フォニアのお勉強
東寺明
1
「フォニアは、王城は初めてでしょう?見たらびっくりしますよ」
天蓋のない馬車が、王都の大道を進む。道の両側には店や露店が立ち並び、多くの人が行き交っている。初夏の陽光が降り注ぎ、街を白く照らし出す。
「びっくり。どうして?」
「わたしはびっくりしました。王城は、石でできたとっても大きな城なんです。それでね、王城には、すごくたくさんの人が住んでいるんですよ」
「大きな、城、に、たくさんの、人、が、住んで、いる。普通」
「エッ?」
「小さな、城、に、たくさんの、人、が、住んで、いる。おかしい」
「うーん」
馬車で向かい合って座る二人のエンジェル。前の席には純白のミニドレスをまとい、白いニーソックスをはき、白鳥のような羽をもつミルノ。後ろの席に座るフォニアは、対照的な濃い紫色のコスチュームをまとう。ただし、それはミルノのような可憐なものではない。お尻に食い込むビキニパンツ。前が大きく開いたドレスは、胸元からおへそまで丸見えで、その露出度は、その筋では有名な魔法剣士に匹敵するほどだ。そして、その羽は濡れガラスのように黒く光っている。
国境の戦場に出現した、堕天使フォニアは、王子軍に保護され、王城へと護送されることになった。
たまたま近くの町にいた、ミルノがおなじエンジェルということで、付き添ってきたのだ。この三日間二人は他愛のない、あるいは至極まじめな、あるいはなかなかかみ合わない会話を続けていた。
「フォニアはいろんなことを知っていますね。地上に降りてきてから、間もないのに」
「辞書、で、勉強、した。辞書、に、は、人間、の、すべて、が、載って、いる。だから、辞書、を、覚え、れ、ば、この、世界、の、すべて、を、理解、できる。辞書、を、発明、した、人間、は、賢い。この、世界、に、は、他にも、便利な、もの、が、ある。この、馬車、も、そう。飛ばなく、て、も、移動、が、できる」
「馬に乗るのも楽しいです。あと、ご飯がおいしいのと、そうだ。最近、お酒が飲めるようになりました」
「お酒、と、は、意識、を、弱める、飲み、物?自分、を、弱く、する、液体、を、摂取、する。変」
「でも、気持ちよくなるんですよ。王城に着いたら、フォニアも試してみませんか」
「口、に、物、を、入れる、なん、て、気持ち、悪い。ミルノ、は、エンジェル、な、の、に、よく、できる」
そう言われてミルノは頭を傾げ、考え込む。
「最初はみんなのまねをして、口にものを入れてみました。何にも感じなかったけど、だんだん、味がわかるようになってきて、楽しみになりました。王城の食堂にはおいしいものがいっぱいあります」
「ふーん。クロエ、も、食べて、いる、の?」
「はい。クロエはいっぱい食べますよ。クロエが言うには、セックスをするとお腹が空くんだそうです」
「セックス?人間、の、生殖、活動?どうして、エンジェル、が、セックス、する?」
「わたしもしますよ。わたしは王子とセックスして、赤ちゃんを産むんです。とても素敵なことだと思いませんか」
「思わ、ない。赤ちゃん、は、人間、の、幼生?エンジェル、が、人間、の、幼生を、産む。変」
「お友達に子宮をつくってもらいました。だから、いつかきっと産めます」
「ふーん。あれ、が、王城?」
「はい。王子が住んでいます。わたしたち、王子軍の将官も住んでいます。今日からフォニアも住むんですよ」
「わたし、は、どこ、でも、いい」
遠くに見えてきた、王城の塔を眺めるフォニアの赤い瞳には、暗い影が宿っていた。
二人を乗せた馬車は、開け放たれた王城の門を抜け、前庭を通り、城の車寄せに着いた。そこには数人の衛兵と共に、アリシアが立っていた。
「ようこそ、おいでくださいました。エンジェルのフォニアさん。わたくしは王子軍を代表して、あなたを歓迎いたします」
馬車から降りたフォニアに、アリシアが手を伸ばしてきた。その手をじっと見ていたフォニアは、納得したようにうなずき、握手する。
「アリシアが歓迎してくれるのですか。よかった。フォニア。アリシアはわたしのお友達です。とっても仲がいいんですよ」
「ミルノもご苦労様でした。しばらくの間、フォニアさんは、あなたと同室になっていただきます。荷物はありますか」
「フォニアはなにも持ってきていません。持っているのは武器だけです」
「それならば、必要なものを調達しなければいけませんね」
アリシアは右手の指を唇に添える。それが、アリシアの考えるときの癖だった。
「フォニアさんの好みもあるでしょうから、とりあえず必要な着替えなどは、すぐに用意します。ミルノ。あとで取りに来て」
「はい。わかりました」
「では、これからフォニアさんに王城を案内します」
「いらない」
つまらなそうな顔で、説明を聞いていたフォニアがぽつりと言った。
「ええと。王城は広くて、迷子になってしまう人もいます。生活をするうえでも、不便ですよ」
「いい。わたし、は、なに、も、いらない」
困惑したアリシアはミルノを見る。
「欲しいものがないんです。わたしもそうだったから。慣れてきたら、少しは欲しいものが生まれます」
「でも、せめて下着ぐらいは」
「汚れ、ない。いらない」
アリシアもそれなりに納得する。本来エンジェルは、食事をしない。だから排泄もしない。汗もかかない。自分の分泌液で汚れることがないのだ。
「では、王城内の案内は……」
会話に飽きたのか、フォニアはふらふらと王城に入る大扉に近づいていく。アリシアは助けを求めるようにミルノを見る。ミルノはうなずいて、フォニアの後を追った。
一人で見て回ると言うフォニアに、ミルノは一つのルールを教えた。閉まっている扉があったらノックをして、返事があったら入ること。
フォニアはその言いつけを守り、城内をうろつく。回廊を行き交う者は多いが、だれもフォニアを気に留めない。王子軍はいつの間にか多種族の軍になっていて、エンジェルも珍しくなくなっていたのだ。
フォニアはなにかを探しているのではない。王城に興味があるわけでもない。ただ、なにかをしたいだけなのだ。ノックをしてドアを開け、中の人が用を問うと、黙って閉める。その繰り返しを続ける。
その扉は他のものの二倍の幅と高さがあった。普通の人間ならば、それが倉庫か物置であるとわかっただろう。だが、フォニアにそんな常識はない。
ノックをすると、中から男の声がした。フォニアは扉を開け、中を覗く。天井の高い大きな部屋だった。背の高い棚が幾列も並び、剣や槍、甲冑や盾などの武具が所狭しと並んでいる。入口近くに大きなデスクがあり、椅子に大柄な男が座っていた。
細面で優し気な顔つきをしているが、鍛え上げた肉体はラフな普段着でいても見て取れる。栗色の髪を後ろでまとめ、濃い髭をきれいに剃っている。年のころは四十前後。落ち着きと同時に若々しさも兼ねそろえている。
入ってきたフォニアに、男は声を掛けた。
「どうしました。お嬢さん」
深みのあるバリトンだった。その声を聴いたフォニアの顔に、表情が動く。だが、フォニアは返事をせず、部屋の中を眺めながら入っていく。
「ここは兵器庫ですよ。兵士たちの武器を保管する部屋です。一応、部外者は立ち入り禁止なのですが……」
禁止しつつも、男の顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。迷い込んできた少女が何者であるか、見当がついているようだ。
「これ、が、武器?」
「ええ。一般兵の武器は剣や槍、弓矢です。そして、身を守るために防具もそろっています」
フォニアは唇をぎゅっと引き締め、熱心に眺めつづける。
「珍しいですか?ごく普通の武器ですけれどね。王子軍の将官の多くは、独自の武器で戦っていますから、このような武器は必要ありませんが」
「わたし、も、武器、持って、いる」
「どのようなものですか」
「アポカリプス」
「アポカリプス。それはどのような武器です?」
「こう」
フォニアは両手を丸い形にして、ラッパの形を作って見せる。
「人間、は、聞こえ、ない、音、を、撃つ。鎧、を、破裂、させる」
「なるほど。さすが、エンジェルですね」
「エンジェル。なぜ、わかる?」
男が朗らかに笑った。
「翼を持ち、角をはやし、頭の上に光のリングを浮かべている。これでエンジェルと言わなくて、どうします?」
フォニアは黙ってしまう。落胆したのか、困惑したのか。その表情から、なにを考えているかは読み取れない。
「これは然り。自己紹介を忘れていました。わたしは、ジェローム。王子軍の前線指揮官です」
「ジェローム。前線指揮官。武器庫、の、人」
ジェロームはまた笑った。
「別にここの管理人じゃないですよ。ただ、ここが、居心地がいいので、自分用のデスクを置いているだけです。ほら、窓が広くて明るいし、風通しもいい。素敵でしょ」
「窓、が、大きい。泥棒。来る。違う?」
「王城に、泥棒はいません。風通しがいいので、武器が黴なくて、都合がいいんです。ところで、お嬢さん。あなたのお名前を教えていただけますか」
「フォニア」
「フォニア。良い名をお持ちです」
「良い、名?どこが、良い」
「語感です。あなたの体から、妙なる調べが流れてくるようだ」
ジェロームの言葉に、フォニアは首をかしげた。つり目がちの赤い瞳が、じっとジェロームに向けられている。少女のような華奢な肢体。絹糸のようなプラチナブロンドの髪。白い肌と漆黒の翼のコントラストが、刺激的だ。
ジェロームはその視線を平然と受け止める。
「わたし、に、は、わから、ない」
フォニアがつぶやいた。
2
ミルノとアリシアに連れられたフォニアが、食堂に入ってきた。夕食時なので、たくさんの将官が集まり、にぎやかに食事を楽しんでいる。
「フォニアさんは初めてなのだから、静かな場所の方がいいですね。あちらの隅の席に……」
二人が歩き始めた時、ミルノの腕をフォニアが引いた。そのまま別の席の方に引っ張っていく。
「なに?どうしたのですか。フォニア」
フォニアがミルノを引きずって、ジェロームがいるテーブルの前に立つ。
「おや、お嬢さん。フォニアではありませんか。あなたも夕食ですか?」
ジェロームが問うが、フォニアは立ち尽くしたまま、黙っている。
「ごきげんよう。ジェローム様。今晩はソルジャーの集まりですか」
アリシアがあいさつすると、ジェロームがにこやかに笑う。
「別にソルジャーだけの集まりではないですよ。お嬢さんたちもご一緒にいかがですか」
ジェロームが誘うと、フォニアはその隣の椅子にすとんと座った。それにつられてミルノとアリシアも同じテーブルに座る。
「これは急に楽しくなったな。こんな美少女に囲まれて、まるで天国じゃないか。ジェローム」
向かい合って座るユリアンが、ジェロームをからかう。
「ふむ。それは否定できないね。王子軍は美女ぞろいだが、こちらの三人はとびっきりの美少女と言えますからね。さて、みなさん。なにを召し上がりますか」
ジェロームは給仕に合図する。
「フォニアは、なにを食べますか?」
ミルノが尋ねる。
「いらない」
「おいしいものがいっぱいありますよ。この食堂では上手な料理人が腕を振るって、料理を作ってくれるんです。あ、腕を振るうと言っても、腕を振るのではなくて、腕を動かして料理を作ることですから」
「知って、いる。辞書、で、勉強、した」
「お嬢さんはたくさんの知識を持っていますね。でも、知識というものは、実体験によって深められるものです。食事のことですが、食べたいとは思えないかもしれませんが、試しに一口ずつでも口にしてみてはいかがですか。そうすれば、理解が深まるかもしれません」
ジェロームが勧めると、フォニアが素直にうなずいた。アリシアが、フォニアが好みそうな食事を注文する。
「ところでユリアン様。エキドナさんはご一緒じゃないんですか。いつも一緒なのに」
アリシアの問いかけに、ユリアンがワイングラスを揺らしながら答える。
「今晩は、竜人仲間と一緒に過ごしているんだ。また例のゲームをやっているんじゃないかな。あとで、大浴場で合流するんだ」
「本当に仲がいいんですね。わたし、うらやましいです」
「エキドナは、いつ、赤ちゃんを産むのですか?」
ミルノが真剣な顔で聞いてくる。赤ちゃんを産むことは、ミルノにとって特別なことなのだ。
「それは神様の思し召しだからな。俺にもわからないよ」
「神様って、アイギス様のことですか。それなら神殿でお祈りすると、いいです」
「あ、ああ。でも、アイギス様は気まぐれだからなぁ。俺たちの願いをいつも聞き届けてくれるとは限らない。まあ、お祈りはしているよ」
「赤ちゃんは男の子がいいですか。それとも女の子ですか」
「そうだな。どちらかと言えば、エキドナに似た女の子がいいな。ちっちゃい女の子を抱いて、あやしたら、きっと幸せだろうな」
ユリアンがしみじみと言い、ワインを口に含む。その幸せそうな様子に、みんな感心していると、フォニアが口を開いた。
「ちっちゃい、女の子、が、好き。ロリコン」
ユリアンが口からワインを吹き出した。
「フォニア。なにを言うんですか?」
「ロリコン、は、ちっちゃな、女の子、が、好き、な、男。辞書、に、書いて、あった」
「それは、どんな辞書なんですか」
アリシアが尋ねると、フォニアは首を振る。
「貸して、もらった」
「それはきっと、おたくが編纂した辞書なのでしょうね」
冗談なのか本気なのか、ジェロームが説明する。
「おたくって、なんですか」
ミルノが聞くと、それにもジェロームが真顔で答える。
「おたくというものは、すべての物事を、脳内変換してから認識する人のことです。彼らにとって、現実とはかりそめのもので、真実は脳の中にある。ですから、ちっちゃい女の子と言っても、現実の存在である必要はない。そのように、夢見る人のことをおたくと総称します」
「では、おたくの方は、実際の女の子には興味がないということでしょうか」
アリシアの疑問に、ジェロームはうなずく。
「興味があっても、近づくことはしないでしょう」
「それなら、ユリアン様は、おたくではありませんね。わたしは昔、ユリアン様に口説かれたことがありますから」
アリシアの爆弾発言に、まわりのテーブルも騒然となる。
「そ、それは、エキドナと出会う前のことだ。出会ってからは、エキドナ一筋なんだからな」
「そうでしたっけ。あの時は、ベッドに誘われて、どのように断ったらいいか、ずいぶん悩みました」
「いやいや。そんなことは……」
「なかったのですか?」
「いや……」
ユリアンをいじめながら、アリシアが優雅にワインを飲む。
「まあまあ。幸せな新婚男を、そういじめないでください。ユリアンが色男で、これまで様々な女性遍歴を重ねてきたのは否定できませんが、今はもう貞淑な夫なのだから」
「女性、遍歴。たくさん、の、女性、と、セックス、した」
アリシアが含み笑いをすると、ユリアンが泣き言を言った。
「もう、勘弁してください。ジェローム。お前からも言ってくれ」
「そう言われてもな。フォニア。セックスの意味は分かっているのかね」
「もちろん、わかって、いる」
「待って。もうやめて。これは夕食時の会話ではないわ」
アリシアが待ったをかける。
「夕食時、の、会話、で、は、ない。いつ、する、の」
「それはね。夜中にお酒を飲んでするものなの」
「でも、セックス、は、大切。ミルノ、が、言った」
「そうです。アリシア。セックスしなくては、赤ちゃんができないではありませんか」
「そうだけど。そうなんだけどね」
アリシアが首を振った。そこに、ジェロームが助け舟をよこす。
「フォニア。セックスは赤ちゃんをつくるためだけのもの、ではありません。人と人とを深く結び付けるため、のものでもあるのですよ」
「深く、結び、付ける」
「そうです。親しくなることができます」
「ふーん」
フォニアは小首をかしげ、少し考えてから質問する。
「ジェローム、と、ユリアン、は、親しい?」
「まあ、戦友ですから」
「それ、なら、ジェローム、と、ユリアン、は、セックス、した?」
この発言に、食堂全体がどよめいた。
ジェロームは頭を抱え、ユリアンが顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。アリシアがおなかを抱えて笑い、ミルノはポカンとしている。
フォニアはその光景を不思議そうな顔でながめ、さらに続ける。
「ミルノ、と、アリシア、も、仲が、いい。セックス、した」
「違います。違うんです」
アリシアが両手をぶんぶん振って否定する。
「フォニア。女の子同士ではセックスしません。入れる物がないですから」
そのミルノの言葉に、どよめきの波がさらに高まる
「入れる、物。わかった。それなら、男同士、は、入れる、物、が、ある。ん?入れる、穴、が、ない、から、だめ?」
「そうですね。わたしは男ではないので、入れたことがありません。ユリアン。どこに入れるのですか」
「いや、いや。どこと言われてもだな」
「わかった。辞書、に、は、お尻、の……」
「もうやめましょう!」
アリシアが叫んだ。
「あとでわたしが、じっくり話してあげますから、ここではもうやめ。お願いします。これ以上続けたら、わたし、アンナ姉さまに叱られてしまいます」
アリシアの必死の訴えに、フォニアがうなずく。
「わかった。あと、で、じっくり、話して」
もう一度、やじ馬たちがどよめいた。アリシアは真っ赤な顔でうつむき、ジェロームは朗らかな笑い声をあげた。
「なんだか久しぶりに楽しい夜になりましたね。お嬢さん。あなたを歓迎します」
ジェロームの言葉に、フォニアは頬に小さな笑みを浮かべた。
3
フォニアがノックすると、中からジェロームの声がした。フォニアは唇をほころばせながら、部屋に入っていく。
「お嬢さん。おはよう」
「おはよう、ござい、ます」
「昨日はよく眠れましたか。慣れない場所では、寝付かれないものですから」
「エンジェル、は、眠ら、ない」
フォニアはたどたどしく説明する。
「寝た、ふり、を、する、だけ」
「そうでしたか」
ジェロームは顎に手を当てて考える。
「確かに、そうかもしれませんね。本来、エンジェルは食事も必要でないわけですから、睡眠もいらないのでしょう。では、夜はどのように過ごしているのですか」
「ぼんやり、して、いる。天上、の、世界、を、夢見て、いる」
「天上の世界とは、どのような場所なのですか。とても興味があります」
その問いに、フォニアは沈黙した。ジェロームを見下ろす視線を動かさず、ただ、赤い瞳だけが小刻みに揺れている。ジェロームは危険の匂いを感じ取ったが、そのまま待ち続けた。
「言葉、に、できない。教えて、あげられ、ない」
「無理なお願いをしてしまったようですね。苦しませて、すみませんでした」
「教えて、あげたい。でも、わたし、は、堕天使、だから」
ジェロームはフォニアの手を握った。
「あなたが何者であっても、わたしはあなたに好意を感じています」
「それなら、セックス、する」
「いいえ。もっとお互いのことを知り合ってから、考えましょう。それで、今朝は何の御用ですか」
「アポカリプス、を、持って、きた」
「ああ。それなのですね。触らせてもらって、いいですか」
フォニアが持ってきた、ラッパのような形の武器を、ジェロームは両手で受け取り、しげしげと眺める。
「わたしが武器に興味があると思って、持ってきてくれたのですね。それにしても、美しい楽器のようです」
説明を聞いていなければ、武器とは思えなかっただろう。暗い紫色で彩色されたアポカリプスは、持ち手の引き金を見なければ、楽器にしか見えない。しかし、これがすごい破壊力を秘めていることは、ジェロームには容易に感じられた。
「ジェローム。見たい」
「ああ。この威力を見せてくださるのですね。それでは、馬場に行きましょう。あそこなら、爆裂を使っても、大丈夫ですから」
初夏の太陽が東の空に浮かんでいた。日差しは眩しいが、まだ暑くはない。馬場では軍馬を放ち、思い思い憩わせている。馬場のはずれに広い空き地があった。ここは、日常の鍛錬の場として使われている。王子軍の爆裂魔法や、砲術などの訓練をする場所でもあるので、大きな音をさせても問題ない。
「本来なら、馬は臆病な生き物ですから、大きな音をさせてはいけないのですが、軍馬は戦場で怖がっていては使えないので、慣れさせているのですよ」
頑丈なソルジャー用の盾を持ったジェロームが、フォニアに説明する。彼がまずやったのは、広い空き地に、的を立てることだった。棒に板を張り付け、板に赤い円を描いただけの的を、距離を測りながら何本も立てていく。
「威力も大切ですが、飛距離も同じように大切です。どれくらいの範囲を攻撃できるかで、戦術が変わってきますから」
ジェロームは用兵の専門家として、事細かに説明する。フォニアは分かっているのか、黙って的立てを手伝う。
「それでは、お願いします」
ジェロームとフォニアは最初の場所に戻り、空き地に立てられた的を見渡す。的は、ほぼ四十メートルの距離ごとに立てられている。つまり最初の的は四十メートル先にある。
「わかった」
フォニアは右手に持ったアポカリプスを無造作に構え、引き金を引く。
ジェロームは、空気が弾ける小さな音を聞いた。次の瞬間、的が四散した。まさに粉々になって、跡形もない。
「ほう」
ジェロームは賛嘆の声をあげる。
フォニアは表情も変えず、立て続けにアポカリプスを撃つ。
八十メートル先の的。百二十メートル先の的。と、次々と粉々になっていく。二百四十メートル先の的を粉砕し、その次に向けて撃つが、この的には何も起こらない。
「射程。二百四十メートル。なかなかですね」
盾を地面に突き刺し、仁王立ちで見守るジェロームが冷静な感想を述べた。
「もう、やめる?」
「いいえ。もう一度、お願いできますか」
そう言ったジェロームは、盾を持って空き地に向かう。百メートルほど離れた地点で立ち止まり、振り向く。そして、真剣な表情になり、盾を構える。
「それでは、わたしを攻撃してください。あなたの武器の威力を、この身で感じたいのです」
「だめ」
フォニアは反射的にアポカリプスを持つ手を下ろす。
「ジェローム。死ぬ」
「いいえ。わたしをなめないでください。あなたの武器の威力は、理解しました。けれど、わたしにも鉄壁の防御力があります。どうぞ、全力で撃ってきてください。この盾を貫くつもりで」
「でも……」
ためらうフォニアを睨み付け、全身に力を込めたジェロームが立ちはだかる。フォニアはアポカリプスをゆっくりと構えた。
先ほどと違って、腕が小刻みに震えている。眉を顰め、頬を緊張させてフォニアは狙いを定める。そして、撃った。
頑丈な盾が砕け散った。ジェロームの体が一瞬浮かび上がり、二歩後退して、そこで踏みとどまる。顔には凄惨な笑みが浮かび、全身に震えが走る。
「素晴らしい」
ジェロームが叫んだ。そして、駆けだす。フォニアに向かって一直線に駆け寄り、その手を取った。
「素晴らしい威力だ。あなたはわが軍の、有力な戦力となってくれるだろう」
その表情には、新たな仲間であるフォニアへの、親密さが浮かんでいた。
フォニアの攻撃に耐えたとはいえ、ジェロームはぼろぼろになっていた。服だけではなく、顔も髪も埃だらけになり、疲労も深い。その様子に驚いたフォニアは、戸惑い、うろたえる。
そして、ジェロームを引っ張って、大浴場に連れて行った。
大浴場は混浴だ。王子軍の規律は高く、男女が一緒に入浴しても、問題は起こらない。裸を恥ずかしがる文化も、あまりない。
昨夜、フォニアはミルノたちに連れられて、大浴場を利用した。夕食後はいつも込み合い、裸になって談笑する姿が見られた。初めての入浴に、最初は戸惑ったフォニアも、温かな湯につかることが、ずいぶん気にいったようだった。
「汚れて、しまった。ごめん、なさい」
朝の大浴場には、二人以外に入浴する者はいない。浴槽の脇に座り込み、体を洗うジェロームを、手伝おうとするフォニア。けれど、膝立ちになり、スポンジを持ったまま、動けないでいた。
フォニアの体はまだ少女のものだ。肉付きの薄い、華奢な肢体。胸のふくらみは低く、乳首は小さい。細い腰。お尻は小さく、アンダーヘアはなく、割れ目がくっきりと覗いている。
「一人でやれる。心配ない」
「でも。やらせて」
「では、背中をこすってくれ」
「こう?」
「ああ。いい気持だ」
ジェロームの大きな背中にすがりつくように恰好で、ほっそりしたフォニアが腕を動かす。丁寧にこすり上げていくと、毛深い背中が白く泡立っていく。
「背中。おっきい」
「男を見るのは初めてなのですね」
フォニアはうなずく。
「人間、は、殺す、対象、だった。男、も、女、も、同じ」
「でも今は、一人一人の人間を、認めてくれるようになったのでしょう。それが嬉しいです」
フォニアは黙って腕を動かし続け、肩から腕へと洗っていく。
「もういいですよ」
「髪、を、洗う」
ジェロームはフォニアの言葉に従った。おとなしく頭を下げると、フォニアがお湯をかける。そして、前にまわって石鹸を泡立て、頭をこすり始めた。
初夏とはいえ、朝なのでまだすずしい。裸のまま、お湯の外にいると、体が冷えてくる。それでも、凍えるほどではなく、これから入るお湯の、温もりへの期待が募るくらいだった。
頭を下げているジェロームが、目を開ければ、そこにはほっそりした太ももと、細くくっきりとした割れ目が飛び込んでくる。フォニアが身じろぎするたびに、割れ目がよじれ、時に奥まで覗ける。ぽつんとした突起は、クリトリスだろうか。その様子は、可愛らしく、艶めかしい。
「髪を、洗う、の、はじめて」
「上手ですよ。すぐにもっと、上手になれます」
「ジェローム。髪、長い」
「そうですね。でもお嬢さんの方が、ずっと長いですから」
「ん。短い、が、好き」
「わたしがですか。いいえ。長い髪も短い髪も、どちらも好きですよ。お嬢さんのプラチナブロンドの髪は、光り輝く滝のように見えます」
ジェロームの視線の中に、フォニアの髪も見えた。濡れた髪は浴室の床に、渦巻くように流れ落ちている。それは美しく、妖しく、エロティックだった。
ジェロームの髪を洗い終え、二人は浴槽につかる。温かな湯が、心地よい。
浴槽の縁に背を持たれ掛けさせ、ジェロームは目を閉じる。フォニアの攻撃の衝撃の大きさは、予想以上のものだった。だが、それをフォニアに悟らせることはしない。
「気持ちいいですか」
「うん」
「それはよかった」
「ジェローム」
「はい」
「体、に、傷、いっぱい」
「そうですねぇ。ずいぶん長く、戦っていましたから。今もまだ、続いていますが」
「長い?」
「ええ。二十数年。ただ、戦いが激しくなったのは、魔物が出現してからです。あれから、何年たったでしょう」
ジェロームが目を開き、浴場の窓の向こうの、青空を眺める。
「時間」
「長い時間です。少なくとも、わたしにとっては。エンジェルのあなたには、わかりづらいでしょうね」
「ん」
ジェロームに寄り添うようにして、分厚い胸に頭を預けるフォニアは、同じように窓の外を見る。初夏の空がまばゆくひかり、浴場の薄暗さを際立たせる。
「あなたは、赤子の心に、大人びた知識をつめこみ、どのように生きていけばいいか、困っているように思えます」
「二十、年、たったら、わかる」
「さあ。わたしは四十年ほど生きていますが、なにが分かっているのか。ただ、今何をやるべきかだけは、分かるようになりました。もっとも、わかっていても、間違った選択をすることがありますが」
「間違う」
「人間は、間違うものです。エンジェルのあなたは、どうなのでしょうね」
「間違う。間違わない。わからない」
「なるほど、ね」
自分の胸にもたれさせるその頭は小さく、肩は頼りないほど細い。ジェロームは腕をまわしてその肩を抱いた。お湯から出ていて、冷えていた肌の感触が、小さな胸の痛みをもたらす。
「ジェローム。は、今、なに、を、やる、べき」
「今はですね。あなたとゆっくりお湯につかり、体の痛みを癒すこと、でしょうか」
「やっぱり、痛、かった」
「あっ。言ってしまいました。でも、あなたのせいではないですよ」
「ん」
肩を抱かれたフォニアは、顔を鎖骨の下に押し当て、体の位置を変えて、薄いおっぱいを押し付ける。その感触は頼りなく、心地よく、男心をくすぐる。だが、それによってジェロームの気持ちは、揺さぶられない。まるで、可愛い愛玩動物を愛でるように、フォニアの髪をなでる。
「お嬢さん。あなたの可愛さは、どんどん増してくるようです。まだ、出会って二日目なのに。末恐ろしいです」
「可愛い。だめ?」
「ダメなんかじゃありません。でも、だめかもしれない。人間は矛盾した生き物ですから」
「エンジェル、は、違う?」
「どうでしょうか。もっとあなたを知れば、わかるかもしれない。それでいいですか」
「いい。ジェローム、と、一緒、に、いる」
フォニアは両腕をまわして抱き着いてくる。ジェロームは目を閉じ、体の力を抜いた。
4
その日の夜、兵器庫にいたジェロームは、訪問者を迎える。
「お嬢さん。どうしました。こんな夜更けに」
入口に立ち尽くすフォニアに、ジェロームは微笑みかける。フォニアは赤い瞳をジェロームに向け、口ごもる。ジェロームは何かを予感して、部屋に招き入れ、自分の椅子に座らせる。
今夜の夕食もジェロームとフォニアは一緒だった。それからジェロームは兵器庫に戻り、フォニアはミルノと部屋に帰った。
「アリシア、が、きた。王子、が、よんでいる」
ジェロームの顔がこわばる。この時間の王子の招きは、ベッドを共にすることに他ならない。
「はい」
フォニアはジェロームを上目遣いに見る。
「王子、は、知らない。わたし、は、親しく、ならない」
「そうでしたか。王子とはまだ会ったことがないのですね。王子は女性の将官が、王城に来ると、部屋に招きます」
「ミルノ、は、言った。王子、は、セックス、する。わたし、と」
「おそらく、そうでしょう。王子はそういう人なのです」
「わたし、は、セックス、したく、ない」
フォニアの言葉にジェロームは大きくうなずいた。
「セックスは本人の意思で行うものです。嫌なことを強制することは、誰にもできません。だから、お嬢さんが嫌ならば、断ればいいのです」
「本当?」
「本当ですよ。王子は、嫌がる女の子とセックスすることはしません。わたしが保証します」
「わかった」
「アリシアが使いできたのなら、彼女に伝えてください。自分は王子とセックスしたくないと」
「うん」
「もしも、あなたが話したくないのなら、わたしが話しましょうか」
「いい。自分、で、できる」
ジェロームはにっこり笑った。
「では、行ってきなさい。早いほど、相手への礼儀を守ることになりますから」
フォニアはうなずき、立ち上がって部屋から出ていった。
その夜、ジェロームは兵器庫にずっといた。フォニアが戻ってくるのではないかと感じていたからだ。いくらかの不安を感じてもいた。断りを入れたら、ここに戻ってくるようにと言っておかなかったことを後悔していた。
結局、ジェロームは兵器庫で夜を明かした。少し居眠りをしただけで、腫れぼったい目で、白み始めた空を眺めていた。
ジェロームは意を決し、ミルノの部屋を訪れた。ノックをするとミルノはすぐに出てきた。
「フォニアは、帰ってきてません。王子の部屋に行ったままです」
ジェロームの胸がうずいた。
「アリシアにも会っていないのですね」
「昨日の夜に、フォニアを呼びに来ただけです。あの。どうかしましたか」
「いいえ。朝早くにすみませんでした」
「いえ。わたしは、寝ませんから。フォニア。王子とセックスして、うらやましいです」
ジェロームは心の動揺を押し隠し、頭を下げた。そして、考えがまとまらぬまま、王城を出る。もしかしたら、という場所があった。
馬場の片隅に、フォニアがいた。まだ太陽は昇っていない。それでも薄明りの中で、フォニアを見つけるのは容易だった。長いプラチナブロンド髪は、遠くからでもぼんやり光って見えるのだ。
「寒くはないですか。お嬢さん」
ジェロームが声を掛けても、フォニアは振り向かない。膝を抱えたまま、明るくなっていく東の空を眺めている。
ジェロームはフォニアの横に座った。
「アリシア、に、話した。困った、顔、に、なった。王子、に、会った。王子、は、わたし、の、話し、聞いて、くれた。王子、は、仲良く、なりたい。親しく、なりたい、と、言った。わたし、セックス、した」
そう言って、フォニアはジェロームを見る。ジェロームは黙ったままだ。
「ジェローム。怒って、いる?」
「いいえ」
しかし、その語気には、いくらかの怒りが混じっていた。そして、ジェロームはため息をつく。
「怒ってなんか、いません。王子はいい人です。そしてあなたは、間違ったことをしたのではない。ただ、わたしがおかしな欲を持ってしまったから」
「欲?ジェローム。前、に、わたし、に、欲、が、ない、と、言った。欲、は、良く、ない?」
ジェロームは頭を振った。
「フォニア。これから遠乗りをしませんか?わたしの自慢の馬にあなたを乗せてあげたいんです」
「遠乗り。馬、に、乗って、遠く、に、出かける。行きたい」
元気がなかったフォニアの目に、光が宿る。立ち上がったジェロームが手をのばすと、フォニアはその手につかまった。
「では、出かけましょう」
栗毛の駿馬にまたがる、ジェロームとフォニア。フォニアは後ろ鞍にのり、両手でジェロームの腰をしっかりつかんでいる。頬と胸を広い背中に押し付け、長い髪をなびかせて、心地よい振動に身を任せる。
会話はない。けれど、二人の間には、言葉ではないコミュニケーションがあった。たとえば、ジェロームの手綱さばき。愛馬を早く駆けさせながら、フォニアが辛くないように気配りする。フォニアはまわした腕に力を込めたり、緩めたり。頬をこすりつけたり、額を当てたり、鼻先を押し付けたりして、好意を伝えようとしつづける。
原野を走っているうちに、ジェロームの屈託がほぐれてきた。フォニアはなにも悪くないのだ。悪いとしたら、それは自分が躊躇ったからなのだ、と。
「お嬢さん。気分はいかがですか」
「いい。風、が、冷たい」
「ああ。夏は朝駆けが一番だ。誰もいない野原を駆けるのは、最高に気持ちがいい」
「最高」
フォニアが笑った。ジェロームが初めて聞く笑い声だった。ジェロームは振り向いて、フォニアと顔を合わせる。すると、フォニアは背伸びをして、ジェロームの唇にキスをした。
「キス。仲良し」
「そうだ」
高揚したジェロームもキスのお返しをする。片手で手綱を操りながら、もう一方の手でフォニアを抱き寄せ、熱いキスを交わす。
フォニアの表情が変化していく。頬が紅潮していくと同時に、柔らかな微笑みが顔いっぱいに広がっていく。赤い瞳が輝き始めた。眼差しに力がこもり、頬に緊張が走る。
フォニアの背中に折りたたまれていた翼が、一気に開く。
濡れ羽色の翼は、人の背丈の二倍の広さがある。それが開かれると、風の抵抗で、フォニアの体が後ろに引っ張られた。フォニアは腕に力を込め、ジェロームにしがみついた。
「ジェローム。飛ぼう」
フォニアの叫び声に、ジェロームは瞬時に決断する。
「よし。飛ぼう」
ジェロームは手綱を離し、フォニアに身を任せる。自分の半分ほどの体重しかないフォニアが、支え切れるかという疑問があったが、信頼の方が勝ったのだ。
フォニアは翼に力を込め、ジェロームを抱えながら一気に飛び立つ。漆黒の翼が風を受けて大きく広がり、二人の体を大空へ持ち上げていく。
二人を乗せていた駿馬が、眼下に遠ざかっていく。
「おーい。アンダンテ。先に王城に帰っていてくれ。わたしは彼女とデートしてくるからな」
ジェロームが愛馬に呼びかけ、頭を巡らして、フォニアに笑いかける。フォニアはジェロームの体に巻き付けた腕に力を込め、懸命に支えていて、笑顔を返すどころではない。その様子に、ジェロームの笑みが硬直する。
「お嬢さん。辛かったら、このあたりで降りましょうか」
「いい。大丈夫」
本当だろうか、と思わずにいられなかったが、ジェロームは声を励ます。
「よし。それなら、右手に向かってくれ。あの森の方に」
右手には広大な森が連なり、左手には田園が広がる。落下しても被害が少なさそうな森を、ジェロームは選んだ。
フォニアは翼を傾けて、右旋回する。体が斜めに傾き、ぐらついたのでジェロームは思わず小さな悲鳴を上げる。
「ジェローム。怖い」
「そりゃ、そうです。空を飛んだのは、生まれて初めてなんですから」
「飛ぶ、の、気持ち、いい」
「足が地面になくて、落ち着かないです。飛んでいると言うより、持ち上げられているって、感じですね。あと、風の音がすごい」
「空、の、上、風、の、音、だけ」
「大空を、支配している気分になります」
二人は、緑深い森の上空を飛び続ける。梢から飛び立った、トンビがまっすぐ上昇してきて、二人のすぐ横を飛び去って行った。
「遠乗りもいいが、これもいい。お嬢さん。ありがとうございます」
「ジェローム」
フォニアの声から力が抜けていく。
「体、から、力、が、抜け、て……」
翼の揚力が落ち、急降下し始める。森がぐんぐん近づいてくる。ジェロームは状況を冷静に判断する。エンジェルの弱点は、行動が持続しないことだ。戦場での戦闘でもそうだし、普段の生活でもよくある。普通にしゃべっていたのに、急にぼんやりしてしまうことは、ままあった。
ジェロームは体勢を変える。フォニアの腕の力は弱まり、ジェローム体を支えきれないのは明白だった。
ジェロームはフォニアと向かい合って、彼女を抱きしめる。このまま森の梢に落下すれば、大けがをしなくて済むはずだ。
「ごめん、なさい」
「ちっとも」
ジェロームの気力は充実し、満面の笑みを浮かべてフォニアを励ます。そして、二人は森に落ちていった。
二人が落ちたのは、森の中の池の中だった。フォニアが最後に力を振り絞り、池にたどり着いたのだ。
池の深さは、ジェロームの足が届くほどだ。ずぶ濡れになったジェロームは、気を失ったフォニアを抱きかかえて、岸辺に上がる。
彼が最初にやってことは、濡れた服を脱ぎ、それを地面に敷いてフォニアを横たえることだ。二人とも怪我はない。時間がたてば、フォニアは意識を取り戻すはずだ。
ジェロームは森に入り、たき火の支度をする。火切りを持っていなくても、枯れ枝を集めさえすれば、火を熾すことは容易だ。彼は手早く火を熾し、大きく燃え上がらせる。
それからフォニアの服を脱がした。大空ではいっぱいに広げられていた翼は小さくなっていて、邪魔にはならない。ミニワンピースを脱がし、ビキニショーツを下ろす。その時、股間に粘性の液がついていることに気づいた。ジェロームはそっと目をそらし、股間をぬぐい、ショーツを池で洗う。
初夏の陽光が、森に囲まれた池にも差し込んできた。水面がきらめき、気温がぐんぐん上がってくる。焚火の上に伸びた枝に服をかけ、乾かす。生まれたままの姿になったフォニアの肌が冷えないように、大きな掌で撫でさする。
長いまつ毛が、撫子の花のように揺れ、目が開かれた。
赤い瞳が、まっすぐジェロームに向けられる。
「楽しい飛行でしたね。こんなに楽しかったのは、久しぶりです。フォニア。ありがとう」
ジェロームは優しい笑顔をむけるが、フォニアはまだ返事ができない。ジェロームは右手で頬に触れ、顔を近づけて唇を押し付ける。長いキス。フォニアの息が熱くなるころ、舌を差し入れる。初めての経験にフォニアは戸惑うが、懸命に自分の舌を伸ばして、絡める。
陽ざしが二人の体に降り注ぐ。もう裸でも寒さは感じない。ジェロームはフォニアの上に覆いかぶさり、体を密着させる。
「二人で遠乗りをして、空を飛ぶ。そして、森の中で抱き合う。今日のことは、一生忘れないでしょう。あなたに会えてよかった」
「ジェローム。好き」
「わたしもあなたが大好きです。セックスしていいですか」
「うん。して」
フォニアは腕を絡ませて、強く抱き着いた。
深い森に囲まれているとはいえ、屋外でのセックスはジェロームを戸惑わせた。裸で抱き合い、ペニスをそそり立て、ヴァギナを濡らせていても、猥雑さはどこにも感じられない。まるで健全なスポーツをしているかのような感覚が、そこにはあった。
しかし、それがフォニアとのセックスにはふさわしいのかもしれないと、ジェロームは納得する。これは性の情動に突き動かされた行為ではなく、親愛の情を深めるためのものだからだ。
ジェロームはフォニアに、素晴らしい体験をさせてあげたいと思う。
青い空。静かな池。深い森。人の手が入っていない、開け放たれたこの場所に、遮るものはなにもない。この空間で、セックスすることは、普段やっているものとは違う。それは原始から行われてきた、聖なる行為なのだ。だからこそ、素敵なセックスが出来るはずだ。
ジェロームの服の上に、横たわるフォニア。白い肌にはしみ一つなく、すべやかで柔らかい。プラチナブロンドの髪が、細い肢体に絡みつき、艶めかしくうねる。ジェロームは右膝をフォニアの両足の間に入れ、ゆっくりと体を倒していく。細い腰に腕を回し、抱きしめながら唇を合わせる。フォニアも腕を首に回し、体を密着させる。
フォニアには体臭がない。汗をかかないから当然だ。そのことが、フォニアとのセックスをためらう要因にもなっていた。相手の反応があってこその、コミュニケーションなのだから。
「フォニア。あなたの肌はすべすべしています」
「フォニア。絹のような髪が、指から滑り落ちていきます」
「フォニア。ずいぶん濡れてきました」
ジェロームはフォニアに絶えず話しかける。そうすればフォニアは必ず応えてくれるからだ。与えることと与えられることを繰り返して、両者の絆は深まり、ジェロームは心理的障害を乗り越えていった。
たっぷりとキスを楽しむと、次は体の隅々までなめ始める。すべてが小さく華奢で、愛らしい。
「かわいい」
と、なんど言っただろう。四十歳のジェロームにとって、フォニアのすべてがかわいらしかった。そして、最後にヴァギナに吸い付き、フォニアの準備ができていることを確認する。
けれど、ジェロームは急がなかった。挿入が目的ではない。互いを愛し合いたいからセックスするのだ。
ジェロームはフォニアの体を起こし、向かい合って座る。フォニアの両足はジェロームの膝の上で大きく広げられ、小さな乳房が分厚い胸に押し付けられる。小さな頭を振ると、長い髪が揺れて、ジェロームの体をくすぐる。二人とも両手が空いたので、自由に相手を触れる。ジェロームだけでなく、フォニアも相手の体の隅々まで触っていく。それが楽しい。
「これ、が、ジェローム、の、ペニス」
大きく、太く、熱いペニスを握りしめ、フォニアがつぶやく。そのお返しに、ジェロームは、ヴァギナに指を入れて動かす。
「気持ち、いい」
「わたしも、気持ちいいですよ」
フォニアの顔がとろんとしてきた。エンジェルがどれほど性感を得られるのか、一抹の不安を感じていたジェロームは、その様子に勇気を得て、次の行動に移る。
「入れる、の」
体を持ち上げられたフォニアが尋ねる。
「はい。セックスしましょう」
「うれしい」
フォニアの軽いからだを持ち上げ、ヴァギナにペニスをあてがう。フォニアの右手を誘導して、ペニスを支えさせ、固定する。そして、ゆっくり体を落としていく。
濡れてはいたが、とてもスムーズとは言えなかった。亀頭部分が入っただけで、奥は固く閉じている。
「フォニア。あなたが動いてください。痛くないように」
「ジェローム、は、入れ、たい、の」
「はい。あなたと一つになりたい」
「なら、がんばる」
フォニアが自分から腰を落としていく。固く閉じた膣に、ペニスを押し込んでいくと、メリッと音が聞こえそうだった。フォニアの顔がゆがみ、歯を食いしばって、頭を振る。可哀そうでありながら、愛らしく、そして、加虐心をくすぐる光景だった。
ジェロームのペニスも、締め付けられて痛かったが、フォニアはその数倍の痛みを感じているのだ。二度目でこれならば、初めてはどれほどだったのだろう。ジェロームの脳裏を、一瞬そんな思いが駆け巡る。
「王子、は、ここ、で、射精、した」
ジェロームの心を読んだかのように、フォニアが言う。そして、ペニスをもっと深く迎え入れようとする。フォニアは腰をローリングさせ始めた。小さなお尻が揺れ動き、ペニスを呑みこもうとする様は、エロティックで、煽情的だ。フォニアは誠実に、そして真剣に、ペニスを膣の中に迎え入れていく。
ジェロームはクリトリスを指でこすり、乳首をつまんでこねくりまわし、フォニアの顔にキスの雨を降らしてそれを応援する。フォニアの痛みの分だけ、愛おしさが募り、愛情が深まっていく。
ついに、膣の一番奥にまでペニスが挿入された。それでもなお、ジェロームのペニスの三分の一は、外に出ていた。それほどまでに、フォニアの肉体は未成熟だったのだ。
「ありがとうございます。あなたの膣は、狭くてきつくて、気持ちがいい。わたしは、幸せです」
「ぜんぶ、入ら、ない。ごめん、なさい」
感極まったジェロームは、フォニアを壊れそうなほどきつく抱きしめ、口を吸う。フォニアもそれに応えようとした。
しばらく、動けなかった。それでも時間がたつと、フォニアの膣に余裕が生まれてきた。ジェロームはゆっくり動かしていく。腰をまわして回転運動させ、軽いからだを跳ね上げるようにして、上下動させる。指でクリトリスを刺激し、耳や首筋や、おっぱいをなめたり、くすぐったり。それはそれは、楽しい時間だった。
こわばっていたフォニアの顔が緩み始め、やがて、目がうるみ、眼差しがぼんやりしてくる。顔だけでなく、全身が紅潮し、少女に似合わない色気が醸し出される。
十分に熟れたと見たジェロームは、大きく動き始める。フォニアの体を高く跳ね上げ、大きくローリングさせる。もう、痛がらなかった。
「素敵です。素晴らしいセックスですよ」
汗をかかないはずのエンジェルが、いつの間にか、汗ばんでいた。ただ、匂いはほとんどしない。それが、フォニアの個性なのだと、ジェロームは納得する。そして、狭い膣に締め付けられたペニスが、急激に高まっていく。
射精欲求は、押しとどめることができない。そして、押しとどめるつもりもない。何度でも、愛し続ける覚悟があった。
「フォニア。わたしのお嬢さん。行きます」
「ジェローム。ジェローム」
揺さぶられながら、うわごとのように名前を呼び続けるフォニア。荒い息を吐き、時折小さなよがり声をあげ、男の体に爪を立てて耐え続ける。
ジェロームの動きが、突然激しくなった。もう相手の様子など気にも留めず、ただ射精へと突っ走っていく。フォニアの体が跳ね、髪が乱れ、声が上がる。
そして、長い射精が始まった。なんども、なんども、未成熟な膣の中へ、大量の精液が流れ込み、あふれ出る。ジェロームは強い快感に襲われ、フォニアは喜びの声を上げる。
それは、静かな森で繰り広げられる、愛の行為だった。
ジェロームは一度では満足できなかった。そして、フォニアはジェロームの欲望を、すべて受け入れた。
四つん這いになったフォニアの後ろから、ジェロームはペニスを挿入していく。一度入ったものの、今度もきつかった。小さなお尻に指を添え、左右に開き、膣への挿入を容易にさせる。それでも、奥まで入れるのには、時間がかかった。
「可愛いお尻です。丸くて、ちっちゃくて、柔らかくて。桃みたいで、かぶりつきたい」
「桃。おいしい?」
「甘くておいしいですよ。今晩、食堂で食べましょう」
「うん」
「フォニアの体は、どこもかしこも、可愛くて、おいしい。ずっと食べていたい」
「いい、よ。ずっと、食べて」
いじらしい言葉に、ペニスが反応する。さらに太くなり、熱を帯びていく。
膣の奥にまで挿入してから、ジェロームは動き始める。両手をお尻から背中に添わせ、頼りないほど小さな肩を抱く。細い首筋も、小さな耳も、頭も、流れる髪も、触りたいものばかりが視界にあった。腰を送ってペニスを動かしながら、ジェロームは愛する少女の体に触れ続ける。上体をかがめておっぱいを揉んだり、お腹にまわしてクリトリスを触ったり。フォニアの左腕を持ち上げ、体をねじらせ、顔を近づけてキスをする。フォニアは喜んでキスに応じた。その姿勢で、動きを速めていく。
狭い膣が、きゅんとペニスを締めつけてくる。その抵抗を打ち破るように、腰に力を込める。すると、さらに強い刺激がペニスに与えられる。
嬉しくて、楽しくて、気持ちいい。ジェロームはすぐに射精するのがもったいなくて、その体位のまま、いろんなことをして楽しんだ。そして、最後はフォニアのお尻を抱えて、激しくペニスを抜き差しし、射精する。フォニアは耐えきれずに腕を折り、地面に顔を押し付けて、喜びの声を上げる。その声は、森の鳥たちを驚かせ、一斉に飛び出たせるほどだった。
フォニアがジェロームの上にまたがり、体をくねらせていた。フォニアは思う存分、大好きな男の体をまさぐり、なめ、キスしていく。長い髪が乱れに乱れ、ジェロームをくすぐる。
ジェロームはフォニアの肢体を存分に目で楽しみ、膣の感触をじっくりと味わっている。フォニアの膣は、ジェロームのペニスにすっかりなじんできたようだ。
「ジェローム」
「はい」
「ずっと、セックス、する」
「残念ですが、それは無理です。エンジェルはできるかもしれませんが、人間は休息をとらねばなりません。わたしはお腹が空いてきました」
「それ、なら、わたし、を、食べる」
「はは。それでは愛するフォニアがなくなってしまう。それは嫌です」
「うーん」
「わたしはフォニアと一緒にご飯が食べたいです。だめですか」
「いい。わたし、も、食べる。ジェローム、と、いっしょ、が、いい」
「そうですね。では、もう一度セックスしたら、帰り支度を始めましょう」
すると、フォニアが悲しげな顔になった。
「大丈夫ですよ。夜になったらまたセックスが出来ます。今度はわたしの部屋でしましょう」
「部屋。武器庫」
「武器庫の方がいいですか。あそこはまあ、公的な場所で、そんなことはしてはいけないんですが。でも、剣や槍に囲まれながら、セックスするのも、いいかもしれませんね。ただし、フォニア。あまり大きな声を上げてはいけませんよ。何事が起きたかと、衛兵が駆けつけてきたら困りますから」
「なぜ、困る」
「だって、フォニアの可愛い姿を他の人に見られてしまうではありませんか。わたしはフォニアをわたしひとりのものにしたいのです。だめですか?」
「なら、ジェローム、は、わたし、の、もの」
「はい」
そう言ったジェロームは体を動かし始めた。フォニアの性感帯を刺激し、二人で高みに上っていく感覚は、なにものにも代えがたいものだった。
フォニアは懸命についてくる。そしていつか、二人は並んで歩き出せるだろう。たとえ、人間とエンジェルであったとしても、それは可能なはずだ。ジェロームはあくまでも楽観的で、未来を喜びに満ちたものとして思い描く才能を持っていた。
もしも、悲劇的な結末が待っていたとしても、今日のこの輝きが消えることはない。だからこそ、明日を夢見て歩いていけるのだ。
フォニアを抱きしめ、セックスの喜びを全身に感じながら、ジェロームはそう確信していた。
終わり
一カ月ほど間が空いてしまいました。他に二つの作品を書いていましたが、うまく書けなくて、まだ発表できません。あとから書き始めたこの作品が、なぜか調子よく書けたので、先に投稿します。
このシリーズは、基本的に自分が持っているユニットを登場人物にしています。フォニアとジェロームは、共に最近入手したユニットなので、それほど思い入れはありませんでした。ところが、書いているうちに、キャラクターにのめり込んでしまい、自分でも気に入った結末を迎えることができました。二人が幸せになれたことが、とてもよかったと思います。
このシリーズは、セックスシーンはありますが、基本的に純愛を描いていきたいと思っています。このような作品を気に入ってもらえたら、幸いです。
それでは、また、次の作品で会いましょう。