アニメのようなノリと勢いを文章で出すのは素人には無理。うん、それが分かっただけでもよしとしよう。
リディアンのグラウンドで繰り広げられる戦いと呼ぶにはやや一方的な展開。カルマ・ノイズは翼達が絶唱を使わない事を察したのか、今や棒立ちを止め攻撃に転じていた。
その一撃を切歌も、調も、翼やマリアも辛うじて回避する。掠めただけでも強い疲れを感じると分かっているからだ。防御は無意味。回避しか意味はない。こんな戦いは彼女達も初めての経験であった。
「不味い。このままでは……っ!」
「押し切られるわ。対峙するだけでもじりじりと疲労を感じるなんて……」
荒い息をしている翼とマリア。ユニゾンしている切歌達のフォローをしているだけなのに、既に二人は尋常ではない疲れを感じていた。カルマ・ノイズの圧力である。
一撃も受けてはいけない。それに加えて、いわば最終進化してしまったカルマ・ノイズが持つ迫力と威圧感は、常に極限の緊張感を否応なく強いる。
そして、翼とマリアでそれなら、最年少二人がどうなるかは言うまでもない。更に二人は前衛の要である。その攻撃頻度も相まって、より一層カルマ・ノイズの脅威にその身を晒していたのだから。
「はぁ……はぁ……っ! 切ちゃん、まだ行ける?」
「と、当然デスよ……っ! まだまだこれからデスっ!」
肩で息をしている二人を見てクリスと未来が援護射撃を行うも、それはカルマ・ノイズの頑丈な体にダメージを与える事が出来ない。神獣鏡の光線さえ、現在のカルマ・ノイズには効果がないと言えた。
動く死そのものが、今や見るものさえ殺すモノとなったのだ。最早生半可な攻撃は通用せず、生命力の弱い者は見ただけでその精気を失うだろう。彼女達でさえ、ギアという守りがあって尚強い疲労感を与えられているのだから。
「くそ……こっちの攻撃がまるで効いてねぇ……」
「何か、何かないのかな? あのノイズを止める方法は……」
距離を取っている二人も前衛組程ではないが疲れを感じている。その額には汗が浮かび、表情も苦しそうな物になり出していた。
押し潰されそうな重い雰囲気の中で、六人の少女達は懸命に足掻いていた。その一方で、公園で戦っている響達は優位になりつつあった。
「「大事なモノがぁぁぁぁぁっ!」」
「「増えてぇぇぇっ! いくっ!」」
「「「「みんなそれを守りたいっ!」」」」
ある時は二人でのシンクロや四人でのシンクロ。またある時は二人でのユニゾンや四人でのユニゾン。例え人数は劣るとも、今の彼女達はそれを補える術が、絆がある。本来ならば見せる事のない姿や顔、それらを見せ合った事で得られた力。シキの言葉を借りるなら、真っ当ではない力。それがこの世界を守るために最大の輝きを放っていた。
カルマ・ノイズの強大な圧迫感も、恐ろしい程の威圧感も、四人の女を押し潰す事は出来ない。少女から女へ変わった彼女達。その全身に満ちる生命の息吹。それが死を齎すモノへの対抗策のように働いていたのだ。
「だから手を繋ぐんだ……」
四人での攻撃でカルマ・ノイズが足を止めた瞬間、響が右拳を高々と空へ突き上げる。それを合図に未来達も頷いてそれぞれのアームドギアへ想いを込める。
「「「「みんなでっ! 笑うためにぃぃぃぃぃぃっ!!」」」」
神獣鏡の閃光がカルマ・ノイズを直撃する。その邪を払う輝きに僅かではあるがカルマ・ノイズがよろめき、そこへイガリマとシュルシャガナの刃が殺到する。
その鋭い切れ味にカルマ・ノイズが仰け反り体勢を崩した瞬間、ガングニールの名の通り一振りの槍となって響が光を纏いながら突撃した。
凄まじい音を立ててカルマ・ノイズの体が大きく吹き飛ばされていく。それを見つめて四人は構え直した。
「今のは手応えあったよ」
「デスね。この調子ならいけるかもデス」
「出来るだけ早くこっちを片付けて、あっちの応援に行ってあげたい」
「そうだね。こっちでこれだけ辛いなら、向こうはもっとだもん」
「じゃ、焦らず、だけど素早く倒そうっ!」
響の言葉に三人が頷き、再度カルテットでのユニゾンを試みようとした時だった。よろよろと立ちあがったカルマ・ノイズが突然怯えるように体を震わせたのだ。
「な、何?」
「分からないけど……怯えてるみたい」
「怯える? 死の概念の存在が?」
「じゃ、アタシ達は死の概念を超えちゃったデスかね?」
「そんなはずないと思うけど……」
『調さんの言う通りです。それは、おそらく呼んでいるんだと思います!』
「「「「エル(ちゃん)っ!?」」」」
聞こえてきた声はエルのものだった。四人が相手しているカルマ・ノイズが弱ったため、通信妨害も弱くなったのである。
『まだ翼さん達とは通信できませんが、だからこそ分かるんです!』
「分かるって……まさか!?」
「こっちがピンチだから助けてくれって、向こうのカルマ・ノイズを呼んでるって言うんデスか!?」
『その可能性が極めて高いです! ですから、素早くあのカルマ・ノイズを倒してください!』
『今、一つに戻られたらどう変化するか想像もつかん! 向こうでは離脱を阻止する術がないため、既にそちらへ向かっているんだっ!』
キャロルの言葉で四人も理解した。カルマ・ノイズはまず手強いこちらを片付けるつもりなのだろうと。その後で翼達平行世界の者達を殺すつもりだ。分裂体でも苦戦する六人ならばいつでも倒せると考えて。
「分かったっ! いくよ、未来、切歌ちゃん、調ちゃん」
「うんっ!」
「了解デスっ!」
「速やかに倒すっ!」
一度だけ頷き合って四人はそれぞれカルマ・ノイズへと迫る。その頃、翼達は空へ飛び去ったカルマ・ノイズを追っていた。
「こちらの方角は……あの公園かっ!」
「じゃ、カルマ・ノイズの狙いはギャラルホルン?!」
「まさか……私達の世界へ侵攻するつもりじゃ……」
「不味いデスよ! あんなの相手じゃ、ガリィやレイアだって死んじゃうデスっ!」
「それだけじゃねーっ! あいつがギャラルホルンを使って他の平行世界にも行ってみろ! 話はあたしらの世界だけじゃすまねーぞっ!」
「あの響の世界も、奏さんの世界も、セレナちゃんの世界だって滅ぼされちゃうっ!」
それぞれの脳裏に浮かぶ、今まで経験してきた平行世界での記憶や思い出。そこで出会った者達の顔が過ぎり、それぞれが拳を握る。
失う事の辛さや悲しみを乗り越えて、更に齎された滅びの使者を撃退し生きているそれぞれの平行世界の住人達。そこへ再度滅びを齎す事など許す訳にはいかないのだ。故に闘志が甦る。故に勇気が込み上げる。生きるための想いが、力が、全身へと駆け巡る。
「決してそんな事はさせないっ! 防人としても、人としてもっ!」
「ええっ! もう二度と失ってなるものですかっ!」
「マムとセレナが暮らしてる世界を、みんなが家族で暮らしてる世界を、壊させはしないっ!」
「そして、アタシ達の世界もデス! 絶対、絶対守り抜いてみせるデス!」
「あたしらの底力を見せてやるっ!」
「うんっ! 響の分まで頑張るんだっ!」
未来の挙げた響の名に翼達が強く頷いた。その視線の先にあの公園が見えつつある。カルマ・ノイズは若干早くそこへ降り立とうとしていた……。
「可憐に咲くのがっ!」
「乙女ぇぇぇぇ心っ!」
調のヨーヨーの糸がカルマ・ノイズの体を縛り上げ、そこへ切歌の大上段からの鎌による一撃が炸裂する。
「綺麗に咲かすはっ!」
「女心ぉぉぉぉぉぉっ!」
未来の放った閃光がカルマ・ノイズを大きく浮き上がらせる。と、そこへ待ち構えていた響が声と共に拳を思いっきり叩きつけた。轟音を響かせ地面へと叩きつけられるカルマ・ノイズ。この上ない手応えを感じて四人はより表情を凛々しくした。
「もう少しだね」
「なら、一気に……」
「っ!? あれ、見てくださいっ!」
「もう来たデスかっ!?」
調の指さす方向には、羽を広げたもう一体のカルマ・ノイズの姿があった。このままでは合体されてしまう。そう判断した四人は何か言葉を交わす事無く動いた。
未来が飛行するカルマ・ノイズへ閃光を放ち、調と切歌が互いに刃を飛ばし合って動きを制限する。そこへ響が加速を乗せた拳を叩き込んだのだ。
そんな光景を翼達が見ていた。カルマ・ノイズを追い駆け、公園までやってきたところで四人の見事な連携を見せられたのだ。
「なんつーチームワークだよ……」
「言葉はおろか視線さえも交わさずにか……」
「分かっているんだわ。相手が何を考え、どうするかを。それを四人全員が出来ているからこその連携ね」
年長三人は改めてこちらの装者達の絆の深さを思い知っていた。身も心も繋ぎ合う。それが意味する事を正しく理解している三人だからこそ、目の前の光景がいかに自分達では不可能かを噛み締めていた。
「凄い……」
「あんな事、出来るようになれるんデスね」
「……同じ人を好きになって、家族になったからこそ、なんだよね、あれ」
後輩三人も翼達と同じく見せられた光景に息を呑む。模擬戦以上に強力で見事な連携だったのだ。やはり、そこにはもう一人の自分達相手かノイズ相手かという差があった。
だが、いつまでもそうやって止まっている彼女達ではない。素早く意識を切り替え、四人へと合流するべく走り出したのだ。
響達もそれに気付き、一瞬だけ笑みを浮かべる。翼達が無事だった事を確認して安堵したのだ。しかし、彼女達もすぐに表情を引き締めてカルマ・ノイズがいる方を見つめて動き出す。合体を阻止するためだ。
「マリア! 私達は弱っている方を狙おう!」
「そうね! 少々申し訳ないけど……っ!」
「イキのいいのはあっちに任せる方がいいからなっ!」
「調ちゃん! 切歌ちゃん! お願いねっ!」
「はいっ!」
「油断せずに攻め立てるデスよっ!」
ならばと翼達も四人が戦っていたカルマ・ノイズへと向かっていく。いくら弱っているとはいえ、六人にとっては手ごわい相手に違いない。そのため、彼女達は慢心も油断もなく、むしろグラウンドの時以上に気持ちを引き締めて戦いに臨んでいた。
カルマ・ノイズの強度は弱ったからといって落ちる訳ではない。それでも、幾分か感じる圧迫感などが衰えた事もあり、翼達は少しだけ疲労度を減らす事が出来ていた。
「はあぁぁぁぁっ!」
翼の剣閃が煌めき、カルマ・ノイズの体を揺らす。そこで翼は感じていた。今のカルマ・ノイズならば倒せると。
「次は私よっ!」
翼の背後から跳び上がり、アームドギアを鞭のように唸らせて振るうマリア。その攻撃をカルマ・ノイズが両手で受け止めるも、それこそが彼女の狙いだった。
「ボディがっ!」
「お留守デスよっ!」
交差するように斬り付ける調と切歌。そのダメージにカルマ・ノイズが手を離す。するとそこへ降り注ぐミサイルの雨。
「釣りはいらねーから遠慮なく取っとけっ!」
既に調も切歌もその場を離脱しており、逃げ遅れたカルマ・ノイズだけがその攻撃に晒される。そして、追い打ちとばかりにそこへ迫る光があった。
「これで倒れてっ!」
邪悪を払う閃光がカルマ・ノイズを包み込む。それを受けて尚、カルマ・ノイズは立っていた。まるでこんなものでは死なぬと言うかのように、ゆっくりとその場から歩を進めたのだ。
「これだけやっても倒れないとは……」
「やはり今の私達では無理なの?」
「いえ、そんな事ないはずです。諦めずに手を伸ばし続ければ……」
「必ず届く、デスね」
「……あのバカの分までやると言った以上、やるしかねーわな」
「響さんがいれば、絶対未来さんと同じ事を言ってます」
そこで全員して小さく笑みを浮かべ、揃って歩み寄ってくるカルマ・ノイズを睨み付ける。
「小日向、歌えるか?」
「……はいっ!」
「よし、ならトドメは託す。そこまでの流れは私達で作るぞ!」
「一番槍は私がもらうわっ!」
言うやマリアはその場から跳び上がる。その後ろからは巨大なミサイルが追い駆けるように飛んでいた。その上にはクリスの姿がある。
「あたしも譲るつもりはねえ!」
「あら、じゃあご一緒してくれる?」
「いいぜ。お一人様ならタダ乗りOKだ」
互いに好戦的な笑みを見せ合い、マリアがミサイルの先端へ乗るやクリスは更にガトリングの弾をばらまいた。それらがカルマ・ノイズの足止めをしたところで、マリアとクリスが同時に跳んだ。
ミサイルはそのままカルマ・ノイズへと向かい、大きな爆発と炎を生む。そんな中へ
叩き込まれるピンク色の輝き。マリアのアガートラームによるものだ。
それが爆炎へ更なる彩りを添える。そしてそんな燃え盛る炎の中へと向かっていく一つの影があった。それ自体も炎となり、カルマ・ノイズへと加速していく。
「疾き事風の如く! 侵掠する事火の如し!」
すれ違い様にカルマ・ノイズを斬り付ける翼。その一撃が周囲の炎を吹き飛ばし、その姿を露わにする。それを待っていたかのように空に煌めく二つの光。
「切り刻んでっ!」
「あげるっ!」
バツ印を作るように対の刃がカルマ・ノイズを斬り付けた。その相手を見る事なく切歌と調は速やかにその場から離れる。それと同時に眩しい程の閃光がカルマ・ノイズを飲み込んだ。
「戦うのぉぉぉぉっ!」
未来の歌声と共に輝きが強くなり、それに耐え切れなくなったのかカルマ・ノイズがゆっくりと消えていく。だが、その瞬間彼女達は見た。消滅していくカルマ・ノイズだったものが風に乗って舞い上がり、もう一体の方へ流れていくのを。
何故それが分かるかと言えば、微かに見えるのだ。七色に光るあの結晶体らしきものが。
「不味いっ! 小日向、アレを光で撃てっ!」
「っ!? は、はいっ!」
「間に合ってくれればいいけど……」
一縷の望みを賭けて翼が未来へ叫ぶ。その声に弾かれるように未来がアームドギアを展開して光を放った。その輝きを見つめ、マリアが祈るように呟いた。放たれた光がカルマ・ノイズだったものへと当たると思われた瞬間、そこが消える。
―――なっ?!
目の前の事に驚く翼達と同時に上がる同じような声。それに彼女達が視線を動かせば、もう一体のカルマ・ノイズから虹色の輝きが放たれていた。それは、あの結晶体を吸収させた時よりも強くなっている。そう、まるで更なる進化を遂げたかのように。
「何だよこれっ! どーしてあの時よりも輝きが強いんだ!?」
「まさかっ!? 己の分身の死を取り込む事で更なる進化を遂げたとでも言うのかっ!?」
誰もが眩しさから目を守るようにする中、翼の告げた言葉に誰もが息を呑んだ。死の概念を内包するカルマ・ノイズ。その分裂体が死を迎え消滅しようとしていた。それをもう一体の分裂体が取り込む事で、自身の死さえ内包したと仮定すればないと言い切れない話だったのだ。
直後、周囲を重苦しい空気が包んだ。今までよりも禍々しい姿となったカルマ・ノイズがそこにいた。極限まで進化した、存在する死。その重圧に誰もが汗を噴き出していた。
「響……あれ……」
「これは……不味いかも」
「……セミエクスドライブじゃ、倒せない可能性が高いです」
「……っ! じゃ、いっそS2CAでフォニックゲインを高めて、マリアのアガートラームで再分配してもらうデスよ!」
「そうか、その手があった!」
「さっすが大人のアタシデス。名案デスよ」
「切ちゃんてば……」
苦笑しつつ、調は大人の自分へ視線を向ける。するとその目が合った。しかも浮かべている表情も同じと分かり、更に二人は苦笑を深める。
「なら、響さんと未来さんはマリアと一緒にS2CAの準備を。カルマ・ノイズは私と切ちゃんのダブルコンビで押さえます!」
「デスよ! いいデスね?」
「……うんっ!」
「任せろデス……っ!」
「小日向と雪音もあちらに協力してくれっ! 少しでもフォニックゲインを高められるようにっ!」
「あたしらもって、先輩はどうすんだ!?」
「私は前衛に回るっ! 防人としての務めを果たすためだ! 後輩だけ死地に送るなど私の在り様ではない!」
輝きが収まり出したのを見て、二組のコンビが動き出す。それに負けじと翼も駆け出した。残されたクリスは未来の方へ視線を向け、響達の方へ顔を動かした。
「行こうぜ」
「う、うん……」
後方へと下がる響達を追うようにクリスと未来もその場から動き出す。マリアは既にそちらへと向かっていた。急いでそこへ向かう未来だが、一度だけ後ろを振り返る。そこには、濃密な死を感じさせる存在が翼達との戦闘を開始しようとしていた……。
「参ったわね……」
了子はモニタを見つめてそう呟いた。通信は再び途絶。映像だけが送られる状態であった。そこには、禍々しさを感じさせるようになったカルマ・ノイズが映っていた。
「私の責任だ。奴の急激な成長と進化は私の造った結晶によるものだ」
「キャロル……」
「そ、そんな事を言うなら僕も同罪だよ。キャロルだけが悪い訳じゃない」
「エル、気持ちは嬉しいがこういうのは言い出した者が責任を追うべきだ。頭に血が昇ってとんでもない失態を犯すとはな。錬金術師失格だ」
悔しげに拳を握り、モニタを見つめるキャロル。すると、その拳にそっと皺が見え始めた手が置かれる。キャロルが視線を動かせば、そこにはナスターシャが立っていた。
「そう思うのなら、過ぎた事を悔やむよりもするべき事があるでしょう」
「グランマ……」
「人である限り失敗は必ずするものです。問題は、それをどう償うか。あるいはどう向き合うかです。キャロルなら、それが出来ると私は信じています」
「どう償うか……」
「どう向き合うか……」
キャロルとエルの呟きにナスターシャは頷き、視線をモニタへ戻した。そこでは大人の切歌と調が、少女の切歌と調とシンクロしてフォニックゲインを高めている。
「きっと、あの場にいる誰もキャロルのミスだと思っていないでしょう。なら、その想いに応える方法はそうやって嘆く事ですか?」
「……エル、母さん、グランマ。私に知恵を貸して欲しい」
ナスターシャの言葉は、キャロルには今は亡きパパからの言葉に聞こえた。だから素直に頼った。妹を、母を、祖母を、今の自分に出来た家族を。
「勿論!」
「ええ」
「いいですよ」
「……ありがとう」
笑顔と共に告げられた言葉。それにキャロルは胸が詰まる思いを感じながら、心からの感謝を返した。そして、すぐに意識を切り替え、あのカルマ・ノイズについて分かっている事を話し始める。
そして、それを聞いて了子やナスターシャだけでなく弦十郎達も考え始めたのだ。何か一つでもいい。装者達の力になれればと。
「風鳴さん、状況は!?」
「要か。不味い事になっている」
そこへ夢子を抱き抱えたシキが姿を見せた。その瞬間、了子が息を呑んだ。思い出したのだ。あのカルマ・ノイズによって衰弱した二人の響。それを回復させたのは何かを。
「キャロル、もしかしてあのカルマ・ノイズは強い生命力じゃないと倒せないんじゃない?」
「強い生命力…………そういう事かっ! エルっ!」
「分かってる! 哲学兵装の考えからもそれは間違ってないよ! あのカルマ・ノイズを完全に倒すには正反対の概念を、途方もない強さの生命力をぶつけるしかないっ!」
「ああ! そうなれば、後はどうやってそれを可能にするかだ!」
興奮するようにまくし立てるエルにキャロルも強く頷いた。一方シキは突然娘二人が話し出した事に疑問符を浮かべていた。
「何の話?」
「貴方のおかげでカルマ・ノイズの倒し方が分かったようですよ」
「……そうなんですか?」
「ええ」
ナスターシャの言葉でシキはそういうものかと納得。そしてコンソールと向き合って会議を始める娘達と妻を眺め、どこか寂しそうな顔をするのだった。
―――やっぱ、俺の存在価値ってスープ以外ないなぁ。
カルマ・ノイズの攻撃がまるで嵐のように繰り出される。それを辛うじて防ぐ少女の切歌と調に対し何とか捌く大人の切歌と調。その光景を翼はアームドギアを支えにするようにして、脂汗を流しながら肩で息をして見つめていた。
「……こ、これ程とはな……」
斬り付けた際、反撃として放たれた腕による一撃がアームドギアを砕いて掠めたのだ。その瞬間、思わず意識を失いそうになる程の恐怖と寒さが全身を襲い、現状のようになったという訳である。
「翼さん、無理しないでください!」
「後ろへ下がってくださいデス!」
後輩二人の言葉に翼は力なく笑みを浮かべる事しか出来ない。下がろうにも足に力が入らないのだ。故に彼女はここにいない響へ敬意を抱いていた。似た状態になりながらもS2CAを使えた響の逞しさと強さに。
(立花は、本当に大した奴だ。これよりも多少はマシとは思うが、そんな中で絶唱のエネルギーを制御し一撃を打ち込めるとはな……)
視線の先では二組の切歌と調コンビが、カルマ・ノイズの即死級の攻撃を相手に苦戦を強いられている。いや、苦戦で留めていると翼は読んでいた。
カルマ・ノイズはこちらを殺そうと思えば殺せるのに、それを敢えてせずじわじわとなぶり殺しにしようとしていると。
「…………狙いは、この状況を見て堪え切れなくなるだろうもう一人の私達、か」
あるいは自分達の恐怖や絶望を喰らっているのか。そんな事を思いながら翼は何とか後方を振り返る。そこでは響達五人によるS2CAが行われていた。響が収束し増幅したフォニックゲインをマリアが全員へ再分配するために。
「行くよ! S2CAクインテッドバージョン!」
「アガートラームでこの五人へ再配分するっ!」
束ねられたフォニックゲインが改めて五人へと降り注がれエクスドライブとなった瞬間、カルマ・ノイズが胸から虹色の光を放った。
「「「「「っ!?」」」」」
翼達五人が一斉に響達を見る。その光はあろう事かS2CAによる輝きを消し飛ばしてしまったのだ。そして光が消えた後には倒れる五人の姿があった。そのギアは通常の状態へ戻っており、響と未来などはギアさえ纏っていない。そこから二人だけより大きなダメージを受けたと五人は理解した。
「エクスドライブさえも……」
「通じない、デスか……っ!」
悔しげにカルマ・ノイズを睨む大人の調と切歌。一方、少女の調と切歌は翼へと駆け寄り、その体を響達にいる場所まで運んでいた。
「すまないな、月読。暁も助かる」
「いえ」
「アタシ達も響さん達が気になるデスから」
響達の倒れている場所へ着くや調は翼をそっと下ろし、切歌は気を失っている五人へ声を掛けていた。
「マリアっ! しっかりしてくださいデスっ! 未来さんっ! クリス先輩っ!」
「響さんっ! 未来さんっ! ……ダメ、気を失ってる。切ちゃん、マリア達の方は?」
「……同じく気を失ってるだけだと思うデスけど、三人は顔色も悪いデス」
「……翼さんと同じだ。やっぱりあのカルマ・ノイズの攻撃は死に繋がる攻撃」
「このままじゃ、三人も死んじゃうデスか?」
「かもしれない。もうエクスドライブも無理だし、私達のユニゾンじゃ……」
先程からの戦闘で二人は痛感していたのだ。大人の自分達との力の差を。同じユニゾンなのにまったく手が届かない。相乗効果でフォニックゲインは高められていたが、あれはどちらかと言えば自分達が引っ張ってもらっていたと分かっていたのだ。
「諦めんじゃねぇ……」
「「っ?! クリス先輩っ!」」
聞こえてきた声に二人が反射的に声を上げる。クリスは土気色の顔で二人を見つめていた。
「まだ、戦えるだろ? なら、あたしらの分も戦えってんだ」
「喋っちゃダメデス」
「気持ちは分かりました。だから」
「御託はいいからあたしらの事より向こうの助けに行きやがれっ!」
「「っ?!」」
今にも死にそうな顔色の人間が出せる声ではなかった。だからこそ、その声に秘められた想いも二人には伝わった。
「暁、月読、雪音達は私が見ている。雪音の言う通り、動けるお前達は向こうの手助けをしてほしい。私達の分まで……」
「翼さん……」
「……分かったデス。調、行くデスよ! 依存じゃなく支援! 今がその時デスっ!」
「切ちゃん……。うんっ!」
切歌の言葉で調も分かったのだ。今、自分達はダメになっていたと。自分達が力がない事を知り、彼女達を助ける事を理由に戦闘から逃げていると。だから切歌は支援の時と言った。調もその意味を察して頷いた。
(私達はまだ一人じゃ頼りないかもしれません。だけど……)
(二人なら先輩達にだって負けないデス。だったら……)
((ここで見せておかなきゃ! 二人ならやれるってっ!))
走り去っていく後ろ姿を見送り、翼とクリスは力なく微笑んだ。
「大したものだ。雪音も、先輩と風を吹かす者になったのだな」
「……よしてくれ。そんなんじゃねーよ……」
「いえ、立派なものだったわ……。おかげで……私は何も言えなかったもの……」
聞こえてきた声にクリスが何とか顔を動かす。倒れていたマリアが土気色の顔で遠くなっていく切歌と調を見つめていたのだ。
「……マリア、大丈夫なのか?」
「何とか、ね。アガートラームの……おかげなのかしら……?」
「多分、違うと思います……」
「小日向……気が付いたのか」
「はい。響と……こっちの私が……咄嗟に守ってくれたから……」
あのカルマ・ノイズの攻撃が直撃する瞬間、響と未来が三人を守るようにその身を光へ跳び込ませたのだ。そしてエクスドライブの力を使って光を相殺しようとし、辛うじて威力をある程度殺す事は出来た。その代償に、二人はギアを展開出来ない程のダメージを負ったのだ。
「……そうか。だから二人だけ……ギアを纏っていなかったのか」
「はい……」
「くっ……ダメだ。力が……入らねぇ……」
「ゆっくりと……生きる力が抜けている……。そんな気が、するわね」
「無念だ……。後は暁達に頼るしか……」
そう絞り出すように呟き、翼は疲れた体で顔を前へ向ける。そこで繰り広げられる二組のコンビによるカルマ・ノイズとの戦い。そして、その光景は不意に終わりを迎える事となり、翼達はそれを目の当たりにした。
「「「「っ……」」」」
カルマ・ノイズが体勢を崩した事を見て、少女二人が一気呵成に攻め立てたのだが、それは相手の罠だったのだ。即座に二人へ放たれた七色の光。それを大人の切歌と調が少女の切歌と調を庇ったのだ。
「ど、どうして……」
「私達を……?」
「決まってるじゃないデスか……」
「大人は子供を守るもの、だよ?」
共に優しく笑みを浮かべ、その場へ倒れ込む二人。ギアは維持できなくなったのか消えていた。そんな彼女達へ駆け寄る切歌と調。その光景をカルマ・ノイズは何かするでもなく見つめていた。
「調、そっちはどうデスか!?」
「……息はある。けど、凄い衰弱しているみたい」
揃って睨むようにカルマ・ノイズを見る。余裕さえ感じさせるその様子に、二人は思わず飛びかかりたくなるが、何とかその衝動を抑えていた。自分達を守るために動いた二人のためにも軽挙な行動は出来ないと思ったのだ。
それでもアームドギアを握る手に、奥歯に力がこもる。そう、二人は理解していたのだ。カルマ・ノイズが大人二人を排除するために、敢えてそちらではなく自分達を狙った事を。
「調、アタシは今、久しぶりに激怒してます……」
「うん、私も……。すっごく頭にきてる……」
「……やるデスよ調。最高のユニゾン、見せてあげようデス」
「……やろう切ちゃん。最強のユニゾン、見せてあげよう」
それは、初めて二人が誰かに見せたくてやるユニゾンだった。無論、その相手はカルマ・ノイズではない。自分達を庇って倒れたもう一人の自分達へだ。
依存ではなく支援。甘えではなく支え合う事。それを今の自分達が出来るところを見せたいと思ったのだ。そして、同時にこうも思っていたのだ。あの二人のユニゾンなら、例え二人だけでも目の前のカルマ・ノイズを倒せるはずだと。
「離れるっ! 事でぇぇぇぇっ!」
「分かる事ぉ!」
「離れる事でっ!」
「見える事っ!」
「「私(アタシ)達っ! それに気付けずいたぁぁぁぁぁっ!!」」
口ずさむはあの大人の二人が歌っていたユニゾン曲。今、彼女達はあの二人と同じ入口へ立ったのだろう。それは精神的な成長。魂のシンクロ。異なる世界で過ごしたけれど、その魂までは違わないから出来る事だった。
イガリマが、シュルシャガナが、未知なる歌によりそのポテンシャルを引き出されていく。一番の若輩だからこそ、二人は誰よりも互いを頼る事に慣れていた。それを、この世界で改めて突きつけられた。それだけではダメだと諭された。それは、あの二人も通った道。だからこそ、この二人にも届いたのだ。
(アタシは、今まで調と手を取り合ってきました。頼ってくれていいって、そう言ってくれるのをそのままで捉えて。でも、そうじゃないんデス。頼るっていうのは、手を取り合う事だけじゃない)
(切ちゃんを助ける事。それは正しい事だって、そう思ってきた。でも、だからっていつでも手を取り合っちゃいけない。助けるって事は、時には突き放す事もあるんだ)
どこかで分かっていた事ではある。それでも、はっきりとした形で突きつけられる事は中々なかった。それを、もう一人の自分達がしてくれた。だからこそ、二人は納得出来たのだ。今のままではダメなのだと。
カルマ・ノイズへ迫る対の刃。魂を、命を刈り取る二振りの刃。今、切歌と調は無心で動いていた。考えないでも、意識を向けなくても相手がどう動きどうするかが分かる。そんな、いわばゾーンと呼ぶような領域へ入っていたのだ。
「強くなるよりもぉぉぉぉっ!」
「強くある事ぉぉぉぉっ!」
「大事っなのはっ!」
「大切っなのはっ!」
「「力よりも! 心だからっ!!」」
二人の一撃がカルマ・ノイズへ直撃する。その一撃に何故かカルマ・ノイズが一瞬怯えるように震えた。それに気付かず二人は更なる攻撃のために歌を紡ぎ続ける。
一方、モニタリングしているシキと弦十郎はその光景を見て疑問符を浮かべていた。何せ同じような事をしていた大人の切歌と調の攻撃にはそんな反応を見せなかったのだ。
「風鳴さん、さっきの……」
「ああ。妙だな」
「イガリマ、シュルシャガナ、共にフォニックゲイン上昇中!」
「凄い……イグナイトの出力へ迫りつつありますよっ!」
藤尭の言葉をあの二人が聞けば喜んだかもしれない。だが、残念ながらその声は今の二人へは届かない。未だに通信妨害は続いていたのだ。
「もしかして……今の二人にしかない何かがある?」
「……とすれば、それは何だ?」
「えっと……スープを摂取した事がない」
「他には?」
「…………男性経験がない?」
「ふっ、だが意外とないとも言い切れん。処女性は古来より巫女に求められる要素だ」
「ああっ! そうだ! だからこそ彼女達は呼ばれたんだ! そして、だからあいつは子供達を狙ってた!」
そのシキの声で了子達も視線を彼へ向けた。盲点だったからだ。今、彼女達は強い生命力が必要ならスープを活用している響達の攻撃だけで、何故カルマ・ノイズを仕留め切れなかったのかを疑問視していたのだ。
その理由が今明らかになった。強い生命力だけではダメなのだ。そこに処女性という神聖な概念が必要だったと、そう理解して彼女達は一つの結論へ辿り着く。
「そういう事か。ならば、尚の事あの六人に戦ってもらうしかない」
「だけど、もう切歌さんや調さんしか……」
「それに、あの二人だけじゃさすがに……ねぇ」
翼達にエクスドライブを発現してもらい、戦ってもらうしかない。だが、既に総勢七人中二人しか戦闘出来ないのだ。これではせっかく倒し方が見えてきても手の打ちようがない。そう思って発令所に重い空気が流れた時だった。
―――なら、みんなが戦えればいい訳ですね?
その声に誰もが後ろを振り返った。そこには、入院着の響が立っていた。
「響君っ!? 意識が戻ったのか……」
「目が覚めたんだ。体の方は大丈夫?」
「えへへ、起きた時はちょっとふらつきましたけど、栄養ドリンクをもらって今はへいき、へっちゃらです。何か随分眠ってたみたいですね」
「響、頼みがある」
「大丈夫だよキャロルちゃん。絶対みんなは戦えるようになるよ。私に考えがあるんだ」
「考え、ですか?」
「うん、寝てる間にずっと歌を聞いてた。それで私は目が覚めたんだと思う。だから……」
そう告げて響はモニタを見つめた。体に漲っているのだ。生命力が、生きる力が。だからこそ分かるのだ。今自分が行かなければいけないと。
「キャロル、あそこへの転送用結晶まだ残ってる?」
「……ああ。一番必要になると思ってな」
「立花さん、君しかもう頼れない。だから頼む。俺の奥さん達を、この世界を、守ってくれ」
「要さん……。まっかせてくださいっ! 絶対、絶対に守ってみせますからっ! 夢子ちゃんや生まれてくる赤ちゃんのためにも!」
心からの笑顔で断言し、響はキャロルへ向き直った。キャロルは結晶を手にして響へと差し出していた。それは、響にはとても嬉しく、少しだけ悲しくなる行為。
「私からも頼む。もう家族を失いたくない」
「うん、絶対死なせないから。もう、キャロルちゃんの涙は見たくないもん」
差し出された手を掴み、響は優しい微笑みを浮かべた。それにキャロルも頷き、結晶を託す。
「頼むぞ、響君」
「気を付けてね」
「怪我、しないようにな」
「直撃を喰らってはいけませんよ」
「無事を祈ってます!」
「はいっ!」
弦十郎達の見送りに拳を握って応じる響。そんな彼女の視界にふと流れるブロンドが入る。
「……フィーネさん」
「何だ? 私が見送りはおかしいか?」
「い、いえ」
「……私はこの生活が、この日々が存外気に入っている。出来れば失いたくはない。重荷だろうが、今だけ背負ってくれると嬉しい」
「…………はい」
響は心が震えるのを感じていた。キャロルとフィーネ。共に手を伸ばして最後まで掴み続けられなかった相手である。その二人に想いを、手を差し出された。これに奮起しない彼女ではない。
「じゃ、行ってきますっ!」
凛々しく結晶を叩きつけ、響はその場から消えた。そして、シキはそれを見送りある事を思い付いてキャロルへ振り向く。
「キャロル、一つ確認したいんだけど……」
「はぁ……っはぁ……」
「な、なんて奴デスか……」
地面に這いつくばるように倒れる調と切歌。何もカルマ・ノイズの攻撃を受けた訳ではない。単純に疲労が限界に達しただけだ。絶え間なく攻撃し続けた結果、先に二人の体力が底を尽きたという訳である。
「こ、こっちの……攻撃がまったく効果ない……なんて」
「反則デスよ……」
しかも、カルマ・ノイズは二人が倒れた後も悠然と立ち続けていた。まるで勝利を周囲へ知らしめるように。翼達は未だに動けず、響達は意識を失っている。最早戦える者は誰もいない―――はずだった。
―――Balwisyall Nescell gungnir tron……。
そこへ響き渡る聖詠さえなければ。
その声に、その響きに、その旋律に、意識ある者達が全員振り向いた。そこには、生きる希望が立っていた。その身にガングニールを纏い、全身から生命力を溢れさせる存在が。
「立花……」
「あのバカ……」
「目を覚ましたのね……」
「遅いです……」
「でも、良かったデスよ……」
「寝坊だよ、響……」
自分へ向けられる六つの眼差しと言葉。それに響は嬉しそうに笑みを浮かべ、力強く答える。
「ごめんなさい! 遅くなったけど、立花響、戦線に復帰しますっ!」
言うや否やその場から力強く大地を蹴り、彼女は一気にカルマ・ノイズへと接近する。歌うは限界突破G-beat。その精気漲る歌声が、意識を失っていた四人を揺り起こす。
「うっ……これは……?」
「これ……響の声……でも……」
「初めて……聞くデス……」
「……力強い……歌……」
響は、自分が意識を失っている間、ずっと歌を聞いていた。それで目覚めた事を感覚で分かっていたのだ。だから、カルマ・ノイズと戦い勝つには、歌の力を使ってフォニックゲインを高める事が必須と理解している。
しかも、それを絶唱を超えるレベルまで引き上げなければならない事も。だからこそ彼女は歌う。いつも以上に熱を、気持ちを込めて。今の彼女が歌っているのは自分のためだけではない。この場にいる装者達へも聞かせるためだった。
(私の知らない歌、世界。だけど、それが私に力をくれた。無くしたくない。失いたくない。例え、例え二度と聞く事が、訪れる事が出来なくてもっ! 思い出を……力に変えて……っ!)
「燃えろっ!」
撃ち出される拳。それがカルマ・ノイズを捉え、その体を揺らす。その時、たしかにカルマ・ノイズが大きく震えた。まるで恐怖するように。
「激しくぅぅぅっ!」
蹴り出される脚。それにカルマ・ノイズが後ろへ飛ばされる。その光景に誰もが驚き、沈黙し、息を呑んだ。たった一人で響はカルマ・ノイズを相手し、僅かではあるが押し勝っているのだから。
「……こうしてはいられないな」
「ああ……あのバカが一人で無茶やってんだ」
「私達も……いつまでも休んでいられないわ」
「響一人を……戦わせたくないもん……」
「それに……あの歌を聞いてると……」
「……不思議と、力が戻ってくる気がするデス……」
アームドギアを支えに、何とか立ち上がる翼達。だが、それが精一杯だった。今の彼女達に戦えるだけの力は、生命力は残っていなかったのである。
それでも、それぞれが少しでも前に足を踏み出そうと動く。その度に倒れ、また必死に立ち上がり、前へ足を踏み出そうとして、また倒れる。
と、そんな翼達へ手を差し出す者達がいた。
「しっかりしろ」
「あ、貴方は……」
「ったく、仕方ねーな」
「ど、どうして……」
「ほら、掴まって」
「そんな……」
「大丈夫か?」
「は、はい……」
そこには、翼達がギアを纏った状態で立っていた。その差し出された手を取り、彼女達は立ち上がる。その手から伝わる温もりに、不思議と先程までの辛さが少しだけ和らいだ気がしていた。
「さ、手を取って」
「あ、ありがとデス……」
「うん……」
切歌と調はセレナに立ち上がらせてもらっていた。そして、セレナは二人を立ち上がらせるとその体を抱き抱えるようにして翼達の元へと運ぶ。
「お待たせ」
「お疲れさんセレナ。じゃ、アレやってあげな」
「任せて」
セレナが優しい声で紡ぐ子守唄。それが六人の体から少しではあるが気だるさを取り除く。それを実感し、六人は小さな驚きを浮かべていた。
「これは一体……?」
「そっちの響が教えてくれたのよ。歌を聞いて目を覚ましたって」
「だから、あたしらの歌でフォニックゲインを高められれば、あのカルマ・ノイズからのダメージも軽減出来るんじゃないかってね」
「それに、私は元々こういう方向のギア特性なの」
「どうだ? 体の方は少し楽になっただろうか?」
年長四人の言葉に翼達は己の手や体を見やり、小さく頷いた。と、そこへガリィ達に付き添われ、響達四人がギアを纏った姿で歩いてきた。彼女達は、ガリィ達が持ってきたドリンクを飲む事で、おぼつか無い足取りではあるが自分で歩ける程には回復していたのだ。
「まっさかこんな状況になってるとはねぇ」
「地味に窮地。だけど」
「まだ逆転可能です」
「みんな勢揃いだゾ!」
その言葉に翼達も頷き、視線を四人へと向けた。
「もう大丈夫なのか?」
「あ、うん。ガリィ達がスープを使った回復剤をくれたから」
「そんなのもあんのか……」
「至れり尽くせりね」
「便利なものデス」
「それなら私達にも欲しかった」
「そうだね。ダメだったんですか?」
未来の問いかけに全員が同じような微妙な顔をした。それだけで彼女達はこう察したのだ。きっとそちらも長期的にスープを摂取しないと効果がないのだろうと。翼だけは真実を気付いていたが、それでも口に出す事はない。
と、そこで全員が視線を一人戦う響へ向ける。彼女はカルマ・ノイズの攻撃が当たるより先に、的確に反撃を叩き込んでいた。そのファイトスタイルに誰もが驚きを隠せなかった。
「立花はあんな戦い方をしていたか?」
「いや、見た覚えはねーぞ」
「あの子なりに、眠りながら考えてたのかもしれないわ。今度戦う時にどうすればいいかを」
マリアの推測通りだった。響は意識を失っている間も、どこかでカルマ・ノイズの事を考えていた。いかにして戦うか。どうすれば同じ結果を防げるか。そこで思い出していたのが、いつか弦十郎から聞いた話だった。
あの特訓の日々。そこでは実践だけでなく知識面も鍛えられたのだが、その内容は彼の趣味である映画鑑賞という形でだった。その中の一つで、彼は言っていたのだ。後の先を取り続ける事は相手の戦意を大きく削ぐ事が出来ると。
「繋ぎ離さなあぁぁぁぁぁいっ!」
相手はカルマ・ノイズ。だが、それでも後の先を取る事は必ず効果を出す。そう響は直感で悟っていた。何故ならそれは、カルマ・ノイズがこれまでよく使ってきた戦い方と近いからだ。
相手に攻撃させるだけさせて、疲れたり隙を見せた瞬間に攻撃する。それがカルマ・ノイズの好むやり方だった。故に今響のやっている事は、カルマ・ノイズに対する強烈なカウンターであった。
「……響を助けに行かなきゃ」
「そうデス! 今なら」
「ダメ。まだ私達じゃ足手まといになっちゃう」
調の制止に切歌も反論出来なかった。たしかに最初よりはかなり回復したが、それでも響のような活力はない。これではまた同じ結果となるのは自明の理である。
だが、そんな彼女達へ奏達は微笑みかけると歌を歌い始めた。それは、彼女達の多くも歌った事のある歌。虹色のフリューゲルであった。
その歌声が響き渡るや、カルマ・ノイズが間違いなく響から奏達へ意識を向けた。そう、たしかに奏達にはもう処女性はない。だが、そのお腹の中には処女性を持つ装者がいるのだ。
つまり、奏達は処女性を失いながら取り戻したような状態と言える。その旋律が翼達だけでなく、響へも効果を及ぼす。
「凄い……これ、あの時の私達よりも……」
それは、ギア同士の共鳴を利用したフォニックゲインの上昇法だった。二組の切歌と調コンビが見せた現象を知ったシキは、それをBGMのように奏達へやってもらおうと考えたのだ。それに彼女達も即応。キャロルから託されたゲート付近への転送用結晶の残りを使い、ギアを纏って歌う事で響達七人のギアのフォニックゲインを高めようとしていたのだ。
「っ!? しまったっ!?」
奏達を脅威と認識し、カルマ・ノイズが動こうとした。それに気付いて響がそれを迎撃するべく動こうとした時だ。カルマ・ノイズの行動を妨げるように氷が、風が襲い、金貨が、炎が猛威を振るう。その攻撃を見て響は分かった。誰が援軍で来てくれたのかを。
「そうはさせないわよ」
「ガリィっ!?」
「多少ですが援護します」
「ファラっ!」
「久しぶりの派手な攻撃、地味にテンション上がるわ」
「レイアもっ!」
「だいじょ~ぶか?」
「ミカまでっ!」
かつては戦うしかなかった存在が自分を手助けにきてくれる。その事がより一層響の心を熱くし、フォニックゲインを高めていく。と、そこで彼女は気付く。今の自分の中で溢れるフォニックゲインはエクスドライブまであと僅かとなっている事を。
「なら……っ!」
足りないフォニックゲインは自分で高めればいい。そう思って彼女は再び歌い出す。その歌は、正義を信じて、握り締めて。それを歌いながら響はオートスコアラー達と共闘を始める。
それを見て翼達も悟った。今が反撃の時であり、決戦の時だと。ならばと彼女達もそれぞれ歌い出そうとして、そこで気付く。バラバラではダメだと。
「どうすればいい? 私達全員で歌うには……」
「今聞こえてる歌、歌うしかねーんじゃないか?」
「それが一番かしらね」
「じゃ、早速歌うデスよ」
「でも、私達は奏さん達程この歌を歌ってないし、未来さんは……」
「ごめん……」
唯一響達と共に歌った事のない未来が沈んだ顔を見せた。その瞬間、大きく響く声がある。
「大丈夫っ! なら、未来も歌える歌にしようっ! 逆光のフリューゲル! 今の、今の私達は二人だからっ!」
「……そういう事か。なら、旧二課は私のパートを、マリア達四人は奏のパートを頼む」
「いや、そっちは全員で翼のパートを歌いな。あたしのパートはこっちでやるよ。そっちとこっちで両翼といこうじゃないか」
奏の言葉の意味を理解し誰もが笑みを浮かべた。未来もそれならばと頷き、全員が楽しげな微笑みを浮かべてその時を待つ。
そして揃って奏で響かせる、総勢十六名の装者による逆光のフリューゲル。そのフォニックゲインはそれぞれの絶唱を超え、S2CAさえ凌駕する勢いで高まっていく。
Aメロを歌い終わると同時に翼達六人が走り出す。体を蝕んでいた死の呪いは払われたとばかりに、響と合流するために彼女達は駆ける。それを見送りながら奏達は歌声を奏でていく。
無論響達も歌うのを止めない。カルマ・ノイズが攻撃を繰り出しても、それをかわし、あるいは防ぐように後の先を取る。圧倒し始めていた。今日を生きる者達と、明日を渇望する命達。それらが共に奏で響かせる旋律が、生命の息吹が、死の化身とも言えるカルマ・ノイズをゆっくりと上回りつつあったのだ。
「もう大丈夫そうね」
「では、後はお願いします」
「派手な運動は地味に疲れる」
「みんな、ガンバレ、だゾ!」
平行世界の装者七人が揃った事でガリィ達は後を託して下がっていく。その言葉さえも力に変えて、七人は頷きを返してより力強く歌声を上げる。
「こんな高揚感は初めてかもしれないっ!」
「ええっ! どんなライブよりも血が滾るっ!」
「歌がこんなにも楽しいって、そう思えたのは久しぶりだっ!」
「もっと、もっと歌いたい。もっと高め合いたいっ!」
「飛べるデスよ。今のアタシ達ならどこまでだって行けるはずデスっ!」
「うん、そうだよ。どこまでだって行ける。ね、響っ!」
「勿論だよっ! だから……」
そこで七人は揃って口を開いた。後ろの九人とシンフォニーを再び奏でるために。最後の大サビ。一番の盛り上がりである。そうなれば、彼女達がどうなるかは言うまでもない。
未来の放つ光が、マリアの短剣が、切歌と調の刃が、クリスの銃撃が、翼の剣閃が、そして響の拳がカルマ・ノイズへ迫る。エクスドライブではない。だが、このフォニックゲインは従来のギアと同じでもない。
いわばダブルドライブだろうか。まったく同質のギアと装者。それらが互いに共鳴し合っていた。何故なら、大人の響が高めたフォニックゲインと少女の響が高めたフォニックゲインを合わせる事が出来ていたのだから。
―――太陽よりも高くぅぅぅぅっ!!
遂に全員の歌声を乗せた響の拳がカルマ・ノイズを貫いた。腹部に大きな穴を開けて後方へ吹き飛ぶカルマ・ノイズを見て、誰もが勝利を確信して笑みを浮かべ、一部などはガッツポーズをしていた。
「やったな、立花」
「やるじゃねーか」
真っ先に翼とクリスが響へ駆け寄る。響はまだカルマ・ノイズの倒れた方を見つめていた。
「さっすが響さんデス」
「決めてくれると思ってました」
「大したものだわ」
ゆっくりとマリア達が近寄る。それでも響は視線を動かそうとしない。
「……まだ、終わってない?」
「……何となく、ね」
一人未来だけが響の考えを読んだ。その言葉に翼達も響と同じ方を見た。すると、ゆっくりとカルマ・ノイズが立ち上がったのだ。腹部に大きな穴を開けたままで。
「……馬鹿な。あれでも倒せないのか……」
「しぶといったらねーな!」
「伊達に死の概念を内包してないって事ね」
「どうするデスか?」
「ただのエクスドライブ、じゃ無理かも」
「響、どう?」
「……可能性があるとしたら、あのキャロルちゃんを止める事が出来た時みたいなギア、かな」
その言葉で未来以外が納得した。六つのギアがエクスドライブとなり、その内の五つをガングニールへと託した状態。それならば確実にあのカルマ・ノイズさえも消滅させられるだろうと。
「だが、それには私達全員がエクスドライブになる必要がある」
「そうね。後もう少しな気がするけれど……」
「そのもう少しが遠い」
「でも、S2CAでの再分配は危険デスし……」
「ままならねーな」
「それでもやるしかないよ、クリスちゃん」
戦意を新たにし身構える六人だったが、一人未来だけは疑問が消えていなかった。
「えっと、響の言ってるギアってどういうの?」
「あー、簡単に言うとね。みんなのギアをフォニックゲインにして私に集めた感じ」
「……それ、どのギアでも出来るの?」
「え? う、うん。多分出来ると思うよ?」
未来の問いかけに半信半疑のような受け答えをする響だったが、それを聞いて彼女は理解したとばかりに頷き、こう告げた。
―――じゃ、向こうの私達に同じ事してもらってエクスドライブになれないかな?
―――それだっ!
すぐさま未来の発案は奏達に伝えられ、ならばと彼女達はそれぞれのギアと同じ者へそれを託していく。
「神獣鏡っ!」
「アガートラームっ!」
「イガリマっ!」
「シュルシャガナっ!」
「イチイバルっ!」
「天羽々斬っ!」
「「「ガングニールっ!」」」
六人のギアへもう一つの同じギアが、何と響へは三つのガングニールが託される。その瞬間、彼女達の体が眩い輝きに包まれる。その強くも温かい光にカルマ・ノイズが怯えるようにたじろいた。
そして、その光景をモニター越しに発令所のシキ達も見つめていた。
「凄い……初めて見るよ、こんなの……」
「これは……エクスドライブじゃない……」
「ああ、それとは違う姿だ。シンフォギアには、一体どこまで隠された力があるんだ……?」
「きっと、それは誰にも分からないわ。私にも、フィーネにさえもね」
「人と同じ、無限の可能性を秘めていると?」
「ええ。だからこそ、あのカルマ・ノイズが恐れているんです」
「人の持つ光。生きようとする強い意志などの生命力。それこそが奴の恐れるものであり唯一の弱点」
「フォニックゲイン測定……不能?!」
「エクスドライブでもない、新しい姿……」
「名付けるのなら、異なる世界の同じギアを掛け合わせた
弦十郎の付けた名称に誰もが納得しモニタを見つめた。そこには、空高く舞う七人の戦姫達がいた。彼女達も自分の中に溢れる力に困惑していた。これまでとは異なる感覚に包まれていたのだ。
「これは……どういう事?」
「分からない。だが、エクスドライブの時よりもあたたかい……」
「本当に。まるで、誰かが傍で寄り添ってくれてるみたい」
「……誰かが、な」
「きっともう一人のアタシ達デス」
「切ちゃん、マリアの場合は」
「セレナさんだからいいんじゃない? 姉妹だし。それよりも、私のギア凄いんだけど……」
言われて誰もが響を見つめ、吹き出す。何せ、彼女のギアは両肩に巨大な槍が備え付けられており、両拳も大きな物へと変わっていたのだ。まさしく、奏とマリアの槍に響の拳が加わった姿である。
「……これが、この世界でしか出来ないギア。そして、その最初で最後の戦いだね」
響の噛み締める声に誰もが頷いた。視線の先では、カルマ・ノイズが腹部の穴の前に七色の光を収束している。それを見ても、誰も恐怖も焦りも感じない。分かっているのだ。今の自分達にそれが通用しない事は。
「……これで決めるぞ」
「ええ」
「はい」
「了解デス」
「おう」
「分かりました」
「みんな、行こうっ! 託す魂よ!」
響き渡る始まりの歌。死という終わりを迎えて生という始まりを告げる歌が。カルマ・ノイズにとっての終わりの歌は、この世界にとっての始まりの歌となる。
そして、それは七人にとっても終わりの始まりを告げる歌であった。後ろから聞こえてくる九人の歌声を背中に受け、七人のフォニックゲインは限界などないとばかりに上昇を続けていく。
「させないっ!」
放たれる七色の光。それを未来のギアが二つの鏡で反射して増幅しカルマ・ノイズへの攻撃の合図とした。
「射撃ってのこうやんだっ!」
反射された光線を飛んで回避するカルマ・ノイズへクリスのギアによる一斉攻撃が始まる。エクスドライブの二倍の火力が空中で色取り取りの爆発を起こし、カルマ・ノイズの動きが止まる。
「じっとしてると危ないわよっ!」
身動き出来ないカルマ・ノイズをマリアのギアが二本の短剣を鞭のように展開して捕縛するように拘束し、完全に無防備へとする。何とか抜け出そうともがくカルマ・ノイズだが、その拘束は緩む事はない。
「今、自由にしてやるっ!」
そこへ翼のギアが携えた二刀による神速の一撃が繰り出され、拘束していた鎖ごとカルマ・ノイズを斬り付ける。全身を炎で包まれ、カルマ・ノイズは地面へと急降下していく。
「でも落としてはあげないっ!」
落下していくカルマ・ノイズへ調のギアによる二つのヨーヨーが襲い掛かる。そのヨーヨーは左右に展開し二ヶ所の溝からは鋭い刃を出現させ回転させた。その攻撃でカルマ・ノイズを再び上空へと叩き上げる。炎だけでなく電撃まで纏わせてカルマ・ノイズは雲の上へと向かっていく。
「だけど逃がす事もさせないよっ!」
羽を展開して体勢を立て直そうとしていたカルマ・ノイズへ、待ってましたとばかりに響のギアの両拳による強烈な一撃が撃ち込まれる。そのハンマーパンチによる凄まじい加速をつけて再び地面へと向かっていくカルマ・ノイズ。
「これで仕上げデスっ!」
それぞれの手に対の鎌を持った切歌のギアが、加速と重力で身動き出来ないカルマ・ノイズへとその刃を振り上げて、すかさずその体を蹴り上げた。
その鎌による一撃がカルマ・ノイズの羽を見事に切断。飛行能力を失ったカルマ・ノイズは、そのまま再び上空へと叩き上げられる。そう、彼女の待つ高さまで。
「立花っ!」
「後は任せたっ!」
「しっかり頼むデスっ!」
「お願いしますっ!」
「トドメをさしてっ!」
「響っ!」
「ここにぃぃぃぃぃっ!」
仲間達の声を受け、響は両拳をゆっくりと一つに合わせていく。すると、それに呼応するように両肩の槍が動き出し、背中へ装着されて二つのバーニアのように展開する。やがて彼女の視線の先にカルマ・ノイズが見えた。
その瞬間、バーニアが火を噴き、響の体を閃光の槍と変える。急上昇するカルマ・ノイズと急降下する響。その両者が最接近した瞬間に響の合わさった拳が遂にカルマ・ノイズを捉えた。
「煌めくだろぉぉぉぉぉぉおおっ!」
炸裂する
その巨大な拳は、死を清め払う生の輝きに満ちていた。
「じゃ、みんな元気でね」
あの戦いから明けて三日。ギャラルホルンへのゲート近くにシキの姿があった。他には誰も見送りにきていない。何故なら昨夜にそれを兼ねた送別会がシャトーにて行われたのだ。弦十郎達も参加してのそれは大いに盛り上がり、七人が帰る事を惜しむぐらいに楽しいひと時となった。
「はい、要さん達もお元気で!」
「おそらくもう私達が呼ばれる事はないと思います」
「でも、ま、また何かあったら来る事もあるかもな」
「出来ればない事を願うよ」
クリスの言葉にシキは困ったような声を返す。それは彼女達も同じなのか苦笑を浮かべた。だが、どこかでそういう事抜きでまた来たいとも思ってはいたが。
「奏達にもう一度言っておいて。そちらの土産はたしかに受け取ったと」
「ドライディーバはこっちでも結成可能なんデスよ」
「いつか、聞かせに来ます」
「あはは……うん、機会があればね」
調の告げる言葉にシキはどこか遠い目をする。それに彼女が小首を傾げるも、先程のクリスへの返事から彼の気持ちを勝手に察し納得していた。
「じゃ、シキさん。夢子ちゃんや生まれてくる赤ちゃん達を大事にしてくださいね」
「言われるまでもないよ。ちゃんと、立派な大人になれるよう、頑張ってお父さんするから」
未来の言葉に心からの笑顔を見せてシキはそう言い切った。それを合図に七人は笑顔を返し、それぞれゲートを通って行く。それを見送り、シキは誰もいなくなった場所でぽつりと呟く。
―――これでいいんだ。これで……。
ゲートを通り、元の世界へ戻った響達を思わぬ相手が待っていた。
「あれ? ガリィ?」
「はぁい。お疲れ様」
「どうした? まだ何か用でもあったのか?」
「忘れもんでもしたのかよ?」
「まぁ、そんなとこ」
不思議そうな響達へガリィは微妙そうな表情を返す。そんな彼女に誰もが疑問符を浮かべる。すると、彼女は咳払いを一つして歩き出す。そして通路の曲がり角近くで止まって振り返った。
「悪いんだけど、一人ずつこっち来てくれない? 渡したいもんがあるのよ」
「え? 何々?」
「向こうの私達からの手紙かしら?」
「あー、有り得るデス」
「そうなの?」
「内緒。じゃ、まずはマリアから来て」
ガリィに言われるまま、マリアが通路の曲がった先へと向かう。そして、少ししてガリィだけが曲がり角から顔を出した。
「次、翼」
「私か?」
そうして今度は翼、クリス、調、未来と呼ばれていく。残された響と切歌は、一体何なのだろうとワクワクして呼ばれるのを待っていた。
「一体何なんデスかね?」
「食べ物だといいなぁ」
「セレナのご飯、美味しかったデェス」
「うんうん。でも、意外と切歌ちゃんのお料理も悪くなかったよ?」
「あー、そうでしたそうでした」
「次、切歌ね」
「あ、呼ばれたデス。お先にデスよ~」
「はーい。行ってらっしゃーい」
手を振って切歌を見送る響だが、そこでふと気付く。あまりにも静かなのだ。マリアや翼、クリスに調、更には未来。これだけいて、何の反応も聞こえてこない。しかも、今など切歌が行ったにも関わらず沈黙したままなのだ。
(それだけ凄いものなのかな? それとも、バレないように静かにって、念押されてる?)
疑問は尽きないが呼ばれれば分かるだろう。そう考えて響はガリィの呼びかけを待った。
「じゃ、最後よ」
「うんっ! 何かな何かな~っと」
通路を曲がって響が見たものは、床に倒れている未来達の姿だった。
「え……?」
どういう事か理解出来ない。そう思った響をガリィが強引に引っ張ってバランスを崩させる。そして、そのまま彼女へキスをした。あまりの事に驚く響だが、急速に意識が遠のいていくのを感じてその意図を察した。
(ダメ……あの世界での思い出……忘れちゃう……)
抵抗空しく響も意識を手放し、ガリィが優しく床へ寝転がらせる。
「……ごめんなさいね。こうしておかないと、きっとそっちの世界に良くも悪くも影響出しちゃうんですって」
どこか申し訳なさそうに呟き、ガリィは歩き出す。彼女にその提案を出したのは、意外にも少女達の世界の弦十郎だった。
―――こちらの装者だけでなく、平行世界の者達まで何度も行きたがる可能性がある。それは、きっとそちらにもこちらにも良い影響を与えない。何とか出来ないだろうか?
それを受けてガリィはシキとキャロルへ相談。結果、思い出吸収機能を改良し、今回の出来事だけを忘れられるようにされたのだった。既に響達に先駆けて藤尭や友里なども同様の処置をされている。
「にしてもいい気分じゃないわね。帰ったらシキに文句言ってやろうかしら?」
「それなら俺に言って欲しいものだ」
ギャラルホルンの前で愚痴るガリィへ聞こえる男の声。振り向いたガリィが見たのは申し訳なさそうな顔をした弦十郎だった。なのでガリィは呆れたような顔を返す。
「あのね? 別に本音じゃないの。それを理由にスープをねだるんだから」
「……そうか。それは気が付かずにすまん」
「ったく……で、あんたはいいの?」
「ああ。俺ぐらいは覚えていてもいいだろう。俺ならそこを通る事は出来んし、誰かに話す必要もないからな」
「そうね。それに、あんたならこっちの事で知った役立つ事を、もっともらしく、そしていいタイミングで言えそうだし?」
「褒められたと思っておこう」
苦笑いを浮かべて、弦十郎は一度息を吐いて目を閉じる。次に目を開けた時には真剣な表情を浮かべていた。
「気を付けてな。そちらの平和と安全を心から願っている」
「こっちもよ。出来るだけ平和であって欲しいわ。エルフナイン、幸せにしてやって。こっちでは眠ったマスターの分まで」
「ああ、約束する」
それが最後の会話だった。ガリィはギャラルホルンへとその身を任せ、去っていった。見送り終えた弦十郎は本当に静かになったギャラルホルンを見つめて呟いた。
―――要シキなる人物らしき存在は、こちらではそれらしい痕跡もてがかりさえなかった。なら、あの世界はきっと平行世界でさえないのだろう。繋がってはいけない世界、なのかもしれん……。
それから数日の時が過ぎた。揃ってメディカルルームで目を覚ました響達は、弦十郎による強化特訓のせいで全員寝込んでいたとされ、何も覚えていなかった事もあり、そんなものかと納得していた。その一番の理由は、弦十郎本人が本気でやったと発言した事。色々と記憶を失う程の恐怖とダメージだったのだろうと判断したのだ。
友里達は、幸いにして平行世界での体験などがないため、そこまで長期の記憶を失った訳ではなかった。なのでハードワークがたたって数日寝込んだと説明され、弦十郎からも頭を下げられた事で納得していた。エルフナインは言うまでもない。彼女は元々から仕事に打ち込み過ぎるきらいがあったのだ。
「う~ん……何か違うんだよなぁ」
「どうしたデスか?」
「何か問題でも?」
本部内にある休憩スペースの自販機前。そこで響が栄養ドリンクの瓶を片手に首を傾げていた。それを見て切歌と調が不思議そうに尋ねるも、ソファに座っていた未来が呆れるように口を出した。
「ほっといていいよ。最近ずっとなんだから」
「だってぇ……」
「「最近ずっと?」」
「うん、何かすっごく美味しくて体に効く栄養ドリンクを飲んだ気がするんだよねぇ。でも、どこのメーカーか忘れちゃってさ」
「だから、ホントにそうなら響が忘れるはずないでしょ」
あまりにもあまりな理由に切歌と調も笑っていいやら困っていいやら。だが、何故響が唸っていたかの理由は分かった。なので二人は自販機へと近付いてラインナップを眺め始めた。
「切ちゃん、何飲む?」
「うーん……やっぱりアップルジュースが鉄板デスかね? でも、いっそ目を閉じて押してみるっていうのも……」
「いいけど、今度は交換しないから。私は甘くない紅茶にしよう」
「……何か最近調が冷たいデス。でも、どうしてそれをあまり悲しく思わないデスかね?」
「切ちゃんも成長してるって事じゃない?」
「調~、その言い方はさすがに傷付くデスよぉ」
してやったり顔で笑う調と困り顔の切歌。そんな二人に響が拗ねた顔を見せた。
「あー、二人が私を無視するぅ」
「当然でしょ? 大体、本当に栄養ドリンクだったの? 美味しい栄養ドリンクなんてないと思うんだけど?」
「……それもそうか。う~ん……」
未来の問いかけに響は腕を組んで考え込む。どこで飲んだか思い出せないドリンクの事を何とか思い出そうとして。
「だから、あたしじゃ荷が重いって」
「そんな事はないわ」
「ああ。私も雪音なら安心して任せられる」
「つってもなぁ……」
そこを、翼とマリアから何事かを頼まれているクリスが通りかかった。実は、半年後に翼とマリアの合同ライブがあり、クリスはそのために作るアルバムで、ボーナストラック扱いの一曲を一緒に歌ってみないかと誘われていたのだ。
そこには、何故かクリスが密かに歌をよく口ずさむようになった事が起因している。偶然その現場を翼とマリアが見てしまったのだ。そうして、現状の流れへと至る。
「あっ、翼さん達だ。お疲れ様です!」
「マリア、お疲れ様」
「クリス先輩もお疲れ様デス。で、どうしたデスか?」
「いや、ちょっと新作のアルバムをマリアと企画していてな。ツヴァイウイングの頃にレコーディング出来なかった楽曲や、そのために作られていた曲を二人で歌おうと」
「で、クリスにその中の一曲を一緒に歌って欲しいとお願いしてるのよ。でも、渋られてしまって……」
「とーぜんだろ。あたしに先輩達と逆光のフリューゲルとか荷が重たいにも程がある。ま、やってみたい気持ちがないとは言わねーけどな。てか、何だ何だ? 揃いも揃ってこんなとこで」
休憩スペースとはいえ、装者が全員揃っている事に気付き、クリスがどこか呆れた声を出す。だが、そこでその目が響の持つ飲み物を捉えた。
「ん? 珍しいもん飲んでるな」
「あれ? クリスちゃんもそう思う? 何でか最近欲しくなっちゃってさ」
「立花らしくない選択だな。栄養ドリンクか?」
「たしかに珍しいわね。何? 疲れてるの?」
「いや、疲れてるというか求めてるというか」
「実はですね……」
そうして語られる響の栄養ドリンクを飲む理由。それに三人は呆れるやら笑うやら。そんな周囲に響自身も恥ずかしそうに笑い、やがてこの欲求は時間と共に忘れられていく。
誰も知らない。あのカルマ・ノイズとの戦いの前、彼女が飲んだ栄養ドリンクとは、生命のスープを使ったドリンクだったとは。強い生命力を取り込んだ体と男を知らぬ清らかさ。それらをあの中で唯一満たしていたのが響だけだったと、本人さえも知らずに。
ガリィによって記憶は消えた。だけど、微かに彼女達の中にあの時間は残っている。思い出ではなく、心に刻まれた何かが。それを思い出す事はないけれど、きっとそれでいいのだろう。彼女達の笑顔が曇らぬ事。それこそをあの世界の者達も望んでいるのだろうから……。
戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED IFシナリオ「それは、在り得てはいけない世界」完
これにてIF編終了。原作装者達との別れは戦姫絶唱ENDと言う事でこういう形になりました。……AXZが絶対変化してしまうので、ね。
まぁ、これでも多少異なるかもしれないけどそこは……見て見ぬ感じでお願いします。
……いっそ、淫姫絶頂END(記憶消さない)の原作組でAXZを書いても面白いかもしれないですね。本編を完全視聴する事前提ですけど(汗