※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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第十七話 サイレントワイズマン

 

 

 

 「………申し訳ない…。まっこと、申し訳ない………。」

 「いや、そういうのはいいですから。早く食べないと麺が伸びますよ。」

 「申し訳ない………。そしてかたじけない………。」

 「だからいいですって。大体私が仕組んだことなんですから。」

 

 目が覚めてから、キムロは机に額を擦りつけるようにして謝り続けていた。

 正直なところそんなに何度も何度も謝られても困る。

 元凶はもっぱら私なのだし、被害者である彼が謝るのは筋違いというものである。

 

 「いや、しかし………薬に負けてお主を襲ったのは拙者であるからにして………。」

 「でも私は気持ちよかったのでそれでいいです。キムロさんは気持ちよくなかったですか?」

 「うぅ………………っ」

 

 私がそう言うとキムロは頭を抱えて突っ伏してしまった。

 多分、気持ちよかったのは本当なのだけどそれを口に出して言ってしまうと自分が少女を犯して快感を得ていた強姦魔のようなものだと認めることになる………といったようなことで悩んでいるのだろう。

 しかも薬で正気がトんでいたとはいえ、それがまぎれもない事実であるということが痛い。

 おまけにこのことが犯された側の望み通りであり、当人は全く己を責めるつもりがないということが自責の念に拍車をかけている、という所か。

 

 ここで「お主が悪い!」とはっきり開き直ったり、「お主が良かったというならそれで水に流そう」と折り合いをつけられれば楽なのだろうが、そこで楽に流れない――――――流れられない、というのが実に彼らしい話だ。

 それを重々承知の上で、彼に自分を襲わせた私は紛れもなく悪党であった。

 

 「まぁ、強姦紛いのセックスをしたというのに気を病んでいるというのでしたら、今度はキムロさんご自身から自発的に私を抱いて気持ちよくしてください。それでチャラにしましょう。」

 「うぅ………あいわかった………。いや、本当にそれで良いのか…?良いとは、悪いとは………うごご………!!」

 「………そろそろ食べ始めたら如何です?」

 

 何やら無に還っていきそうなキムロに対してそろそろ呆れそうな私は淡々と鍋を指さした。

 鍋の中身は煮込みラーメンである。好い香りのするやや濃い目の醤油味のスープに噛み応えのある麺が食えば食うほど食欲をそそる。

 ザクザクと切り刻んだ野菜はよく煮込まれて程よく甘く柔らかい。豚肉の切り身もどっさりと入ってボリューム満点、食べ応えもばっちりである。

 

 ラーメンという食文化もプレイヤーがこの世界に持ち込んだもので、この十数年の間にすっかり世に定着した。

 特にお湯を注ぐだけでいつでも食べられる即席(インスタント)麺は一般家庭から冒険者まで幅広い支持を集めている。

 

 麺やパンに使えてこの世界でも元から普及していた小麦、プレイヤーが持ち込んだ和食というジャンルに欠かせない米、荒地でも栽培可能な脅威のタフネスを持つ馬鈴薯(ジャガイモ)………。

 農家と商人はこの三派閥に分かれて壮大な栽培・販売闘争を繰り広げているらしいが………今ここで私が語る話ではないだろう。

 

 私に促されると、渋々ながらといった表情でキムロは鍋から取り皿へとラーメンをよそって食べ始めた。

 最初は萎れたような表情をしていた彼だが実のところよっぽど空腹だったのだろう、一度食べ始めたら一切の停滞無く黙々と食事に勤しんでいた

 しばらくの間、四方を本棚に囲まれた小部屋に我々が麺を啜る音だけが響く。

 私は予め前菜(・・)を食べていたのでいつもより小食だったが、大き目の鍋いっぱいに作っていたラーメンは汁まで残さずキムロが食べきってしまっていた。

 

 「………………馳走になった。………かたじけない。」

 「お粗末様でした。」

 

 なんだかんだで腹いっぱいに食べたキムロはバツが悪そうな表情で私に礼を言った。

 

 ………私はあまり人に礼を言われたり、謝られたりするのは好きではない。

 私自身が他人に迷惑をかけるような好き勝手な生き方をしている自覚はある。

 だから何か人にとって良いことをしたように見えてもそれは私が好き勝手やった結果なのだから礼を言われる筋合いはないし、他の人も謝ったりなんかせずにもっと横柄に生きていいと思う。

 

 とはいっても自分と同じ態度を他人に強要するつもりもない。特にキムロはこういう生真面目なところが持ち味だと思うし。

 なので彼の言葉は素直に受け入れておくことにする。

 

 

******

 

 

 それから装備の点検などをしつつ腹がこなれるのを待ってから、我々は部屋を後にした。

 

 部屋の外に出ると美術館のような廊下が続いている。

 白い壁と絵画、柔らかい暖色の照明とふわりとしたカーペット。美術館として実際に運営したら客からも中々に好評を戴けそうな品の良い仕立てである。

 しかし一見優雅に見えてもここはダンジョン。曲がり角の向こうからいつ魔物が襲ってきても不思議ではないし、壁や床にトラップが仕掛けられていることもある。

 私たちは周囲に油断なく気を配りながら廊下を進んでいった。

 

 ここ地下都市第七層ではボスの元に辿り着くためには鍵のマークが刻まれた五つの本を入手する必要がある。

 既に一つ手に入れているので後は四つだ。

 私は脳内で本を入手するための手順を確認しながら廊下の角を曲がる。

 

 一つの扉を開いて中に踏み込めば、そこにあったのはまさに図書館だった。

 広々とした空間に所狭しと書架が並べられ、まるで本棚で作られた渓谷地帯のようだ。しかし二階まで吹き抜けになった解放感のある構造になっているため圧迫感は感じられない。

 

 「ふむ………ここはどのように攻略する場所なのだ?」

 「本の順番がおかしい箇所が何カ所かあるので、それを元に戻します。」

 

 こちらに尋ねてくるキムロの表情に食事中までの萎れた雰囲気はなかった。

やはり冒険者として戦士として、いざダンジョンを探索するとなると気が引き締まるタイプらしい。

 第六層では気を引き締め過ぎて自爆したが、それは置いておこう。

 

 さて、この図書館のような一角では書架に並んでいる本の並び順の間違いを正さなくてはいけない。

 とはいっても図書館の背表紙に貼ってあるラベルを見て十進分類法に則った整理が成されているかを確認するとか、そんなのではなく………もっと緩いパズルのようなものだ。

 ここの図書館は書架ごとに本の色が決まっているのだが、その中に紛れ込んでいる別の色のものを抜き出して正しい棚に戻すという作業を繰り返せばいいだけだ。

 

 私とキムロは手分けして図書館の本棚を確認して回り、本の並びを整頓していった。

 場所自体が広いため確認のために時間がかかる作業だ。

 手間の代わりというべきか、出てくる魔物は本棚から散発的に飛び出してくる魔本(グリモア)くらいなもので、戦闘で作業が中断させられるというのは少なくて済んだ。

 

 「………はい、これでよし!」

 

 数十分ほど地道な作業を続けて、最後の本を書架に納める。

 すると柔らかい棒で鐘を叩いたような音が図書館に響き、一階の中央の机の上に鍵の本が出現した。

 

 「やれやれ、なんとも面倒な作業であったな。」

 「この手の仕掛けは根気がいりますからね。昔から面倒だと言う人が多かったです。」

 

 戦闘とは別の方向性で疲れたキムロに相槌を打つ。

 一応ここのギミックも手順が知れ渡っているが、それでも棚を行ったり来たりする手間はいかんともし難かった。

 むしろ正解がわかっている分、途中に入る魔物の妨害が鬱陶しくて仕方がないとぼやくプレイヤーもゲーム時代はよくいたものだ。

 そんな感じに昔を懐かしみながら、私は本を回収して次の場所へと向かった。

 

 それから先も淡々と順序良く鍵本を回収していく。

 

 三つ目の鍵はやや広めの図書室にあり、部屋の中央にこれ見よがしに放置されていた。

 私はそれをキムロに拾うように頼んでから、虚空に向けて矢を番えた弦を引き絞った。

 大体次に何が起こるか察してくれたキムロが本を手に取ると、部屋の中に魔法陣が出現してそこから大柄な悪魔が―――――――――現れた次の瞬間、脳天を吹き飛ばされて死亡した。

 元から出現場所さえわかっていれば、『溜撃ち(チャージショット)』の準備を整えた上で迎撃できるので良いカモである。

 

 四つ目はクイズ形式のギミックだ。

 部屋の机の真ん中にいくつもの問題が書かれた羊皮紙が置いてあり挑戦者はそこに正解を記入していかなくてはならない。

 最後まで解いて正答率が七割以上あれば合格とみなされ鍵が手に入るが、不合格だと魔物と強制戦闘になったうえで最初から問題をやり直しとなる。

 問題の出題範囲はこの世界の世界観から地球での一般常識、数学やらくだらない雑学まで様々だ。

 一見すると難しいが回答には制限時間が無い上に部屋に存在する本にはヒントや答えが載っているものが紛れているため、根気よく調べていけば誰でもクリアできる仕様になっている。

 ただし私は既存の設問パターンを網羅したメモを手元に持っているのでサクッとクリアしたが。

 

 五つ目は鬼ごっこ、のようなものだ。

 二つ目の時のような広い図書館のような場所に踏み込むと、本棚の中から無数の魔本(グリモア)が飛び出してきた。

 数十もの本が意志を持って鳥のように図書館内部を飛び回り、こちらに気付いた数体は魔法で攻撃を仕掛けてくる。数は多いものの一体一体はこの階層の平均よりも弱いのが救いだろうか。

 宙に浮かぶ本の群れは大抵こちらに攻撃を仕掛けてくるが、そのうちの一冊だけこちらから常に距離を取る動きをするものがある。それが我々の標的である鍵の本だ。

 

 普通なら魔本(グリモア)の群れの中に紛れてこちらから逃走する標的と、攻撃を放って妨害してくる魔本(グリモア)達が厄介なのだが、私に限っては全く簡単な関門である。

 『千里眼(クレアヴォヤンス)』と『多数捕捉(マルチターゲティング)』の併用で即座に本の群れを調べ上げ対象を捕捉、速攻で矢を放って鍵本を叩き落した。

 鍵の本はどんな攻撃を叩き込んでも傷がつかない仕様になっているので多少乱暴に扱っても問題ない。

 魔法攻撃を放ってくる魔本(グリモア)の間をすり抜けて本を回収。これでこの場所はクリアである。

 

 全ての鍵本を携えて私たちが赴いたのはとある廊下の突き当りにあるこじんまりとした一室である。

 この部屋はかなり手狭で、壁の本棚と個人用の事務机のようなものだけで空間が殆ど埋まってしまっていた。

 こうなると図書室というよりは個人の書斎と呼ぶべきだろう。

 

 書斎の机の上には空っぽのブックスタンドがあり、ブックスタンドの側面には鍵のマークが刻印されていた。

 そう、丁度ここまで回収してきた本と同じ印である。

 私が五つの本をそのブックスタンドに立てかけていくと、ロックが外れるようなガコン、という音がした。

 音の方に視線を向けると奥の本棚がガラガラガラ…、と音を立てながら横へとスライドしていく所だった。

 そして本棚が消え去った後には観音開きの木扉が壁に出現した。

 

 「さて、キムロさん。今からボス戦なのですが、その前に言っておかなくてはいけないことがあります。」

 「聞こう。」

 「前には(・・・)出ないで(・・・・)ください(・・・・)。」

 

 扉の方に体を向けたまま、少し振り向いてキムロに視線を投げかけた。

 彼はしばらく逡巡するようなそぶりを見せた後、ゆっくりと頷いた。

 その表情にはどことなく悔し気な色がある。

 

 「うむ、そうであろうな………。第六層の番人(ボス)を倒せなかった拙者だ。ここから先では役者が不足しているのであろう。」

 

 彼の言葉に私は首肯した。

 確かにキムロは強いし第七層でも雑魚相手なら問題なく戦えている。

 だが、それでもボスを相手にするのは危険だ。それは実力が足りていないということでもあるし、ここのボスが今の彼とは致命的に相性が悪いということもある。

 ………というか第七層のボスは若干初見殺し染みているところがあるので、予め対策を取れていなければもっと腕の立つ冒険者でも嬲り殺しにされる危険がある。

 

 「それに、拙者はお主の本気の戦いを見てみたいと思って無理を言ってついてきているのだ。お主が前に出るというのであれば、拙者は喜んでそれを拝見しよう。」

 

 キムロはそう言って僅かな笑顔を見せた。

 確かに自らの実力不足に思うところはあるのだろうが………それが自分より格上と認めた人間の実力を観察する機会となるのなら僥倖だと、彼はそう考えているのだろう。

 気高く上を目指し、それでいて強さを求めることに貪欲である。

彼のそんなところが私はとても好きになっていた。

 

 「えぇ、そういうことでしたら………私も気兼ねなく、往きましょう。」

 

 キムロへの確認を終えて、私は自分のスイッチを切り替える。

 目を閉じて、自分自身の内側に意識を向ける。

 

 ふぅ、と息を吐く。

 すぅ、と息を吸う。

 意識的に調整する呼気と吸気の平衡(バランス)。

 呼吸の拍子(リズム)を通して自らの無意識を調律する。

 

 筋肉を程よく脱力させる。

 思考を程よく弛緩させる。

 鼓動を程よく減速させる。

 

 重要なのは『程よく』という一点。

 過剰な緩みは出力が必要な瞬間に対応できない。

 過剰な力みは柔軟性を失い無駄な力を消耗する。

 

 

 ――――――危機的状況下における人間の肉体の緊張状態は『逃走』と『防御』という行為に必要な進化の結果だ。

 

 

 誰かの声が頭の中で響く。

 知っているし、わかっている。

 修業時代に散々聞かされた師匠の蘊蓄だ。

 

 ――――――故に緊張状態にある人間の肉体は精密な動作を行うということには甚だ不適応だ。何故ならそれは『身を護る』というただ一瞬に反応するために適応した身体状態なのだから。

    できることなんてそれこそ脱兎のごとくその場から立ち去るか、身を縮こませて防御に専念するかの二通りだろう。まぁ、ことその二点に関しては反射的に動けるので悪いことばかりではないが。

 

 その通り、だから人間は緊張をコントロールし弛緩状態(リラックス)を生み出すために様々な手法を試みる。

 

 ――――――人間の持つ技術を十全に扱うには緊張とは確かに邪魔ものとなる。だが弛緩しすぎも考え物だ。気が緩みすぎているうちに君も魔物に後ろからガブリといかれたくはないだろう?

 

 そうだ。

 だから、

 

 ―――――――だから重要なのは緊張時の反応速度と余裕を持った状態での柔軟性の両立だ。君は獅子に警戒する兎のように敏感に、そして同時に兎を狩る獅子のように豪胆でなくてはならない。

 

 えぇ、そうですね師匠。

 全く仰る通りです。貴方の教えにはあれから何度も助けられました。

 貴方には感謝しても、し足りないくらいです。ですから――――――

 

 

 ですから(・・・・)、いつか貴方を(・・・・・・)探し出して(・・・・・)、今度こそ(・・・・)殺す(・・)。

 

 

 ………呼吸を整えて目を開く。

 師匠の事を思い出して思わず殺意がぶり返しそうになったが、それを腹のうちに沈める。

 殺意まで持ち出すのはまだ早い(・・・・)。

 大事なことは頭をどこまでもクールにすることである。

 頭の芯を冷やし、自身の肉体の手綱をしっかりと握る。

 

 「………………よし。」

 

 弓の把手(ハンドル)を握る手に何度か力を込めて調子を確かめる。

 程よく力が入り、程よく力が抜けた良い状態(コンディション)である。

 

 そして私は前方に視線を向けて歩み、そこにある扉を押し開いた。

 

 硬い木の音が向こう側の空間にこだまする。

 開かれた部屋は図書館程広くもなく、図書室というほど狭くもないという程度の正方形の部屋だった。

 いつものようにカーペット敷きの床には机も何もなく、ただうっすらとした埃がその表面に被っているだけだった。

 そして壁一面はお馴染みの本棚で埋まっており――――――その高さには果てがなかった。

 視線を上に向けるとひたすらに高い吹き抜けがそこにはあり天井には明かりも届かず、どこまで続いているのかは判然としなかった。

 

 そして――――――その果ての見えない天井から、何かが舞い降りてくる。

 空気を裂くように一直線に床面へと落ちてくるその影は人型に見えた。

 

 やがてあわや床に激突するかと思われた瞬間、空中で減速したそれは落下の勢いを殺してふわり、と音もなくカーペットの上に着地した。

 

 「……………………。」

 

 着地した姿勢からゆっくりと顔を上げたそれ(・・)と視線が交わる。

 その人型の魔物、その頭部は梟(ふくろう)だった。

 ローブを纏った人間大の梟………そうとしか形容できないものが、感情の伺えないぎょろりとした目で私と目を合わせる。

 

 「……………………。」

 

 そして無言のままその魔物――――――第七層のボス『静かなる賢人(サイレントワイズマン)』は懐から二冊の本を取り出した。

 分厚い二冊の魔導書は賢人(ワイズマン)の手から離れ宙に浮き――――――賢人はその指を振るった。

 

 戦いの合図を告げるかのように。

 

 「――――――――――――っ!!」

 

 次の瞬間、全くの無詠唱で、指を振るだけの僅かな動作で賢人が魔法を完成させる。

 やつの周囲に電気の塊で構成された四つの球体がバチバチバチッ!!と音を立てながら出現し―――――――、

 

 「っ!!」

 

 私がそれを全て矢で撃ち貫いて破壊した。

 

 驚いたように賢人が頭の横に生やした翼をはためかせる。

 今の魔法『テスラウェブ』は放置しておくと死ぬ。最優先で妨害しなくてはいけない。

 

 「………っつ!!」

 

 だが賢人がもう片方の手をスナップさせると、バヂンッ!!!!という音とともに紫の光が弾け、体を火のような熱さが駆け抜ける。

 『スパークボルト』――――――必中の攻撃魔法を高速無詠唱発動。

 だが速度の代償として威力は低い。

 さらに防具で減衰されている。

 

 痛みを無視して弓を構え――――――その前に横っ飛びでその場から離脱。

 ついさっきまで立っていた場所を、轟音を響かせながら見えない『何か』が空気を弾けさせた。

 

 「………………!!」

 

 感情の伺えない目をした梟頭の賢人が淡々と同じ魔法――――――『エアロクランチ』を連打して追撃を仕掛けてくる。

 

 だが、むざむざやられる気はない。

 私は見えない風の魔法を掻い潜りながら相手に矢を射掛ける――――――が矢は相手の魔法盾(シールド)に突き刺さり、体まで届かない。

 

 「………知った事か。」

 

 低く呟いて『早撃ち(クイックドロウ)』の連射。

 杭打ちのように全く同じ個所(・・・・・・)に矢弾を叩き込んで障壁を粉砕する。

 

 「――――――っ!!」

 

 もう一撃で賢人本体に矢を叩き込めるところで、相手が魔法を発動させる。

 私が放った矢を散らしながら直進してくるのは『キャノンゲイル』だ。

 突風の砲弾を回避した私だが、賢人は『エアロクランチ』と『キャノンゲイル』の連打で私に反撃の隙を与えない戦法を取り始めた。

 更に合間合間に必中の『ボルトスパーク』を牽制として挟んでくる。

 

 大気が圧搾されて弾ける音と風の砲弾が壁に叩きつけられる轟音が響き、紫電が瞬いて室内を照らす。

 ………ボルトスパークのダメージは避けられないがさほどでもない。

 しかし、こうも矢継ぎ早に攻撃を連射されるとこちらとしては狙いをつける余裕も矢を引き絞る余裕もない。

 

 ――――――わけではない。

 

 ひゅっ、と息を吐き、その状態で固定。

 意識的に呼吸を遮断(シャット)して体を緊張の状態へと傾ける。

 呼吸のために割かれている身体機能まで戦闘に回す。

 

 

 速攻だ。

 

 

 「『震洋(オーシャンクエイカ―)』。」

 

 私が放った矢が相手の魔法と衝突。

 白い球形の爆発が魔法諸共(・・・・)空間を飲み込んだ。

 

 「『神風(ゴッズゲイル)』。」

 

 魔法攻撃が遮断された瞬間、『神風(ゴッズゲイル)』を起動。

 『多連矢弓(マルチセットボウ)』と組み合わせて同時に二発。

 貫通力と飛翔速度を底上げされて光条(レーザー)と化した矢が、『震洋(オーシャンクエイカー)』の爆発を切り裂いてその向こう側へと放たれる。

 

 (ビンゴ。)

 

 魔力盾を一撃で貫通した矢が、静かなる賢人(サイレントワイズマン)の左右に浮かぶ二冊の書を撃ち落とす。

 慌てて賢人は盾を張り直しながら魔法を放とうとしたが、遅い。

 二冊の魔導書なしでは先ほどまでの速度は発揮できない。

 

 相手が魔法を放つ前に、こちらが矢を番えて放つ方がずっと早い。

 『早撃ち(クイックドロウ)』の連打を一点集中。

 ガラスを金づちで殴りつけるように、魔力の盾を叩き割る。

 

 「………っ!!」

 

 丸裸にされて目を見開いた賢人の胴体に、『炸裂矢(バーストアロー)』と『爆風矢(ブラストアロー)』を併用した一矢をぶち込む。

 手榴弾のような爆発音と共に梟頭の賢人は背後に吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 

 間髪入れず、先ほどと同じ矢に今度は『震洋(オーシャンクエイカ―)』を載せた一射で追撃。

 奴の体を壁と爆発で挟み込んで圧殺(・・)する。

 

 「死ね。」

 

 壁際で白く眩い爆発が起こって爆風が私の髪を散らす。

 賢人は黒焦げになって全身がひしゃげているが、まだ死んではいない。

 あまつさえ指をこちらに向けて魔法を打とうとする始末。

 

 故に抵抗の余地も許さず、矢で滅多刺しにする。

 磔標本のように壁に縫い留めて、『神風(ゴッズゲイル)』を脳天に叩き込んでトドメを刺した。

 

 「………………………。」

 

 額のど真ん中を矢で串刺しにされた静かなる賢人(サイレントワイズマン)。

 その感情の読めない眼が見開かれたまま私を見詰め………………やがてその色が消えていった。

 体を構成していたテクスチャが解けるように、賢人の体が霧散して消えていく――――――その姿を見届けて、私はそこでようやく息を吐いた。

 

 「………はぁぁ………………っ」

 

 止めていた呼吸を再開させると、どっと疲れが出てきた。体が新鮮な酸素を要求して心臓を喧しく蹴立てている。

 空気を訴える肺を宥め、深く息を吸い込んでは吐いてを繰り返し、効率良く酸素と二酸化炭素の交換を行う。

 

 「………見事な手腕であったな。」

 「あぁ………キムロさんですか。」

 

 呼吸を整えていると背後から声を掛けられた。

 キムロは先ほどまで戦闘のあった室内を見回して感嘆の表情を浮かべている。

 整然とした正方形の部屋は賢人の放った魔法でカーペットが捲れ上がったり、本棚が破損して本が床に散らばっている。

 私が敵を追い込んだ壁際など爆発で書架が吹き飛んで後ろの壁が露出している。そこには墓標のように数本の矢が突き刺さるばかりとなっていた。

 

 「まさしく瞬殺であったと拙者には見受けられたが………。」

 「いえ、正しくは瞬殺するしかなかった………というべきでしょうか。」

 

 ここのボスである静かなる賢人(サイレントワイズマン)の最大の特徴は中級以下の魔法の無詠唱連続発動である。

 単発ごとの威力は私基準では然程ではないのだが、最初に放ってきた『テスラウェブ』という魔法が非常に面倒だ。

 あれに捕まると継続する雷属性ダメージに加えて拘束と麻痺に嵌る。

 そこに間断なく魔法を打ち込まれると最悪そのまま嵌め殺される。

 

 それを抜けても速射性能が厄介なのには変わらず、下手に防御を固めてもその上から圧殺されるほどの弾幕を浴びせられるだけだ。

 それでも徹底した防御を敷いて相手が魔法を打てなくなるまで粘るという戦術もあるが………私にはそれはできない。

 だからこその速攻なのである。

 

 「あれは左右に浮かせている魔導書を破壊すると連射性能が落ちて弱体化します。早いところ弱点を突いて畳みかけないとこっちが死にます。」

 

 多少の消耗は覚悟の上で容赦無く畳みかけて、仕留める。

 そういうことをしないと勝てない相手だった。

 

 「………………………。」

 

 キムロは私の話を聞きながら、壁に突き刺さったままの矢を見つめて思案顔である。

 恐らく自分ならばどう攻略するか考えているのだろう。

 キムロなら、まずどうにかして最初の『テスラウェブ』を切り抜けないと死ぬ。その後の連続魔法弾幕をどう切り抜けて肉薄するかも問題だろうが………『祓魔の太刀』がないと最初の魔法で多分詰む。

 今は刀が折れている関係上、キムロとの相性は抜群に悪い。

 

 ちなみに地下都市のボスは第六層のドラゴンゾンビを皮切りにかなり殺意が高くなってくる。

 第七層(ここ)の魔法連射による嵌め殺しなどもその好例だ。

 

 「まぁ、いつまでも壁とにらめっこしていても仕方がないですし………次の階層に進みましょう。」

 「うむ………そうだな。その通りだ。」

 

 まだ思案顔のキムロに声を掛けて、私は次の階層へと足を向けた。

 壁に刺さっている矢とドロップアイテムの回収も忘れずに、である。

 

 いよいよ次は第八層。

 私に依頼された品を採取できる、目的の階層だ。

 

 

 

 

 




『魔力盾《シールド》』
魔法職が共通して使える汎用魔法。文字通り魔力で盾を作る。
熟練してくると強度が上がったり、面積が広くなったり、展開速度が上がったり、何枚も同時に作れたりする。
後衛の命綱とも言える魔法だが、作った場所から動かせない(動かせても非常にゆっくり)という欠点があるため、前衛を兼任する魔法職が使うには色々と工夫が必要になる。
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