孤児院で暮らしていた二人は、あるきっかけで家出し、森の中の魔法使いの家にたどりつく。そこで一夜を過ごした二人は、翌朝、帰ってきた魔法使いに見つかり、なぜか歓待を受ける。ヴァルと名乗る魔法使いは、ベルディナートに魔法の才能を見出し、レイブンに剣士の才能を見出したのだ。二人はヴァルの弟子となり、一冬を過ごした。
ある日、森でゴブリンに追われた二人は、危機一髪、ヴァルに救われるが、それをきっかけにして、レイブンは本格的な剣術を学ぶために、別の師匠の所に行くことになる。レイブンはヴァルに連れられて、旅に出る。そこで……。、
魔法使いの家
東寺明
1
東の空が白み始めた頃、町の城門が開かれた。晩秋の早朝はひどく冷え込んでいて、城門の前で足ふみして待っていたレイブンとベルディナートは、開くと同時に門を走り抜けていった。
踏み固められた土の道は、大きく曲がりくねりながらどこまでも続いている。周囲に広がる畑と牧草地は刈り入れが終わり、薄茶色の景色がどこまでも続いている。
風は無い。次第に明るくなっていく空は、雲一つなく、今日一日の好天を告げていた。
「晴れてよかったね。これなら日暮れ前に、楽々帰ってこられるから」
「うん」
半歩後ろを歩くベルディナートは、生返事で答える。
……ベルディ、久しぶりに城外に出たから、気もそぞろね……
レイブンは唇に笑みを浮かべ、チラッとベルディナートを見る。ベルディナートはふっくらした頬を、寒さと期待で紅く染め、黒目がちな瞳をあちらこちらにさまよわせている。秋の終わりの風景は明るい色味がほとんどなく、すべてがくすんで見えた。それでも、空が明るくなっていくと、色あせた景色さえ、まばゆく感じられるようになっていく。まして、レイブンもベルディナートもまだ十一歳なのだ。町の片隅にある孤児院に住み、町に出かけることすら、たまにしかない二人にとって、楽しくないはずがない。
一昨日、郊外の領主館に、お使いに行くようにと言われてから、二人の心は一日がかりの旅路のことで、いっぱいだった。行ったことのない場所ではあっても、不安になるほどの距離ではなく、かえって見知らぬ場所に行けることの楽しみの方が多いのだ。
「石造りの橋を渡ったら、三差路を左に行く。アルフの村の塔を目印にして……。あれね」
レイブンは略図を書いた書付を見、道を確認する。行き先である領主の館は半日がかりの行程だ。行って帰って、一日がかり。城門が閉まる前に帰ってこられないと、面倒になる。
「アルフの村は、去年来たから。お使いで村の聖堂に行ったら、あそこで甘酒を飲ませてもらったの。先輩と一緒だった」
「セリオン先輩のこと?ベルディはかわいがられていたからねぇ」
「うん。あれが先輩と一緒に出掛けた、最後だった」
「……。そうか。先輩、元気かな」
「……」
ベルディナートは遠くの塔をじっと見つめたまま、答えない。レイブンも黙り込んだ。レイブンの問いに、ベルディナートが答えられるはずがない。遠い町に行った友達の消息を教えてくれる者など、どこにもいない。
「お弁当、どこで食べようか。お花が咲いている川べりとか、見つからないかな」
「うん」
日が昇るにつれて、暖かくなってきた。道を進むと、低い丘が連なる丘陵地に入っていく。丘のあちらこちらに、紅葉した木々が見えてきた。常緑樹の緑。燃えるような紅のもみじ。草原の黄色。そして、ぬけるような青空。二人へのプレゼントであるかのように、晩秋の風景が輝いていた。
村の小領主が、秋の収穫の一部を町の聖堂に寄進し、そのお返しに護符を授ける。寄進と言っても麦の袋5つなので、お返しを運ぶ者も、子供で十分と考えたのだろう。レイブンとベルディナートはこの役にうってつけだった。聖堂が運営する孤児院でも、大人顔負けの仕事をしたし、受け答えもしっかりしている。特に、レイブンは、機転が利き、身体能力も優れている。
二人は道に迷うことなく小領主の館にたどり着き、執事に護符を手渡した。少しだけ期待していたご褒美は何もなかったが、務めを終えた解放感が心を満たした。
行きに目星をつけていた、森のそばを流れる川岸でお弁当を食べ、一休みをする。硬いパンにベーコンとキャベツの炒め物を挟んだだけのサンドイッチが、何よりのご馳走に感じられた。
「わたし、眠くなってきちゃった」
草に寝ころぶベルディナートに、レイブンがとろんとした目を向ける。
「少しだけね。少し休んだら、出発しよう」
「うん」
ベルディナートは明るい日差しを浴びながら、眼差しを大空に向ける。レイブンは横向きになって背を丸め、目を閉じる。
「孤児院の冷たい寝床、嫌だよね」
ベルディナートがつぶやく。
「そう?」
「そうだよ。寝藁を干すことも、できないんだもの」
「中庭が狭いからねぇ」
「一日中、暗い部屋でご飯作ったり、掃除したり。あーあ」
「ベルディ。今日はどうかしたの?」
「レイブンはそうは思わないの」
「思うけど。でもそれが仕事だし」
「仕事はするわよ。でも、こんなんでいいのかな」
「……」
レイブンがそっと片目を開く。ベルディナートは唇を引き結び、ふっくらした頬をかすかに震わせている。ベルディナートが緊張した時の表情だ。どうして、こんな気持ちのいい日に緊張しているのだろう。
「ベルディ。今日はどうしたの?なんか、変だよ」
レイブンはもう一度同じ問いを繰り返す。
「どうもしない。わたし、寝る」
そう言って、ベルディナートはレイブンに背中を向けた。レイブンは仕方なく目を閉じる。そして、今日一日、ベルディナートがどんなだったかを思い出そうとした。
短い昼寝からおきて、二人は出発する。けれど、ベルディナートの足は、ともすれば遅れがちになる。どこか調子が悪いのか、それとも心配事があるのか。レイブンは心を悩ますが、それ以上の追及はしない。あまりくどくど言うと、ベルディナートはただ黙り込んでしまうだろう。レイブンはベルディナートの歩調に合わせてゆっくり歩くが、そうすると西に落ちかけた陽が気になる。城門が閉まってしまうと、町に入れてもらうのがやっかいなのだ。孤児院でも、きっと叱られるだろう。おそらく、夕食抜きになる。気分の良い一日を、そんなことでだめにしたくない。だから、
「ベルディ。いい加減にして。足が痛いの?それともお腹が痛いの?そうじゃなかったら、普通に歩いて。城門が閉まっちゃう」
「わかってる」
ベルディナートはふてくされたように答える。そして、少しの間だけ普通に歩く。が、すぐに立ち止まった。
先に進んでいたレイブンが戻ってきて、肩に手を置く。
「どうしたの。今日はおかしいよ。そういえば、昨日の夜から、なにか変だった。なにがあったの?」
「……。うん」
「教えてよ。わたしたち、親友でしょ。ずっと一緒にやってきたんだよ。ベルディの悩みはわたしが何とかしてあげる。だから、話して」
左手に深い森が迫る場所だった。宵闇がくれば、人通りもなくなるような寂しい場所だ。近くに村はない。
二人は道をそれ、森の端の石の上に腰を下ろす。
レイブンはうつむくベルディナートをじっと見つめる。黒目がちな瞳に、不安の影が浮かぶ。
「帰りたくない」
ベルディナートがつぶやいた。
「孤児院に、帰りたくない」
「そうなんだ」
レイブンが納得したように言う。おそらくそうだろうと感じていた。だが、その理由がわからない。親を亡くしたり、見捨てられた孤児を集め、養育する場所なのだ。家庭より居心地がいいはずがないし、将来だって不安ばかりだ。だからと言って、ほかに行く当てなどない。
「どうして、今、そんなことを言い出すの」
レイブンは二つある問いの片方を口にする。もう一つの『帰らずに、どうするつもり』という問いに、ベルディナートが答えられないのはわかっている。
「わたし、先月、生理が来た」
レイブンがため息をついた。最近、ベルディナートが暗い顔をしていることが多かったのは、そういう理由だったのだ。
「そうなんだ」
「わたし、どこにも行きたくないよ」
「……。そうだね」
生理が始まった女の子は、よその町に奉公に出されるのが、孤児院の決まりだった。二人が住むニオスの町は小さく、仕事を探すのが難しいのだ。
「セリオン先輩、か」
「先輩も泣いて嫌がってたんだよ。でも、ダメだった。連れていかれる朝のこと、覚えてる」
「うん。忘れるわけない。わたし、ずっとベルディの手を握ってたでしょ。ベルディ、震えてた」
「きっともう、会えない。わたし。レイブンとも会えない」
「……」
どの町に連れていかれるのか、それすら教えてもらえない。おそらく、お針子とか、召使いのような仕事をするのだろう。それで、幸せになれるのだろうか。まだ子供の二人には、わかるはずもない。
しかし、孤児院から逃げ出して、どうやって生きていけばいいのか。町に戻れば、レイブンぐらいの子供でも、できる仕事は見つかるかもしれない。でも、孤児院がそれを許すはずがない。連れ戻されて、折檻を受ける関の山だ。それならば、ほかの町に行けばどうなるか。しかし、土地勘のない場所に行くことは、死をも覚悟しなければならない。人買いに捕らわれても、誰も助けてくれない。大人になりさえすれば、道は開けるかもしれない。でもまだだめだ。
「でも、どうする?今日帰らなかったら、わたしたち、どうなるの」
「わかんない」
両手で顔を覆ったベルディナートは泣き出した。それを見て、レイブンはすぐさま決断を下す。
「いいわ。とにかく、今日は帰らない。叱られたっていい。今晩はどこかで泊まって、ゆっくり考える。それでいい?ベルディ」
この決断の早さは、レイブンの怜悧さと勇気のありかを告げる。泣いていたベルディナートは涙にぬれた顔をあげ、それからなんどもうなずいた。
「よし。それじゃこうしていられないわ。どこか、泊まれる場所を見つけなくちゃ」
レイブンが決然と立ち上がると、ベルディナートもつられて立ち上がった。
しかし、どこに泊まればいいのだろう。普通の旅人なら、近在の農家と交渉して、納屋なり作小屋なりを借りるのが普通だろう。もちろん、それなりの謝礼が必要だ。放浪の旅人たちは、野宿に慣れている。だが、そのための装備が必要だ。なんにせよ、子供二人を受け入れてくれるような家はない。かといって、この季節の野宿は辛すぎるし、危険もある。そうなると、どこか空き家を見つけて、こっそり泊まるほかはない。
レイブンは暗くなっている空に焦りを感じながら、目を凝らして適当な小屋を探し続ける。後ろに続く、ベルディナートもきょろきょろと見廻していたが、ある場所で急に森へ足を踏み入れた。
「なに。森は危険よ。迷い込んだら、戻ってこられなくなる」
レイブンが声を張り上げるが、ベルディナートの足は止まらない。
「どうして。この先に、なにかあるの?」
ベルディナートは一度だけはっきりとうなずき、藪をかき分けて進み続ける。レイブンが振り返ると、もう道がどちらにあったか、わからなくなっていた。レイブンはぎゅっと歯をかみしめ、ベルディナートを追う。
十分ほど歩いただろうか。突然、森が途切れた。切り開かれた空き地に、煉瓦造りの小さな家が建っていた。先ほどまでの青空は、群青色に変わり、西の空の一角が橙色を帯びている。もう、これ以上歩けない。レイブンはベルディナートの手を握り、明かりのない小さな家に向かった。
ノックをしても返答はない。ドアに鍵は掛けられていない。
「お邪魔します」
レイブンは大きな声であいさつしてから、ドアを開き、中に入っていった。入口で立ち止まり、暗闇に目が慣れるのを待つ。
「こんにちは。誰かいませんか。わたしたち、道に迷ってしまって困っているんです。どうか、一晩泊めてください。なんでもお手伝いしますから、お願いします」
小さな家だとわかっていたが、できるだけ大声で、はっきり来訪を告げる。無断で家に侵入したものは、問答無用で殺されても仕方がないのだ。
目が慣れてきた。今いる場所は炊事場のようだ。奥の壁に竈があり、右手奥に流しらしきものがある。入口の横にある大きい甕は水がめなのだろう。大きな木のテーブルが部屋の真ん中に置かれ、壁の棚には、食器や鍋が並べられている。そして天井から、いろんなものがぶら下がっていた。
「なんの匂いかな」
レイブンの背中に縋り付くベルディナートがささやいた。確かに、薬のようなにおいが、部屋に立ち込めている。嫌な匂いではないが、なじみがないので心がざわめく。
「行こう」
レイブンは奥に進み、ベルディナートもくっついていく。
奥のドアを開けると、もう一つ部屋があった。鎧戸は閉められているが、天井近くに開けられた明り取り窓から入ってくるわずかな光で、部屋の様子は見て取れた。
「寝室だね」
大きめのベッドが一つ。窓のそばに箪笥が置かれている。作り付けの棚があって、燭台や鏡、そしてたくさんの本が置かれている。
本は貴重品だ。それをたくさん持っているということは、ここの住民は単なる狩人や山人ではないのだろう。
「レイブン」
ベルディナートが声を掛けた。声が少し震えている。
「うん。そうだね」
どうしよう。この家の住民がなぜいないのかはわからない。しかし、今日はもう帰ってこないのではないかと思える。炊事場に火の気はなかったし、食事の跡もない。ベッドもきれいに整えられていて、住む人の気配が感じられない。
「今夜はここで泊めてもらおう。もしも、住んでる人が帰ってきたら、謝ればいいよ。一晩寝て、それからどうするか考える。それでいい?」
「うん。わかった」
ベルディナートの体から緊張がほどけ、膝をついて座り込んでしまう。よほど疲れていたのだろう。レイブンも疲れていたが、まだやることがある。
「それじゃ、入り口を閉めてくるね。喉が渇いたから、水があるか調べてみる。あ、でも、その前に、お手洗いの場所を確かめなくちゃ。ベルディはもう寝る?」
「いい?ごめん」
「いいよ。それじゃ、毛布をきれいに使ってね。汚したら大変」
ベルディナートはそのまま眠り、レイブンはやるべきことを終えてからベルディナートの横に潜り込んですぐに眠りに落ちた。
2
ご飯の匂いがレイブンの眠りを覚ます。
寝過ごした!朝食当番なのに、遅れてしまった。叱られる!
飛び起きたレイブンは、見慣れない部屋の様子に、一瞬硬直する。鎧戸は閉まられたままだが、明り取り窓から光が差し込み、部屋の様子がくっきりと見て取れる。ここはどこだろう?ぐるりと見まわしたレイブンは、棚の本の背表紙を見て、すべてを思い出した。
隣の炊事場から、おいしそうな匂いが漂ってくる。間違いなく、誰かがいる。
レイブンはベッドから滑り降り、足音を忍ばせてドアにたどり着き、そっと開く。
炊事場も明るかった。竈に火が入り、上に乗せられた鍋から湯気が立ち上っている。大きな木のテーブルには、果物やパンが置かれている。そして、テーブルの向こう側に、人が立っていた。女の人だ。家の中なのにフード付きの外衣をまとい、てきぱきと立ち働いている。
レイブンは深呼吸してから、ドアを大きく開け、炊事場に入っていった。
「ごめんなさい。空き家だと思って泊まってしまいました。わたしたち、道に迷ってしまって、日が暮れてしまって、とても疲れていたんです。ごめんさない。あの。なにかお手伝いします」
その時、住人が振り向いた。
「水を汲んできておくれ。家の裏に小川がある。ついでに顔を洗って、手洗いもしておいで。そっちの子も」
いつのまにかレイブンの後ろに、ベルディナートが立っていた。不安げな顔をしてはいるが、行動は早かった。レイブンとベルディナートは桶をもって家を飛び出していく。
汲んできた水を水甕に注ぐ。でも、水は半分くらいしか入っていない。レイブンがもう一度汲みに行こうとすると、途方に暮れたようなベルディナートの眼差しに気づいた。桶をベルディナートにわたし、レイブンは女主に向き合った。
「なにをしましょうか」
「竈の火を弱くする。蓋を取って、野菜が煮えているか確かめる。味見はいらない」
女主の指示は簡潔で、わかりやすい。竈は孤児院で使っているものとだいたい同じだった。レイブンは火掻き棒を握り、燃えている薪を崩して火を落とす。すると、煮えたぎっていた鍋の勢いが弱まる。蒸気に気を付けながら,蓋を取ると、乳白色のスープが見えた。牛乳が入ったスープをしゃくしでかき回すと、中からジャガイモやニンジンが浮かんでくる。レイブンはニンジンを一つ杓子ですくい上げ、鍋の縁に押し当ててつぶれ具合を確かめる。
「煮えています」
レイブンがそう言うと、女主が近寄ってきた。フードは跳ね上げているので、顔がはっきりと見て取れる。最初は老婆かと思っていたのだが、近くで見ると、若々しい容貌をしていた。くっきりとした目鼻立ちをしていて、美しいと言うべき容姿なのだが、不思議な雰囲気があって、どうにも形容しがたい。背丈はレイブンよりも頭一つ高い。
女主はレイブンと入れ替わるように、鍋の前に立ち、手にした小瓶から粉末を杓子に入れ、その杓子で鍋をかき回す。すると、鼻がすっとするような、芳醇な匂いが立ち上った。
「生姜、ですか」
「そう。ジンジャーともいう、ハーブさ」
「シナモンなら、知ってます。肉料理に使うんですよね」
「そう。いろんなハーブを使い分けると、料理に深みが出るからね」
「おいしそうな匂いがします」
「すぐに食べられるさ」
「あの。わたしたちは……」
「まず、朝食だ。わしはお腹が空いているのだよ。空腹では、よい考えが生まれない。わしの師匠がそう教えてくれた」
女主はにこりともせず、レイブンに教え諭した。レイブンはいぶかしげな表情で、女を見る。得体の知れない侵入者である自分たちに、どうしてこのように接してくれるのだろう。
そこに、水を汲んできたベルディナートが戻ってきた。
「皿とお椀を出してきておくれ。三人分だからね」
女主はレイブンにそう言いつけた。
竈を背にして座る女主。向かい側にレイブンとベルディナートが腰かける。それぞれに置かれたお皿には薄切りにしたライ麦パンとチーズ。炙り焼きにしたベーコンから芳ばしい匂いが漂う。赤かぶの酢漬け。お椀に盛られた牛乳スープには、ジャガイモとニンジンだけでなく、何種類かのキノコが入っていた。テーブルの真ん中に置かれたバターとはちみつ。
お祭りの日でも見たことがないようないご馳走に、二人の少女の目は釘付けになる。無断で泊まった二人に、女主はなぜこんなもてなしをしてくれるのだろう、と言う疑問すら浮かばない。
女主が顔を伏せ、目を閉じる。レイブンとベルディナートも目を閉じ、両手を組んでお祈りをする。
「恵み多きアイギス神さま。今日のこの糧を感謝いたします」
アイギス神への信仰を唱和する二人を、女主はチラッと見たが、なにも言わなかった。
「では、いただこうか」
女主がスプーンを取ると、二人もそれに倣った。
大急ぎで口に入れたスープは熱すぎて、飲めなかった。パンにバターをつけようとして、二人の手が同時に伸びて指がぶつかる。慌ててフォークをもって、チーズに刺して口に運ぶ。チーズの芳醇な香りが口いっぱいに広がると、興奮がさらに高まった。
昨日の夜は疲れ切っていたから切実には感じなかったが、すごくお腹が空いていたのだ。なにせ、昨日の昼にお弁当を食べた切り、なにも口にしていない。そこに、このご馳走を前にして、平常心ではいられない。
二人の食欲はすごかった。お皿に置かれたものも、スープも飲み干し、女主がお替りを差し出すと、いくらでも食べた。育ち盛りなのだ。孤児院では、飢えることはなかったが、お腹いっぱい食べられたわけではない。
女主は二人の少女の食べっぷりを、ちらちらと見てはいたが、なにを言うわけでもなく、自分もたっぷりと食べた。
詰め込めるだけ食べ続け、もう限界とばかりに二人が吐息をつくと、女主はお茶を出してくれた。これも二人が飲んだことのない薫り高いお茶だった。
「あの。すごくおいしかったです。ごちそうさまでした」
食事のお礼を言い忘れていたレイブンが立ち上がり、深々とお辞儀した。ベルディナートも同じように頭を下げる。けれど、女主は何の反応も示さない。黙ってお茶を啜っている。レイブンとベルディナートは顔を見合わせたが、どうしようもないので、椅子に座り直し、お茶を飲んだ。
満腹感と満足感。それなのに、自分たちがこれからどうなるか、皆目わからない不安感。落ち着かないのに、焦りを感じない状態に置かれたレイブンは、待つことにした。この女主は普通の人ではないという気がする。
女主は、そんなレイブンの心の動きを読んだかのようにゆったりとくつろぎ、食後の時間をゆっくり過ごす。そして、お腹が落ち着いたころ合いを見計らって、席を立った。
「スープ鍋はこのままにしておく。食器は外で洗うことにしよう。ついでに洗濯物ももっていけ。やり方は、わしが教える。そっちの子は、家の中の掃除をする。いいな」
「はい」
とにかくやることができた。レイブンは元気よく立ち上がり、食器を重ねていく。ベルディナートも唇を引き締めて立ち上がった。
レイブンの仕事は膨大だった。今使った食器だけでなく、あまり使われていないものも戸棚から出して持っていく。洗濯物もたくさんあった。ベッドに敷いてあったシーツをはがし、箪笥からもう一枚出してくる。女主の厚手の服も洗う。
小川の岸辺に簡単な足場がつくられていて、ゆっくり流れる川の水で洗い物ができるようになっている。しかし、しゃがみ込んで水を吸った布を洗うのは、体力があるレイブンにとっても、楽な仕事ではない。水も冷たい。それでも、レイブンは少しも辛いと思わない。なぜだかわからないが、あの女主に受け入れられているという実感がある。ベルディナートに引きずられるようにして孤児院を出てしまった。希望があったわけではない。普段の冷静なレイブンならば、やらなかったかもしれない。それでも、決めてしまったからには全力を尽くす。それが、レイブンの矜持だった。
物心がついた時から、孤児院で暮らしてきた。小さいころから利発で、意志も強かった。なので、自然と子供たちのリーダー格になった。子供たちをまとめる力があったので、大人たちからも一目置かれることも多い。だから、誘惑も多かった。大人たちの思惑に、右往左往させられることもあった。その積み重ねの中で、レイブンが学んだことは、自分と仲間のために全力を尽くすこと、だった。今、レイブンは自分とベルディナートを守るために、全力を尽くそうとしていた。
ベルディナートの仕事は掃除だった。鎧戸をすべて開き、空気を通して部屋掃除をする。女主人の指示は徹底していて、二つある部屋の隅々まできれいしなくてはならない。天井のすすを払い、蜘蛛の巣を取る。棚の上のものを全部下ろし、棚板をふき、元に戻す。それを繰り返して寝室を掃除し終わる。続けて炊事場に取り掛かるが、こちらは寝室の数倍の労力がかかった。
女主も遊んでいるわけではない。炊事場にあるこまごまとした道具を磨き、棚に保管してある薬草やハーブを整理する。小川に赴いて、レイブンが洗ったシーツを一緒に干す。
洗濯を終えたレイブンは、女主の指示で屋根に上った。屋根は銅板で葺かれていたが、割れ目ができて雨漏りしているのだ。本格的な修繕はできないが、詰め物をして、板を張れば雨漏りだけは止めることができる。時間がかかったが、レイブンは粘り強く仕事を完成させた。
大方の仕事が終わったのは、午後の遅い時刻だった。朝食を目いっぱい詰め込んだが、お腹もすいてきた。
女主はお茶を沸かし、焼いた栗をおやつに出してくれた。お茶は苦かったが、甘い焼き栗の後に飲むと、口がすっきりする。今日も天気が良く、窓から入ってくるそよ風が心地良い。
おやつが終わると、レイブンは森に柴集めに、ベルディナートは水汲みに出された。竈には一番大きな銅鍋がかけられ、炊事場の隅に大きなたらいが置かれる。ベルディナートが汲んできた水を大鍋に入れ、竈に火を入れる。やがて、レイブンが柴の山を背負って戻ってきた。火をどんどん焚き、炊事場は夏の日のように暑くなっていく。夕暮れが迫り、鎧戸が閉められた。
大鍋で沸かしたお湯は、たらいに入れていく。どんどん継ぎ足し、水を入れて熱さを調整する。たらいのお湯には、ローズマリーの茎の束が浮かべられた。炊事場はローズマリーの香りに満たされ、それを嗅ぐだけで疲れた体が、スーッと軽くなるようだ。
これからなにが起きるのだろう。
レイブンとベルディナートは顔を見合わせ、期待に満ちた視線を交わす。
「なにをぼんやりしてるんだい。あんたら、二人とも臭いよ。体をこすり上げてしまいな」
孤児院には、お風呂などはない。夏ならば、水浴びをすることもあったが、寒い季節では体をタオルで拭くぐらいしかしない。それは孤児院だけでなく、普通の庶民は皆そうだった。
けれど、ここで裸になるのは抵抗があった。たとえ、女ばかりであっても、少女らしい羞恥心は消えない。
「二人一緒ってわけにはいかないね。それじゃあ、髪の長い方、あんたから入るんだ」
困惑したベルディナートが、目線で助けを求めるが、レイブンは首を振る。女主の好意を無にするわけにはいかない。ベルディナートは仕方なく服を脱ぎ始める。
汚れた上着を脱ぐと、レイブンが受け取ってくれた。主はそれをちらりと見る。厚手の麻のワンピースも薄汚れていたが、孤児院の子供ではごく普通のことだった。胸のボタンをはずし、裾からめくり上げて脱ぐ。これもレイブンが受け取り、きちんとたたむ。下着姿になったベルディナートは、太ももをすり合わせてもじもじしていたが、あきらめたように脱ぎ捨てる。
十一歳の少女は、胸のふくらみも小さく、腰の張りもほとんどない。少しだけふっくらしたお腹。細いふともも。薄靄のような陰毛が、処女の入り口を隠している。
裸になったベルディナートは、大急ぎでたらいに入り、腰を下ろす。温かなお湯に腰まで浸かったとき、その心地よさに思わず声が出た。心配げに覗き込むレイブンに、唇をほころばせて言う。
「温かい」
ベルディナートは孤児院に来る前に、お風呂に入ったことがあった。でも、そんな体験は、ほとんど忘れかけていたし、もう入ることなどないと思っていた。
レイブンがヘチマのスポンジで、ベルディナートの背中をこすり始めた。
「髪も洗うんだよ。ずいぶん、洗ってないだろう」
「でも、お湯が汚れます」
レイブンが抗議する。
「なにを言ってるんだ。汚れを落とすために、湯につかっているんだろうが。湯はどんどん沸かしてるんだ」
女主の言葉に、レイブンはうなずいた。ベルディナートは狭い桶の中で前かがみになり、髪を湯につける。女主が石鹸をレイブンに渡した。レイブンは小さな手桶でベルディナートの頭に湯を何度もかける。指で頭髪をこすり、大まかな汚れを落とす。それから石鹸を泡立てて、ベルディナートの髪を洗っていく。お湯がぬるくなると、レイブンが素早くお湯を足していく。
「かゆいところはない?」
「うん。もういい」
「それじゃ、流すよ」
レイブンが手桶でなんどもお湯をかけ、石鹸を流していく。たらいのお湯が汚れていくが、それは気にしない。髪を洗い終えると、体をこすり、お湯で流す。
洗い終わったベルディナートが立ち上がる。長い髪先や、肌から水滴がしたたり落ちてく。そして、磨き上げた肢体は、薄明りの中で白く浮かび上がる。
椅子に腰かけた女主が、頬杖をついて、産まれたてのような美少女の裸身をじっと見つめていた。
次はレイブンだった。
レイブンはためらいもなく服を脱ぎ捨てた。レイブンの体は、ベルディナートよりもさらにほっそりしている。やせてはいるが、弱々しさはない。しなやかな柳のような肢体は、瑞々しさと弾けるような強靭さが感じられる。胸のふくらみも、陰毛もなく、股間のスリットがくっきりと見えた。
「お湯を汚してごめんね」
「いいよ。ほんとに気持ちいいね。お風呂、初めてだ」
笑顔のレイブンが体をこすり、裸のまま膝立ちになったベルディナートが背中を流す。生まれたままの姿で、二人の少女が親しみのこもった交流をつづける。
「それは、わしがやろう。あんたは髪を乾かしなさい」
ベルディナートがレイブンの髪を洗おうとすると、女主人が声を掛けた。
「でも……」
「やってもらうことがある。まず髪を乾かすんだ」
「はい。わかりました」
ベルディナートは素直に従い、竈の前に座り込み、頭を傾けて長い髪を乾かし始める。
女主人はレイブンの髪をお湯で流し、石鹸で洗い始める。肩で切りそろえたレイブンの黒髪は、水に濡れると艶々と光った。
「あんたの髪は、濡れ羽色に光ってるね」
「濡れ羽色って、なんですか」
「カラスの羽の色さ。あんた、レイブンって名前なのに、そんなことも知らないのかね」
「レイブンは、わたしのあだ名みたいなものです。わたしが幼いころ、孤児院の人がつけてくれたそうです。カラスみたいな髪だって。これが、濡れ羽色ですか」
「ああ。きれいな色だね。それにカラスは賢い鳥だ。人間をよく観察して、利用するすべを知っている。ただ、声が汚い」
レイブンがうつむいたまま笑った。
「それも似てますね。わたしの声は、しゃがれてるから。ベルディナートみたいな透き通ったきれいな声がよかったのに」
「ハスキーボイスっているのさ。男心をつかむ声さ」
「そんなの、いらないです」
「大人になれば、わかる」
女主人はレイブンの髪を洗い始める。指使いは繊細でありながら力強く、レイブンの頭皮をこすっていく。その心地よさは、これまで経験したことのないもので、思わず声を上げそうになる。電流が背筋から尾てい骨に走り、股間を熱くさせる。無意識に体が上下動し、太ももをこすり合わせていた。
レイブンは横目で、髪を乾かすベルディナートを流し見た。横座りになり、足を大きく開いていて、股間の割れ目がくっきりと見えた。体をねじらせているので、割れ目もキュッと曲がり、不思議な表情を醸し出している。レイブンの股間に、お湯ではないものがにじみ出る。
「あの。もう、いいです」
けれど、女主人はさらに巧みに指を使い、レイブンの性感を刺激する。レイブンはお尻を浮かせ、両手をついて揺れる体を支える。
「もう、いいです。やめて」
苦しい息で懇願すると、ようやく解放された。お尻をすとんと落とし、肩で息をするレイブン。
「さあて、それじゃあ、体をこすり上げるよ」
「自分でやれます。大丈夫です。本当です」
必死に抵抗するレイブンを、女主人は解放してくれた。めまいがしそうななかで、レイブンは懸命に体をこすりあげ、お湯で流す。最後は女主人がぬるま湯で、レイブンの体を流してくれた。
こすり上げられ、ピンク色になった肌。濡れて艶やかさを増した黒髪。長いまつ毛に飾られた大きく黒い瞳。すっと通った鼻筋も、小さな唇も、将来、美女になることを約束してくれていた。
「さあて、それではあんたたちの服を洗うんだ。お湯だと汚れが綺麗に落ちるからね」
「あの。でも、ご主人がまだ洗ってません」
「わしは、あんたらほど汚れちゃいないさ。さあ、とっととやってくれ。わしは、夕飯の支度をするからね」
「はい」
女主の服を借りたベルディナートが、二人の服を洗いはじめる。その間に、レイブンが髪を乾かし、同じように服を借りて着て、洗い終えた服を二人して外に乾かしていく。それから二人は、湯あみをしたたらいを片付け、濡れた床を拭く。それが終わる頃、夕食の準備ができていた。
「さあ。食べようじゃないか」
「あの。その前に。こんなに良くしてもらって、本当にありがとうございました。実は、わたしたちは……」
「わしは、腹が空いたよ。話はあとだ」
「はい」
夕食もご馳走だった。蒸し焼きにした山鳥は、塩気が強かったがその分うまみが凝縮されていて、薄く切ったカンパーニュにのせて食べると、ため息が出そうなほどおいしかった。朝の残りのスープと、温野菜。おいしいご飯は、一日の労働の疲れを吹き飛ばしてくれた。
食事を終え、片づけを済ませる。食後のハーブティーを飲みながら、女主人は世間話でもするように、口を開いた。
「では、話を聞かせてもらおうか」
「はい」
レイブンは、ベルディナートと視線を交わしてから話し始める。孤児院で暮らしていた自分たちが、どうしてこの家に行きついたかを、嘘を交えずにすべて語る。女主は一言も口を挟まず、話を聞き終えた。
女主は秀でた額にしわを寄せ、しばし考え込む。そして言った。
「あんた。ベルディナートと言ったかね。あんたは、友達と別れて一人見知らぬ街に行かなくてはならないから、孤児院を逃げ出そうとした。そうなんだね」
そう問われて、ベルディナートは口ごもった。レイブンは眉根をひそめて友達を見やる。
「ベルディ?」
「わたしは……」
確かにそれだけの理由で、家出を決断するのは行き過ぎだったかもしれない。
「わたし、知ってるんです」
ベルディナートは絞り出すように言葉を継ぐ。
「奉公に出されるんじゃない。本当は売春宿に売られるんです。先輩も、ほかのお姉さんたちも」
鋭い刃に貫かれたような痛みがレイブンに襲い掛かった。これまで知っていた世界が一瞬で崩壊し、暗黒の空洞が口を開いてレイブンに迫ってくる。
「嘘。そんなの、ひどい」
「だって、本当だもの。みんな、そうだもの」
「でも。どうして話してくれなかったの。そんな大切なことを」
レイブンが隣に座るベルディナートに詰め寄るが、ベルディナートは無表情のままだ。
「友達なのに」
「友達だって、話せないことがいっぱいあるさ。それで、あんたたちはどうするね」
その問いかけは、二人に現実を思い出させた。二人は見知らぬ人の家に迷い込んだ侵入者でしかないのだ。
「あの……」
「ここにおいてください。お願いします。なんでもやります。一生懸命働きます。わたしとレイブンをここにいさせてください」
今までの引っ込み思案から一転して、ベルディナートが椅子から立ち上がり、そう叫んだ。
「ベルディ?」
レイブンが途方に暮れたような表情になる。ベルディナートはそういうが、レイブンには納得がいかないことがある。
「そっちの子は、なにやら不満があるようだね」
「不満じゃありません。よくしてもらって、本当に感謝しています。でも……」
「でも、なんだい」
「レイブン。おかしなこと、言わないで」
「だめだよ。ベルディナート。ちゃんと言っておかなきゃ。あの。朝も夕食もすごいご馳走で、どうしてこんなに良くしてくれるんですか?お風呂だって、初めて入れてもらいました」
「その理由を知りたいと」
「だって、突然迷い込んだ子供を、こんな風に歓迎してくれるなんて、なにか変です」
「ふんふん。それで、あんた。レイブンだったか。あんたの考えはどうなんだい」
「どうって……。もしかしたら、わたしたちを太らせて、きれいにして、それから食べちゃうんじゃないか、って」
レイブンが震える声で言うと、一瞬真顔になった女主は爆笑し始めた。その笑い声は本気で面白がっているようだった。
「これはいい。これこそおとぎ話の世界だねぇ。あんた。そんなもんをほんとに信じてるのかい。その年で」
レイブンの顔が真っ赤になった。そう指摘されると、いかにも子供っぽい発想だと思えてくる。
「そりゃいい。わしは女の子を食べたことがないが、それはさぞかしおいしいのだろう。と、すると、わしは魔女ということになるわけだ」
「いいえ。そんな風に思ってるわけじゃ……」
「レイブン。失礼なことを言わないで。こんなに良くしてくださっている方に失礼でしょ。これからだって、お世話にならないといけないのに」
「こっちの都合でそんなことを頼む方が、おかしいわよ。なんのとりえもない子供を助ける義理なんて、ないんだから」
二人が言い合いをしていると、穏やかな表情になった女主が間に入ってくる。
「この家に来た人間をすべてもてなしているわけではないが、訪問者を歓待する習いは持ち合わせておるぞ。最近では、町のものは金がなければ、もてなしもしない風潮がはびこっているようだが。だが、おまえたち二人をもてなしたのにはわけがある」
そう言って片目をつぶって見せる。レイブンもベルディナートも顔をこわばらせて話に聞き入った。
「なんとなれば、わしの許しを得ず、この家に入ったのは、お前たちが初めてだからだ。家の鍵がかかっていなかっただろう」
レイブンがうなずく。
「でも、狩人や山人たちが森に入ってきたりするでしょう。迷い込んでこの小屋を見つけることだってあるはずです。だって、わたしたちも、偶然見つけたんだから」
「偶然というのはありえない。なぜならば、この家には魔法がかけられているからだ。だから普通の人間は見つけることもできない。故に、入ることなど、できるはずがない」
女主の言葉に、二人は声をなくす。レイブンは口をきゅっと引き締め、ベルディナートは身を引いて、少しでも距離を取ろうとする。
「ふうむ。いい反応だ。レイブンよ。これはつまり、どういうことなのかね」
「……。あなたが魔女だと言うことです。それもとても強い魔力をもっている。この炊事場には、得体のしれないものがたくさんあります。ハーブみたいなものが多いけど、これは魔法の薬をつくるためなんですか」
「そのとおり。だが、もっと重要なことがある。わからないか」
そう訊ねられて、レイブンが考え込む。怯えているベルディナートは、体をレイブンに寄せ、不安げなまなざしで見つめる。
「そうか」
レイブンが唇に笑みを浮かべた。
「見つからないようにかけられた魔法が、わたしたちには効かなかった。そうですよね」
「そのとおり。くどくど説明するのも面倒だから言ってやろう。あんたらのどちらかは、強い魔力を持っている。な」
二人は顔を見合わせた。
「そんなことはありません。魔法なんて、なにも知らないもの」
「なるほどな。そっちの子は」
問われたベルディナートは口ごもった。レイブンが変な顔でベルディナートと女主を交互に見る。
「そうか。そっちの子が魔法の持ち主なのだな。よしよし」
女主がほくそ笑む。いかにもうれしそうだ。
「ベルディ?」
「わたし、知らない」
疑問の眼差しを向けるレイブンに、ベルディナートは懸命に否定する。
「自分の能力に気づかない者も多い。珍しいことじゃない。さて」
女主は真顔になって、しばし考え込む。レイブンもベルディナートも、不安げに見守るしかない。
「わしは弟子を取りたいわけではない。だがな、最近頻繁に魔物が出現したとのうわさを聞く。魔物の出現は、この世界の深い部分が活性化しているということだ。これから、動乱の時代が来るやも知れぬ。そのような時代にわしも備えておくべきか。有能な魔法使いは、人々の暮らしを支えることができる。あるいは、強大な魔力を持つものは、魔物と戦い、平和をもたらすこともできよう。もしもお前たちにやる気があるのなら、この家にとどまり、わしの弟子として働くこともできる。どうだ」
女主は二人をまっすぐに見つめ、そう問いかけた。
レイブンとベルディナートは一瞬迷いを見せたが、答えは決まっていた。
「はい。よろしくお願いします」
3
女主は名をヴァルと言った。女の名前らしくないが、魔女ならばそんなこともあるだろう。
魔女の弟子となることに、二人は不安を感じていたが、実際の生活は常識的なものだった。
弟子になって初めての仕事は、ベッドをつくることだった。今あるベッドは広いので二人が一緒に使い、ヴァルのベッドを新しく作るのだ。ヴァルの指示で、レイブンが森に入る。木を伐り出し、枝を払い、皮をむき、長さをそろえる。組み立てはヴァルと二人掛かりだ。釘は使わない。溝を掘り、組み合わせ、蔦で補強する。
一方ベルディナートは、仕入れてきた綿をほぐし、布を縫製して布団をつくる。ベルディナートの仕事は丁寧で、しかも早い。
二人分の冬服も作らなければならなかった。機織りをする余裕はないので、素材はすべて村の市から仕入れてくる。対価は薬だった。ヴァルは薬師として名が通っていたので、その薬は高値で売れた。猟師から毛皮を仕入れてきて、外衣と靴も作った。
レイブンの主な仕事は森や川べりで薬草やハーブを摘んだり、薪や柴を集めることだった。村人の家に薬草を届けたり、市に出かけて、野菜や肉を買ってくることもあった。食事の支度は、二人で分担した。
二人はよく働き、よく食べた。三日に一度はお湯につかり、体を磨き上げた。
季節は冬へと向かい、森に初雪が降った。
魔導書をお手本にして、二人は文字を教えてもらった。魔法は素質が最も重要だが、知識がかけていると、深みも幅もできないとヴァルは教えた。孤児院では無用だった文字が、未来への架け橋であることに気づいた二人は、熱心に勉強した。
ベルディナートに魔法の才能を見出したヴァルは、基礎的な訓練を始めた。と言っても、特別なことをするわけではない。魔法を学ぶことは、この世の理である法を学ぶためにすることと同じだ。観察し、理解すること。そのために、平常心、自制心を養うこと。魔法の基礎知識を蓄えること。
ヴァルはベルディナートに考えることを要求した。この世界の事象には、なんらかの意味があると認識することがすべての出発点だからだ。魔導書を読むこと。瞑想の作法を会得すること。日常の仕事と共に、それらをこなすのは大変だったが、ベルディナートは粘り強くこなしていった。
一方、魔法の才能があまりないレイブンは、剣技の基本を学んだ。呼吸の整え方。足さばき。もちろん筋力を強化することも忘れない。当然のように肉体労働もレイブンの担当になっていく。レイブンは体を動かすことも好きだったので、まったく苦にならない。
二人の日常がそれなりに安定してくると、ヴァルは出かけることが多くなった。家を何日も空けて、遠くに出かけているようだった。ヴァルがいなくても、二人は自分たちの責務をしっかりとこなしていった。
月に三度、四のつく日に開かれる市には、レイブンとベルディナートが行くようになった。三人になり、食料を含めて必要なものが増えたからだ。今まで町に住んでいても、市場に出かけたことはほとんどなかった。なので、村の小さな市であっても、二人には楽しい娯楽でもあったのだ。なんども出かけていくと、顔なじみも増え、会話も弾むようになった。ヴァルの評判は良いようで、その家に世話になっている二人も大切にされた。
雪が積もる村の聖堂前広場に、小屋掛けの店がつらなり、多くの人がそぞろ歩きして、買い物を楽しんでいる。冬で外出もままならない村人にとっても、市は楽しい催し物なのだ。
「この前のカンパーニュがとってもおいしかったよ。外の皮がパリパリしてるの、好き」
パン屋の屋台で、レイブンが売り手のおじさんに話しかける。
「今日のも、美味いよ。おいらが夜中から仕事して、焼き上げたんだからなあ」
「おじさん、眠くないの」
「これを売り切ったら、寝るさ」
「昼間っから、眠れるの。うるさくて、寝られないんじゃないの」
「いいや。人間は、適応する生きものなのだ」
「そうか」
パン屋のおじさんと会話するレイブンに袖を、ベルディナートが引く。
「ねえ。ねえ、レイブン」
「ん?」
「あの人。見える?向こうの陶器屋さんのとこ。あっ、こっち見てる」
「なに。だれ?」
「町の人。孤児院でみたことある」
レイブンの顔に緊張が走った。
「おじさん。またね」
そう言いおいて、レイブンは反対側に向けて早足で歩き始める。ベルディナートが慌ててついてきた。
「やばい?」
「たぶん」
「どうする?」
「様子を見ながら、逃げる。その人、一人だった?」
「たぶん」
ベルディナートはなんども振り返るが、さっき見かけた人はついてこないようだ。
「追ってきてないみたい。買い物はどうする?」
「もうやめ。パンと野菜が買えたから、今日はもういい」
広場から門へ続く道は曲がりくねっていて、見通しが利かない。煉瓦造りの小さな家が立ち並び、ところどころに細い横道がある。
「本当に、逃げなくちゃいけないの?」
「わからない。でも、勝手に孤児院から逃げ出してしまったんだから、そのことを怒っていてもおかしくないでしょ。もしも、連れ戻されたら」
レイブンがベルディナートを睨む。ベルディナートは頬を震わせた。
村の正門が見えてきた。今日は市があるので、木の門は開け放たれている。人の出入りも多い。門番もいない。ここを抜けさえすれば、つかまる危険はぐっと減るだろう。
レイブンもベルディナートも籐製の籠を背負っている。走ると中に入れている、パンや野菜が跳ねるので、本当は置いて走りたい。でも、あの男は追手ではないかもしれないから、そんなもったいないことはできない。
門の前は小さな広場になっていて、十数人の村人がたむろしていて、談笑している。その人たちの間をすり抜け、門に向かって走る二人。
しかし、その前に、男が立ちはだかった。ベルディナートが市で見かけた町の人間だ。小太りの中年男が、腕を広げて二人の少女を捕まえようとする。
とっさにレイブンが、通りすがりのおばあさんの杖をひったくった。
「ごめんなさい。あとできっと返します」
杖を両手で握り、右上段に振り上げながら、レイブンが突進する。反撃を想定していなかった男は、身構える間もなく、レイブンの一撃を頭に受ける。杖が折れて弾け飛び、レイブンはバランスを崩しそうになって、かろうじて踏みとどまる。腰砕けになった男は、その場にへたり込んだ。
「ベルディ」
振り返ったレイブンは、別の男に背負い籠をつかまれ、よろめくベルディナートを見つける。レイブンの反応は素早かった。
「ベルディ。籠を捨てて」
そう言いながら、自分の籠を右手でつかみ、振り回しながら男に迫っていく。男はベルディナートを離し、身構える。
「助けてー。人さらいよ。この人たち、わたしたちを売り飛ばすつもりなの」
大声を上げたのはベルディナートだった。普段は物静かで恥ずかしがり屋のベルディナートが、顔を真っ赤にして叫ぶ。何事が起きたのかと硬直していた村人たちが、騒ぎ始めた。男の行動も、わずかばかり緩慢になる。その瞬間を狙って、レイブンが籠を投げつけた。
「逃げるよ」
男がよろめいたのは一瞬だった。だが、その隙に、二人は一気に門を通り抜ける。しかし、すぐ後ろから立ち直った二人の男が追ってくる。
レイブンの横を走るベルディナートが何やらつぶやいていた。しかも、両手の指を怪しげに動かし、空中に文字を書いている。
ベルディナートが振り向き、なにかを突き出すように両手を広げる。一瞬、空間が揺らいだ。次の瞬間、門を抜けようとしていた男が、何かにぶつかったかのように立ち止まる。そして、そのまま前に動けない。何やらわめいているようだが、二人には聞こえない。
「なに。なにをしたの?」
「目くらましの魔法。あそこに扉があるって、あの人たちには見えているはず」
ベルディナートが息を弾ませて答える。
「すごいじゃない。そんな魔法が使えるようになったんだ」
「お師匠様に教えてもらったばかり」
「すごい。すごいよ」
レイブンがベルディナートに抱き着いた。
「いつ鍛錬していたの?全然知らなった。ベルディ、ほんとうに魔法の才能があったんだ。すごいよ」
「まだまだだよ」
ベルディナートが照れる。
「いばっていいよ。本物の魔法を見たの、初めてだ。それで、あの効果は、どれくらい続くの」
「わかんない」
「ヘッ?……」
顔色を変えたレイブンは、ベルディナートの手を引いて走り出す。
「逃げきれる?」
「たぶん大丈夫。毎日森で鍛えてきたもん」
「わたしはだめだよ」
「頑張って。わたしたちの未来が、かかってるんだから」
「うん」
無力な子供であり続ければ、どのような運命も甘んじて受け入れるしかない。しかし、修行を積みかさねて力をつければ、自分の望む生き方が選べるのだ。
「お師匠に、もっと剣術を教えてもらっておけばよかった」
「わたしも」
二人は五キロの道のりを走りとおして、森にたどり着いた。
森の中に小径がつくられている。杣人や狩人も使う小径だが、普通に歩いているだけではヴァルの小屋にたどり着くことができない。これがどんな魔法なのか、ベルディナートもまだ知らない。冬の森は下草も少なく、見通しもいいし、とても歩きやすい。二人は歩きなれた道で、緊張を解いた。
「また、襲われるのかな」
「たぶんね。わたしたちが逃げ出したこと、怒ってたんだ。やっぱり売られるってのは、本当だったんだね」
「うん。先輩。助けられなかった」
「今からだって、できるかもしれない。たぶん」
「そうだね。でも、今も、なんだよ」
「うん。ごめん」
長く暮らしてきた孤児院には、楽しいことだってあった。この年まで生きてこられたのも、孤児院があってのことだ。でも今は、自分たちを食い物にする魔窟としか思えない。
「わたし、もっと強くなるよ。強くなって悪い奴らをやっつけてやるんだ。ベルディナートも一緒に戦おう」
「いいよ。ずっと一緒……」
突然、ベルディナートが立ち止まった。
「なに?追っ手?」
レイブンが腰を落とし、警戒する。
「わかんない。あれ……」
ベルディナートの視線をたどったレイブンは、重なり合う木々の向こうに動く黒い生き物を見つける。人間よりも小さいが、猿よりも大きい。
「なに、かな」
つぶやいた瞬間、ひらめいた。
「ゴブリンだ」
ヴァルも話していたし、村人の噂話でも聞いたことがある。けれど、本当に出会うとは思ってもいなかった。
「逃げよう」
「うん」
二人は来た道を引き返す。枝分かれになった道も知っているから、家に帰ることはできる。だが、ゴブリンは二人を見過ごさなかった。
「追いかけてくる。早い」
レイブンが悲鳴のような声をあげた。先ほどの追っ手には、果敢に立ち向かうことができた。だが、異形の生き物には、恐怖心が先に立ってしまい、手足がうまく動かせない。走っているつもりなのに、前に進めない。それでも、道端に落ちていた枝を拾い、迎え撃つ準備だけはする。
「ゴブリン。二匹」
「剣、持ってる。足、速い」
「逃げられる?」
「わかんない。ベルディ。あの魔法は」
レイブンが泣きそうな顔で聞いてくる。ベルディナートは友達と自分のために、魔法を使おうと決める。
走りながら呪文を唱え、空中に指で文字を書く。息を切らし、汗を流しながら落ち着きなく魔法を唱えることは、初心者のベルディナートには、難しかった。不安を感じながら、ベルディナートは振り向き、両手を突き出す。
十メートルまで迫っていたゴブリンが、止まる、と言うレイブンの期待は、あっさり裏切られた。
止まるどころか、剣を振りかざしながら、突撃してくる。レイブンは腰を落とし、木の枝を構える。大きく振りかぶったゴブリンの剣を、下から巻き上げるように突き出す。
枝の先がゴブリンの小手を打ち、剣がポロリと落ちた。レイブンがさらに踏み込み、枝を頭に振り下ろす。枝がボキリと折れ飛び、ゴブリンがひざを折る。だが、もう一匹が迫ってきた。
「ベルディ。なにしてるの」
魔力を使い果たしたベルディナートは、片膝をついて荒い息を吐いている。
「ベルディ」
レイブンはベルディナートを抱え上げ、励ましながら走り出す。けれど、速く走れるはずがない。
レイブンは小径からそれ、木々の間をすり抜ける。だが、ゴブリンの方が早い。
「ここまできたのに」
レイブンが歯を食いしばり、力を振り絞る。
「こんなところで……」
レイブンはベルディナートを投げ出した。そして、くるりと振り向く。ゴブリンが目の前に迫ってくる。レイブンは徒手徒拳だ。小ぶりだが、研ぎ澄まされたゴブリンの剣が、レイブンに迫る。その切っ先を見つめるレイブンの瞳から、恐怖が消えた。友達を助けるために、命を投げ出す覚悟ができたのだ。
「こい」
ゴブリンの剣が、レイブンの胸にまっすぐ突き立てられる。
その瞬間。
閃光と共に、衝撃が加わり、レイブンは後ろに吹き飛ばされた。地面に打ち付けられ、痛みに呼吸が止まる。
「レイブン」
ベルディナートの声が聞こえ、抱え起こされる。
「ベルディ。逃げて」
レイブンがかすれた声を絞り出す。
「逃げて」
だが、ベルディナートの注意力は他に向けられていた。
森の奥から一直線に駆けつける人影。右手に持った杖をまっすぐに振り下ろすと、白い光の刃が森を切り裂いた。その先にいたゴブリンは、なすすべもなく倒れ伏す。
「お師匠様」
ベルディナートが叫んだ。
「師匠。ありがとう」
苦しい息で、助けに来てくれたヴァルに礼を言うレイブン。
「ベルディ。ごめんね」
「レイブン。大丈夫よ」
「もうだめだよ。師匠。ベルディを頼みます。それから、よくしてもらって、本当にうれしかった」
「レイブン」
「さよなら」
「この大ばか者。戯けたことを言いおってからに」
「ごめんなさい。馬鹿な弟子で」
「馬鹿もいいかげんにしろ。いったいどこに傷があると言うんだ」
「胸をゴブリンに斬られて……。あれ?」
顔を下に向けたレイブンが、自分の胸を見ると、切り傷どころか、ほころびすらない。
ベルディナートが笑い出した。ヴァルも苦笑いを浮かべる。
「だって、死にそうなくらい痛くて。あれ。あんまり痛くなくなった」
「さっきの閃光は、わたしが使った魔法と同じものよ。魔法の盾がレイブンを守ってくれたの」
レイブンが目を白黒させていると、ヴァルが立ち上がった。
「ここでぐずぐずしてはいられない。ゴブリンが他にもいるかもしれないからな。家に戻るぞ」
「はい」
ベルディナートに助け起こされたレイブンは、友達と手をつないで師匠の後を追った。
泥まみれになった服を脱ぎ、お風呂に入る。いつもよりたっぷりと夕食をとり、カモミールティーを飲んでようやく、くつろぐことができた。
「今日は無事だったが、この先が思いやられるわ」
ヴァルがため息交じりにつぶやく。
「でも、お師匠様なら、ゴブリンだって怖く無いでしょう」
「そのような問題ではない。昼日中にゴブリンが闊歩していたのだ。遠からず、この地方にはゴブリンだけでなく、あまたの魔物が現れるだろう。村人の暮らしは厳しいものになる。わしらだけが、のうのうと暮らすことなどできない」
「……。ごめんなさい」
「いや。お前が謝ることではない。今日のことは、わしの配慮が足りなかった。お前たちに、恐ろしい目に会わせてしまったこと、反省している」
「いえ。師匠が教えてくれた剣術や、ベルディの魔術が役に立ちました。これからもわたしたちを教え導いてください」
レイブンとベルディナートは椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「そのことなのだがな」
ヴァルは物思いに沈むような表情で、言葉を継ぐ。レイブンとベルディナートは顔を見合わせた。
「まあ座れ。これから先、訪れるであろう時代を、わしらはどのように生き延びていくべきか。お前たちを弟子にしなければ、単純であっただろうが、今のわしには責務がある。おまえたちに、一人でも生きていけるだけの技量をつけさせてやりたい」
そう言って、イッシューは二人を交互に見つめる。大切な話が始まると理解した二人は、固唾をのんで待つ。
「ベルディナート。おまえは魔法の才能がある。今日のことで、それは確かなものとなった。その才能を伸ばしていけば、わしをも超える魔術師になれるであろう」
この言葉に、ベルディナートは喜びで顔を赤らめた。
「よかったね。ベルディ」
「問題はレイブン。おまえだ」
そう言われて、レイブンは背筋を伸ばした。急に心臓がどきどきしてくる。
「そう不安がるでない。おまえにも魔法の才能の萌芽がある。だが、おまえの本当の才能は、剣術にあると、わしは思う。どうだな」
「剣術は好きです。体を動かすのが好きです」
「だが、わしには今以上に教えてやることができない。なのでな。わしの旧知の友である剣術家におまえを預けようと思うのだ。腕は確かだし、人柄もいい。師にするには、十分な力量を持っていると、わしが保証する」
レイブンはぽかんと口を開き、なにも答えられなかった。
「レイブン。どこかに行っちゃうんですか?」
ガタリと音を立てて椅子から立ち上がったベルディナートが叫んだ。
「ここから三日ほど離れた場所に、その男は住んでいる。はずだ。久しく会っていないが、たぶん引っ越してはいないだろう」
「三日。ずいぶん遠いんですね」
「師匠。剣術の修行というのは、どのようなことをするのですか」
「わしもくわしくは知らぬ。直接聞いてみることだな。それで、どうする」
「行きます」
レイブンは即断した。
「わたしに剣術の才能があるのなら、もっと修行して強くなりたい。さっきのゴブリンを打ち倒すぐらいの力が欲しい」
ヴァルが笑った。
「あのくらいのゴブリンごとき、指の先で打ち払うことができるようになるだろう」
「ちょっと待って。レイブン。それでいいの。わたしやお師匠様と別れるんだよ」
「それは寂しいけど、仕方ないよ。いつまでもここにお世話になっていられないし。ベルディはすごい魔術師になってね。わたしも頑張るから」
「そんな……」
ベルディナートはどすんと椅子に腰を下ろし、顔を手で覆う。そのしぐさに、レイブンは複雑な顔つきを見せる。
ヴァルはそんな二人に気づかぬふりをして、立ち上がる。
「では、わしは出かけてくる」
「こんな夜更けに。どちらに行くのですか?」
「今話した旧友のところに行く。向こうの都合も聞かねばならぬしな。善は急げと言うではないか」
その行動力に、レイブンは括目した。普段はのんびり構えているが、決めるべき時は果敢な行動ができるのだ。これこそが、偉大なる術者である印なのだろう。
「わかりました。行ってらっしゃいませ。師匠」
「うむ。油断はするな。外出には気を付けるようにな」
そう言い残して、ヴァルは出かけた。
「どうしてよ」
ベッドに腰を掛けたベルディナートが、恨めし気な顔でつぶやく。先ほどからレイブンを見ようともしない。夜着に着替えたレイブンは、その横に座り、ご機嫌を取るようにベルディナートの顔を覗き込む。
「仕方ないよ。いつかは離れ離れになるんだろうし、わたし、魔法の才能がないし」
「お師匠様。レイブンにも才能の萌芽があるって言ってたじゃない」
「少しはあるかもしれないけど、ベルディとは大違いだよ。わたしは、自分にできる道を選びたい。それが、今のわたしにできる精一杯のことだから」
「レイブンは、わたしと一緒にいるのが嫌なの」
「そんなこと、あるはずないでしょ。でもね。ほんとのことを言えば、孤児院の仲間たちとも別れたくなかった。わたしは、あそこしか知らないから。あの孤児院が、わたしの故郷だから。たとえ、売られることになったとしても」
レイブンの答えは、ベルディナートの胸に棘のように突き刺さる。お使いの帰り、レイブンを強引に巻き込んだのは、ベルディナートだったからだ。
ベルディナートは肩を落とし、ベッドに入る。
この家に来てから、一つのベッドで一緒に寝ていた。壁際がベルディナート。通路側がレイブン。通路を挟んで向こう側にヴァルのベッドがある。今晩は出かけているから空いているが、だからと言って、そのベッドを借りて別々に寝ることはしない。二人で眠ることに慣れていた。隣の炊事室の竈の熱が煉瓦の壁を暖めていて、冬なのに寒くない。
レイブンは少しの間、ベルディナートを眺めていたが、立ち上がって灯火を消し、ベッドにもぐりこんだ。しばらくすると、お互いの体温で温まってくる。
ベルディナートが寝返りを打ち、レイブンの背中に体を寄せてくる。おずおずと手を伸ばし、レイブンの腰に腕を巻き付け、お腹を密着させる。レイブンの首筋に、ベルディナートの熱い息がかかる。
「眠くないの?わたし、くたくたよ。今日はいろんなことがあったから、わたし、眠い」
「ごめん。わたしはいつもレイブンに寄りかかっている。自分じゃ何一つできないのに」
「そんなことないよ。今日の魔法はすごかったし」
「そんなんじゃ嫌。わたしは、わたしはもっと、レイブンと一緒に居たい」
ベルディナートは腕に力を込め、体をさらに密着させていく。膨らみかけた胸をこすりつけ、レイブンのお尻の丸みに下腹部を押し付ける。そして、ゆっくりとローリングする。
「ベルディ。それは、ちょっと」
「ごめん。今日は許して」
ベルディナートの左手が前に伸びていき、レイブンの胸をなでる。最近膨らみかけたレイブンの胸は、夜着越しの刺激に、微妙な快感を覚えるようになった。
「今日だけは、お願い。このままじゃ、わたし、眠れない」
ベルディナートの吐息をうなじに感じ、レイブンの体の奥が火照っていく。体を密着させた箇所が熱くなり、股間が湿り気を帯びていった。
今日が初めてではない。ここで暮らすようになって一月が過ぎた頃から、ベルディナートは一人で慰めるようになった。レイブンはそれに気づいたが、その頃はなにも言わなかった。しかし、冬の峠を越え、春の息吹が感じられる頃には、二人で密かに触りっこするようになった。無論、ヴァルに気づかれないように気を付けてはいた。今晩は、ヴァルがいない。いつ帰るか明言しなかったが、三日の行程だと話していたから、しばらくは二人きりだ。誰にもはばかる必要はない。
「レイブン」
ベルディナートが甘い声を吐き出す。左の太ももを、レイブンの足の間にねじり込み、鼠蹊部をこすりつける。うなじに舌を這わせ、耳を甘噛みし、耳の穴に舌を差し込む。
「ベルディ」
レイブンのため息に、ベルディナートは激しく反応した。
毛布を跳ねのけ、体を起こしてレイブンにのしかかる。頭を抱き、唇を押し当て、強く吸う。胸と胸をこすり合わせ、レイブンの足の間に入れた太ももを上下動させる。
こんなキスは、二人とも初めてだ。息が止まるほど強く吸い合い、舌を伸ばして絡め合い、喉を鳴らして唾液を吸う。頭がぼんやりしてきて、歯止めが利かなくなる。
「もう」
ベルディナートが上体を起こし、夜着を脱ぎ捨てる。レイブンの夜着の裾をめくり上げて上にずらし、腕を上げさせてはぎ取る。そのついでに、ショーツも引き下ろす。それから、自分のショーツも脱ぐ。
暗闇の中、少女の細い肢体が白く浮かび上がる。華奢でしなやかな手足。膨らみ始めのおっぱいと、平らなおなか。そして、ベルディナートには綿毛のような薄い茂みが生えていた。
四つん這いになったベルディナートの長い髪が垂れ落ちて、レイブンの体をくすぐる。レイブンは目を閉じ、次に起きることを待っている。ベルディナートは体を揺らしながら、ゆっくりと近づき、肌と肌を密着させていく。少し汗ばんでひんやりした肌が触れ合うと、そこに震えが走った。
キスをしながら、右手はレイブンの股間をまさぐる。左手で頭を揉みしだき、唇から頬、そして首筋にキスをしていく。右手の人差し指と中指はクリトリスを揉みしだき、時々膣への潜入を試みる。
レイブンは足をこすり合わせて膣への侵入を拒むが、いつしか体を開いていく。右腕でベルディナートの細い体を抱きしめ、左手で乳首をまさぐる。膨らんできた乳首を触られると、ベルディナートがよがり声を上げた。
指の動きが激しくなる。それと共に、ベルディナートのキスは、胸からおへそ、そして、ヴァギナへと向かっていく。舌がクリトリスをなめた時、レイブンは背中をのけぞらせた。その隙に、中指が膣の奥深くに侵入していく。指が届くまで押し込み、すーっと引き戻す。また奥に入れて、出す。抽出運動を繰り返すと、膣が愛液で濡れてきた。抜き差しがスムーズになり、スピードを増す。性感が一気に高まっていく。
レイブンはベルディナートの頭を両手で握りしめ、快感に耐える。こんなに強い刺激は、生まれて初めてだ。頭が混乱して、なにも考えられない。
「ベルディ。ベルディ。やめて」
レイブンの哀願は、ベルディナートの興奮を高めるだけだった。ヴァギナを口に含み、舌でクリトリスを嘗め回す。膣に入れた中指を、曲げたりねじったりこねくり回したりする。お尻をつかんだ左手の指が、アナルをまさぐっている。
「だめ。イヤー」
部屋に響き渡るような悲鳴を上げ、レイブンが絶頂に達した。初めての経験だった。
ベルディナートがしてくれたことを、レイブンも真似をする。いろんなところにキスをして、乳首にたどり着く。ツンと尖った乳首はひどく敏感で、舌でなめると、かすかな痛みと快感とでベルディナートは声を上げた。それに勇気づけられたレイブンは、右手を股間に伸ばす。ヴァギナをなでて位置関係を把握してから重点攻撃を始める。まずは二本の指で小陰唇を左右に開き、膣口を露呈させる。指の腹でクリトリスをこすり、反応を確かめる。それから掌全体を押し付け、ゆっくりこね回していく。
緩い刺激に、まだるっこさを感じたベルディナートは、おねだりするかのように腰を浮かす。
「レイブン。もっと、して」
レイブンは顔の位置をずらしていった。すべやかな肌に舌を這わせながら、しっとり濡れた場所に近づく。ヴァギナを口に含むと、ベルディナートの濃厚な体臭が喉に流れ込んでくる。一瞬、むせそうになりながら、レイブンは懸命に舌を使い、吸い込み、指を膣に侵入させていく。
ベルディナートの膣はぐっしょり濡れそぼり、レイブンの指はすんなり入っていく。最初は一本だけ入れてみたが、もう一本ねじり入れてみると、少しきつかったがちゃんと入った。そのまま入れたり出したりを繰り返すと、潤いが増していく。クリトリスをぺロペと舐め、ヴァギナ全体を吸い、指でこねくり回していくと、ベルディナートの吐く息が荒くなっていく。体をよじり、右手で口を覆って声をかみ殺す。しばらくその状態が続き、ついに耐え切れなくなったベルディナートが叫ぶ。
「もうだめー。いっちゃう」
腰を激しく揺らし、足をばたつかせ、上体をねじって快感に耐え、ほとばしる熱情に、ついに落ちた。
動きを止めたベルディナートは、快感に浸りながらじっと横たわる。疲れ果てたレイブンは、その横に寝そべり、肩で息をしている。指をこすり合わせているのは、ベルディナートの愛液を確かめているのだろうか。
日常が破れかけた一日の終わりを迎えるには、これだけでは足りなかった。
ベルディナートは反対向きになって、レイブンの股間に顔を差し込む。太ももを抱えて、お尻の後ろから手をまわして、膣口をなぶる。そのまま責め始めた。
休息で冷えていた肌が温まるまで、しばらく時間がかかった。脱力していたレイブンも、目の前にあるベルディナートの揺れるお尻を眺めていると、エネルギーが沸き上がってきた。お尻を抱えて頭を持ち上げ、ヴァギナにかぶりつく。
しばらくなめ合っていたが、ベルディナートの指が膣に侵入すると、状況が変わった。乾いていた膣に押し込まれた指が、圧力を受けながら前進すると、痛みを伴った快感が沸き上がる。レイブンは慌ててクリトリスを吸い、後ろから指を膣に侵入させる。
競争になった。互いの性器を責めあい、相手をどれくらい気持ちよくさせるかの勝負だ。音が出るほど強く吸い、クリトリスを舌でこね回し、膣を指でこすり続ける。顔を真っ赤にし、汗と愛液をしたたらせ、親友を喜ばすための努力を続ける。
ベルディナートは上から責める利点が。レイブンには横たわっているので手足の自由が利く利点があった。しかし、勝敗は体の成熟度あいで決まった。ずいぶん前から自慰を経験していたベルディナートは、刺激に敏感だった。ある水準を超えると、ベルディナートの性感は一気に高まり、責めに集中できなくなった。あとは差が広がるばかりで、レイブンの性器を責めてはいたものの、力はなくなっていた。
足の踏ん張りがきかなくなり、レイブンの顔の上にお尻をペタンと乗せ、ただ快感に耐え続ける。頭をもたげ続ける苦しい姿勢のレイブンは、懸命になめ、こすり、吸い、絶頂まで導いた。ベルディナートはお尻をむずむずと振り、膣を収縮させ、クリトリスを肥大させてよがり続け、喉が裂けそうな声を上げて、いった。
折り重なった二人は、荒い息をつきながら、快感の余韻を味わうのだった。
裸のまま抱き合いながら二人は眠りについた。それは、心地よい眠りだった。
4
レイブンが目を覚ました時、いつもと違う違和感を覚えた。すぐにそれは、裸で寝ているからなのだと気づく。だが、それほど寒さを感じないのはどうしてなのだろう。ベルディナートはレイブンに背中を向けて眠っている。
もう起きる時間だ。いつもならば、レイブンが一番先に起きることが多い。冬なので、最初の仕事は竈に火を入れることだった。寒い中、火を熾して暖まってくるまでが、結構つらいのだ。その時、ハッと気づいた。この暖かさは、竈に火が入っているせいなのだと。
ベルディナートが一度起きて火を熾し、もう一度寝たのだろうか。いいや、違う。
レイブンは体を伸ばし、床に落ちていたショーツと夜着を引き寄せ、毛布の中でごそごそと着る。それから床に降りて、ドアに近づいていく。
ドアをそっと開けると、暖かい空気が流れてきた。人の気配もある。家の扉の鍵は、確かにかけておいたはずなのに。
「だれ」
思い切って炊事場に入ると、そこにヴァルがいた。朝食の支度をしている。
「師匠」
「遅かったな。わしが留守だと思って油断したか」
ヴァルは背を向けたままだ。
「すみません」
「いいや。冗談だ」
ヴァルが振り向いた。微笑みを浮かべている。
「昨日はあんなことがあったのだ。疲れているのはわかっておる。もう少し休んでいてもいいのだぞ。食事の支度が出来たら、起きてくるがいい」
「いいえ。もう目覚めました。それよりも師匠。お友達の家に行かれたのではないのですか」
「行ってきたとも。夜遅くに向こうに着き、話をつけてすぐに帰ってきた。少し寝ようかと思ったが、中途半端になるので先に朝食をとることにしただけだ」
「……。そうでしたか」
三日かかる距離だと言っていた。それを一晩で往復してきたのだ。
「なにを突っ立っておる。顔でも洗ってくるがよい。きれいにしてくるのだぞ」
「は、はい」
レイブンが慌てて桶をもって外に飛び出す。そして、小川で顔を洗い、用を足す。ほっとして白みかけた空を見上げた時、気づいた。
ヴァルは部屋着に着替えていた。と、すると、明け方寝室に入ったのだ。その時、レイブンたちは裸でベッドに寝ていた。毛布を掛けていたから裸であるとはわからなかったかもしれない。でも、床に二人のショーツと夜着が落ちていた。
レイブンは赤くなった顔をパンパンと叩いた。
知られてしまったことは恥ずかしいが、しかたないではないか。
レイブンが家に戻ってきたとき、ベルディナートも起きてきたところだった。二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐにそらす。入れ違いに出ていったベルディナートを見送り、レイブンは元気よく言う。
「なにをお手伝いしましょうか」
「うむ。食器を出してくれ。今朝はご馳走だぞ」
「それはなんですか」
「ローストした牛肉だ。旧友がくれたのだ。お前たちに食べさせたくてな。急いで帰ってきた。ん。食べたことはないかな」
「見たこともありません。おいしいんですか」
「楽しみに待っておれ」
最初はぎこちなく始まった朝食は、ローストビーフのおいしさのおかげで楽しい時間になった。レイブンはこれから行く場所と人のことを聞きたがったが、ヴァルは笑っているばかりであまり話してくれなかった。ベルディナートも昨日の屈託を忘れたかのように笑っていた。
食事が終わると、イッシューは何気ない素振りで言った。
「では、レイブンよ。旅の支度をするのだ。でき次第、出発しよう」
二人は目を丸くした。レイブンの旅立ちは決まっていても、今日だとは夢にも思わなかった。
「どうして、こんな急に」
「道中にいささか不安がある。ゴブリンだけではなく、ヴァンパイアの目撃情報もある。ウォーグ。灰色オオカミも出没しておる。わしがともに行けば、危険はないが、それでも早いに越したことはない」
「わかりました」
レイブンが素直に立ち上がり、寝室に行く。追っていこうとするベルディナートを、ヴァルが呼び止めた。
「お師匠さま」
「おまえの不安や悲しみは分かっておるつもりだ。心の動揺はあって当然のこと。それを経験することは、おまえの成長の糧となるであろう」
「はい」
「この世の中が、どうなっていくか、誰にも見通すことはできない。だが、人は、わからぬまま生きていかねばならない。そのためには、生きる力をつけておくことが必要だとわしは思う。レイブンにはレイブンの道を。おまえにはおまえの道を、きわめてほしい」
ベルディナートははっきり頷いた。ヴァルが自分たちのことを本当に大切にしてくれているのだと、感じることができてうれしかった。
「わたしは、レイブンほど強くありません。でも、いつかは追いつきたい。そのために修行を重ねます」
「うむ。よく言った。それでは、レイブンとの別れをしてくるがいい。再び巡り合う機会もあるだろうが、それがいつのことなのかは、誰にもわからぬからな」
「はい」
ベルディナートは一礼してから立ち上がり、寝室に行った。
別れは思いのほかあっさりしたものになった。旅支度のヴァルとレイブンを、ベルディナートはいつまでも見送っていた。そのふっくらした頬には、ずっと微笑みがあった。
道中の不安に緊張していたレイブンは、すぐに旅を楽しみ始めた。生まれてからこの方、町を出たことは、指を折って数えられるほどしかなかった少女が、旅をするのだ。しかも旅の道連れは、尊敬できる師匠なのだ。
街道は噂ほど荒れ果てていなかった。荷を背負った商人も多かったし、冬なので道普請の農民も働いていた。一日目は、小さな宿屋で泊まったが、酒場は賑わっていた。ただ、魔物の噂話だけは、事欠かなかった。
「本当に魔物は増えているのでしょうか」
翌日、街道を西に進む二人は、おしゃべりしながら歩き続ける。
「魔物は闇に属するもの。白昼堂々目にするようになった時、地には魔物が充満しているのだろう。人は見たくない物は見ようとしないものだ」
「でも、わたしたちはゴブリンに襲われました」
「あれは森の中だったからな。他に見ていた者はいない。ほれ。あの山にはゴブリンの群れが巣くっているかもしれないぞ」
「本当ですか」
北のかなたに連なる山並みは、王国の北の国境になっている。その向こうは砂漠の国だ。ヴァルは昔旅したことのある、砂漠の国の話をレイブンにしてくれた。東の国や、白の帝国のこともヴァルはよく知っていた。レイブンは夢中になって話に聞き入った。ただ、ヴァルは自分の過去については話したがらなかった。どうしてなのか、レイブンにはわからない。ただ、それが大人なのだと言うことだけは理解していた。
その日の夕刻、二人はこの地方の中心都市に到着した。夕暮れまじかなのに、多くの人がそぞろ歩く町を、レイブンは驚きの目で見ていた。
ヴァルが宿に選んだのは、この町一の旅宿だった。石造りの三階建てで、貴族の館と言ってもおかしくない造りだった。玄関に入るとき、レイブンはひどく緊張したが、ヴァルは自分の家に入るような気軽さだった。
選んだ部屋は最上級のもので、居間と寝室、そして、バスルームがついていた。部屋の中にトイレがあるなど、まさに貴族の部屋だった。
豪華な部屋に立ち尽くしたレイブンは、泣きそうな顔でヴァルに訴えた。
「どうしてこんな部屋に泊まるんですか」
その強い口調に、ヴァルはいささかたじろぐ。
「どうしてと言われても。おまえとの最後の夜だからな。ゆっくりくつろいで欲しいと」
「寛ぐなんて、できるはずないじゃありませんか。こんな部屋で、どこにいたらいいのか」
「椅子に座ればいい」
「こんなふわふわの椅子。院長先生の椅子よりも百倍も豪華です。叱られます」
「だれが叱る」
「だれかは知らないけど、叱られます」
かたくななレイブンの肩に、ヴァルは両手を置いた。そして、じっと目を覗き込む。そのまなざしは優しかった。
「驚かせてすまなかった。お前の気持ちを考えずに決めてしまったこと、許してくれ。わしはお前に、楽しい思い出を作ってやりたかったのだ」
それは親の愛に似ていた。そのような好意を受けたことのないレイブンは、どう返したらいいかわからない。レイブンはうつむき、肩にかけられた手の暖かさをただ感じていた。
「さあ。すぐに夕餉がくる。顔と手を洗ってしばし休もう」
ヴァルが優しくいった。
夕食は、レイブンが想像していたよりも、さらに豪華だった。と言うか、この料理が何を材料にしているかすら、わからないものも多かったのだ。だから、レイブンは、料理ごとに恐る恐る口をつけ、味を確かめつつ食べた。無論、どれも美味だった。長い道を歩き続け、お腹を減らして宿にたどり着き、夕食をいただく。それがどれほど無上の喜びを与えてくれるかを、レイブンは教わった。
レイブンの緊張をほぐすように、ヴァルはこの国の各地で採れる産物の話もしてくれた。寒い冬においしくなる大根や菜っ葉のこと。食卓を彩る赤蕪の酢漬け。熟成させた葡萄酒のおいしさ。レイブンは葡萄酒を少しだけ飲んだ。
「師匠のところに来てから、わたし、生まれて初めての経験をいっぱいしました」
「それはよい。たくさん経験をして、豊かな人生を送ることが、無上の喜びとなるだろう」
「はい。でも、どうしてこんなに良くしてくださるのでしょう。わたしにはどうしても、わからないんです」
「わしがそうしたいから、やっているだけのこと。お前が気にすることはない。ただ、強いて言うならば、おまえが好きだから、であろう」
「好き、ですか」
「そうだ。好きなものが多い人間は、喜びも増えると、わしは思うのだ」
椅子から立ち上がれないほどお腹いっぱい詰め込み、満足の吐息を漏らしたレイブンを、ヴァルはじっと眺めていた。宿の使用人が食器を片付け、お茶を運んでくる。それと同時にバスルームでお風呂の支度が始められた。
ここは天国なのだろうか、とレイブンは思う。あのまま孤児院にいたら、今頃よその町に売られ、見も知らぬ男たちに弄ばれていただろう。二カ月ほど前に生理がはじまっていたのだ。
ベルディナートのおかげで、このような幸福を得ることができたのだ。それを思うと、自分勝手にこの道を選んだことに、申しわけなさを感じる。ひとつの道を選ぶことは、選ばなかった道を捨てることだった。
風呂の支度が出来た。レイブンはヴァルに促されて、バスルームに行く。後は風呂に入って寝るだけだ。
服を脱いでたっぷりと湯が張られたバスタブに入る。部屋は暖かかったが、風呂のぬくもりは格別なものだ。清潔で温かな湯に浸り、レイブンは目を閉じる。
バスタブは広かった。ヴァルも服を脱ぎ、入ってくる。二人は向かい合うような形で、湯につかりくつろぐ。足と足が触れてしまうのは仕方ない。ただ、あの家で湯あみするときに必ず入れていたハーブが、ないことだけが残念だった。
「ローズマリーを持ってくればよかったな」
ヴァルがつぶやいた。師匠が同じことを思っていたのが、うれしい。こんなたくさんの湯を沸かすのに、どれだけの労力がかかるのだろう。などと最初は思っていたが、心地よさになにも考えられなくなっていった。
「髪を洗ってやろう」
レイブンは体を半回転させ、膝を抱えて座る。手桶を持ったヴァルがレイブンの頭にお湯をかけ、石鹸で洗い始める。
「漆黒の髪。初めて見た時、艶やかな美しさに驚かされたものだ」
いつになく、しんみりとヴァルが語る。レイブンは目を閉じたまま、話に聞き入った。
「こどもと暮らすことなど、ついぞなかった。それも新鮮な体験だった。ましてや、女の子など」
「あの。師匠は結婚しなかったのですか。子供は」
レイブンの問いに、ヴァルは苦笑いしただけだ。声で答える代わりに、レイブンの頭をくすぐる。
「いや。師匠、いたずらしないでください。もう」
「許せ。これでお前の髪を洗うのも最後かと思うとな」
しんみりとなりそうな雰囲気を、レイブンは明るくしようとする。
「そういえば、師匠。髪を洗うの、好きですね。ベルディナートの髪も、いつも洗っていたし」
「好きと言えば、好きかもしれないな。なぜかは分からんが、昔からそうだった」
「これからも、ベルディの髪を洗えてよかったですね」
「こら。わしは趣味でお前たちの髪を洗っているのではない。間違えるな。お前たちがいつも清潔であってほしいから、やっているのだぞ」
「はい、はい。そうでした。森の家に来てから、いつも体をきれいにできて、嬉しかったです。あそこは、女の子の楽園ですね」
「そうか。そうなのかもしれない。いや。違うな」
「違うんですか」
「ああ。わしがそうしたかったから、だけだ」
「師匠。きれい好きですね」
「ああ。できるなら、いつもそうありたいものだ」
髪を洗い終わると、スポンジで背中をこすり始める。首筋や耳の後ろの汚れも見逃さない。肩を洗い、腕を洗い、わきの下を洗う。
「もういいです。あとは、自分でします」
「もう少しやらせてくれ」
「……はい」
レイブンはヴァルの手に、体を預ける。ヴァルはレイブンを膝立ちにさせ、お尻と足をこする。手を回して胸やお腹を洗い、そして……。
「そこはいいですから」
下腹部に伸びた手を、レイブンは抵抗した。しかし、ヴァルはそれを許さない。前から股間を洗い、後ろからお尻の割れ目を洗う。
「もう、師匠ったら……」
振り向いたレイブンは、硬直した。
そこにいたのは、ヴァルではなく、見知らぬ男だったからだ。
「だれ?」
レイブンの瞳が揺れる。いくつもの可能性が頭を駆け巡り、やがて一つの結論を得る。
「わからぬか?」
その声はヴァルのものだった。ただ、いつもよりも少し低いようだ。
「師匠。変身したのですか。でも、なぜ男性?」
「うむ。それに答えるのは、結構難しい」
「どうしてですか……」
レイブンが身をよじって逃れようとする。なぜなら、レイブンは男の姿になったヴァルの股間にそそり立つ男根を見たからだ。
「すまぬ。お前の体を洗っていたら、こうなってしまった」
「でも、それって」
レイブンは目をそらそうとするが、それ以上は逃げない。
「あの。わたしはどうしたらいいのですか」
「そうだな。まずは体を洗おう。わしも洗う」
「はい」
レイブンはヴァルに背を向けて、洗い残した箇所をきれいにする。背中の後ろでは、ヴァルが自分の体を洗っている。
「あの。魔法で変身したのですか。魔法使いなんだから」
「変身の魔法もある。だが、これはそうではない」
「もしかしたら、師匠は元々男だったのですか」
「それも答えずらい問いだな。そうだな。わしは女でもあり、男でもある。その時々でわしは男にもなり女にもなる。そう考えてもらいたい」
「はい?」
「人間というものは、いろいろな人格が絡み合ってできているものなのだ。わしの中にも男としての自分があり、女としての自分があり、老人としての自分があり、子供としての自分がある。どの人格が表にでるか、それはいろんな条件によって変わる。わしは、最近は女でいることが多かったが、今は少女であるおまえの影響によって男の姿を取った。これはわしの意志でもあるが、わしの意志でもない」
「なにを言っているのか、全然わかりません」
「まあ、わからんだろうな」
ヴァルが苦笑いしたようだ。体を洗い終え、あとはいつ湯から上がるかだった。けれど、レイブンにはそのきっかけがつかめない。今はヴァルの許しがなくては、動けないのだ。それに、これからなにが起きるかが、恐ろしくもあった。
「あの、師匠」
「うむ」
「これから、どうなるのですか」
「すまんな。レイブンよ」
「謝らなくてもいいです。わたしは師匠に返しきれない恩があります。それを返せるなら、何でもしますから」
「そう言われると、なおさら辛い」
ヴァルは体の向きを変えた。
「こっちを向いてくれないか」
レイブンはそれに従った。こころもち足をそろえて立ち上がり、腰を下ろしてさりげなく胸を手で隠す。なんども見られているから意味がないと自分でも思うのだが、そうしないと落ち着かない。
「おまえを好ましく思っている。女の姿の時も、そう感じていたし、男である今も好きだ。この気持ちをありのまま、伝えたいのだ」
「それは、セックスするってことですか」
ヴァルはうなずいた。
「おまえには初めてだが、許してくれるだろうか」
レイブンは躊躇いなくうなずく。
目の前の男は初めて見る男だが、四カ月余り自分を守り育んでくれた魔法使いなのだ。
「あのー。すみませんが、先に上がってもらえますか。もう少し、きれいにしておきたいので」
「わかった」
ヴァルは立ち上がり、バスタブから出ていく。その時、ヴァルの男根の大きさを、レイブンはしっかり確認していた。あれが入るのだ。指一本とは大違いだ。
湯上りには大判のバスタオルが用意されていた。体をぬぐい、バスタオルを巻いただけで居間に戻る。ヴァルが暖炉の前で髪を乾かしていた。レイブンも反対側にまわり、頭をかしげて髪を乾かす。
「おまえの年頃ならば、肌の手入れもいらないのだな」
「はい。大人の人はお化粧をするんでしょ」
「そうだな。年ごとに、肌の衰えは進んでいくからな」
「師匠はいったい何歳なのですか」
「実のことを言えば、わしも覚えておらん。忘れるぐらい年をとっているということだな」
「魔法使いって、すごいですね」
「いや。大したもんじゃない。己の欲望を抑えるすべも持っていないのだから」
「あのー。聞いてもいいですか」
「なんだ。聞きづらいことでもあるのか」
「はい。あの。帰ったらベルディとも、その、するんですか」
「そうだな。きっとそうなるだろう。ベルディナートが拒否しなければ」
「そうですか」
「不満か」
「いいえ。でも、そうですね。なにか納得いかない気持ちも感じます。なんでだろう」
「そうであろうな。同時に、複数の異性を好きになることは、あまり良いことではないと、世間は思うだろう。わしは年をとり、そのような常識にとらわれることもなくなったが。でも、おまえには分かってもらいたいと、思っておるよ」
「はい。努力してみます」
ヴァルが立ち上がり、テーブルの上に置かれたタンブラーをレイブンに渡した。レイブンは素直に葡萄ジュース飲む。白い喉がごくりと動く様子を、ヴァルはじっと見つめていた。
「師匠。さっきよりも体がたくましくなっているような気がします」
「そうかもしれない。おまえが出す、女のオーラがわしを刺激しているのだろう」
「わたしが出しているんですか。オーラと言うものを」
「言葉にするとそうなる。一昨日、家に帰ったら、おまえたちは裸で眠っていた」
レイブンが真っ赤になる。やはり見られていたのだ。
「恥ずかしがることではない。以前からこっそりとやっていたのは知っていた。ベルディナートは自分で慰めていたようだしな」
「知っていたんですね」
「あれがわしの男を呼び覚ましたのだろう。一昨日のあれがなければ、最後まで我慢できたかもしれない。あの日の旅立ちを決めたのは、そのせいなのだ」
ヴァルはそう説明した。
「では、わしは先に行っている。明かりを消して来るように」
「はい」
サイドテーブルには銀製の燭台が置かれ、蝋燭が灯っていた。ヴァルはクイーンサイズのベッドに横たわり、目を閉じている。
レイブンはその顔をじっと見つめる。若々しく目鼻立ちの整ったイケメンだ。しかし、これも師匠の本当の姿ではないのだろう。ならば、本当の彼と言うのは、どこにいるのだろう。
レイブンは頭を振って考えることを止める。今なすべきは、そんなことではない。
「失礼します」
この場にふさわしい言葉ではないような気がしたが、そう言って毛布をめくり上げ、するりとベッドに入る。くっついた方がいいのだろうが、少し間を置いて仰向けになり目を閉じる。
年長者らしく、ヴァルが動いた。レイブンの右手を引いて自分の首に巻き付かせ左手の脇から腕を回して抱き寄せる。そして、レイブンの唇にキスをする。体をずらして、華奢な体にのしかかり、熱くこわばった男根をおなかに押し当てる。
「きれいだ」
レイブンは頭を振った。
「こんな貧弱な体でもいいのですか。おっぱいだって、ほとんどないのに」
「かまわんよ。お前が好きなのだから」
「ありがとうございます」
「わしのほうこそ、礼を言う」
それっきり、ヴァルは口を閉ざした。キスの雨をレイブンの体中に降らせ、幼さを残した肢体を楽しむ。指で様々な場所をまさぐり、撫で、こすり、揉む。男根を柔らかな肌に押し付け、こすりつける。男根はさらに大きくなり、熱を帯びていく。
指がレイブンのヴァギナをとらえた。巧みな動きでヴァギナのあらゆる部分を刺激していくと、しっとりと濡れてくる。すると、指が膣に潜入を開始する。
ベルディナートよりも太い指が侵入を試みるが、処女膜がそれを阻止する。指がいったん退き、唇が下りて来る。そして、音を立ててクリトリスをなめ始めた。
レイブンはベルディナートとの体験で、どれくらいの快感が得られるかの見当がついていた。だが、男との行為は、それを軽く上回るものだった。舌遣いはベルディナートほど繊細ではないが、その分力強さがあり、刺激は強烈だった。左手で揉みしだかれるだけで、背筋に電気が走るほどの快感があった。レイブンのヴァギナから少女とは思えぬほどの愛液が溢れ出し、膣まで濡らした。再び侵入する指は、処女膜を突破し、奥へと押し込まれていく。
レイブンが声をあげた。痛みと同時に、快感が沸き上がり、体をねじってそれに耐えようとするのだが、こらえきれない。無意識に腕でヴァルを押さえつけようとし、少しでも遠ざかろうとする。しかし、その試みはすべて失敗する。腕と体とでがっちり抑え込まれ、敏感な部位を激しく責め立てられる。その強さは、レイブンの想像をはるかに越えていた。
毛布がはぎ取られ、蝋燭の明かりがレイブンの裸体を明るく照らす。白い肌は紅潮し、しなやかな体が妖艶にのたうちまわる。漆黒の髪がうねり、苦痛と快楽に耐える顔を隠す。
十二歳の少女には、激しすぎる体験だった。けれど、それは、レイブンが求めたものであり、彼女がなすべきことでもある。日々こなしてきた仕事の延長線上に、この性交はあった。
「師匠」
レイブンは呼びかける。
「名前で呼んでくれないか」
「名前、ですか?ヴァル、と」
「ヴァレリー。わしはヴァレリーだ」
「ヴァレリー。あの。わたしは大丈夫です。挿れてください」
ヴァレリーが動いた。レイブンの両足を開き、膝を曲げ、ヴァギナに男根を押し当てる。右手で男根を持ったまま前傾していき、左手を支えにしてレイブンに密着する。そして、口で口をふさぎ、舌を入れていく。レイブンは懸命にそれに応えた。
激しいキスを交わしながら、男根は侵入を開始する。ゆっくりと、けれどひと時も止まることなく、膣の中を進む男根は、処女膜の抵抗をあっさりと退け、さらなる深みへと突き進む。
強烈な圧迫感と、引き裂かれる感覚が、レイブンに襲い掛かる。レイブンの耳には、肉体を裂かれるミシミシという音すら聞こえた。我知らずのうちに、涙がこぼれ落ちていた。それでもレイブンは声を上げることなく、耐え続けた。
男根が膣の一番奥に達しても、まだ三分の一が外にあった。それほど十二歳の肉体は幼く、それと共に、男を受け入れることができることを証明していた。
その状態のまま、ヴァレリーはしばらく我慢した。ここで動くことは、レイブンを苦しめるとわかっていたからだ。だが、それも限度があった。男の本能は、男根を動かしたいと叫んでいて、それを止めることはできない。
ヴァレリーが動き出すと、レイブンの苦痛が一気に倍増した。先ほどまでの圧迫感を凌駕する傷の痛みに、レイブンは暴れた。これほどの痛みを経験したことがない。想像していた痛みをはるかに凌駕していて、暴れるほかなかった。
ヴァレリーはレイブンの体をがっちりと抑え込みながら、男根を抽出させる。それがレイブンの苦痛をさらに増すと知っていたが、容赦はしない。
それは男の覚悟であった。処女を味わい尽くすことが、相手への礼儀であると確信していた。ひどい痛みであればあるほど、それを受け止める覚悟が必要なのだ。泣き叫び、のたうち回るレイブンを、犯し続けることが、男の愛だった。そして、急激に高まる性感が、射精を促す。ヴァレリーはためらいもなくレイブンの小さな膣の中に射精した。射精は何度も続き、そのたびごとに大量の精液が注ぎ込まれ、あふれだす。その精液は処女の血で紅く染まっていた。
すすり泣くレイブンを、ヴァレリーは背中から抱きしめていた。レイブンは胎児のように体を丸め、強い肉体の暖かさに包まれていた。その安らぎは、記憶のかなたに刻まれた、幼いころのものだった。レイブンは泣いていた。けれど、その涙は決して哀しみの涙ではなかった。
5
「ここに、いたのか」
森の中に小さな沼があった。寒い季節なので岸辺の草も枯れていて、対岸まですっきり見通すことができる。ベルディナートは、しゃがみ込んで遠くを見ていた。
ヴァレリーは男の姿だった。この姿を見た時のベルディナートの反応を見てみたいという、いたずら心もあった。だが、森に戻り、家の中に残るベルディナートの気配が、男の自分を呼び覚ましたからでもある。
「お師匠様。お早いお帰りですね」
ベルディナートは振り向きもしない。
「おまえが気がかりだったからな」
「わたしは大丈夫です。レイブンともっと一緒に居ればよかったのに。名残惜しかったのでしょう」
ヴァレリーはベルディナートが拗ねていると理解した。少女の心は繊細で、振幅が大きいものだ。
「別れは哀しいが、それを受け入れなくては次に進めない。仮にも師匠であるならば、それに耐えなくてどうする」
「そうですか」
ベルディナートが立ち上がり、振り向く。ヴァレリーの姿に一瞬たじろいだが、すぐに平静な顔になる。だが、黙り込んだ。
向かい合うヴァレリーも、掛けるべき言葉がすぐに出てこない。
夕暮れ間近かの沼のほとりは、寒々としている。一羽の水鳥が飛び立ちかけてやめる。水面に波紋だけが広がっていく。
「レイブンと寝たんですか?」
平板な声でベルディナートが問う。
「セックスをしたという意味なら、是と答えよう。それが気がかりだったのか?」
ヴァレリーの声には、いくらかの怒りが混じっていた。
「別に気にしていたわけではありません。お師匠様が男の姿をしているので、そうではないかと感じただけです」
ベルディナートが歩き出す。そのあとを、ヴァレリーが追う。
「わしが男でもあることを、おまえは理解していたのか」
「なんとなく、です。変身したんですよね?」
「そう言っても間違いではない。だが、いずれ真実を語ろう。お前たちと出会わなければ、わしはこの姿をとることはなかっただろう」
ベルディナートは首を傾げたが、なにも言わなかった。
森の中に径が刻まれている。レイブンとベルディナートは時々この沼に遊びに来ていたのだ。冬なので水遊びができるわけではないが、変化に乏しい森の生活では、楽しみになっていた。
「本当に、わたしを心配して急いで帰ってきてくれたのですか?」
「本当だ。レイブンを送り届けながら、魔物の出現を確認したが、この地方での目撃情報が一番多いようだ。ここが狙われているのかもしれない」
ベルディナートが振り返った。
「魔物というものは、人間と同じように考えるのですか」
「思考ができる高等な者もいる。ゴブリンなどは、われらが思っているよりもずっと賢いのだ。ただ、欲望に任せて襲撃を繰り返しているわけではない」
「では、よその地へ移動するのですか。もしかしたら、レイブンの所に?」
「それはまだなんとも言えない。ここは居心地がいいのでな。できるならば、ここにとどまりたい。せめて、おまえの修行が進むまでは」
「そうですか」
ベルディナートは肩を落とす。そのしぐさに、友達との絆の強さをヴァレリーは改めて感じた。
それから魔物の話を続けていると、家にたどり着いた。
竈に火が入っていたので、家の中は暖かかった。
「申しわけありません。お師匠様が帰ってくるのに、支度をしていなくて」
家に戻ると、普段のベルディナートに戻った。
「夕食の下ごしらえはすませてあります。すぐに食べられますから」
「すまない。わしは着替えをする。ああ。そんなに気張らなくてもよいからな」
「いいえ。お師匠様が帰ってきてくださったんですもの」
ベルディナートのふっくらした頬に、微笑みが浮かんでいた。
食事をしながら、ベルディナートは普段よりも快活に話をした。それに合わせるように、ヴァレリーも旅の出来事を、面白おかしく話して聞かせた。レイブンよりは世間を知っていたベルディナートも、行ったことのない場所の、出会ったことのない人々のエピソードは、なにもかもが新鮮で輝いていた。
よく笑うベルディナートの姿に、ヴァレリーはレイブンの影を見た。頭がよく、機転が利いて、明るいレイブンの後ろに、いつも隠れていたベルディナート。それが、レイブンがいなくなったことで、新しい自分を見出そうとしているのだ。
食事を終え、二人で片づけを済ませ、お茶を飲む。カモミールティーはいつも心を穏やかにしてくれる。二人は居心地の良い自分の家でくつろぎながら、静かな時間を楽しむ。これが、ベルディナートが求めていた安らぎだったのかもしれない。けれど、いつまでもこうしてはいられないと、わかっていた。
「あの……」
ベルディナートの声に、疲労のためにうとうとしかけていたヴァレリーが、ビクッと肩を震わせた。
「ああ。なんだね」
「あの。わたし。昼間に体を洗っています。だから……」
そう言って、ベルディナートがうつむいた。ヴァレリーは疲れて緊張をなくしていた自分を恥じた。十二歳の少女が、自分の運命を懸命に生きようとして、もがいている。それを誠実に受け止められなくて、大人と言えるだろうか。
「ベルディナート。わしはおまえとレイブンに女を感じ、この姿をとった。男としてのわしは、おまえを女として愛したい。それを受け入れてくれるか」
ベルディナートがごくりと唾を飲み込む。頬が紅潮し、黒目がちな瞳がうるむ。
「わたしでいいのですか。本当はレイブンの方がよかったのではないですか」
ベルディナートが静かに答える。
「わかっているんです。これはわたしの劣等感。わたしはいつもレイブンに頼り切っていて、そのくせレイブンより、劣っていることに我慢できなかった。レイブンが大好きで、レイブンにいつも嫉妬していた。だから、わたしはかわいくないです。お師匠様に愛してもらう資格なんかないです」
ヴァレリーは括目する。
「それだけわかっているならば、十分だ。おまえはわしが考えていたよりもずっと賢明な少女だった。わしはお前を愛していく。そして、おまえの人生だけでなく、わし自身の人生をもう一度新たに生きていきたい。一緒に来てくれるか」
「はい。喜んで行きます。生きてみます」
「わしの名は、ヴァレリー。魔法使いだ」
「わたしは、ベルディナート。魔法使いの弟子です」
きちんとメークされたベッドの上に、裸の二人が向かい合ってすわる。
ヴァレリーの肉体は、レイブンと過ごした時よりもさらにたくましさを増し、ベルディナートの体は、成長期の少女の美しさに輝いている。
寝室は暖かく、小さな燈火が投げかける明かりが揺らぎ、二人の影を壁に映す。部屋にはローズマリーの、懐かしい香りが立ち込めている。いつもの部屋での、いつもとは違う時間がはじまった。
ヴァレリーの大きな手が、ベルディナートの腕をつかみ、引き寄せる。ベルディナートは手を伸ばして男の肩に添える。そして、唇を押し当てていく。
優しいキスが、ベルディナートの緊張をほぐしていく。ヴァレリーはベルディナートを引き寄せ、横抱きにする。お尻が太ももの上に乗り、まだ大きくなっていない男根をこする。その刺激に男根は一気に膨らんだ。ヴァレリーはキスの強度を高めながら、小さなおっぱいをもむ。すでに立っていた乳首が敏感に反応し、ベルディナートが吐息をついた。
ヴァレリーのたくましい腕に抱かれたベルディナートは、心からの安らぎを感じつつ、これから訪れる快楽に期待を高める。腕をヴァレリーの頭にまわし、より近づこうと試みる。
「ヴァレリーさま」
「様はいらぬ。ベッドではな」
「はい。では、ヴァレリー」
「なんだね。ベルディ」
「レイブンみたいに、呼んでくれるんですね」
「嫌か」
「いいえ。嬉しいです」
「そうか。では、ベルディ。参るぞ」
「はい。ヴァレリー」
ベッドに横たわるベルディナートの上に、ヴァレリーが覆いかぶさる。ゆっくりと愛撫を続け、青い果実のような艶やかな肉体を楽しんでいく。
「ベルディの匂いが好きだ」
「そうなんですか」
「ああ。お前たちが来てから、この寝室に花のような匂いが立ち込めるようになった。それが時々苦しくてな。だから出かける機会を増やした」
「そうだったんですか。魔法使いだから、出かける用事があるのだと思ってました。」
「そう言うこともあったがな。最近はベルディの一人遊びが、結構きつくてな」
「一人遊びって、なんのことですか」
「夜中にゴソゴソとやっていたではないか。あれが始まると、強い芳香が漂ってくるのだ。あれに耐えるのは、思いのほか大変だった」
ベルディナートが真っ赤になった。その表情を見て、ヴァレリーが嬉しそうに笑う。
「女の子をからかうのは楽しいものだ」
「もう。ヴァレリーったら」
笑いながら、冗談を飛ばしながら、和気あいあいで愛撫が続く。ベルディナートはヴァレリーの顔にキスの雨を降らせ、思い切って男根を握ってみたりする。
「熱いです。こんなになるんですね」
「初めてなのだな」
「はい。おもしろいです」
「怖くはないのか」
「そうですね。怖いかもしれません。あの」
「なんでも聞くがいい」
「レイブンはどうでしたか」
「話してもいいが、目の前にいるお前に集中したいのだが。だめか」
「あー。やっぱり怖いのかも。レイブンがどうだったか、聞いたら少しは安心できる気がします」
「なるほどな」
ヴァレリーは少女の体を嘗め回しながら、少しだけレイブンの初体験を教える。
「やっぱり痛いんですね。困ったな」
「魔法で痛みをなくす方法もある。愛しい女が痛みに苦しむ姿を見るのは、わしにとっても辛いからな。ただ、安易に痛みをなくすのはよくない」
「そうなんですね。わかりました。わたし、がんばります」
「うむ。では参ろうか」
ヴァレリーはヴァギナへの責めを開始する。口を近づけると、蠱惑的な香りが鼻孔をくすぐる。それを楽しみながら、ヴァギナと膣をほぐしていく。これまでの経験から、ベルディナートの膣はレイブンよりも伸縮性が高かった。指を一本から二本に増やしても、まだ耐えられた。強くこすっていくと、愛液が溢れ出して来る。ベルディナートの腰が浮き上がり、ヴァレリーの頭をつかむ指に力が入る。
ヴァレリーは急がない。性器への責めをつづけながら、左手でベルディナートを持ち上げた。足が大きく開き、ヴァギナが露呈する。頭と肩で体を支える形になり、苦しくなったベルディナートは体をねじり、腕をさまよわせる。ヴァレリーはさらに持ち上げて、ベルディナートを楽にさせると、舌を膣に差し込んでいった。今までとは違った感触に、ベルディナートは小さく悲鳴を上げる。そのまま責め続けるかと思いきや、今度はベッドに華奢な肢体を投げ出す。うつ伏せになったお尻にむしゃぶりつき、下から回した手で、クリトリスをまさぐる。頭に固く熱い男根を押し付け、髪の毛をかき回す。髪の感触は、男根に微妙な刺激を与え、ヴァレリーの興奮をかきたてた。
余裕をなくしたヴァレリーは、ベルディナートをひっくり返す。再び舌でクリトリスをなめまくり、男根でベルディナートの顔を叩く。ベルディナートが悲鳴を上げ、ベッドをきしませて体を上下動させる。
しばらく攻防が続いたが、十分になったと見たヴァレリーは、もう一度体勢を変えた。
大きく開かれた足の間に、狙いを定めた男根があてがわれる。ベルディナートは激しく息をつき、自分からアクションととる力はない。ただ、侵入を待つだけだった。
だが、待つ必要はなかった。膣に包まれる感触を求めて、男根が押し込まれていく。処女膜を突き破り、一番奥に亀頭がぶつかり、こねくりまわされて、ベルディナートが家を揺るがすようなさけび声を上げ続ける。
痛みでゆがむ顔を見下ろしながら、ヴァレリーは責めの手を緩めない。悲鳴を口でふさぎ、乳首をこねて、痛みを伴う快感を与えながら、若く未熟な膣の感触を味わい尽くす。ひどく狭いのだが、伸縮性があって強く絞めつけてくる。その中で激しく動かすと、射精感が急速に高まる。ヴァレリーは痛みに苛まれるベルディナートのために、我慢をしなかった。
二日続けてなのに、膨大な精液が放出され、膣を満たしていく。その感触をおなかで感じたベルディナートは、苦しさまじりの充足感に満たされる。朦朧とした頭で、これまで感じたことのない幸福感を味わい、眠りに落ちていった。
「ごめんなさい。寝ちゃってた」
目を開くと、そこのヴァレリーの顔があった。軽く抱き寄せ、穏やかな顔で、ベルディナートをながめていた。その慈愛に満ちたまなざしは、ベルディナートを包み込んでくれる。
「痛みはないか」
「はい。ええと。はい。ないです」
「少しだけ術を施しておいた。傷を治すのは、正当な癒しだからな」
「お師匠様のヒールはすごいと、いつも思ってました」
「それはそうだ。わしはヒールも得意だぞ。まあ、範囲攻撃が専門ではあるがな」
「それでは、わたしもヒールを学べるんですね」
「攻撃と癒しと、同時に覚えてもらおうか。だが、今は」
「はい?」
「ベルディをもっと愛したい。喜びを感じてほしいのだ」
「あの。もう一度、ですか」
「疲れていないのなら」
「はい。喜んで。ヴァレリー」
「では参ろうか」
そうして二人は甘く情熱的な時間を過ごしたのだった。
「お師匠様。いつになったらレイブンの所に連れて行ってくれるんですか」
「レイブンの修行が、軌道に乗ってからだな。何事も最初が肝心である。それまでに、おまえの修行も進めておかねばならぬ」
「頑張って、レイブンにすごい魔法を見せたいです」
「魔物次第だが、夏には一度行ってみたいものだ。わしも、今度は友とゆっくり酒を酌み交わしたいしな」
「楽しみです。アッ。でも、お師匠様。いいえ。ヴァレリー。レイブンと会っても、もうセックスしちゃだめですよ」
「どうしてだ」
「どうしてだ、じゃありません。ヴァレリーはわたしだけの、お師匠様なんですから。レイブンはもう弟子じゃないんです」
「ほう。嫉妬か。若い娘の嫉妬は、それはそれで嬉しいものだな」
「そんなんじゃありません。誤解しないでください。わたしはヴァレリーさまのものですし、ヴァレリーさまはわたしだけのもの。いいですね」
「わかった。お前とこのようになるとは、思いもよらなかった。まったく人生というものは、不可思議なものなのだ」
ヴァレリーは微笑みながら、嘆息して見せる。その視線は、光り輝く美しさをまとった少女に向けられていた。
終わり
今回は、アイギスの物語世界の前日談になります。レイブンとベルディナートは暗黒教団で過ごしていたそうですが、まあ、それは無視して、お話を作ってみました。
相手の男を誰にするか、ずっと決まらず、初稿では、ゲームでは出てこない架空の人物にしてみたのですが、どうもしっくりしなくて、ヴァレリー兄貴に登場していただきました。なんだか、性格が違うだろう、というご指摘もありそうですが、お許しください。
今回の作品は、お話のバランスがよく、とても気に入っています。なので、このメンバーで続編を書きあいなあ、などと、思っているので、期待せずに待っていてください。
これまで書き続けて、いいかげん飽きてきそうなのに、なぜかまだつつきます。次回は、(たぶん)リンネちゃんが登場します。