ここから以前のIF編との違いが大きくなっていきます。
「「「おはようございます……」」」
朝、俺達の前に姿を見せた来客三人はいかにも寝不足といった顔だった。
「お、おはよう。えっと、寝れなかったの?」
「「「…………はい」」」
しかも奇妙に反応が揃ってるときた。
そう、俺の顔を見ようとしないのである。
……これ、寝不足の原因って俺じゃないか?
そうなると理由も一つしかない、なぁ。
でも見せてもいないし舐めさせてもいないのに寝不足になるかね?
むしろそれで余計興味を覚えた? いやいや、そこまでムッツリな三人じゃ……。
「「「……何ですか?」」」
「いや、何でもないよ」
うん、ムッツリな三人でしたね、そういえば。
ある意味この三人で良かったかもしれない。これが切歌や調だったら無垢に聞いてきてただろう。
それにしても、そっかぁ。匂いだけでも駄目かぁ。
思い返してみれば翼も最初俺のチンポの匂いで暴走しかけたんだっけ。
あの頃よりも俺の能力強くなってるし、そりゃオナニーしちゃってもおかしくないか。
まぁ、そんな事があった以外はいつもの朝食風景が展開される事となった。
「今朝のサラダはシンプルにトマトサラダであります! さっとドレッシングしてありますが、物足りなければ個別にドレッシングをかけて欲しいのでありますよ」
エルザはすっかりサラダ作りが日課となり、最初の頃は盛り付けだけを考えていたのが、今や食材選びや手作りマヨネーズを用意したりと凝り出している。
さすがに菜園を作って野菜から育てたいと言い出した時は止めたものの、将来的にはありかなとも思うので視野にはいれておく。
訃堂さん、だとエルザに甘いから八紘さんか弦十郎さんに相談するのが良いだろうな。
どちらかの家の庭を借りて家庭菜園をやらせてもらうのがいいと思うし。
「必要ないと思うわよ~。お姉ちゃんはこれぐらいで丁度いいわ」
「この味、醤油か? ウチ好みなんダゼ」
「はい、醤油ドレッシングであります。ボウルとザルを用意して、そこへドレッシングを回しかけた後引き上げたんであります。ただレタスはともかくトマトはその味を大事にしたかったので、トマトはその作業が終わってから乗せてあります」
「エルザ姉さん、どんどんサラダへのこだわりが凄くなってる……」
「うん。でもとても美味しいです、エルザ姉さん!」
「それは良かったであります。エルやキャロルに喜んでもらえるのが一番のご褒美なのでありますよ」
すっかりお姉ちゃんが板に着いたエルザに、俺だけでなくフィーネ状態の了子やヴァネッサ達も微笑む。
見れば立花さんと小日向さんはともかく風鳴さんは驚きを露わにしていた。
まぁ彼女の世界じゃエルザは怪物のまま亡くなっただろうし、そもそもキャロルもいないからな。あんなやり取りさえも想像出来なかったに違いない。
「まぁもっとも……」
小さく呟いて視線を動かす。
そこは妊婦となった俺の奥さん達が集中している場所だ。
了子、奏、マリア、ヴァネッサ、アンジェ。五人もの妊婦がそれなりに大きくなったお腹をしているのはいつ見ても強い幸福感と責任感、そして少しの興奮を与えてくれるのだが……
「やっぱり動き難そうだね。大変?」
「そりゃね。でも、幸せだよ。やっと、やっと念願叶ったんだからさ」
「貴方も好きな男が出来て、肌を重ねれば分かるわ。こっちの翼はそうなったし」
「そ、それは……そうかもしれないけど……」
風鳴さんは奏のお腹を優しく撫でながら、まるで数か月前のエルのような目をしていた。
そこへ投げ込まれたマリアの言葉に顔を赤くして声が小さくなっていく。
生憎神の力のおかげかせいかで俺にはしっかり聞こえているんだけども。
「アンさん、この子の名前は考えてるんですか?」
「いえ、まだよ。やはり今の内から考えておくべきかしら?」
「それがいいと思います。要さんと二人でいっぱい考えてあげてください。きっと、その気持ちがこの子にも伝わりますし」
立花さんはアンジェの傍にいた。基本立花さんはキャロルやアンジェの近くにいる気がする。
おそらくだけど、本来の世界では手を繋げなくなった相手だからだろうな。
「え? じゃあ了子さんとフィーネさんに分かれられるかもしれないんですか?」
「そうなのよん。ただ、ご想像通り簡単にはいかなくてねぇ」
「今、錬金術とシェム・ハの知識を組み合わせて模索している最中なの。科学的にはそもそも二重人格を分離させるなんて、ね?」
「そう、ですよね。でも、出来たらいいですね。了子さんもフィーネさんも本当は別人なんですから」
残る小日向さんは了子とヴァネッサと会話中。
ちなみに了子の言ってる事は本当だ。
フィーネとして妊娠した事で神の力が妙な作用をしたらしく、了子とフィーネの共存とでも言うべき関係性は少々難しくなってきたそうで、今では二人のスイッチングは若干のタイムラグを必要とする。
つまりはチューニングや待機時間が必要なのだ。これをフィーネは魂の分離が始まっていると感じていた。
シェム・ハもその意見に同意し、原因は俺とフィーネ、了子三人の意見が一致してしまったからだろうと読んでいる。
――お前達がそれぞれで愛し合いたいと願ったからこうなってきているのだ。
俺が夢子を了子の、今宿っている命をフィーネの子として育てたいように、二人も自分の子供をその手で、体で育てたいと強く願った。
それを俺の力が汲み取り、叶えようとしているんだそうだ。ただ、元々フィーネとなったはずの了子の魂を俺の能力で半々へ戻したもんだから、一気に分離とはいかないらしい。
で、現在了子達は前代未聞の、一種神の領域へ手を出している、らしい。
まぁアンジェ達は錬金術でとうの昔にそんなとこへ手を出しているので今更だそうだけど。
「とーさん」
聞こえた声に顔を動かせば、ミラが夢子を抱えてそこにいた。
「ミラ? どうして?」
「いや、夢子がずっとアニキの方を見てるからさ。何か用でもあるのかもって思ったんダゼ」
「とーさん、たべなきゃ、めっ!」
言われて気付く。そういや俺まだ何も口にしてないなと。
「まっ、そういうこった。アニキ、考え事するのはいいけどさ。まず食べるだけ食べてからにするんダゼ?」
「……ああ、そうする。ありがとな、夢子、ミラ」
そう告げると二人揃って笑みを返してくれる。
血の繋がらない妹分と血を分けた娘。
だけど目の前の二人はちゃんとお互いを家族として認識して過ごしてくれている。
それが俺には一番嬉しい事だ。願わくば、夢子が大きくなってもそう思ってくれるといいんだが……。
そこから食事を進める事にしてご飯やみそ汁などを食べていく。
我が家は基本は米を食べる傾向だが、朝に関してはパンもない訳ではない。
ファラ達に前日から要望を出せば最近導入されたホームベーカリーで焼き立てパンが食べられるのだ。
ちなみにその購入希望を出したのはミラ。ただ、これはパンが食べたいのではなくケーキを焼くのにも使えるからという考えからだった。
実際もうミラが何度かケーキを焼いてくれている。とはいえその味見役は主に俺ではなくスコアのみんなやエル達妹組だけどな。
評判を聞くに失敗はしていないらしい。俺も二度程食べさせてもらったけど美味しかった。
「それで、そっちの三人は今日どうすんだ?」
そんな中、クリスが立花さん達へそう問いかけるのが聞こえた。
「それなのだが、私は出来れば謎のノイズ反応とやらが確認された場所を見てみたい」
「えっと、私はこっちのアダムさん達に会ってみたいかな」
風鳴さんと立花さんはそれぞれに行き先希望があるらしいが小日向さんはないようだ。困ったような顔をしているのはそういう事だろう。
「小日向さん、特にないのならクリスを連れてそっちの世界へ戻ってくれないか?」
「クリスを連れて、ですか?」
「ああ。何となくなんだけど、君達の話を聞いてるとこの世界の人達だけじゃ対応出来ないか、出来ても相当厳しい事が起きるんだと思うんだ。なら、こちらへそっちの装者全員に一度来てもらった方がいいと思う。ただ、一度に全員で来るのは難しいだろうから今回はクリス同士の入れ替わりって感じで」
「ああそっか。あたしなら基本自由だもんな。家事の方もあたし一人抜けても向こうのあたしが来るならそこまで痛手にならねぇ」
「多分ね。あっ、クリス。分かってるとは思うけど」
「シキの事は詳しく話さないようにするっての。心配すんなって」
仕方ねぇなって顔のクリスにホッとした。
いや、風鳴さんの食いつき方的に絶対向こうの切歌や調が気にすると思ったのだ。
こうして朝食終わりで立花さんはリオやレティと一緒に結社の方へ、風鳴さんはエル達と一緒に本部へ、小日向さんはクリスと一緒に例の公園へ転送結晶を使って移動した。
で、俺は身重な奥さん達と一緒に風呂場へと向かう。
何も入浴するのではない。いや、それもするんだけど今ではない。
男湯の脱衣所へ入り、五人の奥さん達の手伝いをする。
三か月や四か月の頃はともかく、六か月を過ぎた辺りだと何をするにも大変なのだ。
「……これで良しっと」
「ありがとう、アナタ」
最後のフィーネを裸にしたら俺自身が裸になるだけ。
全裸となった五人もの妊婦を連れて俺は浴場へと進む。
そのまま奥さん五人は湯船の縁へ腰かけるように足を湯へつける。
「それで? どうして向こうのクリスを?」
五人を代表してマリアが口を開く。
そうそう、身重となった五人はある意味で俺とのセックスをしていない。
安定期になるまで出来なかったのと、残りの奥さん達(特にクリスやリオにレティ辺り)からの子作りアピールが凄かったせいもある。
……それでもしっかり定期的にフェラなどで愛を確かめ合ったりしてたけど。
「まぁ、一つは向こうに残ってる装者の中で一番こっちに対しての理解が早そうって事かな」
「もう一つは?」
「こっちと向こうの違いを先入観なしで客観的に説明出来るから、かな? マリアだと自分が妊婦って事に動揺したり混乱して大変だろうし」
そして言わずもがなだが、切歌や調ではそもそもお義母さん達の存在で動揺し過ぎて話にならないだろう。
その後は、まぁ、五人の奥さん相手にハッスルさせてもらった。
何せアンジェとヴァネッサからねだられたのだ。
――し、シキ? そろそろしてもいいって医者が……ね?
――それに了子さんから聞きました。夢子ちゃんがお腹にいる時、大分盛り上がったみたいですね。
期待するアンジェと若干拗ねるヴァネッサ相手に俺は久々のボテ腹エッチを楽しむ事となる。
勿論そうなればマリアや奏だって黙っていないし、フィーネもあの頃を懐かしむような顔で、だけどあの頃よりもデレ巫女状態で迫ってきたのだから、なぁ。
神の力が加わった生命のスープ完成版をたっぷりと体の中と外に浴び、五人の妊婦が妖艶に微笑む姿は色々と、こう、凄かったです。
それと五人のおっぱいから母乳が噴水のように噴き出した事も、かね。
いや、あのシェム・ハの一件の時にヴァネッサやクリスが出した事はあったけど、まさかあんな勢いで出てくるとは思わなかった。
何せその快感だけで五人してイったぐらいだし。
「……これは翼やセレナが妊娠した時が楽しみだ」
そう呟きながら俺は気を失っている奥さん達の体を一人で綺麗にしていく。
あってよかったなぁ、神の力。
「へぇ、平行世界なんてあるんだぁ」
私の目の前にいるのはティキ、ちゃんでいいかな?
可愛いピンクのスーツ姿でアダムさんの秘書をしてるってアンさん達が教えてくれたけど、本当に明るくて人懐っこい感じでビックリ。
これが元々はオートスコアラーだったなんて信じられないよ。
ただ、私もその事は知ってるから余計驚きではある。
今なんて私の事をまじまじと見つめて不思議そうな顔をしてるし。
「そうなのよ。もう話したと思うけど、この子達のとこじゃあーし達はお星さまになったみたい」
「まぁ、シキがいなければない可能性ではないと思ったので納得出来たワケダ」
「成程ねぇ。たしかに違うね、雰囲気が」
「ち、違いますか?」
自分じゃそこまで分からないんだけどなぁ。
「ああ。僕がよく知る立花響は少し上だね、スタイルが、君より」
「あ~……」
それは納得するしかない。だ、だってこっちの私は要さんと、え、エッチしてるんだもん。
そこから少しだけアダムさんやティキちゃんとお話させてもらった。
私達が来た意味と予想される展開なんかも含めて色々と。
リオさんやレティさんが私の足りないところを補う形で説明したりしてくれて、とっても助かった。
だけど、本当にここは凄い。あの奏さんの世界も凄いと思ったけど、ここはそれ以上だ。
アダムさんは一度要さん達と戦ってるし、ティキちゃんも神の力で暴れさせられた事がある。
なのに、今はこうして笑い合って手を繋いでいる。
それを可能にしたのが要さん。勿論要さんだけの力じゃないけど、あの人がいたからこの状況がある。
……私が、繋ぎたくて繋げなかった手。それを全てどころか、繋ぐ事さえ思わなかった人とも繋いでる人。
一番驚いたのはやっぱりシェム・ハさん。しかも、あんなに優しい言葉を私にかけてくれるなんて思わなかった。
ヴァネッサさん達やアンさん達もそうだし、キャロルちゃん達なんてどの平行世界でも実現出来てない光景だ。
ここは、あったかさで溢れてる。だからこそ絶対守りたい。
「ねぇ、あなたの事、何て呼んだらいい?」
「え?」
「だって響はもういるもの。それに同じ呼び方じゃ二人一緒にいる時に分からないじゃない」
「ティキ、聞くといいよ、そういう時は。いるじゃないか、既にその状況にいる者達が」
「つまり……」
「私達と言うワケダ」
そこでティキちゃんの顔がリオさんとレティさんへ向いた。
「何て呼んでるの?」
「あーし達はちゃん付けで区別してるわ」
「あるいは立花と、そう呼んでいるワケダ」
「たちばなにちゃん付けかぁ。それでいいの?」
「えっと、逆に何か問題かな?」
私としては何も問題ない。むしろあのカリオストロさんやプレラーティさんに親しげに、あるいは気軽に呼ばれて嬉しかったぐらいだ。
「だってちゃん付けって子供扱いみたいじゃない。で、たちばなだとよそよそしい気がするし」
困った顔でそう言うティキちゃんに心があったかくなる。
こんな子、だったのかな? ううん、きっとこんな子になれたんだ。
笑顔がとっても可愛くて、声もとっても明るくて、無邪気で素直な、そんな子に。
「じゃあさ、私と友達になってくれるかな?」
「友達?」
「そう。友達同士ならちゃん付けで呼ぶのは子供扱いじゃないんだ。むしろ愛称みたいなものだよ。私がクリスちゃんって呼ぶみたいなもの」
「そうなんだ。うん、いいよ」
そこでティキちゃんは迷う事なく手を差し出してきた。
これって……そういう事、だよね?
「もう響とは友達だから、あなたとも、響ちゃんとも友達になるわ」
「……うん、ありがとうティキちゃん」
繋ぐ手はあったかくて、柔らかくて、何だかとっても心に響く握手だった。
その後私はお仕事があるリオさん達と別れて、ティキちゃんの案内で建物の中を案内してもらう事になった。
その途中でティキちゃんから色々とお話を聞く事が出来た。
どうやってティキちゃんが今のようになったのか。ピンクのスーツはどういう考えで着ているのか。そういうティキちゃんに関する色んな事をだ。
そこで分かったのは、やっぱり要さんが鍵って事。
要さんはアンさん達に捕まってる間、よくティキちゃんと喋ったりして仲良くなったらしい。
「ティキが出来る女を目指したのもシキのおかげなんだから」
「そうなんだ」
アダムさんの事が大好きなティキちゃんへ、要さんは相応しい女性になった方がいいって色々と教えていったみたい。
言葉遣いや態度に始まり、考え方とかお父さんみたいな感じで。
それと、アダムさんがあの怪物状態になってもトドメを刺さなかったのはティキちゃんのためだって事も。
「シキはね、ティキのためにアダムを止めてくれたの。アン達が教えてくれたんだ。シキは最後までアダムを止めるって言い続けたって。アダムを殺しちゃったらティキが悲しむ。だからそうするとしても、それはティキの気持ちを聞いてからだって」
思わず足が止まった。
「それで、ティキちゃんはどうしたの?」
「起きたらアダムがティキへ謝ってくれたの。今までティキの事をちゃんと見ないでごめんねって。これからはちゃんとティキを見ていくから許して欲しいって」
そう言って微笑むティキちゃんは、とっても大人な感じがした。
「シキがアダムにティキへ謝ってくれって何度もお願いしたって、後からアダムが教えてくれたんだ」
「そっか……」
詳しい話はティキちゃんも気を失ってたから知らないみたいだけど、要さんがアンさん達と一緒にアダムさんを止めた事だけは分かった。
帰ったら聞いてみよう。要さんでもアンさんでもいいからその時の話を、少しでも。
ちなみに案内が終わった後、ティキちゃんにこう言われた。
――何か響と違う目印みたいな物付けて。出来ればリボンとか一目で分かるのがいいな。
なのでこっちにいる間は何か髪飾りでも付けようかなって思う。
いっそ未来とお揃いのリボンとか付けてみる? 似合うかな?
そんな事を思いながら私は一人シャトーへ、要さん家へ帰る。
テレポートジェムを使った時、ちょっとだけ緊張したのは内緒。
「おっ、おかえりなんダゼ」
「ただいま、でいいのかな?」
シャトーに着いて少し歩くとエプロンを着けたミラちゃんと出会った。
手には雑巾を持ってるけどお掃除中なのかな?
「お掃除?」
「ん? ああ、そうなんダゼ。ドアノブを拭いて回ってるとこダゼ」
「ドアノブ?」
「そ。意外と汚れてるんダゼ?」
成程。毎日触るし、手垢とか付くもんね。
と言う事で私もお手伝いする事にした。
二人でやった方が早く終わるし、ミラちゃんとももっと仲良くなりたかったから。
――じゃ、右側のドアはウチが担当するから。
――うん。左側は任せて。
ドアノブを拭きながらミラちゃんの事を教えてってお願いすると、ミラちゃんはちょっと照れくさそうにしながら話してくれた。
ヴァネッサさんとエルザちゃんと励まし合ってた事や、アンさん達に助け出されて要さんと出会った事。ここで家事手伝いをしながら人間らしい生活を送れる事になって三人で泣いた事。
そんな風に色んな事を話してミラちゃんは最後にこう言ったんだ。
――ウチらは体を怪物にされて、知らない間に心も怪物になりかかってた。それをこの家が止めて治してくれたんダゼ。だからシェム・ハが完全な怪物の体にしてもウチらは怪物になり切らなかったんダゼ。
その言葉を聞いて、私は自分の世界で出会ったミラアルクちゃんを思い出す。
きっとあの子は心まで怪物にされちゃったんだろうって。
多分そうなるしか道がないってところまで追い詰められたんだ。
「なぁ」
「え?」
若干思いつめたような顔をしてたのかな。気付いたらミラちゃんが隣にいた。
「そっちのウチらと何があったかは聞かないけどさ、これだけは覚えてて欲しいんダゼ」
「覚えてて欲しい?」
「ん。その、ウチらと向き合ってくれてありがとうって、きっとそう思ってるって」
「ミラちゃん……」
「そうやって時々思い出してくれるだけでもいいから、そっちのウチらの事、覚えててやって欲しいんダゼ」
そう言ってミラちゃんは優しく微笑んでくれた。
その言葉はまるで、私達を最後には助けてくれたノーブルレッドからの言葉みたいに思えて、少しだけ鼻の奥がつんとした。
「うん、忘れないから。絶対、絶対忘れないから」
「おう、そうして欲しいんダゼ。そっちのウチらも、こっちのウチらも」
「うんっ!」
何とか泣かないように笑顔で返事をすると、ミラちゃんが嬉しそうに笑って頷いてくれた。
本当に、ここはあったかい。繋げなかった手が、私へ優しい言葉をかけてくれる。
気にしてないよって、想いは伝わってたからって、そう言ってくれてるみたいに。
……向こうへ帰ったらヴァネッサさん達のお墓、作ってあげたいな。
そこに三人はいなくても、三人の事を必ず思い出して、ここにいたんだって分かる場所は必要だと思うから。
「へぇ、本当に変わらないんだな」
そう言ってクリスは周囲を見回すと、最後にギャラルホルンへ目を向けて不思議そうな顔をした。
実際初めて平行世界移動をするとそうなると思う。私だって平気というか慣れるまでちょっとかかったし。
そこから二人で発令所を目指して歩き出す。
今回は司令に要さんがクリスに、えっとこっちのクリスに来て欲しいって言ってる事を伝えないといけない。
その後でこっちのクリスに会って、向こうのクリスに残ってもらって……考えながら自分でも若干混乱してくるなぁ。
「……分かった。こちらとしても代わりにそちらのクリス君が、いや要君が残ってくれるのならクリス君が向こうへ行くのを許可出来る」
「そりゃ良かった。にしても、おっさんはどこでもおっさんのままなんだな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
そんなやり取りをしてから私達は休憩所へと向かった。
クリスがそこにいるって聞いたからだけど、私は自分のうっかりさを呪った。
「あれ? 未来さん?」
「どうしたデスか? もうあっちの事件ってクリス先輩デースっ!?」
休憩所にはクリスだけじゃなく切歌ちゃんや調ちゃんまでいた。
当然私の後ろにいたあっちのクリスに気付いて目を丸くする。
ただ、クリスだけはもう一人の自分と会った事があるからか冷静だった。
「落ち着け。で、何だ? 先輩の次はあたしか?」
「話が早くて助かる。シキの奴が今回の事はきっとこっちの装者全員の力を借りる事になるかもしれないって考えててな。で、あたしがこっちに残ってるからその間そっちはあたしらの世界に来て欲しいんだと」
「……目的は?」
「え、えっと、今回はクリス同士の入れ替わりでクリスに向こうの事を知って欲しいみたい」
「そういうこった」
それだけでクリスは理解してくれたみたいで、ソファから腰を上げるともう一人の自分を見つめた。
「後輩どもを頼む」
「おう、いいぜ。何なら勉強とかも教えてやるよ」
「ホントデスか?」
「切ちゃん、あっちもクリス先輩だから教え方は同じだよ?」
「心配すんなって。あたしはそっちと違って多少優しくしてやるっての。何せ今はエルザの勉強を見てるんだからな」
「「「エルザ!?」」」
あ~、もう知らない。なので説明を向こうのクリスに任せた。
でも向こうのクリスは平気な顔で三人からの質問を上手くさばいていた。
答えられる事は答えて、答えられない事は素直に言えないって言って、答えにくい事は自分の目で確かめた方がいいって返して。
ある程度質問したからか、クリスはもう聞くよりも自分で見た方が早いと感じたみたいで、私の傍に来ると「行こうぜ」と声をかけてギャラルホルンがある場所目指して歩き出した。
私は一旦三人へ声をかけてからその後を追った。
クリスは少し歩いた先で私を待っててくれて、そこからは隣り合って歩いてギャラルホルンを目指す事に。
「なぁ、そのシキって奴はどんな奴だ?」
ギャラルホルンへ入るとクリスがそんな事を聞いてきた。
どう答えたらいいかなって考えて、思い浮かんだのはこんな一言だった。
「不思議な人」
「不思議、なぁ」
「会ってみれば分かってくると思う。えっと、色々と」
「まぁ、それが一番か」
そこからしばらく会話はなかった。
ゲートから出てきた時もクリスは驚きもしなかった。ただ、またこの公園かって呟いたぐらい。
けど、私がテレポートジェムを取り出した時は凄く驚いた顔をした。
それが少し可愛くて笑っちゃった。でもそれがクリスは恥ずかしかったみたいで顔を背けられたけど。
「……本当にこんなとこに住んでんのかよ」
シャトーに到着するとクリスは周囲を見て信じられないって声を出した。
「あっ、未来とクリスさんであります。おかえりなさい」
「エルザちゃんただいま」
気持ちは分かるよって言おうとしたら、そこへ丁度エルザちゃんがやってきた。
で、当然ながらクリスは目を見開いて驚いた。
「え、エルザ……」
「? 私の顔に何か付いてるでありますか?」
「えっと、エルザちゃん、こっちは私達の世界のクリスなの」
「……ああっ! そういう事でありますか。では、雪音さんと呼ばせてもらうでありますよ」
「お、おう、それは構わないけど……」
多分だけど、記憶にあるよりも明るく元気で人懐っこいエルザちゃんにクリスは戸惑ってるんだと思う。
私はそもそも本来の世界でエルザちゃんと会話した記憶はないけど、こんな風に接してはくれないだろうと思うし。
「そういえばエルザちゃんはどうしてここに? 勉強してたんじゃないの?」
エルザちゃんは来年度にリディアンへ入ってこっちの切歌ちゃんや調ちゃんと同学年になるって聞いた。
三人で最後の学院生活を、学生生活を送りたいって事みたい。
「そうなんでありますが、やはり一人では捗らないのでありますよ」
「それで気分転換に散歩?」
「と言うよりはお父さんを探しているんであります」
「お父さんだぁ?」
「要さん?」
「はい!」
そこでエルザちゃんが教えてくれたのは、要さんのお仕事が献血ぐらいしかない事だった。
どうして献血が仕事なのかを聞いたら、その流れで要さんが神の力を持ってる事がクリスにも知られる事になったけど、きっと遅かれ早かれ教える事になってただろうから良しとした。
何だか順調に私もここの空気に染まってる気がするなぁ。
早速クリスはエルザちゃんから勉強を教えて欲しいって頼まれて、どうしたらいいみたいな顔をこっちへ向けてきた。
だから私は考えた。要さんがいたらどう判断するだろうって。
答えは簡単。エルザちゃんの事を優先する。
「し、仕方ねぇな。ほら、行くぞ」
「はい、よろしくお願いするであります」
基本的にクリスは無条件に甘えて頼ってくる年下に甘い。
エルザちゃんはこっちのクリス相手に面倒見てもらってたから余計かも。
今も自然と手を繋いでクリスが照れてる。何だか友達って言うよりは姉妹、かな?
「さてと……要さん、お部屋にいるかな?」
エルザちゃんの話が本当なら部屋にいる可能性が高い。
とりあえずクリスを連れてきた事を教えよう。
「……でも」
要さんの部屋に入るのは、ちょっとだけ怖い。
あの匂い。生命のスープの匂いが染み付いてるから。
初めて、だった。男の人を想像して一人エッチしちゃったのは。
多分だけど、要さんがこっちの私の恋人なのも関係してるんだと思う。
それでも私の足は要さんの部屋へ向かって動く。
そこで怖いと思いながらもどこかで楽しみにしてる自分がいる事に気付く。
あの匂いを、嗅ぎたいって思って。
あっという間に要さんの部屋の前に到着する。
一度だけ深呼吸をしてノックすると返事がない。
「要さん? 私です。小日向です。いませんか?」
声をかけても返事がない。まだ本部にいるのかな?
「どうかしたのか?」
「……ミカ」
聞こえた声に振り向くと、そこにはメイドさん姿のミカがいた。
小っちゃくて可愛い見た目と相まってお人形さんみたい。
でも、これでも力は強くて重たい物も楽々運べるって聞いた。
「シキに用なのか? ならここにはいないゾ」
「えっ? ミカはどこにいるか知ってるの?」
「とーぜんだゾ。大広間って分かるか?」
その問いかけに頷くとミカはそこに要さんがいるって教えてくれた。
お礼を言ってそこへ向かう。
でも、何で大広間なんかにいるんだろう?
閑静な住宅街の一角。そこが私が案内された場所だった。
「ここが最初に反応が出た場所か……」
聞いていた通りノイズが出たような形跡はなく、ただ普通の街並みがそこにはあるだけだ。
「どう? 何か分かりそう?」
「いや、役に立てそうにはないな」
「そう……」
そう告げるとここまで案内してくれたセレナが残念そうに肩を落とした。
現在あの家で、いやこちらの装者で自由に動けるのは雪音と彼女だけ。
そして雪音が小日向と共に出かけた以上必然的にセレナが残る。
それにしても、やはり感慨深いものがある。
あの幼い少女のセレナしか知らないからか、この正しく時を過ごしたセレナはまさにマリアの妹と思える程の容姿をしていた。
姉妹揃って美の女神に愛されているようだと改めて思う程だ。
同性の私でさえもマリアとセレナが並び立つと感嘆のため息を吐いてしまう。
「一応二番目の場所も聞いてきてるけど、どうする?」
「そこまではいい。ここだけでも異常さと不気味さは分かったつもりだ」
ノイズ反応があったにも関わらず、一切その形跡もなければ痕跡もない。
まさかカルマ・ノイズかとも思ったがそれだとしても不自然だ。
こうなると考えられるのは新種のノイズ、だろうか。
アルカ・ノイズの新種、かもしれない。
「セレナ、こちらではアルカ・ノイズはどうなっている?」
「え? えっと、まず使用されたらキャロルが気付いてくれて」
「は?」
今、彼女は何と言った? 有り得ない答えが返ってきた気がしたんだが……。
「で、そのまま可能ならキャロルが自滅させて、無理だったり場合によっては私達かパヴァリアで動いて処理?」
「…………自滅?」
停止しそうな思考を何とか踏み止まらせて問いかけた。
聞き間違いであってくれとどこかで願いながら。
「あ、うん。キャロルはアルカ・ノイズを完成させた時に、保険として自分しか出来ない方法で自滅プログラムを仕込んだのって、どうしたの?」
「何でもない。少々めまいがしただけだ……」
思わず天を仰いでしまった。
私達が苦々しく思っているアルカ・ノイズ。その対処がこちらではこうもあっさりと終わっているとは。
それだけではない。パヴァリア側とも協力関係を築き、そもそも錬金術師達の暴走をしっかりと抑えているのもある。
こちらの私達が妊娠出来るのもこういうところにあるのだろう。
アルカ・ノイズの心配など皆無であり、ノイズも全滅した今、シンフォギアが求められる状況などそう多くはない。
私達が望む世界が、ここなのかもしれないな。
ヘルメットを手に取りバイクへ跨る。こちらの世界の私が所有する物だ。
車よりも小回りが利くし、何より止める場所に困らないため借り受けた。
セレナもヘルメットを被って後部に乗ると私の腰当たりへ腕を回す。
「いいよ」
「分かった」
周囲に気を付けながらアクセルをゆっくりと解放する。
ここから目指すのは本部、ではない。
「この先を左」
「左だな」
言われるままにバイクを動かす。
平和な世界だと心から思う。ノイズやアルカ・ノイズの脅威は消え去り、シンフォギアは災害救助が主な役割となっているのだ。
それだけではない。シェム・ハやお爺様までも要さんを介して手を取り合い、錬金術師達さえもパヴァリアを通じて抑え込んでいる。
まさしく手を繋ぎ合った結果の平和だ。立花がここを気に入るのも無理もない。
私とて、眩しく思うぐらいだ。奏がいて、お父様がいて、お爺様さえ緩やかに変わり出している世界など。
「ねぇ翼」
「何だろうか?」
目的のスーパーが見えた辺りでセレナが話しかけてきた。
まだ何か指示があるのだろうかと思いながら声を返すと……
「そっちではどうなってるか知らないけど、あまり思いつめたり悩んだりしないで欲しいな。そっちから見ると幸せそうに見える私達も、色々と思う事や悩む事は沢山あるんだから」
と、そう優しい声で言われてしまった。
思わずブレーキをかけそうになる程、温もりに溢れた声だった。
「……そんなに私の心境は分かり易いだろうか?」
何とか出せたのはそんな言葉だった。
強がりではない。純粋な感想だった。
「ううん、そういう事じゃないよ。そっちにはきっと私はいないし奏もいないと思ったから。そこから想像したの。もし私が姉さんを失っていて、奏とも知り合えなかったらって」
「奏と?」
「私、戦う事が嫌いだった。ノイズとは平気だったけど、それでもどこか迷いや躊躇いがあった。そのせいでアルカ・ノイズと初めて戦った時、奏が私を庇ってギアを分解された事があって」
そのセレナの話はバイクを止めるまで続いた。
それにしても、意外だ。こちらの奏とセレナにそんな事があったとは。
思い返してみればあの奏とセレナも平行世界の者同士として意外と仲が良いようだったし、相性はいいのかもしれない。
だからか私はスーパーへ入った後セレナに奏との関係について尋ねてみた。
すると思ってもいなかった言葉が返ってきた。
「もう一人の姉?」
「うん。少なくても私は奏の事をそう思ってる。年齢は同じだけど、心理的には若干奏の方が上って感じかな」
まさかこちらのセレナが奏を姉と思っているとは。
しかも話を聞く限り、奏もセレナを友人と言うよりは妹分と見ているきらいがある。
それだけセレナが保護欲をそそるのだろうか? あるいは奏が姉御肌故かもしれない。
「翼って、そっちに何でも相談出来る人か、愚痴とか言える人、いる?」
買い物を終えて本部へ入った途端、セレナからそう尋ねられた。
私が何でも相談出来て、愚痴などを言える相手、か。
奏を失ってからは、そういう相手はいなくなってしまったな。
「いや、いない」
「そっか。じゃあ、これからは私がなってあげる」
「え?」
思わず横を向くと、そこには慈愛の女神がいた。
優しげな表情で笑みを浮かべ、私を真っ直ぐ見つめる女性が。
「私なら何でも言えるでしょ? だって住む世界が違うし、年上だし」
「だ、だが……」
「奏にお願いしてもいいけど、翼にはこっちの奏って違和感強いでしょ?」
反論出来ない言葉だった。私の知る奏とここの奏は違い過ぎる。
妊娠している事がその大きな要因であるが、それ以外にも要さんへ甘える姿も要因の一つであった。
そう考えれば、一番見た目からしても私の知るセレナと違い過ぎる彼女の方が違和感は弱い。
見た目が大きく異なる事で彼女は私が知るセレナとは別人なのだと強く認識出来るからだ。
「翼って強そうに見えて、本当は繊細で脆いところがあるから不安なの。みんなの前ではどれだけでも頑張っちゃう人だから」
「セレナ……」
「こっちじゃ翼には奏やシキさんがいた。でもそっちには二人はいないし、翼がクリスやそっちの姉さんへ全てをさらけ出せるとは思えない」
「だからと言ってセレナに」
「そうだね。だけど、別の場所にいるからこそ気にせず言えるってのもあるんじゃないかなって思うんだ。私じゃなくてもいいからさ。翼、吐き出せる相手作った方がいいよ。ああでも男の人は避けた方がいいよ。じゃないとこっちの翼みたいになっちゃうから」
「…………覚えておこう」
要さんとこちらの私は相思相愛で、その、仲睦まじい事この上ない。
奏にしか見せられなかった顔を見せ、女性としての輝きに満ちている。
あれは、私には出来ない事だ。女性として輝く事など……。
と、そこでふと思い出す。それは昨夜割り当ての部屋へ戻った後の事。
私は、要さんの匂いを思い出しながら、は、初めて自慰をしてしまったのだ。
「セレナ、一ついいだろうか?」
「何?」
あの匂いをより強く浴びた事のあるだろうセレナなら、あの匂いへの対処法を知っているのではないだろうか。
そう思って私はつい尋ねてしまった。要さんの匂いを嗅いでしまった時、どうすればすぐに落ち着けるのかと。
それを聞いてセレナは目を丸くしたが、すぐに苦笑すると耳を貸して欲しいと言ってきた。
言われた通りに顔をセレナへ近付けると……
――本当に平気になりたいのならシキさんとセックスするしかないよ。
――っ!?
などというとんでもない事を言われた!
反射的にセレナから距離を取ると彼女は私を見つめて楽しげに笑っていて、そこでからかわれたと理解する。
思っていた性格通りではないらしい。いや、予想通りなのかもしれないな。
ただ、こういう方面でからかってくるとは思わなかったが。
「何だか新鮮だな。私がシキさんと知り合った頃には翼はとっくにそういう関係になってたから」
「……あまりからかわないでくれ。その、こういった方面には耐性がないのでな」
「う~ん……私はもうしないけど、奏はきっとニマニマして続けるだろうね。だって、今もこっちの翼は奏にからかわれる事あるから」
やはり奏はどこでも奏なのか……。
そして私もどの世界でも私らしい。
あの一人称の異なる私も奏と出会ってしまうときっとからかわれるのだろうと思う。
ふふっ、風鳴翼にとっての無二の相棒であり天敵なのかもしれないな。
「でも、今のはある意味本当だよ。シキさんのあれ、本当に女殺しなんだから」
「そうなのか……」
「うん。ただ、誰にでも使う訳じゃないし、そもそもシキさんはエッチな人だけどむやみやたらにそういう事する人じゃないから」
その言葉には、そうだったら惚れていないという言葉が続いている気が私にはした。
実際そうなのだろうとも思う。要さんは誠実であろうとする人だ。
あの能力の事も黙っていようと思えば出来ただろうし、誤魔化す事も可能だったはずだ。
それを全て明かして、更には証拠まで示してくれた。
そして今のセレナの言葉を借りれば、本当に要さんが能力でこちらの私達を妻としたのなら、あの時、私達も手籠めにしていただろう。
「セレナ、要さんは不思議な人だな」
「あれ? 今更気付いたの?」
「ああ、今更だ」
そこから二人で笑いながら転送室(とセレナ達は呼んでいるらしい)へ向かう。
テレポートジェムをそこで使ってシャトーへと帰るのだ。
まさか錬金術師達が使っている物を使える日が来るとはな。妙な気分だが、だからこそここが私の世界と大きく異なると分かるとも言える。
とりあえず戻ったら雪音が来ているかどうかで行動が変わるな。
来ていなければ要さんに話を聞くとしよう。
私達の世界とここの違いであり、その変遷を見てきたはずの人に……。
(こ、これって……そういう、事だよね?)
大広間へ続くドアの前に未来の姿があった。
ミカから教えられた通りに大広間を目指した未来は、そこから漂うとある匂いに気付いてシキがいる事を確信した――までは良かった。
だがしかし、ドアの前へ到着した時には昨夜とは比べ物にならない程濃い匂いで思考が平常とは異なってしまっていたのだ。
無論その原因は中で行われている行為にあった。
いや、行われていた、だろう。既に行為は終わりを迎えており、今はシキの雄々しいペニスをサンジェルマンがその口で綺麗に掃除していたのだから。
(うわぁ……あ、あんな風になるんだ。大きい、のかな? アンさんの唾液で濡れて、な、何だかエッチ……)
初めて見る勃起したペニスと濃厚な男女の交わりの残り香。そこに混じる、強烈な精臭。
今、未来の思考はペニスの事で埋め尽くされていた。
シキと交わっただろう五人の妊婦達は誰もみな幸せそうな表情をしており、その大きくなってきている腹部を撫でて微笑んでいるのだ。
それがどうしてかは今の未来にも分かる。愛する男と交わったからだけではない。シキの能力である生命のスープをもらったからだろうと。
「……いいなぁ」
それは無意識の呟きだった。
愛おしげに大きくなった腹部を撫でる五人の女性は、未来には誰も幸せそうに見えたのだ。
愛する男の子を宿し、今も女性として愛されている事を強く実感出来ている。
まさしく一種の女の喜びがそこにはあった。それを未来は感じ取ったのである。
後は、そこから漂う匂いで未来の思考も蕩けている事も関係しているのだろう。
そして、そこへまた一人匂いに誘われるようにやってくる者がいた。
「未来?」
「っ!? ひ、響?」
それは掃除を終えてミラアルクと別れて動いていた響であった。
彼女は、飲み物を取りにリビングへ顔を出したエルザからクリスを連れて未来が帰ってきている事を知り、ふらふらとシャトーの中を探して動いていて生命のスープの匂いを嗅ぎ取ってここまでやってきたのである。
さて、そうやって現れた響も未来がいる場所と雰囲気から何かを察したのか、静かにドアの近くへ歩み寄るとそっと中を覗いた。
そもそも本来ならば施錠されているはずのドアが開いているのも妙な話と言えば話なのだが、ここがシキのうっかりなところだろう。
「みみ未来っ、これって……」
「そ、そうだよ。えっと、エッチしてたみたい」
こうして男女の秘め事を覗く年頃の少女が二人となり、その目は室内の光景へ釘付けとなる。
行為が終わった後も萎える事なく勃起し続けるシキのペニスを見つめ、響と未来は息を荒くしていく。
なのにマリア達五人はペニスへ興奮する事もなく、ただシキと触れ合うだけのキスをしたりしながら睦まじく会話するだけだった。
(何だか大人って感じだなぁ……。それに、夫婦って感じもする……かも。裸なのに自然な雰囲気で、ちょっと不思議だけど……フィーネさん達幸せそう。そ、それにしても、要さんのオチンチンおっきくない? あれが普通、なのかな?)
(男の人ってエッチしたいだけって、そう思ってたけど違うんだ。要さんはそういう事をしたいからするんじゃなくて、愛してるって分かってもらうためにしてるんだろうな。だからマリアさん達があんなに幸せそうなんだ)
初めて見る勃起した男性器に興味を持って行かれる響と、既にそちらへは慣れてしまったからこそシキ達の雰囲気へ意識を向ける未来。
だが揃ってその体は常に嗅いでいる匂いによって発情させられていた。
なので、最終的に出た感想は……
((エッチって、どんな感じなんだろう……))
セックスへの強い興味喚起だった。
一方その頃、翼は子供部屋でエルザ相手に勉強を見ていたクリスと共に昼寝をする夢子を眺めていた。
「何とも愛らしいものだ」
「ああ、ちっちぇよな」
「天使の寝顔とよく聞くが、これを見ているとそれがよく分かる」
「まったくだぜ。こう、心があったかくなる」
すやすやと眠る夢子。その愛らしさにすっかり骨抜きにされる翼とクリス。
それはまさしくこの世界での二人が辿った道であった。
――気持ちは分かるが少し声を抑えよ。夢子が起きる。
「「っ!?」」
若干苦笑交じりで放たれた小さな声に二人が息を呑んだ。
夢子の額には何らかの紋章のようなものが浮かび上がっていて、見る者が見ればすぐに現状を理解したであろう状況だった。
「い、今のは……」
「ゆ、夢子は眠っている。寝言などでもない」
実は翼はまだ夢子がシェム・ハの巫女となっている事を知らなかった。
故にどういう事だとクリスと一緒になって焦っていたのである。
と、そこでエルザが不思議そうな顔を見せて二人の背中を見つめた。
かつて獣人のようになっていた事もあり、神の力によって元に戻った後も若干従来よりも気配などに敏感になっていたためである。
「どうしたでありますか?」
「え、エルザ、その、先程何か喋ったか?」
「私めが、でありますか? いえ、何も……ああ、そういう事でありますね」
理解したとばかりに小さく微笑むとエルザは立ち上がってベビーベッドへと近付いていくと、そこで眠る最愛の義妹の額を見て、やはりそうかと納得して頷いたのだ。
「やっぱりシェム・ハでありますか」
「「シェム・ハっ!?」」
――だから、静かにせよと言っておる。夢子を起こすつもりか?
呆れたようにそう言うと、シェム・ハはエルザと共に簡単な説明を始めた。
その内容に翼とクリスは息を呑んで、ため息を吐き、一瞬ではあるが遠い目をした。
「……そうか。こちらではそんな事があったのだな」
「このちいせぇ体で頑張ったんだな、こいつは」
「夢子は今も頑張ってるであります。言葉を覚えて、少しでもみんなとお話しようとしてるでありますよ」
――とはいえ、今は一時に比べれば落ち着いた方だ。夢子も頑張り過ぎるのは良くないと分かったからな。
「ですね。お父さん達も夢子が少しワガママになった事を喜んでたでありますし」
平然とシェム・ハと話すエルザを見つめ、翼とクリスはこの世界がどれ程自分達の理解を超えた世界かを噛み締めていた。
だが、それはマイナスなものではなくプラスなものだ。何しろ彼女達の世界ではエルザはシェム・ハによって完全な怪物とされ、自棄に陥ったかのように言いなりとなっていた。
そんな両者がここでは笑みを見せ合うような声でやり取りをしているのだ。
「雪音……」
「何だよ?」
「これが、本当の意味での平行世界なのかもしれないと私は思う」
「……そう、かもな」
あの時こうしていれば、こうなっていれば。それがこれまで彼女達がギャラルホルンで見てきた世界の数々だった。
しかし、ここはそもそもからして違うのだ。こんな存在がいたら、というIFから始まる世界なのだから。
これまでと違うのは、そこに自分達の選択や努力が介在しない事。
故に翼は初めて心痛まずに済んだのだ。
自分がもっと強ければこうなったのかもしれないと思う事もなければ、あの時違った選択をしていればと思う事もなかったために。
要シキという存在がいなければこうならない。この一点が明らかである以上、これまでのような悩みも悔しさも感じる必要はなかったのだから。
それをクリスも察したからこその同意だったのだ。
(ギア関係で失われるはずの命。それらが全てと言っていい程掬い取られ、笑みを浮かべる事が出来ている。要シキ……神の力を持つ者、か)
(ここまでするならいっそパパやママもって、そう思ったけど、そのシキって野郎だって神様って訳じゃねぇ。なら、むしろここまで出来たのなら上等ってもんだ。……どんな奴なんだろうな、そいつ)
こうしてシキへ強く興味を抱いたクリスは翼を連れて部屋を出た。
と言うのもシェム・ハがマリア達を通じてシキがどこにいるかを把握出来たためだ。
「大広間って、何でんなもんがあるんだ?」
「すまないが私も理由までは知らない。ただ、これだけの大所帯で要さんは日本人として長く生きている。畳で過ごせる部屋も欲しかったのかもしれないぞ」
「そういうもんか……」
翼の言葉に納得し、クリスは彼女と共に大広間を目指す。
丁度その頃、その前で中を覗いていた響と未来は火照った体をどうにかしようと大浴場にいた。
「「はぁ~……」」
熱い湯に入った事と、先程まで見ていた光景の相乗効果で吐いたため息には、一言では言い表せられない複雑な感情が込められていた。
女としての幸せを感じ、母となっていく幸せを感じ、微笑む五人の妊婦の姿は処女の二人には様々な意味で刺激が強かったのだ。
「……要さん達、幸せそうだったね」
「そうだね……」
「エッチって、もっと何て言うか、いやらしいものだと思ってた」
「うん、私も同じ」
「でも、違うんだね。マリアさん達、みんな笑顔で要さんも笑顔で仲良さそうにキスしてた」
思い出されるのは全裸で話の合間にシキと軽いキスをしている五人の妊婦の姿。
その会話も俗に言うイチャイチャ話だったのも二人には意外なものだった。
たまにエロティックな話題をする事もあるが、それさえも世間話のような雰囲気で話して流れてしまうのだから。
「愛し愛されって、あんな感じなのかなぁ」
「どう……なんだろう? でも、要さんがこの家の人達を全員大事にしてるのは間違いないよね」
響の言葉に天井を見上げながら未来はこの数日で感じ取った事を口にした。
それについては響も同感なのだろう。小さく頷いて彼女も天井を見上げた。
「私、一夫多妻ってもっとギスギスしたりバチバチしてるのかと思ってた」
「私も似たような感じだよ。だけど、少なくてもここは違うね」
「うん。要さんは本当に奥さん全員を同じぐらい大事に思ってて、愛してる」
「マリアさん達も、要さんだけじゃなくてみんなを家族として大事にしてる」
「あれだね。奥さんが沢山いるって言うより、家族が沢山いるって感じかも」
「……そう、だね。家族だから、仲間だから支え合っていけるのかも」
そう笑みを見せ合い、響と未来は風呂から上がる。
二人は知らない。
その頃翼とクリスが大広間から出てきたシキ達と出くわし、その体から漂う濃厚な淫臭で一瞬で思考をピンク色へさせられているとは……。
「本当に申し訳ないっ!」
今あたしら四人の前には頭を深々と下げるイイ歳した大人がいる。
時刻は午後九時過ぎってとこで、とっくに晩飯は終わってる時間だ。
で、どうしてこの家の主人のシキって野郎が頭下げてるのかは、まぁ、その、昼飯前まで遡らないとならねぇ。
簡単に言うと、だ。こ、こいつは妊娠してる五人の嫁達とす、スケベしてやがった。
しかもその部屋から出てきた直後にあたしと先輩と鉢合わせたせいで、二人揃って頭ん中が、その、す、スケベ一色にされたんだ!
「い、いえ、要さんが悪い訳ではありませんから」
「そ、そうですよ。だって要さん達は夫婦だし、えっと、そういう事してもおかしくないですから」
「翼さんや響の言う通りです。クリスはともかく私達は生命のスープの事を教えてもらってたんですし」
それと、どうやらあたし以外の三人はこいつの持つ特殊スケベ能力を知ってたらしい。
その効果は簡単に聞いたが信じられねぇもんだった。
てか、適合係数が上がって絶唱が負荷無しで使えて怪我やら病気やらが治るとかなんだよそれ。
神の力も真っ青な効果だなって、そう思ってたらこいつはそもそも神の力が使えるんだったなって思い出して納得した。
「いや、今は君達がいるかもしれないって考えない時点でこっちの落ち度だ。その、色々と申し訳ない」
一向に頭を上げようとしない辺り、こいつもおっさんに近いな。
まぁ、じゃねぇとこんな状況に出来るはずもねぇ。
となると、だ。ここに来たばかりのあたしが何とかするのが一番か。
「それは分かったけどよ、いつまでもそうやって頭下げられてるとこっちが恐縮すんだっての。そっちの気持ちは分かったから頭を上げろってんだ」
そう言ったらゆっくりとこの野郎は頭を上げた。
ったく、何かやり難いぜ。おっさんがいるみてぇだ。
「それで、あたしは向こうへ戻ったら何をすればいいんだ?」
「イヴさん達へ、君が見て感じた事をそのまま伝えてくれればいい。ここは君達にとってはある意味で目を背けたくなるような状況かもしれない。けど、このままじゃここは危険に晒されるんだろ? だから申し訳ないけどそちらの力を貸して欲しいんだ」
「……あいつらにもこっちへ来るようにしてくれって?」
「ああ。ただし、無理矢理じゃダメだ。そっちが来てもいいと、風鳴さんのように思ってくれないと意味がないから」
こういうとこもおっさんみてぇだ。
でも、ま、気持ちは分かるし考えも理解出来る。
たしかに誰かに言われて無理矢理来るのと、どんな理由であれ自分の意思で来るのは意味が違うからな。
と、そこで気付いた。今のこいつからはあの匂いはしないけど、なのにあたしの胸の奥が少しだけ疼く感じがするって。
「それと、君達に聞いて欲しい事がある。例の謎のノイズ反応が、昨夜五秒程の時間感知された」
「「「「っ」」」」
「たった二秒だけど減少じゃなくて増加ってところにみんな警戒している。炭化したなどの形跡は相変わらずないけどね」
「これまでとの違いはそれだけですか?」
「現状分かってる範囲では、かな」
「翼さんっ!」
「ああ、出来るだけ早く体勢を整えるべきかもしれん。雪音、悪いが」
「今から戻っておっさんへ報告してついでにあいつらに話をしてくればいいんだろ? 任せとけ」
このままここにいたらヤバい気もするし丁度いいぜ。
こうしてあたしは急いでギャラルホルンへと向かう事に。
ただ……
「ほ、本当に来る気か?」
「駄目かな? 私が行った方が色々と分かり易いと思うんだけど」
まさかのセレナがついてきた。
たしかに百聞は一見にしかずって言うけどよ、これはかなりあの三人には、そしておっさん達にも衝撃じゃねぇか?
テレポートジェムを使ってあの公園のゲート近くへと移動する。
本当に便利だよな、これ。可能ならあたしらの世界でも使いたいぐらいだ。
そんな事を思いながらゲートをくぐって本部へ戻る。
セレナは自分の知る場所そっくりだと軽く驚いてたが、すぐにあたしの後をついて歩き出した。
「……そうか。変化があったか」
「ああ。三秒が五秒にってだけだけど反応感知時間が増加ってとこが」
「そうだな。分かった。それにしても……」
発令所でおっさんへ報告を終えると、その視線があたしから後ろのセレナへ向いた。
「あの少女が成長するとこうなるのか。何とも不思議な気持ちだ」
「私は司令がどこでも変わらない事に安心と驚きを抱いてますけどね」
ニコリと笑うセレナにおっさんが若干だけど驚いたのが分かった。
ま、このセレナはかなりの美人だ。それが微笑んだら大抵の男は悪い気はしねぇだろ。
おっさんもその笑顔に少しとはいえやられたってことか。
で、あたしとセレナは後輩達が来るまで休憩所で待つ事に。
するとエルフナインがそこへやってきて話を聞かせてくれと言ってきた。
まぁ、あたしじゃなくてセレナに、だけどな。
「エル、ですか?」
「うん。シキさんがエルフナインじゃ長いからってそう呼び出したんだって。今じゃみんなエルって呼んでる」
「きゃ、キャロルも、ですか?」
「そうだよ。みんなエルって呼んでる。夢子なんてエル姉さんって呼んでるしね」
「エル姉さん……」
「夢子が生まれるまではエルが一番末っ子だったけど、今は夢子が一番下。エルはお姉ちゃんとして夢子の憧れになれるようにお仕事を頑張ってる感じかな」
完全にセレナがママみたいな顔をしてて、エルフナインの奴が子供の顔をしてる。
でも、たしかにあっちのエルフナインは子供って感じがした。
それだけじゃねぇ。キャロルも言葉遣いが柔らかくなってたし、そもそもオートスコアラーの連中までもフレンドリーだった。
少ししかいなかったけど、あったけぇ場所だった。昼飯も晩飯もそうだ。
大勢で賑やかで、どこを見ても笑顔が溢れてて、大家族って言葉がぴったりくる光景があそこにはあった。
……行くんじゃなかったって思うあたしと、行って良かったと思うあたしがいるぐらいにあそこはあったかすぎる場所だ。
そもそもギアが必要ないとこまできてる。アルカ・ノイズはキャロルのおかげで無力化されてるに等しいし、錬金術師達もパヴァリアと手を組んでる事でほとんど押さえられてるし。
「ごめんなさい。遅くなっ……」
「せ、セレナ、デスか?」
「大人のセレナ……」
聞こえた声に顔を動かせば揃って目を見開いてる三人がいた。
「はじめまして、でいいのかな? よろしく、こっちの姉さん、切歌、調」
「「呼び捨て……新鮮(デス)……」」
「え? あっ、そうか。こっちだと私は小さいんだっけ?」
「い、いえ、正確には私達の世界ではセレナはネフィリムの一件で亡くなってるわ。幼いセレナは平行世界の住人よ」
「そっか。色々と複雑なんだね」
あたしもそこで気付いた。そういやあっちじゃセレナは普通に成長してて、後輩二人を妹分として面倒見てたんだよな。
そこも大きな違い、か。あの家じゃセレナは母親的な立ち位置みたいだったし、後輩二人もこっちよりもしっかりしてるというか、あんまりべったりって感じしなかった。
……もしかしてそこも何かあったんだろうか?
んな事を考えてる間にもセレナがあたしの代わりに向こうの事を説明してた。
これ、期せずしてエルフナインにまで聞かせる事が出来てんな。
謎のノイズ反応ってもんが絶対にヤバい事になるのは間違いねぇ。それに関してのエルフナインの意見を聞けるのは重要かもしれないな。
「……こんなところ、かな?」
セレナがそう言ってこっちを見てきたので頷いておく。
あたしからしても問題も抜けもない説明だったと肯定するようにだ。
「そう……」
「謎のノイズ反応、デスか……」
「その感知された時間が伸びた……」
「きっとヤバい事になる前駆症状だってのがあっちのおっさん達の見解だ。あたしもそう思う」
「軽く聞いたけど、そっちはちょっと前に世界蛇なんてものと戦ったんでしょ? 今回の事はそれに近いぐらい恐ろしい相手が出てくるとかないかな?」
「……有り得ないとは言えないわ。実際、聞いているとそちらの戦力はこちら以上だもの。世界蛇に勝てたと断言は出来ないけど、勝てたかもしれないと思えるぐらいだし」
言われて考える。
あたしら六人の装者に加えてあの子達三人がいて、キャロル達錬金術師の連中とオートスコアラー四人、更にその気になればだがフィーネとシェム・ハがいる。
ノーブルレッドの三人はもう戦う力は無くしてるけど後方支援って意味なら十分だ。
……過剰戦力って意味ならあのシキって野郎もか。神の力で援護出来るらしいからな。
この後、後輩達三人は明日にでもあっちに行く事になった。
セレナは今夜はこのままこっちに残ってあいつらと過ごすらしい。
で、あたしは戻ってもいいって言われたので、ならと思って戻ったら……
「一体何が起こったんだよ……」
ゲートから出た瞬間匂う焦げ臭さ。視線を動かせば遠くの方が妙に明るい。
燃えてるんだと分かった瞬間、あたしはそっちへ向かって走り出した。
「まさか早速その事が起きたってのかよっ!」
逃げてくる人波に逆らうように騒ぎが起きてるだろうところへ向かう。
と、その途中で横から誰かに腕を掴まれてそのまま引っ張られた。
声を出す事も出来ず、ギアを展開する事さえ出来ないまま路地裏へ連れ込まれたあたしが見たのは、ある意味で見慣れている相手の顔だった。
「あちらの雪音クリスさん、でよろしいですね?」
「あ、ああ……」
先輩のマネージャーをしてる忍者だ。
あっちはあたしが肯定したからか手にした端末でどこかと連絡を取り合った。
「……雪音さん、ここでギアを展開してください。現場で暴れているのはアルカ・ノイズなどではない未知の存在です。現場まではここから僕が誘導します」
「分かった」
ギアを展開してビルからビルへと移動していくとすぐに現場が見えてきた。
「現着しているのは翼さんが二人と響さんが二人、こちらの未来さんとキャロルさんです」
「了解だっ!」
あの子は待機か。きっと先輩の判断だな。
戦い慣れてないあの子を未知の相手へぶつけるには不安が多いってとこだろ。
ビルの屋上からライフルを構えてスコープ越しに相手を探す。
「……何だよ、あれ」
見つけた相手は不気味な感じがしてたが、あたしが思わず呟いたのはそれだけが理由じゃねぇ。
まるでそれは、黒い闇が人の形をしてるようなものだったからだ……。
可能ならあと二話で終わる予定です。
もしかしたら三話になるかもしれません。