《節制》、《The Temperance》のカード。それはラーマを、本来のカルキとしての状態へとレベルはそのままに復帰させるカード。
《剛毅》、《The Strength》のカードによってミコトも限定覚醒される。発動する事によってミコトが神の血を覚醒させ、その能力が限界まで引き出される。濃い神気を纏う様になり、その服装は品のある女物の着物へと変わり、纏められていなかった髪の毛も結われ、その出自を思い出させる高貴さを見せつける。天叢雲剣もその姿を古刀へと変貌させる。
そして最後に《法王》、《The Hierophant》のタロット。帝都ライドウの術技を使用する事を許す。というより発動させればどうすればどういう風に使えるか、というライドウの知識が一時的に流れ込んでくる。効果が終わった時はそれはそのまま、全部忘れてしまうのだが、
今は十分過ぎる。覚醒した事によって超スペックを手に入れたカルキとミコトが一瞬で音を置き去りにして加速し、残像すら残さずホッカイドウの大地を蹴った。それに合わせ十束剣を抜き、それを大地に突き刺し、まずは大地を犯す狂気を一気に弾き出す為に、滑り込んできたアンと一緒に柄を握った。視線を合わせ、頷き合い、そして背中合わせに柄を握りながら魔と人の力を同時に十束剣へと注ぎ込み、それによってライドウの奥義を引き出した。
「天命滅門―――!」
文字通りの奥義。人魔揃って発動される絆の奥義。それが十束剣によって増幅され、瞬間的に凄まじい力となり、あらゆる不浄を祓って清める力となってホッカイドウの大地へと叩き込まれた。それに拒否反応を起こす様に
大地を覆う混沌がアンカーを失った事で急速的に力を失っていく。無節操に生えていた肉塊の木、空間に鳴り響く異音と絶望の音色、それらが大地の浄化と共に滅されていく。ライドウの奥義を放っただけに消耗は大きいものの、それでもかなりの広範囲から悪影響を除去できた。
根本的にホッカイドウ全体を浄化するには時間もリソースも足りない。だが玄関口を陣地として取得する事が出来た。足元の安全を確実に確保するのは、相手のテリトリーに踏み込んで戦う場合、恐らく最も重要な事の一つになる。少なくとも昨日、太公望と話していてそうやってテリトリーを確保する事の重要性を理解した。
―――ここで、自分がどう動くべきなのか、数瞬だけ考えた。
そして判断した。
「カルキ、ミコト、コウリュウは元凶をぶちのめせ! ベルとアンは好きなだけ地上の連中をぶちのめせ! この大地から全部叩き出してやるぞ!」
指示に従って仲魔たちが一瞬で動き出した。そして本州と此方を遮断する様に、再び大結界が展開された。これで増援も援軍もなしか、と思いながら何時もと別に変わりはしねぇか、と呟く。どちらにしろ、ハスターは殺す。そしてその経験値を頂く。一番レベリングを必要としているベルとアンは大量の敵を相手させて経験値の取得に集中させる。その間に自分は十束剣でちびちび土地を浄化しつつ進んで行く。
「メシアンがいないのならもう出てきても平気か?」
『いや、監視されているだろうから止めた方がいいだろう。今回の隣人は純粋に回復に専念するのが良いだろう』
「そっかぁー」
鳩の言葉に返答しつつブルームを後ろへと向けて引き金を引く。回り込んでいた怪物の気配に射撃したが、どうやらビヤーキーがこんにちわ! しに来ていたらしい。《至高の魔弾》に耐えられる筈もなく、ビヤーキーが爆散する。それをブルームのボディに映る反射で確認しつつ、ハスターの増援に向かおうとするイタクァの姿が見えた。
「入場禁止だ」
《至高の魔弾》で合流するよりも早く撃墜する。上半身を消し飛ばしたイタクァがびくびく動いているが、二射目で下半身諸共救いのない人たちも殺した。塵もなく消し飛んだ姿を確認しつつ上へと上げていたブルームを降ろし、息を吐く。
「……殺すのに慣れてきたな」
大物を二体沈めたので空から地上へとターゲットを切り替え、地平を埋め尽くす肉塊の森に射撃する。情報が欠損しているのか、或いはどこか完全じゃないのか、自分の知識やネットで調べたような黒い湖は見当たらない。或いはクトゥルフという属性そのものが暴走して混沌を引き起こしているのかもしれない。どちらにしろ、これは最後まで放置していたら残された世界にとって致命傷となる。切除するしかないだろう。地上を魔弾で薙ぎ払いながら跡形もない景色を生み出し、冷静にレバーを引いて次の弾丸を進めた。
『隣人よ、安心するといい。汝は別に殺す事に慣れたのではない。感覚が麻痺しているだけだ。いずれ、何もない平和な時代が来た時、自分が犯した罪に苦しむだろう、汝はそういう者だ』
「……それはどうかな」
戦えば戦う程心が渇いていくのが解る。苦しみも悲しみもあるけど、それでも人を殺す事に何も考えずに迷う事無く殺せるだけの意思が今の自分にはあった。少なくとも今は躊躇していない。必要だから殺せている。そうなってきている自分が少しだけ、怖いというのも事実だ。
それでも殺す。経験値も欲しいし、仕事であるのも事実だ。だけど自分が戦わなければ、自分の知っている人間が消えるかもしれない。それが寂しい。
その為であれば、まだ戦える。
だから再びブルームを持ち上げて構えて、そして地平線にあるすべてを消し飛ばす様にトリガーを引いた。同時に空が光に包まれた。地上の狂気を駆逐しつつ空を見上げれば、ハスターと仲魔たちの決戦が繰り広げられている。
風の神性と呼ばれ、クトゥルフ独特の発狂を誘発する死と冒涜の風。それをまずは黄龍が黄金の風を吹かせる事で浄化と狂気で相殺し合い、堰き止めている。それによってハスターに有利な空間を生み出す事を阻止している。それに合わせ黄龍の背の上を足場にするカルキとミコトが一切の躊躇もなく、ハスターを貫く様に連続で奥義を放つ。超重力と新生の炎がハスターの体を巻き込みながら千切りホッカイドウの地表へ衝突し、大地をそのまま海岸を突き抜けるまで突き抜けて吹っ飛ばし、天叢雲剣が放つ斬撃、それが放たれた後で崩れ、風に乗って循環し、水圧によって物理的な強度を無視して切り裂く、禊の水斬となって全方位からハスターに斬撃を叩き込んで行く。
それでもハスターは諦める事無く、冒涜的な言葉を口に浮かべ、精神破壊に大災厄を呼び寄せようとする。深淵の呼び声に同種を呼び寄せようとする。だがそれを音さえも飲み込むカルキの重力が消し去り、無駄な行動を挟んだ対価にその肉体を空から叩き落して、ホッカイドウへと叩き落とす。クレーターを生み出しながら陥没させ、大地と同化し始めるハスターをハスターに付着した水滴が斬撃となって切り離す。
そして大地に叩きつけられたハスターの横へと《ヴァーマナ》で回り込んだカルキがその姿を地平線の果てまでクリタ・ユガで弾き飛ばす。クラリオン戦の時の様な問答無用の絶対破壊能力はそこにはなかったが、それでも破格過ぎる破壊力でハスターという神性を一方的に蹂躙していた。
或いは《汚物の破壊者》というカルキの属性と、根本的に星の侵略者であり、地球人視点から汚物としか表現できない、クトゥルフ神群とは非常に相性が良いのかもしれない。ただその姿に一切遅れる事無く、カルキが攻撃を終わらせて隙を見せそうなタイミングで寸分の狂いもなく行動し、動きを切り伏せてカバーする様に無数の斬撃を一つの軌跡から生み出すミコトもミコトで異様すぎた。
これが本来の、超越級悪魔の実力の片鱗と呼べるものかもしれない。
汚染、狂気、侵食、精神崩壊。
そういう方面に特化した悪魔では、《The Magician》と黄龍の浄化と精神完全耐性の組み合わせは鬼門なのだろう、明確に有効な攻撃を生み出せずにハスターは空から引きずり降ろされ、星と日本という国の守護者のチームに蹂躙に近い扱いを受けていた。宇宙から地球に顔を出しに来たお前が悪いんだぞ。
まぁ、それはともあれ、
見ている間に北海道の地表が、大地が割られて行く。凄まじい勢いで異形が殺されながら、ハスターの蹂躙が進んで行く。空を飛ぶ眷属どもをチラ見しながら叩き落して行く。そうすれば次第にホッカイドウを包む狂気の気配が薄れていく。
それでも樹林する肉塊の木々の姿などは消えない。そしてそれがある限り、この大地はどうしようもなく、救いがなかった。
救いが、ない。
十束剣とライドウの奥義で大地を浄化させながら進んでも半径数百メートル程度の範囲だけだ。それを延々と繰り返すのは無理がある。だから根本的な原因であるハスターを排除したら、ある程度大地を割って、沸き上がる狂気そのものを削減する事で歯止めし、そこから浄化作業を進める事でしかこの大地を再利用できないだろう。
この大地は既に終わっているのだ。その様子をこの大地を踏んで、漸く解った。そしてこういう事がこれからも先、どんどん発生していく事も解ってしまった。或いは、太公望がバーに出現して、陣地や空間の事を考えろと講釈したのは、この時の為だったのかもしれない。
「……」
しばし、絶叫と悲鳴が溢れ返る大地の上に立ち、禍々しい色の空が少しずつ、本来の色を取り返す景色を眺めつつ、呟く。
「やるか」
『別にサマナーがやる必要はないんじゃぞ?』
チェフェイが呟きに言葉を差し込んできた。それにいや、と答える。
「別に力に義務とか責務があるとは思わないし。俺がやる必要ないってのも解る。だけどそれとは別に、誰かがやらなきゃいけないなら……ここで俺がやっても問題ないだろうって事だよ」
『ドMなサマナーじゃなぁ』
自分から面倒な道を選んでいる自覚はある。それでも、何も無駄な事はないと思っている。人生とは長い旅路だと思う。その旅路を自分はまだ、歩き始めたばかりである。しかし、今、自分の旅路は最大の危機、その時期に突入していると思う。苦難から苦難、そして苦しみの連続が続いている。だけどそれだけじゃない。良い事だってたくさんあった。
巌戸台では学生の気分を味わえた。帝都では友達を作れた。バーの連中は馬鹿ばかりだし、悪魔協会の連中も馬鹿ばかり、ガイアも馬鹿しかいなかったし、メシアは……まぁ、うん、頑張って欲しいとしかコメントが出ない。でも悪い出会いじゃなかったと思う。
全部、自分の旅路に必要な出会いだったと思う。そしてそれはこれからも続く。
「一歩ずつ、一歩ずつ前へ。その為には俺が踏み出さなきゃならない」
この出来事も、また、自分の血肉となっていつか、自分を助けるだろうと思う。そう思って自分でやる事にする、強制された訳でも、その必要があるからでもなく、自分の旅をそうやって進むと決めたから。
だからこのホッカイドウを殺す。
そう決めて、仲魔たちに指示を出す。空にある怪異を堕とせ。地に蔓延る苦痛を消し飛ばせ。悲鳴を孕む大地を崩せ。
俺の手でこの地を終わらせる。狂気を駆逐する。また自分が一歩前に進む為に。
……仲魔を自分と合体させる事なんて必要ない強さを得るために。
その為にも、前へ。
ホッカイドウの戦いは結論から言えば―――蹂躙の一言に尽きる。
ハスターは恐らくレベルが70代後半、或いは80はあっただろう。だがそのスペックのほとんどは精神耐性を破壊し、発狂を促しながら相手を自滅させる、どちらかと言えばチェフェイと同じタイプの悪魔であり、スペック的に戦闘力そのものに関しては高くはない。風の神性という属性から風を操って戦闘を行う事が出来るものの、サポートとして出している黄龍が風の操作能力を有している為、空間リソースの奪い合いに狂気汚染と浄化による拮抗により、ハスターの得意とする能力がほぼ封殺されているという事実があった。それに加え、眷属のイタクァやビヤーキーに関してはそこまで問題にならないのは、地上から駆けつけるのを目撃してから射撃すれば殺せる程度の雑魚だったという事もある。
星の汚物を終末に除去する役割を持つカルキと、日本という国を長年守護してきた神性バスターの倭建命相手には少々、相性が悪すぎた。万全のサポートがあったというのも一つの理由だった。それ故にハスターは消滅した。欠片も残さず。死んだ時にばら撒く狂気の種も纏めて全部
最終的な結果から言えば、ホッカイドウの形が削られ、変形した。
本州とホッカイドウを繋ぐ玄関口は完全に崩壊、海が再生すれば恐らく今まで以上に長いフェリー旅がホッカイドウへと進むのに必要になるであろう。その上で更にホッカイドウに進んで行けば、
家畜を育てる為の牧場は人間を育てて肉塊へと加工する人間牧場へと変質していた。その人間も生まれた時から加速されて育ち、そして同時に変異して地獄を見ながら知識を与えられて発狂していた。
そうやって、メシアンが結界を維持している間にハスターら邪神群を始末していき、そのまま北上する。
ホッカイドウの地形を削り、抉り、減らしながら南から北へと向かって残された肉塊、ミ=ゴ、そしてハスターに連れられて出現した邪神をただただ始末して行く。最初のショックは酷かったものの、日常的にもっとやばいのと接している分、ハスターさえ何とかなってしまえば、もはや問題はなかった。
残された狂気では、もうどうにもできない。残された邪神群全てとはいかずとも、北上する中で《エネミーソナー》が感知できる全ての反応を死滅させた。
そしてそのまま、北上し続け、
「―――ここに来てさ、昔……親と遊びに来たことがあるのを思い出したわ」
宗谷岬に到着した。日本最北の地。小さなモニュメントが存在し、その端に到着し、岬の崖に腰を下ろした。その先には未定義の空間が広がっており、背後には焼き払ったばかりの死の街の姿がまだ残されていた。吐き気を催すような贓物の臭いが、ホッカイドウに踏み入れてからは消えない。
「ガキの頃、親と一緒にここに来たことあるんだわ」
「ん」
横に座るアンが、その話を聞いてくれる。
「まぁ、その時は結構なガキ……というかまだ一桁の頃でさ、あんまし……良く覚えてないわ。だけどここに来て、ここが日本で一番北にある所だぞ、って親父に言われて……それですっげぇはしゃいだ事を今更になって思い出したわ」
あーあ、と声を零した。
「ホッカイドウ、生キャラメルが美味しいって話だったから一度ぐらい、食べてみたかったんだよなぁ……」
だけど、もう無理だろう。育てる環境も、場所も、人も、その全てが狂気に汚染され、歪められ、異形となった上で始末された。もはや生産される事はないだろうなぁ、と思う。いや、支配人に聞けば確かにどうにかしてくれるかもしれない。
だけど人間が作る生キャラメルはもうないんだと思うと、ちょっと寂しい。
「なんかさ」
「うん」
「……後味、悪いな」
「……ん」
横に座るアンが身を寄せ、手を握ってくれる。それだけで元気が出てくるから単純な男だと思う。だけど……うん、まぁ、彼女の前では格好つけるよりも、何時も通りの自分でいた方が楽だとも思う。
後味の悪い結末だった。
結局のところホッカイドウは全滅、消毒して北上しつつ、ホッカイドウの最北端にたどり着いて昔を思い出した。そして呆れる様に後ろへと倒れ込み、かつてはそこに到達でき、宗谷岬のシンボルとも、モニュメントと呼べるものは崩されており、
その代わりに、
―――そこには一つの扉が用意されていた。
そう、言葉が刻まれた扉が寝転がれば、扉に掘られているのが見えた。
それはまるで最初から、この地獄の景色を乗り越えて見つけ出すのを待っていたように、そこに静かに輝いているのが見えた。導かれている様に、望まれている様に、乗り越える事を期待されている様に……。
自分のせいじゃないと解っていても、どうしても滅入る。
「空、蒼いなぁ……」
寝転がりながら空を見上げつつ、DDSからの情報をグラスに映した。度重なる高レベル悪魔との戦闘で、ベルとアンのレベルは大きく上昇していた。ベルは漸く念願の70代に突入し、
アンのレベルは、69まで上がっていた。
始まる前であれば5レベル差ぐらいであれば誤差の範囲だっただろう。
だがレベルが上がったのはアンだけではない。自分と、他の仲魔たちもレベルは上がっていた。70代の後半ラインにレベルは上がって入っていた。それにタロットによる覚醒の反動でラーマもミコトもしばらくはDYING状態が維持され、蘇生不可能状態に陥っている。その事を考えると、やはりレベルをトップにある程度追いつかせたい。
合理的に考えるなら―――する必要がある様に、なってしまった。
その事を考え、昔を思い出し、奥歯に挟まる様な気持ちの悪さを忘れられず、
はぁ、と呟く。
「空が青いなぁ……」
この宙がどこまでも蒼ければいいのに。だけどそうじゃない。この青空は途切れる。無の中へと。これは
なるから―――もう、どうしようもなかった。
アンとベルを抱く必要があった。
ここまでやって、後味の悪さを我慢して、それでも足りなかったのだ。
努力が報われるとは限らない。寧ろそれが失敗と破滅に繋がるというのがメガテン世界。お前ほんとハッピーエンドに優しくないなぁ! つまり道民の墓を立てよう! 感想にそれなりに居て笑ったのは秘密。穴あきチーズにしてごめん……とは思ってないや。楽しかった。
というわけで足りなかったよ。という訳で何をすればいいかわかってるよなぁ……?
次回は……つまり……。