※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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第八話 第二層、第三層

 

 

 第一層のボスを討伐すると屋敷内の扉が二つ解放された。

 片方は第二層行きの魔法陣、もう片方はダンジョン入り口となる地上ドーム行きの魔法陣に通じている。無論前者の方を選ぶ。

 

 誰に気兼ねすることなく魔法陣を起動させて、第二層に降り立つ。

 白い光に包まれ浮遊感を味わった後、目を開けば第一層と同じように街が眼前に広がっていた。

 だが、街そのものから受ける印象は第一層から随分様変わりしている。

 

 上層の都市部は全体的に白い石材を用いた建築物に、静謐さと優美さを兼ね備えた装飾を施した上品な印象を与えるものだった。

 しかし今回の街は確かに使われている石材こそ白いものの――――――どことなく煤けたような色合いをしており、装飾性も乏しく実用性一遍通りの作りをしていた。

 また建築物も全体的に背が高くなっており、平均して四・五階建て程度はあるだろう。数自体も多く、建物が密集した通りは渓谷のような圧迫感を与える。

 

 第一層が富裕層のための街だというなら、第二層は一般の人々が暮らす雑然とした住宅地というべきだろうか。

 道路は舗装されている箇所が少なく、剥き出しの地面が顔を出している。そして道路の隅には用途不明の木材、木箱や樽といったものが打ち捨てられており、ある種の生活感の名残のようなものを見せていた。

 通りの側からは見えないが、建物の中は老朽化したように壁からはがれた漆喰の欠片が床や廊下に散乱していたり、腐食して崩れた椅子や机といった家具の残骸などを見つけることができるだろう。

 なまじ生活感の名残が見えるからこそ、まさしく廃墟というべき寒々しさがそこにはあった。

 

 そして最大の違いは天井。

 第一層では昼の青空を再現した明るい日差しが街に注いでいた。

 しかしこの第二層の空は、光も影も地面に作らない灰色の曇り空だった。

 

 立ち入った人々を圧迫するように聳え立ち密集するマンションや雑居ビルの成れの果てのような建物群と灰色の空。

 それが地下都市第二層『廃棄市街・下層』だった。

 

 「相変わらず辛気臭いところです…。」

 

 時計を確認すると現在そろそろ昼頃の時刻となっていた。

 だがこんな辛気臭いところで弁当を食べて美味いだろうか?いや、美味くない。

 なので、ここはさっさと抜けて次の第三層で昼食を摂ることにする。

 第三層は環境としても食事をするには良い場所だ。

 

 善は急げというわけで、いつものように隠形を使いつつ壁をよじ登って屋上沿いに街を行くことにする。

 こんなに高いところを飛んだり跳ねたりしていればスカートを下から覗き放題ではないかと思われるかもしれないが、私の隠形スキルを見破れる人間はそう多くはない。

 なので、現在こうしているように下を進んでいる冒険者たちの真上を飛び越していっても彼らは私のパンチラあるいはパンモロに気付くことはできないのである。合掌。

 

 眼下の冒険者たちは第一層にいた新米冒険者達よりもレベルが高く、より洗練された動きで魔物達を討伐していく。

 第二層の魔物のラインナップは第一層のものを強化したようなものが多い。

 ゴブリンたちは棍棒だけでなく手斧や短剣を持っていたり、物陰から投石攻撃を行ってきたりと行動パターンが増えている。

 オオガラスやワイルドドッグは複数の個体で協力し合うようになり、群れで冒険者を襲ってくる。

歩きキノコは胞子によって発生する状態異常効果のバリエーションが増えたし、グリーンスライムは若干大型化している。

 

 他にもここからの新規の魔物も増えている。

 第一層にいなかった魔法を使用するタイプの魔物である『インプ』。

 物陰から忍び寄って毒牙による攻撃を加える『ポイズンバイパー』。

 不死(アンデッド)系統の基本ともいえる魔物『スケルトン』『ゾンビ』『ゴースト』。

 『ホーンラビット』がより強化された種族である『スタビングラビット』。

 混乱を誘発する超音波や吸血による回復が面倒な『レッドバット』。

 強度の高さのせいでこの時点の冒険者では手が出せないこともある『ローリングストーン』。

 

 等々、第一層に比べて第二層は更にバリエーション豊かな魔物が挑戦者を待ち構えている。

 第一層もそうだったが、種族の傾向は全体的に取り止めがなく一遍通りの対処では難しい。第二層は種類も増えて敵も強くなった分、その傾向が顕著だった。

 

 「がんばれ、お若いのー。」

 

 そんな年寄り臭いエールを地上で戦う冒険者たちに送りながら、私は最短ルートを邁進していく。

 建物の屋上でたまにオオガラスやレッドバットのような浮遊型の魔物とすれ違ったりもするが、気付かれる様子は全くない。

 私はまさに空気に紛れる一陣の風となって廃棄都市を駆け抜けていった。

 

 それから語るべきことは特になかった。

 第一層のように友人知人に会うようなことはそうない話だ。

 

 いい加減腹が空き始めてきたので、アイテムボックスから鹿の干し肉を取り出して齧り始める。

 薄く大きめに切って加工した自前の干し肉をガブリと犬歯で噛んで、ブチブチと嚙み千切って咀嚼する。

 噛み締めると唾液の中に染み出してくる胡椒の辛みと赤身肉特有の凝縮された旨味が染み出して、なんとも絶妙なハーモニーを醸し出す。

 自作ながら思わず顔がほころぶ逸品である。

 

 ちなみに材料は、鹿は鹿でも『エクスカベーター』という鹿の魔物の肉なのだが。

 ヘラジカのような姿をした魔物だが角は箆(ヘラ)どころか大型掘削機械(エクスカベーター)のような威力があり、角で大木を引っこ抜いてぶん投げたり、地面を抉りながら突進してきたりとダイナミックな攻撃をしてくる強敵だった。

 その分肉は美味いし、角が高く売れたりといいことずくめだった。

 一月ほど前、猩々熊(ゴリズリー)狩りのついでに遭遇した際に討伐したが、そろそろその時に作った干し肉が切れかかってきた。目撃報告がどこかで上がったら狩りに行こうか………。

 

 とにかく鹿の干し肉をむっしゃむっしゃと咀嚼しながら私は第二層のボス部屋に到達した。

 場所は第二層の一番奥まった場所にある打ち捨てられた聖堂だ。

 今回は第一層と同じくあらかじめ入手しておいた鍵を使えるが、こうしたサービスはここまでだ。

 第三層以降は通常通りにギミックを解除して進んでいくことになる。

 

 アイテムボックスから鍵を引っ張り出して三メートルはあろうかという荘厳な扉を開き、中へと足を踏み入れる。

 いたるところに崩れた柱の瓦礫や椅子の木片などが散らばった、何とも荒んだ聖堂の内部。

 高い天井へと続く壁に嵌め込まれたステンドグラスの窓は砕け散り、曇り空から注がれる鼠色の明かりを屋内へと迎え入れていた。

 

 私の背後で扉がガコン、という音を立てて閉まる。

 それを合図にこの階層のボスが動き出した。

 

 

 「「「「「「ギキキィィィィッ!!」」」」」」

 

 

 猿のような甲高い叫び声を上げてこちらに向かって臨戦態勢を取るのはゴブリンの群れ。

 それもただのゴブリンではなく、きちんとした装備を身につけたうえで連携攻撃を行う知能を有する『ゴブリン・トループス』だ。

 

 ヒューマンの子供程度の背丈しか持たない小柄な魔物であるゴブリンは第一層や第二層で登場する雑魚としては比較的与しやすい敵といえる。

 しかし、それは棍棒や手斧といったリーチの短い近接武器を使うゴブリンに対しては間合いの外から攻撃を加えることで楽に対処できるということや、そもそも知能が低いのであまり複雑な戦術や戦法を使ってこないという要因が主だ。

 

 なので――――――それらの要因を埋めるようにリーチの長い武器を使用し、巧みに練られた集団戦術を駆使するならば、そう舐めてはかかれない相手になる。

 

 「「「「「「キイィィィィッ!!」」」」」」

 

 雄叫び上げながらこちらに突進してくるのはゴブリンの槍兵、六体。

 武器として使うのは自身の身の丈ほどもある立派な長槍で、身に着ける装備も金属と革を使ったしっかりした軽鎧だ。

 槍の構えや突進する踏み込みの力強さも堂に入ったもので、今までの階層で遭遇してきたゴブリンと同じような感覚で対処すればたちまち突き殺されることになる。

 

 ついでに言うと槍兵たちの背後でゴブリンの弓兵が弩弓(クロスボウ)を構えており、援護射撃の体勢を整えていた。

 射撃精度はあまり高くないが、矢を数発適当に射掛けるだけでも牽制としては十分。

 こちらが怯めばその隙に前衛の槍衾が襲い掛かるだろう。

 

 雑多な魔物の群れがてんでバラバラに仕掛けてくるのではなく、明確な殺意を持って明晰な戦術と共に明白に殺しにかかってくる――――――これが第二層のボスの特色だ。

 故に、

 

 

 「さっさと殺して先に進みますか。」

 

 

 確かにちゃんと戦術を組んで動いてくるとはいえ、結局はたかがゴブリン。

 弓も矢も使うのが勿体ない――――――というわけでポケットから投矢(ダート)を引き抜く。

 魔物の骨を加工して作った、短めの白いボールペンのようなそれを、手首のスナップを最大限に生かして前方に向けて投擲する。

 

 狙いは前衛のゴブリン達。

 その足の膝を正確に撃ち貫いて機動力を奪い去る。

 

 「「「「「「ギィッ!?」」」」」」

 

 突進の勢いそのままに、足を潰されて地面に転がるゴブリン達――――――それを見届けることなく、地面を蹴り飛ばして跳ねるように連中を飛び越える。

 そして再度構えた投矢(ダート)を連続で投擲。弩弓(クロスボウ)の狙いをつけようとしていた弓兵達の顔面に容赦なく白い矢を突き立てる。

 

 槍兵六体、弓兵六体、無力化完了。

 間髪入れず、右太腿の短刀(ナイフ)を引き抜き、

 

 拳銃の早撃ちのように投げ放った。

 

 「ギッ?」

 

 敵陣の一番奥にいたゴブリンが「何が起こったのかわからない」というような間抜けな声を出す。

 そしてその次の瞬間には短刀(ナイフ)が正確にその脳天に突き立ち――――――そのまま頭蓋骨を叩き割って後ろの壁に突き刺さった。

 

 「「「「………………………」」」」

 

 残ったゴブリンは四体。

 その全員が呆けたような顔で立ち止まる。

 それもそうだろう、私が今仕留めたのは群れのリーダー『ゴブリン・コマンダー』だ。

 真っ先に頭を潰すと残りは行動パターンが急速に陳腐化する………ゲーム時代の攻略法と同じことだった。

 

 まぁ、本来ゴブリン・コマンダーは最も頑強な装備を身に着けているし、周囲に護衛として盾と剣を備えた戦士二体、杖を携えた魔術師二体を控えさせているので、普通は倒すのが一番最後になるのだが。

 なんにせよ残された護衛の戦士と魔術師はしばらく絶句した後、自分の上官が殺されたことに気付いてようやく動き始めた。

 だが、そんなものはもう遅すぎた。

 

 「よっと。」

 

 私は左の腰に付けていた山刀(マシェット)を振りかざして、既に戦士の方へと踏み込んでいた。

 ぎょっとしたような顔を浮かべたゴブリンの戦士が盾や剣を構えるよりも早く、刃を振り下ろしてその頭を叩き割った。

 よく研いだ包丁で瓜でも両断したような手ごたえを感じる。

 それに一切頓着せず、返す刀でもう一体の首を真横から刎ね飛ばす。

 

 ゴブリンの魔術師がこちらに杖を向け――――――ると同時、その目の前まで一歩で踏み込む。

 そして踏み込みと同時に山刀を突き出して胸部を抉り、蹴りを入れてその軽い体を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばした先にはもう一体の魔術師。死体にふっ飛ばされて転がったところに歩み寄って、薪割りの要領で頭を潰してトドメを刺した。

 

 「さて、残り。」

 

 山刀(マシェット)をひゅんっ、と振るいながら扉側へと向き直る。血がついているわけではないが、癖のようなものだ。

 向き直った先には、足を砕かれて走れなくなったゴブリンの槍兵六体。

 潰された足は片方だけなので何とか立ちあがって槍を構えようとしているが、その命運は変わらない。

 私は残りを処理するために、気楽な気持ちで山刀(マシェット)を携えて彼らのもとへと歩み寄っていった。

 

 

******

 

 

 ゴブリンの群れを業務的に片付けてから第一層でそうしたように、下の階層へと進む魔法陣に乗って転移する。

 転移した先は石造りの廃屋というべき場所だった。こじんまりとした一軒家に相当する石造りの小屋で、崩れた石壁から差し込む外の光が苔むした床を照らしている。

 蝶番が外れそうな木製の扉を開けて外へ出ると、これまでの階層とは趣が異なる光景が広がった。

 

 高く伸びて木漏れ日を作る樹木、地面を覆う落ち葉と草………有体に言って森だった。

 後ろを振り返ると、私が出てきた小屋も蔦や苔に覆われて森の中の風景の一部と化している。周囲を見渡すと同じく草木に埋もれた建物が遺跡のようにちらほらと確認できる。

 

 ここが地下都市の第三層『氾濫樹園』。

 上までの階層が人の暮らす街をモチーフにしたものだったのに対してこの第三層――――――もとい第三層から先はそういった住居らしい要素のない、言ってみればダンジョンらしいダンジョンが広がることになる。

 

 「ふぅ………。」

 

 息を吸い込むと樹木と草花の作る新鮮な空気が肺を満たす。

 空気そのものが持つ『味』というべきものは、かつてゲームだった世界では味わうことができなかった要素だ。

 森の空気を堪能して気分を一新させて、森の中へと足を踏み出した。

 いい加減に弁当にしないと腹が減ってしょうがない。

 

 森という地形は慣れない人間にとって中々歩きづらいものだ。

 地面は無論均一にならされていないし、木の根やら枝やら藪やらが歩く邪魔をして、体力と時間を奪う。

 木々が続くだけの道のりは目印を見失うと容易に迷ってしまう。

 私は野伏(レンジャー)のスキルである『地形適応』を持ち、かつ森や山自体歩き慣れているので問題はない。

 それでもこの地形の急な変化は上の階層に慣れた冒険者にはキツいものがあるだろう。

 

 ここに出没する魔物も今までのとりとめのない種類ではなく、森ならではというものが現れるようになっている。

 ゴブリンはお馴染みだが弓や罠を使う『ゴブリン・レンジャー』として冒険者の行く手を阻む。

 『人食い植物(マンイーター)』系はその場からは動かず、不用意に近づいてきたものを捉える習性を持っている。

 上の階層ではワイルドドッグが出現したが、ここではより強く狡猾な『ハンタードッグ』が出現する。

 木の上を移動し、頭上から硬い木の実を投擲してくる『オニザル』は遠距離攻撃手段を持たない冒険者には非常に鬱陶しいだろう。

 『グリーンリザードマン』は硬い鱗が天然の防具となるほか、その緑色の体色を保護色として活用してくる。

 

 魔物はここで挙げたもの以外にも様々な種類がいるが、全体的に遠距離からの攻撃や身を隠す手段を持っているものが多い。一部例外もいるが。

 正面から襲ってくる敵を正面から打倒するだけではない、また別の能力――――――森の中で魔物を相手にした生存(サバイバル)能力が試される場所といえるだろう。

 

 ――――――だが、ここに現れる魔物では私の隠形を暴くことはできないというのは事実である。

 私は待ち伏せしているゴブリンやハンタードッグの群れやリザードマンの戦士の後ろをこっそりとすり抜けていく。

 途中見つけたマンイーターを山刀(マシェット)で伐採し、ドロップアイテムである蜜を回収したりして、第三層を進んでいった。

 

 やがて私が辿り着いたのは森の中の開けた一角だった。

 ぽっかりと開いたように木々が生えておらず上から日の光が注ぐ公園のような場所で、真ん中にはログハウスが立てられている。更にそのログハウスを中心に二、三ほどのテントが設けられていた。

 テントの近くには折畳みの椅子に座った冒険者たちが軽食を取ったり、装備の手入れをしたりと思い思いの時間を過ごしていた。

 

 この一角は『安全地帯』である。

 ダンジョン内には魔物が湧いてこず、また立ち入ることもない区画が存在している。

 この森の中の一角は第三層内の安全地帯だが、私が素通りしただけで上の方の階層にも幾つか存在していた。

 ゲーム時代でも小休止にこうした安全地帯がよく使われていたが、現実化した現在でもそれは変わることがなかった。

 テントを張っているのはこの階層に泊まり込んで採取を続ける冒険者たちである。

 

 別に初対面の冒険者たちと相伴にあずかりたいわけではないが、ここでなら安心して食事ができるので私はここを目指して歩いてきたわけだ。

 人目につかない場所――――――このダンジョンに元から存在するログハウスの影あたりに移って、私はアイテムボックスから食事を取り出した。

 

 火を起こして本格的に料理をするつもりはないので、取り出してそのまま摘まめるもので済ませることにする。

 自家製のソーセージを短刀(ナイフ)で切れ込みを入れたパンに挟んで即席のホットドッグを用意する。

 飲み物は皮袋に入った水。ただし砂糖と塩、レモン果汁を少量混ぜてスポーツドリンク風に仕立てたもの。

 

 「美味美味(うまうま)。」

 

 ここまで来た時点でいつもの昼食の時間を過ぎてしまっていた分、食事は実に美味しく感じられた。

 柔らかいパンと歯ごたえのあるソーセージを噛み締めて咀嚼し、飲み下す。胃の中に食べたものが満ちる感覚それ自体を堪能する。

 『食べる』という生き物として最も原始的な喜びを味わえる。これが現実になったこの世界で生きる醍醐味の一つだろう。

 

 「んー………?」

 

 むしゃむしゃとホットドッグを食んでいると、ざわり、と気になる感覚がした。

 木々と枝葉の擦れる音、風の流れ、草木の香りに沿ってこちらに迫る『何か』の気配を感じる。

 

 「………………。」

 

 飲み水で口の中身を喉奥へと押し流して、立ち上がる。

 呼吸を抑え、直感に任せて意識を研ぎ澄ます。

 ざわつくような感覚はあっても、ひりつくような危機感や血の気が引くような悪寒は感じない。つまり、自分が誰かに命を狙われているような感じではない。

 

 「………………あぁ、なるほど。」

 

 『千里眼(クレアヴォヤンス)』で木々を透かしながら、遠く広く周囲を見渡す。

 目当てのものを見つけて、少し逡巡してから私は弓を手に取った。

 

 

 ――――――『標的補足(ターゲティング)』、『蛇行矢(スネークアロー)』。

 

 

 弓から放たれた矢は鬱蒼とした森の中に吸い込まれていき――――――くねるような軌道を描いて木々を避けながら飛んで行った。

 矢の先を見届けた私は弓を仕舞い、食事に戻ることにした。

 

 もう一本ホットドッグを食べてデザートに手を付けようとしたところ、森の藪の奥から冒険者の一団が這い出してきた。

 出てきた面々は満身創痍といった体で、装備品はボロボロで血に濡れており、最後尾には気を失った冒険者を担いでいるものもいた。

 彼らが助けを呼ぶと、既に広場にいた冒険者の一団が駆け寄り、負傷者をログハウスに搬送し始めた。

 ログハウスの中にはここに滞在して冒険者の回復を商売にしている『治療屋』がいるからだ。

 

 何でも彼らはこの階層でも屈指の難敵である『ラッシュベアー』と交戦したものの敗走したらしい。追撃してくるラッシュベアーから負傷している仲間を抱えて安全地帯に逃げ込んできたのだ。

 ただ、不可解なのは背後に迫っていたラッシュベアーが、突如『何か』に頭を砕かれて絶命したということだ。通りすがりの冒険者が助けてくれたのだろうが、広場にいた冒険者たちは誰も心当たりがないようだった。

 逃げ込んできた冒険者たちは誰かわかったらぜひともお礼を言いたい、と言っていた。

 

 私は別に名乗り出るつもりはなかった。

 これは私が勝手にしたことなので、礼を言われるようなことではない。

 ただ何で助けたのかと問われたら、「人が死ぬのを眺めながら食うデザートは不味いから」だと答えるしかない。

 それに私は頑張って生き残ろうとする人間の味方だ。一応は。

 

 というわけで私は木箱からデザートである保存食――――――大豆を細かく砕いてからドライフルーツを混ぜて棒状に成型した菓子(ぶっちゃけソ〇ジョイ)を取り出して齧り始めた。

 

 うん、生きているとやっぱり飯が美味い。

 

 

******

 

 

 食事を終えて、第三層の攻略を再開する。

 今日は何処で寝るべきか、これから先の階層のことを頭の中で思い起こしながら森の中を進んでいく。

 ハイキング気分で森を抜けると、目当ての場所に辿り着いた。

 

 第三層の終着地点はガラス製の温室のような施設だった。

 大き目の屋敷くらいのサイズのドーム状の屋根を持つ建物だが、第三層の他の建築物と同じように苔や蔦に覆われているほか、ガラスが砕けて内部から生えていると思しき木の枝が外へと顔を覗かせていた。

 入り口の扉の前には駅の案内板のような石造りの台座と図面が設置されている。

 図面はある種のパズルのようになっており、これを指定の手順で弄ると扉が開く仕掛けになっている。

 この仕掛けの解き方は階層内に散らばっているヒントを集めることでわかるようになっているが――――――まぁ、覚えていればいちいち巡る必要はない。

 

 「上X下B、LYRA………っと。」

 

 図面の端でブロッコリーとニンジンのマークが点灯して、扉の鍵が開く音がした。

 うーん、このパズルを設計した開発者は何を考えていたのだろうか。よくわからない。

 

 扉を開けて中に入る。

 擦れて曇った窓、割れたガラスが格子模様を作るドーム型の天井。

 野放図に伸びて天井から枝葉を突き出す木々。

 そして最も背が高い、温室中央の木の枝に黒い影があった。

 

 「グッ、グググッ、グゲゲッ!!」

 

 それは言うならばカラスと言うのが最も近いだろう。だが上の方の階層にいたオオガラスとはわけが違う。

 その鳥は爛々と黒光りする目をこちらに向けて、嘲笑うような鳴き声とともにこちらを睥睨した。

 バサバサと見せびらかすように広げた翼の長さは左右を合わせて5mにもなるだろう。まさに怪鳥というべき威容だった。

 

 これこそが第三層のボスに当たる『バイスウイング』である。

 

 「グゲゲエエェェェーーーーーーッ!!」

 

 バイスウイングが嘴を開いて一際けたたましい声を上げた。

 何とも不快な濁声に思わず顔を顰める。

 さっさと仕留めよう。そうしよう。

 

 黒い翼を広げて宙を舞うバイスウイング。

 だが、こちらに直接飛び掛かってくるわけではない。

 

 奴が羽ばたく際に周囲に撒き散らす黒い羽根、あれには触れたものの敏捷性を下げるという特殊効果が付随している。

 故に奴はまず初めに獲物の周囲に羽を撒くように飛んでからじっくりと仕留めにかかるのだ。

 ただでさえ本体が素早い上に宙を自在に移動する機動力の高さから、攻撃を当てづらい。

 その上でこちらの速度を下げられるとなると、徐々に相手の攻撃に対応できなくなり嬲り殺しにされる危険があるのだ。

 『悪意の翼(バイスウイング)』という名は伊達ではない。

 

 近接攻撃手段しかないものは奴が攻撃を仕掛けてくる瞬間を狙いたいところだが、そうなると羽の状態異常にさらされる危険性が高くなる。

 なので、魔法や射撃などの遠距離攻撃手段を持つものが速攻をかけて仕留めるのがセオリーとされる。

 

 「というわけでセオリー通りに行きますか。」

 

 

 ――――――『多数補足(マルチターゲティング)』、『散弾矢(ショットアロー)』、『追尾矢(ホーミングアロー)』。

 

 

 弓を構え、矢を番え、弦を引く。

 そして、放つ。

 

 

 放たれた矢は空中で分裂、複数の細かな矢となり――――――狙い違わずバイスウイングの翼を抉った。

 正確に骨格を破壊するように射られたことで、一瞬のうちに翼を襤褸雑巾のようにされて飛行能力を失った巨烏は、無様な鳴き声を上げながら地面に落ちていく。

 

 そして私は地面に落ちる前にトドメを刺すことにする。

 もう一本番えた矢を『炸裂矢(バーストアロー)』として放つ。

 

 地へと落ちていくバイスウイングに矢が着弾し、爆発。

 周囲に黒い羽根を撒き散らしながら巨烏は四散して果てた。

 これがダンジョン外なら肉片が飛び散って、さぞエグい絵面になっただろう。

 

 見た目のわりにあっけない死にざまだが、こんなものだろう。

 ここのボス、機動力と嫌がらせに優れる分あまり体力が高くないのだ。

 弓を仕舞いなおして、ドロップアイテムである黒い羽根の束を回収する。矢の尾羽として使えるので個人的には嬉しい収穫物だ。

 

 恒例のように奥の扉が開いて、新しいルートが開かれる。

 第四層への道は今までの魔法陣による移動とは違い、煉瓦造りの螺旋階段だった。

 底の方からはどことなくひんやりとした空気が立ち上ってくる。

 

 「やれやれ。」

 

 個人的には第四層と第五層はあまり好きではない。

 それでも安全地帯に入ればそれなりに快適なので、どちらかの層で今日は仮眠を取ることにしよう。

 一息つきやすいのは第六層だが、さすがにそこまで一日で行くのは疲れるだろう。

 

 私は煉瓦造りの階段へと足をかけ、底へと降りていった。

 

 

 

 




『野伏(レンジャー)』
リオの副職業(サブジョブ)。汎用職の一つ。
屋外での活動に関するスキルが揃った職業であり、屋内や町中での活動に適した『斥候(スカウト)』とは対になる関係。
『地形適応』『薬剤知識』『追跡(トラッキング)』『野伏の隠形』『狩人の眼力』などの利便性の高いスキルが多く揃っており、取得しているとフィールドや開けたダンジョンでの活動がぐっと楽になる。
ただしステータス補正があまり高くないため、他の職業と組み合わせることが前提といえる。汎用性の高さから大抵の職業と嚙み合わせが良い。
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