※この作品はR-18です。

女神転生Genesis   作:てんぞー

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死神と塔 Ⅲ

 結局、暴れた所で面倒な事になるのは目に見えているし、何より相手には誠意が見えた。頼み、そして此方の事を待つという姿勢に礼をある程度弁える姿が見えた。問答無用ではなく、理性的な部分がある辺り、交渉の余地はあると感じた。これが世紀末交渉ならまず殺す事から始まっている。それにここでぶち殺して逃げた所で、そこからどーしろ、という話でもあった。指名手配でもされたら面倒に決まっている。

 

 まだまだ遊びたい場所、買いたい物は大量にある。その事を考えたら波風を立てない方が遥かに良いに決まっているだろう。まぁ、逃げる時はチェフェイを壁に使ってスダマを投げればいいという極悪式逃走術の構想がある前提ではあるのだが。

 

 ちなみに《エネミーソナー》に反応はない。つまり害意、悪意を持っている訳ではないという証拠でもある。もし方針転換して殺しに来るのであれば即座に《百太郎》が警告してくれるだろうし、ある程度は大胆に動いても問題はない。

 

 そういう事でふわふわパンケーキで半ばトリップしているアンを引きずるような形で運び、車に乗って連れられた場所はなにやら巨大なアパート、或いはマンションの様に見えた。結構金のかかっている感じのする建築にほぉ、と車から降りた状態で眺めつつ、これだけ立派な建築が崩壊せずにあるとは―――と、考えてしまうのはやはり、世紀末脳だからだろうか。

 

 だって大きな建物とか大体壊れてるし、崩壊世界は。

 

「此方でお待ちです」

 

 黒服の男は先導する様に此方を建物の中へと案内する。ボディチェックや装備の没収は行わないのは何故だろうか、と少しだけ疑いながら警戒を強めて中に入る。

 

 だが魔法トラップの気配も、呪術制約の気配もない。無論、概念束縛も異界化もない。え、嘘、マジで素通しなの? もしかして俺の方が性格がやや擦れているだけなの? その考えに少しだけショックを受けながらラウンジへと通されて行く。テーブルを囲む様にソファが置いてあるのが見える。

 

 そこに座っていた姿が三つ、あった。二人は男。一人は青年で、もう一人は大人。そして最後の一人は女だった。青年と女の方はそこそこ出(・)来(・)る(・)気配をしている。逆に男の方は全然駄目だ、ただの一般人だ、能力的には。だが妙だ。青年も女も、なんというか、能力がやや詰まっている様な、Magに不自然さを感じる。

 

「む、来てくれたか。まずはようこそ巌戸台分寮へ。私が君たちを連れてくるように言いつけた桐条美鶴だ。やや強引で気分を損ねる様なやり方になってしまった場合は、すまない。だが我々としてもペルソナ使いの仲間を見過ごす事は出来ないのだ」

 

 おっと、ここで予想外のキーワードが出て来た。とはいえ、話の腰を折るのも悪いだろう。幾月修司、真田明彦、と続けて自己紹介をされてソファに促される様に座りながら、美鶴の言葉に耳を傾ける事にする。

 

 この世界の裏側に関わっている人間から、これがどういう世界なのかを聞く、丁度良いタイミングだった。

 

 

♦

 

 

「成程な」

 

 1時間に渡る話し合いで情報をすり合わせて、何とかこの世界を理解することが出来た。相手側―――美鶴とかいう女が代表なのだろうが、彼女も此方がどちらかと言えば裏社会と懇意のタイプだと理解し、ある程度警戒しつつも隠さない様に話してくれたおかげで大体解ってくることが出来た。とりあえず、この世界に関しては影時間と言うのが存在し、その時間帯を動ける人間は大体ペルソナ使いとしての適性を保有している。そしてその影時間にはシャドウと呼ばれる怪物が出現し、人を襲ったりする、と。

 

 その為、桐条とかいう企業の人間として美鶴は保護、そしてその対価に影時間に関する調査などを手伝って貰っている、という形になる。

 

 まぁ、でも企業のバックアップと生活保護を受けているのだから、命を懸けるぐらいは当然の見返りかもしれないな、とは思わなくもない。まぁ、それはともかく、最初は誤解を解く事にした。そもそも自分がペルソナ使いではなく、デビルサマナーであるという事、そして保護される必要のないぐらいには自衛能力を保有し、その気になればここから離れた場所へと避難できるという事である。

 

「む……確かにそうか」

 

「まぁ、その上で話を進めるなら……別に、面白そうだし手伝っても良い、とは思っている。此方も一応日が浅くてもデビルサマナーとして悪魔を殺して食ってる人間だからな。シャドウも昨夜物理的に殺せるって判明したし、なら俺に戦力としての価値も見いだせるだろう」

 

『口が回るのぉ』

 

 うるせぇ、とアプリからの秘匿通信に心の中で言葉を返す。ポーカーフェイスならそこそこ得意だ。というか驚くような事を我慢するのは崩壊世界の方で無理やり慣らされたのだ、人間相手の交渉ぐらいで一々躓いていられない。

 

「俺の滞在期間は1か月だ。その間、住む場所と武器と弾薬の面倒さえ見てくれれば雇われてもいいぞ。ぶっちゃけこっちに来たのは良いけどやる事がなくて困ってたしな」

 

「いいのか? 此方の都合に合わせる事になるが」

 

「昨日、デカいのを1回殺すのに弾薬使い切って、ここらで補給する場所も解らないからな……他にも色々と入用だけど武器調達できるコミュニティにコネがないし。企業ならそこらへん、融通が利くだろう? 興味のない事だからこそお互いに利益が出る様に動くべきじゃないか、ここは。つっても俺がいるのは1か月だけだ。それで利益の天秤がどう傾くか、良く考えておくれ」

 

 そう、美鶴に告げると、美鶴が少し相談する、と他の男二人を連れて一時的に離れる。その間に此方も片眼鏡の投影ディスプレイに、悪魔達からのメッセージを表示させ、相談をする。

 

『断られた場合はどうするんだい?』

 

「その時はその時。元々こんな展開予想していなかったしな。一か月間、適当にぐーたらやって野良シャドウ? 相手にアプリでアイテムハントでもして魔石宝石稼ぎすりゃあいいさ。一か月ぐらいの宿代だったらあるしな」

 

『ちゃんと考えて行動しておる様じゃの。なら妾から言う言葉はない』

 

「まぁ、考えずに動けば死ぬ環境に居たから。これぐらいはね?」

 

 こっちのがレベルの高い悪魔……ではなくあれはシャドウと言うのか、アレが出現する世界であるとはいえ、殺意の高さに関しては思い出せば崩壊世界の方が上だろう。何せ、時間帯を選ばずに悪魔が出現する上に、基本的に集団で襲い掛かってきて、騒音を撒き散らせばそれに群がる様に一気に出現してくるのだから。その恐怖を考えれば、目に見える敵で時間帯が制限されていて入り組んだ地形に逃走手段と壊れない盾(棺桶)があるだけ有情だ。

 

 アレ、マジで壊れないよな。

 

「まぁ、ちょくちょくメシアンやガイアーズ相手に交渉スキルを鍛えた甲斐があった、ってもんだ。それに金を使わずに生活できるならそれに越したことはない。マッカもあるにはあるけどなんか、こっちじゃ使えないっぽいし」

 

『まぁ、悪い判断ではないと僕は思うよ! 苦しみにある他人を救う事は1Lポイントだね!』

 

『次は1CポイントをためてNを保つ為に罪のない人間を殺すんじゃな?』

 

「おっとぉ、アライメント話は地獄だ。そこまでにしろよ……ところでアンの方はなんか、意見はないのか?」

 

 横の大人しい人修羅へと視線を向ければ、頭を横に振る。

 

「主義、主張……どうでも、いい。……サマナー……と、一緒……なら……なんでも……」

 

「……おう」

 

 果たしてそれが本当にアンの意思なのか、それとも彼女が言わされているのか……完全に俺の契約で彼女を縛っている訳ではないので、アンの本音を吐き出させる事は自分には出来ないのが、やはり恐ろしい。どこか、彼女に対する壁を……或いは、理解しきれない恐怖を感じている。だが彼女は味方なのだから、そこまで恐れる必要もないだろう、と自分に言って聞かせた所で、

 

「すまない、待たせた」

 

 美鶴が戻って来た。その手には一枚の紙きれが握られており、

 

「では傭兵契約の内容を進めよう」

 

「お、待ってたぜ」

 

 どうやら、仮拠点は得られる事になりそうだった。

 

 

♦

 

 

「ここがサマナー? の部屋になる。風呂はX階にある。お前が風呂を使えるのはX時XX分からX時XX分の間になるから、その間に済ませて欲しい。そしてあー……アン? の方はX時からX時XX分からだ。それを過ぎたら別の奴の時間になるからなるべく時間の間に終わらせて欲しい」

 

「ふむふむ、成程成程」

 

 鍵を明彦から投げ渡され、それを受け取りながら扉を開けて中に入った。広くはないが、狭いという訳ではない。既に中には家具があり、部屋としては悪くはない様に思える。まぁ、流石にスティーブンのバーと比べればいくらか格落ちするが、学生向けの寮としては破格の良さだろうとは思う。アンを引き連れて部屋の中に入りながら、軽く見渡しつつ、おう、悪いな、と明彦へと言葉を向けると、明彦が此方とアンを見比べた。

 

「で……本当に一緒の部屋でいいのか?」

 

 やや遠慮する様に、探る様な言葉で明彦が話かけて来た。その言葉にニヤリ、と笑みを浮かべ、

 

「どうした青少年、男と女が一緒に寝るのがどういう関係か知りたいのか……?」

 

「ち、違うぞ! ほら、プライバシーとか色々とあるだろう! うぉっほん!」

 

 予想ど真ん中の擦れていない子供の反応に小さく笑い声を漏らしつつ、アンが頭を縦に振った。

 

「サマナー……一緒」

 

「ま、邪推するような関係じゃないさ。ただ単純にお互い、一緒にいないと不安だってだけの話だよ。今までずっと同じ部屋で一緒に行動してたしな」

 

 まぁ、出会ってからまだ10日目なのだが、まるで磁石の様にどこにでもアンはついてくる。悪魔だから、契約しているからと言えば当然なのかもしれない。だけど、それでもアンや悪魔達は常に一緒にある存在であると認識している。一緒の部屋にいない方が落ち着かないのだ。

 

何より、今はまだ一人で眠るのが怖い。

 

 目覚めたら全てが消え去っていそうで、眠って起きるのが恐ろしい。

 

 だからアンが怖くても、一緒に居て貰わないとそもそも眠る事さえ出来ない。

 

「そうなのか……」

 

 頬を少しだけ赤らめていた明彦はそう言うと、なぁ、いいか、と語り掛けてくる。

 

「お前は……傭兵なんだよな? サマナーとか言う物の」

 

「あぁ、デビルサマナー、な。気軽にサマナーさんとでも呼んでくれればいいさ。必要以上にお互い警戒していたところで疲れるし。それで何用かな」

 

「いや……俺達ペルソナ使いは影時間以外ではその能力を振るえないからな。日常的に超人的な力を振るえるのはどういう気持ちなのか少し気になっただけだ」

 

 明彦のその言葉にあー、と声が漏れる。そんな制限があるのか、とちょっとだけ驚く。だけどそうか、決められたときだけ強くなれるのは何というか、スーパーヒーローみたいで少し羨ましいな、と思いながらも、明彦の言葉に率直に答える。

 

「いや、まぁ、別に」

 

「……要領を得ない答えだな」

 

 そりゃあまぁ、そうだな、と言葉を贈る。

 

「お前、学生だろう? その感じ。勉強はしてるか? 後はなんか、こう、夢に向けてトレーニングとか」

 

「ん? あぁ、ボクシングをしているが」

 

 じゃあそれと一緒だよ、と答える。

 

「お前に取っちゃあ勉強とボクシングは生きる手段だ。今を、そして将来的に成す為のな。俺にとっちゃこの能力を日中でも使える事が生活する為の道具で手段なんだよ。究極的な話、学生が勉強するのが当然であるように、俺にとってこいつを使うのは当然の事で、寧ろなくなったら困るもんだよ」

 

 ストレージからベレッタを引き抜き、軽く指の中で回転させてガンプレイを披露し、それをそのままストレージの中へと電送する。現れては消える銃の姿に明彦は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、その言葉でどこか納得したように成程、と呟く。

 

「では俺はこれで行くが……おそらく、今夜の影時間、実力を見せて貰うためにタルタロスに向かうだろうから、それまで用事は終わらせておいてくれ。それではな」

 

「あいよ、じゃあな」

 

 手をひらひらと明彦に向かって振りながら部屋の外へと見送り、去ったのを確認してから扉の鍵を閉める。その上で部屋へと視線を向け、軽く見渡してからポケットからスマートフォンを取り出す。無言で《ハニー・ビー》を起動させ、室内のマップを表示させたところで、

 

「アンー。ベッドの下に盗聴器、そこのタップの中に盗聴器、あそこの壁の裏に盗聴器、んであそことあそこに監視カメラがあるから、ちょっと潰してー」

 

「ん」

 

 迷うことなく命令を実行するアンが盗聴器やカメラを引き抜いて割り始める。

 

「いやぁ、ごめんねー。お兄さんほら、プライバシー侵害されるの嫌いだから。日常生活の監視は契約に入ってないしね? と言う訳で潰すけどごめんね、っと」

 

 ぶち、と言う音と共にまた一つ、盗聴器が破壊され、《ハニー・ビー》によって室内に設置された監視システムを全部破壊する事に成功した。これで収音マイクとか使って別の部屋から盗聴し続けるのならもはやお手上げだ。その根性は認める。とはいえ、自分が異世界出身である事や、本名の類はこの世界に残して行くつもりはない為、無論黙っているし、喋るつもりもない。

 

 今は美鶴と契約したフリーのデビルサマナーというポジションでいいのだ。そもそも1か月しかいない世界なのだから、長居する訳でもないし。変に入れ込めばそれだけ困るのは此方なのだから当然と言えば当然でもある。

 

 まぁ、それはそれとして、契約内容は笑い声が漏れそうな良い条件だった。

 

 どうやら真面目な話、ペルソナ能力使いと言うのは非常に希少らしく、影時間で戦闘の行える者は更に希少らしい。美鶴が話した所、戦える人間は彼女と明彦、そしてまだ会っていないこの寮にいるもう一人の女と、後は現在入院中の青年で合計四人だけらしい。その全員のレベルが自分以下らしく、戦闘に慣れている人間で影時間でも戦える者は本当に貴重らしい。

 

 まぁ、そこまで事情が分かっていれば、好条件を出す理由も見えてくる。

 

 影時間に存在出来るという時点で拘束するだけ無駄だし、ペルソナ組からすれば通常時から戦える身体能力を発揮できるのは敵対させたくない条件で、それでいて金を出して解決できる問題ならなるべく金で解決させたい。それで情が移るか、或いは気に入って長居してくれるのなら更にマーベラス、という所だろう。

 

 解りやすいし、隠すような事でもない。だが口に出す事でもない。

 

 まぁ、それはそれとして、それなりの好条件だった。住む場所と武器や補充さえどうにかしてくれればそれで満足だったが、給金を出してくれるという事なので、崩壊世界では焚火代わりに使う万札の代わりにマッカが欲しかったところだが、この世界にはどうやらマッカは存在しないらしいので、その代わりに宝石を要求した。

 

 純度の高い宝石は悪魔との交渉や触媒、様々な道具の作成に使用できる上に、スティーブンも開発にちょくちょく使用していると言われている。なんでも宝石はMagとの相性が非常に良いらしい。その為、交渉の為に宝石を常に一定数持ち歩くのがデビルサマナーの常識でもある。だから報酬を宝石で頼み、快諾された。

 

 その他にも崩壊世界では手に入らなかったSMGやライフルの類も用意してくれると美鶴は言ってくれた。後はこれで神経弾さえ補充できれば良かったのだが、流石にデビルサマナーがいない世界であるのが原因か、そういう特殊弾はどうやら存在しないらしい。

 

 神経弾……まぁ、神経耐性が存在しない世界だったら当然存在しないよな、とは思いつつ、徹甲弾や榴弾の類だったら腐るほど調達出来るらしい。此方の弾丸もまた全く手に入らない物であり、悪魔を殺し続ける崩壊世界ではそもそも弾薬の調達自体が難しいので、非常に助かる話でもある。

 

 後はどこかで無銘の刀を魔晶と融合させる事の出来る施設でもあればいいのだが、流石にそこまでは贅沢は言えない。簡単な仕事で安全な拠点を得られただけでも喜ぶべきことなのだ。

 

 あのマジシャンとかいうシャドウは初出現で、基本的にフリーエンカウントの様な怪物ではなかったらしいし。

 

 それはそれとして、《不屈の闘志》は許されない。ほんと、アレだけは絶対に許さない。その内スダマ先輩はリレイズ殺しでも覚えてくれないだろうか。

 

「終わった」

 

「お、ご苦労。これで部屋のプライバシーは守られた訳だ」

 

 見られたくない手札に、聞かれたくない会話とか色々とある。特に世界移動関連に関しては、悪用が腐るほど通じるという事もあるので、割と真面目に監視の類は潰しておきたい。まぁ、監視されていると解っていて、それをそのままにする馬鹿もいないという話だ。

 

 というか監視されていると解る時点で安心できる。解るという事は対策をすればいいのだから。それはそれとして、スマートフォンからアプリを起動させ、レコーダーの進歩具合を確かめる。

 

「まぁ、そう劇的に増えてるわけもないか。しばらくはシャドウ狩りでお小遣い稼ぐとしますか」

 

 しゃーないしゃーない。まぁ、しばらくは世界の崩壊とかを忘れて贅沢をしよう。そう決めた所でアプリからチェフェイを召喚し、ストレージから購入した着替えの下着とかを取り出し、後タオルとかも取り出す。そのまま、スマートフォンをチェフェイに投げ渡し、

 

「じゃ、風呂の時間だから俺は風呂ってくるわ。お留守番宜しく」

 

「え、妾も入りたい!?」

 

「畜生がお風呂とか……はっ」

 

「なんじゃその態度は! 妾が一緒に入ってやろうかと思ったのに! 妾のぐらまらすぼでー……で……あ……妾今二尾じゃった……」

 

 勝手にチェフェイが床に倒れる姿を見た。アレで妲己や玉藻の前と同一視される欲望の獣だと言われているのだからお笑い種である。ただ二尾じゃほとんど力が発揮できないらしく、三尾や四尾になれば、妲己や玉藻の前が使っていたような妖術を使える様になる、とはいつか、必死に弁解してた。

 

 良く考えるとこいつもマツヤも、大が付く有名どころだよなぁ、と思いながらそれじゃ、と片手をあげて時間を確認してから出る。

 

 超、久しぶりのお風呂であった。

 

 そう、お風呂だ、お風呂。

 

 お水。自由に使えるお水。

 

 浴びても良いお水である。

 

 そんな事に使うお水がこの世界にはあるのだ。思わずお風呂に入れるというだけで泣きそう。10日間、水で濡らしたタオルでごしごし、と体の垢を落とす程度で、本格的に体を洗ったりすることはなかった生活である。血と腐臭と死臭が染みついた服装は捨てても、それでも肌や髪に臭いは染みつくものだ。ちょくちょくそれを気にしてデオドラントを使っているのだが、それでも限界はある。

 

 風呂じゃなくてもいい、シャワーでもいいのだ。それで思いっきり体の垢を落としたい。

 

 その願いがついに叶う。

 

 若干心を躍らせながら自分のタオルを片手に教えられた階へと移動し、その中に誰もいないのを確認してから【使用中】のタグを脱衣所の前の扉にかけておく。これでキャァ! えっちぃ! な事にならないだろう―――俺が。まぁ、そもそもこの寮自体、風呂場を使える人間を時間で分けているので、そういう問題は発生しないだろうが。

 

 まぁ、それはともかく―――風呂である。

 

 服を脱ぎ捨てて籠の中にダンク。

 

 籠を真っ二つに割る。

 

「うーん……うん、ちょっとテンション上がり過ぎてたね……うん」

 

 反省しつつ、明日、新しいのを買って来ようと心に決める。それはそれとして、服を脱いだ所で久々に晒す無防備な姿に、そこまで警戒する必要のない世界なんだなぁ、と軽く息を吐き、そのまま風呂場に入る。

 

 金が入っているんだから広いのかなぁ、と思ったが、割とそんな事はなく一般的な家庭サイズの広さの風呂場だった。或いは贅沢しすぎないようにする配慮なのかもしれない。そんな事を考えながらシャワーの温度をボタンで調節しつつ、そのノズルから溢れ出すお湯を被った。

 

 体を跳ねる水が風呂の中に入らない様に気を使いつつ、頭から被る熱いお湯の流れを体で感じ、声が喉の奥から零れる。

 

「ぁ―――……」

 

 そうだ、そうだった。これが湯を浴びるという感覚だったな、と熱い湯を被りながら思った。こんな当たり前の文化をすっかり忘れていた。馬鹿馬鹿しい事だが、本当にそういう状況にならなければ人間、自分の日常がどれだけありがたい物なのかを実感できないのだろう。それをこうやって、シャワーを浴びていると良く解る。

 

 解り過ぎて辛い。

 

「あー……風呂に入ったら溶けちまいそうだな。さっさと洗って入るか。……すげぇ! シャンプーが汚ぇ色に濁った! どんだけ汚かったんだ俺! 恥ずかしすぎる! うぉぉぉ、俺から落ちろ世紀末の汚れよォ……!」

 

 一人で何を言ってんだこいつ、と思わなくもないが、体を擦れば垢が落ち、髪を洗えば汚れが泥の様に落ちて行く。それが風呂場の床に落ちて、濁った水たまりになるのを湯が流して行く。そんなものを見てればビビるのもしょうがない。というか10日間でこれだけ汚れるものか、と軽くビビってすらいる。

 

 でもまぁ、それも全部洗い流す。石鹸を使って全身を磨いて、余すことなく垢を引き剥がして洗い流す。そしてそれが終わった所で普段よりも艶の良い黒髪が鏡に映った所で満足し、

 

 風呂の中へと入る。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁー……ふろはよいぶんめー……」

 

 そう言えばアッティラ大王って悪魔として出現するんだろうか? 寧ろゲーム版の方で。悪魔の姿って信仰とかに凄まじく影響を受けるという話だが。でも、まぁ、チェフェイの姿が欠片も有名な玉藻の前や妲己の姿にも似てないし、近年のゲームアニメ文化ではやっぱり概念弱いのかなぁ、とは思わなくもない。夢の無い話だ。

 

 まぁ、それはともかく、

 

 風呂はヤバい。

 

 足を伸ばすことが出来る長さを持った風呂は肩までつかれば、その熱で全身をマッサージされている様なもので、全身を温めながら凝り固まった筋肉がほぐれて行くのを感じた。この安らぎを感じていなかった。自分ではなく、他人によって安全が確保された時間。そのおかげで何にも恐れず、好きにこの一時を楽しめる。

 

 あぁ、生きていて良かった。

 

 そしてスティーブンのバーにも早いところ、風呂場を導入して欲しいところだ。崩壊世界にいる間はなくても行けるんじゃね? 的なノリだったが、こうやって入ると抜け出せなくなりそうだった。あぁ、でもこれはヤバい。語彙が消滅するレベルでやばい。ずっと入っていたくなる。

 

 いや、まぁ、時間制限はあるので無理なのだが。

 

「あ゛―……極楽極楽」

 

 汚い声を漏らしながら湯にどっぷりと浸かりつつ、あぁ、と自分の体を見た。ここ数日間で見た事のない傷が大量に増えている。銃がメインとはいえ、最初の頃はゾンビドッグに腕を食い千切られそうになった時もあった。ガキに爪で切り裂かれたり。その度にディアで死ぬ思いをしながら回復していたなぁ、と体に刻まれた傷跡を見ながら思い出す。腹筋もいつの間にか割れている。まぁ、アレだけ動けるようになれば、それもそうか、とは思わなくもない。

 

 それでもまだアンには勝てない。

 

 アンの方が肉体を理解している、というか急激に変動する肉体を完全制御している、というか……インフレする身体能力を俺よりも遥かに上手く使いこなせているのが解る。マジシャンの時もそうだった。マジシャンを手慣れた様子で蹴り飛ばしていた。

 

「蹴り飛ばし……」

 

 夜中、月光に照らされて駆け抜けるアン。全力で蹴りを放ち、そして強調されるオープンスリットスカートの下のスパッツ、そのライン。形。

 

 凄く良いケツをしてた。

 

「……寝ている間に暴発されても堪らないし、今のうちにヌイておくか……」

 

 近くになぁ、女がいると、そこらへん物凄く気まずいんだよなぁ、と呟く。一人になるタイミングというのが今の今までなかったし、結構我慢しているのだが、夢すら見ない浅い眠りか、夢すら見る事のない深い眠り、もしくは性欲すら沸き上がってこないほどの重労働。それで今まで乗り切ってきたのだが、こんな状況になると流石に感じるものもある。

 

 それが暴発する前に、何かをオカズに一発ヌイておく必要がある。

 

「でもなぁ……オカズに身近な知り合いを使うとその後が滅茶苦茶気まずいんだよなぁ……!」

 

 じゃあどうしろってんだよ、という話。どうしたもんか。

 

「やっぱアンかなぁ……」

 

「サマナー……呼んだ?」

 

「呼んでません!!」

 

 かなり軽い感じに浴室の扉を開けて入って来たアンの声を聞いた瞬間、体を隠す様に風呂の中で縮こまりながら、入り口の方へと視線を向けた。そこには体も隠さず、服も着ていない、ありのままの姿のアンの姿があった。普段はワンピース風の服の下に隠されている胸は完全に開放されていて、何時もよりも大きく見える。陰部も恥ずかしがる事無く晒されており、自分の裸が見られているというのにその表情は一切変化しておらず、そのまま迷うことなくシャワーのお湯を流し始めた。

 

「待て待て待てぇ! 何をしてるんだ! 何をしてるんだお前!!」

 

「お風呂」

 

「違う、それは見れば解る……!」

 

 そう言っている間に俺がそうしたように、アンが体を洗い始めていた。水が髪を濡らすその姿、そして肌を水が流れて行く姿、洗う度に垢が落ちて磨かれて行くその肌には艶めかしさがあった。思わず視線を逸らしながら、いや、そういう問題じゃないだろ!?

 

「時間が違うだろう!?」

 

「チェフェイ、が……次の時間……なら、一緒に入れば、それで、お得……って」

 

 ふぅ、とアンが息を吐いた。珍しく長く喋ったが、その内容が最低過ぎた。というか主犯はお前か、駄狐。お前絶対に許さないからな、とは思いつつ、ここでアンに直ぐに出て行け、と言えば解決する問題だった。

 

「……」

 

 言葉を放とうとして、しかし、このシチュエーションが美味しすぎて、言葉に出来ない自分の根性が恨めしい。いや、あの駄狐もおそらくはそれが解っていて送り込んできたに違いない。畜生、駄狐め。良くやった、とは言いたいけど絶対に許さねぇからな、と思っている間にシャワーで体や髪を何時の間にか洗い終わっていた。早い……のじゃなくて、こっちが呆然としすぎなだけだ。

 

「って普通に入るのか! あ、こっち向くな! 絶対こっち見るなよ! そう、背中な! 背中を向けろよ!!」

 

「……? サマナー……が、そう…言う……なら」

 

 ほんと止めてください。そう思っている間にアンは背中を此方へと向けるように風呂の中に入り、二人も風呂に入った事で湯が少しだけ溢れる。詰めてくるように背中を此方へと預けて風呂に浸かるアンの存在に、気が気ではない。どうすりゃあいいんだよ、と思いながら現実逃避する為に視線を屋上へと向け、股間に感じるアンの柔らかい尻の感触を忘れようとしている、

 

「サマナー」

 

「お、おう! 何でもないぞぉ! 本当になんでもないからなぁ!」

 

 バレた? もしかしてバレた? バレてしまったのかこれ!? 胸の中に絶望感と不安が沸き上がってくる中で、アンが続けて声を放ってきた。

 

「―――サマナー……私……味方、だから……」

 

 アンが正面を向いたまま、そんな声を此方へと向けていた。その声に思わず、思考が止まった。だがそれに気にする事無く、湯に髪を広げながら、アンは止まる事無く言葉を続けていた。

 

「サマナー……凄く、不安……そう。私、に、は……良く解らない……けど。サマナー、不安、私……心配?」

 

 そこでうーん、とアンが唸る様に首を捻る。本当に珍しく言葉を放っている様子。そこに言葉を挟み込めずに、続くアンの言葉を待っていた。そこであっ、とアンが声を零した。

 

「サマナー……ううん、リュージ、不安。私、悲しい」

 

「そう、か」

 

「ん」

 

 そう言うとアンは言葉を止めた。それで喋りたい事は言い切ってしまったのだろう。

 

 アンは―――人修羅は、DDSアプリと契約している悪魔ではない。支配人ルイ・サイファーとの仲介契約によって使役されている、肉体のある生身の悪魔だ。そして彼女のレベルの方が高い為、彼女と契約する事は出来ていない。だから彼女が此方を殺そうとすれば止められないし、本音を命令して聞き出す事も出来ず、いわゆる、保険のかかっていない状態だった。

 

 チェフェイやマツヤが元は高位悪魔だったとはいえ、安心して使役できるのはDDSによって完全に契約して使役している事であり、もし、此方が命令したとしたら、それに従って絶対に行動しなくてはならない。そういう制約が存在している。その縛りがないアンはつまり、自由になっている、自分よりも強い存在で、そんな存在を頼らなきゃいけないという事でもあった。

 

 何時、裏切られたものか、解ったもんじゃない。

 

 あるのは信用しろ、と言う言葉であり、そして今のアンの言葉だけ。

 

 だけなのだが―――不思議と、今の言葉だけでなぜか、アンを信じられる様に感じた。魔法がかかっていたのか、それとも俺がチョロイのか。その判別はつかないが……なんとなくだが、アンは本気で此方を案じている、と言うのが言葉で伝わって来た。

 

 だから、

 

「なにやってんだ」

 

「ん……?」

 

 首を傾げながらアンが尻をもぞもぞと動かしていた。おかげで折角冷静になって落ち着いていた下半身が元気になって勃起していた。湯の中で勃起した逸物がなんか、柔らかい感触に触れて、擦られている。というかアンが密着する程に風呂の中で体を寄せているので、体勢から大体前を見なくても何が起きているのかが解る。

 

 これ、バックから素股になってないだろうか。心地よい刺激が竿を擦り、柔らかい尻の感触が押し付けられる。風呂という中で感じる暖かさと合わせてすさまじい気持ちよさを感じるが、違う、そうじゃない。

 

「なにやってんの!?」

 

「ん……なんか……ぴりぴりする……?」

 

「いや、素股し始めればそらそうよ!」

 

 腰を止めろ、と腰を掴んでアンの動きを強制停止させるが、アンが首を傾げながら肩越しに首を傾げる。

 

「すまた……?」

 

「ジーザス……いや、待って……アンちゃん? 俺と一緒に風呂に入るの恥ずかしくないの?」

 

「……?」

 

 何言ってんだこいつ、的な表情が返ってくる。なんというか、質問の意味が解らないというか、何を問題としているのかが解らない、と言う表情だ。その表情で大体察した。この子、生殖概念は理解しているけど、根本的な性知識とか、性に関する知恵がない。

 

 つまり、完全な無知っ子だ。

 

 無口でクーデレで無垢で悪魔で美少女とか一体どれだけクリティカルな属性を盛ってくるのだろうか、と両手で顔を覆うと、アンが再び竿を優しく刺激する腰の動きを再開し始めた。いや、ほんと待て、そんな覚悟は欠片も出来てないから。気まずいとかいう話じゃないので、本当に勘弁して欲しい。

 

 その気持ちが性欲を上回った。

 

「はい! お風呂ここまで! ゆっくりと浸かれよ!」

 

「あ、サマナー」

 

 アンを押し飛ばしてお風呂から飛び出す。まだ性に目覚めていなかったとかどうしろってんだ! 

 

 駄狐ェ! と、心の中で叫びながら脱衣所へと飛び込んだ。まだ、夜はこれから始まる所だった。




 性知識を用意しないのは致命的なミスですよ閣k……いや、まて、これはつまり無知シチュひとしゅらちゃんを楽しめという閣下の配慮では? 僕カオスに一生ついて行きます。

 次回、タルタロスしつつこのメガテン系列には”アイツ”がいるってのを理解させられるお話し。
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