弦十郎の兄にして翼の戸籍上の父。
風鳴の人間らしく政府の重鎮であり”護国”の剣として主に外交面でその辣腕を振るっている。
翼との関係はお世辞にも良好と言えなかったが、シキを交えた会合によりその関係は改善され彼を翼の夫として認める要因となった。
現在はシェム・ハの行動により混乱する世界を何とかするべく飛騨忍群の力を借りて行動中。
風鳴訃堂
弦十郎や八紘の父にして翼の血縁上の父。
護国の鬼と呼ばれる存在であり、そのためならばいかなる犠牲も払う文字通り”鬼”である。
既に老人と呼んでおかしくない年齢であるが、その力は弦十郎にも引けを取らぬ程の強さであり、一時はシェム・ハを感嘆させた程。
現在は鎮静剤を打たれてかつてのシキの部屋で拘束中。
緒川慎次
翼のマネージャー兼護衛の忍者。つまりはエージェントである。
幼い頃から翼の傍でその成長を見守り続けていたため、彼女からは兄のようにも思われている。
翼と奏を両手にしようと動いていたシキに気付くも、元々翼の家庭の事を知っていたためか、彼のそれが遊びの気持ちでないと知って様子見をした結果が現状へと繋がる。
そのため、ある意味シキの恩人とも言えなくもない存在である。
現在は八紘の頼みを聞きあちこちを奔走中。
九つの輝きを纏う戦姫達。その奏で響かせる歌声にシェム・ハは不覚にも感じ入るものを覚えていた。
(何だこの旋律は……我の心を揺さぶるこれは、一体何だ?)
それは生命の輝き。人の紡ぐ音楽である。世の理を超える力がシェム・ハの心へ届き、揺らし、温めるのだ。
「……面白い。我の知らぬ事が、人間にはあると言うのか。創造主たる我の知らぬ力を、その身に宿していると言うのか。よかろう。貴様達が我の想像を超えていけるというのなら見せてみよ。その身に宿す力を、我に思う存分見せるがいいっ!」
その手から放たれる埒外の力。それらを九つの輝きは何事もないように撥ね退けて動き出す。
そしてその輝きに続くように七つの影が動く。シキを先頭にした集団だ。彼女達もその身に浴びた神の力を纏い、神を名乗る相手へと向かっていった。
その光景をキャロル達はシャトーの中から見守るしかなかった。
「「父さん……」」
「これが本当に最後なんでしょうね」
「そうね。地味な場所での派手な決戦。ある意味シキ達らしいわ」
「ただ、こぉんな時に何も出来ないってのも悔しいけどね」
「そんな事ないゾ。ミカ達はみんなが戻ってきた時に備えておにぎりでも作っておくんだゾ」
「おにぎり、ですか。何というか、その緊張感の無さで貴方達もやはりあの連中と同じなのがよく分かりますよ」
揃ってモニタを見上げながら言葉を交わすファラ達。
同じ頃、シャトーから映像を中継してもらい、本部でも弦十郎達が人と神の決戦を見つめていた。
「各ギア、測定不能のフォニックゲインです。しかも、今も上昇を続けている模様」
「ファウストローブも同じです。これが神の力の全力かよ……」
「いえ、おそらく違うでしょう。これは、きっとそれさえも超える力。誰も知らない未知なる輝き」
「神の力以上のものが、この世にはあると?」
弦十郎の問いかけにナスターシャは静かに頷いた。その優しい眼差しはモニタの中の戦姫達を見つめている。
「あのシェム・ハの反応はそういう事でしょう。神さえも知らぬ力が私達にはあるのだと、そう彼女達は見せてくれているのです。人間の持つ可能性。その強さと輝きを、今、彼女達は神に見せているのですから」
「どんな物語でも神を倒すのは人間。そうあの人は言っていたわ」
「了子君……」
発令所へ足を踏み入れた了子は凛とした表情でモニタを見つめた。その中にシキの姿を見つけ、彼女は小さく微笑む。
「哲学兵装の概念で言えば、私達人間こそが神に抗える唯一の存在なのでしょうね。創造物でありながら創造主を超えられる。考えてみれば当然よ。だって、子はいつか親を超えていくもの。それを親もどこかで望み、子もそれを感じて望むようになる。親を安心させたい一心で、自分の可能性を信じて」
「親を超える、か。成程な、我々はシェム・ハの子供と呼べなくもない。これは、言わば親子喧嘩か」
「子の自立をまだ早いと言って止める親と、もう一人で立っていけると見せようとする子、ですか。言い得て妙かもしれません」
ナスターシャの言葉に誰もが頷いていく。星の命運を賭けた親子喧嘩。互いの意地と気持ちのぶつけ合い。それ以外の表現を無くして、人と神の激突は続いていく。
一方、本部内の医務室ではアダムとティキが真剣な表情でシキ達の戦いを見つめていた。
「アダムぅ、シキ達、大丈夫かな?」
「分からない。ただ信じるんだよ。これまでも奇跡を掴んできたんだ、彼らは」
「……うん」
そっと握り合う手と手。その温もりにティキは笑みを見せ、力強い眼差しをモニタへ向ける。その横顔にアダムが小さく微笑んだ。
思っていた以上にみんなの力が凄い事になっている。きっとあの姿は単なるエクスドライブじゃないんだ。
その証拠にシェム・ハが防戦一方だ。完全に余裕がない。みんなにはシェム・ハを殺そうとする気などまったくないというのにだ。
「でも……」
それでも、最後の一押しが足りない。シェム・ハの気持ちを変えられるだけの何かが。
「シキ、何か手はないか? このままでは埒が明かない」
アンジェがそう言って俺の隣へやってきた。見ればリオやレティもいる。
「神殺しで解決って訳にはいかないんでしょ? で、シャトーによる解剖もなし」
「そんな条件であの神気取りを納得させるのは無理に等しいと思うワケダ」
「無理だからこそそれを押し通すんだよ。無理を通せば道理は引っ込むからね」
言って俺はシェム・ハを見る。装者九人による波状攻撃を辛うじて防ぎ、かわしている姿は驚嘆に値するけど、それも長くは続かないだろう。
ただ、それじゃダメなんだ。シェム・ハが力尽きるのを待っての決着じゃ意味がない。シェム・ハが余力を残しているにも関わらずそれを俺達が超えてみせないと、あいつは人間の可能性を信じてはくれないだろう。
「父さんっ! それなら私め達にいい考えが!」
「エルザ? 一体何だい?」
いつの間にか俺の後ろにいたエルザが凛々しい顔でそう言ってきた。ヴァネッサとミラもその傍にいる。二人も凛とした表情を見せていた。
「歌うんだぜ。ウチらも、あいつらと、クリス達と同じように!」
「歌?」
「ええ。以前ファラさん達が話してくれたんです。響ちゃんと一緒に歌って窮地を乗り越えた事を」
「……そんな事があったの?」
俺はヴァネッサの言葉にアンジェ達を見た。俺が知らない上にファラ達が響と一緒に戦ったのはアンジェ達しかいないからだ。
俺の確認の視線に三人は懐かしむように苦笑して頷いてくれた。どうやら本当らしい。でも、ギアとかがなくても歌って意味があるんだろうか?
いや、今は迷っている暇はない。ただ、どうやって同じ歌を歌うかだよなぁ。
「みんな、何か一緒になって歌える歌に心当たりはない?」
困った時はみんなに頼ろう。そう思っての問いかけにアンジェ達が一斉に思案顔をする。チラリと視線を前へ戻せば奏達がシェム・ハを完全に抑え込んでいる。
どうやら今の奏達には神様であっても余裕を持てないらしい。これなら多少はこっちが手出ししなくても大丈夫だろう。
「……以前南極で私達は装者と似た経験をした。勝手に胸の内から歌が生まれてくる、感覚を味わった」
アンジェの呟きのような言葉に俺は小さく驚いてリオとレティへ目を向けた。二人もそれに頷き返して肯定してくれた。だが、それは三人がファウストローブを纏っているからじゃないんだろうか?
「あの、父さん。もしかしたら、皆さんと手を繋げば私め達も歌えるかもしれないであります」
「みんなと?」
「はい。切歌さんと調さんに手を繋いでもらった時、私めの胸があったかくなったであります。もしかしたらそれがアンさんの言った胸の歌の感覚かもしれないであります」
もしそうなら試してみる価値はある。だけど、俺達と手を繋いで奏達は邪魔に感じないだろうかと、そう思うけど案ずるより産むが易しって言葉もある。それに、俺は下手に考えるよりも感じるまま動いた方が上手くいくタイプだしな!
「よしっ! やってみよう! ダメで元々だっ!」
「し、シキさん、それはちょっと縁起が良くないような……」
「いいのよ。シキは難しく考えるより単純な方がらしいんだから」
「そういうワケダ」
「まっ、その方が兄貴らしいんだぜ」
「なら、みんな、行きましょう!」
「私め達みんなで夢子を取り戻すでありますっ!」
それぞれに散って奏達へと接近していく。俺は勿論奏と翼へ。アンジェは響、リオはマリア、レティはセレナ、ヴァネッサは未来、ミラはクリス、エルザは切歌と調だ。
みんなそれぞれに俺達の接近に驚いていたけど、その目的を聞いて笑みを浮かべて手を差し出してくれた。しっかりと握り合う手と手。その温もりに知らず笑みが零れる。
そしてシェム・ハを囲むように輪を作る。その行動にシェム・ハも戸惑っているようだった。何をするのか分からないからだろうと思う。夢にも思わないだろうな、俺達がこれから歌うだけなんて。
「何をするつもりだ?」
「見てれば、いや聞いてれば分かるよ」
「何?」
目が合ったので微笑みと共に返すとシェム・ハが一度だけ瞬きした。どうやら意表を突く事には成功したらしい。
中々どうしてそうすると可愛いじゃないか、この神様も。まぁ、今は夢子の体だから当然か。
静かに流れ出す音楽。九つのギアが演奏するその調べに乗って、俺達全員の心が繋がって行くような感じがした。
鳴り響く旋律は、まさしく
そして、俺は、いや俺達はこの歌を知っている。かつて、世界を一つにした後に高らかに歌われたものなんだから!
「「託す魂よ」」
響とアンジェがまず歌い始める。二人は揃って笑みを向け合い歌を楽しんでいるように見える。
「「繋ぐ魂よ」」
未来とヴァネッサがそれに続く。二人も微笑みを見せ合い歌を紡ぐ。その笑顔にこちらの表情も緩む。
「「「天を羽ばたく光」」」
気付いたら勝手に俺の口が動いていた。奏と翼と共に歌うそれは、まるでこれまで何度も歌ってきたかのように感じられる。
「「弓に番えよう」」
クリスとミラが笑みを浮かべながら俺達に続いて歌う。どこか照れくさそうなミラをクリスが微笑ましく見つめていた。
「こんな歌で我をどうにか出来るとでも思っているのか? 愚かなっ!」
シェム・ハがその手から光線を放って俺達を襲う。だけど、それは目の前で何かに阻まれるように散って消える。
おそらくだけど、みんなの歌で高まったフォニックゲインが神の力と合わさってバリアみたいな物を形成してるんだ。いつかのネフィリム戦の上位版かな。
シェム・ハも予想出来なかった現象に面食らい、その手が止まっていた。
「「紡ぐ魂よ」」
そんなシェム・ハを無視するようにマリアとリオが高らかに歌う。二人は笑顔で俺へウインクを飛ばしてきた。らしいと思うと同時に嬉しくなってしまう辺り、俺もらしいんだろうな。
「「腕に包まれて」」
そんな俺へ苦笑しながらセレナとレティが歌う。だけどそんな二人も俺へ負けじとウインクをしてきた。さっきと違ってこちらは可愛らしい。
「「太陽のように強く」」
「「月のように優しく」」
エルザは切歌と調と共に声を重ねる。切歌と歌う時は切歌へ顔を向け、調と歌う時は調へ顔を向けと、微笑ましい光景を見せてくれた。
「「「「「沸き立つ未来。物語は終わりへ」」」」」
「その歌を止めろっ!」
奏達旧二課組が歌う。シェム・ハは気を取り直して攻撃を再開していたが、それらも全て俺達の前にある歌が作ったバリアに阻まれていた。
「「「「そしてまた咲くのだろう」」」」
「おのれぇ……シンフォギアめっ!」
マリア達旧F.I.S組が後に続く。シェム・ハの叫びが歌を邪魔するように響くものの、それを物ともせず四人は歌い続ける。
「「「奇跡はやがて歴史へと」」」
「貴様らもだっ! 錬金術師っ!」
アンジェ達三人へもシェム・ハの怒りが炸裂する。ただ、それも届く事はない。
「「「ここに煌めくだろう」」」
「
ヴァネッサ達にさえシェム・ハの攻撃は通らない。その姿に俺は微かな憐憫の情を抱く。だけど、見せないといけないんだ。
人間は、俺達は、神様なんかの思い通りにはならないって事を。その思惑を超えていける事を。その身に宿した可能性と言う名の奇跡を、ここでしっかりと見せつけないといけないんだ!
―――何億の愛を重ね、我らは時を重ねて、奇跡はやがて歴史へとここに煌めくだろう!
俺達全員の声が重なり、シェム・ハへと歌声が届く。それに彼女は確かに怯み、たじろき、竦んだ。それでも、その目にはまだ力がある。決して俺達を認めようとしないと告げるような力が。
「有り得ん……こんな事有り得るものかっ! たかが歌などに我が負ける事などあってなるものかぁぁぁぁぁっ!!」
シェム・ハの叫びと共にその両手に凄まじい力が凝縮していくのが見えた。きっとあれは俺達を守るバリアを突き破るだろう。それでも不思議と恐怖はない。
繋ぐ手と手が伝える温もりが、あったかさがあるからだと、思う。今、俺達は一つになれているんだ。
だから、だからきっとこの気持ちもみんなが思ってくれているんだと思う。その証拠に俺達の表情は笑顔から凛々しいものへと変わっているんだから。
「人間が我を超える事など有り得ない! 可能性など、希望など、神の前では無力なのだっ!」
そこへ響くシェム・ハの叫び。同時に放たれる攻撃が俺達それぞれへ向かって来る。だからこそ、今ここで叫び返そう。自分を絶対者と思っている神様に対しての人間全体の叫びを!
――人の力が神より下なんて誰が決めたっ!!
叫びと共に俺達は繋いだ手を前へ突き出す。すると、その繋ぎ拳がシェム・ハの攻撃を悉く弾いていくんだ。
そのまま俺達はゆっくりとシェム・ハへと迫っていく。それはきっとシェム・ハからすれば恐怖だったかもしれない。ゆっくりと輪は狭まっていき、シェム・ハはその手から光線を放ち続けながら一瞬だけど確かに息を呑んだのが見えた。
そして、響とアンジェが少しだけ前に出ると繋いでいた手を離してそれをシェム・ハへと差し出した。
「きっと、私達一人一人じゃ神様に勝てないと思う。でも、こうやって手を繋げば、力を合わせれば神様にだって勝てるんだ。これでも、認めてくれないですか?」
「その手を繋ぐ事を人は容易に出来ぬ。それどころかその手で互いを傷付け、時に殺し合う。互いの心が見えぬから恐れ、震え、傷付き合う。だから我は人を強くしようとしているのだ。個である故に衝突するなら、全にしてしまえばいい。そうすれば分かり合う必要などなくなり、傷付けあう事もなく生きていけるのだ」
シェム・ハの答えに俺は心の底から理解した。この神様は神様なりに人間の事を考えてはいたのだと。
ただ、そのやり方が一方的で押し付けだったんだ。それは、俺達人間が自分達ではどう足掻いても相互理解など出来ないし、それをしようとすれば傷付けあうだけだと知った故なのだ。要するに優しさの一つであった訳か。
これは、夢子を得た俺には分かる。親心に近いものなんだろうな、きっと。子供の事を心配し、何とかしてやりたくて、親のエゴで良かれと思って事を起こしたんだ。
ならエンキが父親でシェム・ハは母親か。父親は子供の力でやらせてやろうとし、母親は親が干渉して子供の将来を守ってやろうとしたんだ。過保護な母親を止めようとした父親って事だな。
「要するに、お前は人類が互いを分かり合おうとして傷付きあうのを何とかしたかったのか?」
俺の問いかけにシェム・ハは無言で頷いた。本当に、何ともお節介で優しくそして不器用な神様だ。
「じゃあ、私達はもう一度改めてこう言わせてもらいます」
「何?」
響の切り出し方で俺は、いや俺達は何を言うのかすぐに分かった。うん、シェム・ハに対して一番いい反証例かもしれないな、俺達。
―――だとしてもっ!
十六人の声が綺麗に重なる。見ろ、シェム・ハが驚いて目を見開いてる。目配せも合図も何もせずに一言一句間違えずに言ったもんな。
「私達は、傷付いても傷付けても、それでもお互いの事を分かろうとするのを止めません」
「あたしらはね、そこまで賢く生きたいなんて思ってないんだ。賢くなり過ぎたら、色々考えて足を手を、そして心を止めちまう」
「例え愚かでも、一歩一歩前へ進み、昨日より今日を、今日より明日を、少しでも良くしていこうともがき足掻くのが人だ」
「これがどれだけバカげてて、どれだけ夢物語かなんて嫌って程あたし達は知ってる」
「でもね、だからこそ目指したいの。人と人が完全に分かり合うのは不可能かもしれないけど、それでも目指し続けたい」
「アタシ達は理想を諦めたくありません。叶わないって言われても、いつか叶うって信じて歩き続けたいんデス」
「貴方の気持ちは嬉しい。でも、諦めるのは嫌なんだ。私達は、傷を負ってでも手を繋いでいきたい」
「痛いのも苦しいのも嫌だけど、それを理由に逃げる事はしたくない。だって、そうしなかったからこそ今があるから」
「私達が今みたいに手を繋げるように、最初は敵対しても分かり合おうとすれば、手を伸ばし続ければ、いつか必ず想いは届くんです」
未来の言葉にアンジェ達が頷いていた。そして、そのまま彼女達が口を開いていく。
「私も、かつてはお前と同じように人類に絶望していた。統一言語を取り戻すしか人の相互理解は果たせないと。だが、違った。人の持つ可能性を、希望を、私は立花響達から見せてもらった」
「それと同時に思い出したの。あーし達も同じ人間なんだって。あーし達が出来る事ならきっと他の人達だって出来るようになるんだってね」
「それがいつかは分からない。だが、決して不可能ではないと、そう信じてみる気にさせてもらったワケダ」
「それに、例え体が人じゃなくなっても、関係ないと言って受け入れてくれる強さを人は持てるって、そう私達は知りました」
「大事なのは心なんだって、想いなんだって、ウチらに言ってくれた優しい奴らがここにいるんだぜ」
「だから、その優しさを、強さを、私め達も繋いでいきたいんであります」
一度は奏達と戦い、ぶつかり合ったからこそのアンジェ達の言葉だ。シェム・ハはそれを聞いて無言を貫いている。なら、ここは俺の出番かな。
「俺達人間を生み出した母さんなら分かってくれよ。俺達はもう自分達の力で生きていかなきゃダメなんだ。母さんの気持ちは嬉しいけど、もう少し俺達子供を信じてくれないか?」
「……お前達人間を、子供を信じろ、か」
俺の言葉にそう言うとシェム・ハは差し出されていた響とアンジェの手をそっと押し返した。瞬間二人の表情が曇る。でも、そんな二人へシェム・ハは小さく笑った。
「私を親と思うなら、手を繋ぐ必要はない。今こそ親離れの時なのだろう? ならば、その手は我ではなく他の人間へ伸ばせ。傷付いても傷付けても伸ばし続けるがいい。そして、我に見せてみろ。人類は、個でありながら全にもなれると」
「はいっ! ちゃんと見ててください!」
「その答えを後悔しないようにしてみせる!」
響とアンジェが力強く宣言する。それにシェム・ハは淡く笑みを浮かべて目を閉じた。すると夢子の体が急速に縮んでいく。慌てて俺が受け止めると、腕の中にはすやすやと眠る夢子の姿があった。
「……やっと言えるよ。おかえり、夢子」
噛み締めるようにそう告げて、俺は起こさないようにそっと額に口付ける。と、背後に気配を二つ感じた。
「……夢子の体を返してくれた、のかね?」
「多分そうだと思う。シキさん、どうです?」
奏と翼が俺の後ろから顔を覗かせて問いかけてくる。うん、シェム・ハがいるみたいだけど眠ってる感じだ。要は夢子の中から見守ってくれるのだろう。
「まだ夢子の中にいるけど、眠ってるみたいだ。本当に見守ってみるつもりなんだろうね」
「何だか了子さんみたいですね」
「ホントだ。お母さんはフィーネの巫女で、夢子ちゃんはシェム・ハの巫女?」
響と未来が顔を合わせて小さく笑う。ああ、そうだなぁ。母娘揃って凄い存在を内に秘めてるんだな、了子と夢子。
「なら、シェム・ハにちゃんと見せてあげないとね。今後生まれてくる妹や弟との日々で」
「うん、家族愛をね」
イヴ姉妹はそう言いながらしっかりこちらへ流し目を向けるのだから性質が悪い。あと、忘れてるかもしれないけど、今は君達エクスドライブギアを纏ってるんだからな? そんな神々しい姿でエロい表情しないように。
「シキさん、とりあえずシャトーの中へ行きませんか? 夢子をちゃんとした場所で寝かせてあげたいです」
「デスデス。それにキャロル達にもただいまを言ってあげないとデスよ」
調と切歌の言葉に頷き、俺は夢子を抱えたままシャトーへ向かおうとして、ある事を思い出して振り返った。
「ヴァネッサ、ミラ、エルザ、君達の体もちゃんと戻すから。もう少しだけ待ってて」
「「「はい(おう)っ!」」」
笑顔を見せる三人を見て、クリスがどこか安堵するように息を吐いて俺に顔を向けてくる。
「なんだかんだで終わる時は呆気なかったな」
「それぐらいみんなが圧倒的な強さを見せたからじゃないかな? 力じゃなく心の、さ」
俺の言葉に誰もが笑顔で頷いてくれた。こうして、長いようで短かったシェム・ハとのぶつかり合いは終わりを告げた。
だが、ここからが忙しかった。まず俺はキャロル達へ感謝を告げて夢子の事をスコアのみんなに託すと、俺はキャロルからテレポートジェムを二つもらい、まずは一つを使ってとある場所へ行ってから本部へ向かい、ある物を訃堂さんに返してから残る一つを使用し了子を連れて月遺跡へと向かった。
そして中枢へ到着するやフィーネとエンキを再会させる。二人はしばらく無言だったが、不意にフィーネから口を開いた。
―――こうして会いに来れるだけの勇気が、あの頃の私にはなかった。貴方を、お慕いしていたと言えなかった。
そう告げてフィーネはエンキへ微笑みを見せるとその返事を待った。エンキは少しだけ迷いを見せたが、フィーネの表情を見て意を決したように凛々しい顔を見せた。
―――私も、君を愛していると言えなかった。この腕で抱き締められなかった。
その瞬間、フィーネの初恋は実り、そして終わったんだと思う。俺はそこでその場を離れて時間を潰した。どれぐらい待ったか分からなかったが、気が付いたらフィーネが俺を呼びに来てエンキの前へと戻る事になった。
「シェム・ハの事は聞いている。正直信じられないが、あのシェム・ハがお前達を認めたのだ。ならば、きっと見守るのだろう。自分が正しかったか、お前達が正しかったか。その答えが分かる時まで」
「そうだと思うよ。いや、そうしてみせる。シェム・ハがまた復活して何とかしようと思わないぐらい、俺達は人間の可能性を見せていこうと思うんだ」
「……そうしてくれ。私も、ここでそれを見守り続けよう。そして、呪詛が二度と必要とされないようにしてくれ」
「ああ、約束する」
そう言うとエンキはどこか安堵するように笑みを見せ消えた。フィーネももう何も言わなかった。
「みんなのところへ帰ろうか」
俺はそう言ってフィーネの肩へ手を置くと、フィーネは了子へと戻るなり俺へ抱き着いてきた。
「りょ、了子?」
「フィーネが、ありがとうですって。それと、私にこう言ったわ。ちゃんと甘えろって」
「甘えろ……」
俺にって事だろうな、これ。うん、ならちょうどいいか。話したい事もあったし、今が絶好の機会だ。
「了子、俺が目覚めた時に言った言葉、覚えてる?」
「……話があるってやつ?」
「ああ。その、夢子の事は気にしないでくれていいよ。俺は、嬉しかったんだ。了子の考えや想いはどうであれ、そこに夢子の誕生を喜ぶ気持ちがあったのなら、俺はそれでいい」
言って了子を抱き締める。許すとか許さないじゃなく、俺は夢子を産んでくれた事を素直に喜んだんだ。その気持ちをもう一度了子に伝えて分かってもらいたかった。
シェム・ハの事は誰も予想出来ない事だったし、俺も自分の事を知らなかった。なら、了子だけに罪があるはずがない。
「了子、もう一度言うよ。夢子を産んでくれてありがとう。俺に、血の繋がった家族をくれて、ありがとう」
「アナタ……っ!」
俺の胸に顔を埋めて了子は静かに震えた。その体をそっと抱き締め、俺はただ彼女の震えが止まるまで待った。ただひたすらに、待ち続けた。
シキが了子を連れて月へ向かった頃、響達はシャトーを使っての世界各地に出現したユグドラシル排除作業の手伝いを行っていた。
世界を解剖してからの再構成。それを行おうとしていたキャロルが、その世界を守るためにシャトーの機能を使おうと言うのだから世の中というものは分からないものである。
神の力と男女愛による特殊形態
―――いいですか? 世界を再び元の姿へ戻したのはこの僕です! 僕の力がなければこのシャトーを起動させ制御する事は叶わなかったんですからねっ!
これでもかと自分の功を誇るウェルだったが、そんな彼にサンジェルマンは素直に頷き感謝を告げるという一幕があった。更にならばとエルもそれに続いた事でなし崩し的に全員がそれぞれに感謝をウェルへ述べて行く事となり、さすがのウェルも最終的にはやや面食らうという珍しい光景が展開される事となる。
そこでやっとシキが了子とナスターシャを連れてシャトーへと帰還する。その事に沸く響達だったが、シキはまずヴァネッサ達三人の体を戻す事を始めた。
「多分、神の力を誰かに使うのはこれで終わりになるだろうから」
その言葉を証明するかの如く、シキはその身に宿した力を出し尽くすようにヴァネッサ達へ注いだ。それは、三人の想いを口にさせる事なく叶えてしまう程の強さ。再び人の体へ戻れた三人は、以前と違って静かにその喜びを噛み締める。
ヴァネッサは響や未来にサンジェルマン達と、ミラアルクはクリスやマリア、ファラ達などと、エルザは切歌や調にキャロルやエルなどと、涙を見せるのではなく笑みを見せて喜び合ったのだ。
そんな光景を奏と共に眺めていた翼だったが、不意にその背後に気配を感じて振り返る。そこには神妙な表情をしたシキがいた。
「シキさん? どうかしましたか?」
「えっと、翼には伝えておこうと思ってね。耳、貸してくれる?」
なんだろうと思いながらシキへ顔を寄せた翼は、彼から告げられた内容に複雑な表情を見せた。それでも、どこか笑みを浮かべてシキへ感謝を述べたのだ。
―――ありがとうございます。きっと、シキさんの気持ちは届くと思います。
その頃、八紘の姿がS.O.N.G本部の医務室にあった。彼の視線の先にはベッドで横たわる訃堂がいる。もう彼が目覚めても暴れる可能性がなくなったため、拘束が解かれて医務室へと移されたのだ。
すると訃堂の目がゆっくりと開いていく。八紘の気配に気付いたのだ。
「……何をしに来た? 儂を笑いにでも来おったか」
「息子が父の見舞いに来るのがおかしいでしょうか」
「ふん、見舞いか。お前がここにおると言う事は、あの神を僭称する者は片付いたようだな」
「ええ。私の娘達が彼と共に解決しました」
そこで訃堂は違和感を覚えた。いや、正確には意識を失う前と異なる事に気付いただろうか。
「儂の腕を義手にしたのか?」
失ったはずの左腕が訃堂の視線の先にはしっかりとあったのだ。それを動かし、その感覚や反応から訃堂は義手と言いながらどこかでそれを疑っていた。故の疑問。
その問いかけに八紘は静かに首を横に振った。そして椅子から立ち上がる。その眼差しと表情はどこか優しいものだ。
「貴方の事を知ったある者が、あの建造物の中へ向かって金属化していた左腕を回収して元に戻したのです。元々の肉体に勝る道具はないだろうと、ね」
「…………要らぬ気を回しおって」
「では、私はこれで失礼します。今もまだ今回の事による混乱は続いていますので」
悔しそうに呟く訃堂へ八紘はそう告げて医務室を出ようと背を向けて歩き出す。その背中へ訃堂は目を向ける事もなく、ただ一言告げた。
―――あの要とか言う小僧へ言っておけ。一応感謝はしておこうと。
―――でしたらご自分でどうぞ。今回の事で私は強く実感しました。護国は人を護る事なのだと。今回、彼らは世界ではなく自分達の大事な存在を守る事へ注力しました。その結果、国どころか世界を守ったのです。国を護るためには人を護る事こそが肝要なのだと、そう
暗に訃堂の考えとは決別すると告げ、八紘はドアを開いて外へと出ようとして……
「お大事に」
自らの父へ短く言葉をかけ、今度こそその場から去って行った。残された訃堂は怒るでも悲しむでもなく自らの左腕を無言で見つめ続けた。
―――こんな日が来るとはな。護国の鬼と呼ばれた儂が眠っている間に全てが終わり、己の不覚を年端もいかぬ小僧に尻拭いされるか……。
悔恨とも歓喜とも取れるような声で呟かれたそれは、誰に聞かれる事もなく消毒液の匂いの中で消えた……。
「さて、じゃあ僕らはそろそろお暇するよ」
「お世話になりました」
俺達へ愛らしく頭を下げるティキを眺め、藤尭や友里が笑みを浮かべた。本当に出来た少女だ。アダムがこうだからか余計にそう見える。もしそれを狙っているとすれば大したものだが、こいつの場合はおそらく半々だろうな。
「すまないな。可能ならどこかの港へ降ろしてやりたいんだが」
「いいんだよ、別に。していないさ、気には」
「うん。ティキ達はテレポートジェムで帰れるもの」
にこりと笑う姿はどこからどう見ても人間そのものだ。これがかつてはオートスコアラーだと言うのだから、凄いものだな神の力は。
「そう言ってくれると助かる。また機会があれば飯でも食おう」
「いいね、それは。会場は彼の家かな、そうなると」
「あっ、じゃあじゃあティキが場所を決めたいっ! 一度ちゃんと行きたかった場所があるのっ!」
「それはいいけど、そこって大人数でもいい場所か?」
「それと、セキュリティー面も考えないと。大丈夫だと思うけれど」
「心配ないわ! だってそこ、パヴァリア関係のホテルだもの!」
思わず息を呑む。いや、知ってはいるがこうも堂々と言われると中々胸に来る言葉だ。となると、ある意味で安全であり様々な問題を考えずに済むか。
「ティキ、それは、使っていた場所かな、あの時に」
「うんっ!」
「成程、なら道案内は要が出来そうだ」
「ホテルが傘下、かぁ。ある意味で資金力の差を実感するよ」
「そういう事言わないの。ただ、まぁ、もう少し福利厚生を充実させて欲しい気持ちが出てくるけどね」
「無理を言わんでくれ。俺達はどうしても日陰の組織だからな。ただ、可能な限り交渉はしてみよう」
「「やった」」
まったく、揃って嬉しそうな声を出して視線を向け合うとはな。この二人も本当にもしかするかもしれん。
その後、二人は俺達の前から転移して去った。そこからは後処理に追われる事となる。
シャトーにより世界中にあった惑星環境改造装置を分解処理してもらうのはいいが、今度はそれを世界に説明納得させる事となり、八紘兄貴が緒川達を使って根回しをしていたおかげで事なきを得た。
まぁ、一番は謎の建造物を排除出来た事による安心感が後押ししたのだろうがな。それにしても、心なしか先程から俺が指示を出す前に藤尭達がそれを先回りするように仕事をしている気がするな。
「まさか、な」
頭に浮かんだ考えを小さく笑い、俺はまず目の前の事を片付ける事へ集中する事にした。ただ、落ち着いたら要の奴に色々と聞く事が出来たのは間違いない。それと、感謝も伝えないとならんか。
あんな人でも父は父だ。その体を治してくれた事の礼は、しっかりと言っておこう。いずれ俺の親戚となるんだからな。
世界中がシェム・ハの脅威とバラルの呪詛から解放されて数日が経過していた。多くの者達が何があってどうなったかを知らぬまま、今もその者達なりの日常を過ごしている。
そんな中、多くの人々が行き交う街を歩く二人の少女がいた。赤いパンプスを履いた少女と、動き易いスニーカーを履いた少女である。
「よいしょよいしょ……」
両手に大きな買い物袋を提げて歩くはスニーカーの少女。その少し前を同じように大きな買い物袋を両手に下げたパンプスの少女が歩いていた。彼女は後ろを歩く少女へ顔を向けると、どこか苦笑するように足を止めた。
「エルザ、やっぱ二つは無理だと思うんだぜ」
「そ、そんな事ないであります。ちゃんと持てるでありますから」
二人のやり取りを見れば、きっと仲の良い姉妹にしか思えないだろう。髪色など違うがその空気感はまさしく姉妹であった。だからか道行く者達も二人を見て微笑ましく思って笑みを浮かべて通り過ぎて行く。
「ならいいけど、辛くなったらちゃんと言うんだぜ?」
「一つ持ってくれるでありますか?」
あんな風に反論しておきながらどこか期待するかのようなエルザへ、ミラアルクはニヤリと笑ってこう返した。
「何言ってんだぜ。休憩させてやるから最後まで持って家まで帰るんだっての」
「……そうだと思ったであります」
「あははっ! 頑張れよ、お姉ちゃん」
ミラアルクのその言葉にエルザは少しだけ照れくさそうにハニカミながら、でも誇らしげに頷いた。
二人が重たい荷物を運んでいる頃、シャトーではヴァネッサがミカと一緒になって洗濯物を干し終えていた。
「これで全部ね」
「ん。ヴァネッサは背が高いから助かるゾ」
エプロン姿のヴァネッサは見事なまでな新妻感を漂わせていた。そんな彼女をメイド姿のミカが見上げて笑っている。ここだけ抜き取れば使用人と共に家事を行う奥さんだろうか。
「ありがとう。でも、私としてもミカがいてくれて助かってるのよ。一人だとカゴから出して洗濯バサミで挟んでって、そういうのが大変だもの」
言いながらミカの頭を優しく撫でる様は本当に母娘のように見える。ただ、面白いのは家事歴で言えばヴァネッサよりもミカの方が圧倒的に上と言う事だろう。
上機嫌で歩くヴァネッサ。その片手をミカと繋いているのは、シェム・ハの一件で芽生えた感情からの行動だった。
シキによって愛される喜びを教えられ、夢子には愛する喜びを教えられた。だから彼女も奏達に負けじとシキの子を欲しがっていた。だからミカを擬似的に子供へ見立てていたのである。
「それにしても、買い物をエルザちゃん達に任せて良かったかしら?」
「問題ないゾ。むしろ今ならエルザとミラが適任だゾ~。それよりもお休みなのに手伝わせてごめんだゾ」
「ううん、元々ここではこういう事をしていたんだもの。だからいい気分転換になるわ。昔は研究って結構好き勝手出来たけど、S.O.N.Gじゃ色々と気を遣わないといけない事が多くて、ね」
さらりと恐ろしい事を言うヴァネッサだが、ミカはそんな彼女に大変だなと同意するのみ。この辺りがミカらしいと言える。
そんな風に会話しながら二人が向かっている先であるリビングでは、ファラがガリィとレイアの二人と共に一枚のメモを前に話し合いをしていた。
「それで、次の日用品の買い出しで購入する物はこれで全部ですか?」
「掃除部門としてはもうないわ」
「キッチン周りの物もそれぐらいで地味に終わり。ただ、派手な出費になりそうね」
「問題ありません。百円均一で済ませていい物はそこで購入し、そうでない物はお母さんに車を出していただきましょう」
「来た、派手な買い物。ホームセンター」
「ああ、ならついでに帰りにでかいスーパーに寄ってもらいましょうよ。お昼もそこで済ませる感じで」
メイド服姿の三人での会話は、とてもではないが使用人らしくないものだった。いや、ある意味では非常にらしいのかもしれない。古参のメイド長と同期のメイド達故に、主人の奥方とも親しくなりすぎたという感じであろうか。
「お、おい、夢子が起きて泣き出したんだけど、これってミルクか?」
そこへ泣き続ける夢子を抱き抱えて現れるのはクリスであった。無事リディアンを卒業した彼女は、今は非常勤のS.O.N.G職員となって、普段はシャトーで夢子の世話をしながらぬいぐるみ作りの勉強を始めていたのだ。
若干オタオタしながら夢子をファラ達へ見せるクリスだったが、そんな彼女に三人は小さく笑みを浮かべると揃って視線を一点へと向ける。そこには了子が出勤前に用意した母乳入りの哺乳瓶があった。
それがファラ達が自分の判断が正解だと言ってくれたのだと思い、クリスは急いで哺乳瓶を取りに行き、それをそっと夢子の口へ当てた。
「ど、どうだ? ……おおっ、飲んだ。へへっ、やっぱこうしてると可愛いよな」
優しい表情で夢子を見つめるクリスは、どこから見ても立派なママ見習いだった。彼女は夢子を見つめながらいつか自分も己の腹を痛めて産んだ子をこうして抱く日が来るんだなと、そう思って頬を緩ませる。
もうシキとの間に子を作る事への枷はない。ただ、あの日から今までシキは意図してそういう事を避けていた。その理由を誰も知らないし聞かされてもいないが、きっとどうしようもないぐらいスケベな理由だろうと彼女達は悟っていたのである。
夢子を見つめ微笑むクリスを眺め、ファラ達が小さく笑みを浮かべる。今日もシャトーは平和だった。
クリスが見られていた事に気付いて、照れと恥じらいからやや慌て気味にリビングを出てヴァネッサやミカとすれ違った頃、本部内ではキャロルとエルがデータ収集と銘打って了子の仮想脳領域へ侵入していた。
「えへへっ、母さんから甘くていい匂いがします」
「フィーネ母さんも甘い匂いがする」
「まったく、お前達は」
「いいじゃない。この子達もたまには甘えたいのよ」
了子の胸に顔を埋めるエルとフィーネの胸に顔を埋めるキャロル。そんな二人を苦笑しながら優しく抱き締める二人は、まさしく母親だった。
夢子があの一件以降急に本来あるべき赤子らしくなったため、キャロルとエルはそれを見守るべくそれまでやっていた言葉を教える事を止めていたのだが、それと並行して彼女達も甘える事を始めていたのだ。
急いで成長しようとしないでいい。それは自分達へも当てはまるのだと、そう気付いたからだ。
キャロルはかなり恥じらいなどがあったが、それでも新しく出来た家族の中でもう一度成長を始めてみようと決意し、大好きなパパのような大人になるべく努力を始めた。その息抜きも兼ねて甘えるようにもなったのだが。
エルはエルで、子供らしくが分からないため、彼女なりに仕事以外では子供っぽくしてみようと決意。結果、甘えてみるという結論へ達したのだ。
「でも本当に良かったの? 折角あの人もフィーネとの子供を作る気でいたのに」
「ああ。考えてみれば私にはもう子供がいた。キャロルとエルという、髪色を同じくした愛らしい子供が。だからもういい。それに、あくまで私は櫻井了子の中にいる。なら、夢子も私が産んだようなものだしな」
「「うん、夢子はフィーネ母さんの子供でもあるから」」
「ふふっ、ありがとう」
ディーンハイム姉妹の力強い肯定にフィーネは嬉しそうに微笑み、了子へ視線を向ける。その視線は、私はこれで十分幸せだと言っているように感じられ、了子は何も言わず静かに頷き返すのみだった。
気付けばエルもフィーネの方へ移動して、了子の前には幸せそうに笑顔を浮かべる三人の姿があった。
「あ~あ、エルもフィーネに盗られちゃった。母さん寂しい」
「悪いな。だが、そんな気分もここでしか味わえないだろうから、存分に悔しがってくれ」
キャロルとエルを優しく抱き締めながらフィーネは笑う。そんな彼女を見て了子は悔しげな顔から嬉しそうな笑みへと変わった。
四人がそうやって過ごしているのを知らず、ナスターシャは何と立花家にいた。休暇を使い、春休みとなった響が未来と共に帰省するのに同行したのである。
そこには、響からの依頼もあった。自分の祖母と話しをしてみて欲しいという頼みだ。響の祖母はシキの事を最初から拒否しなかった。それを思い出した響が、ナスターシャの目から見たシキを教えてみて欲しいと頼んだのである。
こうして響の紹介でナスターシャは立花家の敷居を跨ぎ、居間で響の祖母と談笑していた。
「そうですか。要さんは医療関係の仕事をしているんですねぇ」
「ええ。万能薬の開発へ力を入れています。それと、肌を若返らせる美容液などにもですね」
「それはそれは女としては嬉しい限りです。もしかしてナスターシャさんの肌はそれで?」
「ふふっ、ええ。実験台を兼ねています」
「まぁ。私も少しもらおうかしら?」
「ご希望なら送りましょうか。こちらとしてもデータは多い方が助かります」
「あらあら。なら娘の分まで頼もうかしらね」
和やかに話す二人を少し離れた場所から見つめ、立花親子は意外そうな表情を浮かべていた。
「驚いたな。おばあちゃんがあそこまで打ち解けるなんて……」
「本当に。思ってたよりも日本語もお上手だし、立ち振る舞いも上品な方ね。響、ナスターシャさんって外国の方なのよね?」
「うん。外国でマリアさん達を引き取った施設の責任者をしてた人なの。昔は凄く怖い人だったんだけど、本当は今みたいに優しい人なんだ。昔厳しかったのも、マリアさん達を思ってわざとそうしてたみたい。だから本当の優しさを知ってる人で、私は親しみを込めてマムって呼んでる」
「「マム……」」
響の告げた愛称に夫妻は顔を見合わせる。お母さんと言う意味だからだろう。
「うん、未来やクリスちゃん達もそうだよ。シキさんはお義母さんって呼んでる。シキさん、家族がいなかったから、マムの事をそういう風に思ってるんだって。本当の親に親孝行出来なかった分、マムへ色々としたいってそう言ってた」
さらりと告げられたシキの重たい境遇に立花夫妻は小さく息を呑む。二人にとってシキとは初めて出会った時に自分達の大事な娘とその親友と付き合っているという有り得ない男だった。
だからこそ、こうして聞かされる事実と情報がプラスイメージであればある程その差が大きく感じられるのだ。響はそれを計算していないが、この手の話をシキが自分でするとは思えないため、ならば自分がシキの事を両親に知ってもらいたいと考えてはいた。
(未来も今頃おじさんやおばさんに話してるだろうし、少しずつシキさんの事知ってもらわないと)
純粋な気持ちから両親へ最近のシキについて話す響。それが最高の援護となっていると知らず、立花夫妻は昔からある”男子三日会わずば刮目して見よ”という言葉を思い出していた。
同じ頃、小日向家でも未来による両親の懐柔が行われていた。
「それでね、シキさんは私達が危なくなった時に助けに来てくれたの。自分も少し前まで意識を失って眠ってたのに」
シェム・ハの事などを伏せて語られる真実に近い事実。あのライブ会場の関係者席にいた事を知っている小日向夫妻は、そこでシキが危険を遠ざけるために怪我をして意識不明になった事を聞いて少し彼の事を見直していた。
更にそんな事になったにも関わらず、意識を取り戻して退院(実際には本部内にいたので退院ではない)するなり未来達の身を案じて迎えに行く(月遺跡まで転送)など、行動力や決断力があるように受け取っていた。
「でも、シキさんは私や響だけを助けに来た訳じゃなかったんだ。シキさんは関わった人達全員を助けようとしてた。好きとか嫌いじゃなくて、自分に出来る最大の事をってね」
「み、未来、もう分かったから。要君の話はそれぐらいに」
「だ~め。だって、お父さん達が言ったんじゃない。シキさんがどんな人か客観的に話してくれって。これでも結構客観的にしてるんだよ? 私目線だったら、もっといっぱい惚気るし嬉しかった言葉とかあるんだから」
「アナタ、今回は諦めてください。この子なりに好きな人を認めて欲しいのよ」
ニコニコとしている未来を見て、母親はさすが同じ女だけありその考えを見抜いてみせた。ただ、父親はそうではない。分かっていても辛いものがあるのだ。何せ、相手は自分の愛娘だけでなくその親友までも妻にしたいと公言している男なのだから。
「だがなぁ、聞いているとあの男とは思えないぐらいの好青年で頼もしい男なんだぞ?」
「実際そうなってきてるんだもん。今度シキさんに会ったらきっとお父さんはビックリするよ。あの頃よりも大人の男って感じなんだから」
真顔で告げられた一言に父親はがっくりと肩を落とした。久しぶりに会った娘は正月に会った時よりも元気になっていたが、代わりにより一層惚れた男に入れ込んでいたのだから無理もない。
そして母親はこの時点で悟るのだ。もうこれは余程の事がない限り別れる事はないだろうと。そして、そのためには結婚して一緒に暮らすしか可能性はない事も。
未来の母が限りなく正解に近い予想を出している横で、未来が自分の父親へ容赦なくシキの成長っぷりを伝え始めた頃、マリア達が暮らす家ではちょっとしたファッションショーのような光景が展開されていた。
「ど、どう?」
「似合ってるわ、セレナ」
「ああ、違和感はない」
「うん、シキが見たら押し倒すんじゃない、これ」
ナスターシャが外出し、切歌と調がエルザを遊びに誘いに行ったため、今この家にはイヴ姉妹と、とある用件で来訪していたツヴァイウイングの二人がいるのみであった。
それでしているのがセレナを使ったファッションショーである。マリアやツヴァイウイングが使った衣装で彼女達が持っている物を持ち寄り、セレナをモデルに着せ替えしていたのである。
セレナは意外と倹約家であり、自分の事にはあまりお金を使わない性格だったため、自身の服などは最低限しか持っていなかった。それを知った奏がならばと、使わなくなった衣装などで気に入る物があればもらってもらおうと計画したのが事の発端であった。
それに翼やマリアも参加し、こうしてセレナのためのファッションショーが開催されたという訳だ。
「そ、そうかな? そんなにセクシーじゃないと思うんだけど……」
「分かってないね、セレナ。男がエロい事したくなるのは、何もエロい格好してる時だけじゃないんだよ」
そう言う奏の脳裏には、かつてシキにリディアンの制服で来てくれと頼まれた思い出が浮かんでいた。
「そうだね。私もシキさんにリディアンの制服を着てくれと言われた事があって」
「ちょっと待って。何? 翼もあるの?」
「えっ? じゃ、じゃあ奏もなの?」
互いの顔を見合って微妙な顔をする二人を見てマリアが苦笑する。
「どうやらシキの好みらしいわね、リディアンの制服って」
「そ、そうなんだ。じゃあ、私達も着てみる?」
セレナの問いかけにマリアは瞬時に想像する。もし自分達姉妹がリディアンの制服を着てシキへ迫った場合を。
(まず褒めてくれるわね。で、そこで私達がその格好を汚してもいいと言ったら、きっとシキなら意図を酌んでくれるはず。で、ついでに設定としてシキを教師か先輩にでもすれば……)
この間僅か二秒。マリアは小さく笑みを浮かべてセレナへ力強く頷いてみせたのだ。
(姉さん、気付いたんだね。多分だけど、今のシキさんはエッチなシキさんには中々出来ないって。だから、お父さんモードのシキさんを昔みたいなシキさんにするにはエッチな流れを作るしかないんだよ)
マリアの頷きでセレナもその思考を読んで笑みを返す。共に淫魔覚醒している姉妹は、揃ってシキの性的好みを察していたのだ。
「ん~? 翼、な~んかマリア達から不穏な気配がするよ」
「ホントだ。セレナもいやらしい顔をしてる」
「あら、当然でしょ? 今の私達はもう妊娠しない事の問題を解決したんだもの」
「そうだったね。今のあたし達、シキの赤ちゃん宿せるんだ」
「そうそう。でも、この中だと翼だけ妊娠すると大変だよね」
「くっ、別にいいもの。妊娠したら海外留学とか病気療養とかで誤魔化すから」
さらりととんでもない発言をする翼だが、きっと彼女なりに聞いた業界あるあるなのだろう。奏やマリアが呆れるのではなく苦笑しているのがその証拠だ。
セレナだけはその発言に衝撃を受けているようで、目を見開いて口元を手で覆っていた。こんなところで芸能界の常識を聞かされると思っていなかったのだろう。
「そ、そういうのって本当は違うの?」
「「「…………全部って訳じゃないから」」」
「じゃあ、やっぱりそういう時もあるんだっ!?」
気まずそうに目を逸らして芸能人三人が告げた答えにセレナは愕然となった。この後、三人はセレナから色々と芸能関係の質問を受ける事となり、下手な芸能リポーターよりも厄介なそれに、三人は絶対に他言しないようにと言い聞かせて答えていく事となる。
さて、一方その頃、エルザを遊びに誘おうとシャトーを訪れた切歌と調だったが、彼女は帰宅前だったためにクリスと共に子供部屋でその帰宅を待つ事になっていた。
「ほぇ~……」
「上手……」
「そ、そんな事ねーって。正直まだまだだと思うぞ」
ウサギのぬいぐるみを作るクリスの手付きを眺め、感嘆の声を漏らす切歌と調。そんな後輩達の視線にくすぐったそうに身をよじり、クリスは頬を赤く染める。
今春クリスが学院を卒業したように、切歌と調は無事二回生へ上がる事が決まった。遂に二人も先輩と呼ばれる存在となる。
ただ、残念ながら部活などをしている訳ではないので、そう呼ばれる可能性はあまり高くはないのだが。
ちなみにクリスが製作の参考にしているのは、シキとの初デートでもらった脱力ウサギである。
「クリス先輩にこんな特技があったとは驚きデス」
「特技じゃねーよ。ま、そうなったらいいなとは思ってるけどな」
「夢子にあげるんですか?」
「ん? いや、そこまで考えてないな。今のはお試しだし」
答えながらも一度としてクリスの目は二人へ向く事はない。その手も少しずつだが着実に動いている。切歌も調も言葉を忘れたようにその手つきを見つめ続けた。
クリスはそんな二人に小さく笑みを零しながらぬいぐるみを作る手を進めていく。針を動かすその手を二人は食い入るように見つめ、クリスも作業に集中していく。
「お待たせしたであります」
そこへエルザが顔を出した。ドアから少しだけ顔を覗かせる彼女は、とても愛らしい小動物のような可愛さを出していた。
「「エルザ」」
「おう、帰ったのか」
「はい。それで、お二人は私めに何の御用でありますか?」
「決まってるデス」
「あの時の約束、果たしに来たんだよ」
笑顔でエルザへそう言いながら切歌と調は立ち上がる。そう、エルザとまたクレープを食べに行く。それが二人が来た理由だった。
こうしてエルザと共に切歌と調は部屋を出て行く。残される形となったクリスは若干の寂しさを感じるも、ベビーベッドで眠る夢子へ視線を向けると微かに笑みを浮かべた。
「あたしの作ったぬいぐるみで喜んでくれるといいな」
すやすやと眠る愛らしい天使へ、クリスはそう呟いて微笑むのだった。紛れもない母性の輝きをその顔に宿して。
「どうです?」
「……これ以上ない程の効果が出ていますよっ! さすがは僕ですね! 全人類が待ち望んでいた新薬の完成ですっ!」
俺の問いかけにウェル博士はテンションMAXで断言してくれた。俺の血液中にある成分を抽出して医薬品へ活用する。それを一気に従来品の改良どころか新薬として完成させてしまったのだ、この人は。
さすがお義母さんや了子が口を揃えて”生化学に関しては並ぶ者がいない天才”と言う訳だ。これで本当に世界中で名実共にこの人は英雄と呼ばれるんじゃないだろうか?
「えっと、ちなみにどういう薬なんですか?」
「まさしく万能薬ですよ! 有り得ない話ですが、そうとしか言えません! 抗生剤のような物ではないですね。一番近いのは生薬つまり漢方でしょうか。要は人体の生命力そのものを活性化させるのです。それもっ! あらゆる病原菌に対抗出来る程にっ!」
「お義母さんが治ったように?」
「ああ、そうでしたね。そもそもナスターシャ教授の体を治したのは貴方の能力でしたか。まぁ、そういう事です。ただ、あれとは違い、これは摂取に抵抗感を与える事はありません。これこそ俗に言う”かぜぐすり”なのですよっ!」
胸を張って錠剤が入った瓶を見せつけるウェル博士。成程、風邪は万病の元と言われているぐらいだ。それに劇的な効果が出るだけでなく他の病気にも効果があるとなれば売れ行きは凄い事になるだろう。
「あの、それで俺の一日の成分献血でどれぐらい製造出来るんです?」
「それなんですがね、あの神を名乗る相手から君は力を吸収したんでしょう? その影響で教授が採取していた頃よりも成分が濃くなっています。なので、これならば一週間分で十万人分は可能でしょう」
「そ、そんなにっ?!」
想像以上で驚いた。だって以前まではお義母さんから一日で出来て百人程度って言われたのに。
「あくまで概算ですよ。まっ、この僕の試算ですから間違いないかと思いますけどね」
ウェル博士は自慢げにそう言うと手にした瓶をテーブルへと戻した。そしてその中身を見つめ、小さく呟いた。
「まさか、こんな事で世界に名を残す英雄になれるとは思いませんでしたよ。生化学の分野で世界に名を轟かせる英雄になど、それこそ不可能だと感じていましたから」
「ウェル博士……」
その横顔は初めて見る程嬉しそうに見えた。もしかしたらこの顔が元々この人が持っていた顔なのかもしれない。
それにしても、風鳴さんはやっぱり器が大きい人だよなぁ。シェム・ハの一件で協力をしてくれたからとはいえ、そのまま国連にウェル博士をS.O.N.G研究員として受け入れさせるなんて、なぁ。
ま、フロンティア事変自体があってなかった事にされている面があるからだろうけど。それでもその交渉能力は凄い。八紘さんもきっと関わってるんだろうな。今度会えたら話を聞いてみよう。
俺はそのまま色々とやる事があると言うウェル博士を医務室に残してその場を後にする。さて、どうしたもんかな。了子達は仕事中だろうし……よし。
向かう先は発令所。風鳴さんへ報告がてら八紘さんを交えた三人で飲む機会を作れないか相談しよう。
「ん? 要か」
発令所へ入る前にドアが開いて風鳴さんが姿を見せる。見た感じ小休憩と言う訳ではなさそうだ。
「風鳴さん、昼ごはんですか?」
「ああ。もし良ければ一緒に食うか?」
「是非。話したい事もあったんで」
「そうか。なら行くか」
二人で並んで歩いて食堂へ向かう。すぐに風鳴さんへウェル博士が新薬を完成させた事を伝えると驚きを見せたけど、すぐに安堵するように息を吐いた。
聞けば結構な金額を投入していたらしい。国連としても俺の能力を活かした薬は欲しがっていたみたいだ。ただ、どうもそこの連中は寿命を延ばす類の薬を期待していたらしいけど。
風鳴さんとしては、出来たのが万能薬と聞いて安心したらしい。そこでウェル博士が漏らした呟きを教えると、複雑そうな顔をして「そうか……」と絞り出した。
「要、あれから夢子君の様子はどうだ?」
「何もないですよ。強いて言うならよく泣くようになりました。言葉を使わなくなりましたね」
「そうか。おかしな話だが、本来あるべき姿になったと言う事か」
「多分そうだと思います。夢子なりに今まで背伸びをし続けていたんだって、そう今なら分かります。あの子は俺達の気持ちや考えを不完全ですが読み取ってくれてました。その結果、早く会話が出来るようになろうと頑張ってくれたんです。あんな小さな体で」
「ああ、そうだったな。俺達が喜び笑うのを夢子君も喜んでくれた。思えば、全員で期待をかけ過ぎていたんだろうな」
風鳴さんの言葉に頷く事しか出来ない。多分、夢子は生まれてからずっと俺達の気持ちをおぼろげに感じ取ってくれていた。不完全となった呪詛による統一言語の片鱗で。
本当に全てを知った今なら反省しかない。俺も無意識で夢子の成長を焦らせていたんだから。そして、今の夢子は俺達の気持ちを完全に感じて背伸びを止めてくれた。
まぁ、とーさん呼びがなくなったのは少しだけ寂しくもあるけど、また時が来ればそう呼んでくれると分かっているので気長に待つとするさ。
「それで話とは何だ?」
「えっと、近い内に八紘さんを交えて三人で飲みたいな、と」
「八紘兄貴、か。それはいいが、その前にお前は済ませておく事があるんじゃないか?」
言いながら俺を見る風鳴さんの表情は真剣だ。きっと、あの人の事だろう。
風鳴訃堂。あの人と直接会って話をしておかないといけない。ただ、もう神の力にそこまで興味を持っていないと思うんだよな。何せシェム・ハは最後歌の力に負けた。それって、あの人にとってはもっとも受け入れたくない事実のはずだ。
「……なら、その用事をきっちり終わらせて飲み会が出来るようにしますよ」
「ああ、頼む。俺としても何の憂いもなく未来の甥っ子と杯を交わしたいからな」
そこからしばらく会話はなかった。ただ、食堂に着いてからは他愛ない話が始まったけど。風鳴さんの映画好きは相変わらずだなと思う。
にしても、やっぱりアクション主体なんですね。まぁ、恋愛映画を見る風鳴さんとか想像も出来ないので今のままでいて欲しい気はする。
「要、きっと八紘兄貴も言っただろうが俺も言っておく。例えどうなろうと俺はお前と翼の味方だ。それだけは忘れんでくれ」
「はい、ありがとうございます」
俺がそう言うと風鳴さんはふっと笑みを見せてくれた。その笑みは、俺が今も目指すカッコイイ男の顔だった。
風鳴さんと食堂前で別れ、俺は一人シャトーへ、家へと帰るためにいつもの場所へ移動。
「ん? 着信?」
倉庫となっている部屋へ到着し、後はテレポートジェムを使うだけとなった瞬間震え始めるスマホ。取り出して見れば、アンジェの名前が表示されている。
「もしもし?」
『シキ? 今、大丈夫?』
「ああ。どうかした?」
『今夜の事で最終確認をと思って。本当に私達が迎えに行かなくていいの?』
「うん、いいよ。わざわざ一旦こっちへ来させるのも悪いし、アンジェ達はアダム達と一緒に直行して」
そう、実は今夜はいつかのホテルでパーティーなのだ。ティキが俺と二人で探検した際に行った屋上のラウンジの事を覚えていたらしく、そこへちゃんと行きたいとの事で実現となった話である。
勿論風鳴さん達も招待されていて、今日はそのままホテルに宿泊となっている。それらの代金は全てパヴァリア持ち。何とも贅沢な話だ。
「それに、響と未来はお義母さんを連れて今日それぞれの実家に帰ってるんだ。テレポートジェムは渡してあるけど、さすがにホテルへ転移させるのは無理だからさ」
『そうか。分かった。じゃあって、カリオストロ!?』
『シキ? 分かってると思うけど、今夜は飲み過ぎちゃダメよ? あーし達も気を付けるから』
聞こえてきた声に苦笑する。リオがアンジェからスマホを奪ったらしい。後ろで小さく文句を言う声が聞こえる。
「分かってるって。でも、リオは酔い潰れてもいいよ。そんな君も見てみたい」
『あら、そんな事言われると酔ってみちゃおっかな? でもぉってちょっとっ!』
『シキ、今夜は楽しみにしているワケダ。私だけでなくサンジェルマンもカリオストロもだ。この期待、裏切らないで欲しいワケダ』
「うん、俺も楽しみにしてる。レティ、その小柄な体をボテ腹にしちゃうからな?」
『……それも、楽しみにしているワケダ。では、ホテルで待っているワケダ』
そこで通話は終わった。これは、あれだな。いい具合にアンジェ達も焦れてる。酒は程々にしておこうと心に誓い、俺はテレポートジェムを床へ落とした。
出迎えはないのでそのまま目指すは子供部屋。奥さん達がいないなら我が家の天使にまず挨拶をしたい。
「ただいま~」
静かにドアを開けて中を覗けばそこには真剣な表情で針を手にしているクリスがいた。
「ん? ああ、シキか」
「クリス、ただいま。夢子は?」
「……まだ寝てるな」
クリスの視線を追って俺も顔を動かす。ベビーベッドの上で夢子はすやすやと眠っている。その寝顔はやっぱり天使だ。
「……みたいだね」
「で、これからどうすんだ? ちなみにエルザは後輩二人と出かけたぞ」
「そっか。じゃ、今夜に備えて仮眠を取らせてもらおうかな? あ、そうそう。例の薬、完成したよ」
「マジか? ……本気であいつって天才なんだな」
「だね」
部屋を後にする前にクリスへ一度だけキスをして出る。キスした時のクリスは中々可愛かった。赤い顔をして「こ、こういう事してると新婚みたいだな」なんて言ってくるんだもの。
あそこが子供部屋じゃなかった危なかった。実際そろそろ俺も我慢が限界にきてるし。でも、それも今日までいや今夜までだ。
「なんたって今夜は了子もいるし……」
そう、遂に今夜俺はやってやるのだ。今までのハーレムエッチを越えるハーレムエッチを。来たるべき時を想像して俺の股間は今までにないぐらいに大きくなっていた……。
此処から遠くを仰ぎ見て、届いたキボウに微笑みかける。
倒れて転んで涙して、もがき足掻いた結末に、辿りし道を知る者達が、捧げし想いをまた繋ぐ。
次回、淫姫絶頂したいフォギア
『淫姫絶頂』
迷いなく放たれた最後の祝福は、不可能さえも
散りばめられし希望の欠片――愛なる力が総てに宿る。