「ん~……いい朝デス」
境内で大きく伸びをし、切歌は笑みを見せた。調神社で一泊した彼女達は、せめてものお礼にと神社の掃除などを自主的に手伝っていたのである。
「それはいいけど、切ちゃん、手が止まってる」
「おっと、いけないいけないデス」
そんな彼女を巫女服の調が軽く注意しながら箒を動かしていた。今、二人は巫女として境内にいたのだ。
神主から平時はそこまで多くの人が訪れる訳ではないと聞き、ならばとシキ経由で巫女の格好へ興味を持っていた二人が衣装を借りたという訳である。
「でも、本当にここへ来るのかな?」
「分からないデスけど、可能性は高いはずデス。神出ずる門の完成には、ここは絶対はずせない場所デスから」
「そうだね」
今日は日曜日。明日から響達は学院へ通う日々が再開となる。そのため、こうして滞在していられるのは今日までとなっていた。勿論セレナやマリアは残るが、装者が多く揃っていられる内に何とか事態を収拾したいというのが響達共通の見解だ。
だが、弦十郎達はむしろそうなってからを狙っていると考えていた。故にどうすればいいかと頭を悩ませている。
「とりあえず、境内のお掃除終わらせて、社務所のお掃除をしてるクリス先輩の応援に行こう」
「デスね。まぁ、この感じだと先にクリス先輩が終わりそうデスが……」
言われて調は境内を軽く見渡して、深く頷いた。
「かな?」
「デスよ」
「調ちゃ~んっ! 切歌ちゃ~んっ!」
そこへ聞こえてくる響の声。二人が振り向けば、同じように巫女服姿の響が箒片手に駆けてきた。
「「響さん?」」
「っと、私も手伝うよ。後片付け手伝ってたんだけど、セレナさんがもう一人で十分だからって」
「マリアはどうしたんですか?」
「マリアさんは本部へ連絡中。で、それが終わったらセレナさんと一緒に泊まった離れとかの掃除するんだって」
その頃、マリアは本部の弦十郎から一つの朗報と悲報を受けていた。
「奏と翼が一時帰国?」
『そうだ。ヨーロッパツアーが今日で終わり、次はアラブ圏内だが……』
「成程、私が遭遇した事件の影響ね」
『ああ、君の使うはずだった場所をツヴァイウイングも使用する予定だったからな。なので、代わりの会場を急いで探しているが、それには時間がかかるようでな』
「だから、一時帰国出来そう、ね。それで、いつ頃になりそうなのかしら?」
『……早くても二日はかかる』
「二日? それじゃあ最悪間に合わないかもしれないじゃない」
既に地上のオリオン座へパヴァリアが目をつけていると思っているマリアとしては、ここ二日ぐらいが勝負と考えていた。響達がいる今日かいなくなる明日。そのどちらかで動きが必ずあると踏んでいたのである。
『君の懸念は分かる。俺としても今日か明日が天王山だと読んでいる。だが、こればかりはどうしようもない。ツヴァイウイングは今夜ロンドンでのライブなんだ』
「……分かってる。ええ、分かってるわ。今、一番辛いのはあの二人の方だもの」
マリアも一度日本を離れたからこそ分かるのだ。シキを欠き、スープを奪われ、それでも戦わなければならない強敵。その戦いから一時的とは言え身を引く辛さ。そして、後を託すのが揃って年下の者達という事も苦い想いをするに十分と。
『だろうな。その二人からこんな伝言を受けている』
「伝言?」
『……必ず間に合わせてみせるが、響達ならその前に終わらせても不思議じゃないと思っている、と』
「……絶対にみんなに伝えるわ。それと、キャロル達へも教えてあげてくれる? きっと励みになるわ」
『ああ、伝えよう。では、また何かあれば連絡を頼む』
「了解」
通信を終え、マリアはふと空を見上げた。広がる空は、雲も少なく晴れ渡っている。そんな空なのに、どこかマリアは沈んだ表情を浮かべた。
「私もまたこの国を離れる時が来る。出来れば、その前にケリをつけたいものね」
ツヴァイウイングの帰国までに事態を終わらせたい。そう思ってマリアはその場を離れる。一番の年長としての責任感と使命感を胸に。
そうしてマリアがセレナと合流しようとしていた頃、サンジェルマン達も動き出そうとしていた。それも、これまでにない状態で。
「俺も……一緒に?」
戸惑いながら自分を指さすシキ。そんな彼にサンジェルマンは小さく頷く。
「そうだ。シキにも来て欲しい。装者達がいる場所に行く以上、交戦の可能性が高い。だが、我々としてはそれを避けたいと思う。キャロルは私達の目的などどうでもいいと言った。ただ父を返してくれればそれでいいと。おそらく、あれは装者達の本音でもある。なら、シキが同行していれば交戦の可能性は低くなるだろう」
「でも……」
「心配しなくても大丈夫よん。儀式の方も向こうへ納得させられる材料はあるから」
「ああ。神の力を錬成したとしても、おそらくだが向こうには何とか出来る手段があるワケダ」
サンジェルマンの目的を知っているシキが見せた不安の色。それに安心させるような言葉を返すカリオストロとプレラーティ。
そう、もう彼女達も薄々気付いていた。アダムが秘匿しようとしていた情報やバルベルデでの出来事。そして、神の力を打ち破ったギアの名称とその逸話からガングニールこそが神の力の天敵と成り得るのだろうと。
「シキ、またお出かけするの? ティキも一緒じゃダメ?」
そんな話し合いを眺め、ティキが窺うような声をかけた。それに彼はサンジェルマン達を見る。
「……シキの言う事をちゃんと聞いてくれるのなら構わない」
「ホント? じゃ、ティキも行くわ。一人で部屋にいたって楽しくないもの」
「決まりね。じゃ、シキ、ティキの事よろしく」
「ああ。ティキ、手を離さないでよ?」
「うん!」
「では、出発するワケダ」
シキとティキを連れサンジェルマン達も調神社へと向かって動き出した。二度目の外出にウキウキとするティキとは対照的に、どこか不安を隠せないまま歩くシキ。
このまま平和的に終われるようにと、そう願いながら彼は歩く。いや、それを実現するために自分が呼ばれたのだと思い直し、彼はティキと繋いだ手を少しだけ強く握る。
「シキ?」
「ん? ああ、ごめんな。ちょっとだけ気合入れてた」
「気合? 何で?」
「……久しぶりに、みんなと会うからね。きっと怒られるんだろうなってさ」
「そうなの?」
「うん、そうなんだ」
「じゃあ、どうするの?」
シキがどうして自分達と一緒にいるのかを正しく知らないティキ。故に、彼女へシキはこれまでの事からこう告げたのだ。
―――ちゃんと頭を下げてごめんなさいを言う事にするよ。そうすれば、大抵の事は許してもらえるんだ。
―――そうなんだ。じゃ、もしそれでもダメな時はティキも一緒に謝ってあげる。
優しく微笑むティキへシキは笑顔を返す。その繋がれた手は、しっかりと握られている。それは、まさしくこれまでの時間が作り上げた絆そのもの。ティキと向き合い続け、根気よく接し続けたシキへの、紛れもない親愛の印なのだから……。
それは、突然訪れた。境内の掃除を終え響達が手水舎で一息ついていると、一台の大型タクシーが神社の前に止まったのだ。参拝客だろうかと思って三人が見ていると、後部座席から降りてきたのはプレラーティにカリオストロ、そしてサンジェルマン。
あまりの事に驚きを隠せない三人へ、更なる驚きが待っていた。彼女達が降りると、ティキに続いてシキが姿を見せたのである。
「「「シキさんっ!?」」」
「やぁ、久しぶり。元気そうで良かった」
聞こえてきた大きな声にシキは噛み締めるような笑みを返した。すぐに切歌がマリア達を呼びに行き、調は本部へと連絡を入れる中、響は瞳を潤ませながらシキを見つめていた。
「シキさん、無事だったんですね?」
「うん。まぁ、結構大事にしてもらってたよ」
「……みたいですね。それと、エッチな事も」
「ああ、それなんだけど、それについてはちゃんと話がしたい。でも、その前に一言だけ言わせてくれる?」
「何ですか? 言い訳なら」
シキの言葉へ若干冗談めかして響が口を開いた時だった。そんな彼女へシキは万感の思いを込めるようにこう言ったのだ。
「ごめんな、こんな事になって。響達には、辛い想いや苦しい事させてさ」
「っ……いいんです。だって、キャロルちゃんの時もそうでしたから。シキさんのする事は、結果的にみんなで笑顔になれるための方法だって、私は信じてました」
「……ありがとう、響」
それが響の限界だった。彼女は涙を瞳いっぱいに浮かべたまま、シキへと駆け寄り抱き着いたのである。そんな彼女をシキはしっかり受け止め、優しく抱き締めた。その様子を眺め、ティキはサンジェルマンへ視線を向けた。
「ね、何であの子泣いてるの?」
「……久しぶりの再会だから、ではないか?」
「そっか。きっとあの子もシキの事が大好きなのね」
「あら、どうしてそう思うの?」
「だって、ティキもアダムと長い間会えなかったら同じような行動してるもの」
「……これ以上ない説得力なワケダ」
ティキの発言にプレラーティがそう締め括ったところで、響はシキの胸から顔をゆっくりと離した。
「あの、それでその子は?」
「ああ、ティキって言ってね、スコアなんだよ、この子」
「よろしくね!」
「え、うん、よろしく」
初対面でありながら友好的なティキに、響は内心で戸惑いながらも言葉を返す。すると、それを見計らったように調が通信端末を手にシキ達へ近付いた。
「シキさん、司令からです」
「分かった。ありがとう調。それと、ごめんな」
「はい、でもそれはみんなが揃った時にもう一度聞かせてください」
「ああ、絶対だ」
優しく微笑む調へシキも笑みを返して頷き、彼は端末へ意識を向けた。
「お待たせしました、シキです」
『要君か! 無事なようで安心した。色々と聞きたい事や話したい事はあるが、まず君の声を彼女達に聞かせてやって欲しい』
その弦十郎の声の後、聞こえてきたのはシキの愛する義娘達の声だった。
『父さんっ!』
「キャロル、エルも元気そうで良かった。ごめんな、また家を離れてさ。その代わり、帰ったら沢山お詫びするから。だから、許してくれると助かる」
『詫びをするのは当然だ! まぁ、家を離れた事に関しては目をつぶってやる。夢子のためでもあったからな』
『父さん、早く帰ってきてください。僕らも、夢子や母さんも寂しいんです。ううん、みんなが父さんの帰りを待ってます』
「うん、分かってる。ありがとう、キャロル、エル」
父親の表情で笑みを見せるシキを、誰もが見つめて胸を温めていた。事情こそあれ、サンジェルマン達も望んで親子を引き離そうと思っていた訳ではない。
特に肌を重ね、彼に心底惚れてしまった今では、父親として振舞う彼の姿は女となった三人には心を締め付けながらもときめかせるものであった。
『あら、大事な奥さんへは何もないの?』
「……了子」
聞こえてきた声にシキの心が震えた。その声は、涙ぐんでいたのだ。
「ごめん、了子。俺、その」
『いいの。今は、いいのよ。こうして無事な声を聞かせてくれるだけで、私も、この子も満足だわ』
『おーあっ! おーあっ!』
その瞬間、シキの瞳から涙がボロボロと零れ出した。夢子の涙声での呼びかけ。それにあのさらわれた日の記憶が鮮明に蘇ってきたのである。
「夢子っ! ごめんなっ! 怖い思いさせて、辛い思いさせて、寂しい思いさせて、本当にごめんなっ! もうすぐ、もうすぐ帰るからっ! 夢子の傍に帰って、ただいまって言うからなっ!」
『ぐすっ! おーあぁ……』
泣き崩れるように端末を手にしたまま地面へ膝をつくシキ。そんな彼を見てサンジェルマンも泣いていた。夢子の気持ちとシキの気持ち。両方へ感情移入してしまったのである。
父の声を久しぶりに聞いて喜び涙する幼子と、愛娘の声を聞いて涙する父。その姿に響と調ももらい泣きをし、カリオストロなど号泣すると思ったのか顔を背けて空を見上げ、プレラーティでさえそちらを見ないで境内の様子を眺めていた。
一人ティキだけがシキの傍へ近寄り、その頭を優しく撫でる。
「ティキ……?」
「シキ、良かったわね。みんなごめんなさいって言ったら許してくれて。今度は、早くお家に帰って、ただいまって言ってあげないといけないわ。その時は、ティキがついて行ってあげる。今のシキ、とてもじゃないけど一人じゃ不安だもの」
「……そう、だね。そうしてくれると嬉しいよ」
涙を拭い、シキはそう返して笑みを見せる。その笑顔にティキも笑顔で頷いて、やっと場の空気が変わり始めた。
「あっ、あそこデスっ!」
「「シキっ!」」
「シキさんっ!」
それを見計らったかのように切歌達が現れ、シキは赤い目のままで立ち上がると彼女達へ向き直る。
「久しぶり、マリア、セレナ、クリス、切歌。それとごめん。また色々苦労かけたみたいでさ」
「色々遅いっ! でも、いい顔してるから許してあげる」
「はい、私も許してあげます」
「デスデス。でも、それはまたちゃんとみんな揃った時にもう一度お願いするデスよ」
「だな。ま、とにかく無事で良かった」
涙を少しだけ流し、微笑むマリアとセレナ。潤んだ瞳のまま、笑顔を見せる切歌とクリス。そんな四人へシキも優しい笑みを返して、雰囲気は穏やかなものへと変わる。
それでも、シキは手にした端末を持ち上げると、周囲や聞いているだろう弦十郎達へこう告げたのだ。
「聞いて欲しい事があります。サンジェルマン達は、神の力の錬成儀式さえ出来れば戦闘をするつもりはないそうです。そして、そのための贄は俺の能力で何とか出来ました。だから、儀式をさせてやってはくれませんか?」
『……要君、それは』
「万が一、強大な神の力がこの世に害を為すとなれば破壊してくれていい。そうサンジェルマン達も考えています。その時は、彼女達も力を貸すとも」
『本当か?』
弦十郎の問いかけにシキは端末をサンジェルマンへ差し出した。自分の口から言えと、そういう意味だと捉えて彼女は頷いて端末を手に取る。
「本当だ。私達の目的は神の力の悪用ではなく、ましてやそれで世界を牛耳ろうと目論むものではない。あくまでも、支配の軛からの解放だけが唯一にして絶対の願い」
『……それを信じろと?』
「無理を承知で言っているが、要シキがいなければそもそもこんな提案は有り得ない。それを、そちらも分かって欲しい」
暗に、シキがいなければどれだけの犠牲を払おうと儀式を決行していると告げ、サンジェルマンは返答を待った。
『一つだけ聞かせろ』
「「「っ?!」」」
聞こえてきた声にサンジェルマンだけでなくカリオストロやプレラーティまでも驚愕する。それはフィーネの声だったのだ。
『お前達はあのお方に成り代わろうとしていると分かっているのか? 目的はどうであれ、恐れ多くも創造主と近しい力を』
「そうだ。私がやろうとしているのは神への冒涜にも等しいだろう。だが、だからと言って止まるつもりはない。神の施した事で、今までどれだけの血が、涙が流れた? それは、本当に必要な犠牲だったのか? それだけの罪を、罰を、未来永劫受けなければならない程、人類は重い業を背負わなければならないのか? 先史の巫女よ、教えてくれ。統一言語を失う切っ掛けを作った先祖達はともかく、これから生まれ来る者達にも、同じだけの涙と血を流させるのが神の愛とでも言うのか?」
どこまでも静かな口調で問いかけるサンジェルマンに、フィーネも即答は出来なかった。彼女も夢子を得た事で想う事があったのだ。これから生まれ来る命。それは夢子だけでなく今後生まれるであろう装者達や自分の子も含まれると。
そんな愛しい我が子達が、神の残した呪詛で苦しみ、傷付くのは見たくない。そうフィーネも思ってしまったのである。
『……やるだけやってみればいい。もしお前のやろうとしている事が正しいのなら、天はお前に味方するだろう』
「……すまない。そして感謝する」
かつてティキを巡って対立した両者が少しだけ歩み寄った瞬間だった。それで会話は終わりと察したのだろう。サンジェルマンは端末をシキへと差し出した。
「先史の巫女がいるとは思わなかった」
「実は、あれも俺の奥さん。了子が器として覚醒したんだ」
「……そうか。やはり貴方は凄い人だったのだな、シキ」
「俺は凄くないよ。たまたまそういう状況や環境にいただけさ」
心からそう告げ、シキは端末を調へと返す。それを受け取り、調が端末をしまったところで彼はようやくある事に気付いた。
「そういえば、何で巫女さん?」
「今更デスか!?」
「シキさんらしい」
「えっと、今、私達この神社でちょーっとお世話になってまして……」
そこで事情を聞いてシキは納得すると共に、愛する女性達の巫女姿に柔らかく微笑んだのだ。
「そっか。それにしても、よく似合ってるよみんな」
「あ、ありがとうございます」
「照れちゃうデスね」
「うん、シキさんの目がとっても優しい」
「スケベじゃない目で見るとか、どっかシキらしくねーけどな」
「いいじゃない。シキもダディになったのよ? なら、昔のようにはならないでしょう」
「そうだ。シキさん、あと錬金術師のみなさんもこちらへどうぞ。立ち話も何ですし、神主さんを紹介しますから社務所の方へ」
これまで戦ってきたにも関わらず、どこか歓迎ムードを見せるセレナにサンジェルマン達は軽い驚きを見せる。一人ティキだけが無垢にその申し出を受け、シキの手を引っ張るようにして動き出していたが。
「シキ、シキ、早く早く」
「はいはい」
その様を見て、響達は直感で悟る。ティキがどういう性格なのかを。シキの扱い方がミカに近いと、そう感じ取ったのだ。だからか彼女達は揃って苦笑する。ミカと似ているのならティキはかなりのやんちゃであると。
「何を笑っている?」
そんな響達に気付いてサンジェルマンが疑問符を浮かべた。彼女達の見ている先に笑いを誘うものなどないとサンジェルマンには思えたためだ。
「あ、えっと、あのティキって子がミカに似てるんだろうなぁって」
「ミカ? ああ、キャロルのオートスコアラーか」
「無邪気で元気な可愛い子デス!」
「あのティキって子も、それに近いような気がして」
切歌と調の言葉にサンジェルマンだけでなくカリオストロとプレラーティも頷いた。たしかに近いと思ったのである。ただし、それには今のティキという表現が付いたが。
「まぁ、今のティキはそう見えるでしょうね」
「今の? どういうこった」
「簡単だ。以前までのティキは、とてもではないが可愛さの欠片もなかったワケダ」
「そう。シキが、今のティキにしたと言う事ね?」
無言で頷くサンジェルマン達を見て、セレナがどこか複雑そうな表情を浮かべる。
「そうなんだ。もしかして、あの子とも?」
「それはない。ティキをシキは成長した娘と思って接していた」
「純粋に向き合って、関わって、今に至るワケダ」
「そ。あーし達も驚いたものよ」
「おーい、みんなも来てくれよ~っ。俺達はどこへ行けばいいのか分からないんだからさ~っ」
「サンジェルマン達も早く早く~っ!」
離れた場所から呼びかけるシキとティキ。その姿が本当に親子のように見え、誰もが思わず笑みを見せる。
「行こうか。案内を頼む」
「はい!」
こうして響達とサンジェルマン達は連れ立って歩き出す。それは、これまでにない程平和的な雰囲気で。まだ互いを完全に受け入れ合ってはいないが、どこかで察してはいるのだ。相手側も、シキの女なのだろうと。
今、静かに響達とサンジェルマン達の戦いは幕を下ろした。だがそれは、次なる戦いの幕開けでもある……。
「神出ずる門、か。まさしくな名称だ」
「あの、一ついいですか?」
神主さんのご厚意で俺達は響達が泊まったという離れにいた。突然の訪問にも関わらず、神主さんはその人のよさそうな外見通り、詳しい事は何も聞かずこの場所を提供してくれたのだ。
後で、もう一度お礼を言っておこう。
「何かしら?」
「神の力で、サンジェルマンさん達は月の遺跡へアクセスして……えっと?」
「バラルの呪詛から人類を解き放つんだろ? で、それをどうやってやるんだよ? そもそも神の力ってのは何だ?」
言葉に詰まる響を引き継いでクリスが問いかける。うん、実にらしいな。何となくだけど懐かしささえ覚える。
「一言で言うのなら、高純度の生命エネルギー、だろうか」
「バルベルデの時は、それにある概念を付与してヨナルデパズトーリとしたワケダ」
「ああ、あの何度も再生した奴デスね」
「あれでも規模としては小さいものなのよ」
「嘘でしょ? いえ、報告で知ってはいたけど、本当にあの少人数の犠牲であんなものを……」
俺のいまいち分からない話が展開されてる。と、そこでティキがちょんちょんと俺の袖を引っ張った。視線を向ければ、ティキが不思議そうな顔を見せている。
「ねぇ、一体何の話?」
「錬金術の話だと思うよ。まぁ、今は黙って聞いてよう」
「うん、そうする」
ティキが退屈して騒ぎ出さないようにと、俺はその頭を優しく撫でる。すると、ティキが嬉しそうな笑みを浮かべてもっともっとと頭を差し出してくるので、苦笑しながら撫で続ける事に。
と、そこで感じる複数の視線。気付けば俺とティキを全員が温かい眼差しで見つめていた。何というか、若干照れくさい。
「あの、どうかした?」
「「「「「「「「「別に……」」」」」」」」」
そう揃って返してみんなはまた視線を戻す。何だろう。息がぴったりなのは良い事かもしれないけど、さっきみたいな眼差しはちょっとくすぐったい。
「ふふっ、シキの手、あったかーい」
「そう?」
「うん、ティキの好きな手よ。アダムの次に」
「そうか。なら良かった」
ニコニコとしているティキに心が和む。そうしている間も、目の前の話し合いは進んでいく。響達としては、犠牲を出さずに神の力を錬成しようとするなら一先ず静観するとなり、アンジェ達は錬成した力を上手く使えないようなら破壊してくれていいとなり、それを互いに最終確認し合う。
丁度その話し合いが終わった辺りで、マリアの端末が鳴って風鳴さんから八紘さんの、要は日本政府の決定が出た。
曰く、レイラインを要石にて封じる事はこの国の大地に大きなダメージを与える事に繋がるため、出来ればそれをしないで事態を収拾したいとの事。つまり、神の力によって大きな被害を出さないのなら黙認するも吝かではないらしい。
『どうだろうか。本当に、そちらは大きな犠牲を出すつもりはないと証明出来るか?』
「証明、か。それは難しい話だが、こちらの敵意がない事を示すぐらいはしよう」
『と、言うと?』
「ラピス・フィロソフィカスのデータを譲渡しよう。それで、ある程度は信を置いてくれないだろうか?」
『自分達の切り札のデータ、か。確かに一定の信頼は得られるかもしれん。出来れば、そちらの誰か一名をこちらへ寄越して欲しい。実物からの方がより政府を説得出来る』
「分かった。ならば、私が出向くワケダ。ラピスの精製に調整なども私の役目だったワケダ」
『頼む。迎えの車をそちらへ回す。すまないが監視として切歌君と調君も一度本部まで帰還してくれ』
「「了解(デス)」」
風鳴さんとアンジェの話し合いは、思っていたよりも穏便に運んだ。おそらくだけど、風鳴さん自身はもうアンジェ達を敵と認識はしていないのだろう。ただ、組織の長としてそれを見せる訳にはいかないから、今のように振舞っているのだ。
話し合いが終わるや、レティが立ち上がり切歌と調も立ち上がった。そして聞こえてくる車の排気音。もしかして、もうこの神社周辺にいた?
「早いワケダ」
「多分だが、ここを最後の砦としていたのだろう。神出ずる門の完成には、必ずここを訪れるだろうと」
「あーし達が敵対する意思を見せなかったから、今まで沈黙してたってワケか。中々食えない護衛もいるのねぇ」
「多分、緒川さんの指示だろうなぁ」
ツヴァイウイングのマネージャーをしている人を思い浮かべ、俺は苦笑する。一見すると優男にしか見えないが、その実凄腕のエージェントらしい。
昔俺が護衛されていた頃は、緒川さんがそのリーダーだったそうだ。ただ、向こうは基本ツヴァイウイングの傍なので、あくまで指示などを出す立場だったらしいけど。
「私もそう思うわ。調、切歌、大丈夫だと思うけど一応気を付けて」
「分かってる」
「ま、アタシはダイジョーブと信じてますデス」
「ああ、私も上手くいきそうな話を壊すつもりはないワケダ」
そう言い残してレティが歩き出すと、それに続いて調と切歌も歩き出した。離れから去っていく三人を見送り、再び全員の意識は今後の事へと向けられる。
「それで、肝心の神の力だけど、それで貴方達が神に成り代わるのかしら?」
「そんな事は不可能だ。バラルの呪詛が宿る人類は、神の力を宿す事は出来ない」
「え? じゃあ、どうやって使うんです?」
「そこだけは局長、つまりアダムしか分かってないのよね。だから、あーし達がもしもの時は協力するって言ってるの」
「するってーと、あれか? お前ら、あのスーツ野郎が神の力で何をするか分からないって事かよ?」
クリスの問いかけに揃って頷くアンジェとリオ。俺はティキの反応が気になって視線を彼女へ向けた。だが、ティキは複雑そうな顔で無言を貫いていた。
「……ティキ、どうかした?」
「……アダムの事が分からないっていうサンジェルマン達の気持ち、分かるの。ティキも、最近はアダムの事が分からないから」
「それでも、ティキはアダムを好きで信じたいんだろ?」
「…………うん」
「なら、その気持ちだけは持ち続けるんだ。分からないでも、自分の心だけは、想いだけは強く信じてごらん」
「……うん」
ゆっくりと頷いて、ティキは俺の方へ寄り掛かってきた。きっと甘えたいのだろうと思い、俺はティキをそっと抱き寄せて頭を撫でる。小さな体で沢山の悩みと向き合うティキを、少しでも支えたいと思いながら。
「これでラピスに関しては全てなワケダ」
僕は表示されたデータに目を見開く事しか出来なかった。思っていた以上にラピス・フィロソフィカスは凄い。きっと、父さんが皆さんと関係を持っていなければイグナイトを封じられたシンフォギアでは太刀打ち出来なかったはずだ。
それに、このデータがあれば対消滅バリア使用後の浄化作業も一気に短縮できる。母さんやグランマ、キャロルにも見てもらわなきゃ!
「あ、ありがとうございますっ! おかげでこちらも色々助かりそうです!」
「それは何よりなワケダ。こちらとしても、長年の目的が果たせるかもしれない以上、無駄な争いや消耗は避けたいワケダ」
柔らかく笑うプレラーティさんは、とてもあのバルベルデでの映像で見た人とは思えないぐらい優しい印象を受けた。
これも、父さんの影響なんだろうか? そういえば、父さんはまたスケベな戦いをしていたと聞いたし、プレラーティさんもそうされたんだろう。
「あの、プレラーティさん」
「何だ?」
「父さんと、スケベな事をしたんでしょうか?」
「っ?! な、何をいきなり……」
一瞬にしてプレラーティさんが真っ赤になった。えっと、これを皆さんは可愛いと言うんだろうか? うん、きっとそうだ。
「いえ、失礼ですけど、以前見た映像の印象と違い過ぎたので」
「……そういう事か。それにしても、そういう事をいきなり尋ねるのはぶしつけが過ぎると思うワケダ。お前は、もう少し常識や良識を身に着けるべきだな」
「す、すみません。何せ、僕はホムンクルスですので」
「……そうだったか。なら、言い方を変えるワケダ。もっと世の中を、特に人との接し方を学ぶべきだ。そうしないと、お前がいつか困ると思うワケダ」
「はい、そうします。もっと母さんやグランマ達から教えてもらいます」
仕方ないって風に息を吐いて、プレラーティさんはどこか呆れたように僕へ助言をくれた。その雰囲気がキャロルに近い感じがして、僕は思わず笑顔で答えた。だけど、そんな僕にプレラーティさんは微かに笑みを返してくれた、気がする。
「あ、そうだ。あの、もし良ければこれを見て意見をください」
目の前にいるのはキャロルとは違う視点と知識を持った凄い錬金術師。なら、僕のやっているイグナイトの使用法へも何か参考になる意見をくれるかも。
そう思って僕はプレラーティさんへそれを見せた。既に響さん達のは組み込み終わり、残るはツヴァイウイングだけとなったラピス対策の対消滅バリアを。
「…………驚いたワケダ。まさか、こんな隠し玉があったとは」
「み、見つけたのは偶然です」
「いや、それでも大したものなワケダ。確かに色々難点はあるが、現状イグナイトを使うためにはこれ以上ない方法だと思うワケダ」
お世辞じゃなく、本音で僕へ言ってくれてるプレラーティさん。その横顔は、研究中の母さんやキャロルによく似ていた。
「……エルフナインと言ったか。お前は、錬金術師なのか? それとも科学者なのか?」
不意にそう問いかけられて、僕はどう返したらいいか迷う。今の僕はどちらでもない宙ぶらりん。母さんやグランマの道も好きだし、キャロルやパパの道も好きだから。
「僕は、まだどちらでもありません。錬金術師としても科学者としても未熟です」
「そうか。なら、いっそ両立させればいいと思うワケダ」
「え?」
僕の方をチラリと見て、プレラーティさんはそう言った。両立って、錬金術と科学を?
「科学は歴史を辿れば錬金術からの派生なワケダ。なら、どちらも大本は同じ。錬金術も科学も、同じ道の上にあるワケダ」
「……そうか。枝分かれしただけで、科学の源流は錬金術。科学者は、言わば最先端の錬金術師」
「まぁ、こじつけにも近いワケダが、間違いとも言い切れないワケダ」
「ありがとうございますっ! 僕は、科学者でありながら錬金術師を目指します!」
どこかで抱いていた僕のコンプレックス。それが、今晴れた気がする。キャロルは錬金術を専攻し、母さんは科学を専攻する。なら、僕はその両者から学んでいけばいい。
母さんにもキャロルにもない視点と発想を持って、二つの学問へ挑んでいこう。何も、同じ道を同じ歩き方や見方をする必要はないんだ。僕は、僕にしか出来ない方法で歩いていけばいい。
「決意を固めているところを悪いが、もう私は戻ってもいいだろうか? アダムがどう動くか分からない以上、出来るだけサンジェルマンの傍にいたいワケダ」
「あっ、すみません。今司令に聞いてみます」
僕は急いで発令所へと連絡を入れる。その間、プレラーティさんはずっと机の上の写真立てを見つめていた。僕達家族で撮った、夢子がシャトーへ来た時の写真を……。
日が沈み、辺りを夜の闇が包み出した頃、調神社に白いスーツの男性が現れた。
「驚いたよ、かなり。神の力を錬成させてくれるとはね、邪魔をせずに」
「儀式に必要な生命エネルギーはもう十分確保してあります。後は、顕現する力をどうにかして宿すだけですが、その方法は大丈夫なのですか?」
「いらないよ、心配は。終わるさ、全て杞憂に」
アダムと話すサンジェルマンを、響達は若干離れた場所で見つめていた。その表情は、ティキを除いて一様に不安の色を宿している。
「おい、本当に大丈夫なのかよ、あいつ」
「不安ではあるけど、ここは黙って見ているしかないわ」
「ホントごめんなさいね。うちの局長、普段からああなのよ」
クリスとマリアの会話へカリオストロが申し訳なさそうに割って入った。その声量は二人でもギリギリ聞こえるぐらいに小さい。ティキに聞こえないように配慮しているのである。
「ティキ、アダムへ話し掛けに行かなくていいの?」
「うん、いいの。今は止めておくわ。アダム、サンジェルマンと大事なお話してるみたいだから」
「そっか」
小さく首を動かし、ティキはそう告げてシキを見上げた。その寂しさを噛み締めながらも微笑む健気さに、シキも笑みを返してティキの手を優しく握る。
「ティキちゃん、今度はまた違うトランプの遊び方、教えるからね」
「うん。だから楽しみにしてて」
「分かったわ。響もセレナもありがとう。ティキ、あんなに沢山遊んだ事なかったから楽しかったわ」
サンジェルマンがマリアやクリスと難しい話をする中、響はその人懐っこさを発揮してティキへと接触。お泊まりセットに入っていたトランプを使い、ティキとコミュニケーションを図ったのである。
当然ティキはトランプで遊んだ事などなく、シキも良い刺激になると思って響の申し出に乗り、セレナを巻き込んでババ抜きを楽しんだのだ。
と、そこへ聞こえてくる車の排気音。それが意味する事を察して、誰もが視線をそちらへ向けた。
「お待たせしましたデス!」
「プレラーティさんも到着」
「……どうやら全員揃っているワケダ」
一度だけアダムを見やり、やや微妙そうな表情でプレラーティはそう告げると、まずはシキの傍へと歩いていく。
「シキ、エルフナインからの伝言だ」
「エルから?」
「ああ。僕とキャロルと夢子は、おとしだまを楽しみにしてます、だそうだ」
「……そっかぁ。そういえば年越しの瞬間は一緒にいてやれなかったもんなぁ」
お年玉という表現に込められた願いを察し、シキは申し訳なさそうにでも、どこか嬉しそうに笑う。早く顔を見て頭を撫でてやりたいと、そう父親の心で思うシキ。
そんな彼を見て、プレラーティは小さく笑みを見せるとその場で踵を返して今度はサンジェルマンとアダムの下へと歩き出す。それに応じてカリオストロも歩き出し、アダムの近くへ三人が勢揃いした。
「局長、一つだけ言っておきます。我々は彼らと取引をしました。もしも神の力がこの世に害を為す時、その破壊に協力すると」
「何が言いたいのかな、それは」
「つまりぃ、ないとは思うけれど、局長が神の力を人類の解呪に使わない場合、あーし達はそれを止める手助けをするって事」
「抗うのかい、僕に」
「万が一の場合の話なワケダ。こうでもしなければ神の力の錬成は阻止されていたワケダ」
それぞれ鋭い視線でアダムを見つめるサンジェルマン達。その無言の圧力をアダムは意に介さず笑ってみせた。それは普段の彼らしい反応。ただ、ティキだけが気付いた。アダムの笑みに、微かに嘲笑うような色が見えた事を。
「いいさ。重々承知したよ、君達の懸念は。心配いらないさ、正しく使うよ神の力は」
「……今はその言葉を信じます」
そう告げてサンジェルマンが目を閉じた。儀式の起動準備に入ったのである。天にはオリオン座がなく万全の状態ではないが、それでも儀式を行うに不足はない。
響達が見守る中、遂に始まる神の力の錬成儀式。生命のスープを呼び水として、星の命を贄とするその結果は、まるで巨大な光の柱のように凄まじい力を吹き出させた。
その輝きと神々しさは、確かにこの世ならざる力のように思え、誰もが言葉を失っていた。すると、その輝きはひとりでに意思を持つかのように動き始める。
アダムが微かにほくそ笑む中、顕現した神の力はティキのいる方へと流れていき……
「なっ?!」
誰かの驚愕する声が辺りに響く。響達も思わず言葉を失っていた。ティキへと向かっていた神の力は彼女に宿ったのだ。
「ティキ?!」
「何これ……ティキが……ティキで……なくなっちゃう……」
シキの声にも反応を返さず、ティキは虚ろな声でそう呟いた。その様子から不味い事になると読んだシキは、ティキの目線までしゃがみ必死に声をかけた。
「ティキっ! ティキっ! しっかりして! 俺の声、聞こえるかっ!」
「……シキ、ティキ、怖いよぉ……」
「っ!?」
それが、最後の言葉だった。そのティキの言葉と同時にシキの体は大きく吹き飛ばされる。強大な力の発動による、衝撃波で。
その体を弾かれるように動いたカリオストロが受け止め、シキは難を逃れる。だが、彼はすぐに視線をティキへと向けた。
「ティキっ!」
そこには、左右非対称の形をした巨大な何かがいた。神の力を宿したティキは、その心の不安定さを姿へと反映させている。
アダムへの強い想いと一抹の不安。それが今の彼女の姿を作り出していたのだ。神造兵器となったティキであったが、何故かその行動は静かなままであった。
アダムでさえ、どこか拍子抜けしたかのような表情を浮かべている。
「局長、これは一体……」
「簡単さ。神の力を宿してもらったのさ、ティキに。宿せないからね、原罪を背負う人間には」
「……神の器、か。そのためにティキをこれまで大事にしていたワケダ」
苛立ちを隠す事もせず、プレラーティがそう苦々しく告げる。その言葉にアダムは笑みを浮かべて頷いた。
―――そうとも。でなければ大事にしないさ、人形なんて。
それが、切っ掛けだった。それまで沈黙していたティキがその言葉に震えたかと思うと、直後、空へと向かって吼えるように光線を放ったのである。
その輝きは夜を切り裂くかのように星空へと向かって行き、その迫力と威圧感に誰もが動く事さえ出来ない。
「っ!? ティキっ! 落ち着いてくれ! その力をそんな風に使っちゃいけないっ! それじゃ、悲しみを呼ぶだけだっ!」
シキが心の底から叫ぶ。何故ティキが動き出したか。それがアダムの突き放す言葉にあると分かったからだ。故に叫ぶ。大好きな相手から告げられた本音。それに心をズタズタにされたであろう無垢な少女へ届けと。
「局長、貴方と言う人は……そこまで人でなしかっ!」
「ティキは純粋無垢に慕っていたのを、どこまでも嘲笑っていたとはな。私も久しぶりに鶏冠に来たワケダっ!」
「おや? 君達が持つとはね、ティキの肩を。それも影響かな、彼の」
「以外にないわ」
怒りを表情に見せるサンジェルマンとプレラーティ。その隣へと降り立つのは同じような表情のカリオストロだ。
「あんたは知らないでしょうけど、今のティキはとっても可愛いおべべに似合う乙女になってんのよ。それこそ、あんたにはもったいないぐらいにねえっ!」
憤怒。そう呼ぶのが相応しい程の迫力で言い放つカリオストロ。シキと関わり変化を始めたティキを間近で見てきた三人は、その様子を最初こそ驚きで、途中からはどこか微笑ましく見ていた。
特に契機となった初の外出。あの時に三人は思ったのだ。今のティキならまだ笑って許せると。純真無垢に感謝を述べ、感情を見せる生き方は、大人となってしまった彼女達には中々出来ないものでもあったのだから。
「僕にもったいない? 逆じゃないかな、それは。完璧で完全なる僕に相応しい訳はないよ、たかが人形風情が」
その言葉にそれまで黙っていた者達が一様に眉を動かした。
「さっきから聞いていれば、随分なお言葉じゃないっ!」
「貴方は、自分を慕ってくれるティキをただの人形としか思ってなかったんですかっ!」
「あの子の気持ち、考えてもくれないなんてっ!」
「本気の本気でカチンっときたデスっ!」
「そこの三人っ! あっちはあたしらで何とかする。だからぜってぇそいつに手ぇ出させるなっ!」
「お願いしますっ!」
「分かっているっ!」
「この人でなしはあーし達で邪魔出来ないようにしとくから!」
「そちらは、あの泣いてる少女を頼むワケダっ!」
揃って頷き合い、彼女達は動き出す。装者達はギアを、錬金術師達はラピスを纏い、それぞれの為すべき事を成すために。
一方でシキは一人ティキを見つめて叫び続けていた。今も尚、泣き叫ぶように光線を空へと向かって放つ、変わり果ててしまった少女へと。
「ティキっ! ティキの気持ちは分かるよっ! 俺だって大好きな人にあんな言葉言われたら泣き叫ぶだろうし、下手をすれば生きていられないかもしれないっ! だけど、それでも誰かの泣き顔や苦しむ顔は見たくないんだっ! ティキもそうだろ! 俺が悲しい顔してたら笑って欲しいって、そう思ってくれてただろっ!」
その声に返ってくる愛らしい声はない。代わりに聞こえるのは、唸るような声と光線を放つ空気を震わせる音。
と、その時シキの視界に入ってくる影達があった。それが何を意味するのかを察し、彼は思わず息を呑む。
「分かってると思うけど、まずは説得よっ! こちらの言葉が届いていないか効果なしとなったらっ!」
「その時は、私が歌で殴って止めてみせますっ!」
「お願いっ! その時は私達で援護するからっ!」
「デスっ!」
「まずは言葉で止めてみるっ!」
「それが無理なら引っ叩くぐらいは勘弁してもらおうじゃねーかっ!」
六人の装者がティキへと向かっていく。その表情は、どこか暗い。彼女達もティキと同じ立場となったらと、そう思っていたのだ。
シキは決してアダムのような事を言えないだろうし言わないが、仮に自分達が惚れた相手がそういう男であったのならと、そう仮定して。
表面上は優しく丁重に扱いつつ、内心では見下し、突き放すような気持ち。それを、よりにもよって一番言われたくないタイミングで言われる。そう想像すれば、今の女になった彼女達がどう思うかは簡単だ。
「ティキっ! 自分をしっかり持ちなさいっ! 力に振り回されちゃ駄目っ!」
「ティキちゃんっ! お願いだから落ち着いてっ! また一緒にトランプやろうよっ!」
ガングニール二人がまずはティキへと接近する。その言葉にも反応を示さず、ティキはただ空へとその宿す力を放つのみ。
「ティキ、お願いだから止まってっ!」
「そうデスっ! そんな力、使っちゃダメデスっ!」
調と切歌の声もティキの動きを止める事は出来ない。それでも彼女達は懸命に声をかけ続けるのだと頷き、心からの言葉をティキへと投げかける。
「ティキっ! もう止めてっ! このままじゃ、私達はティキを攻撃しないといけなくなっちゃうっ! そんなの嫌なんだっ! だから止まってぇっ!」
「泣きたくなる気持ちは嫌って程分かるけどなっ! だからってこんなのは止めろってのっ! 文句も不満も愚痴でも何でも聞いてやるからっ!」
セレナとクリスの言葉さえ、ティキの動きを鈍らせる事はない。それどころかティキの動きはより激しくなっていく一方であった。
光線を空へ放つだけでなく、その手のような物を動かし始めたのだ。それは器用に周囲を破壊する事なく動くものの、接近していた響達を拒むような反応である。
そうやってティキの方に変化があった頃、アダムと対峙しているサンジェルマン達は未だ静けさを保っていた。
「どうやらシンフォギアはティキを止められないようだね、やっぱり」
「それはどうかしらね。向こうには神殺しが二つもあるのよ?」
その言葉にアダムの眉が微かに動く。今のティキは神の器となっているため、その力は無敵にも等しい。だが、それも響とマリアの纏うガングニール以外には、だ。
「このままティキが止まらないようなら、装者達も最後の決断を下すワケダ」
「そうなった時が、そちらの終わりでもあります」
「そうだろうね、たしかに。そうなったら認めよう、僕も」
その含みのある言い方に三人が同時に眉を顰める。すると、アダムは笑みを浮かべたままこう告げたのだ。
―――どうやら装者達に気に入られているようだね、今のティキは。それを相手に振るい続けられるのかな、神殺しを。
ハッとなってサンジェルマン達が後ろを振り向く。そこでは、言葉で止められないと噛み締めた響がその拳を振り下ろそうとしていた。
「ティキちゃん……ごめんっ!」
繰り出された拳は、ティキの片腕を貫き破壊する。再生が行われる気配もなく、やはりガングニールだけが神の力へ対抗しうると思われたその時……
「痛いよぉぉぉぉぉぉっ!!」
聞こえてきたのはティキの悲痛に苦しむ声。それに気付いて着地した響は思わず自分の拳を見つめて慌てて開いた。
「どういう事だ!? 先程までは言葉を発してなどっ!」
「おそらくだが遮断されたんだよ、神殺しで神の力が。だからティキが喋ったのさ、刹那の間だけ」
「何よ、その親切な不親切はっ!」
「このままでは装者達の攻撃の手が緩むワケダ。どうする?」
プレラーティの問いかけにサンジェルマンもカリオストロも答える言葉を持っていなかった。
現状、ティキを止めるにはガングニールによる神殺しで破壊するしか手はない。だが、それを実行し続けるのが難しい程には響達とティキの関係が近くなっている。
答えの出ない三人の目の前では、響が拳を握る事が出来なくなっていた。
「どうしよう……ティキちゃんを止めるには攻撃しないと……だけど……」
響の脳裏に甦るティキの悲鳴。その叫びが、今日知り合い見てきた笑顔を思い出させて響の闘志を奪う。
「しっかりしろっ! ここでお前が気落ちしたって状況は良くならねーぞっ!」
「クリスちゃん……」
「クリスの言う通りだよ。響、辛いだろうけど頑張って。貴方と姉さんだけがティキを止めてあげられるんだよ?」
「セレナさん……」
自分の両手をそっと包むように握り語りかけるセレナへ、響は胸が詰まる想いを抱いた。何故なら、セレナの目は泣きそうな程に潤んでいたのだ。
それが己への無力感とティキへの同調、そして自分にまかせてしまう事への申し訳なさなどが宿っていると感じ取ったために。
「その手を、本当は握り締めたくない事は知ってる。だけど、だからこそ、それをしなきゃいけない時には、響は迷いながらも握り締められるって信じてる」
「ああ、あたしもだ。出会った時から今まで、お前は迷いながらでもちゃんと前に進んできたじゃねーか。その結果、あたしは今ここにいて、お前と、その、仲良くやってんだ。なら、今度もそうなるようにバカ貫いてこい」
「セレナさん……クリスちゃん……」
向けられる眼差しの優しさに、響の心が決まる。それは胸の歌を呼び起こし、彼女の体を動かす原動力へと変わる。
「ありがとうっ! 行ってきますっ!」
「「行ってらっしゃいっ!」」
送り出される際の声に込められた想いを受け取り、響は拳を握る。今もその脳裏にはティキの悲鳴が木霊している。それを振り払うのではなく受け止め、彼女は息を吸いこんで歌い出した。
「幾億の歴史を超えて」
その歌の名は”Rainbow Flower”。たった一人で悲しみと苦しみから泣き叫ぶティキへ想いを込めた胸の歌だ。
これまでと違い、それはフォニックゲインを高めるための歌ではなく、ただ純粋に、ティキを助けたい、想いを届けたいという歌。
(苦しいよね。辛いよね。好きな人に突き放されて、想いを踏みにじられて。だけど、思い出してティキちゃんっ! ティキちゃんにはもうアダムだけじゃない。シキさん達や私達がいるって事を!)
力強く地面を蹴って、響はティキへと向かって行く。その彼女の両隣へ飛び上がる者達がいた。
「待ってたデスよ、響さんっ!」
「マリアじゃ、ティキにはそこまで効果がないみたいなんです」
言われて視線を動かす響。マリアの攻撃は多少元通りになる時間がかかるだけで、完全に破壊する事は不可能であった。今も彼女の攻撃で傷が出来るも、ほんの十秒程で何事もなかったかのようにされていた。
「エルの話だと、私のガングニールと貴方のガングニールじゃギア特性が違うからじゃないかって! 私には、束ねるなんて特性はないものっ!」
その意見に頷き、響は拳をティキの残った腕へと叩き込む。
「響けっ!」
「痛いよぉぉぉぉぉぉっ!!」
「っ……伝えぇっ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
完全に腕を粉砕し、響は表情に微かな苦しみを滲ませながら拳を握り直す。
「歌えっ! 全力でぇぇぇっ!」
「響ぃぃぃぃぃぃっ! もしかしたらっ! 響の両手と触れ合っていればっ! ティキに響の声は届くかもしれないっ! お願いだからティキを元に戻してやってくれええええええっ!!」
シキの喉を潰すかもしれない程の大声に響は返事をするように頷き、その両拳を開いてティキの胸部へと取り付いた。
「一人じゃないと届けたい……」
優しく噛み締めるように歌い、響はティキの反応を待った。歌を止めず、優しく語りかけるように。
「そして、笑おう? この世界には、歌がある……」
戦うための歌ではない。それは、止めるための歌。泣き叫ぶ少女へ寄り添い、優しく抱き締めるような、歌声。
静寂が、訪れた。空を裂く閃光も、空気を震わす振動も、心動かす歌声も、何もない時間が。
「……一人じゃ、ないの?」
その躊躇いがちの声は、愛らしく無垢な音色を奏でていた。だから響も微笑みながら頷いて答える。
「うん、そうだよ。もうティキちゃんには、私や、シキさん達がいる。だから、泣くなら一緒に泣いてあげる。言いたい事や聞いて欲しい事、全部受け止めるから」
「……じゃあ、お願いがあるの。響にしか、きっと頼めないお願い」
「助けるから。絶対、絶対何があっても本当のティキちゃんに戻してみせるから」
力強い宣言。それにティキは息を呑み、そして小さく笑う。
「あはっ、響って凄いね。ティキが何も言ってないのに気持ち当てちゃうんだもん。響は出来る女なんだね」
「そんな事ないよ。だけど、そう言ってもらえて嬉しいな。じゃ、ちょっとだけ痛いかもしれないけど、我慢してね?」
「うん、分かった。ティキ、痛いの嫌だけど、このままなのはもっと嫌だから。響を信じて、我慢する」
「……ありがとう」
まるでその身を委ねるようにティキが静かになると、響はその手を開いたままで胸部へと突き入れた。それは、まるで繭を破るような動きだった。
ゆっくりと、でも着実にティキの内部へと進んでいく響。やがて彼女の体は見えなくなり、誰もが事の成り行きを見守る。
「無駄だよ、それは。神の力で変化したものだからね、今のティキは」
「「「黙って見てろ」」」
小馬鹿にするようなアダムへ、サンジェルマン達の低い声が放たれる。さすがにその圧力には虚を突かれたのか、アダムが一瞬怯んだ。
やがて、ティキの体が静かに光の粒子となって消えていく。ダメだったのかと、そう思って装者達が悔しげに表情を歪め、サンジェルマン達は何とも言えない表情でうつむき、シキだけが強い眼差しで前を見ていた。
「……ごめんなさい、シキさん。ティキちゃん、元に戻すのは無理でした」
その声にシキは目に涙を浮かべて首を横に振った。彼の目の前には、いつの間にか響が立っていたのだ。
「いいんだ。響は十分頑張ってくれたよ。だから悲しい顔をしないでくれ。だってそんな顔をしてたら……」
言いながらシキは響へと近寄り……
「目覚めたらティキまで同じ顔しちゃうだろ?」
響の腕の中で眠るように目を閉じているティキの髪をそっと撫でたのだ。ティキは、その両腕を失い胸に小さな穴が開いていた。故に響は元に戻すのは無理だったと告げたのである。
「っ……こんのバカっ! 紛らわしい言い方すんじゃねーっ!」
「本当デスよっ!」
「響さんも人が悪いですっ!」
喜びを爆発させて響へと駆け寄るクリス達学生組。響は彼女達からは背を向けていたため、ティキの姿がよく見えなかったのだ。
響はそんな三人の接近に備えてティキをシキへと預けると、自分からクリス達へと謝りながら近づいていく。
その背中を見つめるシキへ笑みを浮かべたマリアとセレナが近付いてくる。
「何とかなったみたいね」
「良かった。本当に、良かった」
「ああ。響にはいくら感謝してもし足りないよ。勿論、二人やクリス達にも」
抱えるティキの姿に若干の痛ましさはあるものの、それでもシキ達には笑みがあった。殺さずに済んだと、そう思って。
―――まだ終わってないんだな、これが。
そんな中、聞こえた声に誰もが意識を向ける。アダムはサンジェルマン達と対峙したまま、その右腕を高々と掲げるような姿勢を取っていた。
「驚いたよ、助け出すとはね、あの状態のティキを。でもおかげで上手くいきそうさ、僕の目的は」
「どういう事だ!」
「簡単さ。殺されていないんだよ、神の力は。ほら、あるだろう、今もそこに」
アダムの示した場所を誰もが見つめると、そこにはたしかに輝く光のようなモノが浮かんでいた。響がティキから追い出した神の力である。
「だが、あれは人には宿す事が出来ないものだ。局長、貴方も例外ではないはず」
「ならどうしてこんな事をしてると思うんだい、僕が。散々君達が言ってくれたように、人でないんだよ僕は」
「何ですってっ?!」
アダムの言葉を合図にしたかのように、神の力はゆっくりとアダムへと近付いていく。次なる宿主をアダムと決めたのだろう。
それを見て何とか妨害をと思う響だったが、ティキを助けるために意図せず消耗していたため、その場で立ちくらみを起こしてしまう。マリアはその手にしたアームドギアで神の力を貫くも、やはり破壊するには至らない。
「このままでは……っ!」
「アダム、貴様の狙いは何だっ! 何を企んでいるワケダっ!」
「知れた事。不完全で未熟な人類を支配するのさ、完全で完璧な僕が。そのために必要なのさ、神の力は」
「じゃあ、最初からお前はティキを利用するだけの存在として作ったって訳かっ!」
拳を震わせ、怒りを込めて叫ぶシキへ、アダムはほくそ笑むように表情を変えると躊躇いもなく答えた。
―――以外にあるかい? 傍に置いていたんだよ、一々癪に障る人形を。
間違いなくその場の全員が堪忍袋の緒を切った瞬間だった。そして、それが誰も予想出来ない展開を起こす。
アダムへと向かっていた神の力が急に動きを変えたのだ。それは再びティキへと向かって行く動き。
「馬鹿なっ!? もう利用価値などないはずだ、壊れた人形なんかに!」
「アダムっ! 貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」
動揺するアダムの言葉にサンジェルマンが吼えた。これまでの日々でサンジェルマンが見てきたティキの変化と成長。それを知ればこそ、アダムの言葉は見過ごせるものではなかった。
笑顔が増え、愛らしさが増し、素直に無垢に知識などを吸収しようとしていたティキ。それを指して、壊れた人形と呼んだ事。それは決して言わせたままにしていい表現ではないと、そうサンジェルマンは思ったのだから。
突撃していくサンジェルマンへ続けと、カリオストロとプレラーティもアダムへと向かって行く。その様子を見て加勢しようとするクリス達だったが、彼女達はその視界に映った光景に足を止めてしまった。
「し、シキ……さん?」
戸惑うように声をかけるセレナ。神の力は、ティキではなく抱えていたシキへと宿っていたのである。
「……許せない。ティキを利用するだけじゃなく、その想いまでも踏み躙って笑うなんて。絶対に、絶対に許せないっ!」
「「「「「「っ?!」」」」」」
シキの怒りに呼応するように輝く神の力。その輝きに驚く周囲を無視し、シキはその身に宿した神の力でティキを包む。
「お、おい……ティキの体が」
「直っていく……」
「神の力って、こんな事も出来るんだ……」
シキの光がティキを包むとその損傷が元通りになっていく。それを見つめて呆然となるクリス達。一方でシキはティキが元通りになったのを見ると、その体を近くにいたマリアへと差し出した。
「頼めるか?」
「え、ええ……」
「シキさん、何をするつもりなんですか?」
戸惑いつつも受け取るマリアと困惑しているセレナへ、シキは凛々しい表情のまま視線を動かしてアダムを見た。
「あいつをぶん殴る」
それだけ言ってシキはその場から跳んだ。その跳躍力は完全に普通の人間のものではない。それを見て誰もが息を呑む。神の力を宿したシキは、サンジェルマン達と同等かそれ以上になっているのではと。
『お前達、聞こえるか! 聞こえているのなら状況を報告しろっ!』
「「「「「「っ!?」」」」」」
そこへ響く弦十郎の声。すぐさま意識を切り換えて受け応えたのは、やはりこの中のリーダー格。
「聞こえているわ。現在、私達は神の力を宿したティキの鎮静に成功。その際ティキから追い出された神の力をアダムが取り込もうとした結果、サンジェルマン達が交戦開始。それで、神の力なんだけれど……」
「シキさんに取り込まれちゃったデス。で、今、シキさんがギアを纏った時のアタシ達ぐらいになってます」
『何だとっ?!』
思いがけない内容に弦十郎が動揺した。すぐさま彼は視線を動かして後ろにいる了子へと向ける。
「了子君、どういう事か分かるか?」
「……多分だけど、あの人は普通の人間じゃないどころか、そもそも人間なのかさえ怪しくなったわ」
「人類ならば誰しもバラルの呪詛という呪いを宿している。故に神の力は人類には宿らない。あのアダムとやらもそうらしいが、父さんまでもとは……」
「で、でも、父さんは父さんですっ! 僕は、それだけで父さんを信じる事が出来ますっ!」
「あーっ!」
了子とキャロルから漂う不安を払しょくするようにエルは言い切った。それに追随するように夢子も了子の腕の中で声を上げる。
発令所に、少しだけ和やかさと笑みが戻った。だが、それを振り払うかのように弦十郎は表情を凛々しくすると再び意識をモニタへ向ける。
「要君の動きはどうなっている?」
「現在、シキはアダムと交戦中……って、嘘だろ? ふぉ、フォニックゲインを確認っ!」
「フォニックゲイン、だとっ!?」
「間違いありません。要君から高出力のフォニックゲインを確認。ギアもないのに、どうして……」
「別に不思議はない。俺もギアなしでフォニックゲインを扱える。父さんが宿したのは神の力と呼ばれる代物だ。フォニックゲインとは、言うなれば生命に宿る力そのもの。神の力は高純度の生命エネルギーなら、フォニックゲインを確認するのはむしろ道理だ」
戸惑う朔也とあおいへキャロルが告げた内容。その事で二人にも理解と納得が出来、弦十郎も小さく頷いてモニタへと意識を集中する。
「……これが無事に終わった後で、シキさんの精密検査が必要ですね」
「手配しておきましょう」
ナスターシャの言葉にそう返して弦十郎は願った。
―――要君、君は君のままで必ず帰ってくるんだぞっ!
きっと予想されてた方もいたでしょうが、神の力はシキへ宿りました。
伏線めいたものはちらほらありましたが、何分書き始めたのがXV前なのでシキの正体についてはおそらくそこと齟齬が出るとは思います。
……何というか、XV一話を見て「うわぁ……」って気分に開始早々なりました(汗