ウェンディのともだち
東寺明
1
薄い壁の向こうから、鉄を叩く甲高い音が聞こえてくる。力強くリズミカルなその響きは、いつもウェンディを励ましてくれる。胸が暖かくなり、ごく自然に、微笑みが浮かんでくるのだ。
ウェンディの右手にはスパナ。左手で歯車を組み合わせたギアを押さえつけ、ナットを締め付ける。慎重に。けれど、手際よく、仕事を進める。
ウェンディの指は油にまみれて黒ずんでいるし、額の汗を腕で拭うと、顔がよごれる。かがみ続ければ、腰も背筋も痛くなる。鉄板は重いし、切断面がナイフのように尖っていることもある。危険がいっぱいで、ちっとも楽じゃない。だが、それだからこそ面白い。それが、機甲兵づくりだ。
機甲兵。くぐつとも、ロボットともいう。人の手が作り出す、戦闘機械だ。最強の機甲兵ともなれば、不死身の戦士として、最前線で押し寄せる大軍を蹴散らすことができる。今ウェンディが修理しているものは、王子軍最強の機甲兵だった。そして、ウェンディの戦友であり、相棒であり、弟分でもあった。ウェンディはいつも機甲兵と一緒にいて、いつまでも一緒にいるのだと思っていた。それが、一番の幸せなのだと信じていた。
ここは、王城の一番奥にある、広い空き地にある古びた倉庫だ。正確に言えば、ここは王城の外になる。城壁の裏門のすぐ外側にあり、門をくぐれば、そのまま王城の中庭に入ることができるので、不便はない。倉庫の隣に、煉瓦造りの鍛冶場がある。王国の武器や農具を製造するための鍛冶工房であり、大量の火を使うために、王城の外に作られているのだ。
この倉庫は、もともと練炭や薪を蓄えておく場所だったが、今はウェンディの機甲兵の整備場所になっている。そして、ウェンディのねぐらにもなっている。ウェンディは王城での暮らしより、相棒である機甲兵と過ごす方が好きだった。
先日の戦闘で傷んだ機甲兵の修理は、ウェンディ一人で続けられていた。もともと、この機甲兵は、ウェンディがほとんど一人で造り上げたものなのだ。まだ、二十歳にもならない若さで、これほどの技術力を持った少女は、王子軍の中でも特異な存在だった。
壁の向こうから聞こえていた鉄を叩く音が途切れた。隣の鍛冶場には、溶鉱炉の火が一日中燃えている。鋳鉄も作るし、鍛鉄もつくる。鋼で剣も作る。そして、今はウェンディの機甲兵のボディを、鍛え上げてくれているのだ。
今回の修理は、さらに強力になるための改良をすすめている。魔物の投げ槍を弾き飛ばすだけでなく、魔法の雷をも無力化する装甲を取り付ける予定なのだ。完成したら、強力な機甲兵は、さらに強大な力を持つのだ。それを思うだけで、ウェンディの頬がほころび、知らぬ間に口笛を吹いている。
その時、扉がノックされた。倉庫の入り口の扉は、木でできた簡素なものだ。
「だれ」
ウェンディが大きな声で返事する。すると、扉がきしみながら開いた。
おずおずと顔をのぞかせたのは、ブロンドの髪のエルフだった。
「あのー」
思いがけない客に、ウェンディはいぶかし気な顔になり、汚れた手を作業服でこすりながら、近づいていく。
倉庫の中は薄暗く、扉から漏れ入る光が眩しい。その光を後ろから浴びた少女の髪が、黄金の糸のように輝く。ウェンディがその眩しさに目を細めた。
少女が中に入ってきた。エルフは美女が多いので有名だが、この少女の美しさは、この世のものならぬほどだった。まだ十代だろう。愛らしさと可憐さが混然となり、夢を見るようなまなざしが、天上の美を地上に現出させている。ウェンディは口をぽかんと開け、立ち尽くした。
少女は身の丈ほどある長弓を持ち、狩りの装束を身に着けている。ただし、その装束は胸と肩をおおうだけの短い上着と、ショートパンツだけで、いかに初夏とはいえ軽装過ぎる。しかも、ところどころに花を飾り、翠色を基調にした鮮やかな色彩に染められていて、本当に狩りができるとは思えない。
「あの。お手洗いを貸していただけませんか」
少女はもじもじと太ももをこすり合わせ、眉間にしわを寄せている。それは切迫感があり、ウェンディに考えるいとまを与えない。
「え。うん。こっち」
ウェンディは踵を返して倉庫の奥に導く。エルフの少女は、小走りに後をついてきた。
「ご迷惑をおかけしました。王城までもう少しなので、我慢できると思っていたのですが……」
手洗いから出てきた少女は、肩をすぼめ、申し訳なさそうな顔でウェンディに頭を下げた。
「いや。別に……」
ウェンディは、同世代の少女との交流がほとんどない。王子軍に入るまでは、機甲兵づくりに没頭し、他者との付き合いをほとんどしてこなかった。友達とおしゃべりすることもなく、ましてや遊んだりすることもない。それが当たり前で、他者を必要としないし、他者から頼られたいとも思わなかった。
「お仕事中だったのでしょう。つまらない用事で、時間をとらせてしまって、ごめん……」
エルフの少女の言葉が途切れた。その視線の先には、修理中の機甲兵がいた。
身の丈は人間の二倍ほど。横幅は三倍。足も胴も腕も太く、首はなく、頭は半球形で目が愛らしい。今は胸の装甲板が外され、胴体内のからくりが見えている。
エルフの少女は、魅せられたように機甲兵に近づいていく。ウェンディは反射的にその前に立ちはだかり、自分の大切な相棒を守った。
「エッ?エッ?」
エルフの少女には、ウェンディの行動の理由がわからない。端正な顔に、困惑の影が浮かぶ。すると、今度はウェンディがうろたえた。
「あ。いや。なんでもない、です。だけど、この子に、触らないで」
「あ。はい。ごめんなさい。大切なものなのに」
そして、にっこりと笑うと、ウェンディに顔を向ける。
「わたし、この前の戦場で、この機甲兵が戦うのを見てたんですよ。オークの大軍が押し寄せてきたとき、たった一人で立ち向かっていった。見ていてドキドキしちゃいました。本当に強くて、感動しました」
その言葉は、ウェンディの困惑をさらに深めた。
「だって、あの時は、わたしたちは、戦列から突出していたから、誰も見ていないはずだから……」
少女はフフッと笑った。その花のような笑顔は、見るものすべてを幸福にするほどのものだった。
「エルフの視力はすごいんですよ。人間では見通せないほど遠くても、見えますから。あの時は、丘の上の本営にいたのですが、わたしやスピカさんが戦況をみんなに伝えたんです。あ、そうだ。ウェンディさん。始めまして。わたしは、スプラと言います」
「スプラ、さん。アーチャー、なの?」
「いいえ。レンジャーです。アーチャーに似てるけど、ちょっと違います」
「はあ」
王子軍に参加して間もないウェンディには、レンジャーという職種がどのようなものであるか、よくわからない。ただ、目の前の可憐なエルフが、王子軍の将官であることに、意外な思いを感じただけだ。こんな頼りなさげな少女も、本当に魔物と戦っているのだろうか。
確かに、王城で見かける将官には、スプラと名乗るこの少女よりも年下の者がいる。でも、この少女ほど、戦いとは縁がなさそうな者はいなかった。あの長弓で射るのは、ゴブリンではなく、男のハートの方がふさわしい。
「それにしても、すごく立派ですね。近くで見るとすごい迫力があります。全部鉄でできているんでしょ。こんなに大きなものを動かせるなんて、ウェンディさんはすごいです」
本当に感動しているらしく、スプラは機甲兵の周りをまわりスキップしながら、感嘆の声を上げ続ける。
ウェンディにしても嬉しくないわけではない。ただ、どう答えたらいいかわからないので、困惑するしかないのだ。
「今、修理しているのですか。お腹がパカッと開いてて、ちょっと可哀そうです」
「うん。装甲を交換しているの。もっと強くしたいから」
「もっと強くなるの?すごいです。こんな機甲兵が一緒にいてくれたら、心強いでしょうね。ほんとうに、王子軍は強い人ばかりなので、わたしはいつも驚いてばかりです」
スプラは機甲兵に触れられそうなほど近くに立ち、つま先立ちになって見上げる。機甲兵の顔は、どことなくユーモラスで、初めて間近で見たのに、なぜか懐かしさすら感じる。スプラは長い時間、機甲兵をながめ続けた。
「エルフの里では、弓の名手として、尊敬されていたんですよ。わたし。なのに、王子軍に入ってからは、なかなか戦場に連れて行ってもらえないんです。わたしより、ずっと上手なアーチャーや、経験豊富なレンジャーがいるから、仕方ないんですけどね」
スプラが振り向き、微笑んで見せる。その透き通った笑みに、哀しみの影はない。自分の能力が劣っていることを、恥じてはいないようだ。人間とは、感情の在り方が少し違っているのかもしれない。
「あの……」
「ウェンディさんは、最近王城に来たんですよね。前は、どこで暮らしていたのですか。わたしが生まれ育ったエルフの里は、とても平和な土地でした。でも、わたしは外の世界を見てみたかった。エルフの里から出れば、戦いもあるだろうし、憎しみや、いさかいもある。だからやめておけって、みんなに言われました。それは本当でした。戦いは厳しいものだし、勝ったとしても仲間や友達が傷つく。亡くなってしまった方もいます。だけど、わたしは、ここに来てよかったと思っています」
「そう……」
「あの。もっとお話をして、いいですか」
スプラが小首をかしげて聞いてくる。そのしぐさはあまりにも愛らしく、これを拒否できる人間はほとんどいないだろう。
反射的に、ウェンディはうなずいていた。
ウェンディは木箱を二つ持ってきて、機甲兵の前に並べた。倉庫のすみにあるストーブで、お湯を沸かし、お茶を淹れる。これがウェンディにできるたった一つのもてなしだった。スプラはマグカップを両手で包み込むようにして熱いお茶を啜り、微笑む。
ウェンディも、油で汚れた手でマグカップを持ち、お茶を飲みながら自分の相棒を見上げる。いつだってウェンディは、機甲兵と一緒にいたいのだ。できれば触れていたいし、撫でていたい。一人きりの時は、機甲兵とおしゃべりをして過ごした。
もちろん、機甲兵に会話能力はない。でも、ウェンディには機甲兵の声が聞こえるし、考えていることもわかる。相棒だからだ。
だが今は、向かい合って座るエルフの少女の方が気になっている。本当はすぐにでも機甲兵の修理を始めたいし、女の子とおしゃべりなんかしたくない。でも、主導権はエルフの少女にある。
「ウェンディさんは、いつもここにいるのですか?王城でお見掛けすることが、あまりありませんが」
「あの、わたしは、ここで寝泊まりしているから。その、あまり人と、付き合うのが、好きじゃないんです」
「そうなんですか。それって、いつもこの機甲兵さんと一緒にいたいってことですよね」
「うん。そう。そうなの」
ウェンディは目を丸くする。初めて会ったばかりなのに、なぜそれがわかるのだろう。エルフというものは、人の心を読むことができるのだろうか。
「この機甲兵さん。そばにいるととっても安心できそうな気がします。ただ、強いだけじゃなくて、信頼できるというか、そばにいても許してくれるって言うか。なぜでしょう?」
「それはきっと、この子が優しい心を持っているからだと思う。でも、それを感じられる人はあまりいない」
「……。そうなのですか」
スプラはウェンディの目を見て、微笑む。頬のえくぼがかわいい。
「うん。それに優しいだけじゃなくて、強い。だから、安心できるんだと思う」
「そうですね。強い心を持つことが必要だと、わたしも思います。心が折れてしまいそうなとき、機甲兵さんのような存在が、頼りになるのでしょう」
「うん。そうだった……」
ウェンディが遠い過去を見る目になる。機甲兵と共に、生き延びてきた記憶がよみがえる。
スプラは首を傾げ、唇に笑みを浮かべながら、その様子を眺めていたが、思い出したように小さなリュックから麻の小袋を取り出した。口の紐をほどき、中から赤い実を取り出す。
「いかがですか」
スプラの掌にグミの実が乗っていた。ウェンディがつまみ、口に入れる。
「おいしい」
「でしょ。さっき森で摘んできたんです。この季節の森は、すごく気持ちがいいし、おいしいものもたくさんありますよ。さあ、もっと食べてください」
「うん。ありがとう」
王城での食事はおいしい。でも、このグミは、摘んだ人が目の前にいて、笑いかけてくれるのだ。グミの甘酸っぱさが、幸福感を満たしてくれる。
スプラが森の話を始めた。王城の背後には、深い森に覆われた低い山並みが続いていた。初夏の森は草木が生い茂り、決して歩きやすくはない。しかし、エルフにとってはなんの問題もない。スプラは早朝に王城を出発し、森に分け入り、森を満喫して帰ってきたのだ。
「それに森に入ると、人と会わなくて済みます。王城では、いつも誰かが近くにいて、話しかけてきたり、笑いかけてきたり。ちゃんと応えなくちゃいけないでしょ。それって、結構疲れるんです。わたしが、エルフだからでしょうか」
スプラは含み笑いをしながらそう言う。ウェンディはまたビックリした。この少女は、外見の美しさとはかけ離れた、独特な価値観を持っている。そしてそれは、ウェンディの望むものに近い。
「エルフだけじゃない。わたしは人に気を遣うのが得意じゃないから、その気持ち、わかる」
「よかった」
スプラは花のような笑顔を見せた。
「それなら、今度、一緒に森に遊びに行きましょう。いいですよね」
「……でも、わたし」
その時、倉庫の正面扉が開かれた。スプラが入ってきた入口とは違い、両開きの大きな開口口だ。
光と共に入ってきたのは、大男だった。その太い腕は分厚い装甲板を乗せた台車を押している。
「ゴルドー。装甲板がもうできたの」
椅子を蹴とばす勢いで立ち上がったウェンディが、満面の笑顔になって大男の元に駆け寄る。取り残されたスプラは、一瞬憮然となるが、すぐに微笑みを取り戻し、立ち上がる。
「お客さんかね」
近づいてくるスプラを見たゴルドーは。装甲板をなでているウェンディに訊ねる。
「エッ。うん。エルフの子。初めて会ったんだけど」
「こんにちは。鍛冶職人の方ですよね。わたしはスプラと言います」
「うむ。俺はゴルドーだ。日がな一日、鍛冶場で鉄を鍛えている。あんたは、レンジャーだな。矢じりが必要になったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます。でも、わたしの矢じりは特別製で、エルフの鍛冶でないと作れないのです。人間のものは、わたしには重くって」
「軽い矢じりも作れる。重いものは威力があるが、持っていける数が限られる。女が射るには軽い方がいい場合もある。今は、女も戦わなくてはならない時代だからな。どうだ。一度試してみてくれ」
「本当ですか。そんな風に言ってもらえたの、初めてです。感動です」
スプラは頬を染めてゴルドーを見上げる。その様子を傍らでウェンディがぼんやり眺めていた。
2
夕暮れ時の食堂は混雑していた。今は、大規模な遠征軍が派遣されていないので、将官の多くが王城にいるのだ。
王城にいると言っても、文官は政務で忙しいし、武官は訓練を怠らない。休暇を取り、王城の外で過ごすものもいるが、あまり多くはない。特に、地方出身者は行く当てもなく、王城でのんびり過ごす者がほとんどだった。
機甲兵の修理を終え、食堂に来たウェンディは、ご飯を乗せたお盆をもって空いた席を探していた。
ほとんどのテーブルは、談笑しながら食事をとる将官たちで埋まり、新参で友達のいないウェンディが入り込む余地がない。もう少し後に来ればよかったと後悔していると、ウェンディを呼ぶ声がした。
「こちらですよ」
遠くから手を振っているのはスプラだ。さほど大きな声ではないのに、食堂の喧騒の中でもよく通る。ウェンディは一瞬頬を緩めたが、周りの目が集まるのを恐れてうつむき、そちらに向かう。
「ウェンディさん。食堂であうのは珍しいですね。さあ、こちらの席にどうぞ。あ。こっちはルチア。白の帝国の神官戦士です。わたしの隣の部屋に住んでいるので、一緒にいることが多いんですよ」
「あの。ウェンディです」
「初めまして。今、あなたの話をスプラから聞いていたのです。わたしも機甲兵に興味があったので、会えてうれしいです」
ルチアは立ち上がり、礼儀正しく挨拶して手を差し出した。ウェンディは慌ててお盆をテーブルに置き、握手しようとするが、油汚れが気になって躊躇う。ルチアがにっこり笑い、その手を握った。柔らかくて暖かい手だ。
「さあ。食事を続けましょう。ウェンディさんは、小食なのですね」
「あ、いいえ。ずっと貧しい暮らしだったので、これぐらいで、十分なんです」
「ここでは遠慮はいりませんよ。でも、食べすぎは良くないと思ったりはします」
「エルフも小食だからな。この中では、わたしが一番の大食漢になるわけか」
「ルチアはヒールのお仕事で忙しいから、たくさん食べなくてはね。わたしは戦いがない時は、狩りぐらいしかやることがないから。つまり、無駄飯喰らいってことですね」
「そんなことはないさ」
ルチアが笑い、ウェンディも微笑む。スプラの気遣いが心地よい。
スプラとルチアは食事を続けながら魔界の話を始めた。王子軍は地上に出没する魔物を根本から撃退するために、魔界への侵攻を開始している。しかし、魔界の瘴気は人体に悪影響を与えるために、その対策が必要だった。
「機甲兵ならば、瘴気にあてられることなく、戦える。王子はそう考えているのではないかな」
「そうなのですか。ウェンディさん」
「いえ。わたしはなにも、聞いてません。魔界など、行ったことがないし」
「そうなんだ。まあ、あまり行きたい場所じゃないからな。でも、魔界で機甲兵が働けるかは確かめておきたいものだ」
そんなことをしゃべっていると、少し離れた席から、騒がしい一団の声が聞こえてきた。
「くぐつ使いってのはな。みんな、くぐつとできているそうだ。ほら、あいつ」
「あいつって、誰ですかい。親分」
「ほら。あれ」
「くぐつ使いと言えば、リッカだろ」
「そう、それ。リッカはな、あのエロいくぐつとやっているそうだ」
「でも、女同士じゃないですか」
「女同士でもいいんだと。なかなか強烈らしいぞ」
「そいつはもったいねぇ。どっちかをおいらに貸してくれよ」
「おまえの顔じゃ、くぐつも逃げ出すだろうよ。バーガン」
「親分より、マシですぜ」
モーティマ率いる山賊の一団だ。決して悪い人物ではないが、下品であることは、王子軍でも突出している。食堂ではただで酒が飲めるので、毎日のようにつるんでやってくるのだ。しかも、今夜はケイティやジェロームのようなこわもてがいないので、羽目を外しているのだろう。
「でも、その線で行くと、あの新しい機甲兵は、どうなるんです。あんなでかい奴についているのをぶち込まれたら、壊れっちまうじゃないですかね。セシリー姉さん」
「あたしゃいやだよ。おまんこが裂けちまうじゃないか。気持ちいいどころじゃない」
「そりゃ無理だわな。だからな。突っ込むのはゴルドーあたりじゃないか。人けのない城外で、隣同士で寝ているんだろ。夜は冷えるから、暖めてあおうなんて言ってだな。寝床に入り込んで、一発やるってとこか」
「えっと、それって、どっちが寝床に入ってくるんですかね」
「そりゃ、ゴルドーさ。あいつも女日照りだったからな。若い娘がすぐそばにいりゃ、ちんちんも元気になるだろうよ」
ウェンディの顔が蒼白になった。いかに世間知らずでも、あの猥談の対象が自分とゴルドーであることはわかる。それをたくさんの人がいる食堂で、大声で言いふらされ、笑われているのだ。スプラが不安げな表情を浮かべ、ルチアは目を細め、唇を引き締める。
「どれくらいおっきいんだろうね。モーティマなんか比べようがないほど、でかいだろうね。入れられたら気絶するかも」
セシリーが手を広げて猥褻なしぐさを再現する。
「う、うっ」
うめき声と共に椅子を倒して立ち上がったウェンディが、早足でセシリーに近づき、肩をつかんだ。
「やめて」
「なにすんだ。なんだよ。おまえ」
「お嬢ちゃん。野暮な真似はよせ」
「許さない。ゴルドーはいい人なのに。嘘ばっかり言わないで」
「嘘じゃないぜ。想像ってものさ。大の男が、お嬢ちゃんを可愛がったって、おかしくはあるまいて」
「だから、そんなんじゃない」
ウェンディがセシリーの肩をを揺さぶると、テーブルのマグカップが転がり、泡をまき散らす。
「なにすんだ。もったいねぇじゃないか」
「痛い。あんたの指、強すぎる。離せってば」
「謝って。嘘ばっか言ったこと、謝れ」
ウェンディがさらに詰め寄ると、まわりの山賊どもが引きはがしにかかる。それに抵抗するウェンディともみあいになり、食堂が騒然とし始めた。
「もうやめるんだ。ウェンディ。怒りを収めて」
ルチアが間を割って入る。小柄だが腕力があり、冷静に対処できるので、こういったことにはうってつけだ。
「ルチア。この子、なんとかしてくれよ。飲んで楽しんでるってのに、興ざめだからさ」
「そうだ。暴力反対だぞ」
「わかってる。でも、おまえたちも、反省してもらうぞ。人を傷つける悪口は、もってのほかだ」
「悪口じゃないくて、軽口なんだってば」
食堂の雰囲気も、皆が皆、ウェンディの味方ではないようだった。ルチアに抱きすくめられたウェンディの顔がゆがむ。その時、後ろから近付いてきたスプラがウェンディの腕をつかむと、すっーとその場から離れる。ウェンディは抗議する間もなく、食堂の扉をくぐった。
「待ってください。待って」
早足で回廊を抜けていくウェンディの背中に、スプラは呼び続ける。だが、ウェンディは振り向きもせず、足早に王城を出て、城門をくぐり、住まいの倉庫に帰る。
後ろ手に戸を閉めようとしたウェンディを制して、スプラも中に入ろうとする。
「帰って」
「いやです」
「帰って。一人にして」
「だめです。一人になんかしません」
「なんでよ。わたしのこと、いやになったでしょ。がさつで、迷惑かけて」
「そんなことありません。ウェンディさんは、優しい方です。わたしにはわかっています」
ウェンディは口ごもり、扉をそのままにして、倉庫の中に駆け入った。スプラは扉を閉め、暗い倉庫に足を踏み入れる。おおよその配置は頭の中にあるが、ウェンディの寝床の場所はよくわからない。
「ウェンディさん。どこ」
天井の高い倉庫に、スプラの声が響く。
「ウェンディさん」
「帰って」
暗闇のどこかから、ウェンディの声がした。
「いや。わたしは、ウェンディさんに謝らなくてはいけないから」
「なんで。スプラはなにも悪いことしてない」
「軍の同僚たちが、酷いことを言った。ウェンディさんを傷つけた」
「……。わたしだって、王子軍だよ」
「そうだけど」
「わたしは同僚だって、認めてももらえないんだ」
「……。そうじゃない。ウェンディは友達。だから」
スプラは闇の中に足を踏み入れる。両手をさまよわせ、あたりの様子を視覚以外で感じながら、声の方向に進む。
「ねえ……」
その時、スプラはなにかに躓いて転んだ。スプラの悲鳴と、金属音が鳴り響く。膝を打ったスプラは、その場にうずくまる。
するとしばらくして、燈火が近づいてきた。淡い光の向こうに、気づかわし気なウェンディの顔が浮かび上がる。
「大丈夫?怪我してない」
「うん。大したことない。ねえ、ウェンディ。ちょっと話がしたい」
「……。わかった」
ウェンディの寝床は、倉庫の片隅を小さく仕切っただけの場所だった。置いてあるものはベッドと小さなタンスだけ。女の子らしい可愛い小物はどこにもない。
小さな燈火を一つ灯し、ウェンディとスプラはベッドに並んで腰かける。
先に口を開いたのは、ウェンディだった。
「別に慰めてくれなくてもいいよ。こんなこと、わたしは、慣れてるから」
「そうなの」
「うん。ここに来る前にいた村でも、わたしはよそ者だったから。いろんなこと言われるのは慣れているんだ」
スプラはちらりと視線を送っただけで、なにも言わない。
「だから、懸命に機甲兵をつくったんだ。わたしにも魔法の力があれば、別の道を選んだかもしれない。けど、わたしには機甲兵をつくる才能しかなかった」
「それだけでも、すごいと思う」
「そうね。そうかもしれない。もしもその才能もなかったら、わたしはここにはいない」
「ええ。そして、わたしと会うこともなかった」
ウェンディはスプラの顔を見つめる。そして、ささやく。
「どうして、わたしのことを気遣ってくれるの」
「……。どうしてかな。たぶん、あなたを好きになったからだと思う」
「好きって、わたしのどこを好きになれるの。わたしは自分が好きになれないのに」
今度はスプラがウェンディを見つめる。菫色の瞳が次第に深くなっていく。
「ねえ。わたし、眠くなってきた。ここに泊めてもらってもいい?」
「……。かまわないけど、どうして?」
「わたしだって、ここでは異邦人だから。エルフの仲間はいるけれど、女王様だったり、別の部族の人だったり。馬鹿ですよね。そうなることはわかって、ここに来たのだから。王子さまの噂だって聞いていたから、あんなことをされるって、知ってたわけだし」
その気持ちは、ウェンディも同じだった。自ら望んで、性行為をしたわけではない。
「身分が高い人には、わたしみたいな者の気持なんか、わからないでしょうね」
「ええ。わたしの気持ちは、わたしにしかわからない。人の気持なんか、わかるはずがない。けど、わたしは、ウェンディを知りたい」
「どうして」
「好きになったから。それじゃ、だめ?」
「わからない」
「一緒に時間を過ごしたら、いつかきっと分かり合える気がする。だから、今夜は、一緒に居たいの」
スプラの言葉に、ウェンディはうなずいた。
3
三日後の朝、改修を終えた機甲兵は、倉庫の外に置かれていた。最終チェックをするウェンディの横で、スプラとルチアが興味深げに眺めている。さらに少しはなれば場所に、ゴルドーが腕組みをして立っていた。
「機甲兵を動かすのが、こんなに手間だとは知らなかったな。魔法の力で動くのだと思っていたんだ」
ルチアが心底感心したように言う。
「魔法は使うのだそうです。ほんの少しね。ほら。わたしたちレンジャーが弓を射るときに射程を伸ばしたり、身を隠したりするために魔法を使うみたいに。でも、動く力の大部分は蒸気機関でつくるんですって」
スプラの言う通り、機甲兵は体内の蒸気機関を始動させ、背面から水蒸気を噴き出している。その振動が、近くにいるスプラたちにもはっきりと感じられる。それを聞いていると、ワクワクしてくる。
「まだかな。まだかな」
ルチアが少女のように頬を染めている。スプラはルチアとウェンディを交互に見やり、微笑みを浮かべる。ウェンディも作業に集中しながら、高揚感に満たされ、瞳を輝かせていた。
「よし。いくぞ」
ウェンディは相棒の肩をガンガンたたくと、前部装甲板の前に据え付けられた小さな座席に乗り込んだ。
「ウェンディ。そんなところに乗って、どうするの。今までは、乗ったりしなかったのに」
驚いたスプラが声をかけると、座席に座り、シートベルトを締めたウェンディがにっこり笑う。
「これが改良なんだ。今までよりも一体になって、操縦性能も上がる。動きも早くなる」
「でも、そんなところにいたら、敵の攻撃をまともに喰らってしまう。危険よ」
「大丈夫だよ。この子が守ってくれるし、魔法の力もある。わたしには、敵の攻撃は当たらない」
スプラはなおも額にしわを寄せていたが、ウェンディは明るい顔でレバーを引いた。
「出動」
大きな蒸気音と共に、水蒸気が噴き上がり、同時に機甲兵の体がググッと持ち上がる。ウェンディの体がゆれながら上がっていき、スプラを見下ろすほどの高さになる。ウェンディはスプラをちらっと見て、ニコッと笑った。それにつられて、スプラも笑顔を返す。
「前進」
ウェンディの声と、レバー操作で機甲兵は前進歩行を開始した。鋼鉄でできた機体は、重い足音を響かせて一歩一歩前に進む。ウェンディは周囲を見回すと同時に、レバーとそれに付随するボタンを注視している。
「すごいじゃないか。こんなでかい機甲兵が動けるなんて、感動ものだぞ」
「でしょ。でもこれだけじゃないんだから。戦場での活躍を思えば、これくらいは序の口よ」
感嘆するルチアに、スプラがわがことのように自慢する。二人は機甲兵に遅れまいと、早足でついていく。
倉庫の前は広い草原になっていて、深い森に囲まれている。草原の真ん中まで前進したウェンディは、レバーを前に倒す。
「慌てるんじゃない。もう少し暖機運転しろ」
スプラたちの後ろからついてきたゴルドーが注意を促すが、ウェンディは唇に笑みを浮かべ、レバーの角度をさらに深く倒した。
機甲兵が走り出す。戦場で、騎馬兵が突撃するほどの速さで、機甲兵が突進していく。スプラとルチア、そして、ゴルドーが走るが、とても追いつかない。
「すごい。すごいよ。ウェンディ。かっこいいよ」
「まだよ。まだこれからだからね」
ウェンディが轟音を立てる蒸気機関に負けないように、声を張り上げる。激しく上下動する期待に乗るウェンディも、すごく揺さぶられているが、それも楽しんでいた。
森が目の前に迫ってくる。
「停止」
ウェンディがレバーを強く引いた。機甲兵は一瞬、ぐらりと動きを止めた。が、装甲内部でガキガキッと何かが壊れる音がして、再び走り出す。
「停止。停止せよ」
ウェンディが声を張り上げ、なんどもレバーを前後に動かすが、機甲兵の突進は止まらない。そのまま、機甲兵もろとも、ウェンディは森に突っ込んでいった。
「ウェンディ」
「止まって。止まるのよ」
王子軍最強の機甲兵は、森の木々をなぎ倒し、打ち砕き、前進を止めることはない。小枝が吹き飛び、木の葉が舞い散り、静かだった森は騒然とし始めた。
「ウェンディ。降りて。そのままじゃ危険よ」
エルフのスプラは、どんなに深い森でも自由に動くことができる。スプラは機甲兵の前に走り、どれくらいの危険があるか、見極めようとする。
「だめだよ。止めなきゃ。この子も壊れちゃう」
「この先、小さな川があるから、転倒するかもしれない。機甲兵は無事でも、あなたの体が危ないわ」
「それは大丈夫だって。この子が壊れたら、大変なの」
「でも、いつ止まるの」
「ボイラーの圧が弱まれば止まる」
「それはいつ」
「わからない」
スプラは険しい表情になり、機甲兵の前に出て、枝に跳びあがる。
「ウェンディ。降りなさい。まずあなたの命を守るのよ」
「来ちゃ、だめー」
スプラがひらりと枝から飛び降り、操縦席のウェンディの上に舞い降りる。スプラの体がウェンディに届く直前、機甲兵の両腕に装備されたブラスターが火を噴いた。
「スプラ」
スプラが炎に包まれる。だが、瞬時にスプラの姿が視界から消える。さらに次の瞬間、炎の下に、スプラが姿を現し、地面に落ちていく。まるで、幻術を見ているようだ。
「スプラ。どこー」
ウェンディは座席から立ち上がり、体をよじらせて地面に落ちたスプラを探すが、地生えの草と羊歯が密集していて何も見えない。
「止まってー」
ウェンディは涙声で叫ぶ。頭が混乱して、どうしたらいいか、わからない。
その時、機甲兵の真正面に大男が立ちふさがった。胴体ほどある巨木をわきに抱えたゴルドーが、槍を構えるように腰を落として待ち受ける。
「だめよ。無理だって」
そうだ。強大な装甲を施した機甲兵には、大木でも傷を負わすことができない。そんなことは、ゴルドーだってわかっているはずなのに。
だが、ゴルドーは恐れることなく機甲兵の突進を待ち受け、ぶつかる直前に身をひるがえす。伸ばされた巨木の先端は、前部装甲板の脇に突き刺さった。そこは装甲板が最も薄い場所なのだ。
機甲兵の体が一瞬持ち上がり、そのまま横倒しになる。真っ白い蒸気が噴出し、それと同時にブラスターが火を噴く。
地面に倒れたゴルドーは、ブラスターの火を避けきれなかった。周り一面が炎に包まれる。
「ゴルドー」
ウェンディは倒れていく機甲兵から飛び降り、その炎の中に突っ込んでいった。
4
全身を炎に焼かれたゴルドーは、追いついたルチアのヒールと、スプラの迅速な行動によって一命を取り留めた。
スプラは王城に走り、ヒーラーと看護師を連れて現場に駆け戻り、ゴルドーの手当てをしながら医務室に運び込んだ。さらに付き合いの広さを生かして人手を集め、森の中で横倒しになっている機甲兵を倉庫に運び込んだ。
それらを終えたスプラは医務室に戻った。ベッドに寝かされたゴルドーは全身を包帯で巻かれ、うめき声を上げていた。その周りには、王子軍の最高の力を持ったヒーラーが集まり、懸命の治療を続けていた。運が良かった。遠征軍が出ていなかったので、有能なヒーラーがすぐに集まってくれたのだ。即死でない限り、卓越した能力を持つヒーラーに癒せない怪我や病はない。
「大丈夫だ。時間はかかるがゴルドーは全治する。わたしが保証するよ」
ルチアがスプラに言って聞かせた。ルチアの顔が幾分かやつれているのは、瀕死のゴルドーを懸命に治療していたせいだろう。
「ありがとう。ルチア。でも……」
スプラの視線は、部屋の片隅で膝を抱えてうずくまるウェンディに向けられている。ルチアはスプラの肩に手を置き、部屋から出ていった。
スプラはウェンディの前に膝まづき、両腕で抱きしめる。
「ゴルドーは元気になるわ。ヒーラーの皆さんが、一生懸命に治療してくださっているから大丈夫よ。だから、あなたも元気を出して」
しかし、ウェンディは顔を伏せたまま頭を振るだけだった。
「自分を責めないで。失敗は、誰にでもあることだから。誰も死ななかった。機甲兵さんは、そうね。また、あなたが治してあげればいいでしょ」
「ゴルドーは……」
「まだ、意識がない。でも、彼もあなたを責めない。だって、あなたはあなたの持てる能力のすべてを使って、機甲兵を改装したのだから」
「わたしが失敗した。ゴルドーはもっと試験を重ねてから試運転すべきだと言ったのに。わたしが焦ってしまった」
「それもよくある失敗でしょ」
「でも……」
ようやく顔を上げたウェンディは、スプラの顔を見て、大きく目を見開いた。
「スプラ。あなたはどうして怪我をしていないの。ブラスターで炎に包まれたのに」
スプラはにやりと笑う。
「あれは、わたしのスキル。遠距離攻撃から自分を守ることができるのよ。知らなかった」
「知らなかった」
「わたしだって、ちょっとは魔法の能力があるのよ。見直した?」
「うん」
「なら、わたしの言うことも、少しは聞きなさい。自分を責めるのはやめにして、まず心を落ち着けるの。いい。ご飯を食べて、ぐっすり眠る。考えるのはそれからにしましょう」
スプラは腕に力を込め、ウェンディを立ち上がらせる。そして、ゴルドーの傍までウェンディを連れていくと、声をかけた。
「ゴルドー。あなたのウェンディが弱っているの。だから、ここから連れていくわ。あなたも早く元気になって、ウェンディを安心させてあげてほしい」
その声が聞こえたのか、気絶しているはずのゴルドーの右手がかすかに持ち上げられた。その手にウェンディが縋り付く。
「ごめんなさい。ごめんなさい。わたしが未熟で、ごめんなさい」
泣き崩れるウェンディを、静かな顔でスプラは見下ろしていた。
5
二日後、スプラはウェンディとともに、森に入った。
落ち込んでいるウェンディは、ゴルドーの傍を離れようとせず、言われなくては食事も睡眠もとらない。もちろん、機甲兵の修理など、頭の端にも浮かばない。このままでは、ウェンディのためにならないし、王子軍の為にもならない。ゴルドーの容態は安定していて、時間はかかるものの、元通り元気になることは間違いなかった。ならば、今は、ウェンディの心を支えることを優先すべきだった。
スプラは強引にウェンディを急き立て、森に出かける。二日ほど森を旅すれば、気分転換になるだろう。
「もうすぐ夏ですから、草がいっぱい生い茂っているでしょ。森を旅するには、良い季節じゃないけど、わたしが道を見つけてあげるから」
リュックを背負い、エルフの弓矢を持ったスプラが、迷うしぐささえ見せず、森の奥深くに分け入っていく。ウェンディも大きなリュックを背負い、杖を持って後に続く。下生えの草や羊歯が地面を覆っているが、スプラが選んだ道は、とても歩きやすい。ウェンディは嫌がるわけでもなく、喜んでいるわけでもなく、淡々と歩いていく。
森は小さな起伏を繰り返しながら、徐々に高みに上っていく。王城の背後に連なる山並みは、そのまま隣国との国境になるのだ。だが、スプラが目指すのは、そちらではなく、もっと変化にとんだ森林地帯だった。
ほとんど会話をすることもなく、同じペースで歩き続けた二人は、昼前に小さな池のほとりにたどり着いた。
まわりを森に囲まれた池は、初夏の陽光を浴びて、キラキラ光っていた。森の中は蒸し暑かったが、水辺にはそよ風が流れていて、汗ばんだ肌を冷やしてくれる。
森の端の切り株にリュックを置いたスプラは、慣れた手つきで小石を集め、小さな炉をつくる。続けて枯れ枝を集め、火をおこし、持ってきた小鍋に水を汲んで沸かす。
その間、ウェンディはリュックを地べたに下ろしただけで、ぼんやり立ち尽くしていた。疲れていたのだろうし、王城から離れて気が抜けてもいただろう。スプラはそんなウェンディに声を掛けもせず、てきぱきと昼食の支度をする。
熱いパン粥と、炙った干し肉。そして、途中で採ってきた桑の実だ。
「ウェンディ。ご飯ができたよ」
けれど、ウェンディは池を眺めているだけで、動こうとしない。スプラはウェンディの傍らに立ち、その腕に手を置く。ウェンディがゆっくりと振り向いた。
「ほんとは、森が怖いの」
ウェンディの瞳が揺らぐ。スプラはいぶかし気にその瞳を見つめるが、口は開かない。
「魔物に追われて、みんなで逃げた。森の中に逃げ込んだ。夜だった。一緒に逃げたお父さんがいなくなって、どうしたらいいかわからなくて、お母さんと抱き合って震えていた」
スプラはうなずいた。
「森は怖かった」
「きれいな森もある。わたしたちを抱いてくれるような、優しい森があります。わたしにとって、エルフの森はそんな森でした」
ウェンディはスプラを見つめ返す。
「わたしはウェンディに、そんな森を感じてもらいたい。体験してもらいたい。だから、森に誘った」
「……うん」
「それなら、ご飯を食べましょう。王城のご馳走とは比べ物にならないけど、この景色の中で食べるとおいしいですよ」
スプラの言う通り、簡素な食事はウェンディのお腹と心を満たしてくれた。こわばっていた表情が和らぎ、まとっていた緊張感が消える。それを確認したスプラは次の行動に移る。
「なに。どうしたの。スプラ。なんで服を脱ぐの」
王子軍の女性将官は皆薄着だが、スプラも例外ではない。ブーツとソックスを脱ぎ、おへそが見えるような丈の短い上着と、ショートパンツをスルスルと下ろし、下着を脱ぎ捨てると、池に向かって走っていく。水しぶきを上げて池に飛び込み、そのまま泳ぎだす。
「ウェンディもおいで。気持ちいいよ」
上げた手を振りながら、スプラは水と戯れる。
池の水は透き通り、それほど冷たくない。熱いパン粥を食べて、火照った体を冷やすのは気持ちがいい。
ウェンディは服を脱ぎだす。いつも着ている厚手の作業着を脱ぎ、ブーツとジーンズを脱ぎ、下着を脱ぐ。裸になると、解放感と恥じらいが同時に襲い掛かってくる。それを振り払うように、ウェンディも池に飛び込んでいった。
乳房は小さく、ウエストは細く、お尻は小さい。十代の二人は青い果実のような未成熟な体をしている。けれど、強い陽光に照らされるその肢体は、小鹿のように躍動し、見る者を魅了する。
「キャ」
ウェンディが小さな悲鳴を上げたのは、潜ってきたスプラに足をさらわれたからだ。バランスを崩したウェンディが、水しぶきを上げて尻餅をつくと、浮き上がってきたスプラが手を叩いて喜ぶ。
「いじわる」
「そうなの。いじわるでしょ」
銀色に光る髪から滴をしたたらせたスプラが、満面の笑みで応える。そして、池に座り込んだウェンディに手を差し伸べる。その手を握ったウェンディが、立ち上がりかけて急に手を引っ張ると、今度はスプラがつんのめって顔から池に突っ込んだ。でも、スプラはそのままウェンディの体にのしかかり、腕を絡ませて抱き着く。おっぱいにむしゃぶりつき、手をつかんで自由を奪い、膝を股間に押し込んでいく。
「いや、いや。だめよ」
「だって、いじわるしてるんだから」
「さわらないで。揉んじゃ嫌」
「ウェンディのおっぱい、やわらかい。きもちいいよ」
「だめ、だめ」
二人の美しい少女が戯れるさまは、時のはざまに現出した楽園のようだった。
ゆっくり休息をとり、再び森の奥に進み始める二人の間には、今までにない親密感が生まれていた。スプラは絶えずウェンディの体に触りたがったし、ウェンディもそれを嫌がらない。
「森はね」
跳ねるように歩くスプラは、森の話を始める。
「エルフの森はね。すべてのものに、調和がとれていて、いつも心地いいの。醜いものは何もない。だって、エルフは美しいものだけが好きだから。でも、人間の森には、雑音がある。まばゆい木漏れ日の下には、薄汚い汚物がうごめいているみたいな。でもね。そっちの方が面白いんだって、わたしは気づいたんだ。エルフの森にとどまれば、醜いものは見なくて済む。でも、醜いものがどんなものかを知らなかったら、美しさの価値はわからない」
「スプラは、難しいことを考えているんだ」
「難しくなんかないよ。昔、エルフの里が魔物に襲われたことがある。その時、大部分のエルフは、戦うことを選ばず、ただ殺されることを選んだんだって。それはね。殺されてしまえば、醜いものは見なくて済むから。そうでしょ」
「そうでしょって、言われても。わたしは、嫌だな。苦しくても、生きていたいと思ったから、わたしはここにいる」
「そう。わたしもここにいて、ウェンディと一緒に歩いている。森を遊び歩いて、夜になったら眠る。それだけ」
スプラの艶やかな唇には、絶えず笑みが浮かんでいたが、それが喜びによるものかは、わからない。
「おいしいものを食べるのも好き。好きの人と一緒に過ごすのも好き」
「好きな人って、王子さまのこと?」
「まさか。わたし。人間の男って、よくわからない」
「そうなの」
「うん。エルフの男の方が単純で、わかりやすい気がする」
「そうなのかしら。わたしは、エルフの男の人は会ったことがないから」
「そうよね。王城にはいないよね。あのね。わたしは思うんだ……」
その時、スプラが素早く動いた。左手の弓を構えると同時に、矢をつがえ、放つ。太い幹の隙間を矢がすり抜け、三十メートルほど離れた下生えの草を射抜く。スプラが駆け出し、矢が吸い込まれた場所にたどり着くと、太ったウサギを持ち上げた。
「すごいね。こんなに遠いのに、見えてたんだ」
「エルフは目がいいって言ったでしょ。獲物は他にもたくさんいるけど、おいしそうなのを狙ってたんだ。これが夕ご飯ね」
「エルフって、菜食主義だと思ってた」
再び歩き出した二人は、会話をつづける。
「そういうエルフもいるよ。でもそれは、余裕のある人だけ。冬になると森で採れるものが少なくなるから、あるものを何でも食べないと生きていけない。人間も同じでしょ」
「そうだね」
「わたしは思うんだ。この世界は人間のもので、エルフなんて、いてもいなくても同じだって。エルフは希少価値だからもてはやされるだけで、本当はいなくてもちっとも構わないって、人間は思っているんじゃないかな。王子軍でもそうでしょ。わたしなんて、いなくたってちっとも困らない」
「そんなことはないよ。わたしは、スプラがいなくなったら困る」
「ほんと?ウェンディは、最初会った時は、わたしのこと、気にもしなかったでしょ?興味なかったでしょ?」
「……。そうだった、けど」
「いいよ。それでいいよ。実はね。ウェンディがそんな風だったから、わたしはウェンディと仲良くなりたいと思ったんだ」
「どういうこと?」
「わたしって、いつも周りに人が集まってくるんだよね。前にちょっと話したけど、それが嬉しくないわけじゃない。けど、時々鬱陶しくなるんだ。たぶん、わたしが可愛いから、自分よりも幼い容姿をしているから、皆、わたしをかわいがっているんだろうけど、それがウザったい。だけど、ウェンディは違った。だから、なんだろうね」
スプラのあけすけな告白は、ウェンディを困惑させる。思わず立ち止まってしまったウェンディを、スプラは振り返って見つめる。
「ねえ。わたしは見た目よりも、悪い子なんだよ」
6
スプラが熾した焚火で、ウェンディがパン粥を煮ながら、ウサギの肉を焼く。その間にスプラは今日の寝床をつくった。ツリーハウスだ。広葉樹の大木を選び、枝分かれした場所に木を組み合わせて平らな場所をつくる。その上に鹿の皮を広げるだけの寝床だ。葉のついた枝を組んで屋根代わりにする。
「雨が降っても、生い茂る木の葉なんかでほとんど濡れないけど、天井があった方が落ち着くでしょ」
「でも、木の上だなんて、眠れるかな」
「少し揺れるけど、絶対落ちないから安心して。これは結構丈夫だから。それにほんとはもっと高い場所に作るんだけど、ウェンディが怖がるといけないから、低くい場所に作ったからね」
低いと言っても、高さは三メートルはあるだろう。落ちたら痛いだけでは済まない高さだ。
「信じてるから。スプラ」
ウェンディはいささか情けなさそうな顔で言う。スプラはうれしそうに笑った。
「まだ、森は怖い?」
食事をしながら、スプラが尋ねる。ウェンディはうなずいた。そして、しばらく黙ってから口を開く。
「お母さんと森をさまよい歩いた。もう、出られないかと思ったけど、手をつないで歩いたの。お母さんはずっと黙り込んでいた。わたしは知らなかったけど、森に逃げ込んですぐ、お父さんは殺されてた。よく覚えてないけど、きっとお父さんは、わたしたちを逃がすために、魔物と戦ったんだ。お母さんは、それを知ってた。それで、もうわたしのことも、忘れてしまったみたい。森から出て、村人に助けられて、一緒に逃げた。どれくらい逃げたんだろう」
温かい粥を口に運びながら、ウェンディは淡々と語る。スプラは伏せたウェンディの目をじっと見つめていた。
「お母さんは心を病んでしまって、もう一人では生活ができなくなった。わたしは、お母さんの面倒をみながら、村人の手伝いをして食べ物をもらって暮らした。そうしているうちに、お師匠様と会ってくぐつ作りを覚えたんだ」
「よかったね。お師匠様に会えて」
「うん。自分にやれることがあるんだってわかって、ほんとにうれしかった。みんなの役に立てるし、ご飯だってたくさんもらえる。それに、お父さんの敵討ちもできる。くぐつ作りが好きだったし、頑張ったんだよ。わたし。それで、あの子を作り上げた」
「あの機甲兵には、名前はないの」
「もちろん、あるよ。でも、誰にも教えない」
「どうして」
「だって、あの子はわたしだけのものだから」
「そうかな。もしもみんなが名前を知ってたら、みんなに愛されるんじゃないかな」
「……。そんなこと、考えたこともない」
「それなら、考えてみてよ」
「うん」
そして、二人は食事を終え、片づけを済ませると、ツリーハウスに上った。
「けっこう揺れるね。寝返り打ったら、落っこちそう」
「大丈夫。端にはそり返しをつくっておいたから、絶対落ちないよ」
「うん。それは信じてる」
「でも、もっとこっちに来て。ほら、こうしていた方が暖かいし、気持ちいいでしょ」
初夏とはいえ、森の夜更けは気温が下がる。それでも鹿革は風を通さないし、上掛けにした薄い毛布は暖かい。しかも、服を脱ぎ、下着だけになった二人は肌をくっつけている。
「なんか、変な感じ」
ウェンディがつぶやく。奇妙な浮遊感と、肌と肌が触れ合う感触。
「そう?わたしはすごく、気持ちいいよ」
そう言いながら、ゴソゴソ動き、体と体がうまくくっつくポジションをつくる。肌がこすれあうごとに、震えるような快感が頭をもたげてくる。
「くすぐったい」
「うん。くすぐったくて、気持ちいい。ウェンディの肌はすべすべしてるね」
「スプラこそ」
夜の帳が下りた森は、獣たちが活動を始めていた。森ネズミが地面を走り、フクロウが羽ばたく。オオカミの遠吠え。山鳥の鳴き声。夜の森は、けっして静かではなかった。
向かい合って抱き合う姿勢になったウェンディとスプラは、互いの息を感じながら、体の緊張を解いていく。
「あの、スプラ」
「なに?」
「くっついてると、少し暑くなってきたみたい」
「わたしは、暖かくて、すごく幸せだよ。ウェンディは嫌?」
「そうじゃない。そうじゃないけど、これって……」
「王子との方がいいの?」
「エッ。ううん。わたし、そんなに良くなかったから」
「王子とのセックスのこと?」
「うん」
「教えて。どんなだったか」
「恥ずかしいよ」
「そう。なら、わたしから教えてあげるね。王城に入って、すぐに王子に呼ばれて、ベッドに連れ込まれた。なにがあるのかは、知ってたわよ。だって、みんな知ってることだから。わたしは、エルフとのセックスもしたことがなかったけど、別に嫌じゃなかった。だって、生殖行為でしょ。動物だって、みんなやってることだから。王子は、わたしの体中を嘗め回して、あそこを指でこね回して、それからペニスを入れてきた。指使いは上手だったし、舐められるのも悪くなかった。結構気持ちよかったよ。でも、膣にペニスを入れられるのは、痛かった。王子は強引に入れてきて、わたしが痛いって言っても、すぐに良くなるからって、許してくれなかった。ヒリヒリ痛いのに、出したり入れたりするから、涙が出てきた。王子は鼻息を荒くして、ハアハア息をして、汗まみれになって、わたしの体を揉んだり、吸ったりして、めちゃくちゃ興奮して、それから中だしした。馬鹿みたいな顔でうっとりして、いっぱい精液を出して。気持ち悪かったな」
話しながら、スプラはウェンディの耳に息を吹きかける。その吐息は熱く、スプラの情熱がこもっていた。ウェンディの背筋に震えが走る。
「ペニスが引き出されて、ほっとしてたら、体を裏向きにされて、お尻の方からまた入れられた。処女膜が破れて血が出てたのよ。まだ痛いに決まってるじゃない。それなのに、戦士だから痛みを感じないとでも思ってるのかしら。それとも、魔法の力で痛みをなくせると思ったのかしら。ばかじゃないの。初めてなんだから、少しは気を使いなさいよ。王子のくせに」
スプラの愛らしい唇が、毒のような言葉を吐き出す。
「逃げられないようにお尻をつかんで、ペニスを奥まで突っ込んで、ぐりぐりとこね回して、そのあげくに『どうだ。感じるか』だって。ほんとに大ばか者よね。男ってみんなどうしてあんなに頭が悪いんだろう。うんざりする」
「うん。そうかも」
スプラの毒が移ったかのように、ウェンディも口を開く。
「わたしはなにも知らなかった。わたしの機甲兵が役に立つからと王城に招かれて、嬉しかったんだ。機甲兵の整備もできるし、ご飯の心配もしなくて済む。それに少しだけど、今まで支えてくれた村人たちへも恩返しができるから、本当にうれしかった。それで、王城に来て、三日目ぐらいに王子さまの部屋に呼ばれた。最初はケイティ女史とかがいて、機甲兵のこととかを説明したりした。それからお酒が出て、わたしは飲んだことがなかったけど、断れなかったから少し飲んだ。そうしたら、頭がボーッとなって、気が付いたらベッドに寝かされてた」
「裸にされたの」
「うん。恥ずかしかった。部屋に行く前に、大浴場で体を洗っておくようにって、言われたんだ。王子に会うのに、汚い格好だと失礼になるからだと思ってた。でも、そうじゃなかった」
「王子は、ピカピカに磨かれたウェンディの体を、嘗めたり、しゃぶったりして楽しんだんだね」
「楽しむだなんて。いやらしい」
「だって、本当でしょ」
「本当だけど。でも」
「それで気持ちよかった?」
「う、ん。どうだろ。気持ちよかったかも」
「入れられた時は?」
「あのね。あまり痛くなった。でも、別に気持ちがいいわけでもなくて。なんだか、体が引き裂かれるみたいで、苦しいっていうか」
「ああ。そうだよね。それから、それから」
「ほんとは、あまり良く覚えていないんだ。お酒は飲んだことなかったし、心臓がバクバクしてしんどかったし、眠かったし」
「でも、中だしされたんでしょ」
「うん。あとからね。精液が垂れてきて、恥ずかしかったのは覚えてるよ」
「そう」
話をつづけながら、スプラはウェンディの背中に腕を回し、胸や太ももをこすりつけていく。頬を摺り寄せ、鼻で耳をなで、髪に息を吹きかける。
「あの。スプラ」
「なに?」
「なにするの」
「だって、森の中で二人っきりなんだよ。ここには邪魔するものはだれもいない。王子だっていない。だから、ね。わたしは好きな人と、気持ちのいい一夜を過ごしたいんだ」
「好きって、わたしのこと?」
「なんども言ってるのに、信じてくれないんだ」
「いや、好きって、こんなことなの?」
「そうだよ。わたしは、ウェンディが好きで、一緒に蕩けてしまいたいの。嫌?」
「……」
スプラの指や唇、そして、ひかえめなおっぱいや太ももが、ウェンディの全身を刺激し続けている。その官能は、もう引き返せないところまで来ていた。
「王子なんて、どうでもいい。男なんか、いらない。だって、わたしは、赤ちゃんは欲しくないから。そう、今はね。それよりも心が通じ合う女の子と一緒にいる方が好き。もちろん、体も通じ合いたい」
スプラのささやきが耳から流れ込んでくる。同性での性行為など、考えたことがなかったウェンディは、戸惑いながらも、拒否はしない。
「ウェンディは、わたしが好き?」
「好き。だって、わたしの初めての友達だもの」
「そうかな。ほんとはわたし、ウェンディの体を狙って、近づいたんだよ。友達のふりをして」
「嘘」
「嘘。でも、心だけじゃ嫌なんだ。王子にやられたおかげで、時々体が疼くの。自分でしても物足りない。だから、誰かとしたいっていつも思ってる」
「もしかしたら、ルチアさんと……」
「クスクス。どうかな」
「酷い」
「今は、ウェンディしか見えないよ。ほら」
そう言ったスプラは、ウェンディと見つめあい、そして、キスをする。最初は優しく、それから、舌を差し込んで深いキスを交わす。スプラの喉がゴクンゴクンとなり、頬が紅潮していく。背中に回した手で、ウェンディのブラを外し、ショーツを下ろしていく。体をくねらせて、自分のブラを上にずり上げ、太ももを差し込んで、布越しにヴァギナを押し付ける。
「でも。こんなところで、するなんて」
「ここはエルフの家なのよ。誰も見ていないわ。少なくとも、人間はいない」
「動いたら、落ちたりしない?」
「ウェンディがのけ反ったりしたら落ちるかもね。でも、そうなったら一緒に落ちてあげるから」
「スプラって、ほんとは意地悪な人だったのね」
「最初から言ってるでしょ。でも、人じゃないわよ。エルフは人じゃない。どうせ、いつかは滅んでしまう種族なんだから、今は楽しまなくてはね」
「滅ぶだなんて言わないで。わたしはスプラとずっと一緒にいたい」
「嬉しい。ほんとに嬉しいよ」
そう言って、スプラはウェンディの体に覆いかぶさった。
生まれたままの姿になったスプラは、ウェンディの上に腰を下ろし、両手をたわわなおっぱいの上に乗せたまま、じっとしている。エルフ特有の透明感のある白い肌が絶妙な曲線を描く。ウェーブするブロンドの髪。菫色の瞳は神秘的な色をたたえ、薄闇の中で光る。
「わたしは、この瞬間を夢見てた。ウェンディと一つになりたくて、その機会をうかがっていたの。機甲兵が暴走して、ゴルドーが大けがを負って、ウェンディはひどく落ち込んでしまった。わたしは、ウェンディを慰めるふりをして、この森に誘い込んだ。そして、あなたをこうして落とした。わたしは、とても悪い子だって、前に言ったでしょ。これでわかった?」
「うん」
ウェンディは、胸を上下動させて大きく呼吸する。スプラが圧し掛かる下腹部が、汗でしっとり濡れている。垂れ落ちる髪がウェンディの肌をくすぐる。軽く触れる手が、乳首をこすり、もどかしいほどの官能をかきたてる。
「わたしは、スプラの獲物なんだ。スプラに射抜かれて、皮をはがれて、焼かれて食べられてしまうウサギと同じ」
「そうよ。今からわたしは、ウェンディを味わって、食べてしまうの。それを思っただけで、もう濡れ濡れになっちゃった。わかるでしょ」
「わかるよ」
そう言いながら、ウェンディは手を伸ばし、スプラのヴァギナに指を這わせる。薄い陰毛の下は、ぐじゅぐじゅに濡れていて、いつでも挿し込められる状態になっていた。
「入れて。お願い」
スプラの懇願を待つことなく、ウェンディの指は奥へと進む。指の腹でクリトリスをこすりながら、中指を先頭にして膣に挿入し、中をこね回す。
スプラが背をのけぞらせ、大きく吐息をついた。豊かな髪がゆれ、甘い香りが夜の森に漂う。スプラはウェンディのおっぱいを揉みしだきながら、頭を下げていく。ウェンディの唇を吸い、耳を甘噛みし、頬から目にキスをして、最後に額に口づける。
「あなたが好き。わたしの恋人」
ウェンディは空いている左手でスプラの肩を抱き寄せ、キスを返す。右手の指の動きを早くして、ヴァギナへの刺激を強める。スプラは体を移動しながら、ウェンディの全身にキスと愛撫を与え続ける。
「わたしも、わたしもして」
スプラの右手がウェンディの股間に伸びていき、陰毛をかき分けてヴァギナを探り当てる。自分がされていることと同じことを相手に与え、一緒に官能を高めていく。
ツリーハウスが大きく揺れ、木の葉が落ちていく。近くの枝に止まっていたフクロウが突然、羽音を立てて飛び去っていった。
けれど、自分たちだけの世界に没入した二人は、気づきもしない。いつの間にか、二人は向かい合って抱き合い、互いの股間に指を差し込み、深いキスを交わし続ける。おっぱいをこすりつけ、髪をかきむしり、喘ぎ声と吐息とを繰り返しながら、高みに上っていく。指の動きが早まると、愛液がほとばしり、太ももを濡らしていく。悲鳴のようなよがり声とともに、汗が吹き出し、飛び散り、髪が振り乱され、全身を紅潮させ、ついに、一度目の絶頂を迎える。二人は強く抱き合い、力の限り一つになろうとする。
ウェンディが上になり、顔をスプラの太ももの間に差しいれる。当然のごとく、膝立ちのウェンディの股間には、スプラの顔があった。互いに舌を伸ばし、お尻から回した指を膣に差し込み、敏感な場所をなめたり、いじったりしている。
「やっぱり、女の子の方がいい。男なんていらないよ」
「スプラは、そうなんだ。意外だったな」
「ウェンディはペニスが好きなの。あれを入れられる方がいいの?」
「わかんない。でも、アンナさんとかを見てると、いいのかもしれないって思う」
「わたしはいらない。ウェンディがいてくれたらそれでいい」
「わたしもそうだよ」
「よかった。それじゃもっとするね」
「うん」
性器だけを刺激するのではなく、二人はお互いの体のすべてを愛そうとした。しきりに体位を変え、攻守を変え、指で触れられる場所すべて、舌でなめられる場所すべてを探索する。すると、スプラがわきの下が弱く、ウェンディは背中が弱点であることがわかった。
激しいスポーツをするように、汗みどろになり、組み合い、絡み合い、撫で合い、甘噛みし、キスをする。粘膜は特に入念に刺激を与える。膣だけでなく、口や、お尻の穴や、耳の穴まで。若い体は、すべてが美しく、新鮮で、瑞々しい。艶やかな肌は弾力があり、芳しい。
「これがいい」
二人は足を交差させ、ヴァギナをこすりつけ合う。互いの足首を引っ張り、隙間なくヴァギナをこすり合わせると、クチャクチャと水音がする。クリトリスや小陰唇や、会陰部がこすれ合うたびに、汗と愛液が溢れ出す。今はもう、誰はばかることなくよがり声を上げつづけ、喘ぎ、泣き、笑う。
「もっと、もっとしてよ」
その叫びがどちらのものであるかは、意味をなさず、ただひたすら官能の高みを目指して突き進む。
「いや。いやー」
ツリーハウスは音を立てて上下動し、今にも落ちそうだったが、そんなことはどうでもいいのだった。
「ひー。ひーー」
最後は泣き声がばかりが聞こえてきたが、それは喜びの声に他ならなかった。
ウェンディとスプラは、同時に絶頂を迎え、そして、力尽きた。
「ねえ、スプラ」
「なあに」
裸のまま抱き合い、毛布にくるまっている二人は、快感の余韻に浸る。
「もしかしたら、あなた。あの時、お手洗いを貸してくださいって来たのは……」
ウェンディの問いに、スプラは微笑みを浮かべた。
「聞かなくてもわかってるでしょ。わたしは悪い子なんだから」
そして、スプラは、ウェンディにキスをした。
終わり
いかがでしょうか。
女の子同士の絡み合いは、なかなか楽しいのですが、物足りない方もおられるかもしれません。作者は、小説を映像でとらえているので、女の子だけが出てくる方が好きかもしれません。今回は、当初考えていなかった闇の部分も出てきて、なかなか気に入っています。
もしかしたら、女性向かもしれません。と言うと、男同士の行為を描いた作品の方が受けるかもしれませんが、それを書く予定は全くないので、ご安心ください。
書くスピードが落ちてきましたが、まだ描きたいものがあるので、続く予定です。これからも、よろしくお願いします。