タルタロスは実質的に16Fで攻略が停止する。それ以降に進むことが出来ない様になっているのだ。その為、そこに到達した時点でレベル上げや連携確認程度しかやる事がなくなり、夜ではなく昼間の方が充実し始める。まぁ、実質的に調査の手詰まりというものだ。そしてそんな事が発生しながら、あっさりと4月は終わりを告げる。
そうなると5月が始まる。そして5月が始まれば、
「―――だぁー! なんで今からテスト勉強なんかしなきゃならないんだよぉ!? 中間試験って18日からだろ!? 今からやっても無駄無駄、忘れるって絶対に!」
ゆかり、順平、そして湊の3人組がラウンジに集まり、勉強会を開いている。そう、美鶴と明彦を含め、全員学生だ。ここで学生をしていない奴といえば自分とアンだけだ。ラウンジでテーブルの上に教材を広げて勉強に悪戦苦闘している学生共をアンと一緒に、ポロニアンモールの怪しげな店で購入してきたバッカスの酒を使って昼間から酒を飲んで盛り上がっていた。少し離れた場所から、勉強している連中を俯瞰できるように座りながら、アンと向かい合って大きな器からコップの中へと酒を注いで、それを飲んでいた。
ぶっちゃけ、普通の人間なら喉が焼けるというレベルで強い。明らかに人間用の酒じゃない。だけどデビルサマナー、そして悪魔ともなればこれぐらい強くならないと酔いさえ感じなくなるぐらいには体が強い。これ、間違いなく悪魔の酒だから、デビルサマナーがこの世界のどこかに居そうなんだよなぁ、と思いつつも、勉強に苦しむ学生共の姿を肴にする。
「この……馬鹿言ってないで集中しなさいよ! 見てよ湊君を……ちょっとドン引きするぐらい真面目にやってる姿を!」
「真面目に勉強してたら引かれたんだけど」
「いや、だって真面目に勉強する奴って変態じゃん。そこは俺もゆかりっちに同意よ」
学生共の会話はなんというか……実に勢いがある。勢いがあってまるで中身がない。学生特有のなんというか、楽しいだけの会話だ。聞いているだけでも割と騒がしく、そして楽しい。喉を焼くバッカスの酒精を楽しみつつ、器そのものを引っ張って行こうとするアンの手を軽く叩く。
「ケチ」
「お前一気飲みしたところで酔わないんだから少しは味を楽しめよ」
「美味しい」
「そういう話をしてるんじゃねぇ……!」
これ、一つで50万はするんだぞ……? と、首を傾げそうになるが、ぶっちゃけた話
つまりこいつら一匹殺すだけで2500円から3000円相当の収入になる。
とはいえ、こいつらのレベルは4が最低ライン。それに勝てる人間は戦場で人を殺し、Magを意識せずに溜め込んだ元軍人や傭兵の類。或いは此方の業界の人間だ。ぶっちゃけ、ここら辺のレベルの相手は戦わずに普通にアルバイトでもしていた方が儲かるだろうと思う。とはいえ、自分の様なレベルになればゾンビやガキ相手の無傷の速攻勝利を収めることが出来る。集団が相手でも戦闘を行い、今相手にしているシャドウを基準に考えれば、一戦辺り80マッカぐらいは稼げるだろう。
つまり、1戦で4万円も稼げる。10戦繰り返せば40万。
ほら、バッカスの酒がもうすぐそこに。
それにデビルサマナー業界も、かなり金になるらしい。悪魔の討伐依頼は十数万で一番安い。レベル20を超えるサマナーには数百万の報酬を用意するような依頼が発生し、場合によっては数千万が一件の依頼で動く。30や40レベルを超えるサマナーともなればその金額を動かすのは当然となってくるらしい。
羨ましい話だ。とはいえ、俺も依頼で数百万を貰えるラインはすぐ目の前にまで来ているのだ。もう少しレベルが上がって世界が再生されれば……まぁ、貯金して、良い生活を送れるんじゃないだろうかなぁ、とは思っている。今も今で、桐条から報酬を貰っているのもあってこういうものには苦労していない。
やはり、働くのなら払いが良いところが一番だと思う。
それはそれとして、中々アンの食欲が増えている部分が見える。というか崩壊世界から此方へと来てから、食事の量が爆発的に増えている気がする。戦っていなければ遊んでるか食べているか。それぐらいしか目撃していない気がする。
『当然じゃろ』
「あん?」
酒精の混じった息を吐き出しながらDDSから聞こえてくるチェフェイの声に耳を傾けた。
『そもそもMagが足りておらんのじゃよ、人修羅は。魔人なんて悪魔があの程度のおやつを相手に養分が足りる訳ないじゃろうて。サマナーも人修羅もレベルが上がって強くなったのは良いじゃろうが、それはつまりそれだけの維持費が増えるという事でもある』
「その足りてない分を食事で満たしているのか」
『マジシャン戦で一気に位階を上げたのが原因じゃな』
『ついでに言えば塔の悪魔がちょっと弱すぎるのと、放出するMagの量が少ないのが原因かな。一応人修羅も悪魔だよ、サマナー。肉体を持っているから僕らよりは維持が楽だけど、それでも魔人という規格外の存在を保持し続けるには常にMagを消費しているんだよ。少しずつ、少しずつ』
……となるとどこからか、彼女を維持するのに必要なMagを調達する必要がある。Magは強い悪魔であればあるほど持っており、強い感情や信仰に合わせて多く出現する。だからレベルに見合った悪魔を狩るのが一番効率的だ。シャドウはどうも、空虚らしい。その為、獲得出来るMagが少ない。現状、チェフェイもマツヤも消費コストは少ないからいいのだが。
『まぁ一発ヤれば解決するんだけどね』
「おい」
身も蓋もないマツヤの言葉におい、と返しつつアンの手を叩く。器ごと持って行かせねぇから。そして思い出す。そういえばマツヤは倫理観ゼロな神話サイドの生物だったよな、とも。そんな此方の考えに割り込む様にいやいや、とチェフェイが言葉を挟み込む。
『糞魚の言葉は間違っておらんぞ、サマナー』
『糞魚』
『サマナーよ。サマナーは異能者でも悪魔人間でもなく、ただのサマナーじゃぞ? つまり溜め込んだMagを全く使っておらなんだ。ぶっちゃけ、それを人修羅に供給するのが一番じゃろう。サマナーが溜め込んでいる使っていない分のMagを渡せばそれで十分人修羅の事は賄えるじゃろうな』
食事量も人並みに減るぞー、と言ってくるチェフェイの言葉に、軽く頭を抱えそうになる。いや、だが、と思いながら酒を飲んでいるアンを見る。昼間から酒を飲むとか本当にダメ人間っぷりが板について来たなぁ、お前。人のこと言えないけど。無表情で顔を赤くする事もなく、お酒をちびちびと飲んでいるその姿を見て、視線を下げた。
「無理です」
そんな度胸あったら風呂場で襲ってるに決まってるだろ。出来てないから今こうやって困ってるに決まっている。というか、世紀末マインド化して他人のセックスを見てはしゃぐような思春期の状態は抜けたが、自分が手を出すとなると話はまるで違う。ほら、責任とかあるし。その後で気まずくなったり、下手とか言われたら自殺したくなるし。正直、変な関係になってそのまま一緒に戦い続けられる自信がない。
『これはもしや媚薬盛るべきでは』
『よし、妾がマリンカリンを使おう。それで問題解決じゃ』
「どうやら死にたいらしいな貴様ら」
射撃無効のマツヤはともかく、普通に通じる駄狐辺りは鍛錬の的代わりに飾ってもいいかもしれない。いや、ディアさえ使えれば再利用できるからもう駄狐が的で良いのではないのだろうか? そんな感じに朝から酒を飲んでいると、
「だぁ―――! 因数分解とか何時使うんだよ! 卒業したら絶対に使わないだろ! 休み休み休み! 助けてセンセー! 俺も卒業したらデビルバスター伊織順平となるからー!」
「うーん、この……」
宙を舞う順平の腕にそれを睨むゆかり、そして溜息を吐いて二人を見る湊。なんだかんだでこのトリオで固定されているなぁ、とは思わなくもなかった。そう言えば学年は同じだったはずだから、それが原因か。まぁ、それはそれとして、順平が座っている椅子を乗り出しながら此方へと視線を向けてくる。
「な? な? サマナーセンセーも因数分解とか使ってないだろう!?」
「そらな」
正直、高校で覚えた事は思い出そうとして口に出せる者は少ない。とはいえ、必要な時になれば勝手に出てくるだろう。知識とはそういうものだ。個人的には何事も学んでみるべし、だとは思う。何せ、人生何が起きるのか解ったもんではない。何時、どこでどんな知識が必要とされるか解らないのだ。だったら学校のカリキュラムに真面目にうち込んだ奴が最終的に得するのだ。
「ま、悪い事は言わない。素直に勉強しろ。順平はその感じ、大学に特に興味はないんだろう? だったらその分ここで詰め込めるだけ詰め込んでいけ。解らない、で許してくれるのは学生の間だけだからな」
それに、
「俺は卒業出来なかったからなぁ、高校。最終学歴が中学卒業でデビルサマナー以外の就職先が絶望的だよ」
「いや、でもセンセーめっちゃ稼いでるじゃないですか」
「なんか、この前宝石をたくさん貰ってましたよね?」
「お前ら学生。俺、プロ。俺が満額で受け取れるのは当然の対価だろう? まぁ、お前らも学生身分を卒業すれば桐条からちゃんと命を懸けて戦った分の報酬は受け取れるんだから、それで満足しておけ。ほら、大学だってただじゃないしな」
「結構こだわるんですね、大学の事」
まぁ、と呟く。席に深く腰を下ろしつつ、そうだな、と呟く。
「そもそもまともに高校を卒業出来ていれば大学に行く予定だったしな……社会学部で」
「え、嘘」
「ほんとほんと。社会における集団の役割とか、文化とか、どういう行動を通してコミュニティを形成するとか……そういうのを勉強してたんだよ」
まぁ、全部無駄になってしまったが。観察対象である社会そのものが消えたので。世紀末で使えない知識ナンバーワンだった。ただ、まぁ、人の行動原理について学ぶ事もあったので、そういう所では色々と役立った。世紀末になってからのメシアやガイア相手の交渉、或いは悪魔からカツアゲする時とか。まぁ、だからほんと、人生何を学んで何が役立つか分かったもんじゃない。
「えーと……サマナーさんは高校卒業出来てないんですよね?」
「あぁ」
「その……どうしてか聞いてもいいですか?」
「あー……」
微妙に言い辛い部分にゆかりが踏み込んできた。いや、別に個人的には口にしていいのだ。
始まりの1日目の話を。
世界が崩壊し、そして地獄の蓋が開けたあの日の事を。パパっと。余り詳細に話してもトラウマになるだけだ。だがその話をしたところで、それをタルタロスとの探索に結び付けられ、怯えられたら困る。なんというか、自分の話は割とショッキングだ。少なくとも自分は生きる為にそれを乗り越えはしたが、まだ生死を賭けている、という実感の薄い少年少女には辛い話ではないかと思う。
『まぁ、良いんじゃないかと僕は思うよ? 正直、この寮にいる人間で
マツヤの言うのは幾月の事だろう。丸ごと持って行こうとするアンの手をもう一度叩いて払いながら考える。あの男、理事長というだけあって忙しそうにしており、必要な時以外は学生たちに関わっている姿を見ない。いや、間違いなくサポートにはなっているが、日常的なメンタルケアとか、そういう部分で助けているのを見ない。大人だからこそ、そういうのを面倒見なきゃならないのではないか、と思うのだが。
『その為のサマナーじゃないかの』
俺、本当なら高校卒業したばかりなのだが。だけどまぁ、そういう事情があるのなら仕方がないだろう、と器の上にスダマを乗せてアンを牽制する。流石にスダマが乗ったバッカスの酒には中々手が伸びない。
『メ……メギ……メギドラ……メギドラ……メギドラゴン!!』
「さ、サマナぁ……ひ、卑怯ぉ……」
『鬼か』
メギドラゴンとはいったい何なのだろうか。永遠の謎を残しながらそうだな、とゆかりの言葉に答える。
「そうだな……月光館学園だっけ? お前らが通っているの?」
その言葉に頷きが返ってくるので、じゃあ、と話を続けよう。
「そこが、昼間の間にタルタロスの様にシャドウの巣になったどうなる?」
「そりゃあ……」
と、言葉を放とうとしたところで順平が言葉を止めた。それに湊がペンを置きながら続けた。
「出たんだ、シャドウ……じゃなくて悪魔」
「おう、そうだ。タルタロスみたいな無限湧き状態だ。俺の場合は学校だけじゃなく街規模で発生したからな。おかげで卒業はなくなるわ、学生生活が終わるわ、大学にすらいけなくなったもんさ」
「……」
言葉が止まり、やや、顔を青くする二人の姿が見える。湊は―――まぁ、反応が薄い。そもそも死を恐れる様なタイプじゃないから当然だろう。ただまぁ、そうやって青い表情の学生共を見ていると思い出してしまう。
最初の日の事を。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
一番最初に目撃したのはスライムに包まれたクラスメイトの姿だった。天井から落ちて来たスライムはクラスメイトの男を飲み込んだ。だけどそれではMagが足りなかったのだろうか、その粘液を伸ばして近くにいた女子学生も飲み込んだ。そうやって飲み込まれた学生はスライムの中でくっついた。物理的に。肌と肌が接触したと思ったらくっついて、そして一つへと形を変えながら粘液と融合し、最終的には学生の姿も、スライムの姿もなかった。
そうやって悪魔は生まれた。
最初に生まれた悪魔はそうやってクラスメイトを食らい、別のスライムがその死の臭いで顕現し、新たな人間とMagを取り込んで一気に増えた。何故、こんなことが、と考える暇さえなかった。気づいた時には吐きそうな口を押えながら全力で逃げ出すほか選択肢がなかった。
だが逃げ出した先は更なる地獄だった。この時点ですでに世界は崩壊し始めていた。この時点で、世界は日本以外が消滅していた。それに伴い裏と表を分け隔てる壁が消滅していた。
それ故に世界の裏側、表側に出てこない筈の存在達がロケットペンシルの様に、前へ、前へと押し出されていた。
それが全ての地獄の正体だと後にスティーブンが語っていた。
だがこの時の俺はそんな事実も知らないし、銃もDDSアプリも持っていなかった。持っていたのは人並みの理性と感性、そして脳味噌と健康な体だけだった。或いはそれがあるだけ、まだマシだったのだろう。病人や、或いは病気で入院していた人間は逃げる事さえ出来ずに食われたり悪魔に吸収されたりしたからだ。この時生み出された恐怖と絶望が大量のMagとなって崩壊世界を支えているのもまた皮肉だろう。
だけどその時、ガイアもメシアも共同してなかった時。
まだ誰も世界が既に滅んでいたと気付けなかった時。
そこは正しく地獄だった。人間がまるで紙の様に千切れる。当然だ。出現し、人間と同化する事で生まれた悪魔は
助けなんてない。自分で自分を救うしかない。
友達を、先生を、その全てを捨て去って、見捨てて、助けを呼ぶ声を無視して、助けてと足を掴む手を踏み潰して逃げ出した。夜、眠るたびに未だに思い出す。絶叫しながら笑う人たちの姿を。神に祈りながら救済を待つ姿を。
その全てが救われない。
助けてくれ、助けてくれ―――助けろよ。なんでお前逃げてるんだよ。友達だろう? 助けてくれよ。死にたくない。付き合ってあげるから。好きだった。一緒に遊んだだろう? この前の借りを返してくれよ。
好きな子もいたし、仲の良かった友人もいた。弟もそこにはいた。だけど全員見殺しにした。或いは勇気があれば、概念的な弱点を攻める事が出来たのかもしれない。清めの塩とか、そういう概念に合わせた攻撃手段でもレベル差を無視して悪魔は殺す事が出来る。だけどそんな冷静さは欠片もなく、誰かを救うという勇気もなかった。
あったのは必死の懇願だけだった。死にたくない、死にたくない、死にたくない。
実際、特別な才能がある訳でもない俺は死んでいた。そして生きる為であればこれぐらい、当然するだろう。それでも未だに思い出そうとしなくても、夜、眠るたびに思い出す。それが理由で一人では眠れない。恥ずかしいと思えば恥ずかしいのかもしれない。だけど、それでも俺は選んだのだ。他の全てを蹴落として、一人でも生き残るという選択肢を。
故に
学校を出ても悲鳴と怒号で溢れていた。テンプルナイトが活動しだしたのはメシア教会に結界を張って受け入れる状況を構築した2日目から。ガイア僧が動き出したのは初日でも、個人個人の動きで組織立った動きは皆無だった。まさにこの世の混沌。世紀末。まさしく地獄。
逃げ惑う人間を犯しながら食う悪魔がいれば、さらなる力を付ける為に人間を取り込んで肉体を得る悪魔がいた。高位悪魔になる事に失敗して生み出されたスライムは無差別に生物を食らって肥大化し、やがて耐えきれずに自爆した。
どこへ行っても死臭と血の臭いが消えない。逃げても、隠れても、常にどこからか悲鳴と怒号と、銃声と、悪魔の息遣いが消えない。この世に神がいるとしたら―――なんて言葉も意味はない。祈った所で意味はない。初日はそういう場所であり、そういう時だった。
純粋に運。それと見捨てるという判断を行えた人でなしだけが生き残れる一日目だった。誰かを見捨てて自分だけ生き残る生への執着。誰かを利用して絶対に生き延びるという傲慢なほどの貪欲さ。偶然誰かに助けられて生き延びるという運の良さ。もしくは最初からそんなものがなくても生き残れる強さ。それらのどれかがなければ生き残れない一日目だった。
今、崩壊した世界で生きる人々は誰かを犠牲に殺して、生き延びている誰かしか存在しない。
純粋な善人は、全員死んだ。
友も、家族も、親戚も、先生も、有名な人も全部全部死んだ。
炎と悲鳴の中で全部燃え尽きた。恨み言さえも燃料として燃やされて消え去った。膝を抱えて自分の部屋の中、多重のカギとロックを掛けた状態で、脳味噌は全く動かなかった。頭の中では死んでゆく人たちの光景がリフレインし続けていた。隠れる様に体を震わせながら、死んでいった人たちの姿を見て、零れた言葉は、
「でもサマナーの所と僕らの学園は違うよ」
「いや、まぁ、そう言われたらそうなんだけどな、ってしか答えられないんだけどね?」
湊の緊張感のない一言が一気に空気を割った。そういう意味では一種の才能とも呼べるな、と思いながら深呼吸をするゆかりと順平を見て思った。アレだけ空気に飲まれていたのにもう呼吸を取り戻していた。だからこそ、付け加える。
「ま、という訳だ。俺みたいなアウトローに憧れるのはいいが、学生で好きに学ぶ機会があるんだ。それをわざわざ棒に振る必要もないだろう? 学生なんだからそれらしく、苦しくても勉強するってシチュエーションそれ自体を楽しめ。お前ら、絶対に卒業した後は後悔するタイプだろうしな」
「サマナーは後悔してる、そこ」
「お前のそのカミソリみたいな切り口にはある種尊敬するわ」
一切遠慮のない湊の言葉は本当に恐ろしい。場合によっては人のトラウマや地雷を踏み抜くから気を付けて欲しい。まぁ、10日間の中で踏みつけられた程度では起爆しない程度のメンタリティは身に付いた。だからそうだなぁ、とスダマを必死に退けようとしながらもふわふわと戻ってくるスダマに悪戦苦闘するアンを横目で眺めつつ、答える。
「今になってずっと後悔してるよ。あの時もっとやっておけば、1年の時からもっとまじめにやっておけばって今になって何度も思うさ……そうならないように、しっかり勉強しろよ?」
そしてテーブルの上で高速回転を開始するスダマ。正直怖くなってきたのでDDSへと帰還させる。それを見たアンがほっとしてバッカスへと手を出そうとするので、それよりも早く奪って、ストレージへと電送する。それを見たアンが動きを硬直させる。あ、この表情は解り辛いけどショックを受けている表情だな? となんとなくだが解る。
最近、アンの小さな表情の変化が読めるようになってきた。おかげでちょくちょくアンを虐めたり、リアクションを引き出すような行動が増えていていかんいかん、とは思わなくもない。だけど解って欲しい。
普通に可愛いのだ、こいつ。
『発想が小学生』
違う、ただ困る顔が可愛いのでそれがみたいだけなのだ。こいつの表情の変化が解ってくると中々見ていて楽しいのだ。他人がそれが解らないから、という部分もあるからなのだが。まぁ、ちっぽけな独占欲だ。
まぁ、そろそろ部屋に戻って飲むか、と考える。完全に空気を悪くしてしまったし。ただやっぱ、学生生活は人生に一度のみだ。それを失った側からすると、勿体ないというか羨ましいというか、そういう気持ちが沸いてくる部分もある。
『ま、人は戒めを必要とする生物さ、サマナー。なければそのまま奔放に、楽な方を選んでしまう。そういう生き物だ。飲み、遊び、そして犯し、忘れる。そういう風に人間は作られているのさ。だから少し、脅かすぐらいが統治する上では重要になってくる……人間関係もね』
マツヤからのまともな言葉に少し驚きつつそれじゃ、と椅子から立ち上がろうとしたところで、
「あ、そうだ! そうだよ!!」
順平が椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がり、キレたゆかりに腹パンを叩き込まれ、悶絶する。何やってんだお前、と酒の入ったコップを片手に立ち尽くしていると、順平が腹を抱えながら、
「センセー、一回学校行こうぜ!!」
いったい何言ってるんだお前は。
誰だってそう思う。誰だってそうなる。それが一般と特別の違い。
それはそれとして、ひとしゅらちゃんコミュが進んだ結果、表情の僅かな違いが判る程度には仲良くなったというアレで。可愛いものは可愛い、それでいいのだ……。