「キムロさーん、ご無事ですかー………ってあんまり無事ではなさそうですね。」
ドラゴンゾンビが消えた後、私は床の上に大の字に倒れているキムロの方へと小走りで駆け寄っていった。
傍から見た彼の有様は、それは酷いものだった。
火傷や打撲、切り傷などの細かい負傷は数え上げればきりがない。
鎧が引っぺがされた一撃の裂傷は胸から肩まで肉を抉り、いまだ血が止まらない。
両腕の前腕はあらぬ方向に曲がり、見ている端から少しずつ腫れ上がっていっている。どうみても骨折だ。
右の拳など特に重傷で、砕けた骨が内側から飛び出してピンク色の肉と一緒に破れた皮膚の下から覗いている。
そんな状況でも刀の柄を握り締めているのは恐るべしというところだが………ひょっとしてこれは拳の中で砕けた柄の破片が肉に食い込んで、拳が開けなくなっているだけではないのだろうか。
「リオ、どの………。」
「あー、お構いなくそのまま寝ていてください。治療は勝手にこっちがやりますから。」
何かを言おうとして身を起こそうとするキムロを制して私はアイテムボックスに手を突っ込んで薬を物色し始める。
下手すれば再起不能になりそうな重傷だが、薬の類を使えばこの場で何とかできる。ファンタジー万歳である。
ただし、薬を頭からぶっかけてハイ終わり、という具合にはならない。なる薬もあるがそれは非常に高価なので極力使いたくはない。
ゲーム時代から変わらないこの世界の仕様として薬は使いすぎると毒になる、というのがある。考えなしに薬をドバドバ使うと「毒消しを飲みすぎて毒になった」などという本末転倒な事態になりかねない。
なので、この世界の医療の専門家は的確に患者の容態を見極めて、適切な薬を処方して副作用を最小限に抑える技術が求められる。
私は別に専門家ではないが、
「リオどの………少し話などしてもよいだろうか………。」
「それで気が紛れるのならいいですけど、途中で舌を噛んだりしないでくださいね。」
キムロの容態は正直なところあまり芳しくない。放っておいたら死ぬ可能性が高いくらいの重傷だ。
特に胸の傷の出血は早いところ止めないと命に係わる。
その前に消耗した体力を回復させるのが優先か。外傷の治癒には本人の体力を多く削る。
「拙者は………やはりまだまだ未熟なようだ………己の逸る気を抑えられず………。」
「自覚があって反省できるなら上出来でしょう、次に生かせますから。キムロさん、これ噛んで飲み込んでください。」
「う、うむ………。」
苦々し気に自分の失態を語る彼の口に丸薬を押し込んで飲ませる。彼の後悔よりも苦い味がする薬だが、我慢してもらおう。
度数の高い酒を使い捨て用の布に染み込ませて傷口を拭う。血拭き兼消毒である。相当滲みるだろうが我慢してもらう。
「づぅ……………っ!………………そしてなにより、己の半身ともいうべき刀………その力を持て余し、あまつさえ戦いの中で折ってしまうとは………一人の武士として、未熟さに恥じ入るばかり………。」
「確かに、武装解放状態での戦闘経験が不足していたのは否めませんね。ただ………、」
裂傷の上で薬の入った小瓶を傾ける。
傷口でジュウウ、と焦げるような音と共に湯気が立った。薬を垂らしたところから目に見える速度で肉が盛り上がって抉れた傷口を塞いでいく。
キムロは脂汗を浮かべながら歯を食いしばっているが、我慢してもらう。男の子だし。
「ただ、刀が折れたにも関わらず、闘い続けて竜の首を落としたのは素直に称賛します。あの時は正直終わったかな、と思いましたから。」
慎重に薬の投与量を加減しながら言葉を交わす。
この薬は高速で肉を再生させるが、使いすぎると腫瘍になるので見極めが肝心である。
薬の投与が終わると胸の傷跡はすっかり塞がり、白い瘢痕になっていた。跡は残ったがこればかりは仕方がない。
「キムロさんの攻撃の中でドラゴンゾンビの骨まで一気に断ち切ったのは最後の攻撃だけでした。多分、あの瞬間に一つ限界を超えたのではないでしょうか。」
「………そうか、だがな………。」
私は刀が折れたところでキムロが一瞬放心状態になったのを見た。
その状態から持ち直してあまつさえ折れた刀で竜の首を落としてみせるとは、流石の私もまったくの想定外だった。
素直に称賛ものだが、キムロ自身は不服のようだった。
「だが………結局のところは逆上して力任せに刀を叩きつけただけのこと………あれを、剣技などとはとても言えぬ………っ、ぐっ………!!」
「確かに、首を落として自分の腕も折れていた………ではいかんせん格好がつきませんしね。」
彼に返事をしながら私はアンプルを腫れ上がっている前腕部に突き刺した。骨の再生を促進させる薬品だ。
注入された薬の作用で折れた骨が再生していき、曲がった腕が矯正されていくのが目に見えてわかる。
ただしその過程で骨折の痛みをスローで逆再生するような名状しがたい感覚に襲われるがそれは我慢してほしい。
「それでも最後の攻撃が見事だったのは変わりないと思います。気の逸りや逆上や激昂も、使いこなせることができれば大きな武器ですよ。あの攻撃を自身に負荷をかけず、意識的に繰り出せるようになれば素晴らしいと思いませんか?」
「うむ………それに武装解放も、十全に使いこなせるように修練を………………お゛ぉ………っ!!」
一番状態が酷い右拳の治療に移る。
閉じっぱなしの掌を無理矢理開かせると案の定、砕けた柄が手の中に食い込んでいた。
みちみちと音を立てながら血で真っ赤に染まっている柄を引き剥がして、肉に刺さっている破片を丁寧に除去。
アルコール消毒してから前腕に刺したのと同じアンプルを使って骨折を直し、対外傷薬を塗り込んで肉と皮膚を修復する。
一連の治療中キムロは泡でも吹きそうな必死の顔で声を嚙み殺していた。
治療は我慢である。………さっきから我慢してくれとばっかり言っているな、自分。
腕や手など、骨折した箇所は一時的に大きく腫れあがるので、これまた特殊な薬品を体表に塗布して循環を促進させて腫れを引かせる。
大きな負傷の処置が終わったので細かい傷を治していく。
細々とした火傷や打撲や切り傷などにそれぞれに対応した軟膏を塗り込んでいく。
骨が折れているわけではないが罅が入っている箇所があったのでそこも治しておく。
「これで大体終わりましたよ。」
「うむ………、かたじけない。この恩はいつか必ず………。」
「いいですって、別にそこまでは。」
一通り治療が終わってから頭を下げてくるキムロに私はそう返した。
気に病むのなら薬代だけ払ってくれれば良いですよ、と言うとキムロは快諾した。
真面目だなぁ、彼は。
「うっ………とと………。」
「あぁ、あんまり急に動かない方が良いですよ。治療で相当量の体力を消耗していますから。しばらく寝たほうがよろしいのではないかと。」
「むぅ、だがな………。」
立ち上がろうとしたキムロがふらり、と体をよろめかせる。私は休むように勧めたが、彼としては不服なようだ。
自分の未熟さで重傷を負ってその治療までしてもらって、その上でぐーすかといびきをかいて寝られるほど彼の神経は図太くないようだ。
私は少し思案し――――――それからピン、と閃くものがあった。
アイテムボックスからそれを探し当てて、私はそれをキムロに差し出した。
「それは………酒、なのだろうか?妙に生臭いような匂いがするが。」
「お酒ですが、正確には三鞭酒という薬酒の一種ですね。栄養満点、滋養強壮にこれ一杯。ささ、どうぞどうぞ。」
私は瓶入りの酒をお猪口に注いで彼に差し出した。
キムロが言うようにこの酒は酒というには色が濃くて匂いもきつい。
全体的に黒っぽい茶色をしているし、中に様々な素材を漬け込んでいるせいで独特な香りがする。
元々は酒に漬け込んでいるものの生臭さを消すために色々な薬草を加えたものなのだが、そのせいで余計に混沌とした匂いを発するようになったというのは如何なものだろうか。
ともあれ体力の回復と滋養強壮にはこれ以上ない効果を発揮する品だ。
つまり今のキムロにはとても効果的で有用なので、飲ませない理由はない。
「で、では頂こう。」
私がぐいぐいとお猪口を押し付けるので、キムロは根負けしたようにそれを一息に飲み干した。
しばらく渋い表情を浮かべていた彼に感想を聞くと「苦くて甘ったるくて、特徴的な味」という返事が返ってきた。
うん、そうだろう。私もそう思う。というかこれは正直不味い。
ただし、薬効は十全だったようでふらついていたキムロの足元も随分としっかりしたものになり、顔色も良くなった。
「体の内側から火が灯ったような心地だな………。これはどうやって手に入れた品なのだろうか?」
「残念ながら非売品でして………。」
なので正確には非売品ではなくて非合法品というのが正しい。
でも薬効の有用性は自分や他人で何度も実証済みであり、健康に対して悪影響はない。
本当だ、何も問題はない(迫真)。
「さて、キムロさんの調子も戻ったことですし………先へと進みましょうか。」
「………………うむっ。」
私がそういうとキムロは神妙な表情で頷いた。
その横顔には緊張の色がある。ここから先は正真正銘、彼にとっては未知の領域だからだろう。
だが私にとってはここからがようやく本番といったところだ。
「ではいきましょう。」
私は片手に弓を携え、空間の奥の白い大扉に目を向けた。
******
「私の武装解放、ですか?」
「うむ、先程の戦いで見せた閃光の如き一射。あれがもしやそうではないかと思ってな。」
私の一歩後ろを歩いているキムロからそう話しかけられる。
私たちが今歩いているのは第六層から第七層へと下る階段だ。
頼りなさげな白い明かりが所々に灯る長い下り階段を、いくつもの踊り場で折り返しながら下へと降りていく。
「確かにあれは私の弓――――――ウインドランナーの武装解放ですね。『
「なるほど………ではそこで頼みがあるのだが………。」
キムロが言うには武装解放を使いこなすために色々とアドバイスを貰いたいということだ。
私はちらりと後ろを見て彼に視線を寄こした。
キムロの腰には予備の武器である脇差が装備されており、いつもの刀の方は圧し折れてしまっているので回収して仕舞い込んである。
………私は少し逡巡した後、良いアドバイスはできないだろう、と彼に返答した。
「というのも武装解放の効果は俗に『状態変化型』と『単発発動型』に分けられるからです。キムロさんのものは前者、私のは後者に当たります。」
『状態変化型』はキムロの刀のように、武器そのものや使用者に何らかの能力や特殊効果を付与するタイプ。
『単発発動型』は私の弓がそうであるように、特殊な攻撃を繰り出すタイプだ。
前者は効果の発動時間が長く、後者は攻撃の一瞬のみに効果が発動する。
「同じ武装解放でも使用感はかなり違いが出てきますからね………。同じタイプを使う方を探して聞いてみた方がよいでしょう。」
「なるほどな………。」
神妙な表情で頷いているキムロ。
確かに彼がドラゴンゾンビ戦で苦戦した原因は自身の刀の力をうまく使いこなせなかったからだ。
武装解放時の出力調整を自在にできれば自身の消耗を抑えつつ、戦術の幅が飛躍的に高まる。
例えば防御系の武装解放を使う人間なら、攻撃が当たった一瞬その箇所だけ効果を発動させるという具合に………。
「あぁ、そういえばドニーさんなんかは状態変化型を使っていましたね。防御系でしたけど。」
「ドニー………、というとドニー・ダルク氏か?この街の冒険者道場の。」
「えぇ、彼です。」
「確か彼の御仁は初心者の教導が専門だったかと思うが………。」
「いえいえ、たまたま面倒を見ることが多いのが初心者というだけですよ。」
ドニーは確かに初心者向けの冒険者講座を開いて、それで教育者として有名になっている。
だが彼に指導を求める中堅以上の冒険者もかなり多い。
キムロが彼の道場の門戸を叩いても無下には扱われないだろうし、得るものもあるはずだ。
「なるほど………なるほどな………。」
私がそう教えるとキムロは何処か嬉しそうな表情でうんうんと頷いていた。
やはり彼は自分を鍛えるということに喜びを見出す人間のようだ。
今回の戦いは、結果は残せども悔いも残したようだったが、これをバネにしてこれからも頑張ってもらいたいものだ。
「人を紹介するくらいしかできなくて申し訳ありませんね。私の弓の武装解放は三種類あるんですけど全部単発型なもので。」
「………三種類?」
「はい………おっと、いよいよ第七層に着いたようですね。」
会話をしている間にいよいよ階段を下りきったようだった。
私たちの前には扉が一つある。
上の方の階層で見られた鉄扉や石扉ではなく、落ち着いた色合いの木製の扉だ。
そこに取り付けられている真鍮のドアノブを指さして、私はキムロを促した。
「拙者が開ければよいのか?」
「えぇ、私は両手が塞がるので………射線を空けてくださいね。」
私が矢筒から矢を引き抜いて構え始めたのを見て、キムロはそれで大体の事情を察してくれたようだった。
キムロがドアノブに手を掛けてから、こちらに目配せをしてくる。
私は緩く矢筈を弦に当てながら開かれる時を待った。
「では………行くぞっ」
小さく掛け声を出したキムロが扉を向こうへと押し開き――――――、
「ゴオオォォォォォ――――――ア゛ァッ!?」
――――――扉を開けた瞬間目の前に
「………………。」
「熱烈な歓迎ですね。」
キムロは何とも言えない表情で吹っ飛んでいった
第七層の入り口で歓迎してくれるサービス精神旺盛な
なんにせよ、さっさと進もう。
私たちが足を踏み入れた第七層の空気はどことなく黴臭く埃っぽい空気を感じた。
それは第六層の廃墟のような雰囲気ではなく、もっと別種の――――――図書館のような空気感だった。
というか何かに形容するまでもなく、この第七層は図書館だった。
蝋燭をいくつも掲げたシャンデリアが天井からいくつも提げられ、周囲の空間を温かみのある橙色の明かりで照らし出していた。
床は光を反射するようによく磨き上げられたフローリングと、ふわりとした踏み心地のカーペット。
そして壁は一面が本棚となっており、全ての棚が余すところなく書籍によって占領されていた。
これが地下都市第七層『博覧書館』である。
「………………ほう、見事なものだ………。」
「ちなみにここの本は大多数が景観を作るためのダミー本なので中身は白紙です。」
「台無しだな………。」
キムロは周囲をきょろきょろと見回していたが私が真相を告げると露骨にがっかりしたような表情を浮かべた。
私も最初はこのフロアに感嘆を覚えたものだが、ほとんど張りぼてだとわかると何とも言えない気持ちになったのを覚えている。
だが、ダミーなのはあくまで『大多数』であって『全て』ではない。
この階層にある本の中には幾つか特殊効果のマジックアイテムも紛れている。
それに何より、階層のボス部屋を開くには鍵代わりに幾つかの本をこの階層から回収する必要があるのだ。
「さて、いよいよ他の魔物も出てきましたね。」
そうこうしているうちに、私たちの存在を感知したダンジョンの機構が魔法陣を展開して魔物を呼び出してきた。
私は視線をそらさず弓を構え、敵に向けて弦を引き絞った。
ここ第七層は主に悪魔や魔本といった………いわゆる魔法関係の魔物が多数出現する。
将官、左官級の悪魔はシナリオイベントなどにしか登場しない特殊な存在であり、ダンジョンに登場するのは最高でも尉官級までである。
ここ第七層に登場する悪魔は最高で曹長級までだが、それでも今までの階層の魔物とは一線を画した戦闘力を持つ。
悪魔は高位のものでなければ人語を介さないがそれでも皆一様に高度な知能を持ち、高いバランスでまとまった身体能力と魔法能力を駆使して襲い掛かってくる。
人間を切り裂くために進化したと言いたげな鋭い鉤爪を短刀のように自在に振るう近接戦闘を主体に行うものや、多系統の魔法に精通した遠距離戦を主体に行うものなどがコンビネーションを組んで戦術的な行動を見せる。
悪魔たちの中で指揮を執っているものを優先して倒してもすぐさま別の個体が代行を務めて全体を立て直すということもあり、連携を切り崩すのは実に骨が折れる。
この階層でまた面倒なのは
こいつらは意志を持った本が魔法を放ちながらこちらを攻撃してくるという、という割と名前のまんまな魔物である。
だが面倒なのは、連中はこの階層の無数の本棚にある無数の本の中に紛れているということだ。
歩いていていきなり本棚から飛び出して攻撃されたり、本棚を背にして戦っていたらいきなり背後から強襲されたりとこの魔物自体が生きたトラップのようなものだ。
最悪本棚を探索していて、本のページを開いた瞬間ゼロ距離で魔法を食らうなんて悲惨な目にもあいかねない。
「グウウゥゥゥゥゥォォォォッッ!!!!」
「ふっ、」
私は無造作に引き絞った矢を目の前の
加減せずに放った一射は空気が弾ける白い残像を残しながら飛翔し、伍長級悪魔の胸板を貫いた。
前衛の胴体に風穴を開けた矢はそのまま後衛にも突き刺さり致命傷を与える。
この階層まで来ると流石に魔物も頑丈だ。
故に加減することなく全力で矢を放っても、貫通した矢が壁にめり込んで回収できなくなるといったことがない。
「――__―――_______!!」
およそ人間の言葉とはかけ離れた何かの信号としか聞こえない音が背後から響く。
それが何のかは気配探知で既に知っているので、間髪入れず振り向きざまに射殺する。
目でちらりと見て確認すると串刺しにされた
「ぬぅん………はぁっ!」
視界の端ではキムロが軍曹級悪魔と斬り合いを演じている。
武士の白刃と悪魔の鉤爪が交錯して硬質な音と火花を散らしている。
武器があくまで予備武器である脇差だが、キムロは中々うまくやっていけているようだ。さすがに今までの階層のように一筋縄ではいかないようだが。
「さて、」
私たちが今いる場所は多数の本棚が入り組んだ形で配置された、さながら本棚で構成された迷路のような一角だ。
左右を壁代わりの本棚が埋めるやや圧迫感のある景観だが、更にその道をわらわらと湧いて出てくる魔物達が邪魔するので実に鬱陶しい。
予めルートは頭に入っているので最短で迷路は踏破できるのだが、それだけに魔物の邪魔を煩わしく感じる。
奥の方から湧いてきている魔物達を確認して数瞬程考えを巡らせる。
………曹長級を含んだ悪魔たちの群れであり、手数を主体とした矢では一撃では仕留めきれないか。
面倒なので一発で一掃することにした。
「………『
私が弓を構えて低く呟くと、鏃に仄かな白い光が灯る。
狙いは真正面、通路の横幅を占有している曹長級悪魔と取り巻きの悪魔数体。
唸り声をあげてこちらを威嚇しつつ戦闘の構えを取る連中に私は矢を一発だけ放った。
一発で十分だった。
矢が刺さり、球形を描く白い力場が爆ぜる。
次の瞬間、ズンッッッ!!!!という臓腑まで震えるような爆音とともに魔物の群れが消し飛んだ。
「………すっきりしましたね。」
私の
着弾したと同時に無属性の爆発を引き起こす範囲攻撃である。
先ほど一撃で魔物の群れを仕留めたのは、着弾と同時に鏃を中心に広がった直径数メートル程の白い球形にも見えるエネルギーの爆発である。
判定自体は魔法攻撃に属するが、無属性の魔法攻撃は半減することが難しいので安定したダメージが狙える。
爆音と爆発が過ぎ去った後には魔物達は素材を残して消え去るのみだった。
「キムロさん、そちらはご無事ですか?」
「うむ………見ての通りな。」
後ろを振り返って、キムロが軍曹級を討伐し終わったのを確認して声を掛ける。
それなりに手こずったのだろう、肌も赤くなって汗もかいている。
ただ手傷は負っていないようで何よりだ。
戦闘も終了したら魔物やらトラップやらに不意を突かれないように注意しながらドロップアイテムの回収である。
この辺りの階層になると採れるものも地上に持ち帰れば高く売れるものばかりだ。
今回のダンジョン探索の目玉ではないが、こうした品々だけでも相当な収入になる。
回収作業が終わったら迷路の奥へと足を進める。
頭の中にある順路通りに進むと、やがて行き止まりに辿り着いたが――――――その行き止まりの壁代わりの本棚の中に一冊だけ、目立つ背表紙の本がある。
その本を手に取って表紙を確認すると鍵のマークが刻印されていた。
この鍵マーク付きの本がこの階層での鍵であり、ボスの部屋を開くにはこれを五冊集める必要があるのだ。
私が本をアイテムボックスに収納したところで横の
そこを潜った先は迷宮区画の外側だった。わざわざ迷路を逆走して戻らなければならないような面倒がなくてよい。
迷路を出た先は博物館の回廊のようで、天井からは温かみのある照明が灯り、絵画やオブジェが飾られた廊下が左右に続いていた。
「キムロさん。」
「………むっ!あぁ、リオ殿か。どうされたのだ?」
私の後ろを歩いているキムロの方を振り向いて声を掛ける。
しかし反応がどうにも鈍い。何やら思考が上の空のようだ。
歩いているときの距離感もいつもよりやや離れ気味と見える。
その距離をすすすっ、と詰めて下から見上げると彼はややたじろいだようだった。
「うーん、何やら反応が鈍いですね。それに汗も随分とかいておられるようですね。」
「そ、そうだな。拙者も少々疲れているのやもしれぬ。」
「そうですね。確かにお疲れなのかもしれません。」
観察すると肌は普段より汗ばんでいるようだし、頬なども紅潮しているようだ。体温も上がっているように見える。
話し方もつっかえ気味だし疲れがたまっている可能性はとても高い。
どこかで休んだ方が良いのかもしれない。
「というわけで………この近くに安全地帯が一か所あるので、ご休憩していきませんか?」
「むぅ………、そ、そうなのか。」
「えぇ、では行きましょうか。善は急げといいますし。」
私は微笑を浮かべて彼の隣に回り、その手を取った。
元から硬かった皮膚の上に真新しい傷跡がいくつもついた手だ。
掌は熱い血が通っているのを示すかのようにその体温を私の手に伝えてきた。
キムロの肌が汗ばんでいるせいだろう、隣に立つと特有のつんとした汗の香りが鼻を擽った。
目線を少し上目づかいに向けると彼は余計に顔を赤くしてそっぽを向いた。
不必要に緊張しているのか、体は妙に硬くなっていた。
「大丈夫ですよ。ここからはそんなに遠くないですから、魔物に出くわす前に辿り着けますから。」
「あ、あぁ………。」
返事も妙に生返事である。キムロの様子は先程から明らかにおかしい。
一体何があったのだろうか。
何はともあれ早いところ休憩を取らなくてはいけない。そう、可及的速やかにだ。
………………………。
………………………どこかで変な
『武装解放』
一部の武装の持つ特殊な効果を発現させること。武装なので武器・防具を問わない。
強力な効果を持つものが多いが、使用者の体力消費が大きい。
ただしその辺りは鍛錬を積むことで微妙に強弱を使い分けたりといった効率的な運用法を体で覚えることである程度解決可能。
継続的に効果が発揮される『状態変化型』と一瞬だけ効果が出る『単発発動型』の二種類に分けられる。