というか、きっとダラダラ続けるでしょう(汗
それも、エロ薄めで(苦笑
エロは、IFの方でやっていけそうですしね。
……まぁ、どちらも需要があるかは分かりませんけど。
南極での激戦の翌日、俺は風鳴邸を訪れていた。というのも八紘さんに呼び出されたためである。
「直接会って欲しい……?」
「そうだ。父は君と翼の子を望んでいる。その思惑は言うまでもない。しかもだ。一人ではなく複数。翼には、歌を歌う暇があるのなら子作りに励めと」
その言葉に俺は思わず拳を握る。翼にとって歌う事は生き甲斐にも等しい。それを差し置いて子を作れって、前時代にも程がある言い方だ。
「その事を翼には?」
「まだ言っていない。いや、言うつもりもない。私とてあの子の父だ。子のやりたい事、目指す夢、それを後押しする事を止める気はない。だからこそ、君だけを呼んで話をしている」
「あの人は、どこまでも風鳴が神の力に一番近くないといけないと?」
「そうだ。下手をすれば、娘が生まれようものなら、その子にさえ手を出しかねん」
その瞬間、俺の拳から光が生まれる。神の力だ。俺の強い怒りに反応したんだろう。八紘さんはそれを静かに見て目を閉じた。
「……君の怒りはもっともだ。私としても、こんな事は言いたくない。だが、それをするかもしれないと思わせるのが風鳴訃堂という人物だ」
「血筋で言ったら孫ですよ! 戸籍上ならひ孫だ! そんな存在へ、愛情の欠片もなく馬鹿げた事が出来るのが人ですかっ!?」
思わず立ち上がって叫ぶ。八紘さんに怒鳴っても仕方ないと分かっている。だけど、それでも言わずにはいられなかった。
翼の遺伝子学上の父は訃堂さんだ。翼のお母さんは八紘さんの奥さん。倫理的に大問題だが、遺伝子的には問題ないと言える。だけど、翼と俺の子となれば色んな意味で大問題だ。もし本当にそんな事をしようと目論んでいるのなら、俺は風鳴訃堂を殺してしまうかもしれない。
「出来る人だ、あの人は。そして、ある意味では人でないと言える」
「人じゃない……?」
「護国の鬼。あの人にとって、全てはこの国を護るために存在しているのだ。それは翼や自分の血縁さえも例外ではない」
「そんな、そんな事ってありますか。国は人が集まって出来るものです。そこに住む人達の中には、自分の家族だって含まれるでしょう。自分の家族を大事にしないで、どうやって国なんてものを大事に出来るんですかっ! 順序が逆でしょうっ!」
何事も人がいなければ始まらない。なのに、訃堂と言う人は人ではなく国だけを見て考えてる。それは間違っているんだ。人がいなければ国は亡ぶが、国が無くても人は生きていけるのだから。
「そうだ。私も君と同じ考えだよ。だからこそ国を護る。国を護る事で人を護れるからだ。父は、その辺りが私達とは異なっているのかもしれない。それでも、これだけは信じて欲しい。あの人も、国を想う気持ちだけは本物なのだ」
「ええ、それは分かります。だけど、どれだけ国を護っても、そこに住む人を犠牲にするを良しとしてしまえば、それはもう防人ではありません」
「……そうだな。犠牲は出さぬようにするのが当然だ。それを最初から肯定するのは防人ではない」
八紘さんの声には、何か重たいものが宿っているように感じられた。その証拠に、そう言った後で八紘さんは大きく息を吐いた。
「要君、父に、風鳴訃堂に会ってもらえないだろうか?」
「…………分かりました。決別するにせよしないにせよ、どちらにしろ直接会って俺自身の言葉で伝える事にします」
「ああ、そうしてくれ。私は、どちらを選んでも君と翼を護る事を約束しよう」
「お願いします。八紘さんが、お義父さんが味方と聞けば翼も喜ぶでしょうから」
俺がそう言うと、お義父さんは少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。そこで俺は感じ取った。八紘さんが、俺を義息と認めてくれたのだと。
まだ口にしてもらった訳じゃないけど、何となくそんな気がした。風鳴邸を後にして、俺はぼんやりと歩きながらこれからの事を考える。
アンジェ達は少しずつ私物をシャトーへと持ち運び始めるらしく、今日もそれぞれが荷物を持って現れていた。朝食の風景は三人の存在で賑やかさを増し、キャロルやエルなども錬金術の話題が出来るためか楽しそうに見えた。
了子もフィーネを通じてアンジェ達との会話を始めていて、俺はミカと一緒になって分からないコンビとして料理の味を楽しむ事に従事した。
クリスは卒業を迎えるまでに完全移住を完了させるらしく、奏と翼はツアー終わりまでで引っ越しを終えるべく、部屋の鍵をファラとレイアに預けて二人に荷物の移動を頼んでいた。他の学生組はまだ同居する訳にはいかないので省略。
で、ここからだ。以前風鳴さんへ提案した我が家の緊急時本部化が、ここにきてちょっと難しくなってきた。というのも、アンジェ達の存在である。
一応国連へは、シャトーの扱いを聖遺物として報告してあり、俺がそこに住んでいるのもキャロルの協力を取り付けるためと、シャトーの管理という面で納得されているそうだ。
ただ、パヴァリアの幹部であるアンジェ達の居住となると少々厄介な話になるらしく、風鳴さんとしてはどうしたものかと頭を抱える問題となったらしい。
とはいえ、既にある程度とは言え予算を割いてもらった以上、臨時本部として使う事は拒否出来ないし費用を返すのも難しい。
「……何か取引材料を探さないとなぁ」
国連がアンジェ達との同居を暗に認めるよう、何かこちらが渡せる物があればいい。ただし、神の力以外だ。あれは、絶対に残っている事を知られちゃ不味い。
疑っている者は未だにいる。訃堂さんもその一人かもしれないし、極力使わないで人生を終えたい。となると、俺に浮かぶものなどないわけで……困ったもんだよ。
「ん?」
ため息を吐いた瞬間、スマホが振動。手に取って見れば、相手は了子。何だろうと思いつつ通話を選択。
「もしもし?」
『あっ、アナタ? 今大丈夫?』
「うん、大丈夫だけど……」
了子の声はどこか弾んでいる。何か良い事でもあったんだろうか。
『実はね、夢子がま行まで言えるようになったんですって。さっきファラから連絡が来て、キャロルとエルがお昼休みを前倒して一時帰宅しちゃったのよ』
「あ~、あの二人らしい」
何とも微笑ましい事だ。すっかり妹大好きなお姉ちゃん二人である。だけど、それだけにしては了子のテンションが高い事に納得出来ない。そう思っていると、向こうもこちらの心境を読んでいたらしく、小さく笑いながらこう言ってきた。
『で、本題はここからなの。ま行まで言えるって言ったけど、私達の子は本当に神童かもしれないわ。あの子とファラが通話させてくれたのだけど、フィーネって、そう言ったの』
「……”ふ”と”い”は言えるから、その流れで”フィ”も言えるようになったって?」
『そうらしいわ。おかげでフィーネがさっきから煩いの。私にも昼休みを取って夢子に会いに行け行けって』
完全に納得だ。そうか、フィーネが一番最初に名前をちゃんと呼んでもらったかぁ。しかも、それで夢子と会いたくて仕方ない辺り、すっかり母性に目覚めてるな、フィーネも。
「ははっ、帰ってあげなよ了子。何も早退って訳じゃないしさ」
『ダメよ。アナタも分かるでしょ? 我が家の居心地の良さ。それに、私だって母なの。我が子を愛しいって思わない訳ないのよ』
「だから一時帰宅でもしちゃったら、仕事場に戻るのが辛い?」
『分かったのなら……ああ、もう! 聞いて。フィーネがどうしても帰らないつもりなら強制的に意識を乗っ取るって脅してきたわ』
呆れ半分苦笑半分の了子の声に俺も笑みを浮かべるしかない。さて、なら俺は二人の奥さんの味方をするとしよう。
「じゃ、こうしよう。俺も今から家に帰る。で、そこで神の力を発現させた時のデータ、取ってくれないか?」
『……はぁ~、結局アナタは私もフィーネも納得させる行動をするのね。んもうっ! たまには私だけを選んでも罰は当たらないわよ?』
「残念ながら当たるんだよ。了子とフィーネは一心同体だからさ」
『……そういう事だ、ですって。もう、本当に……。まぁ、いいわ。じゃ、アナタ、我が家で会いましょう?』
「ああ、じゃあ後で」
そこで通話は終わり。さて、ではどこか人目のつかないところにでも行きますかね。そう思って俺は周囲を見渡して、ふとある店を見つけた。
「たい焼き、か」
家に帰ればスコアのみんなとエルにキャロルがいるし、了子とフィーネもそこに来る。もしかするとお義母さん辺りも誘っているかもしれないな。
そう思ってとりあえず人数分と思って、たい焼き屋へフラフラと近付いてお品書きを眺めると、うん、色々あるな。
「すみません。全種類をそれぞれ……」
言ってから脳内で計算開始。一つを半分にして食べてもらうとして、想定人数はスコア達で四人にエルとキャロルの二人、そこへ俺と了子で計八人だ。もしお義母さんがいるとしてもプラス一人。
「五つください」
「全種類五つですね。ありがとうございます」
予想外の出費だけど、家族の笑顔と引き換えならば安いもの。もしお義母さんがいない場合は、ミカが喜んでたい焼きの処理をしてくれるだろうし。
こうして俺はアツアツのたい焼きを大き目の袋に下げて帰宅の途に就いた。リビングへと向かえば、そこでは二人のお姉ちゃんが妹相手に自分の名前を呼んでもらおうとしていました。
「夢子、”え”は言えるんだから、後は”る”だけだよ。頑張って」
「夢子、”きゃ”は難しいかもしれないけど”や”を言えるようになれば大丈夫。頑張って」
「う? ねーあ……?」
で、夢子はそんなお姉ちゃん達二人に困惑気味。無理もないか。今まで二人は夢子へああして迫る事はなかったし。
「おっ、シキだゾ。お帰りなさいだゾ」
「ただいま。あ、そうだ。これ、みんなにお土産」
どうしたものかと思って立ち尽くしていると、目ざとく俺に気付いたミカが笑顔でお出迎え。なので早速とばかりにたい焼きの入った袋を差し出した。
「くんくん……甘い匂いがするゾ!」
「あら、シキさん。お帰りなさい」
「ただいまファラ。了子は?」
「お母さんならマムと一緒に来ると連絡があった。仕事を地味に片付けてから昼休みとするらしい」
ファラへ挨拶するとその背後からレイアが姿を見せる。どうでもいいけど、エプロン姿の二人は本当に家政婦さんみたいだな。
いっそメイド服とか着てもらうか? ……いや、そんな事したら今後スコアの四人の普段着がエプロンドレスになりかねない。それは可愛いし似合うしで俺の精神衛生上良くないので止めておこう。
スコアのみんなとエッチ出来るように神の力使いたくなりそうだからな。
「そっか。なら、丁度良かった。ミカ、中身はたい焼きだけど食べるのは少し待って。エルとキャロルに声かけて、了子とお義母さんが帰ってきたらみんなで食べよう」
「了解だゾっ! マスタ~、エル~、おやつだゾ~っ!」
元気よく返事をし、ミカがエルとキャロルへと袋を掲げて近付いていく。その背を見送り、俺はその場にいないガリィはどこだろうと視線を動かした。
「ガリィは?」
「ガリィは部屋の清掃です。新しく居住するアン達の部屋を完璧に掃除すると、そう言っていました」
意外だな。そう思いつつ、ガリィがああ見えて優しく気遣いの出来る事を思い出して納得。要はガリィなりにアンジェ達を歓迎しているのだろう。
ちなみに、アンジェ達をみんなも愛称と言うか通称で呼ぶようになっている。アンジェはアンで、リオはリオ、レティもレティとなっている。
若干リオとレティは不満がある感じも受けたけど、俺が付けた愛称をみんなが使う事を最終的には受け入れてくれた。ただ、アンジェだけはアンの方がより短くて呼び易いだろうと言って譲らなかったけど。
あれ、多分だけどアンジェなりのワガママだよな。だから奏達も苦笑してたんだろうし。
「もう荷物がある程度来たのに?」
「ええ。むしろだからこそ余計にかもしれません。彼女達は、マスターにとって貴重な存在ですから」
聞いて成程と納得。キャロルとエルは仲良し姉妹だが、どうしても錬金術師としてのレベルや知識はエルが劣る。
だが、アンジェはキャロルも認める程の錬金術師であり、リオやレティも高度な話が出来る相手だ。
故にガリィは三人を受け入れる気になっているんだ。キャロルが錬金術師として楽しく話が出来る貴重な相手として。
「それと、荷物は既に一度動かしてあります。ミカの力であれば余裕ですので」
「そっか」
「ただ、さすがに掃除する場所が増えました。ガリィだけでなく私達も手伝っていますが……」
「あー、そうだね。今後は奏達も来ると考えると、家事の負担は増える一方だ」
我が家の家事を担う面々は本当に凄いの一言。大の大人が二人でも辛い家具でさえ、ミカ一人で楽々持ち運び可能だし、誰でも眠気を覚える徹夜でさえドリンクやスープがあればへいきへっちゃらなのだ。
だけど、逆を言えばドリンクなどがなければ四人は満足に動けない。今は食事で稼働分を賄っているけれど、それも負荷が増えれば足りなくなる。人手不足かもしれない。
……いっそ、俺も普段は主夫になるしかないかも。
「「父さんっ!」」
と、そこへ聞こえる軽い驚きを含んだ声。顔を動かせば笑顔の娘達がこちらへ駆け寄ってくる。なのでちょっとしゃがんで腕を広げて受け止める。思い切って飛び込んでくるのはエル。少し躊躇するため一瞬間を開けてから飛び込んでくるのがキャロル。
可愛い俺の大事な娘達だ。神の力によって可能となった娘二人を受け止めるという行為だけど、それとは別に体も鍛えようと思う。ズルだけに頼り切るのは嫌なのだ。
「ただいま」
「「おかえり」」
俺の顔を見て笑顔で返事をしてくれる二人に、何とも言えない愛おしさが込み上げ、優しく抱き締める。それに二人して嬉しそうに笑みを深くしてくれるのが余計俺の心をあったかくしてくれる。
「夢子がかなり言葉を覚えてきたんだって?」
「そうなの。もう少しで五十音は全部覚えてくれそう」
「うん。僕の名前も呼んでくれるかもしれないんだ」
「そっか。でも、気持ちは分かるけど急いじゃダメだぞ。さっきの夢子、ちょっとお姉ちゃん達がいつもと違って困惑してたみたいだしね」
そう言いながらそっと体を離して頭を優しく撫でる。二人も夢子の様子は分かっていたらしく、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔で小さく頷いてくれた。
「よし、じゃあ甘いもので休憩といこうか。たい焼き買ってきたんだ。しかも、聞いて驚け。粒あんだけじゃなくカスタードにチョコ、更にゴマ餡やイモ餡という豪華ラインナップだ」
「「ゴマ餡にイモ餡?」」
「黒ゴマやさつまいもで作った餡ってとこ。変わり種みたいなものだよ」
揃って小首を傾げる二人へ教えてあげて、大きな袋からたい焼きが分けられて入っている袋を取り出しているファラへ視線を向ける。
ミカはいないので、おそらくガリィを呼びに行ったのだろう。食べる事に関して貪欲な辺りはティキに通じるとこがあるよな、ミカは。
「袋毎に皿に並べましょうか?」
「いや、そのままでいいよ。洗い物が増えるだけだし」
「そうね。それにしてもいい匂いだわ。見た目は派手じゃないのに地味に食欲をそそる」
「あれ? 父さん、五つしか入ってないよ?」
「一人一つじゃ多いから、半分ずつで食べるって事?」
キャロルの問いかけに頷いて俺は夢子の傍へと近付く。俺の顔を見るなり、嬉しそうに手を伸ばしてくるのが本気で愛らしい。
「とーさっ!」
「ただいま、夢子」
嬉しそうな声で父さんと呼んでくれるのもこの上なく喜びを感じる。近い内にとーさんと呼んでくれるようになるかと思うと、期待で胸がはち切れそうなものだけど、それで急がせる事はしたくない。
夢子を抱き抱えてゆっくりとテーブルへ向かう。と、そこでリビングへ現れる二人の女性。了子とお義母さんだ。
「ただいま~……って言うのも妙な感じね」
「ふふっ、間違ってはいませんよ。この後はシキさんの神の力を分析してみるのですから、了子さんは仕事を自宅でやるのです」
「そうなんですけどぉ」
「了子さんは不満のようですね。ならフィーネに代わりますか?」
「もうっ、マムまであの人みたいな事を」
仲良し嫁姑のような二人を眺め、俺も夢子も笑みしか浮かばない。さて、では夢子にこの場は収めてもらおうか。
「夢子、母さんとばぁばって呼んでみてくれるか?」
「う? かーさっ。う~?」
「さすがに濁音は難しいかな。なら、ぶーっ」
「……ぶ~」
言いやすいかもしれないと選択した濁音を一発で言える夢子に、俺だけでなくその場の全員が小さな感嘆の声を上げた。
「凄いぞ夢子。その感じでもう一回言ってごらん? ばー」
「……ばー」
「「あっ!」」
真っ先に反応するのは姉二人。そんな二人が驚きと喜びが混ざった表情でお義母さんを見た。お義母さんは、驚きからゆっくりと呼ばれるのを待ちわびる顔へと変わっていく。
「ばぁば。はい」
「……ばーばー」
「ふふっ、それでは理髪店ですよ。でも、嬉しいものですね。ええ、ばーばですよ」
「ばーばーっ!」
「はい、お祖母ちゃんですよ」
微笑みながら夢子へ近寄ってくれたお義母さんへ、俺はそっと夢子を差し出す。その意味を察して、お義母さんは笑みを浮かべたまま夢子を優しく抱き止めた。
「本当に重くなってきましたね。ですが、この重みこそが生きている証と思うと嬉しいものです」
「で、どうします? お祖母ちゃんと呼んでもらいますか? それともグランマにします?」
夢子に顔を触られながら微笑むお義母さんへそんな問いかけをしてみた。するとお義母さんは少しだけ意外そうな表情を見せてから夢子を見つめて、やがて小さく笑って口を開いた。
「当分はばぁばでいいでしょう。もう少し夢子が大きくなったら、この国らしくお祖母ちゃんと呼んでもらいます」
「ばーばー」
「はいはい。夢子は、一度言えるようになると何度も言いたくなるのですね」
可愛くて仕方ないとばかりに苦笑し、お義母さんは夢子を見つめ続ける。
「マム、すまないが私にも抱かせてくれないか?」
と、ここでフィーネ登場。心なしかそわそわしてる。それにお義母さんも笑みを浮かべ、頷くとフィーネへ夢子を差し出した。
「すまない。っと、本当に日に日に重さを増しているな。ふふっ、可愛いものだ」
「ふぃーねっ!」
「っ……ああ、そうだ。私はフィーネだ。フィーネ母さん、だ。言ってみてくれるか?」
「……ふぃーねかーさっ!」
「ああ、そうだぞ。私もお前の母だ。母さんだ」
「ふぃーねかーさっ。ふぃーねかーさっ」
呼ばれる度にフィーネの顔が緩んでいく。その表情は俺も初めてみる母親の顔だった。その綺麗な微笑みに俺だけでなくみんなが黙ってフィーネを見つめていた。
絵画のようにも見える光景に、誰も何も言わなかった。しばらくそうしていると、誰かの足音が聞こえてきて、そこで俺は思い出した。
「あらぁ? もうみんな揃ってるじゃない」
「ホントだゾ。お母さんとマムもいるナ」
ガリィとミカの声でフィーネが夢子を抱えたまま振り返り、俺達はその瞬間時が動き出したかのような反応をそれぞれで見せる。
ファラとレイアはたい焼きを食べる時用にお茶の準備を始め、お義母さんは小さく咳払い、エルとキャロルはたい焼きの袋を取り出しやすいように慎重に破り始めた。
「……フィーネがああなるんじゃ、アダムも微笑む訳だよ」
改めて夢子の、赤ちゃんの魔力に脱帽。その後、俺達はたい焼きを食べながらの談笑タイムとなった。
ミカが色んな味のたい焼きにテンションを上げるのは予想通りだったし、エルとキャロルが喜んでくれたのも想定内。意外だったのはマムがかなりの甘党だった事だろうか。
一番のお気に入りはチョコやカスタードと言った甘さの強い味で、粒あんは少々物足りないと言った時には驚いたものだ。了子は疲れてる時はチョコやカスタードぐらいの甘さが欲しいと言い、フィーネはゴマ餡が気に入ったらしい。香ばしい香りと味わいが古代にはなかったからだろうと思う。
で、ガリィ達はたい焼きもいいけどたこ焼きなども欲しいと言い出す始末。要は甘い物ばかりでなくああいう塩気のある物も欲しいという事だろう。まったく、いつの間にか舌の肥えてきたスコア達である。
そして場所は変わって了子の研究室。そこに了子だけでなくお義母さんやキャロルにエルもいた。これから俺の神の力を発現させて分析してみるためである。
とはいえ、正直機械を壊しかねないため、強く発現させないように注意するけど。何せ家ではエルが倹約家モードになってしまうからなぁ。
「じゃ、やるぞ」
「ええ、いつでもいいわ」
体のあちこちにペタペタとつけられた線の先に計測機があり、そこから得られるであろうデータを表示するモニタ前に四人の研究者が陣取っていた。
「よっと……」
拳を握り、神の力を発現させる。そのまま視線を了子達の方へ向けると、四人はそれぞれ真剣な表情でモニタを見つめていた。そうしていると、髪の色こそ違えど家族って感じがする。
さしづめ研究者一家だろうか。先祖は錬金術師でそれが転じて科学者にもなっていったとか。そんなくだらない事を考えていると了子がこちらへ視線を向けて頷いた。もういいと言う事だろう。
「ふぅ……どう? 何か分かった?」
「ええ。神の力はフォニックゲインに似たものだって」
「似たもの?」
「完全に同質ではないのですが、その波形などに類似性が見られるのです」
「まだ仮説の域を出ないけれど、神の力が高純度の生命エネルギーと仮定すれば、フォニックゲインも生命力と言えるため、その大本が神の力かもしれないと定義できるの」
「フォニックゲインも錬金術も、その出発点は神の力かもしれません。ううん、神の力の一端を人が発現したのがそれらなのかもしれない」
四人の説明を聞いても俺には正直理解が追いつかない。ただ、神の力がギアやローブに影響を与えられたのは、その二つが使うエネルギーの根源が神の力だからかもしれないって事ぐらいは分かった。
「そっか。ま、これで少しは役に立てたかな?」
「そうね。本当なら本部で詳しく調べたいところだけど……」
「さすがに何かあっては不味いですからね」
了子とお義母さんが揃って苦い顔をする。心なしかエルまで似た顔だ。キャロルだけは何でそんな顔をというように小首を傾げている。
「あ、そうだ。例の旅行の件だけど、アンジェ達も誘っていいかな?」
俺のその問いかけに了子達は呆れるようにため息を吐いてから、苦笑を見せて頷いてくれた。きっと奏達も同じように受け入れてくれるだろう。
あー、いっそ今回の事の慰安旅行にでもしたいなぁ。風鳴さん達も誘って、アダムやティキも含めての温泉旅行。
「……平和って、やっぱりいいよなぁ」
こんな事を考えていられる事。それをしみじみと噛み締めて、俺は体に付いていた物を外していく。この日常を守るためにも、俺は強くあるんだ。例え、翼のお祖父さんと揉める事になろうと、家族のために戦わないといけないから。
風鳴訃堂が俺の子供達や奥さん達におかしなちょっかいを出さないとも限らない以上、俺は全力で立ち向かう。神の力には頼りたくないけど、場合によっては使う事も考えないといけないかもしれない。
それでも、出来るだけ人としてだけの力で何とかしたいと思う。八紘さんも言っていた。風鳴訃堂も人なのだと。なら、俺も人として向き合わないといけないんだから……。
その日、私達は耳を疑う事を聞いた。
「どういう、事ですか?」
「言ったままの意味だ。私達の知らぬ事とは言え、このような事をしていた事を心から詫びよう。ついては、その体を元に戻せるかもしれない力に心当たりがある。そちらが望むのであれば、私達がその力を持つ者へ相談してみるが、どうだろうか?」
信じられない。そう思った。だけど、目の前にいるのは組織のナンバー2であるサンジェルマンだ。更にカリオストロやプレラーティまでいる。
見ればエルザちゃんとミラアルクちゃんは、あまりの事に動揺を通り越して呆気に取られていた。私も正直そうなりたいけれど、お姉ちゃんとしてここはしっかりしないといけない。
「……本当に、私達を人間へ戻せるんでしょうか?」
「色々と条件はあったが、オートスコアラーを生身に等しくしたと言えば信じてもらえるだろうか?」
「っ!? じゃ、じゃあ、噂は本当なのでありますか!? ティキと呼ばれる局長付きのオートスコアラーが人間になったと言うのはっ!」
「本当よん。ま、厳密には人間に近しくなった、でしょうけど」
「どっちでも同じようなものだぜ! ヴァネッサ、どうせ今まで実験動物みたいに扱われてきたんだ。なら、上手く行けば人間に戻れる道、行かない訳にはいかないだろ!」
「そうでありますっ! どちらにせよ、このままでは私達は怪物のままなのでありますっ!」
「ミラアルクちゃん……エルザちゃん……」
二人の言葉に私は覚悟を決めた。これが更なる実験だったとしても構わない。どうせこのままでは何も変わらないのだ。なら、一縷の望みを賭けて最後に縋ってみてもいいだろう。
「分かったわ。今のお話、お受けします」
「そうか。なら、まずはついて来てほしい。カリオストロ、プレラーティ、ここの事は任せても?」
「オッケー」
「任されたワケダ」
サンジェルマンの言葉に二人は頷き、私達を見てきた。その眼差しはどこか申し訳なさそうに思えて、私は意外な感想を抱いた。
本当に、ここでの出来事は幹部クラスにさえ知られていなかったのか、と。非人道的な事を行う者達は、どうやら今の幹部達からすると制裁に値する存在らしいわ。
それにしても、まさかこんな日が来るなんて。この体になってから、ずっとエルザちゃんやミラアルクちゃんと励まし合ってきた。いつかこの状況から脱する時が来るって。それが、まさかこんな形で実現するなんて思わなかったわ。
「ヴァネッサ、一体どこへ連れて行かれるのでありますか?」
小声でエルザちゃんが問いかけてくる。その視線は先頭を歩くサンジェルマンへ向いていた。
「分からないわ。だけど、今までよりはマシな場所のはずよ」
「だといいんだけどな」
ミラアルクちゃんの不安も分かる。これまでの事を考えれば、いくら幹部とはいえいきなり扱いが急激に良くなるとも思えない。
「ここでいいか」
そう言ってサンジェルマンが止まったのは、特に何かある場所でもない通路だった。
「これを使って移動する。私の傍へ来てもらえるだろうか?」
見せられたのはテレポートジェム。一体どこへ転移すると言うのだろうか。不安が募るけれど、不思議とサンジェルマンの声や雰囲気にはこちらを陥れようというものは感じられない。
「……行きましょう、エルザちゃん、ミラアルクちゃん」
「ヴァネッサが、そう言うのなら」
「ウチらもついていくぜ」
意を決して歩き出す私達を、サンジェルマンはどこか苦い顔をして見つめていた。
「そこまで警戒されるとはな。それ程君達の扱いが酷いものだったと、そういう事か。本当にすまないな」
「いえ、組織というものにはどうしても影の部分が生まれます。貴方達は光の部分ですから、影を知る事がなかったのも無理はないかと」
「そう言ってくれると助かる。だが、これからは影を払っていこうと思っているのだ。パヴァリアは、もう闇の存在でいていいものではないのだから」
気になる言葉だけど、今は詳しい話を聞いている暇はなさそうね。私達が傍に来たのを確認し、サンジェルマンはテレポートジェムを床へと叩き付ける。
その光に包まれ、周囲の景色が変わった先は、また先程と似たような、だけど人が住んでいる気配のする場所だった。
「ついて来て欲しい。ここは、話した力を持つ者が暮らす家だ」
歩き出すサンジェルマンに少し遅れて私達は動き出す。進んでいる内に、段々人の気配がして話し声が聞こえてきた。明るく楽しげなそれは、私達が長らく忘れていたものの最たるものだ。
「あら、アンじゃない。帰宅時間には早いわよ。何? さぼり?」
「違う。ガリィ、すまないがシキを呼んでくれないか。話がある」
「はいはい。ちょっと待ってなさい」
ガリィと呼ばれた、おそらくオートスコアラーは私達をチラリと見て横を通り過ぎていく。その視線は、こちらを警戒するものでも不審がるものでもなかった。ただ、どこか諦めるような感じはしたけれど。
「アン、おかえりだゾ」
「ああ、とはいえまた出かける。シキに話があって来たのだ」
「そっか。で、後ろの三人は客か?」
「そうだな。君達、何か飲むか?」
「えっ!?」
思わず無意識で驚く声が出た。エルザちゃんとミラアルクちゃんも声こそ出さなかったけど、きっと同じ顔をしてたと思う。
「どうした? 別に遠慮はいらないゾ。我が家は客に飲み物を出せない程貧乏じゃないゾ」
「え、えっと……」
「ああ、すまないな。まずは座ってもらおう。ミカ、とりあえず紅茶かミルクを頼めるだろうか?」
「了解だゾ~」
ミカと呼ばれたオートスコアラーが軽い足取りで動き出す。向かう先は、キッチン? ただ、何となくここは元々暮らすための場所ではないように思える。
大きなテーブルというか円卓があるから、きっとリビングも兼ねた食堂でしょうけど、所々に錬金術の痕跡や技術が見える。ここは、錬金術師の家、なんでしょうね。
「さぁ、好きなところへ腰かけてくれ」
「……じゃあ、遠慮なく」
錬金術師の家にしては妙に居心地がいい。何というか、警戒心や猜疑心が生まれないような雰囲気に包まれている。あったかい、とでも言えばいいのかしら。何となくだけど、実家よりも心が落ち着く感じがするわ。
私が座った場所の両隣をエルザちゃんとミラアルクちゃんが座る。すると、目の前に綺麗なティーカップとソーサーが置かれた。カップの中には綺麗な紅の液体が入っていて、とてもいい香りを漂わせている。
それだけでも今の私には、私達には贅沢と言える。ああ、紅茶ってこんなにいい香りだったのね。長い間お目にかかってなかったから忘れていたわ。
「あったかいもの、どうぞ」
「えっと、あったかいもの、どうも」
「砂糖やミルクはお好みでお願いします。では、ごゆっくり」
緑色の服を来たオートスコアラーが優しげな声と共に一礼し、私は思わず目を見張った。ここまで人の感情に近しいものを見せるなんて。
「ファラ、すまない。突然押しかけてしまって」
「お気になさらず。アンも既にこの家の住人なのですから。シキさんも、他人行儀でなくても構わないと言っていたじゃありませんか」
「それはそうだが……まだ中々な」
どうやらこの家の主人はシキという人物らしい。先程呼び出していた事からも、そのシキという人物が私達を人間へ戻せるかもしれない力の持ち主ね。
とにかく、今は出された紅茶を頂くとしましょう。……どれぐらいぶりかしらね、こんな物を飲むのは。とりあえず砂糖を一つ、いえ二つ入れて軽く混ぜる。立ち上る香りに、心なしか胸が高鳴る。
「……美味しい……っ」
一口飲んで、思わずそう呟いてしまった。それと、何故か視界が滲む。やだ、たった一杯の紅茶で泣くなんて。
「ぐすっ、美味しいのです。甘くて、優しいのです」
「ちくしょう……たかが紅茶だぜ? なのに、なのに……っ」
エルザちゃんとミラアルクちゃんも泣いている。そうよね、たかが紅茶なのよね。でも、それを今までの私達は飲む事さえも出来なかった。ああ、あったかい。こんなあったかいものを口にしたのはどれぐらいぶりかしら。
「よければお茶請けにどうぞ」
「私達が焼いたクッキーよ。地味に美味しいわ」
泣きながら紅茶を飲む私達へ、様々な形のクッキーが乗った皿が置かれる。視線を上げれば、ファラと呼ばれたオートスコアラー以外に黄色い服のオートスコアラーがいた。
「いいので、ありますか?」
「遠慮はいらない。出来れば味の感想を言ってくれると地味に次回に役立つ」
「レイアの言う通りです。今日のは少し挑戦的な事をしてみましたので」
「そういう事なら……」
「遠慮なく、であります」
クッキーへ手を伸ばして口へと運ぶ二人を見て、レイアと呼ばれたオートスコアラーが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……美味しいでありますっ! ジャムが入ってるであります!」
「こっちはホワイトチョコだぜ! うめえよこれっ!」
「派手な感想、ありがとう」
「そちらも、よければどうぞ」
「……いただきます」
心からの笑顔を見せる二人を見ていると、私も笑顔が浮かんでしまう。そんな笑顔のままで、私は四角いチェック模様のクッキーを手に取り、一口齧る。
黒い部分はココアでも混ぜたのか少しの苦みとカカオの香り、そして甘さがあって紅茶に良く合う。白い部分は逆に従来のクッキー生地で、癖もなく美味しい。
皿の上のクッキーと紅茶は、気付けばすぐになくなっていた。たったそれだけで、私は心が温かくなっているのを感じた。人らしく扱われていると、そういう事だと分かった時、私は思わず涙が出そうになる。
これまで私達を怪物と扱ってきた者達と違い、彼女達オートスコアラーという人でない者達が人間として扱ってくれているという皮肉。だけど、だからこそ、何よりもその優しさが心に沁みる。
「アンジェ、お待たせ。俺に何か用だって?」
そんな時聞こえてきた声に私達は揃って顔を動かした。そこにいたのは、優しげな雰囲気のする男性。この男が、シキという名の人物のようね。
「ああ。その、彼女達の事でな」
「彼女達? あっ、いらっしゃい。我が家へようこそ」
「お、お邪魔しています」
「しているのであります」
「邪魔してるぜ」
戸惑う私と違い、紅茶とクッキーで緊張が緩んだのか、エルザちゃんとミラアルクちゃんはどこか柔らかい雰囲気を見せていた。
「それで、あの綺麗所三人がどうしたの? 格好がまるで手術着みたいだけど……」
「実は、彼女達はパヴァリアの一部が行っていた、非人道的な行為の被害者達だ」
「……それで?」
シキという男の雰囲気が変わった。それまでの優しげな雰囲気から一転して厳しい感じの表情と顔つきへと。
「簡単に話をすると、彼女達の体は普通の人間と異なる状態へ変わってしまっている。私達では、元に戻す事は不可能だろう」
「……そういう事か。ティキと同じ事が起こせれば、って事だね」
「ああ。頼めるだろうか? 知らなかった事とは言え私は幹部だ。自分の属する組織の行いは、出来る限り責を取りたい」
そのサンジェルマンの言葉に私は息を呑んだ。本気で彼女はそう思っているのかと、そう伝わったからだ。薄々噂だけは聞いていた。局長含め幹部達が組織の改革を始めたというのは。
だけど、それが私達に影響などするはずないと思っていた。所詮私達は末端の実験動物にも等しいのだから、と。
それなのに、彼女は私達へも手を差し伸べてきた。それだけでなく、この忌まわしい体を知って、元に戻せる術を考えてもくれた。正直言おう。それだけでも私は十分。
この機械の混ざった体でも、人に紛れて生きていく事は出来るもの。ただ、エルザちゃんとミラアルクちゃんは見た目でちょっと苦労しそう。だから、二人だけは何とかしてあげて欲しい。
「……やるだけやってみるよ。ただ……」
「分かっている。ティキの時とは状況も異なっているからな。結果が出なくても仕方ない」
「でも、俺に出来るだけの事はしてみる。それでも失敗だった時は、ごめん」
シキという男はそうサンジェルマンへ告げると、私達へとゆっくり近づいてきた。その表情はどこか凛々しく見え、だけど同時に優しさも感じさせる何かがあった。
「えっと、君達の名前を教えてもらえるかい? 俺は要シキ。この家の家長だ」
「ヴァネッサ・ディオダディです」
「エルザ・ベートであります」
「ミラアルク・クランシュトウンだ」
「ありがとう。じゃあ、まずはエルザちゃんからやってみるよ」
そう言ってシキ、さんでいいわね。シキさんはエルザちゃんの目の前へ手を差しだした。
「俺の手を掴んで、強く想って欲しいんだ。元の体に戻りたいって」
「想えば、いいのでありますか?」
「うん、ただし強くだ。心の底から願って欲しい」
「……分かったであります」
エルザちゃんがシキさんの手を掴む。すると、シキの体が淡く輝き始めた。その光は、とても優しく温かい感じがした。ミラアルクちゃんも驚きながら無言でその輝きを見つめている。
エルザちゃんは、驚きつつも握った手を離さずにいた。すると、シキさんはそんなエルザちゃんへ淡い輝きを纏ったまま微笑みかけたのだ。
「驚かせてごめん。だけど、今はそれよりも自分の願いに集中してくれるかな? 俺の力だけじゃ、君の願いは叶えられないんだ」
「わ、分かったのでありますっ!」
目を閉じて強く願うように手を握り締めるエルザちゃん。すると、その体へシキさんを包んでいる光が流れ始める。
「お、おい、大丈夫なのかよ?」
「ミラアルクちゃん、今は黙ってましょう」
「あ、ああ……」
何となく邪魔してはいけないと思い、私はミラアルクちゃんを制止する。目の前では、エルザちゃんが光に包まれていた。その優しく温かな輝きを、エルザちゃんはどう感じているのかしら。
「エルザちゃん、声に出してみて。自分の、心からの願いを、想いを」
「私めは、私めは……私はっ! 人に戻りたいでありますっ!」
その瞬間、エルザちゃんが眩しい光を放った。思わず私とミラアルクちゃんは目を逸らす。眩しさが薄れて、目を開けたそこには……
「え、エルザちゃん?」
「マジかよ……」
獣のような耳が消えたエルザちゃんがいたのだ。それだけではなく、完全にそれまであった人らしからぬ部分が体から消えていた。
「わ、私、戻ったのでありますか? 人間に、人に、戻れたのでありますかっ!?」
「うん、みたいだよ。エルザちゃんの強い想いが、願いを叶えたんだ」
「っ! ありがとうございますっ! このご恩は一生忘れないのでありますっ!」
「いいよ。その言葉だけで十分さ。今まで、よく頑張ったね。今のは、そのご褒美だと思ってくれればいい。俺に感謝するんじゃなく、これまでの自分を褒めてあげればいいんだよ」
「ぁ……」
シキさんが労う言葉と共にそっとエルザちゃんの頭を撫でる。その言動でエルザちゃんはみるみる目に涙を浮かべて泣き出した。だけど、それは怒りや悲しみの涙じゃない。
今までの苦労を、我慢を、全て包み込むような一言で流れた涙だ。なら、気の済むまで流させてあげないといけない。
「ヴァネッサぁ……」
「いいのよ、今は泣いて。やっと夢が叶ったんだもの。エルザちゃんの涙が枯れるまで、好きなだけ泣きなさい」
「そうだぜ。お前はその小さな体で今まで頑張ってきたんだ。だから、思いっきり泣くんだぜ」
「ぐすっ……ミラアルクぅ……」
それを切っ掛けにシキさんがエルザちゃんをそっと私達の方へ押しやった。エルザちゃんはその後押しに甘える形で私の胸へ飛び込み、声を上げて泣き始めた。その頭を優しく撫で、私はシキさんへ視線を向ける。
彼は、とても嬉しそうな微笑みを浮かべてこちらを見ていた。その姿に、私は何故か神を見た、気がした。背中に太陽を幻視したからだろう。
そんな事はないと思って目を閉じて開けると、もうそこに太陽はなく、ただ優しげに笑うシキさんがいるだけだった。
「……何とかなった、かな?」
目の前で抱き合いながら涙する三人を見つめ、シキは安堵するように息を吐いた。神の力による本来の体への変化。それが成功した事による疲労と安心からの言葉。
きっと赤の他人だったはずの三人が共に抱き合って喜びあう姿に、シキは静かに笑みを浮かべて頷くも、すぐにある事に気付いてサンジェルマンへ視線を向ける。
「どうした?」
「……アンジェ、彼女達はこれからどうするんだい?」
その問いかけにサンジェルマンは即答出来なかった。パヴァリアによって非人道的な扱いを受けていたヴァネッサ達を再び組織に入れる事は無理であるし、何よりも本人達が拒否するだろうと思っていたのだ。
だからと言って今更日常へ戻すとなっても、三人それぞれに行くあてがあるとは思えない。それに何より、三人の絆はどう見てもこれで切れるようには見えなかった。
「……彼女達自身に決めてもらおうと思う。まず、組織に残るのか否かを」
「絶対残るもんかっ! であります!」
「そうだぜ! ウチとエルザは元々パヴァリアに入りたかった訳じゃねぇ!」
「私も、もう組織にはいたくありません。知りたくもなかった事を、色々知ってしまいましたし」
「……だ、そうだ」
どこか分かっていたかのように頷き、サンジェルマンはシキを見た。その視線が何も力になれない自分への悔しさや情けなさを宿している事に気付き、シキはヴァネッサ達へ顔を向ける。
「それじゃ、これから君達はどうするんだ?」
「……三人で、生きて行こうと思っています」
「えっと、当てはあるの?」
「それはないでありますが、何とかするであります」
「ウチら三人揃っていれば、何とかなるぜ」
そこでシキは気付いた。三人は半ば自棄になっていると。パヴァリアに戻るつもりもいる気もないから、それを拒否するために頑なになっているのだろう。
そう判断して、シキはならばとある提案をする事にした。これならば三人も落ち着いてくれ、尚且つその今後の動きも色々と選択肢が増やせるだろうと。
「じゃあさ、しばらくでいいからここで住み込み家政婦してみないか?」
「「「え?」」」
「賃金は、そう高くないけど支払うし、勿論三人一部屋だけど寝床と三食の食事なんかも出す。で、それで世の中の情報や資金を集めて、ある程度三人で今後の事を具体的に決めてから出て行けばいいよ。どうかな?」
あまりの事にヴァネッサ達は目を丸くしてシキを見ていた。何故自分達にそこまでしてくれるのかと、その顔は雄弁に告げていた。
「ど、どうして私達にそこまで?」
「この国の言葉にこういうのがあるんだ。袖振り合うのも多生の縁ってね。まぁ、知り合ったからには放っておけないって感じでいいよ。それに、俺は可愛い女の子や綺麗な女性に弱いんだ」
「か、可愛いでありますか?」
「と、とんだナンパ野郎だぜ」
「綺麗……久しぶりに言われたわ」
シキの言葉に初心な反応を見せるエルザ。照れ混じりだが悪態を吐くミラアルク。一人ヴァネッサだけが遠い目をしていた。だが、三人してシキの提案を断るつもりはないようで、揃って顔を見合わせるとやや間を置いてから頷き合ったのだ。
「今のお話、受けさせてもらいます」
「ん。じゃ、まずは部屋を用意してもらうよ。お仕事は明日からで、今日はお客さんって事にしておくから」
「い、いいのでありますか?」
「いいよ。色々あって疲れてるだろうし、ここはきっと三人の暮らしてた場所と違う事だらけで覚える事や知っておく事も多いから。今日は、まず体と心を休めておいて。ファラ」
「何でしょう?」
「彼女達に軽く家の事を案内してあげて。明日から君達の同僚になるから」
「同僚、ですか。分かりました」
シキの行動は早かった。即断即決。そこには彼が目指す二人の男の影響が見え隠れしている。そんな立派な男らしく振舞うシキを、三人は驚きと感謝の気持ちで見つめていた。
(体を元に戻してくれただけでなく、私達の今後まで考えて世話をしてくれるなんて……。本当に神様みたいな人だわ)
(優しい人なのであります。今まで生きてきて、初めて出会ったぐらい、優しくてあったかい人であります……)
(お人よし、なんだぜ。だけど、今はそのお人よしが体と心に染み入るぜ……)
怪物とされていた体を戻され、荒みきろうとしていた心を癒され、三人はシキに神を見ていた。だが、それは崇拝や信仰の対象ではなく、あくまでもらしく思える相手という事だったが。
ともあれ、三人はファラの案内でシャトーの中を見て回る事となる。そこで彼女達は思うのだ。ここは本当に家なのだと。
大浴場には驚愕と感嘆を漏らし、物干し台では懐かしさを覚え、大広間には、ここを掃除する事になるのかと若干の疲労感を抱いて。
「では、夕食までごゆっくり」
最後はこれからの住まいとなる部屋へ通され、ヴァネッサ達はドアが閉じられた瞬間にベッドへ座り込んだ。
「何か、とんでもない事になっちまったぜ」
「そうね」
「色々あって疲れたであります……」
肩を寄せ合うようにもたれ合う三人。それでも、その顔はどこか笑っている。
「ここから始まるでありますね。私達の新しい人生」
「ああ、そうだぜ。文字通り生まれ変わったしな」
「どちらかと言うと、変わったと言うよりは戻ったでしょ? だけど、こんなにも明るい気持ちになったのは久しぶりね」
「……シキさん、良い人でありますね」
「本当だぜ。お人よしの上にバカが付くぜ、あれ」
「でも、まだ油断しちゃ駄目よ。オートスコアラーがいて、こんな場所を家としているんだもの。組織と繋がりがあるのは明白。もしかしたら、私達を何かの目的で利用しようとしてるのかもしれない」
そう言いながらヴァネッサはどこかでそんな事はないと思っていた。それならば客人として扱い続け、この中を自由に動き回れないようにするはずだと。
ヴァネッサもシキを信じたいと思っていたのだ。超常の力を使い、忌まわしい体をもう望めないかつての状態へ戻してくれた事で、彼女もシキへ強い感謝と恩義を覚えていたのだから。
「分かったであります。ヴァネッサが言う通り、まだまだ油断はしないであります」
「ま、そうだな。考えてみれば、あいつも組織の幹部と親しげに話してるような奴だ。なら、ここも実は組織の施設って可能性もない訳じゃないぜ」
そう返すエルザとミラアルクだが、その声に警戒心は宿っていない。彼女達も分かっているのだ。ここは、今まで自分達がいた場所とは根本的に何かが違うと。
「とりあえず、まずは休みましょう。えっと、ベッドは一つしかないから……」
「先程説明されたふとん、というのを敷くでありますか?」
「ふとん、ねぇ。こんなもんで寝られるのか? てか、敷いたら狭っ!?」
「仕方ないわよ。きっと本来は一人で使う部屋なんだもの」
「……なら、ちょっと提案があるのであります」
それから数分後、ヴァネッサが部屋を出てリビングへと向かいミカと共に部屋へ戻る。そして程なくしてベッドをミカが運び出す事となった。代わりに布団が一組追加され、彼女達は三組の布団を寄せ合って眠る事にしたのだ。
それは、これまでと同じ過ごし方。だけども、その温もりやあったかさは大きく異なる。夕食になったら起こしにくるとミカが言ってくれた事もあり、三人は久々に心から休まる時間を過ごす事となる。
―――この幸せが、ずっと続きますように……。
心の中で同じ事を思いながら、三人はすぐに眠りに落ちる。その手は、掴んだ幸せを逃すまいとするかのように、強く繋がれていた……。
ヴァネッサ達が眠りに落ちた頃、シキはリビングで椅子に座り、腕を組んで悩んでいた。
「どうしようかなぁ……」
人手不足気味だった家事担当を急遽ヴァネッサ達で埋める事を思い付いたまでは良かったが、その給金をどうするかを決めかねていたのだ。
何せ三人を雇うのは完全にシキの独断。そこに当然だが経費などは出るはずもなく、シキの個人資産から賄う事となる。そのため、彼は最低賃金を守るか否かという事で頭を悩ませていた。
(俺の給料は、血液中の成分が医薬品へ転用出来そうって事で上がる可能性が高い。でも、それだって爆発的な上がり方じゃないし……)
一人であれば何とか出来る。だが、三人ともなれば話は別だ。最低賃金を支払っていけば、シキの給料など残るかどうかさえ怪しい。かと言って安い賃金でこき使うのもシキとしては躊躇われるのだ。
「何悩んでるか分からないけど、あの三人なら、衣食住付けてあれば給料にはそこまで文句言わないわよ」
「かもしれないけどさぁ……」
「あのね、あんたのそういうとこは美点でもあるけど欠点でもあるの。向こうからすれば、あんたの申し出はこの上なく破格の条件よ。その上給料まで良くしたら逆に怪しむわ。裏があるんじゃないかって」
「……かも」
「だから給料は最低でいいわ。その分部屋と食事に仕事着があると思わせなさい」
「ガリィの言う通りだ。そう説明する」
お人よしに加え相手が美人ともあり、シキの思考はどこまでも良い人であろうとしていると見抜いたガリィの指摘は的確だった。これもガリィでなければ出来ない事だろう。
ミカではそこまで頭が回らず、ファラやレイアでは言い方が幾分優しくなってしまうためだ。こうしてシキの悩みは解消されるのだが、今度は別の問題が発生する。
「三人の仕事着、どうしよう?」
突然ここへ連れてこられたヴァネッサ達に着替えなどある訳もなく、下手をすれば下着の替えなどもあるかどうか。そう気付いたシキは、明日の三人の予定を決めた。
それは買い物。当座の服は背格好の近い女性陣に頼るとして、その借りた服装で最低限の物を用意するのだ。と、そこでシキはある事を閃いた。
「……アンジェはあの三人へ責任を取りたいって言ってたな」
それはパヴァリアから三人への慰謝料としてそれらの代金を支払ってもらう事。それであればシキの懐が痛む事もなく、また三人への詫びをしたいと考えるサンジェルマンの思惑とも合致する。
思い立ったが吉日とばかりにサンジェルマンへ連絡を入れるシキ。彼の提案をサンジェルマンも快諾し、翌日の買い物へはカリオストロが同行する事となる。
静かに変わり出すノーブルレッドと名乗るはずだった三人の運命。それもまた、シキがいたからこその変化であった。ただ、誰もそれを知らない。知りようがない。
誰かに利用され続けるはずだった三人の人生は、ひょんな事から大きく変わり、自分達でその道を選べるようになろうとしていた。
さて、そんな事があっての夕食時、当然のように帰宅した了子達が見知らぬ三人の姿に説明を要求したのは言うまでもない。
「……と言う訳で、しばらく我が家で働いてもらう事になったんだ。えっと、軽く自己紹介をしてもらっていいかな?」
「はい。ヴァネッサ・ディオダディです。よろしくお願いします」
「エルザ・ベートであります。よろしくなのであります」
「ミラアルク・クランシュトウンだ。よろしく頼むぜ」
「……口調に癖があるのが二人いるのか。まぁ、残る一人は明らかに父さん好みの女性だけど」
「きゃ、キャロル……」
キャロルの言い方にエルが苦い顔を見せる。その一方で視線を向けられたヴァネッサは若干警戒するようにシキを見ながら体を隠す。
「あー、うん。否定はしないよ。ヴァネッサさんは魅力的だからね」
「っ! そ、その、ありがとうございます」
「ないと思うが、立場を使ってヴァネッサに変な事しようもんなら……っ!」
「私達が黙ってないでありますっ!」
「心配しなくていいわよん。この人はスケベだけど、相手の合意なくそういう事が出来ないヘタレだもの」
「了子、言い方」
「事実でしょ? だから警戒しなくてもいいわ。もし万が一そうされたら教えて頂戴。しっかりお仕置きしておくわ」
最後にウインク一つ。そんな了子にヴァネッサ達は意外な印象を受けていた。てっきりもっと嫌がられるか微妙な顔をされると思っていたからである。
了子がシキの妻と紹介され、キャロルとエルが娘と言われた事もあり、三人はここが本当に家でありパヴァリアの施設ではないと実感する事となったのだが、その一番の要因はやはりあの子であった。
「かーさっ」
「はいはい。夢子もお腹空いたのね」
了子に抱き抱えられ、その乳房へ嬉しそうに吸い付く夢子。その赤子の存在こそが三人がここを組織とは関わりない、シキ達の暮らす家と確信するに至った最大の理由だった。
「可愛いであります」
「ああ、無邪気なもんだぜ」
「「夢子が可愛いのは当然だから」」
夢子を眺めて微笑むエルザとミラアルクへ、シキとキャロルが声を揃えてそう告げる。そんな二人にエルが苦笑いし、了子は呆れるように息を吐いてから小さく笑みを零す。
スコア達はもういつもの事だとばかりに取り合う事もせず、黙って食事を進めていた。そんな様子にヴァネッサ達は家族の団欒と言うものを実感する。
(これが、ここでは日常なのね。微笑ましいと、そう言えばいいのかしら……)
(いつものやり取り、なのでありますね、ここの人達にとっては。私達も、この中に入れるのでありますか?)
(家族、かぁ。こうやってみてるといいもんだぜ。でも、絶対あの二人って実の子じゃないよな? 髪色どっちにも似てねーし)
ただ、ミラアルクだけが薄々シキ達の真実に気付きつつあったが。
それでも和やかに、穏やかに時間は流れる。ヴァネッサ達のささくれていた心を、ゆっくりと癒すようなそんな時間は。
そして翌日の予定について言われた時、三人は驚きを見せた。
「ぱ、パヴァリアが慰謝料?」
「そ。まぁ、そういう形で明日君達の着替えや仕事着なんかを用意するんだ。で、そのための財布としてカリオストロが来てくれる」
「ま、マジかよ。幹部がウチらのためにわざわざ?」
「し、信じられないのであります」
驚きを隠す事なく顔に出すミラアルクとエルザ。ヴァネッサは声にこそ出さなかったが、その表情はやはり驚きに包まれている。
ちなみに、今の三人の格好はシキが貸したTシャツにジャージのズボンである。まるで修学旅行の学生のようであるが、三人にとっては初めて見るズボンだったため、特に不満も文句もなかった。
「それだけ君達の事は、アンジェ達にとって心を痛める事だったって事さ。自分達のあずかり知らぬところで行われていた非人道的な実験。そのために行われていた拉致誘拐。どれをとっても人類の支配の軛からの解放を目指すアンジェ達からすれば許せる事じゃない」
「それに、例えアン達が何もしなくても私達は貴方達へ手を差し伸ばすわ。同じ人間ですもの。その尊厳や権利を踏み躙られた痛みや辛さは、完全には無理でもある程度は分かるつもりよ」
「いきなり私達を信じて頼ってと言っても難しいだろうけど、それでも少しぐらいは信じてくれると嬉しい」
「僕達は、皆さんを歓迎します。ここでゆっくり体と心の傷を癒してください」
「あー」
「夢子もそうしてって言ってるよ」
無邪気な笑顔でヴァネッサ達へ手を伸ばす夢子を見て、三人は小さく笑みを零した。まだ完全に心を開く事は出来ないが、それでもここの住人達を信じてみてもいいかもしれないと、そう思って。
「一ついいでしょうか?」
そこへファラが声を上げた。シキ達が視線を向ければ、ファラだけでなくミカ達残りのスコア達も言いたい事があるらしく、全員がヴァネッサ達を見つめていた。
「彼女達は明日から私達の同僚となるそうですが、割り当てはどうしましょう?」
「あー、そうだね。ヴァネッサさん達は、炊事、洗濯、掃除の中でどれならやっていけそうかな?」
思わぬ質問にヴァネッサ達は目を丸くして顔を向け合う。そして小声で話し始めた。
「ど、どうするでありますか? 私めは、自慢ではないですがどれもやった事ないであります」
「ホントに自慢になんねーじゃねーか。ま、ウチもどれも得意じゃないけど……」
「……情けないけどお姉ちゃんもよ」
「な、もしやった事ないなら一度全部やってみるといいゾ。それでどれがいいかを決めた方がいいと思うゾ」
もっともなミカの意見にヴァネッサ達は小さく頷き合い、視線をシキへと向けた。それが返事だと察してシキは苦笑しつつ頷いた。
「なら、とりあえず三人一組で動いてもらおうかな。最初は、掃除が無難だろうね」
「じゃ、ガリィちゃんが教育係ねぇ。どうやって扱いてあげようかしら?」
「ガリィ、あまり怖がらせないの」
「だ~いじょうぶですよ、マスター。ちゃんと加減はしますからぁ」
「ご、ごめんなさい。ガリィはこういう言い方をしますけど、ちゃんと優しくて気遣いも出来るんです。心配はしなくても大丈夫ですから」
ガリィの言動に若干警戒心を見せるヴァネッサ達へエルが若干慌てて説明を始める中、キャロルがつり目になってガリィを睨みつけていた。
「嫌ですよマスター。ガリィちゃんなりのジョークじゃないですかぁ」
その視線をどこ吹く風とばかりに笑い飛ばし、ガリィは平然と告げる。だが、キャロルは目付きを変えないままでこう言い返した。
「それは分かってる。だけど、それを今日来たばかりの三人に分かれって言うのは無理」
「そうねぇ。ガリィ、今のはまだ早いわよ。もう少し三人がうちに慣れたらにしなさいな」
「はぁ~い」
「母さん、そういう問題じゃ」
「いいじゃない。ああいうのがガリィらしさだもの。欠点かもしれないけど、私は嫌いじゃないわ。キャロルだってそうでしょ?」
「そうだけど、今は……」
了子とキャロルの会話を眺めていたヴァネッサ達だったが、そこへ白くて綺麗な手が差しこまれる。ファラの手だ。
「お代わりはいかがですか?」
「え? あっ、もらうでありますっ!」
「ウチもだぜっ!」
「エルザとミラアルクはお代わりですね。ヴァネッサはどうします?」
「ええっと……お願いします」
既に馴染み始めているようなエルザとミラアルクに小さな驚きを抱きつつ、ヴァネッサはファラの確認にそっと恥ずかしそうに茶碗を差し出すのだった……。
「あ~、何か今も信じられないぜ……」
でかい、ゆぶね、だったか。それに入って腕を伸ばす。初めて日本式のバスルームを使うけど、結構いいもんだぜ。てか、これはマジでヤバいな。体中の疲れが溶けて流れていくみたいだぜ。
「本当なのです。夢を見てるんじゃないかって、そう思うのであります」
「そうよね。あの力、一体何なのかしら」
ヴァネッサへ寄り掛かるエルザは、今にも寝るんじゃないかってぐらいに蕩けてやがる。ま、気持ちは分かるんだよなぁ。これ、本気で気を抜くと寝そうになる。
「よくわからねーけど、ウチはどうでもいいぜ。あの光は、悪いもんじゃない。そう体で感じたからさ」
あのシキって奴と手を繋いで、目を閉じて心の底から戻りたいって願った時、体中にあったかいもんが流れてきた。あれは、絶対嫌なもんじゃないぜ。そう体中と心で感じ取ったんだ。
「……そう、ね。それはお姉ちゃんも同感よ。だけど、だからこそ余計気になってるの。あの力は、おそらく人知を超えている。そんな力を、一体どこでシキさんは手に入れたのかしらって」
そう言ってヴァネッサは考え込むような表情になった。ああなったらしばらくは無理だ。なのでウチは視線をヴァネッサからエルザへ向けた。
おいおい、本気で寝てないかこいつ。ヴァネッサが思考モードになってるから気付いてねーけど、目を閉じてゆっくりと顔が湯に浸かりそうになってるぞ。
「ったく、仕方ない奴だぜ」
ざばざばと湯をかき分け、エルザの体を支えてやる。ついでに軽く頬を叩いて起こす。
「んっ……ミラアルク、でありますか?」
「起きたか。寝るなら部屋戻れ。ここで寝たら風邪引くぞ」
「……そうでありますね」
ふらふらと立ち上がり、覚束無い足取りで歩き出すエルザを見て、ウチもついていく事にした。け、けっしてウチも寝そうだからとかじゃない。
「ヴァネッサ、ウチはエルザと部屋に戻ってるぜ」
「……ぇ? え、ええ。あっ、ちょっと待って。お姉ちゃんを一人にしないでっ」
ウチがエルザの手を掴んで歩き出すのを見て、ヴァネッサが慌てて立ち上がったらしい。後ろで大きな水音がしたからな。
にしても、ここは本当にあったかい場所だぜ。あの暗くて陰気な場所とは正反対だ。それに、暮らしてる奴らも、ううん人達もあったかい。シキは言うまでもなく、了子やキャロル、エルにミカ達オートスコアラー達もだ。
おっと、夢子を忘れるとこだったぜ。下手すりゃ、あの子が一番あったかい。色んな意味で。
「ミラアルク……」
「ん?」
そんな事を思いながらバスタオルでエルザの体を拭いてると、寝惚けた声でエルザがウチの名前を呼んだ。
「私達、幸せになっていいのでありますか?」
「……当たり前だぜ。シキも言ってただろ? ウチらは今まで辛い事や苦しい事を頑張ってきたんだ。その分、報われないといけないんだぜ? これは、これまでの事へのご褒美だ。だから、遠慮なく受け取ればいいんだよ」
「……そうで、ありますね」
力なく笑うエルザ。どうやら眠気が強いらしいな。ったく、しょうがない奴だ。こうしてウチはエルザの体を拭いてやり、その体を長椅子、みたいな奴に寝かせて体を拭く。
「ちょっとぉ、酷いじゃないミラアルクちゃん。お姉ちゃんを置き去りにしようなんて」
するとヴァネッサが脱衣所に姿を見せて軽く文句を言ってきたから言い返す。
「ヴァネッサが考え事モードになってたから気を利かせてやったんだぜ。むしろ感謝しろよな。黙って出てく事も出来たんだ」
「うっ……ミラアルクちゃんがお姉ちゃんをいじめる~」
「はいはい。いいから体拭けよ。で、今度は朝まで寝ようぜ。明日が、ウチらの新しい人生の始まりだ」
「……そうね。うん、そうだものね。よし、じゃあ早く部屋へ戻って寝ましょうか」
言って自分でも驚くぐらい明るい声が出た。ヴァネッサからもこれまで以上に穏やかな声が返ってくる。そうだ、そうなんだ。ウチらはやっと取り戻したんだ。
人の体だけじゃない。人としての日々を、時間を、幸せを。当たり前だった色んなものをだ。それをこれからも掴み続けてやるぜ。
でも、ま、まずはこの家で頑張るとするか。三人でどう生きていくかを考えるためにも、そして、ウチらにあったかい場所やものをくれた人達へ恩返しするためにも、な。
「何か久しぶりだね、こうやって寝るの」
「そうだね」
リディアンの女子寮の一室。そこの二段ベッドの上段で寝そべり、響と未来は向き合って笑い合っていた。
彼女達がそうやって寝るのは、響が自慰を覚えてから回数を減らし、もう一年近く経過していたのだ。勿論、性的な行為をする時は一緒だったが、そういう事を抜きで寝るのは本当に久しぶりだった事を補足しておく。
「それにしても、どうして急に?」
「ん? うん、何となく」
「何となく、かぁ。でも分かるかも」
「え?」
まさか同意を得られると思っていなかったのか、未来が小さな驚きを表情に見せる。そんな彼女へ響は軽く微笑むと、真っ直ぐ未来の目を見て告げた。
「私も、今夜は未来と一緒に寝たかったから」
「響……」
そっと繋がれる手。その温もりに未来は安堵感を覚えて微笑む。太陽と陽だまり。その関係はシキと結ばれた後でも変わりなく、いやもっと強く結びついたと言えた。
やがて、どちらからともなく目を閉じてキスをする。軽く触れるだけのキスを。友情を超えて愛情を示す、そんなキスを。
「……何か、夫婦みたい」
「間違ってないよ。シキさんとこうなる前は、散々からかわれたじゃない」
「……そうだった」
「うん、そうだった」
「それが、今じゃ同じ花嫁さん」
「まだ、予定だけどね」
「確定だよ。シキさんは、言った事を絶対曲げないもん」
「響みたいにね」
指を絡め合い、視線を絡ませ合い、二人は楽しげに笑う。一人の男が変えてしまった二人の関係だが、それは下手をすれば男が関わらずともなってしまっていたかもしれないと、どこかで思いながら。
「もう、ギアで戦う事はないかな?」
「ないと思いたいね。だけど、もしあっても私はもう戦う事を止めないから」
静かだが強い言葉に響が驚き、ゆっくりと微笑みを見せる。
「そっか。じゃ、何があってもへいき、へっちゃらだね」
「そうだよ。相手が例え神様だって、今の私達なら負けないもの」
「……シキさんが相手だったら?」
「……ベッドの中じゃ、絶対勝てない」
そこで二人揃って笑いだし、体を震わせる程笑った。そうやってある程度すると、静かになったベッドから寝息が二つ聞こえ始める。
響と未来は、手を繋ぎ合ったまま、嬉しそうな寝顔で夢を見ていた。それは、いつか未来が見た夢の続き。響と未来がウェディングドレスに身を包み、同じ男と腕を組んでいるものだ。
ただ、あの時は見えなかった新郎の顔が今回ははっきりと見えていた。それはシキ。幾分今よりも凛々しくなった表情で、シキは響と未来を抱き寄せてこう告げたのだ。
―――遅くなったけど、迎えに来たよ。
翌日、二人揃って学院終わりにシキへ会いに行ったのは言うまでもない。そこで彼女達は知るのだ。新しく要家へ加わった三人の女性の事を。
そして思うのだ。彼女達も、いつか自分達と同じになってしまうのでは、と。ただ、今のシキが自発的に女性へ手を出す事は考えられないので、二人の予想としてはこうだったが。
―――ね、ヴァネッサさん達、ここで暮らしてたらシキさんの事実、知るよね?
―――うん。それで、時間が経つにつれて好きになっていって……
―――揃ってお嫁さんに、だったりして。
果たして二人の予想が当たるのか否か。その答えは、神のみぞ知る……。
AXZ編、完。そして、一応便宜上XV編の始まり。
ヴァネッサ達は神の力で怪物ではなく人間へと戻りました。本編と逆ですね。
そして始まる三人娘の家事奮闘記。
頑張れヴァネッサ。頑張れエルザ。本当に頑張れミラアルク。君が三人の中ではツッコミ役だ。