「っ!? 響達だっ!」
「響ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
俺の声に弾かれるように小日向さんが走り出す。その途中で神獣鏡のギアを纏いながら。一方みんなは疲労困憊……には見えない子達もいるけど、それでも疲れているのが分かる。酷いのはF.I.S組。その疲弊は目に見えて分かる。特にマリアさんだ。長期間ドリンクなしでギアを使っている反動だろう。見れば同じくドリンクを飲んでいないであろう暁さんもややしんどそうだし。
「あれは……ソロモンの杖?」
翼達が倒れている砂浜近くに光る奇妙な形の物。それを小日向さんが掴み、上空に見える穴へ向けて投げ入れる。更にその杖を追うような形で神獣鏡の閃光を収束させて穴へと発射。結果ソロモンの杖は聖遺物キラー光線を背に妙な穴へ吸い込まれて消えた。
「……終わったな。もうこれでバビロニアの宝物庫は開かれる事はあるまい」
「フィーネ……」
いつの間にか隣にいた金髪美人へ視線を動かす。相変わらず胸元がセクシーです。きっとネフシュタンが残ってたら、この人も戦ってくれたんだろうな。そう思いつつ俺は彼女の言葉へ耳を傾けた。
「アクセスするためのデバイスは先程の閃光で塵と消えた。それに宝物庫そのものさえネフィリムの爆発でどうなったやら」
「ノイズはもう現れないんですか?」
「さてな。こればかりは何とも言えん。まぁ、最悪でもこれまで以上に頻度は減るだろう。上手く行けばもうこの世界はノイズの脅威からは解放される」
そう告げてフィーネはメガネを取り出す。それをそのままかけようとして、一度だけこちらへ視線を向けた。
「これであの娘達を母にしてやれるな」
「貴方もね」
即座に返す。それにフィーネが赤面したので小さく微笑む。
「私ではなく櫻井了子だ。それに、この女は既に……ああ、分かった。ではな」
何か了子に言われたのだろう。フィーネは苦笑しながら眼鏡をかけた。了子は少しだけ俺をちらりとみやってから、視線を響達へ向ける。これでもう終わったんだ。そう思って俺も大きくため息を吐く。ナスターシャ教授も奏とセレナさんに助け出されたそうだし、フロンティア自体もその機能を喪失し崩壊したらしい。月の軌道や何やらも解決したみたいだし、とにかくこれで平和になる。
「俺もお役御免になれるかな」
どこかで残念に思いつつ、奏達が戦わなくてよくなるならと、そう思って笑みを浮かべた。これが後にフロンティア事変と呼ばれるものの最後だった……。
その後の世界はまた平常運転へと戻った。ただし、表向きにはという注釈が付く。ナスターシャ教授を始めとするF.I.Sの人達はやはり罪に問われる事となり、マリアさんは暁さんと月読さん、そしてセレナさんのために世界が用意した立場と肩書きを背負う事になり、ナスターシャ教授も罪滅ぼしではないが了子と共同で聖遺物研究へと戻った。二課も二度に渡る聖遺物関係の騒動を経て国連直轄化組織へと改編され、俺は何と一人暮らしを余儀なくされたのだ。
「……酷いよなぁ。そりゃ、俺が出来る事なんてドリンクの原材料供給だけだけど」
つまり、なくてはならない存在ではないと判断されたのだ。一応仕事として了子の助手は続けられるけど、一助手に税金で部屋から食費まで賄う気はないという、至って普通の一般論を突き付けられたと言う訳。これにはフィーネの言ったノイズによる脅威軽減が大きく関わっている。つまり、俺の生命のスープなど頼らなくてもいい程度しか今後ノイズは現れないと判断されたのだ。それを否定する材料はなく、風鳴さんなどの一部良識派はそれでも不測の事態に備えるべきと、俺の保護などを意見してくれたのだが……。
「喉元過ぎればじゃないけど、少しでもケチれるならケチるのが政治家ってもんだもんなぁ」
結局風鳴さん達の意見も空しく、俺は保護対象ではなくなったという訳だ。そして風鳴さんの家へ一時的に居候させてもらいつつ、新居を探して今に至る。幸いにして、本格的に生命のスープが使われ出した頃から今までは、名目上了子の助手として給料を風鳴さんが発生させてくれていたらしく、貯えが出来ていた事もありそれなりの場所へ住む事が出来た。本当に風鳴さんには頭が上がらない。お礼を言ったけれど、あの人は……。
―――いや、礼には及ばん。本来であれば君も響君達と同じで世界を守る力の一つなのだが、その性質上中々理解されなかった。我々の力不足で苦労を強いてしまうが許してくれ。
と、本当に最後まで漢でOTONAな言葉を頂きました。ちなみにツヴァイウィングスタッフとして整体師を、と奏と翼から勧められたのだが、そちらは何故かクリスと了子からダメを喰らった。理由についてだが、了子は万が一に備えてドリンクを確保し、ナスターシャ教授を治癒させた生命のスープ自体の研究も続けたいというまともなもので、クリスは……察して欲しい。一つだけ言えるとすれば、奏と翼に対して「ちょせぇ事すんなよ先輩っ!」と言った事かな。
「さて、そろそろかな?」
呟いた瞬間聞こえる来客を告げる音。モニターを操作すると画面に現れるのは小日向さんと月読さんに暁さん。その後ろには荷物を持った響にクリスが見える。ちらっと見えたが、彼女達は食べ物担当か。
「いらっしゃい。今そこ開けるから。部屋は二階の角の205だよ」
『はい、分かりました』
言いながらマンション入口のロックを解除し彼女達を迎え入れる。そう、今日は俺の引っ越し祝いと元F.I.Sの子達との親睦会なのだ。その会場が俺の部屋になった理由はたった一つ。他の場所が使えないからである。人数が問題の所もあれば、そもそも女子寮な所もあり、唯一最後まで残ったマリアさん達が住む事になった一軒家は、女性五人で暮らす場所へ来る客の内多くが女性の中、一人だけ若い男というのはどうなんだろうとなり、却下となった。会場としては適切だったんだけどなぁ。
「さて……おっとまたか」
玄関のロックを解除しに行こうとしたら再び来客。モニターには変装したツヴァイウィングとセレナさんが。奏が荷物を抱え、そこには飲み物が見える。
「いらっしゃい。今開けるよ」
『シキ、もう響達は来た?』
「うん、ついさっき……ああ、もうこっちに着いた」
『了解。行くよ翼、セレナ』
奏の声を聞きながら玄関へ向かう。ドアを開けるとそこには五人の可愛い少女達がいた。
「よく来たね。さ、どうぞ上がって」
「「「「お邪魔します」」」」
「デス!」
五人して靴を脱ぎ、響と暁さんは向きを直さない辺りがらしい。残る三人はちゃんとそれを直し、小日向さんと月読さんは先に行った二人の分までそれを行う。うん、この子達の日常が見てとれるな。二人を追う形でリビングへ向かったクリスが軽く叱りつけるのも含めて。
「もう奏達も来るから。小日向さん達は準備始めてくれる?」
「分かりました。やろうか、調ちゃん」
「はい」
年少組の家事担当が揃ってリビングへ向かう。そこにはクリスに叱られしゅんとしている元気っ子二人が見えた。本当に似てるな、響と暁さん。ムードメーカーなとこといい、楽天的な感じといい、姉妹と言われても信じてしまいそうだ。さて、俺はこのまま三人を待つとしよう。なので玄関を開け、廊下へと出る。
「おっ、出迎えとは感心感心」
「まぁ、あまり重い物を女性に持たせたくないしね」
にっこり笑う奏から荷物を受け取り、先導する形で部屋へ入る。俺に続いて奏、翼、セレナさんの順番で玄関へ。すると聞こえてくる賑やかな声に俺達は揃って笑みを零した。
「ったく、騒々しいね。あの子らはさ」
「立花と暁は似ているから、雪音も叱り易いんだと思う」
「ふふっ、本当にそうだね。調と未来が近い気がするのもそのせいかな」
お姉さん的立場の意見は共通しているようで結構結構。ま、最年長の女性がいれば、奏はともかく残る二人も妹分へ自動的に変わるんだけどね。この後、奏と翼がクリスに代わって響に暁さんの面倒を見、セレナがクリスと共に小日向さんと月読さんと四人で料理へ。俺はと言うと、この後来る最後のゲストを出迎えるべくマンションの入り口まで移動。
「ホント、良かったよなぁ」
あの全世界へマリアさんが啖呵を切った出来事から、誰がこんな結末を予想出来ただろうか。装者の少女達が一人として欠ける事なく全てを終え、それどころか今のように笑い合えるようになるなんて。
「どこまでも勝ち負けじゃなく争いを止めたいって、そう願い続けた響達のおかげかね?」
「そして、それを支える声が私達の想像を遥かに超えたからかしら」
独り言へ返された言葉に顔を動かす。そこにはサングラスと帽子で変装したマリアさんがいた。護衛兼監視役の方々はいない。おそらく撒いてきたのだろう。中々凄い事するな、この人。
「いらっしゃい。立ち話もなんだから行こう」
「ええ、お願いするわ。セレナ達はもう部屋?」
「うん、家事担当四人で料理中。残る四人はお菓子とか飲み物の準備してるはず」
マンションの入り口を開け、マリアさんを連れ立って歩く。気付かないだろうな、この女性があのマリア・カデンツァヴナ・イヴなんて。現実味なさすぎるもんなぁ。
「それで、お連れの方達は今日はお休み?」
「さあ? 確かに休日はそうだけど、ここに来る前にチラと見た気がするわ。ま、もしそうなら私を護衛する仕事なのだからどこかにいるんでしょう。護衛対象に撒かれるなんて、護衛役失格だもの」
これだ。マリアさんはこれを理由に何度もこういう事をしている。勿論問題にはなる。だが、それでセレナさん達へ何かする事は出来ない。詳しい事は分からないが、きっと彼女と国連の一部は互いに銃口を突き付け合っているのだ。なので目を瞑れる範囲は瞑ると、そういう事なのだろう。それに、マリアさんの言い分も一理あるし。そもそも、監視するための誤魔化しに護衛を理由にして傍にいるのだからねぇ。
「どうぞ」
「ありがとう」
玄関のドアを開けたまま、マリアさんを先に入れる。それに小さく笑みを返し、マリアさんが玄関へ入り靴を脱いだ。綺麗な足に見惚れていると、その視線に気付いたのかマリアさんがこちらへ視線を向ける。その呆れたような困ったような顔が可愛く見えた。
「可愛いな、その顔」
「っ! あ、貴方はまたそうやって女をその気にさせる。悪い癖だから直しなさい」
「そうそう。もっと言ってやってよマリア。シキはすぐ女を口説きにかかるんだからさ」
玄関へ顔を見せた奏は楽しげな笑みを浮かべたまま、手にしていたグラスをマリアさんへ手渡した。
「さ、まずは一杯」
「それ、お酒に使う言葉でしょ。まぁ、有難く受け取っておくけど」
「奏、準備は順調?」
「ま、あたしらのはね。料理はまだ半分ってとこかな。何せ量が量だし」
受け取ったグラスの中身を飲むマリアさんを横目に、奏も苦笑しつつグラスに口をつけた。どうやら色が同じなので一緒の中身らしい。綺麗な色だ。アルコールではないと思うけど、少し怪しい気もする。と、そこでふと果実系の匂いがした。……おい、これって。
「奏、カシスの香りがするんだけど」
「ん? だって、これカシオレだもん」
さらりと爆弾発言。未成年がほとんどの場所で何を言ってんだ、この娘。真偽を確かめるべくマリアさんへ視線を動かす。
「……間違いないわ。これ、アルコールよ」
「マリアさん、没収」
「そうね」
「ちょ、ちょっと待てよ。いいじゃん。こんなのジュースみたいなもんだし」
「「それがダメなのっ!」」
この場の男女最年長コンビとして見逃す訳にはいかない。飲酒が出来るのはここの三人だけなのだ。ジュースと間違って飲んだらどうする。それに飲ませなくても匂いで酔う事だって十分あり得るし。なのでグラスを取り上げられた奏と軽くお説教するマリアさんを置いて、俺はリビングへ向かい飲み物類のチェック開始。
「……カクテル系が多いな。翼、これ買う時、奏が支払わなかったか?」
「う、うん。一番年上だから任せろって」
「何か問題でもあったんですか?」
「デスか?」
大きなため息を吐く俺を見て響と暁さんも視線を向ける。なので百聞は一見にしかずとばかりにアルコール飲料の缶を見せる。それを受け取り、まじまじと見つめる三人。うん、確かにジュースみたいってのは分かる。美味しそうってのも大目に見よう。それで何で開けようとするかな、暁さん。
「ダメだよ切歌ちゃん。これ、お酒だから」
「えへへ、匂いだけでもダメデスかね?」
「ダメだ。暁、飲酒は成人するまで待て」
うん、響と翼は良識ある子達で良かった。奏なら少しだけだぞとか言って許してしまいそうだし。
「っと、そうだ。シキさん、マリアさんも来たんですよね?」
「うん、今奏のお説教中」
「……ナルホドデス」
俺の言葉で耳を澄ませる三人。うん、聞こえるね。成人女性がお説教されているのが。暁さんと響は苦い顔をし、翼は情けないのか複雑そうな顔。さて、まずアルコール系は全部野菜室にでも放り込もう。そう考えて袋から出していく。そして、それを響と暁さんに運んでもらって冷蔵庫へ。翼は俺と共に飲み物の仕分け作業。やがて奏とマリアさんがリビングへ顔を出す。二人して疲れた顔をしているが、奏や、誰のせいでそうなったと思ってるんだい。
「シキ、あたしの酒は?」
「全部野菜室。飲みたかったらまた別の機会な」
「はぁ~、仕方ないか。マリアを入れてシキと三人で飲み交わしてみたかったのに」
「気持ちは嬉しいけど、状況を考えて頂戴。セレナや翼の年齢でさえ問題なのよ」
「へいへい」
またお説教が始まると察したのか、奏はそう返すと素早くキッチンへと向かう。手近にいたクリスへ手伝える事はないかと問いかけていた。マリアさんはそれを見て小さくため息。分かってるんだろうな。見れば翼達も苦笑している。
「もう、奏ってば」
「あはは、マリアさんのお説教回避ですね」
「されると思うぐらいなら少しは行動を考えて欲しいわ」
「でも、あれが奏さんらしさデス」
暁さんの言葉に俺を含めた全員で頷いた。さて、ならこっちも動きますか。そう思ってテーブルを見る。既にある程度の料理が皿に盛られて配置されていた。飲み物も百均で買っただろう紙コップと共に置かれている。……あれ? 俺の出来る事って何もない?
「小日向さん、もしかしてもう手伝いは足りてる?」
「はい。なので響達と待っててください」
笑顔で返す小日向さんの声に、俺はどうしたものかと考える。と、その時思い付いた事があった。これだけ大人数なんだし、ああいう物も必要だろうと。なので早速寝室へ向かう。そこにあるいくつもの中から、比較的女子受けしそうな物を選んで運び出す。すると俺の行動を見ていたのか、響が寝室前で待っていた。
「あれ? シキさん、それって……」
「うん、ゲーム機。これならみんなで遊べる奴も多いしさ」
「おおっ! これ、ちょっと前までよくCMやってた奴だぁ。あの、四角い奴はないんですか。私、青いハリネズミシリーズの黒い方が好きなんです」
「ああ、あれにならそいつが出てるゲームが移植されたっけ。あっ、もしかしたらVCで配信されてるかも」
「ヴァーチャルコンソール?」
「ま、詳しくはまた今度ね」
ゲーム機をリビングへ持ち込み配線を繋ぐ。その様子を翼と暁さんも興味深そうに見つめてくる。響はわくわくといった顔でこちらを眺めていた。やがて料理も完了したのか小日向さん達がテレビへ意識を向ける頃には、俺はいくつかのゲームをDL購入していた。
「こんなもんでいいかな」
「シキさん、早くやろうデス」
「待て暁。まずは要さんに手本をだな」
「いやいや、慣れるためにも体験を」
「うーん、その前に腹ごしらえじゃない?」
既にゲームへ意識をもっていかれてる三人に苦笑しつつ、後ろから近づく存在へ目をやる。すると、向こうもそれに気付いたのか、小さく頷いて暁さんへ呼びかけた。
「そうだよ切ちゃん。ご飯冷めちゃうよ?」
「おおっ! もう出来たデスか!」
月読さんの声で振り向き、テーブルを確認する暁さん。うん、本当に楽しい子だ。目先の事にすぐ反応してる。そこからそれぞれへ飲み物を配る流れになり、俺はそれを眺める事にした。ま、俺だけコンビ相手がいないからだけど。
「はい、響はお茶でいいよね?」
「ありがと未来」
「翼はコーラだよな」
「奏? 怒るよ?」
「姉さんはどうする?」
「そうね、ここは郷に従うとしましょうか。緑茶でいいわ」
「切ちゃん、ご飯にジュースはダメ」
「そ、そこを何とか……」
うん、仲良きことは美しきかな。と、そんな風に思いながら笑みを浮かべていると、不意に頬へ感じる冷たい感触。
「ほら、お前の分だ」
「ありがとう、クリス」
「ん」
お礼代わりに笑顔を返すとふいとクリスが横を向く。コップの中身はウーロン茶だった。成程、油っぽいものが多いからかと納得し、全員にコップが行き渡ったのを確認してからわざとらしく咳払い。それだけで全員がこちらを向いてくれる。うわ、何だか変な緊張が走る。
「えー、今日は俺の引っ越し祝いを兼ねた親睦会にお越し頂き」
「堅苦しいのはいいからさっさと始めてあげて。切歌が限界なのよ」
「シキさん、すみませんけどお願いします。何度もお菓子を食べようとしてたぐらいで」
イヴ姉妹からの報告で全員が暁さんを見る。見られた本人は恥ずかしそうに頬を掻いていた。ならそうしよう。こういうのは俺も苦手だし。
「じゃ、これからもみんなで一緒に笑っていけるようにしよう! 乾杯っ!」
「「「「「「「「乾杯っ!」」」」」」」」
「デースっ!」
俺がコップを上に掲げるのを合図にみんなが同じ動きをする。そこからはみんなで料理を食べ始めた。ある程度食べ終わったところで、お菓子をそれぞれ摘みながら色々話し出す。奏とマリアさんに翼の三人がアーティストとしての話をする横で、セレナさんに月読さんが小日向さんと料理のレシピを交換し合い、かと思えば響と暁さんがクリスを巻き込んでゲームで対戦して盛り上がっていた。それを見て、俺は本当に心からこうなれて良かったと思う。俺の体質がこの光景へ少しでも貢献出来ている事。それが嬉しかった。例え、それが人に自慢出来るような事ではないとしても。……うん、自慢どころか下手すりゃ処刑ものだよな。何せ、ここにいる全員に俺は自分の精子を飲ませたようなものなのだから。
「だあっ! またあたしがビリかよ!」
「切歌ちゃん、やったね!」
「はいデス。今回は一位でした!」
「もっかいだ。もっかい同じカップで勝負だ!」
「ふふん、いいデスよ?」
「よーし、今度は私がチャンピオンになるからね」
クリスが負けるなんて珍しいな。そう思って見ているけど、すぐに理由は分かった。響は何も考えずに純粋なまま一位を目指しているけど、暁さんは順位が下の方がアイテムが良くなる事に気付いているらしく、真ん中ぐらいの順位をキープし、アイテムを上手く使って最後の最後に逆転するスタンスだ。で、クリスは途中まではトップ争いをしているのだが、暁さんのアイテム攻撃の的になる事が多いために負けやすいらしい。それと、たまに響もアイテムが良くてダメ押しになる場合もあった。
「実戦にも通じるような光景かも」
「そうだね。特にクリスみたいに利口な奴はこういうパターンに弱いかも」
「雪音は頭の巡りがいい反面、そこから外れる相手にはペースを乱され易いもの。立花や暁はそういう相手だし」
「面白いわね。レースゲームなのに戦術性もあるなんて。しかも、アイテムも多種多様な効果で使い方の工夫次第で更に化ける」
いつの間にやらアーティスト組が俺の後ろでゲームを見ていた。その会話はさながら解説のようだ。
「後で三人もやる?」
「いいね。じゃ、チーム戦にしよう。三人ずつで分かれてさ」
「あら、じゃあ優勝者には賞品でも出るのかしら?」
「ちょっと待って。要さんは?」
「俺は見学だけでいいよ」
そう言った瞬間、思い付いたとばかりに奏が口の端を持ち上げて告げた。
―――ならシキのスープが賞品ってのはどうだ?
その瞬間、翼の目が防人モードへ変わった。それと、何となくだがクリスと響からも装者モードの気配がする。なので俺は助けを求めるようにマリアさんへ視線を向けた。だが、それは意味を成さなかった。彼女はこちらを見て赤面していたのだ。そうだ。マリアさんはもう知っているんだった。あのドリンクが何から作られていたかを。しかも、彼女も奏程ではないけど適合係数が低かったらしく、ドリンクを使用する事でガングニールを纏うようになったそうだ。
「そ、そうね。私は欲しくないけれど、下手に金銭が絡まないからいいかしら」
「姉さん、その前にシキさんの意見も聞かないと」
「必要ないよセレナ。シキさんは、私達みたいな女の子にならスープあげてもいいって思ってるから」
「シキさん、そんな事調ちゃんに言ったんですか?」
小日向さんの問いかけに俺は力なく頷くしかない。あの初めて出会った日、偶然とは言えあの子達二人にドリンクの原料を知られてしまった時、俺は確かにそんなような事を言った。
「未来、あんまりシキを責めてやるなよ? シキはそういう奴だから」
「え? いえ、別に責めてる訳じゃ」
「そうですよ。未来はシキさんの事を責めたいんじゃなくて、スープを飲んでみたいんだもんね~?」
「っ! 響っ!」
ゴールしたからか視線を画面から外し、響がからかうようにそう言った。小日向さんは顔を赤くしながら怒るものの、それさえ仲の良いやり取りにしか見えない。でも、小日向さんが俺のスープを飲みたいってどういう事だ? もしかして、クリスと同じ事になっている? ……可能性はあるな。そんな事を考えていると、背中をつんつんと突かれた。
「ん?」
「シキさん、もしかして未来さんはスープの正体を知らない?」
月読さんの言葉に俺は複雑な表情を返して答えとする。それだけで月読さんも察したのか、小さく頷いて小日向さんを見た。小日向さんは響の事をポカポカと叩きながら文句を言っている。その様子はまるでカップルのようだ。でも、俺は知っている。響はもうある意味無垢な女の子ではなく女になっている事を。……いや、あれは仕方なかったんだ。何せ人命がかかっていたし。言い訳にしか聞こえないだろうけど、響との行為には止むにやまれぬ事情があったんだよ。
「へへん、先に行かせてもらうぜ先輩」
「くっ……雪音か」
「どけどけ、デス」
「ぬっ! 今の弾丸は暁なのか!? このままでは……」
響が小日向さんにより強制ログアウトとなったためか、翼がコントローラを手に奮戦していた。クリス、明らかに自分より弱いのが来たからって挑発し過ぎじゃないか? 暁さんは……誰にも同じか。
「これは……」
「げっ!」
「お星様デスか?!」
「天は私を見離していないようだぞ、雪音っ! 暁っ! 我が輝きにて全てを薙ぎ払うっ! 駆け抜けよ、星の煌めきっ!」
星煌一迅、とでも毛筆の力強い文字が見えそうな口上と共に翼の使用キャラである緑の服を着た剣士がバイクで駆け抜けていく。その速度で追い抜いていったはずのクリスを抜き去り、トップにいた暁さんをスピンさせ、そのまま本当にゴールまで駆け抜けてしまった。
「見たか。これが先輩と風を吹かす者の実力だ」
「くっそぉ、さっきからあたし以外のアイテム運が良すぎだろ」
「はい、次は調の番デス」
「うん、頑張る。で、切ちゃん。どう操作するの?」
勝ち誇る翼と悔しげなクリス。一方暁さんは交代とばかりに月読さんへコントローラでもあるリモコンを渡していた。うん、ならクリスも交代だな。そしてチーム分けはどうなったのだろう?
「クリス、あたしに代わりな。仇を取ってやるよ」
「おう、頼んだぜ先輩」
「次は月読と奏が相手か」
「お手柔らかにお願いします」
どうやらチームは勝手に決まったらしい。おそらく、響と翼に小日向さんで一チーム。クリスに奏とマリアさんで一チーム。で、残る暁さんに月読さん、そしてセレナさんで一チームか。何故って? その三人ずつで固まってたからだよ。
「赤の甲羅……これはまだ温存しておこう。使うなら……ここ」
「おっし! 来たよイナズマァ!」
「くっ……何故金貨ばかりだ。せめて甲羅ならば……バナナぁ!?」
「よし、これで入賞圏内」
「うしっ! 一位いただきっ!」
「己が力を過信し過ぎたか……」
堅実に上の順位を取り続ける月読さん。アイテムでの博打が好きな奏。浮き沈みが激しい翼。そこからまた選手交代をしてレースは続く。マリアさんは一週目でコースを把握し、二週目からはレコードタイムを出すスピード派。セレナさんは穏やかなのにえげつないタイミングでアイテムを使うテクニック派。その両方のいいとこ取りな小日向さん。本当に見てるだけで面白い。一度だけマリアさんが「アイテムなどに頼るものかっ!」と啖呵を切り、最後の最後でボックスを触ってしまった時は、一位になったにも関わらず何とも言えない感じだった。
「私は……自分で言った事さえ守れないのか……っ!」
「姉さん、一位取れたんだからいいじゃない」
「そうですよ。それにアイテムだって取っただけで使ってませんし」
「気持ちは嬉しいけれど、そういう問題ではないの。私は己に課した事さえ果たせなかった。それだけが問題なのだから」
「うん、分かった。じゃ、姉さんはここでリタイアね。二人でトップ目指そうか、未来」
「はい、そうしましょう。負けませんよ、セレナさん」
「ちょ、ちょっと! 私は諦めないわよ! 次こそはアイテムに頼らず勝利してみせるっ!」
その瞬間、セレナと小日向さんが小さく笑みを見せ合う。うん、いいコンビだ。というか、セレナさんって意外とお茶目さん? とにかく、この後もチームを組み替えてみんなで遊んだ。レースを見て応援したり解説したり、あるいは一緒に驚いたり笑ったり。そんな光景を見ながら俺は一人お茶を飲む。そして気付いた。
「これ、もう誰も賞品とか意識してないな」
なら黙っていよう。スケベ心はあるけれど、目の前の光景の方が大事だ。なので時々お菓子の袋をみんなに差し出し、ショートカットなどの小技を教えたりしながら交流を図る。それと、女性陣の要望で俺も何かやってとなり、和製ホラーゲームを選んだ。その不気味で恐ろしい内容と悲しく切ない物語にみんながそれぞれの反応を見せ、その悲鳴や驚く様を楽しませてもらった。そう、楽しい時間は早く過ぎる。最後はまたレースゲームをやり、気が付けば夕方近くになっていた。さすがにお開きとなり片付けを始めるも、二名程がこのままお泊りしたいと言い出した。が、それぞれのパートナーにダメを出され諦める事となる。いや、さすが長い間一緒にいただけはあるなと感心した。宥め方が慣れてらっしゃるもの。
「じゃ、シキさん。また遊びに来ます」
「うん、いつでもいいよ。平日の日中は了子さんのとこにいるけど、それ以外は基本家にいるから」
「じゃ、またゲームさせてくれるデスか?」
「いいけど、宿題とかはちゃんとやってね。じゃないと俺が月読さん達に怒られる」
「そうだよ切ちゃん。私達もお勉強しないといけないんだから」
「ううっ……マムもそう言ってたデスね」
しょんぼりと肩を落とす暁さんだけど、どことなく嬉しそうにも見える。そうだよな。ナスターシャさんもこれからは厳しいだけじゃなくなる。きっと勉強なども教えたりしてくれるだろう。それをどこか分かってるから暁さんも嬉しいのだ。
「ま、もし何だったらあたしらもいるしな」
「そうだよ切歌ちゃん。私達に聞いてくれれば教えるからね? ……響以外は」
「なはは、そうそう。私はあんまり期待しないで」
「立花、それでは示しがつかんぞ」
「そうそう。あんたも先輩と風を吹かす者なんだからさ」
「っ! か、奏っ!」
顔を赤くする翼。それを見てみんなが笑う。いつまでもこうしていたいけど、そういう訳にもいかない。なのでここは最年長らしくしますかね。
「よしっ! じゃあ、みんな気を付けて帰って。難しいかもしれないけど、またこうやってみんなで集まろう。今度は風鳴さん達も加えてマリアさん達の家でさ」
その言葉に全員が頷き、解散となった。俺は誰もいなくなった部屋へ戻り、これからの事を考える。
―――もう、俺の体質は必要ないし装者の役割も変わるはず。なら……奏との約束、果たしてやりたいな。