「少しだけ顔色が良くなっているな」
明けて翌朝、翼達はセレナ達の作った朝食を食べ、本部内のメディカルルームを訪れていた。そこで眠る響の見舞いである。微かに香る消毒液の匂いに包まれて横たわる彼女は、未だ目覚める気配はない。だが、その顔色だけは翼が最後に見た時よりも若干回復の兆しが見えていた。
しかし、それは翼から見れば、である。クリス達からすれば死人に近いような印象を受けていた。
「これでかよ? 一体最初はどんな顔してたんだ?」
「いえ、最初はここまでじゃなかったわ。それこそゆっくりと悪化していったの」
「ああ。だが、どうやって回復させたのだろうか?」
「生命のスープを塗ったんだよ」
翼の疑問に答えたのは、そこへ現れたシキだった。その告げた言葉に翼だけが少し顔を赤め、残りの四人が疑問符を浮かべた。
「「「「生命のスープ?」」」」
「俺の持つ能力の名称だよ。それを飲んだり体内に注入すると、ギアへの適正や能力が強化されるんだ。それと、女性限定で万能薬のような効果もあるらしい。だけど、生成出来る量に限りがあってね。しかも今はガリィ達へも供給する事があるから余計に、さ」
「そんな貴重な物を響さんに使ってくれたデスか」
「ありがとうございます」
小さく驚く切歌と感謝する調にシキは首を横に大きく振った。とてもではないが感謝される事ではないのだ。翼は真実を知っている故にやや赤面しているが、だからこそシキが昨夜言った言葉の意味を理解していた。
―――目覚めさせるのが精一杯だと思う。
それは、飲ませるのでも注ぐのでもなく、皮膚から吸収させる事にしたからだと。と、そこで翼は気付いたのだ。昨夜、シキは響と未来だけでなく切歌や調とも交わっている。その後で響へ精液を塗り付けたのだろうかと。
(……一般的な成人男性は三回程しか射精出来ないと聞く。仮にそうだとすると、要さんはその二倍近い回数射精出来るのか? たしか……ぜ、絶倫というのだったか。要さんはそういう体質でもあるのだな)
(あの翼の表情は……変な事考えてるな、間違いなく。やっぱり俺の体質知っちゃったのが大きいよなぁ)
一人顔を逸らして俯く翼を見て、シキはどこか苦笑いしながら響へと近付いた。彼は今朝目を覚ました直後、一人ここへやってきていた。そして一番濃いスープを内心申し訳なさと若干の背徳感を感じながら放ち、響の腕や腹部へ塗り付けたのだ。
そこで胸や女性器へ手を伸ばそうとしなかった辺り、彼も変に真面目である。とにかく、それによって響の衰弱は止まり、僅かな回復を見せたという訳だった。
「正直効果がなかったらどうしようかと思ってたんだ。効き目があって良かったよ」
「な、それを塗り続ければこのバカは目を覚ますのか?」
「多分ね。ただ、そこまでなるのにどれだけかかるか……」
複雑な表情を見せるシキに翼以外が不安そうな表情を浮かべた。彼女達は彼が響の容態を心配してると思っているだろうが、実際のシキが不安視しているのはどれだけスープを出して塗ればいいかである。
「要さん、立花が目覚めたら教えてください」
「それは勿論」
「お願いします。皆、行こう」
ここに自分達がいては響の治療が出来ない。そう判断して翼が歩き出すと、マリアとクリスもその意図は気付いたのか追う様に動き出す。
「響を、あの子をお願い」
「頼むぜ」
「任されたよ」
「響さん、早く良くなってください」
「また明日も来るデスからね」
自分と響のみになったのを確かめ、シキは大きく息を吐いた。いつ彼女達がスープの残り香に気付くかヒヤヒヤしていたのだ。何せ塗ってから時間が経過しているとはいえ、今朝の事である。
「何とか不審がられずに済んだか。向こうの翼とマリアは響と切歌のせいでスープの匂いを知ってるからなぁ」
とはいえ、その翼はスープの正体を知っているのでばれても構わなかったが、問題はマリアである。彼女がもしも匂いに気付き、あの時の二人がスープを摂取したと察したら面倒な事になるのは間違いない。だからこそ、不自然にならない程度の消毒液の匂いを室内に充満させたのだ。
「さて、どうしたもんか。正直塗るために出すってのも辛いもんがあるんだよなぁ」
とてもあの五人には聞かせられない話である。だが、それも仕方ないのだ。見目麗しい美女達を妻に持ち、性欲は全て彼女達へ注いでいい日々を送ってきたシキにとって、今更自慰行為などは中々辛いものがあるのだから。
「…………昔の俺ならこの響で、とか出来たのかな?」
「かもしれないわね」
聞こえてきた声にシキが振り向くと、そこには苦笑する了子がいた。
「いつから聞いてた?」
「どうしたもんか、辺りね」
「あー、そうか」
「それで、手伝いましょうか?」
「……お願い出来る?」
「ふふっ、ええ。私にとっても、この子は家族の命の恩人だもの」
言い終わるや、ドアへロックをかけ了子は白衣をゆっくりと脱ぎ始める。それだけで大きな乳房が揺れた。その魅惑的な光景にシキは唾を飲み、股間を膨らませるのだった。
一方、メディカルルームを後にした翼達はシミュレーションルームにいた。何も訓練のためではない。ある映像を見せてもらっていたのだ。それは、響達三人が経験したこちらの装者達との模擬戦。
その内容にクリス達三人は言葉がなかった。マリアと翼が体験した衝撃。それを三人も感じ取っていたのだ。
「こ、こんな事が出来るんデスか?」
「私と切ちゃんみたい……」
「冗談じゃねーぞ。こんな事が出来るのにS2CAを使うしかなかったのかよ……」
「初戦に関しては響がダメージを負っていたのも関係してるわ」
「二戦目は私達が前衛として動いて援護に徹してもらった。結果として見れば過ちだったかもしれないが、あのカルマ・ノイズの能力を考えるとそれで良かったと思う」
驚くクリス達と違い、翼とマリアは冷静に映像を見ていた。あの時は主観でしか見れなかった光景を客観視出来る事で、改めてこの世界の装者達の恐ろしさを感じ取っていた。
(やはりユニゾンの恐ろしさは異常だわ。イグナイトを使っていないのにそれに迫るフォニックゲインを叩き出している。これでイグナイトを使用していたら手が付けられないわね。これを可能にしたのが要シキ、か……)
(連携の質が私達と違い過ぎる。これが、同じ男と身も心も繋がった効果だと言うのか? だとすれば、あの能力も含めて要さんはギア装者のために存在しているようなものだ……)
揃って思うのはシキの存在感の大きさ。要との名の通り、装者達の中心となり、それらを繋ぎ合わせているのだ。
「……これが、こっちのあたしが言ってた事の意味か」
「「え?」」
「雪音、それはどういう意味だ?」
「昨日の夜、ここのあたしが部屋まできてよ、そこで言われたんだ。誰かと繋がるってのはいいもんだって。絆や温もりっていうものを、素直に受け止める事は大事だってな」
映像から一度として目を離す事なくクリスは告げた。彼女はその意味を噛み締めていたのだ。映像に映る自分は、とても楽しそうに、そして嬉しそうに歌っている。模擬戦でありながら、闘争心ではなく好奇心で旋律を奏でているのが伝わってくるのだ。
どんなメロディーを作れる? どんな世界を紡ぎ出せる? そういうワクワクやドキドキを全身から表現するかのように歌っていたのだから。
そして、それは調と切歌にも言える事だった。元々二人ならば誰にも負けない程のユニゾンを見せていた彼女達。それが、こちらの場合は別々になっても同じ事が出来ているのだ。
しかも、辛そうでも苦しそうでもなく、楽しそうに。阿吽の呼吸ではないが、それに匹敵しそうな程のハーモニーを誰とでも紡ぎ出せる。それは、切歌と調にとって昨夜言われた事を思い出すには十分だった。
「切ちゃん……これが昨日言ってた……」
「デスよ。これが依存じゃなく支え合うって事デスか」
未来とデュオを組んだと思えば、苦しそうな翼と組み直す。それで体勢を立て直すとトリオとなって反撃へ。そんな風に歌う大人の調を少女の調は熱視線で見つめる。
響とイケイケな感じでユニゾンしたかと思えば、ソロに戻ってセレナの護衛に回りつつ彼女ともユニットを組む。その歌をバックに響がマリアへと拳を突き出して攻め立てていくのを合図に、一気に三人でのシンクロへ。そんな大人の切歌を少女の切歌が憧れの眼差しで見つめていた。
「見てもらって分かる通り、本来であればこの世界は私達を必要とはしない」
その翼の言葉に全員が深く頷いた。分かったのだ。マリアと奏を欠いてこの強さであり、しかも彼女達には生命のスープという強化剤まである。更にキャロル達の支援だ。それらが全て揃えば盤石と言える。
「だからこそ、カルマ・ノイズはそのバランスが一番崩れる瞬間を狙ったのだろう。一番年長の奏とマリアが戦線を離脱し、私や雪音、セレナといったリーダー格を務められる者達が妊娠する時を」
「……妊娠を知らず戦いに来ても良し。知れば戦えなくなりそれはそれで、か。今回のカルマ・ノイズは本気で厄介で嫌になるわ」
「赤ちゃんを狙うなんて許せない」
「デスデスっ!」
怒りを露わにするマリア達三人に対し、クリスは沈黙を守っていた。だが、誰もそれに不思議がる事はない。分かっているのだ。彼女は黙ったままで怒りを燃やしている事を。
「……要するに、あいつらはこの世界を滅ぼしたいって事だよな?」
「ああ、そうだろう。今回は今までと違って、私達の世界へ影響を及ぼすから呼ばれたのではないと思う」
「響はこう言っていたわ。見せてくれたのだと。自分達が諦めずに手を伸ばし続けた結果、全てが上手く行く可能性もあると。それがこの世界なんだとね」
「あのバカは……」
クリスにも分かっている。セレナや奏は自分達が手を出せる問題じゃない事を。だけど、響が言っている自分達とはギア装者の事だけではないとも察している。
「要シキ。彼がいるかいないかが、まず大きな分岐点である事は間違いないわ。一応向こうで調べてもらっているけど……」
「あの人がいた事で奏はリンカーから解放され、聞けばこちらの私と共に絶唱を使ってノイズの大群を片付けたそうだ。そこでの被害者も本来の半分程になったらしい」
「それだけじゃなく、彼の生命のスープは様々な研究機関へ送られ、セレナもドクターによって摂取したそうよ。そのおかげでネフィリムを休眠させる際、負荷なく絶唱を使えた」
「……それでフィーネも消滅を免れて」
「マムも病気が治ったデスか」
「そして、オートスコアラーの動力にもなった。本当にシキさんが全部に関わってる……」
そこで揃って五人は思うのだ。何故彼は自分達の世界では出会えなかったのだろうかと。出会えていれば、ここと同じように失われる事なく大切な人達が笑っていられたのに、と。
そんな五人のいるシミュレータールームへファラが現れた。その手には一枚のCDアルバムを持っている。
「ここにいたのですね」
「ファラ? 何かあったのか?」
「いえ、奏から是非貴方達に聴かせて欲しいと頼まれまして」
「CD? ……これは!?」
「私とツヴァイウイングのコラボアルバムっ!?」
「な、なんデスとぉぉぉぉ!?」
「凄い……お宝だよ切ちゃん」
「デスデス! 早速聞くデス。聞くしかないデスっ!」
「落ち着けっ! てか、どうしてあたしらに?」
テンションを最高潮まで上げている切歌を制し、クリスは率直に思った事を尋ねる。ファラもきっと似た質問を奏にしたのだろう。小さく笑うとこう返したのだ。
―――物は持って行けなくても、音楽は心に刻めるだろうから……だ、そうです。
そう言って微笑みと共に告げられた言葉に、翼もクリスも、マリア達さえも押し黙った。CDは翼が受け取り、ファラは優雅に一礼して部屋を去った。静まり返った部屋で、翼がCDを再生するために動き出す。
やがて、室内に逆光のフリューゲルが流れ始める。だが、聞こえてきた歌声はマリアのものだった。一曲目はマリアが奏のパートを歌うもの。その違和感の無さに翼とマリアが揃って複雑な表情を見せる。
「……意外と悪くないな」
「そうね。こちらではやりたくても出来ないもの」
そのまま二曲目は聞き覚えのない曲であった。しかし翼は気付く。これは奏が生きていたら出ていた幻の新曲だったものだと。
「そうか。こちらでは普通にレコーディングされたんだ」
「こちらは私が翼パート、でいいのかしら?」
「奏さんとだと力強いデス」
「うん、パワフルな感じ」
「こっちは新鮮だな」
三曲目はもう翼さえ知らない曲。そこで気付く。これは奏なりのプレゼントだと。
「ね、翼。これって……」
「ああ、おそらくそうだろう。私達の世界で歌ってくれと、そういう事だ。私と、マリアで」
「……粋な事してくれるじゃない」
そこから二人はアーティストモードで歌に聴き入った。クリス達はそんな二人に気付かず流れてくる曲に感動するわ感心するわと忙しい。そして、最後の曲が終わり、全員が揃って息を吐いた。
「凄いです。これ、ライブとかやったのなら映像で見たい」
「ホント、この世界はズルいデスよ。ツヴァイウイングとマリアのコラボなんて、それだけでもプラチナチケット確定デス」
「それに、心なしかどれも楽しそうな感じがしたな。先輩二人もマリアも嬉しそうに歌ってる感じだ」
「きっとそうでしょうね。私だって、想像したら笑みが零れるわ」
「まったくだ。こんな企画、自分達で立ててしまうだろう」
と、そこへ聞こえてくる逆光のフリューゲル。最初はリピートでもしたのかと思った五人だったが、聞こえてきた声に思わず息を呑む。何と三人で歌っているのだ。その瞬間、全員がジャケットの裏を見る。そこには、ボーナストラックとして逆光のフリューゲルVerドライディーバと書かれていた。
「……こんなものまで」
「翼、また奏と会う事があればこれ、やりましょう」
「マリア?」
翼が視線を動かせば、マリアが聞こえてくる歌声に闘争心剥き出しの表情を浮かべていた。それだけで翼も理解した。何をマリアが思い、考えているのかを。
「同じアーティストとして、自分には負けたくない?」
「あら、貴女は違うの?」
それだけで良かった。もう言葉はいらない。何せもう一人の自分達からの挑戦状のようなものだ。このアルバムは、とても素敵でとても刺激的な贈り物。きっともうこれを表舞台で彼女達は歌わないのだろう。そう思って二人は聴き入る。
クリス達も目を閉じて聴いていた。一人の男のものになる前の、女神達の歌声を。その歌声が静かに消えていく。それを合図に彼女達はゆっくりと息を吐いた。
「これ、響さんにも聞かせてあげたいです」
「それはいいかもしれないな。もしかすると意識を目覚めさせるかもしれん」
「有り得ないと言えない辺りがあの子らしいわ」
「なら、行くか?」
「デスね。きっとシキさんもOKしてくれるはずデス」
そうやって翼達が盛り上がっている頃、シキは了子と共にメディカルルームを離れシャワールームへと来ていた。
夢子を産んだ事とシキのスープにより、彼女の乳房はかつて以上に大きくなっている。その乳房をシキは優しく揉みながら了子の肩に顔を乗せた。
「な、了子。俺って本当に無力なんだな」
「どうしたのよ、突然」
「エロい事出来なきゃ何も役に立てない。この能力は真っ当な方法じゃない。これまで正々堂々で頑張ってきた彼女達には、相応しくないし使えない」
「……それで余計出すのが辛かったのね」
その言葉にシキは小さく頷いた。彼は異常者ではない。この世界のためにと戦い、死に瀕している少女へ強い性的興奮を覚える事など出来なかったのだ。今朝のもそうだった。どうしても脳裏に何で自分はこんな事をしているんだとの念が過ぎってしまい、どうしても時間がかかってしまったのだから。
そしてそれは、了子が手を貸しても同じだった。結局挿入はせず、胸と手だけで射精させたものの、心なしか普段よりも量も濃度も劣っている気が二人にはしていた。
「それでも、今はそれが必要とされているのよ? あの平行世界からの来訪者の女の子、死なせたくはないでしょ?」
「それは……」
もう一人の響を死なせたくはない。だからといって、意識のない状態の彼女へ精液を塗りつけていいのか。そんな自問をシキは繰り返していた。皮肉にも彼が立派な大人になろうとする事は、その特殊能力を無垢な少女へ使いにくくさせていた。
「もうっ、昔はあんなにがついてたのに……」
「……あの頃の俺なら迷わず抱いてただろうなぁ。大義名分もあるし」
「…………迷わずは言い過ぎじゃない?」
「…………かも」
そこで揃って小さく笑う二人。そしてどちらからともなくキスをした。そのまま繋がろうとした辺りで、了子が何かを思い付いたのかシキの動きを制止した。
「待って」
「……そういう気分じゃない?」
「違うわ。スープが一番効率よく吸収されるのはどこか覚えてるでしょ」
「……まさか」
「塗るのもそこにしたら早いわ」
「で、でもそれはそれで……」
「直腸検査みたいなものよ。それでも気になる?」
了子の問いかけにシキは苦い顔で頷いた。そう、彼はこう思っていたのだ。二人の響が初めて行う性交渉がアナルセックスなのはどうかと。せめてもう一人の響には、まともな相手とまともな行為をして欲しい。そんな風にも思ったのだ。
(本当に変なとこで常識が顔を出すんだから……)
内心呆れつつもそこを好ましく思う自分に了子は苦笑する。その表情にシキは何とも言えない顔を見せて頭を掻くのだった。結局行為はせず、そのまま二人はシャワーから上がり、その場で別れて動き出す。シキはもう一度響の経過を見るためにメディカルルームへ、了子はフィーネとなってエルとキャロルの研究室へと。
「あれ?」
メディカルルームに戻ったシキは、そこにいた翼達に疑問符を浮かべた。彼女達もその声で後ろを振り向く。そこでシキは彼女達が手にしている物に気付いた。
「そのCDって……アナザーツヴァイウイングの?」
「はい。奏が聴いて欲しいと言ったそうで、ファラが届けてくれました」
「で、すっごく良かったデス」
「だから響さんにも聴いて欲しいなって」
「もしかしたら、それで少しは良くなるかもしれないとね」
「ダメか?」
そんな事を聞いて拒否するシキではない。ならばと部屋を出て行き、少しして手にCDプレイヤーを持って現れたのだ。そして室内に流れる歌声。それに僅かだが響の指が動いた。
「今、こいつ動かなかったか?」
「まさか、本当に効果があったのか?」
クリスの言葉に翼が信じられないような声を出す。誰もが響に視線を向ける中、歌声が響き続ける。すると響の指が少しだけ反応を示す時があった。
「やっぱり動いてるデスよ」
「うん、聞こえてるんだ。この歌が」
「これは凄いな。よし、ならいい考えがある」
「何をするつもりですか?」
「そっちじゃツヴァイウイングはあのライブで活動停止したんだろ? こっちは幸いそうならずに済んだ。だから聞いた事のない歌を、原曲を聞かせてみようとね。家にあるから持ってくるよ」
嬉しそうにメディカルルームを出ていくシキを見送り、誰でもなくぽつりと呟いた。何であそこまで嬉しそうなんだろうかと。彼女達は知らない。彼が真っ当ではない自分の能力ではなく、ちゃんとした愛する妻達の歌で響を目覚めさせられるかもしれない事に安堵していたとは。
その後、メディカルルームにはツヴァイウイングやマリアの曲が流れ続ける事になる。それらの多くは翼やマリアも知らない曲が多く、いかに二つの世界が異なる道を歩んでいるかを暗に伝えていた。
余談ではあるが、曲を聞くために少女切歌はメディカルルームで過ごす事が多くなった。だが、それも響の見舞いのついでと周囲には理解され、彼女の目覚めにも影響するかもしれないと容認された事を記す。
あの霊園での戦いから一週間が過ぎようとしていた頃、ある小さな動きがあった。
「響……」
「すまない、小日向。私達がついていながら……」
平行世界から未来がやってきたのである。元の世界では登録されていない装者ではあるが、とある事件を切っ掛けに彼女は再び神獣鏡のギアを手にしている。そのため、ならばと今回の件への参加を打診されたのだが、親友である響が帰ってこない事を心配した事もそこには加味されている。
こうして訪れた先で彼女も今回の異常さの洗礼を受け、複雑な気持ちになりながら今も眠る響の見舞いへ訪れたという訳だった。ガリィは既にメディカルルームに置いてあるドリンクを手に、一人ギャラルホルンのゲートへと戻って行った。
「いえ、翼さん達のせいじゃないです。でも、聞いていたより響の様子が元気そうで良かった」
「ああ、この歌の力かもしれないとこちらのエルフナインやキャロルが言っていた。生命の持つ力は、錬金術や太古の叡智をもってしても未だ解明出来ぬものがあると」
「そうですか。そういえば、さっきの男の人が例のシキさんなんですか?」
「ああ、そうだ。聞いているとは思うが」
「こっちだと旦那さん、なんですよね。しかも響も奥さん。ここに来る前にこっちの私と響に会いましたけど、すごく大人になってました」
「そうか」
「それと、綺麗にもなってた。響なのに響じゃない。あのすれちゃった響よりもそんな感じが強かったです。何ていうか、とても女性らしいっていうか」
言いながら未来は思い出していた。案内役兼ドリンク補充係のガリィと共にギャラルホルンを通り、まず彼女はシャトーを訪れた。
そこでミカやファラとも出会い、一度も相対した事のない彼女は、二人の友好的な空気に本当に響達が戦った相手と同じなのかと首を傾げ、お腹の出た奏とマリアに驚きを浮かべ、もう一人の自分や響と共に本部までやってきたのだ。
「聞けば、こちらの私と奏は立花が装者となる切っ掛けとなったライブ前から関係を持っていたそうだ。そして、雪音と立花はフロンティア事変後に関係したと」
「……私はいつか聞いてます?」
「いや、そこまでは。ただ、一番最後に関係したと聞いた」
「最後なんだ……」
どこか釈然としないものを感じつつ、未来は響へ視線を戻した。一時はその状態が危ぶまれたが、今や顔色は良く、意識はないものの回復へ向かっており、近い内に目覚めると誰もが思っている程に状態が良くなっている。
一応シキが一日一度だけスープを塗る事も続けているためではあるが、それだけでなく聞こえている歌の力によるところが大きい。元々立花響はツヴァイウイングが大好きな普通の少女だったのだから。
「それで小日向、これからどうする?」
「私もこっちにしばらくいます。響の傍にいてあげたいし、今回のカルマ・ノイズは呪いの要素が強いから神獣鏡の力が有効なんじゃないかって」
「……そうか。すまないが助かる。仮住まいはもう?」
「はい、先にセレナさん達に会ってお部屋を貸してもらえる事になりました」
未来がそう言った時だった。メディカルルームのドアが開き、そこからエルが姿を見せたのは。彼女は未来と翼を見ると笑みを浮かべて近寄った。
「良かった。こちらにいたんですね」
「エルか。どうした」
「私達に用事?」
「はい。リディアンへの転送用結晶が出来たのでお届けに」
「そうか。わざわざすまないな」
「私も?」
「はい」
エルが差し出した二つの結晶体を見て、未来が小首を傾げた。何せ彼女が来る事は決まっていなかった。それなのに受け取ってもいいのかと思ったのだろう。エルはそんな未来に頷いてみせる。何故ならそれは今も眠る響の分だったからだ。
その説明を聞き、ならばと未来も結晶体を受け取る。そしてエルへ響の容態について尋ね始めた。いつ頃目を覚ますのか。本当に回復に向かっているのか。そんな未来の不安にエルは初日の状態と現在の状態を比較し、間違いなく回復している事を示し、こう締め括った。
「この分なら、響さんが目を覚ますのも時間の問題です。遅くても三日以内、早ければ明日にも目を覚ますはずです」
「そんなに回復しているのか……」
「父さんが言うには、おそらくこの歌のおかげだろうって。フォニックゲインは生命力みたいなものだから、それを自発的に高めてるのかもしれないと、そう言ってました。僕やキャロル、母さんやグランマも同意見です。元々、そちらの響さんは生命力が強い方だと思います。ガングニールの侵食も耐え、ギアを失っても諦めず戦ったそうですね」
エルの言葉に二人は懐かしむような眼差しを宙に向けた。フロンティア事変終盤。それはもう二人にとってかなり昔のように思えたのだ。とはいえ、まだあの戦いから一年以上は経過していないので、懐かしむには早いかもしれない。だが、その後に起こった魔法少女事変とツタンカーメンの呪い関係の事件などがあったため、どうしても印象が過去のものへと変わっていたのだ。
「こちらの響さんも言ってました。辛い事を沢山乗り越えて笑えてるから、自分よりも強くて逞しいんだろうって」
「待って。それ、どういう事?」
思わず未来はそう切り出していた。翼は未来程ではないが、ある程度察したらしく複雑な表情を浮かべていた。
「えっと、それと言うのは?」
「今の話。自分よりもこっちの響は辛い事を沢山乗り越えてるってとこ。良かったら教えてくれないかな?」
「あの、それは構わないのですが……」
エルの視線は翼へ向けられている。彼女なりにこの話をしてもいいのかと尋ねているのだ。翼は奏が生存し、自分もいる事からあのライブ会場での事件をある程度知っている。その彼女から考え、二人の響の相違点について詳しく教えてもいいのか判断が出来なかったのだ。
「……小日向、それは自分に聞くのがいいと思う」
「自分? ……あっ」
「そうだ。こちらの小日向未来なら、今のお前の疑問を解決してくれるだろう。そもそもエルはこちらの立花と我々の立花の間にある違いを把握し切ってはいない。なら、それを話すにもどこからすればいいか分からないだろう」
「すみません。僕も皆さんの詳しい過去などは中々……」
「ううん、ごめんねエルフナインちゃん。今のはこっちの私に聞いてみる」
「そうしてくれると助かります。それと、出来ればエルと呼んでください。その方が僕とそちらの僕の区別になります」
「分かったよ、エルちゃん」
そう未来が呼ぶとエルは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔がどこか未来の知るエルフナインと違っていて、彼女はやはりここが平行世界なのだと強く実感するのであった。
「響の事を教えて欲しい?」
「えっと、はい」
メディカルルームを後にした未来は、シャトーへと戻り大人の自分と対面していた。場所は食堂である。今やセレナと並んで家事の中核を担っている未来は、今後を踏まえセレナ分も家事に励むためここを定位置としていたのだ。
「教えて欲しいって言っても、多分そっちが知ってる事とそんなに」
「あのライブの後、こっちの響は社会全体から酷いいじめを受けました。そのせいで響はお父さんとつい最近まで離れ離れだったんです」
先んじて告げられた内容に未来は思わず絶句。何せ、こちらではそんな事はなく、響は家族仲良く暮らし続け、リディアン進学で寮生活となる時には、父である洸がかなりごねたぐらいだったのだ。
「……そっか。それで響はそっちの響の方が大人かもって言ってたんだね」
「じゃ、やっぱり……」
「うん、こっちはそんな事はなかったよ。たしかにライブで響は怪我をしちゃったけど、命に別状はなかったしね。そのまま一緒に中学を卒業して、ツヴァイウイングが通った学校に行きたいって、そう言った響に私も付いて行った。これでそっちの知りたい事は終わり?」
「…………あの、フロンティア事変の時の事は?」
「あー、私がギアを纏って響達と戦った事?」
どこか苦笑しながら問いかける大人未来に、少女の未来は内心疑問符を浮かべながら頷いた。何せ彼女の知る限りでは、操られた状態で響と交戦。その結果、二人で神獣鏡のギアが放った光線を浴びて結果的に響の命を助ける事が出来た。それが彼女の中での記憶である。
(もしかして、そこもこっちじゃ違うのかな?)
まだこちらのマリアのギアがガングニールであり、もう一人の自分も神獣鏡のギアを所持していると知らない未来では確信を持てなかったのだ。
「えっと、こっちじゃあの戦いは響がギアを纏わずに私へ真っ先に抱き締めに来たの」
「ギアを纏わずに?」
「うん、それで見せられたの。ペンダントになったガングニールを。もう大丈夫だから。私に心配かけてごめんねって。そして、最後にこう言ってくれたんだ」
思い返すように目を閉じ、未来はその時の響の言葉を告げる。
―――お揃いになっちゃったね。でも、おかげで未来と一緒に戦えるかも。
それは少女の未来には衝撃だった。何せ、彼女の響は戦いから遠ざけようとしていたから。なのに、目の前の自分の親友は遠ざけるのではなく並ばせようとした。それは何故か。それを未来は知りたかった。そして、その感情は大人の未来も分かっているのだろう。一言こう前置いて話し出す。
「これはあくまでこっちの響だからって、そう思ってね。こっちでも響は装者になった後、私を出来るだけ関わらせないようにしてた。クリスの事があった後は、どこか仕方なくって感じもあった。でも、それは響曰く私が装者じゃないからだったんだ」
「装者じゃ、ないから……」
「自分の身を守る事が出来ない。しかも、響も戦いながら誰かを常に守れる程強くない。だから安全な場所に居て欲しい。だけど、私が神獣鏡のギアを手に入れたから」
「自分の身は自分で守れる。それなら、一緒に居て欲しい?」
「そう言う事。響なりに私の気持ちを察してくれたみたい。戦わせたくないって、そう思ってる私の気持ちを」
戦わせたくないと思う未来。守りたいから戦うとした響。故に響は思ったのだ。自分と親友が逆の立場ならどう思うか。その答えが未来への共闘希望となった。何故戦わせたくないかといえば、傷付く姿を見て何も出来ない自分が嫌になるから。なら、一緒に戦えるのならどうだ? 戦える力があっても安全な場所へと、そう言うのは一番相手の心を傷付ける。ならば、相手の望む事を叶えてもらうしかない。
「私の無力感を、響は分かってくれた。本当は嫌だったと思う。私が逆でもそう。だけど、だからこそ一緒に戦おうって、そう言ってくれた。今の私ならそれが出来るからって」
「……それで正気に戻ったんですか?」
「クリスや翼さん達からは恋人みたいだったって、散々からかわれたけどね」
苦笑いを浮かべながら未来は指で頬を掻いた。何しろ、その時既に響はシキと一線を超える覚悟を固め、少女から大人へ変わり出していたのだ。それを今の彼女は知っている。
きっと目の前の自分はそんな話はしていないし出来ないだろう。お互いに秘部を擦り付け合い、口付けさえ交わして、唾液の交換などもやってしまっている自分達と違って。
(シキさんのせいで私も一気にエッチにされちゃったもんなぁ……)
スープの味を教えられた日、あまりの快楽に腰を砕かれ寮の手前までおぶられて帰った後、シキの懸念通り、未来と響は覚えたての女同士の快楽を貪り合ったのだ。友情は枠をはみ出して愛情の域に踏み込んでいたために。
そして、それが余計シキとの行為を待ち望むようになるとは、あの頃の未来は思いもしなかった。女同士では満たされぬもの。冷めぬ熱。それらを解決するには男を迎えるしかない。そうあの頃の親友は未来へ囁いていたのだから。
「きっとそっちの響も、ギアの侵食をどうにか出来た時に貴方のギアが残ったら同じ事を言ってくれたと思うよ」
「……それは、ないです。だって、今の私はギアがあるけど響は」
「こらっ、ちゃんと人の話聞いてた? 同じタイミングじゃないとダメ。じゃないと、私には出来るだけ平和な日常に居て欲しいって、そう言うよ?」
それは実際彼女が言われた言葉だった。可能な限り装者ではなく一般人で居て欲しい。それは、彼女の事を大切に思うからこその表現。陽だまりは戦場ではなく日常にあって欲しい。それを守るために頑張り、危ない時は助けて欲しい。それが響だけでなく全ての先輩装者の願いと、未来も気付けた。
「そうなんですか?」
「そうだよ? 実際、私もフロンティアの後、訓練なんかは参加したけど実戦は一度も経験させてもらえなかったもん」
「ちょ~っと未来? それは語弊があるなぁ。私達は経験させなかったんじゃなくて、させる必要がなかっただけだよ?」
その声に二人が揃って振り向く。そこには困り顔の響が立っていた。聞こえてきた言葉に突っ込まざるを得なかったのだ。実際、彼女は未来があのガリィ達との戦いの場へ現れた事を責めも嫌がりもしなかった。
そして、あのフロンティアの時は、未来の体の事を考えて待機してもらったに過ぎない。つまり、そういう意味で未来は運が悪かったのだ。
「だけど、バルベルデの時だって私はお留守番だったし……」
「あの時は奏さんとセレナさんも一緒だったでしょ!? お留守番じゃなくてもしものための控えだってばぁ!」
そこから始まる痴話喧嘩。それを眺めて未来は思うのだ。根底は一緒なのだと。響と自分を形作る大元は、どこへいっても変わらない。それを強く噛み締め、彼女は苦い顔をする。目の前で見せつけられる本来ならば自分が当事者となるだろう光景に。
(これがいつもみんなが見せられてる奴なんだ……)
中々出来ないであろう自分を客観的に見るという事。それで未来は密かに思う。今後は響とのそういうやり取りは控えよう、と……。
「……出来た」
未来と響のやり取りを少女の未来が複雑な心境で眺めている頃、キャロルとエルは共用の研究室でカルマ・ノイズを完全消滅させる事を目的とした研究を行っていた。そして、二人の視線の先には七色に輝く結晶体があった。
「やったねキャロル」
「ああ、後はこれをカルマ・ノイズに吸収させればいい」
「正直実験出来ない事だけが不安ではあるけど……」
「言うな。私もそこは気掛かりではある。だが、そのためにあれを生み出しては本末転倒だ」
キャロルの意見にエルも返す言葉がなく、ただ静かに頷く事しか出来ない。こうして二人は出来上がった結晶体を響へ託す事にして部屋を出る。すると、向かう先からシキが疲れた顔で歩いてくるのが見えた。
「父さん?」
「どうかしたの?」
「ん? ああ、フィーネから嫌な予感がすると言われてね。だからメディカルルームへ行ってきたんだ」
その言葉だけで二人も察した。響へ二度目のスープ塗布を行ったのだと。そして、その理由が先史の巫女の神託にも似た予感。キャロルとエルは互いへ目配せすると小さく頷き、それぞれ別れて動き出す。
キャロルは結晶体を持ってシャトーへ、エルは発令所へと向かう。シキはそんな二人を見送り、了子の研究室へと歩き出す。
「了子、ちょっといいかな?」
「あら、どうしたの?」
「何かありましたか?」
研究室には、了子だけなくナスターシャの姿もあった。二人は二度目のカルマ・ノイズとの戦闘データを分析し続けていた。S2CAさえ凌ぎ切った事。それは翼達のこれまでの経験から考えても異常と明言されたからである。
「いや、フィーネはやっぱり相変わらず?」
「……ええ。間違いなく厄介事が近く起きるって言ってるわ」
「それもあって私達は前回の戦闘を分析しているのです」
「えっと、どうして?」
「ね、アナタ。どうしてあのカルマ・ノイズは変化したんだと思う?」
突然投げ込まれた質問にシキは戸惑った。だが、きっとその答えこそが二人の行動に繋がるのだろうと思い、懸命に考える。何故最初はS2CAで倒せた相手が、二度目はそれを凌ぐ事が出来るようになったのか。そう考えた時、思うのは一つだった。
「S2CA?」
「あら、正解。こういう時の勘の良さは大したものね」
「了子さん……」
あまりにも酷い言い方にナスターシャが苦笑する。いくら夫婦とはいえ、そんな言い方はないだろうと思ったのだ。だが、シキはそう言われても仕方ないと思っているようで、了子の発言に対する怒りなどはない。むしろ、自分の意見が肯定された事に驚いていたぐらいだった。
「……それ、どういう事?」
「マムとも話したのだけど、今回用いたS2CAは三人分の絶唱を増幅、収束して叩きつけるものよ。で、絶唱というのはどういうものか思い出して」
「……装者がギアの限界以上の力を引き出す攻撃」
「そうです。つまり、本来ならば装者の命懸けの攻撃です」
「要するに博打な一撃ってとこね」
その了子の言い方でシキは理解した。己が命を賭ける一撃。それが意味するのは、絶唱とは死を意識したエネルギーという事だ。あのカルマ・ノイズは死を内包している。そんな存在へ極限まで高めた同質の概念をぶつけるとどうなるか。答えは既に二度の戦闘が示している。
「絶唱じゃ……倒せない……?」
「そうなるわ。こうなると、向こうの装者達が言ってた事は正しいわね。本来であれば、カルマ・ノイズはエクスドライブで倒すのが一番なのよ」
「ですが、スープによるそれは不可能だったと聞いています。となれば、残るは絶唱を使わず戦い、勝つしかない訳ですが……」
「三度目はS2CAに絶唱三重奏を受けて成長変化した状態。はっきり言ってどこまで強化されているか分からないわ」
それが意味するのはある意味では死刑宣告に近かった。動ける装者は総勢十人。だが、それはこの世界で本来ならば考えられない絆で結ばれた者達ではない。異なる世界の装者連合である。そのため、総合的には大きく劣っている。更にその内の半数以上にはスープによる強化は施せない。
響達四人は強化出来てもセミエクスドライブが精一杯。まさにこれまでにない危機的状況である。と、そこでシキはある事を思い出して部屋を飛び出した。止める間もないその動きに了子達は言葉が無かった。
「……一体どうしたのかしら?」
「分かりませんが、あの表情ではあまり良い事ではなさそうですね」
ナスターシャの予想通りだった。シキは思い出していたのだ。まだ、この世界には強力な戦力となれる者がいる事を。そして、その彼女は中々熱くならないが、なってしまうと誰よりも恐ろしい熱量を持つ事を。
(キャロルがもしこの事を知ったら戦うと言うに決まってる! その前にアレを使わないように約束しておかないと……っ!)
錬金術師キャロル。彼女はその気になれば七十億の絶唱を超える事が可能である。ただし、それには一つだけ条件があった。それは思い出の焼却。長年に渡る記憶などを全て燃やし尽くす事で彼女は恐ろしい程の力を発揮できるのだ。
それをシキは知らない。それでもキャロルが全力で戦う際にどうするかは知っている。故にまず先手を打つ事にしたのだ。他ならぬ大切な娘として扱うからこその行動だった。
その頃、シャトーではキャロルの手から七色に光る結晶体が響へと渡っていた。その神秘的な輝きに誰もが魅入る。
「これを……カルマ・ノイズにぶつければいいの?」
「正確には吸収だが、まぁその考え方の方が響らしいか。投げつけるのではなく叩き込む方で頼む」
「うん、分かった」
響が大切そうに結晶体をしまうのをみて、お腹を撫でながら奏が悪戯めいた笑みを浮かべた。
「響、それ、割ったりすんじゃないよ?」
「しませんよぉ。……多分」
「多分って、そこで絶対と言えない辺りが貴方らしいわ」
「マリアさんまでぇ……」
「響がいけないんだよ? 不安そうな返しするから……」
妊婦二人の容赦ない弄りに、響は困った顔を見せる。そんな彼女へ未来が呆れを乗せた言葉で追い打ちをかけた。それさえも他愛ないやり取りであり、彼女達の家族としての関わり方でもあった。それを少女の未来は眺め、悟るのだ。似た雰囲気にはなるかもしれないが、同じ雰囲気には絶対になれない事を。
それが羨ましいとは言わないが、良いなと思わなくもないのだ。友人であり仲間であり家族である。そんな関係のもう一人の自分を見つめ、彼女は思った。何が幸せで何が正解かは本人にしか分からないのだろうと。
「そういや、そっちじゃ神獣鏡のギアは消滅したんだろ? 何でそっちの未来が持ってるんだ?」
「えっと、こことは違う平行世界で……」
あのクリスが自分へ素直な接し方をしてくる事も未来には驚きだった。装者は全員成人しており、見た目も彼女がよく知るものとは異なっている。それでもその根底が変わる訳ではなく、そういう意味では未来も順応出来ていたのだが、それでもクリスや大人未来には中々戸惑いが消えないでいた。
未来が話す平行世界の話は、そこにいる者達へシキのいない世界の一つの結果を教える事でもあった。響は己の知らぬ別の自分の事を思い、胸を押さえた。そして強く思うのだ。自分が今のようになれた裏にやはりシキの存在がある事を。
「じゃ、そこの響はギアを失ったって事かい?」
「はい」
「……翼一人でノイズと戦い続けるのかしら?」
「奏を失った私なら、そうなると思う。でも、もしかすればそこのマリア達と協力するかもしれないね」
「どちらにしろ、やっぱり私達って恵まれてるんだ」
「だな。セレナも奏先輩もシキがいなきゃどうなっていたやら?」
クリスの軽い問いかけに奏とセレナが揃って唸り、同じ答えを出す。
「「きっとこうなってない」」
「それをあっさり言わないで欲しいのだけど?」
「いや、あたしは絶対翼を残して死んでる」
「私は……死ななくても無事じゃなかったと思う。だって、あの時瓦礫が崩れてきたもん」
共に苦笑しながら奏とセレナはさらりと告げた。それは彼女達なりの空気を重くしないための方法だった。そして、話を終えた後で失敗してしまったというような顔をしている未来への配慮でもある。
だからこそのクリスの軽さであり、マリアの呆れ声であり、二人の立ち振る舞いであった。そう、その場にいる者達は揃ってこう未来へ告げているのだ。気にしてないからと。
「……それよりも聞かせて欲しい事があるんだけどいいかな?」
「え……? あ、はい」
もう一人の自分から声を掛けられ、未来は弾かれるように顔を動かした。その反応に誰もが笑みを浮かべる。
「そっちの響、リディアン卒業出来そう?」
「ちょっ!? 未来っ!?」
「そっちのって……もしかしてこっちでも卒業危なかったんですか?」
「おおぅ、響さんはどこでもホントに響さんデス」
「こっちもギリギリでした。最後の夏だからって遊び過ぎて」
「そうだったそうだった。で、あたしや未来に泣き付いてよ」
「わ~っ! わ~っ! クリスちゃんもみんなもそこまで~っ! 私の心のダメージはもう限界突破してるからぁ!」
慌てて話を終わらせようとする響に笑う周囲を見て未来も笑顔を浮かべた。それに周囲が内心で安堵していた。重苦しい雰囲気を払拭出来たと、そう思って。と、そこでシキが肩で息をしながら現れた。その様子にその場の全員が視線を彼へ向ける。
「どうした父さん。そんなに慌てて」
「きゃ、キャロル……一つ頼みたい事があるんだ……」
「? 言ってみてくれ」
「な、何があってもファウストローブは使わないで欲しい」
「……私に戦うなと、そういう事か。では、やはりそういう事なのか……」
シキの言葉からキャロルは気付く。カルマ・ノイズがこれまでと同じ方法では倒せない事を。そして、それはその場にいる全員にもその事を悟らせる。そうでなければキャロルが参戦を考えないからだ。
その場の空気が若干重くなる中、今度は翼達が戻ってきた。その中にはエルの姿もある。一緒に戻ってきたのだ。彼女は弦十郎からの通達を携えての帰宅であったが。
「あれ? 父さん?」
「エルか。風鳴さん達も一緒なら丁度いい。聞いて欲しい事がある」
「私達に?」
シキは了子達との会話で知った事を話す。その内容に翼達は息を呑んだ。何せ彼女達は今までS2CAを活用し倒した事もあるからだ。故に今回のカルマ・ノイズの異常性と恐ろしさを再認識した。
そしてそれだけではなく、今度の戦いの厳しさも再確認する事となる。絶唱を使って倒してはいけないとなれば、エクスドライブが使えない以上通常の状態で戦うしかない。だが、相手の攻撃を一度でも受ければ、響達はともかくスープによる強化を受けていない翼達は戦闘不能となるためだ。
「……なら、私達もそのスープをもらう事は出来ないかしら」
「ごめん。それは出来ないんだ。あと、おそらくだけど響が平気だったのは、これまでに渡る長期的なスープの摂取だと思うし」
マリアの言葉へシキはそう返した。翼はその言葉を聞きながら理解していた。これは、シキなりの誠意なのだと。自分の精液を自分達へ与えるなど出来ないししたくない。だから一番有力な理由を告げる事でそれを避けているのだと。
(要さんは私達を清いままでいさせたいんだ。何せ、あのカルマ・ノイズの攻撃を耐え切るには……)
思い出すのはこちらの自分や大切な仲間達とのシキの関係。性交をしなければ意味はない。そう翼だけが知っている。だからこそ教える訳にはいかなかった。シキは自分達の純潔とこの世界の平和を同一視していると知っているのだから。
マリア達もシキの言葉に納得し、ならばと考え始める。一度でも攻撃を受ければ即時戦闘不能。S2CAもイグナイトも使えず、平行世界の装者達のような高度な連携も不可。今までで一番厳しい状況と言えた。決め手に欠ける上攻撃を受ける事は許されないのだ。
「小日向を入れて六人になるとはいえ、厳しいと言わざるを得ないな」
「そうね。しかも、相手からの攻撃は絶対回避が条件……」
「あたしやこの子は遠距離主体だからまだいいが」
「アタシ達は結構厳しいデスね……」
「響さんと違ってS2CAみたいな負荷を受けないから昏睡する事はないと思うけど……」
「それでも一度ぐらいだと思った方がいいと思うな。立て続けに受けたら今の響よりも酷い事になるかもしれないから」
未来の言葉に誰も異論はなかった。死の概念を内包したカルマ・ノイズの攻撃を受け続ける。そんな事をすれば、最悪死に至るだろうと察していたのだ。
「それはこっちも同じだろうなぁ。特に私はあの時もダメージ受けちゃったし」
「なら、アタシと調で前衛するデスよ」
「うん、心配しないで。響さんは、未来さんとのデュオで決めてくれればいいから」
「そういう事。頑張ろうね、響」
「うん。未来とのコンビならへいきへっちゃらだよ」
一方で大人組は六人程の不安はない。それは油断ではない。長年に渡る信頼関係からくるものである。そういう意味では彼女達の方が経験豊富なのかもしれない。
少女達はそんな四人のやり取りを見て、自分達と似ているようで違う事を改めて認識する。気負いもなく、自然な空気感でいる響達。その雰囲気はまさしく家族のそれであった。
その後、エルが響達へもリディアンへの転送用結晶を手渡し、これからの事を話しあおうとした瞬間だった。響達の通信端末が一斉にコールされたのは。
「はい!」
『要、全員いるな? 予想通りリディアンにカルマ・ノイズが出た! 至急向かってくれっ!』
「分かりました! みんな、聞こえたな。頼むっ!」
シキの言葉に頷き、十人はそれぞれギアを纏い、先んじて翼達六人がその場へ結晶を叩きつけて消える。響達もドリンクを飲み、それに続くように結晶を使って消えた。
それを見送り、シキは静かに椅子へ腰かけた。何か不安が消えないのだ。それも、今まで感じた事のない程の強い不安を。それがどうしてか分からぬまま、彼は妻達と平行世界の少女達の無事を祈った。
その祈りの対象である十人は、どこか見慣れた景色である校舎の屋上へ出現していた。そこから十人はすぐさま飛び降り、発令所からの通信を頼りにカルマ・ノイズを目指す。
「このまま真っ直ぐだそうですっ!」
「という事は……グラウンドかっ!」
「へっ、戦うには丁度いいじゃねーかっ!」
「前回の時といい、何となく戦いやすい場所を選んでいるような気がするわ!」
「もしかして、S2CAを使いやすくするため?」
「あり得るデスね。むしろ、それしかない気がします!」
「でも、もうそうはさせないデスよ」
「うん、絶唱を使わず倒す。キャロルが作ってくれたアレを使って」
「響、しっかり決めてね?」
「まっかせておいて! 絶対きめてみせる!」
そして、遂にグラウンドに黒い人型を確認し、十人は表情を引き締める。幸いにして生徒はおらず、どうやらカルマ・ノイズが出現すると同時に逃げたようだった。周囲の様子を確認し、彼女達は全力で戦える事を理解してそれぞれ構える。
「いいか? 立花の持つ結晶体をカルマ・ノイズへ吸収させて完全決着を狙う。そのためには相手の注意をこちらへ引き付ける必要がある」
「こちらの六人とそちらの四人では連携が難しいわ。だから、申し訳ないけどそちらがメインでお願い」
「任されたデス!」
「その代わり、援護はよろしくね」
「合点デス!」
「うん!」
二人の切歌と調が互いに笑みを向け合う。一方、クリスと未来はカルマ・ノイズの後方へ回り込んでいた。未来の神獣鏡はギアを消滅させてしまう光線を放つ事が出来る。そのため、援護は慎重にしなければならない。だから前衛が視界に入れられる場所へとクリスが誘導したのだ。
「いいか? 下手に攻撃すんじゃねーぞ」
「う、うん……」
「心配しないでクリス。私が一緒にいて教えるから」
「そうそう。未来の事は未来にお任せってね」
「……そうかよ」
そこへ響を連れて大人の未来が現れる。彼女達は結晶体を確実に吸収させるためにカルマ・ノイズの裏を取ったのだ。そして、大人の切歌と調が先陣を切る形で戦闘が開始された。その見事なユニゾンがフォニックゲインを高めていく。それに負けじと、もう一人の切歌と調もミカとの戦いで見せた以上のユニゾンをしながらその後を追う。
翼とマリアはその二組のコンビの相乗効果に驚きながら、そもそもが有り得ない事であると思い出して小さく笑う。
「これは凄いな」
「ええ、こちらのギアも出力が上がっている。本来なら有り得ないまったく同じギア同士のデュオ二つ。それが奏でる旋律がここまでなんてね」
「そうだな。今のこの世界には同じギアが最低二つあるんだった」
「ガングニールに関しては四つよ。本当に、凄い事だわ」
「ああ」
体に漲る力に高揚感を覚えつつ、翼とマリアも二組のきりしらコンビに続く。カルマ・ノイズの姿は今までと変化なく、またそれが逆に不気味でもあった。
「これ……切ちゃん!」
「この前よりも硬いデスっ! イガリマが欠けそうデスよっ!」
「腕が痺れるデス……っ!」
「硬い……でも……っ!」
弾かれる感覚を覚えながら四人は攻撃を繰り返す。カルマ・ノイズはその場から身動き一つせず、まるで装者の攻撃が自身へ通用しない事を分からせるように立ち尽くしていた。
まるで、それが一番装者達の心を折り、且つS2CAを使わせるのに適していると分かっているかのように。今まであれば彼女達もそうしただろう。だが、絶唱ではこのカルマ・ノイズを倒せないと知っている今、彼女達にその選択肢はない。
「あたし達もそろそろ仕掛けるか?」
「そうだね。響、行ける?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、私達で注意を惹き付けるから。いい?」
「は、はい」
大人の未来の問いかけに頷き、少女の未来は手にしたアームドギアを展開する。それに呼応し、大人の未来も同じようにアームドギアを展開した。響はそんな二人の間に立ち、右拳を握り締め、腕を後ろに引いてその時を待つ。
「行くよっ!」
「はいっ!」
二つの閃光がカルマ・ノイズへ殺到する。既にそれを見越して大人の切歌と調が後退していた事で、少女コンビも下がっていた。翼とマリアもその動きに合わせていたので、カルマ・ノイズだけが神獣鏡の輝きに身を焼かれる。更にそこへ追撃として巨大なミサイルが炸裂するべく向かっていく。
「こいつもおまけにくれてやらぁ!」
クリスの声を合図代わりに、カルマ・ノイズがいた場所へイチイバルによる強力な一撃が直撃する。翼達が見つめる中、爆炎と砂煙に包まれながら一つの影が映し出される。それが意味する事に彼女達は気付くも、身構えるのみで動揺はしなかった。何故なら……
「これでもくらえぇぇぇぇぇっ!」
一本の槍がソレ目掛けて迫っていたからだ。カルマ・ノイズがそれに気付いて振り返った時には、その響の右拳はその体へしっかり突き刺さっていた。そして、カルマ・ノイズから七色の輝きが放たれる。
一方、シャトーでは装者達の奮闘を知らず、ただ漠然とした不安を抱いたシキが夢子を抱き抱えていた。周囲も彼程ではないが、何とも言えぬ不安を感じており、お世辞にも空気が良いとは言えない。そんな中、ふとシキは思い出すようにキャロルへ顔を向けた。
「……キャロル、一ついいか?」
「どうした?」
「例のカルマ・ノイズを完全消滅させるやつって、どういうものなんだ?」
「どういうもの、か。父さんにも分かるように説明するなら、奴の成長変化を加速度的に速めてしまうものだ」
「普通であれば、進化や成長は時間をかけて無理が出ないように適応させます。今回のカルマ・ノイズも撃退してから一週間程経過しています。きっと、それが今回の成長変化に自身を適応させるための必要時間だったはずです」
キャロルとエルの説明でシキだけでなく奏達も納得していた。故に急激な成長変化を促されれば体が耐え切れず自滅する。そう理解出来たのだ。
「でも、ちょっと待って。もしも、もしもよ? その急激な成長変化にカルマ・ノイズが耐え切れたら?」
「何?」
「だって、今回のカルマ・ノイズは二度目の戦闘での絶唱エネルギーを吸収して、より強靭な状態になっているはずでしょ? なら、急激な成長変化にも対応出来る可能性がないとは言い切れないんじゃないかしら」
マリアのその言葉にエルが思わず目を見開いた。隣のキャロルも同じような表情を浮かべている。
「……キャロル、僕は今自分の迂闊さを痛感してる」
「言うな。今回の奴の成長度を計算に入れてなかったとはな……。私もヤキが回った!」
「父さん! すぐに響さんへ連絡を! あの結晶を使うのは危険かもしれないっ!」
「もうやってる! でも繋がらないんだっ!」
「風鳴の旦那は!? そっちからなら」
「……ダメみたい。発令所も通信出来なくなってるって」
セレナの告げた言葉を聞いてキャロルが動いた。その手には響達が使ったものと同じ結晶が握られている。彼女は自分自身で現場へ向かい、あの結晶体の使用を止めさせようと思ったのだ。だが、そんな時に通信端末が鳴る。
「はいっ!」
『アナタ、不味い事になったわ! カルマ・ノイズが分裂したのっ!』
「何だってっ!?」
了子の言葉にキャロルとエルは即座に動いた。何故分裂したのか。その理由を理解して。カルマ・ノイズは急激な進化で自滅する前にその効果を半分に分けたのだ。つまり、取り込んだ成長促進剤ごと体を半分にするという進化を。
「母さんっ! 響達への通信は!?」
『やっているわ。でも、繋がらないのよ。おそらく、カルマ・ノイズ自身の成長変化による影響ね』
「そのまま通信を続けてくれるよう司令達にも言ってください! 僕らもそちらに戻ります!」
『分かったわ。気を付けてきなさい』
慌ただしく走り去るキャロルとエルを見送り、シキが夢子を抱えて立ち尽くす中、奏がぽつりと呟いた。
―――こりゃ、のんびり待ってられないかもしれないね……。
「嘘……だろ……」
「ふ、増えた?」
「正確には、分かれただね」
クリス達は目の前の光景からこみ上げてくる恐怖を押し殺すので精一杯だった。それは、翼達も同様である。
「な、何て事だ……」
「こんな事……こんな事って」
「一体だけでも厄介デスのに……」
「まさか同じのがもう一体増えるなんて……悪い冗談デスよ」
「キャロルの作戦が裏目に出た?」
「ううん、多分カルマ・ノイズがそれを上回ったんだと思うよ」
二体となったカルマ・ノイズは少しの間互いを見合ったかと思うと、一体が空へと飛び上がる。そしてそのままどこかへと移動を開始した。それを見て即座に響が動いた。同じように空へ飛び上がり、その後を追ったのだ。
「みんな! 私はあっちを追うからっ!」
「分かった! こちらは我々六人が引き受けるっ! 暁達も行ってくれっ!」
「分かったデス!」
「気を付けて!」
連携などを考えれば世界ごとで別れる方がいい。その翼の考えに切歌と調も即座に呼応しその場を離脱。その鮮やかな即断即決に少女二人は感心しつつ、目の前の脅威への警戒を怠らないように気を引き締めた。
「マリア、どうやって倒したらいいデスかね?」
「こっちの攻撃がまるで通ってなかった」
「そうね……何とかしてフォニックゲインを高めるしかないわ。エクスドライブに全てを賭けるしか、ね」
マリアが告げた言葉に二人も小さく頷き身構える。そしてクリス達の方でも動きがあった。
「じゃ、クリスの言う事をよく聞いてね?」
「はい!」
「心配すんな。ちゃんとこの子も分かってるっての」
先に向かった切歌と調を追い駆ける形で未来もまたその場を離脱したのだ。こうしてグラウンドには翼達六人が残される形となる。だが、当然ながら勝算はないに等しい。二度に渡る絶唱エネルギーを取り込み、更に進化促進剤をも吸収したカルマ・ノイズは最早未知数の強さとなったためだ。
「いいか! 基本は先程と同じだ! 暁と月読が主体となってユニゾン! 私とマリアでその援護に回る! 雪音と小日向は適宜援護射撃を頼むっ!」
「「「「「了解(デス)っ!」」」」」
そうしてグラウンドで第二ラウンドが始まった頃、響は飛び立ったカルマ・ノイズとある場所で対峙していた。
「参ったなぁ。これって、やっぱりそういう事だよね」
そこは、翼達が現れた公園であり、平行世界へのゲートであるギャラルホルンへ通じる穴がある場所でもあった。分裂したカルマ・ノイズはこの世界だけでなく、平行世界へも侵攻しようとしていたのだ。
狙いは一つ。大元の世界を滅ぼす事で全ての平行世界を滅ぼすためである。ギャラルホルンを通じて幾多もの世界へ破滅を、死をもたらすために。
響はそこまで知らぬでも、カルマ・ノイズをゲートへ入らせてはいけないと分かっている。故に一人で戦おうとしていた。いずれ来る三人を信じて。
(切歌ちゃん……調ちゃん……未来……待ってるからね)
そう心の中で呟き、響は一度だけ深呼吸をするや歌い出した。それは、撃槍ガングニール。力強い歌声が誰もいない公園に響き渡る。今、二つの世界の命運を賭けた戦いが始まった……。
二ヶ所で展開される戦いは、片方劣勢片方優勢という形で推移していく。四人となってカルテットを奏でる響達に対し、どうしてもソロでしかない翼達。
焦り、不安、その気持ちを助長するようにカルマ・ノイズが死を垣間見せる。だが、そんな中、カルマ・ノイズが奇妙な行動を取った事を発端に、一気に装者達を追い詰めていく。
その、圧倒的で絶望的な死の力の前に翼達が希望を失いかけたその時、遂に彼女が目を覚ます。
次回、淫姫絶頂したいフォギア「終わりの歌は始まりの歌」
思い出を……力に変えて……っ!
予告は予定であり、予定は未定(汗