※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

101 / 102
第八話 ブラックパウダー

 

 

 

「昨晩は申し訳なかったですね、結局合流出来なくて」

「いえ、事情があったのなら仕方のないことですよ」

 

 朝食のコーンスープを一匙口に含みながらラストルはそう言った。

 ただよく見ると若干眦が頼りなく下がっているように見える。

 表面上は気丈に振る舞いつつも、やっぱり私が来なかったのは寂しかったようだ。

 すまないことをしたと思いつつも、美男子の萎びた表情もそれはそれで味わい深いものだと勝手なことを考えている自分がいる。

 

 ……一夜明けてロムレウス市街地、白狼亭。

 ラストルが部屋を取っている首都の高級宿の一つ。

 私達はそこの一階にあるレストランフロアで朝食を取っていた。

 こっちは何分、早朝から出てきた上にそもそも昨夜あまり寝ていないのでどうにも眠気が酷い。

 私は欠伸を噛み殺しながら注文したミックスベリーパイを頬張った。

 

「眠たそうですね。少しお昼寝していかれますか?」

「……ありがたい申し出です。そうしたいのも山々ですが、まぁ、あまり長居できない事情もあります……。ふあぁ……」

 

 首都郊外のアヴェンティン街区から此処まで私の足でおおよそ二、三時間といったところ。

 昨日の晩に診療所で仮眠程度に身を休めてからは日が昇りきらないうちに出てやってきたのだ。

 この後帰らなくてはいけないことも考えると眠いし疲れるし、面倒だ。

 

 脳に栄養を回すべく、朝食から甘いものをいただくことにする。これは必要な栄養摂取であり、罪悪感など微塵もない。

 ほのかに暖かい焼き立てのサクサクしたパイ生地の食感に、ラズベリーとストロベリーの甘酸っぱさ。

 蜂蜜仕立てのソースとベリーの下に仕込んであるカスタードクリームの甘味がなんとも味わい深い。

 良い宿なだけあって出される食事も良いものを揃えている。

 一緒に頼んだ濃いめのブラックコーヒーをグッと呷ると幾分頭がすっきりしてきた。

 ……思えば昨夜の夕飯が晩酌も含めて激辛尽くしだったせいか、甘いものが一層美味しく感じる。

 

「長居はできませんか」

「そうですねぇ。あっちで拾った子がいるので、流石に放り出しては目覚めが悪い」

 

 ラストルが私の言葉を反芻しながら、テーブルの上のロールパンを手で切り分ける。

 こういう所作に育ちの良さって出るよな、と役体のないことを考えながら私は昨夜あったことをかいつまんで説明した。

 アヴェンティン街区の料理屋で古馴染みにあってそこで食事をしたこと、その帰りにチンピラに追われていた少年を拾ったこと、彼を拾って診療所に担ぎ込んで現在療養中であること……。

 彼は一口サイズに千切ったパンを咀嚼しながら、聞き分けの良い生徒のように頷いていた。

 

「……で、その子が立って歩ける程度に回復するまでは見ておこうかなと」

「ふーむ……なるほど」

「あぁ、物見遊山気分でこっちには来ないほうが良いですよ。今のアヴェンティンは思っていた以上に治安が良くないので」

「わかってます!流石に一人ではそんなところには行きません。……いえ、護衛があっても行く予定もないのですが」

「おやおや、それではそんな危ないところに自分から好んで行っている私はなんなんでしょうね?」

「からかわないでくださいよ。リオさんは自分の身は自分で守れる人だと、僕は信頼していますから」

 

 若干の脱線を挟みつつも情報共有を行う。

 ラストルがこっち側に来ないように釘を刺しておくに越したことはない。

 既存の三つのファミリーを正面から潰して貧民街(スラム)を統一したというエリーコファミリーと、その用心棒であるという『黒服の男』。

 その具体的な危険性は私にはまだ未知数だが、少なくとも一般人であるラストルを巻き込むリスクは避けるべきだろう。

 

「で、そういうわけですので私はしばらくあっちに滞在することにします。こっちに来る機会も減るでしょうし、連絡自体も極力寄越さないようにします」

「……厳重ですね」

「当然です」

 

 まず、私は既にエリーコ傘下のチンピラを二名殺害している。この時点で喧嘩を売っているようなものだし、そうなると連中も下手人を探すのに躍起になるだろう。

 実際、私が出てきた早朝の段階でも構成員と思しい強面の男達が何かを探すようにあちこち彷徨(うろつ)いているのを見かけた。

 余所者である私なんかは認知されれば真っ先に目を付けられるだろうし、そうなることは避けたい。

 エリーコが既存のマフィア達の勢力圏や情報網をそっくり使えると仮定すれば、既に首都側に網を張られている可能性も否めない。正直こうやって白狼亭で食事しているのもリスクだと思っているくらいだ。

 少なくとも、手紙なりなんなりで連絡を取るのは無し。アヴェンティン近くの郵便屋から他所への輸送物を漁るくらいは当然するだろうし。

 

「寂しくさせてしまって重ねて申し訳ないとは思うんですが、これも貴方の安全のためでもありますので……」

「えぇ、大丈夫ですよ。そういうことでしたなら受け入れます。……リオさんに振り回されるのも慣れていますので」

 

 ラストルはそう言って困ったような笑みを浮かべた。

 ええい人聞きの悪い。まるで私が周りに迷惑をかけてばかりのようじゃないか。

 ……まぁ、否定はできないが。まったく、心当たりが多すぎるくらいだ。変なトラウマを思い出して「あーっ!」と叫んで誤魔化したくなるくらいにはあるな。

 それに今回だって私がその場の勢いで人を殺して子供を拾わなかったら、ラストルと気楽な首都観光をしている予定だったわけだし。

 私の責任といえば、その通り私の責任なのだ。

 

 ……そしてその上で自分のやったことを後悔しているかと言えば、これについては「NO」と断言する。

 私は後味の悪いことはしない主義だ。刹那的に思い付きと衝動任せに生きている無計画な奴だなんて言われることもあるが、それも結局は自らに正直に悔いなく生きていくためのことだ。

 私は昨夜ああしようと思ったからそうしたし、それを後からやるべきでなかったと否定するのは、その瞬間の()()()()()()()()()()()失礼というものだ。

 なので終わったことに関してどうこう考えるのは無しで、重要なのはそれを踏まえた上でこの先どう始末をつけるか、である。

 

「んんー……、そう。どう始末をつけるか……なんですよね」

「始末というと物騒ですけれど……何をどうすれば解決か、という話ですか」

「えぇ、その通りです。主に例の子供の件なんですけど」

 

 私は手元のパイをザクザクと噛み砕いて咀嚼しながらそう答えた。

 頭にあるのは昨夜拾った猫人の少年、ミケルのことだ。

 

 彼は昨夜、私が振る舞った重湯を飲み切ってから死んだように眠りについている。

 呼吸や脈拍は(かなり弱いが)安定しているので大丈夫ではあろうが。

 考えるべきはその彼をこれからどう扱い、どこまで面倒を見るかである。

 

 流石に容体が安定したらそのまま「はいさよなら」というのは薄情がすぎる。放り出したらそのまま捕まってまた娼館に逆戻りなのは目に見えている。

 首都内のもう少し良い病院や救貧院、孤児院などに任せるというのも考えたが、エリーコファミリーの手が伸びることを考えるとこれも却下。

 となると、少なくともロムレウスには置いておけないわけで……。

 

「うーん……やっぱり、フロラントまで連れて帰るしかないかなぁ……」

「リオさんの帰宅に合わせて……というのが一番安全になるでしょうね」

「そうですよねー……」

 

 フロラントに入ればパガニーニファミリーの勢力圏だ。

 流石に男娼一人のためにそこまで出張って来ることはないだろう、多分。

 ネーロさんを巻き込むつもりは無いが、相手が領域侵犯してしまうことを考慮して組織的に動かないのであれば抑止力として十分だろう。

 商品一人持っていかれたことによる面子の問題と、組織間抗争に発展する可能性、及び人員を送り込む距離的な費用(コスト)と手間を天秤にかけて貰い、相手が損得を勘定してくれることを祈ろう。

 

「何はともあれ、早めに首都からは出たいところですね」

「そうですね。まぁ、具合が良くならないことには移動に耐えられないでしょうし。それまではちゃんと傍で護衛はしておかないとですね」

 

 なのでこれからラストルに会いに来るのは難しい、と最初の話に戻るわけである。

 そう私が改めて口にすると、彼はそういうことならばと了承してくれた。

 うーん。ありがたいが、やはり申し訳ないのは確かだ。

 

「重ね重ね、振り回して申し訳ないですね。今度、何かしらの形で埋め合わせはさせていただきますので……ベッドの上とかで♡」

「ごフッ」

 

 私がそう言うとラストルは飲んでいたスープで咽せて咳き込んでいた。

 はっはっは、可愛いやつめ。と笑いながら私はテーブルの上のロールパンを引っ掴んで齧り付いた。

 

 取り敢えず話しながら考えは整理できた。

 ミケルが落ち着くまで数日といったところだろう。

 その間、エリーコファミリーに嗅ぎ付けられないよう息を潜めつつ彼の護衛。

 用意が整ったらさっさとロムレウスを出て連中の勢力圏外に脱出である。

 馬車だと追いつかれる可能性があるので、現状最速の移動手段である航空便を使うべきだろう。

 この世界で数少ない空港が首都郊外にあり、そこの操縦士に伝手がある。久々に頼らせて貰うとしよう。

 

 ふわふわしたパンの食感と柔らかな甘味を堪能しつつ、私はそのように今後の予定を頭の中に記載した。

 ……しかし悲しいかな、世の中多くの場合においてこうした楽観的な予定というのは立てた端から崩れていくものなのであった。

 

 

******

 

 

 白狼亭を後にした私はその後でちょっと寄り道しつつアヴェンティンにある診療所に戻った。

 もうその頃には日も高くなっている。やはり片道これだけの時間がかかる以上何度も往復するのは手間だ。

 しばらくはこっちに滞在することにしてそういう意味でも正解だなと我ながら思う。

 泊まるところ?うーん、宿屋もあるにはあるが、宿泊している余所者の情報をエリーコに売るようなところだと危ないしな……。

 スズメのところに間借りするか、最悪キャンプである。

 

「こんにちはー、ただいま帰りましたよー」

「おう、お前さんか。ちょうどよかったわい」

「おや、何かありましたか」

「ちょっとな」

 

 診療所には神妙な表情をしながらカルテらしきものにペンを走らせるケドゥ先生がいた。

 ちょいちょい、と手招きされた私はそのまま病室の方に案内される。

 そこには現在入院中のミケル少年がいるのだが……。

 

「……ぅ、ぁぅ……」

 

 彼は苦悶の表情を浮かべながらベッドの上で丸まっていた。

 握りしめられたシーツがぐしゃぐしゃによれて、眉間には悪い夢を見ているように深い皺が刻まれている。

 

「おい、坊主。見舞いが来たぞ」

「ぃ……ひ、ぃ……」

 

 ケドゥ先生が起こそうとして手を伸ばすと、彼は呻きながら身を捩らせて手を振り払うような仕草をした。

 悪い夢の中でうなされながら、なんとか抵抗しようともがいているようだ。

 その様相にはある種の必死ささえ感じさせるが、弱々しいことこの上なかった。

 瀕死の虫が脚をばたつかせて(もが)いている様を連想させる。

 

「調子が良いとは贔屓目に見ても言えそうにないですね」

「まぁな……意識のあるうちにワシが触ろうとすると大体こうじゃ」

「もしかして……男性恐怖症、的な?」

「おそらくは」

 

 苦しみに耐えながら布団に包まっていミケルを見下ろしながら小声で確認する。

 今の彼をちゃんと意識があると判定するべきかどうかは一旦置いとくとして、ケドゥ先生が触ろうとすると抵抗されるということは……十中八九そうではないかと推察する。昨夜、私と話していた時は問題はなかったわけだし。

 ()()()()までに手酷い扱いをされてきたのだし、男性に触れられることに抵抗を感じるようになるのも仕方のないことかもしれない。

 ()()()ちょっと覚えがあるのでわからないでもない。

 

「体の具合は……」

「ぅ、ぅ……っ、ぐ、ぅ……っ」

 

 精神面での問題はわかった。それと気になるのは肉体面での経過だった。

 昨日の晩の治療はどの程度効果を出したのか、外傷が治っているとしたら今彼が苦しんでいる理由は何なのか……その辺りの事情を聞こうとしたところで、私は言葉を一旦切った。

 ミケルがモゾモゾと身を起こしたからだ。

 

 目の焦点はぼやけていて表情も虚ろだ。顔色は精気の失せた土気色で、唇も青い。

 炭色の髪が汗で濡れた額に張り付いていて、息は荒く肩が上下している。

 痛ましいという言葉がぴったりな病人の様相だった。

 彼は側にいる私に意識を向ける間もなく、指先を震えさせながらベッドサイドのテーブルに置いてあるボウルを手に取った。

 

「ーーーーぅ、ぐえぇっ、お゛ぉぇっ……! ぉお゛ぉええ゛ぇえええっ……っ!」

 

 びちゃびちゃびちゃ、と嘔吐物がボウルの底を叩く音がする。

 上体を起こすのも辛いのか、ミケルは痩せ細った体を折り曲げて胃の中身を吐いていた。

 ぐえっ、ぐえぇぇっ、と絞り出すように何度も何度もえずくが胃が空っぽなのだろう、吐き出せるのは茶色がかった胃液のみだった。

 あぁ、これは一番辛い吐き方だ。同情する。

 自分も酷い二日酔いで翌一日身動きできなくなったとき、こういう感じに吐いた覚えがある。

 こちらの吐き気も誘うような酸っぱい臭いが立ち込める中、私は彼の背中をさすってやった

 

「……大丈夫ですか?いえ、見るからに大丈夫ではなさそうですが……こちら水です。口を濯いで、一口分だけでも飲んでください」

「……っ、はぃ……、ぁりがとぅ、ございま、す……」

 

 一通り吐き切って荒い息をしている彼に、アイテムボックスから適当な飲み水を手渡す。

 ……予想通り、私が触れる分には特に問題はないようだった。

 そのまま彼が口の中を洗って、ゆっくりと、静かに少量の水を飲み下す様を見守る。

 焦ることはない。こういうときは何か喉と胃に入れたらそのまま吐くんじゃないかと思ってどうしても怖々としてしまうものだ。

 ……しかしまぁ、なんだって彼がこういう重篤な二日酔いみたいな状態になっているのだろうか。それが疑問だ。

 

「ぁっ、ぇ……っ。リオ、さん……?」

「はい、私です。ちょっとは意識もしゃっきりしてきましたかね」

「ぁ、の、ごめんなさい。ぼく、その……ごめんなさい……」 

「いいですよ、謝ることなんて何もないです」

 

 そんなことを考えているとやがてミケルがパチパチと何度か瞼を(しばたた)かせて私の方へと視線を向けた。

 ようやく隣にいるのが誰かまともに意識できる状態になったようだ。

 私に気付かなかったことか、それともゲロ吐いてるところを見せてしまったことか、彼はしきりに何度も「ごめんなさい」と口にした。

 まぁ、私に言わせれば別に謝られるようなことでもない。

 私が勝手に拾って、勝手に助けて、勝手に看病しているだけなのだし。

 

「ごめんな、さぃ、ごめんなさい……」

「はいはい、謝るのはやめにしときましょう。……あぁ、お姉さん的には『ありがとう』の方が言われて嬉しいですよ」

「ぁ……ごめんなさい。いや、あっ、ちがっ、え、ぁ……ありがとう、ございます……っ」

 

 おどおどとそう口にするする猫耳の少年の様子がなんだかおかしくて、私はそっと彼の肩を抱いた。

 腕を回した瞬間、ビクッと跳ねるように肩に力が入ったが少しすればそれも抜けていく。

 痩せ細った、骨の目立つ薄い体だった。

 無言でその背中をとん、とん、と軽くゆっくりと叩く。

 どのくらいそうしていたかはわからないが、そう長くはなかっただろう。

 ミケルは私の胸元に寄りかかったまま力を抜いていき、

やがては寝息を立て始めた。

 あどけなさの残る可愛らしい顔立ちは、先ほどよりも幾分和らいだ寝顔を浮かべていた。

 

 

******

 

 

「ーーさて、改めて容体の説明をせんとな」

 

 ミケルがちゃんと寝入ったのを確認した私達は診療所の受付の方に移動した。

 椅子に腰掛けたケドゥ先生はカルテを片手に内容を検めながら、ここにいる三人目に水を向けた。

 

「まぁ、現物を見た方が早いじゃろう。ーースズメ、()()持っとるか」

「はいよー」

 

 相変わらず蜂みたいな柄の目立つ忍者装束のスズメが軽い返事をして、ポケットの中にあるものを机の上に置いた。

 彼が取り出したものは……小さな薬包紙だった。

 慎重にそれを開けてみれば、中には目の粗い黒い粉末が収められていた。

 

 ーー私は、これに見覚えがある。

 

「こいつは『ブラックパウダー』って言われている。最近じゃ巷で大流行り、売り上げチャートのトップをひた走る大ヒットクソッタレさ」

「……これ、()()()()()流通しているんですか?」

「知ってんのか?」

「えぇ、何度か見かけましたよ。フロラントの方でも」

 

 私はその黒い粉……ブラックパウダーという麻薬を注視する。

 少し前にも、パガニーニファミリーの縄張りの中で外部から入ってきたすばしっこい()()()が薬を売り捌いていた案件があった。

 それを狙撃して撃ち殺したのは私だし、回収された薬はこれまた私の知っている薬品工場に解析に回されて鑑定書も読んだ。

 確か効能は…………。

 

「弱体耐性を貫通するために体の中で強化効果に偽装する処理、短時間で素早くキまり強い興奮作用がある」

「……しかし、悪酔いする可能性も高い上に、使用後の体調の悪化も著しい。ついでに中毒状態も長く続き、抜け切るのに時間がかかる始末じゃ」

 

 二人はスラスラとそう口にする。

 当然のようにサラッと効果の説明ができるくらいに二人は専門家……というか、そういった症状の人間を多く見てきたのだろう。

 思い出すのは昨日この街に来たとき路上で多く見かけた浮浪者の姿だった。

 全員が全員、痩せ細って精気の失せた虚ろな表情(かお)で道の端に倒れたり蹲っていた。

 彼らがブラックパウダーの服用者の成れの果てだとすればーーーーおそらく、ミケルもずっと中毒作用が進行していれば()()()の仲間入りだったろう。

 

「あの坊主も何度もこの薬を飲まされとるんじゃろうな。末期……とまではいかんが、症状が良くなるにはしばらくかかるぞこれは」

「ま、一発キめたら無理矢理にでもハイになるからな。客を取らされるときにでも盛られてたんだろうよ」

 

 酷いことをする、と昨夜のケドゥ先生のような感想が真っ先に浮かぶ。

 年端もいかない子供を薬漬けにして娼館で働かせてそのまま碌なケアも無しに使い潰す。

 治安や倫理という言葉とは縁遠い貧民街(スラム)のこととはいえ、あまりいい気のしないことではあるのは確かだ。

 個人的にはキャストが嫌々働かされてたり薬で正気を失ってるような娼館では、快く遊べないので嫌だなぁと思ってしまう。

 やっぱりセックスはお互いが納得ずくで蟠りなく気持ち良くなるのが一番気持ち良いと思うんだが。

 無理矢理ってのも悪くはないんだけど、あくまでそれは緩い合意が前提にある上で相手にちょっと強引にリードを取られたい、ないしは取りたいという互いのニーズに沿ったプレイの一環でーーーー。

 ……話が逸れたな。

 

「ブラックパウダーは()()ではかなりの量が流通しておる……というか、エリーコの敷地内に実際に作っとる設備があると、そういう噂じゃ」

「まぁ、とはいってもあるのはボスの屋敷の中ってぇ話だから踏み込めねぇしな。……ただ質を問わなけりゃ結構簡単に作れそうな感じではあるから、他にも生産拠点があるかもしれねぇが」

 

 どうやら既に街全体がこの麻薬によって汚染されているようだ。

 いや、となると既に首都側にもかなりの量が出回っているとみて間違いないだろう。

 そしてこの手の事業のお約束として、麻薬の収益が役人や官僚へ袖の下として渡されているだろうから取り締まりも緩いのだろう。

 ましてやファミリーが統一してしまっているここアヴェンティンについては言わずもがな、という話である。

 街の状況は、実に良くない。

 

「……ミケルは、どれくらいで良くなりそうですかね」

「即効性のある緊急回復の手段はない。対症療法で体調を整えつつ、もちろん薬物自体を絶った上で二、三週間は見ておきたいところじゃな」

「なるほど……」

 

 普通の人間ならその二、三週間の間にまたブラックパウダーに手を出して逆戻りするのだろうなぁ、と大体察する。

 この薬は製造が容易で、それ故に比較的安価だと聞いている。

 他より安い、という事実は心理的なハードルを下げてしまうだろうし、そのまま少しずつ出費を続けてズルズルと薬物の沼に嵌ってしまうだろうことは想像に難くない。

 

 しかしまぁ、と私は心の中で溜め息を吐いて頭を掻いた。

 朝方ラストルと話していたときは数日で落ち着くだろうと考えていたが、これは早くも目論見が外れそうである。

 私とミケルは長くこの街にいればいるほど危険があるが、それでも今の彼を連れ出していくことは難しい。

 

「……この診療所にも、あまり長くは置いておけんぞ」

「なにかありましたか」

「朝方、エリーコのもんが脱走した娼館の子供と、行方の知れなくなった組員について聞き込みに来よった。賄賂を握らせて帰らせたが、踏み込まれるのも時間の問題じゃろうな」

 

 ちっ、と軽く舌打ちをする。手が早い。

 聞けばケドゥ先生はこの辺りの区画では顔が知られていること、聞き込みにきた構成員もあまりファミリーに忠誠を誓っていない輩だったこともあって穏便に済ませられたとのことだ。

 しかし、業を煮やした他のものがより強硬な手段に打って出ないとも限らない。

 早急に、より人目につき難い場所に移すなりなんなりして安全を確保する必要がある。

 

「スズメ、どこかいいところないですかね」

「オレの酒蔵の隅でも使いな。宿代は取るけどよ」

「恩に着ます」

「気にすんな、オレもエリーコの連中は気に食わねえから……って、そうだったそれ関連で話があったんだわ」

「?」

 

 ケドゥ先生の賄賂代の立て替えもしないとな、と考えていると、スズメは掌をポンと打って何かを思い出したような仕草をした。

 首を捻って私が続きを促すと彼はなんて事のないように言った。

 

「いやー、午前中にうちの店に戻って、お前に頼まれてた『モント・ブランカ』が残ってたかどうか在庫と帳簿の確認しててさー」

「えぇ」

「すまん、売り切れてたわ」

「ーーーーは?」

「そういや先月くらいだったか、エリーコの連中がただ同然の値でくらいで10ダース、無理矢理買い叩いていきやがってよぉ。マジで頭に来るぜ。そん中に入ってたわ、悪いな」

「ーーーーは?」

 

 ……はぁ?

 

 はぁっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 




第一章二十四話、閑章閑話9を参照のこと
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。