GXはまだ楽出来たんですよ、何せ攻略相手がキャロルだけだったんで。
「「分断作戦……」」
「そうだ。現在、装者の一部が表向きの職務で散り散りになっている。この国に残っている装者は六人。それならば、今の私達で十分打ち勝てる」
俺のいる部屋で作戦行動の打ち合わせをするサンジェルマンさん達。こういうところで分かるのは、いかに俺が無力であるかと言う事。
何せ聞いても、それをどうやってもみんなへ届けられないのだ。だからこそ、サンジェルマンさんもこの部屋で打ち合わせしてるんだろうし。
ちなみに今いる場所は日本のどこかにあるホテルらしい。詳しい事は分からないけど、多分都心に近いと思う。窓の外から見える景色なんかが都会っぽいからなぁ。
それでも逃げないと思われてるのは意外だけど、おそらく俺がティキをどうにかしたいって思ってるのを知ってるからだと思う。
本気で、アダムのお人形のままにはしたくないんだ。
「ね、ちょっといい?」
「ん? どうかした?」
サンジェルマンさん達を見つめていると、横から聞こえる可愛い声。顔を動かせば、そこにはティキがいた。その手にしているのは十代前半の女子向けファッション誌。ティキのために俺がカリオストロへ頼んで買ってきてもらったものだ。
「ティキに似合うのってどれ? 服なんて着た事ないから分かんない」
「そうだなぁ。ティキはこういうセクシー系よりも可愛い系だと思うよ。例えば……」
言いながらページを捲る。ティキがガリィ達と違って裸であると気付いた俺は、なら服を着せてあげたいと思った。
ティキへは、オシャレな服を着てアダムを驚かせてあげたらと提案して食い付いてもらって。で、そのためにそういう雑誌をカリオストロに頼んだと、そういう訳だ。
「あ、こういうのとかどう?」
俺が指さしたのは白いワンピース。季節感的にはずれているけど、ティキのイメージには良く似合う。
「え~っ? 色はアダムとお揃いで悪くないけど、何となく雰囲気が合わない気がする」
「ああ、普段からスーツの人なんだっけ。じゃあ……」
「あっ! 今のっ、今のなんてどう?」
「どれどれ……」
ページを捲り始めると、ティキが目ざとく反応した。その動体視力はさすがはスコアと言うところだろうか。
言われてページを戻してみると、ティキが見つけたのは白いコートだった。ダッフルコートだっけ。ボタンじゃないから多分そうだと思う。
「これよこれ。これならアダムの横に立っても違和感ないと思わない? ティキもアダムもビシって決まってる感じがするし」
「うん、いいかもしれない。なら、季節的にマフラーや手袋も用意して、全身白で統一してみる?」
「いいじゃない! アダムも白い帽子が似合ってるの。それがとってもカッコ良くて最高なんだからっ!」
「よし、決まりだね。サンジェルマンさん達へお願いして買ってきてもらおう」
アダムについてはどうでもいいけど、ティキが折角乗り気になってくれたんだ。これを活かさない訳にはいかない。
見れば話し合いは終わったようだし、頼み事をするなら今だろうと思って俺は部屋を後にしそうな三人へ近付いた。
「あの、ちょっといいかな?」
「何だろうか?」
「買ってきて欲しい物があるんだ。それと、出来ればティキも連れて行って欲しいんだけど……どう?」
「それは難しい相談ねぇ。ティキの見た目、人間に近いけどよく見ればお人形さんって分かるのよ? それを連れて街中を歩いたら」
「そこについては考えてある。プレラーティ、悪いけど君の私服を貸してあげてくれないか?」
名指しされたプレラーティが少しだけ目を細めた。多分何を考えてるのか察してくれたんだろう。
「……まさかとは思うが、私はファウストローブで行動しろと言うつもりじゃないだろうな?」
「ご名答。君の格好は他の二人に比べれば……そこまで奇抜じゃない。まぁ、おっきなけん玉がネックかもしれないけど……」
「ネックというより致命的なワケダが、まあいい。別にスペルキャスターを持ち歩かなければいいだけなワケダ」
「お買い物、か。ねぇサンジェルマン、作戦開始は少し遅らせましょ?」
「……彼の頼みを叶えると?」
こちらをチラリと見て、サンジェルマンさんは小さくため息を吐いてからカリオストロへそう問いかける。
目を動かせば、既にプレラーティが仕方なさそうにカエルを置いて脱衣所へと向かっていた。
「何もタダってワケじゃないわ。でしょ?」
「そうだね。御代は献血回数一回プラスでどうかな? しかも今日と明日の二日に渡って」
「……いいだろう」
「交渉成立、ね。で、あんたも来なさいな」
思わぬ発言に目を見開いた。てっきり俺は留守番にされると思ったんだけど、違うのか? そこまで俺は逃げないと信頼されてるんだろうか?
「いい、のか?」
「いいも何も、ティキの相手は基本あんたがして欲しいのよ。あーし達じゃ、色々と……ねぇ」
「そう、だな。私としてもそうしてもらいたい」
二人の声と表情で悟る。おそらくだが、俺が例え逃げたとしても、それを見つけて連れ戻す事など造作もないのだろうと。
つまり、俺が逃げ出す可能性がないと思っているのではなく、俺が逃げ出しても平気なのだ。これで納得。
「分かった」
「さてと、そうと決まれば即行動よん。あーし達にも予定があるんだから」
「じゃあティキ、脱衣所へ行ってプレラーティから服を受け取って着てくれる? そしたらさっき言ってた物を全部買い揃えに行くよ」
「ホント!? プレラーティの使ってた物なんて気が進まないけど、アダムのためだもの。ティキ、我慢するわ」
ティキ節炸裂な返答に俺はため息を吐いた。この辺り、ガリィよりも厄介だ。ガリィは分かってて言ってたけど、ティキは本当に天然でこういう言い方をする。
サンジェルマンさん達が人間出来てる人達だからいいようなものの、クリスや切歌辺りならケンカ上等なやつだよ、これ。
「ティキ、そういう言い方は止めた方がいいよ。アダムは普段から君のような人を見下す物言いをするのかい?」
「え? そうね~……」
「すぐに答えられないのならしてないと思うよ。ティキはアダムがしてない事を、それもあまり良くない事を続けていく? それが切っ掛けでアダムがティキを遠ざけるかもしれないぞ?」
「うっ、それはぁ……」
アダムを引き合いに出して、そこから優しくだけどしっかりと逃げ道を塞ぐ。ティキ相手に見出した対処法だ。
ティキはアダムへの想いが強い。だからそこを利用させてもらってその在り方を修正させてもらう。アダムと一緒になりたいがティキの願いみたいだし、ならそれを叶えつつティキを少しでも成長させてやりたい。
「ティキはアダムの隣に立てる存在になりたいんだろ? なら、真似て行こう。この国の言葉にこういうものがある。学ぶは真似ぶ。つまり、全ては誰かの真似から始まるんだ。ティキはアダムの真似をしていこう。全部じゃなくていいし、絶対じゃない。出来る限りで、ティキなりに、アダムらしくなっていってごらん」
「ティキなりに、アダムらしく……うんっ! それなら出来るわ!」
「なら良かった。じゃ、着替えておいで」
「ええっ!」
上機嫌で脱衣所へ向かうティキを見送り、俺は安堵の息を吐く。と、そこで感じる二つの視線。
「大したものだ……」
「ええ、本当に。すっかりティキの操縦法、身に着けてるじゃない」
「これでも父親だからね。子供と向き合って、その願いを可能な限り叶えてやろうとしてるだけだよ。ただ、当然その子のためにならないと思う事なんかは排除させてもらうけど」
俺がそう話すと、サンジェルマンさんがまた一瞬遠い目をした。もしかして、キャロルと同じで彼女も父親と何かあったのだろうか?
もしかすると、そこさえ分かればキャロルのように和解の道も見えるかもしれない。ただ、これは絶対重要かつ繊細な問題だ。安易には触れられないだろう。
そのまま待つ事少しで、脱衣所の方から誰かが近付いてきた。
「準備完了なワケダ」
と、現れるのはファウストローブ姿のプレラーティ。その後ろからは、プレラーティの服を着たティキが顔を出した。
「ありがとうプレラーティ。ティキ、一度ちゃんと見せてくれるか?」
「いいわよ。ほら」
「お~っ」
思った以上にティキの見た目は違和感がなかった。プレラーティだと文学少女感があったけど、ティキが着ると活動的な印象に変わる辺り、着る人間って大事なんだと思う。
「あら、中々似合うじゃない」
「そうだな。思った以上に違和感がない」
「もっと素直に褒めていいんだからね。そういう時にちゃんと出来ない辺りがサンジェルマンらしいけど」
「ティキ?」
「ぅ……で、でも許してあげる。初めて服を着たけど、これでまたアダムに一歩近付けた気がするもの」
少しだけ睨むとティキが仕方なくと言った雰囲気で言葉を付けたす。うん、良い傾向だ。ゆっくりではあるけど、俺はティキから相談相手として信頼を得ていると思う。
このまま、出来る事ならティキがもっと礼儀を覚えてくれるまでこういう関係を続けていけたらいいんだけども。
こうして俺達は外へ出た。ホテルのフロントで目当ての店の場所を聞き出して。服屋という事にサンジェルマンさん達は軽い驚きを見せていたけど、その理由を俺が話すと納得はしてくれた。
それと、プレラーティの姿はフードさえしなければ本当にそこまでおかしな風には見えないらしく、多少周囲の目を惹く事はあれ、不審者として通報されたりはしないようだ。一安心と言ったところである。
「ねぇねぇ、あれは何?」
「あれはファンシーショップ。女の子向けの小物とかを主に扱ってる店だよ」
「ふーん……あっ、あれは?」
「あれは……ああ、アンテナショップだ。あそこは、北海道の特産品とかを売ってる店だよ」
ティキと手を繋ぎ、俺は久しぶりの街を歩く。街並みには残念ながら見覚えがないけど、場所自体は分かった。今ティキが見つけた店を、いつだったか響や切歌が話題にしていた事があったから。
それにしても、こうやって歩いているとキャロルと初めて街に出た時を思い出す。あの時もこうやって色々教えたなぁ。
「ほっかいどう? 何それ?」
「この国の北にある地名で、とても広い……何て言えばいいんだろうな? ああ、広い土地と自然が豊かな雄大な場所なんだ。有名な食べ物も多くて、今の時期だとウインタースポーツが盛んだよ」
「ういんたーすぽーつ?」
「冬の運動って言うか、まぁ一種の娯楽だよ。スキーとかスノーボードとか、スケートもあるのかな?」
「ふーん、何だか色々あるのね。ティキの知らない事だらけ」
「知らないなら知っていけばいいよ。色んな事を知ってる方がアダムとの話も弾むはずだ」
「そうかもしれない! アダムは色々な事を知ってるのっ!」
やっぱりアダムを話題に出すと反応がいい。ここまで思われてるなんてある意味幸せ者だな、アダムは。だけど、その想いを植え付けたとすれば、俺はアダムを好きにはなれない。
「そっか」
「ね、他には何かないの?」
「そうだなぁ……ああ、空気も綺麗だから星がここよりも沢山見えてプラネタリウムみたいになるはずだ」
「星? ぷらねらりうむ?」
「えっと、星座とか星の事を学べる施設。天体の事も勉強出来るんだよ」
俺がそう説明した時だった。ティキが今まで見た事ないような程イキイキとした顔を見せたのは。
「な~んだ。ティキと同じ物なのね。それならシキにも今度見せてあげる」
「へ? ああ、うん、楽しみにしておくよ」
言っている事は分からないけど、話の流れから察するにティキはどうやら天体関係のスコアらしい。
と、そこで疑問。一体何のために天体関係のスコアなんて作ったのだろう。まさか星の勉強をしたいとかじゃあるまいし。
「シキ、早く行きましょ! アダムの驚く顔、早く見たいのっ!」
「はいはい」
繋いでいる手を強めに引かれ、俺は苦笑しながら歩みを早める。後ろから感じる視線に振り向きたくなる気持ちを抑えながら。
「本当に感心する。ティキを相手にあそこまでちゃんと付き合っているとは、ある意味尊敬に値するワケダ」
「ああ、局長よりもしっかり向き合っている。本当に、父親のようだ」
言って思わず胸が苦しくなる。どうしても彼を見ていると、自分の過去を、それも忘れたいけど忘れたくない頃を思い出してしまう。
キャロルを娘とし、ティキと親子のように接し、両者を本当に少女にしてしまう男、要シキ。
私の心は、彼と出会ってから乱れるようになっている。父親というのが、本当は彼のような在り方を指すのなら、私の父はそうではなかったという事か。
あるいは、だからこそ父ではなかったのだ。あの男は、自分で言った通りただの種を与えただけの存在に過ぎない。
だけど、彼は違う。種を与えていなくても、ちゃんと父であろうとしている。それを私は最初、生まれた時代や環境が違うからと、そう思った。
だが、接して見ている内に思い直してきたのだ。要シキは、あの時代に生まれていてもこうだったのではないか、と。
「血を分けたワケでもないキャロルを娘としただけはあるって事ね。シキにとっては、おそらく血の繋がりよりも心の繋がりが大事と言う事なのかしら?」
「心の、繋がり……」
カリオストロの言葉が胸を突く。私の抱いていた事への回答がそこにあった気がして。
「でなければ、あれだけ見事な父親は出来ないワケダ。シキは記憶喪失で保護されたとデータにあった。であれば、あいつには模倣する身近な父親像はないワケダ」
「そうなの? 意外とズッシリとしたもの背負ってるのね」
「……それでも、ああしてそれらしく振舞えている。成程、学ぶは真似ぶと言っていたな。それは実体験からの言葉だったのか」
おそらく、彼には近くに目標となる存在がいたのだ。あるいは、理想とするイメージだろうか。それへ向かって真似ている最中なんだろう。
真似ぶ、か。私は、それさえ出来なかった。ただ、心に抱いた理想のため、夢見た目標のため、ひたすらに己を磨き続けたのだ。
「だとすれば、ティキが納得してしまうのも理解出来るワケダ」
「重みがあるって事よね。まぁ、あの言葉はある意味正論で真理だし」
「そうだな。経験してもない者の言葉とした者の言葉の間には、けして埋める事の出来ない溝がある」
「壁ではなく溝な辺りがサンジェルマンらしい。遮るのではなく隔てるだけと、そういう事なワケダ」
「経験すればすぐにでも向こう側に行ける。ならば、両者の間にあるのは壁ではなく溝と思っただけだ」
「私も同感だ。まぁ、例え壁であってもシキなら貫いてしまう気がするワケダが」
違いないと、そう心の中で思って私は目の前の二人を見つめる。手を繋ぎ合って歩く姿は、何も知らぬ者が見れば本当に親子や兄妹に思えるだろう。
現に私さえもふとそんな気がしてしまうのだ。その理由は、時折見える両者の顔だろう。ティキが感情豊かなのは知っていたが、彼といる時は不思議そうな顔や楽しそうな顔をよく見せる。
局長といる時でさえ、そこまで見せないような笑顔や反応を、だ。
「それにしても、こうしてみて一つだけ分かった事があるワケダ」
「何よ?」
「何だ?」
ふとプレラーティが告げた言葉に疑問が浮かぶ。特に何か発見もなければ察知したものもないのだが……。
「普段の格好よりもこの状態の方が過ごし易いワケダ」
「「……ああ」」
カリオストロと声が重なる。事実、私も防寒具としてコートを羽織っている。カリオストロも露出度は抑え目で、且つマフラーなどを身に着けていた。
「たしかにこの国の冬は、少々厳しいかもしれない。プレラーティの私服よりもラピスの方が防寒性にも優れているか」
プレラーティの私服を思い出して私はそう答えた。ティキはオートスコアラーだから寒暖の影響を受けないけれど、私達はそうはいかない。
いくら完全体といえど、生きている以上環境の違いは感じ取る上影響を受ける。寒いものは寒いし、暑いものは暑いのだ。
「いっそ、ラピスを調整してみるのもありかもしれないと思うワケダ」
「局地戦の際には、という事?」
「ああ。例えばだが、前回のような雪上での戦闘は、それに特化した姿にしていれば多少状況を改善出来た可能性があるワケダ」
「……たしかに一理ある。多少ではあるが、雪が足を取って動き辛かった」
「あ~、そう言われるとそうだったわ。向こうも同じだとは思うけど、対策の一つとして考えておくのはアリかも」
「ああ。今は街中だから必要ないワケダが、今後を考えると頭の片隅に置いておく必要がある気がするワケダ」
そう言ってプレラーティは黙り込んでしまった。おそらく局地戦使用のラピスや他のアイディアを考えているのだろう。
元々研究者としての素養があったプレラーティだ。こういう事は彼女にとって楽しみの一つだろう。なので邪魔しないように私も口を閉じる。
戻した視線の先では、彼がティキと目当ての店へ入っていくところだった。
「……服屋、か。まさかティキをそんなところへ連れて行く日がくるなんて」
シキ達がティキの服を見繕い始めた頃、クリスとセレナは訓練に励んでいた。
「チッ……ドジったか」
アルカ・ノイズの攻撃を受け、クリスの体勢が崩れる。更にそこへアルカ・ノイズたちの追撃が放たれていく。
それによって巻き起こる音と衝撃にセレナが思わず振り向いた。
「クリスっ!?」
「っ! あたしに構うなっ! セレナは自分の事を考えろっ!」
今後の事を考え、響達二組に遅れを取らぬよう自主的に行っていた訓練だったが、その成果はあまり良いとは言えなかった。
セレナは響と似ている性格であり、困っている者や苦しんでいる者を見捨てられない優しい女性だ。そのため、訓練中もクリスの事を常に気に掛けている。
それが、結果的に連携を乱す事に繋がり、未だ二人はコンビネーションらしいものさえも見いだせなかった。
この日もそう。シミュレーターが停止し、二人の周囲が無機質な空間へと戻る。肩で息をするセレナとクリスだったが、その表情は暗いままだった。
「……ごめんね」
「分かってんならいい加減切り換えやがれ。あたしはあたしで何とかするから、セレナはセレナで何とかしてくれ。前衛と後衛になれりゃいいが、セレナは前衛に向いてないしあたしはそもそも出来ない。だからって二人共下がってちゃイイ的だ。だから、セレナが前で自分を守って、あたしがその間に敵を片付ける。これが今んとこベターだ」
理路整然と告げるクリスは、まるで教官のようにセレナには見えた。いつかのナスターシャの姿がそこに重なる。
(ああ、クリスはやっぱりこういう時にお姉さんをしてきたんだ。響や切歌に調なんかを相手に……)
セレナも訓練はするが、その際の相手は大抵響や未来などの年下組であった。要は、セレナへはっきりと指摘や助言を出来る存在ではなかったのである。
「ごめんね、クリス。私がもっとちゃんと出来たら」
年下のクリスへ心から申し訳ないと思って声をかけるセレナだったが、その言葉にクリスは大きくため息を吐いた。
「なーに言ってやがる。セレナはちゃんと出来てるだろ」
「え?」
「ちゃんと出来てるからこそあたしは訓練に付き合ってるし、こうやって思った事を言ってる。出来ねー奴なら付き合わねーし、助言や提案なんかもしない。あたしがセレナから聞きたいのは、ごめんじゃなくて次はやってみせるって気持ちだ」
呆れでも怒りでもなく、クリスは苦笑混じりでそう告げる。その姿は、セレナにはある人物を思い出せた。
(今のクリス……まるで姉さんみたい……)
気弱な自分を優しく諭し、導いてくれるマリア。その姿とクリスが一瞬ではあるが重なり、セレナは柔らかく笑みを浮かべた。
「……うん、分かったよクリス。私、次はやるね」
「おう、その意気だ。じゃ、もう一度だけやって終わりにするぞ」
「うんっ!」
そこでセレナは気付いたのだ。クリスは自分へ強い信頼を寄せてくれていたと。自分の事は自分で守れ。それは、自分の事は自分で守れる強さがあるという意味でもあるからだ。
頼りないと自分を評価していたセレナにとって、その事へ気付けたのは大きな自信と喜びに繋がる。そして、強い信頼を感じ取ったセレナがクリスへ同じだけの信頼とお返しをしないはずはなかった。
―――もう振り返らない……全力疾走でっ!
後ろにいる存在を信じて前だけを見て走る。セレナがそうした事でクリスも笑みを見せる。
(ったく、何かあると自分が悪いみたいに悩む癖に、一度決めたら誰よりも真っ直ぐな辺り、本気で似てるよな)
響にも、そしてマリアにも通じる部分だ。そう思ってクリスは苦笑する。セレナは誰よりもその二人に近しい人物だったからだ。
故に確信する。こうなったセレナはもう大丈夫だと。心なしか先程よりも頼もしさを増した背中を見つめ、クリスは小さく頷く。
「「これでっ!」」
セレナの刃とクリスの銃撃が巨大アルカ・ノイズを捉えて消滅させる。今までで一番息の合った攻撃に、セレナだけでなくクリスにも笑みが零れた。
そこで訓練終了となり、二人は汗を流すためにシャワールームへと向かう。その道中、二人は笑みを浮かべたままで会話していた。
「さっきの感じ、忘れるなよ? 実戦で出来なきゃ意味ねーからな」
「うん、分かってる。大丈夫だよ。もう振り向かないって決めたから」
「そっか」
「うん」
相手の顔も見ないで会話する二人だったが、その心はたしかに前よりも近付いていた。
(クリスは不器用な子だもんね。言葉で中々想いを素直に伝えられないから、私の方でそれを読み取っていかないと)
(セレナは優しすぎるからな。未来よりも踏み出すのが苦手だし、あたしが背中押してやらねーと)
そこで二人は相手へ視線を向ける。まったく同じタイミングでのそれに、一瞬二人は驚くもすぐに苦笑した。
「何だよ?」
「そういうクリスこそ」
「何でもねーよ」
「そっか」
互いに笑みを浮かべて二人は歩く。不思議ともう不安はなかった。そのせいかその足取りは二人共軽い。
―――ねぇ、クリス。背中洗ってもらっていい?
―――構わねーけど……。
―――ありがとう。じゃあ、お礼にクリスの背中は任せて。
―――……ん。
そうしてシャワーを浴びた二人はシャトーへと戻る。ただ、その際の二人は、肩が触れ合うぐらいまで隣り合って歩いていた。
まるでその心の距離を示すかのように……。
「こんな感じでどう? あーし的にはこのオベベで花丸合格ちゃんなんだけど」
カリオストロの言葉通り、白一色で統一されたティキはとても可愛らしかった。彼もプレラーティも納得しているのか小さく頷き、当の本人であるティキさえも満足そうに見える。
「シキ、見て見て。ティキ、アダムと同じ色になっちゃったっ! ねっ、ねっ、似合う? 似合う?」
「うん、とっても。このまま着て帰るかい?」
「いいのっ!?」
「お店の人へ会計時に言えば大丈夫だよ。あっ、すみませーん」
近くにいた店員へ彼が手を上げて呼びかける。すると接客用の笑みを浮かべたまま、一人の女性がこちらへ近付いてきた。
「はい、何か御用でしょうか?」
「あの、この一式を購入したいんです。それで、出来ればこのまま着て帰りたいんですけど」
「かしこまりました。では、レジまでどうぞ」
「はい。えっと、サンジェルマンさん」
「分かっている」
この中で資金を持っているのは私達三人だけ。だが、ここは私が出すべきだろうと思う。彼の頼みを引き受け、許可したのは私なのだから。
提示された金額は思っていたよりも上だった。カリオストロ、いくら金額は気にしなくていいと言ったとは言え、もう少し考えて欲しい。
「支払いは済んだ。帰ろう」
「すまないが私はここで着替えていく。さすがにこのままでは目立つワケダ。それに防寒具の類も見ておきたいと思うワケダ」
「じゃ、あーしも少し見ていこうかしら? この国の服屋さんは初めてだし、さっきから可愛いオベベがチラホラ見つかってるのよねぇ」
「なら、俺とサンジェルマンさんはティキと一緒に先に帰りますか」
「そうしよう。二人共、程々にな」
支払いを終えて戻れば、プレラーティとカリオストロからこの店に残る旨を告げられ、ならばと彼が私達だけ先に戻る事を提案してくれた。反対する理由もないので了承し、私達は二人を残して店を出る。
空調の効いた店内から出ると、冬の寒さが身を包んだ。私と彼はそれに若干ではあるが身を震わせ、ティキだけが何もなかったように首を傾げていた。
「どうしたの?」
「あったかい場所にいたせいで外が余計寒く感じてね」
「ああ」
「ふーん、そうなんだ」
「そうそう。っと、ティキ、手を繋ぐよ」
「はーい。もう、シキってば心配性なんだから」
自然な流れでティキと手を繋ぐ彼に、私は素直に感心する。これが父親となろうとする者なのだろうか。だとすれば、やはり必要なのは本人の気持ちや在り様という事?
目の前を歩き出す二人を見つめ、私はその身に感じる風がより冷たさを増した気がした。寒い。これは、心の寒さなのだろうか。ここまでの寒さは、生まれてこの方感じた事がないように思える。
いや、一度だけあった。母を失ったあの日。あの日に感じた心の寒さは、これに近いものだったように思う。
「サンジェルマンさーん」
「っ」
気付けば足が止まっていたらしい。少し離れた場所で彼がこちらへ振り向いて手を振っている。いかんな。急いで合流しなければ。
「すまない。少し考え事をしていた」
「も~、しっかりしてよね。ホテルの鍵、サンジェルマン達しか受け取れないんだから」
「すまない」
「ま、いいじゃないか。ティキ、もう片手をサンジェルマンさんと繋いで。そうすればさっきみたいな事は防げるから」
思いがけない発案に私は一瞬理解が出来なかった。その間に私の右手を掴むティキ。その手は手袋をしているためか、意外と温かいように感じた。
「仕方ないわね。今日は特別よ? 今、ティキはすっごく気分がいいから」
「……そうか」
「ええっ! だって、ティキ、誰かに物をもらうの初めてだものっ!」
「っ!?」
満面の笑みをこちらへ向けるティキに息を呑む。ティキがこんな顔を私へ向けた事など一度もない。局長にさえそう簡単には見せていなかったと記憶している。
なのに、何故そこまでの笑みを浮かべ、それを私へ向けるのか。その答えはその言葉とティキが顔を動かして見つめる相手にある。
「そっか。なら、大事にしてくれよ? 結構高いと思うから、それ」
「分かってるわ。アダムに見せて驚いてもらったら、ティキ、これからずっとこれを着るんだもの」
「そこは何があっても着続けて欲しいんだけどなぁ」
そう言って彼は歩き出し、ティキもそれに続いて歩き出す。私も遅れないよう歩き出して、さながら親子のような状態で帰路を行く事になった。
私の横ではティキが彼へ局長の事だけではない話題を振り、それへ彼が言葉を返しと楽しげな会話をする。その光景を見て、私は驚くしかなかった。あのティキが局長以外の事で楽しげに話す様など想像もしなかったからだ。
「ねぇサンジェルマン。アダムはこのティキを見て驚いてくれるかな? 喜んでくれるかな?」
「……そうだといいな」
「サンジェルマンさん、そこはきっとそうだって言ってあげて」
「いいの。これがサンジェルマンだもの。でも、許してあげる」
呆れるように言いつつ、ティキはそこで私を見上げた。
「だって、そうだといいなって事は、サンジェルマンはティキの望みが叶うといいなって思ってるって事だもの」
「っ!?」
「おっ、凄いじゃないかティキ。そうやって相手の気持ちを察してあげるなんて」
「散々シキに言われたもの。出来る女は、相手の言動からその気持ちを察する事が出来るって。ティキ、出来る女になってアダムの秘書するんだから」
「それはいい。じゃあ、その時はビジネススーツを買おうか。秘書っぽく見えるように伊達眼鏡とかも」
「え? 秘書に見える格好ってあるの?」
私は、隣で起きている事が信じられなかった。あのティキが、局長の事以外どうでもいいように思っていたはずのティキが、私の言葉からその考えを予想し、しかも今など完全に局長から離れた話題で会話を続けている。
それと、私の心を騒がせているのは何も会話だけではない。先程からずっと繋がれているティキの手。それが、私にティキが以前までのティキとは違うのだと強く思わせてくる。
知ってはいたし、見てもいた。だけど、ここまでなんて思わなかった。その変化を起こしたのは、今も私の視線の先で笑みを浮かべる彼だ。
「……要シキ」
「ん? 俺の事、呼びました?」
「っ!? な、何でもない」
「? そうですか」
「ちょっとシキ、今はティキとお話してるでしょ!」
「ごめんごめん。えっと、それで何だっけ?」
無意識に彼の名を口にしていたらしい。それに彼が不思議そうな表情をしたので慌てて誤魔化した。顔を彼とは反対へ向ける。人々の群れと行き交う車の数々が視界に入った。
それでも耳には彼とティキの会話が入ってくる。それは、本当に親子の会話のように聞こえてくる。事情を知っている私でさえも、彼のティキへの接し方は父親のそれに思えるぐらいに。
―――もし、私の父が彼のような人であったのなら……。
そんな事を想い、私は左手を胸へ当てる。あの日、血を分けた父から突き放された事は決して忘れない。私は、あの日に父と母を失ったのだから。
「じゃあ、今度は出来る女になってみようかしら。それでアダムを驚かせるの!」
「それはいいけど、そうなると今度はいつになるかなぁ。ティキに合う大きさのスーツってね、すぐに用意出来る物じゃないんだよ」
目を彼らへ向ければ、そこには楽しげなティキと彼の姿がある。本当に、彼といるとティキがどんどん変わっているのが、成長しているのが分かる。
キャロルが彼を父に選んだ理由が何となく分かってきた。あったかい、と言えばいいのだろうか。彼からは、人としての温かみを感じる。
「え~っ? じゃ、どうすればいいの?」
「そうだなぁ……」
「なら、今から採寸へ行けばいい」
気付けば、私の口はそう動いていた。その事で私だけでなく彼もティキも足を止めて驚いた顔でこちらを見ている。
「え、えっと?」
「サンジェルマン、本当にいいの?」
こちらを見上げて不思議そうな顔を見せるティキが、どことなく幼かった頃の私に見えて、反射的に頷いた。
「ああ、構わない。採寸だけならそう時間もかからないだろう」
「二人には連絡とかするの?」
「そうだな。まずはそうしよう。要シキ、すまないが店の場所を調べてくれるか?」
「あ、はい」
呆気にとられる彼を見て、そんな顔もするのだと思って笑みが浮かびそうになる。まるで幼い少年に見えたのだ。通信端末を取り出し、プレラーティを呼び出す。カリオストロにしなかったのは、どちらが買い物へ意識を割くかを考えての選択。
『私なワケダ』
「プレラーティ、悪いが私達は少し寄って行く場所が出来た。だからそちらの方が先に拠点へ戻る事になると思う」
『……そうか。まぁ、それならば丁度いいワケダ。こちらはカリオストロが先程から店の品をとっかえひっかえしているワケダ』
「……カリオストロに言っておいてくれ。私達の目的を忘れるなと。それと、その支払いは自分ですると言う事もだ」
『ああ、しっかり伝えておくワケダ』
そこで会話は終わり、私は端末をしまいながら視線を彼らへ向けた。
「場所は分かったか?」
「それなんだけど、タクシーを使わせてもらえるかな? タクシーの運転手やその会社なら、そういう店を知ってるか調べてくれるから」
また資金が失われるが、まあいいだろう。黄金錬成で失われた局長のスーツなどもそれで賄われたのだ。なら、その局長のためにティキが着たいと言う物を得る事へ使われても文句は言えないはずだ。
こうして私達は彼が止めたタクシーに乗ってテイラーへと向かう事になった。
―――良かったな、ティキ。
―――うん、ありがと、サンジェルマン。
―――気にしなくてもいい。
私の右手は、ティキに繋がれたままで……。
ギシギシとベッドのスプリングが軋む音を立てる。それを搔き消すような声であーしは喘ぐ。体の中に硬くて熱い芯が出来たような感覚。それと同時にお腹の中から全身を溶かすような甘い快楽が与えられる。
もう、これを知ったら知る前には戻れない。正直シンフォギアとの事がなくなっても、あーしはこの行為を無くせないと思う。
「あんっ、乳首クリクリ好きぃ」
あーしのおっぱいへ赤ちゃんのように吸い付きながら、片手でもう一方の先っぽを刺激してくる。これされるとあーしの中で母性本能がキュンキュンしてるのが分かるのよね。
この体で出来るかどうか分からないけど、この人の、シキの子なら産んであげてもいいって思う。それぐらい、今のあーしは女にされてる。
「カリオストロ、チンポ入れたままでこっちへ背中向けて」
「んふっ、あいあいさ~」
シキの要求でこの後どうされるか分かっちゃう。バックでガンガン突き上げられて射精されちゃうって。想像するだけでオマンコが締まってシキのオチンポを感じ取る。ああっ、やっぱり硬くて熱いわぁ。
合体したまま体を半回転。そしてそのまま倒れ込もうとすると、その前にあーしへ差し出される物がある。
「これ、使って」
「ありがとっ」
枕を受け取りそれを下敷きにして頭を置いて寝そべる。するとシキが体を起こして体勢を変え始めた。んっ、オチンポが動いてあーしの中を掻きまわす。声は出さないけど、出して上げた方が喜ぶかしら?
そんな事を考えている内に準備出来たみたいで、あーしの耳元へシキの吐息が近付いてきた。ヤダ、これだけでオマンコ濡れちゃう。
「動くよ」
「……ん」
囁かれるような声が告げるのは、あーしのもっとも好きな時間の開始。荒々しくも優しく抱かれる、幸せな時。両腕を引っ張られるようにされながら、あーしはシキに抱かれる。
お腹の熱は増していく一方で、あーしに打ち込まれている芯は、激しくあーしの何かを壊していく。自分の気持ちに嘘はつかないと決めたけれど、今のあーしの気持ちだけは嘘をつかなきゃいけないかもしれない。
―――だって、本気で好きになっちゃったんだもの。
最初は冴えない感じのお父さんだった。それがティキへの対応やあーし達への対応で、意外と頼もしい面もあるのねって思い出した。で、完璧にあーしの心を掴んだのはやっぱりスープを飲んだ時かしら。
今まで味わった事のない美味しさ。気付けば、あーしはラピスの強化とか忘れて欲しがっていた。それだけでもおかしくなったのに、セックスしたらもうダメだった。
シキは女の扱いに慣れてるみたいで、どこか女になり切れてなかったあーしを見事に女と変えてしまった。子宮で飲んだスープは、どうやら強化だけでなく変化まで起こしたらしい。
よくよく考えると、あのプレラーティがあーし達に内緒で飲んでいたのだから、その意味は推して知るべしだったのよねぇ。
「カリオストロっ! そろそろ……っ!」
「え、遠慮しないで出してぇ! あーしの中、シキのでいっぱいにしてぇ!」
聞こえた声にあーしはありったけの想いを込めて返す。妊娠してもいい。むしろしたい。そんな気持ちであーしは女の声を出す。
すると、それが伝わったのか、シキがあーしを抱き寄せてキスしてきた。熱い舌を絡ませながら、あーしはお腹の奥へ出される熱を感じ取る。
ドクッ、ドクッと脈打つように出される生命のスープ。それを飲む度、あーしは本当の女へ近付いている気がする。それと同時に、もうこの温もりを失いたくないとも。
「……シキ、あーしの事、どう思ってる?」
気付けばそんな事を聞いていた。かつてのあーしなら、それは詐欺を成功させるための手段だっただろう。だけど、今は違う。本気で教えて欲しかった。
あるいは、言って欲しかったのかもしれない。あーしが、まだサンジェルマンの同志でいられるように、冷たい言葉や厳しい意見を。
「えっと……言ってもいいのかな? 許されるのなら、奥さんにしたいぐらいだよ。こうして中出しまでしてるしね」
でも、世の中はあーしが望めば望む程裏切る。こうやって、あーしの中の微かな期待をあっさり裏切り、あーしの未来を打ち砕いてくれるのだ。
「あらぁ、言ってくれるじゃない。そんな事言うと、あーし、本気にしちゃうわよん?」
だけど抗う。自分の気持ちを見ないようにして。おどけてかわして、なかった事に。けど、そんなあーしへシキは若干困り顔で頬を掻いた。それがどこか可愛らしく見えて、あーしの心が騒いだ。
「あー、うん。どうぞ? ただ、その場合はパヴァリアを抜けてもらうけど」
「…………そ」
ああ、本当に世の中は厄介ね。今のが、サンジェルマンを裏切ってとかなら踏み止まれた。だけど、パヴァリアときたら無理。あーしは別に組織に属してるつもりはない。あーしとプレラーティはサンジェルマンと共にいるだけだからだ。
局長は、少し厄介だけど敵に回す事に拒否感はない。だから、だからあーしはもう決めた。あの日、自分に誓った事を守るために、あーしはパヴァリアを抜ける事を。
ただ、それはまだだ。サンジェルマンやプレラーティの事もある。今は、サンジェルマンの目的を果たすために頑張りましょ。そして、全てが上手くいったら……
「ね、お願いがあるんだけど」
「もう一回?」
「そ。ダメ?」
「……プレラーティには内緒だからな?」
「あんっ、モチのロンよ。あーし、こう見えても口は堅いんだから」
その代わり、あなたには心が柔らかくなっちゃったみたいだけど。そんな言葉を飲み込んで、あーしは再び与えられる熱に溺れ始める。
向かい合って抱き締めてくれる、あったかくて優しい男に夢中となって……。
「すまないな、就寝前に」
時刻は午後十時を過ぎた辺り。俺はカリオストロとのセックスを終えて汗を流して、さあ寝るだけだと思ってベッドへ横になったところで、来訪者に気付いてドアを開けたのだが、それがサンジェルマンさんだったと言う訳だ。
彼女はまだ寝ないのか私服のままで、こっちとしては少し残念だったり。サンジェルマンさんの寝間着、見てみたかった。
「それはいいんですけど、何かありました?」
正直サンジェルマンさんが来る理由に心当たりがない。今日の外出の代金としての献血はもう終わっている。明日分にはさすがに早い。
「率直に言おう。私の理想を叶えるために協力して欲しい」
「はい?」
「私は人類を支配の軛から解放したい。そのために、神の力を錬成しようとこれまで長きに渡り活動してきた」
「神の力……?」
分からない単語が出てきた。まぁ、単純に考えると神様みたいな事が可能な力ってとこだろうか。そんな力を錬成、かぁ。キャロルなら何か知ってるかもしれないけど、残念ながら俺にはまったく想像もつかない。
「そちらにも分かるように言うのなら、月にある遺跡を作った神の管理者権限を手中に収める力だ」
「ああ、それで神の力」
思ったよりも現実的で具体的だった。てっきり神の力なんて言うから、望めば天候を自由に出来たりとか手から砂金を出したりとか出来るのかなって思ったんだけど。
「ただし、それには多くの贄が必要だ」
「贄……まさか」
「ああ。私はそちらが思う以上に大勢の犠牲を払ってきている」
俺を見つめて話すサンジェルマンさんは、とても真剣な面持ちのままだった。そこには悲しみも悔しさも申し訳なさもない。
「幻滅したか? それとも怒りを覚えたか? どちらでもいいし、どちらでもなくても構わない。どんな事を思われ言われても仕方ない事をしてきたという自覚はある」
「えっと……」
何と言えばいいのだろうか。正直言って俺からすれば返答に困る内容だ。犠牲になった人達には申し訳ないけど、俺にとっては関係ない人達だ。たしかに殺された事へ対してお悔みはするし、同情などもある。
だけど、それだけだ。これが、俺にとって大事な人だったらもっと感情も動くのかもしれないけど、残念ながら俺はそこまで聖人君子ではない。
「一つだけ聞かせてもらってもいいですか?」
「何だ?」
「その贄になった人達って、か弱い老人とか子供とかだったり?」
「それはない。私達へ敵対した者達や、私達を利用しようとした者達だ」
「なら、申し訳ないですけど自業自得です。俺がサンジェルマンさんへ怒りを感じたり憤りを覚えるとすれば、平和に、静かに暮らしている人達を犠牲にした時です」
はっきりと断言した。何も知らず、関わってもいなかったのに贄とされたのなら俺はきっと憤りを覚える。無関係な命を、無慈悲に奪う事は決して許しちゃいけない。
だけど、自分から危険へ、非日常へ足を踏み入れたらその限りじゃない。まぁ、そこへ騙されて引き込まれたとしたら同情の余地は残るけれども。
「……いいのか?」
「はい?」
「その、私は事情はあれ多くの命を」
「それで言えば、人間はみんな同じ罪を背負ってます。生きるために他の命を犠牲するしかないんですから。まぁ、たしかに生きるための犠牲じゃないかもしれませんけど、ここで大事なのはサンジェルマンさんが自分のしてきた事をどう捉えて思っているかです。後悔はしていないけど、出来る事ならしたくなかった。違います?」
俺の問いかけにサンジェルマンさんは何も言わなかった。首を動かす事も目を逸らす事さえしなかった。無反応。してはいけないという強い自制心を感じた。
逆に言えば、それこそが答えだ。サンジェルマンさんはこれまでの犠牲に心を痛めている。ならそれだけで十分だろう。
「今の話で分かりました。サンジェルマンさんは神の力でバラルの呪詛、でしたっけ。それを何とかしたいんですね?」
「正確には異なるが、そういう認識でも構わない」
「で、俺の生命のスープが贄の代わりになる?」
「ああ」
「それで協力、ですか。でも……」
いくら何でも血液では無理だと思う。一体何リットルの血が必要になる事やら。確実に俺が干からびるだろう。
「分かっている。その問題点を解消するにはプレラーティの作るカプセルの中身しか、現状は思い当らないのだ。ただ、それには君の協力が必要だと聞いている。故に頼みたい。神の力を顕現させるための手段は他にないわけではないが、出来る事ならあまり派手な動きをせずとも可能な道を模索したい」
そう告げるサンジェルマンさんはとても真剣な表情を浮かべていた。それだけ贄を必要とする事なのかと痛感する。おそらくだが千や万では足りないのだろう。
……そう考えると本気で気が重くなる。今までどれだけサンジェルマンさんは人の可能性を奪ってきたのだろうかと。しかも、それに心を痛めながら、だ。故に今の提案へ至ると。
ただ、そうなると一つ大きな問題がある。真実を話すか否かだ。もうカリオストロまで知っている事だけど、プレラーティさえもサンジェルマンさんへ教えない方向だし。
「あの、サンジェルマンさんはあの濃縮スープをどう思ってるんですか?」
「どう? そうだな……」
予想だにしない質問だったのか、若干呆気にとられながらもサンジェルマンさんは少し考え込み始めた。この問いかけには、ある意図がある。サンジェルマンさんはあれが血液から出来ていると思っているはず。
それでも美味しいと言われたら、大人しく真実を話さそう。そうでなければ誤魔化そう。そんな風に思いながら俺はサンジェルマンさんの答えを待った。
「……不思議な味をしていて、血液と思えない程、優しい印象を受けている。そんなところだろうか」
「そう、ですか」
うん、これは正直に言うべきだ。何せ話しているサンジェルマンさんはどこかうっとりしてるように思える。これ、味を思い出してるとかならヤバい。
「あの、実はそれに関して聞いて欲しい事が……」
「と言う訳で、あれは俺の精液なんです。嘘と思うかもしれませんが、事実なんです」
私は彼の言葉を聞いて何と言えばいいのか言葉に困っていた。何も彼の話を信じていない訳ではない。ただ、そうだとすれば納得出来ない事がある。それをどう問いかければいいのかが浮かばなかった。
「そうか。その、それが事実か否かはまず置いておく。私には、一つだけ納得出来ない事があるからだ」
「納得ですか?」
「そうだ。お前の娘、夢子と言ったか。その子はどう説明する。今の話では、お前の精子は吸収されるのだろう? それが受精し着床する確率は極めて」
「ああ、その事ですか」
私の疑問へ彼は忘れていたとばかりに苦笑した。どうやら納得出来るだけの答えを持っているらしい。
「実は、あの子は体外受精で生まれた子なんです」
「……その手があったか」
あまり関係ない分野の話だったが、それぐらいは私も知っている。女性の体内で受精させるのではなく、卵子を取り出して精子と受精させるやり方で、不妊対策の一つだったか。
それならばスープとして吸収される事もなく受精させられるのも納得出来る。ただ、そこまでして子が欲しかったのかと思うと複雑な気持ちになったが。
それほどまでに欲しがった子と、私は彼を引き離した。唯一の救いはまだ乳飲み子だと言う事だろう。もしこれがあの頃の私ぐらいであったら……。
「ええ、だから夢子しか現状子供はいません。これで納得してもらえました?」
「そうだな。では、お前の精液がスープであるとして、何故それを最初に言わなかった?」
「あの、言ったらどうなりました? 俺、嫁さんも子供もいるのに、形はどうあれ他所の女へ欲情しろと強制されるんですけど」
苦い顔で告げられた言葉に私は返す言葉がなかった。たしかにそうだ。精液がスープと証明する事は簡単だが、ならばとそれを私達へ与えろとはそういう意味だ。
ま、まぁ、既に口に含んで飲んでしまっている私は、似たような事をさせているのかもしれないが。
「だけど、もう今更かもしれません」
「何?」
おそらく苦い顔をした私に、彼はそうどこか諦めるような声で呟いた。一体何がと、そう思った私へ彼はこう告げたのだ。
―――プレラーティとカリオストロは、これを知って俺と交わってます。それが、一番スープの効果を上げると知って。
衝撃だった。二人は元々男性で、私と出会った後で錬金術により完全体に、女性になったのだ。そんな二人が目の前の男と交わっている。それも驚きなら、話している彼の表情も驚きだった。
どこか決意を秘めた表情で語る彼は、とてもではないが不倫しているとは思えない。まるで、二人との行為を妻達から責められる事を分かった上で、それでもやらねばならないと言う強い想いからやっているように見える。
「妻への不貞を悔いているのか?」
「むしろ、そこじゃなくてその不貞をどこかで喜んでる自分へ、ですかね? 立派な事を思っても言っても、結局俺は男で雄になってしまうんだって」
淡々と語る彼に、私は何とも言えなくなる。父として立派に見えた彼を、今のような状況へ追いやったのは誰だ。何が彼をこうさせている。
それは、全て私に他ならない。私が理想を追い求める過程で彼は巻き込まれたのだから。
「だから、もし俺の精液で死ぬ人がいなくなるなら望むところです。そして、それでみんなが戦わなくて済むのならもっとですよ」
「……自分はどうなってもいいと?」
「最後に生かして帰してもらえるなら、ですけどね。血液で実験した時よりも確実に効果は上と言い切れますよ。いつかのプレラーティ無双、それが原因です」
言われて納得してしまった。あの驚異的な強さは、彼の本当の生命のスープを摂取したからとは。こうなると、実際確かめてみたい。
ここまで彼が言うのだ。間違いなく真実なのだろう。であれば、血液で贄の代わりとなる事が実証されている以上、本当のスープである精液ならばどれ程か。
久方ぶりに錬金術師としての興味が湧いてくる。プレラーティが一人で調べた理由が分かるな、これは。
「要シキ、どうすればいい。私もその本当の生命のスープを調べてみたいのだが」
「方法はいくつかあります。手で出させる、口で出させる、マンコいえ性器で出させる。どれがいいですか?」
何というか、今の彼からは事務的な印象を受ける。おそらくだが、そうでもしないと割り切れないのだろう。愛する妻や子がいるのだ。しかし、その下に帰るためには不貞を働かなければならない。
その事で、彼は自分を抑えているのだ。男としての面を、父や夫としての面で必死になって。
「……君が自分でというのは」
「それだと想いが確実にぶれます。ええ、断言してもいいです。下手すりゃ勃起さえしませんよ」
どこまでも淡々としている彼に、私は成人して初めて狼狽えた。言わせている内容もだが、何よりそれをあの父として強くあろうとしていた要シキにさせている事が申し訳なく思えて。
「そ、そうか。その、ええっと……」
「あー、手が汚れるだろうし、研究したいのならゴムが、避妊具があった方がいいですね。なので今夜はとりあえずお互い休んで、また後日でいいですか? 避妊具はカリオストロに頼んでおきますから」
初めて見る私の状態に、彼は微笑ましいものを見るような目を向け、そうやって気遣うような言葉をかけてくれた。だが、久しぶりに混乱した私は……
―――い、いや、私の頼みで必要ならば私が用意する。
そう答えてしまった。そして、会話もそこそこに就寝すると言って私は部屋を出た。そのまま自分の割り当ての部屋へ戻り、自分の言った事を思い出して頭を抱えた。
私は、彼の優しさを突き放してしまった。避妊具を購入する事に関しては何も思う事はないが、それだけが私には引っかかった。
「……とにかく、今の内に買いに行くか。明日は作戦を決行するのだし」
こうしてサンジェルマンは夜の街へと出かけるも、薬局やドラッグストアなどはもう閉店しており、どうすればいいか分からなくなった彼女は、致し方なくカリオストロへ連絡、そこからシキへと代わってもらい夜遅い時間でも避妊具が手に入る場所を尋ねる事となるのだった……。
明けて翌日の朝、響達は本部からの呼び出しを受ける事となる。
「揃ったか。これを見てくれ」
「これは……」
モニタに表示されたのは巨大カルマ・ノイズ。それも、海上から首都圏を目指している事が朔也から報告される。このままでは大勢の被害者が出ると判断し、弦十郎は海上での撃破を決断。
そのために残りわずかなドリンクを使ってのセミエクスドライブへ賭けた。
その役目を担った響は、ドリンクを一番効率良く吸収するだろう方法で使用、了子の手伝いを得て見事セミエクスドライブを成功させた……のだが。
「っ!? アルカ・ノイズが分裂しました!」
「何だとっ!?」
「三体に分裂し、それぞれが別々に行動開始。目標は……それぞれ予測ですが国会議事堂、東京ドーム、そして……」
「どこデスか?」
「っ……リディアンです!」
間違いなくその瞬間残っていた未来達の気持ちは一つであった。全員が弦十郎の顔を見てその指示を待っている。彼もその凛々しい表情に頷いた。
「響君へはリディアンへ向かえと伝えろ。未来君は先行し響君と挟撃の形を取ってアルカ・ノイズを迎撃。クリス君とセレナ君は用意するヘリで議事堂方面へ、切歌君と調君はドーム方面を頼む」
「「「「「了解(デス)っ!」」」」」
弾かれるように動き出す五人を見送り、弦十郎は視線をキャロルへ動かした。彼女は一言も発しないまま、黙ってモニタを見つめていたのだ。
「キャロル君、あのアルカ・ノイズをどう見る?」
「……再生能力を有しているが、あれはバルベルデで確認されたのとは異なるものだろう。分裂した事から見てもそうだ。そして、その進路も意味合いは分からんでもない。エル」
「国会は政治の象徴です。ドームは、多分ですが娯楽の象徴でしょう。そしてリディアンは」
「装者達への誘いと必ず死にもの狂いで止めに来る場所、か。さしずめ日常の象徴と言ったところか」
相手の狙いは装者の分断と理解しているも、そうしなければならないのが現状。弦十郎はそう思って拳を握る。
(キャロル君の力を使えば今回の敵の狙いは崩壊させられる。だが、それでは今後何らかの対策をされないとも限らない。キャロル君は心配ないと言ったが、人のやった事は人が超えていくものだ。そこに絶対はない)
完全に無効化される事はないが、多少の軽減はされるかもしれない。それが弦十郎が未だにアルカ・ノイズをキャロルに無力化させない理由であった。
しかも、長野での一件でアダムがキャロル以上の力を持つ事が分かったのもそれに拍車をかけた。故に慎重となっていたのだ。
「妙ですね」
そんな時、モニタを見つめていたナスターシャがぼそりと呟く。誰もがその声に顔を動かすと、彼女はモニタを見つめたままで話し始めた。
「普通であれば、こういう際の動きは三方を離していくものですが、それにしてもバラバラすぎます。それに、狙いが分断であるのならリディアンはともかく、残りの二つはあの子達には関わりが低すぎます。私ならば、一つは私達の住む家へ差し向け、もう一つはシキさんの借りている部屋にするでしょう」
「……一見すると分かりにくいですが、私達にはこの上ない誘いですわね」
「人類を支配の軛から解放すると彼女達は言いましたし、それもあるのでは?」
あおいの言葉にナスターシャは思い出したかのように頷いて、それでもこう呟いて締め括った。
―――だとするのなら、何故最初からそういう場所へアルカ・ノイズを出現させないのでしょうか?
一方、響はリディアンへ向かう分裂体を追い駆けていた。その背には、もう翼はない。
「まさか途中でギアが戻っちゃうなんて……」
セミエクスドライブは、巨大アルカ・ノイズを分裂させて少し経ったところで失せてしまったのだ。おかげで響は危うく海面へ激突しそうになったものの、そこを何とかギアの力で回避し、今彼女が走っている橋まで辿り着いたのだから。
「でも、絶対学院へは行かせないっ!」
目指す先で未来が待っている。自分達の大事な学び舎を、思い出を、決して壊させはしない。その気持ちで響は走った。
と、何かを察知して彼女はその場から跳んだ。すると、先程までいた場所を水柱が襲う。空中で響が視線を動かしてその主を探して、思わず目を見開いた。
「何でっ!?」
「さすがに気付かれたかぁ。ザ~ンネン」
「それにしても、まさかあんな姿もあるとは思わなかったワケダ」
「だが、それはどうやら時限式。今なら勝てる」
「三人勢揃いしてるっ!?」
響が見たのはラピス・フィロソフィカスを身に纏ったサンジェルマン達。これに本部の弦十郎も驚きを隠せなかった。
「まさかっ!? 分断作戦とは思っていたが、狙いは戦力の一点集中による各個撃破かっ!」
「してやられたわね。未来ちゃんは先んじてリディアンへ移動中だし、他の子達も呼び戻すのは厳しい。何よりアルカ・ノイズ自体は侵攻中」
「グランマの疑問の答えが出ましたね。響さん達へ関わりが深い場所は、その気になったら見捨てるか逃げる事が出来る場所です。でも……」
「政治の中枢や娯楽施設ではそれも出来ない。ましてや、周辺にも大勢の人間がいる」
エルとキャロルの分析に誰もが納得し言葉が出ない。
最初からどこかへアルカ・ノイズを出現させては分断が出来ない。しかも陸地だと一斉攻撃の危険性が高くなる。
それが海上となれば全員でといかないと踏んだサンジェルマン達は、そこから陸地へアルカ・ノイズを誘導させる事でより分散をし易くしたのだ。
そして、一番に狙われたのは装者達の中心となり易い響であった。
「さすがに響ちゃんでも三人相手は……」
「司令、このままでは」
「分かっている。だが、打てる手が……っ! よし、ならば」
「弦十郎ちゃんが出撃はダメよ? たしかにそれなら勝ち目は十二分にあるけど、指揮系統はどうするの? それに、不測の事態が起きた場合は誰が決断するのよ?」
「あー」
気合を入れて拳を握る弦十郎へ了子がストップをかける。更に夢子までもそれに同調するように声を出した。少しだけ場の緊張感が弱まり、誰もが苦笑を浮かべる。
「まさか夢子君にまで窘められるとはな。だがしかし、ならば他の手を」
「司令、俺に考えがある。ひいては、そのためにある物の使用を許可してもらいたい」
「キャロル君に考え、か。……分かった、聞こう」
キャロルが弦十郎へある提案をしている頃、響は今まで以上に強くなった三人を相手に苦戦を強いられていた。
シキとのセックスで完全覚醒したプレラーティとカリオストロに加え、本当の生命のスープを、しかも自分への想いが溶けたそれを口にしたサンジェルマンは、これまでの比ではなく強さを増していたのだ。
「ほらほら、どーしたの?」
「動きに精彩がないワケダ」
「一人ではこんなものか、シンフォギア」
畳みかけるように響へと迫る錬金術の数々。それらを何とか捌き、凌ぎ、防いで響は勝機を窺う。だが、そんなものが見えるはずもなく、じりじりと追い詰められるしかなかった。
「はぁ、はぁ……っはぁ、はぁ……」
(どうしよう……。全然歯が立たないや……。やっぱり、サンジェルマンさん達を相手に一人じゃ無理かな……?)
そもそも一人で装者を複数相手に出来る強さを持つサンジェルマン達である。それがスープを得た上に一人の装者へ襲い掛かれば結果は見るまでもなく一つしかない。それでも何とか耐えていられる響こそがこの場合は凄まじいのであるが、それも限界が見えてきていた。
(だとしても……っ!)
自分の中の弱気へ響はそう言い返して拳を握る。何があっても諦めないと最初に誓ったのは彼女だ。だからこそ、どれ程の絶望を突きつけられてもそれに屈するを良しとしなかった。
既に体は疲れ果てて、息は上がり足も震えが始まっている。それでも、それでも響は構えた。生きるの諦めるな。もう遠い日となったあの日、奏から言われた言葉が、今も響の胸に残っているから。
「一点突破の決意の右手ぇぇぇぇぇっ!」
胸の歌が響を突き動かす。歌を口ずさみ続ける限り、響の体に限界はない。その事を歌うようなそれは”限界突破G‐beat”。本来であればキャロルと事を構える前に歌うはずの、響の胸の歌である。
それがここにきて歌われた理由。それは、やはりシキとの出会いから始まる些細な、そして大きな違いがもたらした彼女の精神的な状況の差。
フロンティア事変中盤、彼女はその体を蝕むガングニールと向き合い、死を迎えつつある中で未来と衝突するはずだった。それをシキとの交わりで回避、しかも未来と衝突するのではなく受け止め和解して終わらせたのだ。
そこから付随して、キャロルとも最後まで拳を握りしめ続ける事なく手を取り合い、更に仲間達とも家族になれる道を見せられた。
もっと言うのなら、そもそもライブ会場での一件で起きるはずの不幸さえも間接的にシキの影響で回避している。要は、この響は本来辿る苦労や不幸を避け、代わりに幸せを得ていたのだ。
故に胸の歌も本来と異なる形や時期に湧き起こる。逆に言えば、今、響は初めて実戦で苦戦という状況へ追い込まれたのだ。己が限界を超えなければいけないという、そんな状況へと。
「追い詰められてからの奮起。これまで通りだな、シンフォギア。だがっ!」
「っ!?」
叩き込まれた響の一撃は、これまでと違いサンジェルマンの守りを揺るがすどころか震わせる事さえ出来ない。その事実に響の闘志が消えかかる。だが、それもすぐに元通りを通り越して更に燃え盛った。
「勇めっ!」
「何?」
退くのではなく更に一歩前へ。響はその想いのまま、拳と共に足を踏み出す。しかし、そんな彼女の相手はサンジェルマンだけではない。
「そこまでよっ!」
「っ!? 届けぇっ!」
直上から強襲するカリオストロに響は咄嗟に地面を蹴り上げる。その一撃によって足元のアスファルトが砕け、石つぶてとなってカリオストロへと向かっていく。
「うっそぉ……」
それらを危なげなくかわすカリオストロだったが、その間に響はその場を離れて距離を取っていた。そんな彼女の背後に気配が生まれたのはその次の瞬間だった。
「安心するには早いワケダ」
「っ?! うわぁぁぁぁぁっ!」
プレラーティの一撃をまともに喰らい、響は大きく吹き飛ばされる。何とか耐えて地面へと足を着けるも、そのダメージは重く、響の体を痛めつけていた。
「ま、まだだ……まだ、私という音は途絶えちゃいない……っ!」
今にも崩れ落ちそうな足を気持ちで支え、消えそうな闘志の火を誓いで燃やし、響はその場で構え直す。その痛ましい姿にモニタで見ている弦十郎達も言葉がなかった。
「……そこまでして私達へ立ち向かうか。それは、要シキのためか?」
いつ倒れてもおかしくない状態で抗戦の意思を見せる響へ、サンジェルマンはそう問いかけた。その言葉に、響は少しだけ驚きを見せてから小さく笑みを浮かべる。
「それだけじゃありません。私、キャロルちゃんと約束したんです。必ずシキさんを連れ戻すからって」
「……だからか。その約束を果たすために、己が命を失う事になってもいいと?」
「そっちも大丈夫です。私、生きるのを、諦めませんから」
力強くはない声量だったが、その声には確固たる信念と決意が宿っていた。今の響を止める事が出来る手段はただ一つと、そうサンジェルマンが思う程に。
「……分かった。ならば、諦めをつけさせてやろう」
「いいのか?」
「シキのご機嫌損ねちゃうわよ?」
「っ……致し方あるまい。意識を刈り取ろうにも、あれだけの気概と在り様だ。下手をすればこちらが刈り取られないとも限らない」
犠牲とする事を決めたサンジェルマンの声に、プレラーティとカリオストロも何も言わず一瞬だけ目を閉じて構え直す。シキと関係を持ち女となったとはいえ、二人はサンジェルマンの同志だ。どちらを優先させるかと言えば当然サンジェルマンへ軍配が上がる。
「さらばだ、シンフォギア」
三人による同時攻撃がロクに動けない響へと襲い掛かる。それでも響は目を逸らさず、最期まで生きる事を諦めないとばかりに目を開き続けた。
直撃する錬金術。上がる砂煙と轟音に爆炎。あの状態ではギアがあっても無事とはいかない。それを知りながら、三人は攻撃の手を緩めるつもりはなかったのだ。
「……これで一人。残るは五人か」
「中心となるあの子を潰せたのは大きいわね」
「ああ、これで装者達の協力攻撃はほとんど封じたワケダ」
どこか影を表情に作りながら、三人は響がいた場所を見つめて会話する。思い出していたのだ。あの長野での一件で奏達が言っていた言葉を。
(殺し合いをしてしまったな。いや、この場合はこちらのみが殺そうとした、か)
(な~んか気分が切り換えられないわね。今までだったら、こうはならなかったのに……)
(目的のためには仕方ないワケダ。だが、このザラッとした感覚はなんだ……)
微かにだが感傷に浸るサンジェルマン達だったが、それもすぐに消すとリディアンのある方面へと向き直る。
「次はおそらく神獣鏡のギア」
「これまでの戦い方を見る限り素人に一番近いワケダ」
「あのガングニールちゃんがいなくなった今、もっとも倒しやすいって事ね」
「そういう事だ。だから」
今度は時間をかけずに倒しておく。そう言おうとしたサンジェルマンは、咄嗟に後ろへ振り向いて手をかざした。展開した防御壁へ炸裂するは、金色の光の数々。そしてゆっくりと晴れていく砂埃から三人の視界に現れるは、四色の衣装に身を包んだ者達。
「お前達は……」
「地味に防がれた」
「や~っぱそう簡単にはやられてはくれないみたいね」
「ですが、間一髪間に合いました」
「そうだナ。響は守れたゾ」
「キャロルのところの……」
「オートスコアラー……」
ボロボロの響を抱き抱えるファラを守るように、レイアとガリィが両脇を固め、ミカが先頭を陣取っていた。
「み、みんな……どうして……?」
「マスターが、司令から残るドリンク全ての使用許可を取りました」
「それをミカ達で分け合ってここへ転移してきたんだゾ」
「派手な味と派手な使い方。地味な仕事ばかりだったから、丁度いいわ」
「そういう事。あんたは少し休んでなさい。後はガリィちゃん達と……」
丁度その時、レイア達とサンジェルマン達の間へ何者かが現れる。その背中を見て、響は目を見開いて驚き、そして嬉しそうに笑みを零した。
「俺に任せろ」
「……ありがとう、キャロルちゃん」
錬金術師としての格好で現れたキャロルにサンジェルマン達は驚きを見せる。その表情は小さくない怒りで染められていたからだ。その感情のまま、キャロルは目の前の三人へ向かって吼えた。
「俺の家族を傷付け、父さんをさらい、母さんや妹達を泣かせた事、ここで全て償ってもらうぞ! パヴァリア光明結社っ!」
絶体絶命の響を助けに現れるはガリィ達四人のオートスコアラー。そして、キャロルだった。
響の目の前で始まる、錬金術と錬金術の戦い。
そんな中、キャロルが下した決断とは……。
「ファウストローブがお前達だけの物と思うなっ!」
次回、淫姫絶頂したいフォギア『ARCANA No.00』
お楽しみにっ!
という唐突な次回予告でした。今後もやるかは不明。