※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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第十八話 第八層

 

 

 

 段差から飛ぶような微かな浮遊感を感じた後、硬い床の感触を足裏で捉える。

 階層の移動に魔法陣による転移を使うのは確か二層と三層の間以来か。久しぶりな感じがする。

 

 顔を上げて周囲を見渡すと、一面が白い大広間だった。

 足元の床も見上げた天井も純白の大理石で作られている。

 高い天井と床を繋いで樹のように聳え立つ柱もまた美しい白色である。

 広間には壁の端や天井の隙間辺りから白い光が差し込んできており、その光が大理石の表面に照り返して間接照明のように柔らかく私達の視界を照らしていた。

 壁に目を向けると色鮮やかなステンドグラスが飾られており、その向こうから差し込んでいる光がガラスを通して床に落ち、美しい文様を描き出していた。

 

 「ここが第八層『六覚聖堂』になります。………この最初の広間は全体が安全地帯扱いなので警戒しなくても大丈夫ですよ。」

 

 周囲に油断なく視線を走らせていたキムロにそう声を掛ける。

 

 「………聖堂か。なるほど確かにその呼び名に相応しい、美しい場所だな。」

 「えぇ、そうですね。ただ景色に見惚れているとあっさりと死ぬ程度には危険な場所でもあります。」

 

 キムロにこの階層の構成をかいつまんで説明しておく。

 

 我々がいるこの大広間が階層の中心になっており、ここからは聖堂がある六つの区画に行くことができる。

 それぞれの聖堂に隠されている鍵―――この階層ではロザリオの形をしている―――を回収してこの大広間に持って帰ってくるのがここでの主目的になる。

 

 私は背後に視線を向ける。

 そこには巨人の出入りでも想定しているような大扉があった。

 あの扉がボス部屋への入り口であり、開くためには六つの鍵が必要となる。

 そこまでの説明を聞いてキムロはふむふむ、と頷いていた。

 

 「六つの聖堂………ということはやはり六大神に対応しているのだな。」

 「そういうことになります。どこもここからの距離も難易度も同じ程度なので、攻略の順番は好みでいいでしょう。」

 

 六つの区画に出てくる魔物は光属性をある程度基準に置きつつ、それぞれの聖堂を司る神の性質に対応したものが出てくる。

 わかりやすいのは天使系の魔物だろうか。

 天使系は神々が地上に遣わせる使者にして傀儡であるという設定の魔物である(天使なのに『魔』物と表現されているが、システム上そういうことになっている)。

 なので天使たちはそれぞれの創造者である神の性質を強く受けており、外見の色や使用武器、戦闘方法などが神の系列によって分かれているのが特徴となる。

 この階層で主に敵となるのはこの天使達だ。

 ここくらいの難易度であれば、出てくるのは最高で主天使(ドミニオン)………中級上位くらいまでだろう。

 

 「天使か………天使と戦うのは初めてだな。」

 「おや、この手の聖堂を模したダンジョンでは良く出てくると思うのですが。」

 「うーむ………そういったダンジョンは昨今では教会の管理下に置かれていることが多くてな。あまり踏み入る機会がなかったのだ。」

 「あぁ、確かに申請が面倒ですもんね。」

 「さらに申請しても受け入れてもらえるかどうかは別問題であるしな………。」

 

 キムロの愚痴るような言葉に、私も同意して苦笑で返した。

 現実化した後のこの世界では、多くのダンジョンは冒険者組合が管理下に置いている。

 しかし現在、宗教的なモチーフを組み込んだダンジョンは教会が管理している土地にあるか、後から教会が直接出張ってきて管理下に置いているか、という可能性が高い。

 教会は自分たちが管理しているダンジョンを宗教的に重要な遺構として保護しようという立場を取っているようで、一般の冒険者は立ち入りを禁止されていることが多い。

 

 そういうわけでゲーム時代は自由に入れたダンジョンに入れなくなって困るというプレイヤー達の話もよく聞く。

 この手のケースで代表的なのは『大聖廟』だろうか。

 元々ゲーム時代でも一定の条件を満たしてイベントをこなさないと入れない場所だったのだが、今では更に出入りが厳しく制限されている。ここ十五年は誰も入れていないという話だ。

 

 「とはいっても第八層(ここ)はダンジョンの層の一つに過ぎない上に、層自体も深いので人を送り込んで出入りを制限するようなことをしていたら労力がかかりすぎるということで見逃されているそうです。」

 「なるほどな。」

 「つまり、貴重な天使系が落とす素材が採れるということであり、良い収入が見込めるということでもあります!」

 「なるほどな………。」

 

 そもそも私が今回この地下都市に潜り始めたのはラストルからの依頼でここの素材を採りに来たからだ。

 目的の素材である『白無垢の大理石(イノセントマーブル)』はここに出没する『セイクリッドコロッサス』という魔物のドロップアイテムだ。

 魔物自体も強く中々お目にかかれない、がその上で目当ての物――――――〈大〉サイズの『白無垢の大理石』を落とす確率は比較的低い。

 その為冒険者組合に提出した場合でもこのアイテムはかなり高額で買い取ってもらえるが、ラストルからは組合相場の1.3倍で買い取るとの言質を貰っている。

 しかも六つも採ってこいとの依頼だ。否が応でもやる気が出る。

 

 「~~~♪」

 

 今から報酬の使い道をあれこれと皮算用しつつ、私は足を鳴らしてダンジョンの奥へと足を進めた。

 

 

******

 

 

 『斧』は戦闘で用いられる武器としてはメジャーな部類に入るだろうが、その始まりは元来生活のための道具である。

 木を切り倒す、枝を落とす、薪を割る………太古の時代から人々は木材を生活のために使用し、入手のために斧が振るわれた。

 木と斧は人々の生活の基盤を支えるものであり、そこから転じて人を統べる王の権威を象徴する祭具としても斧が用いられるようになった(そもそも『王』という漢字自体が両刃の斧を象っているとされる)。

 

 ならばこの世界において恵みの神である地母神の象徴武器として『斧』が用いられるのは、人々の営みの為に敢えてその身を差し出す神の慈愛と献身を示している――――――のかもしれない。

 

 「――――――ハァッ!!」

 

 白亜の回廊にキムロの裂帛の咆哮がこだました。

 一閃された白刃が空を裂き、戦斧と衝突して火花を散らす。

 

 戦闘において振るわれる斧はその先端部の重量で相手を叩き潰すように振るわれるものだが、それ故に細かな動きには対応押し辛いという欠点がある。

 だが敵は斧の重さを生かしながらも、それに振り回されることなく機敏に立ちまわり自在の斬撃を放つ。

 矢継ぎ早に放たれる戦斧の連撃は嵐か、はたまた刃の羽を持つ風車か。

 重く鋭く、強く素早いその攻撃を、キムロは更なる手数で捌いていく。

 

 「ふっ!!」

 

 斧の軌道に嚙合わせるように白刃を振るい、打ち払う。

 その瞬間を狙い一歩踏み込み、斬りつける。

 しかしその刃は届いたものの致命には遠かった。

 敵は一旦背後へと飛び退き、キムロから距離を取った。

 

 「ぬぅ………。」

 

 苦い表情を浮かべるキムロ。

 彼は自分の手の中にある刀――――――予備武器である脇差に視線を落とした。

 ドラゴンゾンビとの戦いで折れた彼の愛刀である太刀に対して、脇差は一尺(30㎝)程短い。

 その為相手を斬りつけるためには普段よりも一足分深く踏み込まねばならず………その感覚の違いがどうにも彼には歯痒かった。

 いつもの刀であれば先の攻撃も十分なダメージとなっていたのだろうが。

 

 (いや、己の武器のせいにするのは言い訳でしかないか。)

 

 道具が悪い、武器が悪いなどと責任を押し付けるようなことをするのは未熟者の証拠である。

 第一自分の武器は脇差(これ)一本しかないのだから、今ある物で戦い抜くしかないのだ。

 キムロはそう考え、改めて己の敵を睨み据えた。

 

 「恵あれ、祝福あれ。我らが母なる神の慈しみよ、此処に在れ。」

 

 戦斧を構える敵が祈りの言葉を捧げると緑色の燐光がその体を包み、先ほどキムロが付けた傷は瞬く間に修復された。

 六大神系の神聖魔法の中にあって地母神の魔法は随一の回復力を誇るとされる。

 敵のそのしぶとさにキムロは内心歯噛みした。

 

 彼が相対する敵は戦斧を手に携えた人型の魔物である。

 その姿は人間の成人男性と同程度の背丈を持ち、さながら『生ける鎧(リビングメイル)』に酷似した無機質で硬質な外観をしていた。

 だが最大の特徴は何と言っても背部から伸びる『翼』であった。

 翼は明るい緑色の光を束ねて作られているようで、その色合いはまるで陽光を透かせた新緑の葉のようだった。

 

 武器として持つ斧、翼の緑。

 これらの特徴はこの魔物が地母神の系列に属する天使であることを示していた。

 地母神系の主天使(ドミニオン)――――――それがキムロが現在相対する敵の正体である。

 

 現在地点は地下都市第八層『六覚聖堂』一角、地母神系の聖堂の回廊だった。

 ほのかな緑色の関節照明に照らされた白亜の大理石によって構成された回廊は、横幅に対して天井が恐ろしく高く設計されており、非常に解放感のある作りになっていた。

 

 だが、ここを攻略中のキムロにそのような景色を堪能する余裕はない。

 彼が相対する主天使(ドミニオン)はこの階層に現れる天使系の魔物の中では特に強力な部類に入る。

 今までの階層では余裕をもって雑魚を斬り伏せていた彼だが、いよいよ第八層ともなれば一戦一戦が神経を消耗するギリギリの戦いである。

 愛用の刀が折れたことにより、予備武器で戦わざるを得ないことが更に状況を緊迫させていた。

 

 しかし――――――実のところ彼はこれでも本来よりは余裕のある状況なのだ。

 彼が主天使(ドミニオン)との一騎打ちに専念できているのも、それ以外を全て一手に引き受けている同行者の存在ゆえである。

 

 「母よ恵み給え、赦し給え。我らは実を摘むもの、実りを食むもの。その恵みに慶び、貴女に生かされるものなれば。」

 

 一体の主天使(ドミニオン)が斧を掲げ祈りの言葉を唱える。

 祈りが魔法を成し、三体の力天使(ヴァーチュー)の攻撃力を強化する。

 片手斧と盾を構えた力天使(ヴァーチュー)は翼を広げて飛翔し、自らが定めた敵へと飛び掛かっていった。

 

 その天使達が目指す先にいるのは一人の少女だった。

 金糸のような髪を靡かせて少女――――――リオが敵を見据える。

 氷を研いだ刃物のような、冷徹で鋭利な視線を向けたまま矢を一本弓に番える。

 

 身長140㎝台といった背丈の彼女に合わせ、弓のサイズは比較的小さいといえる。

 だが彼女の弓『ウィンドランナー』の脅威はただその大きさで測れるものではない。

 

 「『爆風矢(ブラストアロー)』。」

 

 彼女が低く呟くとともに矢が一本放たれた。

 しかし、その矢は空中で三つに細かく分かれて三体の力天使(ヴァーチュー)を同時に捉えた。

 分散した矢では力天使(ヴァーチュー)を仕留めきることはできない――――――だが、そこに仕込まれていた爆風矢(ブラストアロー)の効果によって天使達は突進を止められ、無理矢理後退させられた。

 

 そこに追撃で同じ矢がもう一度放たれ、体勢を崩した天使たちは後ろに弾き飛ばされた。

 そしてニ射目の放たれた角度は正確に計算されたものだった。

 まるでビリヤードの最初の一発(ブレイクショット)を逆回しにしたように、弾かれた三体の力天使(ヴァーチュー)は後方にいる主天使(ドミニオン)に殺到するように激突した。

 

 「『震洋(オーシャンクエイカ―)』。」

 

 そこに放たれたのは殲滅の一射。

 鏃が着弾した瞬間に白い球体のような爆発が出現、空間諸共三体と一体の天使達を呑み込んだ。

 爆風が晴れるとともに力天使(ヴァーチュー)は崩れ去っていく。主天使(ドミニオン)は健在だったが既に虫の息だった。

 

 「我らが母。大いなる恵み、大いなる慈愛を………っ」

 

 ボロボロと崩れ去っていく体で回復魔法を唱えようとする主天使(ドミニオン)に割り込むように矢が打ち込まれ、祈りを無理矢理に中断させた。

 その一撃がトドメになり主天使(ドミニオン)は霧散していくが、リオはそれには気も留めず回廊の先を睨み据えていた。

 

 「お出ましですね。」

 

 ズシン、ズシン、と地響きが立つ。

白亜の床を揺らしながら回廊の先から顔を覗かせたのは、大理石で作られた人間の白い頭だった。

 熟練の彫刻家がその芸術性を遺憾なく発揮して形作ったと言える、見事な石像がそこにあった。

 人々の目に届くところにあれば、さぞかし衆目に畏敬の念を呼び起こさせたであろうが――――――今のこれは階層を守る魔物の一体であり、冒険者への脅威だった。

 そして、リオにとってはあくまで獲物だった。

 

 「………………。」

 

 リオの氷色の目が細められる。瞳が針のように細くなる。

 獲物を捉えた山猫のような、肉を狩る獣のような眼で少女は弓に矢を番えた。

 

 

******

 

 

 「おでましですね。」

 

 天使数体をまとめて消し飛ばしたところで、ようやくお目当ての獲物に遭遇した。

 全長五メートル半ばはあろうかという見上げるほどの巨大な大理石の像――――――『神聖なる巨像(セイクリッドコロッサス)』が地響きを立てながらこちらに歩み寄ってくる。

 お目当ての品である『白無垢の大理石(イノセントマーブル)』はこの魔物から採取できる。

 しかし階層全体でも遭遇できる可能性が低い、言わばレアな敵だ。

 

 

 獲物を見つけて否応なく昂る自分を感じる。

 その興奮の手綱を握り、逸る己を制御する。

 視界が薄暗くなり、周囲の音が間延びするのがわかる。

 自分のコンディションが良い方向に高まっている証左だった。

 

 「………………。」

 

 無言で矢を番え、目一杯弦を引き絞って解き放つ。

 音速を超えた矢が衝撃波を散らしながらコロッサスの脚に突き刺さる。

ガスッ!!!!という音と共に深々と食い込む――――――だが、この程度では相手は怯まない。

 無機物系の魔物は生半可な損傷では気にも留めない上に、奴と自分とでは圧倒的にサイズの差があるというのが悩ましい話だった。

 

 だがそんなことに頓着している暇はない。

 コロッサスは短距離走者(スプリンター)のような見事なフォームで両足を振り上げ、こちらに疾走する。

 巨大な足が地面を蹴るたびに地震かと思うほどの揺れが回廊を襲う。

 集中状態に入り低速に映る私の視界の中で、巨像が瞬く間に距離を詰めその拳を振り上げた。

 

 ―――――――――ズガンッ!!!!!!と轟音一発。

 

 私を狙って放たれた全力の一撃が床を砕き、破片を散らす。

 至近距離でミサイルが降ったような音が私の鼓膜を叩く。正直うるさい。

 無論私は躱したので無事だ。こんな見え見えの大ぶりな打撃に当たってやるほどノロマではない。

 

 相手が拳を振り上げた瞬間、私は相手の側面に飛び込むようにして回避した。

 ついでに矢を一発、宙に向けて放つ。矢は相手の頭部を掠めて回廊の天井に吸い込まれていった。

 セイクリッドコロッサスの石造りの眼球が私を追う。

 小石を蹴り飛ばすような無造作な動きで奴がその足で地面を薙いだ。

 

 実際私と奴との間には石くれと人間ほどのサイズ差がある。

 無造作な一蹴りでも疾走するトラックに跳ね飛ばされるくらいの危険はあるだろう。

 

 「―――――――――!」

 

 自らに迫る危機に背筋が総毛立つ。

 生きるという本能が体の奥で火を煽るよう。

 

 

 ――――――ゾクゾクする(・・・・・・)。

 

 

 ギリギリの距離で躱した巨像の足が目の前を通り過ぎる。

 薙ぎ払われた空気が轟音と共に私の髪を乱す。

 紙一重で視界を過ぎる脅威が、恐怖のような寒気と焦燥のような熱を掻き立てる。

 

 コロッサスの攻撃は当然ながら終わらない。

 蹴り、踏みつけ、薙ぎ払い、拳撃。

 巨大な五体そのものを武器として振るい、私を叩き潰そうとしてくる。

 一撃一撃が地面を揺るがすほどの衝撃を持つが、私はその全てを回避する。

 避けながら私は何度も奴の足に矢を突き立てていく。

 

 「そろそろいいですか。」

 

 両足の膝にそれぞれ数本の矢が突き立ち、コロッサスの機動力が鈍ってきたところで私は呟いた。

 つい、と指を一本上から下に空気を撫でるように下ろす。

 

 ――――――次の瞬間、セイクリッドコロッサスの脳天を一発の矢が上から下まで貫通した。

 

 『流星矢(シューティングスター)』。

 予め宙に向けて放っておいた矢を、任意のタイミングで上から落下させるスキルである。

 ついでに滞空時間に応じて威力が微量ながら増加するという性質がある。

 私はこのスキルにかなり熟練しているので制御可能な滞空時間や威力の増加率も相当なものになっている。

 

 とにかく頭を真上から串刺しにされたコロッサスは、その勢いでバランスを崩す。

 通常なら少しふらつく程度で済むのだろうが、今は両膝を損傷しており体勢の立て直しが遅い。

 たたらを踏んでいる間に私は畳みかけた。

 

 『溜撃ち(チャージショット)』と『炸裂矢(バーストアロー)』の複合技を膝に刺さっている矢の根元に打ち込んで爆破する。

 膝内部に潜り込んだ衝撃が内側から脚を砕く。地響きを立ててコロッサスが床に膝をついた。

 機動力を奪われた獲物は既にカモだ。躊躇なくトドメを刺す。

 

 「『回天(ワーリングヘヴン)』。」

 

 武装解放を行うとともに、弓が私からエネルギーを吸い取り矢の先端に力を集約させていく。

 青白い光が鏃の周囲で渦を巻く。

 乱回転する歯車を擦り合わせるような硬質で耳障りな音が響く。

 

 エネルギーの回転が高まるのを待って、矢を放つ。

 

 音速を超えて飛翔する削岩機と化した一矢はコロッサスのドでかい胸部に直撃し――――――そのまま発泡スチロールか何かのように文字通り粉砕した。

 粉塵と破片を撒き散らしながら神聖なる巨像(セイクリッドコロッサス)は崩れ落ちていき、その残骸もやがてダンジョンの機構(システム)に従い消滅していく。

 後に残ったのは一抱えほどもある大理石の塊だった。

 

 「お、幸先が良いですね。」

 

 人が一度も足跡を残していない朝の新雪を凝縮したような美しい白色の大理石。

 これが今回目当ての品の『白無垢の大理石(イノセントマーブル)』である。しかもこれは〈大〉サイズだ。

 セイクリッドコロッサスが元々遭遇し辛い敵であることに加え、〈大〉はその中でもドロップアイテムとして出にくい物なので、こうして最初の討伐で採れるのは非常に運が良い。

 次も運よく出てくれれば良いのだが。

 

 ちなみに〈大〉サイズだと組合相場で現在約30万ルシ。ラストルはこれの三割増しで買い取ってくれるので39万である。

 これを六つ注文されているので総計234万ルシである。

 ………自分で依頼を請け負っていてなんだが、よくラストルはポンと払う約束をしてくれたものだ。

 恐らくそれでも利益が見込めるほどの大口の仕事に使うのだろう。

 そもそも貴重な素材ほど加工難易度が高く、必然的に職人の人件費も跳ね上がるわけで………ラストルに注文を出した元々の依頼人もそのことは重々承知の上だと想像できる。

 

 まぁ、そういった話は商人(マーチャント)が頭を巡らせておくべき話だ。私の趣味ではない。

 

 思考を打ち切って私はアイテムボックスに一抱えほどの大理石のブロックを無理矢理に押し込んだ。

 こういう時には端末の機能が生きていることにほとほと感謝する。

 

 「さて………。」

 

 セイクリッドコロッサスが倒れてから新しい魔物は出現していない。

 これで一段落と言っても良いだろうが、生憎と回廊にはいまだ剣戟の音が響いている。

 音の出所に首を向けると、キムロが斧を振るう主天使(ドミニオン)と拮抗した戦いを演じていた。

 やはり流石の彼といえども、ここまで深い階層となれば苦戦は免れないか。武器もいつもと違うし。

 

 「雄ォッ!!」

 

 一際強い雄叫びと共に強烈な斬撃が幾つも放たれ、キムロが主天使(ドミニオン)を押し込んでいく。

 苦戦はしているものの、決着自体は近いだろう。

 

 私は周囲をそれとなく警戒しつつ、弓を下げたまま彼の戦いを見守るのだった。

 

 

 

 




『六大神教』
この世界で最もメジャーな宗教。
神々の盟主である六大神(その中でも光明神は最大の権威者とされる)とその下に従属する様々な小神達を信仰する。魔法の素養がある人間は祈りを捧げることで、信仰する神に対応した神聖魔法を授かることができる。
ゲーム的にはプレイヤーが僧侶《プリースト》の職を選んだ時に六大神のどれかから自分の信仰する神を選ぶことになる(改宗も可)。
六大神は以下の通り

光明神:全てを照す光、創造と慈悲。色は橙。
地母神:全てを抱く地、豊穣と慈愛。色は緑。
冥夜神:全てが還る夜、終焉と安寧。色は紫。
炎武神:全てに挑む炎、鍛錬と勇気。色は赤。
天雷神:全てを裁く雷、公正と正義。色は黄。
深智神:全てを知る智、探求と理知。色は青。

六大神教に含まれない神々も存在する。これらは概ね魔物の信仰する神々であり、人間からは『蛮神』と呼ばれる。
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