戦いで戦果を上げられなかったエキドナが落ち込んでいると、彼女に好意を持っているユリアンが慰め、自分の故郷にエキドナをいざないます。同僚のアーニャとコーネリアも引き連れて、豊かな自然と心まで温めてくれるサウナが、エキドナの気持ちを癒してくれます。やがて、エキドナはユリアンの好意を受ける決意をし……。
美しい二人の恋愛模様を楽しんでもらえたら幸いです。
エキドナが見る月
1
祝勝の宴はもう始まっていた。
広間の扉を開けたエキドナは、宴の様子をうかがう。今回は戦場近くの町が宿営地になっていたから、宴は町で一番大きな商家の広間でひらかれている。大きなテーブルが六つ置かれ、そこにご馳走と飲み物があふれんばかりに並べられている。その周りに王子軍の将官たちが座り、大いに飲み、食べ、騒いでいる。
エキドナの視線は、一番奥のテーブルにいる王子に吸い寄せられる。王子は幕僚たちに取り囲まれ、酒を酌み交わしながら談笑していた。
エキドナは視線を逸らせ、小さく息を吐き、広間に足を踏み入れる。広間をぐるりと見廻すと、隅っこの席にミルノがいた。その隣が空いているようだ。
エキドナは給仕をする召使に合図して食事を運ばせ、その席にむかった。
「ミルノ。ここは空いていて」
「はい。エキドナさん」
ミルノがこくりと頷いた。
「ありがとう」といって、エキドナは椅子に座る。そして、もう一度息を吐いた。疲れているだけでなく、体のあちらこちらが痛い。今日の戦闘で手ひどいダメージを受けたのだ。
山盛りのご馳走を口に運びながら、エキドナは昼間の戦闘を思い起こす。あれは、酷い戦いだった。
魔物軍は大軍であるだけでなく、頑強なトロールとゴーレムが混じっていた。戦いの中盤、ドラゴンシャーマンであるエキドナは前線に派遣された。強大な防御力を誇るドラゴンシャーマンは、敵の攻撃を跳ね返しながら、味方を援護することができる。その作戦通り、エキドナが敵を引き付けている間に、攻撃部隊であるメイジとウィッチが前進してきた。
だが、ゴーレムの猛烈な攻撃にエキドナが耐えきれなくなった。ドラゴン特有の翼をすぼめ、なんとか身は護れたものの、味方の援護ができなくなったのだ。メイジとウィッチ部隊に損害が出て、前線が崩壊しかけたとき、最前線にエンジェルのミルノが突出した。
ミルノのアビリティによって、急激に体力を回復した攻撃陣が、魔法攻撃を仕掛けると、強大なゴーレムが瓦解していった。勢いに乗る味方は、一斉に反攻を仕掛け、ついに敵を殲滅することができたのだ。
久しぶりの出撃だったが、王子の期待に応えられなかった。これでは遠からず、第一軍から外されてしまうだろう。王子と会う機会もぐっと減ってしまう。ましてや、王子に呼ばれることもなくなるだろう。
身体の痛みよりも、そのことがエキドナにはつらかった。
「エキドナ。痛いのですか?」
心配げに聞いてくるミルノに、エキドナは微笑みで応えた。
「あなたこそ、敵の集中砲火を浴びて、大丈夫だった?」
「翼をね、こうやってぎゅっと体に巻き付けるんです。そうしたら、全然痛くありません」
「わたくしも同じようにやっているのだけれど、どうしてもダメージを受けてしまうの。あなたほど、防御力がないのね」
「エキドナ。ひどい目にあってたから。助けに行けて、よかったです」
「ええ。あなたのおかげよ。ありがとう」
ミルノはこくりと頷き、皿に乗った豆をフォークで突き刺して口に運ぶ。無心に食べるその姿を、エキドナは微笑みながら見守る。愛らしく可憐な少女は、見る者すべてに幸福をもたらしてくれるようだ。
「それだけでいいの。いつものことだけど、小食ね」
「これでいいです。たくさん食べられません」
エンジェルはほとんど食べなくても活動できるらしい。人の数倍は食べるドラゴンシャーマンとは大違いだ。そのことに、いくばくかの恥ずかしさを感じつつ、エキドナは何度もお替りをもらって食べ続ける。食べなければ、回復ができないのだ。
宴がお開きに近づいてきた。用意されたご馳走の大半が食い尽くされ、酒も尽きかけた。それに、この場では陽気に騒いでいる者たちも、昼間の激戦に疲れているのだ。将官たちの乾杯を受けた王子が、政務官と共に広間から出ていく。
その後ろ姿を、エキドナは目で追った。結局、一言も声をかけてもらえなかった。宴会に遅れてきたし、それは仕方がないことだ。エキドナは自分にそう言い聞かせる。
「それじゃ、また」
先に食事を終えたミルノが席を立った。
「ええ。今日はありがとう。また、明日」
エキドナがそう言って別れを告げていると、ミルノのそばにサノスケがそっと近寄ってきた。ミルノの耳元に口を近づけると、何かをささやく。
「王子の、部屋?うん。わかりました」
ミルノはこくりとうなずき、サノスケの後について広間から出ていく。
その華奢な後姿を、エキドナは呆然と見送った。
ミルノが今日一番の戦功を上げたのだから、当然だ。王子と共に夜を過ごすことが、女性将官にとって、なににも代えがたい報奨だった。だから、ミルノが呼ばれるのは、当然なのだ。
エキドナは自分に向けて必死に言い聞かせる。だが、その胸は、暗い渦に引き裂かれそうだった。もしもここが、大勢の人のいる場所でなかったら、倒れ伏し、泣き叫んでいたかもしれない。けれど、誇り高き竜人が、人前で嘆き悲しむ姿を見せることなどありえない。エキドナは固いパンをかみしめ、ごくりと飲み込んだ。
「もっといかがですかな。エキドナ姫」
ぼんやりしていたエキドナの目の前に、大きな陶製の酒瓶が差し出された。エキドナが顔を上げると、微笑みを浮かべたユリアンがじっと覗き込んでいる。エキドナは黙って盃を差し出す。ユリアンは盃にワインを注ぎ、自分の盃もいっぱいにする。そして、盃をかかげた。
「今日の戦いの勝利を祝して」
エキドナも盃をかかげる。
「今日の戦いの犠牲者のみなさまに、永遠の安らぎを」
「アイギス様のご加護をもって」
エキドナとユリアンは唱和し、ワインを飲みほす。ユリアンはにっこり笑った。
「いつもよい飲みっぷりですな。あなたには酒も水のようなものなのでしょう」
「いいえ。それでは杜氏の皆様に、失礼です。おいしいワインは、わたくしに大いなる喜びを与えてくれるものですから。わたくしは、じっくりと味わっております」
ユリアンが来たことで、エキドナは悲しみの淵から這い上がることができた。彼は、気が置けない男友達といった風情で、エキドナにはありがたい存在だった。
ユリアンはさっきまでミルノが座っていた椅子に腰かけ、身を乗り出してエキドナに語りかける。
「まったく、よい酒というものは、人と人との距離をぐっと縮めてくれる。こうやって酒を酌み交わせば、仇敵であろうとも、莫逆の友となりえる。まして、好ましく想いあっている者ならば、すぐさま心が通い合うだろう」
そう言いつつ、エキドナの盃にワインを注ぐ。エキドナはそれを断らない。が。
「酒などなくても、わたくしとユリアン様は、背中を預けることができる戦友です。わたくしは、常々おもっております。この王子軍は、信頼と友愛によって結びついた、かけがえのない仲間ばかりです」
「そうですとも」
ユリアンは飛び跳ねるように立ち上がり、盃をかかげて叫んだ。
「いかなる苦難が待ち受けようともこの道を進まん。人に害をなす魔物を退け、平和な王国を築くのだ。われらが王子と共に」
広間に残っていた将官たちは、ユリアンの言葉に唱和する。
「われらが王子と共に」
エキドナも盃をかかげて声を上げるが、その唇には苦い笑みが漂っていた。
「ところで、一つ相談があるのですが」
広間から多くの人が出ていき、静かになってから、ユリアンはエキドナに顔を近づけて言った。
「はい」
「今日の戦いでは、敵の攻撃にさらされ、エキドナ姫はずいぶん痛めつけられていましたね。本営から見ていて、胸が締め付けられる思いでした」
「ありがとうございます。でも、心配は無用です。わたくしはあれしきのことでは倒れません」
「はい。大きな傷もなく、酷い痛手は負っていないように見えます。でも、心身の疲労というものは、すべてが見えるものではありません。あなただけではありませんが、時にはゆっくりとした休養が必要だと思うのです。そこで、一度あなたを、俺の故郷に招待したいと思うのですが、いかがでしょう」
「ユリアン様の故郷、ですか」
「はい。王城からですと、馬で行けば半日もかかりません。緩やかな丘陵が続く田園地帯のはずれ。近くに森もあります。それから小さな湖も。どこにでもあるありふれた小さな村ですが、田舎の風景が疲れた心を癒してくれるのですよ。そこで何日かのんびりしませんか」
「田舎ですか」
エキドナは小首をかしげて考える。
「わたくしはずっと地底の王国で暮らしていて、それから王子さまと出会い、王城で暮らすようになりました。ですから、王国の田舎をあまり見たことがありません。見ていたとしても、戦場になった場所ばかり。小さな村で暮らす皆様と、お話したこともない」
「故郷と言いながら、俺も半年に一度ぐらいしか帰れません。でも、村人はみな親切で、きっとあなたを歓迎してくれますよ」
「竜人のわたくしでも、ですか?この尾と翼を見て怯えるのではありませんか?」
「それはないですね。今どきの国民は、竜人ぐらいでは驚いたりしません」
「そうですか……」
エキドナの反応に、チャンスと見たユリアンが身を乗り出したとき、こつんと頭を叩かれた。
「ユリアン。いつまで駄弁っているの。あんたがいつまでもここに居座っていたら、片づけられないでしょ」
頭を抱えて顔を上げたユリアンは、メガネを光らせて見下ろす美女に顔をしかめて見せる。
「ケイティ。片づけは召使たちに任せておけ。彼らの仕事に口を出すんじゃない」
「信頼してるし、任せているわよ。でも、あんたたちのような将官がいつまでも居座っていたら、召使いたちが遠慮してしまうわけ。そこん所、かわるかな」
ケイティは鮮やかな笑みを浮かべ、足早に去っていった。
「では、わたくしも失礼いたします」
エキドナも立ち上がった。
「では、俺が部屋まで送りましょう」
「いいえ。いくら世間知らずのわたくしでも、自分の部屋まではひとりで行けます。それに、ユリアン様は、ケイティ様にお詫びをした方がよいのではありませんか?」
「いやいや。あいつとは腐れ縁みたいなもので、いつもこんなものです。姫。村へはいつ行きますか。まってくださいよ」
衣をひるがえして去っていくエキドナを、ユリアンは慌てて追いかけていった。
2
二日後。
ぬけるような青空が広がっていた。
晩秋の野山はところどころ紅葉していたが、全体としてはくすんだ印象だった。収穫の時期が過ぎ、冬に備える頃なのだ。風は無く、気温は低めだが、寒すぎるほどではない。時折見かける村人たちは、どことなくのんびりとした風情で、野良仕事をこなしていた。
人が踏み固めただけの細い道を、四人の騎士がゆっくり馬を進ませていた。
「美しい風景ですね。ユリアン様。こんな風にゆったりと出かけるのははじめてかもしれない。来てよかった」
馬上のエキドナは、両腕を組み合わせ、大きく伸びをする。エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、あちこちの風景に、落ち着きなく顔を巡らせ続ける姿は、本当に喜んでいる証拠だろう。前を進むユリアンは、得意げな様子で後ろを振り向く。
「姫に喜んでもらえて、うれしいです。出陣の時や、帰陣の時では、風景を楽しむどころではないですから。俺も久しぶりにのんびりした気分になれました」
「故郷に帰られるのですもの。さぞかし嬉しいでしょう。本当にわたくしのようなものが一緒でよかったのでしょうか」
エキドナが小首をかしげ、ユリアンを流し見る。そのまなざしには、生真面目さと、いくらかの媚とがまじりあっていた。
「あなたのような気品あふれた姫に来ていただけることは、光栄のきわみです。村の者たちが大喜びするでしょう」
「お口がお上手ですね。ユリアン様は」
エキドナが軽く受け流すと、後ろにいるアーニャが口をはさんでくる。
「本当にお口がお上手だよね。女の子を口説く手管は王国一だって、ケイティさんが言ってた。ねっ。コーネリア」
「はい。先ほどから、ユリアン殿には、わたしたち二人はいないも同じのようです」
「本当に、同じ竜人で同じ姫なのに、扱いが違いすぎるよ。ねえ、エキドナ」
アーニャはエキドナと同じ竜人で、コーネリアはアーニャのルームメイトだ。二人きりで出かけるのを避けるために、エキドナが誘った。そしてこの二人も、この短い旅を楽しんでいた。魔物を撃退するために出撃する以外に、王城から出かけることはほとんどないのだ。だからこそ、ありふれた野山の風景も、心が洗われるほどきれいに感じられる。
「いやいや。コーネリアとアーニャにも俺の故郷を楽しんでもらいたいと思っていたんだ。王城で食べられるものに比べれば、質素な物しか出せないが、なによりも村人の真心がこもっている」
「それは楽しみですね」
「うん。いっぱい食べさせてね。ユリアン」
「おう。任せておけ」
三時間ほどの旅の終点は、低い山脈の麓に広がる豊かな田園だった。小さな森が点在し、畑と牧草地が連なり、小さな集落が現れては過ぎていく。やがて低い土塁と柵で守られた村が見えてきた。入口の扉は開け放たれていて、数人の村人がユリアンの一行を迎えに出ていた。
「若様。お帰りなさい」
「若様。よくお戻りで」
「美しい客人の皆様。ようこそおいでくださりました」
歓迎の言葉と共に、秋の野に咲く、花の束が差し出された。微笑みと共に受け取った姫騎士たちは、落ち着いた色合いの花束を大事そうに抱く。
「皆も息災でなによりだ。このまま館に行くが、それでよいか」
「はい。お食事の支度は整っております。どうぞ、ごゆっくりなさってください。」
村の目抜き通りを馬上で進む姫騎士たちは、村人たちの注目を浴びた。
ブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳を持つエキドナは、背中にブロンズのような翼をもち、長大な尾を体に巻き付けている。パステルグリーンとアイボリーの衣から、なまめかしく肌が露出し、見るものをとらえて離さない。
同じ竜人でありながら、プラチナの髪のアーニャは小柄で愛らしい。翼も尾もやや小ぶりで、肩から下げた長大な剣の方が目立つ。ブルーの瞳が好奇心に満ち溢れてきょろきょろ動いている。
落ち着いたブロンドの髪のコーネリアは、純白の装束に身を固め、柔らかな微笑みを浮かべて、村人の歓迎に律儀に応えている。以前は見知らぬ人への警戒心が強かったが、最近は人づきあいがよくなった。
王子軍の高級将官である姫騎士がそろって訪れたことは、村人たちにとっても、めったにない素晴らしい出来事だった。先頭を行くユリアンは、誇らしげに胸を張った。
領主の館は小ぢんまりとした平屋建てで、十人が入れば満杯になる広間に、昼食が用意されていた。手と顔を洗った四人は、食卓に着き、村の女たちの料理を心ゆくまで味わった。
食事を終えてから、ユリアンとエキドナは居間に移り、ワインを片手にくつろぐ。アーニャはコーネリアを引き連れて、村の探索に出かけた。
「この村は」
ゆったりとした安楽椅子に座り、盃をもてあそびながら、ユリアンは話し出す。
「王城が魔物たちによって陥落した時も、村人たちの手で守られたのです。こんな田舎まで、魔物が襲ってこなかったという幸運があってのことですが、村人たちの団結がなければ、崩壊してもおかしくはなかった。実際、近隣の村では、みな逃げ出してしまい、一時期は無人になったところもあるのですよ」
「ユリアン様は、その時……」
「俺はずっと王子のそばにいて、各地を転戦していましたから、この村に戻ることはできませんでした。風の便りで無事であると知ったとき、アイギス様に感謝の祈りを捧げました。あの時、故郷がどれほど大切なものであるかを思い知らされました」
「本当にそうですね」
「俺たちが戦えるのは、こうした村々が食料を供給してくれているからだし、若者を兵として送り出してくれているからです。それを忘れてはいけない」
「はい」
いつも若々しいユリアンだったが、こうしていると年相応の落ち着きと、人生の重みを感じさせる。エキドナのエメラルドグリーンの瞳は、深い理解と好意とを湛えていた。
「わたくしはその頃、地底の竜人の国で、なに不自由なく暮らしていました。地上が、このような悲惨なことになっているなど知りもせず、姫巫女と呼ばれて、みなにかしずかれていたのです。どうしようもない、子供だったのですね」
「子供が平和に暮らせるのは、よいことです。この世界の苦しみや悲しさを少しでも減らすために働くのは、大人の務めですから。だから、こんな世界にしてしまった責任を、俺たちは取らなければならない。俺たちが再び平和な世の中を作り出さねばならないのです」
「そのように、お考えになっていたのですか。ユリアン様は、もっと軽やかに生きておいでだと、わたくしは感じておりました。どんなに苦しい時でも、笑顔でみなを元気づけてくださる方だと」
「ああ。そのような時もありました。俺自身も、けっこうめげていたりもするのですが、暗い顔をしていたら、元気がなくなってしまうではありませんか。だから、まず、笑顔。特に、女性には、ね」
ユリアンは片目をつぶってみせると、エキドナが声を上げて笑った。
「ユリアン様とお話ししていると、憂いが吹き飛びます。あなたはわたくしを、いつも元気づけてくださっていたのですね」
「姫の笑顔が見られるのなら、俺はなんだってしますよ」
「本当ですか。信じてもいいですか」
「もちろんです。俺はいつでも姫の横にいたいですから」
エキドナの頬に、穏やかな笑みが浮かんだ。
「ユリアン様と、このようにゆっくりお話ししたのは、初めてですね。もっと早く、お話しできればよかった」
「俺もですよ」
「ただ、わたくしは、ちょっとだけ人間の男の方が苦手なのです。ご存知でしょうが竜人の男は、成長すると竜の容貌になります。だから、大人の男というものを、わたくしは地上に出るまで見たことがありませんでした。初めは、目を合わせることもできなかったくらいです」
「でも、王子によって、変わった」
「……はい。王子さまには感謝しています。そして、今でも王子さまは特別です」
「そうです。王子は生まれながらにして、人の心をつかみ取る力を持っている。成長してからは、女性の心をとらえて離さない」
「はい……」
うつむくエキドナの顔は憂いを秘め、上目遣いにユリアンを見る眼差しはゆらいでいる。その視線に絡めとられたユリアンは、右手を伸ばし、エキドナの手を握ろうとして、やめた。
「いつまでそこで、覗いているつもりなんだ。アーニャ。それからコーネリア」
扉の小さな隙間がすーと開かれ、アーニャとコーネリアが顔をのぞかせる。アーニャはニヤニヤ笑いながら言った。
「だって、もうすぐキスするんでしょ。早くしなよ」
「わたしたち、お邪魔みたいだから」
おとなしいコーネリアまで、軽口を叩いてくる。
「アーニャ。わたくしたちはおしゃべりをしていただけですよ。お二人も一緒にワインを飲みましょう」
「いいや。みんな揃ったところで、そろそろ出かけよう」
そう言って、ユリアンは立ち上がる。
「どこへいくのです?ユリアン様」
「身も心も、癒してくれるところです」
森を抜けると、小さな湖が見えてきた。西の空に傾き始めた陽光に照らされ、水面はエメラルドグリーンに輝いている。湖の周りを囲む森の木々は鮮やかに紅葉し、青空とのコントラストが目に眩しい。
三人の姫騎士は、歓声を上げて湖に駆け出して行く。
アーニャは岸辺に駆け寄ると、水に足を突っ込み、その冷たさに大騒ぎする。追いかけてきたコーネリアに両手ですくった水を掛け、笑いながら逃げていく。
「待ってよ。アーニャ」
「こっち、こっち」
追いつかれそうになった、アーニャは、尾で水面を打ち、盛大な水しぶきを上げてさらに逃げる。コーネリアの髪も顔も服までも、ずぶ濡れになった。滴る水を手で拭って、頬を膨らませる。
「もう。許さないんだから」
「早くこっちにおいでよ。コーネリア」
アーニャは翼を広げ、今にも飛び立たんとするかのように、岸辺をぐんぐん走っていく。コーネリアは真剣な表情で追いかけていくが、差は広がっていくばかりだ。
無邪気に遊び戯れる二人に背を向けるように、エキドナは後ろ手に手を組んで、ゆっくり歩を進める。ユリアンが追いかけてくることを見越していたのだろう。だが、ユリアンは、三人の姫騎士たちの幸福な光景を見て取ると、湖水の際に立つ小屋に向かった。
小屋から戻ってきたユリアンは、湖岸に佇む三人を見つける。
エキドナは水ぎわにすくっと立ち、背筋を伸ばし、翼をすぼめて、湖水に浮かぶ水鳥を眺めている。二羽の鳥は同じ距離をとりながら、右へ左へと泳いでいる。
アーニャは座り込み、翼で体を覆い、石ころを集めて積み上げている。
そして、コーネリアは両腕で胸を抱くような姿勢で、西の空を見上げている。赤みを帯びた太陽が、いつの間にかずいぶん低い空に浮かんでいた。
「お待たせしました」
「なにがあるの。わたし、喉が渇いた」
「ああ。わかってるよ。まず、水をいっぱい飲んでからだ」
「水を飲むって、なんですか。ユリアン様」
「わたし、わかってきました」
小屋を見たコーネリアが、先に立って歩き始める。
「なに。なにがあるの」
「うん。気持ちのいいところ」
「ああ。身も心もリフレッシュしよう」
ユリアンが連れて行った丸太小屋は、赤々と燃える暖炉でしっとりと暖められていた。水辺で遊んでいた姫騎士たちは、暖炉に駆け寄り、笑いさざめきながら暖を取る。
床には分厚い絨毯が敷かれ、窓は閉じられていて、寒気を締め出している。低いテーブルには水差しや酒瓶、皿にのせた食べ物が盛られ、ゆったり過ごせるように心づくしがなされていた。
しかし、ユリアンは三人に大きなタンブラー一杯の水を飲ませると、服を脱ぎ始める。コーネリアもためらいなくブーツを脱ぎ、上着のボタンをはずしていく。あとの二人はその様子を、目を丸くして見ている。
「ちょっと、コーネリア。なにしてるの。まさかあんた、ユリアンと……」
「ばかね。サウナに入るのよ。そうでしょ。ユリアンさん」
「そうだ。サウナですっきりしようぜ」
「サウナですか。聞いたことがあるような、ないような」
「うん。わかった。わたし、はじめでだよ」
手を叩いて喜んだアーニャも、服を脱ぎ始める。それを見て、エキドナも帯を解き始めた。
丸太小屋のすぐ隣に、とてもさらに小屋があった。低いくぐり戸を開けると、熱い蒸気がモヤモヤっとあふれ出してくる。急いで中に入ると薄暗い狭い部屋だった。両側に狭い長椅子が据えられ、正面に煉瓦でつくった炉が据えられている。炉に火はない。焼けた石を運んできて、それに水を掛け、蒸気を発生させているのだ。四人は体をかがめて小屋に入り、長椅子に座る。
右手奥にユリアン。その横にエキドナ。ユリアンの向かい側にアーニャ。その隣にコーネリア。四人が座ると、それで満杯だった。明かりは炉の上の棚に置かれたロウソクが二本だけ。湯気が濃く、隣にいる人の姿がぼんやりと見えるほどだ。
熱気と蒸気に包まれて、すぐさま汗が噴き出してくる。
「暑いよ」
アーニャが弱音を吐くが、コーネリアが諭す。
「しばらく我慢していると、体から汗と一緒に悪いエキスが出ていくのよ。そうしたら、体が軽くなる」
「コーネリアはサウナに入ったことがあるのだな」
「はい。こどもの頃に。家族で暮らしていた頃です」
「そうか」
コーネリアがこどもの頃のことを、とても大切にしているのを、ここにいる者は皆知っていた。コーネリアがリラックスして、穏やかな顔つきでいるのは、昔を思い出しているからだろう。
プラチナブロンドの髪をまとめ上げたコーネリアの肌を、汗が流れ落ちていく。細いうなじ。華奢な四肢。乳房もお尻もひかえめで、まだ幼さを残した肢体は瑞々しい。膝をきっちり合わせ、両手を太ももにのせ、背筋を伸ばして、じっと目を閉じている。
アーニャも小柄だが、思いのほかグラマラスだ。おっぱいはつんと尖って自己主張していたし、お尻も太もももしっかりしている。
銀髪に埋もれた二つの角。たたまれた翼と、くるりと巻いた尾っぽ。両ひざが少し開き、淡い陰毛の陰に割れ目がのぞいている。
そして、エキドナは、成熟した女性の肢体を見せつけていた。
ブロンドの髪が額に張り付き、上気した頬が匂い立つような色気を醸し出す。ふっくらと盛り上がるおっぱいは、呼吸するごとに上下動する。くびれたウエスト。月のように張り詰めたお尻。髪と同色の陰毛はしっとりと濡れ、その奥の秘所を隠している。ブロンズのような翼は、小さく折りたたまれ、ダークグリーンの尾は曲げられて、太ももに乗せられている。
ちらりと横目で見たユリアンは、エキドナの艶やかな紅い唇に吸い寄せられる。その唇は、ユリアンを誘っているようだ。ユリアンの下腹部に血流が集中し始める。
ふいに目を見開いたエキドナの瞳が、ユリアンに向けられる。
「サウナというものに初めて入りましたが、体の中から熱くなってきました。竜人はあまり汗をかかないのですが、ほら、こんな風に……」
エキドナが左手で右肩の下あたりに触れる。肌が紅潮し、汗が滴となって流れ落ちていった。ユリアンの視線はその汗と一緒に下に降りていき、柔らかそうに息づく乳房で止まる。
「ユリアン。エキドナのおっぱいばっかり見てる」
「うるさい。お前たちだって、俺の体を見てるじゃないか」
「まあね。ユリアンてさ。服着てるときは、やせてるように見えたけど、けっこう筋肉質だよね。すごく強そうだよ」
「そうですね。大浴場で以前お会いした時もそう思いました。頼りがいがある方だと思います」
「わーお。エキドナに誉めてもらって、よかったね。ユリアン」
「俺は王子の剣術師範なのだ。鍛え上げておかねば、その名が廃るではないか。それに戦場ではヘビーアーマーと渡り合うこともある。そうそう力負けしてはいられないからな」
「でもさ、今は王子の方が強いよね」
「それは仕方ない。というより、王子が強くなったことが、俺の師範としての能力を示しているのだ」
「それじゃあさ。こっちも鍛えているのかな」
そういいながら、向かいに座るアーニャが左足を伸ばしてきて、ユリアンの股間に触れる。
「こら、やめろ」
「アーニャ。大切なところが丸見えよ。やめて」
コーネリアが叫び声をあげ、アーニャの太ももに手をかけて引き戻そうとする。
「別にユリアンなら、恥ずかしくないもの」
「なんだ。それなら誰だと恥ずかしい」
「うーん。王子かな。王子にみっともない姿は見せられないから」
「隠したって、アーニャの正体は王子にはわかっているさ。おい。いい加減やめろ」
足の指でふにゃふにゃの男根をこねくり回すアーニャに、ユリアンが声を荒げ、ついに足をつかんで押し返した。するとバランスを崩したアーニャが長椅子から転げ落ちそうになる。慌ててコーネリアがその体を抱き留めるが、二人は折り重なるように、あおむけになってしまう。アーニャだけでなく、コーネリアの陰部もあらわになってしまった。しかも激しい運動で、さらに汗まみれになる。
「アーニャ。いい加減おとなしくしろ」
「だって、ユリアンったらいいかっこばかりして、ちっとも面白くないもの。本音を出しなよ。エキドナとやりたんでしょ。いちゃいちゃすればいいのに」
「人間は本音だけで生きているんじゃない。女性が三人もいるサウナで、そんなことはしたくないんだ。俺は大切な人と、深い絆を築きたいと思っている。体だけじゃダメだ。心を通じ合い、互いを大切にしあって、愛し合いたいんだ。そして、かなうならば子供が欲しい。それが俺の夢なんだ」
その言葉に、三人の女性は目を見張り、息を止めてユリアンを見つめる。それからアーニャとコーネリアはおとなしく座り直し、もの問いたげな表情を彼に向ける。エキドナも真剣なまなざしでユリアンを見、小さく口を開きかけて閉じる。
「ごめんなさい」
「いいんだ。アーニャはこんな風に騒いでくれるから、いつも楽しい。コーネリアも来てくれた嬉しかった。さあ。そろそろ行こうか」
「どこへいくのですか」
「湖ですよ。エキドナ姫。凍えるような水に飛び込むんです」
そう言って、ユリアンはエキドナの手をとった。
裸のまま走り出た四人は、その勢いのまま湖に飛び込む。水は凍りつくように冷たい。一瞬、悲鳴を上げそうになったが、次の瞬間、ほてった体が解放感に包まれた。
「冷たい」
「ひゃっほー」
「きもちいいわ」
「最高だ」
高揚感に包まれた四人は、湖の中で跳んだり、はねたりして、はしゃぎまわる。水を掛けあっているうちに、本気になって激しい水しぶきを上げる。やがて、人間対竜人のペア同士の戦いになったが、それは翼と尾をもった竜人の圧勝だった。
戦場を駆け回る勇者たちの、幸せな時間だった。
サウナに戻った四人の間には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、親密な空気が生まれていた。ユリアンが持ってきた水差しで水を回し飲みし、おしゃべりし、冗談を言い、笑いあう。普段はおとなしいコーネリアも、すました顔をしているエキドナも、ずっと笑い続けている。
「わたくし、ユリアン様に教えていただきたいことがあります」
突然、エキドナが真顔で言い出す。
「なんですか」
「男の方というものは、いったいどうしたら女性に欲望を抱くのでしょう?」
思いがけないこの発言に、ユリアンだけでなくアーニャもコーネリアも一瞬固まる。エキドナは舌で唇をなめてから、言葉をつぐ。
「わたくしは、ずっと考え続けていました。どうしたら、王子さまがわたくしを抱きたいと思うようになるのか、と。わたくしは人間の流儀がよくわかりませんし、教えを乞う師もいません。男の方にこのようなことをお聞きすることもできない。でもユリアン様なら、教えていただけるような気がしました」
「いや。それは……」
「エキドナ。それはね。エキドナがいろんな男と経験を積んで学ぶことなんだよ。聞いてわかることじゃない」
アーニャが訳知り顔で諭す。
「アーニャ。あなた、王子さま一筋で、ほかの男の人なんて見向きもしないじゃない」
コーネリアが突っ込むが、アーニャは自信満々首を振る。
「そんなことないよ。ほら、ここにユリアンがいるじゃない。それでね、こうやってちょっかいを掛ければ」
アーニャがさっと動き、ユリアンの膝の上にお尻を乗せる。体をひねりユリアンの頭を抱え込み、おっぱいを押し付ける。
「やめろ」
「ほら、エキドナも、こんな風にやってみなよ。そしたら、ユリアンが興奮するでしょ。ねっ」
ユリアンはアーニャを引き離そうとするが、大物殺しの姫騎士は簡単には離れない。
「こういうのはやめてくれと、さっき言っただろ」
「これはいい考えかもしれません。わたくしにも試させてください」
「いいよー」
アーニャがさっと退くと、お尻の圧力でぐりぐりされていた男根が勃起し始めていた。
「本当ですね。たったあれだけでも効果があるとは。やはり、実験してみましょう」
「やめてください、姫」
「エキドナさんまで、そんなことを。しちゃだめです」
ユリアンとコーネリアの抗議は、あっさりと拒否される。
「だって、あたしたち、王子以外の男って知らないから、ユリアンが教えてくれてもいいでしょ。師範なんだから」
「俺が教えるのは剣術だけだ」
「剣術もセックスも、グサッといくところは同じでしょ」
「アーニャ。下品よ」
「コーネリアは最近恋人ができたから、ずいぶん上品よね。どうせあたしたちは、セックスする相手もいないもん」
「きゃー。やめて」
「なんだと。コーネリア。それは本当なのか。相手は誰なんだ。王城の者か。それとも……」
「それは素晴らしいことですね。わたくしにも、どのように恋人を作ったのか、ぜひ教えてくださいませ」
「教えちゃおかなー」
「やめて。やめて。誰にも内緒だって約束したじゃない」
「エー。友達ならいいでしょ。ここにいる四人は友達だよ」
「そうです。わたくしたちは裸の付き合いをしているではありませんか。これ以上の親友はありません。さあ、教えてください」
そういいつつ、エキドナはユリアンの男根に手をのばす。
「どさくさに紛れてなにするんです。姫」
「やっぱりわたくしでは、興奮しませんか。悲しいです」
「もうやめてくれー」
狭いサウナが壊れそうなほどの大騒ぎがつづいた。
次に湖に飛び込んだのは、天空が夕焼けに覆われた時刻だった。
冷たい湖水に体を浸しつつ、四人は刻一刻と変化していく夕焼けを仰ぎ見た。大自然からの贈り物は、人を深い想いに導いてくれる。四人は、サウナでの大騒ぎを忘れ、自然が織りなす荘厳な光景を眺め続けた。
いつしか、ユリアンの背中に、柔らかく暖かいものがおし当てられた。エキドナの腕が彼の胸に回され、盛り上がった背中の筋肉に、乳房が押し付けられる。ユリアンの肩に顔を押し当てたエキドナは、その感触を確かめるように頬ずりをする。そして、そっとつぶやく。
「わたくしを、愛してくださるのでしょうか」
と。
小屋に戻った四人は服を着て、ゆっくり食事と酒を楽しみ、そして眠りについた。心地よい疲れと解放感が、深い眠りをもたらしてくれた。
深い湖から浮かび上がってくるように、ユリアンは目覚めた。暖炉の火は燠になり、少し寒くなっていたが、部屋には心地よいぬくもりが残っていた。うす闇の中で規則正しい寝息が聞こえてくる。ユリアンはみんなを起こさないように移動し、燠に薪をくべて火を燃え上がらせる。そしてしばらくその姿勢でいた。
サウナと湖での甘美な記憶が鮮やかに蘇り、ユリアンの心を暖めてくれる。エキドナとの距離がぐっと近づいたのだ。心を通い合わせることは、深い喜びをもたらせてくれる。
燃え上がる炎が部屋を明るく照らす。ユリアンは顔を巡らし、愛しい人の寝顔を見ようとする。だが、……。
アーニャとコーネリアは静かに眠っていたが、エキドナがいた場所には毛布だけが残されていた。ユリアンはすっと立ち上がり、上着を着こむ。
左手に剣、右手に松明をかかげて、ユリアンは湖岸を進む。エキドナが行くとしたら、ここしかないだろう。
月が出ていた。夜半に上った少し欠けた月が、湖を取り囲む森の上に浮かんでいる。曇りなき月光が波のない湖水を照らし、光の帯となってまっすぐ伸びている。
エキドナは森の端にいた。切り株に腰を下ろし、ぼんやり月を眺めている。そして、松明の明かりに気づくと、顔を巡らせ、微笑む。
「来てくださると、思っていました」
近づいてきたユリアンに、艶やかな微笑みをむけるエキドナ。
「あなたを見つけ出すためなら、俺は千里の道を駆け続けるでしょう」
「ここへは、千里の道を駆けてきてくださったのですか」
「俺の心の中では」
「お疲れさま。では、こちらに来てお休みください。一緒に月を眺めましょう」
ユリアンは松明を消し、エキドナの横に座り込む。彼の肩に、エキドナの手がそっと置かれる。
「寒くはありませんか」
「それは俺のセリフです。そんな薄着では寒いでしょう」
「いいえ。竜人というものは寒さに強いのですよ」
エキドナはいつものエメラルドグリーンの薄物をまとっているだけだった。むき出しの肩も、乳房の半分も、形の良いへそも、美しい太ももも、寒空にさらされている。
「それは知っています。でも……」
首を巡らせ、すぐ隣にいる愛しい人を、ユリアンはじっと見つめる。
「あなたは月の女神のようです。地上に降り立った女神が、俺の横にいる。これほどの幸せを感じたことはない」
エキドナの唇に浮かんだ微笑みが顔いっぱいに広がっていく。
「ほめていただいて、嬉しいです。ユリアン様はいつもわたくしに優しい。どうしてですか」
「今更それをお尋ねになるのですか」
ユリアンが拗ねて見せると、エキドナは声を上げて笑った。
「好きな人に意地悪を言ってしまうのは、殿方だけの性向ではありません。先ほどサウナでしたように、ユリアン様をいじめてあげたいと思うわたくしは、いけない娘でしょうか」
「嬉しくもあり、迷惑でもある。好きな人、というところだけ、受け取ることにします」
エキドナはすっと立ち上がった。湖に向かって二歩三歩進み、そこで立ち尽くす。顔は月に向けたままだ。
「わたくしは、心をきめようと思い、ここに来たのです。王子さまはわたくしにとって太陽です。あのまばゆい光は、わたくしの救いであり、希望の炎でした。王子さまがいなければ、わたくしは、光の乏しい地底の世界に戻っていたでしょう。わたくしは、あの太陽を自分のものにしたいと、ずっと思っていました。願い続けてきました。でもそれは、決してかなうことはない。この二年間は、それを思い知らされる辛い日々だったのです」
立ち上がったユリアンは、エキドナの手を握る。それは冷たかった。
「ユリアン様は、わたくしのものになってくださいますか?」
「はい。姫が俺のものになってくれるなら」
「わたくしが嫌だと言ったら?」
「あなたを追い続けます。迷惑だとなじられても、あなたを好きでいつづけます」
「それもいいですね。ユリアン様をいじめるのは楽しそう」
「いや。そんなことを楽しまないでください」
エキドナはユリアンの手をほどき、湖岸へと歩いていく。ついていこうとするユリアンを、手を上げて押しとどめ、水際まで進む。
水際で立ち止まったエキドナは、まとっている衣を脱ぎ始めた。
靴を脱ぎ、上衣をはだけ、裳を下ろし、下着を脱ぎ捨てる。輝くばかりの裸身が、月夜の湖岸に露わになる。
エキドナはさっと振り向いた。ブロンドの髪から二本の角が突き出している。身長ほどの長さがある太い尾が、足元にとぐろを巻く。そして、翼を左右に広げた。鈎爪がある蝙蝠のような翼は、月を覆い隠してしまいそうなほど大きく、見るものを威嚇する。ダークグリーンの尾が、湖水を叩いた。
「ユリアン様。これがわたくしの真の姿です。わたくしは竜人。たとえセックスができたとしても、決して人ではない。これでもわたくしを愛してくださいますか?」
「あなたを愛しています。あなたは俺の大切な人です。大切な戦友であり、友人であり、そして恋人であってほしい。妻になってほしい。俺はあなたとこの命が尽きるまで共に生きていきたい。そして、子をつくり、暖かな家庭を築いていきたい」
「あなたはわかっているのでしょうか。竜人は人間よりもずっと長生きをします。わたくしは、あなたの最期を看取らなければならないでしょう。その悲しみを、わたくしに耐えろと言うのですか」
エキドナの頬を、涙が伝って落ちていく。耐えきれず、ユリアンは駆け寄り、エキドナの体を強く抱きしめた。
「エキドナ。俺はあなたのそばにいたい。いつまでも。永遠に愛し合いたい」
「ユリアン様は欲張りです。永遠なんてありえないのに。それにわたくしは、すごく嫉妬深いです。もしもユリアン様が他の女を好きになったら、あなたを食べてしまいますよ」
「望むところです」
「あなたの子供を産みたい。きっと可愛くて賢い、勇気のある子供です。それで家族みんなで、幸せに暮らすんです」
「もちろんです」
「ああ。あなたが好きです」
サウナにはまだ暖かさが残っていた。
裸の二人は長いキスをし、互いの体を求めあう。
ユリアンの口が、おっぱいを強く吸う。エキドナの指が、髪をくしゃくしゃにかき回す。ユリアンの指が、ヴァギナをかき回し、エキドナの太ももが男根を包み込み、こすりつける。
そして、求めあい、もつれあい、組んでほぐれて、ぶつかりあう。二人とも強く求め続け、男根は一気にヴァギナに突き刺さる。
言葉はない。若く強靭な肉体が欲望に駆られて暴走する。汗まみれになり、汁まみれになって激しいセックスが繰り広げられる。
エキドナは何度も絶頂を迎える。前から、後ろから、横になり、馬乗りになり、座って抱き合いながら、一つになれた喜びを味わい尽くす。
何度目かの絶頂を迎えたエキドナは床に突っ伏した。ユリアンは突き出したお尻をがっちり抱え込み、煮えたぎるヴァギナに男根を押し入れる。
のたくりまわる尾が、ユリアンの胴に巻き付き、締め上げる。その尾の先を、ユリアンは握りしめ、口の中で味わう。
エキドナが悲鳴を上げた。そこはエキドナの性感帯の一つだった。腰を激しく動かし、膣の中をぐちゃぐちゃにかき回して一気に責め立てる。
休息を許されないエキドナは、腕に力を込め、上体を起こす。すかさずユリアンの手が伸びてきて、おっぱいを揉みしだき、乳首をこねる。エキドナはお尻をくねらせて喜びと快感を高め、悲鳴を上げ続ける。
月のような丸いお尻に、ユリアンの腹がぶつかり、大きな音を立てる。汗と体液が弾け飛ぶ。
「ユリアン様。もう、許してください」
「ユリアン様じゃない。ユリアンだ」
「はい。ユリアン。もう、堪忍して。わたくし、おかしくなっちゃう」
「だめだ。今日の感激をこの体に刻み付けておきたいんだ」
「はい」
疾走する騎士のように、ユリアンは前かがみになり、ラストスパートする。もう二人とも声を出せない。二つの体が一つになり、同じゴールへと突進する。
二人は同時に声を上げた。エキドナの膣に、あふれるばかりの精液が放出される。ユリアンの背中を、雷撃のような快感が走る。エキドナは天上の快楽に包まれて、気を失ない、床に崩れ落ちた。
「おーい。ユリアン。エキドナ。そろそろ朝ごはんにしようぜ」
アーニャの呼び声に、二人は同時に目を覚ます。
「起きてるんだろ」
サウナの戸口が開かれ、アーニャとコーネリアが顔をのぞかせる。
「ア、 アーニャ。これは……」
「みないでー」
「いや、もうしっかり見てるし。わかってたし。なっ、コーネリア」
「はい。おめでとうございます。エキドナさん。それからユリアン。ねえ、湖のところにエキドナの衣が脱ぎ捨ててあったけど、あそこでもやったの。あっ、服は持ってきたからね」
「そうだよ。いくら何でも、この季節に屋外プレイは寒いんじゃないかって、コーネリアとしゃべってたんだ」
エキドナの顔が真っ赤になる。
「あそこではしてません。わたくしたちの美しい思い出の場所を、そんな風に言わないでください」
「ふーん。なんだかわかんないけど、いいかげん服を着たら。ここも寒いでしょ」
「違うよ。アーニャ。抱き合っている二人は、寒さなんかものともしないんだから」
「もういいかげん出て行ってくれ。着替えもできん」
「わかった。ユリアンのしなびたちんこを見てても仕方ないから、行くよ」
「早くおいでよ。温かいスープをつくったからね」
そう言って、二人は出ていった。
ユリアンの胸に顔をうずめて震えていたエキドナだったが、二人がいなくなるとすっと顔を上げた。その顔は明るく笑っている。
「ユリアン。だーい好き」
ユリアンの首に抱き着いたエキドナは、ぐいぐいとおっぱいを押し付けてくる。
「こらこら。二人が待ってるんだから。おい。やめろ」
「だめ。朝になったんだから、もう一度、ね」
エキドナの唇が下に動いていき、やがて、柔らかな男根を口に含んだ。舌を使うとすぐに大きくなっていく。
「こら。それは後で」
「いや。今欲しいの。アーニャたちは待っていてくれるから」
先ほどまでの恥ずかしがりは、いったい何だったのだろう、という思いもなくはなかったが、エキドナの舌遣いは、甘美なものだった。音を立てながらなめ、しゃぶり、吸う。男根は最大級にまで立ち上がった。
ユリアンは我慢できなくなり、力任せにエキドナの体を仰向けにして、一気に組み敷く。上気したエキドナの顔は、満ち足りた笑みが広がっていた。
「好きです。もっと愛して」
「エキドナ。俺の大切な人」
エキドナが甘い吐息をはくようになるのは、すぐだった。
いつまでたっても戻ってこない二人に、アーニャとコーネリアは先にスープを飲み始める。その味は、ちょっと気が抜けていたのは言うまでもない。
終わり
いかがでしたか。
次回作は、もっと砕けたものになる予定です。ギャグを入れるのは難しいといつも感じます。文章も思うように書けなくて、これで楽しく読んでもらえるのかなと、落ち込んだりもします。まあ、続けて書いていけば、そのうちよくなっていくでしょう。
しばらくは続けて投稿していく予定です。どうぞ、お付き合いください。