「ふんっ!」
そう言って窓から男は飛び出した。その後、部屋に赤い服装の女が黄金の器を片手に飛び込んできたが、窓の方を見て窓から飛び出して行く姿を見た。その光景を会議室で集まった全員で見送ってからバン、と手をテーブルに叩きつける音がした。
「俺は思う―――こう、甘酸っぱい雰囲気でつかず離れずしている男女の関係って尊い……」
「解る……」
「尊い……」
「静かに見守りたい……見守りたくない?」
「見守りたい」
「だけど時は残酷だ。ずっとそのままの関係を続けることは双方の心にしんどさがある。もっと踏み込みたい……だけど踏み込んで関係を変える事が怖い……だから踏み出せない。その右往左往している姿が凄く青春しててしんどい。俺の心にクリーンヒット。見守りたい。そしてそっと背中を押してあげたい……ならない? ならない?」
「超なる」
「殺せよ……」
両手で顔を抑えて全力で椅子の上で体を丸め、消えたくても消えられない状況に羞恥で死にそうだった。というかいっそ死にたい。今なら死んでも特にストレスを欠片も感じない気がした。というか絶対感じない。だからお願い、殺して……殺して……そう呟くも、会議室に集まった馬鹿サマナーや馬鹿バスター、そして馬鹿職員は真面目な表情で腕を組みながら、人の青春をどうやって導くか話し合っていた。というかなんで職員まで混ざってるのだろうか?
「これは由々しき事態だ……」
「由々しき事態なのはお前らの頭だよ」
シンジュク駅の頃、受付をやっていた男が腕を組みながら深刻そうに言えば、周りの馬鹿どもがその言葉に深く頷いていた。お前らちゃんと脳味噌使って考えている?
『主殿よ、大丈夫か? 正気が削れる音しかしないが』
大丈夫じゃない。なお、現在女人禁制ルール発動中である為、DDSには黄龍以外の仲魔が居ない。全員アンと一緒に待ってもらっている。そこまでする程のイベントなのだろうか、これって……? 疑問しか存在しない。
「私はここに風俗で予行演習する事を提案する」
馬鹿なのの一人がそう言うと、天井が開いて先ほど窓から消えた筈の男が戻って来た。そしてそのまま、風俗案を出した奴の顔面を殴り飛ばした。
「馬鹿野郎……! 童貞だって人生に一度だろうが! 確かに女性の処女の方が一般的には価値が高く見える。だが処女性だけではなく、童貞もまたこの業界では神秘性のある概念だろう! それを風俗という場で失っては幼馴染として育ってきた二人の関係への裏切りだろうが」
「設定を捏造するな」
「ごめん……俺の童貞ヤギで失ったから……」
「レベルが高いわ。コメントに困るんだよ……!」
駄目だ、ほんとどうしよう、正気を失いそうなのにどう足掻いても逃げ出せる気がしない。何故だろうか、逃げてはならないという声が自分の内側から聞こえる気がするのだ……。
『もしやそれは幻聴なのでは?』
鳩の神託の可能性もあるので、後で鳩は締めておこう。それはそれとして、この混沌としたSNSにいそうなオタクサマナー、オタクバスター集団をどうしろというのだ。なんかノートパソコンで参考資料用にエロゲを起動している奴までいるし。良くそんなもので知識があるって言えたな、お前。
「じゃあ設定を教えてくれよ」
「設定じゃねぇんだよ。リアルなんだよ。俺がVR彼女を連れて来たような言い方は止めろ」
このまま帰ってやろうかと真剣に考えたが、それでも自分の為にここまで集まってくれたのだから、追い返すのはちょっと……本当にちょっとだけ、心が痛む。折角集まったのだし、ここはアドバイスを貰う事にしよう。だから少し恥ずかしいので指先をちょっとつんつん、と合わせながら俯きがちになり、なんというか、と言葉を置いた。
「その……好きな子がいて……」
「うんうん、続けて続けて」
「その……あの子、アンって言うんだけど。凄い良い子、たぶん俺が間違えてなければ俺の事が好きなんだと……思う。いや、うん。きっと好きなんだ。何時も助けてくれるし、傍に居てくれるし、迷ったり間違えそうになったら声をかけてくれるし。あんまり口数の多い子じゃないけど」
こう、なんというか、
「短い言葉に感情というか……想い? を込めているのが解るから、言葉が少なくても気持ちは伝わってくるから」
こう、彼女と話しているのは幸せだ。もう少しだけ、その声を聴きたいと思うのはちょっと欲張っているかもしれないから、我慢する。
「なんと言うか……俺も、その、一目惚れ。可愛いなぁ、って最初は思ってたんだけど。頼りになるなぁ、って思って。それで助けられているなぁ、って思って。だけどこの子を支えたいなぁ、って最近では思う様になって―――」
ヒーロー。その素質がアンにはあった。彼女は誰かが一緒じゃないと、そのまま風船のように飛んで行ける。飛んで行ってしまう。だから誰かが彼女を地上に掴んでいないと駄目だ。俺は、彼女のそんな人になりたい。
「だけど俺、ナカノの生き残りでさ。生き残る為に色んな命を無視して逃げ切ったんだよ。友達とか、先生とか、助けを求めている人とか。その後で強くなっても助けられる人を助けなかったんだ。きっと、誰かを最後まで助けたら次の誰かを助けなくちゃいけなくなりそうで」
誰かの命を最後まで背負うというのが怖くて。誰かを最後まで助けるというのが、怖くて。だから手を出せなかった。仕事という言い訳をしないと、誰かを助ける様な事さえ出来ない、臆病者で、
「そんな俺と違って彼女は守りたい! って思ったらすぐに飛び出せる子なんだ。そんな彼女は凄く綺麗で、そして純粋で……俺みたいにこうやって一人助けるのに悩んだり、誰かを殺して生き残ったような男がそんな子を好きになって良いのか? って思っちゃったりしてさ……」
うん、なんというか、それに尽きるのだ。
「俺みたいな屑が、誰かを本気で愛してもいいのだろうか」
俺は自信がない。
「俺みたいに他人を犠牲にして生き残った者が幸せになってもいいのだろうか」
俺が帝都で人を殺す事に躊躇を覚えなかったのは、誰かを見捨てて生き残る事が、誰かを殺す事と同義であったから。既に誰かを殺しているから、既に乗り越えている―――或いは吐き気がするほどに経験した事だったからだ。
「俺は、あんな良い子に愛されても良いのだろうか……」
勃起するし、欲情するし、キスしたいし、というか今すぐにでも押し倒しに行きたい。だけど何よりも、アンを大切にしたい。だから彼女に触れる事が怖いのだ。彼女を穢してしまうような気がして、触れるのが怖い。
それが自分の全てだ。それが、俺がアンに触れられない理由の全てだ。
それを語り終えると、窓から入り込んだ赤い服装の女性が、そのまま床に倒れ込んだ。
「駄目……尊い……浄化される……」
そしてそのまま、光になって消えた。いったい何だったのだろうか……うん、《アナライズ》だけは絶対に使わないぞぉ、と心の中で硬く誓っている。そんな中、話し終えた所で周囲からのリアクションを待っていると、溜息を吐きながら顔を片手覆ったり、俯いたり、どこか、昇天するような表情を浮かべている馬鹿ばかりで溢れていた。
「はぁ、若返る……」
「この崩壊世界で一番の青春ラブストーリーだろこれ……」
「拡散しなきゃ……スレ立てしよ……」
「人の個人情報勝手に拡散するんじゃねぇよ」
手刀で真空波を放って個人情報の拡散を防ぎつつ、話を聞いてどこか満足げな馬鹿どもが現実へと戻ってくるのを数分ほど、大人しく待っている。ここまで話したのだから、正直、何らかのまともなアドバイスが欲しかった。バーに居る連中は全員駄目な悪魔ばかりだし。連中、一言目は暴力で二言目はセックスだし。なおダンテのみ例外で一言目はピザ、二言目がストロベリーサンデーなので中身は大差ない。
だから会議室の椅子に座ったまま、で、と言葉を零した。
「なんか、アドバイスがあると嬉しいんだけど」
割と、切実に。それを求めていると、馬鹿の内が一人、手を此方へと向けた。
「タイム」
「許可」
「あつまぁ―――れぇ―――!」
テーブルを飛び越えて集まった馬鹿どもがスクラムを組んで、時折こっちを見ながらひそひそ話で相談しているのが見える。小声で会話しているものの、超人としてのスペックを活用すれば連中の会話もきこえてくるだろうが……まぁ、流石にそんなことをせず、おとなしく連中が話し終わるのを待つことにした。
そして数分、のけ者にされてから、連中が元の席へと戻った。そして頷きながら言葉を送った。
「相談の結果、今の君に必要な物を俺達で理解したつもりだ」
『信用できるのか……?』
黄龍さん、当然の疑問を口にする。俺もこの集団から何か、建設的な意見が出て来るとは、欠片も思っていない。だから話半分のつもりで耳を傾けていると、サムズアップを向けられた。
「今の! お前に! 必要なのは! 男子会だ……!」
「何言ってるんだこいつ……」
そう言うと両側にバスターがやって来て、腕を掴むと持ち上げられてゆく。そしてそのまま、ドナドナを歌いながら引きずられ、男子会とやらに連れ去られて行く。会議室の扉を開けて抜ければ、アンを始めとした女性仲魔陣がそこに居た。引きずられながら去って行くこっちを無言で連中が眺めているので、引きずられたまま、片手を上げる。
「じゃ、俺男子会行ってくるから」
『最近の男子会とは囚人の収容みたいな形で移動するのだな……』
ここが特殊なだけだと思います。
それから連行されることしばらく、場所はシンジュクから大きく移動する事になった。途中、ジープで移動する事になったが、それよりも早い移動手段として黄龍を保有しているので、サクッと黄龍の背に皆を乗せて飛行、
向かった先はキチジョウジのイノガシラ公園だった。外から見て解るレベルでイノガシラ公園は異界化されており、中からは高密度のMagの気配を感じられる。かなりの高レベルの異界である事がこれで解る。その上でここに到着した職員を含めた馬鹿連中は、仲魔等を召喚し始め、戦闘準備をし始めていた。その様子を試運転の為に十束剣を背負い、黄龍刀の柄を手に取りながら眺め、
「え、なにこれ」
「
『男子会で異界攻略……男の友情の築き方が凄いな……』
だからここが特殊なだけだよ黄龍さん。そう思いながらも異界に突入する準備を誰もが整えていた。人数は全部出十人前後。《アナライズ》すればレベルは大体30から40ぐらいで固まっている。前、受付をしていた男も見える。全体のレベル的には異界から感じる一番強い気配にやや劣っている、というレベルだ。様子を見る限り本気で突破するような様子なので、L&Oとブルームを電装待機状態にして、黄龍もいつでも召喚出来る様にする。周りを見渡しつつ、
「え、マジで突破するの?」
「男子会だからな!」
「ちなみに偵察によるとボスはティターニアとオベロンらしいぜ!」
「俺達よりもレベルが上だ―――参ったなぁ!」
「じゃ、突撃って事で」
「嘘だろお前」
『ふーむ……主殿よ、我を召喚しては動きづらいだろう、今回は主の力と周囲の力を借りて戦うのが良いだろう』
「お、縛りプレイかな?」
間違いなく声は震えていた。ここにいる連中のレベルは間違いなく自分よりも下なのだから。舐める訳でも慢心する訳でもなく、ここにいる連中を全員生かして返すのなら、だれでもない俺が本気で戦ってオベロンとティターニアを討伐する必要が出て来る。そう考えていると遊ぶ余裕はないかもしれない。
「突撃―」
「おー」
「のりこむぞー」
「緩い声で突撃するなぁ―――!」
『帝都の未来もこうなるのか……』
だから特殊な連中ですってば、黄龍さん。
そう言っている間に声は緩いくせに支援魔法をかけたガチ戦闘態勢で異界へと元気よくジェノサイドしに馬鹿が飛び込んでいった。それを素早く追いかける様に飛び込めば、その先に広がっているイノガシラ公園は記憶とは違う姿を見せていた。
元々自然の多い公園だったが、それよりも更に花が咲き乱れる景色へと変貌しており……森、花畑、とそう表現できる風に景色は変わっていた。そこに飛んでいるのはピクシーやジャックフロストを始めとした《妖精》カテゴリーの悪魔たちだった。職員がメガホンを取り出し、
「えー、イノガシラ公園の異界の主よ。これが最終通告になる。今すぐ異界の拡張を止め、我々と共存する意思を見せるのであれば共に手を取り合う予定が此方にはある。この提案を受け取らないのであれば―――」
と、降伏勧告中にメガホンは吹き飛び、職員がふむ、と持ち手だけになったメガホンを見つめた。
「これは交渉決裂だね?」
「戦争の時間だぞオラ……!」
そのまま、ガチで戦闘が開始される。嘘だろ……と思いながら男子会という名目で異界攻略が開始されてしまった。出現している悪魔はピクシー、ジャックランタン、ジャックフロスト、そしてフォモール。どれでもレベルが30以下に属する悪魔であり、耐性破壊能力のある黄龍刀であれば余裕で、そして十束剣であれば塵すら残さず消滅させられる。そういうレベルの相手だ。
剣や銃、杖等を手に走り出してヒャッハーし始めるいい年した連中をやや呆然と眺めてから正気に戻り、そのまま自分も戦闘に一気に突入する。とはいえ、最初に出現しているのは雑魚とも表現できる悪魔。自分が参加しなくても一瞬で殲滅し、蒸発させる。歴戦の馬鹿どもだけあって一瞬で雑魚の殲滅を終えてしまい、戦うまでもなく終了する。
そしてそれを見ていた僅かなピクシーたちが逃げる様に公園の奥へと去って行く。おそらくは異界の主へとこの凶行を報告しに行くのだろう。
行くのだろうが、
「なにやってんの……」
「見て解らねぇのか!」
「これから俺達じゃ倒せない悪魔が出て来るからお前に倒させるんだよ……!」
「最悪かよこいつら」
『まぁ、頼られていると思いましょう』
黄龍の慰めを受けながらがっくりと肩を落としていると、森の奥の方から、此方へと向かって妖精たちを引き連れながら歩いてくる全身を白い鎧で覆った騎士の姿が見える。片手には剣、片手には槍を握った騎士は此方から数十メートルの距離で動きを停止させる。
「悪いがこれより先は妖精の領域。人が入る事は許されない。大人しくここから立ち去ってくれ。俺も、余り人を傷つけたくはない」
「ならば人を攫うのを止める様に王に伝えてくれないかね?」
「無理だ。俺も所詮は役割に縛られる悪魔でしかないからな。だから諦めて帰ってくれ」
タム・リン―――確かスコットランド系の騎士の悪魔で、女を魅了する能力を持っているのだったっけ? これはマジで男子のみで突撃するのが正解だったらしい。或いはそれを知っていて突撃したのか。どちらにしろ、馬鹿である事に変わりはないが。
まぁ、とりあえず
「―――異界、潰せばいいんだよな? この男子会」
「うむ、頼んだぞ!」
「勢いが良いなぁ……」
まぁ、頼られてしまった以上、やるのだが。だからタム・リンを見て、黄龍刀と十束剣を二刀流で構え、それを見たタム・リンが構える前に―――一直線に突っ込んだ。素早く体を踏み込ませるように下へと沈め、黄龍刀を横薙ぎに振るった。黄金の斬閃が軌跡を描くものの、
「早いが素直すぎるッ!」
それをタム・リンが剣で阻んだ。
そして空間に亀裂が走る。スティーヴンが説明していた、空間に地震を起こすという黄龍刀の能力だろう。黄龍刀を振るい、衝突した軌跡から空間にひび割れが走り、それが接触した剣を震動と共に粉砕しながら伸びたひび割れがタム・リンの体に触れて、木の根みたいに伸びるそれがタム・リンの横腹を破裂させた。
「な、に!?」
素早くタム・リンが回避に入る。それが一瞬でも遅ければその空震をなぞる様に走る雷撃に体内から焼かれて蒸発していただろう。流石黄龍の別方面の力を完全に再現しているだけあって、中々凄まじいものになっている。
そしてタム・リンが回避する為に離れた所で、
「《ワールウィンド》ッ!」
バーを崩壊させたダンテがやっていたように、十束剣をブーメランのように投擲する。それが逃亡したタム・リンの上半身と下半身を切断し、必殺した。どうやら斬られた端から浄化しているらしく、タム・リンの様な騎士相手には効果が薄いものの、純粋な魔を相手にするのであれば必殺性を見せる事が出来そうだと、一周して帰って来た十束剣をキャッチしながら判断した。
「この俺がこんなへたくそな剣術で……!」
「なんか今日、俺散々なんだけど」
それを最後にタム・リンが消滅した。圧倒的レベル差から来る速度と筋力、純粋なステータスの差をタム・リンは埋める事が出来ずにあっさりと消滅してしまった。帝都に行く前までだったらバフデバフ必須の相手だっただろうなぁ、と解るだけに複雑な気持ちだった。
だけどそうやってタム・リンを始末すると、
強く、背中を叩かれた。
「よう! めっちゃくちゃ強いじゃねーか!」
「おぉ? おう、まぁ、うん」
レベル、74もあるし、とは口に出せなかった。今の戦闘でどれぐらいの強さがあるかはバレているだろうが。それでも具体的な数値を口にする事は出来なかった。だから、まぁ、倒せて当然の相手だった。そう判断するも、戦闘を見守っていた連中は背中を叩いたり、肩を叩いたりして来る。
「しっかし少し前まではデバフに専念しているだけだったのにもう抜かれちまったな」
「頼りになるじゃねぇか」
「その調子で俺に楽をさせてくれよな」
「経験値ごっつぁんです」
「最後の奴だけ顔を出せ」
だけど、なんというか、
こういう風に褒められるのは嫌じゃなかった。
ナカノ勢、シンジュク勢は崩壊世界エリートなので一種の極限メンタルの持ち主共。こいつらだけがガイアとかメシアとかロウカオス関係なく肩を組めるような頭の持ち主たち。
逆に言えば日本の残りは……うん。
やろうとしている事は割と解りやすい。次回、オベティタに滅っ! しにいこう。