※この作品はR-18です。

淫姫絶頂したいフォギア   作:拙作製造機

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ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ

S.O.N.G所属の研究員にしてシキの義母とも呼べる女性。
病魔に蝕まれていたが、シキの生命のスープを摂取していた事により完治。その事から了子にスープの効果調査に協力していた事がある。
そのためか皺が決起時よりも減り肌も年齢よりも若返っていて、実年齢を告げると驚かれる事請け合いとなった。
期せずして三人の孫を持ち、お祖母ちゃんとしての顔が日常となりつつある。


ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス

英雄を自称する鬼才の生化学研究者。その腕に生きる聖遺物であるネフィリムを宿す。
フロンティア事変後、物として扱われて深淵の竜宮に幽閉された。
実際、その才能は天才と呼ぶに相応しく未来の意識を制御下におくダイレクトフィードバックシステムを完成させるなど、間違いなくその頭脳は人類の平和へ貢献出来るだけのものがある。
現在も一人孤独に深淵の竜宮で過ごしているのだが……。


XV(X-factor Victims)

「賢者の石、か。人が考えそうな名称だな」

 

 あのライブの翌日、要家のリビングにラピス・フィロソフィカスのファウストローブのデータを眺めるシェム・ハの姿があった。

 それは、かつてサンジェルマン達からもたらされたデータを基にヴァネッサが作り上げようとしているもの。ただ、三人のとは違いスペルキャスターを必要としない。

 

 そう、要するにキャロルの作ったダウルダブラの方式を採用しているのだ。そこにはシェム・ハに武器を与えたくないというヴァネッサの気持ちが反映されている。

 

「まあよかろう。我が身に纏うならそれぐらいでなければな。して、どれほどの時が要る?」

「さすがに一日二日では無理よ。出来るだけ早く作るけど、資材なんかもここにあるだけじゃ圧倒的に足りないし」

「そうか。ならばそれは我が用立ててやろう」

「ど、どうするつもりでありますか?」

 

 エルザの問いかけを無視し、シェム・ハは何もない空間へその指を滑らかに動かした。

 すると、モニタらしき物が起動する。それは、万が一の際に備えて用意されている発令所との通信システムだった。

 

 シェム・ハがそのモニタを触れて少しすると、繋がったのか多少の雑音の後で声が聞こえてきた。

 

『……一体何の用だ?』

「無礼であるぞ、と言いたいが見逃してやらんでもない。今の我は機嫌がいい。我の望むものを用立てるのならしばらくお前達人類へ我が干渉しないでやろう」

『どういう意味だ?』

 

 そこでシェム・ハはヴァネッサへ目を向ける。説明はお前がしろとそう告げるような目で。

 そこでヴァネッサは理解した。シェム・ハは自身の力と体を利用してファウストローブを作る手伝いをS.O.N.Gにさせるつもりなのだと。

 

(何て奴なの。一番敵対するだろう相手に自分の装備を用意させるなんて)

 

 だが、それを拒む事は出来ないとヴァネッサは知っている。何せ彼女もそうなのだ。

 自身の体の事もあるが、何よりシェム・ハが使っている体は夢子である。その幼い命を守るためにも今はシェム・ハに従うしかないのだから。

 

「あとは私からお話しします」

『ヴァネッサ君かっ! 無事だったようだな!』

「はい。エルザちゃんとミラアルクちゃんもです」

『そうか』

 

 ヴァネッサの報告に弦十郎はどこか笑みを浮かべた。一先ず安堵したのだろう。彼の近くでは朔也やあおいも同じく安堵の息を吐いている。

 

 だが、そんな彼らへヴァネッサが告げたのはファウストローブ製作のための協力要請だった。

 そのあまりの内容に弦十郎達は言葉を失う。しかし、すぐに気付くのだ。それを拒否すればシェム・ハが何をするのかを。

 

「それを断れば、シェム・ハは我々へ攻撃を開始すると?」

『いえ、それよりも厄介な事をするつもりです』

「一体何をするつもりなんだ?」

『……月遺跡へ向かい、バラルの呪詛を解除。それを邪魔された場合、シャトーを本来の用途で使うつもりだそうです』

「「っ?!」」

 

 その言葉に息を呑んだ声を聞いて弦十郎は後ろを振り向いた。そこには慌てて来たのであろうキャロルとエルの姿があり、二人揃って表情を驚愕に染め上げている。

 

「キャロル君とエルフナイン君か」

「ヴァネッサ、今の話は本当かっ!?」

 

 弦十郎を無視するようにモニタへ詰め寄るようにキャロルは叫ぶ。彼女とエルは知っているのだ。シャトーの本来の用途が意味する恐ろしさを。

 

『ええ、本当よ。シェム・ハはもうこのシャトーの事を全て知り尽くしたみたいなの』

「っ……そうか」

 

 もう十分だった。キャロルは意を決して弦十郎へ顔を向ける。その表情はとても悲痛で、そして真剣だった。

 

「司令、チフォージュ・シャトーはそもそも世界を分解再構成するためのものだ。その機能は、未だに失われていない」

「要するに、シェム・ハはこの世界そのものを分解すると脅している訳か」

 

 だが、それでも素直に応じる訳にはいかない。弦十郎はそう判断し、交渉の基本に忠実に従う。

 

「ヴァネッサ君、君は知っているだろうが我々はあくまで国連の組織だ。よってそちらの要求に応じるか否かは俺が決められる事ではない」

『上層部の、国連の判断を待ちたいと言う事ですね?』

「ああ。すまないが多少時間をもらいたい」

『分かりました。少々お待ちください』

 

 そこからしばらく無音が続く。その事を受け内心で不安を抱きながら弦十郎はシェム・ハの返事を待った。緊張感が発令所を包む。

 

『お待たせしました。その、半日だけ待つそうです。ただ、何があろうとそれ以上は待たないし再交渉もしないと』

「半日、か。分かった」

『あのっ!』

 

 通信を終えようとした弦十郎を止めるようなヴァネッサの声。それに弦十郎が何かを察してやや苦い表情を浮かべた。

 

「要は意識不明だが生きている。だから君達も最後まで希望を捨てずに戦って欲しい」

『っ! ……分かりました』

 

 最後に凛とした表情を見せ、ヴァネッサは通信を切った。その直後発令所に一斉にため息が漏れる。

 

「どうするんですか?」

「国連には言えるはずもないな。いや、言ったところで結論は見えている」

「まぁ、まず間違いなくテロリストと交渉などしないって言いますよね」

 

 朔也の言葉に弦十郎が深く頷いた。ただ、キャロルとエルは一貫して弦十郎へ期待を込めた眼差しを向けている。

 彼ならきっと夢子達を助けるための最善手を打ってくれるという、その信頼のこもった眼差しだ。それから目を逸らす事なく弦十郎は小さく頷くと、すぐさま顔を前へ戻した。

 

「繋いで欲しいところがある」

 

 

 

 弦十郎がとある人物と話し合いを始めた頃、ミラアルクはエルザの作った朝食を食べているシェム・ハからとある指示を受けていた。

 

「刻印を?」

「そうだ。今なら奴らはエンキの忘れ形見のおかげで腑抜けている。我に勝てるとは思えないが、面倒は少ない方がよい」

 

 シェム・ハによってその体を怪物へと変えられてしまった今の三人は、あのシキによって戻される前の特殊能力を完全な形で有してしまっている。

 ミラアルクは、蝙蝠のような羽と共に他者への暗示・催眠能力を得ていたのだ。それを使い装者達を無力化しろ。それがシェム・ハの指示だった。

 

「断るって言ったら?」

「別に構わん。その時はお前達の手で奴らを貫かせるだけよ」

「っ?!」

 

 さらりと告げられたのは凄まじく重い内容だった。シェム・ハはミラアルク達の体の自由を奪えると告げたようなものだからだ。

 息を呑んだミラアルクを一瞥する事もなくシェム・ハは食事を終えるや静かに立ち上がりその場から歩き出した。

 

「ど、どこ行くんだぜ!」

「休む。この体は無理に成長させているせいで思いの外体力の消耗が激しい」

 

 足を止める事もなくシェム・ハはシキの部屋へと戻って行った。そう、彼女はシキの部屋を使っているのである。その理由はシェム・ハが使っている夢子のためだ。

 かつてシキがさらわれた際、夢子はその成長を止めるように大人しくなった事がある。そのため、シキの匂いや他の者達の匂いが一番強くする場所で休む事でその抱く寂しさを埋めていた。

 

「……ミラアルク」

「エルザか」

 

 遠くなっていくシェム・ハの背中を見つめていたミラアルクだったが、聞こえた声に振り向いた。そこにはエプロンを付けたままのエルザが立っていた。

 

「ご飯、食べようであります。冷めたら美味しくないでありますから」

「……ああ」

 

 ミラアルクがテーブルへ視線を向けると、もうヴァネッサは席に着いている。後はエルザとミラアルクが席に着けばいいだけだ。

 ただ、いつもなら聞こえる楽しげな声や賑やかな雰囲気はない。場所も時刻も昨日と変わらないはずなのに、まるで世界が違うぐらいミラアルクの心へ寂しさと悲しさを与えるのだ。

 

「ミラアルクちゃん、エルザちゃん、早く座って。ほら、ご飯にしましょ?」

 

 呼びかけるヴァネッサの声にも明るさが少ない。無理している事が分かるものだった。

 それでも二人は彼女の呼びかけに応じて席へと座る。ヴァネッサの両隣へミラアルクとエルザが座り、三人は揃って両手を合わせる。

 

「「「いただきます」」」

 

 かつてであれば言わなかった言葉。それが、体が変質してもまだ自分達が要家の一員である証に思え、三人は目頭を熱くする。

 

 そこからは、ただ無言で食事を進めた。時折目元を拭いながらも、彼女達は朝食を食べていったのだ。

 

 笑い声のない静かな空間の中で、ほんの昨日まであった日常が非日常になってしまったと、噛み締めながら。

 

 同じ頃、本部内の食堂でも沈んだ表情で食事をするキャロルとエルの姿があった。さすがのガリィ達も今の二人へどう声をかけたらいいか分からず、複雑な表情で食事を進めている。

 ナスターシャと了子の姿はそこにはない。了子はフィーネによって体の主導権を奪われたままにされていて、ナスターシャは病院でシキの検査結果などを聞いているからだ。

 

 当然、キャロルとエルも病院へ行くと言ったのだが、それを優しくフィーネが窘めたのだ。

 

―――お前達の気持ちは分かる。だが、医学に関してはお前達が出来る事は少ないだろう? ここは私とマムに任せてくれないか?

 

 母親としての顔でそう言われてしまっては、キャロルとエルも強く押し切る事は出来なかった。なのでこうして大人しく食事をとり、いつものように業務へ臨もうとしていたのである。

 

「キャロル、父さん、いつ退院出来るかな?」

 

 そんな時、ポツリと呟かれた一言にキャロルのフォークを持つ手が止まった。

 

「……分かる訳ないだろ」

 

 そして放たれたのは、久方ぶりの荒々しい口調。思わずファラ達が目を見開く。キャロルの顔が怒りや悲しみで染まっていたからだ。

 

「父さんが受けたのは、間違いなく神の力だ。どうやら咄嗟に自分の持つ力で相殺を試みたらしいが、結果は知っての通りだ。俺も癒しの術は持っているが、アン達がいる以上出番はない」

「キャロル……」

 

 エルは何故キャロルが荒々しい口調を使っているかを理解していた。

 

(キャロル、夢子を連れ戻すまでお姉ちゃんはお休みするんだね……)

 

 夢子が乱暴な言葉遣いを覚えないように。その一心で口調を戻していたキャロルを見ていたからこそ、エルは誰よりもキャロルの心情が分かったのだ。

 今、彼女は怒っている。それも、シキがさらわれた時よりも激しく深くだ。それがエルにはある意味で羨ましく思えた。彼女はキャロル程激しく怒る事が出来ないためである。

 

 それは、エルがある事を覚えていたからだ。

 

―――でも、気持ちは分かるけど急いじゃダメだぞ。

 

 いつか夢子が五十音をかなり覚えた時にシキが言った言葉。それがあのシェム・ハが告げた夢子の願いを聞いてから、エルの頭の中で延々と繰り返されていたのだ。

 

(僕らが、僕らが夢子を急がせちゃったんだ。父さんはそれをやんわりと教えてくれたのに、注意してくれたのに。僕らが、僕らがっ!)

 

 エルの両手が膝の上で強く握られる。と、その瞬間彼女の頭とキャロルの頭を優しく叩く者がいた。

 

「「あうっ」」

「二人して何て顔をしている? いつものように愛らしい顔をしてくれ」

「「フィーネ母さん……」」

 

 どこか驚く二人へ優しく笑みを返し、フィーネはエルへこう言った。

 

「エル、悪いが横にずれてくれ。私がそこに座りたい」

「え? あ、うん」

 

 言われるまま一つ横の席へ移動するエル。フィーネは一言感謝を述べて空いた席へ座ると、また二人の頭へ手を置いた。

 

「お前達の気持ちは分かる。私とて自分を責めているのだ。だが、そうしたところで何も良い事はない。むしろ、可愛いお前達の笑顔がなくなり周囲を悲しませるだけだ」

「フィーネ母さん……でも……」

「俺は、それでも俺はっ!」

「キャロル、お前の二人の父親は今のお前を見て何と言うか、分かるか?」

 

 それは、怒りと憎しみに燃えるキャロルの心へ冷たい水をかけて鎮火させるに相応しい一言だった。

 二人の父親。それが誰かは言うまでもない。

 キャロルの脳裏には瞬時に実父イザークと養父シキの顔が浮かぶ。二人は揃って困ったような表情で笑みを浮かべていた。

 

―――キャロル、その気持ちは嬉しいけど復讐なんて止めておくれ。

 

 きっとそう言うだろうと思い、キャロルは握った拳をゆっくりと開いていく。かつては思い出せなかった実父の気持ちと考え。それをシキ達との触れ合いで思い出したキャロルには、もう以前のような激しく強い復讐心は継続できない下地が出来ていたのだ。

 

「エル、お前もだ。お前が自分を責め続けると、周囲もまた同じ事をしなければならなくなる。夢子を急かしてしまったのは私達もなのだからな」

 

 優しく撫でられる髪の感触にくすぐったさを感じながら、エルはフィーネの顔を呆然と見つめていた。

 フィーネの表情は、どこか悲しくだけど優しい笑みだったのだ。それは、彼女の母としての顔であり人としての顔である。

 

「何より、だ。今考えるべきはどうやって夢子とシェム・ハを分離させるかだろう。そのためにも、お前達の知恵を貸して欲しい。そして、私の中で泣き叫ぶ一人の女性を慰めてくれ。妻としては出来る奴が目覚め次第頼むが、母としてならお前達がいるからな」

「「……うん」」

 

 小さく頷いて微笑みを見せる愛らしい少女二人に、フィーネもまた小さく頷いて微笑みを返す。そのやり取りを、ファラ達が笑みを浮かべて見つめていた。

 

 

 

「結果はどう?」

「ええ。そちらの見立て通り命に別状はありません。意識も、いずれ戻るでしょうとの事ですが……」

 

 S.O.N.Gが手配した病院の一室にシキは運ばれていた。当初は集中治療室かと思われたのだが、アダム達による治療もあってその世話になる事はなかった。

 ただ、未だに意識はない。体はもう完治していると言ってもいいのだが、何故か意識不明のままなのだ。その理由が現代医学では分からないままで、ナスターシャはサンジェルマン達を頼るしかなかった。

 

「そうか。だが、私達にもこれ以上の事は出来ない」

「すまないがそういうワケダ」

「あーし達に出来る事、もうないみたいだし」

「そう、ですか。分かりました。ご協力に感謝します」

 

 言って一礼するナスターシャだが、そんな彼女にサンジェルマン達は揃って首を横に振る。

 

「気にしないでいい。私達にとってもシキは大事な存在だから」

「そうよ。ナスターシャ教授、頭を上げて頂戴」

「また我々の力が必要になったら、遠慮なく声をかけて欲しいワケダ」

 

 頭を上げたナスターシャが見たのは、優しい笑みを浮かべる三人の錬金術師の姿だった。それがほんの少し前は敵対していた者達であり、下手をすれば死んでいたと思うとナスターシャは己の周囲を取り巻く奇妙な縁に感謝するしかなかった。

 

「ありがとうございます。その時は是非」

「ああ。では、失礼する」

「エル達によろしく、なワケダ」

「じゃあね、マ・ム」

「ふふっ、はい。ティキとアダム局長にも感謝を告げておいてください」

「伝えておくわ~」

 

 カリオストロのマムとの呼び方に微笑み、ナスターシャは去りゆく三つの背中を見送った。

 静まり返る廊下で一人、彼女はため息を吐く。錬金術ではシキの意識を回復させる術はない。そしてそれは現代医学も同様だ。

 

 だが、彼女には一人だけ希望を持てる存在に心当たりがあった。

 

(彼ならば、シキさんの意識が戻らない理由か目覚めさせる方法を突き止められるかもしれません)

 

 普段であれば慎重に動くナスターシャだが、今は時間が惜しいと痛い程理解している。シェム・ハがいつ動き出して世界に混乱を与えるか分からないからだ。

 

 取り出した携帯を開きアドレス帳を呼び出そうとしてナスターシャの手が一旦止まる。

 

「……辛いものですね」

 

 待ち受け画面に設定されていたのは、夢子を抱える了子に寄り添うシキを中心とした集合画像。そこには沢山の笑顔がある。今、その中心の三人に笑顔はない。

 それどころか写っている誰にも笑顔などないに等しいのだ。装者達にも錬金術師達にもスコア達にも、そしてヴァネッサ達にさえも。

 

 しばらくその画像を眺めていたナスターシャだったが、気を取り直すように息を吐くとアドレス帳から弦十郎を呼び出す。

 しばらくコール音が続いた後、やっと繋がった瞬間ナスターシャは相手が喋る前にこう切り出したのだ。

 

「ドクターウェルと話をさせて欲しいのです」

 

 

 

「これを見ての貴方の意見を聞きたいのです」

 

 久しぶりに巡回の人間じゃない者が来たと思えば、何とも久しぶりの相手。それにしても、最後に見た時より顔立ちが若返ってませんかね、この人。

 まぁ、それよりも見せられた物を見てやるとしますか。やれやれ、この僕に意見を求める程の内容なのでしょうね?

 

「はい?」

 

 思わず目を疑う。示されているのは血液中の様々な細胞の数値だ。だが、その数値が有り得ない。常人離れと言うより人間離れしている。

 

「ナスターシャ教授、こんなふざけたデータをな」

「それは例のスープを作り出す事が出来る人物の現在のデータです。彼は今、深く傷付いた体を急速に治している最中なのです」

 

 遮って告げられた答えに僕の素晴らしい頭脳がとあるデータを呼び出した。

 

「生命のスープの提供者?」

「はい。ですが、今、彼は意識不明のままで眠っているのです。体の方は完治したと言っていいにも関わらず、です」

「成程。それで僕の頭脳を借りたいと?」

「ええ。ちなみに、彼をそうしたのはカストディアンです」

「カストディアンんんんっ!? どういう事ですかな、教授。詳しく聞かせて頂きたいものですなぁ」

「その前に、こちらに協力していただけますかドクターウェル。それを確約していただけないのならこの話はここまでです」

 

 こちらが興味を示した瞬間手を引っ込めてきた。ったく、これだから年寄りは。だが、カストディアンというのは気になる。これが教授でなければ僕をからかうか騙そうとしているブラフと思えるが、この年寄りがそんな事を今更するメリットはない。

 

 となると、これは事実か。しかも、上手くすれば今度こそ世界中に僕の名を刻み付ける絶好のチャンスかもしれない。

 

「いいでしょう。僕としてもいい加減ここに飽きていたところだ」

 

 そう言ってあげるとやっと動き出す教授周辺の黒服たち。まぁ、協力はしてあげましょう。ただ、僕の興味がなくなった後は知りませんがね。

 

「ドクター、一つだけ言っておきますが、その彼は生命のスープよりも興味深い能力を持っていますよ」

「興味深い能力ぅ?」

「ええ。それについて知りたいのでしたら、私の娘を、いえ義理の娘となってくれた彼女から聞いてください」

「義理の娘……はっ、偽りの巫女ですか? それともその妹ですか?」

 

 瞬時に思い出すのは僕の計画を邪魔してくれた二人の姉妹。ああ、いけませんね。思い出すだけで苛立ちが募ってきます。

 

「いえ、マリアやセレナではありません。フィーネです」

「ああ、フィーネ……はい?」

 

 いきなり何を言い出すんだこの年寄りは。

 

「櫻井了子を知っていますね。彼女こそがフィーネの器だったのです。そして、ルナアタックで彼女は消滅しなかったのですよ」

「……は?」

 

 理解出来ない内容だと、そう思った。櫻井了子は勿論知っている。シンフォギアを作り出した人間だ。それとリンカーもだろう。

 まぁ、僕がもう少し早く生まれていれば、リンカーに関してはそれ以上のものを作り出していたので恐れるに足らず。シンフォギアに関しては確かに僕には難しい事だろうが、きっと理論構築ぐらいは可能だったでしょう。うん、英雄たる僕なら当然ですね。

 

 と、僕が冷静に耳から入ってきたとんでもないノイズを処理している間に教授がどこかへ連絡を入れていた。

 

「すみませんがお願いします。さぁ、どうぞ。フィーネです」

 

 差し出された携帯端末を受け取り耳へ当てる。

 

「フィーネを語るとは中々悪趣味な事をしていますね、櫻井女史」

『そう思うなら直接会って確かめてみるといい。ああ、それと一つ良い事を教えてやろう』

「はっ、どうせ碌でもない内容でしょう」

 

 少々気に障る言い方だ。そう思って言い返すと、フィーネを語る櫻井了子はどこか真剣な声でこう告げたのだ。

 

―――上手くいけば、本当にお前は世界を救う英雄になるぞ。

 

 

 

 シェム・ハの要求は一先ず通った。ただ、一気に全ての要求を通すのは色々と難しいので段階的にとなり、それを弦十郎とヴァネッサが共謀しシェム・ハへ悟らせないように動く事で合意。

 それと並行してS.O.N.G本部にウェルが姿を見せる。そこでさすがの彼も驚きを何度も見せる事となった。

 

「本当に……先史の巫女、なのですか」

「そうだ。先程ので信じてもらえただろ?」

 

 まず、フィーネには先制パンチとばかりにその力で体を浮かされ……

 

「これが錬金術だ」

「そして、こちらが今のギアのデータです」

「……成程、たしかに僕が知る頃よりも数段強化されているようですね」

 

 キャロルとエルには中押しと言う感じに錬金術とそれがもたらしたギアへの影響を見せつけられ……

 

「か、神の力? こんな力が、こんな僕に相応しい力が存在していたなんてぇっ!」

 

 トドメはシキとアダムとの戦闘映像とその解説を弦十郎からされるというものだ。ここまでくればウェルもやっと事態の凄さに納得する。

 

 既に自分がやろうとしていた計画などちっぽけになる程に事態は深刻な状況となっているのだ、と。

 

「それでドクター、貴方にやって頂きたいのはそのシキさんの意識を回復させる事なのです」

「それは分かりますが、何故それが世界を救う事になると? 神の力を宿しているとはいえ、所詮はただの人っ! そんな存在の有無がカストディアンとの戦いで必要になるとは」

「彼は私の夫だ。そして装者達全員の男でもある。シキが目覚める目覚めないは大きく事の結果に影響するのよ」

「冗談にしては中々笑える部類ですね。この特に見るべき点のない男が貴女達の意中の相手? あははっ! いやぁ、先史の巫女は中々ジョークがお上手のようだ」

「事実よ。まぁ、それを証明する手立てが今はないから仕方ないか。それで、やれるのかやれないのかをはっきりしてもらいましょう」

 

 言い切るやフィーネはウェルをどこか見定めるような眼差しで見つめる。その視線にウェルは動じる事もなく、ただどこか懐疑的な表情を浮かべていた。

 

「僕にかかればこの程度の事造作もなく片付けてみせますよ。ただ、本当にどうにか出来るのですか、貴方達に」

 

 ウェルは相手がシキの娘であると聞き、瞬時に響達の性格や言動から一つの結論を導き出していたのだ。

 

「相手はカストディアン。だぁがぁ、その体はこの要シキという男の娘ぇ。その体からカストディアンを追い出す方法もなければそいつだけを倒す手段もない。となれば、最悪殺すしかない訳だ」

「そんな事か」

「そんな事ぉ? はっ! よく言いますね。あの甘さの塊みたいな装者達にそんな事出来るはずがないでしょう!」

「そうだ。だからこそ言っておく。そんな事をする必要はない。そうせずともいいようにするために私達がいる」

「はぁ? 一体何を」

 

 フィーネの言葉へ更なる追撃を放とうとしたウェルだったが、そんな彼へ彼女から反論出来ない言葉を投げかけられる。

 

―――それとも、お前はそのために出せる知恵も使える知識もないのか?

 

 心の底から見下す表情と声で告げられた言葉は、ウェルの自尊心を大きく傷付けるものだった。勿論今のウェルにそんな知恵も知識もないのだが、理由はそれだけではない。

 今までのウェルの意見は自分がそれに対する有効策も対抗策も見いだせないからの弱音とされたのだ。これが大いにウェルの心を動かした。

 

「見え透いた挑発ですが、いいでしょう。僕にかかればこの程度の事、全て児戯に等しいと見せてあげます」

「そうか。それは助かる。では、フィーネ君、ドクターウェルをキャロル君達の研究室へ案内してやってくれ」

「ああ」

 

 発令所を出て行く二つの背中を見送り、弦十郎はナスターシャへと顔を向けた。彼女はどこか安堵するように息を吐いていたのだ。

 

「ナスターシャ教授、ご苦労様でした」

「いえ、元々発案したのは私です。ドクターウェルは、私達とは異なる見方と考え方が出来ます。それに、彼は独自にリンカーを改良していました。それらの知識と閃きは必ず事態の打開へ繋がるはずです」

「だといいのですが……」

「それに、フィーネが言ったようにシキさんの意識が戻るか戻らないかは重要です。今や彼は我々に残された最後の希望にも等しいのですから」

「神の力。それを宿した唯一の人類」

 

 弦十郎の言葉には言い表せない程の重たい意味があった。シキはエンキというカストディアンがシェム・ハの復活に備えて用意した自身のコピー、となるはずだった存在。

 つまり厳密には人類ではない。それでも弦十郎は人類と言い切ったのだ。それにナスターシャだけでなく朔也やあおいも気付いて弦十郎を見る。

 

「要が普通の生まれ方をしていないとしても、これまでの時間で俺達はあいつを違う種族の相手だと感じたか? むしろ、俺達の誰よりも平凡な人間だと思ったはずだ」

「まぁ、初対面からそうでしたね。ただ、ある時から実は凄いんじゃないかって感じが強くなってましたけど」

「そうね。特にそれを思い知ったのは初めてシャトーに行った時かしら。ああ、本当に要君って響ちゃん達とそういう関係なんだって分かったから」

「シキさんは、何となくですが女性との関係を増やすにつれてその器を大きくしていった気がします。失礼ですが、初対面の時と今では顔つきも雰囲気も異なりますから」

 

 ナスターシャの意見に三人が揃って納得するように声を漏らした。実際、シキが男としての成長を見せ始めたのが奏と深い関係になってからで、彼が男として大きく強くなろうとしたのは装者達九人を自室へ招いた後なのだ。

 

 それは、ハーレムなどという野望を抱いたからなのかもしれない。だが、今やそれは欲望の具現化ではなくシキの人知れず秘めていた願望の形となっていた。

 家族、である。彼は自分でも知らぬ内に家族を求めていたのだ。妻だけでなく両親や兄妹を。血が繋がらなくても、心が繋がる大切な存在を。

 

「シキの奴が目を覚ましたら、全てが終わってたってしたいですね」

 

 朔也の噛み締めるような声に誰もが頷く。それがどれだけ不可能に近いとしてもだ。

 

「そして、みんなでまた笑い合えるように、ね」

 

 あおいの締め括りに込められた願い。そうであってほしいと願うように、また誰もが深く頷くのであった……。

 

 

 

「ビッキー、あれから要さん、どう?」

 

 あのライブから三日が経過し、世界はいつもの日常を過ごしていた。

 ただ、それが仮初めである事を知っている者達は、未だ拭いきれぬ影をどこかに宿していたが。

 その中の一人である響もまた、クリスを送り出す卒業式を控えているとはいえ表情に影を落としていた。

 

 今など卒業を見越しての卒業旅行の打ち合わせを、彼女と未来の暮らす寮の一室で行っている最中である。普段であれば明るく賑やかに意見を出し、五人の中で存在感をこれでもかと見せるはずなのだから。

 

「えっと、まだ目は覚めてないんだ。体の方は、もう大丈夫なんだけどね」

「そうなんだ。一先ず良かったね」

「うん……」

 

 創世の言葉に響は力なく笑みを返す。その脳裏にはつい昨日の病室での風景が甦っていた。

 

 個室のベッドに横たわるシキ。その近くの椅子に座るのは暗い顔の未来と同じ顔の自分。

 

「響、私ね、どこかで前の時よりマシだって思ってたんだ。シキさんはさらわれた訳じゃないからって」

「うん、私も同じ。傍にいられるから大丈夫だって、そう思ってた」

 

 静かに呼吸をしているだけのシキを見つめ、二人はその繋ぎ合った手を強く握る。視線の先にいる相手は、これまでいつだって笑みを見せ、優しい言葉をかけてくれた最愛の男性。

 それが、いつまで経っても言葉どころか笑みさえない。目を覚ます事なくただ眠り続けているだけなのだ。

 

 それが二人には辛い。その逞しくなり出した腕で抱き締めて欲しいと、そのあったかい胸に顔を埋めさせて欲しいと。

 恋から愛へ昇華した乙女心が叫ぶのだ。せめて一度でいいから微笑みかけて欲しいと。

 

「だけど……だけど辛いよ。傍にいるのに、近くにいるのに……声も、聞けない。笑顔も見れない……っ」

「未来……」

「響も見たでしょ? みんな、みんな沈んでる。奏さんやマリアさんは空元気を出して笑顔を作ってるけど、それが余計悲しくなっちゃうっ! だからっ!」

「未来、分かるけど落ち着いて。ここ病院だから」

 

 そっと未来を抱き寄せ、響はすすり泣く声を聞きながら目を閉じる。

 響には分かっていた。未来は自分の分まで泣いてくれているのだと。二人でそうなってしまえば、収拾がつかなくなる。だから未来が先に泣き叫んでくれたのだと、響には分かっていたのだ。

 

 ある程度して未来の泣く声が消えたのを確認し、響は彼女を抱き寄せたまま呟いた。

 

「どう、なっちゃうのかな? 夢子ちゃんを相手に戦うなんて私には出来ない。ううん、きっと誰にも出来ない」

「でも、戦わないといけない、んだよね? シェム・ハって人がやろうとしてる事を止めないと」

「うん。師匠が言うには、ヴァネッサさんにラピスのデータからファウストローブを作らせてるみたいなんだ」

「ラピスの……」

 

 未来にもそれが意味する事が分かった。シェム・ハは自分達と戦い、今度は完全に蹂躙するつもりだと。

 

「未来、私ね、怖いんだ。最後どうにも出来なくなったら、ギアを纏ってこの手を握り締める事しか出来ないってなったら、私、どうすればいいかな?」

「響……」

 

 そこから二人に会話はなかった。ただ、未来の肩に熱い何かが落ちていくだけだった。

 

 そのやり取りを思い出して物思いにふけっている響に気付いて、未来だけでなく弓美達が顔を見合わせる。このままでは空気が暗いままだ。そう考えて残った四人の中でムードメーカーが咳払いをした。

 

「こほんっ、それにしてもあの要さんって人のどこがいいのよ。あの赤ちゃんのお父さんなのにあんたの彼氏なんでしょ?」

「う、うん。でも、夢子ちゃんは私と付き合ってから出来た子で」

「だから分からないって言ってんの。顔立ちは悪くないし、話した感じもいい人そうだったけど、それだけでしょ。普通だったら子供が出来た時点であんたは他の男探すべき。なのに、あんたは諦めなかった。でしょ?」

 

 弓美の確認に思わず響と未来が頷く。そこで創世と詩織は気付いた。未来も本当はシキと深い関係なのだと。

 

(今、未来さんも頷いていましたわ。で、ではやはり未来さんも……)

(うわぁ、ビッキーのエッチな話にやけに詳しいと思ったら、やっぱヒナも経験済みかぁ。しかも、あのシキさんって人と……)

 

 何せいくら何でも響とシキの情事を知り過ぎているのだ。最初こそ響を誘導して口を割らせたと思っていたのだが、あまりにも内容が詳しいためあの響がそこまで詳細に話すかと疑問を抱いていたのである。

 

「その理由を教えろって言ってんの。まぁ、あたしだったら他の女に手を出してる時点でないけどね」

「私もそうかな。まぁ、黙ってそうされてたら当然なしだけど、最初から聞いてたのに好きになっちゃったら、それはもう惚れた方の負けだけどさ」

「それに響さん達は人に言えない事が多いです。そこを話せて受け止められる男性というのが、やはり大きいのでは?」

「あー、それか。共有の秘密って男女関係を深い仲にする大事な要素だもんね。アニメやマンガでよくある流れだし」

 

 弓美の指摘に響と未来は思い当る事が多かった。それこそが性行為関連だったのだから。

 あの装者九人での夜で知った、様々な淫らな事実。仲間や先輩、後輩の知られざる一面をあの夜に知って、自分達も知られてしまったのだ。

 

(思えば、あの時にもう私達はシキさんの女ってしっかり刻まれちゃったんだ……)

(みんなのエッチな顔や声だけじゃない。とっても言えないような事を色々教え合っちゃったもんなぁ……)

 

 そして、最近ではそこにサンジェルマン達三人も含めてしまった。シキのハーレムが盤石なのは女性達の仲を深めさせているからかもしれないと二人は思った。

 

「で、ヒナはどこまで要さんとしちゃったの?」

 

 揃って顔を見合わせる響と未来へ創世が少しだけ赤い顔で問いかけると、もうバレていると察した未来があっさり話し始めた。

 

 そこから五人の会話は主に以前の続きと化した。その理由は、その話をしている時は響と未来の表情から影が薄れていたためである。

 そう、この打ち合わせのそもそもの理由は、あのライブの夜以来暗くなっていた響と未来をどうにかしたいという三人の気持ちから生まれたものだったのだ。

 

 さて、響だけでなく未来までも同じ男でロストヴァージンしていた事に始まる猥談は、更に二人が告げた三人での性交体験で一気に熱を帯びる。何せそれは、処女の三人の顔と頭を沸騰させるに十分な熱量を持っていたのだから。

 

「そ、そんなに気持ちいいの?」

「うん、凄いんだ。シキさんのおっきくて熱いオチンポで奥をグリグリされながら未来とキスするなんて幸せで」

「おちっ!?」

「み、未来さんも同じですか!?」

「そう、だね。だって、大好きな人二人から愛されるんだよ? シキさんは熱くて立派なオチンポで、響は舌を絡めて乳首まで愛撫してくれてね。それぞれの全力で愛してくれるの」

「う、うわぁ、ヒナもビッキーも凄くエッチな顔してるよ……」

 

 女同士の猥談は、実は男同士のそれよりも凄い事が多い。響と未来もその例に漏れず、シキとの濃密な時間を思い出すように三人へ話す。

 それは、結果的に二人に嫌な事を忘れさせる。シキと愛し合った思い出を語る事で二人はこう思い出していたのだ。それをこのまま過去にしたくないと。

 

 学院で得た三人のかけがえのない友人達に感謝しつつ、二人は思いっきり惚気るようにシキとの艶やかな思い出を話す。

 

(え、エッチってそんなにいいの? 初めては痛いだけってのが定番だけど、二人の話だとあの要って人は違うみたいだし……って、やばっ、あそこが濡れてきてる)

(男性に優しく強く愛される、ですか。そ、想像が出来ませんが、お二人の話からするととっても満たされて幸せになるようですわね。……ううっ、先程からお腹の下辺りが疼いているような気がします……)

(ビッキーもヒナも、やっと表情が明るくなったや。でも、それがエッチな話って……ねぇ。まっ、いっか。二人が元気になってくれればそれでさ。……だ、だけど、ちょ~っと内容が濃くない? き、聞いてるこっちまでエッチな気分になってくるんだけどぉ……)

 

 それを聞きながら、三人の乙女達のゆっくりと閉じていた扉が開き始めていると知らぬままに。

 

 

 

「また来てたのかよ」

「クリスか」

 

 シキの眠る病室。そこへ顔を出したクリスは、シキがここへ運び込まれた時から必ずいる奏の顔を見てどこか苦い顔をした。

 そのまま彼女は奏の隣の椅子へと座る。二人は会話もないままシキの顔を見つめていた。ただ、その横顔はどちらも同じように暗いもの。

 

「なぁ、今忙しいんだろ?」

「……だね」

「突然の休止宣言に関係者席での爆発騒ぎ。良くも悪くも話題に事欠かないしな」

「……うん」

「で、そんな中どうしてここへ毎日来てるんだよ? 今、先輩がいなきゃいけない場所はここじゃねーだろ」

「あたしがいたい場所は、ここなんだよ」

 

 しみじみと告げられたその一言にクリスが思わず息を呑んで奏の顔を見る。奏は、生気の抜けた顔でシキの事を見つめていた。

 

「あたしは家族をノイズのせいで失った。一人ぼっちになったあたしは、復讐だけを胸に生きてたんだ。そんな中で翼と出会い、そしてシキと出会った。最初はね、シキの事を情けなくて頼りない奴だって、そう思った。年上のはずなのにあたしを天羽さんなんて呼ぶからさ、ある時からかうように呼び捨てでいいって言ったんだ。そしたら、シキは驚いたみたいに目を何度も瞬きさせて、いいの?ってどこか嬉しそうに返してきたんだ」

 

 言いながら思い出しているのだろう。奏の目には涙が浮かび出していた。今と違いまだ情けなかったシキの笑みは、どこか一人になった時の自分に重なる部分があったのだ。

 そして後からシキの事情を聞いて奏は知ったのだ。彼もまた、孤独である事を。それから奏はシキの事を少しだけ意識するようになった。ただそれは女としてではなく人としてであったが。

 

「あの頃のシキは軽い軟禁状態でね。ほとんど二課の本部内しか知らなかった。あたしは翼に黙ってシキのとこへ行って色々教えたり見せたりしたもんだよ。買い物の荷物持ちとして連れ出した事もあった」

「……そうか。そういや、そうだったな」

 

 クリスもまだシキが重要人物扱いを受けていた頃を知っている。その頃、シキは本部内の一室を自室として与えられていた。クリスも初めて彼と男女の関係になる切っ掛けはそこだったのだから。

 

「そんな風に付き合い出して少しして、あたしは了子さんから聞いたのさ。あたしがリンカーの代わりに与えられるようになったものが何なのか。今にして思えば、あれってあたしがシキに女として好意を持ち始めてるって察した、了子さんなりの後押しだった気がするよ」

「で、あいつに、シキに詰め寄ったのか?」

「ああ。で、そこからあたしなりにアピールしたよ。実際あんなものを飲んで美味しいなんて思っちゃった時点で、あたしはシキ以外の男と深い関係なんてなれなかったしね。でも、思ったよりもシキが鈍感でさ。最初は下着姿とかになって採取の手伝いってやっても、迫ってこないし押し倒しもしない。ただ、出来れば手でして欲しいって言われた時にやっとかと思ったけど」

「……もしかしてこれはあたし、ノロケられてるのか?」

「そこから口でするようになるんだけど、その前にキスされてさ。告白されたのはその時」

「もう分かった。いい性格してんな先輩」

 

 心配して話を聞いてやっていれば、聞かされたのは最初にシキと男女関係になった者としての自慢話。クリスはそこで理解したのだ。奏が自分の気持ちを利用してさり気無く惚気てきたと。

 やれやれとばかりにため息を吐き、クリスは視線を奏からシキへと向ける。未だに起きる気配のないシキは、まるで死んでしまったかのような錯覚を覚える程穏やかな顔をしていた。

 

「クリス」

「ん? まだ何かあるのかよ?」

 

 どこか寂しそうな表情をしていたクリスへ不意に奏が呼びかける。だがもう顔を動かす事なくクリスは対応した。しかし、返ってきた声はどこか先程までとは違う真剣なものとなる。

 

「もしこのままシキが目覚めなかったら、あたしは夢子を殺すかもしれない」

「っ?!」

 

 この時クリスは知らなかった。奏が口にした殺すという表現は、彼女がシキにもう使わないと約束したものである事を。

 

「きっと響は出来ないだろうね。ううん、誰も出来ないだろうさ。だから、あたしがやる。もしもの時は、あたしがガングニールであのふざけた神様気取りごと貫いてやる」

「先輩っ!」

「その時は、クリスが周囲を止めてくれ。翼とマリアにも頼んでおくけど、あたしはあんたが一番この気持ちを分かってくれると思うからさ」

 

 そう言うと、奏は静かに立ち上がる。その顔をクリスへ向けて彼女はどこか悲しげに告げるのだ。

 

―――大事な人達を全て失った悲しみと苦しみは、きっとあたしとあんたしか分からないだろ?

―――っ。

 

 両親を紛争で亡くしたクリスと、家族をノイズに奪われた奏。二人だけの共通点がそこにあった。装者達の中でたった二人だけの、幸せな家族の中からの脱落者。

 故にシキという男の存在がどれだけ大きいか。復讐で生きていた奏にとってどれだけシキがあったかい場所だったか。それを痛い程分かるのはクリスだけだと奏は言っていたのだから。

 

「クリス、もしもの時はあんたの分まであいつに叩きつけてやるよ。あたし達からあったかい居場所を奪った、神様ってやつにさ」

 

 決意を秘めた声でそう言い終え、奏はそのまま病室を後にしようとする。が、その背中へ……

 

「そんなつれない事言うなよ、奏さん」

 

 重たくも力強い声がかけられたのだ。それも、奏が初めて聞く呼び方で。奏がゆっくりと振り向くと、そこには覚悟を決めた表情のクリスがいた。その眼差しは、真っ直ぐ奏を見つめている。

 

「そん時はあたしも一緒にやらせてくれよ。止めるのは、翼先輩とマリアの奴に任せるさ」

「……そう、だね。いいよ。その時は二人で神様へぶちかましてやろう」

 

 この時を境にクリスは奏の事を先輩と呼ばなくなる。それは、彼女の中で奏が尊敬できる人生の先輩から、同じものを抱えた尊敬する相手と認識を改めたからかもしれない。

 

 

 

 シキさんが意識を失っていてよかったかもしれないと、そんな罰当たりな事を考えてしまう程に今の私は忙しかった。

 いや、言い直そう。忙しいならこれまでもあったが、笑顔を浮かべなければいけない仕事でなくて良かったと。

 

 今の私に課せられているのは、ツヴァイウイング休止についての雑誌取材とラジオ出演だ。テレビは、映像関係の仕事は断ってもらった。緒川さんもそこは分かっていたようで、既に手を打ってくれていたらしい。

 

「今日はわざわざありがとうございました」

 

 何度目かの雑誌取材を終え、私はホテルの一室から出た。エレベーターを使い地下駐車場へと向かう。その間、私は泣きそうになる自分を何とか押し殺して目を閉じる。

 

「シキさん……っ」

 

 その度に思い出すのは、あの時の記憶。白い閃光がシキさんの胸を貫き、あの人がゆっくりと後ろへ倒れて行く悪夢の光景。

 

 何も出来なかった。動く事さえ出来なかった。手にした剣を握り締めて相手へ斬りかかる事さえも、許されなかった。

 

「惚れた男の危機に、鞘走る事も出来ないなんて……っ!」

 

 もしあの時に許されるのなら、私はシェム・ハを一刀の下に斬り捨ててしまいたかった。例えこの身に神を殺す力無くとも、シキさんの受けた痛みを少しでも味わわせる事が出来るのなら、ヴァネッサ達の苦しみを少しでも返せるのならと。

 

 悔しさと怒りで拳が震える。そのままどこかへ叩き付けたい衝動に駆られるが、さすがにエレベーターが止まってしまう。それは、色々と困る。

 地下駐車場に着いた事を告げる音と共にドアが開いた。私は俯いたままで足を踏み出して、誰かとぶつかる。

 

「あっ、すみません」

「気にしないでいいわ」

 

 聞こえてきた声に思わず顔を上げる。そこにいたのはサングラスをしたマリアだった。

 

「マリア……どうして……」

「私もここで取材を受けていたのよ。翼よりも先に、ね」

「そうか……」

 

 考えてみれば当然だ。彼女も私達と同じように休業宣言をしたのだから。と、何故か腕を掴まれた。

 

「マリア……?」

「帰るのでしょ? 私もご一緒させてもらうわ。緒川さんには連絡済みよ」

 

 それだけ告げるやマリアは私の腕を引っ張るように駐車場を歩き始めた。程なくして緒川さんが車の前で立っているのが見えてくる。

 

「お待たせ。行き先は翼のマンションでお願いするわ」

「はい。さぁ、翼さんも乗ってください」

「は、はい」

 

 マリアに引っ張られるように私は後部座席へと乗った。それを確認して緒川さんがドアを閉める。すると、マリアがサングラスを外した。

 

「やっとこれがとれるわ」

「何故地下でそんなものを?」

「決まってるでしょ。今の私の目は、とてもじゃないけど希望の欠片も宿してないからよ」

「っ」

 

 その言葉は私が思っている事と同じだった。だからこそ映像の仕事はやりたくなかったのだから。

 

「こうなると、休止宣言をあの時したのは不幸中の幸いだったわ。あの時は今と違って希望や幸福に包まれていたし」

「そう、だな」

 

 そう、あの時は幸せだった。大勢のファンが私達を本当に好きでいてくれていると伝わったし、何よりそこから新しい時間が始まると思っていた。

 仲間であり家族となっていける者達と同じ場所で暮らす日々。愛する人と一つ屋根の下で過ごせる時間。全てが、光輝いていたのだ。

 

「翼、シキの事、何か聞いてる?」

「いや、何も。体は完治したが意識が戻らないというのが最後だ」

「そう。じゃ、一つだけ。ドクターウェルが本部でシキ関連の研究をしてるそうよ」

「なっ……ドクターウェルが!?」

「マムがドクターの閃きに賭けたのよ。そもそもドクターは、未来を制御下に置いた装置を作り出せる程に人の意識に関しては凄い知識を持っているわ。マムはその一点に賭けてシキの事を任せようとしてるの」

 

 僅かだが私の中に光が戻った。シキさんが目覚めるかもしれない。また私を女としてくれるあの逞しさを、温かさを、頼もしさを感じられるかもしれない!

 

「マリア、もしかしてそれを私に教えるために?」

「それだけじゃないわ。翼、貴女、今ちゃんと寝れてないでしょう」

 

 咄嗟に返す言葉が出てこなかった。何故なら言われた通り、あの日から私の眠りは浅くなっていたからだ。

 

 眠る度に何度もシキさんが倒れる光景を見る。その度に飛び起きて、一人である事を思い出して余計切なく寂しくなる。

 

―――本当なら、シキさんの家で過ごしているはずだったのに……。

 

 そう思う度に涙が流れる。私は、もう弱くなってしまった。シキさんという剣の鞘になったあの日から、私はもう防人などと言えなくなっていたのだと分かってしまった。

 女となってしまった私は、愛する男が危ないと思うだけでこの有様だ。他者の目に触れる時だけは何とからしく装っているが、一人になった瞬間そんな仮面は砕け散る。

 

「翼、今夜は一緒にいてあげる。あの光景が焼き付いて離れないのは、貴女だけじゃないんだから……っ」

「マリア……」

 

 聞こえた声が微かに震えたと思って横を向くと、そこには涙を目に浮かべて微笑むマリアの顔があった。

 

「情けないわね、私達。あの時は遠くに引き裂かれても泣かずにいられたのに、傍にいて顔を見れるのに泣いてしまうなんて、ね」

 

 何と儚く脆いのだろう。今のマリアは私がそう思う程に弱っていた。ああ、そうだった。私だけじゃない。あの人は私達を悉く女にして、強さと弱さを与えてくれた人だった。

 

 そう思い出した瞬間、私は目の前のもう一人の自分の手を掴んでいた。涙で濡れた微笑みが驚きに包まれる。でも、その方がとっても素敵だと思った。

 

「マリア、今夜は、一緒に泣いてくれる?」

「…………今夜と言わず、いつだって」

「ありがとう。その、貴女と出会えて本当に良かったって思う」

「ふふっ、何よそれ。まるで口説いてるみたいね。でも、うん、悪くないわ。今の貴方、とっても可愛くて綺麗よ」

 

 そこで私は久しぶりに心から笑えた。マリアも楽しそうに笑っていた。きっと見ていなかったけど緒川さんも笑っていたと思う。

 

 マンション前まで送ってもらい、私はマリアと二人へ部屋へと向かう。その時もずっと手は繋がれたままで。

 

「マリア、実は私の部屋に誰かを泊めた事がないんだ」

「あら、奏もなの?」

「うん。意外?」

「ええ。でも、そっか。ふふ、光栄だわ」

 

 思えばこうやって誰かと手を繋いで歩く事も久しぶりだ。部屋の鍵を開けて中へ入って明かりを点けると、マリアが室内を見て小首を傾げる。うん、何を言いたいかは分かるから先手を取っておこう。

 

「私だって多少は片付けられるから」

「なら今度からガリィ達に部屋の清掃はいらないって言っておくわね」

「そ、その配慮は必要ないからっ! というかマリアが言う事じゃないでしょ!」

 

 そう言うとマリアが大きな声で笑い出した。正直腹が立つけど、あまりにも楽しそうに笑うから段々私もおかしくなってきて笑っちゃった。

 

 そのまましばらく私達は笑い続けた。涙が出るぐらい笑い続けた。そうでもしていないと違う涙と共に言ってはいけない事を言い出しそうだった。

 気付けば、私とマリアは抱き締め合いながら泣いていた。今は、誰でもいいから温もりが欲しかった。そして、それはマリアも同じだったらしく、無意識の内に私達は唇を重ね合っていた。

 

「……マリア」

「翼……可愛い」

 

 少しだけ塩味がするキス。でも、今はそれが嬉しかった。だって、シキさんと同じ味だったら私はマリアに溺れていただろうから。きっとマリアもそうだと思う。

 

「んぅ……マリア、もっとして。ずっとキス、していたい」

「分かってる。でも、私はもっと翼と触れ合っていたいの。だから……」

 

 そこでマリアは軽く唇が触れるだけのキスをしてこう囁いてきた。

 

―――シャワー、行きましょう?

 

 私はその誘いに小さく頷く事しか出来なかった。奏、ごめんなさい。今夜、私は奏以外の女性をパートナーにしてしまう。

 

 

 

 艶かしい姿でベッドに横たわる翼の横で、マリアが今夜は家へ帰らないとセレナへ連絡を入れている頃、切歌と調は揃って入浴していた。

 

 五人で暮らす事を考えてナスターシャが選んだ一軒家は、そのバスルームも広めで大人二人ぐらいなら余裕で使える浴槽がある。

 それでも、あの大浴場を日常的に使える暮らしをしてしまうと狭く感じてしまうのが人間と言う物だ。

 

「それにしてもビックリデスよ。まさかのドクター復活デスか」

「うん、ホントにビックリ」

 

 揃って湯船に浸かりながら二人は夕食後に聞いた言葉を思い出していた。ナスターシャから、シキの意識回復のためにウェルが自分達に協力していると聞き、かつての記憶から露骨に嫌悪感を見せた切歌と調。

 それでも、神獣鏡のギアに装置を組み込んで未来を操った実績を聞かされれば納得せざるを得なかった。残念ながら、今、シキを目覚めさせる事が出来るとすればウェルだけなのだから。

 

「キャロルとエルは上手くやってるみたいデスけど……」

「大丈夫だよ。今のドクターには、私達よりもシェム・ハの方が苛々する相手だろうから」

「デスかね」

「きっとそう」

 

 そう言って調はため息を吐いた。切歌もである。未だにシェム・ハへの有効な手立ては見つかっていない事を思い出したのだ。

 響による神殺しは最終手段であり、それ以外で夢子をシェム・ハから助け出す術など誰にも思いつきもしなければ心当たりさえもなかったために。

 

(シキさんの意識回復も大事デスが……)

(夢子やエルザ達の事も大事……)

 

 二人の脳裏に甦るエルザの笑顔と声。それがチクリと二人の胸を刺す。あれ以来、本部は定位置に戻る事が出来ず別の港に滞在している。

 その間、エルザやミラアルクの姿がシキの借りている部屋から出てくるところが目撃されていた。

 おそらく食糧の買い出しとみられ、尾行はされていない。しても無駄だからであるが、一度だけ弦十郎からの指示で一人の職員がミラアルクへそれとなく接触、資金と手紙を渡す事に成功している。

 

 その際、ミラアルクはそれが弦十郎の指示だと聞いて噛み締めるように「ありがとうって伝えておいてほしいんだぜ。あと、ウチらも、夢子を絶対諦めないからってさ」と告げていたのだ。

 その言葉を聞いた弦十郎が静かに拳を握りしめていた事を知る者は残念ながらいない。大人は一人、少女の言葉に込められた決意を感じ取り、激しい怒りと悔しさを解き放てる時まで溜め込んだのだから。

 

「そういえば切ちゃん」

「何デスか?」

「おっぱい、大きくなったね」

「そ、そうデスかね? アタシはそんなに変わったと思わないデスが……」

 

 調の目付きが若干鋭くなった事を受け、切歌が目を逸らしてそっと体を横に移動させる。が、そんな行動は調によって呆気なく阻止された。

 

「えいっ」

「ひゃっ!? し、調っ? 何をするデスか?」

「やっぱりおっきくなってる」

「だ、ダメデスよ調……っ! おっぱいを揉み揉みするだけじゃなくて乳首クリクリは……っ!」

 

 逃げるのを諦め、調の両手を胸から離そうとする切歌だったが、その動きを読んでいた調は既に次の手を打っていたのだ。

 

「はむっ」

「ふにゃぁ……み、耳たぶ甘噛みズルいデェス」

「っは……チロチロ」

「で、デェェェェスっ!? 耳舐めと乳首クリクリはっ! は、反則デェスっ!」

 

 じゃれ合いと言うには少々やり過ぎな二人だったが、バスルームでそんな大声を上げれば当然響く訳で……

 

「切歌っ、静かにして。調もあまり変な事しないの」

「「っ?!」」

 

 バスルームのドアが開かれ、にっこりと笑みを浮かべたセレナが二人へ優しく注意しに来るのだ。思わず背筋を伸ばして湯船の中で立ち上がる二人だが、そんな二人へセレナは小さく息を吐いてポツリと呟いた。

 

「そんなにまだ怖い?」

「「っ……」」

 

 そう、二人が先程のような事をするのは何も今日が初めてではない。あのライブの翌日から二人は出来る限り一緒にいるようにしているのだ。

 そして決まって夜が近付くにつれてその密着度は高くなり、やがて何も考えないようにするために今のような行為を始める。

 

 ギアを纏っていたのにシキを守れなかった事。目の前で傷付き血を流す様を見た事。それらによる精神的ショックが切歌と調にも大きな影響を与えていたのだ。

 

「セレナは、セレナはどうなの?」

「私は、もうあの時の事は怖くはないかな。ただ、これからの方が怖い」

「これから、デスか」

「うん。夢子はシェム・ハに体を乗っ取られてる。同じような状況になったヴァネッサを傷付けずに助けたシキさんは、今は意識が戻らない。力で何とか出来る響や姉さん達じゃあの子を死なせてしまう。なのに向こうはこっちを、それこそ殺しても平気な顔が出来る」

 

 淡々と事実を述べるセレナは、そこまで言って自分の右腕を左手で掴む。悲痛な表情で思うのは最悪の光景だ。

 夢子が倒れるか自分達が倒れるか。どちらにせよそこに流れるのは真紅の川だ。違いがあるとすれば、流れる量だけだろう。

 

「セレナ……」

「だ、大丈夫デス。そんな事はさせないデスよ」

「うん、私もそのつもり。だけど、こんな事初めてだから。シキさんがいない事はあったけど、目を覚まさないかもしれないなんて。でも、弱音を吐いてちゃダメだから。辛いのはみんな一緒、ね?」

 

 最後に少しだけ苦笑してセレナは締め括る。そしてそのまま彼女はバスルームのドアを閉めてしまった。

 

「……切ちゃん、少しあったまったら出ようか」

「そう、デスね」

 

 少しだけ冷えてしまった体をもう一度湯船へ沈める二人だったが、その時再びドアが開く。そこには裸になったセレナが立っていた。

 突然の事に驚き目を瞬きさせる調と切歌へ、セレナは悪戯っぽく笑みを浮かべてバスルームへ顔だけを入れる。

 

「一緒に入ってもいいかな?」

 

 その問いかけに二人は互いの顔を見合わせて、やがて笑みを浮かべて頷き合うとセレナへ顔を向けて強く頷いた。

 

 その後、バスルームからは三人の楽しげな声が響く事になる。長女であるマリア不在の中、セレナはしっかりと調と切歌のメンタルケアに努めるのだった。

 

 

 

 シェム・ハ復活から二週間近くが経過した。だが、未だシキは目覚める事なく眠り続けていた。しかし遂にシェム・ハに動きが起きる。

 

「月遺跡へ行く?」

「そうだ。我の装備も整った事だし、もう動いてよかろう。ただ、今のままでは要らぬ邪魔が入る事が目に見えている。それを排除しておこうと思ってな」

 

 そう告げるシェム・ハの手には転送結晶が二つ握られていた。ただし、一つは従来の物であるのに対して残る一つは色が異なっている。

 

「こちらはお前達に預けておく。邪魔者を排除ないし無力化した後で使って移動しろ」

「って事はこれが月へ行く用なんだぜ?」

「月に行ける、でありますか……」

 

 無言で頷くシェム・ハを見てエルザがどこか信じられないと言うように呟く。普通に考えれば転送結晶ではそこまでは移動出来ない。いや、そもそも月の座標など調べようがないからだ。

 

「分かっていると思うが加減などするな。まぁ、言葉で奴らを退かせる事が出来るのならやってみせて欲しいものだがな」

 

 端からそんな可能性はないと決めつけているような言い方にヴァネッサ達が小さく歯ぎしりする。最初のライブ会場での対峙は、周囲の目がない状況だった事もあって響達も無抵抗が選べた。

 だが、今回はそうはいかない。何せどこであれ人目に付く可能性が高いからだ。そうなれば周囲の安全のためにも響達は戦わざるを得ない。それをシェム・ハも知った上での発言だったからだ。

 

 こうしてシェム・ハ達はシャトーから転移する。その先は何と鎌倉は風鳴本家だった。

 

 さて、どうしてシェム・ハがそこへ向かったか。それは、まず弦十郎があの日連絡を入れた相手が訃堂だった事に始まっていた。

 

―――一体何用だ?

―――神の力を持つ相手が交渉を求めてきました。ですが、こちらは国連の組織故に何とも出来ません。しかし、このままでは世界全体が未曾有の危機に晒されます。その時間稼ぎとして相手の要求に少しずつ応えたいのです。

 

 弦十郎は訃堂の求めているものを提示し、そことの交渉権をちらつかせたのだ。ただ、それで動くような訃堂ではない。当然弦十郎の言葉を聞いても眉一つ動かす事はなかった。

 

―――ふんっ、何を言い出すかと思えば。儂ではなく主人たる国連に泣き付くのだな。

―――その相手は女性のカストディアンでシェム・ハと名乗っています。狙いは月遺跡の掌握とそれによるバラルの呪詛の解除。そこから先は未だ不明ですが、おそらくはこの星全体を何らかの方法で意のままにすると思われます。

 

 この時弦十郎はその手に爪が食い込む程強く握りしめていた。そう、彼は訃堂に頼るしかない自身の無力さを噛み締めていたのだ。

 国連へ報告すれば待っているのは最悪の結果。だからと言って兄である八紘を頼るのも無理。彼は日本政府の重鎮ではあるが、全てをどうにか出来る訳ではない。

 

 訃堂だけがこの状況で秘密裏にシェム・ハとの交渉を成功させる力を有していたのだ。

 

―――つまり、護国のために儂の力を貸せと?

―――情けない話ですがそれしか道がありません。

―――その対価は?

―――神の力に関する全てのデータ、でいかがでしょうか。

 

 その時、誰もが息を呑んだ。弦十郎があまりにも迷いなく出した答えに、である。それには当然シキの事も含まれている。つまり神の力は未だに地上に存在していると風鳴訃堂へ教える事になるのだ。

 

―――よかろう。入用の物を全て用意してやる。後で八紘から伝えさせよ。

―――寛大な処置に感謝します。

 

 こうしてシェム・ハ達に風鳴本家の座標が伝えられる事となったのだ。ただ、これまではミラアルクが引き取り役となって訪れるだけだったが。

 

「……ここか」

「よく来たな」

 

 中庭へと出現したシェム・ハ達を待っていたのは、訃堂と護衛だろう黒服の男達数人であった。

 しかも、更に周囲を包囲するように人が配置されている。それに気付いたヴァネッサは内心で無理もないとため息を吐いていた。

 

(当然の警戒ね。何せ直接カストディアンが乗り込んでくるんだもの。ただ、これでも警備としては少ないと言わざるを得ないわね。それに、私達を見る目が……)

 

 エルザとミラアルクもヴァネッサ同様周囲の様子にため息を吐きたくなっていた。

 

(見事なまでに私め達を警戒してるでありますね。それも、あの目は完全に人でないものを見る目であります。あの場所にいた錬金術師達と同じであります……)

(分かり易いぐらいウチらの事を怖がってやがるんだぜ。……兄貴達みたいな方が珍しいって分かってる。分かってるけど、やっぱ辛いもんは辛いんだぜ……)

 

 体は怪物と呼べるものとなっても、三人は人の心だけは失うものかと誓っていた。シキが生きている。それだけが彼女達の希望であり拠り所なのだ。

 彼と笑顔で再会するためにも、この手を血で汚す事はしたくない。それが彼女達の共通の気持ちだった。

 

「我へ供物を捧げていたのはお前か。光栄に思うがいい。神である我に尽くせたのだ。その功は永久に語り継いでやろう」

「ふむ、成程神を自称するに相応しい程の驕りよ。人を憑代にするしかその身を保てぬ身でよく吼える」

 

 見つめ、いや睨み合うシェム・ハと訃堂。今にも衝突が始まりそうである。それを受け護衛の者達が身構え、ヴァネッサ達も夢子の体を守るために若干ではあるがシェム・ハの周囲へと近寄る。

 

「ほう、人の分際で中々囀るではないか。我の力を欲している時点でお前も力に溺れる虫も同然と言うに」

「虫も同然か。ならばそれ以下の存在を利用するそちらは何になるのやら。さしずめ塵芥、だろうかな」

 

 静かに高まっていく緊迫感。涼しい顔をしているのはシェム・ハと訃堂のみで、後は皆一様に強張った表情をしている。

 

「下らぬ事に時を使うつもりはない。疾く例の場所へ案内しろ」

「同感だ。ついてくるがいい」

 

 背を向けて歩き出す訃堂についていく形で動き出すシェム・ハ達。

 

 一方その頃S.O.N.G本部ではウェルによるある物が完成していた。

 

「やっと出来ました。まったく、思った以上に時間がかかってしまいましたね」

「うぇ、ウェルさんの要求する物が簡単に手に入らない物ばかりだったからです」

「まったくもってエルの言う通りね。でも、まぁ父さんのためだから仕方ないけど」

 

 それは電界顕微観測鏡と呼ばれる物。ウェルが以前神獣鏡へ組み込んだダイレクトフィードバックシステムを基礎に据えた装置である。

 本来であればそれは魔法少女事変後のエルフナインによって組み立てられる物だったのだが、シキによって様々な変化が起きた結果これは生まれる事なく忘れられていたのだった。

 

「それで、後はこれを父さんの病室へ?」

「いえ、被験者をここへ連れてくる方がいいでしょうし、その前に実験も兼ねて使っておくべき人物がいるでしょう」

 

 キャロルの問いへそう返してウェルはニヤリと笑みを浮かべた。それだけでキャロルとエルは理解するのだ。ウェルが誰を実験体に選ぼうとしているのかを。

 

「そうそう。その相手の中へ入るのは君達に任せますよ。ナスターシャ教授や彼女もそれを望んでいるでしょうしね」

 

 丁度その言葉終わりで研究室のドアが開く。そこに立っていたのはフィーネであった。

 

「完成したそうだな」

「ええ。後は稼働実験を行うだけです」

「分かった。キャロル、エル、私達の事を、母さん達の事を頼めるか?」

「「フィーネ母さん……」」

 

 これまで何度かフィーネを通じて了子へ呼びかけてきた二人だったが、その行いが報われる事はなかった。だからこそウェルの言った言葉だけで二人にはこうなる事が分かったのだ。

 

 母と呼ぶ女性を慰め、もう一度共に笑うために自分達が行かねばならないのだ、と。

 

「「うん」」

 

 小さく、だけどもしっかり頷く二人を見てフィーネは嬉しそうに微笑み頷き返した。

 

 そして始まる電脳の旅。フィーネはあくまでも了子の体を借りているようなものなのでその頭脳は了子本人である。つまり、フィーネのまま仮想領域へ侵入されてもそこは了子の脳領域だ。

 キャロルとエルの二人は無事ウェルの手によって了子の意識の中へと侵入を果たす。そこで二人が見たのは予想外のものだった。

 

「ここが、母さんの」

「暗くて冷たい……」

「そうだね。エル、手を繋ごう。はぐれる事だけは避けた方がいい」

「う、うん」

 

 暗闇と呼んでいい空間。その中に二人はいたのだ。まるで全てを拒絶するかのような、そんな中を二人は手を繋いで進む。

 どこまで歩いても変わる事のない景色。なのに息苦しさなどが増していく。やがて二人の足はゆっくりと止まった。

 

「何か……聞こえない?」

「……これ、母さんの声じゃない?」

 

 微かに聞こえてくる声。不気味ではあるが、二人にとっては第二の母のものだ。恐れるよりもやっと会えると思ってその足が動き出す。

 歩きだったのが小走りになり、本格的に走り出すのにそう時間はかからなかった。早く会いたい。会って言葉を交わしたい。そんな思いで二人は走る。

 

 すると、暗闇の先に白衣姿の了子が見えてきたのだ。それを理解した瞬間、二人は叫ぶ。

 

「「母さんっ!」」

「っ……エル……キャロル……」

 

 体を大きく震わせて了子はゆっくりと二人の方を見た。その顔はとても疲れており、普段の明るさや美しさが消えていた。

 思わず息を呑む二人へ、了子は何か諦めたような表情を浮かべて笑みを見せた。それがキャロルとエルには無性に悲しくなった。

 

「帰りなさい。ここは、二人がいていい場所じゃないの」

「帰るなら母さんと一緒じゃないと意味がないから」

「うん。母さん、一緒に帰りましょう。父さんを目覚めさせるには母さんの力が必要です!」

 

 エルの言葉に了子は俯いてこう返す。

 

「どんな顔して会えばいいの?」

「「っ?!」」

「私が勝手にやった事で夢子は生まれた。その夢子があの人を殺そうとした。二人の人生を大きく狂わせた女なのよ、私は」

「そ、そんな事は」

「あるのよ。だって、あの頃から奏ちゃん達はあの人と普通に愛し合ってたもの。避妊なんてせず、出来たらいいなとどこかで思いながらね。私は、私はそれを知りながら、あの人の精子がちゃんと受精させられるかを確かめるという大義名分を掲げて、一人体外受精を試みたのよ。フィーネに協力してもらって」

「でも、おかげで奏達は希望を」

「キャロル、あの時聞いてたでしょ? あの人とは普通だったら妊娠出来ないの。ふふっ、どれだけ抱かれても奏ちゃん達が妊娠しない訳よね。人が、自ら自然の摂理へ手を出さないと出来ないようになっていたんだもの。これ程皮肉な事がある? つまり、人が自らの手で神の領域へ手を出さない限り、シェム・ハは復活出来なかったのよ」

「「母さん……」」

「私さえ、私さえいなかったらっ! こんな事にはならなかったのにっ!」

 

 了子の声には激しい後悔の念が込められていた。自分が女の醜い感情で行った行為が生み出してしまった災厄。そのせいで愛する夫と娘が危機に瀕し、世界までも巻き込もうとしているのだ。

 今の了子には、もう自殺など選べない。聡明な彼女は分かっているからだ。そんな事をしても意味がないと。こんな事ならフィーネに魂を塗り潰されたままの方が良かったとさえ思い出していたのだから。

 

 そこからしばらく会話はなかった。キャロルとエルは了子の言葉を聞いてどうするべきかと互いの顔を見合わせる事しか出来ず、了子は了子でそこから黙り込んでしまったからだ。

 

 ただただ沈黙だけがその場を包む。と、そこへ聞こえてくる音があった。それは足音。誰かが三人のいる場所まで歩いてきているのだ。思わず振り向くキャロルとエルが見たのは、予想外の相手だった。

 

「「え……? フィーネ母さん?」」

 

 歩いてくるのはフィーネだったのだ。彼女は疑問符を浮かべる二人に微笑むと、その間を通って了子の前で止まった。

 

「いつまでそうしているつもりだ? こうして娘二人が迎えに来ているんだぞ」

「ほっといて」

「今もあの人は意識を無くしたままだ。それをどうにかする事もか?」

「貴女がやればいいじゃない」

「……きっと夢子はお前が迎えに来てくれる事を待っている。それでもか?」

「っそうよ! もう私にはあの子を抱く資格も! あの人に抱かれる資格もないっ! 醜い女の嫉妬と独占欲から生命の摂理に手を出したような女にはっ!」

 

 叫び。心からの叫び。了子は夢子の誕生は自分がシキの寵愛を一心に受けるためのものだったと告げたのだ。それを聞いたフィーネは迷う事無く了子の頬を張った。

 パンッと、乾いた音が響く。キャロルとエルが驚き、了子の眼鏡が外れて転がる。フィーネは振り抜いた手を戻す事もしないまま、茫然とする了子を睨みつけていた。

 

「夢子にとっての母はお前だ。私ではない。あの子はお前が自分の母だと言ったんだ。忘れたとは言わせないぞ。あの子は、最初私はフィーネと呼んだのに、お前の事は最初から母さんと呼んだ。その事が意味する事をよく思い出せっ!」

 

 放たれた言の葉は、矢のように鋭く了子の胸を射た。直後思い出す初めて母さんと呼ばれた日。無邪気な笑顔と舌足らずな声で”かーさっ”と呼んだ夢子の姿。それを思い出して了子の瞳から熱い物が流れ始める。

 

「夢子は……私を許してくれる?」

「知らんな。ただ、これだけは言える。今のままなら夢子どころかあの人さえもお前を叱り付けるだろう」

 

 断言された内容に了子は目を何度も瞬かせた。やがて言われた内容を想像したのだろう。彼女は目を閉じて体を震わせ始めたのだ。

 

「ふふっ……あははっ……あははははっ! 叱り付ける、か。ふふっ、あの人と夢子ならやりかねないわね」

「「母さんっ!」」

「っと。ちょっと二人共、ビックリするじゃない。母さんはあの人程力ないんだからね?」

 

 了子の声と表情に明るさが戻った事を感じ取って、キャロルとエルが嬉しそうに了子の胸へ飛び込んだのだ。それを何とか受け止めて、了子は嬉しそうに笑いながら目元を拭う。

 フィーネはそんな三人を見て静かに近寄ると、キャロルとエルだけでなく了子までも抱き締めるように腕を回した。

 

「今回の事は、私にも責がある。そもそも私が手を貸さなければ櫻井了子の試みは露見していた。だから、夢子の事が罪と言うなら私も背負う」

「フィーネ……」

「だから、もう一人で泣かないでくれ。私はお前であり、お前は私だ。それに、気丈でいようとしている中でいつまでもシクシク泣かれるのはいい加減嫌気がしているんだ」

「フィーネ母さん、最後のはいらない」

「いーや、言わせてもらう。大体泣きたいのは私だって同じなんだ」

「じゃ、ここでみんな一緒に泣きましょう」

「もうっ、エルったら。駄目よ。そんな事したら四人揃って涙で溺れ死んじゃうわ」

 

 気付けばキャロルがフィーネへ、エルが了子へ抱き着いていた。二人の義母へ甘えるように抱き着く二人の義娘。その頭を優しく二人の母が撫でる。やがて安らかな寝息が聞こえ始め、了子とフィーネは笑みを深くする。

 

―――本当にこうなれたらいいのだけど……。

―――言うな。それに、もしあの人が同じ事を望むのならここへ連れ込めばいい。

―――じゃ、夢子も連れてきてあげないと。私とフィーネ母さんの二人に遊んでもらえるなんて、きっとあの子でも夢にも思ってないわ。

―――そう、だな。ああ、それはいい。

 

 微笑み合う二人の女性。その周囲の暗闇はいつの間にか消え、辺りは眩いばかりの光で満たされていた。その光に包まれながら彼女達は思うのだ。血が繋がらずとも子供は子供。その存在が、人を親に変えるのだと。

 

「「帰りましょう。あの人のいる世界へ……」」

 

 その言葉を切っ掛けに光の空間から四人の姿が消える。そしてキャロルとエルが目を覚ます中、櫻井了子、帰還。こうして事態はまた動き始める。

 

 風鳴本家で謎の塔のような物が出現したという報告が入ったのはそれからすぐの事だった。前もって現場へ急行していた響達が風鳴本家へ到着すると、そこにはまるで天を貫こうとするように伸びて行く存在があった。

 

「あれは……」

「カディンギルを思わせるな、この光景は」

「それより今は屋敷の中へ。翼のグランパがいるんでしょ?」

「そのはずだ。奏、私はマリアと二人で屋敷の中へと向かう」

「あいよ。気を付けな」

 

 先んじて屋敷の中へと向かう翼とマリアを見送り、奏達はその庭へと向かう。すると、そこには意識を失って倒れる多くの黒服の男達がいた。それと、その中心で佇む三人の女性達も。

 

「……ヴァネッサさん、お久しぶりです」

「ホントね。こんなところで響ちゃんと会えるなんて思わなかったわ」

「元気そうじゃねーか、ミラ」

「ああ、クリスも元気そうで何よりだぜ」

「エルザ……」

「会えて嬉しいデスよ」

「私めも、お二人に会えて嬉しいであります」

 

 交わす言葉は再会を喜ぶものだが、その表情と声はそうではなかった。どこか悲しみと辛さを宿していたのだから。

 

 分かっているのだ。お互いに戦わねばならない事を。その証拠に、先程から誰もその体から緊張を解いていない。それは敵と相対した時の状態だ。

 油断してはいけない。気を抜いてはいけない。そんな風に思っている体の反応だった。目の前にいるのは、つい最近まで共に笑い合い過ごした相手だと言うのに、だ。

 

「ヴァネッサさん、シェム・ハはどこにいるんですか?」

「屋敷の地下、だったのだけど、今はあの建造物の中かしら」

「あそこに夢子が……」

「じゃあ、邪魔せずに通してくれよ」

「そうはいかないんだぜ」

「残念でありますが、今の私達は皆さんを夢子へ会わせる事が出来ないであります」

「エルザ、どうしても?」

「っ! アタシ達が戦う必要なんてないはずデスっ!」

「三人の体も、シキさんがまた戻してくれますっ! だから、夢子ちゃんを助けるのを手伝ってください!」

 

 未来の言葉に三人は揃って俯くと静かに首を横に振った。それだけで響達には分かったのだ。三人が何かシェム・ハに言われている。そのため、自分達と戦うしかないようにされているのだと。

 

「ごめんなさい。そうしたいのは山々なんだけど」

「今のウチらは、そっちと一緒の道は歩けないんだぜ」

「無理だと分かっているでありますが、黙って引いて欲しいであります」

 

 ゆっくりと顔を上げ、悲しそうな表情で身構えていく三人。臨戦態勢。そんな言葉が響達の脳裏に浮かぶ。

 

「それこそ、あたしらには無理な相談だよ」

「分かってるんだろ? あたしらがどうしてここに来たのかを」

「シェム・ハに、夢子ちゃんの体を好き勝手させたくないんだ。夢子ちゃんの体で、悪い事をさせたくないんだ」

「だから、ごめんなさい。私達は戦います」

「どうしても、どうしても戦わないとダメデスか? 負けた振りとかやられた振りとか出来ないデスか?」

「エルザ、お願い」

「ミラ、ヴァネッサも止めようよ。私達が戦ったって誰も笑顔になれないよっ!」

 

 切歌の涙ながらの言葉に三人が表情を歪める。調とセレナの呼びかけにその表情が余計に酷くなっていく。響達もそれぞれ武器を、拳を握りながらも表情は凛々しさとはかけ離れていた。

 分かり合えるはずなのに、分かり合えたはずなのに、どうして自分達は今、戦おうとしているのか。そんな想いがその場の全員に駆け巡る。

 少し前まで共に笑い合っていたのだ。笑みを向け合い、時に言い争い、それでも一緒の方向を向いて歩いていた、シキを中心とする輪の中に身を置いていたのだから。

 

「……ごめんなさい」

「「っ!」」

「「「「「「「なっ?!」」」」」」」

 

 その絞り出すようなヴァネッサの声が合図だった。弾かれるようにミラアルクが、エルザが響達へと襲い掛かる。その速度に誰もが驚き、反応が遅れながらも何とか上空へと逃れた。

 

「ちっ! 響とクリスに未来でヴァネッサっ! あたしとセレナはエルザだ!」

 

 空中で体勢を立て直しながらアームドギアを構える奏の指示が飛ぶ。だが、その指示へ呼ばれなかった二人が表情を凛々しいものへ変えながら反論した。

 

「奏さんっ! エルザはアタシ達が相手しますデスっ!」

「させてくださいっ!」

「お前ら……」

「いいんだね?」

「「はい(デス)っ!」」

 

 仲良くなったからこそ相手をしたい。奏の指示の裏にある配慮に気付いた二人はむしろだからこそと名乗り出た。そうなれば当然……

 

「なら、あたしもミラを相手にさせてもらうぜ、奏さんっ!」

「ったく、好きにしなっ! セレナっ! あんたは翼とマリアの方へ行けっ!」

「っ! ありがとう!」

 

 シェム・ハがいる場所へ向かっただろう姉を気にしているセレナにそう指示を出し、奏は向かって来るヴァネッサへアームドギアを突き出していく。

 セレナはその間に後方へ下がり、屋敷の中へと急ぐ。その邪魔をさせないように響と未来がクリスの弾幕を抜けてきたミラアルクを迎撃した。

 

「「ミラちゃんっ!」」

「邪魔するなだぜっ!」

 

 激突する響とミラアルク。力比べの様相を呈する両者だが、その表情は揃って泣きそうである。

 

「何で、何でこうなっちゃったのかな? どうしてこうするしかないんだろうね?」

「言うな……言わないで欲しいんだぜ……」

 

 本来であれば神の力によって怪物とされてしまったミラアルクは響を圧倒する事が出来る。それでも、二人は拮抗したままだった。それが何を意味するかを知っているミラアルクは、こみ上げてくる感情を飲み込むように目を閉じるなり叫んだ。

 

―――ウチらだって、こんな事したくないんだぜぇぇぇぇぇっ!

 

 怒りとも悲しみともつかない感情の発露。それによる力は呆気なく響を地面へと沈ませた。

 

「あああああっ!」

「響っ!?」

「ミラっ! そこまでにしろっ!」

「っ! クリスか……」

 

 響から手を離して後ろへ下がるミラアルク。それと入れ替わりに降り注ぐ銃弾の雨。響を助けようとする未来を守るようにクリスが両手のアームドギアの銃口をミラアルクへ向ける。

 

「今ならまだ間に合う。さっさと投降しろ」

「……それが出来たら苦労しないんだぜ」

「どうして、どうしてなの? ミラちゃんだって私達と戦いたい訳じゃないんでしょ!」

「だからこそウチらはお前達と戦うしかないんだぜ。ウチらがウチらであるためにっ!」

「お前らがお前らであるために? ……っ! まさかっ! そういう事なのかよっ!」

 

 クリスの脳裏に過ぎるのはシェム・ハが三人を連れ去った時の光景。意識のない三人を自分の傍へと呼び寄せた事を思い出して、彼女は愕然とした。

 

「あいつは、お前らをその気になったら操れるんだな? だからお前らは自分の意思で」

 

 クリスの言葉に未来と響が息を呑む。ミラアルクはクリスの洞察力に驚き思わず頷きそうになるが、咄嗟に目を閉じて俯くやこう言い返したのだ。

 

―――んな訳あるか! ウチらはもう誰かの言いなりになりたくないんだぜっ! これは、これはウチらが自分達で選んだ生き方なんだぜっ!

 

 それは、本音半分優しさ半分の言葉だった。クリスの言った通り、シェム・ハがその気になれば彼女達はその体の自由を奪われてしまう。そうなれば、目の前の優しいあったかい者達がどうするかは明らかだ。

 助けようとするに決まっていると。そしてそれこそがシェム・ハの狙いだと三人は分かっている。だからこそ、三人は決めたのだ。

 

 何があってもシェム・ハの好きにさせない。この体を使って優しい人達を殺させはしない。そのために、自分達が自らの意思で戦い、彼女達を死なせないようにする。

 例えその結果、自分達が傷付いても構わない。最悪の時は、自由を奪われる前に自ら死を選ぶのだと、そう誓い合って。

 

 ミラアルクが涙を浮かべながらクリス達へ攻撃を再開した頃、エルザは切歌と調を相手に優勢を保っていた。

 

「な、何て力デスか……っ!」

「こんな力が、エルザに出せるなんて……っ!」

 

 二つのアームドギアを変化した尻尾で受け止め、エルザはその細い腕で二人の首を掴み上げていた。

 

「分かったでありますか? 今の私めは二人よりも強いんであります。だから、お願いですから大人しくしてて欲しいであります」

 

 淡々と告げるエルザだったが、その表情は悲しそうに歪んでいる。何せ目の前の二人はエルザに初めて出来た”お友達”だったのだから。

 

「イヤ……デスっ」

「私も……嫌っ」

「何で抗うでありますか? 二人は、二人は私めのお願いを聞いてくれないでありますか?」

「それがっ……エルザの本当のお願いなら聞いてあげなくもないデスけど……っ!」

「そんな悲しいっ……顔、してたら聞いてあげられないよ……っ!」

 

 エルザの目を見つめ、二人は苦しそうに話す。そう、分かっているのだ。本当なら今のエルザが自分達の首をへし折れると。なのにこうして話す事が出来るようになっている。それが何を意味するのかを。

 

「っ! 私めはっ、私めは本当に二人と戦いたくないでありますっ! だからっ!」

「「っ!?」」

 

 無意識なのだろう。エルザの手に力が入る。それが二人の首を締め上げ、呼吸を苦しくした。それでも、二人は笑みを消そうとはしなかった。すれば、目の前の少女を泣かせてしまうと思って。

 

「それは……アタシ達も一緒デス」

「うん……だってエルザは私達の……」

「お二人の?」

 

 目に涙を浮かべながら問いかけるエルザに、二人は苦しい中でも何とか優しく笑みを浮かべる。

 思い出させてあげよう。かつて自分達が響に手を差し伸べられたように。今度は自分達が手を差し伸ばす番だと。

 

「「友達……だから(デス)」」

 

 その言葉にエルザの目が見開く。首を掴んでいた手から力が抜け、調と切歌の肺へ新鮮な空気が一気に流れ込む。

 咳き込む二人を見つめ、エルザは呆然とその両手を見つめて立ち尽くしていた。今自分は何をしていたと。友達と言ってくれた相手を苦しめていたのかと、そう気付いて。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

「けほっ、いいんだよ」

「そうデスよ……悪いのはシェム・ハデス」

 

 体を震わせ、頭を下げるエルザに安堵するように声をかける調と切歌。これでもうエルザと戦わずに済む。そう思って笑みを浮かべる二人にエルザも小さく笑みを浮かべた。

 

 その瞬間だった。

 

―――やはり人のままでは無理、か。役立たずめ。

 

 エルザの頭にシェム・ハの声が聞こえたかと思った直後、その額に謎の紋章が浮かび上がったのだ。

 

「ああっ!?」

「「エルザっ!?」」

 

 咄嗟にエルザの傍へ駆け寄る二人だったが、その体が一瞬にして弾き飛ばされる。

 

「「きゃあぁぁぁぁっ!!」」

 

 激しい音と共に地面へ叩きつけられる調と切歌。その視線の先では、意思のない目をしたエルザが悠然と立っていた。

 

怪物(バケモノ)怪物(バケモノ)らしくしていればいいものを。無駄に情をかけるから余計苦しめるのだと何故分からぬ」

 

 エルザの声で放たれるエルザの言葉ではないもの。それが誰であり、何故そうなったかを理解して二人は怒りに震えて拳を握る。

 

「シェム・ハっ! エルザを返せデスっ!」

「私達の大事な友達を泣かせるような真似は止めてっ!」

 

 少女達の叫びに神が返した言葉はどこまでも冷たかった。

 

―――ならば、その友の手にかかって疾く死ぬがいい。

 

 

 

 風鳴本家の庭で大きく事態が変わり始めた頃、翼とマリアは辿り着いたかつての風鳴本家の地下であった場所で繰り広げられている光景に唖然としていた。

 

「ふんっ!」

 

 老人とは思えぬ動きと体でシェム・ハへ殴りかかるは風鳴訃堂。その攻撃には弦十郎と同等かあるいはそれを凌ぐかもしれぬ気迫が宿っている。

 その大地を打ち砕かん程の一撃を掌で展開する防壁で難なく凌ぐシェム・ハ。両者に見えるのは必死さではなく淡々とした余裕とでも呼ぶような雰囲気だった。

 

「あれが、翼のグランパ?」

「あ、ああ。風鳴訃堂だ」

 

 夢子相手だからと手加減や躊躇いが生じる事がないというのを抜いても、訃堂の力は装者達を超えていた。ギアなしで超常的な相手と正面から戦える事。それは息子である弦十郎の父である事を如実に示していた。

 

「お前は本当に人か? 我が創りしモノとは思えぬ程だ」

「笑止。何故創造物が創造主を超えぬと思うか。それは驕りと呼ぶのだ」

「驕り? ふっ、神が抱くは驕りにあらず。そうさな。人の言葉で言うならさしずめ”余裕”とでも呼ぼうか」

「ならば……っ!」

「っ?!」

 

 神速の踏み込みからの一撃を咄嗟に防壁で防ぐシェム・ハへ訃堂は不敵に笑みを浮かべた。そこから更に打ち込まれた拳が唸るように防壁を軋ませていく。

 

「何だと?」

「神の力というのはこの程度かぁっ!」

「なっ?!」

 

 更に踏み込む足で震脚すると同時に拳が防壁を貫きシェム・ハの体を捉えて弾き飛ばす。

 後方の壁へ激突したシェム・ハの影響で煙幕のように砂煙が舞うのを、訃堂は冷ややかに見つめていた。

 

「ふんっ、見込み違いだったわ。この程度ならば風鳴に入れる価値もない」

 

 吐き捨てるように見えないシェム・ハへ告げ、訃堂は視線を少しだけ後方へ向ける。その眼差しに気付いた翼とマリアが息を呑む。それは、人へ向けるものではなかったのだ。

 

「翼か。何用だ?」

「その、異常事態が発生したために参上しました」

「不要だ。見ての通り、神を僭称する弱者は儂の敵ではない。隣の者を連れて疾く去るがいい」

「ちょっとっ! 孫娘が来てくれたって言うのにその態度はないじゃないっ! 貴方、翼のグランパなんでしょっ!」

「マリア、いいんだ」

 

 今にも訃堂へ掴みかかりそうなマリアを制し、翼はどこか諦めたような表情を浮かべていた。

 彼女は風鳴訃堂と言う人間をよく知っている。故にこう返すだろうと思っていたのだから。かつて八紘へ抱いていたのとは異なる苦手意識が訃堂にあったのだ。

 

 と、その時空間を切り裂くように白い閃光が訃堂向かって放たれる。それを咄嗟に跳んで避ける訃堂。だが、その後方には翼とマリアがいた。

 

「「っ?!」」

 

 二人は瞬時に手にしたアームドギアでその攻撃を受け流すように動かす。剣と槍が重たい閃光を辛うじて周囲へと拡散させる。その音を聞きながら、訃堂は閃光によって晴れた煙の中に佇むシェム・ハを見つめていた。

 

「あれをかわすか」

「不意打ちとは神を名乗る不届き者に相応しい方法よな」

「不届きか。それはむしろそちらだと教えてやろう」

 

 不敵に笑うとシェム・ハはその胸元から何かを取り出す。それは、まるでギアの待機状態に似たペンダントだった。ただし、色が純白という違いがあったが。

 

「Komencu」

 

 エスペラント語で起動を意味する単語をシェム・ハが告げた瞬間、その体が白い光に包まれる。その輝きが消えた後には、全身を白を基調にした鎧で包んだシェム・ハが立っていた。

 

「たしかこの国の言葉で転ばぬ先の杖、だったか。用意しておいて正解だったかもしれぬ」

「そんなこけおどしで何が変わるものか。何度でも力の差を分からせてやろうっ!」

 

 再び神速の如き動きでシェム・ハへ迫る訃堂。その一撃が防壁へと叩きつけられるまでは先程と寸分違わず同じだった。だが、結末はそうはいかなかった。

 

「憐れな。人の範疇であれば苦しまず済んだものを」

「ぬうぅぅぅぅっ!」

 

 どれだけ訃堂が力を込めようともシェム・ハは動かず、むしろゆっくりとその掌を押し出す事で訃堂の方を動かしていた。

 

「ば、馬鹿な……っ!」

「そうさな。馬鹿だろう。お前は神に逆らう愚か者なのだから、なっ」

「っ?!」

 

 遂にシェム・ハの掌から放たれた力が訃堂を貫く。間一髪急所は避けた訃堂だったが、その肩の傷口から腕が瞬時に変質を始める。それは金属への変化。このままではそこから全身が金属となると察した訃堂は、迷う事なく己の手刀で肩から下を切り落とした。

 

 飛び散る鮮血と床に転がる金属化した訃堂の左腕。それへ目をやり、訃堂は着物を破って傷口へとあてがっていく。

 

「伊達に神を名乗ってはおらんか」

「ほう、中々思い切りが良いな。エンキのようだ。ただ、そこで攻撃に転じられぬのが人の限界よっ!」

「お爺様っ!」

「させるものですかっ!」

 

 シェム・ハの第二撃は翼とマリアによって防がれ、訃堂はその一命を取り留めた。ただこのままでは死んでしまうだろう事は必至だった。そのため、マリアは即座に決断を下す。

 

「翼っ! 貴女はグランパを連れて逃げなさいっ!」

「分かったっ!」

「ふざけるなっ! 夷狄を前に背を向けろと言うか!」

「違いますっ! 最後に国を護るという結果を掴むために体勢を立て直すのですっ!」

「屁理屈を……っ! それでも風鳴の者かぁ!」

「ここでお爺様が死して護国が成るのですかっ! そうではないでしょうっ!」

「翼、早くっ!」

「ああっ! お爺様、失礼しますっ!」

 

 シェム・ハの攻撃を一人で捌き続けるマリアから悲鳴にも似た声が放たれる。それに頷き、翼はアームドギアを手放して訃堂を強引に背負って走り出す。

 その後ろ姿を見送る事もなく、マリアは正面のシェム・ハを睨みつけていた。相手も翼へ攻撃する事なくマリアを見つめていた。

 

「逃がしてくれるなんて優しいのね」

「いずれあの者も我の計画の一部となる。逃がしたのではなく殺す価値がないからだ」

「そう。なら私も見逃してもらえるのかしら?」

「そうしてやりたいが、お前達は我の邪魔をする。さすがに邪魔者を生かしておく程我は愚かではない」

「姉さんっ!」

 

 そこへセレナが現れる。彼女は、途中で翼とすれ違った際に見た訃堂の状態からマリアが危機に陥っていると思い、肩で息をするぐらいに急いで来たのだ。

 

「セレナっ?! どうして……」

「か、奏が姉さん達の方にっ……シェム・ハが、いるから行っていいって……っ」

「そう。奏らしいわ」

 

 と、そこでマリアはある事に気付いて視線を動かす。シェム・ハからの攻撃が止んでいたのだ。

 シェム・ハはセレナのギアを見つめていた。どこか遠い目をしてのその反応に、マリアだけでなくセレナも気付いてシェム・ハを見る。

 

「そうか……エンキの忘れ形見はそんなところにもあったか」

「エンキの?」

「アガートラームが、シキと同じ?」

 

 揃って疑問符を浮かべるイヴ姉妹だが、そうしていられたのもそこまでだった。

 

『マリア君、セレナ君、聞こえるか。至急響君達の応援に向かってくれ!』

「どうしたの!?」

『っ……エルザ君を皮切りに三人が意思を失って攻撃を開始した。イグナイトとアピーズを使って対抗しているが、それでも押されている』

「っ……分かったわ。すぐ合流する」

「姉さんっ!」

「ええ」

 

 同時にアームドギアを展開させて光線を放つマリアとセレナ。その攻撃はシェム・ハの展開する防壁にあっさりと防がれる。だが、その光が消えた時にはその場から二人の姿は消えていた。

 

「逃げた、か。まぁいい。怪物(バケモノ)共は役割を果たしてくれそうだ。我の本当の目的である邪魔者共の排除を、な」

 

 そしてその場に勝ち誇るかのような高笑いが響き渡る。床に転がる銀腕と化した訃堂の左腕だけが、その勝利の勝ち鬨を聞いていた……。

 

 

 

「くそっ! 何でこんな時に歌えないんだあたしはっ!」

 

 クリスちゃんの声が胸を打つ。そう、そうなんだ。今、私達は胸の歌が出てこない。その理由は一つ。目の前にいる三人を操る相手へ強い負の感情を抱いてるから。

 こんな気持ちのままで歌えば、絶対にそれは良くない歌になる。そうみんな分かってるから歌えない。ギアが解除されないのは、そうしてしまったら三人の手を血で染めてしまうって分かってるからだ。

 

「歌えなくてもっ!」

「負ける訳にはいかないっ!」

 

 切歌ちゃんと調ちゃんが涙を流しながらエルザちゃんへ向かって行く。いつもなら安心の二人も、今の状態じゃ不安しかない。

 その証拠に、二人の攻撃はエルザちゃんに易々と止められてる。歌わなきゃ。そう思うけど、どうしても口が動いてくれない。声が出てくれない。

 

「響っ!」

「っ?!」

 

 未来の声で咄嗟に下がる。そこへ叩きつけられるヴァネッサさんの拳。地面が砕けて土の塊が周囲を舞う中、私を見つめてヴァネッサさんが、ううんシェム・ハが笑う。

 

「ちょこまかとよく動く。早く死んでやればこの怪物(バケモノ)共も自我を取り戻せるぞ?」

「絶対そんな事させない! 私達を傷付けたって知ったら、ヴァネッサさん達が自分達を責めて泣くからっ!」

 

 そんな時、ふと胸に歌が生まれた。怒りじゃなく憎しみでもない。私はこの手を誰かを倒すためだけに使いたくないんだ。

 そのために、私がするべきは逃げる事じゃない。するべきは、やるべきは、足を前に踏み出して手を伸ばす事。それに必要なのは……勇気だっ!

 

「そうだっ! 私は、私達はっ、誰も泣かない世界が欲しいんだぁぁぁぁぁっ!」

「っ!? 何だ、このエネルギーは……」

「みんなっ、私に続いてっ!」

 

 こみ上げてくる勇気が花咲いて、私に歌えと言っているっ!

 

「真正面っ! ど真ん中にぃぃぃぃっ!」

 

 イグナイト状態のガングニールが唸りを上げ、私の歌声と共に叫び出す。ヴァネッサさんの回転する手をそのまま押し返して私は歌う。

 シェム・ハの好きにさせるもんか。絶対にヴァネッサさん達を元に戻して、夢子ちゃんからシェム・ハを追い出してみんなで笑うんだっ!

 

「やっぱりこういう時はあんたが一番槍だねっ!」

「だけどらしいぜ、響っ!」

「「ミラは任せろっ!!」」

 

 奏さんとクリスちゃんが一瞬だけ笑いかけて、すぐに凛々しい顔になってミラちゃんと戦い始める。

 

「私達も負けてられないね切ちゃんっ!」

「デスねっ! またエルザと一緒にクレープを食べに行くデスよっ!」

「「エルザは引き受けます(デス)っ!!」」

 

 切歌ちゃんと調ちゃんの力強い声に頷き返すと、二人はそのままエルザちゃんへと向かって行く。

 

「響、翼さん達が戻ってくるまで私達で頑張ろうねっ!」

「うんっ!」

 

 未来とのコンビならどんな時でもへいき、へっちゃら! ヴァネッサさんを抑え込めるはずだ! 

 

 私の歌を切っ掛けにみんなが押し返し始めた。これならいける。頑張れる。シェム・ハがヴァネッサさん達を好き勝手しているとしても、私達には分かるんだ。

 確かに力は今の方が上だ。だとしても、戦い難さは今の方が下だって。意思を奪われたからかヴァネッサさん達の攻撃には気持ちがない。何としても私達を止めるっ! そんな目に見えない強さがないんだ。

 

 それに、意思を無理矢理奪って戦わせるなんて事、私達が許せるはずがない。この胸の怒りと悲しみを飲み込んで種に変えて、芽吹いた勇気が歌となって花を咲かせているんだからっ!

 

「無駄だ。どれだけ足掻こうと神に勝てるはずがない」

 

 その声に私達の心が一致する。同調したって分かった。だから気付けば私達は一斉に吠え立てた。

 

―――だとしてもっ!!

 

 と、その時気付いた。後ろの方からも声が聞こえた。それも、三つ。

 

「遅くなったな!」

「合流するわっ!」

「みんな、お待たせっ!」

 

 翼さんを先頭にマリアさんとセレナさんが駆けつけてくれた。これならいける。ヴァネッサさん達を何とか止めて助け出さなきゃ。

 

「響、ここからは私とマリアにステージを譲ってもらうぞ! 今は無性に歌いたい気分だっ!」

「はいっ! 存分にどうぞっ!」

「私達が歌うのは、舞台の上だけではないと知れっ! って事かしらね!」

 

 翼さんが凛々しくそう告げて、マリアさんがそう言って翼さんを見てどこか楽しそうに笑う。

 それに何か言いたそうにする翼さんだったけど、結局何も言わずに息を吸った。それだけで雰囲気が変わる。空気も変わる。何よりも一切の音がそこで一度消えた。

 

 そして始まるのは二人のステージだった。マリアさんと翼さんが歌うのは星天ギャラクシィクロス。

 まさかライブで歌った歌をギアでも歌うなんてと、そう思ったけど思い返したら翼さんはもう奏さんと逆光のフリューゲルとか歌ってた。

 

「よしっ! 二人の歌をバックに一気に攻め立てるよっ! 神様気取りの奴に一泡吹かせてやるのさ!」

 

 奏さんに続けと私達はヴァネッサさん達へと向かって行く。不思議な気分だった。さっきまでは攻撃的な気持ちしかなかったけど、二人の歌声を聞いているとそれだけじゃなくてあったかいものも出てくるんだ。

 シェム・ハが何をやっても、それに憎しみを抱いちゃダメだって。怒りや悲しみをそれに変えちゃいけないって、そんな事を言われてる気がする。

 

 すると、急にヴァネッサさん達の動きが鈍くなった。ううん、違う。時々不自然な感じになる事が起き始めた。

 

「くっ……小癪な……っ!」

 

 それは私達の誰かが危なくなると起きる。まるでヴァネッサさん達がシェム・ハの支配に抵抗するように。

 

「響ちゃん……っ! 私は……私なら腕や足は機械だからっ……砕いてくれていいからぁ!」

 

 そんな中、ヴァネッサさんがそう訴えるように叫んだ。それが何を意図してかは私には分かった。あの時の、神の力を宿した時のティキちゃんと同じだ。

 私の神殺しで、少しだけヴァネッサさんをシェム・ハから解放する。そうしてきっと伝えたい事があるんだ。

 

「響っ、援護するからっ!」

「ありがとっ!」

「響っ! 胸やお腹じゃなければ大丈夫のはずだよ!」

「はいっ!」

 

 未来とセレナさんの援護を受けて、私はヴァネッサさんの右腕を握った拳で打ち抜いた。ごめんなさいって、そう心の中で呟きながら。

 

「くうぅぅぅぅっ! あ、ありがとう響ちゃん」

「っ! ヴァネッサさんっ!」

 

 急いで駆け寄る。するとヴァネッサさんは左手で何かを取り出した。それは、金色のテレポートジェム。

 

「これは?」

「これを……捨て……っ!?」

「ヴァネッサさんっ!?」

 

 体を大きく震わせたヴァネッサさんを慌てて支える。すると、ヴァネッサさんが荒く呼吸しながら私の腕に掴まった。きっと苦しんだと思う。顔は俯いたままだ。

 

「ごめんなさい。あのね、これはシェム・ハが渡してきたものなの」

「シェム・ハが?」

「そう。これを貴方達を無力化ないし排除した後に使えって」

「一体何のために?」

 

 私がそう尋ねた時、そこへミラちゃんやエルザちゃんが転がって来た。見ればクリスちゃん達がこっちへ近付いてくる。多分、二人もシェム・ハの支配に抵抗したんだ。それで、一瞬だけでもみんなの攻撃を受けたんだと思う。

 

「も、もう少し手加減して欲しいもんだぜ……」

「で、でも、おかげで今は喋れるであります……」

「この事が終わったらいくらでも謝ってやるよ。何なら行きつけの店でパフェでも奢ってやるっての」

「エルザ、これが片付いたら調と三人でケーキ食べ放題でも行くデスよ」

「うん、一緒にね」

 

 ミラちゃんをクリスちゃんが、エルザちゃんを切歌ちゃんと調ちゃんがそれぞれ肩を貸して体を起こした。

 いつの間にかみんなが揃っていて、それに気付いたんだろうヴァネッサさんが安堵するように息を吐くと、手にしていたテレポートジェムを足元へと叩きつけた。

 

「ヴァネッサさんっ?!」

「これは……不味いっ!」

「転送されるっ?!」

 

 マリアさんの言葉を最後に私の意識は消えた。白くなっていく視界の最後に見えたのは、こっちを見て不敵に笑うヴァネッサさんの額に浮かぶあの紋章だった……。

 

―――本当にお前達は予想通りの動きをしてくれるな。




シェム・ハの企みによって月遺跡へと転送されてしまった九人の装者とヴァネッサ達。
その留守に遂にシェム・ハが動き出すも、そうはさせじとアダム達とキャロル達が立ち向かう。
ラピス・フィロソフィカス同士の激突が起きる中、エルがシェム・ハを夢子から消し去る方法を見つけ出す。
淫姫絶頂したいフォギア「I am a father」

「今度は、俺がおかえりって言ってあげたいんだ」
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