聖堂に入った。
恐ろしいほどに金がかけられており、丁寧に清掃されている。それが年月を経ても神秘的な輝きを失わずに信仰心を捧げられているのは、空気中に漂うMagの気配を察せば簡単に解る事だった。信仰心によるMag補充をこの聖堂では行っていた。メシアとしての常套手段らしいものの、こうやって実際に目撃するのは自分にとっては初めてだった。継続的にMagは補給されるものの、一度の量は多くない様に感じる。これで良くもまぁ、悪魔を維持できたものだ。
いや、崩壊前のこの施設ならアークエンジェルやパワー程度を維持できればそれで十分だったのかもしれない。ただ、今はやはり悪魔を狩った方が早いだろうという気はする。まぁ、それはそれとして、聖堂の中に入って行くと、多方面から自分に突きつけられる様な視線を感じる。
明らかに歓迎されていない様な視線の類だ。針の筵の様な、睨むような、憎悪や殺意さえ感じる様な視線を浴びている。流石にこういう類の視線は初めてなだけあって、少しだけ、痛みを覚える。それを察知してか、アンが手を繋いでくる。その手のぬくもりから感じる暖かさが、心強かった。それだけで心が強くなる気がするのだから、俺という男はチョロイ。それをクラリッサが見て、小さく微笑ましいものを見る様に笑ったが、それで止める様ではない。
リュージはネオ・リュージとなったのだ……!
『その先のレベルアップはセックスしてからじゃな!』
必要経験値が余りにも次元が違い過ぎる。
そんな風に向けられる視線を乗り越えながらクラリッサに連れられ聖堂の奥へと進んで行くと、やがて一人のローブ姿の男が聖堂、その礼拝堂で待っている姿が見えた。此方を礼拝堂の中へと進ませると、クラリッサは小さく頭を下げてから礼拝堂の外へと出た。
礼拝堂の奥には片膝をついて、祈りをささげる男の姿が見える。ローブ姿の男は静かに、無心で祈っている。その姿をなんとなくだが、邪魔してはならないと思えてしまった。その為、しばし無言で待ち続ける事にした。アンも興味深げに周囲を見渡し、礼拝堂の様子を眺めている。
それが数分ほど続くと、
「お待たせしました」
男が立ち上がり、そして振り返った。金髪の中性的な、男か女かも解らぬ顔立ちの……たぶん、男だ。最初に受けたイメージがそうだったからだ。だからきっと男。彼が此方に、柔和な笑みを向けた。自分でもわかる、この人物は《徳》が高いのだと。神聖さを感じさせる存在だった。他の天使などとは次元が違うレベルの神聖な存在である。
「ようこそおいでなさいました、放浪者。貴方の歩んだ道、そして選んだ選択肢に敬意を。再びこうやってこの地に姿を現す事が出来たのは、人々が再び命を得る事が出来たのは貴方の勇気のおかげです。その苦難の選択肢、私は尊敬し、敬意を抱きます―――ありがとうございます」
そう言って大司教は頭を下げた。ここまでストレートに感謝される、というのも滅多に存在しない経験だった。ちょっとだけ、対応に困った。四国の山本とはまた違うタイプの指導者だからだ。ああいうカリスマタイプは普通に対応できるが、普通に人徳等で導くタイプは……声がかけ辛い。
「リュージ……だも、ん」
だから、代わりにアンがサムズアップを返していた。それを見た男が小さく笑い、
「どうやら、良き関係を構築出来ている様で」
「……俺には勿体ない程良い子だよ」
うん、本当にそう思う。だからこそ大切にしたいと思っている。頷きながら片手を出す。
「サマナーのキサラギ・リュージだ」
「日本メシアを統括する大司教のウリエルです」
『正義と炎の天使ね。こいつは聖人として地上に居た時代があったって話だったかしら? 問答無用で悪人を消滅させる事の出来る正義の剣を保有していて、その関係から悪に対する正義の戦いを得意としている奴だったわね』
『異なる正義とかには全く通じないタイプだな』
ウリエル、自分でも知っている大天使の名前だ。四大天使の一角でウリエル、ガブリエル、
とはいえ、メシア教。
本当にまともなのか……?
「リュージ。彼は……大丈夫」
アンが安心させるようにそう言ってくる。その言葉にウリエルが苦笑する。
「私をお疑いでしょうが、それもしょうがなく思います。メシア教の上層天使は根本的に千年王国樹立の為に行動しています。私も同族の手によって現界しましたが、正義の剣の手前、現代の悪となる様な行いは出来ませんでした。私は―――正義の執行者、ウリエルですから」
ウリエルはそこで言葉を区切り、溜息を吐いた。
「主が去られ、そして声が我々にも届かなくなりました。残されたのは数々の言葉と理想のみ。大天使たちはその中で悲しみと怒りで狂うしかありませんでした。残されたものから主の意思を考えるしか出来ませんでした。結果が今のメシア教です。私は……人としてあった時もありました。その同胞程、今の時代を捨ててまで千年王国を樹立するという事に魅力を感じられませんでした……」
ウリエルが寂しそうに呟き、此方を―――いや、その向こう側にいる、DDS内部の鳩を捉えている。
「主よ、何故言葉を下さらないのですか? ……いえ、いいえ。本当は解っています。貴方は去られたのだと。私達も自分の足で立ち上がり、貴方なしでこの荒野を進まなくてはならない時が来たのだと。ですが……」
ウリエルはそこで言葉を黙らせてしまった。その事に対して、俺は言える事が何もなかった。ただ、
『愛しき隣人よ』
鳩の声がした。
『メシア教の暴走に関しては、我は言い逃れをしない。これは我が偉業に差した影の様なものだ。それを我が知りつつ放置した結果の様なものだ。我は……だからこそ地に彼を堕とした。……いや』
鳩はどこか、悲しそうに呟いた。
『すべては私の不徳が生んだ事であろう。そこは言い訳はしない』
鳩は鳩で、大変だったのだろう。まぁ、今じゃ鳩の姿でしか顕現していないのを見れば、どれだけこの鳩が苦労しているのも少しは解るかもしれない。とはいえ、だからと言ってお前の雑な扱いが修正されると思うんじゃねぇぞ鳩。
『えっ、待って、我今超いい感じにかっこよかったのに……!』
『突然消えてフォローもクソもないから当然だよね!』
『せめて書置きぐらい残すか顔を出せよ』
『我も辛いから無理なのだ!』
『なんでじゃ』
『空気悪くなるから』
『今夜は鳩鍋よー』
『そんなー』
「……と、脱線してしまいましたね」
ウリエルが話を戻す。
「貴方には是非、ホッカイドウで暴れ回っている悪魔を討伐して欲しいんです」
「確かチェルノボグとヘイグロトだっけ?」
死神のチェルノボグと曖昧な時間を司るヘイグロト。二体とも高位悪魔であると事前におでんから聞いている。倒せればそれで経験値になるだろうから、後はそれが目標レベルに達するか否か、という所だ。今の所、結構レベルは上がってはいるのだから、相手がたんまり経験値を溜め込んでいる事を祈るしかない。まぁ、この二体ならある程度は期待できそうだ。そう思っていると、
「いえ、この二体は討伐されてしまいました」
「は?」
ウリエルが困った表情を浮かべる。
「実は昨日、チェルノボグとヘイグロトが同時に討伐されてしまったんです……突如出現した第三の高位悪魔に。チェルノボグとヘイグロトは相性が悪く、《正義の剣》で焼き払えなかったので、今度こそ! とは思ったのですがどうやら二体以上に相性の悪い相手だったので私の方ではもうどうしようもなくて……」
「えぇー……」
ウリエルでダメなのか……と、ちょっと引く。だけど、まぁ、結局はぶち殺す悪魔が変わっただけだ。此方のパーティーは状況に応じて手札を切り替える事の出来る強力な仲間が居る。その事を考えればある程度の相性などは封殺が出来る筈だ。というかこの再生チーム、所属している悪魔がどれも超一級なので大抵の悪魔には負けないのだ。
だから、まぁ、ウリエルに話の続きを求めた。
「で、相手は何に変わったんだ?」
「ハスターです」
「えっ」
「ハスターです」
―――そっち系ついに来ちゃったかぁー……!
いや、まぁ、もぉ、うん。スダマ先輩見てれば大体お察しである。そりゃあ居るんだろう? とは思ってもいた。だけどここまでストレートに顕現していると言われたらもはや納得しかない。そうか、ハスターなんて創作の存在かと思ったが実在してたんだ、と苦笑いを零しながらなんてこった、と片手で顔を覆う。アンはどうやらハスターを知らないらしく、首をかしげている。
「ハスター……?」
「創作神話・クトゥルフに出現する邪神だよ」
『アレ、干渉さえしなければ大人しかったのに、外宇宙の深淵を覗き見ちゃった人間がいるせいでこっちにやって来たのよね……』
まさかのラヴクラフト氏大戦犯。いやぁ、でもこんなことになるとは氏も思いもしなかっただろう。とはいえ、成程、ハスターかぁ、と呟く。
「えぇ。正義でも悪でも中庸でもない、真なる混沌といいますか、人類が築いた概念の外側に存在しているのでそう言う括りそのものが通じないと言いますか……」
「成程、正義の象徴からすれば対象外だ、と」
「はい。発動すれば間違いなく滅ぼせるのですが。しかし、それに合わせイタクァ、ビヤーキー、ミ=ゴまで出現している始末でして、ホッカイドウは現在わくわくハスターランド化している様です……」
「ホッカイドウあまりにも試され過ぎでしょ……?」
ホッカイドウが一体何をしたって言うんだ。これ、ケース的には四国よりも地獄なのではないだろうか……? となるとSAN値耐性みたいなもんが必要になってくるのだろうか? まぁ、日常的に正気が削れてる気がするし、今更気にする事でもないな、と気づく。ともあれ、ハスターとその眷属をぶち殺せばいいという話になるのだろう。
「ま、ショットガンはないけど怪物を殺す事には慣れている。俺がホッカイドウから神話生物をぶっ飛ばすよ」
「それを聞けて安心しました」
ウリエルは柔和な笑みをこぼす。しかし次にすいません、と言葉を置いた。
「今、ホッカイドウは大結界によって封鎖中です。これはクトゥルフ勢の狂気が本州へと漏れ出さない様に対冷気結界を改良したものですが……ホッカイドウに入るならそれを一時的に解除する必要があります」
「張り……直し?」
アンの言葉にウリエルが頷く。
「入った後は改めて張り直す必要があります。そうしないと狂気汚染が本州に浸食するので」
「ほんと生きてるだけでロクでもねぇな神話生物」
COMPを取り出し、SDスダマ先輩を見る。
『遠き星々覗き込む? 深淵の呼び声に答えるのか? 背徳の美酒。許されぬ罪の味。正義も悪も堕落する狂気の坩堝。それでもまた繰り返すのか?』
『ドルミナー』
『すやぁ……』
ほんとロクでもねえ。となると、やる事は大体決まってくる。片手で頭を押さえる。
「となるとここで一泊、か」
「となりましょう。此方で部屋の用意はさせて頂きます。何か、必要な物があれば便宜を図りましょうですが……その……」
ウリエルがやや、言い辛そうにしている。その、と言葉を置きながら頬を描く。
「正直、明日までの拠点をお持ちなら其方に居る方が快適じゃないかと思いまして」
「あー……」
ウリエルの言葉に、礼拝堂に入る直前まで感じていた視線などを思い出す。どうやらメシアはガイア程居心地の良い場所ではなさそうだった。それを理解したのか、ウリエルがそうですね、と言葉を置いた。
「今現在、日本のメシアは私が完全に掌握出来ている訳ではありません。私を筆頭としたメシア穏健派……この終末の世界で他の勢力と手を取り合い、協力しながら乗り越えようとする派閥です」
聞いている限りは恐ろしく真っ当だ。というかこれがウリエルやクラリッサの所属する派閥なのだろう。
「これが
「四割」
「はい。残りの六割が所謂改革派で、この日本を制圧して千年王国を今こそ樹立するべきだと言っている勢力でして……」
『待ってました!』
『何時もの』
『変わらないなぁ……』
『お、何時ものメシアじゃん。殺そうぜサマナー』
ミコトくんちゃんは少し黙ってて。いや、というか……状況を解っているのだろうか? 今、世界が崩壊しているのだ。自分が再生の旅に行かなければそのまま消滅してしまうのだぞ? その中で千年王国樹立を目指すとかマジかよ、としか言葉が出てこない。いや、なんというか、本当に。お前ら正気なの? としか言葉が出てこない。
「まぁ、私が大司教で筆頭として押さえているので派手な行動はありませんが、それでも部下たちからはどうやら、水面下で改宗を強要したり、研究を始めている者達も出ている様でして……」
「うわぁ」
『これよこれ! メシアはこうじゃなきゃね!』
安心感から仲魔がはしゃいでいるのが解る。でも、まぁ、確かに知っている組織が知っている様子だと安心するよね、とは思う。ともあれ、これは確かにあまりここで足踏みしない方が良さそうだ。
「それにもし、貴方が世界再生をしている張本人だと知られれば……」
「知られれば……?」
「一部が暴走して殺しに行くでしょう。今の環境は救世主を探し、呼び出すのに理想的な環境ですから。千年王国を築くにしても、都合が良いでしょうし」
「正気かよ……」
「いつ……もの」
何時もので処理されてしまうメシアの所業。ウリエルも本当に心苦しく思っているのか、苦笑いしか浮かべられていない。いや、まぁ、苦労してそうな大司教だなぁ、と心の中でひっそりと思ってしまう。ともあれ、ガイアの所は実力主義とトップのまともさに救われたが、此方はあまりにも宗教色が強すぎる。その影響でトップがまともでも個人で暴走してしまっているのだ。そして暴走した個人が多すぎるからそれが派閥となっているのだろう。
救えない。
「ですので、いったん拠点に戻って貰うのが良いかと……」
「うん、まぁ、拠点には鍵穴さえあればどこからでもアクセス可能だし、そこら辺は特に問題ないかな」
「そうでしたか。なら此方で部屋を用意しましょう。明日の朝までには此方でも準備しておきます。本当に、此方の力不足を押し付ける様で申し訳ありませんでした」
「いやいや、苦労しているのは解ったから……」
もう、何も言えない。ウリエルは胃を痛めていそうだなぁ、としか言葉が出てこない。うん、まぁ、クラリッサとウリエルには多少優しくしても良いだろうと思う。まぁ……今日はこの外人村っぽい場所での寝泊りや料理を諦めて、素直にバーで過ごすのが良いだろう。
「アップルパイ……」
「それは支配人に頼もうぜ……それじゃ、ウリエル。また明日」
「えぇ、歓迎できずに申し訳ありません。その代わり報酬の方はご期待ください」
ウリエルの言葉に苦笑を零しつつ、時を過ごす為に礼拝堂を出て行く。再生中の日本に新たな問題を見つけ出しながら。
いつものメシア(安心感)
なんだかんだでこいつら学習の概念ねぇよなぁ……って毎回みながらおもうことなんだけど、究極的には禿が悪いんだよなぁ、禿が。つまり髪がないのは罪である。
という訳で。はい。
ホッカイドウわくわくクトゥルフランド開園だよ。
次回はバーに帰還しつつ新人とのコミュかな。