※この作品はR-18です。

アイギスの少女たち   作:東寺明

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 今回は純粋な恋愛小説です。
 戦いで戦果を上げられなかったエキドナが落ち込んでいると、彼女に好意を持っているユリアンが慰め、自分の故郷にエキドナをいざないます。同僚のアーニャとコーネリアも引き連れて、豊かな自然と心まで温めてくれるサウナが、エキドナの気持ちを癒してくれます。やがて、エキドナはユリアンの好意を受ける決意をし……。
 美しい二人の恋愛模様を楽しんでもらえたら幸いです。


エキドナが見る月

              エキドナが見る月

 

              1

 祝勝の宴はもう始まっていた。

広間の扉を開けたエキドナは、宴の様子をうかがう。今回は戦場近くの町が宿営地になっていたから、宴は町で一番大きな商家の広間でひらかれている。大きなテーブルが六つ置かれ、そこにご馳走と飲み物があふれんばかりに並べられている。その周りに王子軍の将官たちが座り、大いに飲み、食べ、騒いでいる。

 エキドナの視線は、一番奥のテーブルにいる王子に吸い寄せられる。王子は幕僚たちに取り囲まれ、酒を酌み交わしながら談笑していた。

 エキドナは視線を逸らせ、小さく息を吐き、広間に足を踏み入れる。広間をぐるりと見廻すと、隅っこの席にミルノがいた。その隣が空いているようだ。

 エキドナは給仕をする召使に合図して食事を運ばせ、その席にむかった。

「ミルノ。ここは空いていて」

「はい。エキドナさん」

 ミルノがこくりと頷いた。

「ありがとう」といって、エキドナは椅子に座る。そして、もう一度息を吐いた。疲れているだけでなく、体のあちらこちらが痛い。今日の戦闘で手ひどいダメージを受けたのだ。

 山盛りのご馳走を口に運びながら、エキドナは昼間の戦闘を思い起こす。あれは、酷い戦いだった。

 

 

 魔物軍は大軍であるだけでなく、頑強なトロールとゴーレムが混じっていた。戦いの中盤、ドラゴンシャーマンであるエキドナは前線に派遣された。強大な防御力を誇るドラゴンシャーマンは、敵の攻撃を跳ね返しながら、味方を援護することができる。その作戦通り、エキドナが敵を引き付けている間に、攻撃部隊であるメイジとウィッチが前進してきた。

 だが、ゴーレムの猛烈な攻撃にエキドナが耐えきれなくなった。ドラゴン特有の翼をすぼめ、なんとか身は護れたものの、味方の援護ができなくなったのだ。メイジとウィッチ部隊に損害が出て、前線が崩壊しかけたとき、最前線にエンジェルのミルノが突出した。

 ミルノのアビリティによって、急激に体力を回復した攻撃陣が、魔法攻撃を仕掛けると、強大なゴーレムが瓦解していった。勢いに乗る味方は、一斉に反攻を仕掛け、ついに敵を殲滅することができたのだ。

 

 

 久しぶりの出撃だったが、王子の期待に応えられなかった。これでは遠からず、第一軍から外されてしまうだろう。王子と会う機会もぐっと減ってしまう。ましてや、王子に呼ばれることもなくなるだろう。

 身体の痛みよりも、そのことがエキドナにはつらかった。

「エキドナ。痛いのですか?」

 心配げに聞いてくるミルノに、エキドナは微笑みで応えた。

「あなたこそ、敵の集中砲火を浴びて、大丈夫だった?」

「翼をね、こうやってぎゅっと体に巻き付けるんです。そうしたら、全然痛くありません」

「わたくしも同じようにやっているのだけれど、どうしてもダメージを受けてしまうの。あなたほど、防御力がないのね」

「エキドナ。ひどい目にあってたから。助けに行けて、よかったです」

「ええ。あなたのおかげよ。ありがとう」

 ミルノはこくりと頷き、皿に乗った豆をフォークで突き刺して口に運ぶ。無心に食べるその姿を、エキドナは微笑みながら見守る。愛らしく可憐な少女は、見る者すべてに幸福をもたらしてくれるようだ。

「それだけでいいの。いつものことだけど、小食ね」

「これでいいです。たくさん食べられません」

 エンジェルはほとんど食べなくても活動できるらしい。人の数倍は食べるドラゴンシャーマンとは大違いだ。そのことに、いくばくかの恥ずかしさを感じつつ、エキドナは何度もお替りをもらって食べ続ける。食べなければ、回復ができないのだ。

 

 宴がお開きに近づいてきた。用意されたご馳走の大半が食い尽くされ、酒も尽きかけた。それに、この場では陽気に騒いでいる者たちも、昼間の激戦に疲れているのだ。将官たちの乾杯を受けた王子が、政務官と共に広間から出ていく。

 その後ろ姿を、エキドナは目で追った。結局、一言も声をかけてもらえなかった。宴会に遅れてきたし、それは仕方がないことだ。エキドナは自分にそう言い聞かせる。

「それじゃ、また」

 先に食事を終えたミルノが席を立った。

「ええ。今日はありがとう。また、明日」

 エキドナがそう言って別れを告げていると、ミルノのそばにサノスケがそっと近寄ってきた。ミルノの耳元に口を近づけると、何かをささやく。

「王子の、部屋?うん。わかりました」

 ミルノはこくりとうなずき、サノスケの後について広間から出ていく。

 その華奢な後姿を、エキドナは呆然と見送った。

 

 ミルノが今日一番の戦功を上げたのだから、当然だ。王子と共に夜を過ごすことが、女性将官にとって、なににも代えがたい報奨だった。だから、ミルノが呼ばれるのは、当然なのだ。

 エキドナは自分に向けて必死に言い聞かせる。だが、その胸は、暗い渦に引き裂かれそうだった。もしもここが、大勢の人のいる場所でなかったら、倒れ伏し、泣き叫んでいたかもしれない。けれど、誇り高き竜人が、人前で嘆き悲しむ姿を見せることなどありえない。エキドナは固いパンをかみしめ、ごくりと飲み込んだ。

 

「もっといかがですかな。エキドナ姫」

 ぼんやりしていたエキドナの目の前に、大きな陶製の酒瓶が差し出された。エキドナが顔を上げると、微笑みを浮かべたユリアンがじっと覗き込んでいる。エキドナは黙って盃を差し出す。ユリアンは盃にワインを注ぎ、自分の盃もいっぱいにする。そして、盃をかかげた。

「今日の戦いの勝利を祝して」

 エキドナも盃をかかげる。

「今日の戦いの犠牲者のみなさまに、永遠の安らぎを」

「アイギス様のご加護をもって」

 エキドナとユリアンは唱和し、ワインを飲みほす。ユリアンはにっこり笑った。

「いつもよい飲みっぷりですな。あなたには酒も水のようなものなのでしょう」

「いいえ。それでは杜氏の皆様に、失礼です。おいしいワインは、わたくしに大いなる喜びを与えてくれるものですから。わたくしは、じっくりと味わっております」

 ユリアンが来たことで、エキドナは悲しみの淵から這い上がることができた。彼は、気が置けない男友達といった風情で、エキドナにはありがたい存在だった。

 ユリアンはさっきまでミルノが座っていた椅子に腰かけ、身を乗り出してエキドナに語りかける。

「まったく、よい酒というものは、人と人との距離をぐっと縮めてくれる。こうやって酒を酌み交わせば、仇敵であろうとも、莫逆の友となりえる。まして、好ましく想いあっている者ならば、すぐさま心が通い合うだろう」

 そう言いつつ、エキドナの盃にワインを注ぐ。エキドナはそれを断らない。が。

「酒などなくても、わたくしとユリアン様は、背中を預けることができる戦友です。わたくしは、常々おもっております。この王子軍は、信頼と友愛によって結びついた、かけがえのない仲間ばかりです」

「そうですとも」

 ユリアンは飛び跳ねるように立ち上がり、盃をかかげて叫んだ。

「いかなる苦難が待ち受けようともこの道を進まん。人に害をなす魔物を退け、平和な王国を築くのだ。われらが王子と共に」

 広間に残っていた将官たちは、ユリアンの言葉に唱和する。

「われらが王子と共に」

 エキドナも盃をかかげて声を上げるが、その唇には苦い笑みが漂っていた。

 

「ところで、一つ相談があるのですが」

  広間から多くの人が出ていき、静かになってから、ユリアンはエキドナに顔を近づけて言った。

「はい」

「今日の戦いでは、敵の攻撃にさらされ、エキドナ姫はずいぶん痛めつけられていましたね。本営から見ていて、胸が締め付けられる思いでした」

「ありがとうございます。でも、心配は無用です。わたくしはあれしきのことでは倒れません」

「はい。大きな傷もなく、酷い痛手は負っていないように見えます。でも、心身の疲労というものは、すべてが見えるものではありません。あなただけではありませんが、時にはゆっくりとした休養が必要だと思うのです。そこで、一度あなたを、俺の故郷に招待したいと思うのですが、いかがでしょう」

「ユリアン様の故郷、ですか」

「はい。王城からですと、馬で行けば半日もかかりません。緩やかな丘陵が続く田園地帯のはずれ。近くに森もあります。それから小さな湖も。どこにでもあるありふれた小さな村ですが、田舎の風景が疲れた心を癒してくれるのですよ。そこで何日かのんびりしませんか」

「田舎ですか」

 エキドナは小首をかしげて考える。

「わたくしはずっと地底の王国で暮らしていて、それから王子さまと出会い、王城で暮らすようになりました。ですから、王国の田舎をあまり見たことがありません。見ていたとしても、戦場になった場所ばかり。小さな村で暮らす皆様と、お話したこともない」

「故郷と言いながら、俺も半年に一度ぐらいしか帰れません。でも、村人はみな親切で、きっとあなたを歓迎してくれますよ」

「竜人のわたくしでも、ですか?この尾と翼を見て怯えるのではありませんか?」

「それはないですね。今どきの国民は、竜人ぐらいでは驚いたりしません」

「そうですか……」

 エキドナの反応に、チャンスと見たユリアンが身を乗り出したとき、こつんと頭を叩かれた。

「ユリアン。いつまで駄弁っているの。あんたがいつまでもここに居座っていたら、片づけられないでしょ」

 頭を抱えて顔を上げたユリアンは、メガネを光らせて見下ろす美女に顔をしかめて見せる。

「ケイティ。片づけは召使たちに任せておけ。彼らの仕事に口を出すんじゃない」

「信頼してるし、任せているわよ。でも、あんたたちのような将官がいつまでも居座っていたら、召使いたちが遠慮してしまうわけ。そこん所、かわるかな」

 ケイティは鮮やかな笑みを浮かべ、足早に去っていった。

「では、わたくしも失礼いたします」

 エキドナも立ち上がった。

「では、俺が部屋まで送りましょう」

「いいえ。いくら世間知らずのわたくしでも、自分の部屋まではひとりで行けます。それに、ユリアン様は、ケイティ様にお詫びをした方がよいのではありませんか?」

「いやいや。あいつとは腐れ縁みたいなもので、いつもこんなものです。姫。村へはいつ行きますか。まってくださいよ」

 衣をひるがえして去っていくエキドナを、ユリアンは慌てて追いかけていった。

 

 

             2

 二日後。

 ぬけるような青空が広がっていた。

晩秋の野山はところどころ紅葉していたが、全体としてはくすんだ印象だった。収穫の時期が過ぎ、冬に備える頃なのだ。風は無く、気温は低めだが、寒すぎるほどではない。時折見かける村人たちは、どことなくのんびりとした風情で、野良仕事をこなしていた。

 人が踏み固めただけの細い道を、四人の騎士がゆっくり馬を進ませていた。

「美しい風景ですね。ユリアン様。こんな風にゆったりと出かけるのははじめてかもしれない。来てよかった」

 馬上のエキドナは、両腕を組み合わせ、大きく伸びをする。エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、あちこちの風景に、落ち着きなく顔を巡らせ続ける姿は、本当に喜んでいる証拠だろう。前を進むユリアンは、得意げな様子で後ろを振り向く。

「姫に喜んでもらえて、うれしいです。出陣の時や、帰陣の時では、風景を楽しむどころではないですから。俺も久しぶりにのんびりした気分になれました」

「故郷に帰られるのですもの。さぞかし嬉しいでしょう。本当にわたくしのようなものが一緒でよかったのでしょうか」

 エキドナが小首をかしげ、ユリアンを流し見る。そのまなざしには、生真面目さと、いくらかの媚とがまじりあっていた。

「あなたのような気品あふれた姫に来ていただけることは、光栄のきわみです。村の者たちが大喜びするでしょう」

「お口がお上手ですね。ユリアン様は」

 エキドナが軽く受け流すと、後ろにいるアーニャが口をはさんでくる。

「本当にお口がお上手だよね。女の子を口説く手管は王国一だって、ケイティさんが言ってた。ねっ。コーネリア」

「はい。先ほどから、ユリアン殿には、わたしたち二人はいないも同じのようです」

「本当に、同じ竜人で同じ姫なのに、扱いが違いすぎるよ。ねえ、エキドナ」

 アーニャはエキドナと同じ竜人で、コーネリアはアーニャのルームメイトだ。二人きりで出かけるのを避けるために、エキドナが誘った。そしてこの二人も、この短い旅を楽しんでいた。魔物を撃退するために出撃する以外に、王城から出かけることはほとんどないのだ。だからこそ、ありふれた野山の風景も、心が洗われるほどきれいに感じられる。

「いやいや。コーネリアとアーニャにも俺の故郷を楽しんでもらいたいと思っていたんだ。王城で食べられるものに比べれば、質素な物しか出せないが、なによりも村人の真心がこもっている」

「それは楽しみですね」

「うん。いっぱい食べさせてね。ユリアン」

「おう。任せておけ」

 

 三時間ほどの旅の終点は、低い山脈の麓に広がる豊かな田園だった。小さな森が点在し、畑と牧草地が連なり、小さな集落が現れては過ぎていく。やがて低い土塁と柵で守られた村が見えてきた。入口の扉は開け放たれていて、数人の村人がユリアンの一行を迎えに出ていた。

「若様。お帰りなさい」

「若様。よくお戻りで」

「美しい客人の皆様。ようこそおいでくださりました」

 歓迎の言葉と共に、秋の野に咲く、花の束が差し出された。微笑みと共に受け取った姫騎士たちは、落ち着いた色合いの花束を大事そうに抱く。

「皆も息災でなによりだ。このまま館に行くが、それでよいか」

「はい。お食事の支度は整っております。どうぞ、ごゆっくりなさってください。」

 村の目抜き通りを馬上で進む姫騎士たちは、村人たちの注目を浴びた。

 ブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳を持つエキドナは、背中にブロンズのような翼をもち、長大な尾を体に巻き付けている。パステルグリーンとアイボリーの衣から、なまめかしく肌が露出し、見るものをとらえて離さない。

 同じ竜人でありながら、プラチナの髪のアーニャは小柄で愛らしい。翼も尾もやや小ぶりで、肩から下げた長大な剣の方が目立つ。ブルーの瞳が好奇心に満ち溢れてきょろきょろ動いている。

 落ち着いたブロンドの髪のコーネリアは、純白の装束に身を固め、柔らかな微笑みを浮かべて、村人の歓迎に律儀に応えている。以前は見知らぬ人への警戒心が強かったが、最近は人づきあいがよくなった。

 王子軍の高級将官である姫騎士がそろって訪れたことは、村人たちにとっても、めったにない素晴らしい出来事だった。先頭を行くユリアンは、誇らしげに胸を張った。

 

 領主の館は小ぢんまりとした平屋建てで、十人が入れば満杯になる広間に、昼食が用意されていた。手と顔を洗った四人は、食卓に着き、村の女たちの料理を心ゆくまで味わった。

 食事を終えてから、ユリアンとエキドナは居間に移り、ワインを片手にくつろぐ。アーニャはコーネリアを引き連れて、村の探索に出かけた。

「この村は」

 ゆったりとした安楽椅子に座り、盃をもてあそびながら、ユリアンは話し出す。

「王城が魔物たちによって陥落した時も、村人たちの手で守られたのです。こんな田舎まで、魔物が襲ってこなかったという幸運があってのことですが、村人たちの団結がなければ、崩壊してもおかしくはなかった。実際、近隣の村では、みな逃げ出してしまい、一時期は無人になったところもあるのですよ」

「ユリアン様は、その時……」

「俺はずっと王子のそばにいて、各地を転戦していましたから、この村に戻ることはできませんでした。風の便りで無事であると知ったとき、アイギス様に感謝の祈りを捧げました。あの時、故郷がどれほど大切なものであるかを思い知らされました」

「本当にそうですね」

「俺たちが戦えるのは、こうした村々が食料を供給してくれているからだし、若者を兵として送り出してくれているからです。それを忘れてはいけない」

「はい」

 いつも若々しいユリアンだったが、こうしていると年相応の落ち着きと、人生の重みを感じさせる。エキドナのエメラルドグリーンの瞳は、深い理解と好意とを湛えていた。

「わたくしはその頃、地底の竜人の国で、なに不自由なく暮らしていました。地上が、このような悲惨なことになっているなど知りもせず、姫巫女と呼ばれて、みなにかしずかれていたのです。どうしようもない、子供だったのですね」

「子供が平和に暮らせるのは、よいことです。この世界の苦しみや悲しさを少しでも減らすために働くのは、大人の務めですから。だから、こんな世界にしてしまった責任を、俺たちは取らなければならない。俺たちが再び平和な世の中を作り出さねばならないのです」

「そのように、お考えになっていたのですか。ユリアン様は、もっと軽やかに生きておいでだと、わたくしは感じておりました。どんなに苦しい時でも、笑顔でみなを元気づけてくださる方だと」

「ああ。そのような時もありました。俺自身も、けっこうめげていたりもするのですが、暗い顔をしていたら、元気がなくなってしまうではありませんか。だから、まず、笑顔。特に、女性には、ね」

 ユリアンは片目をつぶってみせると、エキドナが声を上げて笑った。

「ユリアン様とお話ししていると、憂いが吹き飛びます。あなたはわたくしを、いつも元気づけてくださっていたのですね」

「姫の笑顔が見られるのなら、俺はなんだってしますよ」

「本当ですか。信じてもいいですか」

「もちろんです。俺はいつでも姫の横にいたいですから」

 エキドナの頬に、穏やかな笑みが浮かんだ。

 

「ユリアン様と、このようにゆっくりお話ししたのは、初めてですね。もっと早く、お話しできればよかった」

「俺もですよ」

「ただ、わたくしは、ちょっとだけ人間の男の方が苦手なのです。ご存知でしょうが竜人の男は、成長すると竜の容貌になります。だから、大人の男というものを、わたくしは地上に出るまで見たことがありませんでした。初めは、目を合わせることもできなかったくらいです」

「でも、王子によって、変わった」

「……はい。王子さまには感謝しています。そして、今でも王子さまは特別です」

「そうです。王子は生まれながらにして、人の心をつかみ取る力を持っている。成長してからは、女性の心をとらえて離さない」

「はい……」

 うつむくエキドナの顔は憂いを秘め、上目遣いにユリアンを見る眼差しはゆらいでいる。その視線に絡めとられたユリアンは、右手を伸ばし、エキドナの手を握ろうとして、やめた。

「いつまでそこで、覗いているつもりなんだ。アーニャ。それからコーネリア」

 扉の小さな隙間がすーと開かれ、アーニャとコーネリアが顔をのぞかせる。アーニャはニヤニヤ笑いながら言った。

「だって、もうすぐキスするんでしょ。早くしなよ」

「わたしたち、お邪魔みたいだから」

 おとなしいコーネリアまで、軽口を叩いてくる。

「アーニャ。わたくしたちはおしゃべりをしていただけですよ。お二人も一緒にワインを飲みましょう」

「いいや。みんな揃ったところで、そろそろ出かけよう」

 そう言って、ユリアンは立ち上がる。

「どこへいくのです?ユリアン様」

「身も心も、癒してくれるところです」

 

 

 森を抜けると、小さな湖が見えてきた。西の空に傾き始めた陽光に照らされ、水面はエメラルドグリーンに輝いている。湖の周りを囲む森の木々は鮮やかに紅葉し、青空とのコントラストが目に眩しい。

 三人の姫騎士は、歓声を上げて湖に駆け出して行く。

 アーニャは岸辺に駆け寄ると、水に足を突っ込み、その冷たさに大騒ぎする。追いかけてきたコーネリアに両手ですくった水を掛け、笑いながら逃げていく。

「待ってよ。アーニャ」

「こっち、こっち」

 追いつかれそうになった、アーニャは、尾で水面を打ち、盛大な水しぶきを上げてさらに逃げる。コーネリアの髪も顔も服までも、ずぶ濡れになった。滴る水を手で拭って、頬を膨らませる。

「もう。許さないんだから」

「早くこっちにおいでよ。コーネリア」

 アーニャは翼を広げ、今にも飛び立たんとするかのように、岸辺をぐんぐん走っていく。コーネリアは真剣な表情で追いかけていくが、差は広がっていくばかりだ。

 無邪気に遊び戯れる二人に背を向けるように、エキドナは後ろ手に手を組んで、ゆっくり歩を進める。ユリアンが追いかけてくることを見越していたのだろう。だが、ユリアンは、三人の姫騎士たちの幸福な光景を見て取ると、湖水の際に立つ小屋に向かった。

 

 小屋から戻ってきたユリアンは、湖岸に佇む三人を見つける。

 エキドナは水ぎわにすくっと立ち、背筋を伸ばし、翼をすぼめて、湖水に浮かぶ水鳥を眺めている。二羽の鳥は同じ距離をとりながら、右へ左へと泳いでいる。

 アーニャは座り込み、翼で体を覆い、石ころを集めて積み上げている。

 そして、コーネリアは両腕で胸を抱くような姿勢で、西の空を見上げている。赤みを帯びた太陽が、いつの間にかずいぶん低い空に浮かんでいた。

「お待たせしました」

「なにがあるの。わたし、喉が渇いた」

「ああ。わかってるよ。まず、水をいっぱい飲んでからだ」

「水を飲むって、なんですか。ユリアン様」

「わたし、わかってきました」

 小屋を見たコーネリアが、先に立って歩き始める。

「なに。なにがあるの」

「うん。気持ちのいいところ」

「ああ。身も心もリフレッシュしよう」

 

 ユリアンが連れて行った丸太小屋は、赤々と燃える暖炉でしっとりと暖められていた。水辺で遊んでいた姫騎士たちは、暖炉に駆け寄り、笑いさざめきながら暖を取る。

 床には分厚い絨毯が敷かれ、窓は閉じられていて、寒気を締め出している。低いテーブルには水差しや酒瓶、皿にのせた食べ物が盛られ、ゆったり過ごせるように心づくしがなされていた。

 しかし、ユリアンは三人に大きなタンブラー一杯の水を飲ませると、服を脱ぎ始める。コーネリアもためらいなくブーツを脱ぎ、上着のボタンをはずしていく。あとの二人はその様子を、目を丸くして見ている。

「ちょっと、コーネリア。なにしてるの。まさかあんた、ユリアンと……」

「ばかね。サウナに入るのよ。そうでしょ。ユリアンさん」

「そうだ。サウナですっきりしようぜ」

「サウナですか。聞いたことがあるような、ないような」

「うん。わかった。わたし、はじめでだよ」

 手を叩いて喜んだアーニャも、服を脱ぎ始める。それを見て、エキドナも帯を解き始めた。

 

 丸太小屋のすぐ隣に、とてもさらに小屋があった。低いくぐり戸を開けると、熱い蒸気がモヤモヤっとあふれ出してくる。急いで中に入ると薄暗い狭い部屋だった。両側に狭い長椅子が据えられ、正面に煉瓦でつくった炉が据えられている。炉に火はない。焼けた石を運んできて、それに水を掛け、蒸気を発生させているのだ。四人は体をかがめて小屋に入り、長椅子に座る。

 右手奥にユリアン。その横にエキドナ。ユリアンの向かい側にアーニャ。その隣にコーネリア。四人が座ると、それで満杯だった。明かりは炉の上の棚に置かれたロウソクが二本だけ。湯気が濃く、隣にいる人の姿がぼんやりと見えるほどだ。

 熱気と蒸気に包まれて、すぐさま汗が噴き出してくる。

「暑いよ」

 アーニャが弱音を吐くが、コーネリアが諭す。

「しばらく我慢していると、体から汗と一緒に悪いエキスが出ていくのよ。そうしたら、体が軽くなる」

「コーネリアはサウナに入ったことがあるのだな」

「はい。こどもの頃に。家族で暮らしていた頃です」

「そうか」

 コーネリアがこどもの頃のことを、とても大切にしているのを、ここにいる者は皆知っていた。コーネリアがリラックスして、穏やかな顔つきでいるのは、昔を思い出しているからだろう。

 プラチナブロンドの髪をまとめ上げたコーネリアの肌を、汗が流れ落ちていく。細いうなじ。華奢な四肢。乳房もお尻もひかえめで、まだ幼さを残した肢体は瑞々しい。膝をきっちり合わせ、両手を太ももにのせ、背筋を伸ばして、じっと目を閉じている。

 アーニャも小柄だが、思いのほかグラマラスだ。おっぱいはつんと尖って自己主張していたし、お尻も太もももしっかりしている。

 銀髪に埋もれた二つの角。たたまれた翼と、くるりと巻いた尾っぽ。両ひざが少し開き、淡い陰毛の陰に割れ目がのぞいている。

 そして、エキドナは、成熟した女性の肢体を見せつけていた。

 ブロンドの髪が額に張り付き、上気した頬が匂い立つような色気を醸し出す。ふっくらと盛り上がるおっぱいは、呼吸するごとに上下動する。くびれたウエスト。月のように張り詰めたお尻。髪と同色の陰毛はしっとりと濡れ、その奥の秘所を隠している。ブロンズのような翼は、小さく折りたたまれ、ダークグリーンの尾は曲げられて、太ももに乗せられている。

 ちらりと横目で見たユリアンは、エキドナの艶やかな紅い唇に吸い寄せられる。その唇は、ユリアンを誘っているようだ。ユリアンの下腹部に血流が集中し始める。

ふいに目を見開いたエキドナの瞳が、ユリアンに向けられる。

「サウナというものに初めて入りましたが、体の中から熱くなってきました。竜人はあまり汗をかかないのですが、ほら、こんな風に……」

 エキドナが左手で右肩の下あたりに触れる。肌が紅潮し、汗が滴となって流れ落ちていった。ユリアンの視線はその汗と一緒に下に降りていき、柔らかそうに息づく乳房で止まる。

「ユリアン。エキドナのおっぱいばっかり見てる」

「うるさい。お前たちだって、俺の体を見てるじゃないか」

「まあね。ユリアンてさ。服着てるときは、やせてるように見えたけど、けっこう筋肉質だよね。すごく強そうだよ」

「そうですね。大浴場で以前お会いした時もそう思いました。頼りがいがある方だと思います」

「わーお。エキドナに誉めてもらって、よかったね。ユリアン」

「俺は王子の剣術師範なのだ。鍛え上げておかねば、その名が廃るではないか。それに戦場ではヘビーアーマーと渡り合うこともある。そうそう力負けしてはいられないからな」

「でもさ、今は王子の方が強いよね」

「それは仕方ない。というより、王子が強くなったことが、俺の師範としての能力を示しているのだ」

「それじゃあさ。こっちも鍛えているのかな」

 そういいながら、向かいに座るアーニャが左足を伸ばしてきて、ユリアンの股間に触れる。

「こら、やめろ」

「アーニャ。大切なところが丸見えよ。やめて」

 コーネリアが叫び声をあげ、アーニャの太ももに手をかけて引き戻そうとする。

「別にユリアンなら、恥ずかしくないもの」

「なんだ。それなら誰だと恥ずかしい」

「うーん。王子かな。王子にみっともない姿は見せられないから」

「隠したって、アーニャの正体は王子にはわかっているさ。おい。いい加減やめろ」

 足の指でふにゃふにゃの男根をこねくり回すアーニャに、ユリアンが声を荒げ、ついに足をつかんで押し返した。するとバランスを崩したアーニャが長椅子から転げ落ちそうになる。慌ててコーネリアがその体を抱き留めるが、二人は折り重なるように、あおむけになってしまう。アーニャだけでなく、コーネリアの陰部もあらわになってしまった。しかも激しい運動で、さらに汗まみれになる。

「アーニャ。いい加減おとなしくしろ」

「だって、ユリアンったらいいかっこばかりして、ちっとも面白くないもの。本音を出しなよ。エキドナとやりたんでしょ。いちゃいちゃすればいいのに」

「人間は本音だけで生きているんじゃない。女性が三人もいるサウナで、そんなことはしたくないんだ。俺は大切な人と、深い絆を築きたいと思っている。体だけじゃダメだ。心を通じ合い、互いを大切にしあって、愛し合いたいんだ。そして、かなうならば子供が欲しい。それが俺の夢なんだ」

 その言葉に、三人の女性は目を見張り、息を止めてユリアンを見つめる。それからアーニャとコーネリアはおとなしく座り直し、もの問いたげな表情を彼に向ける。エキドナも真剣なまなざしでユリアンを見、小さく口を開きかけて閉じる。

「ごめんなさい」

「いいんだ。アーニャはこんな風に騒いでくれるから、いつも楽しい。コーネリアも来てくれた嬉しかった。さあ。そろそろ行こうか」

「どこへいくのですか」

「湖ですよ。エキドナ姫。凍えるような水に飛び込むんです」

 そう言って、ユリアンはエキドナの手をとった。

 

 裸のまま走り出た四人は、その勢いのまま湖に飛び込む。水は凍りつくように冷たい。一瞬、悲鳴を上げそうになったが、次の瞬間、ほてった体が解放感に包まれた。

「冷たい」

「ひゃっほー」

「きもちいいわ」

「最高だ」

 高揚感に包まれた四人は、湖の中で跳んだり、はねたりして、はしゃぎまわる。水を掛けあっているうちに、本気になって激しい水しぶきを上げる。やがて、人間対竜人のペア同士の戦いになったが、それは翼と尾をもった竜人の圧勝だった。

 戦場を駆け回る勇者たちの、幸せな時間だった。

 

 サウナに戻った四人の間には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、親密な空気が生まれていた。ユリアンが持ってきた水差しで水を回し飲みし、おしゃべりし、冗談を言い、笑いあう。普段はおとなしいコーネリアも、すました顔をしているエキドナも、ずっと笑い続けている。

「わたくし、ユリアン様に教えていただきたいことがあります」

 突然、エキドナが真顔で言い出す。

「なんですか」

「男の方というものは、いったいどうしたら女性に欲望を抱くのでしょう?」

 思いがけないこの発言に、ユリアンだけでなくアーニャもコーネリアも一瞬固まる。エキドナは舌で唇をなめてから、言葉をつぐ。

「わたくしは、ずっと考え続けていました。どうしたら、王子さまがわたくしを抱きたいと思うようになるのか、と。わたくしは人間の流儀がよくわかりませんし、教えを乞う師もいません。男の方にこのようなことをお聞きすることもできない。でもユリアン様なら、教えていただけるような気がしました」

「いや。それは……」

「エキドナ。それはね。エキドナがいろんな男と経験を積んで学ぶことなんだよ。聞いてわかることじゃない」

 アーニャが訳知り顔で諭す。

「アーニャ。あなた、王子さま一筋で、ほかの男の人なんて見向きもしないじゃない」

 コーネリアが突っ込むが、アーニャは自信満々首を振る。

「そんなことないよ。ほら、ここにユリアンがいるじゃない。それでね、こうやってちょっかいを掛ければ」

 アーニャがさっと動き、ユリアンの膝の上にお尻を乗せる。体をひねりユリアンの頭を抱え込み、おっぱいを押し付ける。

「やめろ」

「ほら、エキドナも、こんな風にやってみなよ。そしたら、ユリアンが興奮するでしょ。ねっ」

 ユリアンはアーニャを引き離そうとするが、大物殺しの姫騎士は簡単には離れない。

「こういうのはやめてくれと、さっき言っただろ」

「これはいい考えかもしれません。わたくしにも試させてください」

「いいよー」

 アーニャがさっと退くと、お尻の圧力でぐりぐりされていた男根が勃起し始めていた。

「本当ですね。たったあれだけでも効果があるとは。やはり、実験してみましょう」

「やめてください、姫」

「エキドナさんまで、そんなことを。しちゃだめです」

 ユリアンとコーネリアの抗議は、あっさりと拒否される。

「だって、あたしたち、王子以外の男って知らないから、ユリアンが教えてくれてもいいでしょ。師範なんだから」

「俺が教えるのは剣術だけだ」

「剣術もセックスも、グサッといくところは同じでしょ」

「アーニャ。下品よ」

「コーネリアは最近恋人ができたから、ずいぶん上品よね。どうせあたしたちは、セックスする相手もいないもん」

「きゃー。やめて」

「なんだと。コーネリア。それは本当なのか。相手は誰なんだ。王城の者か。それとも……」

「それは素晴らしいことですね。わたくしにも、どのように恋人を作ったのか、ぜひ教えてくださいませ」

「教えちゃおかなー」

「やめて。やめて。誰にも内緒だって約束したじゃない」

「エー。友達ならいいでしょ。ここにいる四人は友達だよ」

「そうです。わたくしたちは裸の付き合いをしているではありませんか。これ以上の親友はありません。さあ、教えてください」

 そういいつつ、エキドナはユリアンの男根に手をのばす。

「どさくさに紛れてなにするんです。姫」

「やっぱりわたくしでは、興奮しませんか。悲しいです」

「もうやめてくれー」

 狭いサウナが壊れそうなほどの大騒ぎがつづいた。

 

 次に湖に飛び込んだのは、天空が夕焼けに覆われた時刻だった。

 冷たい湖水に体を浸しつつ、四人は刻一刻と変化していく夕焼けを仰ぎ見た。大自然からの贈り物は、人を深い想いに導いてくれる。四人は、サウナでの大騒ぎを忘れ、自然が織りなす荘厳な光景を眺め続けた。

 いつしか、ユリアンの背中に、柔らかく暖かいものがおし当てられた。エキドナの腕が彼の胸に回され、盛り上がった背中の筋肉に、乳房が押し付けられる。ユリアンの肩に顔を押し当てたエキドナは、その感触を確かめるように頬ずりをする。そして、そっとつぶやく。

「わたくしを、愛してくださるのでしょうか」

 と。

 

 

 

       

 小屋に戻った四人は服を着て、ゆっくり食事と酒を楽しみ、そして眠りについた。心地よい疲れと解放感が、深い眠りをもたらしてくれた。

 

 深い湖から浮かび上がってくるように、ユリアンは目覚めた。暖炉の火は燠になり、少し寒くなっていたが、部屋には心地よいぬくもりが残っていた。うす闇の中で規則正しい寝息が聞こえてくる。ユリアンはみんなを起こさないように移動し、燠に薪をくべて火を燃え上がらせる。そしてしばらくその姿勢でいた。

 サウナと湖での甘美な記憶が鮮やかに蘇り、ユリアンの心を暖めてくれる。エキドナとの距離がぐっと近づいたのだ。心を通い合わせることは、深い喜びをもたらせてくれる。

 燃え上がる炎が部屋を明るく照らす。ユリアンは顔を巡らし、愛しい人の寝顔を見ようとする。だが、……。

 アーニャとコーネリアは静かに眠っていたが、エキドナがいた場所には毛布だけが残されていた。ユリアンはすっと立ち上がり、上着を着こむ。

 

 左手に剣、右手に松明をかかげて、ユリアンは湖岸を進む。エキドナが行くとしたら、ここしかないだろう。

 月が出ていた。夜半に上った少し欠けた月が、湖を取り囲む森の上に浮かんでいる。曇りなき月光が波のない湖水を照らし、光の帯となってまっすぐ伸びている。

 エキドナは森の端にいた。切り株に腰を下ろし、ぼんやり月を眺めている。そして、松明の明かりに気づくと、顔を巡らせ、微笑む。

「来てくださると、思っていました」

 近づいてきたユリアンに、艶やかな微笑みをむけるエキドナ。

「あなたを見つけ出すためなら、俺は千里の道を駆け続けるでしょう」

「ここへは、千里の道を駆けてきてくださったのですか」

「俺の心の中では」

「お疲れさま。では、こちらに来てお休みください。一緒に月を眺めましょう」

 ユリアンは松明を消し、エキドナの横に座り込む。彼の肩に、エキドナの手がそっと置かれる。

「寒くはありませんか」

「それは俺のセリフです。そんな薄着では寒いでしょう」

「いいえ。竜人というものは寒さに強いのですよ」

 エキドナはいつものエメラルドグリーンの薄物をまとっているだけだった。むき出しの肩も、乳房の半分も、形の良いへそも、美しい太ももも、寒空にさらされている。

「それは知っています。でも……」

 首を巡らせ、すぐ隣にいる愛しい人を、ユリアンはじっと見つめる。

「あなたは月の女神のようです。地上に降り立った女神が、俺の横にいる。これほどの幸せを感じたことはない」

 エキドナの唇に浮かんだ微笑みが顔いっぱいに広がっていく。

「ほめていただいて、嬉しいです。ユリアン様はいつもわたくしに優しい。どうしてですか」

「今更それをお尋ねになるのですか」

 ユリアンが拗ねて見せると、エキドナは声を上げて笑った。

「好きな人に意地悪を言ってしまうのは、殿方だけの性向ではありません。先ほどサウナでしたように、ユリアン様をいじめてあげたいと思うわたくしは、いけない娘でしょうか」

「嬉しくもあり、迷惑でもある。好きな人、というところだけ、受け取ることにします」

 エキドナはすっと立ち上がった。湖に向かって二歩三歩進み、そこで立ち尽くす。顔は月に向けたままだ。

「わたくしは、心をきめようと思い、ここに来たのです。王子さまはわたくしにとって太陽です。あのまばゆい光は、わたくしの救いであり、希望の炎でした。王子さまがいなければ、わたくしは、光の乏しい地底の世界に戻っていたでしょう。わたくしは、あの太陽を自分のものにしたいと、ずっと思っていました。願い続けてきました。でもそれは、決してかなうことはない。この二年間は、それを思い知らされる辛い日々だったのです」

 立ち上がったユリアンは、エキドナの手を握る。それは冷たかった。

「ユリアン様は、わたくしのものになってくださいますか?」

「はい。姫が俺のものになってくれるなら」

「わたくしが嫌だと言ったら?」

「あなたを追い続けます。迷惑だとなじられても、あなたを好きでいつづけます」

「それもいいですね。ユリアン様をいじめるのは楽しそう」

「いや。そんなことを楽しまないでください」

 エキドナはユリアンの手をほどき、湖岸へと歩いていく。ついていこうとするユリアンを、手を上げて押しとどめ、水際まで進む。

 水際で立ち止まったエキドナは、まとっている衣を脱ぎ始めた。

 靴を脱ぎ、上衣をはだけ、裳を下ろし、下着を脱ぎ捨てる。輝くばかりの裸身が、月夜の湖岸に露わになる。

 エキドナはさっと振り向いた。ブロンドの髪から二本の角が突き出している。身長ほどの長さがある太い尾が、足元にとぐろを巻く。そして、翼を左右に広げた。鈎爪がある蝙蝠のような翼は、月を覆い隠してしまいそうなほど大きく、見るものを威嚇する。ダークグリーンの尾が、湖水を叩いた。

「ユリアン様。これがわたくしの真の姿です。わたくしは竜人。たとえセックスができたとしても、決して人ではない。これでもわたくしを愛してくださいますか?」

「あなたを愛しています。あなたは俺の大切な人です。大切な戦友であり、友人であり、そして恋人であってほしい。妻になってほしい。俺はあなたとこの命が尽きるまで共に生きていきたい。そして、子をつくり、暖かな家庭を築いていきたい」

「あなたはわかっているのでしょうか。竜人は人間よりもずっと長生きをします。わたくしは、あなたの最期を看取らなければならないでしょう。その悲しみを、わたくしに耐えろと言うのですか」

 エキドナの頬を、涙が伝って落ちていく。耐えきれず、ユリアンは駆け寄り、エキドナの体を強く抱きしめた。

「エキドナ。俺はあなたのそばにいたい。いつまでも。永遠に愛し合いたい」

「ユリアン様は欲張りです。永遠なんてありえないのに。それにわたくしは、すごく嫉妬深いです。もしもユリアン様が他の女を好きになったら、あなたを食べてしまいますよ」

「望むところです」

「あなたの子供を産みたい。きっと可愛くて賢い、勇気のある子供です。それで家族みんなで、幸せに暮らすんです」

「もちろんです」

「ああ。あなたが好きです」

 

 サウナにはまだ暖かさが残っていた。

 裸の二人は長いキスをし、互いの体を求めあう。

 ユリアンの口が、おっぱいを強く吸う。エキドナの指が、髪をくしゃくしゃにかき回す。ユリアンの指が、ヴァギナをかき回し、エキドナの太ももが男根を包み込み、こすりつける。

 そして、求めあい、もつれあい、組んでほぐれて、ぶつかりあう。二人とも強く求め続け、男根は一気にヴァギナに突き刺さる。

 言葉はない。若く強靭な肉体が欲望に駆られて暴走する。汗まみれになり、汁まみれになって激しいセックスが繰り広げられる。

 エキドナは何度も絶頂を迎える。前から、後ろから、横になり、馬乗りになり、座って抱き合いながら、一つになれた喜びを味わい尽くす。

 何度目かの絶頂を迎えたエキドナは床に突っ伏した。ユリアンは突き出したお尻をがっちり抱え込み、煮えたぎるヴァギナに男根を押し入れる。

 のたくりまわる尾が、ユリアンの胴に巻き付き、締め上げる。その尾の先を、ユリアンは握りしめ、口の中で味わう。

エキドナが悲鳴を上げた。そこはエキドナの性感帯の一つだった。腰を激しく動かし、膣の中をぐちゃぐちゃにかき回して一気に責め立てる。

休息を許されないエキドナは、腕に力を込め、上体を起こす。すかさずユリアンの手が伸びてきて、おっぱいを揉みしだき、乳首をこねる。エキドナはお尻をくねらせて喜びと快感を高め、悲鳴を上げ続ける。

月のような丸いお尻に、ユリアンの腹がぶつかり、大きな音を立てる。汗と体液が弾け飛ぶ。

「ユリアン様。もう、許してください」

「ユリアン様じゃない。ユリアンだ」

「はい。ユリアン。もう、堪忍して。わたくし、おかしくなっちゃう」

「だめだ。今日の感激をこの体に刻み付けておきたいんだ」

「はい」

 疾走する騎士のように、ユリアンは前かがみになり、ラストスパートする。もう二人とも声を出せない。二つの体が一つになり、同じゴールへと突進する。

 二人は同時に声を上げた。エキドナの膣に、あふれるばかりの精液が放出される。ユリアンの背中を、雷撃のような快感が走る。エキドナは天上の快楽に包まれて、気を失ない、床に崩れ落ちた。

 

「おーい。ユリアン。エキドナ。そろそろ朝ごはんにしようぜ」

 アーニャの呼び声に、二人は同時に目を覚ます。

「起きてるんだろ」

 サウナの戸口が開かれ、アーニャとコーネリアが顔をのぞかせる。

「ア、 アーニャ。これは……」

「みないでー」

「いや、もうしっかり見てるし。わかってたし。なっ、コーネリア」

「はい。おめでとうございます。エキドナさん。それからユリアン。ねえ、湖のところにエキドナの衣が脱ぎ捨ててあったけど、あそこでもやったの。あっ、服は持ってきたからね」

「そうだよ。いくら何でも、この季節に屋外プレイは寒いんじゃないかって、コーネリアとしゃべってたんだ」

 エキドナの顔が真っ赤になる。

「あそこではしてません。わたくしたちの美しい思い出の場所を、そんな風に言わないでください」

「ふーん。なんだかわかんないけど、いいかげん服を着たら。ここも寒いでしょ」

「違うよ。アーニャ。抱き合っている二人は、寒さなんかものともしないんだから」

「もういいかげん出て行ってくれ。着替えもできん」

「わかった。ユリアンのしなびたちんこを見てても仕方ないから、行くよ」

「早くおいでよ。温かいスープをつくったからね」

 そう言って、二人は出ていった。

 

 ユリアンの胸に顔をうずめて震えていたエキドナだったが、二人がいなくなるとすっと顔を上げた。その顔は明るく笑っている。

「ユリアン。だーい好き」

 ユリアンの首に抱き着いたエキドナは、ぐいぐいとおっぱいを押し付けてくる。

「こらこら。二人が待ってるんだから。おい。やめろ」

「だめ。朝になったんだから、もう一度、ね」

 エキドナの唇が下に動いていき、やがて、柔らかな男根を口に含んだ。舌を使うとすぐに大きくなっていく。

「こら。それは後で」

「いや。今欲しいの。アーニャたちは待っていてくれるから」

 先ほどまでの恥ずかしがりは、いったい何だったのだろう、という思いもなくはなかったが、エキドナの舌遣いは、甘美なものだった。音を立てながらなめ、しゃぶり、吸う。男根は最大級にまで立ち上がった。

 ユリアンは我慢できなくなり、力任せにエキドナの体を仰向けにして、一気に組み敷く。上気したエキドナの顔は、満ち足りた笑みが広がっていた。

「好きです。もっと愛して」

「エキドナ。俺の大切な人」

 エキドナが甘い吐息をはくようになるのは、すぐだった。

 

 いつまでたっても戻ってこない二人に、アーニャとコーネリアは先にスープを飲み始める。その味は、ちょっと気が抜けていたのは言うまでもない。

 

 

                                   終わり

 




 いかがでしたか。
 次回作は、もっと砕けたものになる予定です。ギャグを入れるのは難しいといつも感じます。文章も思うように書けなくて、これで楽しく読んでもらえるのかなと、落ち込んだりもします。まあ、続けて書いていけば、そのうちよくなっていくでしょう。
 しばらくは続けて投稿していく予定です。どうぞ、お付き合いください。
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