」
「面白くなってきた」
鳴海が手をパン、と叩きながらソファに座り、手を揉みながら楽しそうに此方を見て、話に耳を傾けている。ゴウトはどこか呆れているが、ライドウはどこか、馬鹿話を楽しんでいる様に思えた。
だから、まぁ、話を続ける。
「そんな俺は一週間前に、ファーストキスを卒業したのだ……!」
「あぁ、クラリオンを倒した後の……」
「良いシチュエーションだった」
ライドウがぐっとサムズアップしてくれる。うん、シチュエーション的には最高な事はあったと思うよ。いや、本当に。あそこでキスしなきゃ何時するんだってレベルでのタイミングだったと思うよ。だけどね、そうじゃないんだ。アレはかなり戦闘の後でアドレナリンどばどば出てたハイテンションモードだったし。それ以前に大分前後不覚になっていたし。テンション高すぎて割とアレな状態だったし。
「問題はあのキス以来、キスは解禁したと認識したアンにキスをせがまれる事だ……!」
「結婚式には呼べよ」
「花束は要るか?」
「さて……寝るか」
「お前ら人の苦労を最後まで聞けよ!!」
立ち上がりフラストレーションをぶつける様に声を張り上げる。
「いや、解るよ!? 可愛いよ!? 好きだよ!? そして唇柔らかかったですよ!? だけどね、俺、童貞なの! そこまで心が強くないの! ライドウみたいにナチュラルに女を惚れさせてクールな顔を維持できる訳じゃないの! ライドウの様なナチュラルボーン女たらしとは違うの!」
「酷い話だ」
「あー、解る」
「そういう所はあるな」
「!?」
この話題に関してライドウの味方が居る筈もない。ライドウの顔の良さと、イケメンっぷりと、そしてそれが引き寄せる女性関係に関してはもはや話し合う必要もない程に解りやすい。そしてそれをあしらうライドウの紳士力の高さもそこはもう、議論する余地もない。だけどそう、話はそういうタイプの話なのだ。
だから聞いてくれよ、と話を続ける。
「童貞の! 俺に! 何度も! キスを要求して来るなんて! ハイレベルな事を彼女が要求して来るんだよ!」
両手で頭を押さえながらうずくまる。
「元々スキンシップ多いし……体柔らかいし……いい匂いするし……俺の理性壊れそうだよ……」
解るか貴様ら。突然抱き着いて来たと思ったら目を瞑って唇を寄せてこようとするアンの姿が。あの時、一時のテンションでキスなんてしまったばかりに、それがオッケーサインとして認識してしまったアンがどんどんキスをしようとして来ている。そのアタックが本当にすさまじいもので、まだ鉄壁のリュージ・ラインは崩壊していないものの、
「崩壊の危機にある……!」
「いや、別に崩壊しても良いだろう」
「というかそれ、リュージがヘタレてるだけやないの?」
「女の子に恥をかかせちゃ駄目でしょ」
「情けない男め」
「全くだ」
いつの間にかタエと串鉈が入室し、それによってフルボッコにされている。もう、本当に泣きそう。なんで俺の気持ちを理解してくれる味方がいないのだろうか。だって、こう、解らないだろうか? 確かにアンは可愛いし、素敵だし、好きだし、俺だってキスとか色々といちゃいちゃしたいのも事実だろう。だけどそれはそれとして、
「こう、関係性が変わってしまいそうでね!?」
「でもそれ、結局は男の理論やないか。女の方は早めに手を出して貰える方が安心するんやで」
「たぶんずっとアプローチかけてくれるのを待っているんじゃないかしら、アンちゃん」
「女性陣、強い」
「当然といえば当然だがな」
「擁護する要素がない」
「君たち皆、酷くない? 俺に対してあまりにも辛辣じゃない? ねぇ、助けてよ」
気持ちの良いサムズアップが鳴海から向けられ、それでそのまま首を掻っ切るジェスチャーへと移された。あぁ、つまり素直に当たって砕けろと。そんな根性があれば、もう既に押し倒してるぜ、と中指を鳴海へと向けながら、探偵事務所の姿を見て、小さく笑い声を零す。立ち上がりながらさて、と、と声を零す。
「あまり逃げてても情けないし、そろそろ帰るわ」
「はよ抱きしめてやりーな」
「……心の準備が出来たら……ネ?」
まぁ、俺も頑張ってみるよ、と串鉈の言葉に応えれば、串鉈がうんうん、と頷いた。事務所を出る扉へと近づきながら串鉈の頭を軽く撫でてから、苦笑しつつ出て行こうとしたところで、
「少し、待て」
「ん?」
出た行こうとしたところで、足を止めた。そう言ったライドウは珈琲を作る手を止めて、事務所から先に出て行く。どうやら自分の部屋へと向かったらしい。何事だろうか、と思い数分ライドウを待っていると、ライドウがその両手に少し荷物を抱えて戻って来た。
それは黒い外套と、細長くも布に包まれた物、そして一本の封魔管だった。
「これを」
それをライドウは此方に渡してきた。それを受け取り、重量を手の中に感じる。包みのサイズは、どこかで見た事のある長さをしており、金属質を感じさせる気配に、神聖さを感じる。その気配を自分は知っている。何せ、一週間前にそれと一緒に戦っていたのだから。それと同時に、封魔管の中の気配も、知っているものだった。だから驚きながら視線を上げてライドウを見た。
「ライドウ、これは」
「また、会いましょう。友として」
「―――」
ライドウの言葉に、驚かされて、言葉を失ってしまった。いや、うん、確かにそうだ。
世界の記録は終わったのだ。
だからもはや、大正二十年に残る必要もない。
だからこっそり、別れを告げずに様子だけ見てから崩壊世界に帰ろうと思っていた―――だがなんか、どうやらそれを見透かされていたらしい。言葉を失い、本当どうしようもないなぁ、と片手で包みを持ち上げながらもう片手で頬を描き、そして手を伸ばした。
「また会おう、ライドウ」
「あぁ、また会おうリュージ」
さようならの言葉を告げず、受け取った物をストレージとDDSへと転送する。そしてそのまま、振り返る事無く鳴海探偵事務所を出て行く。暖かい視線と声援を背中に受けながら。心の内界でまた一枚、旅路を完成させるようにカードが完成された。
事務所の外へと出て行きながら、それを胸から引き抜いて取り出した。
「《Hierophant》……《法王》のタロット、か」
背中姿を見せるライドウの先に、光に包まれた帝都の姿が見えるタロットカードだった。そこに掛かれている名前は《法王》。象徴するのは信条、社会性、規律の順守、または―――思いやり。
「ライドウに相応しいカードだな」
それを腰のカードホルダーに追加しながら、出た所で軽く頭を掻く。ゆっくりと歩き出しながら拠点へと戻って行く。流れて行く人混みはもはや一週間前の惨劇を忘れるかのように日常生活へと戻り、必死に遅れた分の仕事をこなそうとしている。人は強いとそれを見ていると思わせられる。どんな状況、どんな事態からも蘇って強く、その先を目指そうとする意志がある。
だからこの帝都も再び、元の姿を取り戻し―――更に、その先を目指すだろう。
未来へ。ライドウがいる限りはこの世界も大丈夫だろう。
そこを心配する必要はないし、俺が関わる事もないだろう。それはライドウの物語であり、自分の物語ではないのだから。だから……もう、いいだろう。ライドウにはバレてしまったし。
なんか、もう、
気分が―――驚くほどに、清々しい。
『新たな主よ』
「……おぉ、コウリュウか」
『うむ。我は汝の心に凡庸さを見た。貴様の様な凡人が何故その領域にまで強くなれたか……いや、それは問うまい』
だが、とコウリュウは言葉を付け加える。
『主の前には先の見えぬ困難の運命が多重に絡まっているのが見える。ライドウと串鉈は主のそれを見てしまった。故に我が力となる事を立候補した』
「良いのか? 場合によっちゃ合体素材にしちまうかもしれない」
『構わん。帝都の未来はこの戦いで光を得た。もはや我程の悪魔が必要となる戦いもないだろう……ならば、役に立つ戦場に立つ事が最終的な救いともなるだろう』
「ありがとう、コウリュウ。これから力を貸してくれ」
『気にするな。強敵と戦わせてくれれば、我はそれで満足だ』
また一体、仲魔が増えた。心強い仲間が増えた。自分の力もまた増えた。どんどん、人間という領域からそのレベルも合わせ、外れていっている自覚が存在していた。果たして、俺は本当に正しい道を進んでいるのだろうか? 俺はちゃんと、自分らしく進んでいるのだろうか?
そんな事、解る訳もない。
答えはそう簡単に出るもんでもない。
だけどきっと、人間とはそれを問い続ける生き物だと思う。生きている限りはその問から逃げ出す事も出来ないのだ。だから問い続けるのだ、一生。自分は正しいのか、自分は自分らしいのか、自分は……果たして、それだけの人生を送れているのか。
「あぁ、だけどなんというか―――」
考えている間に、家に到着した。その前ではアンが待っていた。歩き、近づき、そしてその両手を取った。
「アン」
「なぁに?」
「もう少し、後少しだけ待ってて欲しいんだ」
自分に自信が持てるまで。俺が俺らしいと思えるまで。人間とは考える生き物だ。人間とは思考し続ける生き物だ。だから生きている限り、明確な答えにたどり着く事は出来ないと思う。LAWとかCHAOSとかDARKとかLIGHTとか……NEUTRALとか、色々とアライメントもあるし、そこから来る違いもあるだろう。
だけど自分が何であるかなんて、そんな簡単な言葉で表せるものでもない。
だけど解るのは、俺がこの子が好きだって話だ。
「君が好きだって胸を張って言える様になるまで、後少しだけ、待ってほしい」
「……言える?」
「後ちょっとだけ、頑張れば」
その言葉にコクリ、とアンは頷き、首筋に顔を近づけ、ちょっとだけ口づけしてきてから離れた。
「じゃ……我慢、する」
「我慢……?」
『我の知っている我慢と違う。これが近代の作法か……』
もしかしてコウリュウ君、ツッコミ系? このパーティー、ほぼボケ倒す連中しかいないから人生辛そうだけど大丈夫? そう思いながらも、心はちょっとだけ、幸せだった。まぁ、好きな子にちゅーされて幸せじゃない奴なんていないのだから当然なのだが。
だからそれはそれとして、
「それじゃあ」
「うん」
帰ろう。
この大正二十年は楽しい場所だった。苦しい戦いもあったけど―――良い人たちの居る、世界だった。だけどここは俺の世界じゃない。俺の世界はあの崩壊し、今も必死に生きようとし続ける、戦い続けている世界なのだ。
現実からは逃げられない。
だから、最終的に立ち向かうしかないのだ。その現実に。
だから帰ろう。俺達の世界へ。
俺達の崩壊世界へ。あの世界は崩壊していて、インフラも壊滅していて、悪魔だって野放しだ。だけど、人が必死に生きようとする魂の輝きだけは絶対に負けていないと信じられる。そしてそこが俺の居場所だ。
俺の贖罪の場所だ。
失われた命は、背負う事しか出来ない。だから背負い、前に進もう。
だから帰ろう、
「俺達の世界へ、帰ろう」
楽しかった大正二十年の帝都にさようなら。
―――世界を再生する為に、別れを告げた。
これにて、大正二十年の物語終幕。
次回はレベル報告と合体と、戻ってきたところでの崩壊世界の変化にその再生作業かな……。結構やる事は多めとも言える。
とはいえ、漸く人間としても好きだけど待って、といえるレベルになってくれたなぁ、という感じに。まだ童貞力高いけど。少しずつ、少しずつ人間として成長して行く。