王国を旅する二人は、人外であることの厳しさを身に染みて感じる。その中で、二人は生きる意味を見出していく。
キュウビと暗黒騎士
東寺明
1
その日、王子軍の主力は北の国境に集結していた。時を同じくして、白の皇帝が率いる帝国軍は、王子軍の侵攻に合わせて進軍し、陣を展開した。完全武装した両軍は国境を挟んで対峙し、そして、激しい軍事演習を開始したのだった。
「今日の演習はなかなかに激戦じゃった。王子軍もやるではないか」
キュウビは並んで歩くイナリに言った。
「当たり前ですよぉ。ウチらは毎日のように、魔物たちと戦っているんですから。鍛え方が、ちがってます」
小柄なイナリは、キュウビに遅れまいと、やや早足で歩く。
「ふん。その言いでは、わらわたち、帝国軍が、日々遊んでいるようではないか」
「とんでもないです。姉さまの強さは、王子軍では知らぬものはいませんもの」
「まあ、よいわ。今日はたっぷりと汗をかいたから、さっぱりしたいと思っていたのじゃ。こんな場所に露天風呂があるとは、まったくもって、好都合であったわい」
「そうですね。でも、この情報を聞きつけてきたのは、ウチなんですからね。きっと、誰も来ていませんよ」
「それはよい。熱い湯につかり、手足をのびのび伸ばせれば、この世は極楽よ」
キュウビはにやりと笑う。そして、ふさふさの髪から飛び出ている耳を、ぴくぴくと動かした。
二人は岩だらけの山道を進む。ところどころに灌木や草が生えているだけで、低い山はひどく殺風景だ。人里離れた国境近くなのだから、それも仕方がないのだろう。晩秋の夕暮れ間近かの空は、もの寂しげで、高く舞うトンビの鳴き声だけがやけに響く。
キュウビの純白の髪が、冷たい風になびく。まとっているのはいつもの白い小袖と水色のミニ袴。青色の糸の縫い取りをした水干を、着崩してまとう。太ももに巻いた水色のリボンが、白い肌を浮き立たせ、純白の足袋がひどく色っぽい。そして、なによりもお尻のしっぽがゴージャスだ。もふもふの狐のしっぽが一歩歩むたびに揺れる。その豪華さは、高位の妖狐の証でもあり、彼女の自慢でもあるのだ。
一方、フォックスブラウンの髪をしたイナリは、丈の短い着物をまとっている。朱色の縁取りをした黒い着物は、椿の髪飾りとともに日本情緒をかきたてる。お尻のしっぽも立派だが、キュウビほどではない。右手に持つ達磨の提灯は、帰りが日暮れ後になると、考えて持ってきたのだろう。
「なにやら臭うぞ」
「ふむふむ。これは硫黄ですね。この温泉は硫黄泉。筋肉疲労。冷え性。切り傷にも効能があります」
「わらわには、あまり関係ないのう。美肌の湯とかが、好みなのじゃが」
「姉さまは、これ以上きれいになる必要はないでしょう?ウチは最近、ニキビが気になるんですぅ」
「ニキビとな。そなたはまだ、若いのう。それにしても、なにやら、足元があったかいのだが」
「露天風呂はもうすぐですよ」
そんなことを話しながら二人が歩いていくと、岩の陰に黒い物体が見えてきた。あたりは暗くなりかけていて、何者であるか、すぐに見極められない。
「鎧兵か。なんと気が利いておるではないか。王子軍は露天風呂を守る兵を、わざわざ置いておくのじゃな。感心したわい」
「いや。それは……」
「そなた。ご苦労であるぞよ」
キュウビはそう言い捨てて、岩をまわる。するとそこに、湯が湧いていた。三方が岩に囲まれた湧き湯は、畳五畳分ほどもある、広い露天風呂だった。白く濁った湯が泡立ち、一方の縁から溢れ出している。
「これは良い。熱すぎもせず、温すぎもせぬ。じゃがな。この臭いはいかん。これでは鼻が利かぬわ」
確かに、強い硫黄の臭いは、敏感の妖狐の鼻を利かなくさせてしまう。
「まあ、いいではありませんか。姉さま。早く入りましょうよ」
そう言いつつ、イナリは持っていた提灯を地面に置く。蛇腹を下ろし、右手の指を弾く。すると、人差し指の先に赤い炎が灯った。提灯の蝋燭に炎を近づけると、橙色の炎が立ち上る。イナリは蛇腹を戻し、提灯を岩の上に置く。
その間に、キュウビが着物を脱いでいく。草履と足袋を脱ぎ、太もものリボンを外し、水干を脱ぐ。水色のミニ袴を下ろし、小袖の前をはだける。その時、キュウビはちらりと後ろを振り向いた。視界の端に、あの黒い鎧が見えた。暗くてよく見えないが、先ほどと同じ姿勢をしているようだ。
イナリも帯を解き、ミニ丈の着物を脱ぎ捨てる。身にまとっているのは、赤い腰巻だけだ。
小袖を脱いだキュウビも、赤い腰巻姿になる。すらりとした肢体をもったキュウビだが、そのおっぱいはたわわに実っている。少しの身じろぎをするだけで、ぷるんぷるんと揺れるそのさまは、思わずかぶりつきたくなるほどだ。地平線に近づいた太陽の光が、キュウビの巨乳を赤く染めていく。
二人は腰巻を取り、温泉に浸かった。
「良い湯じゃ」
キュウビが歓声をあげる。
「ほんに、体がふんわりして参ります。ヒーラーの治癒もよいですけど、温泉は格別ですねぇ」
「ふむ。帝国では、温泉に入る機会はなかったからのう。これは王国での暮らしが楽しみじゃ」
「姉さまが王子軍に入っていただけたら、鬼に金棒ですぅ」
「ふふっ」
キュウビは、湯に身をゆだねて目を閉じる。妖狐と言えども戦えば傷つくし、疲労もする。今日の軍事演習は、魔物との戦いのために、戦力のかさ上げを図るために行われたが、同時に同盟軍の力量を見極めるためのものでもあった。いざという時に、協力する友軍がどれほどの戦えるかは、戦略上把握しておくべき項目なのだ。だから、王子軍も帝国軍も全力でぶつかった。
「まあ、互角か。それぞれ強みがあると、わらわは思うぞよ」
「そうですねぇ。ウチは王子軍の方がいろんな種族が参加している分、強いと思います」
「ふむ。それはあの王子のキャラのせいであろうな。あやつは女ならば、可愛ければどんな種族でも受け入れるからのう。なにやら、魔人もおるそうではないか。とはいえ、その中でも、わらわは別格じゃろう」
「そりゃ、姉さまのかわいらしさは、抜群ですもの。まあ、ウチを除けば、ですが」
イナリは、最後のところは小声で言い添える。
「当たり前じゃ。わらわが、いったい何百年生きておると思っておるか。その辺の小娘ごときは、ライバルにもならん」
「ほんに、姉さまはかわいいだけでなく、賢いですぅ」
二人は、陽が暮れるまで、温泉を堪能した。さて、そろそろ帰ろうかと、湯から上がったとき、問題が起きた。
「わらわの腰巻がないぞよ」
「あれ。ウチのも」
着物をまとめた置いた場所に、赤い腰巻だけがなくなっていた。
「これは如何に」
「猿が盗んでいったのではありませんか。さっき、なにやら気配がしました」
「なんと。なぜそれを見逃したのじゃ」
「いえ。だって、まさか……。匂いがしませんでしたし」
「それじゃ。この温泉の臭いがいかんかった。鼻が利いておれば、猿なんぞ、追い払ってやったものの。そうじゃ。そこの見張り。どうしてしっかり見ておらなんだ。監視を怠るなど、言語同断。これ、そなたじゃ」
キュウビが裸のまま声を張り上げる。
「なにを、騒いでおる」
キュウビの非難に、闇の中から声が返ってきた。提灯一つでは、闇の中の黒い鎧を見分けるのは困難だ。
「そなたのことじゃ。しっかりと務めを果たさぬとは、王子軍の一員として恥ずかしいであろう」
「姉さま。まず、着物を召しませ。裸では……」
イナリはキュウビの後ろに隠れて、身を縮ませる。
「なにをぐじゃぐじゃ、言って、おる、か……」
近づいてきた鎧の動きが止まる。いささか慌てたしぐさで、両手を顔の前で振り、二歩後づさる。
「は、裸、で、騒ぐ、など。恥ずかしくはないのかー」
岩山に響き渡るような大声で、鎧兵が叫んだ。
「はぁ」
キュウビはふさふさの尻尾を振り、水の滴る長い髪を指で梳く。
「恥ずかしいなどと言う感情は、相手があってのこと。そなたごときでは、恥ずかしさなど、感じもせぬわ」
「おのれ。吾輩を愚弄するか」
鎧兵は顔を背けながら、怒鳴りつける。
「なにを言っておるか。たかが、衛兵の分際で、僭越であろう」
「衛兵などではないわ。よーく聞け。吾輩こそが、万人を恐怖に陥れた暗黒騎士団の団長にして、不死の戦士。故あって王子軍に協力しておる暗黒騎士である」
「……」
キュウビは腕を組み、唇に指を当て、小首をかしげる。そうしていると、十代半ばの美少女にしか見えない。小さな肩とそれに似合わぬ大きなおっぱい。お腹は平らで、下腹部は髪の毛と同じ白いアンダーヘアにおおわれている。頭からぴょんと飛び出したけもの耳がかわいい。
「イナリ。こやつは何者かや」
「彼は、最近入ったダークファイターです。とっても強いと評判ですぅ」
「ふうむ。そうかや」
キュウビの赤い瞳が、一瞬光る。
「まあよいわ。そなた。わらわたちの腰巻を見ておらぬか。赤いやつじゃ」
「腰巻など知るかー。吾輩を、なんと心得るか」
「そう怒鳴るでない。銅鑼鐘のように、頭に響くわい。それぐらい、大声が出せるのなら、猿を追い払えたであろうが。役に立たぬ輩よのう」
そう言い捨てて、キュウビは着物を着始める。イナリも慌ててそれに続く。二人は着付けを終えるが、髪はまだ濡れている。
「いや。なにか、お尻がすうすうするのう」
「早く戻らねば、風邪をひいてしまうかもしれません。姉さま。参りましょう」
「ふむ。では戻ることにしよう。」
そう言って去りかけたキュウビが足を止める。
「そなた。湯治に来たのではないのか?なぜ温泉に、入らぬ」
それは思いがけない問いかけであったようで、暗黒騎士は怒りを収め、穏やかな声で答える。
「湯に入ると、鎧に錆が出るからだ。だから、この地熱で温浴代わりにしておる。これだけでも、ずいぶん心地よいのだ」
「ん?なぜ、鎧を脱いで入らぬのか」
その問いに、暗黒騎士はため息をついたようだ。
「おまえたちは知らぬのだな。吾輩はこの鎧こそが実体なのだ。鎧の中に人が入っているのではない。鎧を脱ぐということはあり得ない。わかるか」
「……。不便なものじゃのう。それでは人としての楽しみもないのではないかや」
「ふん。そのようなものはとうに捨て去ったわ。吾輩にとっては、なんの価値もない」
「にしては、わざわざ温泉に来たのじゃろう。それは楽しみではないのか」
「違うわー。この身が万全でなければ、王子軍の勝利に貢献できぬ。だからこそ、体をいたわっておるだけじゃわい」
「くくく」
キュウビは可憐な唇に手を当て、含み笑いをする。
「からかいがいがありそうな輩じゃのう。これからわらわも王子軍の一員となる。また、会うこともあろう」
そう言いおいて、キュウビとイナリは岩山を下りていった。
2
翌朝、王子軍は王城への帰還の途に就いた。主力軍不在の間に、またしても魔物が国内に出現したために、討伐のための進軍でもあり、急行軍になった。
そのために、宿営地に残らざるを得なかった者も多かった。演習で怪我を負ったものや、彼らを看護するヒーラーたちだった。その中に、キュウビがいた。
「なんでわらわが、残らねばならんのじゃ」
「風邪で熱が四十度あるからです」
ヒーラーのエリアスが冷静に答えた。
「なんの。わらわは動けるぞよ。ほれ」
そう言って立ち上がろうとしたキュウビは、たちまちよろめいて座り込んでしまう。
「慌てる必要など、どこにもありません。体調を整えてから、軍に合流してください。それまでは、わたしが責任をもって、治療に努めますから」
動けないのだから、ヒーラーの指示には従うほかはない。
そういうわけで、キュウビは負傷兵に交じって、ベッドで横になったまま、その日を終えた。
しかし、翌日。夜明け前にキュウビは宿営地を抜け出した。
キュウビは王城へと続く、細い道を歩いていく。妖狐は高い戦闘能力を持っているが、飛行能力は持っていない。だから、移動するには馬に乗るか、歩くかしかない。そして、脱走のように出発したキュウビに、馬はない。
「それにしても、猿どもめ。わらわの腰巻を盗んだこと、決して忘れはせぬぞ。ふむ。どのように復讐してやろうかの。そうじゃ。あの湯に放り込んで、その上に網をかぶせてじゃな。溺れさすのがよいか。それとも……」
ここは、辺境の地だった。低い山並みを縫うように、石だらけの小道が曲がりくねっている。人家は一つとして見当たらず、人影など、どこにもない。草も木もほとんど生えていない不毛の地だ。幸い、風は無く、十一月とはいえ、それほど寒くない。
朝はまだ元気だったキュウビは、昼前にへばっていた。何よりも水も食べ物もないことが、きつかった。旅をするのに、食料が必要などと、考えたことがなかったのだ。
ついに動けなくなったキュウビは、道端に座り込む。膝を抱えてうなだれ、そして、そのまま、時が過ぎていった。
暗黒騎士は重々しい足音と共に、キュウビの前に現れた。わずかに顔を動かし、彼女が何者であるかを見て取ったが、そのまま通り過ぎていった。キュウビは頭を上げることもしない。高熱で動くことができなかったからだ。
それからしばらくして、キュウビは体が浮き上がる感覚に襲われた。体が重くて、指先一つ動かせなかったのに、突然重力が消えて空まで飛んでいきそうだった。
キュウビは重い瞼を上げる。すると、目の前に漆黒の兜があった。
「気が付いたか」
兜の中から声が響いてくる。
「そなたは……。だれじゃ」
「わ、忘れただと。おまえ、なんと、いいかげんな奴」
暗黒騎士の声が裏返っている。
「ふふ。嘘じゃ。それで、わらわは、どこにさらわれていくのかや?」
熱い息を吐きながら、キュウビが答える。
「なんだと」
「わらわは、暗黒騎士殿にさらわれていくのじゃ。そして、人目につかぬ場所に連れ込まれ、着物を脱がされて、真っ裸にされてしまう。それから、犯されてしまうのじゃ」
キュウビの目が熱っぽく潤んでいる。力のぬけた体を鋼鉄の腕にゆだね、ふわふわの尻尾がだらりと揺れる。
「そんなことするか。この、痴れ者めが」
「わらわは、抵抗することもできず、暗黒騎士殿の慰み者にされてしまうのじゃ。おっぱいを揉みしだかれ、膣の中に鉄の指を突っ込まれてしまう。ああ。硬く冷たい鉄の棒に、かき回されてしまい、わらわの膣はトロトロに……」
「うるさい」
暗黒騎士は、一喝すると同時に、キュウビの体を放り投げた。大きな放物線を描いて、キュウビは草原に落っこちる。
「酷いではないか。わらわは病人じゃぞ」
「病人なら、あのような戯れごとをべらべらしゃべるものか」
「熱で頭がぼんやりしておるのじゃ。許してたもれ」
「ふん。ならば黙っておれ」
そう言って、暗黒騎士はキュウビの体を肩の上に乗せた。抱きかかえているよりも、歩きやすいのだ。
「暗黒騎士殿。わらわを助けてくれるのじゃな」
「……。そなたは帝国の高級将官であると聞いた。王子軍の客将でもあるそなたを、ほっておくことができなかっただけだ」
キュウビは暗黒騎士の兜にもたれかかり、腕を首にまわしてしがみついている。
「それでも、わらわを助けてくれた。恩は忘れぬぞよ」
「そんなものは、忘れろ。吾輩は王子軍の為にやっているだけだ」
暗黒騎士はあくまでもそっけない。だが、その鋼のような腕で抱きかかえられたキュウビは、安心して身を任せる。どのみち、自分がやれることは何一つないのだ。しばらくは、そのまま野道を歩いていく。
「野営地では、そなたがいなくなったと、大騒ぎをしておったぞ。黙って出立するのは、礼儀知らずではないか」
「そうよなぁ」
目を閉じているキュウビは、ぽつりと言う。
「暗黒騎士殿の言う通りであろう。わらわに、思慮が足りんかった」
それだけ言うのに疲れたのか、一息入れてから言葉を続ける。
「ただ、あのまま養生しているのが、我慢できなかったのじゃ」
その返答に、暗黒騎士は沈黙した。
ただ、肩の上に担ぎ上げた華奢な体をしっかり支え、歩き続ける。
「なあ、暗黒騎士殿」
しばらくして、キュウビが口を開いた。
「なんだ」
「わらわは喉が渇いておる。腹も減った」
「なるほど。生身の体は不自由なものだ。歩きながら探してやる」
「かたじけない」
それっきり、キュウビは目を閉じ、体の力を抜いた。
気が付くと、まばらに木が生えた林の片隅に、キュウビは寝かされていた。下に草を敷き詰め、キュウビが痛くないようにしてある。
暗黒騎士は、両手ですくった水を持ってきてくれた。水はほとんど指の間からこぼれ落ちてしまい、キュウビは喉を湿らせたぐらいしか飲めなかった。もう一度、水をすくい、また飲ませてくれる。大きく厳めしいからだが、こまねずみのように動き回り、キュウビに奉仕する様は、なんだかほほえましい。けれどここで笑う者はいない。
それからしばらくどこかに行っていた暗黒騎士が、仕留めた鹿を担いで帰ってきた。
「これが食えるか」
「うまそうじゃ。だが、焼いてもらいたい」
「生ではいかぬか」
「その昔、生身の狐であった頃は焼く必要などなかったわけじゃが、妖狐と変化してからは、人間と同じ食べ物を摂取してきた。生では喉が詰まるし、好かぬ」
「吾輩はやったことがない」
「そうか。やむを得ぬ。では、そなたには、枯れ木を集めてもらおう。それから鹿をさばいて肉を切り分けてもらう。火の番は、わらわがやる」
幾分かの元気を取り戻したキュウビは、暗黒騎士にそう命じる。病人をいたわったのか、暗黒騎士はその言葉に素直に従う。
うす闇の林に、橙色の焚火が灯る。その周りには、木の枝に刺した鹿肉が立てられている。時間がたつにつれて、肉汁がしたたり落ち、焦げ目がついていく。焚火の横にペタンと座り込むキュウビが、物憂そうに、時折肉の位置を変える。
暗黒騎士は少し離れた場所に腰を下ろし、身じろぎもしない。そんなときには、鉄の塊にしか見えなくなる。
キュウビは焼けた肉を食べ始める。舌なめずりしながら、熱い肉を口いっぱいに頬張り、噛みしめ、飲み込む。それはエネルギー補給をするかのように、真剣な行為だった。
小柄なメス鹿ではあったが、キュウビは半分近くを平らげ、満腹になるとゴロンと横になった。
「満足じゃ。暗黒騎士殿。感謝するぞよ」
油でギラギラと光る唇から、ささやきに似た声が漏れる。夜の静寂の中、その声は思いのほか大きく聞こえた。
「それはよかったな」
「そなたにとっては、何事でもなかろうが、弱ったこの身には、底知れぬ祝福よ」
体は弱っているが、キュウビの頭脳はクリアーになっているようだった。
「妖狐と言えども、生身であることに変わりない。そなたのような鋼の体であったら、このような苦しみはないのであろう」
キュウビの嘆息に、暗黒騎士は沈黙で応える。
「じゃがな。わらわは思うのじゃ。この苦しみ、しんどさこそが、生きている証であると。無敵の暗黒騎士殿。そなたは何のために生きておるのか」
何気ないように語られる言葉には、普段は隠されているキュウビの想いが込められている。
「吾輩が、何のために生きているか、だと」
すでに暗闇に沈む林の中に、暗黒騎士の体はとけこんでいた。声が闇の中から聞こえてくる。
「吾輩は、己の亡霊が犯した罪を贖うために生きているだけだ」
「己の亡霊と言うのは、そなた自身なのかや」
「ふむ?」
「亡霊などというからには、実体がないのであろう。そんなものの責任など、取れるのかや」
「……。名を、受け継いでいる以上、それもまた吾輩にほかならぬ」
「ならば、名を捨てるがよい。そうすれば、そなたは自由になるであろう」
たき火の木がはぜた。木が燃える芳ばしい香りが、冷たい空気に溶けていく。
「吾輩は、自由などいらぬ」
暗黒騎士は、そう言い切った。
「わらわは、自由がなくては嫌じゃ。食べたいものを食べ、行きたい場所に行く。わがままを言って、まわりの者を困らせる。それなくして、なんの命か」
「それが普通なのだろう。だが、吾輩は戒めがなくては、この姿を維持しておくことができない。吾輩を生かしているのは、亡霊の呪いなのだ」
「ふむ。わらわには、それが呪いだとは思えぬなぁ。むしろ祝福ではないのかや」
「ふん。祝福であるとしたら、ずいぶん意地の悪い神のものであろう」
暗黒騎士は、小さく笑っているようだった。
「そうかもしれぬのう」
キュウビも頬を緩ます。
「アイギス神ならば、やりそうだがな」
「そうなのか。ならば、その神とは、仲良くなれるかも知れぬのう」
「そなたも、よほど性格が悪いのだな」
「言うな」
キュウビはホホと笑う。そして、体の力をぬいた。
眠りに落ちる寸前、枯れ草を踏む音を聞いた。暗黒騎士が焚火に近づき、枯れ枝をくべ、火を燃え上がらせたのだ。焚火の温もりに包まれて、キュウビは安らかな眠りについた。
3
キュウビは、暗黒騎士の肩に乗せられて道を進む。体力はずいぶん回復していて、歩けるのだが、それだと暗黒騎士の歩調についていけないのだ。
「生まれ変わる前のそなたは、どのような男であったのじゃろう。さぞ、イケメンであったであろうな」
「そのようなことは忘れた。と言うか、興味がない。ではなく、そんなこと、自分で言うことか」
「ハハ。わらわは興味があるぞよ。この兜を引っぺがせば、顔が出てくるのではないかと思うのじゃ」
「やめろ。だいたい、この兜ははずれないのだ」
「剣でちょん切るのなら、できるのではないかや。それもまた一興」
「ふん。その前に、そなたの首を刎ねてやろうぞ」
「それはどうかのう。そなた、わらわの強さを知らぬであろう」
「いずれ、見せてもらおうぞ」
道を進むごとに、荒野から人里に風景に変わってきた。農閑期であり、人影は見えないが、生活の気配が漂い始める。
「やがて町につく。そこでそなたを下ろす。病が癒えてから王城に向かえばよい」
「ふうむ。いつまでも、暗黒騎士殿の世話になるわけにもいかぬからのう。別れがたいが、やむを得ぬ」
「吾輩は名残惜しくないぞ。さっさと王城に戻りたいからな」
「相変わらず、つれないやつじゃのう。わらわのような美少女と、旅をする機会などないであろうが」
「外見だけであろうが。この大年増め」
「酷い。わらわは傷ついたぞよ。およよ」
キュウビは豊満な胸を兜に押し付けてもだえるが、もちろん暗黒騎士には何の効果もない。
やがて人家が見え、人影も見えてきた。
「そこの者。町までは、あとどれくらいの道のりだ」
道端にいる農夫らしき人に、暗黒騎士が声を掛けた。振り向いた農夫は、暗黒騎士を見て固まる。しばらくして体を震わせると、じりじりと後ずさりし、反転して悲鳴を上げながら逃げていった。
それを見たキュウビが手を叩き、大声で笑う。
「そなた。その姿ではだめじゃ。人が怖がっているではないか」
「やむをえまい。吾輩が好かれるはずもないからな」
「しょうがないのう。まあ、アイドルのようなわらわが話しかければ、村人たちは歓待してくれるであろうが」
「ならばやってみるがよい」
「ようし。わらわに任せよ」
キュウビは暗黒騎士の肩からするりと降りると、近くの農家に向かって駆けだす。
「ほれ。そこの小童。わらわはいささか疲れておる。その家で休ませよ」
納屋の前で遊んでいた、二人の少女が振り向く。すると二人の顔が見る見るうちに青ざめていく。駆け寄るキュウビの白い髪から、大きな狐の耳が飛び出し、お尻には、一抱えもあるもふもふの尻尾が揺れている。このあたりでは見慣れない、水干や袴も、なにやらいかがわしい。
「小童ども。わらわをもてなすのじゃ」
キュウビは手に持った扇子をパラリと開き、半身になってポーズをとる。本人はかっこいいつもりなのだが、これが決め手となった。突然やってきた、おかしな物の怪が、大威張りでもてなしを強要しているのだ。これで逃げ出さない子供は、少ないだろう。二人の少女は、あっという間に家に駆けこみ、閂を下ろす音がした。
キュウビはポーズをとったまま、呆然と立ち尽くす。
「なんたる無礼。これが王国のもてなしか。帝国では、このようなことはついぞなかったぞよ」
キュウビが地団駄を踏んで悔しがると、暗黒騎士の喉の奥でククッと笑う。
「そなたの可愛いポーズも、役に立たなかったではないか」
「だから田舎者は嫌なのじゃ。わらわのセンスの良さをなぜわからぬ」
「いや、あれではだめだろ」
暗黒騎士が突っ込むが、キュウビは唇を尖らせたまま、そっぽをむいている。
とはいえ、いつまでもそうしているわけにもいかず、二人は歩きだす。
道を進むにつれて、耕地が増え、家も多くなっていく。やがて、小さな村が見えてくるようになった。しかし、二人は村を通り過ぎていった。日も傾き始め、町で今宵の宿をとる方がよいと考えたのだ。
やがて二人は、煉瓦の城壁に囲まれた町にたどり着いた。開け放たれた城門の脇には、衛兵が立っていて、妖狐と暗黒騎士と言う妖しい二人組を胡散臭げに眺めていたが、そのまま通した。
小さな町だったが、市場や食堂、宿屋など一通りのものがあった。露天の商人や通行人などは、通り過ぎる二人を、警戒心あらわに見送ったが、少なくとも、逃げようとはしなかった。だが……。
「なんじゃとー。泊められんとは、なぜじゃ」
一番大きな宿屋で、宿泊を断られたキュウビは、大声で叫んだ。腕組みをした宿屋の主人は、屈強な使用人を二人従えて、二人の前に立ちはだかった。
「他の宿泊客が怖がるとは、どういうことじゃ。わらわは帝国軍の高級将官であり、王子軍の客将じゃ。この者も王子軍の主力兵じゃぞ。そなたは王子への忠誠がないのか」
王子の名を出しても、主人の表情はまったく変わらない。辺境の地で、自分たちが生き延びるのに精いっぱいの人々は、王子軍を、魔物をやっつける、道具ほどにしか見ていないのだ。
「吾輩のこの姿が恐ろしいのであろう。吾輩には宿など不要。この者だけでも泊めてもらえぬか」
礼儀正しい暗黒騎士の物言いは、主人の気持ちを幾分かは和らげたようだ。しかし。
「宿代じゃと。わらわを何だと思っておるか。齢、幾数百年。森の大木が種子であった頃には、この地を闊歩しておったのじゃ。金のような不浄のものを持参などしておらん」
暗黒騎士とて、貨幣の持ち合わせがあるはずがない。結局談判は決裂し、二人は宿屋を退去した。そしてそのまま、町を出ていく。
二人の足取りも、口も重かった。
戦場では無双の働きを見せる戦士であっても、平時ではただの人外としか扱われない。軍を離れて、単独行動しているからこそ見えてきた現実が、これだった。
暗黒騎士はともかく、キュウビは耳と尻尾を除けば可愛い少女なのだ。一目見ればその愛らしさに心を奪われる者も多いはずだった。だが、少なくともこの地では、歓迎されざる存在であった。
期待していた柔らかいベッドや温かな食事がとれなかったこともショックだったが、それ以上に人々から受ける仕打ちがキュウビの心を切り裂いてしまった。いつもは饒舌で陽気なキュウビが、ほとんど何もしゃべらずに夕暮れ近くまで歩き、昨夜と同じように深い森の端っこで野営をした。キュウビが火を焚き、暗黒騎士が獲物を狩った。だが、今夜の獲物は小さなウサギ一匹だけだった。
「よい、よい。昨日はたらふく食ったからのう。これで十分じゃよ。暗黒騎士殿」
キュウビは小さく笑った。そしてウサギの皮をはぎ、火にあぶって焼いた肉を食べた。そして、そのまま寝入ってしまった。その間、暗黒騎士は少し離れた倒木に腰を下ろし、その様子をじっと見守っていた。
「人間どもめ」
横に臥せったまま、キュウビがつぶやく。森は闇に閉ざされ、たき火の小さな灯が、キュウビの白い顔を映しあがらせていた。
「人間どもめ。いつまでわらわを苦しめる」
呪詛のようなその言葉に、暗黒騎士が反応する。
「悪い夢でも見たか」
その問いかけに、キュウビはむくりと起き上った。
「眠ってなどおらぬ。わらわは正気じゃ」
「そうなのか。だがな。人というものは、あれぐらいのものよ。聖人君子など、どこにも存在せぬ」
「そんなことは、分かっておるわ。奴らがすべて邪悪であるなどと、わらわは言っておるのではない。生き物であるならば、ほかの生き物を殺して生きるしかない。それは道理じゃ。じゃがな。殺される側には、そのようなきれいごとなど何の意味もない」
「ふむ」
立ち上がった暗黒騎士は、たき火を挟んでキュウビと向かい合ってすわる。
「昔、わらわが生身の狐であった頃、どれほど人間に追われたことか。わらわは体も小さく、足も遅い。良いところは可愛いことぐらいでな。狩人の矢が耳をかすめたり、罠にかかって、絶体絶命の危機に陥ったり。もう駄目だと、幾度思ったことだろう。殺された仲間は毛皮をはがれ、肉を焼かれ、骨となった。ああなってしまえば、それで終わりじゃ。山の主のような大ボスであっても老いぼれて死んでしまえば、何も残らぬ。死ねば終わりじゃ。だから、わらわは……」
話すうちに感情が募り、興奮しだしたキュウビに、暗黒騎士が諭す。
「まだ体調が戻っておらぬのであろう。考え事など明日にして、ゆっくり休むがいい。火の番は吾輩がしてやろう」
「わらわを子ども扱いするな。うんざりじゃ」
「それは失礼したな」
暗黒騎士はたき火に枯れ枝をくべた。
「ふん。わらわら感傷に浸ろうとしておるときに、無粋な真似をするな。興ざめじゃわい」
「わるかった。帝国軍有数の戦士どのには、似合わぬと思ったのだ」
「ぬかせ。そなたはなかなかに良い男じゃと思っていたが、それほどでもなかったわい。男ならば、ここでわらわをそっと抱きしめ、頭をなでるぐらいのことをやってみよ」
「鋼鉄の体でもよいのか」
「硬さなど関係ないわい。要は心の持ちようじゃ」
そしてキュウビは、膝立ちで暗黒騎士にいざりより、鋼鉄でできた太ももに頭を預ける。
「硬い。頭の形が変わってしまうぞよ」
そういうキュウビの顔は穏やかだ。
「それは吾輩のせいではない」
「いいや、そなたのせいじゃ。わらわはのう。人には心を開かぬ。皇帝は命の恩人じゃから、それなりに敬意を払っておるし、体を重ねることも厭わぬ。じゃが、それまでのことじゃ。わらわはこころを、昔に置いてきてしまった」
「それならば吾輩にもわかる。暗黒騎士になる前の自分など、深山の谷に垂れこめる霧の向こうに置いてきてしまった。暗黒騎士として、人を殺め、王子たちと戦ってきたころの自分は、恥じるしかない。そして今は、まさに生ける屍だ。吾輩は、どこにある?」
「そんなの、わからぬ」
キュウビは柔らかな頬を、鋼鉄の太ももにこすりつける。
「じゃが、わからなくても、絶対にある。だって、わらわをこうして労わってくれるのは、そなたなのだから。たとえ生身でなくたって、人格というものはあるはずじゃ」
「そうだろうか」
そう答えた暗黒騎士の手が、キュウビの髪に触れかけて、ひっこめられる。その仕草は、まるで純な少年のようだ。その気配を感じたのか、キュウビの頬がゆるむ。
「わらわの髪はきれいじゃろう。さわり心地もよいぞよ」
「な、なにを言うか。吾輩は、そ、そんなことはせんぞ」
「それなら、お願いしよう。わらわに触れてたもれ。わらわは人の温もりに飢えておるのじゃ」
「吾輩は温かくないぞ。柔らかくもないぞ」
「よい。二日間、共に旅した仲じゃ。そなたがよい男であることは、重々承知しておるゆえ、その手が欲しいのじゃ」
そう言われてしまい、暗黒騎士も観念した。視線をさまよわせながら、手を伸ばし、キュウビの髪にそっと触れる。白く光る絹のような髪を指に絡め、はらりと落とす。生き物のようにうねりながら落ちていく様は、なにものにも代えがたい光景だった。
暗黒騎士は、その厳つい外見とは最も離れた行為に、夢中になる。
「頭も撫でてたもれ」
武骨な指が頭を押さえつけるように、撫で始める。その不器用な愛撫に、キュウビは頭をいやいやさせたが、それは拒絶ではない。閉じた目を彩る長いまつ毛が、風に揺れる花びらのように揺れる。
いつのまにか、たらりと垂れていた尻尾がゆれはじめた。ふさふさの尻尾が揺れると、小さな風が巻き起こる。
「のう。暗黒騎士殿。尻尾も触ってたもれ」
「それはだめだ」
暗黒騎士が叫んだ。尻尾が敏感な部位であることを、知らぬ者はいない。
「いやじゃ、いやじゃ。わらわは病み上がりで、体が疼いて仕方ないのじゃ。そなたに慰めてほしいのじゃ」
その直接的な求愛に、暗黒騎士はたじろいだ。
「無理だ。吾輩は生身の体ではないと、なんど言ったらわかる。そのような行為ができるわけがないであろう」
「つまり、欲望はあっても、行為ができない、と」
「違う違う。欲など、吾輩はないぞ」
「わらわの体は、そんなにも魅力がないのかや。最初に出会った温泉で、わらわの裸を見たであろう。何も感じなかった、と」
「そ、そんなことはない。女性に、し、失礼であるから、そのような目で、裸を見ないだけだ」
「つまり、わらわの、たわわなおっぱいを見たが、嫌らしい目では見なかった、と」
「た、わ、わ。わー」
突然、暗黒騎士が立ち上がった。その太ももに、うっとりと頭を預けていたキュウビは、地面に落とされてうめいた。
「酷いのじゃー。暗黒騎士殿が、わらわにつらく当たるのじゃ」
キュウビが頭を抱えながら起き上り、恨めしそうな眼差しを向ける。
「違うとは、どういうことじゃ。わらわを愛しいと思ってくりゃるかや」
「そうではない。そんなこと、あるわけないであろう」
「ああ。つれない男じゃ」
しどけない横座りをしたキュウビは、暗黒騎士の肩に腕をかけ、すりすりと体を寄せていく。おっぱいを鎧におしつけ、秘部を鋼鉄の太ももにこすりつける。
「や、やめろ」
「もう止まらぬ。観念せよ。暗黒騎士殿」
体をくねらせ、密着させながら、キュウビは着物を脱いでいく。水干を脱ぎ捨て、小袖の前をはだけ、ミニ袴をずり下ろす。たわわなおっぱいは、暗黒騎士の胸板で押しつぶされ、赤い腰巻がめくれ上がっていく。闇夜に浮かび上がる白い肢体が、うごめく。
暗黒騎士は観念したように顔を上に向け、じっと耐える。それを許しと感じたキュウビは、さらに大胆な行動に移る。
唇を騎士の顔に押し当て、小さな舌で、舐める。
「そなた鉄の臭いがするぞよ」
「あたりまえだ」
「わらわは好きじゃ。なにやら、懐かしい」
「……。そうか」
「ならば、これはどうじゃ」
そう言いながら、キュウビは暗黒騎士の太ももの上で腰をくねらす。濡れそぼるヴァギナから、愛液が流れ落ちていく。
「このような硬いもので、慰めるのは初めてじゃ。暗黒騎士殿。そなたの指を貸してたもれ」
「だめだ。そんなこと、は、で、き、ぬ」
「少しだけ。後生じゃから少しだけ、わらわのクリをなでておくれ」
暗黒騎士はブンブン頭を振るが、キュウビに腕をつかまれ導かれると、抵抗せずに指を股間に差し込む。伸ばした中指が、柔らかい突起に触れると、キュウビが吐息を漏らした。カチカチの指に、クリトリスをこすりつけ、もだえるキュウビの顔が紅潮していく。たわわなおっぱいの先端も尖り始め、より敏感になっていく。
「そなた。もう、冷たくないぞよ。これはそなたの温かな心、そのものじゃ」
暗黒騎士に体を密着させた、キュウビがささやく。汗ばんだ肌から立ち上る濃厚な体臭が、暗黒騎士に襲い掛かる。
「どうじゃ。わらわの肌は、気持ちよいか」
「なにも感じぬわ。吾輩は触覚がないのだ」
「嗅覚はどうじゃ。ほれ。なにやら高ぶってきたようじゃが」
「違う。そんなんじゃない」
「残念じゃのう。そなたはいい男じゃが、生身ではない故、色気が足りぬ。おなごを蕩けすフェロモンが、もう少しあれば、最高なのじゃが」
そう言いながら、キュウビは、暗黒騎士の指に膣口を押し当て、お尻をくねらせて、敏感な器官を刺激していく。膣からあふれる愛液が、暗黒騎士の指を伝って、地面に落ちていく。
キュウビが喘いだ。
強く押し付けていた乳首から、乳があふれ出し、鎧を汚していく。なめ続ける唇の端から、よだれが垂れ落ちる。振り乱された髪がのたうち、大きな尻尾が揺れる。
「もう駄目じゃ。入れてもよいかや」
身を固くした暗黒騎士は、目を閉じたまま身じろぎしない。もしも、鎧がなかったら、脂汗を流していただろう。
キュウビは腰をくねらせ、狙いを定めると、ゆっくりゆっくりお尻を下ろしていく。
「太いのう。生身の男根よりも、ずっと太い。膣が押し開かれていくのがわかるぞ。長さも十分じゃ」
キュウビはじっくり味わうように、お尻をローリングさせながら、指を呑みこんでいく。
「鋼鉄の指を入れるのは初めてじゃが、悪くない。好ましい男のものであれば、鉄であろうが舌であろうが、感じるものなのじゃな。一つ、学んだぞよ」
「そなたは、吾輩を好ましい者と言う。だが、そう言われる資格は、吾輩にはない」
「まだそんなことを言うか。わらわの人を見る目を信じよ。過去に冒した過ちは消し去ることができぬ。じゃが、過去に囚われて、今を生きようとしないのは、感心せぬ」
快楽をむさぼりながらも、キュウビは相手を思うやる。
「そんなことを思い悩むより、もっとわらわを喜ばしてたもれ。ようやく元気を取り戻すことができて、体中が高ぶってしまったのじゃ。これを鎮めねば、眠ることもできぬ」
「う、う。どうすればいいのだ」
「指を抜き差ししてたもれ。おっぱいを揉んだり、尻尾を触って欲しいのじゃ」
「うむ」
キュウビに促された暗黒騎士は、ぎこちなく手を動かす。あまりの不器用さに、キュウビは眉をひそめたが、すぐに微笑みを取り戻す。愛おしい男の行為ならば、それでもいいのだ。
尻尾をつかまれたキュウビは、小さな悲鳴をあげる。体を震わせ、腕に力を入れて、暗黒騎士の頭を抱きしめる。
「もっと、もっと欲しい」
キュウビの性感が、急激に高まっていく。深い森の隅っこの、遮るものもない場所で、鋼鉄の甲冑をまとった騎士に、素っ裸でしがみつく妖狐の姿は、妖しすぎるものだった。その妖狐は身の丈ほどもある九本の尻尾を膨らませ、白い肌を紅潮させていく。
「よい。よいぞよ。暗黒騎士殿。もっとくりゃれ」
指を男根の代わりにして、キュウビは性交の喜びを存分に味わう。しなやかな肢体が上下に揺れ動き、汗と愛液をほとばしらせる。白い髪を振り乱し、嬌声をあげ、快楽の階段を上っていく。
「暗黒騎士殿。わらわはうれしいぞよ。思いがけない出会いであったが、そなたのような騎士と親しく交わることができた」
キュウビは暗い森に向かって叫ぶ。
「これから始まる、王国での日々を、祝福してくれているようじゃ」
それっきり、キュウビは言葉をなくした。渦を巻くような快感の嵐が、キュウビを呑みこみ、翻弄していく。キュウビができるのは、暗黒騎士にしがみつき、悲鳴と喘ぎ声を上げることだけだった。よだれと乳と愛液が溢れ出し、自身と騎士をべとべとに汚していく。
そして、指に貫かれたキュウビは、エビぞりになって絶頂を迎えた。動きが止まり、口を開けたままのけ反る。汗が吹き出し、四肢から力が抜けていく。
その体を、暗黒騎士はしっかりと抱きしめていた。
「生きていればこそじゃ」
裸のままで、暗黒騎士に抱かれたキュウビがつぶやく。
「生身であった頃は、幾度となく人に狩られそうになった。妖狐となってからも、死にかけたこともある。じゃが、わらわは生き延びてきた。辛くても、力尽きそうになっても、なんとか生き延びたのじゃ。だからこそ、わらわはそなたと出会い、こうして喜びの時を過ごせたのじゃ」
「うむ」
「感謝するぞよ。すべてのものに感謝じゃ。わらわには、それしかできぬ故な」
「これから、良い仕事をすればよい。吾輩たちがやるべきことをすれば、それが感謝になるであろう」
「ふむ。騎士殿は良いことを言う。わらわも騎士殿を見習うことにしようぞ」
4
安らぎに満ちた深い眠りをむさぼるキュウビを抱き、暗黒騎士は長い夜を過ごした。彼の心にもまた、今までにない静かな旋律が流れ続けた。苦悩を抱えて生き続けた騎士が、ようやく得た豊穣の時だった。
しかし、森が明るみ始めた頃、遠くから騒がしい音が聞こえてきた。
それがなんであるか、暗黒騎士はすぐに分からなかった。しかし、耳障りな音が近づいてきたとき、彼は気づく。
戦いの音だ、と。
この森は、王国の辺境からは遠く、魔物の出現はまれだった。それ故に、暗黒騎士も気づくのが遅れたのだ。
「キュウビよ。起きよ」
騎士はキュウビを揺り起こし、立ち上がる。甘い眠りを起こされたキュウビは、不機嫌な声をあげる。
「なんじゃ。わらわはもっと眠りたいのじゃ」
「戦いだ。こちらに近づいてくる」
その言葉に、キュウビはしゃんとなった。目を見開く、あたりを見廻す。
「戦いとはなんじゃ。敵は?」
「わからぬ。だが、近づいてくる」
その気配は、キュウビにもはっきりと感じられた。キュウビは身なりを整えながら立ち上がり、音が来る方角を見つめる。
「木を倒しながら近づいてくる。魔物であるなら、よほどの強敵じゃ」
「うむ。ここを抜けられると、街道に出る。そうなれば、どこにでも行きたい放題だ。ここでぶっ潰すぞ」
「よいぞよ。そなたとわらわで、倒してやろう。じゃが……」
強気の発言とは裏腹に、キュウビの頬に緊張が走る。
「来た」
暗黒騎士が剣を抜き、森の奥に向かって構える。キュウビは手にした扇をかざし、ポーズをとって待ち構える。
大木をなぎ倒し、出現したのは
「ゴーレムか」
暗黒騎士の剣が、うなりを上げて振り落とされる。その一撃で、ウッドゴーレムが両断された。
「すごいぞ。さすが暗黒騎士殿じゃ」
「まだだ。まだ来るぞ」
その通り、ゴーレムは一体だけではなかった。小型のウッドゴーレムが次々と出現し、二人に向かってくる。騎士は剣を、キュウビは扇を振るって、ゴーレムを打ち倒す。
「扇が武器とは、やるではないか」
「得物は何でもよいのじゃが、やはり雅でなければ美しくないからのう」
だが、ゴーレムの侵攻は収まらない。小型のゴーレムの後ろから、ストーンゴーレムが出現してきた。この敵は、暗黒騎士とても一撃で倒すことができない。キュウビは、押され始める。スキルを使いたいのだが、この状態で使うことは、死を意味するからだ。
「このままでは、持たんぞよ」
「だが、援軍はない。吾輩たちで倒すしかないのだ」
「ヒーラーが欲しいのじゃ。ヒールさえあれば、スキルが使えるのじゃ」
「ないものねだりはやめろ。己の力の身を信じて、戦うのみ」
「うむ。わかった」
暗黒騎士はストーンゴーレムと互角以上に戦えたが、キュウビは危うかった。防戦一方になり、ゴーレムのパンチを受けるごとに、手傷が増え、着物が引き裂かれていく。それを見た暗黒騎士は、キュウビを追いつめるゴーレムに襲い掛かる。二体のゴーレムと同時に戦う騎士の目が、赤く光った。
暗黒騎士が剣を振るうと、雷撃が走った。森にとどろく轟音と共に、雷撃が弾け、ゴーレムが粉砕される。
「キュウビ」
騎士が膝まづいたキュウビに駆け寄る。背中を丸め、せき込むキュウビは、肩で息をしていた。ボロボロになったその姿は、もう戦えないと告げていた。
「大丈夫じゃ。わらわはまだ、やれるぞよ」
騎士はキュウビを抱き上げようとしたが、その時、これまでになく大きな木が倒れる音がした。振り向いた騎士は、出現したアイアンゴーレムを見た。
暗黒騎士は立ち上がり、キュウビを護るように剣を構える。
暗黒騎士とゴーレムの死闘が始まった。
ゴーレムを追跡していた王子軍の遊撃隊は、森の中を進んでいた。この森を抜けられたら、王国の中心部に侵入される。その前に阻止しなければならない。
先頭を進むルチアは、明るくなり始めた森を透かし見て、疑問を抱く。前方で戦闘が起きているのだ。遊撃軍はいまだゴーレムに追いつかない。ならば、何者がゴーレムと戦っているのだろうか。
町を守る守備軍では、とても手に負える相手ではない。王子軍の主力でなければ、一撃で倒されるような魔物なのだ。急がねばならない。
暗黒騎士の奮闘が続いていた。アイアンゴーレムは二体に増えていた。その他にもストーンゴーレムがいる。暗黒騎士の鎧はねじれ、穴ぼこになり、腕がねじ曲がりかけた。ぼろぼろになりながらも、キュウビも戦うしかなかった。しかし、二人は奮闘むなしく、力尽きようとしていた。
そこに、ルチアが飛び込んできた。
「暗黒騎士ではないか。なぜ、そなたが……」
ルチアの目は、騎士の脇にひざまずき、今まさに倒れていくキュウビの姿をとらえた。
「キュウビ」
ルチアは自分のなすべきことを、瞬時に理解した。ゴーレムをかいくぐり、キュウビの元に駆けつけると、両手をかざしヒールを始める。淡い光に包まれたキュウビは、頭をもたげ目を見開く。
「ルチア。来てくれたか」
「大丈夫か」
「うむ」
力を取り戻したキュウビは、気力と共に立ち上がる。
「暗黒騎士殿も」
「わかっている」
けれど、アイアンゴーレムの攻撃にさらされた騎士は、回復が追いつかないほど痛めつけられていた。
キュウビの瞳がらんらんと輝く。
「ルチア。わらわを助けてくれ」
「どうしたんだ」
「わらわはスキルを使うぞ。ヒールを頼む」
「心得た」
キュウビは、騎士をぼこぼこにしていたゴーレムに飛びかかった。扇を巧みに操り、攻撃をそらし、時間を稼ぐ。
「ほれ」
キュウビがスキルを使うと同時に、ルチアがヒールを発生させる。回復したキュウビは、さらなる時間稼ぎをして、次のスキルを使う。
キュウビの持っている能力は、スキルを使うごとに攻撃力も防御力も上昇させることができるのだ。ただし、それにはヒーラーの協力が欠かせない。
「暗黒騎士殿。もう少しじゃ。もう少し、頑張ってたもれ」
キュウビの呼びかけに、頭の前で腕を交差させ、ゴーレムの攻撃に耐える暗黒騎士が、笑ったようだ。
そしてついに、キュウビのスキルは完成した。王子軍でも最高峰の能力を持った妖狐が、ここに出現した。
キュウビは舞った。それは魔物を屠る死の舞いだ。その扇はアイアンゴーレムを圧倒し、鉄くずに変えていく。ストーンゴーレムは瓦礫となり、ウッドゴーレムは木っ端みじんとなる。
引きちぎられた着物の残骸をまとうだけのキュウビは、生命と死との狭間で、この世のものならぬ舞踊を舞い続けた。
ゴーレムを全滅させたキュウビは、深い疲労に襲われ、うずくまる。
森は台風が通り過ぎたようなありさまで、ゴーレムの残骸が散乱していた。
ルチアは瀕死の重傷を負った暗黒騎士を、必死な形相で手当てし続けた。
ようやく立ち上がったキュウビは、のろのろと騎士に近づいていく。騎士の前にひざまずき、その手を握る。
暗黒騎士が頭を上げた。その目はまっすぐにキュウビに向けられた。
「騎士殿。そなたのおかげで、わらわは存分に戦うことができた。そなたに……」
「キュウビよ」
暗黒騎士が叫んだ。それは死にかけていた者が発するとは思えぬ大きな声だった。
「な、なんじゃ」
「そなたに惚れたー」
「へっ?」
「そなたの戦うさまは、まさに吾輩の理想だ。どうか、吾輩の嫁になってくれ」
「はっ?嫁?」
キュウビは硬直する。暗黒騎士はなにを言っているのだろう。
「ほう」
ルチアが感心したように顎に手を当て、微笑む。
「吾輩の嫁は、そなたしかいない。どうか、吾輩と結婚してくれ」
「け、結婚じゃとー」
キュウビが悲鳴を上げた。
握っていた騎士の腕をぱっと離し、立ち上がりかけて後ろによろめく。
「なにを、たわけたことを言いやる……」
「いいではないですか。お似合いだと思いますよ」
ルチアが平然と言う。
「な、なにを、言うか。おのれ」
「だめなのか。吾輩では嫌なのか」
「嫌、だとか、では、ないわい」
「確かに吾輩のこの体では、そなたを満足させられぬかもしれぬ。でも、昨日の夜は、良かったと言ってくれたではないか」
「な、な、な、」
「ほほう。昨日の夜、なにがあったのですか?」
「き、き、昨日は。あれは、その、ついじゃな。調子に乗って」
「指で満足してくれたのではないか」
「ゆ、ゆ」
「ほう。指ですか。なかなかのテクニシャンなのですね」
「この、痴れ者がー」
ついにキュウビは、暗黒騎士を足蹴にして、その上にのしかかった。
「キュウビ。吾輩はそなたに惚れたのだ。そなたさえいれば、この世界は美しい。それが分かったのだ。だから、吾輩の嫁になってくれー」
暗黒騎士の叫びは、キュウビの琴線に触れた。のしかかったまま、動きを止めたキュウビは、両手で暗黒騎士の兜を挟み込む。そして、顔を近づけた。
「この世界は美しい、か。確かに、その通りじゃ」
キュウビの瞳に理解と共感がうかぶ。
「そうじゃな。そなたのような良い男とは、そうそう出会うことが出来ぬであろう。ならば、わらわも年貢の納め時か」
そう言ったキュウビは立ち上がり、騎士の両手をもって立ち上がらせる。二人は向かい合って立った。
「わらわはそなたと共に、生きていくことにした。嫁とはこそばゆいが、それがそなたの望みであるならば、かなえようぞ」
「うむ。吾輩は、そなたの夫にふさわしい男になろう。そして、この世界を平和な美しい場所にしていくのだ」
「では私が証人となろう。暗黒騎士。キュウビ。そなたたちは夫婦となり、末永く幸せに生きていかれよ。帝国神官戦士ルチアが証人となり、ここに夫婦の契りを確認する」
「よし。では、わが夫の君よ。王城まで新婚旅行と洒落込もうではないか」
「うむ。わが嫁よ。では参るぞ」
「おう」
「ちょっと待ったー」
意気投合する二人に、待ったをかけたのは常識人のルチアだった。
「キュウビ。その格好で出かけようと言うのですか。ほとんど裸じゃないですか」
「ああ、そうじゃった。でも、セクシーで良いではないか」
「良くないです。王子軍の面子にかかわります」
「そう言っても、着替えがない」
「仕方ないですね」
ルチアは自分の上着を脱ぎ、キュウビに羽織らせる。
「とりあえず、これを着てください。早めに服を買うのですよ」
「金がないのじゃ。わらわたちは、それで困ったのだぞよ」
「わかりました」
ルチアはキュウビに銀貨を手渡す。
「お願いしますよ。王子軍の高級将官であるあなたたちが、おかしな行動をとれば……」
「わかっておるわ。では夫の君よ。行くぞ」
「おう」
そして、鋼鉄の戦士の肩に乗った、九の尾を持った妖狐は、朗らかに旅立ったのだ。
終
投稿が空いてしまいました。最近は、ちょっと飽きてきたかもしれません。この作品も、二カ月ほど前に書き上げたものだし。
前回の帝国ガチャは、レオラさんが来たのでまあ良いとしましょう。エルミラさんも来たので、新しいお話しも考え書きたいし。
と言うことで、次回作でまた会いましょう。