S.O.N.G所属研究員にして錬金術師のシキの義娘。
実父の遺言を胸に世界を識るために万象黙示録を完成させようとしていたが、シキとの関わりでその考えを改めた結果彼の養子となって現代を生きる事に決めた少女。
自身を基にしたホムンクルスのエルフナインを双子の妹とし、今は夢子という血の繋がらない妹を得て姉らしくあろうと努力中。
思い出を焼却する事で絶大な力を発揮出来るのだが、その代償は今の彼女にはあまりにも大きいため行われる事はない、はずなのだが……。
エルフナイン・マールス・ディーンハイム
S.O.N.G所属研究員にして錬金術師のシキの義娘。
キャロルそっくりの容姿をしているが、性格や思考などは同一ではなく別人と呼べるレベルのホムンクルス。
その生まれのため一般常識に疎い面が多く、また羞恥心なども若干乏しいために了子やキャロルが密かに性教育を行っている。
夢子の事をキャロル共々溺愛していたため、今回のシェム・ハの一件は相当堪えている。
ガリィ・トゥーマーン
キャロルが製作したオートスコアラーにして水の属性を持つ掃除担当。
四人のスコア達の中では一番誰に対してもはっきり物を言う性格で、面倒見もいいしっかり者。
シキに壊されてからは毒舌などがかなり弱くなり、今では少々口と態度の悪いメイドさんである。
ミカと仲が良く、思い出を受け渡す必要がなくなった今でも時々キスをねだられて困っているらしい。
ちなみに、今作ではキャロルの親戚扱いのため本来と苗字が異なっている。
ファラ・スユーフ
キャロルが製作したオートスコアラーにして風の属性を持つ料理担当。
四人のスコア達の中では一番年長として振舞い、誰に対しても丁寧な対応を取るリーダー格。
シキに壊されてからはクールビューティーらしさに磨きがかかり、今では格好も相まってメイド長といった雰囲気である。
レイアとコンビになる事が多く、料理の際は二人が主体になってやる事が常になってきている。
ちなみに彼女も今作では苗字が本来とは異なっている。
ミカ・ジャウカーン
キャロルが製作したオートスコアラーにして火の属性を持つ洗濯担当。
四人のスコア達の中では一番年少として扱われ、誰に対しても無邪気に接するマスコット的存在。
シキに壊されてからは犬っぽさがより強くなり、今は元気いっぱいの活発メイドさんである。
実はスコアの中で一番夢子の世話をしていたので子育て適性は高いらしい。
ちなみに彼女も今作では苗字が本来とは異なっている。
レイア・ダラーヒム
キャロルが製作したオートスコアラーにして土の属性を持つサポート担当。
四人のスコア達の中でもっとも器用であり汎用性に優れていたため、家事でも特定の担当を持たず全ての補佐をするという役割を担う。
シキに壊された際に受けた扱いの結果マリアを凌ぐM属性を有しており、一度本気で機能停止するぐらい激しく扱って欲しいとどこかで願っている。
メイド服が以前の格好よりも地味なのを気にしているが、それがシキの派手な反応に繋がると思って受け入れている。
ちなみに彼女も今作では以下略。
「んっ……ここ、は……?」
ひんやりとした感触を頬に感じて目を覚ます。私は、たしかみんなと一緒にヴァネッサ達を止めようとしてて……
「気が付いたかい?」
聞こえてきた声に目を動かすと、私を見下ろすように立つ奏がいた。
「奏? ここは……」
「さてね。マリアの読みだと月へ転送されたってとこなんだろうけど……」
「っ!」
姉さんの名前で全てを思い出した。そう、私達はミラとエルザを何とか止めて意識を取り戻した。そうしたら、ヴァネッサがテレポートジェムを急に地面へ投げつけて……
「みんなは? 私と奏だけ?」
「らしいよ。どうやら分断されちまったらしいね。ちなみに通信も無理。おそらくだけど本当に月へ来たんだよ」
そう言って奏は周囲を見てごらんって感じで顔を動かした。つられるように私も顔を動かすと、そこはどう見てもさっきまでいた場所ではなかった。
雰囲気的にはシャトーの最初の頃とかに近い。人工物だけど無機質でちょっと怖い感じがする。
「そういえば、ギアが解除されてる」
「多分だけど転送の際に解除されたんだろうね。もしくは、あたしらの意識が無くなったからか? とにかく、空気はあるし今のところ静かだ。まずはみんなと合流する事を考えるか」
「そうだね。でも、どこへ行けばいいんだろう?」
立ち上がって奏の傍へ行くと、ギアペンダントが急に光を放ち始めた。その光は真っ直ぐ進んでいて、正面の壁を指し示している。そしてその光で壁が動いて道を見せた。
「これって……」
「どういう事だ? あたしのガングニールは何も反応してないんだけど」
「……もしかして」
ふと思い出す。あの時シェム・ハが私のギアを見て言った言葉を。エンキの忘れ形見。そうシェム・ハはアガートラームを見てそう言った。
「奏、実はアガートラームを見たシェム・ハが……」
歩きながらシェム・ハの言っていた事を話すと、奏は驚きながら納得するように頷いていた。
―――もしかしたら、ここを作ったのはそのエンキって奴かもね。
奏の想像を私は否定出来なかった。思い出したんだ。あの神の力を宿したシキさんが月へ光を届けた後になった状態を。
あれは、もしかしたら本当に月の遺跡へシキさんがアクセスしたのかもしれない。その結果、シキさんの体を使ってエンキって人が喋ったんだとしたら……。
「まっ、とにかくだ。今はその導きに従って進むとしようか」
「うん、そうだね」
歳も同じだからか奏といると凄く楽。多分同い年なのに姉さんみたいなところがあるからだと思う。
同い年なのにお姉さん。それが私にとっての奏。思えばこうして奏と二人で過ごすのは珍しいかも。覚えている限りでそうなったのは、あのミカ達との初戦だった。
思えば、私は奏に助けられてばかりだ。あの翼のグランパさんのお家でもそうだった。私が姉さんの事を心配してるって分かって、奏は姉さん達の下へ行かせてくれたんだ。
「奏」
「ん?」
「あの時はありがとう。おかげで姉さんを助ける事が出来た」
「そうか。それは良かったよ」
「うん」
ずっと真っ直ぐ前を向いている奏だけど、それが私には少し気になった。奏はこういう時大抵話す人の方へ向いてくれるのに。
そうじゃないとしても表情を変えてくれるはずだ。それが今はどこか怖い顔をしてる。
ここが月の遺跡だからかもしれないけど、どこか普段と違い過ぎる気もする。
―――考え過ぎならいいんだけど……。
そんな事を心の中で呟きながら、私は奏と二人で導かれるように遺跡の中を歩き続ける。姉さん達の無事を願いながら……。
セレナが奏と共に遺跡中心部へ向かっている頃、残りの装者達もそれぞれで合流するべく動き出していた。
「エルザ達も、ここにいるデスかね?」
「多分そうでしょうね。ただ、問題は……」
「シェム・ハが操ってるかもしれない、だよね?」
「ええ。おそらくだけど、その本人らしく振舞うのはシェム・ハも集中する必要があるんでしょうね。だからエルザやミラの意識が戻ったのよ」
「じゃあ、あの時からもうヴァネッサさんはシェム・ハが操ってたデスか!?」
無言で頷くマリアに切歌だけでなく調も拳を握り締める。全ては自分達をまとめて転送させるための布石だったと気付いて。
同じ頃、似た結論をクリスが出していた。
「要は、あいつは最初っからミラ達を使ってあたしらの排除を考えていたんだ。ヴァネッサが自分を犠牲にする事や、お前がそれを酌んで攻撃する事も含めて、な」
「そういえば、ヴァネッサさんが一度テレポートジェムを見せた時、捨ててって言おうとしてた」
「成程な。そこで慌てて意識を乗っ取ったんだろう。結果ミラやエルザの操作が出来なくなり、最終的に思惑通りの流れとなったか」
「それにしても、不思議ですね。ここ、月なのに空気があるなんて」
未来の言葉に三人は頷いた。目覚めた時に見上げた視界には、青く輝く星が見えたのだ。
ただ、彼女達四人しかいなかったために今は他の仲間達を探している最中だった。
「本当に妙だ。月遺跡なのに空気があるとはな」
「ああ、まったくだぜ。むしろ美味しいとかどうなってんだ」
「えっと、太古の空気だから?」
「有り得ないって言えないかも。とにかく、今は早くマリアさん達と合流しないと」
その時だった。急に四人の進路上から複数の飛行体が現れたのは。同時刻、マリア達もその襲撃に遭っていた。
それはあの南極での戦いで見たものと同一の物体。それを瞬時に悟り、彼女達はギアを纏うべく聖詠を口にした。
そのギアの起動を本部内であおいが感知する。ただ、それは前もっての予想を肯定するだけの意味しか持たない。
「ギアの起動を確認。場所は……やはり月です」
「まさか本当に月遺跡まで転送させてたとはな。神って名乗るだけありますね」
「感心してる場合か。あの謎の建造物が世界各地に出現しているんだ。シェム・ハの動きはどうなっている?」
「未だに鎌倉に留まっています。おそらくですがそこを起点に各地の異変を起こしていると思われます」
「シェム・ハの計画の第一段階は月遺跡のバラルの呪詛の解除。そして今起こしている事はその後に関わる事のはずです」
ナスターシャの視線はモニタに映る巨大な建造物へ向けられている。それを使って恐ろしい事を進めつつあるシェム・ハ。その目的が何なのかをナスターシャは考え続けていた。
(アダムの話では彼を生み出したのはそもそもシェム・ハと言う事でした。そして、シキさんの話では彼女は何故か他のカストディアンと争い、結果封印にも近い事をされた。それは、何故でしょうか?)
様々な情報の断片がナスターシャの中に浮かび上がる。統一言語、人の体を使って復活、生命を操作していた、ヴァネッサの乗っ取りと魂の放置、シキだけは殺そうとした事に手負いの訃堂を見逃した事。
それらの繋げられる部分だけは繋ぎ、繋げられない部分は無視して考えた時、一つの仮説がナスターシャの中に浮かんでくる。
(……まさか、シェム・ハは人類を可能な限り生かそうとしている?)
ヴァネッサの魂を塗り潰さなかった事と訃堂を見逃した事。そこの共通点は彼らを殺そうとしなかった事だ。それも、訃堂の傷は彼自身が全身の金属化を避けるためにやった事でありシェム・ハがやった事ではない。
そこから見えるのはシェム・ハは積極的に人類を殺そうとしていない事だ。ならば、その理由は何故なのか。
ここにマリアがいれば答えをナスターシャへ教える事が出来ただろう。彼女は本人の口から聞いているのだ。
「教授、どうかされましたか?」
考え込むようにモニタを見つめるナスターシャに気付き弦十郎が声をかける。すると、ナスターシャは何かを思い出したように息を呑んだ。
「司令、たしか以前シキさんやアダムと話した際に、統一言語とは人類をネットワークで繋ぐようなものだと表現したそうですね?」
「え、ええ。たしかにそんな表現をしましたが……」
「では、シェム・ハの目的はそれなのでしょう。人類全てを自らの支配下に置き、何か大きな事をこの星全体で行うはずです」
「人類全てを……っ! そういう事かっ!」
ヴァネッサ達が操られた事を思い出した弦十郎は、すぐさまシェム・ハのやろうとしている事を理解する。バラルの呪詛が消えれば、人類は統一言語によって結ばれ、その身に秘めたシェム・ハの因子に囚われるのだと。
そうなれば最早シェム・ハに対抗する者はいない。ただ一人シキを除いて。だからシキだけは殺そうとしたのだと、そこで弦十郎も気付いたのだ。
「すぐに要に起きてもらわないとならんか……」
「もしかすればギアさえ纏っていればガングニールの三人も飲み込まれずに済むかもしれませんが、可能性は未知数です。ですから過度な期待はしない方がいいかと」
「分かりました。キャロル君達はどうだ?」
「既にシキを迎えに行ってるとの事です!」
「よし、彼女達が戻り次第出港するぞ。総員に通達急げ」
「「はいっ!」」
その頃、パヴァリア側にも動きがあった。シェム・ハの行動を察知出来るよう、サンジェルマン達はかつての拠点としていたホテルへ滞在していたのである。
そして、鎌倉での異変を察知しティキへと連絡、即座にアダムが彼女を連れてホテルへとやってきたのだ。
「報告は聞いているよ。圧巻だね、中々に」
「ええ。ここからでも微かに見える程です。それに、今や世界各地で同様の物が出現しているとか」
「そうなの。おかげでみんな大騒ぎなんだから」
そう告げるティキの格好はいつもの秘書然としたスーツ姿ではなかった。春めいた明るいピンクに身を包んだ格好をしていた。
あのライブのためにとカリオストロに見立ててもらって着ていた服装である。その証拠にその右肩部分が若干変色していた。アダムの手に付いていたシキの血液の色素である。
そんな会話もそこそこに、彼らは動き出した。向かうはシェム・ハのいる鎌倉。ただ、そこへ転送はおろか普通に移動も出来ないため、当然ながら彼らの手段は常識はずれのものとなる。
「ティキ、しっかり掴まっているんだよ?」
「ええっ! 頼まれたって離すもんですか!」
「急ぐわよ」
「分かっているワケダ」
「それじゃ行きましょ? レッツゴーっ!」
五つの風が空を飛ぶ。飛行という常識外の移動方法で彼らが一路鎌倉を目指して飛び去ったのと同時刻、本部内の医務室にシキの姿があった。
未だ意識なく眠り続けている状態の彼を、キャロル達が痛ましそうな表情で見つめていた。
「父さん……」
「今、起こしてあげます」
姉妹がそう言ってウェルの方へ顔を向けると同時に本部が振動を始めた。出港したのだと気付くも、今はそれよりもシキを目覚めさせようと思った二人は小さく頷き合ってウェルを見た。
彼は装置の準備に取り掛かっていて、シキの頭部にヘッドセットのような物をかぶせている。それで準備は終わったようで、ウェルは息を吐くと自分を見つめている二つの視線に気付いたように振り返った。
「これでいいですよ。じゃ、後はご自由に」
あっさりとそう告げてウェルはモニタリングするために移動開始。その背中を見送る事もせず、キャロルとエルがシキの脳領域へ行こうとしたその時だった。
「待って頂戴っ!」
「「母さん……」」
医務室のドアが開いて了子が入ってきたのだ。その雰囲気に思わず二人はヘッドセットを付けようとしていた手を止めた。
「お願い。私に、私に行かせて。あの人に、シキ君に言わなきゃいけない事があるの」
それは櫻井了子の妻としての、そして人としての願いだった。故に真っ先にそれへ反応したのはキャロルだった。手にしていたヘッドセットを静かに置いて了子の傍へと歩み寄るや、彼女の目をしっかりと見つめて告げる。
「私のもう一人のパパを、父さんをお願いね、母さん」
「っ……ええ」
「エル、母さんと二人で父さんを起こしてきてあげて。私はガリィ達と発令所に行ってるから」
「うん、分かったよキャロル」
「キャロル、ありがとう」
了子の言葉に小さく笑みを見せてキャロルはそのまま医務室を出て行く。その背を見送り了子はキャロルの代わりにヘッドセットを装着した。それを見たエルもヘッドセットを着けて準備完了。
「いいですね? それは起動しますよ」
二人はシキを挟む形で横になったのを見計らい、ウェルが装置を作動させる。その瞬間、了子とエルの意識はシキの中へと入っていった。
そこは、了子の時とは違っていた。いや、正確には似てはいる。ただ、了子が暗闇だったのに対してシキは真っ白なのだ。
「これは……」
「母さんの時とは逆だけど……」
光り輝く空間。なのに何もない。それがかえってエルには異質な印象を与えた。
「エル、はぐれないように手を繋ぐわよ。母さんから離れちゃダメだからね」
「うん」
了子の時はキャロルが差し出してきた手。それが今回は了子から差し出されてエルは嬉しそうに手を握る。そのまま歩き出す二人だったが、意外とすぐに周囲の景色が変わり始めた。
白いだけだった空間に少しずつ色が入り始めたのだ。最初は赤、次にオレンジと青、それからしばらくして黄と色が増えて行く。
「母さん、これは?」
「多分だけどあの人の歩みの変化なのかもしれない。最初は何もなかった。それがやがて赤が入って、オレンジと青、か。きっと弦十郎君と奏ちゃんに翼ちゃんかしら」
「じゃ、黄色は……母さん?」
「う~ん……だとしたら入るタイミングが変ね。多分だけど響ちゃんじゃない?」
了子は冷静に答えながら若干の悲しさを覚えていた。シキにとって最初に影響を受けたのは弦十郎であり、自分は響よりも後なのかと思ったためである。
その後、了子の予想通りクリスを表すような真紅に未来だろう紫などが混ざってきた。気付けば、白だけだった空間が鮮やかな色で塗られていたのだ。ただし、一向に了子を示すような色は混ざる事はなかったが。
次第にその先に急に深い闇のような黒が見えてくる。全てを拒むような漆黒が、そこにあった。
「……母さん、もしかして」
「きっとそうね。この中に、あの人はいる」
未だにシキの姿が見えない事から、エルと了子はその漆黒こそが彼の意識を奪い続けていると察した。ただ、それをどうすればいいのかが分からない。
試しにと触れてみようとエルが手を伸ばすと、触れるか触れないかギリギリのところで突如声がした。
―――触っちゃダメだっ!
その声はエルだけでなく了子にも聞こえた。それも直接脳内へ響くように。
「父さんっ!? 父さんなんですね!」
「アナタ、やっぱりその中にいるのね?」
―――エル、了子、俺は大丈夫だからここから離れるんだ。
「で、でも、父さんは今も眠ったままじゃないですかっ!」
「そうよ。本当に大丈夫なら起きて。いえ、ここから出てきて。私達にアナタの姿を見せて」
「父さんっ!」
懇願するようなエルの声に返ってくる声はない。それがある意味で答えと思い、二人は互いの顔を見合わせる。
「母さん、どうすればいいかな?」
「力づくは無理でしょうね。でも、そうなると……」
そこで了子は目を閉じる。自身の中にいるフィーネへ意見を求めたのである。ただ、フィーネにとっても神の力は未だ理解し切れない部分が多く、出せた答えはあまりにも自信が無いものだった。
(推測にすぎないが、あの漆黒のものは言うなれば呪いではないかと思う)
(呪い?)
(シェム・ハは自身を統一言語の形で人類そのものへ宿している。つまりだ。己を常識に囚われない形へ変える事に長けていると思われる)
(なら、あの闇のようなものもシェム・ハ?)
(可能性はある。あるいは触れた物を予想も出来ない物へ変えてしまうかもしれん)
フィーネの中にはあの南極で見た光景が色濃く浮かんでいた。あの錬金術の炎でも溶ける事さえなかった常識外の温度をした氷。あれを作り出したのがシェム・ハの能力ならば、あるいは神の力ならばどんな事も有り得ないと言えなくなると。
「母さん……」
「大丈夫よ。何とか、何とか考えましょう。何か、何か方法はあるはずよ」
不安そうに自分を見上げるエルへ、了子はそうはっきりと答えた。それはまるで、自身へ言い聞かせるかのようでもあった……。
「ふふはははははっ! 順調だ。じきにこの星は本来あるべき姿へと変わる。エンキの残した呪いも、もう消滅が近い。邪魔をしそうな存在は
惑星環境改造装置。そう呼ばれる物を空から眺め、シェム・ハは勝ち誇るように笑う。シンフォギアという己が目的を阻む物を使う者達の排除。それが叶った今、自分を止める者などないと思っていたからだ。
これには、シェム・ハが夢子の記憶や知識を使っているための結論である。夢子が知っているのは精々がそれぐらいなのだ。
シェム・ハからしても、フィーネなどは恐れるに足らずと知っている。唯一の不安要素こそがシキでありシンフォギアだったのだから。
だからこそ、神は知る事になるのだ。まだこの世界には神さえも知らない力や想いがある事を。
何かに気付いたシェム・ハが振り向く事なく片手を後方へと動かすと、そこへ四色の閃光が殺到した。それらは展開された防壁に阻まれ消える。
「……錬金術師共か」
シェム・ハのチラリと後ろへ流した視線が捉えたのは、彼女へ向かって掌を突き出すように構えている五人の姿だった。
ちなみにティキは何も攻撃していないが、気持ちだけはアダム達と共にあると言う考えでの構えである。故にその表情も凛々しくシェム・ハを見据えていたのだから。
「あれを防ぐか。さすがに神を名乗るだけあるワケダ」
「棺よりも厄介って訳ね。ま、そうだろうと思ってたけど」
「ティキ、貴女は局長と共に一旦S.O.N.Gの者達と合流して協力を申し出てくれ。局長よりも貴女の方が向こうの心証もいいわ」
「了解っ! みんな、怪我はいいけど死んだらダメだからねっ!」
「すぐに戻るよ。無理をしないようにね、それまでは」
ティキを邪魔者扱いしないようサンジェルマンが告げた内容。その意図に気付きながらもティキは元気よく返事をして彼女達三人へ呼びかける。
その想いを宿した言葉に三人は頷き返してシェム・ハへと向かっていく。アダムはそれを見送る事もせず、その場から離れてそこへ向かっているS.O.N.G本部へと向かった。
その後方でまるで花火のように色とりどりの光がぶつかり合う。それを行うは共にラピス・フィロソフィカスの輝きを身に纏う者達。
ただ、片方はその見た目も雰囲気もファウストローブというよりはシンフォギアに近い。故にだろうか。サンジェルマン達をある感覚に陥らせる。
「くっ……まるで装者を相手にしてるかのようだ!」
「ホントよっ! しかもこっちよりも力が上とかヤんなっちゃうっ!」
「後発故の高性能は当たり前とはいえ、理解出来ても納得出来るワケではないワケダっ!」
「ふっ、納得などいらん。我の力を思い知り、素直に屈するのなら命は助けてやろう」
攻撃し続ける三人とそれを淡々と捌き、弾き、防ぐシェム・ハ。
異なるラピスの輝きが屹立する塔を背景に激突し、空を鮮やかに染め上げる。
その極彩色の戦いが苛烈さを増し始めた頃、S.O.N.G本部はアダムの接近を察知して浮上しその来訪を歓迎していた。
「まさか、入れるとはね、この中に僕が」
「今は非常事態だ。この星そのものの危機に組織も何もない」
「もっともだよ。ティキ、教えた通りに」
「うん。えっと、私達パヴァリア光明結社はっ! この、みぞうの?じたいに、一時的な協力体制のぉ、ていけつを望みますっ!」
「こちらとしても断る理由はない。その申し出、有難く受け入れる」
まるで小学生の選手宣誓のような雰囲気のティキに軽く癒され、弦十郎はしっかりと言葉を返して手をアダムへと差し出した。それを見て即座にアダムも手を差し出して握る。
「司令、キャロルちゃんから通信です」
「繋いでくれ」
あおいの操作でモニタにキャロル達五人の姿が映し出される。しかも、既にキャロルはダウルダブラを身に纏って成人の姿となっていた。
『司令、私達も出撃する』
「君達も? だがファラ君達は……」
『ご心配なく。今の私達は全力で動いてもしばらく平気なぐらい思い出を、いえエネルギーを蓄えています』
『しててよかった地味なご奉仕。結果としては派手なものとなったようね』
『余計な事言わなくていいのよ。ま、聞いての通り、シキがこうなる前に神の力プラスのキスとかで溜め込んでたの』
『だからな~んにも心配いらないゾ!』
ミカの締め括りに思わずあおいと朔也が笑みを浮かべる。弦十郎さえも小さく笑みを浮かべた程だ。
「了解した。なら、よろしく頼む」
『了解(だゾ)っ!』
「僕も彼女達と共に行こう。ティキを、頼むよ」
「ああ」
「アダム、気を付けてね」
ティキにウインクを返してアダムが発令所を出て行くのと入れ替わるように、ナスターシャがやや険しい表情で戻ってきた。
彼女はシキ達の現状を確かめに医務室へ行きウェルの説明を聞いていたのだ。それと同時に一旦戻ってきた了子とエルの話も。
「教授、どうかされましたか?」
「シキさんの事ですが、思ったよりも厄介な事になっているようなのです。どうやらシェム・ハの神の力が呪いのような形で残留しシキさんの意識を封じ込めているそうなのです」
「何ですって……」
思わぬ報告に弦十郎が息を呑む。了子を見事に連れ戻した事でシキも同じように出来るとどこかで思っていたのだろう。それがまさかの神の力の登場で一気に暗礁に乗り上げたと察したのだ。
朔也とあおいもあまりの事に言葉がない。神の力は未だに解明されていない力である。それをどうにか出来るとすれば、それはそのものを持っているシキぐらいなのだ。
「神の力、か。さすがにそれをどうにかする術は今の我々には……」
「でも司令、このままじゃ不味いですよ! 装者は全員月へ飛ばされて帰還は絶望的、シェム・ハはシキの子供の体を使ってサンジェルマン達と交戦中の上に優勢を保ってます」
「いくらキャロルちゃん達が参戦しても、夢子ちゃんの体を使っている以上致命傷を与える訳にはいきません」
「それは分かっている。分かっているが……」
こちらも月も必要とされているのはシキなのだ。神の力を有し、一度シェム・ハの支配から人を解き放った実績を持つ者がこの局面において重要な役割を果たす事は間違いない。
だからこそ、弦十郎はどうするべきかと考えていた。いっそシェム・ハは自分が相手をすれば殺さず無力化する事が可能かもしれないと、そう考え始めた時だった。
「シキ、まだ眠ってるの? ティキ、お見舞いしたいけどいい?」
そんなティキの問いかけが弦十郎の耳に入ってきたのは。聞かれたナスターシャは当然のように頷き、医務室へとティキを案内するように発令所を出て行く。
その後ろ姿を見送りながら弦十郎は何か引っかかるものを覚えていた。
(何だ? 何が気になっているんだ、俺は……)
が、そこで弦十郎の脳裏に甦る事がある。
「医務室へ通信を繋いでくれ!」
「え? 医務室ですか?」
「そうだ。もしかすれば要を起こす事が出来るかもしれん」
その言葉に朔也が即座に医務室へと通信を繋ぐ。出てきたのは了子だった。どこか疲れたような彼女へ弦十郎は気付いた事を告げ、彼女へシキの事を託すと通信を切る。
そのまま彼は別の場所へと通信を繋がせた。相手は兄である八紘だった。八紘は通信相手が弦十郎と分かるとまず問いかけたのは訃堂の事だった。
『では、今は眠っているのか』
「正確には眠らせた、だがな。本当に我が父ながら手を焼かせてくれる」
翼によって本部へと収容された訃堂だったが、片腕でも恐ろしい程の力を見せてシェム・ハへの再戦を挑もうと躍起に逸っていたため、弦十郎が無理矢理意識を奪った上で今はかつてのシキの部屋、つまり使用していない部屋で絶対安静という名の拘束状態となっていた。
『片腕を失ってもそれか。弦でなければ厄介な事になっていただろう』
「違いない。で、八紘兄貴、聞いて欲しい事がある」
『月への迎えは少々難しい。現在米国と交渉中だが、どれだけ早くてもすぐにとはいかん。何せ向こうもこの状況だ』
「それは分かっているんだ。だが、万が一の際にシェム・ハを確実に倒せるのは響君しかいない」
『ガングニールの少女、か。そうならない事を願っているが、もしもの時は我々は凄まじく重たい十字架を彼女に負わせる訳だ』
八紘の声に秘められた感情を弦十郎は痛い程分かっていた。大の大人が最後に幼子を殺す役目を少女に負わせるしかないという情けなさ。今まで何度となく弦十郎が噛み締めてきた感情である。
そこに加えて、今回は人殺しをさせるかもしれないという重みも加わってくる。それも、まだ生後一年にも満たない幼い命を、だ。
「そうならないためにも、こちらで要の意識を取り戻そうとしている最中だ」
『大丈夫なのか? 意識を失って目覚める気配がないと聞いているが』
「八紘兄貴、あいつは兄貴と同じだ。なら、必ず目を覚ますはずだ。違うか?」
『私と……そうか、そういう事か』
弦十郎の言いたい事を察して八紘は噛み締めるように呟き、一瞬だけ目を閉じるや息を吐いた。
『分かった。私も彼を信じてみよう。同じ娘を持つ父として、な』
丁度その頃、医務室ではエルの代わりにティキがヘッドセットを装着していた。
「ティキさん、父さんをよろしくお願いします」
「うん、分かった。エルの分までシキをちゃんと起こしてくるね」
「エル、今ならシャトーは無人のはずよ。ないと思うけど、念のために調べておいた方がいいかもしれないわ」
「うん、司令に相談してみる」
エルに見送られ了子はティキと共に再びシキの意識の中へと入っていく。初めて見るシキの意識の中にテンションを高くするティキに、キャロルやエル以上の子供らしさを感じて了子は微笑む。
そんな和やかな時間もやがて終わる。再び全てを飲み込むような漆黒が了子の目の前に現れたのだ。ティキもそれにはさすがに息を呑んだようで目を大きく見開いていた。
「アナタ、聞こえる?」
―――了子か。どうしてまた……。
「今度は、何とか出来る可能性があるの。この子が、ティキが来てくれたの」
―――ティキ?
「うん、久しぶりだねシキ。だけど、顔も見えないなんて寂しいよ。ティキに顔見せて?」
そう言ってティキはその手を闇へと伸ばす。
―――ダメだよティキ! それに触っちゃダメだっ!
「大丈夫だよ。シキ、思い出して。ティキにも、あの力は宿ってるんだよ?」
そう、弦十郎が思い出したのはそれだった。ティキはシキよりも先に神の力を宿し、その後シキによって体を修復されエンキと思われる存在から祝福を受けている。
その祝福はヴァネッサ達と違い瞬時に効力を発揮せず、ティキの強い想いで発動した。それは、シキがその力で三人を戻したのとは別のプロセス。
そこから彼はティキも神の力をまだ残しているかもしれない可能性に思い至ったのだ。了子へその可能性を告げ、彼女も藁にも縋る思いでティキへ協力を依頼。ウェルも神の力をその目で見れるとあって喜んで協力したのだ。
「シキ、ティキの手が見えたら掴んで」
ティキの体が淡い光に包まれる。それは紛れもなく神の力。シキの体に宿ったのと同じ力がまるで引き合うかのように闇の中へとティキの腕を進ませる。
その光景を息を呑んで見守る了子。やがてその腕は見えなくなり、ティキの体さえも闇に飲み込まれていく。だが、それが急に止まる。
「っ! 了子っ!」
「分かったわっ!」
ティキの呼びかけに応えて彼女の細い体を引っ張るように了子が動く。更にフィーネの力も使って了子はティキの体を引っ張っていく。
「アナタっ! お願いだから戻ってきてっ!」
「そうだよシキっ! みんなシキの事待ってるんだからっ!」
二人の声が漆黒の中へと吸い込まれていく。それに対するシキの声は、ない。
そうして二人が人知れず戦っている頃、エルは一人シャトーへと戻って来ていた。久しぶりの我が家は様子の大きな変化もなく、ただただ静かであるというだけだったため、エルとしても若干の拍子抜けを喰らった事は否めない。
「リビングも……変わった様子はないや」
誰もいないリビングという光景にエルは何とも言えない寂しさを感じていた。いつだってここには誰かがいた記憶しかないからだ。
「……また、みんな一緒にここでご飯を食べられるかな?」
エルは知らない。その問いかけをヴァネッサ達もここでしていた事を。沈みそうな気持ちを振り払うかのように頭を激しく振って、エルはリビングでシャトーのチェックを始めた。
空間に指を滑らせて各部屋や機能などに異常はないかと調べていくエル。全てのチェックをおおまかではあるが終えた彼女はその結果に安堵していた。
「良かったぁ。どこも細工をされた形跡はないや」
実はシェム・ハにとってシャトーを使用するというのは単なる脅しでしかなかった。彼女の目的のためにはむしろシャトーの使用は害でしかなかったのだ。
よって全てを把握したのはキャロルからの疑問質問へ返すためのものであり、世界を分解しようなどと欠片として思っていなかったのである。
そうとも知らず、エルは安堵の息を吐いて本部へ連絡しようとしたところで、ふとある物が目に入った。
それは夢子用の赤ちゃん椅子。そこに座って楽しげに笑う夢子の姿を幻視し、エルは目頭が熱くなるのを感じた。
「夢子、待っててね。必ず、必ず僕らが助けてみせるから」
と、その時だ。エルの視界が隅に一瞬だけ光った何かを捉えたのだ。何だろうと思ってエルが赤ちゃん椅子へ近付いていく。
光った物が見えただろう場所に目を凝らすと、その正体は床に同化するように落ちていた艶やかな黒い髪の毛だった。おそらく照明の光を反射したのだろう。
「ヴァネッサさんのだ。床が黒いから見落としたのかな?」
テーブルなどに埃がない事から、エルはヴァネッサ達が最後までここの掃除をしていたと察した。
その手にした髪の毛を見つめ、エルは何かに気付いたような表情を浮かべる。
「同じような色で同化しても、どこかに違いはある。夢子の体を使っているシェム・ハにも、それは言えるんじゃないかな」
そう呟いたエルの脳裏に浮かぶ、今自分が調べた物の機能と役割。それらが一気に過ぎった時、エルは表情を喜び一色へ変えて思わず叫んでいた。
―――シャトーの一番大きな役割はあらゆる物を解剖する事だっ! それは、このシャトーが世界中全ての構造を把握する事で可能となるはずだった! なら、把握出来ているものと出来ていないものがあればその結果は決まってるっ!
人間とカストディアン。その構造は必ず異なっているはず。何せ人類にあってカストディアンにないモノがあるのだ。いくら同じに見えても、必ず違いはある。人類同士だってそうなのだ。なら、神と自称する者とそうでない者がまったく同じなど有り得ない。
『こちらあおい。エルちゃん、大丈夫だった?』
「はいっ! それよりキャロルへ、ううん皆さんへ伝えてください! 夢子からシェム・ハを追い出す事が出来るかもしれませんっ!」
『そういう事らしいの! キャロルちゃん、急いで!』
「分かったっ!」
あおいの通信へそう返答し、キャロルは視線の先の相手を睨む。シェム・ハはサンジェルマン達にアダムとキャロル達を加えた状態でも優位を保っていた。
それはシェム・ハの強さもあるのだが、何よりもその体へのダメージを考えて強力な一撃を叩き込めないという事が大きく影響していた。
いくらファウストローブを纏っているとはいえ、中身は強制的に成長させられている赤子なのだ。それが全員の頭の片隅にある。それも、夢子の笑顔や声を知っている。それが余計にその攻撃から威圧感を奪う。必殺の気概を失わせる。
なのにシェム・ハは必殺の気概で以って攻撃してくるのだ。これで状況が圧倒的に傾かないだけでも実際は大健闘と言えた。
「アンっ! エルが逆転の策を見つけてくれたらしい! そのために私は一旦退かせてもらうっ!」
「分かった! 気にせず行けっ!」
「ありがとうっ!」
「キャロルがいなくなったワケダな」
「ちょ~っとだけ苦しくなるわね」
「だけど聞いたかい? 言ったよ、ありがとうと」
噛み締めるようなアダムの声に三人も笑みを浮かべて頷く。改めて実感していたのだ。キャロルの変化を。いや、変化ではなく回帰と言うべきだろうか。
実はそんなキャロルの姿に感慨深いものを覚えていたのは誰であろうアダムであった。彼は実はキャロルの父親であるイザークを知っていたのだ。
(イザーク、遅くなってしまった、本当に。やっと会えたよ、君の自慢の娘に)
古き友人へ心の中で報告し、それを遂に直接言う事が出来なかった事を悔やむ。もっと言うのなら、それをこれまで忘れていた事もだろう。
「何だ、一人逃げたか。まぁ、賢いと褒めてやらねばならぬな」
「随分と余裕だな。借りものばかりの割に」
「何? 借り物ばかりだと?」
理解出来ないように告げたシェム・ハに対してサンジェルマンは怒りを眼差しに宿した。
「そうだろう。お前の身に着けているものは我々がもたらしたデータから生まれた物。お前が使っている体はシキの娘である夢子。お前の振るっている力もシキを出発点にして集めたもの。今お前を支えているのはお前本人自身のものではないものばかりだ。これを借りものばかりと言わずして何と言う」
「ホントよねぇ。おべべも力も体さえも人間がいなければ何も出来ないなんて、それでよく神様なんて名乗れるわ」
「それなのにも関わらず、さも自分が凄いように見せているワケダから滑稽だ。おっと、そうだった。本当に凄い存在であればそもそも封印などされていないワケダったな」
「君達、言い過ぎだよ、いくら何でも。許される訳じゃないんだ、事実だとしても」
「お前達……よくぞ吠えた。せめて苦しまず眠らせてやろう!」
シェム・ハが少なからず怒りを抱いた頃、ファラ達は上空を見上げて若干の苛立ちや焦りを表情に見せていた。
「ちっ! やっぱ降りてこないわね」
「分かってはいましたが、空中を戦場にされると少々面倒ですね」
「しかも派手な攻撃は地味に出来ないし」
「夢子の体は傷付けたくないゾ」
援護射撃を地上から行っているスコア達だが、その効果はあまりないと言えた。どうしても強力な攻撃は出来ないためである。
直撃してもそれでシェム・ハが倒せるとは思わないが、万が一という事を考えるとどうしても二の足を踏んでしまうのが人と言うもの。そういう意味では彼女達も間違いなく人であった。
サンジェルマン達を援護するべく再び四人も動き出す。激しさを増すシェム・ハの攻撃を正面から相殺出来るのはアダムだけであり、サンジェルマン達は防ぐ事は出来るものの彼程の安定感はないのかもっぱら回避を重視している。
数は圧倒的にサンジェルマン達が上。なのにたった一人を追い詰めるどころか劣勢にさえ出来ない。その全ての原因はここにいる全ての者がシェム・ハの憑代となっている赤子を知っているからだ。
その笑顔を、声を、生命の輝きを知っているからだ。故に非情になれない。なれるはずがない。その手で殺めるにはシェム・ハはあまりにも強く、夢子はあまりにも弱かったのだ。
―――シキ……今、貴方の力が欲しいっ!
サンジェルマンの声に出来ない悲痛な声。それは誰に聞かれる事もなく彼女の胸の内に響くのみだった……。
「結構進んだね」
「うん。一体どこまで行けばいいんだろう?」
地球で様々な事が起きている頃、セレナと奏はアガートラームの導きのままに遺跡内を歩いていた。何度か道なき道を指し示す光で切り開き、いよいよ二人は遺跡の最深部へと到着しようとしていた。
行き止まりに見える場所がアガートラームからの光で開いていき、中央部に何か今までなかった物がある部屋へと繋ぐ。
「奏……」
「どうやらここがゴールみたいだね」
明らかにこれまでとは違う行き止まりの場所。そして見慣れぬ装置のようなオブジェクト。二人はここが目指すべき終着点だと察して頷き合う。
すると、アガートラームの光で中央部のオブジェクトが起動し何かを映し出し始めた。それはすぐに人の形となり何かの言語らしきものを発するも、二人には単なる雑音のようにしか聞こえない。
「これ、誰だろう?」
「エンキって奴じゃないか? シキに似てるし」
『……これで分かるだろうか?』
「「っ!?」」
会話していると突如として雑音が意味のある言葉へと変わる。それに驚く二人へ立体映像の人物は何て事もないように告げる。
『そちらの言葉からこちらの言語を合わせただけだ。それにしても、まさかここに人類が来る日が来ようとはな』
「あ、貴方はエンキさん、ですか?」
『そうだ。ただし、私はその人格を基にした存在に過ぎない』
「AIみたいなもんか。まぁいいや。あのさ、シェム・ハの倒し方とか知っていれば教えてくれない? 一番いいのはシェム・ハに乗っ取られた相手を殺さずにあいつだけを叩く方法だけど」
「か、奏っ!」
いきなり本題へ迫る奏にセレナはやや慌てるも、エンキはそんな二人へ即答に近い早さで答えを返した。
『残念ながらそんな都合のいい方法はない。そしてシェム・ハを完全に殺す事もだ』
「「っ?!」」
『シェム・ハは己を言語へと変えて人類の中へ潜んだ。故にどれだけシェム・ハを殺しても、人類がいる限り奴は復活を繰り返す』
「言語に……だからバラルの呪詛を?」
『そうだ。それしかシェム・ハの復活を阻止する術はなかった。人類同士の繋がりを断ち切る事しか、残された方法はなかったのだ』
そこからエンキは語る。バラルの呪詛の真実とその背景を。シェム・ハが何を考え何を企んでいるかを。その内容に奏とセレナは言葉を無くして、ただただ聞く事しか出来なかった。
『そして私はシェム・ハが復活する事を危惧し、本来は別の目的のために用意していた私を基にした素体を強引にその対策へと当てた。ただ、当然本来の目的はそうではなかったため、色々と不備が発生したようだ。本来であればシェム・ハが復活するその時に目覚めるはずが、それよりも早く転送された事がそれだ』
「シキは、本当なら今頃目覚めてた?」
「別の目的って一体……」
『私へ想いを寄せていた巫女がいた。ただ私と彼女では結ばれるには色々と問題があったため、せめて人格などを同じとするもう一人の私を作り、彼女と共に生きてもらおうと思っていたのだ』
「じゃあ、フィーネへシキさんと想いを通じ合わせてくれて嬉しいって言ったのは、そういう事だったんだ……」
「まいったね。まさかなんだかんだで想いを遂げてたのか、あんたもフィーネも」
人格は異なるが、同じ相手へ惚れた事に変わりはない。その事に気付いて奏はフィーネの一途さも噛み締めていた。
何せ彼女は、シキが恋い焦がれた相手へ似ていたのにまったく好意を寄せる事はしなかった。
それはつまり、フィーネにとってエンキはエンキであり、似ているだけのシキは別人としっかり分けて考えていた事だ。
(ホント、たいしたもんだよ。伊達に先史の頃からの想いじゃないって事か)
きっと長きに渡る時間の中でエンキに似た相手を見る事もあっただろう。それでも一切同一視どころか気にする事もなく生きてきたのだ。
もういないと知らないまま、統一言語を取り戻してその秘めた想いを伝える事だけを生き甲斐にして、長い時間の中をたった一人で。
「あの、シキさんとの間に赤ちゃんはやっぱり望めないんですか?」
『……バラルの呪詛がなくなればその限りではない』
「そういう事ね。シキの遺伝子はバラルの呪詛があると受精してくれないのか」
『そう思ってくれて構わない』
「え? でも了子さんは体外受精で夢子を産みましたよ?」
『体外受精、か……。さすがにそこまでは考えていなかった。そのような手段であれば可能かもしれん』
セレナの言葉に軽い驚きを見せるエンキだったが、奏はその事を驚きはしなかった。何せエンキ達がいた頃の人類は自然な形でしか子作りをしていなかったからだ。
ただ、それでも一応問いかけておこうと思い、彼女はエンキへこう尋ねた。
「その相手はフィーネでもあるんだけど、それは無関係かい?」
『フィーネ? …………そうか』
一人納得するように呟き、エンキは黙り込んでしまった。きっと何か言えない事があるのだと察して奏もセレナも黙った。何故なら、今のエンキはそういう時のシキそっくりだったのだ。
『とにかく、今はシェム・ハを止める方が先だ。バラルの呪詛は今もまだ健在だ。これさえあれば、今シェム・ハが使っている肉体さえなくなれば復活は出来ない』
「だからそれが出来ないんです。私達は夢子を殺す事なんてしたくないっ!」
『だがそれしか方法はない。シェム・ハは言わば実態のない呪いのようなものだ。統一言語に姿を変えている以上、呪詛でそれを断ち切り無限連鎖を封じた上で今ある肉体を滅ぼすのだ』
「本当にそれしかないんですかっ! シキさんは一度シェム・ハが操る人を相手にしてその復活を阻止しました! それと似たような事は出来ないんですか!」
『……無理だ。そもそもシェム・ハが表に出ている以上、もうその肉体はシェム・ハのものと言っても過言ではない』
「そんな……」
突きつけられる絶望。夢子を殺す以外に現状を何とかする術はないと、改めて思い知らされたセレナはその場に脱力するかのように座り込んだ。
その姿を横目に、奏はエンキへある事を頼む。それは地球との通信。もっと言えば本部への連絡だった。エンキの協力により奏は弦十郎達へ得た情報全てを伝える。
そんな中、響達とマリア達はそれぞれ思わぬ者と出会っていた。
「ミラ……無事だったんだな、良かった」
「クリス達か。そっちこそ無事で何よりだぜ」
迎撃システムを相手にしながら進んでいた響達四人の前にはミラアルクが。
「切歌さんに調さん、そしてマリアさんでありますか……」
「エルザ、無事で良かったわ」
同じく迎撃システムを相手にしながら最深部へ向かっていたマリア達三人の前にはエルザが、それぞれ姿を見せたのである。
ただヴァネッサだけは彼女達の前には現れなかった。ミラアルクとエルザがバラバラに現れた事で分かるように、彼女達三人は最初からバラバラの位置に転送されたのである。
そしてヴァネッサであるが、彼女は片腕を無くしたまま、一人弱々しい足取りで目指す場所もない状態で歩き続けていた。
「……やっぱり、もう死んだ方がいいかしら」
ふとそう呟いてヴァネッサの足が止まる。あの響へ転送結晶を捨ててもらおうと思った時、シェム・ハが今までにない程の強さで体だけでなく思考の自由まで奪ってきたのだ。
結果、ヴァネッサは抗う事が出来ずに響達を自分の体ごと月へ転送させてしまった。全てはシェム・ハの狙い通りに。
それらを全て分かっているからこそヴァネッサはぼんやりと自殺を考え始める。このまま生きていればまたシェム・ハに利用されてしまう。それは一番望まない事だと。
残された片腕を見つめ、ヴァネッサは目を閉じて小さく深呼吸をした。それを合図にその手が回転を始める。一種の高周波ブレードと似た状態になったのだ。
(これなら……死ねる……)
パーフェクトサイボーグになったヴァネッサでも、その頭部を破壊すればもう死ぬしかない。痛覚などもない以上、痛みを感じる事もなく終わるだろう。そう思ってヴァネッサへそのままその手を自分へ突き刺そうとして……
―――ヴァネッサ。
愛する男の顔が甦って手を止めた。そこで甦る初めての夜とその温かさの記憶。人として与えられた幸せと温もりの思い出。それらシキが与えてくれた様々なものが、ヴァネッサに死という結末を迎えさせるのを良しとさせなかった。
「ダメなのに……私は、もう生きていちゃいけないのに……それでも、それでも死ねない。死にたくない……」
力なく片腕を下ろし、ヴァネッサは涙を流しながらその場へ崩れ落ちる。流れ落ちる涙を止める声も、人も、今の彼女にはない。それでも、それを求めるかのようにヴァネッサの嗚咽が通路内に響き渡るのだった。
そしてヴァネッサが自殺を考えたようにミラアルクやエルザもまた、響達から距離を取ろうとしていた。
「ミラちゃん、一緒に行こうよ」
「そうだよ。きっと今ならシェム・ハも操る事は出来ないから」
「逆言えば、いつああなるか分からないって事だぜ。だから、ウチは一緒には行けないんだぜ」
「ミラアルク……」
響達の言葉に哀しげな笑みを返して来た道を戻ろうとするミラアルク。だが、その背中へ一つの人影が迫って彼女の腕を掴んだ。思わず振り返るミラアルクが見たのは、自分の事を泣きそうな表情で見つめるクリスだった。
「何言ってやがる。もしまたシェム・ハがお前を操るんなら、あたしらが何度だって止めてやる。お前が望まねー事をしないで済むようにしてやる。だから、だから、んな意地張るな! 寂しい時はっ、悲しい時はっ、辛いって言っていいんだっ! もうお前は一人じゃねぇ!」
「っ!」
ミラアルクの心を打つ涙混じりの言葉。それは、かつてクリスが欲しかった言葉だ。そしてかけてもらえた言葉でもある。
差し出された手。何度でも伸ばされた手。あったかい居場所への手。それをクリスは握った時、どこかで思ったのだ。
もし自分のような相手がどこかにいたのなら、今度は自分がそうしてやるんだ、と。
「一人で抱え込んだって何も変わりはしねえっ! そんな事で変わる程、お前の悩みは、苦しみは簡単なもんなのかよ?」
「クリス……」
「ミラ、難しい事は考えなくていい。ただ、心のままに動け。お前は、あたしらの手を掴みたいのか掴みたくないのか。それだけでいい」
そのクリスの言葉にミラアルクは視線を下げる。そこでは、クリスが掴んでいない腕を伸ばして手を差していた。
(ウチの……心のままに……)
ゆっくりと顔を上げてミラアルクは目を見開く。クリスの後ろでも響達三人が彼女へ向かって手を伸ばしていたのだ。それも、笑顔で。
「クリス……いいのか? ウチは、ウチはみんなと同じ道歩いていいのか?」
「いいも悪いもねーよ。お前があたしらと同じとこ歩きたいなら歩けばいいだけだ。それを邪魔する権利は誰にだってないってもんだぜ?」
最後の言い方が自分を真似たものだと分かり、ミラアルクは一瞬だけ言葉を失うもすぐに瞳一杯に涙を浮かべて笑みを返した。
「……グスッ、何だよそれ。ウチの真似なら似てねーから止めた方がいいんだぜ」
「はっ、そんな事を言えるなら大丈夫だな」
そう言ってやや恥ずかしそうに腕を放してクリスは咳払いを一つするや、改めてミラアルクへ手を差し出した。
「それで、どうする?」
「へっ、聞くまでもねーんだぜ」
繋がれる手と手。向け合う笑顔と笑顔。初めての顔合わせの時は口喧嘩をした二人。その時はまだ互いの事をよく知らないままだった。
それから少しずつ触れ合い、関わる内に分かったのだ。目の前の少女は口調こそやや乱暴だがその心は誰よりも優しい事を。
―――残りの二人を迎えに行かないとな。
―――おいおい、人数が少なすぎるんだぜ。残りの七人、だろ?
その返しにクリスだけでなく響達三人も力強く頷き、五人となった彼女達は同じ方向目指して歩き出す。
一方、エルザと出会ったマリア達はと言えば遺跡内を走っていた。ただし、それは急いでいるからでも、ましてや迎撃システムに追われたからでもない。
「エルザっ! 待ちなさいっ」
「どうして逃げるデスかっ!」
「エルザっ! 止まってっ!」
来た道を全力で戻り出したエルザを追い駆けてのものだったのだ。エルザはマリア達と出会い最初の言葉を交わした後、何かに気付いたような顔をするや回れ右を行ってその場から走り出したのだった。
今、三人は逃げるエルザを追い駆け捕まえようとしている真っ最中なのである。
「ほっといて欲しいでありますっ! 私めはっ、もうお友達でも人間でもない、怪物でありますっ!」
エルザは思い出していたのだ。切歌と調を殺しかけた事を。シェム・ハに操られる前に、感情を高ぶらせてその大切な“お友達”の首を砕きそうになった事を。
あれがシェム・ハに操られた時ならまだ分かった。まだ自分を許せた。だが、あれは紛れもなく自分がやってしまった事だ。だからエルザは会わす顔がなくなり逃げ出した。
自分は、もう人間ではなく怪物であり、切歌と調の友人でさえないのだ、と。
そんな叫びを聞かされてマリア達がどうするかなど言うまでもない。無言のままで三人は顔を見合わせるや頷き、エルザを止めるために動き出したのだ。
「何でそんな事言うデスかっ!」
切歌の叫びと共に鎌の刃が飛んでエルザの頭上へと向かう。
「例えエルザの体が変わっても、心が変わらないなら友達でいられるよっ!」
調は急加速のローラーダッシュを開始してエルザへと迫る。
「「だから怪物なんて悲しい事言わないでっ!」」
「っ!?」
二人の涙混じりの言葉がエルザの胸を打ち、その速度を僅かではあるが落とす。その瞬間、エルザの前へ何かが降りてきてその体を受け止めるように抱き締めた。
それは、切歌の飛ばした刃に乗っていたマリアだった。
「それにっ……貴女はまだ人間よ。だから逃げた。本当の怪物はね、人間を見たら襲うの。そんな悲しい顔や声を出さずに、ね」
「マリアさん……っ」
衝撃から来るダメージに表情を僅かに歪めながらも、自分を優しく諭すマリアにエルザは込み上げてくるものを感じていた。
やがて何かに気付いてマリアが微笑みながらエルザを放すとその体の向きを変えさせた。すると、すぐに彼女の体は別の腕に抱き寄せられたのだ。
「「エルザっ!」」
「切歌さん……調さん……」
嬉しそうに抱き着いてくれた二人に、エルザは感謝するようにそっと腕を動かして彼女達を抱き締めた。
「ありがとう、であります。私めを、お友達って、人間だって言ってくれて。あんな事をしてしまった私めを、許してくれて……本当に、本当にっ、ありがとうでありますっ!」
「すんっ……ううん、気にしなくていいよ。あれはエルザが悪いんじゃない。エルザの体を変えたシェム・ハが悪いんだから」
「っく……そ、そうデスよ。でも、良かったデス。エルザはエルザのままでした。これでまた一緒にクレープ食べに行けるデスね」
涙を流しながら笑い合う三人を見つめ、マリアは優しく笑みを浮かべる。だが、その笑みもすぐに消えた。
(ここが月だとしたら、どうやって地球へ戻ればいいの? エクスドライブにでもならない限り、今の私達に帰還方法はないに等しい……)
それこそがシェム・ハの狙いだとマリアは看破していた。何せ、彼女は転送結晶を使って来れる距離を超えている事も知っている。そう、キャロルもアダムさえもここへ助けに来る事は不可能なのだ。
「三人共、今はみんなと合流しましょう。おそらくだけど、シェム・ハも今のエルザ達を操る余裕はないはずよ」
「どうしてでありますか?」
「簡単よ。シェム・ハが相手しないといけないのは私達だけじゃないもの」
「そうか。キャロル達」
「アンさん達もいるデスよ。これならたしかに余裕はないはずデス!」
「ええ。でも、油断は出来ないわ。エルザ、もし操られそうになったら言って。またしっかり止めてあげるわ」
「はいっ! お願いしますであります!」
久しぶりに心から笑顔を見せてエルザは笑う。その笑顔には、少しの影もなかった。その事に気付いたマリア達にも笑顔が浮かぶ。それは、お互いにあのライブの夜から初めての本当の笑顔であった。
「どう? 何とかなりそう?」
「……無理。やはり私自身が呪われた旋律を浴び、その上でガリィ達もそうしなければシャトーを使ってのシェム・ハと夢子の分解は……」
悔しげに拳を握り締めるキャロルを、エルは何とも言えない表情で見つめる事しかできなかった。
場所はチフォージュ・シャトーのリビング。かつてはガリィ達の待機場所であり、キャロルが座る玉座の間でもあった場所だ。
そこでキャロルはエルの夢子からシェム・ハを追い出す方法を聞いて、シャトーのワールドデストラクターとしての機能を使用出来るように努力していたのだ。
エルが思いついたのは、夢子という人間からカストディアンという異物を分解する事。要するに人間の構造は簡単に把握出来るので、それとは異なる部分こそがシェム・ハと考える事が可能。
その上でチフォージュ・シャトーの能力を使ってその人間ではない部分を消滅。これで夢子の体を傷付ける事なくシェム・ハを倒す事が出来ると、そういう考えであった。
ただ、肝心のシャトーがその能力を使うに準備が足りていなかったのだ。世界を壊す歌。それを使うためにはキャロルやガリィ達四人のスコアがダインスレイフによる呪いを加えた旋律、即ちシンフォギアからの一撃を受ける必要があったのだ。
「こうなると、やっぱりシェム・ハはブラフとしてここを使ったんだね」
「そういう事になる。くそっ! どこかでおかしいとは思っていたんだ! だが、奴には神の力がある。あれなら呪われた旋律なしでもどうにか出来てしまうかもと、そう思わされてしまった事が俺の失態だ」
「キャロル、言葉遣い戻ってるよ」
「っ……ごめん」
「ううん、仕方ないよ。でも、これで打つ手がなくなっちゃったね」
沈んだ顔を見せるエルとキャロル。だが、すぐにキャロルが何かを思い出して顔を上げる。
「待って……もしかしたら、ヤントラ・サルヴァスパがあればどうにか出来るかも……?」
「ヤントラ・サルヴァスパ?」
「うん。元々このシャトーの制御に使おうと思っていた完全聖遺物。それも多分だけど」
「深淵の竜宮にある?」
「きっと。ただ……」
「取りに行ってる時間がない……」
「そうなる……」
折角思い付いた可能性だが、現実的な理由で却下となる。先程よりも項垂れる二人だったが、そこへ本部からの通信が入る。
『キャロル君、エルフナイン君、どうだ?』
「司令、無理だった。シェム・ハはシャトーをブラフとして使っていただけだ」
「ここの機能を使って夢子を助けるのは無理そうです」
『そうか。分かった。キャロル君、申し訳ないが』
「分かってる。すぐそっちへ向かう」
『頼む。エルフナイン君、何かナスターシャ教授やウェル博士に頼みたい事はあるか?』
「いえ、特に……あっ!?」
『「どうした(の)?」』
突然大きな声を上げたエルにキャロルだけでなく弦十郎も怪訝な表情を浮かべる。ただ、彼は音声のみだ。それでも声から表情が分かるぐらいではあったが。
「ウェル博士はその腕にネフィリムを宿していますよね!?」
「っ! そういう事か!」
『こちらにはまったく分からないんだが、ウェル博士にそちらへ行ってもらえばいいのか?』
「「はい(ああ)っ!」」
こうしてウェルが急遽シャトーを訪れる事となる。ただ、彼としては、神の力を持つシキの目覚めやその宿した力の発現を詳しく観察したいと思っていたのでどこか不満そうではあった。
「それで? この僕をわざわざ来させるからには重要な要件なんでしょうね?」
「はいっ! このチフォージュ・シャトーの機能を掌握して起動させて欲しいんです!」
「はい?」
「本来は無理だろうが、ネフィリムならば可能のはず。ドクターウェル、このシャトーの機能を十全に発揮させられれば、人の身を使って存在するあのシェム・ハと言う名のカストディアンだけを倒す事が出来るの」
「……成程。つまり僕が世界を救い、あの僕の計画を邪魔した装者達からも感謝されると、そういう訳ですか。いいでしょう」
一つの事で十を悟る。そういう意味でウェルは間違いなく天才であった。こうしてウェルの腕に宿るネフィリムによりシャトーの機能は完全掌握され起動する。
ただ、それは無理矢理によるもの。だが、キャロルはシェム・ハがシャトーの機能を把握している事を逆に利用しようとしていた。
(シェム・ハはおそらく呪われた旋律の事を知らない。もし知っていたとしても、今の状態で起動させられるはずはないと思っていたはずだ。なら、シャトーの起動を知れば多少なりとも動揺するはず)
キャロルがシェム・ハの心理を読もうとしている中、エルはウェルからシキの様子を聞いていた。
「えっ? じゃあ、まだ母さんとティキさんは父さんの意識の中なんですか?」
「ええ。今はナスターシャ教授が僕の代わりにモニタリングしていますが、さすがに少々長いと思いますよ。ただ、あのティキと言う名のオートスコアラー、でしたか? 彼女が途中から光を帯び始めましたから」
「神の力……やっぱりティキさんの体には残っていたんだ」
(司令がその可能性に気付いてくれて良かった。後でお礼を言っておかなきゃ)
弦十郎の読みに驚きと感謝を抱きつつ、エルは想いを未だ目覚めぬ養父へと馳せる。
―――父さん、お願いです。早く起きてください。みんな、父さんを待ってます。
「存外粘る。中々しぶといな。見直したぞ、アダム」
「それはどうも。ただ、嬉しくないね、そんな勝ち誇るような顔で言われても」
未だ続くシェム・ハとアダム達の戦い。だが、次第に戦況はシェム・ハへと大きく傾きつつあった。
消耗具合で言えば確実にアダム達の方が上。加えてシェム・ハはその体そのものが一種の盾であり剣。押し寄せる攻撃へ無抵抗になるだけで勝手に相手がそれを阻止あるいは中止してくれるのだ。
アダム達にとっては、あの南極の戦いとは別の意味で精神面でも体力面でも辛い状況と言える。
「局長でさえそろそろ息が上がり始めたワケダが、どうする?」
「サンジェルマン、このままじゃ不味いわ。さすがのあーしもちょ~っとキツキツ」
「そう、ね。手心を加えて何とか出来る相手ではないもの……」
全力でぶつかれば彼女達も互角まで状況を戻せる。ただ、そうした時にシェム・ハが夢子の体を無防備で攻撃へ晒したらと思うと出来ないのだ。
だがしかし、そうも言ってられなくなっているのも事実。そんな時、その場へ聞こえるように大音量の声が響いた。
―――皆、朗報だ! キャロル君達がシャトーの起動に成功したそうだっ!
その発言に表情を変えたのは間違いなくシェム・ハだった。今まで見せた事のない程の動揺を表情に見せたのだ。
それに気付かぬアダム達ではない。それと共に感じ取ったのだ。劣勢を覆すならここだ、と。
「成程ね。読めたよ、さすがに」
「キャロルらしいやり方なワケダ。チフォージュ・シャトーをこの局面で使用するとは」
「いいじゃない。盛り上がってきたわ」
「神を人の手で解剖し分解する、か。たしかにこれは傲慢で愚かな人間ならではの、まさしく神をも恐れぬ所業、だな」
「ふっ、急に息を吹き返しおって。例えそれが可能だとして、我をお前達が傷付けられぬ事に変わりはない。あの小娘が来る前にお前達全員の意識を刈り取り、出迎えの花としてくれるっ!」
再開する戦い。だが、その様相は同じようで確かに異なっている。表情に余裕がなく、生気さえ失いかけていたはずのアダム達が顔や目に力を宿し、それまで余裕を見せ続けていたシェム・ハに微かな焦りが見えたのだ。
優勢なのはシェム・ハで劣勢なのはアダム達。なのに雰囲気だけは逆転しているように見えてくるのだから分からない。
今までは絶望の闇しかなかったアダム達にとって、先程の報はまさしく希望の光。人は目の前に希望が見えればどこまでも足掻き続ける事が出来る。
逆にそれを奪われれば大抵の者達が心を折るのだ。シェム・ハはそれを狙っている。ただし、それでも折れる確証はない事を彼女は知らなかった。
世の中には、絶望の闇に包まれても決して心折れず諦めない者がいると言う事を。
その中の一人であるシキは、今まさに戦っていた。ティキの光を頼りに、どこまでも深く暗い闇の中から出ようと必死にもがき足掻いていたのだ。
「くっ……そぉぉぉぉっ!」
彼の体にまとわりつく闇はまるで粘性の高い液体のようにへばりつき、シキが出て行こうとするのを阻み続ける。ティキの手から感じる力も徐々にではあるが弱くなっている。
何せティキの力は宿ったものではなく分け与えられたもの。いくら多少多めに与えられたとはいえ、ティキの願いを叶えた後の残りである。しかもそれを放出し続けているのだ。その残量はもうなくなろうとしていた。
「どうすれば、どうすればいいっ! このままじゃティキ達も……」
最悪の結末を想像し、シキは迷う事無く決断を下す。
握っていた手を離し、ティキと了子へこう告げたのだ。
「二人共、信じて待っていてくれ。俺は、俺は絶対戻るからっ!」
届いているか分からないが、だからこそ腹の底から叫ぶ。それは前回のエルと了子へ告げた時とは違う決意を込めた叫びだ。
あの時はただ安心させたいための言葉。今回は、そうしてやるという決意表明だった。シキの気持ちと覚悟が伝わったのか、ティキの手は闇に飲まれる事なく引いていく。
「……さて、どうする?」
再び漆黒の暗闇の中に閉じ込められたシキだったが、その問いかけも既に何度も繰り返してきたものだ。答えなどなく、出してきた答えは全て試してきたのだから。
それでも諦める訳にはいかない。そう思い直してシキは考えた。もう出せる答えなどないとどこかで分かりつつ、けれども諦めるなどはしたくないと意地で頭を動かし続けた。
やがて、考える事に疲れたのかシキはその場へ寝転がったのだ。すると闇は彼を飲み込むのではなく受け止めるように潰れるのみだった。
「……あれ?」
思ったような反応ではない事に疑問符を浮かべ、シキが体を起こそうとするとあっさりと叶った。出ようとした時はあれだけの粘性を見せた闇が、である。
「もしかして、押してダメなら引いてみろ?」
出よう出ようとばかり考えていたシキだったが、ここで発想を転換する事にした。出ようとすると止められるのなら、奥へ奥へとしたらどうなるのかと。
闇の中へ自ら進んでいく行為。だが、今の自分に思い付くのはそれぐらいしかない。そう結論付けたシキは恐れる事無く闇の奥へと進み始める。
どこまで行っても終わりの見えない闇。その中を匍匐前進で進んでいく。徐々に募っていく不安と恐怖。だが、それを彼はある言葉で飲み込んでいくのだ。
―――俺は、父親になったんだ。旦那になったんだ。俺がしっかりしなきゃ、誰かみんなを、家族を守るってんだっ!
かつての気ままな独身状態ではない。事実婚だとしても妻を得て、養子だろうと子も得た。更に実子さえも得る事が出来たのだと、シキはそう自分へ言い聞かせて深い闇の中を進んで行った。
まとわりつく闇が重さを増して、呼吸すら苦しくなるような中、遂にシキは闇の終わりへと辿り着いた。
そこは立つ事が出来るぐらいに広くなっており、明らかに今までと異なる場所となっていたのだ。
「……マジかよ」
ただ、そこは出口でもなんでもなく単なる闇の始まり、始点にしか過ぎなかった。
さすがに疲れもあってか、シキは大きくため息を吐くとその壁のようになっている闇へ背を預ける形で座り込む。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、みたいになるかと思ったんだけどなぁ」
そうそう上手くはいかないか。そんな風に思ってシキは闇に包まれて見えないのに空を見た。どこまでも吸い込まれそうな深淵の暗闇がそこには広がっている。
「……ん?」
なのに、シキは微かに見たのだ。その闇の中にある微かな光を。思わず立ち上がって手を伸ばす。それでも届かず、彼は思い切ってその場で跳び上がった。
「届けっ!」
僅かに指の先が儚い光へ触れた瞬間、シキの心が確かに聞いたのだ。
―――とーさんっ!
忘れるはずのない声を、聞き間違えるはずのない声を、何よりも今にも泣きそうな声を。
夢子っ! そうシキが声にならない声で叫んだ瞬間、彼は無意識に周囲の闇を己が中へと取り込み始めた。
シェム・ハの呪いだろうが、それが夢子のものならシキにとっては祝福も同じである。
世の理は表裏一体。鬼子母神と呼ばれるモノは、かつては母を泣かせ子を食べる悪神であったように。天使も悪魔もその根源は同じように。
(これは夢子から生まれたものだ。なら、ちゃんと全部親の俺が受け止めないでどうするっ!)
微かな光があった事でシキは暗闇を愛しい娘の一部だと捉えたのだ。この闇を排除するのではなく受け止めて、尚且つ飲み込んでいく。それはある意味で大人になったと言えるだろう。
そう、かつてシキはこう言った。どんな味でも家族のためなら飲み込んでみせると。漆黒の闇という苦みをシキは躊躇う事なく飲み込んだ。そして、気付けば彼の視界は色取り取りの世界へ変わっていた。
「白を基本に随分と鮮やかだな、ここ。我ながら派手なもんだ」
他人事のようにそう言ってシキは目を閉じて深呼吸をすると、顔を上げると同時に噛み締めるように呟く。
「今度は、俺がおかえりって言ってあげたいんだ」
その言葉と同時に彼の体が光を放つ。それは神の力の輝き。だが、これまでよりもそれが強くなっていた。闇を構成していたシェム・ハの神の力を吸収した事による効果である。
もしくは、闇を取り込んだ事による結果なのかもしれない。闇があるからこそ光はよりその輝きを増す。そう、闇は光を覆い隠す事しか出来ないが、光は闇を加える事でその明るさを強調する事が出来るのだから。
「アナタっ!」
「シキっ!」
「起きるのが遅くなってごめんな、二人共。それとありがとう。おかげでこうして目が覚めた」
「その言葉、後でエルにも言ってあげてね。エルもシキのために頑張ったんだから」
「分かってる。了子、この事が終わったら話したい事がある。待っててくれ」
「……ええ、私もアナタに話したい事があるの」
「シキさん、目覚めたところ悪いのですが、聞いて欲しい事があります」
こうしてシキは目を覚ました。その事に喜ぶ了子とティキへ感謝や謝罪を述べるや、すぐにナスターシャから現状を聞き、彼は迷う事なく動く事を決める。
「まずは奏達を迎えに行ってくる。今の俺なら、出来るから」
「分かったわ。気を付けてね」
「シキ、頑張ってね!」
「ああっ! 了子、フィーネもティキをよろしく頼む。お義母さん、すぐに戻ってきますとアンジェ達には伝えてください」
「分かりました」
凛々しい表情のまま、シキは転送結晶を取り出すとそれへ力を込めて金色へと変える。それを確認した彼は躊躇なく床へそれを落とした。強い光に包まれながらシキは見送る三人へサムズアップを見せた。
(今から行くからな、奏、翼、響、クリス、マリア、切歌、調、セレナ、未来。すぐに元通りにしてやるからな、ヴァネッサ、ミラ、エルザ)
転送される感覚の中、シキは大切な者達へと想いを馳せる。
反撃の狼煙が、今静かに上がろうとしていた……。
エンキの協力で遺跡内の全員へ集合場所を告げるセレナと奏。だが、ヴァネッサだけはそこへ現れる事はなかった。
そしてシェム・ハの体にも異変が起き始める。それは逆転への切っ掛けとなるのか。
そんな中、シェム・ハの企む惑星改造だけは着々と進行していく。
世界中のネットワークシステムを乗っ取って行くように……。
淫姫絶頂したいフォギア”卑しき錆色に非ず”
「お願いっ! 私を止めてっ!」