『それでは、訓練開始っ!』
風鳴司令の声であの子達が胸にあるイグナイトモジュールへ手をかける。エルフナイン、いえ周囲に倣ってエルと呼びましょう。エルの手によって遂に神獣鏡を除く全てのギアへ実装されたイグナイトモジュール。その起動実験を兼ねた訓練。果たして上手くいくのだろうか?
「「「「「「「「イグナイトモジュール、抜剣っ!」」」」」」」」
”ダインスレイフ”
聞こえる電子音声と共にモジュールが起動。ここまでは問題ないようですね。それが装者達の胸へと突き刺さる。同時に彼女達を襲う呪い。凄まじいまでの破壊衝動。それらを彼女達は抑え込む。見ている私でさえ辛くなる。かつての訓練風景を思い出し、それでも目を背ける事なく前を見つめた。
「教授、辛かったら見なくても平気ですよ?」
「いえ、大丈夫です。了子さんこそお腹の子にあまり良くないのでは?」
「それこそ大丈夫ですわ。何せ、あの男の子ですもの」
あっさりと返して了子さんはまた彼女達へ視線を戻す。私も再び前へ意識を戻した。全身を呪いや暴走の色で染め上げたマリア達。聞こえてくる声は獣の呻きのようにも思える。
「こ、これぐらい何でもないわ……っ!」
「そうデス。あの頃の訓練に比べれば……っ!」
「今はマムも笑ってくれる……褒めてくれる……っ!」
「乗り越えてみせる……みんな、一緒にいられるなら……っ!」
聞こえてきた言葉に思わず息を呑んだ。思い出すのは本心を殺してあの子達と接していた頃の事。あの頃はあの子達へかけてやれる言葉は叱咤だけだった。だけど、今の私は違う。
「そうです! あの苦しかった頃を乗り越えた貴女達なら、呪いなどに負けるはずはありません! 私に見せてください! 新しい力を従えた姿を!」
「ナスターシャさん……」
「聞こえた? 今のがずっと言いたくて言えなかった教授の本音よ。見せてあげなさい。新しい貴女達の凛々しさを」
こちらを驚きのまま見つめるエルへ頷き、私は瞬きさえ忘れてあの子達を見つめた。
「マム……ええっ!」
「やってやるデスっ!」
「見てて、マムっ!」
「私達の事をっ!」
「「「「はああああああっ!!」」」」
マリア達を覆っていた闇が飲み込まれていく。それがギアへと吸収されるように消え、あの子達のギアが黒を纏って変化する。その禍々しさを感じさせる姿に私は頷いた。従えたのだ。あの子達は呪いの闇を。そしてこちらを見つめるあの子達へ、私は笑みを浮かべて頷いた。
「マリア、セレナ、切歌、調、よくやりました。貴女達は私の自慢の娘達です」
ああ、涙を流してはいけませんよ切歌。調もです。ああ、マリアとセレナもですか。まだまだ四人とも子供のようですね。やはり褒めるには早かったかもしれません。そう思うも、私も泣いている事に気付いた。エルがこちらへハンカチを差し出していたからだ。
「ナスターシャさん、これをどうぞ」
「……ありがとう」
「いえ……」
こんな風に涙を流したのはいつ振りでしょうか。ですが、いいものですね。子の成長を喜び涙出来る日が来ようとは。あの施設にいた頃は思いもしませんでした。本当に、良かった……。
発令所の者達が見つめる中、マリア達がその新しい力を備えたギアを身に纏い、凛々しい姿を披露した。
「よし、マリア君達は制御に成功したか」
「はい、イグナイトモジュール正常に稼働。懸念された問題点もクリア出来ています」
「ただ、響ちゃん達は……」
「うむ」
あおいの言葉通り、響達は未だにその身を包む呪いを御し切れていない。旧二課勢はマリア達と違い、見て欲しい相手がその場にいない。それも制御に手間取っている要因ではあった。
「やはり要君がいない事が響いているのか……」
弦十郎もそれとなくではあるが気付いている。シキが了子だけでなく奏達とも深い仲になっているだろう事は。だが、彼はそれを責めるつもりはなかった。そもそも彼の家である風鳴は、現当主が倫理的に問題ある行動を取ってまで跡取りを決めたような家であり、それに比べれば本気で関係している女性全員を愛しているシキは可愛いものだからだ。逆に弦十郎はシキを大したものだと思っているぐらいだった。
「仕方ない。俺では代わりになれんだろうが、だからこそ言える事もあるか」
「司令?」
「どうするつもりですか?」
「知れた事。男が女の前で格好をつけるように、女とて男へ格好をつけたいものだ。ならばっ!」
そう言って弦十郎は奏達へ通信越しに叫ぶ。
「どうしたぁ! お前達の要君への想いはその程度の呪いで屈する程度かっ!」
発令所全体を揺るがす程の声量が弦十郎から放たれる。それに耳を抑えながら藤尭とあおいは、ここにナスターシャやエルフナインがいなくて良かったと痛感していた。
「彼は今も君達の救出を信じ、敵中で孤軍奮闘しているに違いない。ならば、その呪いは何のために身を包む? その衝動は何のために従える? 惚れた女のために命を賭ける男へ魅せるためではないのかっ!!」
喝。そう呼ぶに相応しい気迫と声量だった。そして、実際にそれは通信越しでも届いたようだ。シミュレーションルームの奏達がゆっくりとその体を起こし始めていた。未だその身を呪いの黒で包んでいるが、その眼差しにはいつもと同じ、いやいつも以上の輝きが宿っている。
「言ってくれるじゃないか……なぁ?」
「ああ、まったくだ。これしきで私達がへし折れるとは……笑わせるっ!」
「へっ、上等じゃねえか。ママの代わりに見せるって、そう張り切れる奴らがいるなら……」
「好きな人のためなら、いくらだって張り切りますっ!」
「「「「おおおおおおっ!!」」」」
エルフナインと了子の目の前で四つの闇が収縮していく。そして、彼女達もまた新しい力を従える。呪いを祈りに、破壊を守護に、反転させる使い方が出来る存在へと四人も至った。
「凄い……本当に制御した。これが愛の力……」
「そうよ。これが愛。特に響ちゃん達の場合は彼との付き合いも長いしね」
「思い出の力……」
「思い出の力、か。たしかにそういう言い方も出来るかも」
了子の言葉に頷き、エルフナインはもう一度響達八人の装者を見つめた。これならオートスコアラーにも勝てるはず。そう強く信じて。その視界を通してキャロルはため息を吐く。何も装者八人がイグナイトモジュールにより強化されたからではない。彼女が実際身を置いている場所の光景に呆れたからだ。
「本当に起動するとはな」
それはシキの提案による実験。スープではなく、ガリィとキスを何度もする事による起動。それが本当に出来たのだ。ただ、その代償としてシキは疲れ果てていたが。
何しろガリィが何度も何度もディープキスをねだったため、もう舌と口が疲れてしまったのだ。それでもスープ無しで起動させる事の意味は大きいと言える。シキは既に四体いる内の三体をスープで壊してきた。ならば、最初にスープの味を知らない方が、初めて意識して味わった時の威力は大きいのではないかと考えていたのだ。
「起動、地味に確認。マスター、ありがとうございます」
「礼はいらん。お前を起こしたのはそこの男だ」
「そこの男?」
レイアが視線を動かした先にはミカから水を渡されているシキがいた。彼女の記憶にはそんな存在はいなかった。なので説明をと視線をキャロルへ向けた途端、ファラが口を開いた。
「彼は計画のためにマスターが連れてきた存在。ある特殊能力の持ち主で、ミカをたった一人で起動させ、今も稼働分の思い出を供給しているの」
「……地味に凄いな」
「でも、その方法はある意味派手よ」
「ま、そうかもね。ある意味、だけど」
ファラの意見にガリィが賛同した事でレイアも納得したのか頷いた。そして、派手好きな彼女が派手と聞いて興味を示さないはずもなく、その方法とやらを教えてもらおうと彼女達へ視線を向けるのだが、何故かファラもガリィも答える事をせずキャロルを見るだけだった。
「何だ?」
「いえ、スープでなくても起動した以上教える必要もないかと思ったのですが……」
「マスターが教えた方がいいと思うのでしたらぁ……と、思ったんです」
「マスター、申し訳ありませんが教えて頂けますか? 地味に気になります」
その問いかけにキャロルが返したのはシキに聞けとのもの。こうして街への出発前にシキは部屋へレイアを連れ込む事に。ガリィ達は今回はいない。キャロルが外出に際しての注意などをしているのだ。なので手早く終わらせねばならない。シキは若干の気怠さを覚えながらも、レイアへスープの効果とその飲み方を教えていた。
「……って、訳なんだ。分かった?」
「大体。派手と聞いていたけど、どこか派手なのか分からない」
「あー、多分味だと思うよ。三人して絶賛してるからね」
「そう。そう聞くと楽しみになってきた。じゃ、出して」
その素っ気無い言い方にもシキは何か言うでもなくズボンを脱いだ。やがて露出したペニスを見つめ、レイアは軽く息を吸った。
「……たしかにいい匂いだ。派手な味が期待出来る」
「なら早く始めよう。時間がないんだ」
「分かった」
頷くレイアを見てシキはならばとばかりにその頭を掴んだ。だが、レイアは抵抗もしない。それが時間短縮の方法と聞かされているからだ。そう、シキはレイアへイラマチオを行うつもりだった。しかし、それは以前ガリィへやったものとは違う。レイアの派手好きな性格を考え、動きも大きい方がいいのではないかと思った結果である。こうしてレイアはシキのペニスを口に、正確には喉奥へと迎え入れる事となった。
これは、凄い。苦しさと美味しさと辛さと快楽が一緒になって押し寄せてくる。このシキと言う名の男に好き勝手にされているのに、それを嫌に感じないのもだ。私を壊すのではないかと思う程の力強さと動きの激しさ。どれ一つとっても派手で良い。
「ああっ! レイアのノドマンコ締まるっ! 出来るなら舌も使ってくれ!」
ノドマンコとは何の事か分からないが、舌を使えとの指示、了解した。中々難しいがおそらくこの美味しさの強い部分を舐めればいいのだろう。すると、更にそこから美味しさの素が出てくるではないか。ヌルヌルとした独特な舌触りだが、その味が堪らなく美味い。そう思いながら舐め回していると、チンポ、だったか。この男の呼ぶ名称で呼んでやるが、それが小刻みに震え始める。何が起きるのかと思って舌を動かしていると……。
「レイア、もう…………うっ!」
熱い何かが私の喉奥へと放たれた。ああ、熱い。そして多い。飲み干さなければ窒息する。そう思わせる程の結果だった。喉を落ちていく……チンポミルク? チンポミルクはとても温かく美味しい。すると、急激に私の中を思い出が駆け巡る。これは……ダメだ……私が……私では、なくなるっ!?
「レイア、ごめんな。苦しくなかった?」
そう言いながらシキが私の口からチンポを抜いてしまう。ダメだ。もっと味わいたい。そう思って舌を絡める。まだ残っているスープ、いやチンポミルクを舐め取り、チンポを綺麗にして解放する。ああ、大きくて硬くて立派なチンポが私の目の前で反り返っている。とても派手で胸が騒ぐ。
「いや、大丈夫だ。派手で良かった」
「そう。あ、なら一つ聞きたいんだけど」
何だ? シキは一体私に何を聞きたいと言うのか。
「俺とキャロルちゃん、好きなのはどっち?」
「聞くまでもない。派手な食事をさせてくれるシキに決まっている」
「……そっか。ならいいんだ。それと、レイアにお願い。キャロルちゃんの前では、俺の事はあまり大事な扱いしないでくれ。キャロルちゃんが良い気分じゃなくなるからさ」
「地味な願いだが了解した。任せておいて」
何かと思えばそんな事か。それにしても、マスターの事を気遣うとは中々地味ではあるが良い心がけだ。やはり私の認めた相手だけある。さて、では外出するとしよう。派手にな!
「レイア、ちょっと待って。俺、まだズボン履いてない」
まったく、困った奴だ。まあいい。今の私は気分がいいからな。地味に待ってやるとするか。
「こうしてこの時代の街を出歩くのは初めてだ」
「そうなんだ。やっぱりキャロルちゃんの故郷とは全然違う?」
俺の手を握り、こいつは当たり前の事を平然と聞いてくる。だが、周囲の目を欺くためにも迂闊な反応は出来ん。今の俺はこいつの親戚として振舞うのが一番面倒が少ないからな。
「ああ、そうだな。そもそも国が違う」
「じゃ、ヨーロッパの方?」
「……そうなる」
「そっか。じゃあこっちは違うものばかりだね」
本当に何なんだ、こいつは。ずっと笑顔で歩き続けている。俺が知らない物を見ているとすぐに気付くし、少しでも興味を持つと教えてくる。まるで……パパだ。そう、パパ。こいつとあの話をした後、俺はこいつにパパを重ねてしまうようになった。奇跡を殺すと言った俺へ、それは自殺と同じ事と諭してきたこいつ。世界を知れとの遺言を、自分の分まで生きろという意味と説いたこいつ。そんな事はないと、そう思いたいのに思えないのは、やはりこいつがどこかパパに似ているからだろうか。
「おい、あれは何だ?」
「ん? ……ああ、ソフトクリームだね。ちょっと待ってて」
「あっ!」
俺はどういう物か知りたかっただけなのに。まったく、勝手に動くとはな。俺が不機嫌になっていると、ガリィがミカを連れて近寄ってきた。というか、何故この二人は両手に食べ物を持っているんだ? ああ、そう言えばあいつがATMとかいう機械から金を出していたな。それで買ったのか。
「何か用か?」
「マスター、これ中々いけますよ?」
「あめりかんどっくって言うらしいゾ。で、こっちはふらんくふると」
「ガリィのは何だ?」
「こっちは限定販売らしいです。で、からあげ串とかいうやつですよ?」
初めて聞く物ばかりだ。そういえば、パパと一緒に旅をしていた時も土地の食べ物は楽しみの一つだったか……ふむ。
「キャロルちゃん、お待たせ。って、あれ?」
「……買ってきたのか」
間の悪い奴だ。俺は今ミカからもらったあめりかんどっくを食べるのに忙しい。からあげ串とやらは香りだけで止めておいた。しかし、これは中々美味いな。周りをケーキのような生地で包んで揚げてあるのか。ただ中のソーセージはちと頂けん。まぁ一緒に食べる事を前提にしているので許してやる。と、そこへ差し出される白い物体。
「これ、冷たくて甘いから。牛乳が原料の食べ物なんだよ」
「……もらってやる」
気のせいか俺が受け取った時、あいつがどこか思い出し笑いをしたような? まあ、気にする必要はない。早速とばかりに一口舐める。先程食べていた奴らがそうしていたからな。すると冷たく、そしてミルクの甘さが広がる。砂糖も入っているのか。何とも贅沢な味だ。俺がパパと一緒にいた頃なら王侯貴族さえも食べられなかっただろう。それを何の力も持たない庶民が食える、か。本当に時代は変わり、世界も変わったという事だな。
「どう? 食べ物で世界を知るってのも悪くないでしょ?」
「…………そういう事にしてやる」
「シキさん、悪いのだけど少し資金をもらえないかしら?」
「派手に使った」
「レイア、ちょっと無駄遣いし過ぎ。ファラ、君がちゃんと管理して」
どうしてこうもガリィ達はこいつばかり頼る。そう考えてすぐに理解。俺がこの国の金を持っていないからだ。し、仕方ないじゃないか。資金はほとんどチフォージュ・シャトーへ注ぎ込んだんだ。それに、俺の予定ではこんな事をするはずではなかったし。……いかん、溶けて垂れてきた。
「あー、ミカ少し食べてあげて。ただし大口はダメだよ」
「ん。あーん」
「なっ?! ミカっ! 大口はダメだとこいつが言っただろっ!」
ああ、俺のそふとくりーむが……。半分近く消えてしまった。おかげで垂れなくなったが、俺の気分も半減だ。
「キャロルちゃん、今度はチョコ味とのハーフを買ってあげるからさ。それでミカを許してやって。ミカも謝りな?」
「ううっ、ごめんだゾ」
あいつに言われてしおらしくなるミカに違和感を覚えるも、街ではあまり目立つ事をするなと言ったからかと理解する。まぁ、反省しているようだし許してやるとする。俺はこの程度で頭にくる程ガキではないからな。それにしても、チョコ味と言っていたがそんな物まであるのか。牛乳にカカオを粉末にして溶かすとして、ちゃんと溶け切るのかが疑問だ。
「もういい。だが次はないぞ」
「分かったゾ。で、シキ、アレ何だ?」
「あれはフライドチキンだよ。鶏肉を油で揚げた物」
その説明でミカが走り出そうとしてあいつに止められる。こうして考えるとまるで犬だな。止めたとはいえ、店へ行くのは止めない辺りがこいつらしい。ふむ、たしかにいい匂いがする。だが、これは鶏肉の匂いだけではないと思うんだが……?
「丁度いいや。今日はここでお昼にしよう」
「さんせー、だゾ」
「あんたは食べ物なら何でもいいんでしょうが!」
「ガリィ、静かに」
「地味に目立つ」
「お前達、少し黙っていろ」
見ろ、店員が困惑した目を向けているじゃないか。周囲の客も完全に俺達を見ている。そんな中で平然と注文出来るあいつは何だ? 余程の大物か底なしのバカか。……あるいは両方か。
「キャロルちゃん、何か欲しい物ある?」
「俺か? そうだな……」
注文口上の写真を見る。どれも色が使ってあり、見栄えがする。それにとても美味そうだ。と、ある物の写真に目が止まる。
「あれはアップルパイか?」
「はい、期間限定のアップルシナモンカスタードパイです」
「じゃ、それを……ミカ達はどうする?」
そこで一斉に俺を見るな。ったく、仕方ない。喋るのを許可するように頷くと、ミカとガリィが同じものを欲しがり、ファラはコールスローとやらを、レイアはチキンナゲットとやらをそれぞれ注文していた。そして注文の品が出来上がるまで待つ事となり、俺達は二階へと移動した。そこには全部で二十弱の椅子があり、テーブルが大小合わせて七つ程あった。
「良かった。何とか全員座れそうだね。ガリィ、そっちの二人掛けのテーブルとイス、こっちにくっつけて」
「はいはい」
「あ、飲み物はこっちで適当に頼んだから。気に入らなかったらごめん」
「別に気にしない。勝手にしろ」
すまなさそうに謝る顔がパパに重なり、思わず顔を背ける。と、その顔を思いっきりガリィに見られた。
「ぷくくっ……マスター、顔が赤いですよぉ?」
「黙れっ!」
「マスター、恐れながら静かにするべきはマスターかと。ガリィもあまり騒ぎを起こすような言動は慎みなさい」
「派手に暴れたいならシャトーへ帰るべき」
「だゾだゾ」
「分かったわよ。うるさいわねぇ」
何というか、こうしていると本当に家族のようだ。もっとも、俺はここまで大家族だった事はないから実感は湧かないがな。その後もあいつを中心にガリィ達が会話を続けた。俺はそれを聞いているだけだったが、何となくガリィ達のあいつへの対応が柔らかいように感じる。一体どうしてだと、そう思っていたら店員がいい匂いをさせる物を運んで現れた。
「お待たせいたしました。五番のお客様でよろしかったですか?」
「はい」
「大変お待たせいたしました。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
一礼し去って行く店員を眺め、俺はこんなところにも変化を感じた。俺が見た事のある店員はあそこまで礼儀をしっかりしていなかった。客への態度など下手をすればもっと横柄で、文句があるなら出て行けというような店主などもいたぐらいだ。
「本当に世界は変わった……」
渡されたアップルパイは俺の記憶の中にある物と違っていた。だけど、香る匂いはそこまで変わらない。パパと食べたパイの思い出が甦る。一口だけかじってみる。中から熱いクリームと切られたアップルが顔を出し、その強烈な甘さが俺の口の中を暴れ回る。かと思えば鼻の中をシナモンの香りが襲い、容赦なく俺の体へ甘味を叩き付けてくる。だけど、思い出の味には敵わない。
「どう? 美味しいかい?」
「え?」
こちらへ優しく問いかけるあいつの声がパパに聞こえた。振り向けば嬉しそうな笑顔のあいつがいる。それもパパへと重なる。
―――美味しいかい、キャロル。
ダメだ。もう、俺はダメかもしれない。パパの命題は、パパの願いは、私の心へ答えを隠していたんだ。そう、思ってしまった。そう、感じてしまった。気が付けば涙が流れていた。それをあいつは驚いて見せるも、すぐに何枚かの紙を取って拭いてくれた。その手つきの優しさと若干の不器用さが余計パパを連想させる。
「もういい。自分で拭く」
「ごめん」
「貸して」
「はい……ん?」
俺の言い方に首を傾げるシキを見て、小さく笑いながら目元を拭く。もう命題の解き方が分かった。であれば、世界を分解して再構築するなんて意味がない。このままシキやガリィ達と世界を見て回ろう。そう決めて、俺は少し冷めたパイを口に入れる。その温度と甘さが今の俺には丁度良かった……。