まぁ、きっと「こんなの書いてないで残りのデートと複数プレイを書け」と仰る方もいるかと思いますが、どうかお許しを。書きたかったんです。衝動に勝てなかったんです(汗
もう一人の彼女達 その1
ルナアタックと呼ばれる事件から既に数年が経過し、世界は平和を謳歌していた。ノイズによる被害は激減。いや、既に皆無となっており、時折起きるそれらしい事件も被害を出す事なく穏便に片付けられるのが常となって久しい。装者達も一部がその任務から離れ、身重となっているのがその証拠。
「父さん、マリアからだ」
「ありがとう、キャロル」
ここ、S.O.N.Gも開店休業状態。たまにお呼びがかかるのは災害救助などの要請であり、荒事関係ではないのも平和の証。キャロルとエルも背丈が伸び、もう幼女というよりも立派な少女と呼べる程まで成長を遂げていた。了子が産んだ子供も既にある程度の言葉を話せるようになり、皆から可愛がられる理由を増しているぐらいの時間が流れている。
「もしもし?」
『シキ? お腹の子、どっちか知りたい?』
電話口から聞こえてくる声はどこか悪戯めいている。その意味に気付き、シキは小さく苦笑しながら答えた。
「女の子なんだろ?」
『ご名答。これで了子さんに奏と続いて三連続ね』
「だな。やっぱり、こうなると装者の因子を絶やさないようにしてるのかね?」
『フィーネやマムもそう思ってるみたいだし、有り得ない事じゃないわね。不必要であればいいけれど、いざとなった時に使い手がいないではギアが泣くわ』
「でも、こうなると母から子へと受け継がれるのかぁ」
噛み締めるように告げた言葉にエルがふわりと笑う。キャロルとの差別化として彼女は髪を伸ばしている。そのセミロングのブロンドを手で掻き上げながら、彼女は義父へ微笑みかけた。
「もしそうなら、ある意味でギアは母娘の絆の証にもなるよ父さん」
「そうだな。私達としては羨ましい事だ。私やエルも子を生したとして、残せる物や受け継げさせられる物などない」
「出来て錬金術の知識とかだもんね」
やや複雑な表情のキャロルと苦笑するエル。義理の妹を得た事でキャロルは一人称を俺から私へ改めた。それはいずれ成長し自分を姉と慕う存在への影響を考えての事だった。そんな、きっと学校へ通っていれば間違いなく男子の人気者となれるだろう二人は、周囲の就学を勧める声にも関わらず研究者として生きる事を選んでいた。
―――私は今更本当の子供とはなれない。だからこのままでいい。
―――僕も同じです。それに、ある意味でここが僕らの学校です。
了子とナスターシャ。その二人を先生と見立て、キャロルとエルはS.O.N.Gこそが学び舎と言い切ったのだ。こうして二人は今も白衣姿で本部内の研究室で仕事に明け暮れている。
「そんな事ないよ。二人の生き方や考え方、他にも経験なんかでもいい。二人にしかないものが必ずある。それを子供や誰かに伝えて次につなげていくんだ。二人のパパの願いはそこにも込められてると思うから」
『シキの言う通りよ。キャロルもエルも心配しなくていいわ。人は必要が来れば親になれるの。了子さんやシキがそうだったように』
マリアの言葉にシキが照れくさそうに頬を掻く。その義父の姿に二人は笑みを浮かべて頷いた。この後、シキはマリアとの会話を少しだけ続けて通話を終える。ふと時計へ目をやると、既に夕方近くとなっていた。
「こんな時間か。二人共、そろそろ帰ろう」
「分かったよ父さん。キャロル、そっちは?」
「少し待ってくれ。家に持ち帰る資料をまとめる」
「それはいいけど、キャロル? 日付変わる前には寝るんだぞ?」
「わ、分かってる。……エル、十分前になったら教えてくれ」
「うん、いいよ」
こそこそと話す二人を眺め、シキは小さく笑みを零す。すっかり双子の姉妹らしくなったキャロルとエル。その姿に感慨深くなったのだろう。了子が産んだ命は彼ら全員に大きな影響を与えた。奏やマリアなどには自分もと思い、クリスや響などには先に生まれた者としての自覚を促した。皆、赤子と接する機会がなかったのもあるが、一番はやはり自分達が今日を守り抜いた事で得られた命だったからだろう。
―――名前はどうするの? アナタが付ける?
―――……そうする。ない頭で考えてみるよ。
で、その結果付けた名前は了子を手本にした単純なものとなった。夢子である。その単純だが分かり易く意味が出ている名に誰もが笑って頷いた。そして夢子はナスターシャを義祖母、八紘を義祖父としてやがて教えられる事となる。今はそんな事など露知らず、すくすくと成長しているが。更に、今はまだ母親が複数いると分かるはずもないが、いつかはそれを知る事になるだろう。その時がまず最初の難関だとシキ達は考えていた。
「お待たせ父さん」
「もう大丈夫だ」
「そうか。なら帰ろう」
「「うんっ!」」
シキの前をキャロルとエルが歩き、まず向かったのは別の部屋。了子の研究室である。彼女は一年で産休を終え、今は夢子の世話をセレナ達に託して職場へ復帰していたのだ。
「母さん、一緒に帰ろう」
「あら、そんな時間?」
「そうだよ。了子も夢中になると時間を忘れる傾向があるんだから……」
「ごめんなさい。じゃ、ちゃっちゃと支度しちゃうわ」
「母さん、手伝う事はない?」
「大丈夫よ~」
ヒラヒラと手を振って了子は再びPCの方へ意識を向ける。その際、回転椅子に座ったまま体を動かした。当然産後の体である彼女の胸は平時よりも豊満になっており、シキは思わずその揺れに視線を奪われる。が、そんな彼へ注がれる呆れた視線が二つ。
「「父さん……」」
「……ごめん。でもこれぐらいは勘弁して」
さすがに反応まではさせていないが、夫である以上妻の姿に目を奪われて何が悪いと言えない辺りが彼らしさだろう。そんな三人をチラリと見やり、了子は小さく笑みを浮かべてPCの電源を落とした。四人となって部屋を出るシキ達だったが、今度はその足で隣の部屋へと入った。
「マム、良かったら一緒に帰りませんか?」
「ああ、丁度良かった。私も貴方達の方へ行こうと思っていたところです」
ナスターシャは傍に置いてあったショルダーバッグを手に取り、ドアの方へと振り向いた。すると、そこへ素早くエルが駆け寄る。
「グランマ、僕が持ちます」
「そうですか。では、お願いしますねエル」
「グランマはさすがだな。ちゃんと時間を見ていたのか」
「という事は了子さんはまたですか」
「仕方ないじゃありませんか。夢子を産んだ辺りから、フィーネが古の知識などをこれでもかって教えてくれるんですから」
彼らの関係を知らぬ者が聞けば至って普通の家族関係と思っただろう。実際には血の繋がりがまったくない五人である。だが、それでも心の繋がりだけは確かなものとなっていた。こうして五人揃って本部を後にし家路を歩く。というのも、転送に頼っていては体が鈍るとの考えにより、出来る限り通勤通学は己の足を使う事となったためだ。それと、もう一つはキャロルとエルのためでもある。元々シャトーしか知らなかったエルと、現代日本の事を詳しく知らないキャロル。その二人のために、帰宅途中の時間を使ってシキと了子が軽い文化説明などをしていたのだ。実はナスターシャも、その話を聞いて密かに感心したり驚いたりとしているのだが、顔に出さないようにしている事もあり未だに気付かれてはいない。
と、そんな時、ふと彼らの視界に炭化した物が存在していた痕跡が見られる場所が映った。そこはつい数日前に響達が装者として戦った戦場である。
「まだ生々しいな……」
「一体何だったんでしょう、あの黒いノイズは」
「まだ分からない事だらけだわ。一つだけはっきりしてるのは、あのノイズはアルカ・ノイズではない事」
「それと物質を炭化させても消滅しない事です」
「響と未来の二人じゃ危なかったぐらい厄介だったんだろ? まさかS2CAを使わないと倒せないとかなぁ」
「ガリィ達にドリンクを与えての投入をして何とかだからな」
キャロルの言葉通り、響と未来が二人で買い物中に遭遇した黒いノイズは、周囲の物を次々と炭化させながら人々へ迫った。即座に二人はギアを纏い応戦。だが、その強さに思わぬ苦戦を強いられたのだ。その時、クリスは翼を連れ立ってとある国へ出かけており、奏とマリアは妊娠していたために待機。切歌と調は現場へ急行するも時間がかかるとなった。そこへセレナがガリィ達を連れて現着。装者三人がS2CAを準備する間、ガリィ達が黒いノイズを足止めして事なきを得たという訳だった。
「謎のノイズ、か。錬金術で生み出したって訳じゃなさそうなんだっけ?」
「ええ、それはエルとキャロルが断言したわ」
「あのノイズをもし仮に錬金術師が生み出したとしたら、既にそいつは炭になっているだろうな」
「制御出来ない存在です。そんなノイズを創り出せば自分がどうなるか。それを分からないような人物があんな存在を生み出せるとは思いません」
「それに、彼らの目的からしてもいくらでも炭化可能なノイズは邪魔者でしかないはず。まさかこちらの戦力を削るために自分達さえも危険に晒すとは思いたくありませんね」
研究者四人の言葉に納得しシキは歩みを続ける。やがて彼らの行く手に公園が見えてきた。そこではアイスやクレープなどの移動販売が必ず来ていて、そこへ立ち寄るのがエルとキャロルの楽しみでもあったのだ。
「今日は……メロンパンか」
「道理で甘い匂いがすると思ったわ」
「買うのですか? なら私が買ってあげますよ?」
「ううっ、焼き立てだから美味しいんだよね、あれ」
「ああ。そうなると夕飯が……」
どこか楽しそうに笑うナスターシャ。それに困った顔で話し合うエルとキャロル。そんな光景に顔を見合って微笑むシキと了子。仲良し家族さながらの光景がそこにあった。しかし、そんな彼らから少し離れた後方で突然人の気配が生まれたのは、エルとキャロルがメロンパンを半分に分けて食べようと結論付けようとした時だった。
「ここは……いつもの場所ね」
「そのようだな」
「あー、何かいい匂いしません? あまーい感じの」
聞こえてきた声に五人は思わず顔を見合わせ、その方向へ顔を向ける。そこにはシャトーで帰りを待っているはずの身重なマリアがいた。しかもまるで妊娠する前の頃のような姿の。更に翼と響までいたのだ。彼女達もシャトーで彼らの帰りを待っているはずである。こんなところにいる訳はなかった。
「……どういう事だ?」
「わ、分かりません。とにかく接触してみましょう」
「いや、その必要はないよ。ほら、あの響の動き見てごらん」
シキの言葉で全員が響の事を注視する。彼女は目を閉じて鼻を動かしていた。そして、そのまま匂いにつられるように彼らのいる方へ歩き出したのだ。メロンパンの匂いに引き寄せられているのだと、そう理解したエル達は思わず苦笑した。目の前にいる響が誰であれ、自分達の良く知る彼女と同じだと察したのだ。すると、当然響の動きに気付いてあとの二人も視線を動かす。
「立花、どこへ……」
「ちょっと待ちな……」
そんな彼女達の視線がシキ達五人を捉えて固まる。それは当然だ。彼女達にとっては二度と会えないはずの者が並んでいるという異常事態だったのだから。思わず息を呑む翼とマリア。そこにきて、ようやく響も後ろの二人が何も言わない事に疑問を抱いたようで、目を開けて振り返ろうとした。
「あれ?」
だが、彼女も目の前に広がる光景に意識を奪われる。特に彼女としては、平行世界で初めて出会う相手に強く気持ちを持って行かれたのだ。
「キャロルちゃん!?」
「……どうやら私の事を知ってるらしい」
「そして、完全に私達の知る彼女達ではない事も」
「マムに櫻井了子……」
「まさかエルフナインとキャロルまで共にいるとは……」
驚きから脱したマリアと翼が響の後ろへ歩み寄る。シキはそんな三人を見てある事に気付いていた。
(この三人、俺の事を知らないんだ。てことは、向こうの俺って保護されずに死んでたのかな?)
何となくではあるが、シキはこの状況がSFによくあるパラレルワールドだと察していた。そこから三人が了子達にのみ反応している事で自身の死を予想していたのだ。と、そこで三人の視線が揃って彼へと向いた。
「失礼ですが、櫻井女史、そちらの方は?」
「えっと……一応私の旦那よ」
「「「旦那?!」」」
「それで僕達の義理の父さんでもあります」
「「「父さんっ?!」」」
「そして私とは血の繋がらない息子ですね」
「「「息子ぉっ?!」」」
息ピッタリな三人の反応にシキは気まずそうな表情を浮かべてベンチを指さした。
「とりあえず、あそこに座って話そうか。エル、家の誰でもいいから連絡を。少し帰るの遅くなるって」
「いっそ連れて帰ったら? その方が説明の手間も省けるわよ?」
「私もそれがいいと思うぞ父さん。それに、三人程度増えたところで夕飯は困らん」
「夕飯……」
「ちょ、ちょっと待って。その、そこの彼は貴方達の家族なのは分かったけど、さすがに三人も押しかけたら迷惑じゃないかしら」
マリアの良識的意見にナスターシャが微笑みを見せた。その表情にマリアが思わず息を呑む。彼女の知る限り、ナスターシャが微笑むところなど見た事がなかったからだ。
「安心しました。どうやら私がいなくても貴女は立派に育つようですね」
「マム……」
「そちらではどうなったかは分かりませんが死んだ事は確実でしょう。フロンティアの騒動を切り抜けても病魔が襲いますからね」
「では、貴方はそれを克服したと?」
「ええ、その話も含めて我が家へ行きましょう。セレナ達も待っていますし」
「セレナも……」
噛み締めるようなマリアだったが、翼が首を傾げた。
「申し訳ないですが、何故貴方達の家にマリアの妹が? それも、達と表現したからには他にも誰かいるのでしょうか?」
「ああ、ガリィ達に切歌と調。それにもう響や未来もいるはずだ」
「奏さんとマリアさんもいますよ。翼さんはオフでしたし、もうクリスさんも帰宅しているはずです」
「それと私の娘かしら。大所帯よ」
あまりの事に三人は目を何度も瞬きさせていた。何度か平行世界を訪れているが、ここまでの世界はなかったためである。そう、理解出来ない状況というものに陥っている世界だ。何がどうすればこうなるのかの予測が立てられない。そのため、三人はとりあえず申し出を受けてシキ達の家へ、シャトーへとついて行く事になった。そして、客人が来たという事ですぐさまエルが連絡を入れ、キャロルが転送用の結晶を取り出した。
「あっ、それってどこかへ移動する奴?」
「知っているなら話は早い。これで一気に帰宅する。さすがに客人を歩かせるのは気が引けるしな」
「その、何かすまないな」
「気にしなくていいわよ。我が家にお客様が来るのは珍しいし、それが貴方達となればきっとみんな喜ぶわ」
「父さん、三人ぐらい問題ないってセレナさんが」
「そっか」
「きっと切歌と響の食べる分が減らされるだけですね」
「うわぁ、何か自分に悪い事しちゃったなぁ……」
「それにしても、いいのだろうか? 今まで平行世界の自分達とは顔を合わせず来たが……」
「心配いらないわよ。きっと見かけは同じでも、私達とはかなり大きく異なっているんだわ」
「では、転送します。やり方は分かっていますね?」
ナスターシャの問いかけに頷き。三人は足元へ結晶を叩きつける。そうして彼らの姿は公園から消え、一瞬にしてシャトーの食堂へと転移した。そこがどこかを三人が悟る前に大きなどよめきがその場を包んだ。
「ま、マジだ。マジで先輩達じゃねーか」
「そっくりさんデスよ……」
「マリアが昔のマリアだ」
「言われて見れば、こっちの翼は若干女らしさが負けてるね。シキとシテないからかねぇ」
「もしくは剣を貫いてるんじゃない? 鞘にされる事もなく、ね」
「か、奏! マリアも! そういう事は言わなくていいからっ!」
「未来未来っ! ホントに私がいるよ!」
「はいはい、落ち着いてね響」
セレナ以外の装者達を見て三人は面食らっていた。はっきり言って自分達よりも仲が良いと実感してしまったのだ。自分達は仲間だが、目の前の者達は本当に家族と思えるような何かを。
「ま、マリアさん……あのマリアさんのお腹……」
「ええ、気付いているわ。妊娠、してるみたいね」
「奏もだ。まさかとは思うが……」
「そうよ。二人のお腹の父は彼。もっと言えば、彼はこの家の家長であり彼女達全員の夫」
完全に沈黙した。その意味が分からなかったのではない。分かったからこそ言葉が無かったのだ。何せシキは見た目からしてそこまで秀でている訳ではないし、他の優れたものがあるようにも見えないために。まだ何も知らないからだと自分を納得させつつ、それでもこんな状況はおかしいと三人が思った時だった。それを現実に引き戻すように食欲をそそる匂いが漂ってきたのだ。
「はーい、料理置くからちょっとどいて」
「お料理のお通りだゾ」
「今日は客人が来るので地味に派手」
「さあ、そちらも遠慮せずに座ってください」
エプロンを着けたガリィ達の姿に呆気に取られる三人へ、最後のトドメとばかりに大きな鳥の丸揚げを運んでセレナが姿を見せる。その大人の姿に三人が、特にマリアが息を呑んだ。彼女達が知るセレナは幼い頃のまま。もしそのまま成長したらという姿を見せられたからだろう。
「今日は色々思い切ったから沢山食べてね。えっと、そっちの姉さん達もどうぞ」
「え、ええ……」
「せっかくの申し出だ。有難く受けるとしよう」
「ですね。ご飯だご飯だ~!」
「……響はどこでも響なんだなぁ」
シキの噛み締めるような言葉に誰もが頷き、二人の響が照れくさそうに笑った。その動きと反応のシンクロに全員が笑って食事は賑やかに楽しげに始まった。その食事の最中、三人はそれぞれでこの世界の事を把握し始めていた。そしてすぐにこの世界と自分達の世界の決定的な違いを理解する。要シキの存在だ。彼の特殊体質によってこの世界は悲劇や不幸を変えてきているのだから当然と言える。と、そこで思う事があった。これまで訪れた世界は、異物とも言える存在が関与して変化した事はなかったのだ。
「……あの、翼さん。今回ギャラルホルンが私達を呼んだのってカルマ・ノイズが原因ですよね? あの要さんって人じゃないですよね?」
「これまでの事から考えてもそうなるな」
「聞いてみた方がいいわね。あまりにも驚く事が多すぎて忘れていたけれど、私達の来訪目的はそこなのだから」
揃って頷き合い、三人は視線を前へ向けた。そこには夢子を抱き抱えて微笑む了子がいる。
「あの、了子さん」
「ん?」
「一つ尋ねたい事があるのですが」
「黒いノイズの事か?」
翼の言葉を遮るようにコップを置いてキャロルが尋ねた。その内容に三人が表情を変えた事で返事と取ったのだろう。彼女は小さく息を吐いて話し始めた。それに当事者であった響と未来も加わり、より詳しい状況が明らかになる。
「たしかにあの時の私と未来はドリンクとか使ってなかったけど、それでも恐ろしいぐらい強かったんだ」
「こっちの攻撃を受けても怯みもしなかったんです。でも、周囲の人達を逃がさないといけなかったから、私が避難誘導をして響が一人で頑張って足止めを」
「よく一人でカルマ・ノイズを足止め出来たわね……」
マリアの呟きを聞いて来訪者以外の全ての者が反応を示した。カルマ・ノイズ。その聞き慣れない単語へ大小の差こそあれ驚きを見せたのだ。だが、今は話しを続ける方を優先するべきと判断したのだろう。未来はそのまま話を続けた。避難誘導を終えた辺りで響が苦戦を強いられていて、未来は急いで援護を開始。何とか五分まで戻したのだが、二人ではそこまでが限度であったのだ。
「響がダメージを受けてたせいで決め手に欠けちゃって。私のギアはそういう意味では爆発力が……」
「そこにセレナさん達が来てくれて助かりました。ガリィ達にちょっとだけ頑張ってもらって、三人でS2CAをやろうって言ってくれたから」
「私も攻撃が得意じゃないから。だから私と未来が援護して響が戦うよりも、三人で一緒に頑張る方がいいかなって」
「ミカとレイアで注意を引いて、ファラが風で動きを止めて、最後にあたしが足元凍らせて後は託すって感じ?」
「装者とオートスコアラーの協力体勢か。さしものカルマ・ノイズもそれでは勝ち目がないな」
その様を想像したのか苦い顔をする翼へ全員を代表する形でシキが問いかけた。
「それで、そのカルマ・ノイズっていうのがあの黒いノイズなんだよね? 知ってる事、教えてくれないかな?」
「ええ、あれはノイズの変異種。呪いを内包したノイズとでも言えばいいのかしら。そのせいでイグナイトを使っているとその呪いが共鳴し合って制御が厳しくなるの」
「実質イグナイトはあのノイズの前じゃ使えないんですよ。あと、人や物に触れても自滅しないんです。だから放っておくとどれだけでも被害を出しちゃうんで、出来るだけ早く倒さないと不味くて……」
「しかも一気に仕留めないと瞬時に逃走する事もある。結果として、エクスドライブかそちらもやったようにS2CAぐらいしか有効な術がない。それ以外でも倒せない事はないが、先程言った事もあってかなり骨が折れる」
噛み締めるような翼のまとめにマリアと響が頷いた。一方、それを聞いてシキ達はある事に気付いていた。それは目の前の三人はイグナイトをよく活用しているだろう事。何せ、あの時も響やセレナはイグナイトを使おうという意識がなかったのだ。そこには必要としてきていない事が挙げられる。そこまでせずとも勝ってきている事が遠因の一つだろう。スープによる適合率やギアの強化は、普段の状態でもイグナイトに負けない程のレベルに届きつつあるのだ。よって、装者達の気持ちを奏が代弁した。
「じゃ、あたしらが動ければ何の問題もなかったのか」
「「「え?」」」
「そうね。それに、私と奏が欠けているから今の翼達は司令塔がいないわ。一応翼やクリスが出来るけれど……」
「今まであたしらがやってばかりだったもんねぇ。それにセレナや翼もいつまで装者出来るか……」
「ちょ、ちょっと待ってください! いくら装者が九人いても簡単に勝てる相手じゃ」
「それがな、そっちにはねえだろう反則物がこっちにはあるんだよ。詳しい事は言えねーが、それを使う事でギアの出力やら何やらが強化出来るんだ」
「おかげで今やアタシ達はリンカー要らず、デス」
「ええっ!? 何それ凄い! こっちじゃマリアさん達苦労してるんだよ!?」
信じられない発言に響が席を立つ。立ち上がりこそしていないが翼とマリアも似た想いなのだろう。目を見開いてクリスや切歌を見つめていた。このままでは面倒な事になりかねない。そう判断して了子が眼鏡を外した。その瞬間、三人の視線が彼女へ向く。
「悪いがこれがそちらとの決定的差異を生んだ物だ。故に教えるワケにはいかん。それに、きっと教えてももう手に入らんだろうしな」
「……分かってはいたがフィーネとして覚醒していたのか」
「ああ」
「あれ? でも、ルナアタックがあったのにどうして?」
「私はこちらの装者達に負けた。だが、その前に摂取していた話題の物が一命を取り留めさせたのだ。それからは櫻井了子と共にこの時代で生きている」
そのフィーネの言葉に響が納得するように頷き、視線をその抱き抱えている夢子へ向ける。夢子は楽しげに笑ってフィーネへ手を伸ばしていた。それにフィーネも微笑みを浮かべ、優しくその頭を撫でる。その慈愛に満ちた雰囲気に響は嬉しそうに笑みを見せた。
「それにしても信じられない事だらけの世界だわ。こちらとの違いがあり過ぎる」
「ああ、そしてそれをもたらした物こそ大きな差異の原因、か。その正体は教えてもらえない上こちらはもう手に出来ないとは」
「正確には、今更手に入れられたとしても貴方達は使用を躊躇うわ。リンカー要らずになる代わりに、ある意味で究極の選択を迫られるでしょうから」
どこか困惑するもう一人の自分へマリアはそう楽しげに告げる。するとその意見に同意なのか、切歌や調だけでなく奏や未来さえも頷いていた。そして、何故かクリス達正規適合者までも。ナスターシャは苦笑いを見せ、フィーネは了子へと戻って知らぬ顔。エルとキャロルは複雑な表情を見せ、ガリィ達は素知らぬ顔。最後にシキだけが何とも言えない表情のまま三人を見つめていた。
食事を終えた三人はそれぞれに客室をあてがわれ、ひとまずマリアの元へ集まった。幾多もの平行世界をギャラルホルンを通じて訪れた彼女達でも、今回の世界はあまりにも異質だったためである。
一番は本来であれば誰か身代わりになるように死ぬ事で生存する奏とセレナが共にいて、しかもその身代わりとなるはずの翼とマリアも存命である事。更に車椅子になるはずのナスターシャも五体満足でしかも病気まで完治していて、未来が装者として登録されている上にキャロル達まで仲間となっている。
「……思いつくだけでも信じられない事のオンパレードね」
「ああ、大名行列だ。果てが見えない」
「何と言うか、私達の理想が全部叶ってるみたいですよね」
響の言葉にマリアと翼は深く頷いた。あの平行世界で再会を果たした別の奏やセレナと過ごした時、幾度となく思った気持ち。それがまさしくこの世界では日常なのだ。それも可能な限りの幸せとして。
「ただ、我々が……な」
「そうね。あの男、要シキと言ったかしら。どうして彼と男女の関係となったのかが理解出来ないわ」
「きっとそこが、この世界と私達の世界の大きな違いに繋がるんですよねぇ。だけど、あのマリアさんの言った究極の選択ってどういう意味なんだろ?」
「使用を躊躇うとまで言ったわね。でも、こちらの私達は使用した……」
「考えても分からない事だらけだ。だが、カルマ・ノイズが出ている事は事実。しかし、私達が来なくても問題がないように思えるんだが……」
翼の言う通り、この世界の戦力は異常である。装者が最大九人いるのだ。しかも、その内八人がイグナイトを装備している。更にガリィ達オートスコアラー四人も協力体制。いざとなればフィーネとキャロルも戦力となるのだ。
だが、既にマリアは自分達が呼ばれた理由を何となしではあるが察し始めていた。
「でも、こちらでは私と奏が戦線離脱しているわ。もしかして、近く他にも似た理由で装者として戦えない時期がくる者が出るんじゃない?」
「……可能性が高そうなのは私かセレナだな」
「クリスちゃんもですよ。こっち、もう卒業してるみたいですから」
「で、今の名前が挙がった人間が妊娠していると仮定すると、もう装者の半数が動けないわね」
「もしくは、いつかの時みたいにとんでもない事が起きるかもしれません。ネフィリムとカルマ・ノイズが同時みたいな」
「ないとは言い切れないな。それに、まだはっきりとは分からんが、こちらの我々はオートスコアラーとの戦闘をほとんど経験していないかもしれん。もっと言えば、あの最後の激戦は未経験という事だ」
その意味する事に気付いて、響がどこか羨ましそうな眼差しを見せた。最後の激戦とはキャロルとの決戦を意味する。最後まで届かなかった手。それをここは届かせる事が出来た何よりの証拠。それが翼の言った事だったのだから。
「実戦経験の差、か。本来ならば喜ぶべき事なのでしょうけどね」
「ああ、まったくだ。それだけこちらは平和に魔法少女事変が解決されたと言う事か」
「それだけじゃないです。キャロルちゃんがエルフナインちゃんと双子の姉妹になってます。ううん、ガリィ達オートスコアラーも仲良く暮らしてる。了子さんがお母さんで、ナスターシャ教授がお祖母ちゃん。見ましたよね? 二人共、了子さんと要さんを母さん父さんって。本当に幸せそうだった」
「立花……」
「気持ちは分かるけど、あまり深入りしない方がいいわ。ここは、そういう意味では劇薬よ。きっと私達の誰にとっても、ね」
そこで会話が途切れる。すると、それを待っていたかのようにノックの音が響いた。三人の視線がドアへと向けられる。
「はい?」
「あ、もしよろしければお風呂どうですか? ちょっとした自慢なんです」
聞こえてきたのはエルの声だった。その申し出に三人は応じる事にし、彼女の案内の元シャトーを歩く。マリアにとってはどこか不思議な感覚に陥る光景であった。彼女はこのシャトーで戦っている。その際の記憶が過ぎるのだろう。だが、それもすぐに小首を傾げるようになる。
「こんな風だったかしら?」
「どうしたんですか?」
「いえ、以前戦った時はこんな風じゃなかったと記憶してるの」
「ああ、それは改装したからです。今のここは僕らの家ですから」
さらりと告げられた言葉にマリアは言葉を失う。分かってはいた事だが、実際に証拠ありで示されると中々の衝撃だったのだ。万象黙示録の鍵であったシャトーが、今やただの研究施設兼住居。その事実はマリアだけでなく響と翼にも小さくない衝撃を与えていた。そんな事とは露知らず、エルは大浴場の前まで三人を案内した。そこには、女と印字された暖簾がかかっている。
「こちらです」
「うわぁ、銭湯みたいだぁ」
「か、かなりこっているんだな」
「はい、父さんがやるならこだわろうって。風鳴司令が喜びそうな感じを心がけたそうです」
「何と言うか……凄いわね」
エルに続く形で三人も暖簾をくぐって脱衣所へ。そこも銭湯さながらとなっており、三人は呆れるやら笑うやら。それでも、そんな風だったのはそこまでだった。タオルを手に浴室へと足を踏み入れた瞬間、三人の目は壁面に釘付けとなった。
「……すっご~い」
「あ、ああ……見事な富士だ」
「これも、要シキのこだわり?」
「どちらかと言えば私のかもしれない」
横の方から聞こえてきた声に三人が視線を動かすと、そこにはミカの頭を洗っているキャロルがいた。他にもガリィやレイア、ファラもいる。
「貴女の?」
「ああ、ここは私が担当したからな。居住関係はエルで、娯楽関係は私が受け持った」
「それは、マスターがタイルの色で描いた地味に凄い仕事よ」
「……ホントだ。翼さん、これ絵じゃないです」
「何と……」
湯船の横へ回り込み、壁面を指で触る響。それに感銘を受ける翼だったが、マリアとしてはあのキャロルがそんな事へこだわったのが意外に思えた。無駄な事を嫌いそうな感じを受けていたからだろう。その気持ちが顔に出ていたのか、ファラがマリアへ優しげな表情を浮かべた。
「マスターはシキさんに喜んでほしかったんですよ。だから頑張ったのです」
「ファラ、余計な事は言わなくていい」
「マスタァ、まだ目を開けちゃダメか~?」
「ああ、すまん。今流す」
「ファラ、タオル取って。ミカに顔拭かせるから」
「分かったわ」
五人の姿が家族さながらに見え、三人は無意識に笑みを浮かべた。それと同時に内心で悲しんでもいたが。もしかすれば、これが自分達の世界でも有り得たかもしれないと思ったのだ。そんな三人を眺め、エルは小首を傾げる。無理もない。彼女達が知るエルフナインとエルでは、シキの早期介入という事からして既に運命が大きく異なっているのだ。
「とりあえず皆さん、ごゆっくりどうぞ。僕はキャロル達の方にいます」
「あ、うん。ありがとうエルちゃん」
「何かありましたらお気軽に言ってください」
そう言うと一礼しエルはキャロル達の傍へと歩き出す。その姿を見送り、三人は複雑な表情を浮かべた。
「……有り得たかもしれない可能性、か。やりきれないな、これは」
「そう、ね。今までは一部だけだったからまだ受け止められた。だけどここは……」
「ギア関係の悲劇がほとんど回避されてます。切歌ちゃんや調ちゃんは、ここに来させちゃダメかもしれません」
「そうだな。雪音も避けた方がいい。いや、ここは我々だけで終わらせるべきだ。でなければ、抜け出せなくなる」
噛み締めるような翼の言葉にマリアと響が頷いた。その後はそれぞれ体などを洗い、ゆっくりと湯船に浸かって疲れを取った。後でもう一度相談する事だけを決めて……。
悲しみや苦しさを乗り換えたからこそある絆や強さ。だけど、それを経験しないからこそ得られる絆や強さがある。それを見せられる事ほどきつい事はないはずです。特に響にとってはこの作品世界はまさしく理想の世界でしょう。
……表向きは(汗