「モ゛、オ゛、オ゛………ッ!!オ゛ォ゛ォォォォォォォ………………ッッッ!!」
戦闘開始から二十分程、『
赤銅色の鈍い輝きを放っていたその体表は幾度も斬り込まれて破断している。
雄牛をかたどるその頭部が空を仰いで咆哮を上げると、全身に細かな罅が入っていき内部に蓄えられていた炎が漏れ出していく。
体の崩壊は見る見るうちに広がっていき――――――ついには内側から火を噴きだしながらその五体を四散させた。
後に残されたのはドロップアイテムである金属の
「はぁ、はぁ、はぁ………………」
キムロは肩で大きく息をしながら刀を納め、
流石に今回の戦いはキムロであっても無傷とはいかなかったようだ。
ダメージを負う度に傷口から火を撒き散らす敵の特性は近接戦闘のみで戦う冒険者にとっては中々辛いところがある。
とはいえ、勝利は勝利。
危ないかもしれなかったが、私が途中で手を出すほどのものではなかった。
「ご苦労様です、キムロさん。………水にしますか、火傷治しにしますか?」
「かたじけない………では、水を戴こう。」
腕で汗を拭いながら彼は私が手渡した皮袋入りの水を美味そうに飲んだ。
その間に少し怪我の程度を観察する。
体の所々が煤けていたり焦げていたりするようだが、重傷というほどでもないようだ。
本人に聞くと市販の火傷治しの軟膏を持っているとのこと。まぁ、それで十分だろう。
「それと、こちらも返しておかねばな。礼を言う。」
彼が差し出したのは私が戦闘前に渡した『水の羽衣』のマントである。役に立ったのなら私も嬉しい。
………アイテムボックスにしまう直前ちょっとだけ匂いを嗅ぐと、男の汗の香りがしてちょっとドキドキした。
さて、無事にボスの討伐を達成したことだしさっさと次に行こう。
これで熱苦しい第五層ともお別れである。
八角形の戦闘ステージを囲んでいた金網、その一番奥がいつの間にか消え去って奥への道を開いていた。
そのまま来た道と同じような鉄橋を渡り奥の扉を潜ると、第四層と第五層の間にあったようなエレベーター構造のフロアがあった。
ただし今回は床が石造りで円形という違いがあったが。
「下へ参りまーす。」
エレベーターガール風のアナウンスをしながら下へと移動するボタンを押し込む。
例の如く駆動音とともに床が下がっていくのを見届ける。
だが、今回のエレベーターは第五層の時とは少し違った。
しばらく縦穴を下降していくと途端に周囲の視界が開けたのだ。
「………壮観だな。」
「えぇ。」
隣でキムロが呟く。
私もそれに同意した。
エレベーターの周囲が急に開けたといってもまだ地上(ダンジョン自体地下だというのは気にしない)についたわけではない。
否、地上どころかこのエレベーターは未だ下降中だ――――――地面から数百メートルの高さを。
そしてその地下空間のど真ん中に堂々と鎮座する巨大な塔だった。
だが果たしてあれを塔というのは正しいのだろうか。横幅の大きさから見て城と言っても十分通用する威容である。
ここが地下都市第六層『古代塔墓』。
一つのダンジョンの中にあって、下手な他のダンジョンよりも巨大な規模を誇るという階層だ。
勿論このメガロメトロというダンジョン内でぶっちぎりの広さを誇る階層であるため、ここを攻略するのは相当な根気が必要――――――なのだが、実はスルーしても全く問題ない。
第七階層に降りるだけなら巨大な塔の裏手に存在する祠にいるボスを討伐すればいいだけなので、わざわざ塔を昇る意味はないのだ。
この塔を本格的に攻略したいという冒険者もいるにはいるので、そういった連中はそれなりに腰を据えてここに滞在することになるだろう。
遠近感が狂いそうな程、長々と下降を続けるエレベーターから塔の麓に目を凝らす。
塔の麓には『墓守達の村』といわれる住居群が存在する。この階層にあって塔の外部は全て安全地帯扱いなので、あれらの住居は拠点代わりにするには持って来いなのだ。
そうして住居群を眺めていると、確かに
「まーた酔狂な奴が………。」
「どうかされたか、リオ殿。」
「見覚えのある人を見かけましてね………。」
………ひょっとするとキムロも知っている人間かもしれない。
以前に彼はドラゴンゾンビと戦ったときに「血達磨にされて転がされた」と言っていた。
もし、その時に彼を無事に地上まで送り届けた人間がいると仮定したら、それはあいつで間違いないだろう。
やがて長い長い下降を終えたエレベーターが底に到達して停止した。
これまた遠近感が麻痺しそうな巨大な石橋を渡って塔の麓まで歩いていく。魔物が出てこないので気楽なものだ。
第五層とは打って変わって、この階層は冷えて乾いた空気に満ちていた。
微かな風に乗って感じる黴臭さや埃っぽさはどことなく巨大な
連想させるというか、事実その通りなのだろう。
この階層で出現するモンスターは全体的に
故に
――――――例えば、目の前に現れたこの男のように。
「久方振りに第五層よりこの階層に下ってくる人間の姿を認めたので、こうして迎えに来た。
………過去に数えるほどであるが顔を合わせた経験がある者たちよ。私は君たちに歓迎と喜びを表明し、この再会を冥夜神に感謝する。」
「迎えに来た………って、別にここが貴方の家というわけでもないでしょう。」
「君の言葉に私は賛成する。君の言う通り私の家はここではない。しかし私はここに滞在している。」
住居群の手前で私たちの前に現れたのは濃紺のローブを纏う一人の男だった。
その男の肌は樹木のように濃い茶褐色で、額には横に開く瞼を持つ三つ目の眼があった。
この外見的特徴を持つのは人間族の一種である
男の表情はまさしく樹木を削った彫刻のように険しく固まったままで、喋り方など異国の言語を辞書片手に翻訳しながら朗読しているかのように抑揚がなかった。
これは彼がある種の精神的な問題を抱えているため極端に感情表現が苦手――――――とかそういうことではなくウンカラ族に共通する性質である。
まったく、うちの師匠とは
いや、あれは特級のイレギュラーなので参考にしたらダメか。
「おぉ、お主は!」
私の隣でキムロが声を上げた。
その声音には驚きもあるが、同時に喜びの色も大きかった。
「リオ殿、彼の御仁は私の命の恩人と言える方だ。以前、拙者がドラゴンゾンビに敗れたとき、私を介抱してくださったのだ。」
「リカントの武者よ、私は君の言葉を肯定する。私は以前、君の負傷の治療を行ったことがある。息災な姿を見ることができ、私はとても嬉しく思っている。」
男は全く嬉しさが感じられない棒読みの口調でキムロに答えた。
だが注意深く観察すると口角の辺りがほんの一ミリ程度上がっているような気がした。
どうやら嬉しいらしい。
表情筋動かなさすぎだろう。
「青い弓を使うプレイヤー、リオ・オーガスタ。君のことも私は覚えている。彼と同じく、君と再会できたことに喜びの意を表明する。」
「リオ殿も彼を知っておられたか。」
「えぇ、彼は本当にいつでもここにいますからね。来るたびに顔を合わせているような気がします。」
「いつも、という表現は適切ではない。私もまた地上に戻ることは多く、そのため此処にいないときもある。」
ウンカラ族の僧侶――――――ジルトラはそう発言した。
彼曰く、ここにはあくまで稼ぎを得るために来ているとのこと。彼の本業は僧侶であり、教会の運営にも金銭が必要なのだと語る。
故に地上とここを行ったり来たりはしているが、本拠は地上である。
「しかしこの『フロラント・メガロメトロ』第六層の塔墓は冥夜神に関する建築物であり、私はそれに対して非常に興味を抱いている。足を運ぶ機会が多くなれば、このようにして同じ人間と顔を合わせる可能性も生じるだろう。
これもまた私の信ずる神の恩寵であると私は考え、それに感謝の言葉を捧げる。」
相変わらず表情筋を動かさずに会話するジルトラ。
彼は背後の住宅群に視線を向けてからこちらに言葉をかける。
「休息を取るもよし、先に進むもよし、君達の好きにするとよい。これらの住宅群を私が管理しているというわけではないのだが、ここを寝床代わりに使う人間の一人として君達を歓迎する。
冥き夜の神の名において、君達に静穏と安寧の夜があらんことを。」
神への祈りの言葉ともに彼はこちらに背を向けてさっさと近場の廃屋の中に戻っていってしまった。
言いたいことだけ言ってさっさと引っ込む当たり相当コミュニケーション能力に難ありな感じがするが、ウンカラ族は全体的にああいった傾向があるのでこの程度で私がどうこう言うつもりはない。
「冥夜神系の僧侶に見送られるのは、なんだかぞっとしませんね。」
「うぅむ、それを言うのは控えた方がよかろう。………リオ殿の気持ちもわかるが。」
「信仰の問題はデリケートですね………。」
私は肩を竦めてから住居群の中を適当な廃屋を探して歩き始めた。
冥夜神の教義の主な軸は『死者の魂の安らぎ』である。
なので、この世界では葬儀や
彼らにとって神の名を口にしながらの挨拶は極端に言えば『死んでも骨は拾ってやる』という意味合いが含まれているのだ。
無論ジルトラに悪気はない。
なにせダンジョンでは人間が死亡すると、その死体はダンジョン内の魔物と同じように時間経過で消滅する――――――結果として死んだことさえも遺族に知られない可能性が高いのだ。
だからダンジョン内で冒険者の遺品を回収して冒険者組合に届け出るとある程度の謝礼金が出る制度が存在している。
ジルトラはそういった冒険者の遺品を積極的に回収して届け出る遺品回収者としても知られている。
お金になるのは勿論の事だが、それ以上にそれが彼の信じる善と徳なのだから。
死者の安寧を守り、死者の尊厳を護ること、それが冥夜神の僧侶の行である。
ちなみに冒険者の装備品は一定以上の格のものだと裏のルートで売り捌いた方が利益になる。
ダンジョン内だと死体が残らない――――――後始末に手間がかからないということもあり、ダンジョン内で強盗殺人を行う連中もしばしば現れる。
そいつらは俗に『冒険者狩り』と呼称される。
「リオ殿は六大神の中でどの神を信仰しておられるのだ?」
「………信仰ですか。うーん、強いて言うなら地母神ですね。」
キムロが私に質問してきたので、そう返した。
別に教会に礼拝したりしているわけではないが、信仰を聞かれたらそう答えるようにしている。
地母神は豊穣と生命の神様なので、魔物を殺してその肉を直接食っている狩人としては一応感謝をしている(別に神聖魔法が使えるほどの信心があるわけでもないが)。
それと地母神系の神官は性におおらかなのが良い。
ちなみにキムロは炎武神を信仰しているらしい。
まぁ、聞かずともなんとなくわかっていたが。
******
適当な廃屋を選んでそこで休息を取ることにした。
随分寂れているが椅子やテーブルなどは手荒に扱わない限りは壊れないだろう。
屋内に照明として蝋燭を幾つか設置してから、埃や煤を払ってから竈を使い食事の用意をする。
薪を突っ込んで火を起こしてから、鍋を火にかける。
今日の食事はクリームリゾットにしよう。
米を研がずに鍋にぶちまけ肉や野菜を突っ込み、上にチーズをまぶしてから水と牛乳で炊く、以上。
………私が料理をすると結構雑なメニューが多いな。これではまさに雑に炊くと書いて雑炊である。
クリームリゾット改め乳雑炊が炊き上がるまで、鍋の様子を監視しながらビールを取り出してラッパ飲みをする。
ぷはーっ、第五層が熱苦しかっただけに染み入るような旨さである。
若いうちの苦労は買ってでもしろ、という言葉があるがそれは酒の旨さを知るためにあるのだなぁ(しみじみ)。
とか思いながらキムロにもビールを差し入れる。
彼は机の上で刀の手入れをしていた。
瓶を彼に手渡しつつ尋ねてみる。
「調子は如何ですか?」
「うむ、拙者の火傷もさほど深いものではないし、刀の調子も悪くない。」
ここまで幾多の魔物を屠るところを見せてきたその刀。
その刃の上に慎重に指先を滑らせながらキムロは呟いた。
鈍く輝く銀色の刀身、その上に彼の真剣な表情が映り込んでいた。
「そういえば、まだこの刀の由来について語ってはいなかったか。」
確かその話題は第四層のボスを倒した直後に言いかけていた話だった。
私は頷いて続きを促した。
まぁ、話としては良くある話だ。
キムロは辺境の村の生まれで、近くには魔物の住む森があった。
深いところに立ち入らなければ森の魔物に襲われるようなことは無く、村人達は奥へと分け入ることなく細々とした暮らしをしていた。
だが、村に度々やってくる異邦の人々――――――他所から来た冒険者たちは何の気負いもなく魔物の森に分け入り、人間なら敵うはずもないような魔物を倒して帰還してくるのだ。
その冒険者達が狩ってきた魔物の肉を捌いて一時の祭りを楽しむ村で、キムロは思ったのだ。
「彼らのようになりたい――――――強くなりたい、と。」
刀を手に入れたのは十四年前のこと。
村に立ち寄った一人の冒険者――――――プレイヤーから貰ったものだった。
決して業物ではない、くれた当人にとってはアイテムボックスの中で死蔵されていた量産品だった。
だが、キムロにとっては間違いなく価値ある一振り――――――彼の原点となる特別な一振りだった。
「初めて柄を握ったときのことを覚えている。薪割りに使う鉈ではない、木材を削る短刀でも肉を捌く包丁でもない――――――戦うための武器を手に取った、その初めての体験だったのだ。
生活を豊かにする道具としての刃物ではなく、敵を斬るという目的のために鍛えられた
自分はこれを手にして生きていくのだ、と。」
それから彼は村の生活の傍らひたすら刀を振り続け、その扱いに習熟した。
成人してからはすぐに村を飛び出して冒険者という生き方に身を投じて今に至る。
村を出てすぐのころは口の上手い人間に騙されて身包みを剥がされたこともあるが、それでも刀一本だけは手放さなかった。
刀自体も戦いの中で何度も刃毀れしたり、刃が折れたりしたが、その度に鍛冶職人に打ち直してもらった。
今では何度も作り直したせいで当時の刀の鉄は半分ほどしか残っていないだろうし、鍔や柄も今の自分に合わせて変わっている。
だが、それでもこの刀はキムロの刀だった。
あの日、少年時代に見た憧れと、刀を握ったときの確信とともに。
今もこの胸の中、掌の中にあり続ける――――――彼の魂の一部だった。
「何、言ってしまえばよくある話と言えようか。」
「そうかもしれません。でも、それでもいいんじゃないでしょうか。ここまで来れたという貴方の冒険者としての実力、それが全てでしょう。」
確かによくある話だ。強い冒険者の活躍を見たり、武勇伝を聞いたりして冒険者に憧れるものは多い。
だが、その手の連中は大抵途中で挫折する。残った連中も自らが武勇伝を語られるようなものになるには程遠い。
それでもキムロは今ここにいる――――――地下都市第六層、ここの番人たる
出発点や過程がどれだけありふれたものでも、キムロはここまで上り詰めてきた。
それが全てだ。
「竜退治だなんて、それこそ冒険者の本懐でしょう。」
「まさしく。」
勝てればの話だがな、とキムロは苦笑した。
******
雑に炊いたクリームリゾットのような雑炊は雑なりに雑な美味さがあった。
鍋一杯に煮た粥のような何かを豪快に丼によそって豪快に食す。
繊細なマナーなど正しく無粋、匙を突っ込み口に放り込むが如く掻っ込むのがここでは流儀。
口の中を火傷するのもまた風流。炊き立ての沸騰するような熱さで傷ついた口内粘膜を癒すようにビール。
ねっとりとした味のする雑炊にビールの爽快感が好対照で実によろしい。
キムロも中々良い食べっぷりである。鍋底のちょっと焦げた部分を進呈してあげよう。
食後にはデザート代わりにウィスキーと干し肉を食べる。
キムロは酒に対してかなり強いようで、本日の晩酌はかなり弾んだものになった。
これはいけるんじゃないだろうか。
そんな邪な思いを抱きながら、座席をさりげなく彼の隣に移動させてグラスに酒を注ぐ。
彼の横顔を見ると酒精が回って頬が少し赤くなっていた。
琥珀色のウィスキーが入ったグラスを口元で傾けて、呷る。
酒盃を持った手を下ろすとトン、と涼やかな音と共に杯の底が木机を叩いた。
彼の視線は何かを思案しているように、遠くへと向けられている。
その表情が何とも艶めかしく私の視線を捉えて離さなかった。
「リオ殿、頼みがあるのだが。」
「なんでしょう?」
酒を飲み下してから数拍置き彼は話を切り出した。
重要な打ち明け話をするような、そんな厳かな雰囲気がそこにはあった。
「リオ殿は確か第八層まで行かれるのだったな。」
「はい、そうですよ。」
「拙者も同行させてはもらえないだろうか?」
彼の黒ずんだ茶色の瞳が私に向けられた。
「拙者はこれまでの階層、少なからずお主に助けられた。確かに助けられた………しかし。」
「………………………。」
「しかし、拙者はお主の本気の『強さ』を見ることは叶わなかった。………故に、だ。
お主を自身より更に格上の武芸者と見込んで、是非ともその力を見せていただきたいのだ。」
彼はそこまで言ってからもう一度酒を口に含んで飲み下した。
その視線はこちらの反応を窺うように、いまだこちらに向けられている。
「無論、これが拙者のわがままなのは理解している。だが、もしリオ殿が迷惑でなければ――――――」
「いいですよ。」
「うむ、確かに厚かましい頼みだった。断られるのも致し方――――――何と?」
「だから、いいですって。」
キムロは頓狂な表情でしばし固まった後、口を開いた。
「よ、良いのだろうか。第七層よりも先の階層では、拙者も足手まといになるやもしれんが………。」
「あぁ、それですか。第七層、第八層でも雑魚相手ならキムロさんの実力があれば十分戦えるでしょう。ボスは私が相手をすればよいだけですしね。ただし………。」
「ただし?」
「キムロさんがピンチになっても、私によほど余裕がなければ助けることは無いと思いますのであしからず。」
実際キムロの実力は結構高い。第七層・八層の敵も雑魚までなら戦えるだろう。
だが、戦えるという事実は
彼でも無傷で戦闘を終わらせるのは難しいだろう。
キムロが窮地に陥る可能性もあるが、そこは極力自分で切り抜けてほしいところだ。
私は基本単独行動の冒険者なので誰かを庇ったり面倒見たりするのはとても苦手だ。
というか私は信条として、危険地帯に踏み込む際に最初から他人の助けをあてしているような奴は野垂れ死んでも仕方ないと考えている。
極力自分一人の力で生きなければならないのが野生の掟であり冒険者の掟なのである。
キムロもそれを納得しているのだろう。静かに頷いていた。
「それは当然の事であろう。自らの意思でお主についていくのだ。己の未熟で足を引っ張るくらいなら、いっそ見限られた方が潔い始末だろう。」
「そうですね………それに………。」
テーブルの上に乗っている彼の上に、自分の手を載せた。
一瞬キムロの体がビクリ、と強張るのを感じた。
指先で手の甲をなぞる。ごつごつとした骨と、皮膚のざらつく感触。
「まだ、私もキムロさんと離れたくありませんから………。」
「………………………。」
彼の手を両手でそっと包んで、肩越しに彼を見上げた。
自分の胸骨の奥、心臓がトン、トン、と何かを待ちわびるようなリズムで脈を打っている。
私が握っている彼のこの手。これを私の胸に押し当てればそこにある想いも彼に伝わるだろうか。
私がこんなにも期待しているということを。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼はしばらく逡巡した後空いている方の手を浮かせて私の頭を撫でた。
ただその手つきは子供をあやすような優しい感じではなくて、髪の質を手と指で味わうような、どことなく
「リオ殿。」
囁くようなキムロの声。
それは沈めた燻火のような熱っぽさで私の耳を震わせた。
いつの間にか私達の距離は隣同士から、身を寄せ合うような近くにまで縮んでいた。
彼の体温を、彼の汗の香りを、感じられるほどに。
彼の眼に私が映っている。
刀を取るときのような、真剣なその眼差し。
その目で私を見て貰っているということ――――――その事実に胸が騒ぐ。
そして私は彼の手を握って、自分の胸元にそっと引き寄せる。
「キムロさん………私――――――、」
「………すまぬ。」
――――――引き寄せようとした手は途中で力を込めて止められた。
彼の眼には申し訳なさそうな色があった。
「今はまだ、お主を抱けぬ。」
「今は、まだ。」
「そう、まだだ。」
彼の片手はいまだ私の頭を撫でていた。その手はそっと下って、私の頬を撫でた。
彼の手は好きだ。剣の柄の形に硬くなった、ゴツゴツとした皮膚。
明確に刻み付けられた鍛錬の証、
頬を撫でられていると、思わずため息が出てしまう。
「お主のような強い冒険者に、強い
「そんなことは………。」
「うむ、確かにこれは拙者が独り勝手に思っているだけのことだ。だが、だからこそ、拙者は拙者自身を納得させねばならないのだ。
――――――だから、まだなのだ。せめて此度の決着をつけねば………。」
そうでなくてはお主を抱けぬのだ、と彼はそう言った。
彼の言う決着とは何か。
それは当然、彼の今回の討伐目標であるこの階層のボスだろう。
ボスを倒すまでは駄目だと言っているのだ、だから今はまだ、と。
「なら、決着をつけたなら………抱いてくださいますか?」
「うむ、お主がそれを望むなら。」
彼の眼はやはり真剣な色を宿している。
触れている手と肌から彼の熱が伝わってくるよう。
だが、悲しいかな。
私としてはもう一声欲しいところだ。
「ねぇ、キムロさん。貴方は
「どう………とは?」
私の頬に触れるキムロの手、その上に私は自分の手を重ねた。
彼の手で私自身の頬を撫でるように。
「私が望むから抱く………ではなくて貴方が望むから抱きたい………と。そう言ってくださいませんか?」
「………………………。」
「私は、魅力的ではありませんでしたか?」
キムロはしばらく固まっていた。
しかし、私が少し悲しそうな声で目を伏せると慌てたように言った。
「そ、そのようなことは無い!つまり、あぁ………………リオ殿は大変愛らしく………!いや、そうではない、要するに!そうだ、拙者はお主を抱いてもよいと………………!!」
「
「いや、違う!抱きたいと思った!!………こ、これでよいか!!」
しどろもどろになりながら最後まで言い切ったキムロ。
いつの間にやら顔も真っ赤であり、表情も締まらないものだ。
なんともまぁ、純情少年のような有様だがこれも彼らしさか。可愛らしいものだ。
「えぇ、及第点ということにしておきましょう。………………というわけで、これはせめてものご褒美と、
彼はまだおたおたと慌てた様子のままだ。
私はその隙をついて椅子から立ち、顔を寄せてキスをした。
………ちょっとアルコールの味がした。
「続きはまた今度です♡」
私が耳元でそう囁くと、キムロは目を白黒させながらコクコクと頷いた。
『ウンカラ』
吽加羅族、とも表記される。濃い目の茶褐色の肌と額の三つ目が特徴的な種族。
種族全体の特徴として皆一様に欲が薄く、合理的な思考と理性的な行動を尊ぶ。
ただしそのせいか浮世離れした雰囲気の者が多く、感情表現の能力が乏しかったり、機械的で難解な言い回しをすることが多々あり、他の種族からすると非常にとっつきにくい。
思弁的な考察や議論を好む気風があり、学者や僧侶となるものが多い。六大神教の総本山である『聖ペテルギウス大聖堂』の枢機卿の半数近くがウンカラの出身者で占められているとされる。
ゲーム的に見た場合、やはり『僧侶《プリースト》』の適性が非常に高い。平均程度には耐久もあるので『神官戦士』型や『モンク』型などもこなせる。ただし割と不器用。