夢子が遂に座れるようになった。それを最初に見たのはミカで、全員へ知らせたのはファラ。というのも、ミカは座ったまま動かない夢子を見てその真似をしていたのだそうだ。そこを通りかかったファラが見つけ、すぐさまみんなへ連絡が回ったと言う訳。動画つきメールで届いたその様子に、俺や了子は笑みが浮かんだのは言うまでもなく、キャロルやエルもマムのスマホで見せてもらったらしく、それこそしばらくずっと眺めていたそうだ。
「いやぁ、こうして実際見るとまた可愛さが強いなぁ」
「デスよ。夢子も成長してるって事デスね~」
学校終わりでやってきたのか、制服姿のままの響達学生組。季節は秋を過ぎ、寒さが厳しい季節となっていた。もうすぐ師走という事もあり、彼女達も手袋やマフラーなどを装備している。一応シャトーの中は外気に触れていない事もあって一定に保たれているが、帰りの時に備えているのだろう。
そんな防寒具装備の彼女達の視線はデンと座る夢子へと注がれていた。聞けば、レイアの話ではやはり下校と共に転送結晶を使ってやってきたそうで、それからずっと夢子を眺めているのだそう。
「座る事が出来たら次はハイハイ?」
「そうだね。でも、当分先になるはずだよ」
調と未来は夢子を眺める響と切歌を眺めている。何というか、既にこの二人は母親適性が見えてるよなぁ。ある意味でお守りをしてきているからなんだろうけど、凄いのはそのお守りをされる事が多い二人も母親適性が高い事だろう。何というか、未来達が優しくも厳しい感じの母になるなら響達は放任気味でも見るべき事はしっかり見てる母という感じだろうか。
そんな中、一人クリスは俺の横で息を吐いていた。
「ったく、気が早いよな。まだ座れるようになっただけじゃねーか」
「だけど、もう座れるんだよクリス。少し前まで寝返りも打てなかったんだ。着実に成長してるって実感させられるよ」
「……ま、そうだけどさ」
そう返して夢子を見つめるクリスだが、その表情が次第に緩む。ここにもいた。お母さん適性高い子。というか、やっぱりみんな母親になった時が想像しやすいんだよな。と、そこへ聞こえてくる慌ただしい足音。まぁ、音自体は軽いので誰かは分かり易いけども。振り向けばそこには予想通りキャロルとエルがいた。おそらく今日は仕事を片付けてすぐ帰宅してきたのだろう。
「おかえりキャロル、エル」
「「ただいま父さん。夢子は?」」
「あそこだ。響達がいる辺り」
俺の代わりにクリスが指さす。そこへキャロルとエルの視線が向いた。そこに夢子を捉えるや、急ぎ気味に動き出す。にしても、やはり双子設定は間違ってないな。今のハモリ、完璧だった。見ればクリスも同じ事を思い出したのか感心するような表情だし。と、目が合った。
「んだよ?」
「ん? いや、思う事は一緒なんだなってさ」
「……ま、あれだけ見事に揃ってたらな」
「うん、見事だったね。一回二人にデュエットしてもらいたいぐらいだ」
「はっ、そりゃいいな。何なら近い内に全員でカラオケでも行くか?」
「う~ん……早くても来年にしない? ほら、奏達が」
「あー、そうだな。ツアーが始まるまではあまり動きがとれねーか」
そう、ツヴァイウイングのワールドツアーの日程が正式に決まり、その開始は年明けからとなった。一年間で世界中を回るらしい。今はそのための準備で色々慌ただしいのが奏と翼の日常。マリアも忙しいようだが、二人よりはマシのようだ。
「それにしてもよ」
「どうかした?」
クリスの声はどこか暗い。何か問題でもあっただろうかと考えるも、それらしい心当たりはない。
「いやな? キャロル達との一件以来本当に静かになったろ? このまま本当に何も起きないでいてくれるのかなってさ」
「パヴァリア光明結社、か」
「ああ。今は大人しくしてるが、そこが厄介事を考えてるのは間違いねーんだ。いっそ今の内にって、そう思わなくもねーんだよ」
「気持ちは分かるけど、下手に手を出すのは不味いと思う。S.O.N.Gは防衛組織だ。専守防衛が基本だから、余程じゃない限りは先手は打てないし打っちゃいけないからね」
「そうなんだよなぁ。おっさんもその辺はきっちり線引きしてやがるし」
悔しげに掌へ拳をぶつけるクリス。おそらくだが、それとなく今のような事を風鳴さんへ言ったのだろう。で、きっと今の俺と似たような事を返されたのだ。もしそうなら、俺もあの人の入口ぐらいにはいるのかね?
「それに、きっと相手も下手に動けないはずです」
聞こえてきた声に俺とクリスが揃って振り向く。そこにはエプロンを着けたファラが立っていた。隣には同じ格好のレイアもいる。どうやらそろそろ夕食の支度を始める頃らしい。それにしても、もうその姿にも慣れてきたなぁ。最初は違和感凄かったっけ。まぁ、みんなそれぞれに似合ってて可愛かったんだけど。特にミカ。
「どういうこった?」
「相手はマスターが計画に失敗したあるいは放棄した事を知っています。つまり、それだけシンフォギア、ひいてはS.O.N.Gは強いと認識したはずです」
「派手な動きをすれば、派手にバレる。地味に動いても地味にバレる。つまり様子見しか出来ない」
「成程な。こっちと似たようなもんってか」
「そういう事ね。それと、司令の読みでは初動はアルカ・ノイズを使うとの事」
「あー、そうだろうね。キャロルの力でサーチ&デストロイ出来るようなものだけど、それを相手は知らないからなぁ」
レイアの言葉で風鳴さんの考えが分かった。風鳴さんは敢えて相手にキャロルの能力を教えるつもりなのだ。そこで相手がアルカ・ノイズはキャロルがいる以上戦力にならないと理解すれば、その後の行動は自分達でやるしかなくなる。それは戦力的に痛手にも程があるレベルだ。何せ自前でいくらでも戦力を用意出来ると思ったら、それがあろう事か役立たずな上に言う事を聞かないのだから。ん? キャロルなら察知可能……?
「……っ!? キャロル! これまでアルカ・ノイズが使用された事はないかっ!」
「どうしたんだ、父さん」
「いいから教えてくれないか?」
「……父さん達とこうなる前には何度かあったな。おそらく奴らなりに実験していたんだと思うが」
「そう。その場所は分かるかな?」
「それは無理だな。俺が瞬時に感じ取れるのは使用されたかどうかで、場所まではさすがに無理だ」
夢子を抱き抱えながら答えるキャロルが可愛い。話している内容と光景の差が凄くてどことなくみんなが苦笑していた。それにしても、今のでクリスは俺の質問の意図を察してくれたらしい。その表情が感心するようなものになっていた。
「なら、どれぐらい時間があれば可能だ?」
「クリスもか。そうだな……五分から十分ぐらいあれば大体は分かるだろうな」
「意外と短いじゃねーか。なら、奴らが本格的に動いても本部の機能と合わせりゃ……」
「短時間での捕捉が可能ですね。これなら初動としても及第点かと」
「シキ、これを司令は地味に分かっていた?」
「どうだろうね。ただ、キャロルがアルカ・ノイズを察知して操れると知ってるし、可能性として考慮してないとは思えないな。あの人、一見力任せな感じだけど本当は思慮分別のある人だから」
「たしかにな。おっさんならありえねーとは言えねー」
風鳴さんは冷静かつ大胆にが出来る人だ。あらゆる可能性を考え、一番いい判断を下せる人なんだし。即断即決な時はそう出来て、沈着冷静な時は誰よりもクールに、と本気でカッコイイ大人である。だからこそみんなついていくのであり、風鳴さんなら信頼出来ると心から思う訳だ。
「とりあえず、これから夕食の支度を始めますが、響達はどうするのですか? 食べていくのならそれ用に献立を変更しなければなりませんので」
「じゃ、私達は帰ろうかな。響、帰ろう」
「う~、若干ファラ達のご飯も気になるけど……そうする」
「じゃ、アタシ達も帰りますか」
「うん。キャロル、エル、夢子、また来るね」
「ああ、気を付けて帰れ」
「みなさん、また明日」
それぞれ手を振って動き出す響達四人。クリスはどうするんだと思って目をやると、何故か彼女もこちらを見ていた。
「んだよ?」
「いや、クリスはどうするのかなってさ」
「……食べてく」
「では、手伝いをお願いしても?」
「おう。それぐらいやってやる。で、今日は何作るつもりだったんだ?」
「今日は中華。派手な火力で美味しく作る」
「麻婆豆腐とエビチリに青椒肉絲です」
「へぇ、ならあたしが青椒肉絲を引き受けてやるよ」
「では、私とレイアで残り二つですね」
「エビの背ワタ取りは任せて。地味に得意」
話しながらキッチンへ向かう三人を眺め、一人苦笑する。クリスは一人暮らしだもんな。きっと、ここでの短期生活のせいで一人での晩御飯が嫌になりつつあるんだろう。これは、喜ぶべきか悩むべきか。まぁ、今は喜ぼう。クリスが我が家に半分常駐する事も近いかもしれないし。そんな事を考えていたら、クリスがこちらを振り向いた。
「何考えてるか知らねーけど、あたしはリディアン卒業したらここで暮らすからな。今はその移行期間だから」
「分かりましたから支度の方をお願いします」
「お、おい、分かったから背中押すなって」
「エプロン、地味に装着完了」
「んなっ!? いつの間に……」
セレナや未来のために用意した予備のエプロンを着けられ、キッチンへと押しやられるクリス。それをキャロルとエルが笑って見つめていた。
「あーらぁ、賑やかだと思ったらクリスが来てるのね」
「……ガリィか。お義母さんの送迎お疲れ様」
「べっつに、それぐらい何て事ないわ」
現在、マムは自宅から本部へ行く際、護衛としてガリィが同行する事になっている。心配し過ぎかもしれないけど、マムも十分重要人物なのだ。
「今帰ったゾ~っ!」
「ミカ、お帰り。了子、お疲れ様」
「ん、ただいまだゾ。お母さんのお迎え完了だゾー」
「ホント、安心感が違うわぁ。アナタは先に帰っちゃうんだもの」
「仕方ないじゃないか。今の俺、どちらかと言えば研究対象なんだから。血液抜かれたりするし、お義母さんも早めに帰って休んでくれていいって言うしさ」
「マムは最近アナタに優しいものね~。もしかして、マムとも?」
「ないない」
「どーだか?」
ややふくれ顔の了子だが、その片手はミカの頭を撫でていて、されてる側は嬉しそうに目を細めている。ガリィはそんなミカにやや呆れ顔だが、マム相手には時折似た事をされているのを俺は聞いている。ガリィは今やお祖母ちゃん子です。
「ま、そういう事で納得しておくわ。ミカ、手を洗いましょうね。ガリィも」
「ん!」
「はいはい……」
光景だけ見れば母娘に見えなくも……ない、かな? 髪色が違うから訳ありと思われそうだけど。と、気付けばみんながキッチンに集まる流れになっている。俺も合流しないとダメだな。なので急ぎ気味でキッチンへ。すると俺へ命じられたのは夢子の世話だったので、愛娘を抱っこして食卓へ戻る。
「まぁ、これが適任かね」
楽しげに手を動かす愛娘をあやしながら、俺はキッチンと食卓とを眺める。キッチンでクリス達三人が料理を作る中、キャロルとエルは了子と今日あった事を話し合っていた。ガリィとミカは同じくエプロンを身に着け、皿や器の準備を始めている。そんな光景が、たまらなく嬉しい。何気ない光景が幸せだと、そう噛み締められるのだ。了子も、クリスも、キャロル達も、少しでも運命が狂えばここにいなかったのだから。
「だぁ」
「っと、そうだな。夢子もだった」
不意に上がる不満そうな声。視線を下げれば愛娘が自分を忘れるなと自己主張。そう、全てが上手く転がったからこその命だ。奇跡が俺の腕の中にいる。そして、それはこれからもどんどん増えていくのだ。みんなと過ごす時間で、日々で。
「……これを、守らないといけないんだな」
そっと夢子の頭を撫でて呟く。目の前の景色は、脆く儚いものだ。それを当たり前にし続けるには、かなりの労力が必要となる。だから、俺は頑張らないと。出来る限りの事を最大限の努力で精一杯。そう決意を新たにしていると、意外と強い力で何かが服を引っ張った。
「あー」
夢子が胸元辺りの服を引っ張っていた。それが、何となくだけど一人で頑張り過ぎるなと言われた気がして小さく息を吐く。
「うん、分かってる。みんなで、だよな」
その言葉に嬉しそうに笑う夢子。もしかして、こっちの言葉分かってる? フィーネの力でも作用してるのかな。そんな事を思いつつ、俺は夢子を抱えて移動開始。まずは母親と姉二人の元へ。すると当然三人の意識が夢子へ向く。そして四人で夢子を愛でていると漂ってくるいい匂い。
「おら、出来たぞ。熱い内に食べろってんだ」
「ご飯は今ガリィがよそっています」
「大盛りの希望はお早目に」
「じゃあ、私はそうしようかしら。ガリィ、おねが~い」
「はいはい。お母さん以外はいないの?」
「ハイッ! ここにいるゾ!」
「あんたは分かってるわよ」
「俺は少し多めで頼む」
「シキは多めね。マスターとエルはどうします?」
「俺は普通でいい」
「僕もキャロルと同じで」
「あ、あたしは大盛りで頼むな」
ワイワイと賑やかな食卓。普段よりも活気があるのはやはりクリスがいるからだろう。ふと思い出すあの夏の日の食卓。あれがいつか日常となる。その時、一体どうなるんだろう。あの頃でさえ賑やかだったのに、今は夢子という常に話題を提供する存在がいるんだ。だけど、まぁ、一つだけ確実な事がある。それは……
「絶対楽しいだろうな」
ご飯が盛られた茶碗をそれぞれが手渡していく。誰のと言わないでも、その色や柄で誰のか分かるぐらい今の俺達は親しくなっているんだ。
余談ではあるが、この日クリスは結局お泊りした。クリスは自分用の部屋ではなくキャロルやエルと共に眠り、翌朝はとてもいい顔で登校した事を記す。
「「じゃ、開けるよ~」」
セレナと未来が揃って蓋を取る。すると二ヶ所で上がる白い煙。湯気だ。その視界に見える光景が初めての者達は揃って身を乗り出すようにしていた。
「「「「「「お~っ」」」」」」
「あ~」
揃って声を出したのはキャロル達で、最後に真似するような声を出したのは夢子である。今夜は久しぶりにみんな揃うともあり、ならばと冬の代名詞とも言える鍋を食べようとなった。だが、人数が人数である。いくら鍋とはいえ、一つでは足りない事は明白であった。なので二つの鍋をする事にした。一つは定番の寄せ鍋で、もう一つは味噌ちゃんこ。相撲部屋とかで使う大鍋、買わないといけないかもなぁ。
「うわぁ、イイにお~い」
「いやぁ、冬って感じだねぇ。な、翼」
「それは分かるけど、奏、そのお酒は何?」
「ほら、前に飲もうとした時はシキとマリアに止められただろ? でも、今日はマムに了子さんもいるしさ」
「呆れたわね。夢子がいるんだから」
「大丈夫だよ姉さん。夢子はファラ達に守ってもらうから」
セレナの言葉に揃って頷くスコアの四人。それにしても、今の言い方だとセレナも飲むつもりだな。まぁ、成人したからいいけどさ。
「いいわねぇ。お鍋を食べながら熱燗をぐいっとなんて最高だわ」
「了子さん、夢子のお乳はどうするつもりですか? アルコールが溶けてしまいますよ?」
「心配いりませんわ。もう既に夢子の飲む分は用意してありますので」
「……本当だ。哺乳瓶になみなみ入ってる」
「おーっ、準備万端デスね。さすが了子さんデス」
感心する調と切歌に胸を張る了子と小さく苦笑するマム。うん、実にいい義理の母娘関係だこと。で、視線を移せば既に鍋へ手を伸ばそうとしている子が二人。一人は響でもう一人がミカ。
「もう少し待てないの?」
「あ、あはは、つい……」
「う~っ、お腹すいたゾぉ」
「我慢しなさい。もういただきますってするから」
未来とガリィに止められている様は、本当に何というか愛らしいな。では、二人から恨めしい目が向けられない内に号令を発するとしましょうかね。
「じゃ、手を合わせて……」
「「「「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」」」」
「「「いただきます(デス)(だゾ)っ!」」」
総勢十八人と赤ちゃん一人の大家族。二つの鍋もあれよあれよと減っていく。野菜をあまり食べようとしないマムへ、エルが小首を傾げての無意識攻撃。するとさすがに大人気ないと思ったのか、咳払いと共にマムが味噌ちゃんこの白菜などを食べ、その味に小さく驚きを見せる中、豆腐の熱さにキャロルがはふはふと息を吐く。かと思えば、マリアが了子から酌をされて日本酒デビューを強要されていた。
「あ、あの、了子さん? 私は別に飲みたい訳じゃ」
「いいじゃない。ほら、熱々の白身に冷たい日本酒って合うのよぉ」
「そうそう。マリア、試してみなって。きっと気に入るからさ」
「別に気に入る入らないの話じゃないのだけど……」
言われるままに鱈を口に入れ、ほふほふと息を吐きながら冷酒を軽く呷るマリア。すると、目を見開いた。
「こ、これは……っ! 魚の生臭さが消えた!?」
「しかも美味しいでしょ?」
「ええ、驚いたわ。ワインなんかじゃ魚介類はとてもじゃないけど無理なのに……」
「うし、その調子で次はエビいってみよう」
「え、エビ? 嘘でしょ。結構匂うのよ?」
うん、完全にマリアは今日で日本酒に目覚めるな、これ。いつか奏と二人で飲み明かす日も近いだろう。
「セレナさん、シメは何にしましょうか?」
「しめ? 未来、しめって何?」
「おしめ?」
「違うよ。お鍋の時はね、中の具を食べ終えた後のつゆを使って雑炊やうどん、ラーメンなんかを作るの。それをシメって言うんだ」
「締め括りって事だと思うぞ。それを縮めてシメって呼んでんだ」
「「ラーメン……」」
セレナと調へ説明する未来とクリス。そして当然のように二人してラーメンに反応する辺りが笑える。なら、俺もこれには意見を出しておくか。
「味噌はラーメンかうどんがいいと思うよ。寄せ鍋は雑炊がベターじゃないか?」
「あーっ、いいですね。未来、私もそれがいいと思うよ!」
「よく分からないけど響さんがいいと思うならそれがいいデス!」
「響はともかく切歌まで食欲に素直過ぎるぞ。それと、まだ鍋の具は残っている。シキさんも食べてください。野菜が意外と残っているんですから」
翼がお母さんのような事を言うと、響と切歌が揃って箸を手に取った。何となく、さっきの翼は割烹着姿に見えたな。それにしても思いの外鍋は人気だな。やっぱりみんなで同じ物を食べるってのはいいもんだ。否応なく仲が良くないと出来ないしな。
「キャロル、豆腐少し食べる?」
「……冷めているか? 最初の方で食べた時に火傷したんだ」
「うん、大丈夫。もう割って結構経ったから」
「ならもらう。レイア、おたまをとってくれ。少し鍋つゆをかけたい」
「どうぞ」
「エル、それってどっちの豆腐よ?」
「寄せ鍋の方だけど?」
「じゃ、ミカがかけてやるゾ」
「少しでいいぞ」
相変わらずキャロル達六人は仲良しだ。何せ一番ここで過ごしている。この家は、あの六人から始まった。それを思うと既に了子と夢子が増えた。いずれクリスが増える事は決まっている。マムはどうも切歌と調が卒業するまでは今の家にいるそうだ。リディアンへ通う事を考えるとその方が色々と都合がいいからなぁ。故にマリアとセレナも同様。
奏はツアーが終わったら来る事になっていて、翼もそうなるそうだ。正直翼は今にもここに来たいらしいが、ツアーが終わるまではマスコミ対策として派手な動きは出来ないとの理由で踏み止まっている。響と未来も卒業までは寮生活。その後は……まだ分からないが、クリスや奏が来るとなったら二人も考えるだろうな。
「シキさん、少しいいですか?」
「はい、何です?」
呼びかけられたので視線を動かせばマムだった。周囲はいよいよシメとなり、それについての意見交換会の様相を呈している。賑やかだなぁ。地味にマリアと翼がこだわりを見せてるし。どうもツアーも近いからカロリーを気にしているようだけど、奏は気にする事なくダブルで雑炊OKと言っているんだが? 彼女はいいのだろうか。結構衣装は露出多めの傾向だと記憶してるんだけどもと、そんな事を横目で見て考えながらマムの言葉を待った。
「夢子が生まれ、ある程度経ちました。マリアから少し相談を受けたのですが、今後の事を踏まえた話し合いをした方がいいのではないですか?」
「そうですね。俺もみんなが揃った時にその話をしようと思ってました。ただ、奏と翼は時期的にツアーがあるのでどうかなと思いまして」
「あたしなら構わないよ。だろ、翼」
「ええ。正直この集まりは心地良い。俗に言う家族団欒というものを感じさせてくれます。私にとっては、もうこの集まりは単なる仲間を超えていますから」
「だそうです。詳しい話はシメ、とやらを食べて片付け終わってからにしましょう。シキさん、いいですか?」
「異論はありません。ありがとうございます、お義母さん」
こちらの言葉に柔らかく微笑むマム。デートの時にマリアも言っていたが、本当に変わった。初めて顔を合わせた時は、笑顔などとは無縁と思ってしまうような雰囲気だったのに。でも、だからこそこの雰囲気を大事にしたいのだろう。マムだって、本当は笑っていたいのだ。なのでこちらもそんな雰囲気を壊さないようにする。
「で、シメは何か決まった?」
「雑炊とラーメンか、あるいは両方どちらかにするかで分かれている」
「シキ、悪いけど決めてくれない?」
「じゃ、両方ラーメンにしよう。で、出来るだけつゆは残してもらって、翌朝雑炊にする。これでどう?」
「はいはーいっ! 私は賛成でーすっ!」
「アタシも賛成するデスよ! 両方楽しめて朝ごはんも楽できるなんて、一石二鳥デスっ!」
「ミカもさんせーだゾ! ウマいものいっぱい食べたいゾっ!」
予想通り大食らい達が一斉に賛成した。ただ、これは若干博打である。鍋うどんと違い鍋ラーメンはつゆの吸収率が高いのだ。と、そこでふと疑問が。
「えっと、シメ用のラーメンって鍋用?」
「ううん、普通のラーメンだけど……ダメだった?」
セレナの答えにしめたと思って笑みが浮かぶ。生麺なら茹でてから使う分、つゆの吸収も少ない。これなら翌朝の雑炊も大丈夫だろう。
「いや、むしろこの場合はナイスだ。だろ?」
「うん、クリスの言う通りだ。セレナ、ラーメンはもう茹でてある?」
「それならシメの話が出た辺りで私が茹でておいたから大丈夫ですよ」
「さっすが未来! 仕事が早いっ!」
「では、早速ラーメンを入れてしまいましょう」
「了解。何か気を付ける事は?」
「そうですね……特にないかな?」
こうして少しの時間を置いて再び二つの鍋が食卓へ戻ってくる。カセットコンロ、必要かな? そんな事を考えていると今度はファラとレイアが蓋を開けた。すると、それぞれが感嘆の声を漏らす。鍋の中で黄色の麺が二色のスープの中で揺れているのだ。そこから漂う香りに全員が再度食欲をそそられたようで、気付けば一斉に箸を鍋へと突き入れていた。
「ふーっ、ふーっ……ハフハフッ」
「……かぁ~っ! 美味いな、これは!」
「クリス、おじさんみたい……」
「いや、でもこれはそうなるって。味噌ラーメンだね、こっちはさ」
「寄せ鍋の方は品の良い感じもするラーメンね。成程、セレナがちゃんとしたのを食べてみるべきと言い出す訳だわ」
初めての者もそうでない者も、揃って顔を綻ばせる鍋ラーメン。切歌とミカ、それとキャロルは言葉を発する事なく食べている。あっ、エルがアチッて顔をした。舌を出してる。おっ、ガリィがお茶を差し出した。
「なぁに見てるの?」
「ん。可愛い娘の姿とお姉さんしてるガリィ」
「……ああ、本当ね。ああしてると一年前はそうじゃなかったのが信じられないわね」
「ホントに。ガリィは起きてさえいなかったからさ」
ラーメンの入ったお椀を手に了子が近付いてきたので視線付きで説明。それにしても、本当に今年も色々あったなぁ。まずはS.O.N.Gの設立に、マム達の加入と了子の妊娠発表、キャロル達とのいざこざに家族&新居が出来て、とどめに夢子の誕生だ。
「了子、フィーネも聞いてくれ。気は早いけど、来年もいい年にしよう。絶対に、みんなで」
「……そうね。フィーネも同じ気持ちよ。あっ、そうだわ。ちょっと代わるわね。はい、これ持って」
「へ?」
俺へお椀と箸を手渡したかと思うと、了子が眼鏡を外してブロンドへ変わる。フィーネは何故ここで自分へ交代させられたのか分からぬようで、困惑した表情をこちらへ向けていた。
「えっと、とりあえずこれ」
「ああ……」
「了子は何だって?」
「……私にも家族団欒を味わって欲しいとの事だ。それと、これの味もな」
「あー、成程。じゃ、どうぞ」
「……いただきます」
何というか、レアな光景だ。先史の巫女が鍋ラーメンを啜っている。おや? 口に入れたところで動きが止まった。口に合わなかったのかな?
「フィーネ? どうした?」
「……食事情も生前とは激変していると知ってはいたが、まさかここまでとはな」
「えっと……?」
「ふふっ、美味しい、と、言えばいいのか? 食べ物でここまで心動いたのは初めてだ」
「……そうか」
とても幸せそうな笑顔でそんな事を言われては返す言葉などない。この後フィーネはエルに薦められるまま、味噌味のラーメンも食べてご満悦だった。それには、エルが薦めたというのもあるのだろう。こうして鍋は撤去され、翌朝の雑炊を作るまでしばし眠る事に。
「さて、ではシキさん?」
「はい。えっと、夢子も生まれて二か月を超えようとしてる。だから、ここである程度の設計をしておきたいと思うんだ。将来設計ってやつを」
「具体的には以前言っていた事を煮詰めるのね?」
「ああ、ここを自宅にするのは揺るがないとしても、子供達やその友人に親なんかは色々とこちらに思う事があるだろう。子供達は正直何とかなると思う。問題は友人や親達だ。父親が一人で母親が複数いるなんて一般的にはおかしいからさ」
その言葉に奏達が小さく頷く。ご近所付き合いはないけれど、学校に行くようになれば、嫌でも保護者同士の関わりは生じる。その際、どう周囲と折り合っていくのか。それは遠くない未来、確実に直面する話だ。
「だけど、その辺りに関しては後ろめたさを出さずにいる事で少しずつ理解してもらうしかないと思うんだ。みんなが本当に仲良くしてる様子こそが一番の説得材料だと思うし」
「ま、女はよく嘘を見抜くって言うからね。あたしらが本気で家族でお互いを思い合ってるって分かれば、むしろ母親達は味方かもしれない」
「ただ、シキさんは色々言われそうですけど」
「いいのよセレナ。シキは自分が何て言われても平気なんだから。ただ、あまりにも根拠も理由もないものなら、私達が黙っていないけどね」
「そういうこった。まぁ、こればっかりは実際になってみねーと何にも言えないしな」
「だねぇ。正直私はまだ奥さんになるのさえ想像出来ないや」
「私達はまず両親の許可が出るかどうかだからね」
さらりと放たれた未来の言葉がずしりと両肩にのしかかる。そう、その問題もあった。しかもそちらは確実に時期が迫っている。約三年後には、俺は立花家と小日向家の人達へ二人を嫁としてもらえるよう頑張らねばならないのだ。
「それで、例の偽装住宅はどうするのですか? 私達の収入なども使って建てると以前言っていましたが」
「そうね。郊外が比較的楽だけど、そうなると子供達の通学面などで問題もあるわ」
「いっそS.O.N.Gで寮みたいなの作ってくれないかなぁ。そうしたら、私がそこの寮母さんとかやるんですけど」
「未来さんが寮母さん……」
「似合い過ぎデスね。更にセレナと調もつけちゃうデスよ」
「いや、そんなテレホンショッピングとかじゃないんだから。でも、考え方としては使えるかもしれない。S.O.N.G職員の寮っていうのは」
「そうねぇ。弦十郎ちゃんと相談が必要だけど、現実的ではあるわ。国連の組織でもあるんだし、官舎みたいなものはあってもいいもの」
「ふふっ、また予算を引き出すのですか? シキさんも中々食えない人ですね」
「お義母さんになら食われてもいいですよ?」
「まぁ」
楽しそうなマムへこちらも同じような感じで返すと何故かみんなが驚いた顔をした。そこで思い出す。そういえばこういうやり取りをみんなの前でした事なかったなと。
「ま、マムがシキと冗談を言い合うなんて……」
「シキさん、マムといつの間に仲良く?」
「あー、キャロルとエルは孫みたいなものだからって言った事があってね。その時からかな? ね、お義母さん」
「そうですね。私にはもう孫がいると言われたので、ならシキさんは息子として扱おうと思ったのです」
「俺と……」
「僕が……孫?」
「ええ。年齢的にもそれが妥当かと思います。嫌ですか?」
そのマムの問いかけに二人は揃って首を横に振った。それにマムは嬉しそうに微笑む。と、そこでミカが勢い良く手を挙げた。
「ミカは? ミカは何だ?」
「マスター達が孫なのでミカは」
「そいつも孫でいいでしょ。ガキっぽいし」
「では、私は貴方もそう扱いたいのですが」
「あ? ファラ、あんたね……」
「私は構いませんよ。ミカもガリィも孫でいいのなら」
「おおっ! ならミカもマゴだゾ! マスター達と一緒だゾぉ!」
「あのぉ、ガリィちゃんはさすがに遠慮したいんだけど……」
喜ぶミカと複雑なガリィにみんなが笑う。その後は再び将来の事について話し合った。まずは職員寮の話を風鳴さんへしてみる事に決まり、それがダメだった場合は自然の多い場所か、静かな場所に居を構える事になった。風鳴邸で八紘さんと同居という案も出たのだが、出来ればどの家とも一定の距離感を保ちたいと言って却下させてもらった。
自分が祖父になった時、こちらと同居せず別の家と同居されたら寂しいと思ったためだ。今はマムと八紘さんしか夢子は祖父母がいないのでいいかもしれないが、願わくば立花さんや小日向さんもそう呼べるようになって欲しいと考えているのだから。
それと、そこで明確に奏達それぞれの引っ越し時期を教え合った。結果、やはり一番最初に引っ越すのはクリスとなり、次に奏と翼、そしてマリア達だ。響と未来は卒業後も二人で暮らす事にするらしく、理由は両親の許可を正式に得る前の同棲は問題ではないかという事。俺も言われてみれば悪感情を持たれるかもしれないと思い、同意した。ただし、寮計画が成功すればそこに来るとの事。うん、これは遠回しに期待されてるな。一緒にいたいから交渉を成功させてくださいと、そういう事だ。
「そういえば、夢子も生まれた事だし旅行の件はどうするの?」
「伊豆に行くんだよな? こっちも進めておかねーと不味いだろ」
「なら、ツヴァイウイングのツアー終わりでいいんじゃない? 慰労会も兼ねた旅行にしましょ?」
「いいね。あたしからはそうしてくれると嬉しいかな」
「私もそれがいいと思う。ツアーが終われば、しばらくツヴァイウイングは休む事が出来るから」
「じゃあ、早速再来年のイベントが一つ決定ですね! その時は私と未来の卒業旅行も兼ねてもらおうっと!」
「そうだね。それもいいかも」
元気印の響の言葉で未来が笑う。そうか、再来年になるのか。今年度でクリスは卒業で、次が響と未来、切歌と調はその後だ。
「別にいいけど、響と未来にもお友達がいるんでしょ? なら、そっちとはどうするの?」
「心配いりませんよセレナ。おそらく二人はそちらとも行くでしょうから」
「地味に派手な卒業旅行。片方は家族と、片方は友人と」
「あー、そうだねぇ。多分そうなるかな?」
「ふふっ、そんな感じだね」
肯定する響と苦笑しつつ頷く未来。響達の友人、かぁ。たしか話によるとギア装者である事を知ってて、一人は特撮が好きな子なんだっけ。会ってみたいけど、俺が女性に自分から接点を求めるのは不味い気がするので自重する。
「なあ、父さん」
「ん?」
そんな時、キャロルから声を掛けられた。顔を動かせばそこには困惑した顔のキャロル。
「その、マムが俺達を孫だと言うならどう呼べばいいと思う?」
「普通にお祖母ちゃんって呼んだら?」
「お祖母ちゃん、か。つまり、グランマ?」
「そうですね。新鮮な呼ばれ方ですが、今後そう呼ぶ存在が増えていく事を考えれば慣れておく必要がありそうです」
「分かりました。じゃ、グランマ」
「はい」
「ぐ、グランマ……」
「はい」
「あーあっ」
「おや、夢子まで。はい、私がグランマですよ」
何だろう。この心がじんわりと温かくなるやり取りは。見ればみんなそうなのか、誰もが笑みを浮かべている。あのマムさえもこれだけ柔らかくなってしまうのだ。きっと八紘さんも夢子には勝てないだろう。そして、いつか翼の子を抱かせてあげたい。マムにも、マリアやセレナ、調に切歌の子も。
と、そこで急に夢子が泣き出した。だがもう了子も慣れたもの。すぐにおむつと分かったようで、すぐさまファラへ取ってきてくれるように頼んだ。その間にレイアがウェットティッシュを用意していた。その流れにマム達夢子が生まれてから一緒に暮らしていないみんなが一様に感心した声を出す。ま、そうだよな。これもここ二か月近い時間で培われたものだし。
「……お母さんって凄いのね。私もああなれるかしら……」
「いずれあれをやれなきゃいけなくなるんだね、あたしらもさ……」
「そうね。いつか、私もシキさんとの子を……」
「赤ちゃんかぁ。私も早く欲しいな……」
奏達年長四人の言葉が俺の耳に入ってくる。うん、四人共に流し目を止めなさい。
「あたしもママ、か。やっぱ実感湧かねーな」
「いやぁ、クリスちゃんはお母さんの貫禄あるよ。色々と」
「デスデス。貫録十分デス」
「ま、褒め言葉として聞いといてやる」
「切ちゃん……」
「響も……」
一方の学生組は可愛いものだ。でも、さり気無くクリスもこちらへ視線を送ってくる辺り、もう半分年長組なんだなぁ。
「了子さんは、すっかり母親なのですね」
「いえ、本人も言ってましたけど、まだまだです。毎日勉強の日々ですよ。俺も、了子も、フィーネでさえも」
「そうですか。シキさんもおむつは換えるのですか?」
「一応やらせてもらいましたけど、下手くそですね。まぁ、大きい方でも出来るのは褒めてもらえましたけど」
「あら、そうですか。では、私も出来るようにしないといけませんね」
楽しそうに笑うマムにこちらも笑みが浮かぶ。乳幼児の育児に関しては、この場の誰もが未経験だ。だけど、だからこそみんな同じスタートラインなんだ。これからも助け合っていければいいな。そう思いながら俺はみんなと一緒になって夢子のおむつ交換を見学した。
「これでよしっと。レイア、お手伝いアリガト」
「どういたしまして。お母さんの手伝いは地味に大事」
「あらぁ、嬉しい事言ってくれるわねぇ」
「了子さん、また夢子が泣いています」
「ん~……お腹が空いたのね。ガリィ、哺乳瓶取って」
了子の周りに控えるレイアとファラ。呼ばれたガリィは哺乳瓶を取って機敏な動きで夢子の元へ。本当に今の家は夢子中心で動いている。キャロルとエルもガリィについていくように動き出して、ミカまでも追随した。
俺達はと言えば、泣き声で夢子の欲する事が分かる了子に感心するのみだ。いやぁ、本当に母親って凄い。我が子限定でテレパシーが使えるんじゃないかと思うばかりである。
「はい、これ」
「アリガトって、そうだ。ミルク、あげてみたい人~」
その言葉に挙手多数。俺は隣で手を挙げるマムに目を疑ったけど。
「私も、一度経験してみたいのです。自分では、もう経験出来ませんので」
「大丈夫ですわ、マム。旦那で良ければお貸しします」
「おい」
「ふふっ、お気持ちだけ受け取っておきます。シキさんだと逆にミルクを飲まされそうですので」
「お義母さんっ!?」
「冗談ですよ」
「色々と性質の悪い事は勘弁してください……」
そこで爆笑が起きる。本当に、我が家には笑顔が絶えない。そうなれるのなら、喜んで弄られ役となろう。そう思いながら俺は両肩をがっくりと落とすのだった……。