何か変だ。いや、何がって聞かれると困る類だけど。別に体調が悪いとか、気分がのらねーとか、バカがうぜぇとか、両翼に面倒みられてくすぐってぇとかじゃない。……バカに関しては少しあるけどよ。何が変だって言うと、時々あのドリンクがみょーに飲みたくなるんだよな。
「……しかも決まって訓練終わり、か」
休憩スペースの自販機前で一人呟く。あたしにとってのあったかい場所。そこにまさかフィーネがいる事になるなんて。それを可能にしちまったのがあの野郎。強い訳でもましてや装者って訳でもねえ。ただ、リンカー以上の効力を持つ生命のスープとやらを作れる唯一の存在。
「要シキ、か……」
初めて会った時はおっさんの後に会ったせいか、ひ弱な印象を受けたもんだ。ま、実際力自慢ではないし、あのオペレーターの兄ちゃんと大差ないらしい。でも、両翼二人はかなり信頼してるし、あのバカは懐いてるみてーだし、おっさん達も割と頼りにしてるらしい。……ま、今じゃフィーネの助手みたいなもんだしな。
「あのドリンク、あいつが生成してるもんを基に作ってるんだよな。てことは、あれに中毒性でもあるってのか?」
言いながらスポーツドリンクのボタンを押す。もしそうだとしても、それを気付かねえ両翼やおっさん達じゃねえ。そもそもフィーネだって飲むはずもないしな。じゃ、この小さな渇きみたいな感覚は何だ? ま、飲みたくなるって言ってもどうしてもって訳でもねーし、しかもある程度時間が経てば平気になるようなもんだ。
「っぷは。でも、一体何だって言うんだこれ。ギアを纏うから体が欲しがるって事かぁ?」
「何を欲しがるの?」
独り言への返事に驚きながら後ろへ顔を動かす。そこにはあのバカがいた。不思議そうな顔でこっちを見つめてやがる。こいつもあのドリンク飲んだ事あんのか? 何となく気になったので聞いてみる。
「な、お前はあのドリンク飲んだ事あっか?」
「えっと、生命のスープを使ったやつだよね? 私はないなぁ。奏さんと翼さんは原液を飲んでるって言ってたけど」
「原液、か。な、それってそんなに効果あんのかよ」
「クリスちゃん、最初に戦った時、奏さんに絶唱使われたでしょ? あの時、クリスちゃんは必死に逃げたから知らないだろうけど、あの奏さんでもちょっと休んだら平気な顔してたんだ。私、あの時は絶唱ってのがどういうものか知らなかったけど、今なら分かる。あれ、異常だよ」
たははといった顔で告げるバカだけど、あたしにもその言いたい事は分かる。本来命懸けで使うのが絶唱だ。文字通り切り札で、おいそれと使う事は出来ないもんだ。でも、たしかにあの時片翼はあっさり使用を判断した。まるで少し頑張るかって感じで。……ナルホドな。あれが生命のスープの原液摂取によるもんなら納得だ。道理で剣の方がリンカーいらねーのに飲んでる訳だぜ。ん? ならどうしてこいつは飲んでねーんだ?
「あっ、私はどうして飲んでないかって思ってるんでしょ」
「……まあな」
顔に出てたか。ちょい照れくせぇけど仕方ない。
「えっとね、私は極力飲まないようにって二人と、最近だと了子さんにも言われたんだ。クリスちゃんみたいに心身共に疲れ果てでもしない限りはって」
「……そうかよ」
あたしの中で一つの疑問が浮かぶ。もしかして両翼はあの生命のスープとやらの中毒性を知っているんじゃねぇか? でもノイズとの戦いや今後の事も考えて、リスクリターンを踏まえた上で使用してるんだ。そう考えると妙に納得出来る。もしくは中毒性はあるが、簡単な事で解消出来るのかもしれねー。とにかく今後これについて考えるのはやめとくか。何となくだがロクな事にならない気がするし。ここで会話終了とばかりにあたしは手にしてたスポーツドリンクを再び飲み始める。あいつもそれを終わりの合図と取ったらしく、小さく苦笑しつつ自販機の前に立ち財布を取り出して―――固まった。
「んだよ」
「あ、あはは……クリスちゃん、お金貸してくれない?」
「はぁ!? お前、飲み物一本分の金もねーのかよっ!」
「お恥ずかしながらツヴァイウイングの新譜を買ってしまいまして……」
「そんなん言えばくれんだろ」
「駄目だよクリスちゃんっ! ちゃんとお金を出して買ってこそ本当のファンだよ!」
くわっと目を見開いて力説するバカにあたしは返す言葉がなかった。言ってる事は正論だし、あたしもそうだろうとは思う。でもよ、それで金欠になるならもちっと考えろよな。あと、何であたしの肩へ手を乗せてんだ?
「わ、分かった。たしかにお前の言う通りだ」
「うん、分かってくれて嬉しいよクリスちゃん」
「……で、それはいいけどいつまで手ぇ乗せてんだ?」
「いやぁ、クリスちゃんっておっぱい大きいから肩こってない? 肩もみしようか?」
「それで小遣い稼ごうってか? お前はアタシの娘か何かか」
「お母さん、肩揉むからジュース代ちょーだい?」
「おいっ! 誰がお母さんだ! それに借りるじゃなくてもらうになってんぞ!」
ふざけるようにこっちへ笑いかけるバカを怒鳴る。今まではこうすると離れるか逃げられるかされていた。でも、こいつは……ううん、ここの連中は違う。
「あれ? ばれた?」
「ったりめーだ。しょうがねぇな。いつか倍にして返せよ?」
「おおっ! クリスちゃん、太っ腹ぁ! 分かったよ。いつか絶対返すからね」
「倍だからな、倍」
「うんうん。必ず返すよ」
何にしよっかな~とか言いながら自販機を見つめるあいつを眺め、あたしは小さくため息を吐く。そしてふと笑みが浮かんで慌てて首を横に振った。ダメだ。こんなとこ誰かに見られでもしたら笑われる。……昔は笑われるのが嫌だから隠してた。今は、恥ずかしいから隠したい。
「どしたの? 何か顔赤いよ?」
「何でもねーよ」
「……そっか」
これだ。こいつのこういうとこがあたしの中に降り積もる。心にぽっかり出来た穴みたいな場所へ、こいつやおっさん達がゆっくり静かに埋めるものをくれる。それを最初あたしはいらないと振り払った。それでもそのあったかいものが、優しいものがあたしを雪音クリスに戻してくれた。だから今、あたしはここにいる。
―――クリスちゃん、そっち一口ちょうだい?
―――……そっちもよこすなら考えてやる。
こんなやり取り、少し前までなら想像もしなかった。きっとこれが普通ってやつで、あたしが関係ないって思いこもうとしてたものなんだと思う。ホント、ここはあったかい。あたしが何を言ってもしても、ちゃんと見て受け止めて、褒めたり叱ったりしてくれる。しかも、こんなあたしに学校へ通えとか言いやがる始末だし。……ま、まぁ? 世話になってるし、たまには言う事を素直に聞いてやろうと思う。そんな事を考えながらあたしはあいつとジュースを交換した。炭酸だった。シュワっと消える泡みたいにあたしの疲れも消える気がした。
私の渡したジュースを飲んでクリスちゃんが小さく笑った。その笑顔がすごく可愛くて、でも教えると照れて隠すだろうから言わないでおく。それとジロジロ見てると気付かれるからなるべく見ないようにしながら横目で見る。うん、やっぱり可愛いよね、クリスちゃん。最初は敵だった。ネフシュタンの鎧を身に着け、私達の前に現れて。ソロモンの杖を使ってノイズを操り、奏さんと翼さんへ戦いを挑んだ時は驚いたなぁ。
「だって、二人に対して押されるだけで済むんだもん」
小声で呟く。私が訓練で二人とやる時は押されるじゃなく瞬殺って感じだった。まぁ、今もきっと変わらない気がする。どっちか一人でもかなり辛いもんなぁ。特に奏さん。同じガングニールだけど、私は無手で向こうは槍。そこに経験の差があるからもう完全に遊ばれるんだよね。翼さんも似たようなものだけど、やっぱり同じギアってのが結構凹む。何とかどっちかに一度は勝ちたいな。
「おい、そろそろ返せ」
「へっ? あっ、ごめん! まだ飲んでなかった!」
「……疲れてんのか? 何ならメディカルルームかあの女のとこにでも行くか?」
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだからさ」
「ならいいけどよ」
やっさしいなぁクリスちゃん。そう言うと恥ずかしそうに否定するけど、そこもまた可愛いんだよね。クリスちゃんの優しさを嬉しく思いながらジュースを一口。うん、スポーツドリンクって味。あっ、そういえばあのドリンクってどんな味だったんだろ?
「はい、ありがとクリスちゃん」
「おう」
「でさ、一つ聞きたいんだけどいい?」
「んだよ?」
「あのドリンクってどんな味だった?」
そう問いかけるとクリスちゃんは不意を突かれたような顔をして、そこから思い出すような顔になった。そんなにおいしくなかったのかな? それともそんなに忘れるような味だったのかも。そんな事を考えながらクリスちゃんの答えを待った。
「……どんなって言われると表現が難しいけどよ。一言で言うならとにかくウマかった」
「おいしいんだ」
「ああ、とにかくウマかった。あたしはそんなに色んなもん食った事がある訳じゃねえけど、あれは生まれて初めてこんなウマいもんがあるんだって、そう思った」
思い出すように話すクリスちゃんはどこかうっとりしてるように見えた。そっかぁ。そんなにおいしいんだ。そう聞くと飲んでみたくなる。でもダメだって言われてるもんなぁ。と、そこで私は気付いた。シキさん本人に頼んでこっそり生命のスープを飲ませてもらえないかなって。一口だけならしょうがないなぁって許してくれそうだし。
「シキさんにお願いして少し飲ませてもらおうかな?」
何気なく言った言葉だった。するとクリスちゃんが急に真剣な顔して何かを考え込み始める。何か変な事言ったかなと、そう思いながらクリスちゃんの顔を見た。
「クリスちゃん? どうかした?」
「……確かめるぐらいはいいか」
「えっ? 確かめるって……生命のスープ?」
「ああ。飲むのはダメでも見るのはいいし、何を材料にしてるか教えてもらうぐらいは構わねえだろ」
何となくクリスちゃんの言ってる事はとんちじゃないかな。でも、確かに私も気になるんだよね。うん、私一人じゃ問題かもしれないけどクリスちゃんが一緒なら問題ないはず。そう判断して私もクリスちゃんの後押しをする事にした。
「そうだね! よし、じゃあ今からシキさんのとこに行こうっ!」
「今からぁ? ……いや、でも早い方がいいか。うし、あいつの部屋行くか」
「うんっ!」
正直クリスちゃんと二人で行動するっていうのが嬉しくて、この時点で私は生命のスープに関してはどうでもよくなっていた。こうやってクリスちゃんとの思い出が沢山出来てくといいなぁ。そうだ。今年のクリスマスは二課のみんなでパーティーとかしよう。うん、絶対。そんな事を考えながら私はクリスちゃんと歩く。
―――それで、どうやって見せてもらうんだ?
―――え? いや、普通にお願いするつもりだけど?
私がさらっと言った事にクリスちゃんが突っ込む。少しは考えろだって。何となくだけど、これが私達の基本形かも。でも悪くない。未来とはまた違うクリスちゃんの突っ込みもあったかい。クリスちゃんも私達から同じ事を感じてくれてるといいな。そう思って笑顔を浮かべる。それにクリスちゃんが呆れるようにため息を吐いて、それもまた私の笑顔に変わる。でも、ちょっと苦いやつだけど。それでも気分はへいきへっちゃら。だってクリスちゃんもなんだかんだで小さく笑ってくれるから。
「ほんっとお前はいつも気楽そうだな」
「うん、難しい事はみんなが考えてくれるから」
これでいい。あー、冬休みは一回家に帰ろうかな? お父さんが会いたい会いたい煩いってお母さんが言ってたし。そうこう考えている内に私達はシキさんの部屋へ到着した。と、そこでクリスちゃんと私は同時に鼻を鳴らす。
「何かいい匂いしない?」
「……だな。何となくだがドリンクからもこんな匂いがした気がする」
「じゃ、もしかして今生命のスープ製造中?」
「かもな。うし、いくぞ」
クリスちゃんがドアをノックする。すると中からシキさんの声が聞こえてきた。こっちの用件を伝えると少し間を置いてどうぞって返ってくる。一度だけクリスちゃんと顔を見合わせ頷き合い、私はどこかウキウキしながら、クリスちゃんは何故か真剣な顔で部屋へと入った。