パヴァリア光明結社の幹部にしてナンバー2の錬金術師。
理想のために己さえも犠牲にする事を厭わず生きてきたが、シキや響との触れ合いによって自身が人に絶望していた事を知ってしまい、その理想を叶える術を変えるに至る。
現在は組織の改革に励むアダムを支えつつも監視するという日々を送っている。
ちなみに愛称はアンジェであり通称はアン。これは、シキだけの特別をなくしたくないという彼女のワガママの象徴である。
カリオストロ
パヴァリア光明結社の幹部にしてサンジェルマンを支える両翼の一人。
かつては男性詐欺師であったが、サンジェルマンとの出会いを期にそれまでの人生に別れを告げて女性となる。
現在はティキへのファッションアドバイザーをしつつ、組織改革に励むアダムやサンジェルマンを支えている。
シキに付けられた愛称がそのまま通称となった事には不満を抱いているものの、夢子がリオと呼び易そうにしているので満更でもないようだ。
プレラーティ
パヴァリア光明結社の幹部にしてサンジェルマンを支える両翼の一人。
かつては男性研究者であったが、サンジェルマンとの出会いを期にそれまでの人生に分かれを告げて女性となる。
現在は主席研究員として職務に励みつつエルと親交を深めており、錬金術の師として慕われ始めている。
シキに付けられた愛称がそのまま通称となった事には若干の不満を抱いていたが、エルにレティさんと呼ばれる時はどこか嬉しそうにしているらしい。
「「「お休み?」」」
揃って目をパチクリさせるヴァネッサ達に笑みが浮かぶ。何というか、こうも想像通りのリアクションをされると嬉しくなるな。
「そう。もう三人共家事に慣れてくれたみたいだし、ここらでちゃんと休養をしてもらおうと思ってさ」
「で、でも、家事は毎日の事でありますし」
「いいのですよエルザ。私達と違って貴方達は生身の体。修復などがいつでも出来る訳ではないのですから」
「一日休む事は地味に大事。体だけではなく心も休ませるには派手な買い物や外出も必要よ」
「そういう事。ま、一日ぐらいあんた達がいなくても平気よ」
「なんたって、これまでそれでやってきたからナ。な~にも心配いらないゾ」
スコアのみんなも俺の提案を後押ししてくれる。実際、ここに来てからの三人は働き続けていた。当然休みも取ってもらったが、それは交互交互に一人だけのものだ。
三人寄り添って過ごしていただろうヴァネッサ達には、その休みでは寂しい想いをさせてただろうなと思い、丁度三人が来て一月になる事だし揃ってのお休みをと、そう考えてファラ達へ相談した結果今に至るのだ。
戸惑っていた三人も、みんなとこちらの表情を見てその意図を理解してくれたらしい。ゆっくりと笑顔になり頷いてくれた。
「分かりました。なら、喜んでお休みをもらいます」
「さて、じゃあまずは部屋へ戻って着替えるとするか」
「そうでありますね。楽しみであります」
一気にお出かけモードなミラアルクちゃんとエルザちゃん。さて、じゃあこれを渡すとしようか。
懐から薄い封筒を取り出す。茶色いそれは、一昔前の人ならピンっときただろう物。俺も実際に見た事はないけど、風鳴さんとの付き合いで見せてもらった映画の中でなら見た事のある光景だ。
「三人共、これをどうぞ」
「えっと、シキさんこれは?」
「給料袋だよ。丁度一月だからね。先立つ物がないと何も出来ないだろ?」
「お、お給料でありますか!」
「おおっ、こうやって渡されるのか。中々新鮮な気持ちだぜ」
三人の視線は揃って俺の手元にある封筒へ注がれている。正直三人で一か月働いたにしては少ないと思う。
でも、ガリィが言ったようにカッコつけても仕方ない。俺はまず了子達家族を養う役目がある。だからヴァネッサ達には最低限しかお金を出せないんだ。
……ま、実際には養うどころか養われそうなぐらい奥さんと娘二人が稼いでいるんだけどもね。
と、そんな若干悲しくなる現実を思い出したところで封筒をヴァネッサへ差し出した。
「少なくてごめん」
「そんな……私達としてはここで人らしい生活が出来てるだけでも十分なんです」
「そうだぜ。あのパヴァリアでの日々に比べたら、ここは天国ってもんだぜ」
「そうであります。シキさん、気にしないでくれていいでありますよ。私め達はここに置いてもらって人として扱われるだけでも感謝してるでありますから」
三人の言葉に何とも言えない気分になる。感謝してもらって嬉しい気持ちと、人として当たり前の扱いを凄い事のように受け取ってしまう事への悲しみが混ざり合って。
「ありがとう。でも、忘れないで。三人への扱いは人として本来受けるべきものなんだって。それと現状に不満を感じないのは嬉しいけど、環境が違えばもっといい報酬を得られるって事、覚えておいて」
「シキさん……はい」
暗に俺も三人に不当労働をさせていると告げる。いくら衣食住を保障していると言っても、三人分で一人分に等しい報酬はどうかと思うんだ。
ただ、これが俺の精一杯。住み込みの家政婦さんを三人雇っていると考えれば確実に訴えられるレベルの給料だ。だからこそ俺は三人へ正しい認識を教える。それがせめてもの良心だと思うから。
俺から給料袋を受け取ったヴァネッサは、席を立つと小さく一礼してミラアルクちゃんとエルザちゃんを連れて部屋へと戻って行った。
その背中が見えなくなった辺りで四つのため息が聞こえる。言うまでもなくスコアのみんなのものだ。
「シキさん、本当に貴方はお人よしと言うか何と言うか……」
「地味に言わなくていい事まで言うわね。まぁ、それがシキだからと言えばそこまでだけど」
「小さな親切大きなお世話って言葉もあるんだゾ?」
「それに、あんたヴァネッサも抱いたんでしょ? じゃ、少なくてもあいつはこの家出て行かないわよ。あんた、将来家族に給料払うつもり?」
ガリィの言葉に俺は思わず頭を抱えた。そうだ。ヴァネッサを奥さんにするって事は、ミラアルクちゃんとエルザちゃんの今後の生き方を一気に狭めたようなものじゃないか。
そんな事にも気付かない辺り、俺はかなり間抜けているとしか言えない。しかも、エルやキャロルからエルザちゃんが俺の事を父親みたいに見てると聞いている。
ミラアルクちゃんはどう思っているか分からないけど、雰囲気的には兄みたいな感じだろう。こうなると、本気であの三人を家族として考えないといけないかもしれない。
でも、ヴァネッサはあの二人の姉を自称していた事を考えると妥当な気がしてくる。ミラアルクちゃんを義妹として、エルザちゃんは義娘っていうのは。
「うん、そうだよな。ヴァネッサだけの話じゃないんだ。ミラアルクちゃんとエルザちゃんにも話をしないといけない」
「そういう事よ。ま、それは今日の夜にでもしなさい」
「それがいいゾ。お出かけ前に重たい話は勘弁だゾ」
ミカの言葉はもっともだ。エルザちゃんもミラアルクちゃんも、さすがに本当に俺の家族となってくれないかなんて言われたら外出を楽しむ余裕なんてなくなるだろう。
なので俺はとりあえずその話を後回しにして、一番考えなければならない問題へと意識を向ける事にした。それは、あの南極に眠っていたカストディアンの事。
アダムや風鳴さんの見解によれば、統一言語の中に自身の復活を果たす役割を仕込んでいるらしい存在。バラルの呪詛が相互理解つまり統一言語を阻んでいる事からも、おそらく間違いないだろうとの事。
で、問題はここから。このままではその存在は永遠に人類の中に潜み続け、これから先の時代に復活する可能性が残り続けるのだ。
俺も何度か意識を集中して何とか情報を得ようとしたけど、得られるのは断片的であり、しかも同じものばかりしかなかった。多分だけど、強く印象に残った記憶ぐらいしか俺は拾えないんだと思う。
だからきっと俺はあの神の力の持ち主とは別人なんだと思う。一時期同一人物じゃないかと思ったけども、これだけやって同じ記憶しか引き出せないって事はそういう事だろう。
俺の記憶喪失も、これで理由が分かってしまったし。要は、俺には幼少期がないんだ。つまり、俺は生まれた時が保護された時の状態だったって事。
アダムの言っていた事は当たっていたって事だな。俺も、作られた存在だった。ただ、誰か作ったのか分からないんだよなぁ。何となくだけど腕輪の持ち主ではないみたいだし。
となると、やはり有力なのはフィーネの想い人だった存在。でも、そんな事をするようには思えないんだよなぁ。それとなくフィーネに聞いたら、やはり返ってきた答えは命を弄ぶような性格ではないとの事だった。
「まぁ、いいか。俺が何者かなんてみんなには重要じゃないだろうし」
有難い事にエルやキャロルが言い切ってくれた。何があっても俺は俺だからって。了子や奏達もそうだけど、やっぱり子供に言ってもらえるのは一番心を強くしてくれる。
そんな事を思い出しながら俺は日課である成分献血のために本部へと向かう。ヴァネッサ達が帰ってきたら、それぞれに個別の話をしないといけないな。
―――ま、まずは今日の休みを楽しんでくれる事を願うだけか。
「さてと、まずはどうする?」
「そうだなぁ。エルザ、何か行きたいとこあるか?」
「靴とかどうでありますか? 今は一足しかないでありますから、お休み用の靴があった方がいいと思うであります」
「そうねぇ。じゃ、まずは靴を見に行きましょうか」
エルザの提案で最初の行先を定め、ヴァネッサはシキから受け取った封筒を大事そうに懐へしまった。中身の金額はしっかりと確認していないが、これまで持ったどんなカードや財布よりも重く感じる物だと彼女が思っていた。
(きっと、これが私だけじゃなくてミラアルクちゃんやエルザちゃんのお金でもあるからでしょうね)
かつては裕福な家庭で生まれ育ったヴァネッサにとって、シキから受け取った給金などははした金と言っていい額ではある。だが、自分が体を動かして得た報酬ともなればその重さは桁違いと言えたのだ。
まして、大事な妹分二人の頑張りもそこに加わっているとなれば余計に。
転送結晶を使って本部内の一室へと移動した三人は何度も歩いた順路を辿り外へと出た。一応本部は関係者以外立ち入り禁止であるが、ヴァネッサ達は表向きS.O.N.G関係者として登録されている。
それはヴァネッサがファウストローブ研究者だった事が影響している。パヴァリアで最近まで行われていた研究に関わっていたヴァネッサの知識は、サンジェルマン達とはまた異なる方面の知識であるためS.O.N.Gとして貴重な情報と言えた。
故にそれらをキャロルや了子だけでなくS.O.N.Gそのものへも教える事を条件に、キャロルが弦十郎へ頼んで買い出しのための許可を取った形が現状なのだ。
いつもと違いファラやレイアのいない道中は、微かな違和感と共に休みである事をヴァネッサ達へ印象付ける。
更に普段はあまり周囲へ意識を向ける事もなく歩いているためか、こうして三人で歩いているだけで新しい発見や気付きの連続となっていた。
ちらちらと視界に入れていた建物や時折見ていたアクセサリーのショーケース。ショーウインドウの服にオープンテラスのカフェ。全てに足を止め、会話をして盛り上がる。
そんな、当たり前の事が三人には当たり前でなかった。だが、今やそうではないのだと感じて三人は笑う。
「これなんかいいんじゃね?」
「うーん、お姉ちゃんはこっちの方がいいと思うけど……」
「わ、私めはもっと安いのでいいであります」
そうやって歩きながら大手チェーンの靴屋を訪れた三人は、まずエルザの靴を選ぶと言う事で意見を一致させていた。
「ダメよ。シキさんがどうして今日お金をくれたか分かるでしょ? これは、みんなで稼いだお金なの。だから、ちゃんと三人で使いましょう」
「だぜ。ま、貯金は来月からでいいと思うんだぜ」
「ええっ!? それはさすがにどうかと」
「大丈夫よ。さすがにお姉ちゃんもそんな事しないから。でも、気持ち的にはミラアルクちゃんと近いわ。今日ぐらい余計な事は考えず、楽しく過ごしましょ? シキさんだってそう出来るようにってこのお金を渡してくれたと思うの」
エルザの肩へ手を置き優しく微笑むヴァネッサ。そこにはシキへの強い信頼が滲んでいた。抱かれてからと言うもの、ヴァネッサの中でシキの存在感は大きくなる一方であり、ミラアルクやエルザへ言っていないだけで既に彼女は彼の傍で生きる事を決めている程である。
ただ、それでもエルザやミラアルクが要家を出て暮らすとなれば止める事はせず、多少の仕送りなどで助けようとは思っているのだが。
ヴァネッサの言葉にエルザも納得するように小さく頷き、ならばと実用性重視の靴を買う事に決めて探し始める。その背中を見てヴァネッサとミラアルクは小さく笑みを向け合う。
「やれやれ、先が思いやられるぜ」
「ふふっ、そう言わないの。エルザちゃんなりに考えての事なんだから」
「それは分かってるけどさ。ま、いいぜ。ウチも見てくるとするか」
「いってらっしゃ~い」
歩き出すミラアルクを見送り、ヴァネッサは視線をエルザへと戻す。その眼差しは優しいものだ。
(シキさんは私を奥さんにすると言ってくれた。エルザちゃんはシキさんと了子さんを親みたいに見てるし、ミラアルクちゃんもシキさんを兄のように扱ってる。もしかすると、私達は本当にあの人達の家族になれるのかもしれないわ)
ただ、その優しさにはどこか打算的なものが混ざっていた。そうとも知らず、エルザは一人店内の棚などを眺めて悩み始めていた。
「どれがいいんでありますかね?」
値段で選ぶなと言われた事でエルザの中での判断基準はなくなってしまったのである。普通であればデザインや機能で選ぶのだろうが、生憎エルザはそういう点で物を選ぶ事を教わっていない。一つ手に取って見ては首を捻り、また一つ手にしては首を捻りを繰り返していたのだ。
そんなエルザだったが、やがて一つの靴に目が留まる。それは俗に言うウォーキングシューズだった。実用性と言う面で見ればこの上なく実用的ではある。
「長時間歩いても疲れない、でありますか」
コーナーの売り文句を読み上げ、エルザは周囲の者達がしているように一足手に取り靴を脱いで足を通してみた。だがサイズが合っていないのかブカブカであったため、ならばとそれよりも小さいサイズを探す。
ここで同じ色にこだわらない辺りにエルザの考え方が見て取れる。要は大事なのは色ではなくサイズであり、気に入りの色などないという事なのだ。
「……これがぴったりであります!」
「あら、いいのあったのね。ん? エルザちゃん、ちょっといいかしら」
嬉しそうに足元を見て笑顔になるエルザだったが、そこへヴァネッサがやってきて彼女へアドバイスを送り始めた。それは、完全にフィットするよりも少し余裕がある方がいいというもの。
そこでエルザのために今履いているサイズよりも少しだけ大きい物を見つけ、試しに履かせて確認まで行う姉らしい顔を見せるヴァネッサに、エルザは嬉しそうに笑顔を見せた。
「うん、これで良さそうね」
「ヴァネッサ、ありがとうであります!」
「いいのよ。じゃ、エルザちゃんはこれでいいわね。ミラアルクちゃんは決まったかしら?」
エルザ用の靴を片手に歩き出すヴァネッサをエルザも少しだけ慌てて追い駆ける。ミラアルクはと言えば赤いパンプスを眺めて腕を組んでいた。
「うーん……外出用ならこういうのだと思うんだけどなぁ……」
エルザは幼い頃から普通の暮らしをしていなかったため思考が一般人とずれているが、ミラアルクは普通に育って旅行中にパヴァリアに拉致された少女である。そのため、様々な事への考え方がエルザよりも一般人に近い。
そのため、靴を選ぶ基準もエルザより女性らしいと言えた。履き易さも考慮するが、何よりも重視するのはまず自分が履きたいかどうかである事もそれである。
「ヒールが高いのはさすがに好みじゃないし……」
ハイヒールのある方をチラリと見やり、ミラアルクはため息を吐いた。どうしてあんな靴を履きたがるのかミラアルクには理解しがたいのだろう。
結局少し悩み、最初に見ていた赤いパンプスを選んでミラアルクが試し履きしているとそこへヴァネッサ達が姿を見せた。
「あら、可愛いわね」
「ヴァネッサか」
「私めもいるでありますよ」
「てことはエルザは靴決まったのか?」
「じゃーん、これでーす」
ヴァネッサが持っていた靴を見せると、ミラアルクはいかにもエルザらしいと思って苦笑した。外出用という意味合いが自分と真逆と理解したのである。
「あー、エルザらしいぜ。っと、うし、これでいいな。ヴァネッサ、最後はヴァネッサだぜ?」
「はーい。じゃ、お姉ちゃんもパパッと選んでくるわね~。じゃあ、これミラアルクちゃんよろしく」
持っていたエルザチョイスの靴をミラアルクへ手渡して、ヴァネッサは店内をフラフラと歩き出す。その背中を二人で見送り、ミラアルクとエルザは互いに顔を見合わせた。
「どうするでありますか?」
「どうするってなぁ……」
上機嫌で店内を歩いているヴァネッサが戻ってくるのが早いようには思えない二人は、仕方なく店内に置かれている長椅子に座ってぼんやりと店内の様子を眺める事にした。
平日でも何名かの客が店内にはおり、それぞれが思い思いに靴を手に取っては眺めたり、あるいは連れ立って来ている者達同士で喋ったりしていた。
「なぁ」
その様子を眺めていたエルザへミラアルクが唐突に声をかけたのはそんな時だった。彼女は視線をエルザではなく目の前へ向けたままで言葉を続けた。
「お前さ、このまま本当にシキの子供になるのか?」
何でもないような言い方で告げられたのは、それに見合わないような重さの内容だった。思わずエルザが驚きでその表情を変える程に。
「別に悪い事じゃないって思うぜ。ウチから見てもシキも了子さん達も良い人だ。キャロルやエルもお前の事姉みたいに扱ってくれるだろうし、夢子は言うまでも」
「ま、待って欲しいであります。私めはまだ」
「まだ、か。やっぱそういう話が出てるんだな」
そこでエルザがしまったと言う顔をした。ミラアルクの表情は悲しそうというよりは諦めるようなもの。彼女なりにこの一か月見てきたエルザの様子からある程度察していたのだ。
そう、あのキャロルとエルからされた養子話以降、エルザは明らかにシキや了子の事を以前にも増して意識するよう言動が見られたために。
「エルザ、ウチらの事は気にするな。お前が幸せになってくれる事がウチもヴァネッサも嬉しいんだぜ」
「ミラアルクぅ……」
「そんな顔するなって。まだあの家で働き出して一月だぜ? ウチもヴァネッサも出て行くなんてのはもっともっと先だ。ま、だからエルザがあの家の子供になれるならなってくれていいぜ。その方がウチもヴァネッサも安心出来るし」
そっとエルザの頭を撫でながらミラアルクはそう言って笑みを見せる。エルザは、目に涙を浮かべて俯いていた。
(ミラアルクも、やっぱりお姉ちゃんであります。私めには、二人のお姉ちゃんがいたんでありますね……)
撫で慣れていない手付きが余計あったかく感じられ、エルザは笑顔で涙を零す。自分の事を思ってくれ、その背中を押してくれる事。そこに確かな愛を感じ取って。
そんな触れ合いはヴァネッサが靴を選んで二人のいる場所へ来るまで続いた。その間、ずっとエルザの頭をミラアルクが優しく撫で続けていた……。
買ったばかりの靴にそれぞれ履き替えてのぶらり散歩。涙で目を赤くしたエルザも、すっかり気持ちを切り換えあれやこれやと目移りさせてはその眼差しを輝かせていた。
その姿を微笑ましく見つめるミラアルクと、そんな彼女をどこか不思議そうに見つめるヴァネッサの姿がある。
「ね、ミラアルクちゃん」
「ん?」
「エルザちゃんと、何があったの?」
「……それを話してやってもいいけど、その前にヴァネッサの話を聞かせて欲しいぜ」
「私の?」
一体何の話だろう。そう思って首を傾げるヴァネッサだったが、そんな彼女へミラアルクが向けた眼差しはどこか鋭かった。
―――シキと何があったか、だぜ。
―――っ……。
思わずヴァネッサが息を呑む。その声は何があったかをある程度察しているものに思えたためだ。目付きも言い逃れは許さないと告げており、ヴァネッサへ事実を教えろと迫っているかのようだった。
「ある時からやけにシキと一緒にいる事増えたよな? シキもヴァネッサの事を呼び捨てにしてるし、何かあった事ぐらいウチにだって分かるっての。それも、男女関係ってやつだぜ」
「ミラアルクちゃん、それは……」
「あいつがそういう事を無理矢理したんじゃないって事は分かるぜ。だけどな、どうして急にって思わないはずないだろ? だからヴァネッサ、これだけでいい。あいつの、シキの事、好きなのか?」
その問いかけはヴァネッサにとって即答しかねるものだった。何せシキと行為をするに至った経緯は、とてもではないが好意からくるものではなかったために。
偶然覗いてしまった濃厚な男女の交わり。その際に嗅いだ匂いと焼き付いた光景。それらがあってのシキとの一夜だったのだ。
(どう、答えればいいのかしら。好きか嫌いかで言えば好き。でも、きっとミラアルクちゃんが聞きたいのはそうじゃない。シキさんとセックスしたいと思ったのは、私があの人を好きになったからなのかって、そういう事なのよね……)
(答えられない、か。やっぱ何かあったんだ。ヴァネッサがシキと男と女の関係になるような何かが……)
ヴァネッサの反応でミラアルクはもう返答はないと判断し、ため息と共にその場から歩き出した。それがヴァネッサにはまるで見限られたように感じられ、大きな喪失感を与える事となる。
咄嗟に手を伸ばそうとするも、瞬間脳裏に過ぎるのは何と言って呼び止めるのかと言う事。まさか自分が見た事とその後の顛末を話す訳にもいかず、ヴァネッサは伸ばそうとした手を静かに戻す事しか出来ない。
そんな彼女を背にミラアルクはエルザの事も考えて大きくため息を吐いた。ヴァネッサがこのままシキの女となるのなら、エルザも含めて二人が要家に定住となるからだ。
―――ウチだけ、か……。
もしこれがエルザだけ要家へ本当に仲間入りするなら良かった。ヴァネッサと二人で生きて行くとなっても構わないからだ。だが、ヴァネッサまでもそうなるのなら話が大きく変わってくる。
あの辛く苦しい時期。それを支え合って生きていた三人の内、自分だけが弾き出されたような感覚がミラアルクにはあった。先程ヴァネッサが感じた喪失感をミラアルクも抱いていたのである。
「ミラアルク~っ! ヴァネッサ~っ! どうしたでありますか~っ!」
「「っ」」
共に足が動かなくなったヴァネッサとミラアルクへエルザが大声で呼びかける。その声で二人は意識を切り換えるように首を細かに左右に動かすと、笑顔を見せてエルザへ手を振った。
「今行くぜ~っ!」
「すぐ行くからね~っ!」
慌てて動き出す二人を見て、エルザは小首を傾げて呟いた。
―――何故でありますかね? 今の二人の笑顔は、ちっとも楽しそうじゃない気がするであります……。
「すみませんお母さん。わざわざ中抜けさせてしまって」
ヴァネッサ達が若干雰囲気を良くない風にしていた頃、要家のリビングに了子の姿があった。その腕には夢子が抱かれていて、了子の乳首へ嬉しそうに吸い付いている。
「いいのよ。この子がぐずるなんて珍しいもの。それにしても、そんなに飲んだの?」
「はい。最近飲む量が増えているなとは思っていたのですが……」
そう言ってファラは空の哺乳瓶へ目を向けた。その数、何と三本。それらは以前までなら余裕で了子が帰宅するまでもつ量だった。
まぁ、粉ミルクも併用しての事なので厳密には異なるのだろうが、今の夢子は何故か粉ミルクを拒否する事が増えていたのである。
「う~ん……こうなると本部へ連れて行った方がいいかしら?」
「そうですね。ヴァネッサかミラアルクに同行してもらって面倒を見てもらえば仕事の邪魔にはならないかと」
「それが一番かもしれないわね。あの人もヴァネッサを妻にしたいって言ってきてるし」
そう、ヴァネッサと関係を持った翌日にはシキは了子達全員へその事を報告し、自身の考えを伝えていた。隠し事をしては完全なる不倫となるためだ。
この辺りがシキ周辺の倫理観などの逸脱ぶりを示しているが、本人達が良しとしているので問題はないと言える。ただし、今はという注釈がつくが。
夢子へ授乳する了子を見つめるファラ。とそこへ買い物袋を下げたミカとシキが姿を見せた。夕食の買い物から帰ったのである。
「「ただいま~(だゾ)」」
「「おかえりなさい」」
「あれ? 了子?」
「お母さんがいるなんて珍しいゾ。病気か?」
「違うわよ。ファラから連絡があってね。夢子がミルクを嫌がってるからおっぱいをあげに来て欲しいって」
言いながら夢子の背中をさする了子。どうやら飲み終わったらしい。げっぷを出させてやろうとしているのだ。
「そういう事か。それにしても、最近夢子はどうしたんだろうな? やたらとおっぱいを欲しがるし、ミルクを嫌がるようになったし」
「まったくだゾ。おかげでミカ達も頭が痛いゾ~」
「それなんですがシキさん、今後ヴァネッサかミラアルクに本部へ行ってもらってもいいでしょうか? 夢子をお母さんが連れて行った方が良いかと思うので」
ファラの意見にシキは「ふむ」と腕を組もうとして、手にしていた買い物袋を思い出したのかその場から歩き出した。
「まぁ、了子がそれでもいいなら俺は構わないよ。お姉ちゃん達も妹が職場にいた方がやる気が出るだろうしね」
「おー、そういえば前マスターとエルは響達が夢子を本部に連れていこうとした時反対しなかったゾ」
「そんな事もありましたね」
「懐かしいって、そう思うには早いのよねぇ」
そう言いながら了子はあながち間違ってもないと考えていた。何せそれはサンジェルマン達との一件が起きる前なのだ。
たった二か月になるかならないかの時間だったが、その密度や濃度は一年に匹敵する程だったあの神の力を巡る騒動。それを思えばそれ以前の事を懐かしむ気持ちも仕方ないと言える。
了子の噛み締めるような声を聞きながらシキは買い物袋をキッチンへと運ぶ。ミカもそれに気付いてその後を追って歩き出した。
その様はまるで子供が親の後をついていく光景そのものだ。実際シキからすればミカは娘にも等しい相手である。ただ、娘のように扱っているだけであり、彼の意識の中ではミカはやはりスコアであると言う事は忘れていない。なので状況に応じて性的行為をする事への嫌悪感などは皆無であった。
「とにかく、それはヴァネッサ達が帰ってきたらかな。ま、いっそ俺が面倒見てもいいしさ」
「そうねぇ。今のアナタは医務室で献血される事が仕事だもの。それが終われば自由だし、夢子の事をお願いしちゃおうかしら?」
「どうぞどうぞ。お義母さんや風鳴さん達もいるし、何ならS.O.N.Gの人気者にでもなっちゃうかもしれないぞ」
「夢子なら有り得なくはありませんね」
「だゾだゾ」
シキの言葉にその場の誰もが笑う。一人夢子は満腹になったからかすやすやと寝息を立てていた。その寝顔を見て了子は小さく笑った。だが、ふとその顔をじっと見つめる。まるで何か違和感を見つけたかのように。
「お母さん、どうかしたのか?」
「……ううん、何でもないわ。気のせいだったみたい」
不思議そうに首を傾げるミカへ了子はそう返すと苦笑しながらこう続けた。
―――夢子がもっとって寝言を言った気がしたのよ。
まだこの時の誰も知らなかった。夢子に起きつつあった異常事態に。静かに忍び寄る不穏な影。だがそれに気付く者はなく、誰もが平和が続くと思っていた。
同時刻、リディアン女学院では最上級生であるクリスが教室でクラスメイトの三人と昼食を食べていた。
「ね、クリス。今日帰りにカラオケ行かない?」
「カラオケ?」
「そうそう。クリスの歌、また聞きたいんだよね」
「ダメ、かな?」
揃って期待の眼差しを送る三人にクリスは若干たじろくものの、すぐに仕方ないとばかりに息を吐いて苦笑した。
「分かったよ。でも、あまり長い時間は無理だからな?」
「うん、十分だよ」
「じゃあさ、お昼食べ終わったら行こうよ」
「そうだね。クリス、いい?」
「おう」
平和な時間、学生らしい会話。それが後少しで終わる。そう思うとクリスの胸に僅かな寂しさが込み上げる。たった二年弱の学院生活。更に言えば、彼女達と親しく過ごしたのは一年半にも満たない時間だ。
だからこそ、クリスはこの残りの時間を大切に過ごしていた。これからも彼女達と過ごせる時間はあるが、学生として過ごせる時間は限りあるのだと思って。
そうしてクリスが友人達と会話に興じている頃、響は未来と共に仲良し三人組を加えた五人で校庭にいた。そこで彼女達は昼食を取っていたのである。
「それにしても、まさかビッキーがあれだけの課題を終わらせるとはねぇ。驚きだったよ」
「そうですね。正直進級できないと言われるかもしれないと思っていました」
「あはは、うん、私も覚悟してた」
創世と詩織の言葉に響は箸を持つ手を止めて恥ずかしそうに笑った。それぐらい響に課せられていた課題は多かった。何せルナアタックとフロンティア事変二つ分の事件で背負ったものだ。
その課題を何とか出来たのは、ひとえに未来やクリスの支えがあればこそ。勿論響本人の努力もあるが、それだけでは何ともならない部分は多かったのだから。
「それで? どうなってるのよ。あれから噂の彼とは」
そう言って弓美は響の事を肘でつつく。噂の彼とはシキの事だが、まだ彼女達三人はそれが誰かまでは知らない。ただ響がある時を境に変化を見せた事で男が出来たと察したのである。
「あー、うん。順調にイチャイチャしてる」
「イチャイチャかぁ。ヒナは当然その人知ってるんだよね?」
「うん」
「どうなのですか? あまり響さんは詳しい話をしてくれませんので」
「そうだね。年上だからいつも響が甘えてる。だからかもしれないけど、響がちゃんと女の子してられると言いますか」
「女の子してられる、か。たしかに普段は若干乙女成分薄いもんねぇ」
ニヤっと笑う弓美の言葉に響は反論する事なく頬を掻いた。自身でも自覚はあるのだ。何しろ自慢ではないが同性から恋文めいた物をもらう事もあったのだから。
そんな響を見て未来が少しだけ小悪魔の笑みを浮かべた。
「それに、結構エッチもしてるみたいだし」
「「「っ?!」」」
「み、未来っ!?」
未来の発言に創世達が揃って顔を赤くし響が若干慌てる。当然ながら三人はまだ男性経験などないためだが、響の場合は違った。そう、彼女は未来の事を誰よりも知っている。だから察したのだ。
未来が自分の事を使って三人も男へ興味を持つようにしていると。
「そうでしょ? この前だってお泊りして愛してもらったくせに」
「そ、それはそうだけど……」
「そうなのっ!?」
「……うん」
弓美が身を乗り出すように聞いてきた事へ、響はしまったとばかりに表情を曇らせながら頷いた。彼女達は花の女子高生。当然ながら性の事も興味がない訳ではない。
男子高生と違い女子高生がAVなどを持っている事も珍しいため、どうしてもそういう事の情報源は人づての方が多いのである。
「あ、あの、やはり初めては痛いのですか?」
「わ、私はそうでもなかったかな。むしろ最初から気持ち良かったと言いますか……」
「や、やっぱり舐めてあげたら喜ぶ?」
「う、うん。飲んであげると余計」
「の、飲むって……アレよね?」
「あれが何か分からないけど、多分それ」
「の、飲みにくくないんですか?」
「えっと、飲み易くはないかな」
「び、ビッキーの彼氏って、アレ大きい?」
「ええっ!? そ、そうだなぁ……。と、とりあえず長さはこれぐらいでぇ……太さは……」
自然こそこそと人目を避けるように話し出す響達を眺め、未来は小さく微笑む。何も彼女は三人をシキに会せようとしている訳ではない。
シキと交わってからというもの、響も自分も三人と微妙に距離が出来てしまっていたと感じていたため、未来はそれを少しでも埋めようとしていたのだ。
(シキさんとエッチして私も響もどこか変わったんだろうなぁ。それをみんなは感じ取って少しだけ隙間出来ちゃったんだろうし)
男よりも女はそういう事への勘が鋭いものだ。未来は響よりもそういうものが出ていなかったが、それでもやはり分かるものなのだろう。
そして未来もやがて響達の話へと加わっていく。あまりに熱中し過ぎて昼休みが終わった後も五人は気付かず過ごしてしまい、揃って叱られる事となるのだが、それもまた一つの思い出となった事を記す。
残る下級生コンビはと言えば、いつものように二人仲良く過ごそうとしていた。ただし切歌と調の描く放課後の使い道は異なっている。
「調、放課後になったら今日はどうするデスか? アタシは」
「期末テストが近いし復習かな」
悲しいかな。その思考は噛み合わなかった。普段のように遊ぼうとする切歌と、進学を見据えて勉学に励もうとする調。
こうなると折れるのは意外な事に切歌となる。何故ならどちらがナスターシャ達に怒られずに済むかが明らかだからだ。
「はうっ……調の意見に降参デス」
「ふふっ、切ちゃんも響さんみたいにはなりたくないもんね」
「デスね……」
ルナアタックとフロンティア事変。そのせいで学生生活を苦しくしてしまった響の姿を見ている切歌としては、勉学を疎かにして同じ目には遭いたくないと強く思う事が出来た。
こうして学生達はそれぞれで学院生活を謳歌していた。平和の意味を噛み締める事もなく、それが日常だと信じて疑う事なく過ごしていたのだ。
そんな学生達とは対象的に、ヴァネッサ達はぎこちない空気を払拭出来ないまま遅めの昼食を食べる場所を探していた。
「どこにしようかしら?」
「どこでもいいぜ」
「そ、そうであります。あっ、どうせなら普段食べられない物なんかどうでありますか? あの赤と黄色の看板のお店でハンバーガーとか!」
普段通りを心がけるヴァネッサと、何故か少し素っ気無いミラアルク。そんな二人にオタオタしながら何とかしたいとするエルザという形で三人は動いていた。
ミラアルクの問いかけに答えられなかった事にヴァネッサは悩んでいたし、そのミラアルクもヴァネッサとエルザとの別れを覚悟しなければと思って苦しんでいた。
エルザだけが何も分からず、急に雰囲気が変わった二人に戸惑い、それでも何とか楽しく過ごそうと頑張っていた。その姿に余計二人が申し訳なく思ってしまうと気付けずに。
そんなエルザの頑張りにヴァネッサとミラアルクが応じ、三人は米国発祥の有名ファストフード店へと入る。店内はそれなりに混雑していたが、運良く一つのレジから客がどいた。
「あっ、あそこならすぐ頼めるであります」
「じゃあ行きましょうか」
エルザが素早くレジへ移動し、ヴァネッサとミラアルクもそれに続く。店員の女性は営業スマイルを浮かべて彼女達を出迎えてマニュアル通りの対応をした。
言われるままに三人はメニューを眺め、店内での飲食を選ぶ。エルザは基本的なハンバーガーセットを頼み、ミラアルクはボリューム重視のセットを注文。ヴァネッサはチーズを挟んだバーガーのセットにし、程なくして三つのセットが載ったトレーが二つ差し出される。
「ではごゆっくりどうぞ」
トレーの一つはヴァネッサが、残りをミラアルクが持って空いていたテーブルへと座る。三人掛けのそれは、まるで今の彼女達の関係性を表しているかのようだった。
それぞれがそれぞれと向き合う姿。それこそが今の彼女達の在り方なのだ。もうかつてのような寄り添う形ではなく、個々が独立して存在する在り方となってしまったからである。
無言で黙り込む三人。俯き気味のヴァネッサと少し後ろを向いて顔を二人へ見せないようにするミラアルク。エルザはそんな二人を交互に見て狼狽えていた。
「え、えっと、まずは食べようであります」
「……そう、ね」
「……だな」
エルザの呼びかけに答え、ヴァネッサとミラアルクが顔を前へ向ける。そして誰からともなく手を合わせるや……
―――いただきます。
習慣付いた行動をとったのだ。そして、それが全てを決めた。無意識で行ったそれに、三人は思わずハッとなって互いの顔を見たのだ。
あれだけ気まずく、もう心を通じ合わせる事も難しいと思っていた。だけど、こんなあっさりとそれを可能にする事が起きてしまった。それを彼女達に植え付けたのは、他ならぬ気まずさの原因にもなった人物である。
「ふふ、ふふっ、うふふっ!」
「ヴァ、ヴァネッサ?」
突然笑い出したヴァネッサに戸惑うエルザだったが、すぐに同じような声が逆方向からも聞こえ始める。
「くくっ、ははっ、あははっ!」
「み、ミラアルクもでありますか!?」
戸惑いから動揺へと変わったエルザだったが、そんな彼女に二人は笑いを抑えながら手を動かした。それは否定する動き。要は心配いらないというジェスチャーだ。
「ご、ごめんねエルザちゃん。心配させたわね」
「そ、そうだな。悪いエルザ。何でもないんだぜ」
「ほ、ホントでありますか?」
「「ええ(おう)、ホントよ(だぜ)」」
揃って笑顔で言い切るヴァネッサとミラアルクを見て、エルザもようやく安堵するように息を吐いた。
彼女は知らない。今の言葉に二人がどんな意味を込めたのかを。そしてどんな答えを出したのかも。
「さて、食べましょうか。冷めたら美味しくないだろうしね」
「だな。うし、食べるとするぜ。腹減ったし」
「そうでありますね。では、改めて……」
「「「いただきます」」」
揃って手を合わせて笑顔で告げ、三人は自分の選んだハンバーガーを手に持って食べ始めた。その味はこれまで食べてきた食事に比べれば劣るはずなのに、何故か妙に美味しく思えて三人は笑う。
(もう、迷わない。ちゃんと私の気持ちを伝えよう。始まりはどうであれ、今の私はシキさんを愛しているもの)
(あー、こんな簡単な事に気付かないなんてウチもバカだぜ。エルザやヴァネッサがシキの家族になるからってウチを見捨てるわけじゃない。ウチらの繋がりは永遠だぜ)
(良かったであります。やっと、やっといつもの二人に戻ってくれたであります。やっぱり私めはこの雰囲気が大好きであります)
その瞳に光るものを浮かべながら三人はハンバーガーを食べていく。その最中も会話はなかった。だがそれは先程までの気まずい沈黙ではない。会話がなくても繋がっている事を感じられるような、そんなあったかい沈黙だった。
やがて食べ終わった三人はこれからどうするかを話し合い始める。そこにはもう気まずさの欠片もなかった。残った所持金をどうするかもそこで話し合われ、三等分する事に決まり店を出る事となった。
と、そこでエルザがヴァネッサとミラアルクの間に入ってその手を握る。まるで小さな子が大人へやるようなそれに二人の意識がエルザへ向いた。
「こうやって歩きたいであります」
「……だってさ」
「ふふっ、じゃあそうしましょうか」
かつては境遇故に繋がれた手。それは、今や繋ぎたいから繋がれる手となった。状況や環境が手を繋がなくてもいいとなったからこそ、改めて繋いでいたいとなったのだ。
古き絆は解体され新しく強い絆へと変わる。三人だけで寄り添って生きて行くための絆ではなく、三人の繋がりは永遠だと示すような絆へと。
しっかりと繋がれた手から伝わる温もりにそれぞれが笑みを浮かべて歩き出す。そして道中でエルザが告げる。シキの養子にならないかとキャロルとエルから言われた事を。
それにヴァネッサも覚悟を決めて教えるのだ。自分はシキの妻になる事を。そんな二人の言葉にミラアルクは冗談めかしてこう告げた。
―――ならウチはいっそシキの妹分にでもしてもらうかな?
―――あら、じゃあ私達は本当に家族になるのね。
―――ホントであります! シキさんから見れば私が娘で、ミラアルクが妹、ヴァネッサがお嫁さんであります!
そんな事を話題に笑えるぐらい、今の三人は強くなっていた。その足取りは、今までにない程に軽やかだった……。
「エルザちゃんを?」
夕食が終わり、エルとキャロルに後片付けを終えたエルザちゃんを交えての会話の始まりは衝撃的だった。何せエルザちゃんをエルやキャロルと同じく義理の娘にして欲しいときたのだ。
「そう。エルザも父さんや母さんの事を親って思ってる」
「なので、本当にそうしてあげて欲しいんです」
「私めは、実は心の中でシキさんと了子さんをお父さんお母さんと呼んでいたであります。それをキャロルとエルには見抜かれていたみたいで……」
どこか恥ずかしそうなエルザちゃんに娘二人が微笑む。それと、こっそりと言うか、意外と堂々と言うか、了子達に混じってヴァネッサとミラアルクちゃんもこちらの話を聞いている。
まぁ、気になるんだろうな。それに、言われて思い出したけど俺はヴァネッサを奥さんにしたいと思ってる。なら、当然ミラアルクちゃんとエルザちゃんの事も考えないといけなかったとそこで気付いた。
「分かった。その、俺で良かったらエルザちゃんの父親にならせて欲しい」
「ほ、ホントでありますか?」
「ああ。思い込みが激しい男だからそうと思えばちゃんと出来ると思うしね」
俺がそう言うとキャロルとエルが笑って頷き、了子達も頷いていた。ヴァネッサとミラアルクちゃんはどこか安堵するように笑みを見せてくれた。うん、どうやら第一段階はいいらしい。
「で、そうなるとヴァネッサ達の事を考えないといけないんだけど」
言いながら二人を見つめる。すると分かっていたのだろう。二人は苦笑しながらこちらへと近付いてきた。
「えっと、エルザちゃんとミラアルクちゃんに聞いて欲しい事があるんだ。もう気付いてるかもしれないけど、俺はヴァネッサを奥さんに迎えたい」
「ああ、聞いてるぜ」
「はい、聞いたであります」
「そっか。その、絶対幸せにしてみせるから」
笑顔で答える二人に感謝を伝えるように言葉を紡ぐ。と、そこでミラアルクちゃんが少し身を乗り出して俺へ顔を近付けてきた。ふわりと良い匂いがする辺りはやはり女の子だな。
「それでなんだけどさ、エルザもヴァネッサもここでずっと住む事になる訳だし、ウチも出来ればそうしたいんだぜ。で、二人と同じようにウチもシキの本当の家族になりたいんで、妹って事でよろしく」
「妹? えっと、そういう扱いでいいって事?」
「ん」
満足そうに頷くミラアルクちゃん。そうか。要するに住み込み家政婦じゃなくて家事手伝いって事になって、ヴァネッサやエルザちゃんと立ち位置を同じにしたいんだろう。
にしても、遂に本当の意味で妹分が出来るのか。それもミラアルクちゃんだ。何というか、ある意味妹分が似合いそうな子だよ。
「よし、分かった。なら改めて……よろしくヴァネッサ、ミラ、エルザ」
さらっとミラと愛称呼びにしたけど、当の本人は軽く驚いたぐらいで特に嫌がる様子はない。うん、どうやら受け入れてもらえるようだ。そして、この愛称もいずれ通称になっていくんだろうと思う。
いや、だってキャロルとエルが小声でミラと呟いて呼び易いと笑っていたからね。エルザさえもホントでありますって嬉しそうだし。
「じゃ、エルザの養子の件は進めておく。ええと、そうなるとエルザは立ち位置的にはどうなるんだ? 了子、やっぱり長女って事になる?」
「でしょうね。キャロルとエルもそれでいいみたいよ」
「うん、それでいい」
「エルザさんがお姉ちゃんなら嬉しいです」
「エル、さんはいらないでありますよ。お姉ちゃん、でありますから」
どこか照れくさそうに、だけど嬉しそうにエルザがそう言ってエルの顔を見る。うん、おそらくだけどヴァネッサやミラの事を思い出しながら自分なりの姉をやろうとしているみたいだ。
そこに可愛さを見て自然と笑みが浮かぶ。なら俺もエルザの背中を後押ししてみるか。
「そうだな。お姉ちゃんなんだからエルザ姉さんとかエルザ姉とかでいいじゃないか?」
「姉さん……うんっ!」
「じゃあよろしく、エルザ姉さん」
「よろしくです、エルザ姉さん!」
「っ! はい、こちらこそであります!」
とびきりの笑顔で二人の妹へ答えるエルザを、ミラもヴァネッサも嬉しそうに見つめていた。だが甘いぞミラ。君は俺の妹分なら当然その呼ばれ方も変わる事を知るべきだ。
「じゃ、次はミラだな」
「へ?」
「俺の義妹になってくれるんだろ? なら、呼ばれ方もキャロルやエルは変えないと。父親の妹なら叔母だ。ミラ叔母さんかな?」
「げっ! お、おばさん?」
俺の表現にミラが嫌そうな顔をしたので俺はニンマリと笑ってキャロルとエルを見た。それだけで二人が小さく苦笑する。俺の考えを察してくれる辺り、やっぱり二人は俺にはもったいないぐらい賢い子達だ。
「そうだね。じゃ、よろしくミラ叔母さん」
「なっ!?」
「よろしくお願いします、ミラ叔母さん」
「エルっ!?」
「よろしくであります、ミラ叔母さん」
「エルザまでかよ!?」
我が家特有の悪乗りへすぐに適応出来る辺り、しっかりエルザも我が家に染まってきているんだと思う。地味にショックを受けているミラだけど、本気で凹んだりはしていない……と思う。
「まっ、冗談はこれぐらいにしておきましょうか。私としてはアナタに聞いて欲しい事があるし」
「俺に?」
一体なんだと思っていると了子はチラリとヴァネッサ達を見てから俺へ視線を向けた。
「彼女達の事よ。家事手伝いとしてこれまでと同じ事をしてもらうのはいいけど、さすがにいきなりタダ働きはどうかと思うわ。だって、お小遣いを渡すとしてもアナタじゃエルザ一人が精々だし」
「ぐふっ」
地味に辛い事実を突き付けられた。そう、三人へのお給料として渡した額は本当に微々たるものだ。だけど、今の俺にはそれが精一杯なので仕方ないんだよ。
「で、ミラには本部内での夢子のベビーシッターをお願いしたいの。そのお給料にあたるものをお小遣いとして私が渡すわ」
「え? 了子さんが?」
「そうよん。ヴァネッサに関してはそうねぇ……本気でS.O.N.G研究員、なる? どうせならマムの下の方がいいだろうから、その気があるなら弦十郎君に話を通してあげるわ」
「い、いいんですか?」
「ええ。錬金術にも造詣があって科学も理解している。エルの目指す形に近いものが貴女にはあるもの。是非その知識と技術を活かして欲しいわ。マムは科学専門の方だから、錬金術の知識をかみ砕いて説明出来る存在が欲しいと常々言っていたの。どう?」
「やります! パヴァリアで得た事の全てを、今度は世界の、平和のために使いたいんです!」
何というか、自分用の研究室をもらった時以上にヴァネッサが喜んでいるのが分かった。やっぱり彼女なりに抱えていた何かがあったんだろう。
だけど、了子に言われるまで失念してた。まさか三人の財政面とはなぁ。エルザは娘となるからお小遣いでいいとして、ミラとヴァネッサはたしかに難しい問題だった。
何せ二人は年齢的に色々と必要な物が多い。服も化粧品だってそうだろう。今はそんな余裕もお金もないから必要としないだけで、本来なら女性らしく着飾る事もしたいはずだ。
「シキさん」
「ファラ? それにみんなも……どうしたの?」
気付いたら隣にファラがいた。それだけじゃない。ガリィもレイアもミカもいる。
「今夜なんですが、私達をお部屋に入れていただけますか?」
「ファラ達を?」
「そう。シキに、ご主人様に派手なご奉仕をしたいの」
「派手なご奉仕……」
それだけで何となく分かった。そういえば、メイド服になってから四人の目付きが時折艶かしいと思ったし、そういう事なんだろう。
「メイドとしての務めだし、受けてもらえるわよね?」
「しつけ、して欲しいゾ」
ガリィの挑発的な表情とミカの誘うような表情を見たら拒否するなんて出来るはずはない。ご主人様と呼ばれたし、ここはそういう感じでいよう。
「分かった。なら、その格好のまま後で部屋に来なさい」
「「「「はい、ご主人様」」」」
そう言って恭しく一礼する様はとても様になっていた。スカートの裾を掴んでいたし、本当にそれらしく見えたのも大きい。が、そこで俺は背中から感じる刺すような視線に気付いた。
「「父さん……」」
「最低であります……」
娘三人からのジト目だと理解した瞬間、あっさりと俺のご主人様モードは終了。同時に父親モードへと切り替わって、可愛い娘達へ許してもらうために必死の謝罪を繰り返すしかなくなったのだ。
キャロルとエルはこれまでの事で分かっているからまだいいけど、エルザは本気で悲しそうだから心が痛いの何のって。
結局許してもらうために、夢子や了子を入れた六人での入浴と相成りました。ミラとヴァネッサには事情を話して理解をもらうと同時に軽く呆れられた事を追記する。
「じゃ、エルザ姉さん、父さんの背中流してあげて」
「僕はエルザ姉さんの背中を流すから」
「わ、分かったであります」
「よろしくな」
で、当然気恥ずかしさ全開のエルザはタオルで前を隠しながら俺の背中を流す事に。了子は夢子と共に湯船に浸かってご満悦そうにこちらを眺めていた。
キャロルはエルの背中を洗いながら俺に背中を洗われる流れ。小さな円を何とか描くように俺達は位置取っていた。
「こ、こんな感じでいいでありますか?」
「うん、いいよ。エルザも初めてにしては上手いもんだ」
「私めも、でありますか?」
「キャロルやエルも初めて俺の背中を流してくれた時から上手でね。エルザもって事は、優しい心の持ち主は背中を洗うのが上手いのかな?」
義理とは言え娘。しかもエルザはキャロルやエルよりも発育が進んでいるので、おそらく中学生ぐらいには相当するだろう。さすがに欲情はしないけど、エルザとしては俺の事を変に意識して当然だとも思う。
だから、一緒に風呂に入るのはこれを最初で最後にしようと思っていた。エルザが男の子だったらむしろこれを切っ掛けに親子二人で入るのを楽しみに出来たんだけど。
そんな事を思っていると再びエルザが背中を洗い始めた。その力加減は心なしかさっきよりも少し強くなっていた。うん、良い感じ。
「エルザ、それぐらいで頼めるか?」
「分かったでありますっ!」
元気よく返事してくれるエルザだけど、ちょっとここでお願いをしてみようかな。きっとキャロルやエルも思っていたけど言い出せなかっただろう事を。
「エルザ、もし出来たらなんだけどさ」
「何でありますか?」
「その丁寧形の口調、少しずつでいいから俺達には出さないように出来ないかな? せめて家族には」
「え、えっと……嫌なのでありますか?」
「そうじゃないんだ。ただね、少しだけ距離を感じるんだよ。まぁ、出来たらでいいし、無理ならそのままでも構わない。エルザにとってその喋り方の方が楽ならそれでいいんだ」
そう言って少しだけ体を捻ってエルザの頭を撫でる。無理な事をやらせたくはない。だけど、もし可能なら俺達だけにはもう少し砕けた口調を使って欲しいとは思う。
「シキさん……」
「エルザ、父さんだろ? ま、ありますって口癖もエルザらしいと思わなくはないけどな」
「……わ、分かったで……分かった。で、出来るだけ、お父さん達と話す時は、ありますを使わないようにしてみる……ね?」
「出来たらいいよ。苦しかったり難しいなら今まで通りでいいから。でも、うん、頑張ってくれて嬉しいよエルザ。ありがとうな」
「えへへ……あったかいであります……あっ」
俺が撫でると嬉しそうに笑ってくれたエルザだったが、そこで出てしまうのはやはり染み付いた口調。だけどすぐに気付いて口を押さえる辺りが可愛いものだ。
「エルザ姉さん、泡が口についた」
「流した方がいいですよ?」
「そ、そうするであります」
「ふふっ、エルザ? また出てるわよ~?」
「えるざ! でてる!」
了子に続いて夢子もエルザへ声をかける。そうそう、どうやら名前だけでなく動詞や名詞も言えるようになってきたらしい。文章は無理だが今のように単語を連続して言う事でそれらしい事は出来るようになっているのだ。
エルザも夢子にまで言われた事で若干気恥ずかしさも感じたのだろう。少しだけ顔を赤くして口元を漱ぎに行った。さて、夢子にはエルザの呼び方を変えてもらわないといけないかね。
「夢子、エルザもこれからお姉ちゃんになったんだ。だから、エルザ姉さんって呼んであげて」
「う? ねーさん?」
「そうよ。エルザねーさん。はい、呼んでみて?」
「えるざねーさんっ!」
夢子が嬉しそうにエルザの事を姉と呼んだ瞬間、エルザが嬉しそうに身を震わせた。うん、あの感じはあれだ。みんなが初めて名前を呼ばれた時に近いやつだ。
「ゆ、夢子? もう一度言ってもらえるでありますか?」
「う? えるざねーさん?」
「~~~っ! そうであります! エルザ姉さんでありますよっ!」
喜色満面で夢子へ近寄って行くエルザ。うん、これはもう俺の事を忘れられたな。まぁいいさ。我が家の天使に勝てる人間は残念ながらいないのだ。
だからと言って悲しくない訳もなく、ただただ切ない気持ちになりながらキャロルの背中を優しく洗う事にする。と、少しすると再び背中にタオルの感触が。
「お、お父さん、お待たせしてごめんなさいであります」
「……いや、いいんだよ。むしろ戻ってきてくれてありがとな」
若干息を弾ませているエルザに心からの笑顔を向けて感謝を告げる。何というか、多分だけどエルと同じでどういう事をしたら子供っぽいのかが分からないんだと思う。
だから、俺に出来るのはエルザからの言葉や行動を受け止めて少しでも父親らしく想いを返していく事だ。
その後は四人で湯船に入り、合計六人となった湯船は若干狭い感じを受けつつも、エルザが俺と了子に挟まれて嬉しそうにしていたのが良かった。エルやキャロルもそんなエルザに笑みを見せていたし、夢子もお姉ちゃんが増えた事を喜ぶようにはしゃいでいた。
「あ、あの、お父さんとお母さんにお願いがある、んだけど……」
「「何?」」
俺と了子の声がハモる。するとエルザが顔に照れを浮かべてこちらを見つめてきた。
「こ、今夜は一緒に寝たい、んだけど……いい?」
何とも可愛いお願いに俺は頷こうとして、はたと思い出す。今夜、俺はスコアのみんなと約束している。それを反故にするのはどうかと。でも、可愛い義娘のお願いも叶えてやりたい。
どうしたものかと考えていると、キャロルがそっと近づいてきてこう言った。
「ガリィ達には私から説明してあげるから、エルザ姉さんの方を優先してあげて」
「……ごめん。助かるよ」
何とも情けない話ではあるが、キャロルの気遣いに甘えるしかない。ただし、これだけは伝えておいてもらおう。
「キャロル、四人に伝えてくれ。必ず埋め合わせはするからって」
「はいはい」
呆れたような表情でそう言ってキャロルは俺から離れる。ま、無理もない。何せする事をキャロルは察しているのだから。
「待たせてごめんなエルザ。そのお願い、喜んで叶えさせてもらうよ」
「ほ、ホントでありますかっ!」
「うふふ、ホントよん。お風呂上がったら、ヴァネッサとミラにちゃんと今の事を話して、枕持って母さんの部屋に来なさいな」
「はいでありますっ!」
勢い良く返事すると共に立ち上がるエルザ。うん、元気があって大変結構だけど、俺に思いっきり体見えてるんだよなぁ。
「エルザ、気持ちは分かったから少し落ち着いて。それと肩まで浸かってゆっくり十秒数えて出るんだよ?」
「あっ、はい。分かったであります」
きっと裸を見られた事を指摘すると狼狽えると思い、何気ない注意でエルザの体を湯船へと戻す。まぁ、正直今の俺は父親モードだし、キャロルやエルとそこまで大きな差はないエルザならどうって事ない。
ミラ辺りだと違うだろうけど、あの子が俺と風呂を一緒に入る事はないだろうし、要らぬ心配である。
こうして俺は了子と共にエルザを挟んで寝る事となった。ファラ達の事をキャロルへ託し、俺は風呂から上がると体を拭いて下着だけはいて歯を磨く。
「お、男の人はああなのでありますか?」
「さあ? 母さんも男性のああいうのはあの人でしか見た事ないから何とも言えないわ」
「下半身を出してないから問題ないと僕は思うんだけど……」
「エルザ姉さんはエルと違って羞恥心がちゃんとあるんだよ。私も父さんのあれは正直どうかと思うし」
背後で聞こえる会話に心が若干傷付きながら、俺はただただ歯を磨き続けた。下着姿でいるならいいじゃないか。一人暮らしの時は裸のままでやった事だってあるんだぞ。
そんな無意味な反論を心の中で叫びながら歯を磨いていると、隣に立って同じ事を始めるエルザ達の姿が鏡に映る。
「父さん、もう少し横にずれて。鏡が見難い」
「ん」
キャロルの言葉で少しだけ横へ移動する。ふと気付けば、俺の両隣はディーンハイム姉妹に陣取られていた。エルザは了子と一緒に歯を磨いており、夢子は楽しげに長椅子の上で笑っている。
何というか、幸せな時間だなと思った。俺と血が繋がっているのは夢子だけなのに、ここにいる全員が家族なのだと思うと心があったかくなって強くなれる。
血の繋がりだけが家族じゃない。そう俺にまず教えてくれたのは間違いなくお義母さん達だろう。そして俺にそう思わせてくれたのはキャロルとエルだろうな。
歯を磨き終わって了子と共に夢子を連れて部屋へと向かう。エルザは一足先に三人部屋へと戻ってから合流する事になっていた。
で、何で俺の部屋じゃないかはお察し。まだエルザに嫌われたくはない。何せあの部屋はそういう事をする場所でもあるんだ。
……まぁ、もう既にエルザも気付いているだろうから手遅れだとは思うけれどね。
了子の部屋へ入って少し待つと、小さめのノックの音が聞こえてくる。
「どうぞ」
「し、失礼するであります」
枕を脇に抱えて若干緊張しているようなエルザに思わず笑みが浮かぶ。何というか、初めて一緒に寝た時のキャロルやエルもこうだったんだよなぁ。
「えっと、夢子もここで寝てるでありますか?」
「普段は違うわよ。子供部屋予定の場所で眠ってるわ。この隣の部屋がそうなの」
「そこでスコアの誰かが常駐して見ててくれるんだ」
今夜はそのお役目御免と言う事。さすがにキャロルやエルまでは了子のベッドじゃ寝れないが、夢子ならば大丈夫。エルザも夢子と寝るのは初めてだし、いい思い出になってくれるだろうと思う。
「じゃ、エルザは夢子と真ん中へ」
「はいであります」
「夢子、今日はエルザ姉さんが一緒に寝てくれるわよ? 良かったわね」
「あいっ!」
「エルザ、抱っこしてあげて。それで一緒に寝転んでくれるか?」
「分かったであります。夢子、お姉ちゃんと一緒に寝るでありますよ」
「あいっ」
エルザに抱えられて嬉しそうに笑う夢子。うん、いい雰囲気だ。夢子に感化されてエルザもすっかりお姉ちゃんらしくなり出してる。
「あっと、いけないいけない。その前に一応飲ませておこうかしら」
そう言うと了子は上着のボタンを外して胸元を見せた。ここで唾を飲まない辺り、俺も本当に変わったなと思う。エルザは若干目を見開いていたけど、夢子は嬉しそうに両手を伸ばしていた。
「かーさんっ! おっぱいっ!」
「ふふっ、はいはい。エルザ、ちょっと夢子をこっちに渡して?」
「あ、はいであります」
再び了子の腕の中へと戻る夢子。すると待ちきれないとばかりに乳首へと吸い付いた。その勢いに了子が苦笑する。くすぐったいのだろうか?
「もうっ、最近本当によく飲むんだから」
「本当にそうなんだな。こうやって見るとよく分かるよ」
「美味しそうに飲むであります……」
エルザと二人で夢子の顔を見つめる。美味しそうに笑顔を浮かべながらおっぱいを飲む姿は、本当に可愛くて愛おしい。
軽く指で頬をつつくとその笑顔が深くなる。それを見てエルザも恐る恐る指で夢子の頬をつついた。すると夢子がおっぱいを飲むのを中断して口を離すや笑い声を上げたのだ。
「えへ~」
「えっと、これはどういう事でありますか?」
「多分だけど、エルザが構ってくれた事が嬉しかったんだよ。な?」
「あいっ。えるざねーさん、もっと」
「っ! 分かったであります。ほら、夢子~」
「えへへ~」
どうやらおっぱいよりも新しく出来たお姉ちゃんの方がいいらしい。了子はそんな二人を見て笑みを浮かべながらこちらへ視線を向けてきた。これは、あれか。ボタンを閉めて欲しいって事だな?
「閉めればいい?」
「お願い」
エルザへ夢子を預ければ解決するけど、何となく俺も了子もそうしなかった。多分、夫婦として少しだけいちゃつきたかったんじゃないかと思う。ちょっとだけ胸を触ったら了子が少し呆れつつも嬉しそうに「んもうっ」と言ってくれたし。
で、やっと親子そろってベッドへ横になる。夢子はエルザとの触れ合いで疲れたようで、すぐにすやすやと寝息を立てていた。
そのエルザも、夢子の寝顔を見ながらウトウトとしている。ちなみにエルザは俺寄りの位置で夢子が了子寄りの位置。
「エルザ、これからゆっくり家族になっていこうな。俺も、了子も、キャロルもエルも夢子だってそうだ。みんな家族未経験なんだ。だから、一緒に家族になっていこう」
「ゆっくり……家族に……?」
「ああ。ヴァネッサやミラもそうだし、ファラ達もだ。家族になるのに必要なのは血の繋がりじゃないんだよ。心の繋がりなんだ。それを、エルザはもうパヴァリアにいた時学んだはずだよ?」
「心の、繋がり……。もう学んだ……」
「そうね。ヴァネッサやミラとの時間はそうだったんじゃない? 血は繋がっていないけど、エルザ達は姉妹みたいになれてたはずよ?」
「ヴァネッサやミラアルクと……姉妹、みたい……」
それを最後にエルザは完全に目を閉じてしまった。そして聞こえてくる静かな寝息。そこには夢子に負けず劣らずの天使がいた。ああ、もうエルザの事を完全に娘と思えてる。これまで以上に愛しいと、そう感じているんだな、俺。
「了子、俺、やっぱり思い込みの人間だ」
「そうでしょうね。だからこそ、私達はアナタの家族になれるんですもの」
天使二人を挟んだ向こうに女神がいた。その微笑みに俺も笑みを返して頷く。
俺達の関係は、傍から見れば何をやってるんだと言われるぐらいのごっこ遊びに見えるかもしれない。だけど、本気で俺はみんなを家族と思ってるしそうあれるように頑張っている。
最初に夢見たのはハーレムだったけど、気付いたらそれは大家族になりつつあって、それならとみんなは受け止めてくれようとしている。
きっと、あの温泉旅館で奏が言ってくれた一言が大きく影響してるんだと思う。
―――あたしよりも好きな女作らないならいいよ。
そうだ。奏は好きな”女”と言った。好きな”人”じゃないんだ。女として奏を超える程好きになる相手を作ったらいけないけど、人としてなら許してくれるんだ。
それが今の俺には”妻”であり”娘”であり”父”や”母”なんだ。そして、奏達も含めて”家族”を俺は一番好きになっているんだろう。この、思い込みの激しい性格のおかげで。
「ありがとう了子。俺、また一つ賢くなれた気がする」
「そう。それは良かったわ」
「ああ。じゃあ、そろそろ寝ようか。おやすみ」
「おやすみなさい」
そこで了子が目を閉じる。けど、その瞬間ちょっとした事を思い付いて、俺は静かに体を起こすとエルザと夢子を起こさないように了子へ顔を近付けて唇を重ねた。
「……どうしたのよ、いきなり」
「ん? うん、たまにはこういうのもいいかなってさ」
きっと仲の良い夫婦ならこういう事を日常的にしてるんだろうと思う。最初は体から始まった俺と了子の関係だけど、ちゃんと想いもあるんだって事を伝えていかないといけないとも思うんだ。
だから、こういう風にエロだけじゃない愛情表現をしないと。うん、エッチだけが愛情表現じゃない。俺は、これからそっちを強く意識しないといけないんだからな。
そう思って見つめていると、了子が顔を赤くして恥ずかしそうに布団に潜ってしまった。
「えっと……?」
何というか、そういう了子は初めてだったので俺もどうしていいのか分からなくなってしまう。少しそのままでいると、ひょこっと了子が目が見えるぐらいだけ顔を出してきた。
「アナタのそういうとこ、ズルいわ。昔のエッチな事だけだった頃を知ってるから余計心にくるのよ」
「……そっか。なら良かった。俺の了子への想い、届いてるみたいで」
「っ! ……もう、本当に厄介なんだから。こうやって間近で男としての成長を見せられてグッとこない女はいないのよ?」
「じゃあ、もっと成長してみんなを夢中にさせないといけないな。頑張って男としても、夫としても、勿論父としても成長を続けていくよ」
そう言ってもう一度キス。それに了子が小さく微笑んでくれた。何というか、やっぱり了子の奥さん感は強いな。奏には悪いけど、奥さんとしては了子の方が現状上だ。
こうして俺と了子も眠りに就いた。エルザと夢子を挟んで寝るのは不思議な感じがしたけれど、本当に親子になった気がしたから良しとする。
「……まだ起きてる?」
「……ああ」
エルザのいない部屋で横になるヴァネッサとミラアルク。二人は揃って天井を見ていた。
「エルザちゃん、強くなったわね」
「そうだな。今でも驚きだぜ」
今日の外出で二人は感じていたのだ。エルザがかつての頃とは比べ物にならない程精神的に頼もしくなっていた事を。
ギスギスした空気を作り出してしまった自分達を、何とかしようと懸命に努力していたエルザ。その姿にヴァネッサもミラアルクも思ったのだ。
もう、自分達がいないとダメなエルザはいないのだ、と。
「三人一緒は、もう無理かもしれないわね……」
噛み締めるようなヴァネッサの言葉にミラアルクも無言で頷いた。それは、決して悪い意味ではない。むしろ良い意味だ。
三人一緒でなければ生きていけなかった彼女達は、もうそれぞれの足でしっかりと立って生きていけるようになっていたと気付けたからである。
エルザだけではない。ヴァネッサも、ミラアルクも、それぞれの在り方や生き方を見出していたのだから。
「……ま、そうだろうな。これからは、三人じゃ少なすぎるってもんだぜ」
「そうねぇ。家族、出来ちゃったもの」
「おう。シキの事、何て呼んでやろうか? お兄ちゃん? 兄貴? それでどう反応するか今から楽しみだぜ」
「ふふっ、いいわね。私もダーリンって呼んでみようかしら?」
楽しげに話す二人だが、その雰囲気もすぐに消えた。静かになった室内に、二人の呼吸音だけが小さく響く。
「あの人は、シキさんは本当に不思議な人だわ」
「ああ。エルザを娘って扱った瞬間から、夢子達に見せる顔をエルザにも見せるようになってた」
「本気でエルザちゃんを自分の子供だって思ったのね。それで父親になれる人だからキャロルやエルちゃんも娘に出来たんでしょうし」
「ウチも妹って扱われる?」
「間違いなく」
「……何か照れくさいぜ」
「私の事を、ちゃんと抱く前に奥さんとして大事にするって言い切った人なんだからね。覚悟しなさい、ミ・ラ・ちゃん?」
「…………やっぱ呼び難かったんだぜ?」
「少しだけね」
ヴァネッサの即答にミラアルクが大きなため息を吐いた。けれど、彼女自身もサンジェルマン達を通称で呼んでいたので強く拒否は出来なかったのである。
再び静けさが室内を包む中、二人は心の中でこう思っていた。もうこの三人部屋だけが三人一緒でいる場所になるのだろうと。
そして、それもあまり長い時間ではないだろうとも。だが、それを寂しいだけにはもう二人は思わない。何故ならエルザの成長であり自分達の成長でもあるからだ。
(いっそ、ここを私が奥さんになった時の部屋にしてもらおうかしら?)
(いつか、少しの間でいいから一人暮らしでもしてみようか?)
三人一緒でなくても絆は残る。繋がれる。手を繋いでなくても絆はある。だけど、手を繋いだからこそそれを感じ取れるという矛盾。
身を寄せ合って生きるしかなかった三人は、その生き方が変わった事で本来あるべき在り方から外れて行く。怪物として孤立していくはずだった彼女達は、人間として自立していく道を歩き出していたのだから。
静かに寝息を立てて眠るヴァネッサとミラアルク。すると、ヴァネッサの額に何かの紋様らしきものが淡く浮かび上がる。
―――この体が一番いいか……。
ヴァネッサの声で呟かれたそれは、寝言と言うにはあまりにもしっかりとしていた……。
シキの子供として生きる事を決めたエルザは、エル以上にらしく振舞う事が出来た。
シキの義妹となったミラアルクも夢子のベビーシッターの役目に元来持っていた面倒見の良さを発揮し、更に母性さえも刺激されて奏達のように母への憧れを抱く事に。
だが、ヴァネッサは謎の渇きに襲われるようになり、シキへと妖艶に迫るのだった……。
淫姫絶頂したいフォギア「ゼノグラシア」
―――全て吸い尽くしてやろう、その力……っ!