同一人物がいるよりも、何で彼らが、の方の描写が多くなるかと。
……翼辺りはもう辛い再会と信じられない事実がありますし。
限りなく近く、限りなく遠い世界
「ウェルさん、どうですか? この後一杯」
俺がそう声をかけるとウェルさんは露骨に嫌そうな顔をした。
「一応聞きますが場所はどこですか? まさか貴方の家ではないでしょうね?」
「さすがに妊婦のいる場所で酒を飲む程俺はバカじゃないですよ。近くのチェーン系居酒屋です」
「……一杯だけですよ」
「いいですいいです。いやぁ、たまに飲みたくなるんですけど、朔也さんは彼女とデートだし、弦十郎さんは見たい映画が溜まってるとかで」
その言葉にウェルさんが大きくため息を吐いた。
「要するに僕は仕方なく誘われたと?」
「いや、無理だろうなと思ってたので最後に駄目元ってやつです」
何せウェルさんは自分の歓迎会さえも断った人だ。弦十郎さんがもう仲間なのだからと言っても頑なに固辞した。
理由は簡単。自分は仲間になったつもりはない。ただ自分の才能や力を求める場所があるから求めに応じただけに過ぎないって。
まぁ、それを聞いてお義母さんが「そう言う事にしないと恥ずかしいのです。何せかつて正面から戦い負けてしまったのですから」と言った事で怒りではなく同情が向けられる事になり、ウェルさんはお義母さんへ恨み言をぶつけていたっけ。
「何を思い出しているんですか。気持ち悪い顔をしてますよ」
「ウェルさんがお義母さんに一刀両断された時の事を思い出してました」
「はっ! あれは僕が」
「っと、じゃあ飲みに行きましょう!」
「話を最後まで聞きなさいっ! 本当に貴方達要家の人間は僕の話を聞きませんねっ!」
そう文句を言いながらもついてきてくれる辺りに、俺はウェルさんが本当は悪人じゃないと思う部分がある。
二人で本部を出て向かうは一番近い大衆居酒屋。ウェルさんは苦手な場所だけどこの辺りに大人の雰囲気のバーなどないから仕方ない。
道を歩きながら話すのは最近ちょくちょく感知されては消えるノイズらしき反応。
ノイズはもう出ないと一部関係者だけに明かされてから既に一年。錬金術師達の暗躍もアダム達パヴァリア上層部によってしっかり監視摘発され、アルカ・ノイズがノイズ以下の存在とされて久しい現在、謎のノイズ反応は逆に警戒されていた。
「共通点も類似点もないんですよね?」
「ええ。まったくランダムです。しかも感知されるのは僅か三秒程度。調査に向かっても炭化したものさえもありません」
「キャロルもアルカ・ノイズではないと断言してますし、ノイズはそもそも……ねぇ」
「そう、そうなのです。にも関わらず……」
「本気で困りますよね」
おかげで俺の嫁さん達がカリカリしてるんだ。それもあって俺は真っ直ぐ家に帰る気になれないんだし。
妊娠中の女性はかなり情緒不安定になる。了子の時はそこまででもなかったけど、後から聞いたらあれはフィーネが大分知らないところで愚痴やら何やらを聞いてくれていたらしい。
まぁ、俺の場合は反則があるので楽出来るんだけど。いや、愛してるって気持ちでキスするだけで落ち着くんです。ホント、楽でいい。
「っと、すみません。ちょっと寄り道していいですか?」
「どこへ行くつもりです?」
「トイレです。そこの公園で」
「……仕方ありませんね」
マリア達が言っていたが、あの新薬を開発してからウェルさんはかなり丸くなったと思う。
やはり英雄願望をある意味で満たされたからかもしれないな。お義母さんや了子に感謝されていた辺りで承認欲求も満たされたのかもしれないし。
公園へ入って公衆トイレへ入る。用を済ませて手を洗い終えて出ると、そこにはウェルさんの姿。
「もういいですか? さっさと飲んで帰りたいんですよ、僕は」
……男のツンデレはない。そう心の底から思うも、若干憎めないんだよなぁ今のこの人。
「何ですか? 人の顔をジロジロと」
「いえ、ウェルさんも見た目はいいんだから結婚すればいいのにと」
「ふんっ、余計なお世話です。たしかにぃ、優秀な僕の遺伝子を後世に残さないのは人類史における最大の損失だとは思いますが、だからと言って」
「あれ?」
ウェルさんのいつものを聞き流していたら、何もなかったはずの場所に妙な穴らしきものが見えた。
「ウェルさん、あれ何ですか?」
「またそうやって僕の話をっ!」
「いえいえ、本当に謎のものが」
「ふんっ! そんな見え見えの嘘で僕は騙されませんよ」
俺が指さす方を絶対に見ないとばかりにそっぽ向くウェルさん。と、その時だった。
「っと、到着」
「こ、ここがアラートのあった世界?」
不思議な穴から出て来たのは響と未来。でもどこか俺の知ってる二人と違う。具体的には、その、女性的な部分。
「ウェルさん、異常事態です」
「何が異常事態ですか。僕にとっては貴方達の存在そのものが異常事態ですよ」
この期に及んでもこちらを見向きもしないウェルさん。何というか、ここまでくるとアッパレだ。なので無視して俺一人で彼女達へ接近する事に。
「とにかく、まずは」
「おーい、ちょっといいかな?」
「「っ!?」」
ギアを解除して話し始めたところへ声をかけられたからか、二人がびっくりしてこちらを向いた。
「な、何でしょう?」
「えっと、君達は立花響さんと小日向未来さんでいいかな?」
「「えっ?!」」
うん、どうやら間違いないらしい。と、そこで後ろから聞こえてくるウェルさんの声。
「だぁから僕は君が嫌いなんですよっ! 人を誘っておいて置き去りとはいい度胸をしていますねっ!」
「「ウェル博士っ!?」」
「ん? おやぁ? どうしてここに貴女達が? とっくに帰宅している時間でしょう」
目の前の二人を見て違和感も感じないウェルさん。ただ、目の前の二人は明らかに動揺している。
「ウェルさん、多分だけどこの二人、俺達の知ってる響と未来じゃない」
「はい?」
「だって、響と未来が今更ウェルさんを見てさっきみたいな反応します?」
「…………そういえば中々オーバーリアクションでしたねぇ」
納得してくれたようだ。ウェルさんの凄いとこはこういうとこ。自分が嫌われてようが好かれてようが気にしない事だ。
で、俺の知らない響と未来は……ややこしいな。立花さんと小日向さんは俺とウェルさんを見て目を何度もパチクリさせている。
「み、未来、ウェル博士がすっごく普通だよ」
「うん……何だか驚き」
「さらっと失礼ですね、君達も。まったく、これだから装者は……」
「詳しい話を聞きたいんだけどいいかな? こう見えても俺とウェルさんはS.O.N.Gの人間なんだ」
「「ええっ!?」」
うん、どうやらS.O.N.Gを知ってはいるらしい。さてさて、これは飲みに行ける感じじゃないな。
そう思いながら俺は家にいる嫁さんへ連絡を入れる事に。で、ウェルさんはその間に身元証明をしていた。
「どうですか? これで信用できるでしょう」
「……本物だ。本物のIDカードだったよ、未来」
「う、うん。あの、ウェル博士」
「何ですか? 質問は手短にお願いしますよ」
「えっと、さっき私達の事を見て驚き方がどうのって」
「ああ、あれですか。こちらにいる貴方達は私へ驚く事などないのですよ」
「あ、あのっ! こっちじゃ魔法少女事変ってどうなりました?」
「魔法少女事変んん? 聞いた事もありませんねぇ」
「えっと、キャロルって名前に聞き覚えは?」
「キャロルぅ? ああ、彼女ですか。エルフナインと共に僕の研究室の横の部屋を使っていますよ。今日はもう帰ったみたいですがね」
ウェルさんのその言葉に二人が目を見開いたのが見えた。どうやらキャロルがいる事が驚きらしい。
『もしもし? アニキ、どうしたんダゼ?』
「ああ、これから帰るんだけど、客人を三人連れて行きたいんだ。で、可能なら食事を三人分、頼めるかい?」
『待ってて欲しいんダゼ』
保留音が鳴ったのでその間に俺はウェルさん達へ声をかける。
「ウェルさん、予定変更します。今から我が家で飯でもどうですか?」
「……まぁそうなる気はしていましたよ。ただ、僕は食べ終えたら帰りますからね!」
「了解です。で、君達もおいで」
「え? い、いいんですか?」
「むしろ来てくれないと困るよ。キャロルやエルと会って欲しいし」
「「エル?」」
「エルフナインの事ですよ。長いという理由でほとんどがエルと愛称呼びをしている訳です」
その説明に頷く二人を見ているとミラの声が聞こえてきた。
『アニキ、OKが出たんダゼ』
「分かった。ありがとミラ」
『別にいいんダゼ。じゃ、出迎えてやるからな』
「お願い」
さて、これでよし。
「じゃあ、移動しますか」
「そうですね。さすがにここではテレポートジェムは使えませんし」
「「テレポートジェム……」」
「あれ? 知らない? キャロルやアンジェ達が使ってる結晶だよ」
「あっ、あれってそんな名前なんだ」
立花さんが理解出来たみたいな顔をする。うん、本当に響そっくり。
「あ、あのっ、アンジェって誰ですか?」
「ああ、ごめんね。君達が知ってるとすればサンジェルマンだよ」
「「ええっ!?」」
「……一々煩いですね」
「「ご、ごめんなさいっ!」」
……この感じからすると、多分生命のスープ絡みで助かっただろう人達が軒並み亡くなってるんだろうな……。
じゃ、もしかしてヴァネッサ達も? だとしたら到着した瞬間二人が絶叫するかもしれない。
そんな事を考えながら俺はウェルさんと二人を連れて公衆トイレの裏へ移動する。
「じゃ、悪いけど俺の近くに」
「は、はい」
「な、何だかドキドキする」
「まったく、こんな事なら誘いを断れば良かったですよ」
俺が足元に転送結晶を落とすと少しの間があいてから視界に広がる景色が変わる。
「はい、到着」
「ほ、本当にすぐだ……」
「ここ、どこですか?」
立花さんは初転送に驚いてるようだけど、小日向さんはすぐに現在地を聞いてくる辺りしっかりしてる。
でも、説明するのは後にしよう。何せ俺の可愛い義妹が義娘を連れてやってくるのが見えたから。
「「おかえりなさい(ダゼ)」」
「ただいま、ミラ、エルザ」
「「ええっ!?」」
ほら、やっぱり。これは本当に賑やかになりそうだ。
要家へ招待された響と未来はそこでの光景に驚きすぎて絶句するしかなかった。
まず櫻井了子がフィーネとしても生存し娘を産み落としている事。ナスターシャとセレナが生存している事。キャロルとエルフナインが双子の姉妹として仲良くしており、オートスコアラー達までも共に家族として暮らしている事。サンジェルマン達三人さえも生存していて、更にはアダムやティキまでも仲睦まじく生きている事。
そして……
「平行世界、ね。少し信じられないけど……」
「でも事実だと思うんダゼ。実際響と未来が二人いる訳だし」
「よく見れば違うでありますが、パッと見ただけでは分からないであります」
ヴァネッサ達ノーブルレッドの三人が生存し且つその体が普通の物へ戻っている事だろう。
響と未来は詳しい話を聞かないでも分かった事が一つある。それは、ここが一種理想の結末を掴んだ世界だと言う事。
届かなかった手。それが全て届いたあるいは伸ばす必要さえもなかった世界。それが今自分達がいる場所なのだろうと。
「う?」
「夢子が困ってるよキャロル」
「まぁ見た目は響と未来だし仕方ないんじゃない?」
「う~……とーさんっ!」
「はいはい、何だい?」
「ひびき? みく?」
「あー、そうだなぁ。ひびねーとみくねーでどうだい?」
「……あいっ!」
「「可愛い……」」
夢子の愛らしさに響と未来が揃って表情を緩ませる。と、そんな二人へ夢子を抱き抱えて了子が近付いた。
「良かったら抱いてあげて?」
「い、いいんですか?」
「勿論。夢子も喜ぶわ」
「じゃ、じゃあ……」
恐る恐る夢子を抱く響。そんな彼女へ夢子が嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ひびねー」
「うわっ、名前呼んでくれたぁ。って、わわっ! 未来未来っ、すっごくあったかくて柔らかい!」
「落ち着いて響」
新鮮な反応に夢子は一瞬キョトンとするも、すぐに自分の知る響と違うと分かったのだろう。嬉しそうにきゃっきゃと笑い出した。
その笑顔を見て響も未来も笑みを零す。初めて近くで触れる幼い命。その重さと温もりに二人は自然と笑顔になっていく。
そこへサンジェルマン達も帰宅すると響は軽く目を疑った。
「さ、サンジェルマンさんのお腹が……」
「大きくなってる……」
「ああ、妊娠しているからな」
「今五か月目よん」
「母子ともに健康なワケダ」
平行世界で出会っている二人であったが、さすがにこの状況は予想を超えている。それでも、それでも幸せそうに少し大きくなった下腹部を撫でるサンジェルマンを見て、響も未来も気付けば笑みを浮かべていた。
(サンジェルマンさんがこんな顔するなんて……)
(お母さん、なんだ。平行世界で関わった人とは別人だって、そう思うぐらい優しい顔してる……)
凛々しい表情や厳しい表情などは知っていても、優しく微笑む表情など見た事がない響と未来にとって、アンやアンジェと呼ばれているサンジェルマンはやはり別人なのだと強く思う事が出来たのだ。
驚きの連続ばかりの要家。そこで食事を共にし、響と未来はそれぞれ客室をあてがわれる事になる。同室でもと言った二人へ要家の人間に半分なっている響と未来がNOを突き付けたためだ。
「二人一緒で死ぬまでいるの?」
「学院も今年で最後なんだからそろそろ精神的自立、始めないとダメだよ」
自分達からの忠告に返す言葉はなく、響と未来は久しぶりに別れて眠る事に。
それでもまず二人は話し合うために響の客室へ集まった。
「未来、ここで何の問題が起きてるんだろうね?」
「分からない。聞いた感じだとアルカ・ノイズさえも問題になってないみたいだし……」
「だよねぇ。何でアラートがここから出たんだろ?」
「……明日、一旦本部へ帰って指示を仰ごうか」
「……そうだね。それがいいかも」
これまでの平行世界とは色々な事が違い過ぎる。そう判断し二人は明日帰還する事にしたのだが……
「立花さん、いますか?」
「はーい」
ノックの音と共に聞こえてきた声に返事をしながら響はドアを開ける。そこにはパジャマを持ったエルフナインとキャロルが立っていた。
「えっと、何か用かな?」
「はい、一緒にお風呂へ行きませんか?」
「お風呂?」
「我が家のお風呂はちょっとしたものなの。今ならエルザ姉さんやミラもいるけど、どう?」
「行く! 未来、聞こえてたよね?」
「うん。えっと、でも私達着替えは……」
身一つで来たために着替えなどないと言ってもいい状態の二人。だが、そんな事は既にしっかり者のキャロルが考えていないはずもなく……
「大丈夫。響と未来に借りてある」
「サイズなどはそこまで大差ないはずです」
「そっか。私達だもんね」
こうして響と未来はエルフナインとキャロルに案内される形でシャトーを、今では要家の中を歩く。
二人がこうしてまじまじとシャトーの中を見て歩くのは初めてであり、やはりどこか不思議な感覚がしていた。
「ね、二人にとってお父さんって、要さんってどんな人?」
ずっと気になっていた事を響は尋ねた。自分の世界にはいない存在であり、この家の中心でもあるシキ。その彼を父と呼んでいる二人から見て、彼はどんな人物なのだろうかと。
「父さんは……分かったと思うけどかなりスケベ」
「「え?」」
「母さん達だけじゃなくて装者の皆さんやアンさん達にヴァネッサさんまで奥さんにしました」
「しかも子供まで。かなりのスケベ」
二人からの容赦ない言葉に響と未来は気まずそうな顔を向け合う。だが……
「でも、強くて優しい」
「うん。スケベなところもあるけど、大好きです」
「……そっか」
優しい笑みを浮かべる二人を見て響は嬉しそうに笑う。自分の世界では見る事の出来なかった景色。キャロルとエルフナインが笑みを向け合い暮らしているという事に、心から嬉しく思って。
脱衣所に到着すると、既に上がっただろう響と未来がそこにはいた。
その肢体に同じ年齢であるはずの二人は目を見張った。
(うわっ、こっちの私、私よりおっぱい大きい……)
(こっちの私、胸が私よりも大きい……)
((これって、やっぱり要さんと……ぁぅ))
揃って想像するのはまだまだ自分には縁が無いと思っている行為。そんな二人を見て女となっている響と未来は互いの顔を見合わせ、小さく苦笑した。
「あれ、絶対胸を比べてるよね」
「うん、きっとそう」
「「で、エッチな事考えてる」」
小声で楽しげに話すもう一人の響と未来。そんな二人の後ろを通り過ぎるように顔を赤くして響と未来は歩いていた。
それでもチラリと違う可能性の自分達の背中や臀部を見て、自身との違いを感じてため息を吐く。当然ながら男を知っている二人の方が色気のようなものがあると感じられたために。
「どうしたんですか?」
「ため息を吐くような事があった?」
「え? あ、えっと……たはは」
「だ、男性経験があるないの差を感じ取っただけだから……」
その言葉でエルフナインとキャロルは全てを察して深く頷いた。
「まぁ、たしかにそれはあるでしょうね」
「響さんも未来さんも将来的に父さんの子供が欲しいそうですし」
「「ぁぅ」」
告げられる内容に二人は自分の事のような反応を返してしまう。ある意味で自分なのだから間違ってはいないのだろうが、今の二人にとっては中々複雑な気分になる事でもあった。
何せシェム・ハとの戦いを終え、二人はこれまでよりも強く絆を結んだのだ。そこへ突きつけられる男性との関係を持った自分達というもの。
しかもそれがどう見ても幸せそうにしか見えず、加えて子供を欲しがっているという情報である。それがどういう心境かなど彼女達には痛い程分かっていたのだ。
(赤ちゃん、かぁ。夢子ちゃん、可愛いもんなぁ。あんなに可愛い子と接してたら、自分も欲しくなるよ……)
(好きな人の子供、か……。うん、そうだよね。え、エッチしちゃう程好きな人なら子供だって……)
一糸まとわぬ姿となり、二人はエルフナインやキャロルに続く形で大浴場へ足を踏み入れる。
そこは、まるで銭湯のようだった。あまりの光景に二人は入った場所で足を止め、目の前に見える富士山に瞬きするのみ。
「んなとこで突っ立てると風邪引くんダゼ?」
「「っ」」
後ろから聞こえたミラアルクの声でようやく我に返った二人は視線を彼女へと向ける。
当然であるが響と未来がミラアルクの裸体を見るのは初めてだ。出来そこないの吸血鬼だった頃の名残などどこにもなく、綺麗な少女の姿となったミラアルクの体を見て二人は何故だか安堵するように息を吐く。
((良かった。ここの人達ってみんなスタイル凄いのかと思った……))
(なぁんか分からねーけど若干イラッとするのはナンデなんダゼ?)
それでも元来人懐っこい性格のミラアルクは響や未来とも親しくなろうと話しかける。洗い場へ案内し、響や未来と共に体を洗いながら互いの事を話題に会話をすすめたのだ。
「へぇ、そっちじゃアニキはいないのか」
「うん、要さんはいないね」
「そこがこことの一番の違いかもしれない」
「そっか。じゃ、きっとそっちのウチらはこうなってないんだろうなぁ……」
どこか平行世界の自分達の末路を察したかのような一言に響と未来の手が止まる。
「ウチらはアン達が助けてくれたんダゼ。でも、それもアニキ達がアダムと、局長とぶつかり合ってパヴァリアの方針を変えてくれたからで」
「そうなんだ……」
「で、でも体は?」
響が思わず問いかけた内容にミラアルクは若干微妙な顔をした。話してもいいのかどうかと、そんな風に取った未来は響の肩を指で突いて首をゆっくり左右に振った。
「えっと、ごめん。言い難い事聞いて」
「いや、いいんダゼ。気になって当然だと思うし」
「何を話してるでありますか?」
そこへ顔を出したのはエルザであった。その後ろにはヴァネッサもいる。
響はその視界にノーブルレッド三人がいる事と自分へ優しい表情を向けているというだけで涙が込み上げそうになったのか、慌てて顔を背けるように俯いた。
「い、いやぁ、ちょっと踏み込んだ事を聞いちゃって」
「踏み込んだ?」
「ああ、きっと体の事ね」
さらりと告げてヴァネッサはミラアルクへ目を向ける。彼女がきっと判断出来ずにいたのを二人が察したのだろうと思ったのだ。
「ミラアルクちゃん、別にいいと思うわ。この子達はもう神の力を知ってるみたいだし」
「……そうか?」
「ええ。でしょ?」
その確認に響と未来が恐る恐る頷くと、ならばとミラアルクが息を吐いて語ったのだ。
「実はアニキは神の力を宿してるんダゼ」
予想外の言葉に二人が言葉を失った。神の力で戻した。それはどこかで分かっていたが、まさかそれをやってのけたのがシキだとは夢にも思わなかったのである。
そうして話しながら体を洗い終わり、髪を洗う辺りで一旦話は打ち切られた。その間で響と未来は考えるのだ。ここでは呪詛はどうなったのだろうと。
(ここでもシェム・ハさんと戦ったのは間違いない。サンジェルマンさん達がいるから勝ったとは思うけど……)
(私の見てきた記憶じゃ、バラルの呪詛はシェム・ハがヴァネッサさんを利用する形で消滅させた。でも、こっちはそうじゃないはず。なら……)
自分達の記憶にある激戦の記憶。月遺跡から哲学の迷宮を使って戻り、文字通り死力を尽くしてぶつかり合った戦いの記憶。それを思い出しながら響と未来はある事を決める。
((要さんに聞いてみよう!))
そう決めた後はもう二人もただ今の時間を楽しむ事にした。広い湯船に浸かり、エルフナインやキャロルから色々な日常話を聞いたり、あるいはエルザ達からのそういう話を聞いたりと、本来ならば過ごせない時間を楽しむように。
風呂から上がって寝間着姿となった二人は、共にシキの部屋へ行きドアをノックした。
「はい?」
「あの、要さん、ちょっといいですか?」
「聞きたい事があるんです」
するとドアがゆっくりと開いて二人の前にシキが現れる。
「聞きたい事?」
「はい」
「そっか。じゃ、立ち話もなんだしどうぞ」
「「お邪魔します」」
部屋の中に入った二人は微かに漂う匂いに鼻を動かした。
(何だろ、この匂い……結構好きな匂いかも……)
(不思議な匂い……。アロマ? じゃないよね。要さんの匂い、なのかな?)
その匂いが何の匂いかを知ればきっと今の二人は赤面するだろう。だがシキは生憎と二人が室内に染み付いた匂いを嗅いでいるなど思わず、机から椅子を動かしてベッド近くへ位置付けるとそれへ腰を下ろした。
「悪いけどベッドに座ってもらえるかな?」
「「あ、はい」」
「それで、話って何かな?」
シキの優しい問いかけに二人は意を決して問いかけたのだ。ここでのシェム・ハとの戦いはどういうものだったのかを。
それにシキはやはりという顔をして、ならばと逆に尋ねた。
「じゃあ、その前にそっちのキャロルとの戦いはどうなったのか教えてくれないか?」
「「えっ?」」
「こっちじゃ、俺がキャロルにさらわれてね。で、俺が色々とやったりやらかしたりして現状へ繋がる一歩になったんだ。でも、俺がいなかったらキャロルはガリィ達を犠牲にして万象黙示録、だったかな。それを完成させていたって」
それだけで響と未来は悟るのだ。やはり自分達と大きく異なる結末は目の前の男にあるのだろうと。
なので響と未来は覚えている限りで魔法少女事変を語る。その結果キャロルの体をエルフナインが使っている事まで語った二人に、シキは複雑そうな表情で頷いた。
「そっか……。キャロルは最後にエルを助けてくれたのか……」
「はい……」
「あの、そういえば気になってたんですけど、ガリィ達って動くのに思い出がいるんじゃ?」
「ああ、それは色々あって改良する事で克服出来たんだよ。今のガリィ達はご飯を食べる事で活動分のエネルギーに変えてる感じ」
「「ええっ!?」」
聞けば聞くだけ驚きが出てくる。そんな風に二人は思った。更にシキはティキが今は生身となってアダムの秘書をしている事も教えたので二人は驚愕するしかない。
しかもその流れでシキはあっさりと自分が神の力を得ている事を明かしたのだからさあ大変。響も未来もそんなにさらりと教えられると思っていなかったから動揺する前に呆気に取られてしまったのだ。
まだシキの話は止まらない。二人が知りたかったシェム・ハとの戦いも簡単にではあるが話し出した。
腕輪をアダムの判断でパヴァリアで分析した結果、危険な物だと判明し破壊されたため自分の持つ神の力を狙ってシェム・ハが夢子に宿って動き出した事を。
「腕輪を……壊したんですか?」
「そう。結果的にはそれで良かったと思う。我が家としては堪ったもんじゃない事にはなったけどね」
「夢子ちゃんに宿ったって……呪詛は?」
「俺が神の力を宿せる。つまり俺は呪詛がなかったんだ。で、そんな俺の血を引いたもんだから夢子は呪詛が中途半端になってたらしい」
シキの話は続く。結果シェム・ハが神の力で体を戻されたヴァネッサをも利用し、夢子へシキから吸収した神の力を集める事で復活を果たした事を。
そこからは響と未来にとっては言葉がない展開だった。シキは瀕死の重傷を負い、ヴァネッサ達はシェム・ハによって完全な怪物へと変化させられてしまったのだから。
「……酷い」
「こっちでも同じ事したけど、あれは……」
「うん、まぁ酷いとは俺も思った。それに関しては今だから言うけど、俺はシェム・ハを許せないと思ってたぐらいだ」
「じゃ、今は許したんですか?」
「……響がさ、シェム・ハへも手を伸ばしたんだ。殺し合いたくないってね。本当に響は強くて優しいと思ったよ、あの時は」
その瞬間、響はまるで自分の事のように照れた。それを横目で見て未来が苦笑する。
そしてそんな二人を見てシキは優しく微笑んだ。
「実は、夢子はシェム・ハの巫女なんだ」
「「巫女?」」
「そう。了子がフィーネの巫女であるように、夢子にはシェム・ハが今も眠ってる。夢子が寝てる時だけはこちらへ話をしてくれるんだよ」
声こそ出さなかったが二人揃って目を見開いていた。信じられないと思ったのだ。何せシェム・ハは二人へ人の行く末を人自身に託して眠りについたのだから。
「信じられないかな?」
シキの問いかけに二人は同時に力強く頷く。それを読んでいたのだろう。シキは小さく苦笑すると椅子から立ち上がった。
「ついておいで。少しだけシェム・ハと話をしてごらん」
――それでつれてきたのか。
今は夢子しか使う者がいない子供部屋。今夜の夜泣き対策要員としてそこにいるファラがそのシェム・ハの呆れた声に小さく笑う。
「シキさんらしいですね」
「論より証拠って昔から言うからさ」
「あ、あのっ、どうして夢子ちゃんの中で?」
響の問いかけにシェム・ハは少しだけ黙り、微かに笑みを浮かべたのか少しだけ楽しげに話した。
――我へ手を伸ばしてきたのだ。もう一人のお前と、アンがな。
「アンって……サンジェルマンさん?」
「そうだよ。てかシェム・ハ、あの事をまず言った方がいいと思うよ? まぁ、あまり君からしたら気分良くない事だろうけど」
――……そうだな。だがその方が分かり易いかもしれん。我は、歌に負けた。人間の歌う、歌に。
一体どれだけ驚かされればいいのだろう。そう思って響と未来は互いの顔を見合わせた。
そこから始まるシェム・ハの話は二人には衝撃どころではない内容だった。自分達が激しく言葉と拳をぶつけ合った戦いが、こちらでは最後歌を歌っての終わりである。
それも、差し出した手を敢えて握る事なくそれを他の人類へ向けろとシェム・ハに言わしめたのだから。
(こっちの私は、本当に最後の最後まで手を握り締める事なくシェム・ハさんとまで笑い合えるように出来たんだ……)
結局最後まで拳を握る事しか出来なかった事を悔やみ響は項垂れる。だが、そんな彼女へシェム・ハはこう告げたのだ。
――悔やむ必要はない。
「ぇ……?」
――こことそちらでは違う事が多すぎる。選択肢の数や人材の数が異なるのなら結末が異なるのは道理だ。むしろここよりも厳しい状態でよく我に打ち勝った。誇れ、とは言わぬが上を向け。そちらの我が未来を託した人ならば、な。
思いもよらぬ激励に響はそっと胸を押さえた。その瞳は潤み、今にも涙が零れそうになっている。それでも、響は泣かないように笑顔を浮かべて頷いた。
「はい、ありがとうございます、シェム・ハさん」
――礼はいらぬ。シキ、もういいか? そろそろ我も寝たい。
「分かった。ありがとうシェム・ハ」
「「ありがとうございました」」
――お前達も早く寝るといい。ではな。
最後に優しい言葉までかけられ、響だけでなく未来までも笑みを零した。
「じゃ、俺も部屋に戻るよ。君達もそれぞれの部屋で寝るといい」
「「はい」」
「ファラ、朝までよろしく」
「はい」
ファラと夢子を残して三人は部屋を出る。そしてそこでシキとは別れ、響と未来は割り当てられた部屋へと向かった。
「未来、ここは……あったかいもので満ちてるね」
「そうだね。何て言うか、私達が零したものを全部零す事なく掴み取った感じ」
そこで思い出すのはシキの事。大勢の女性を妻としながら、その妻達だけでなく義理の娘や妹分からも好かれている男性だ。
彼が誰一人として失いたくないと足掻いた。それがあっての今だと、そう二人は悟っていたのである。
「……要さん、ホントにここの私達が大好きなんだね」
「……うん、だと思う」
話しながら二人は同時に足を止めた。
「ここの事、みんなに詳しく話すの、ちょっとやだなぁ」
「…………そう、だね」
響の言葉に未来は噛み締めるように返す。詳しく聞いていないが、確実にこちらの方が笑顔が増える結末は多いと思っていたのだ。
特に、今はここへ来させたくない者がいる。それは未だに喪失の悲しみが癒え切ってないであろう女性。今も自分を防人として律している凛々しい彼女がここの事を知ればどうなるのかと。
それでも報告をしない訳にはいかない。何せこの世界がアラートを発した事は間違いないのだ。
「じゃ、また明日」
「うん、おやすみ響」
「おやすみ未来」
廊下で挨拶を交わしてそれぞれの部屋へと入る二人。それは今までで初めての経験。同じ場所にいるのに何故か別々の部屋で過ごすという時間だ。
それに寂しさを感じた二人ではあったが、それでもベッドへ入ると思いの外疲れていたのかすぐに眠り、翌朝朝食を食べて一度報告に戻る事となり、ならばとキャロルとプレラーティが二人と同行する事となった。
「何かごめんね?」
「気にしなくていい。ここでいずれ面倒事が起きるならそれに対しての対策は必要だし」
「そういうワケダ。で、ゲートとやらはどこにあるワケダ?」
「えっと、本部からだと……」
本部を出て歩く響達。やがてゲートがある公園に到着するとキャロルとプレラーティが何か調べ始める。
響と未来はそれが終わるまでしばらく待つ事に。
「……これでいいワケダ」
「後は帰ってここまでのテレポートジェムを作るだけ」
「えっと、色々とご面倒おかけします」
「しますっ!」
「気にしないでいいって言ってるのに」
「本当に響はどこでも響なワケダ。未来も大変だと思うワケダ」
そのやり取りをしてから二人はギアを纏うとゲートの中へと消える。
「……キャロル、今回の事、どう思うワケダ?」
「正直分からない。ただ、良いはずがないだろうな。例のノイズ反応、あれがその兆しかもしれない」
ゲートを見上げながら二人はそう言葉を交わして歩き出す。
一方本来の世界へ帰還した響達はと言えば……
「……以上が今回の世界です」
弦十郎達含め他の装者への報告を行っていた。その内容に誰も何も言えなくなっていた。
ルナアタックから既にズレが生じているどころではない。その前段階でもあるツヴァイウイングのライブやネフィリムの起動などから大きく歴史が異なっていると言っても良かったのだ。
天羽奏の生存及び正規適合者への変化。立花一家を襲うはずの悲劇の回避。セレナ・カデンツァヴナ・イヴの死の回避とナスターシャ教授の怪我の回避。
それだけの事が要シキという一人の人物がいた事で成し遂げられていたのだから。
「……俄かには信じられんが、それが事実とすればこれまでにない可能性の世界と言えるな」
弦十郎の絞り出す声が全てを物語っていた。これまでも様々な可能性を見聞きしてきた響達。だが、今回の世界はそのどれよりも有り得ない可能性となっていたのだ。
「あ、あの、そう言えばここへ一旦帰るって言った時に要さんが渡してくれた物があるんです」
「何?」
「私達も中身は知らないんですけど、きっとこれを見せれば私達の話を信じてもらえるだろうからって」
そう言って未来が差し出したのは手紙などを入れるサイズの茶封筒。それを受け取り弦十郎が中を見た。
「……これは、写真か?」
手を入れて写真を取り出した弦十郎がそれを確認する。すると、彼の表情が一瞬にして驚愕へと変わったのだ。
「こ、これは……っ!?」
「し、師匠? 一体何が写っているんですか?」
「……全員、それなりに覚悟しておいてくれ。それぐらいの衝撃だ」
そう言って弦十郎が全員へ見せるように写真を持った。
その写真に写っていたもの。それは……
「お、お父様……奏も……」
「フィーネ……」
「マム、それにセレナ……なの?」
「パヴァリアの幹部だけじゃなくてアダムやティキまでいるデス……」
「こっちにはノーブルレッドの三人も……」
「キャロルに……ファラ、レイア、ミカ、ガリィ……」
「司令や私達までいるわ……」
「マジかよ……これが本当に現実だってのか?」
「そ、そうみたいです」
「あっ、これ、要さんの部屋に飾ってあった写真です。たしか、向こうでシェム・ハとの色々が終わった後、その赤ちゃん、夢子ちゃんの一歳の誕生日に撮ったって」
未来の言葉に弦十郎と朔也にあおいだけが頷いた。実はシキは響と未来へ朔也達の関係を教えていなかったのだ。
実際二人は妙に近い距離で写っているなと思っているが、まさか彼らに大人の男女なあれこれがあったとは知る由もない。
装者五人にエルフナインは弦十郎から写真を受け取り、食い入るように見つめていた。
「……みんな、笑ってるな」
「ああ、幸せそうな笑顔だ……」
「向こうのアタシと調の間にエルザがいるデスよ」
「うん、仲良さそう……」
「セレナが普通に年齢を重ねたら、こうなるのね……」
「僕とキャロルが赤ちゃんを抱えてます……」
全員にこみ上げる様々な想い。乗り越えたはずの悲しみ、悔しさ、苦しみ、寂しさ。それらが波のように襲ってくる写真である。
それでも、誰も目を逸らそうとはしない。それは、同時に喜び、嬉しさ、感動、温もりに溢れた写真だったからだ。
それが自分達の世界では二度と有り得ない事と知るから、彼女達は複雑な心境で写真を見つめ続けた。
「……響君、未来君、申し訳ないがまたその世界へ向かってくれ」
「え? 私達でいいんですか?」
「嫌か?」
「い、いえ、そんな事はないですけど……」
明らかに他の者達も行きたいのではないかと気を遣っている響と未来。それを察して弦十郎は目を閉じると噛み締めるように告げる。
「今回は、可能な限り二人で当たって欲しい」
「「っ!?」」
「見ての通り、翼やマリア君でさえ心を乱しに乱されている。あんな状態では、とてもではないが事には当たれないだろう」
静かに響と未来が振り向けば、その視線の先には今も写真を見つめて動かない翼達の姿がある。弦十郎の言っている事は正しいと思い、二人は顔を彼へと向けた。
「俺とて、死んだ兄が生きていて、しかも娘やその仲間達と笑みを浮かべているあれに心を動かされない訳ではない。だからこそ、今は君達に頼みたい」
「分かりました。行こう、未来」
「うん。何かあり次第、また報告に戻ってきます」
「頼む」
こうして再び響と未来はゲートを渡って平行世界へと向かう。
(私も、ちょっとだけ複雑にはなる。向こうの私は、きっとお父さんが今も実家でお母さん達と一緒に暮らしているはずだから……)
(言わなくても良かった、んだよね? 向こうのマリアさんが妊娠してるって……)
シキの妻として自分達が惚れ込んでいる事。それを言えないまま二人はシキ達の世界を目指す。そこで待ち受ける恐ろしい相手を知らずに……。
以前のIFでは出来るだけ他の装者を呼ばないように、シキ達の世界を隠すようにとしましたが、今回はむしろ先にその異常さを見せつける事で他の装者が呼ばれないようにしました。
次回、まさかのあの人の意外な一面が明らかに……。
次回更新は……未定です(汗