ルマリアの祈り
東寺明
1
ドアがノックされた。
硬い木の椅子に座っていたルマリアの肩が、ぴくっと震える。しかし、ルマリアはすっと立ち上がり、目を伏せてドアに近づく。
「どちらさまですか」
ドアの向こうに人の気配はあるが、返事がない。ルマリアは口を小さく開くが、言葉は発しない。しばらく待つが返事がないので、後ろを向きかける。その時、低い声がした。
「……祈りを捧げたい」
ルマリアは小さくため息をついた。そして、ドアの閂を開け、訪問者を招き入れる。
ギャレットだった。
二メートルを越す身長と、がっしりした体躯。ヘビーアーマーにふさわしい外見をもったギャレットは、ためらいがちに部屋に入る。ルマリアはドアをさっと閉めると、カチリと閂を掛けた。
部屋の明かりはテーブルの上のロウソクが一本だけ。読みかけの本は伏せられ、椅子の背もたれに、赤いひざ掛けが置かれている。壁際の暖炉の火は落とされていて、うすら寒い。
「こちらへ」
向かって右手のベッドにギャレットを招いたルマリアは、ためらいものなく桔梗色の修道服を脱ぎ始めた。ロングブーツとソックスを脱ぎ、太ももの剣帯を外し、白いブラウスのボタンを外す。それから修道女の頭巾を外してベッドに横たわる。白くほっそりした体に着けているのは、クリーム色のブラジャーとショーツだけだ。
服を脱ぐルマリアをずっと目で追っていたギャレットは、ようやくわれに返り、自分も裸になる。筋肉が盛り上がったギャレットの裸体からは、戦いの匂いがない。戦場では、最前線で体を張って戦い続けるギャレットだが、最近は出撃が減っていた。それが今夜の訪問に何らかの関係があるのか否か。
ルマリアは目を閉じ、両手を胸の上で組み、静かに待つ。端正な顔に、表情らしきものはない。希望も、苦悩も、怒りも、喜びも、そこに見出すことができない。感情というものを、どこかに置いてきてしまったのかもしれない。
ギャレットの大きな掌が、ルマリアの胸を包み込み、揉み始める。小ぶりだが形の良いおっぱいが、ブラジャーごと揉みしだかれ、ゆがむ。ルマリアは、その痛みに一瞬顔をしかめるが、すぐに平静にもどる。まるで痛みすら、すべて受け入れようとするようだ。
ギャレットが息を荒くする。もどかし気にブラジャーをはぎ取り、右の胸に吸い付く。柔らかいおっぱいを嘗め回し、乳首を舌でくすぐり、甘かみする。ルマリアは苦し気にうめき声をあげる。
「す、すまない」
慌てたギャレットがおっぱいから口を話すが、ルマリアは首を横に振った。ギャレットは気を取り直し、今度はショーツに手をかける。ルマリアはお尻を上げて、脱がせやすくする。
むき出しになったルマリアの下腹部は、無防備で、頼りなく、蠱惑的だった。細いウエスト、縦長のおへそ。うっすらと縦の線が走り、その先にデルタゾーンが広がっている。金髪の茂みは薄く、その下の割れ目が透けて見える。色素沈着のない、つるりとかわいい女性器だ。
ギャレットはルマリアの両足を開き、頭を突っ込み、むしゃぶりつく。大きな口でルマリアのヴァギナにかぶりつき、舌でクリトリスをしゃぶりつくす。ルマリアの膝を押し曲げ、体を屈曲させて会陰部を大きく開き、指を膣に侵入させる。クリトリスをべろべろと嘗め回しながら、太い指を奥に突っ込む。
ルマリアは悲鳴を上げ、背をのけぞらせて、身もだえする。まだ、十分濡れていない膣に、武骨な指をねじりこんできたのだ。これはほとんど強姦だった。
だが、頭に血が上ったギャレットは、ルマリアの下半身を押さえつけ、クリトリスと膣への攻撃を続ける。ルマリアはギャレットの頭を押さえつけ、足をばたつかせて抵抗するが、魔人の攻撃すら受け止める頑強な肉体を持つギャレットには、蚊の羽ばたきほどでしかない。ギャレットは片腕でルマリアの両足を抑え込み、音を立ててヴァギナをしゃぶりつくす。
快感と苦痛がないまぜになって、ルマリアに襲いかかる。彼女ができるのは、叫び続けることだけだった。
「やめて、やめて。痛い」
ギャレットはルマリアの下半身を抱え上げ、足をもっと大きく広げていじりやすくする。上体を折り曲げられ、ベッドに押さえつけられたルマリアは、苦しい息を吐き、腕をさまよわせるだけだ。抵抗力を失った少女の体を、ギャレットは貪り尽す。舌を伸ばして膣に侵入させ、お尻の穴にまで指を突っ込む。男根をルマリアの顔にこすり付け、叩きつける。
興奮を一気に高めたギャレットは、ルマリアの体をベッドに横たえ、のしかかった。ルマリアは目を閉じ、体をピクリともさせず、されるがままになっている。
ギャレットの挿入は、思いのほかゆっくりだった。巨根の侵入に、ルマリアは眉根をひそめたが、ひどい痛みはない。ただ、体が引き裂かれる感覚が刻み込まれていくだけだった。
膣の奥にまで侵入した男根は、一度動きを止める。ギャレットは太い両腕でルマリアを抱きしめ、キスを求める。だが、ルマリアは拒否した。ギャレットはそれ以上、キスを求めることはなく、しっとりと汗に濡れる頬や額に口づけしていく。そして、腰を動かし始める。
最初はゆっくりと。すぐにスピードを上げ、激しくなっていく。
痛みが和らいできたルマリアに、快感が沸き上がってきた。膣やクリトリスからうっとりするような気持ちよさが生まれ、体のこわばりが消えていく。頬がゆるみ、小さく口を開いて喘ぎ声を発する。
それに勇気を得たギャレットは、ルマリアを抱き上げると、その体を太ももの上に乗せた。対面座位になり、腕の自由を得たギャレットは、ルマリアの肢体のありとあらゆる場所を触りまくる。ルマリアの体を跳ねさせて、男根と膣との快感を増大させる。
そのまま数分が過ぎ、ついにギャレットの興奮が極まった。ルマリアの腰を抱えて、激しく上下動させると、射精が始まる。ルマリアの体が震え、ギャレットにしがみつく。そして、大量の精液が、ルマリアの未成熟な膣に放出され、垂れて落ちていく。
ベッドの横たわるルマリアの口に、男根が押し当てられる。ルマリアは素直に口を開き、それを受け入れる。男根は精液と愛液の匂いが強く、吐きそうになったが、ぐっと我慢する。そして、舌を使ってなめ始める。
夜はまだ続いていくのだった。
2
小さなランプを手に、王城の回廊を進み、深夜の大浴場へ向かう。髪の毛にもこびりついた精液をとるには、浴場で洗った方が早い。深夜の浴場には、そんな女たちが集まってきて、誰もが無言で体を洗うのだ。
ルマリアがこんな風になったのは、それほど昔のことではない。
最初は戦いに傷つき、疲れ果てた戦士たちを癒し、励ますためだった。ヴァンパイアを狩るハンターであると同時に修道女であり、さらにヒーラーでもあるルマリアは、人々の痛みを癒すことができる。ルマリアは体の傷を治すだけでなく、心の痛手をも癒したいと思った。ルマリアの前で、多くの戦士たちは戦場での恐怖を語り、己の怒りの暴発を恐れ、心の安息を求めた。その中で、戦場に立つ男たち特有の、性欲に苦しむ者がいた。初めのうちは話を聞き、最後に手で性欲を発散させてあげた。やがてそれは、口になり、体での癒しにエスカレートしていった。そして、体だけを求める男が集まってくるようになってしまったのだ。
だが、ルマリアはそれを受け入れた。たとえ、自分が汚されようとも、それによって癒される魂があるのなら犠牲になるべきであると。それが自分の存在価値であり、自分に課せられた試練であると、ルマリアは納得したのだ。
「失礼します」
大浴場には一人先客がいた。立ち込める湯気の向こうの人物を、ルマリアは見極めようとした。
女ではない。広い背中をこちらに向け、ゆったり湯につかっているのは、思いがけない人物だった。
ヴァンパイアハンター、ヴィンセント。
ルマリアと同じく王子軍に所属するヴァンパイアハンターであるが、ろくに話したことがない。仇敵であるヴァンパイアがそうであるように、ヴァンパイアハンターも群れることを好まない。レンジャーや忍者と同じく、単独行によって山河に潜むヴァンパイアを狩ることが多い。ヴィンセントは孤独を愛し、人との交わりをほとんど持たない人物であると噂されていた。
ルマリアはヴィンセントから遠い場所で、お湯を汲んで体を洗い始める。早く精液の匂いを消してしまいたくて、せっけんをつかい、体と髪をごしごし洗っていく。
ヴィンセントは目を閉じているようだが、もしかしたらルマリアを薄目で見ているのかもしれない。ここは混浴なので、誰もが礼儀としてあからさまに異性を見ないようにしているのだ。
お湯は暖かいが、外気が入ってくるので洗い場は肌寒い。ルマリアは手早く体を洗い終え、するりと浴槽に入った。すると入れ替わるようにヴィンセントは湯から出て、浴槽の脇にある籐の椅子に深々と腰かける。背もたれのある籐椅子は火照った体を冷ますのには最適だ。
ルマリアは、くつろぐヴィンセントをちらちらと盗み見る。細身ではあるが筋肉質の体には、無数の傷跡が刻まれている。類まれなるヴァンパイアハンターとしてのその名声を、ルマリアは思い起こす。彼ほどヴァンパイアを憎み、ヴァンパイアを抹殺してきた者はいない。
「闇の濃い夜には、古傷がうずく。そのようなことはないか」
突然、ヴィンセントが話しかけてきた。深みのある低音が、浴場に響き、ルマリアはドキッとして顔を上げる。
ヴィンセントは顔をこちらに向けていた。
ルマリアはごくりと唾をのみ、心を落ち着けようとする。なぜここで、彼はわたしに話しかけてきたのだろう。同じヴァンパイアハンターだからなのか。それとも、ただ話し相手が欲しいだけなのか。
「わたしには、古傷はありません。けれど、闇の中にはヴァンパイアが潜んでいます。警戒を怠るわけにはいきません」
「その通りだ。われらは闇に分け入り、ヴァンパイアを狩る」
髭に覆われたヴィンセントの顔からは、感情をうかがうことができない。ただ、その応えは、正解を述べた生徒を誉めるような響きがあった。
「わたしは闇を恐れません。でも、闇は嫌いです」
「ほう」
ヴィンセントは背もたれから体を浮かし、わずかにこちらに乗り出す姿勢をとる。
ルマリアは濡れた髪をかきあげ、細いうなじを露わにし、背筋を伸ばして、まっすぐヴィンセントに向き合う。するとルマリアの小ぶりなおっぱいが半ば露呈して、そのふくらみが水面からのぞいて見えた。無意識に自分の容姿を武器にして、年長者と対峙したのだ。
ヴィンセントがかすかに笑ったようだ。
「あなたはヴァンパイアハンターなのか。それとも聖職者なのか」
いやな問いかけだった。
両親をヴァンパイアに殺されたルマリアは、修道会で育ち、そのまま修道女になった。その過程で、ヴァンパイアハンターの能力を獲得してきた。だから、ルマリアの思考パターンはどうしても修道女のものになってしまう。それだからこそ戦闘で役に立たないときは、聖職者的な思考になり、今回のような行為に走ってしまったのだろう。
「そう言うあなたこそ、何者なのです。あなたも伝道師であったと聞いています。ヴィンセントさん」
「わしはヴァンパイアハンターだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「それでは、神の教えを説くことはない、と」
「そうだ。わしは背教者として生きている。わしはヴァンパイアを狩るためだけに生きているからだ。わしは慈悲を説く神々に背を向けた」
ヴィンセントの黒い瞳の奥で、暗い炎が揺れているようだ。
「そうですか。でも、わたしは、神のしもべであることはやめられません」
「それもよいだろう。人は己に与えられた道しか歩めないものだからな。だが、己を傷つけるのは、やめておいた方がいい」
ルマリアの顔が赤くなった。やはり、ヴィンセントはルマリアが夜な夜なやっていることを、知っているのだ。
恥ずかしい行いだと、認めたわけではない。だが、うしろめたさをいつも感じているのだ。
ルマリアは心を決め、洗い髪をまとめてから浴槽を出る。そして、籐椅子を一つ運んできて、ヴィンセントの前に置き、全裸のままでそこに座った。そして、真剣なまなざしを真正面に座る中年男に向ける。
「そのように堂々と裸を見せつけられるのは、ちょっと困る。わしも男であると認めてもらいたいものだが」
ヴィンセントは視線を逸らせ、恥じらいを見せた。それはルマリアには意外であり、そして好ましくもあった。ルマリアとて、恥ずかしくないわけではない。でも、自分をさらけ出す行為を、したくなる時があるのだ。
「お聞かせください。神に背を向けてなお、どうして生きていけるか。わたしはヴァンパイアや魔物を滅ぼすために命を懸けています。あなたと同じです。でも、ヴァンパイアハンターとして、あなたほどの力量はない。だから、せめて、戦っている戦士たちを癒してあげたい。そう思ったのです。なのに、正しいことをしているつもりなのに、心に澱がたまっていくような気がしてなりません。わたしは間違っているのでしょうか」
ルマリアが自分の胸の内を他者に語るのは初めてだった。それは同じヴァンパイアハンターであることへの信頼なのか、それともヴィンセントが信頼に足る人物と思ったからなのか。
ヴィンセントの眼差しが穏やかななり、まっすぐルマリアを見つめる。
「心が望まぬセックスは、人の尊厳を貶めるのではないだろうか。あなたの志は尊いものでも、それがあなたの魂を傷つけている。あなたはセックスをしたいのか」
「いいえ。あまり好きではありません。でも、気持ちいい時もあります。よくわからない」
「たぶん」
ヴィンセントはルマリアの気持ちを思いやりながら言葉を継ぐ。
「ここにいる女性の将官たちは皆、王子との結びつきを大切にしている。王子への忠誠心は恐ろしく強い。けれど、その多くは王子の愛を得ることができず、苦しんでいる」
「……はい」
「王子の行為には嘘偽りはない。でも、すべての女性を愛することなどできない。だから、決断すべきは女性の方だ」
「……はい」
「あなたは自分で考え、たとえ非難を受けようともそれを押し通してきた」
「大っぴらに言われることはありません。でも、うわさが広がってしまって。ルマリアの部屋に行けば、セックスできるって。それで女性にも、男の人にも軽蔑されてしまった。それぐらい耐えられると思っていたんです。でも……」
「あなたは強い。そして、わしはあなたを好ましく感じた。なぜなら、あなたは己の魂を削ってまで、信念を押し通しているからだ。それを間違っていると、わしは言うつもりはない」
「でも」
「ただ、もうやめた方がよいと思う。あなたの魂が削り取られ、黒く染まってしまう前に別の道を選ぶことはできないだろうか」
「別の道、ですか」
「そうだ。あなたは若く、強く、美しい。新しいことを始めるのは難しくない」
ヴィンセントは力強く言い切るが、ルマリアは自分の爪を眺めたまま、じっと考え込んでいる。そして、
「夢を見ます。同じ夢を。わたしがボウガンを引こうとすると、手が、指が、骨だけになっているんです。よく見ると、手だけじゃなくて、足も、体も、顔もみんな骨だけ」
「骨か」
「わたしは、骸骨になった自分をどこかから、眺めている。怖いんだけど、なんだか安心してもいるんです。だけど、とても悲しくて、さびしくて」
ルマリアは両手で顔をおおう。豊かな金髪が揺れ、細い肩が震える。ひかえめなおっぱい。平らなおなか。淡い茂み。頼りないほど華奢な肢体は、多くの男を受け入れてきたとは思えない。
「わたし、やっぱり抜け殻?」
「いいや。そうではない。あなたは栄養不足なだけだ」
「はっ?なんですって?栄養不足って」
「そうだ。しっかり食事をとり、規則正しい生活を送る。それだけで、健やかな体と心を取り戻すことができる」
「はあ」
涙の跡が残っているルマリアの顔に、まだクエッションマークが浮かんでいる。
「ところで」
ヴィンセントが立ち上がった。
「冷えてきた。もう一度湯につかって、あたたまろうではないか」
並んで浴槽につかっているうちに、ルマリアは眠くなってきた。ヴィンセントの肩に頭を預け、うつらうつらし始める。ヴィンセントはとがめだてもせず、ゆっくりと湯につかっている。
「眠いのならば、上がろう。髪を乾かさねばならない。終わったら、部屋まで送っていこう」
「それは嫌。ヴィンセントさまの部屋に連れて行ってください」
「それは断る」
「自分の部屋だと、また誰か来るかもしれない」
「そうか」
ヴィンセントはルマリアの腰に腕をまわし、一緒に立ち上がる。
「とにかく体をふいて服を着よう。話はそれからだ」
ルマリアはこくんと頷いた。
3
冷たい雨が降り続いていた。地上は底冷えしているが、雪はまだ降ってこない。
マントのフードを目深にかぶった二人は、うつむいて歩き続ける。前を行くヴィンセントは大股で進み、後を追うルマリアは遅れないように小走りに進む。
会話はない。旅慣れたヴィンセントは、目的地までの道のりを測り、短い秋の陽が落ちる前に到着しようとしていたし、旅慣れないルマリアは疲れ果て、話をする元気もない。王城を出発して、三日が過ぎていた。
王国の北の地方は、ヴァンパイアが跋扈する地域だ。ヴィンセントはもっと西の地方を旅することが多いので、このあたりの土地勘はない。今、二人が目指すのは、この地方の中心の町だった。
ルマリアは王子と出会うまでは修道院で暮らしていた。外出することはほとんどなく、街に出ることすらまれだった。ヴァンパイアハンターの修行を終えて、王子軍と行動を共にするようになってからは、騎乗で移動することが多かった。だから、たった三日の旅で足に豆ができていた。それでもルマリアは弱音一つ吐くことはなく、ヴィンセントについていく。
ヴィンセントに誘われたこの旅は、自分に与えられたチャンスであると痛感していた。あのまま王城にとどまれば、今までと同じことを繰り返すしかないだろう。
そして、ヴィンセントと共に王城から出た瞬間、ルマリアの胸には、解放感が満ち溢れたのだ。その興奮は、王子軍での初陣を思い起こさせた。
夕暮れ前に二人は小さな町に着いた。雨は上がっていたが、冷たい風が吹き始めていた。
ヴィンセントは三日目で初めて宿屋をとった。ルマリアの体力が、限界に近いことは分かっていたし、ほかにも理由があった。宿屋の部屋に入ると、ルマリアはマントを脱いだだけで、ベッドに倒れこんだ。
部屋の暖炉には薪が赤々と燃え、ベッドは柔らかかった。宿屋の従僕が大ぶりのたらいと水差しを運んできた。それから干しブドウとリンゴ酒がテーブルに乗せられた。
ヴィンセントはマントとブーツを脱ぎ、上着を脱いでハンガーにかけた。それから倒れ伏すルマリアを抱きかかえ、暖炉の前の椅子に座らせると、ブーツとソックスを脱がせた。たらいに水差しのお湯を注ぎ、ルマリアの白い足を湯に浸す。凍えきったルマリアの肩や背中をマッサージすると、蒼白になっていたルマリアの頬に赤みが差してきた。ルマリアは目を開き、ヴィンセントを見上げる。
「ヴィンセントさま」
「よく頑張った。一休みしたら、食堂に行く。肉も食えるし、うまい酒が飲めるぞ」
「……はい」
そして二人は暖炉でゆっくり暖まり、食堂に降りていった。
宿屋の食堂は、思いのほかにぎわっていた。十ほどあるテーブルは六つが埋まっていて、にぎやかな酒盛りが始まっていた。ヴィンセントとルマリアが階段を下りていくと、客の視線が集まる。特に、ルマリアの美貌は男たちを驚かせ、席に着くまで沈黙が続いた。
ヴィンセントは慣れた様子で、主人に食事と酒を注文した。その間、ルマリアはずっとうつむいていた。このあたりの住民は旅人に慣れていないらしく、二人に話しかけてくる者はいない。
二人の食事が運ばれてくるころには、賑わいが戻っていた。ルマリアも雰囲気に慣れてきたのか、まわりを興味深げに眺める余裕ができた。食事を運んできた召使が、気安くルマリアに話しかけ、それに返事すると、周りから声がかけられるようになった。
どこから来たのか。なにをしに来たのか。
ルマリアが答えられずにいると、ヴィンセントが代わって答える。
自分たちはヴァンパイアを狩るために、王城からやってきたヴァンパイアハンターである、と。
食堂の雰囲気が一変した。
庶民にとって、ヴァンパイアは恐ろしい存在だ。だが、ヴァンパイアを狩る、ヴァンパイアハンターもまた、超人的な能力を持つゆえに畏怖されるべき存在だった。できるなら、自分の近くにいてほしくない者たちなのだ。
村人たちは二人から視線をそらし、互いに顔を見合わせて様子をうかがう。
そんな反応に慣れているヴィンセントは、黙って食事を始めるが、ルマリアは納得がいかない様子で村人たちを見廻している。そして、
ガタリと椅子が音を立てた。食堂にいるすべての視線が、音の方に集まる。そこには、ルマリアが立ちあがっていた。
みんなの視線を集めてしまい、ルマリアの顔が見る見るうちに赤く染まる。ルマリアは震えながら、声を上げた。
「わたしたちは、王子軍に所属するヴァンパイアハンターです。これまで幾度となく魔物たちと戦い、勝利してきました。王国の平和を守るために、ずっと戦ってきたんです。でも、ヴァンパイアは単独行動をとることが多く、野山に潜んで村人たちの平安を脅かしています。わたしたちヴァンパイアハンターは、こうして旅をつづけ、ヴァンパイアを見つけ出してやっつけるのです。ここにいるヴィンセントはベテランの狩人です。だからきっとヴァンパイアをやっつけることができます。みなさん。わたしたちに協力してください。ヴァンパイアの噂を知っていたら教えてください。どうか、よろしくお願いします」
そう言って、ルマリアは深くお辞儀をした。
これほど長く話をしたのは、生まれて初めてだったかもしれない。でも、自分を導いてくれたヴィンセントのために、言わなくてはならないと思ったのだ。
食堂に集う村人たちは、あっけにとられていたが、やがて誰かが拍手をし始めた。するとすぐに、その場にいた全員が拍手をしだし、ルマリアを称え始めた。驚いたルマリアが顔を上げると、拍手はさらに大きくなった。ヴィンセントも穏やかな表情で拍手している。
「あの。わたし」
「ヴァンパイアの噂を聞いたことがあるやつを、見つけ出してやるからな」
「頼んだぞ。ヴァンパイアハンター」
村人から声を掛けられ、ルマリアの困惑はさらに深まる。しかし、村人たちの乾杯の声が、それを流し去ってくれた。
「よく言ったな。ルマリア」
ヴィンセントがそう言ってくれた時、ルマリアの胸はきゅんと締め付けられた。
4
弱々しい太陽が、西の地平に浮かんでいる。風は無いが、地面から冷気が立ち上ってくるようで、体の芯から凍えてくる。
森の端に潜むヴィンセントとルマリアは、寒さに耐えながらじっと待ち続ける。その視界の先には、古く壊れかけた聖堂があった。元は石造り二階建ての堅固な聖堂だったのだろう。だが、今は石が崩れかけ、窓ガラスは割れ、人の気配はどこにもない。
宿屋での楽しい一夜を過ごし、翌朝、出立した二人は、ヴァンパイア出現の情報に従って、半日の行程をすすんだ。目的地の寒村で、三人の村人が相次いで行方不明になったとの情報を得た。さらに、狩人が村はずれの古い聖堂跡で怪しげな人影を見たという。
ヴァンパイアが人を襲うのは二つの理由がある。一つは人間のエナジーを得るため。もう一つは、新たなヴァンパイアを産むためだ。
よく誤解されるが、ヴァンパイアは人の血を吸って生きているのではない。ヴァンパイアもまた生物としての摂理の範疇にあり、その肉体を維持するためには、人間と同じ食べ物をとらなければならない。それに加えて、人間の血に含まれるエナジーをとらないと、ヴァンパイアとしての生命が保てないために人を襲うのだ。
「問題は、ヴァンパイアに襲われた三人が、ヴァンパイア化しているか、否かだ」
「本当に、三人ともヴァンパイアに襲われたのでしょうか」
「そう考えるのが自然だからな。違うならば、それに越したことはない。ヴァンパイアになっていたら、四人とも葬らなくてはならない。しかし、ただの食料として飼い殺しにされているのならば、人間に戻せる可能性がある」
「その見極めがわかりません」
「そうだな。実戦を重ねていくしかないが、一人で動いているのなら、まずヴァンパイアになったと考えてよいだろう」
「……。哀しいですね」
「ああ。生きるという行為は、哀しいもんだ」
ヴィンセントは口を閉ざし、暗くなっていく聖堂に目を凝らす。
二人がいる場所からは、聖堂の中庭が見通せた。元あった塀は完全に崩れてしまい、そこから侵入ができる。ヴィンセントはここから強襲をかけるつもりだった。
「日の高いうちに、ヴァンパイアの寝込みを襲う方法もある。だが、奴らは、見つかりにくい地下室に隠れ潜み、容易に見つけられない場合もある。探り当てられないときは、奴らの警戒心を呼び起こすだけだ。それに、寝ているときでは、ヴァンパイアと人間との違いが判らない。だから、今夜は強襲する。お前がいてくれるからな」
「わたしは実戦から遠ざかっています」
「おまえのボウガンの腕は知っている。ただ、屋内では接近戦になる可能性が高い。剣は使えるか」
「はい。ナイフ投げもできます」
「ならばよい。わしが前衛。おまえは後衛で戦う。距離を保て。近すぎると戦いにくい」
「はい。いつ、行きますか」
「まだ、待つ。主導権はこちらにある」
それだけ言って、ヴィンセントは口を閉ざした。
ルマリアは薄闇を透かして、隣にいるヴィンセントの横顔を盗み見る。鋭く削り取られたような頬を無精ひげが覆っている。暗い瞳はゆるぎなく、まっすぐ閉じられた唇に緊張はない。その落ち着きが、ルマリアに無限の安心感をもたらしてくれる。この人についていけば、きっとうまくいく。
日没を確認してから、二人は中庭に侵入した。昔は美しい庭園であったらしいが、今は一部が菜園になっているだけで、荒れ果てている。聖堂から中庭に出る勝手口があり、その先に井戸がある。勝手口には鍵がかかっているだろうが、侵入するならここからだろう。
ルマリアは冷えと体の痛みに苛まれていた。王城での安楽な暮らしに慣れた体には、この状況は過酷だった。半歩前でしゃがみ込むヴィンセントは、平然としている。それがいささか癪に障るが、自分の未熟さは認めるしかない。ルマリアは音を立てないように筋肉を動かしてほぐし、体を暖めようとする。待つ時間は長かった。
勝手口が音を立てて開く。中から人が出てくる。五十メートルほど離れているが、太り気味の男だとわかる。行方不明になった村人の一人だろう。男は菜園に入り、しゃがみ込む。この季節に作物は多くないが、芋でも掘っているのだろうか。
ルマリアは静かにボウガンに矢をつがえるが、ヴィンセントが手を上げてそれを制した。
菜園の男の動作は遅い。長い時間をかけて地面に這いつくばり、なにかを集めて持ってきた笊に入れていく。
そして、笊をもって立ち上がり勝手口に戻りかけると同時に、ヴィンセントの腕が動いた。ごく自然な動作でボウガンに矢をつがえ、狙いを定める間もなく発射する。空気を引き裂く音とともに矢が飛び、男の背中に当たる。男が倒れるより早く、ヴィンセントが走り出した。ルマリアもすぐに続く。
ヴィンセントは倒れた男のところで一瞬しゃがみ込み、死亡を確認し、すぐに勝手口から聖堂に侵入する。ルマリアはヴィンセントに続いて中に飛び込むが、聖堂内は真っ暗だった。
夜目が利くヴァンパイアハンターであっても、すぐには動けない。ヴィンセントは身を低くして周囲をうかがっている。通路の右手に、かすかな明かりが見えた。その明かりを頼りに慎重に移動していくと、そこに地下室につづく階段があった。明かりは地下室からもれている。聖堂の構造からすると、地下に厨房があるはずだ。
ヴィンセントはためらいもなく階段を駆け下り、半開きのドアを開けて厨房に飛び込む。
つづいてルマリアが飛び込んだ時には、すべてが終わっていた。
かまどの前に女が倒れている。ヴィンセントは女には目もくれず、厨房の中を調べている。ルマリアは女の元に駆け寄った。ヴィンセントの矢は、女の心臓を撃ち抜いている。たとえヴァンパイアであったとしても、即死だ。ルマリアは女を見下ろす。
質素なワンピースを着た、中年女だ。頬骨が高く、目がくぼんでいる。美しいとは言えないが、きっと穏やかな暮らしを続けてきたのだろう。しかし、そんな日常はヴァンパイアによって壊されてしまったのだ。
ルマリアは強く歯をかみしめる。こんな不幸は許さない。わたしが、ヴァンパイアを倒す。
厨房の反対側に、もう一つ階段があった。構造からすれば、ここを上がれば食堂か居間に行けるのだろう。ヴァンパイアがいるとしたら、きっとこの先だ。
「あと一人、とヴァンパイアだ」
ヴィンセントが一度だけ振り返り、ルマリアに強い視線を送る。すでに二人を殺したヴィンセントの体から、強烈な殺気が漂ってきた。ルマリアは身震いしながら、はっきり頷く。
「ヴァンパイアは居間か二階にいるだろう。順番につぶしていく」
そう言い捨てて、ヴィンセントは階段を駆け上り、地上階に出る。食堂には人影がない。廊下を走り、礼拝堂、会堂、会議室を調べていく。地上階にはいないようだ。廊下を戻り、二階への階段にたどり着く。広い階段があり、踊り場には大きな窓があって、星明りが差し込んでいる。ヴィンセントは壁に身を押し当てて潜み、二階の気配を探る。ルマリアはヴィンセントの足元にうずくまり、目を凝らし、耳を澄ます。
踊り場がぼんやり明るくなった。燈火を持った人が、階段を下りてくるのだ。一人か、二人か。
壁際に潜むヴィンセントは、燈火が近づいてくるのをじっと待つ。時間が過ぎるのが遅く感じる。
緊張に耐えられなくなったルマリアが、ボウガンの先端を床にぶつけてしまう。小さな、しかしはっきりとした音が廊下に響く。
ヴィンセントが飛び出し、腰だめにボウガンを発射した。至近距離で矢を受けた相手が、階段にたたきつけられ、十段目あたりで仰向けに倒れる。ヴィンセントは舌打ちしつつ、階段を駆け上がり、相手を確認する。子供だ。そして、弱々しい悲鳴をあげている。ヴィンセントの顔がゆがみ、屈みこんで確かめようとした。
その瞬間。
頭上から飛鳥のような影が舞い降りてきた。振りかざされた剣が、ヴィンセントの頭上に振り下ろされる。
ルマリアのボウガンが音を立てた。矢は過たず敵の体を貫き、階段に落下させる。落ちると同時に、身をひるがえしたヴィンセントの短剣が、その喉を引き裂いていた。
「こんな奴だったか」
やせて背の高い男が、階段の途中で仰向けに死んでいた。開かれた口から、太く鋭い犬歯がのぞいている。この歯で、多くの人間を殺してきたのだろう。
ルマリアは先ほどまで、もだえ苦しんでいた少女の手を握りしめていた。行方不明になった三人目は、まだ、年端もゆかぬ少女だった。ヴァンパイアに血を吸われ、下僕となってここで暮らしていたのだ。ここで何をされていたかは、わからない。
願わくば、恐ろしい目に会っていないでほしい。
ルマリアは廊下に寝かせた少女の両手を組み合わせ、自分も手を組んで祈りを捧げる。ただ祈ることしか、彼女にはできない。ヴァンパイアを倒した高揚感はまるでなく、哀しみが心の奥底に沈殿していく。
ヴィンセントは痛ましげに眺めていたが、やがて廊下を戻り始めた。中庭と、厨房の死者を弔わなくてはならない。ルマリアも立ち上がり、後に続く。
その時、ふわっと風が動いた。同時に、首筋に鋭い痛みが走る。口をふさがれ、体を拘束されたルマリアは、右手に持ったボウガンを振り回す。が、空振りになり、床に落ちた。
その音に振り返ったヴィンセントは、ルマリアに襲い掛かる二人目のヴァンパイアを見つけた。とっさにボウガンを構えると、ヴァンパイアはルマリアの体を盾にして退いていく。
ヴィンセントは躊躇うことなく、ボウガンを放った。ルマリアの首筋をかすめた矢が、ヴァンパイアの顔を射抜く。腰砕けになったヴァンパイアに向かって、腰だめにした短剣ごとぶつかっていった。
二人目のヴァンパイアは仕留めた。だが、血を吸われたルマリアは、身もだえしながら床を転げまわっている。短剣を放り投げたヴィンセントは、ルマリアを押さえつけ、首筋にむしゃぶりつく。ヴァンパイアの噛み跡を強く吸い、血を吸いだす。吸っては吐き捨て、吸っては吐き捨てる。一瞬のためらいも許されない。一秒遅れれば、その分だけルマリアの体にヴァンパイアの血が回るのだ。なんどもなんども、血を吸われ続けたルマリアは、失神した。ヴィンセントの目は赤く充血し、必死の形相でルマリアの治療を続けた。
5
ルマリアは目覚めた。
見覚えのある天井がそこにあった。冬のはずなのに、空気は暖かく、すごく居心地がいい。
ああ、ここは、天国なのだろうか。もしもそうなら、ここにずっといたい。
「それは無理だ。元気になったら、王城に戻るぞ」
頭を巡らすと、そこにヴィンセントの顔があった。感情をうかがえない、そぎ落としたような、日焼けした男の顔だ。でも、そこには無限の暖かさがあった。
「王城には、帰りたくありません」
「だが、一度帰る。血清はあそこにしかないからな」
「血清?ですか」
「ヴァンパイアの毒は、後に残ることがある。用心するに越したことはない」
「ヴァンパイアの毒?」
「ああ。ヴァンパイアの毒だ」
ルマリアの記憶はなかなか戻ってこない。ヴィンセントの瞳に不安が浮かんでいたが、ルマリアはそれを読み取ることができない。
「どうだ。腹は空いていないか」
ヴィンセントに聞かれて、ルマリアはおなかが空いていることに気づく。
「わかった。すぐに食事を用意させよう」
ヴィンセントが立ち上がり、部屋を出ていった。
部屋に静寂が戻る。ルマリアは頭を上げて、部屋の中を見廻す。
思い出した。ここは、あの聖堂に行く前の日に泊まった宿だ。
それだけを確認して、ルマリアは頭を枕に預ける。体に力が入らない。
なぜだろう。
ここでようやく、ルマリアの頭の中で、ヴィンセントの言葉が意味をなした。
ルマリアはヴァンパイアに襲われ、血を吸われて倒れたのだ。
それから、どうやってここまで戻ってきたのだろう。
決まっている。ヴィンセントが連れてきてくれたのだ。そして、看病された。
その時、ルマリアは着ている服がいつもと違うことに気づいた。旅に出るとき、下着の替えしか持ってきていない。だから、この町で調達したのだろう。でも、誰が着替えさせてくれたのだろう。
ルマリアの顔が赤くなった。
一緒に入浴したのだから、裸もしっかり見られているのだ。それが着替えさせられたのが、どうして恥ずかしいのだろう。
ルマリアの心が、ふんわりと温かくなった。
ヴィンセントがパン粥を持ってきてくれた。ルマリアはベッドから起き上がり、暖炉の前に置かれた椅子に座り、パン粥をゆっくり食べた。その間、ヴィンセントは矢じりを熱心に研いでいる。
食べ終えたルマリアは、ほっと息を吸い、膝を抱える。そして、ヴィンセントを見やった。
「教えてください。あの後、どうなったのですか」
「おまえに襲い掛かったヴァンパイアは倒した。あれはわしの、大きな過ちだった。普段、ヴァンパイアは単独行動する。だからあの聖堂でも、ヴァンパイアは一人きりだと決めつけてしまった。一人目を倒したとき、ほかにもいないか、警戒をしていれば、襲われることはなかったのだ。申し訳なかった」
ヴィンセントは立ち上がり、深くお辞儀をした。
「いいえ。わたしもヴァンパイアハンターの端くれです。わたしが警戒していなかったのが悪いんです。それで、わたしは血を吸われたのでしょう?」
「ああ。だが、ほとんど吸い出せたと思う。実際、おまえの体におかしな変化はない。ただ、念のため、王城で診てもらおうと思っているのだ。おまえの体力が回復したら出発する」
「わかりました。助けてくださって、感謝いたします」
ルマリアも立ち上がり、深くお辞儀をした。そして、微笑む。
「いったい、わたしは、どれくらい意識を失っていたのでしょう?」
「三日だ。ずっと目を覚まさないかと、心配していたぞ」
「そうですか……」
三日間、ずっとヴィンセントが守っていてくれたのだ。それを思うと、思わずに笑みが浮かんでしまいそうになる。
「ヴァンパイアにやられた三人は、村人が丁重に葬ってくれたはずだ。二人のヴァンパイアもな」
「ああ。そうでしたね。女の子が可哀そうでした」
「……」
暖炉の火が勢い良く萌えている。宿屋に銀貨を渡して、ふんだんに用意させたのだろう。鎧戸を締め切っていてよくわからないが、今は夜のようだ。
「あの。お願いがあるのですが」
「なんだね」
「体を洗いたいです。髪も」
「わかった」
宿の従僕によって、大きなたらいが持ち込まれた。薬缶が暖炉の上にかけられ、それとは別に湯を入れた水差しが運び込まれる。たらいになみなみと湯が張られると、従僕は出ていった。
暖炉の前で服を脱いだルマリアは、そっと湯につかる。たらいの湯は、座り込んだルマリアのおへそのあたりまでしかない。たおやかなおっぱいが、暖炉の明かりに照らされて輝く。
ルマリアはヘチマのスポンジに石鹸をつけて、左の脇の下からこすり始める。ヴィンセントは暖炉から離れ、椅子を後ろ向きにしてまた矢じりを磨き始めた。
「ヴィンセントさま」
「なんだ」
「わたしは、間違っていたのでしょうか?」
「なんのことだ」
「そうですね。言わなくてはなりませんね」
「言いたくなければ、言うな」
「いいえ。言いたいのです。わたしがやったこと。それは安易な道でした。あの頃。王子さまのベッドに呼ばれなくなり、自分が役立たずだと感じるようになりました。でも、わたしは何者かでありたかった。王子さまのため、王子軍のために自分がやれることがあると思いたかった。だから、あんなことをしたのです」
「志はよし。だな」
「志がよくても、やったことは馬鹿げたことでした。少なくとも、今のわたしはそう感じます」
「そうか」
ルマリアは髪を洗い始める。
「なにも言ってくださらないのですね」
「なにを言ってほしい」
「慰めてください。おまえは間違っていたけれど、本当はいい子なんだと言ってください」
ヴィンセントは鼻で笑った。そして振り向く。
「髪を洗ってやろう」
立ち上がったヴィンセントが、ルマリアの髪を優しく揉みはじめる。ヴィンセントの武骨な指は、繊細な動きで頭皮をマッサージしていく。それは愛撫されているのと同じだ。
「大きな力強い指。気持ちよくて、いってしまいそう」
「なんだ、その不謹慎な物言いは」
「本音です。わたし、ヴィンセントさまに抱かれたいと思っています。今だって、ここが濡れています。ほんとですよ」
「どうも、おまえのことを見誤っていたような気がしてきた。いかに若くても、女は恐ろしい」
「ひどい。こんなにヴィンセントさまをお慕いしているのに」
「少し黙ってくれ。わしは静けさが欲しい」
「……。はい」
ルマリアは口を尖らせたが、もうしゃべらなかった。
ヴィンセントの指が、ルマリアの頭を包み込むように揉み上げ、髪をきれいにしていく。その指使いは巧みで、それがルマリアへの返事だと告げていた。
「昔。こうやって妻の髪を洗ってやった。幼い娘もわしが髪を洗ったものだ。おまえが三人目だ」
その言葉は、ルマリアの心に、深い哀しみを刻みこんだ。そして、ヴィンセントへの慕情をかきたてた。そして、いつまでもこうしていたいと思った。
「ここはかゆくありませんか。ここも、いかがですか」
「もういい。十分きれいになっただろう」
「まだです。この前、王城の大浴場でもちゃんと洗ってなかったでしょう。髪を伸ばしているのだから、時々はきれいにしてください。そうでないと、臭くて近寄りたくなくなります」
「別に、わしに近寄らなくてもいい」
「いいえ。わたしはヴィンセントさまとくっつきたいんです。だから、もっときれいにしますよ」
そう言いながら、ルマリアはヴィンセントの頭にお湯をたっぷりかけた。
二人は暖炉の前に並んで、髪を乾かす。
「ヴィンセントさま。お願いがあります」
「なんだ」
「聞き届けてくださいますか?」
「だから、なにをだ」
「わたしと、セックスしてください」
「だめだ」
「どうしてです」
「おまえは、ヴァンパイアに血を吸われ、三日、昏睡していた。今はおとなしく寝ていろ」
「嫌です。わたしは元気を取り戻しました。さっき、ご飯をいっぱい食べましたから、こんどは男を食べたい。いけませんか」
「まったく。わしはお前を助けるつもりだったが、どうやらそれは間違いだったようだ」
「酷い言い方ですね。ヴィンセントさまは女というものを、甘く見ておいでなのではありませんか。そんなんで、奥様によく愛想を尽かされませんでしたね」
「わ、わしが、か」
「はい。まったく男というものは、女を見くびりすぎです。ヴィンセントさま。お覚悟くださいね」
「待て」
ルマリアがヴィンセントに飛びかかり、馬乗りになる。二人とも裸だ。実は湯あみを終えてから部屋があまりにも暖かいので、ルマリアが服を着なかったのだ。ヴィンセントがたしなめても、今のルマリアは聞くはずがない。
「男の人は、自分がしたいときには女にのしかかって、自分勝手に犯してしまうではありませんか。だから、その逆もしていいでしょう」
「待ってくれ。ルマリア。もしやヴァンパイアの毒の影響で」
「馬鹿なことを言わないでください。わたしは、おとなしくて、優しくて、男に言うなりになる女の子を演じるのが、嫌になっただけです。わたしにも、かなえたい欲望がある。今はヴィンセントさまに抱かれたい。ただ、それだけです」
「そうか……」
ヴィンセントは抵抗を止めた。ルマリアの言い分は、めちゃくちゃではあるものの、まっすぐな感情の発露であると認めざるを得ない。
「ヴィンセントさま」
「わかった。ベッドに移ろう」
「はい」
ルマリアの表情が柔らかくなり、うつむいてベッドに入る。そして、ヴィンセントに背を向けた。
ヴィンセントは後ろからルマリアを抱き寄せ、おっぱいと股間をまさぐる。うなじに唇を這わせ、甘い体臭を楽しむ。
「ヴィンセントさま」
「なんだ」
「わたしは汚れています。本当に嫌なのなら……」
「嫌なはずがない。そなたには、それはわかっているだろう。若く美しい女性と旅をして、何も感じないほど、わしは枯れておらんぞ」
「でも、奥様には」
「妻は死んだ。わしの手にかかって、妻はこの世を去った。もうどこにもいない」
ルマリアは体を回転させ、ヴィンセントにキスをする。腕を首に絡め、左足を腿に絡め、おっぱいを押し付ける。
「お願いです。お願いします」
性急なルマリアの欲情に、ヴィンセントは応えた。背中を強く抱きしめ、男根をおなかに押し付ける。いつのまにか、男根は大きくそそり立っていた。
「来てください。わたし、もう」
だが、ヴィンセントはルマリアの体を愛撫する方を選んだ。首筋から胸へ。おなかを通り、淡い茂みの下へ。ヴァギナは十分濡れていて、簡単に舌を差し込むことができた。それから太ももを味わい、後ろに回ってお尻を堪能して、ようやく、男根をヴァギナにあてがった。
「後ろ、ですか」
「前も、後ろも、全部だ」
「はい。わたしのすべてをヴィンセントさまのものにしてください」
「いいや。わしは、一人の男として、おまえと向き合っていきたい」
「はい。嬉しいです」
そうして足を開かせて、後ろから挿入していく。ルマリアはお尻が小さいので、この体位でも問題ないのだ。
ヴィンセントは腕を回し、おっぱいと乳首をもみさする。顔を横にしたルマリアの口を、思う存分楽しむ。そして、ゆっくり前後運動させて、膣の感触を楽しむ。ルマリアの喘ぎ声が大きくなっていった。
「すごくいいです。気持ちがいい」
「わしも、だ。もう我慢できない」
「いいですよ。でも、この姿勢がちょっと苦しい」
久しぶりのセックスに、ヴィンセントはいきそうになる。ルマリアはお尻を持ち上げ、動きやすい姿勢に変えた。ヴィンセントはルマリアのお尻を抱え、大きく腰を振る。性感が急激に高まり、ルマリアは悲鳴を上げた。同時に、ヴィンセントが射精する。なんども、なんども、若い子宮に向けて、精液を放出する。
「顔を見ながらがいいです。ヴィンセントさまの顔が見たいんです」
「わしも、おまえを見ていたい。誰よりも美しいお前を」
「うれしい」
二人は座った姿勢で抱き合う。ルマリアの腰がローリングし、おっぱいをこすりつけ、キスを交わしあう。
「ヴィンセントさま。大好きです。ヴィンセントさまは?」
「ああ。愛している。おまえと出会えてよかった」
「わたしもです。ヴィンセントさまと会えなかったら、わたしは王城の一室で、ほかの男に抱かれていたでしょう。今思い出すと、悔しいです」
「わしが、その気持ちを受け止めてやる」
「はい」
「おまえの痛みを、哀しみをみんなわしが、受け止めてやる。だから、幸せになってくれ」
そう言いながら、ヴィンセントは涙を流した。ルマリアは指でその涙をぬぐい、口に持っていく。
「ヴィンセントさま。亡くした奥さんを思っているのでしょう」
「すまない。どうしても、止められないのだ」
「わかりました。それならわたしが、ヴィンセントさまの悲しみを受け止めて見せます。わたしは、ヴィンセントさまの奥さんになります。娘さんにもなります。お二人の分だけ、ヴィンセントさまを愛します。だから、もう泣かないで」
ヴィンセントは答えることができず、顔を上げて涙をこらえた。ルマリアは頬を彼の髭面にこすりつけ、ゆっくりと腰を動かす。体が密着している部分が熱い。
今はまだ、ヴィンセントの死んだ妻の身代わりでしかないかもしれない。けれど、歳月を重ねていけば、それは思い出に変わる。そして、自分がかけがえのない妻になる。
「わたしは、ずっと一緒にいます。絶対いなくなったりしません」
「頼む。愛する人を失うのは、もうたくさんだ」
「わたしはヴィンセントさまと一緒に、幸せになります。奥さんと娘さんの分まで、幸せになります」
「ああ」
本当にそうなるかはわからない。この世に戦いがなくなるのは、まだずいぶん先だろう。それまで生き延びなくてはならない。
「わたし、子供が産みたいです。ヴィンセントさまのような強い男の子と、可愛い女の子がほしい」
「そうだな。もう一度家族になろう。そうして、力を合わせて生きていこう」
「はい。ヴィンセントさま」
ルマリアは目を閉じ、ヴンセントの体温を感じながら、喜びに満ちたセックスを、思う存分楽しみ、明日への希望をかきたてたのだった。
おわり
少し書き込みが足りないと感じますが、それなりにまとまったので発表します。これまでよりもハードボイルドになっていればよいのですが。
だんだんと書くペースが落ちてきました。でも、書きたいことはまだあるので、順番に公表していくつもりです。
今年もよろしくお願いします。