「すまん、爺さん。急患だわ」
「なんじゃいお前か。夕飯食っとる時に……」
だんだんだん、とスズメが乱雑にドアを
頭頂部が寂しいことになっている白髪。斜視になって右だけ明後日の方向を向いているギョロリとした目が、下からこちらを睨め付ける。
ドワーフらしく太く分厚く、そして老人らしく節くれ立った指はパンを摘んで、豊かな白い髭の奥の口に運んでいた。
黒くて固くて如何にも食いにくそうなパンだ。私のアパートに画家の老人が住んでいるが、彼は消しゴム代わりにこういうのをよく使っている。あとたまに食べている。
「で、急患とな。どいつじゃ」
「夜分にすみませんね。こっちです」
夕飯だというそれをもっちゃもっちゃと咀嚼しながら彼が問いかけてくる。
私はスズメの後ろから顔を出して、断りを入れながら毛布に包んでいる
「……なるほどな。立ち話もなんじゃ、早く入りなさい」
一瞥しただけでなんとなくわかってくれたのだろう。彼はドアを広く開けて中に入るよう我々に促した。
扉を閉める直前、ドワーフの老人は眉間に僅かに皺を寄せながら二度三度と油断のない視線を周囲に走らせた。
まるでこうした患者を受け入れるところを本来は人に見られるべきでないかのように。
******
さて、裏路地の片隅でミアキスの少年と出会って声をかけた私だが、その直後に彼は気を失ったかのように倒れ込んでしまった。
どうしたものかと逡巡したのだが、彼が怪我や病気になっているのは一目瞭然であったため医者に相談するしかないと考えた次第である。
追われていた事情も気になるが、死体になったチンピラ二名の言葉からある程度類推できるのでそこは一旦後回しにする。
ただ、私は自分が怪我などした場合は自前の薬などで治していることもあってこの辺りの病院には詳しくない。
そこで一度来た道を取って返してスズメと合流、彼に道案内と紹介を頼むこととなった。
「で、この子はどこの子じゃろうか」
「知らねえよ、オレに聞くなって」
「名前はなんというのかのう」
「知りません」
「……」
「あぁ、ついさっきそこで拾ってきたばっかりなので何も知りません」
医師であるドワーフの老人の名前はケドゥといった。
早速診察室に運び込んでベッドに寝かせた少年を見下ろしながら色々と質問されるが、残念ながら私も彼について知っていることは特に何もない。
その旨を伝えると呆れたような目で見られた。
「ーーお前さん、忠告はしておくが善意で子供を拾ってくるのが趣味ならこの街では身が保たんぞ」
「あ、大丈夫です。ただの気まぐれなので」
「じいさん、こいつに関しちゃ心配するだけ無駄だぜ。善意とか善行とか、そういう言葉とはほとほと縁のないやつなんだからよ」
「何言ってるんですか人聞きの悪い」
「そ、そうか……。まぁ、ワシとしては治療費さえ払ってくれれば文句は言わんわい」
一応ケドゥ先生もこちらの身を案じてくれたのだろう。
確かに傷ついて病んだ孤児やら浮浪児やらを見るたび同情心から手助けしていては手など幾らあっても足りない。
アヴェンティン街区という貧民街ではそういった子供など掃いて捨てるほどいる。
私もその辺りは理解しているし、実際今まで一度だってそうした手助けなどしたことはない。
なので今回のは純度100%の気まぐれと縁、としか言いようがないことだ。
私がこういう人助けなどするとは露ほどにも思っていなかったのだろうスズメなんかはかなり失礼なことを言っているが、後で引っ叩いた方が良いだろうか。
「おほんおほん!……しかしまぁ、なんじゃ。酷いのう、これは」
気を取りなおすように、わざとらしく咳払いしてから彼はそう呟いた。それはこの場にいる三人の感想のわかりやすい代弁だった。
ベッドの上に寝かされ、私が包んでいた毛布と元から被っていた襤褸の外套を剥がされた少年は、まぁ、実に酷い有様だった。
何度も殴打されて腫れ上がった顔は目鼻立ちもわかりにくいし、口の端から血が滴った跡もある。
体は細いというかやつれている……を通り越して病的に痩せている。どう見ても栄養失調だ。
外套の下はシンプルなタンクトップとショートパンツだが薄汚れておりろくに手入れされていないのが見え見えである。
というか本人の体も泥や垢で黒ずむように汚れていて、洗っていない野良犬みたいな匂いがする。端的に言って臭い。こりゃ風呂入ってないな。
「呼吸も弱い、脈拍も弱い……。リンパが腫れておる。口の中は……うむ、だいぶ化膿しとるのう」
「ご丁寧に牙だけ抜歯されてやがんの。予後が悪かったな」
「手と指の骨に罅、肋骨も罅……折れているところもありますね」
「服は……邪魔じゃな、脱がすか。……うむ、痣だらけじゃ」
触診したり外から観察したりして病状を確認する。
熱があり、病気もあり、化膿もあり、外傷が沢山。
服をみんなでえっちらおっちらと脱がして裸にしてみれば、腹部などは痣のせいで青黒く染まっていた。
かなり日常的に顔や腹を殴られるなどして暴行を受けていたのだろう。
脂肪も薄くて体を保護する役割もない。多分、内臓もかなり痛めていることだろう。
「
「あー……なるほど。そういう手合いかやっぱりなぁ」
「切れとるし膿んどるのう。子供に惨いことをする……」
全身を検めてみるとなんとも酷い有様である。
よくこれで今まで息があったと思うし、大の大人二人を向こうに回して逃げられていたものである。
痩せ細った体に、苦しそうな表情で寝入っている今の姿からは想像もできないが、案外
……いや、それは知っていたことか。
あの裏路地で、まだ死んでいなかった瞳の奥の光を私はもう見ていたのだから。
「で、治りそうですかね」
「……ふむ。手間はかかるが、不可能ではないじゃろう」
目視と触診で大体を把握したあと、ケドゥ医師はボウルに消毒液を満たして手を洗い、治療の準備を始めた。
なかなかの重症患者だとは思うのだが、彼にそこまで気負うような素振りは見えなかった。
頼もしい限りだが、この辺りではこうした患者は珍しくもないという可能性もある。
患者の層がどんなものかは知らないがやっぱり治安悪いなこの街。
「治療費さえ払ってもらえるんならワシとしては文句はない」
「保険って効きますかね」
「あるわけないじゃろう」
「ですよねー」
呆れの目で見られ、私は肩をすくめた。
なに、仕方のないことだ。拾ったのは自分の責任だし代金くらいは自分で出すとも。
そういうと彼は鷹揚に頷いてから、消毒液の器をこちらに向かって差し出してきた。
「まけてほしいんじゃったら、ほれ」
「これは?」
「お前さん、人の
「えぇー、オレもぉー……?オレは巻き込まれただけじゃねえか……?」
「お前さん、毒と薬と酒は専門じゃろうが。ちぃとは手伝え。今度高い酒買うてやるわい」
「……しゃーねぇ、お得意さんからの頼みだしなぁ」
ぶつぶつと文句を言いながらもスズメも手伝ってくれるようだ。なんだかんだで付き合いのいい男である。
薬というのは病人や怪我人にとにかくぶっかけるなり飲ませるなりすれば良いものではない。
強い薬であればそれだけ体に負担がかかるし、中毒症状が出たり、急速に治る体に対して体力が追いつかなくなって衰弱してしまう危険もある。
特に今回のような半死半生の重症患者にはその辺りの限界を見極めつつ、適切に効率良く、体力の補填なども適宜行いながら薬を処方するだけの腕と知識が必要になる。
スズメは
「ところでなんですけどーーーー私、ナース服とか着てきた方がいいですかね」
「じいさん、急患一名追加だ。頭がやられてる」
「頭から酒でも被せとけ」
場を和ませようとしたのに、二人とも実に辛辣である。
でも可愛いと思うんだけどなナース服。ミニスカワンピースのやつと、エプロンドレスにナースキャップのスタイルとどっちでもいけるぞ。
そんなこんなで診察室でガヤガヤやりながら、とりあえず私は少年の体を拭くためにお湯と濡れタオルの準備。
スズメは使用が想定される薬を棚から選び出して、ケドゥ先生は点滴の用意をテキパキと始めた。
夜半の診療所に俄かに活気が満ちる。その中で少年はいまだに気を失ったまま、死んだように寝入っていた。
その眉間には、まるで悪夢に耐えるように深い皺が刻まれていた。
******
それからしばらく我々はケドゥ先生監督の元で治療の手伝いをした。
手拭いを何枚も真っ黒にして体の表面を綺麗にして、点滴で体力を補いつつ、経過を観察しながら適切な薬を処方する。
軟膏で外傷を消し、注射で体内の炎症に対処する。流石はこの世界の薬品は見事なもので、あれだけボロボロだった彼の体は刻一刻と健康を取り戻していくようだった。
山場を超えたと判断されたところで、我々は医師から休憩を言い渡された。
時計を確認するとすっかり真夜中で、思えば結構な時間忙しなくしていたようである。
昼過ぎにロムレウスに馬車で到着してから何かとバタバタしっぱなしだったことを思い出して、私は疲れからか欠伸が漏れるのを噛み殺した。
「ところで聞いとこうと思うんですけど」
「んぁ?」
「
診察室を退場した私とスズメは、診療所の片隅にあるダイニングキッチンで身を休めていた。ケドゥさんは片付けと経過観察のために残っている。
私はと言えば厨房に立って鍋を火にかけてながら中身をおたまで掻き回している。ちなみに今は髪を後ろで括り、ジャケットを脱いで代わりにエプロンを羽織った状態だ。
エプロンの女の子がキッチンにいるだけでなんだかグッときませんか、と意見を求められたスズメは「あっそう」という極めて多大な関心を寄せた深い含蓄のある返答をしてくれた。
手元に開けている晩酌の酒から1ミリもブレていないその目線が気に食わなくて、なんか話題はあったかと頭を捻って思い当たった
「お前さぁ……厨房にそんなもん置くなって」
「すぐ片付けますって……で、そちらは何か心当たりは?」
私がアイテムボックスから取り出してキッチンの床に置いたのは一つの棺桶だった。彼の苦言も最もだが、まぁ勘弁してほしい。
この棺桶は『死化粧師の棺』というアイテムで、ゲーム時代は
蘇生手段を切らしている時に取り敢えず突っ込んでおくとゲームオーバーは免れるという、いざというときの保険のようなものだ。
現実化後は死体を新鮮な形で保管できるということで、獲物を狩った後に魔物問わず人間問わず便利に活用させてもらっている。
そして、私が出した棺の中に入っているのはーー先刻、あの少年を追い回していて私に殺されたチンピラ2名だった。
時間がなかったので棺桶一つに二人を詰め込んである。
結果として、強引に閉所に折り畳まれて捩じ込まれた無惨で新鮮な死体とご対面する羽目になったスズメは渋い表情になった。
「武器は
「…………あぁー……。なるほどなぁ……だから早々と帰った方がいいぜって言ったんだオレは……」
一緒に棺桶に突っ込んであった拳銃を矯めつ眇めつしながら、彼は嘆息した。
まぁ座んな、と促されたので私は彼と席についた。
少し長い話になりそうな気配がしたので、卓上に置いてあった彼の酒瓶を拝借して中身を手酌で注ぐ。
「さてと……まずはこの街の勢力図については覚えているか?」
「ファルコーネ
特に思い出そうとする必要もなくすっと質問に答える。ここに出入りするに当たっての最低限の前提となる知識だ。
わざわざ聞くまでもないだろうに、と思いつつ、わざわざ聞くからには何かあるな、と察する。
思考を巡らせながらショットグラスに注いだ酒を舐めるように口に含んで……猛烈な辛みが喉に染み付いてむせる。
よく見ればスズメが出した酒はレッドリーパーを付け込んだウォッカだった。あれだけ夕食で辛味を摂取してまだ足りなかったのかコイツ。
「……あの子供、多分男娼でしょう。
私は私の推理を口にする。
少年の追っ手だった二人組の話していた内容、楽しませろと言いつつズボンを脱ぎ始めたことからそうではないかと考えていた。
あと確信したのはベッドに運んで尻の状態を見た時だ。相応に手酷く扱われたに違いない。
肛門というのは本来ものを入れるための穴ではないし、元々排泄物を出すところである。
なので事前にある程度慣らして広げておく必要があり、衛生面でも気をつけておかないと、傷付いて裂けたり膿んだり感染症になったりする。
その辺りの機微もわからん粗悪な娼館で、日常的に暴力を振るわれながら働かされていたというのが身の上であろう。
ーーーーこの街には三つの
一つ目、古くは自警団を起源に持つ歴史と伝統のファルコーネファミリー。
二つ目、ファルコーネから分派した荒くれ者達の集団、武闘派のヴェルディファミリー。
三つ目、規模こそ小さいが官僚などへの
アヴェンティン街区という
基本的な方針としては規模の上から順に、ファルコーネが穏健派、ヴェルディが過激派、カヴァルリが中立派といったところか。
ヴェルディ辺りは末端まで行くとかなり無軌道で暴力的な、
そうなるとあの少年がいたであろう娼館もそうしたところの管轄ではないか……というのが私の想像だ。
ただ、そうした
勢力争いと街の均衡に関わる何かがあるのかもしれないが、残念ながらそこまでは窺い知れないところだった。
「いや、残念ながらな……エリーコファミリーの管轄だよ、間違いなくな」
「なんですか。新しいのが生えてきたんですか」
私がそこまで推測を語ったところで、スズメは酒で口を湿らせながら渋い表情で訂正した。
エリーコという名には聞き覚えがない。ここでも時々新興のファミリーが生まれることはあるが、大抵は既存の三組織の縄張りを奪えず潰されるか吸収されるのが常である。
そういった組織がどうにかまた新しく出てきたか、あるいはしぶとく生き残っているだけか。
だが、続くスズメの言葉は私の想像の上をいった。
「もうそこしか無えんだ……。お前の言った三つの
「……………は?」
呆けたような声が喉から漏れる。
潰された?ゲーム時代から変わらず十数年、「設定」としてこの街の支配権を握っていた三組織が潰された!?
「ファルコーネの連中はどうしたんですか、街の治安維持は彼らの仕事でしょう」
「正面から潰されたよ、ボスもろともアジトを物理的にな。生き残りは散り散りだ」
「……ヴェルディはどうなりました。幹部からボスまでは結構な実力者だったはずでしょう」
「全員死んだよ」
「カヴァルリは?彼らはちゃっかりしてますからどうにか……」
「……まぁな、上二つが潰された段階で降伏したよ。今じゃエリーコの飼い犬に落ちぶれたっつー話さ」
「………………
「大
スズメは笑っていない。その淡々とした口ぶりと表情がこの話が
私は凄まじい辛さで喉を焼く酒を気付け代わりに煽りながら、頭を抱えた。
特にヴェルディの幹部連中が皆殺しにされたというのが衝撃的だった。
生粋の武闘派である彼らは正面からやりあえば軍隊や冒険者にも手出しできないだけの暴力の塊だ。
組長一人だけで冒険者に換算すれば一級、二級相当……つまりは英雄クラスの実力者。ゲーム的にはボスクラスの格であり更に護衛と幹部の面々まで含めれば私でも手を出せない。
それが、全滅。
「そのエリーコファミリーって連中は……どれだけの戦力を持ってるんですか。最上位層の冒険者でも取り込んでるんですか?」
「……聞いて驚け、やったのは連中のボスお抱えの用心棒、
「…………………」
私は二の句を告げることができなかった。
スズメはもう笑うしかできないと言わんばかりに、皮肉気に口元を歪めていた。
舌が捥げるような激辛蒸留酒を、躊躇いなく一息で煽る。
その気持ちがちょっと私にはわかる。そんな荒唐無稽な話を口にせにゃならんとは、飲まなきゃやってられん。
「
「アイツらがこんなところに出張ってくるわけないだろ。……やったやつの身元は誰も知らん、カヴァルリの情報屋なら何か知っていたかもしれんがな。ただ俺たちはその出で立ちから『黒服の男』とだけ呼んでいる」
「『黒服の男』……」
その名前とも言えないありふれた情報しかない通称を口の中で転がす。
たった一人でこの街の勢力図を破壊して塗り替えてしまったという人物。一体それは何者なのか。
何一つわからないが、ここまで聞いて今のこの街を覆う異様な雰囲気の原因は理解できたように思う。
そんな怪物がうろついていると知ったら外に出たくないし、静かにしていたくなるのは当然のことだろう。
「エリーコの連中が三つの組織を潰してこの街を支配して一年……弱ってところか。自警組織の顔もあったファルコーネがなくなって以来、地元の人間も使い潰すようなタチの悪い商売も増えてきた。……あの
「……なるほど」
「おまけに奴らは三組織の残党狩りにも熱心だ。くれぐれも刺激してくれるなよ。『黒服の男』を差し向けられたら流石のお前も死ぬぞ」
「ご忠告、どうもありがとうございます……」
神妙な表情でそう言いつけられて、私は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
ちらりと横目で床を見ればそこにはエリーコの構成員と思われるチンピラ二人分の死体を納めた棺桶。
……既に非常に危ない橋を渡っていたことに気づいた私は、
******
「おい、お前さん。例の子供が起きたぞ」
「あ、はい。今行きまーす」
話し合っている途中、診察室から顔を出したケドゥ先生から声をかけられる。
何分気に良くない話だったので中断するきっかけができたのは悪くない。
これ幸いと私は準備を整えて診察室の方へと行くことにした。
そのとき私が手に持ったものを一瞥した老医師は、それくらいなら構わんじゃろう、と無難なコメントを残した。
「改めまして、こんばんは。先程ぶり……ということでいいんですかね。記憶とか大丈夫ですか?」
「……ぁ、ぇ……」
私が入ると、その少年はベッドの上に半身を起こしてぼんやりとした表情を浮かべていた。
古びた蜂蜜のような濃い黄褐色の目、猫らしい縦長の瞳孔は焦点の合わないままに視線を宙に漂わせている。
やがて私の声が聞こえたことが何かしらの刺激となって意識を起動させたのか、ピクピクと耳が幾度か動いた後、その瞳が私に向かってゆっくりと向けられた。
「……こ、こ」
「えぇ」
「ど、こ……?」
「病院です」
「……ぉ、ぃしゃ、さん……?」
「私は違います。ただの通りすがりですよ」
声の一拍、音の一節を一つずつ確かめるような声音。
荒いヤスリでざらざらに削られた若木のような声だった。まだ少年らしい高い声なのだが、
まだ年若い少年だ。目算だが十代前半くらいといったところか。
手入れなど行き届いていないボサボサした伸び気味の髪は、部屋の明かりを照り返して灰がかった炭のような色合い。
肌の色は褐色で南方系の出自だろうと推測させる。ただそれもやつれて荒れて、子供らしい滑らかさとは無縁のものになっていた。
まだ色濃い隈が残るつぶらな眼は不安気に
よく見ると睫毛が結構長く、整えればなかなか可愛らしい顔立ちなのではないかと思わせる。
まぁ、そのせいで娼館に放り込まれたんだろうけど、と心の中で嘆息する。
「そ、れ……な、に……?」
「ん、あぁ……おっとっと、忘れるところでした。これはあなたへですよ」
観察していたところに声をかけられて、当初の予定を思い出す。
私は診療所の厨房で作って持ち込んだものを彼に手渡した。
「夕飯がわりに、重湯です。お口に合えばいいんですが」
「…………」
どんぶりの器を彼の手に持たせる。痩せ細った枯れ木のような手だったが、骨折などは治っているようで何よりだと思った。
器の中にはうっすらと白みがかった湯が並々と盛られている。
最初はお粥にするつもりだったのだが、それでも内臓に重すぎる可能性を考えて重湯にした。
粥そのものは酢と醤油と昆布の出汁で味付けして、炊いて煮た後に
ちなみに濾しとった米の部分はお礼がわりにケドゥ先生にあげた。
「ゆっくり飲んでくださいね、熱いので」
「ぅ、ん……っ」
ぱちぱち、と彼は目を瞬かせながら手元のお椀を見つめていた。
どこか現実感を覚えられないような表情を浮かべている彼だったが、私が催促するとおずおずとゆっくり、何かを確かめるように器を口元へと運ぶ。
「……!!」
変化は劇的だった。
はっとしたように目を見開いて、一度口を離す。
そうして一息をついてから、また中身を煽った。
ごく、ごく、ごくっ、と勢いよく喉が鳴る。まるで何日も砂漠を彷徨い歩いてようやく水場にありついた遭難者のようだ。
そんなに勢いよく飲んだら火傷するだろうに、と横から言いたかったが、そんなに熱心なようでは口を出すのも憚られる。
彼はいつしかポロポロと涙を溢していた。
「ぉぃ、しぃ……っ!お、い、しぃです……!すご、くっ、えほっ、げほっ……!おぃしい……!!」
「そう?それならよかったです。……ゆっくり飲んでください、むせてますよ」
しょうがないので背中をさするくらいはしてやる。患者着越しだが、こうして直接触ると骨と皮だけのなんとも痛ましい体だった。
ろくな食事も与えられてこなかったのだろう。消化に体力が必要なものを作らなくて本当に良かったと思う。
彼は何度も譫言のように、おいしいおいしい、と言いながら重湯を飲み続けた。
まぁ、極限の空腹状態で食べる飯が泣くほど美味いというのは自分にも経験があるのでわからんでもない。
そこまで喜んでもらえたなら悪い出来ではなかったようで何よりである。
私はスズメから拝借した酒の辛味のせいで舌が麻痺していて碌な味見もしていないのだが。
「……君、名前は?」
「ーーーーミケ、ル。ぼくの、なまえ、は、ミケル、です……っ」
「そう。私はリオ。リオ・オーガスタと言います。……これからよろしく」
三毛猫ではなく黒猫だが、ミケ。そのように覚えておこう。
私は自分の名を名乗ると同時に彼の顔を覗き込んで小さく笑みを浮かべた。
彼ーーミケルは止まらない涙越しの滲んだ瞳で、私の眼を見つめ返していた。
ーーーー既に夜も更けた貧民街の片隅の、診療所のベッドの上。
お互いの名前を知ったのはこれが初めてのこと。
これから長い付き合いになる一人の少年、