巌戸台分寮の台所事情。
必要な事に権力を使うのは良い。だけどそれをごり押しして使うのは駄目だ。桐条美鶴という女はめんどくさかった。でも解らなくもない理論だった。頼りすぎるとそれだけ堕落する。桐条美鶴という女はそれを理解していた。だからこそなるべく自分の力で、そして必要な時には桐条の力を使う、というタイプの女だった。現代では非常に珍しい女傑タイプ。力と金に溺れる人間が多いのに、しっかりとしている奴だった。ただ、まぁ、やはりペルソナ使い。
普通に仮面を被って生きている人種なので、欠片も信用できないのが悲しいのだが。
まぁ、それはともあれ。そういう事で寮の施設や維持というのはかなり自分の手でやろう、というスタイルになっている。お金もちょくちょく桐条から調査協力として支払われているらしいが、それも全てが使える訳ではなく、学生がお小遣いとして遊べる額までに抑えられている。まぁ、なんというか、人的配慮というか常識的な配慮というか。そういうのを感じるものだった。
掃除は流石に範囲が広いので専用の業者を呼んでやらせてはいるものの、炊事と洗濯に関してある程度自分でやらないといけない。そして寮に住んでいる者は料理に関してはある程度ローテーションを組んだ当番制にしよう、という事になった。そしてついに、訪れてしまったのだ。
俺の当番が。
朝、まだ学生たちが学校へと出る前の時間。
即ち、朝食を作る時間。
寮内のキッチン、様々な材料が広げられた中で、ふむ、と呟きながら腕を組んでその様子を眺める。食べる人間は岳羽ゆかり、桐条美鶴、真田明彦の三人に自分とアンを加えた合計五人分。それを作らなくてはならない。無論、そんな経験はない。少し前までは卒業間近の学生だったのだ。一人暮らしだったからある程度の料理は出来る。
だけどそれは自分用のずぼら飯だ。他人に食わせるものじゃない。ここに至り、根本的にどうすりゃあいいんだ、という問題が浮き上がってくる。困った、下手なもんは食わせられねぇ……!
と、思ったところで、思いついた。
サマナーは出来る奴にやらせればいいんだ。無言でチェフェイを召喚する。そして召喚されたチェフェイに、食材へと指さす。
「じゃあ、飯を宜しく」
「飯炊きをさせるサマナーとか妾も数奇な者に使役されるもんじゃの。いや、まぁ、考えは間違ってないんじゃが……なんか、こう、もやもやする」
「うるせぇ、飯を作れ」
「あいあい、解っておる解っておる……はぁー……妾も三尾になればもう少し待遇改善されるかのぉ……」
愚痴りながらも服装を割烹着に一瞬で切り替えて、慣れた手つきで飯の準備を始めるチェフェイの姿を見て、なんだか彼女の新しい側面を発掘したような、そんな気分だった。思えばあまり深く悪魔と交流する、というのは考えたこともなかった。今度、酒でも用意して本格的に悪魔と交流会でもするか、と考えながら、キッチン内、邪魔にならない様に端の方へと寄りながら、割烹着姿で朝食の準備を進めるチェフェイを見た。
「なぁ、駄狐」
「なんじゃサマナー。あ、いや、待て。今、妾駄狐って呼ばれる事に自然に反応してなかった? 妾普通にその呼び方を受け入れていなかった?」
「駄狐……」
涙が出そうになるが、それを堪える。なお、この場にアンがいないのは当然ながらあの子、食える状況だと戦闘のエネルギーを全部食欲で担おうとしているのか、片っ端から喰い続けてしまうからだ。その為、基本的にキッチンには出入り禁止にしている。気づけば倉庫が空っぽ、そんな事にさせないために。そんな訳でチェフェイを眺めているのだが、
「お前、料理とかできたんだな」
「妾か? 妾自身はただの妖獣、そんな技能ある訳なかろう」
「えぇ……」
じゃがな、とチェフェイは言葉を置く。
「妾と同一視される妲己や玉藻の前であればこれぐらい簡単にやるであろうよ」
「つまりそっちの方から技術を借りている訳か」
然り、と包丁を動かしながらチェフェイが答えた。
「妾はそもそも概念としては
まぁ、確かに調べてもチェフェイ、何て妖怪の名前は聞いた事がないし、そう言われればチェフェイの正体には納得できる。しかしそれはこのままチェフェイが霊格を取り戻せば、
「玉藻の前か、或いは妲己に派生するのか?」
「さて……それはどうなんじゃろうな? 妾は自分が気づいた瞬間には九尾の狐という存在じゃった。だがそれは完全な状態での話。少しずつ霊格を取り戻す今の状況は……少々読めんのう。まぁ、チェフェイ、という概念そのものを生み出して固定できるのであれば、妾も妾のままじゃろうて。そうじゃなければ妲己か、或いは玉藻の前を通していずれはアマテラスに……という所じゃろう」
「アマテラスは犬だし違うだろ」
「えっ?」
「えっ?」
いや、ほら、アマテラスって犬じゃん。そう説明してもチェフェイはまるで理解してくれない。あんなに可愛くてかっこいいのに何故解らないのだろうか……? まぁ、ゲーム文化だから当然だよな、と納得しつつ、悪魔は概念によって揺らぐ存在であると、認識する。だがそこで考えてみる。
「寧ろ崩壊世界でタマモも妲己も消えた今チェフェイが一強では」
「妾の時代来た……? もしや最メジャー狐妖怪クイーンの座を妾が奪った
……? これは妾、サインの練習をせねばな」
話していてアレだが、こいつ脳味噌大丈夫? とか途中で思っていたりする。
そんな馬鹿話を繰り広げている裏で、段々とキッチンには味噌汁の良い匂いが漂い始めていた。キッチンの入り口へと視線を向ければ、こっそりとアンがつまみ食いを求めて覗き込んでいるのが見えるので、静かにL&Oを引き抜いて脅迫し、逃がす。油断も隙もない奴め……そう思いながらも、たしかにこの美味しそうな匂いは誘惑されるなぁ、と認めるしかなかった。
「こっこっこっこーん、妾の魅惑の朝餉に溺れると良いぞ……!」
「料理の腕前自体は認めるとして、そのキャラ付けは失敗してるから今すぐ止めろ」
「!?」
地味にショックを受けている駄狐の姿を見つめつつ、五人分の朝食を作る姿を見て、そして息を吐く。割と楽しそうに二尾を揺らしている姿を。今の彼女との会話で、なんとなくだが納得がいった。
チェフェイは
『まぁ、僕みたいに最終到達点が明確な悪魔と、解釈が複雑な悪魔との違いだね。そういう意味では大変ではあるだろうね。彼女の場合、悪魔としての種族が変われば、人格そのものが変わってしまうかもしれないし』
今まで黙っていたマツヤが口を開いた。
『あぁ、ちなみに僕にそう言う心配をする必要ないよ。化身の姿を切り替えるのは基本だからね―――インド的に考えて! まぁ、今は彼女の時間だ。悪魔と友好を深めるのはサマナーとしても悪くない事だし、じっくり話し相手をしてあげる事だ、サマナー』
魚の癖にイケメンだ。
「……ま、俺も話しているのは嫌いじゃないしな」
「どうしたんじゃサマナー?」
「いや、お前っていつも迷走しているのクッソ笑えるなぁって」
「サマナーよ、なんか妙に妾に対して辛辣ではないか!? えぇい、待っておれ! 三尾じゃ! 三尾になった暁には妾のナイスバディを見せてやろう! ん? 三尾ってナイスバディじゃったっけ? あれ、でも変化の術あれば行けるよな?」
「お前本当に大丈夫かよ……」
なんだか、やや不安になりつつある中で、寮への扉が開く音がした。キッチンの方から首を出して確かめてみれば、病院に行ってたはずの美鶴がもう一人、学生服姿の青年を連れて寮に入ってくるのが見えた。見た事のない青年の姿に一瞬だけ迷ったが、その体内からはMagの気配を感じる。となると彼が、入院していたペルソナ使いなのだろう、
あの巨大シャドウ・マジシャンを倒した、とかいう。
寮に入って来た美鶴と、そして青年が此方へと視線を向けた。
そこで青年と目が合った。
「―――」
「ん? あぁ、いたのか。サマナー……いや、そういえば今日の食事当番はお前だったな。中々良い匂いが漂っているが」
「あぁうん仲魔に朝飯の準備をさせてる。俺よりも上手いからな。それよりも、彼は……?」
「あぁ、有里湊……新しく特別課外活動部に協力してくれる者だ」
「……どうも」
そう言って湊は此方へと軽く視線を向けて挨拶をする。それに対して片手を持ち上げ、
「俺はサマナーってんだ。まぁ、俺は一か月しかここにいないけどな。とりあえず仲魔に朝飯作らせてるから適当に用事終わらせて食いに来い」
その言葉にコクリ、と頷き、美鶴が湊を部屋へと連れて行く。入院してた手前、一人きりで送れないというアレだろう。アレから甘酸っぱい学生の青春に発展するかなぁ、と思うと反吐が出る。リアルが充実しやがってこの野郎―――とは口に出せない。周りに一応、見た目だけは整ってる女がいるし。まぁ、それはそれとして、
「駄狐―。一人分朝食追加」
「大丈夫じゃ、人修羅が何時も3人前食っておるからその分を引けば良い」
ラウンジの方で気配を殺して朝食を待ち続けていたアンがついに気配を晒してガタ、と音を立てた。後で腹いっぱい、外で食わせてやるから今は落ち着けよ、と言っておきつつやれやれ、と片手で頭を掻く。
「どうしたサマナー。何やら憂鬱そうじゃのう」
「んー、死神を見つけたかもしれんってとこだな」
「……?」
訳が分からない、と首を傾げるチェフェイが朝食づくりに戻った所で、壁に背を預けつつふぅ、と再び息を吐き出す。
あの青年……有里湊。彼の目は
デストルドーだ。
或いは
崩壊世界にいる有象無象のあの目は生きる事を諦めている目であり、正しく死滅へと無意識的に向かっている願望だ。だが……湊は少し違う。デストルドーと言うには
何もかもを失って、どうでも良くなった様な人間が到達するような目だ。最も悟りに近く、そして最も遠い目。
「……気持ち悪い目だ」
あんまり、好きになれない目だった。寧ろ嫌いだった。
「サマナー?」
「ん? あぁ、いや……なんでもない。それよりも朝飯美味くなかったらお前、スダマを巻き付けて密室に監禁するからな」
「ルシファーを超える邪悪め!!」
そこまで言われるルシファーっていったい何をやらかしたんだ、とは思わなくもない。まぁ、それでもなんとなくだがこの世界がガチリ、と音を立てて動き出したような、そんな気がした。余り良い予感ではない。溜息を吐きながら今の青年の事をいったん忘れ、頭から追い出す。まぁ、会わなきゃいいのだ。会わなきゃ。他の連中と一緒にいる間は別として。
そんな事よりも、今は朝食だ。チェフェイの作っているものは基本的な日本の朝ごはんだ。味噌汁、ご飯、鮭、そしてお吸い物。基本的な和食。シンプルではあるが、だからこそ良い。あぁ、そう言えば最近洋食ばかりだったから純粋な和食は久しぶりだったなぁ、と匂いだけで食欲を刺激される。崩壊世界に戻ったらこんな風に食べる事は―――いや、こっちで素材を大量購入して、スティーブンの所で保存すればいいのだ。そうすれば問題はない。
そう考えるとこの食生活も向こうに戻っても維持できそうだ。それは少しだけ……夢がある。
なんて、朝には考えていた。
巌戸台分寮の裏手には小さいが、庭がある。フェンスがあって周りから遮蔽してくれるので、周りからは見えづらい地形になっているここだが、武器を取り出して軽く練習するには丁度良い場所になっている。常にタルタロスに居られる訳ではないし、何よりもL&Oというクソの様に腕力を要求してくる新しい愛銃を手にした以上、それを完全になじませる為の訓練は生きる為の投資である為、外せない。つまりタルタロス以外で銃刀法を無視して軽く体を動かせる場所である。
チェフェイは低ランクの誤認術であれば使えるので、それで銃撃音を外へと漏れないようにすれば、それで射撃場は作れてしまう。
L&Oは軽いコスモガンだ。特殊弾を使わない限りは、リロードという概念を必要としない銃であり、使用者の魔力を食らってそれで弾丸を自動生成するという無限に撃ち続けられる二挺自動拳銃になっている。その上で超連射に対応し、凄まじく強度が高く、そして頑丈である為に鈍器としても扱える、超脳筋銃でもある。
クソ重いので、今まで使っていたベレッタと同じ感覚で使おうとすると、全く銃弾が当たらない。その為、高いセンスと精密性、筋力が必要とされるのだ。
なら回数を重ねて打ち続けるしかない。
流石にゴム弾ではあるのだが。それでも費用は桐条持ちなのだから、一切遠慮せずに鍛錬が行える。動かない的の中心点に弾丸を叩き込むだけの練習。
動き回る悪魔と比べれば、欠伸が出るほどに簡単だ。少し距離があった程度で、中央を外す理由がない。少なくとも、銃を使うなら最低限で百発百中クラスでもなければ悪魔相手には意味がない。それがあっても結局、銃撃耐性とかで無効化されてしまうし。だけど、それでも、
銃は数少ない、サマナーが戦闘参加できる攻撃手段だ。
最終的に、人間の生身では余程特殊な才能でもない限り、上位悪魔との戦いの動きについて来れないだろう。ついて行けるのは瞬間的な動きと思考と反応。そうなると後衛から銃弾を撃ち込むぐらいしかできなくなる。つまり、サマナーが本格的に使える武器は銃ぐらいのものになる。メギドとかが乱射される場所を、生身でサマナーが駆け抜けるなんて正気ではない。
だから鍛錬は積み重ね、タルタロスに行かず、毎日外で遊んでいても気が抜けすぎる為、二日に一回は鍛錬の日として裏庭で射撃訓練をしている。上半身裸の状態でL&Oを握り、ボックスをダース単位で横に並べ、そこからゴム弾を詰め込めるだけ弾倉に詰め込み、空っぽになるまでひたすら構えて的の中心を一発も外さずに射撃し続ける。
辛いし、汗がだくだくと流れるし、かなり集中力を使う。
だけど、
正直、連中の危機意識はそれでいいのか? とは思わなくもない。少なくとも明彦は強くなるためにトレーニングをしているが、ゆかりも美鶴もタルタロスの時間だけで強くなろうとしている。それ以外の時間を鍛錬に使う事を考えないのだろうか?
人生、準備不足と呪殺耐性不足で一瞬でパトラッシュ状態になる時だってあるのだ、どれだけ用心し、準備したところで万全ではない。
つまり、俺は臆病なのだ。出来るだけ準備をしておかなきゃもしもの時、自分自身を殺したいほどに憎んで後悔するだろう。こうやってレベルが上がりもしない鍛錬はそんな自分を納得させる為の儀式だとも言える。
だからこの明彦も寄ってこない裏庭は俺の一種の聖域だった。
そのはずだった。
「うぉぉぉ……マジかっけぇ……!」
食い入るような視線を感じる。
「こら馬鹿! サマナーさんに失礼よ! ほら、彼の事を見てみなさいよ、まるで動じてないじゃない」
「……」
合計で三つの視線を感じる。好奇の視線、どこか恐れる視線、そして虚ろな視線。一番煩わしいのは当然ながら最後の視線―――有里湊という青年の視線だった。他の二人がまだ、中身を伴っている視線を向けている中、最後の視線だけはまだ中身がなかった。ただ見ているものを見ているだけ。そういう視線だったのだ、それは。
やっぱり、とL&Oを上へと回転させるように投げる。
「おぉ!?」
落ちてくるそれを指引っ掛ける様に掴んで回転させながら構え、ノータイムで的の中心を穿った。レベルアップによって強化された敏捷と筋力はこんな曲芸でさえあっさりと許してくれる。
……湊が苦手だ。というか嫌い。
「す、すげぇ―――! おいおい、ゆかりっち今のみたかよ!? すげぇぞ今の人うひょー! マジやべぇって今の? 見たかよ! 見たかよ!」
「何時も以上に脳味噌がヤバくなってるのは解る……だけどうん、この人でこの寮にいるのは最後だから……えーと……邪魔、しちゃいましたよね?」
ゆかりの言葉に目を閉じて、ふぅ、と息を吐く。しかし学生たちがここにいる、と言う事は既に3時過ぎか、と時間を思い出す。それを確認してからいや、と言葉を置く。
「もういい時間だしな。腹ペコ娘におやつを与えないと機嫌が悪くなるし、そろそろ切り上げようって考えてたところだ。で、えーと……ゆかりちゃん? 湊君の事は知ってるけどそっちの彼は?」
銃口で軽くちょんちょん、と帽子をかぶった青年を指し示すと、ビシリ、と背筋を伸ばして敬礼した。
「はいぃ! 自分の名前は伊織、伊織順平で御座います!」
「そう怯える必要もねぇから。今装填してるのゴム弾だし。で、えーと……新しい面子?」
「うん……その、私たちの中で一番強いのサマナーさんですから。たぶん、私たちがタルタロスに潜る時、一番迷惑をかけるのはきっとサマナーさんになりますから」
そう言うゆかりの言葉は後半、段々と小さくなっている。しかし、それ以上にどこか、恐怖されている感じがある。いや、まぁ、銃なんか平日から振り回しているからしょうがないのだが。
まぁ、でも、それ以上にほぼ同年代の少女にビビられながらさん付けされるのは地味に堪える。
「俺……そんなに老けて見えるのか……?」
『サマナーはどちらかと言うと大人びている、というタイプだね。確かに年上ではあるけど、それ以上に周辺への環境に適応して生き抜いて来た事実がサマナーを人間として育てているんだよ。見た目じゃなくて雰囲気の方だと僕は思うよ』
『まぁ、老けて見られているって事実には変わらんがの』
ちょっとだけ、心が痛む。
「いや……まぁ、じゃあ俺も後で全員揃った時にするだろうけど、自己紹介しとくな。桐条のお嬢様に雇われてるサマナーってあー……傭兵だよ」
まぁ、隠す理由もないし、ここはストレートに伝える事にする。
「ペルソナ能力はないけど、代わりに別の能力で戦うから。そこらへんは気にするな。寧ろ頼れ。ガンガン頼れ。最初は迷惑かけるぐらいで丁度良いから。ま、宜しくな順平」
「おっす! 宜しくお願いしまっす! 先生!」
「先生! いい響きだ……」
『あ、褒められ慣れてない奴が褒められておるぞ』
『こういうのって調子に乗る前兆だよね!』
お前らがそこで余計な茶々を入れなければな。我が仲魔はどうしてこうもツッコミ処が多いのだろうか、ほとほと悩んでしまう。そろそろ新しい戦力が欲しいところでもある。まぁ、それはそれとして、
「基本的に俺はここにいるか、外で何か飯食ってるか物色してるからな。悩み事か相談したい事でもあったら来い。後銃の使い方だったら多少は教えられる……ペルソナ使いは使わないだろうけど。桐条とは一か月だけの契約だからその後はどうなったもんかは解らないけど、ギスギスやってても楽しくないからな、一緒にいる間は楽しくやっていこう……ところでそこのタオルと水、取ってくれないか」
「あ、どぞ」
「おぉ、サンキュゥ」
タオルで汗を拭きとりながら、水の入ったペットボトルを開けて飲む。間違いなく充実感は此方の世界の方が上なのに、人間関係はなんで交通事故したかのように複雑そうな気配がするんだろう、という気持ちでしかなかった。
ゆかりはゆかりで美鶴への敵意を感じる。
明彦は究極的に力へ貪欲なだけだ。
湊は怖い。正直あまり話したくない。
この中で、裏も表もないこの順平という青年は最高だった。彼こそ巌戸台分寮に現れた救世主なのだろうと思う。その能天気なキャラで是非とも俺の一か月の生活を明るく照らしてほしい。いや、冗談ではなく真面目に。
「ま、それはそれとして……あんまり、不安がる必要はないからな? いつも通り、自分らしくあればいいもんさ、タルタロスにいる間は。まぁ、そこのキタロー君ほどじゃねぇけどな」
「……?」
「いや、おめーだよ」
首を傾げる
「お前のその希薄というか儚いというか今にも消えそうな感じ、女ウケは良さそうだよな。だけど俺、そういうの気味が悪いし気持ちが悪いからあんま好きじゃねぇわ。つか苦手だぜ」
正面から言い切った言葉に少しだけ、驚くような表情が湊から漏れる。なんだ、ちゃんとそんな顔も出来るんじゃねぇか、と呟く。まぁ、完全なゼロというわけではなさそうだ……なら、まぁ、大丈夫だろう。
「だからお前、もうちっと笑え。なんか楽しそうにしてろ。その方が絶対に良いに決まってる」
後悔してからは遅い。その考えは崩壊世界での考え方だ。だけどきっと、それを最も必要としているのは目の前のこの青年なのかもしれない。なんとなくだが……見過ごせない。気持ち悪いし、気味が悪いし、どう考えても怪物的で、こいつの事は好きじゃない。
現実からは逃げられない。だから現実には向き合うしかない。だから、言いたい事は遅くなる前に、隠さず口にしなくちゃならない。言葉にして言わなきゃ伝わらない事もあるのだ。
―――それを少し前に、アンから学んだばかりだった。
「ま、つーわけだ。相応の報酬は貰ってるから、その分頼りにしてくれ。じゃ、また後でな」
ぽんぽん、と湊、ゆかり、順平の肩を叩いて横を抜けて行く。まだ学生服姿だった三人姿を見て、少しだけ自分の高校時代を思い出す。
世界崩壊の日はまた、同時に高校の卒業式間近だった。後1か月で卒業、という所まで来ていた。それが世界の崩壊によっておじゃんだ。もう、学歴を問うてくる社会すら残っていない。
学生姿の連中に優しくしてしまうのは、やはり……最後まで学校に通えなかった、ちゃんと卒業出来なかった後悔があるから……だろうか? まぁ、どちらにしろ、逃げられない。逃げてはならない。向き合うしかない。それが生きるという事だ。
「冷蔵庫のプリン食ったら着替えるか」
だから今日もほんの少し、小さな幸せを重ねて生きて行く。美味しいものを好きな時に食べて生きて行く。
そんな小さな幸せで、何とか生きて行ける。
そんな思いで冷蔵庫を開き、プリンが消えているのを見つけた。
「アァァァァァァ―――ン! お前勝手に喰ったなァ―――!」
なお世界の旅人らしく、サマナーさんのアルカナ『世界』であるとの事。
初期キタローは生きる意思とかが非常に希薄でどっちかと言うと苦手な人の方が多いと思う。最後の方はいいけど。番長との人気の差はここら辺かなぁ、とか思ってたり。
年齢は少し上、程度なんだけど環境と経歴がアレなので、学生にはどうしても優しくなってしまうサマナーさん。