「まさかオートスコアラーと協力体制にあるとはな」
「ま、本来ならこっちのようになるはずだったから何にもおかしくないわ。それにしても、マスターの体をエルが、ねぇ」
腕を組み思案顔をする弦十郎。それを横目にしつつ、ガリィは白衣姿で幼い感じのエルフナインへ意識を向ける。その姿は、ガリィがよく知る頃のエルによく似ているが違っていた。
「ぼ、僕としても驚きです。まさかキャロルやガリィ達と一緒に暮らしてるなんて……」
「まぁね。でも、こっちは大変なのねぇ。アルカ・ノイズを人間が使役してるとか、やっぱりマスターの想像通りになった訳か」
「どういう事デスか?」
「ん? ああ、簡単よ。マスターは、アルカ・ノイズの技術を提供した際にパヴァリアから多額の資金を得た。だから、その分を軽く超える程の利益を生み出そうとするはずだって。で、手っ取り早いのが紛争国なんかへの横流し。実際こっちでもあったの。でも、こっちはマスターがアルカ・ノイズを制御出来るから、後は派遣された装者達で鎮圧」
「一応聞いておこうかしら。その国はどこ?」
「何て言ったかしら? バルベルデだったような……?」
「やっぱりかよ……」
苦い顔をするクリスに切歌と調の視線が向く。何か事情がある。そう思うも気軽に話せる事ではないとも理解しているので、二人はただ何も言えず押し黙るのみだった。ガリィは自身の世界のクリスから聞いているので知っているが、だからこそ喋るつもりはなく、素知らぬ顔で三人を見つめていた。
「それで、また私は向こうへ戻ろうと思うの。あのカルマ・ノイズは従来と違い過ぎる。S2CAさえ耐え凌ぎ、そこへ三人分の絶唱を受けて何とか倒せる相手よ。向こうはこちらより装者が多いけど、ガリィが言ったように実戦経験自体が少ない。その事がちょっとネックになるかもしれないの」
「それに、あたし達は稼働自体は出来ても戦闘となるとちょっと面倒事があるのよ。だから、出来るだけ大人しくしてないといけないって制約がねぇ」
そのガリィの言葉でマリア以外が思い出す。オートスコアラーはその動力として人の思い出を使う。平行世界でもそのための犠牲が出ているのではないかと。だが、そんな彼らへマリアが先んじて告げた。
「心配いらないわ。向こうには、彼女達の動力となる別の物があり、それを提供する事で犠牲者を皆無にしていたそうよ。今までも、そしてこれからもね」
「それにぃ、今のガリィちゃん達は改良を加えられて食事からも稼働分程度のエネルギーを得られるの。て訳でぇ、食事させてもらっていいかしら? ここに来る時に通ったやつのせいで、結構疲れたのよ」
「そういう事なら構わない。食堂を使ってくれ。クリス君、案内を頼む」
「案内はいらないけど、監視役として来てくれると助かるわ。こっちじゃ、あたしは敵対して倒した存在だし?」
「……ならお望み通りに監視してやる。こっちだ」
連れ立って発令所から立ち去る二人を見送り、弦十郎はマリアへ視線を向ける。それに彼女はチラリと切歌と調を見た。その意図を察し、弦十郎は息を吐いた。二人に聞かせられない話がある。そうマリアは言っているのだと。
「調君、切歌君、悪いが君達もクリス君達を追ってくれるか? ないと思いたいが彼女達が言い争いなどをしないとも限らない」
「分かりました」
「了解デス」
何の疑いも抱かず、発令所を出ていく調と切歌。それを確認し、マリアは小さく息を吐いて弦十郎達へ話し出した。今回の平行世界の異常さと、クリス達三人を出来れば関わらせたくない事を。その理由を彼らは痛い程理解した。特にエルフナインは。
「櫻井了子さんにナスターシャ教授。それだけでも凄いです」
「しかも、フィーネでもあるんだろ? 古代の知識に現代科学、更に錬金術とか、文字通り人類の叡智が集結してるぞ」
「それだけじゃないわ。奏ちゃんにセレナさん、更に未来ちゃんまで装者として正式登録。総勢九名の装者なんて……」
「とどめにキャロル君とオートスコアラー達の協力、か。たしかにクリス君達が聞けば複雑な気持ちとなりそうだ」
「それだけじゃないの。実は、そこだと装者九名は同じ男性の内縁の妻となっていて、櫻井了子も同様の立ち位置。更にその男の子まで産んでいて、奏と、もう一人の私まで妊娠しているわ」
絶句。そう表現するしかない反応だった。エルフナインさえも驚きのあまり目を見開いている。それだけの衝撃がある内容だった。だが、弦十郎はいち早く気付いた。
「その男性こそが、こことの大きな相違点か」
「ええ、そうなるわ。だから調べて欲しいの。彼は、向こうではノイズに襲われているところを保護されたそうよ。旧二課時代だと思われるから、もしこちらでも似たケースがあったのなら教えてくれるかしら? 多分、こちらでは亡くなっていると思うけど」
「奏ちゃんに助けられたの?」
「いえ、どうやら違うらしいわ。だからこそ、平行世界となるのでしょうけど」
「分かった。可能な限り調べてみよう。で、もう戻るのか?」
「ガリィが戻るまではここにいるつもり。だけど、若干懸念している事があるの」
「懸念?」
「ええ、向こうはどんなトリオでもユニゾンみたいな事が可能なの。聞けばデュオでも同様らしいわ。調と切歌並か、下手をしたらそれ以上の、ね。通常状態のギアでは、私達は勝ち目がなかった」
それが意味する事を察して弦十郎達は唸った。マリアはこう言っているのだ。イグナイトに頼るだけでは、それを超える相手と相対した際、打つ手がなくなってしまうのではないかと。実際、今回のカルマ・ノイズはそれだった。S2CAでさえ一撃必殺とならない上、イグナイトは真価を発揮出来ないのだから。
「……分かった。こちらでも調君と切歌君以外でも同等程度の事が可能にしておくべきかもしれないな」
「それがいいわ。デュオが出来るようになったら、今度はトリオでね」
そうやってマリアが発令所で会話している頃、食堂ではガリィから平行世界の事を聞き出そうとクリス達が質問をぶつけていた。だが、何故かほとんどガリィは答えなかったのだ。その理由は一つ。マリアに頼まれていたのだ。詳しい話は絶対にしないでくれと。特に、ナスターシャやセレナなどの亡くなった存在については。
(面倒よねぇ。ま、考えは分かるから何も言わないけど……)
用意された食事を食べ終え、ナプキンで口元を優雅に拭うガリィ。その向かいにクリスが、両隣には切歌と調がそれぞれ座っている。彼女達は肝心な事を何一つとして教えないガリィに、少しずつ苛立ちを感じ始めていた。それは、何もガリィの対応が気に入らないのではない。響がカルマ・ノイズによって倒れ、今もメディカルルームで安静を命じられている事を聞いたためである。
何故そうなったのかは聞けたが、どうやってS2CAを耐え切った相手を仕留めたのか、その詳しい話を尋ねてもガリィは一向に口を割らなかったのだ。約束だから話せない。その一点張りで。
「……だから、何で戦ったメンバーさえ教えてくれねーんだ」
「下手な事を教えると、あの女に怒られるのよ」
「どうしてマリアが怒るデスか? カルマ・ノイズと戦った装者を教えて欲しいだけデスよ?」
「うん、それだけ。どうしてもダメなの?」
「それは許されるかもしれないけど、そこからあんた達が詳しい事を聞きたがるもの」
堂々巡りであった。正直クリスとしては、詳しい話をするなとマリアが厳命した辺りである事を察しつつある。過去にも平行世界絡みで色々あったのだ。今回は、その色々の内容がより重いのだろうと踏んでいた。
(おそらくだが、あいつの妹が生きてたんだろうな。それも、いつかみてーな幼いままとかじゃねえ。きちっと成長してんだろ。だから詳しい話を聞きたがると思ってんだろうな)
半分正解で半分外れである。マリアが警戒しているのは、セレナではなくナスターシャの方だったのだから。皆からマムと呼ばれ、キャロルとエルからはグランマと呼ばれている事。病魔を克服し、五体満足で幸せに暮らしている事。それらは、切歌と調にとって聞き捨てならない部分であるのだ。
「分かった。なら、絶対詳しい話を聞かないからそれだけ教えて」
「へぇ、そう言ってくれるのね。なら教えてあげる。こっちのメンバーは、セレナとそこのコンビの三人だったわ」
「セレナがいるんデスか……」
「マリアじゃないんだ……」
「待てよ。何でそれだけなんだ? あたしや先輩はどうしたんだよ?」
「待機してたのよ。複数現れる事もあるってそっちが教えてくれたからね」
そう返してガリィはお盆を手に席を立つ。話は終わりという合図であった。その背を見つめ、クリスは理解した。今回の世界は何か大きな秘密があると。それをマリアは自分達へ隠そうとしているとも。その理由を考え、クリスが思い当ったのはこれまでの平行世界についてだ。
最初は天羽奏が翼の代わりに生存している世界。それから少し経って、今度は響と未来が揃ってリディアンへ行かない世界。そして最近あったのは、セレナがマリアの代わりに生存している世界。今回はセレナの生存が確認された。ならばおそらくナスターシャも生存しているはず。そこまで考えクリスが達した結論はこれだ。
(ここまで露骨にあたしらへ教えないって事は、それだけ有り得ない状況って事か。……だとしたら、マリアの奴はやり方を間違ったな。これじゃ余計興味持つってんだよ。てか、ガリィが来た時点でそうなるに決まってんだろ!)
彼女の心の声はまさしく現実のものとなっていた。切歌と調はガリィの後を追い駆けるように立ち上がり、今もそれとなく、いや切歌はあからさまに平行世界の事を聞き出そうとしていたのだ。もっとも、それをガリィは素っ気なくではあるが邪険にしない程度にあしらい、まるで切歌の扱いに慣れた感じを漂わせていた。
それにクリスは引っかかるものを覚えた。何もガリィが切歌の扱いを慣れている事へではない。問題は、どうして慣れたのかである。いくら仲間になったとはいえ、この世界のマリアと同等程度まで扱いに慣れているのはどうなのだと感じたのだ。
「……な、最後にもう一つだけいいか?」
「何? あんたまでこの二人と同じ食い下がり方するつもりぃ?」
「そうじゃねえ。本当にこれで終わりだ。お前、向こうのあたしらとはどういう関係だ?」
その問いかけに切歌と調は小首を傾げ、ガリィだけが楽しそうに笑った。その感心するような笑みでクリスは悟る。答えは聞けないでもある程度言われたようなものだと。単なる仲間ではない。そうガリィの反応は物語っていた。
「どういうも何も味方よ。そして、とぉ~っても仲良くさせてもらってるわ」
「……そうかよ」
「そ。じゃ、ガリィちゃんはもう帰るわ。こう見えても家の掃除担当なの」
「掃除、デスか?」
「意外……」
「ファラが炊事でミカが洗濯。レイアは家事全般の補助。それが今のあたし達の仕事」
ガリィの説明に感心する声を上げる切歌と調。クリスはそれを聞いてある予想が確信に変わっていた。
(あいつらが後輩達と関わり、しかもとっても仲良しだぁ? 普段は家事をやってるって事は住まいがちゃんとある。なら、あいつらの家はどこだ? 本部なんてワケはねぇ。どこか居住するにも、色々と面倒が多い。……まさか、寮みたいな場所をS.O.N.Gで用意して、そこであたしらと共同生活とかか?)
限りなく正解に近いところまで迫るクリスだが、やはり家族という発想は出てくるはずもない。こうしてガリィはマリアと共にギャラルホルンを通って平行世界へ戻って行った。その背をエルフナインが複雑な心境で見送って。
―――キャロルと姉妹になり、ガリィ達と家族……。そんな未来も、あったのかな……?
自分へ体を渡してくれた本来のキャロル。その心がざわつくような感じを覚え、エルフナインはそっと胸を押さえる。エルと呼ばれ、義理の父母と義理の妹まで得ている平行世界の自分。その事を想うと嬉しくもあり悲しくもあるのだ。
エルフナインが切ない眼差しでギャラルホルンを見つめている頃、シキは回復した翼から困った質問を受けていた。
「ですから、立花を回復出来る手段があるのならどうしてそれを使ってもらえないのか。その理由を聞かせて欲しいと言っているんです」
「だからね、その手段は本人の意思を確認しないと……」
「それが出来れば苦労はないと言っています。今も立花は昏睡状態。あのカルマ・ノイズの攻撃による疲労とS2CAの疲労。それにより、未だ意識が回復せずにいる」
そこで翼は言葉を切った。表情は悲しげで悔しそうである。止めるべきだったと思う人としての部分と、後輩である響へ任せるしか出来ない事への悔しさ。それを噛み締める防人としての部分が同居していたからだ。
「このままではいつ回復するか分からないと、こちらのエルフナインも言っていました。それを確実に回復出来る術があるとミカが教えてくれた。なので、その術が可能な要さんに頼みにきたのです」
「ミカかぁ……。そっかぁ……」
顔に手を当て、嘆くように呟くシキ。後でミカはお説教をしないといけないと思いつつ、どうしたものかと考える。たしかに彼の能力を使えば響の回復はすぐだろう。何せ生命力を注ぎこむのだ。だが、女性器からにしろ口からにしろ、それは本人の意思を無視して行っていいものではない。
もし、これが覚悟や決意を固める前の彼であれば、二人の響を我がものにと思う可能性はないとは言い切れない。しかし、既に夫となり父となった彼には、もうそんな考えは浮かんでも実行しようとは思えなかったのだ。
「それがあまり人に言えない事なのは分かっています。ですが、あのカルマ・ノイズは私達が相対してきたモノよりも危険なのです。今回は何とか撃退出来ましたが、次回もそうとは限りません」
「……次回があると?」
「はい。あのカルマ・ノイズは敗戦を糧に成長変化しています。それが二度の敗北で消滅するとは思えません。だからこそ、一刻も早く立花の意識だけでもと」
翼の声に秘められた危機感を感じ取り、シキは腕を組んだ。今、この世界の装者は九人いるが、既に二人が戦闘不可となっている。しかも、響と未来以外は妊活を始めており、いつ妊娠してもおかしくないのだ。
ここで平行世界からの来訪者達が負ければ、待っているのは世界の破滅である。そう考え、シキは苦渋の決断を下した。
「……分かった。なら、あの響の代わりに君が判断してくれ。俺が持つ能力を本当に使ってもいいかを」
「分かりました」
真剣な男の顔で告げるシキに翼は内心で意外な印象を受けていた。
(普段は情けない風に見えるが、いざとなれば男となるか。……成程、こちらの私が惹かれる訳だ)
事実は違うのだが、大人の男としての風格が漂い始めている今のシキしか知らない以上、翼の感想は間違ってはいない。今の彼に妻達が惚れ込んでいるのは正しいのだから。
そこからシキは翼へ自分の能力を話した。そのあまりの内容に翼は赤面し、両頬を押さえ、俯いた。全てを語り終えたシキに、彼女はか細い声で問いかける。本当なのですか、と。それに彼が静かに深く頷いた事で、完全に翼は蒸気を吹き出した。
「それで、どうする? 俺は止めた方がいいと思うよ。いくらこの世界の危機だからって、意識のない女の子にあれを飲ませたり注いだりはしたくないし」
「…………そう、ですね。これが立花ではなく私なら」
「それでもだよ。俺は世界の平和と君達の純潔は同価値だと考えてる。どっちが上とかない。だから、俺は使いたくないな」
「平和と純潔が同価値、ですか……」
「人によるだろうけどね。俺はそうってだけ」
さらりと告げ、シキは腕を組んで何事かを考え始める。彼は何とかして響の意識を回復する術を思い付こうとしていた。何せ、こちらでも響を助けるためにとアナルセックスを提案した男である。故に、何かいい方法はないかとない知恵を絞り出そうとしていた。
その姿を見つめ、翼は理解する。世界平和と乙女の純潔。それを同価値と考えるような在り方。それにこちらの自分達は惹かれたのだろうと。全ての物事に優劣をつけるのではなく、等しく扱うように考える。そんな子供のような部分にと。
(……立花のような部分がある人だ。ああ、そうか。だからこそ、皆心を惹かれたのかもしれない。……雪音をこの人に会わせる時は二人きりは不味いだろうな)
内心で苦笑しつつ、翼は小さく息を吐く。そう、マリアや響と決めたクリス達の召集禁止。それを守れないかもしれないと考え始めていたのだ。
「……要さん、その、一つ確認して欲しい事があります」
「ん?」
思案中のシキへ翼は真剣な声でそう切り出した。それは、彼女の人としての決断であり、女としての気持ちでもあった。例えそれが……
「こちらの私達全員に精密検査を受けさせて欲しいのです。妊娠している者が他にもいないかを」
元の世界に残している後輩達へ辛く切ない想いを強いる事になろうとも。
「と言う訳で、今家にいるのは私と響ぐらいです。あっ、ファラ達はいますけど」
シャトーへ戻ってきたマリアを出迎えたのは、家事を手伝う未来だった。セレナを始めとした妊活している者達は翼の要請を受けたシキが連絡し、全員奏やマリアが通う病院へ向かったのだ。
「……そう。奏と、彼女は?」
「一緒に病院へ行きました。定期検診じゃないけど、ついでにって」
「そうなんだ。で、どうしてミカがあそこで正座させられてるのよ?」
ガリィの声にマリアの視線が椅子の上で正座するミカへ向く。そこには項垂れているミカがいた。
「う~、ゴメンなさいだゾぉ」
「あー、実は……」
未来の口から、ミカがシキの能力について翼へ少し教えてしまった事が告げられると、マリアが当然のように詳しい話を聞きたがった。だが、そこについては未来もガリィも口を閉じる。そして揃って言うのだ。知りたければシキへ直接聞けと。
「……それぐらい話せない事なの?」
「どちらかと言うと、話せないというよりは……」
「聞かせない方がいい話、かしらねぇ」
「聞かせない方がいい? 私達に?」
揃って頷く二人にマリアは思考を巡らせる。と、そこへ翼が現れた。その表情はどこか疲れている。シキの能力について知ったため、もう一人の自分が彼と何をしていたのかをまざまざと考えてしまったのだ。そして、あの食堂での響と切歌の野暮用についても。
「あ、翼さん。お帰りなさい」
「小日向か。それにマリアとガリィも。戻っていたのだな」
「どうしたのよ翼。疲れた顔をしてるけど……?」
「どうせ、あのバカのせいで知らなくてもいい事知ったからでしょ。悪いわね、ウチのバカが」
「だからゴメンって言ってるゾぉ」
「あ、いや、もうその事はいいんだ。ミカ、私こそすまなかったな。そちらは良かれと思って教えてくれたのに」
「お~っ、翼はやっぱり優しいゾ。でも、ミカこそゴメンなさいだゾ。みんなから言っちゃダメって言われたのに……」
肩を落とすミカをガリィと未来が慰める。それを見ながら翼は無意識に胸へ手を当てた。ミカの言った、自分は優しいとの言葉が心に響いたのだ。マリアはそんな彼女に気付き、そっと近寄った。
「気持ちは分かるわ。何気ない言葉や反応が私達には色々辛いもの」
「すまない。敵対するしかなかったはずの者達と分かり合っている事が、ここまで堪えるとはな」
「……そうね。そして、女や人としては羨ましくも思う。この状況にいるもう一人の私を、ね」
「…………かもしれないな」
同じ男を、という点は受け入れられないが、愛する男を得て愛し合える事自体は素直に良いと思えるのだ。それに、亡くなったはずの愛しい者達と共に生きていける事も。
「あーっ、ガリィ、マリアさん、翼さんもお帰りなさい!」
「はいはい、ただいま」
「いま帰ったわ。どう? 何か変化はあった?」
「いえ、特には何も。そうそう、さっき病院に行ったクリスちゃん達から連絡がありました」
「雪音達から? 検査の結果が出たのか」
「はい。また初期も初期ですけど、セレナさんに翼さん、クリスちゃんの三人が妊娠してたって」
「……そう。おめでたいけど、この状況では素直に喜べないわね」
これで動ける装者は響に未来、切歌に調の四人だ。ここに自分達三人を加えても七人。だが響は未だに昏睡している。つまり実質六人だ。これでは前回の霊園での戦いと同じ人数である。次に現れる際は二度の戦闘を糧に変化すると考えれば不安しかない状況だった。
しかし、いくら妊娠初期とはいえ、防御しても一気に疲労を受ける攻撃を放つカルマ・ノイズを相手にはさせたくない。そうマリアは考えて、ある可能性に気付いて息を呑む。
(まさかっ! 今回のカルマ・ノイズの狙いはこちらの私達の子供!?)
妊娠している彼女達がカルマ・ノイズに攻撃されれば、おそらく胎児の命が奪われる。健常体の響が脂汗を掻く程なのだ。妊婦が攻撃されれば流産は確実だろう。
その事を想像し表情を険しくするマリアを響達は不安そうに見つめる。ただ一人、翼だけは彼女の雰囲気からある事を察して小さく呟く。
―――呼ぶしかないのか……雪音達を……。
この世界に生まれようとしている新しい命達。しかもそれはもう一人の自分達とその夫の愛の結晶だ。それを危機に晒す事は避けたい。翼は単純に装者の人数不足などからクリス達を召集する事を考え始め、マリアと結論を一致させる事となる。
「翼、相談があるんだけど」
「雪音達なら、きっと分かってくれるはずだ。立花と同じように、この世界を守りたいと言い出すだろう」
「考える事は同じか……。私が呼びに行くわ」
「いや、私が行こう。少しでも万全な方が有事に備えるべきだ。それに、ガングニールとアガートラームが揃っている方が色々といいはずだ」
「……そうね。分かったわ」
二人の切羽詰まった雰囲気に響達も悟る。最低でももう一度カルマ・ノイズが現れる事を。そして、その時はこれまで以上の戦闘になろう事も。この後、マリアと翼は割り当ての部屋へと向かい、響達は夕食の支度などへ動く。今は少しでも嫌な事を考えないようにしたい。そんな気持ちを抱きながら。
「「何か目覚めさせる手はないか?」」
「ああ、どうだろう?」
メディカルルームで眠る響を前に、シキはキャロルとエルへそう切り出していた。スープを飲ませるのも注ぐのもダメ。こうなると自分では何も出来る事が無い。それでも何かないかと賢い二人の義理娘を頼ったのである。
「……父さんのスープが使えれば一番いいが……」
「うん、それはある意味最後の手段だね」
「俺としては使いたくないけど、やっぱりそうなるんだよな……」
二人の言葉にシキはそう返してベッドで眠る響を見つめる。顔色も悪く、生気が感じられないその姿に、彼は胸を痛めながらも頭を下げて謝った。
「ごめん。俺達の世界のためにこんな目に遭わせて。絶対、絶対何か方法を見つけてみせるから。それまで、ここで頑張ってくれないか?」
そう言ってシキは一度だけ息を吐くと、真剣な表情で部屋を出て行った。その心中を汲み取り、二人はどこか仕方ないというような顔をしてメディカルルームを後にする。そのまま二人は通路を歩きながらしばらく無言だった。やがて二人は共用の研究室前までくると足を止め、どちらからともなく口を開いた。
「カルマ・ノイズについてどう思う?」
「……生命力を吸い取る。もしくは著しく消耗させるようだ」
「その狙いは何だろう……」
「エル、本気で言っているなら私は呆れるぞ」
「…………狙いは赤ちゃん、かな」
「だろうな。奏とマリアが妊娠してもう少しで安定期だ。そこにきての出現。更に、向こうの翼の提言で行った検査の結果、切歌と調以外が妊娠している。偶然とは思えん」
そこまで言ってキャロルは研究室へと入る。エルもその後を追った。キャロルは部屋に入るや、椅子へ乱暴に座り、エルの方を向くように回転する。
「平行世界からの援軍がなければ今回の戦闘は危なかったかもしれない。何せクリスと翼は出動していただろうからな」
「セレナさんを含め三人の赤ちゃんが死んでいた……」
「エル、言葉は正確に使え。殺されていた、だ」
キャロルの冷淡な声にエルは顔を上げた。キャロルは静かに怒っていると理解したのだ。
「私の可愛い妹達を狙うとはいい度胸だ。敗戦を糧に成長変化するらしいが、アルカ・ノイズを作り出した私に敵対したのが運の尽きと教えてやる」
「キャロル、もしかして」
「ああ、次に奴が現れた時が最後だ。その成長変化する性質を加速させてやる」
「進化の果ては死。自滅させるんだね」
「それぐらいしかあのカルマ・ノイズとやらを止める術はないだろう。これは推測だが、あれは永久不滅の存在だ。でなければS2CAや絶唱三重奏を喰らって成長変化など出来るはずがない」
キャロルの読みは正しかった。今回のカルマ・ノイズは響が表現したように死そのものである。つまり、哲学兵装の概念さえ内包しているのだ。だからこそ、物理的な死は訪れない。ある意味であのカルマ・ノイズは死んでいるのだ。それを消滅させるには途方もない相反する概念を叩きつけ、対消滅させるしか手はない。
残念ながらそこまでは彼女も気付いていない。それでもキャロルとエルは生まれてくる妹達のためにと、カルマ・ノイズ対策へと没頭していく事になる。
同じ頃、了子はナスターシャと共にこれまでの戦闘データを見返していた。
「……やはりそうですね。あのカルマ・ノイズはセレナを狙っているような動きです」
「では、狙いは次代の装者?」
「ええ、あちらのマリアの推測が正しければですが」
「夢子が狙われずに済んだのは、装者が誰一人として欠けていなかったからでしょうか?」
「もしくは、貴女では前線へ出てこないからでは? 彼女達は装者である以上、ノイズが出れば否応なく戦場へ行かざるを得ませんので」
ナスターシャの言葉に了子は小さく頷いて息を吐く。最初に出現したのは響と未来がいる場所に近く。次は奏の家族が眠る霊園。どちらも共通するのは装者が確実に現れ無視出来ない場所。
その考えからいけば、次の出現地点はおのずと絞られる。しかも狙いが装者ではなくそのお腹の子となれば余計に。
「……シャトーに出てくる可能性がありますわ」
「もしくはリディアンかもしれません。装者の多くがそこの卒業生です」
「前者であればある意味被害が少なく出来ますけど……」
「後者の場合は大変な事になりかねませんね」
そこで会話は途切れた。最悪を想定するべきと理解しているが、その想像が嫌な気持ちにしかならないために。片や自宅、片や学校。どちらも装者達にとっては失いたくない場所であり、戦場にしたくない場所である。しかも、リディアンだった場合、大勢の少女達が危険に晒される事となるのだ。
「エルとキャロルに頼んで、リディアンへの転送結晶を作ってもらいましょう」
「そうですわね。では、私から頼んでおきます」
「お願いします。私は司令へこの事を」
共に頷き合って了子とナスターシャは部屋を出た。S.O.N.G始まって以来の大事件となると、そう確信して……。
「あたしらも来て欲しいってか」
翼は一刻も早い合流をと考え、夕食が終わるやすぐに自分の世界へと戻っていた。そしてクリス達を含めた全員へ平行世界の状況を簡潔に説明していた。
「ああ。向こうの装者達は身体的な理由でしばらく戦えない者達ばかりとなった。現状の戦力は、立花、暁、月読、小日向の四人とオートスコアラー達だ。だが、ガリィ達は戦闘への参加が難しいらしく、あまりあてにするなと言われている。となると、こちらの立花が動けない以上、私とマリアの二人を加えた六人しかいない」
「でも、それでもこっちと同じ人数デスよ?」
「切ちゃん、向こうはキャロル達とほとんど戦わなかったし、アルカ・ノイズを制御出来るからその後の戦闘もまったくないに近いってガリィが」
「あー、そうでした。つまり、こっち程戦い慣れてないデスか」
切歌の言葉に翼が頷くと、それまで目を閉じて腕を組んで聴き入っていた弦十郎が目を開いた。
「つまり、こちらの六人と向こうの四人を入れた六人では、その総合戦力として差があると?」
「はい。S2CA自体は向こうの立花がいるので使用できますが、こちらの三人でやったS2CAさえ耐え切った相手です。次はおそらくもっと恐ろしい存在となっているでしょう」
「そうなると、たしかにクリス君達を召集したいのは分かるな」
「でも、もしこっちでアルカ・ノイズが出たら?」
「その点に関しては心配いらない。ガリィとレイアの二人なら、戦闘可能状態を長時間維持出来るそうだ。なので、彼女達をこちらへ派遣してくれる」
「ガリィとレイアが……」
「やっぱり何か不思議な感じデスね……」
少しだけ驚く調と切歌を余所に、クリスはただ黙って翼を見つめていた。こうしてガリィとレイアが到着次第クリス達も平行世界へ向かう事になる。話をつけた翼は、先に一人戻ろうとギャラルホルンへと向かったが、その背後に気配を感じて振り返った。
「雪音?」
「先輩、一つ聞かせてくれ。どうして向こうは装者が九人もいて半数以上が戦えなくなった?」
「……それは身体的事情で」
「病気か? まさか風邪だとか言わないよな? それに、動けなくなった装者が悉く年長なのは関係してるか?」
「雪音……」
「動けるのはあのバカとあの子、それに後輩二人だ。こっちで考えれば揃って後輩組じゃねーか。詳しい事はマリアの奴もしなかった。だからこそ、あたしは気になって考えちまうんだよ。ガリィの奴は、向こうのあたしらととっても仲良くしてると言いやがった。それも関係してんだろ」
そのクリスの言い方で翼は悟る。彼女がかなり正解に近いところまで迫っている事に。かと言って真実を教える事は躊躇われた。何せ、見も知らない男と深い仲になり、子を宿したのである。いくら平行世界とはいえ、もう一人の自分がそうなったと聞いて平気ではいられないだろう。
そこまで考えた翼だったが、ふと思うのだ。下手に隠すと気になるとクリスが言った事を。それは、どんな事でも受け止めるから話してくれという意思の表明ではないか。そう考えて翼はクリスの目を見つめた。
「雪音、話してもいいが受け止めきれるか? 私やマリアでさえかなり衝撃だったぞ」
「かまわねーよ。隠し事されるよりもよっぽどマシだ」
「そうか。では……」
告げられるもう一人の自分の現状。それにクリスは百面相と呼んでもいい程の反応を見せた。何しろ、年上の男と恋仲になり、関係を持ち、子を身籠った。これだけでも彼女からすれば天変地異レベルの内容なのに、その相手が装者九人の夫であり、フィーネとも子を成していて、キャロルとエルの二人を義理の娘とし、最後にはナスターシャと八紘を義父母としているのだ。
全てを聞き終え、理解しようと黙り込んだクリスを見て、翼は苦笑しながら口元に手を当てる。
「だから言ったはずだぞ? かなり衝撃だと」
「こんなん予想出来るかぁ! だ、大体何なんだその男は! てか、どうしてあたしらはんな馬鹿な事を受け入れてんだっ!? 普通そんな馬鹿な事を考える野郎なんざ引っ叩いて終わりだろ!?」
「……普通の男、ならばな」
「あ? おっさんみたいにぶっ飛んでんのか?」
「ある意味では司令を超えていると言えないか? 上はフィーネから下は暁達までを妻としているのだ」
返す言葉がない事実にクリスは複雑な気持ちで黙った。それに小さく笑みを浮かべ、翼はギャラルホルンへと向かっていく。その背を見送り、一人になったクリスはぽつりと呟いた。
―――みんなと家族、か……。
再び平行世界へと戻ってきた翼は、人目が無い場所へと向かった。公園内のトイレの個室へ入り、そこで転送用の結晶を使う。そうして戻った彼女を出迎えたのは、意外な事にシキだった。
「おかえり。どうだった?」
「はい、後はガリィとレイアが行ってくれればこちらの雪音達が来てくれます」
「そう。えっと、ちょっと風鳴さんに話があるんだけどいいかな?」
「……ここではない方がいいですか?」
「そうだね。出来れば」
「分かりました。では、先にガリィ達へ連絡をしてから合流します」
シキの雰囲気からただ事ではないと思い、翼はそこから食堂へ向かいそこにいたファラへ伝言を頼み、一人ある部屋へと向かう。そこはシキの自室。妻と二人きりで愛し合う時に使われる場所であった。
「いらっしゃい。そこに座って」
「は、はい……」
室内に微かに香る匂いに気付き、翼は顔を赤くする。シキはそんな彼女にバツが悪そうな顔をした。
「あー、ごめん。その、少し前にガリィとレイアにスープを、ね」
「い、いえ、マリアに気付かれては不味いですし、それは必要な事ですから」
「それでも、ね。やっぱりこういうとこがまだまだ抜けてるなぁ」
申し訳なさそうに頭を掻き、シキは椅子へ座った。そして一度咳払いをする。それが仕切り直しと察し、翼は小さく苦笑した。子供が大人の真似をしているような印象を受けたためである。
「実は、立花さんを起こす方法に目途が立った」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、起こすのが精一杯になると思う。実は、俺も忘れてたんだけど、響もカルマ・ノイズとの戦いの後、スープをねだってね。今思えば、それもそういう事だったんだと」
「その、どうしてその時は疑問を感じなかったのですか?」
「……響はスープが大好きなんだよ」
「なっ!?」
その返答に翼は真っ赤になり開いた口を塞げなかった。彼女の脳裏に甦る食堂での会話。たしかに野暮用と称して目の前の男と交わっていた彼女なら、シキの言う通りカルマ・ノイズの能力による疲弊も勘違いさせてもおかしくない。
そこまで考え、翼はミカの言っていた事は間違っていなかったと理解していた。回復させるにはシキの生命のスープが一番であると。と、そこで翼はある疑問を感じた。
「……あの、こちらの立花はカルマ・ノイズとの戦闘でダメージを負ったのですよね?」
「そうだけど?」
「しかもS2CAを使った」
「ああ」
「…………では、どうしてこちらの立花のように昏睡しなかったのでしょう?」
シキは思わず声を漏らした。盲点だったのだ。そしてそこから一気に彼は考え始める。どうして二人の響に差が出たのか。何がそれを作ったのか。
(あの日、俺と響はしていない。つまりスープをもらっていたとかが原因じゃない。しかも、どちらかと言えば向こうの響の方が戦闘を経験している。なら、体力は若干こちらが劣るはずだ。なのに、こっちは疲労したけど意識を保ち、向こうは昏睡……)
シキが黙り込んだ事で、翼は彼が二人の響の差が出来た要因を考え始めたと察していた。ついでに言えば、その原因が生命のスープではない事も。それであればすぐに気付くはずだからだ。
しばらく沈黙が室内を包む。翼はただシキの言葉を待った。そして遂にシキはある一つの推測を導き出す。それは彼の妻達共通にして、確実にもう一人の響達にはないだろう事。
「仮説として聞いて欲しいんだけど」
「はい」
「……響達は全員俺の子を欲しがってくれていて、それこそ酷い時は毎日俺は誰かとそういう事をしていたんだ。つまり、彼女達は常に強い生命力を注がれていた。それが目に見えない潜在的体力となったってのは?」
「……ない、とは私では言えません。その、聞いた話では絶唱を使っても何ともないようになるとか。それは私からすれば理解出来ない事です。逆に考えれば、戦闘もないのにそんな物を常用していたとすれば、今の仮定もあながち有り得ないとは思えません」
そこでドアをノックする音が聞こえ、二人は意識をそちらへ向けた。
「どうかした?」
「父さん、向こうのクリスさん達が来ました」
「そうか。分かった。ありがとうエル。ここに風鳴さんもいるからすぐ行くよ。食堂でいい?」
「はい、そこでみんな待ってます」
エルの言葉で二人は顔を見合わせて頷いた。そして部屋を出てエルと共に食堂へと向かう。そこには奏達と共に複雑そうな表情のクリス達三人がいた。
「雪音、暁に月読もよく来てくれた」
「ああ、にしても……」
翼に返事をするも、すぐにクリスは周囲の顔ぶれを見て表情を曇らせる。一方で切歌と調はずっとセレナとナスターシャへ視線を向けていた。
「ホントに、ホントにマムとセレナデス」
「うん。それも、セレナが大人でマムが車椅子じゃない」
「こちらではマムは私を庇う事もなかったのよ。セレナも絶唱を負荷なしで使えたみたいでね」
「ええ、病気も完治させる事が出来ました」
「少しの間だろうけど、ここを家だと思ってくれていいからね」
「「っ!?」」
セレナの優しい言葉と笑み。それに微笑みながら頷くナスターシャ。その光景に切歌と調は思わず目を見開いた。これまでは、平行世界で再会した時もナスターシャは厳しい存在だった。けして笑みなど見せず、どこか自分達と距離を取る。そう切歌と調は思っていたのだ。
そこへ来ての微笑みである。それが二人に与えた影響は大きい。しかも、成長し大人となったセレナもいる。そこへきての家と思っての発言。これに二人は一気に心を掴まれてしまったのだ。当初、マリア達が不安視したように。
「切ちゃん、マムが笑ったね……」
「デスね……」
「……こっちの私達はこんな環境で暮らしてるんだ」
「……しかも、先輩達も一緒にデスよ」
「どうかしたデスか? 暗い顔してますよ?」
「もしかしてお腹空いてるとか?」
沈みそうなもう一人の自分達へ声をかける切歌と調。それに二人も顔を上げ、彼女達を見る。既に大学生となり、その卒業を今年迎えるという事もあってか、切歌と調はそれぞれ綺麗に大人の女性らしくなっていた。
その姿に二人は自分達の未来を見て、思わず言葉を失う。自己紹介はしなかったが、ここへ着いた時にじっくり見る事は避けたのだ。何となく、そう本能的なもので。その理由を二人は悟った。
((妬ましい(デス)……))
容姿が圧倒的に違う事に二人は内心で嫉妬した。切歌は見事な女性らしいバランスの美人となっていて、ややボーイッシュな感じもするが、それが余計スタイルの女らしさを強調しギャップを作り出している。
対する調も、長い黒髪を肩までで切り揃え、眼鏡をかけている事もあって知的美人の雰囲気が強い。スタイルの方は若干胸が周囲よりも小さいものの、高校生の調よりも明らかに成長しており、こちらも確実に大人の女性と言えた。
「あー、アタシなら有り得るデスね」
「その心配はいらねーよ。こっちはこっちで済ませてきてる」
照れ笑いをする切歌へクリスがどこか棘がある声を出す。それに全員が視線を彼女へ向けた。クリスは頬杖をついて顔を誰にも向けないようにしていたのだ。まるで、ここの者達と仲良くするつもりはないとばかりに。
「……雪音、どうした?」
「あたしらはここでお喋りするために来たんじゃねえ。今まで見た事もないカルマ・ノイズへの対抗策として呼ばれたんだ。その事について話してくれねーと困る」
「正論ではあるけどな。何をそんなにイラついてるんだよ?」
「……別にイラついてなんてねーよ」
もう一人の自分から心境を言い当てられ、クリスは余計顔を背けた。彼女は妬みも羨みたくもなかったのだ。この平行世界の自分を、そしてこの世界そのものを。故に不器用な彼女が取ったのは、必要以上に関わらないようにする事だった。
「ごめんなさい。でも、クリスの言う通りね。現状戦えるのは私達とそちらの響達四人。合計九人の装者だけ」
「ないと思いたいが、もしもあのカルマ・ノイズが複数現れた場合、九人でも厳しいと言わざるを得ないからな」
「デスデス。しかも、こっちじゃ人型が飛行能力を持ってるって聞きました。これ、飛行型とかが出た場合どうなるデスか?」
「多分、報告にあった通りの強度と耐久性を持ってるはず。なら、人型以上にS2CAが使い辛い」
「あっ、そこは安心して。今度はこっちも決戦仕様で戦うからさ」
マリア達の言葉に響が握り拳を作って答えた。その内容にクリスさえも思わず視線を向ける。
「「「「「決戦仕様?」」」」」
「実は、こっちにはギアを強化する方法があってね。それを使えば上手くすると、セミエクスドライブって呼んでるんだけど、飛行能力を使えるかもしれないんだ」
「実際、こっちじゃ響がやってのけてる。あたしもこの目で見たから間違いねえ」
「私達は大事を取って戦えないけれど、その分強化に必要なものを使う人間も減るの。だから普段以上に響や未来達が強化出来るわ」
翼がにっこりと笑って告げた言葉に頷きながら、切歌と調がこそこそと言葉を交わす。翼の口調に関しての会話である。その理由を察して二人の翼が苦笑と苦い顔という似た反応を見せた。
「そういう事だから、空飛ぶ奴が出た時はこっちに任せておきな。代わりにS2CAが出来なくなるけど……」
「大丈夫でしょう。そちらの私達はこちらより戦い慣れしてるわ。ね?」
「ええ。少なくても妊婦を駆り出す事はしないわ」
二人のマリアが揃って笑みを見せ合う。それは約束の笑み。片方は信頼を、もう片方は勝利を相手へ誓ったのだ。それに了子が頷き口を開いた。
「今度カルマ・ノイズが現れる場所はリディアンかここよ。キャロルとエルに頼んでリディアン用の転送結晶を作ってもらっているわ。それが出来次第戦える装者は常時持っていて」
「それと、私とエルの方でカルマ・ノイズとやらを完全消滅させられる手段を構築中だ。それが出来上がり次第、そちらへ託す」
「完全消滅ぅ? もう二回共に倒せてるんだろ? どういう意味だよ?」
「そちらの響がカルマ・ノイズをこう評したそうだ。動く死そのものだと。私もそう思っている。だからこそ、一撃受けただけで、そちらの響は一気に疲弊し、S2CAの負荷も相まって今もベッドの上だ。あれは、哲学兵装の要素も持っている。要するに死という概念を内包していると考えていいだろう。だからこそ、ただ倒すだけでは奴の成長変化を止める事は出来ん」
キャロルの言葉に全員が押し黙った。それを否定出来る材料はなく、むしろその意見を踏まえて考える方が納得出来る事が多いからだ。全員が黙ったのを見て、キャロルは小さく息を吸った。
「これは錬金術の分野にも関わっている。故に私達はそれを消滅させる術を作り出す。それがいつになるか分からないが、おそらく出来るまでは終わらないマラソンとなる」
「でも、ゴールテープは絶対僕達が用意します。だから、それまで走り続けてください」
エルの言葉に響達もマリア達も揃って頷いた。例え完全に倒せないとしても、戦わなければ被害が出る。それを見過ごす事は出来ないのだ。こうしてクリス達三人もそれぞれに客室を与えられ、五人はマリアの部屋へ集まった。
「あいつの容体はどうなんだ?」
「未だに意識不明のままだ。しかも、エルフナインはそれだけしか言わなかったが、おそらくゆっくりと衰弱しているはずだ」
「それって不味いじゃないデスか!?」
「何か手はないんですか?」
「ない事はないらしいが、今は向こうに頼るほかない」
煮え切らない翼の言葉に調達が疑問符を浮かべる。そんな方法があるのに使わない理由が思いつかないからだ。
「どういう事なんですか?」
「あるならそれで響さんを回復させるべきデス」
「……そう、そういう事。翼、それはあの要シキの特殊能力なのね」
「ああ、そういやそんなのがあるって言ってたな。リンカー要らずになるんだっけか」
「それだけじゃないデス。さっきの話じゃギアの強化まで出来るみたいデスし」
「ギア関係の万能薬みたいだよね。一体どういう物なんだろう?」
調が顎に指を当てて思案しようとすると、翼が少しだけ顔を赤めて咳払いをする。そして、四人へはっきりと告げた。
「とにかく、今は立花の事は要さん達へ委ねるしかない。我々は次に現れるだろうカルマ・ノイズについて協議するべきだ」
「そうね。私達に出来る事をしましょうか。飛行型のように人型でないカルマ・ノイズが出現した場合、向こうに一任する。ただし、その人型以外一体だけの出現の場合は当然協力」
「複数で出現した場合、あたしらが人型相手って事だろ? にしても、セミエクスドライブ可能とか、リンカー要らずになれるとか、ホントにぶっ飛んでやがるな」
「それに、こっちのマリア達は皆綺麗でスタイルも良くなってます。翼さんや私も胸が……」
「奏さんもデスよ。平行世界で見た奏さん以上にボインって感じでした」
「あ、あれは妊娠してるからよ。奏もこちらの私も」
もう一人のマリアから教えられた内容を思い出し、やや恥ずかしそうに口を開くマリア。一方、クリスは既に気付いていた。向こうの装者達が戦えない理由は妊娠しただけでなく、その胎児をカルマ・ノイズの能力で殺されないようにするためだと。
(こっちのマリア達の腹を見る限り、カルマ・ノイズが時期を選んで現れた可能性がたけえ。最大戦力でなくなり、それでいてこっちのあたし達に大きなダメージを与えられるタイミングを。……もしギャラルホルンが反応しなけりゃ、こっちのあたしは流産してたかもしれねーのか……)
自分に置き換えて想像し、クリスは拳を握りしめた。許せなかったのだ。もしそうなっていたら、もしそれが他の翼やセレナに起きていたら。その仮定がクリスの脳裏に様々な想いを去来させる。
彼女は幼い頃に両親を喪った。その辛さは言葉に出来ない程である。ならば、せっかく宿した命を喪ったと知ればどうだ。それは、下手をすれば自分よりも悲しく辛く苦しい想いをしたかもしれない。その想いが、クリスの中にこれまで感じた事の無い怒りを湧き起こす。
優しいからこそ人を遠ざけてきたところがあるクリス。その慈愛の心が、カルマ・ノイズへの強い憤怒となって噴き上がる時を待ち始めた。
「あとはセレナと私、雪音の三人もか。しかし、どうして暁と月読は検査を受けて、立花と小日向は受けなかったのだ?」
「聞いてないの? どうもあの二人は避妊していたみたいよ。だから検査を受ける必要はなかったの」
「あれ? でも、こっちのアタシ達は検査受けたんデスよね?」
「何で響さんと未来さんだけ避妊?」
「……親がいるからだろ。多分だけど、この状況をあのバカとあの子の両親は許してないんじゃねーのか?」
そこでクリス以外の四人が意表を突かれた顔をした。忘れていたのだ。響と未来が彼女達の中で両親が存命である二人である事を。何とも言えない空気が流れる中、マリアが手を叩いた。
「時間も時間だし、お風呂に行きましょう。ここのお風呂、凄いんだから」
「「「お風呂?」」」
「ああ、大浴場と呼ぶべき規模だ。我々も初日に案内されたが、かなりのものだった」
「へぇ、そりゃちょっと興味あるな」
「じゃ、お風呂に行ってみようデス。今日はさっぱりして、明日響さんのお見舞いに行くのはどうデスか?」
「マリア、私もそれがいいと思う。翼さんとクリス先輩も構いませんか?」
「あたしは別にいいぞ」
「ああ、私も異論はない」
調の問いかけに二人も同意し、それを受けてマリアが息を吐いた。
「決まりね。じゃ、行きましょうか」
こうしてクリス達三人も大浴場を訪れる。その銭湯のような作りの脱衣所に驚きと少々の呆れを感じ、浴室ではしばし沈黙するという翼達が通った道を彼女達も通る事になった。
そしてめいめいに洗い場で体などを洗い出した頃、浴室に響と未来が姿を見せた。その女性らしい体つきの二人を見て、クリス達が思わず目を疑う。一方翼とマリアはもう知っているのか反応が薄い。
「あっ、クリスちゃん達も今からお風呂?」
「お、おう」
「未来さん達もですか?」
「うん、ちょっと汗掻いちゃったから」
「あれ? ここにはトレーニングルームとかないって聞いたデスよ?」
「暁、走り込みぐらいは出来るし、何も汗を掻くのに器具が必要とは限らないぞ。先入観は捨てた方がいい」
少しだけ頬を赤くして翼がそう告げると、響と未来が苦笑した。二人は察したのだ。翼が自分達の汗を掻いた理由を理解していると。故に少しだけ意地悪な面が顔を出す。恥ずかしがる翼が懐かしく思えたのだ。
「ちなみに今は切歌ちゃんと調ちゃんが汗掻いてるかな」
「そうそう。シキさんが二人を相手に頑張ってる」
「っ!? そ、そろそろ湯に浸かった方がいいだろう。では、私達はこれで」
「翼さん? どうしたんですか?」
「何か変デスよ?」
そそくさと湯船へ向かう翼を追う様に体を湯で流して動き出す調と切歌。残される形になったクリスとマリアは、そんな彼女に疑問符を浮かべる。
「一体どうしたんだ、先輩」
「さあ?」
「ふふっ、やっぱりそっちの翼さんはまだ可愛いですね」
「ホント、こっちの翼さんはもうかなり大人になっちゃって」
「可愛い? 大人?」
「……そういう事ね。貴方達、お願いだからあまりそういう方面でからかわないで頂戴。こっちはまだみんな乙女なの」
既にもう一人の自分から色々と聞かされたマリアは、二人が性的な方面で翼をからかったと理解した。故に少しだけ彼女も恥ずかしそうにしながらやんわりと注意する。クリスはそこで二人とシキの関係を思い出す。そこで気付いたのだ。二人が何をしてきて、そしてこちらの世界の後輩二人が何をしているか。
「あれ? どうしたのクリスちゃん」
「顔、真っ赤だよ?」
「お、お前らのせいだ! スケベな事は控えやがれっ!」
言い終わるや体の泡を全て湯で洗い流し、クリスも翼達のいる湯船へと向かって歩き出す。その背を見送り、響と未来は懐かしむように苦笑する。マリアはその反応で改めて噛み締めるのだ。この世界の自分達は本当に包み隠さず受け入れ合っているのだと。
「こちらの私から聞いてはいたけど、本当に貴方達は……」
「あー、まぁそんな感じです」
「恥ずかしい事も見せ合ったりしましたし」
「ごめんなさい。どうしても昔のクリスちゃん達を見てるみたいで」
「もうしないようにしますね」
「お願いするわ。その、やはり私達には刺激が強すぎるのよ」
そう返してマリアも体を洗い流して立ち上がる。その裸体の美しさはこちらのマリアにも負けていないが、やはり丸みと言うか、全体的な女性らしさは足りていない。それに響と未来は気付いて顔を寄せ合った。
「やっぱり、マリアさんもシキさんと関係したからあんな魅惑的な感じになったんだね」
「みたい。でも、そうじゃない頃は美術の彫刻みたいな雰囲気あるなぁ」
「うんうん、やっぱりマリアさんは綺麗系だよね。私じゃ、ああは逆立ちしたってなれないや」
「って言うと、シキさんがそんな事ないよって言って可愛がってくれるんでしょ? もうっ」
「あはは、まあね」
翼達から離れるように洗い場を移動し、二人は隣り合って座る。すると、少しだけ空気が変わった。
「……出来なかったね、エクスドライブは」
「うん、前の私なら出来たんだろうけどなぁ」
シキと二人が交わったのは、何も単なる性欲ではない。カルマ・ノイズ対策であるエクスドライブ。それが可能かどうかを確かめていたのだ。結果は不発。未来はおろか響さえもセミエクスドライブがやっとだった。それでも十分だとは思う。
だが、もう一人の響がS2CAを叩き込み、そこへセレナ達三人の絶唱をぶつけてやっと倒せた相手だ。それを考えればセミエクスドライブでも心もとないと言える。欲を言えばエクスドライブが可能であってほしかったのだ。
「どうするの?」
「どうしよっか?」
「……ドリンクの同時使用?」
「しかないかなぁ。正直辛いよね。私と同じ正規適合者の翼さん達が揃って戦闘不可だし」
「そう、だね。せめてクリスだけでも居てくれれば」
「ね? でも、仕方ないか。赤ちゃんがいるんだもん」
そこで会話は終わる。未来が無理だった以上、おそらく切歌と調も同じ結果に終わるだろう。そう考えて二人は息を吐く。シキがいるのに戦闘面で不安が残る。それは、彼女達にとっては初めての経験だった。
「よっ、ちょっといいか? 良かったら少し話をしたいんだけどよ」
風呂から上がり、割り当ての部屋へ戻ったクリスを一人の女性が出迎えた。それはもう一人のクリスである。その出迎えに若干戸惑うクリスだったが、断る理由もないため彼女を部屋の中へと招き入れた。
「それで、一体何の話だ?」
「そんなに怖いのかよ。心地いい場所が」
「っ!?」
「どうやら図星らしいな。ま、気持ちは分からないでもねーよ。あたしもそっちぐらいの頃は……いや、二課に入った当初ぐらいはだな」
懐かしむ声にクリスは驚きを見せる。何せ二課に入った当初どころかフロンティア事変の最中でさえ、彼女はあったかい場所を失いたくない気持ちと不器用な優しさで揺れ動いていたのだ。S.O.N.Gになった今でも、まだ素直にはなれないでいる。
「……あの野郎の影響か」
「ああ、シキはあたしにあったかいものをくれた。あったかい時間、あったかい場所、あったかい人。今のあたしの全てだ」
面と向かって告げられた惚気にクリスは絶句する。そこまでかと、そう思ったのだ。それを彼女も分かるのだろう。照れくさそうに頬を掻いてこう続ける。
「まぁ、大方気付いてると思うがな。その、誰かと繋がるっていいもんだぞ?」
「なぁ!?」
「いやらしい意味だけじゃねえ。絆、温もり。色んな繋がりがある。こんなあたしにもあったかい場所や気持ちをくれるお人好しな人達ばっかだ。いつも素直に生きろとは言わない。でも、意地を張り続けるのは止めた方がいい。あたしも、シキと心から繋がってやっと分かったんだ。強い奴は笑顔が優しい、ってな」
そう言って微笑むクリスの表情に、クリスは息を呑んだ。遠い記憶の中にある母の顔に似ていた気がしたのだ。そんな事も知らず、クリスはそっとお腹を撫でた。まだ実感は湧かないが、そこにたしかにいるのだ。彼女が望んでいた新たな生命が。愛する男との確かな愛の証が。
「……一つ、いいか?」
「ん?」
「あの野郎を、名前で呼ぶ事にしたのはいやらしい関係になってからか?」
「そうとも言えるしそうじゃねーとも言える。シキとスケベな事するようになってからだけど、繋がってはいない時だ」
「は?」
「あいつ、変なとこで律儀っつーか、何つーか。とにかく、あたしが最後までされる覚悟してたのによ。あいつ、よりにもよって、それはちゃんとしたデートとかしてからとか言いやがったんだ」
そこから始まるクリスの思い出話。初めてのデート、初めてのプリクラ、初めてのプレゼント。全てが少女クリスには羨ましく、また恥ずかしくもある話だ。それでも、確かに分かったのだ。そんな不器用で素直で、そして好意を全力で示す男なら心を揺り動かされてしまうと。
そして何よりも、それを嬉しそうに話す大人の自分を見ているのが大きい。響達と名前で呼び合い、愛する男を得て、更にはその子まで宿しているのだから。
「な、あたしにもそんな時はくんのか?」
「さてな。それはそっちで何とかするもんだ。言っとくが、もしシキをそっちで見つけても絶対相手にするなよ? 要シキじゃねーシキなんて、何の意味もないんだ」
「……よく分からねーけど分かった。似た奴を見ても声かけないでおく」
「おう、それがいい。そっちはちゃんとあたし様だけ見てくれる奴を捕まえな。それと年上をすすめとく。あたしは甘えられる相手の方が上手くいく」
「…………覚えとく」
こうしてクリスももう一人の自分との会話で、様々な事を思い、気付き、実感するのだ。自分はこうなれないと。だが、似た境地には至るかもしれない。そんな事を自室へ戻る大人な自分を見送りながら思うのだった。
クリスが大人の自分と会話していた頃、切歌と調も成長した自身の来訪を受けていた。が、その様子はこれまでの装者達とは少し違っていた。何せ二人はベッドの上に正座させられていたのだ。
「何と言うか、昔は自分達もそうだったとはいえ、複雑デスね」
「うん、本当に。こう考えるとシキさんの意見は間違ってなかった」
「デスよ。で、どうしてここにアタシがいるんデスか?」
「そうだよ。ここは私の割り当ての部屋だよ。貴方は隣の部屋」
「そ、そのデスね? アタシ達は昔から一緒だったものデスから……」
「一緒にいないと落ち着かない」
その答えに二人の大人は揃ってため息を吐いた。まざまざと見せつけられたのだ。自立を促す存在や流れがない事がどういう結果をもたらすのかを。
「だからこそデス」
「大人になった時も同じ生活送るの? 結婚しても? 支え合うのと依存は違うんだよ?」
そこで二人は話し出す。かつて自分達が言われた事を。奏達に期待を寄せられ、二人なら誰よりも強いと言われた事。だからこそ一人でもしっかり戦えるようになってほしい。自分の足だけで立ち、歩けるようにと願われた事を。
更に今の環境で感じた事や思った事など、少女二人へ優しく伝える大人の切歌と調。もう一人の自分達が辿り着いた言葉は、少女二人にも確かに届いた。
「私達は同じ男の人を好きになって、その人も私達を受け止めて世間と戦ってくれるって、そう言ってくれた」
「けど、それはあまり良くない道デス。本来はやっぱり調と離れて暮らすのが正解に近いと思うデスよ」
「だから、貴方達も依存じゃなく、必要な時に支え合って生きて行くようになって」
「常に二人じゃなくても平気。一人でもしっかり立って歩いて行ける。そんな人になって欲しいデス」
少女である切歌と調を優しく見つめる大人の切歌と調。それがまるで姉のように感じられ、二人は互いの顔を見合わせ頷いた。
「うん、分かった。出来るだけ意識してみる」
「リディアンを卒業したら考えてみるデスよ」
真摯な声で告げる二人の少女に嬉しそうな笑みを返す大人二人。そこからは大人二人へ少女二人が色恋関係の話をせがんだ。何せ現状の彼女達には縁遠い世界である。故に興味が強く向いていたのだ。
さすがに大人となった二人は全てを包み隠さずとはせず、内容を考えて二人へ話した。まずは出会いのライブ会場から始まり、ナスターシャ達と一軒家で暮らし出した頃の思い出を踏まえて語る。
「「マムの跡を継ぐ?」」
「デスよ。今の調はそういう気持ちで大学に進んだんデス」
「切ちゃんは何となくだったけどね」
そして今や話題は二人の進路。それも大人となった二人からすれば考えて欲しい事だったのだ。彼女達にはナスターシャが、セレナがいた。目指す道や目指したい存在が身近にいたのだ。実は切歌は栄養学などを学んでいる。それは、調が研究者になるのならそれを支えるために出来る事を考えた結果であった。
更に家族のためにも役に立つ。そう思った切歌は今栄養士の資格を取るための勉強中。それを話すとむしろ少女の調が感心していた。
「栄養学……たしかにそれはいいかも」
「あー、メイドの次はそういうのデスか」
「「メイド?」」
「えっとデスね。心象変化って言うんデスけど……」
そこで語られる内容に二人は納得するように頷いた。実は彼女達も同じ事をやった事があったのだ。水着ギアの話をすると、今度は少女二人が驚く番だった。まさかギャラルホルンのない世界でもギアの変化を起こしているとは思わなかったのだ。
二人は知らない。実は通称スケベギアと呼ばれている状態も実現した事がある事を。さすがにそれを話すような事はないが、知れば赤面して湯気を噴き出したかもしれない。それ程の外見と用い方だったのだ。
「っと、調そろそろ寝かせてあげないとデスよ」
「あっ、そうだね。じゃ、私達はこれで」
揃って立ち上がる二人を見て、切歌と調は目配せ一つ。それだけで互いの考えを読み取り、頷き合って大人二人へ声を掛けた。
「「待って欲しい(デス)」」
「「え?」」
「私、切ちゃんと寝るのは諦めます。でも、私ともっとお話ししたい」
「アタシもデスよ。それもダメデスか?」
少女二人の問いかけに大人二人も顔を見合わせ、揃って小さく息を吐いて苦笑する。
「仕方ないデスね。じゃ、一緒に行くデスよ」
「はいデスっ!」
「こっちもお話してあげるけど、日付を跨ぐのは許さないからね?」
「分かりました」
こうして少女二人は大人の自分と一夜を過ごす。それは、どこかで自分だけの姉が欲しいとの気持ちの表れだったのかもしれない。もしくは、どこかで妹が欲しいと思っていたのかもしれない。
二人の切歌と調は、どこか慣れない温もりを感じ合いながら眠りに就く。だけどもその表情はどちらも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
遂に出現するカルマ・ノイズ。だが、その数二体。しかも場所もリディアンとギャラルホルンへのゲート付近という緊急事態。九人の装者は二手に別れて迎撃するも、そこで驚愕の事実が判明する。果たして、彼女達はこの理想の世界を守り切る事が出来るのか?
次回、淫姫絶頂したいフォギア「もう一人の彼女達 その4」
絶唱じゃ……倒せない……?
予告は予定であり、予定は未定(汗