建築計画というのは結構大事だ。特に規模が大きくなればなるほど。
建物は自重で潰れたり些細な衝撃で崩れたりしないように力学的な計算を考える必要があるし、街全体を開発していくのであれば人の動線や不可欠なインフラの配置についても気を配る必要がある。
普通の家に普通の街、そういう普通さはしっかりとものを知った上でしっかりとものを考えている専門家の不断の努力によって支えられている。
……であれば、逆にそういった専門家の手など碌に入っていないような場所であればどうなるか。
素人の手による粗雑で歪な増改築を繰り返した崩れそうで崩れてないが、やっぱりいつ崩れてもおかしくなさそうな奇怪なバランスの建物。
景観や人の移動、利便性など全くの意識の外にある全体の配置。迷路のように曲がりくねった路地が血管のように張り巡らされた街並み。
なるべく全体を見渡せるような場所から俯瞰して見る
「…………あれか」
手を
幸いにして見つけるのは全く難しくなかった。それはこの街にあっては殊更に目立つ程に整然とした作りをしていたからだ。
石造りの塀とその上に備え付けられた槍のような鉄柵、城のような門構に武器をチラつかせて周囲を威嚇する屈強な警備の男たち。
中の敷地にはしっかりと草を刈られた芝生の庭が広がり、ご丁寧に噴水まで備え付けてある。
玄関前には威圧的な石像を左右に並べており、建物そのものは派手に華美にとこれみよがしなくらいに装飾的な代物だった。
まぁ、見るからに余るほどに金を溜め込んでいる貴族か豪商かの屋敷といった佇まいだった。あけすけに言えばかなり成金趣味な作りと言えるだろう。
古びた石材と木材のガタついた建物が立ち並ぶここアヴェンティン街区ではぶっちゃけ浮いている。
ついでに言うと街区内の大通りに面していることもあって、とにかく目立つ。
ーーーーこれがこの街を現在統治しているエリーコファミリーのボス、その
「見えるか?」
「流石に
私の後ろからスズメが声をかけてくる。
私達が今いるのは屋敷からおおよそ1.5kmほどの距離にある建物の屋上である。
自分の弓でも届かなくはない。ただ精度は落ちるのでもう少し近づきたいというのが本音、くらいの距離だ。
当てるだけならこの距離でもできるが、ある程度の格の相手を射殺するなら1km圏内には入りたいところだ。
しかし、今はそうもできない事情がある。
「殺れる、となったらそれを勘付かれるかもしれませんからね」
「この距離で気付くか?」
「気付く奴もいますよ」
少なくとも自分なら気付く。感知系
私は例の『黒服の男』とやらがどういった能力を持ち、どの程度の強さを持っているのか伝聞でしか知らない。
感知系の技能には疎いかもしれないが、逆に私以上の探知範囲と隠行能力を持ち、今この瞬間にも屋敷に視線を向けているものの存在を気取ったかもしれない。
強者を相手取るのであれば、どれだけ安全マージンを取っていても警戒しすぎということはないだろう。
必殺の機会を窺うために重要なのは、狙っていることを悟られないことだ。
「最悪、今この瞬間にこの距離から目が合ってカウンターを食らう可能性もなきにしもあらずです」
「…………そろそろやめといたほうがいいんじゃねえか?」
「……そうしましょうか」
一番悪いパターンの想定まで話したところでスズメにそう催促される。
私としても別に異論はなかった。圧倒的に強いと言うことしか知らない、未知の敵を相手にこれ以上リスクをとる必要はない。
……今はまだ、だが。
「そろそろちょうどいい時間だ、待ち合わせ場所に行くとしようぜ」
「ええ、そうしましょう」
スズメが端末で時間を確認して顎をしゃくる。
私を促してそのまま彼は屋上から身を踊らせるが、別に唐突な自殺ではない。
彼はそのまま外壁の窓枠や煉瓦の縁など小さな凹凸に手足をかけながら軽快に地上まで降っていった。こういうところは忍者っぽいな。
「…………」
私も同じように降りようとした、その直前に屋敷の方へと視線を一瞥する。
ある程度の危険性があるとはいえ、それでもあえて屋敷の観察をしようと思ったのはーー単純に、敵をこの目で見ておくことで自分の的を確認しておきたかったからだ。
エリーコファミリーは既に私の中で、明確に敵という判定になった。
酒一本のために、私はこの街を牛耳るマフィアに喧嘩を売ろうとしている。
******
ーーーー野郎ォブッ殺してヤらアァァァ!!
……と私が叫んだか、叫んでないかはともかくとして。
遠路はるばるフロラントからやってきてお目当ての品を逃した私は久方ぶりにかなり頭に血が昇っていた。
しかも、適正価格ではなくて酒屋であるスズメを恫喝して安く買い叩いたとのことで有罪度合いが跳ね上がっている。
正当な取引の結果ならともかくとして、そういった非合法な手段で持っていった品なら……やはりこちらも非合法な手を使って奪っても良いのでは?
むしろ、ものの価値もわかってなさそうな安い買い方をしていったならずものに消費されるより、私に飲まれた方が酒の方も幸せなのでは?
消費……そう、消費である!
酒は美術品でも不動産でもなく、飲まれれば無くなってしまう消費物である。
今、この瞬間にも酒蔵から出されてエリーコの構成員に雑にラッパ飲みでもされている可能性を考えればいても立ってもいられなかった。
善は急げ、時は金なり、光陰矢の如し。
では早速
……と言いたいところだが、極めて遺憾なことにその案は没にせざるを得なかった。
相手はこの街を力づくで支配下に置いたマフィアども。
その切り札である『黒服の男』とやらの実力は推定でも闘技場チャンピオンクラスかそれ以上。万が一にも正面かち合ったら多分、私でも死ねる。
この怒りを鎮めるつもりも殺すつもりもないが、流石に事前の情報収集も無しに敵に回すのはあまりに無謀というものだ。
私はエリーコファミリーのボスの顔も『黒服の男』の外見も知らないし、なんなら本拠地の場所も知らないし、考えてみれば知らないことだらけなわけだ。
思考を切り替えるーーーー
私がそこまで考えて尋ねたところ、スズメはちょうど良い情報の伝手を紹介してくれることになった。
「言っとくが、一旦紹介したなら足抜けは無しだぜ。ーーお前にも一枚噛んでもらうからな」
「なに、承知の上です」
スズメはやや呆れたような色を滲ませながらそう言ったが、引くつもりはなかった。
情報をいただくならば相応の対価を支払うことになるのはと当然のことだろうし、それが元でこの街の因縁に引き込まれるリスクももちろんあるだろう。
それを押してなぜ踏み込むのか自問自答する。
単純だ。私はーーーー私の決めたことを裏切りたくない。
それだけだ。それだけのことだ。
そして、それが全てで構わない。
「…………時間通りか」
待ち合わせ場所は薄暗い路地だった。
無計画に、出鱈目に乱立する建物が作りだす渓谷の合間。
雑多なゴミと無造作に生える雑草、人目を遮るような影が落ちる狭い道。
真上を見上げれば視界に入る、線状に切り取られた空の青さがなんとも言えない
「よぅ、酒屋。その子が例の?」
「みんな集まってくれたんやったら、なるべくちゃっちゃとすませようや。あんまし時間もあらへんしな」
「……ふん、時間がないのはお前の都合だろうに」
そこには居たのは三名。予めスズメから人相とその
一人目。スーツを着込み手元の懐中時計で時間を見ていた神経質そうな
名前はレナート・モンテーロ。ファルコーネファミリー若頭。
二人目。黒い軽鎧、左目に眼帯、右手で片手斧を弄んでいる
名前はテッサ・ヴァルガ。ヴェルディファミリー頭目の弟子の一人。
三人目。鳥撃ち帽を被った糸目の
名前はエミリオ・ヴォルペ。カヴァルリファミリー参謀。
以上三名ーーーー対エリーコファミリーの
「……さて、ハチノスの。その娘が俺達の仲間になりたい、とそういう理解でいいのか?」
「まぁ、そんな感じだ。腕は断然立つし、雇って損は無いぜ」
レナートがスズメに屋号で呼びかける。
ある程度勝手知ったる仲なのか、睨め付けるような険しい視線にもスズメは飄々とした態度だった。
エルフの男はふん、と鼻を鳴らすと横に目を向けてリカントの女に話を振った。
「……テッサ、お前はどう見る」
「え、なにが?」
「……そこの娘の価値の話だ」
「うん、かわいいよね」
「テッサはん、
「あぁ、そっち」
眼帯の女は周りの話を聞いているのかいないのか、そもそも興味があるのかないのか、とぼけたような返答をする。
レナートが眉間に皺を寄せて、エミリオが苦笑するのにもさして構わずーーーー彼女の健常な右目が私を真っ直ぐ見抜く。
見られている感覚、探られている感覚。それはある程度感知技能を収めたものにとって感じ取るのは容易い。
肌の上を温度の違う光がサッと撫でていくような気配が過ぎ去っていく。
不躾な、とは言わない。なにせ、私もやっているからだーーここにいる全員に対して。
「うん、ヤバいね。距離を離されたらアタシじゃどうしようもなさそう。視界に入ってるうちに殺さないとダメだね」
「……お前がそこまで言うか」
「うん?素直に信じるじゃあないか、レナートにしてはさ」
「……専門家の見解は無碍にしないだけだ。この場だけで真偽の判別のつかない情報は
レナートは懐中時計の鎖を神経質そうに弄りながらそう言った。
見るからに疑り深そうな男だが、なんでもかんでも疑っているばかりでは話が進まないことも理解しているのだろう。理性的な人物だった。
そして彼には私の実力がどの程度か推し量る技能がないからこそ、その筋の専門家であるテッサに頼らざるを得ないというのもわかる。
あの眼帯の女はーーそこの三人の中ではぶっちぎりの強さだ。
「視界に入ってるうちに殺さないとーーとは言いますけどね。私の方こそあなたの視界から全力で逃げないと死にそうなんですが」
「お、やっぱりわかるかー。こりゃ殺り合うとなったら得意な間合いの取り合いだな!」
「えぇ、その上で少なくとも私の方が不利なようですね。ーー素直に距離を取らせてくれないようなので」
「……へぇ、それもわかるかぁ、やるじゃない」
敢えてぐるり、と周囲を見渡すように首を回す。彼女はそれで何を言わんとしているか十分理解してくれたようだ。
既に路地は囲まれているようだった。前後に一人ずつ、建物の屋根の上に一人。計三名。
いずれも結構な手練だ。分野は違うのだろうがテッサ自身と同程度の実力と見える。
彼女を含めて四人で1パーティ、といったところか。
私がそこまで看破していることを察して、彼女は犬歯を覗かせて獰猛に口角を吊り上げた。
振ったり回したりして弄んでいた片手斧がぱしん、と小気味良い音と共に手の中に収まる。
力みもなく、かといって緩みすぎてもいない自然体の立ち姿。
静かに佇む狼を連想させるそれを見ていると、背筋がざわつくのを感じる。
……一筋縄ではいかない難敵だ。お互いにその認識を共有して私達は目線を交わしながら笑みを浮かべた。
「アタシは気に入ったよ。この子、仲間に入れようじゃないか!……ん?あぁーっと……そういや名前まだ聞いてないや」
「ーーーーリオ・オーガスタはん、仇名は『青薔薇』。遥々フロラントの方から来はった、向こうの三級冒険者やで。しかも
静かに控えていた小人の男ーーエミリオがそう口にする。
昨日の今日で私の身元が割られていることに内心で驚く。
最も規模が小さいながらも、情報の取り扱いで生き残ってきたカヴァルリファミリーの腕は確かなもののようだ。
……いや、それも今は昔の話ではあったか。
「三級か、アタシらとお揃いだねぇ!どうだい、今度一緒にどこか潜るかい?」
「まぁまぁ、
「……まぁな」
エミリオという情報屋の表情は窺い知れない。
見えないという訳ではなくて、常にニコニコといかにも人当たりの良さそうな笑顔を浮かべているからだ。
フェニアとかもそうだが、交渉ごとに秀でた輩の笑みというのは大抵営業スマイルが基本だ。腹の底では何考えているか知れたものではない。
つまりは胡散臭いのであまり信用しすぎるのはよろしくない。
……経験則とは別にその微笑を信じるわけにはいかない根拠もあるが、今はまだ突っ込むべきではないだろう。
「……さて、俺達はご存知の通り今まで街を守ってきた三つのファミリーの生き残りだ。……人員をかき集めて、あのエリーコの豚どもを根絶やしにするための準備を進めているところでな」
「あぁ!アタシはあのときこっちに居なかったせいで
「テッサはん、確認やけど無念を晴らすっちゅうのは仇を取ることやんな?玉砕してあの世に行く方ちゃうやんな?巻き込まんといてぇや?」
「やかましいぞお前ら!」
レナートが二人に一喝すると、テッサとエミリオの二人は「はーい」と仲良く返事をして口を閉じた。
元々の所属は違うのだろうが、抵抗組織を組んで時間も経つと仲間意識も育つだろうし、気の置けない関係にもなるだろうか。
むしろ、レナートが馴染んでいないだけかも知れない。いかにも神経質そうで疑り深そうな面構えをしていることだし。
「……ハチノスからは
「まぁ、そうですね。そんな感じです」
彼の詰問するような鋭い視線に対してそのように返答する。
ちらりと視線を向けるとスズメは鼻歌でも誦じていそうなとぼけた表情をしていた。
……まぁ、「エリーコの連中が持っているだろう酒が欲しい」とかいう他人が聞いたらふざけてんのかと言われかねない理由を馬鹿正直に話すよりは信用されやすいか。
「……まぁいいだろう。報酬に関しては後で詰めるとして、相応の支払いは約束しよう。危険な仕事を頼む羽目になるからな」
「なるほど、予想はつきますが……私に撃って欲しい相手がいるみたいですね」
「……あぁ、あんたには『黒服の男』の相手を頼みたい」
「そっちかぁ……」
私はしばし天を仰いで溜め息をついた。
だろうなぁ、三つの
どうにか排除できるならさっさと排除したいだろう。
ただエリーコのボスの方ではないのがちょっとした疑問だ。
食事中なり女を抱いてる時なり便所で糞をしている時なりに、矢で壁ごと狙撃でぶち抜いてボスを暗殺。
屋敷の見取り図とボスの行動パターンが分かればやれなくはないだろうし、てっきりそういう仕事を任されるものかと。
「……あぁ、それにはいくつか理由がある」
「うむ、まずエリーコの構成員は寄せ集めの連中が大半で、ほぼボスのワンマン体制だ。頭を落とせば終わったも同然、それは確かだね」
「ついでに言うてまうと幹部メンバーはほとんどカヴァルリから鞍替え……したように見えて内部を探っとる密偵やで、うちとかな」
「……はっ、コウモリ野郎どもめ」
レナートの悪態は置いとくとして、エミリオの発言は重要だ。
彼はエリーコの幹部であると同時に、レジスタンスの幹部でもある。
相手の情報は既に筒抜けなのだろう。逆に言うとこちらからあちらへと情報を漏洩させることもできると言うことだが、そこは一旦置いておく。
ただそこまでの情報優位性をレジスタンス側が持っていても逆転できない理由がある。
それはーーーー単純な戦力の差だ。
「エリーコの最大の戦力は『黒服の男』これは間違いない。……だが、その陰に隠れて見落とされがちなんだがーーーー実はボス、ブルーノ・エリーコという男は組織内でそれに次ぐ戦闘力があるというのがアタシの見立てだ」
「ーーーーあぁ、なるほど、だから私が
「話が早くて助かるよ。現状、レジスタンスで最強なのはアタシのパーティだが、ヤツを仕留めるのに四人総がかりになるだろう。どうにか一人、その間に黒服を足止めしてもらう必要がある」
なるほどね、とそこまで話されて状況を理解する。
テッサは先ほど自分たちを三級冒険者パーティであるという旨の言葉を口にしていた。
連中のボスーーーーブルーノという男は彼女ら全員分に一人で匹敵するだけの実力がある、ということだろう。
それだけなら対処のしようもあるが、ここに最強の護衛である『黒服の男』が加わることで面倒になっている。
三つのファミリーが……特に武闘派であったヴェルディが壊滅して以来、戦闘力に覚えのある人材が枯渇しているのだと思われる。
テッサがブルーノ・エリーコを暗殺する間、『黒服の男』を足止めする役割のものが必要になるが、当然それは生半可な実力では務まらない難易度の高い役割だ。
そして、それがどうやら私に期待されている仕事らしい。
「ちなみに……逆に私がエリーコのボスを暗殺して、テッサさんが黒服の足止め、という分担はできないんですね?」
「せやねん。まぁ、狙撃手のリオはんに一発ばぁーんて撃ってもらうんがいっちゃん楽なのはわかるんやけどな。そうも言うてられへん、こっちの事情があんねんなぁ」
「……我々が我々の手で、
エルフの男は自身の前髪を撫で付けながら重々しく口を開いた。
既にエリーコファミリーがこの街で覇権を握ってから10ヶ月程。一年近い日が経っている。
既存の三つのファミリーは非合法な組織ながらも決して自分達の基盤である地元の人々を軽視しなかった。
それに比べればエリーコはまさしく暴君と言っていいだろうーーーー街に安価で手に入りやすい麻薬を大量に流通させ、娼館などでは拉致されたり売られたりした人間が奴隷のように働かされて使い潰される。
逆らうものは身元を探られた上で、武力で跡形もなくなるまで消し去られる。
それは圧政であり、暴政である。
だがーーーー人間というものは良くも悪くも、
まだ10ヶ月、されど10ヶ月。街の人間は徐々にエリーコファミリー……というよりはブルーノ・エリーコという暴君の治世に少しずつ順応しつつあった。
環境への適応である。住めば都、という言葉もあるように人間は外から見れば過酷としか言えないような状況でも慣れれば案外暮らしていけるものでもある。
例えばマイナス40℃を下回る極寒の大地、年に一度しか雨の降らない乾燥の荒野。そんな極地に住む人間が度々いるように。
「つまりやな……『もうエリーコファミリーのまんまでえんちゃう?』みたいな空気感が進んでもうたら困るんよ、ウチらとしてはな。全部終わった後に、もっぺん元の体制に戻すには
「なのでだな、旧三組織の誰かがブルーノの首を切り落とし、大通りに高々と掲げて勝鬨を上げる必要があるというわけだ!
ぶんぶん、と斧を素振りしながらテッサがそのように締め括った。
捥ぎ取った首の掲揚とか蛮族か?と思いつつも理由には納得する。
確かに外様で雇われの私がボスを倒したら、決定的な支配権の交代を演出することはできないだろう。
つまりは潰された面子を奪い返し、且つ一息に回復させる大きな一手を打ちたいという話か。
「……住人の誰から見てもエリーコの支配が終わったとわかるように、殺るなら大々的に殺った方が良い。つまり……連中のアジトに正面から仕掛けて、潰す」
「あぁ、
「それはアンタだけやで」
尻尾と斧を振り回して興奮を露わにしているテッサは置いておいて、事情は分かった。
「とりあえず、皆さんが連中の拠点を抑える。私はその間、例の『黒服の男』を現場から引き離して足止めすると」
「せやね。遠いとこから矢をぴょんぴょん射かけて、隠れて、また射って……でどうにかならんやろうか?」
「わかりました。請け負いましょう」
「せやろなぁ。流石に黒服はヤバいやっちゃし、言うとるウチらも無茶な仕事やと思っとる。二つ返事とはいかんのは………………って受けるんかい!!」
「はい」
おお、綺麗なノリツッコミだ。関西人かな。
確かに危険な仕事ではある。正直ボスの狙撃くらいならやるだろうと覚悟していたが、目下この街で最強と思われる『黒服の男』の方をやる羽目になるとは。
だが、元々連中のアジトを襲撃するのはこっちとしても考えていたことだし、その点では利害が一致しているのは確か。
話を持ち込んだのはこちらなのだし、そこでうだうだと言うつもりはない。
それに、である。
「ーーーーそれに、断った場合タダで帰してくれるわけもないでしょう?」
「あぁ、確かにその通りだ。間違いない」
私がそう口にすると、テッサが獰猛に口角を歪めて肯定した。
もう私はレジスタンスの内情と幹部の顔を、襲撃計画の話まで知ってしまった。
ここまで聞いて仲間になりません、となると機密保持のために口封じされうるのは目に見えている。
殺されてやるつもりはないし、全力で逃げればなんとでもなる自信はある。
ただその場合ネックになるのは一応非戦闘員であり、元々レジスタンスの面々と顔見知りのスズメである。
私が彼であれば、この場に残って知っている限りの個人情報を洗いざらい吐いて売り飛ばすだろう。
そして彼は私が『白狼亭』に宿をとっていたことや、ケドゥ先生の診療所に保護した子供を預けていることも知っている。
彼らを巻き込むことはできない以上、私はこの段階で断る選択肢はないのである。
ちらり、と一歩後ろにいる当の本人に視線を向けるといい感じに親指を立ててきた。
話を聞いといて一抜けはできないぞ、と言っていたのは彼だし、私も承知していたのだが……ここまで想定通りだとするとなんか癪に触るな。
後で脛に蹴り入れとこうか。
「ちなみに、決行の予定日とかわかってますか?なるべく近い日にちだと嬉しいんですけど」
「……人員の配備を進めているところでな、おおよそ三週間もあれば十分だろう」
「うむ、お前が来てくれたおかげで計画の最後の課題が解決したからな!これで心置きなく斧を研げるというものだ!」
「そろそろ我慢の限界やっちゅう奴らが多くてなぁ。ちょうど渡りに船やったんや。感謝しとるんやで、ほんまに」
皆が口々に感謝の言葉を述べてくる。断れないように囲い込まれていたことに関しては言いたいこともあるが、ありがたがられるのに悪い気はしない
三週間か、と口の中で言葉を転がす。頭の片隅に何か引っ掛かるのを感じて記憶の箱を検める。
確かミケルの容体が安定するまでがそれくらいの見立てだったな、と思い出した。
そういう意味ならこちらとしても渡りに船だ。漫然と病人のお守りをしているだけでは暇を持て余すと思っていたところである。
「……さて、受けてくれるということならば報酬についての話もするか。……対価は、信頼の証を立てるために不可欠だ」
「せやったら、ウチの方から
依頼の予約は三週間後、標的はエリーコファミリーの用心棒『黒服の男』。
危険度は未知数、極高なのだけは確か。
ーーーーだがそうでなくては面白くない。
獲物は活きが良いほど狩る甲斐があるのだから。
******
「……で、お前らはどう見る」
「うん?可愛いくて強い子だなぁ、と」
「んー……まぁ、まだグレーやな。ほんまに後ろになんもないんやったらええんやけど」
それからしばらくして。
交渉を終えたリオ・オーガスタが立ち去った後、レナートが口を開いた。
無意識に手の中で懐中時計を転がす。亡くなった
睨めつけるような鋭い視線は仲間に向けるものとは思えないほどに剣呑であるが、彼の認識ではそもそも彼らは仲間ではない。
元々相互に監視し合っていた三組織の生き残りが利害の一致で組んでいるだけにすぎない。
同じ盃を交わした
彼は敵と味方を、他人と家族を明確に切り分けている。
その保守的且つ極端な姿勢はある意味でとてもエルフらしく、そしてそれ故に彼は外部の人間に対しては疑り深い。
……特につい一年に満たない前に、外から来た人間によってファミリーが潰された今では、特に。
「……
「ちゅうてもなぁ、あの子以外にパガニーニの手のもんは首都の方に来とらへんで。尖兵やとしても少なすぎやろ」
「……じゃあなんだ?本当にフリーの雇われとしてやって来たと……そんなあからさまな建前を信じるつもりか?」
レナートは眉間に皺を寄せた。ただでさえ取れなくなっているそれが彫刻刀で刻んだかのように深くなる。
リオ・オーガスタはフロラントのマフィア、パガニーニファミリーに用心棒として雇われている。それは確度の高い情報である。
表向きは冒険者という身分になっているようだが、そうして身元の保証ができる仕事に就いていて裏ではマフィアに属しているものは少なくない。実際テッサが同じ事をしている。
であるならば、彼女の行動にもパガニーニの思惑が乗っていることを前提としているべきだろう。
「せやから白か黒かはまだ
「……なに、生き残りの兄弟達を守るためなら生え際くらい安いものだ。……まぁ、自分達が死なないためにボスを売って侵略者の靴を舐めた裏切り者どもにはわからん苦労か」
「へぇ、目糞が鼻糞を笑うとるわぁ。さっすがファルコーネはんは度胸ありますなぁ、面の皮売ったらお面屋さん開けるんちゃいますの」
皮肉の応酬に毒が混ざる。怒気が混ざる。
人前や部下達の前では同じレジスタンスの首謀者同士で表には出さないが、皮を一枚捲ればこのようなものだった。
エミリオに吐き捨てながら考えを巡らせる。
リオという用心棒がこの街に送り込まれて来たということはあちらの
レジスタンスの大規模な反抗作戦の手前となるこの重要な時期、まさか偶然などということはあるまい。
こちら側に協力を持ちかけて来た以上、エリーコの打倒はあちらも望むところなのだろう。
おそらくは作戦成功後、権力の空白が生じるのに乗じて乗っ取りを仕掛けてくるか、或いはエリーコ暗殺への貢献を足掛かりに徐々に蚕食する腹積りかーーーー。
「まぁ、こっちでもちょいちょい調べたるけどなんも出んかったら堪忍やで。…………個人的にはどうでもええねんけどな」
「……情報屋がそこまで投げ槍では困るな」
「どうでもええねん。ーーーーブルーノ・エリーコさえ殺せれば、ウチは後はどうでもええ」
煉瓦の壁に背を預けながらエミリオは述懐するようにそう呟いた。
深めに被り直した鳥打ち帽の下に隠れて表情は伺えない。
ただーーーーそこにある、焼け付くような怒りだけはレナートにはよくわかった。
刺されても文句は言えないような皮肉を互いに向け合いながらも、彼という情報屋をレジスタンスの幹部に据えているのはそれが理由だった。
顔の下に隠した果てしない怒りと憎しみ。それだけは共感でき、信頼できる感情だからだ。
「うん、つまらん話は終わったか?終わったならみんなで飯でも食いに行くか?」
「……行かん。それにつまらん話とはなんだ。こちらは真面目だ」
「いや真面目だろうがなんだろうが、つまらんものはつまらん。大体なんだ、ついさっき顔を合わせたばかりの相手に信頼できるかできんかだのと。肝っ玉も
「「…………」」
先ほどまでの毒の吐き合いは棚に上げて、レナートとエミリオは苦い表情で互いに視線を交わした。
ことテッサに関しては彼らの抱える懸念とはまるで無縁である様だった。
ヴェルディの気風というやつだろう。彼女は同じ釜の飯を食えば仲間だと信じているし、同様に何事も最終的には暴力で解決するのが一番だと信じている。そういう女だった。
「味方に就いている間は仲間。敵だとわかったらその瞬間に殺す。それだけの単純な話だ。そうだろう?」
「蛮族や。蛮族がおるでぇ……」
「……馬鹿は気楽で羨ましいな」
レナートは深々とため息をついた。
考えるべきことは多く、疑うことは多い。やるべきことは多く、そして困難であった。
だが既に動き出したものは止められない。
レジスタンスの決戦の日まで三週間。
彼らにとっての長い日々が始まろうとしていた。
『レナート・モンテーロ』
ファルコーネファミリー元若頭。エルフの男性。
神経質で疑り深く排他的だが、それは身内への情の深さの裏返しでもある。亡きボスの形見の懐中時計を必ず持ち歩いている。
レジスタンスの人員管理担当。
『テッサ・ヴァルガ』
ヴェルディファミリーボスの弟子。リカントの女性。
表向きはロムレウスの三級冒険者パーティのリーダー。何事も最終的には暴力で解決するのが一番だと考えている。
レジスタンスの戦闘担当。
『エミリオ・ヴォルペ』
カヴァルリファミリー元参謀。リトルフットの男性。
エリーコファミリーに取り入ることで生き残ったが、それも全ては亡くなった自分たちの元ボスの仇を討つためである。
レジスタンスの情報担当。
最近は登場人物の名前を決めるときAIに相談してたりしています。
良い時代になったものです。