※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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第二十話 ディバインガーディアン

 

 一晩明けて、私は実に清々しい気分で目を覚ました。

 昨日、ようやくその気になって自発的にキムロが私を抱いてくれたのだ。

 おかげで中々に熱い夜を過ごすことになってしまった。いや、ダンジョンでは昼も夜もわからないのだが………それはそれだ。

 

 互いに毛布にくるまって全裸で目覚めを迎えた私達なわけだが、キムロはその際にもあまり動揺した様子は見せなかった。

 確かに寝る前の事を思い出して顔を赤くしてはいたが、それでも以前のようにどもったりうろたえたりするようなことは無く爽やかに挨拶を交わしてくれた。いやぁよかったよかった。

 

 「今日は、このままこの階層を攻略して………地上に戻ろうと思います。」

 「ふむ、そうか………いよいよ。」

 

 朝の支度を整えて、朝食を食べながら私はキムロにそう伝えた。

 もう回収するべきものは回収し終えた。これ以上ここに長居するだけの理由はない。

 今思えば、当初想定していたのよりずっと密度の濃いダンジョン探索となった気がする。

 これも思わぬ同行者との出会いのおかげだろう。

 

 「ここを出てからも………キムロさんとは何らかの形で一緒に仕事がしたいですね。」

 「拙者としても願ってもないことだ。」

 

 キムロは感慨深げにそう頷いた。

 というわけで、私達は互いの住所を交換することにした。

 私はいつでも自分の部屋にいるわけではないし、キムロもずっとこの街にいるわけではないが、やらないよりはましだろう。

 この世界にはメールも携帯電話もないので、いつでも自由に人と連絡が取れるわけではない。あちこちに足を延ばす冒険者という職業ならばなおさらのことだった。

 それでもいつかどこかでまた出会えることを期待するのは悪いことではない。

 ………私はその気になれば知人のコネで居場所の調査を依頼できるが、それはそれだ。

 

 支度を整えた私達は礼拝堂を後にして、第八層最初の地点である大広間へと向かった。

 そこにはボスの部屋へ続く扉があり、そこへの鍵も既に回収済みだった。

 

 「キムロさん、できれば第七層の時と同じように貴方に扉を開けてほしいのですが。………私は準備がしたいので。」

 「………うむ、わかった。」

 

 扉を前にして、私は鍵となる六つのロザリオを彼に手渡した。

 束ねて渡した六色の十字架がじゃらり、と音を立てる。

 扉には鍵穴などはない。扉の前で六つのロザリオを掲げれば開くシステムになっている………と彼に予め伝えておく。

 

 「ふぅー………………」

 

 深く深く息を吐き、目を閉じる。

 今回の戦闘は本気でやる。

 

 ………正直なところ、そこまで本気を出さなくても勝てる相手ではある。

 それでも――――――どうせなら隣にいる男に少しは格好いいところを見せてあげようと、そう思うのだ。

 なので、自分の全力を発揮する。

 そのためにギアを最大限まで引き上げる。

 

 左手に持った弓の弦を右手で軽く弾く。

 びぃん、びぃん………、とどこか虚ろなギターめいた音がする。

 一定の拍子(リズム)で響く音と自分の呼吸のペースを合わせる。

 自分の意識のもっと深い場所へと降りていく。

 

 イメージを呼び起こす。

 記憶を掘り返す。

 想起するのは自分が(・・・)死んだとき(・・・・・)のことだ。

 

 「………………………っ!!」

 

 ぶるり、と背筋に怖気が走る。

 猛烈な嫌悪感と恐怖で叫びたくなるのを、歯をくいしばって耐える。

 

 そのイメージは刃だ。

 鋭く磨かれた一本の剣の尖った先端が捲れたジャケットとブラウスの隙間を潜るように突き出されて私の肌にその切っ先を食い込ませて突き破り筋肉と脂肪をずぶずぶと悍ましい感触と共に掻き分けていって血管がぶちぶちと音を立てて裂かれるその感覚が肝臓に抉り込んでめり込んで体の中に硬くて冷たいものが深々と突き立てられる感覚に反吐が出る喉奥から鉄みたいな味が湧いてきて酷く気分が悪い痛みなんて感じないこんなのを正常に処理していたら脳が壊れてしまう体の中に食い込んでいた刃がぐりりと捩じられて文字通り内臓をひっかきまわされて吐いたけどそれは赤黒く見える血だった口の中が錆の味で一杯になっていやな気分になるその直後に刺さっていた剣があっさりと引き抜かれて私のお腹にはぽっかりと穴が開いてしまいそこから何か温かくて大事なものがものすごい勢いで抜け出ていった底に穴の開いたバケツみたいに血が垂れ流されていく猛烈な喪失感と寒気が襲ってきて足腰に力が入らなくなって私は地面に膝をついたお腹に空いた穴を塞ごうとして手を添えたけどそんなのにまったく意味はなかった呆然と顔を上げると振り上げられた剣が視界に入る月明りを受けて光る青白い刀身には私の血がべったりとこびりついていてそれがそのまま嫌になるほどのスローモーションで私の頭の上に振り下ろされて文字通り頭が割れるような痛みが―――――――――――――――、

 

 「………………ゥゥ………ッ!!」

 

 底冷えするような明白な死のイメージ。

 自分の体に穴が開いて命が垂れ流されていく喪失感。

 絶望と恐怖で全身が覆われる中湧きだしてくるものがある――――――怒り(・・)だ。

 

 

 ――――――なんで私が(・・・・・)殺されなくて(・・・・・・)はいけ(・・・)ないんだ(・・・・)。

       私は殺され(・・・・・)たくないし(・・・・・)、死にたく(・・・・)ないし(・・・)、生きていたい(・・・・・・)。

       だからお前(・・・・・・)は殺す(・・・)。

       私を殺し(・・・・)たお前(・・・)は絶対に殺す(・・・・・・)。

       絶対に(・・・)、殺してやる(・・・・・)。

 

 

 「………………ゥゥゥ………ッ!!」

 

 どんな生き物だって生き残るために生きている。

 全ての生き物の行動は生存という目的へと帰結する。

 『死』という生命に対する絶対的なストレスに暴露した瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。

 

 死から逃避しようとする全ての行動は死んだ時点で無意味になった。恐怖も逃避も防御も全てはもう意味を為さなくなった。

 だから私は私を殺した(・・・・・)奴を殺し返さ(・・・・・・)なくては(・・・・)いけない(・・・・)。

 

 腹の奥から熱が遡る。

 心臓が喧しく音を立てる。

 怒りと殺意が堰を切って暴れ出し――――――、

 

 

 「…………………フゥ………」

 

 

 ――――――その口に手綱を掛ける。

 

 自分の体の熱を維持しながら、頭の芯を凍り付かせる。

 腹の中から頭までキレそうになる(・・・・・・・)殺意と怒りを制御する。

 

 激情に身を任せるのはとても爽快だ。何といっても身に覚えがある。

 だがそれだけではただの暴れ馬に過ぎない。

 それではいけないのだ。

 恐怖を御してその反射を戦いに生かすように

 殺意を御してその熱意に術理を載せなくてはいけない。

 

 肉体が馬なら、精神は御者。

 どれほどの悍馬でも御者であるなら乗りこなして見せなくてはならない。

 

 「………………………ッ」

 

 息を吸って、吐く。

 緊張と弛緩。

 殺意と理性。

 憤怒と冷静。

 体と心の矛盾をそのままに目を開いた。

 

 

 「………………行くか。」

 

 

 自分の声は酷く凍えたもののように、私の耳に届いた。

 

 

******

 

 

 開いた扉の先は先程までいた大広間とどことなく似通った雰囲気の空間だった。

 大理石で作られた広い床と高い天井、天地を繋ぐように林立する柱。

 違いと言えばその奥の壁にある六大神を象った大きなステンドグラスだろうか。

 橙、緑、紫、赤、黄、青の六色に塗り分けられたガラスが奥から光を受けてその表面に荘厳な文様を描いている。

 

 そして私たちが入ってきた扉と最奥のステンドグラスのその中間に一体の石像があった。

 大理石で作られたその像はこの階層で探し回って狩りまくった『聖なる巨像(セイクリッドコロッサス)』とは違い、台座を除いた場合の高さは二メートル程度とそれほど大きくはなかった。

 

 「………………ッ」

 

 私はそれを睨み据えて弓に矢を番えた。

 暴れ出しそうな身体(殺意)を精神(理性)で宥めながら、ギリリ、と弦を引く。

 

 まだこの段階では攻撃しても意味がない。

 ダンジョンのボスは待機状態から戦闘状態に移行する演出が終わらない限りダメージを与えられない。

 

 そして私が見ている中で石像に変化が生じる。

 石像は慈母のような優しさと子供のような無垢さが調和した古拙的な笑み(アルカイックスマイル)を浮かべて聖堂の中心に佇んでいた。

 しかし、少しずつ命が吹き込まれていくようにその手と足がゆっくりと動き出し、やがてはその足で台座から降り立った。

 ズン、という重たい足音がこだまする。

 

 やがてその石像の胸部――――――聖職者なら聖印を提げているであろう場所にあった円形の空白部分に光が灯り始めた。

 光の色は赤、図肖は剣――――――炎武神の紋章。

 

 次の瞬間、石像の全体がほのかに赤い燐光に包まれ、背中から弾けるように光の翼が出現する。

 そして石像が手を掲げると腕の中に赤い光で構成された大剣が出現した。

 

 「―――――――――――――――!!」

 

 石像が口を開くと灼けた鉄を金槌で叩く音を延長させたような、甲高く硬質な声を響かせ――――――

 

 

 剣を振りかぶって、まっすぐにこちらに突進してきた。

 

 

 第八階層の階層ボス『聖別の守護者(ディバインガーディアン)』。

 戦闘開始時にランダムで六大神の内のどれかの属性に変化する性質の魔物だ。

 今回は炎武神の性質を経たことで、剣を武器にした近接戦闘に秀でた能力値になっている。

 

 何はともあれ奴はこちらに接近戦を仕掛けてくるつもりである。

 その証拠に奴は光の剣を振りかざしてこちらに突撃をかましてくる。

 ただ単に走ってくるのではない、戦士が自分の剣に体重を載せつつ相手との距離を詰めるための『踏み込み』である。

 頭部の微かな上下運動さえ見えないその足運びは惚れ惚れするほどだ。

 

 私の背後、扉のすぐ近くにいるキムロが息を呑む音が聞こえた。

 目には見えていないはずなのにその頬を伝う冷や汗と、強張る五体、逸る鼓動さえも私の手に取るように分かった。

 自分の感覚が異様なほど研ぎ澄まされているのがわかる。

 

 地面を縮めているのかと錯覚するほどの速度でこちらに踏み込んでくる守護者(ガーディアン)。

 その動きが私の視界の中で、まるで水の中にでもいるかのように減速していく。

 

 明度が落ちる視界、音が伸びていく聴覚――――――。

 

 ゆったりと重たい地響きが体を揺らす中、私は弓を構えた姿勢のまま微動だにしなかった。射法八節に則った、最も基本的な弓の構えのまま。

 やがて守護者が踏み込み、剣の間合いに私を捉える。

 視界一杯に広がる大理石の白と神の祝福である赤い燐光。

 体重を載せて、真上から降り下ろされるその剣の切っ先が、空気を切り裂く白い線を描くのが見える。

 

 その剣を認識した瞬間、私の体が、本能が、弾けるような悲鳴を上げる。

 あれは私を(・・・・・)殺すものだ(・・・・・)。

 だから私は(・・・・・)殺さなくて(・・・・・)はならない(・・・・・)。

 

 

 (同感だ(・・・)。)

 

 

 殺意(からだ)と理性(こころ)の判断が一致する。

 

 その瞬間、私のすぐ横(・)で地面が爆発した。

 

 ガギィィイィッ!!!!と酷く耳障りな音がして、粉塵と共に床が裂けた。

 だが、私には傷一つない。

 そして私の目の前には剣を振り下ろした体勢の守護者が突っ立っていた。

 その剣を持っていた右腕は手首から先がなかった。

 

 何のことは無い――――――奴が剣を振り下ろす瞬間、私が矢を放って手首を撃った。

 音速で振り抜かれた剣は手首に矢が刺さったせいで軌道を捻じ曲げられて私を捉えることができず、地面を盛大に叩いたショックでそのまま手首が破断したのだ。

 

 そして、私は既に第二射の(・・・・・・)準備を(・・・)終えている(・・・・・)。

 

 「――――――――――――。」

 

 奴が何か言おうとした瞬間、その微笑みを浮かべた顔面に矢を叩き込んだ。

 『爆風矢(ブラストアロー)』の効果で大きく後ろに弾かれて奴が体勢を崩す。

 

 ――――――その瞬間に、私は地面を蹴って姿を消した。

 

 この空間は林の木のようにいくつもの大理石の柱が聳え立っている。

 少々物足りなくもあるが、このくらいの障害物があれば隠れるのには不自由はしない。

 

 内側からこみ上げる叫び出したいほどの殺意を胸に沈め、気配を殺し、どこまでも冷徹に頭の芯を凍らせて、敵を観察する。

 

 私はこの敵を狩り殺す(・・・・)と決めた。

 

 

******

 

 

 爆音とともに背後に吹き飛んだ『聖別の守護者(ディバインガーディアン)』がむくりと起き上がった。

 右手がなくなり至近距離から受けた矢で盛大に後ろに倒れされたものの、そのようなことに何も感じることもなく石の貌に微笑みを載せたまま戦闘を続行する。

 もとよりダンジョンの全ての魔物は外に生きるそれらと違い、ダンジョンの機構に従うだけのものであり、自身の体の損傷やらに対して何か感じるような機能など存在はしていなかった。

 

 「――――――。」

 

 しかし、それでも戦闘に支障が出るような負傷に対しては反応を示した。

 守護者は手首から先が吹き飛んだ自分の右腕と前方の床に突き刺さったままの剣、そしてその柄を握ったままの右手を確認し、それを回収するために動き出した。

 

 ガシン、ガシン、と硬質な足音を立てながら大理石の床を歩く。

 そして守護者が健在な左手を剣に伸ばした瞬間――――――空を切り裂いて矢が飛来する。

 

 音の速度を超えるライフル弾の如き矢。それらが正確に守護者の首と背中に背後から突き刺さる。

 一矢一矢が通常の魔物であればそのまま貫通して致命傷になる威力。

 だが相手は第八階層の番人(ボス)。雑魚が即死する程度(・・・・・・)の攻撃で討ち取れるほど易い相手ではない。

 

 守護者は即座に矢が飛んできた方向に向けて魔力盾(シールド)を展開し、追撃を防ぐ。

 盾が敵の射線を塞いでいる僅かな間に剣と右手を回収しようという判断である。

 ――――――だが、その程度の行動は守護者を狙う狙撃手も、百も承知の事だった。

 

 「………………!!」

 

 盾を下から潜り抜けるような不自然な軌道を描いて閃光が走る。光条(レーザー)の如き速度と貫通力を持つ矢が正確に守護者の両膝を射抜いた。

 魔力盾は確かに正面からの攻撃に対して優れた防御である。

 ただそれがどこに展開されるかわかっていれば掻い潜るのも容易な話だった。

 

 守護者に更なる矢が殺到する。両膝を打ち抜かれて機動力を削がれた獲物程仕留めやすいものは狩人にはないだろう。

 幾本もの矢が守護者の石造りの体に突き立ち、その精強なる生命力(HP)を削り取っていく。

 しかしそれだけで仕留められるような甘い相手ではない――――――そのことは狙撃手にもわかっていることだった。

 

 「鞴(ふいご)は主の息吹。幸いなれ、煌々たる焔。我が身は熱き火に打たれ生まれかわる。」

 

 微笑みのまま動かない石像の唇が動き、神を湛える言葉を紡ぎ出す。祝詞と共に神聖魔法が完成し炎武神の奇跡を顕現させる。

 突如として守護者の足元から炎が噴き出し、その身を包んだ。

 紅蓮の業火が体に突き刺さった矢を焼き払い、今その瞬間に飛び込んできた矢を炭に変えて見せた。

 一方で自身の体に火を放った守護者にはダメージはない、それどころか負った傷が見る見るうちに癒えていく。

 

 『リヴァイヴァルブレイズ』――――――炎武神の神聖魔法。近距離の敵への攻撃と自身への治癒を兼ねる強力な魔法である。

 ………通常の人間が相手であればその口や喉を撃つなり、詠唱の間も与えないほどの波状攻撃を仕掛けるなりで魔法を撃たせないという戦法が可能である。

 だが、『聖別の守護者(ディバインガーディアン)』は恐れなど知らないダンジョンの魔物でありかつ、怯むことのない無機物系の魔物である。そのことが詠唱の妨害を困難なものとしていた。

 

 敵の攻撃を振り払い、守護者はようやく剣の回収に成功した。切断された右手首も魔法を使って治癒し接合させる。

 だが応急処置である感は否めない。右手のみならず既に全身にいくつも打ち込まれた矢傷は魔法で一時回復したとはいえ、最大生命力(HP)からかなりの数値を削られていた。

 

 「――――――。」

 

 剣を構え、油断なく守護者は周囲を観察する。

 決戦場は大理石の柱が無数に林立する聖堂。

 狙撃手がこれらの柱群の陰に身を隠しているのは明らかであった。

 

 先に動いたのは狙撃手。

 ヒュボッ!!という空気が穿たれる音を立てながら矢が駆ける。

 背後や死角からの一撃であれば直撃だっただろうが、今回はそうはいかなかった。

 守護者は足を狙ったと思しき一射を横にステップを踏んで躱し――――――切れなかった。

 

 聞くものの臓腑まで震えるような重低音と共に床に着弾した矢が起爆。その爆発に守護者を巻き込んだのである。

 

 その爆発は無属性魔法に近いエネルギーで構成された球形の力場とも言えるものだった。

 内から外へと衝撃が拡散する通常の衝撃とは違い、爆発圏内に平等にダメージを与える特殊な攻撃。

 体の内にも外にも分け隔てなく伝播する衝撃が守護者の全身を襲う。

 普通の人間が食らえば全身を均等に挽き肉にされるような攻撃だったが、それで怯むような精神構造を番人(ボス)は有していない。

 

 矢が飛んできた方向へと石の足で疾走する。

 その接近を阻むように幾つもの矢が射掛けられる。

 多少のダメージを負いながらも、剣で矢を打ち払い前進する守護者。

 幾つもの柱の間、矢が飛来してきた方向へと踏み込む。

 

 「――――――!!」

 

 だが、突如として守護者はいきなり背後から(・・・・)矢の攻撃を受け、停止せざるを得なかった。

 正面から飛んできたはずの矢がいきなり真反対の方角から飛んできた。その理由は単純―――『蛇行矢(スネークアロー)』というスキルである。

 さながら蛇が這うような曲がりくねった軌道で矢を飛ばせるこのスキルを利用して、狙撃手は自身の位置を相手が誤認するように仕向けていたのである。

 

 ただしこのスキルは矢の軌道を曲げ(カーブ)させる度に攻撃力が減少するという特徴がある。

 最初から(・・・・)ずっと(・・・)このスキルを使用していたため、狙撃手の放つ矢は威力が全体的に低くなっていた。

 

 それでもこのスキルを積極的に使っていたのは何故か?

 それは相手をここに誘い込むためである。

 

 『聖別の守護者(ディバインガーディアン)』が踏み込んできた場所は、いくつもの柱が視界を閉ざす大理石の森。

 射手(シューター)にして野伏(レンジャー)たるものとっては実に好都合な狩場だった。

 

 「――――――!!」

 

 一瞬、守護者の視界の端に青と金の影が映り――――――次の瞬間、衝撃がその体を襲う。

 先ほどよりも更に速く強烈な威力となった矢がその体に食い込んでいた。

 余計な迂回軌道を取らない直線の矢は先程までの物に比べて一段上の攻撃力を発揮していた。

 

 正面からの矢であれば迎撃することができただろう、魔力盾で防ぐこともできただろう。

 だが、相手は柱と柱の間を縫うように飛び回り常に守護者の死角を取っている。

 しかもその動きはまるで影のように素早く、そして静謐だった。

 守護者が気付いた時には既に体に矢が突き立った後であり、振り返ったときに見えるのは青と金色の残像のみであった。

 

 炎武神の加護により戦士としての性質を得ている今の聖別の守護者(ディバインガーディアン)ではその動きを捉えることは不可能とさえ言えた。

 故に――――――守護者は今の自分で可能な迎撃手段を取ることに決めた。

 

 「楽園の東に立てよ、神威の大剣。其は命へと至る道を塞ぐもの、燃ゆる立つ刃、四の顔を持つ神の御座。――――――顕現せよ、」

 

 赤い燐光を纏う大剣が、魔力を注ぎ込まれて赤熱する。

 次の瞬間その全体から眩い赤の光が溢れ出し、天井まで届く爆炎の噴流を形成した。

 

 神聖魔法『ソードオブヘルヴィム』。

 それはさながら巨大なガスバーナー。

 鉄をも溶断する灼熱の柱と化した剣を――――――守護者は振りかぶり、そして振り抜いた。

 

 

 ―――――――――ホ゛ッ゛!!!!

 

 

 その瞬間、大気が爆発する。

 

 守護者の剣速は最高で亜音速に達する。その勢いで1000℃を超える熱を孕む十数メートルはあろうかという火柱を真横に薙ぎ払ったのだ。

 炎の剣が通過した瞬間、通りすがった大理石の柱と床は炭化しながら抉られ、急激に膨張させられた大気は轟音と共に弾け飛んだ。

 爆発の如き斬撃、あるいは斬撃の如き爆発が過ぎ去った後は歪に砕けた柱と、燻る火を残す焼け焦げた床のみだった。

 人間が食らえば間違いなく消し炭になっているだろう破壊の一撃だったが、そう何度も乱用できるものではない。その証拠に守護者の手の中にある炎は勢いを弱め、見る間に元の剣へと戻っていった。

 

 ――――――そして、その瞬間を見計らっていたものがいる。

 

 ドウッ!!という砲弾のような音がして守護者は横に吹き飛ばされた。

 爆風矢(ブラストアロー)の衝撃は剣を振りぬいた直後のやや不安定な体勢となっていたその体を的確に捉えたのである。

 

 無論、その矢を放ったのは狙撃手――――――リオ・オーガスタその人である。

 彼女は先程の『ソードオブヘルヴィム』を回避し、破壊された柱の陰から矢を打ち込んだのである。

 ただ、先程の魔法は彼女といえども回避するのに手間取ったようで、長い髪の一部が焦げていた。

 

 ――――――その彼女の表情を何と例えるべきだろか?

 氷色の眼の奥の瞳孔はまるで針先で穿った穴のように細く細く窄まり――――――口元には牙を剥く虎のような、どこまでも獰猛な笑みがあった。

 

 

 ――――――全ての生物の生きる為の行動は快楽と結びついている。

 

 

 食事は快楽であり、睡眠も快楽であり、セックスも快楽である。

 それは生きるということを本能が肯定し、生き続けるための行為をより積極的に行うよう生命そのものに対して促しているということに他ならない。

 

 ならば――――――生きる為に戦うこともまた快楽と言えるのではないだろうか。

 自分の命が脅かされたとき、これを覆すために戦い、生を勝ち取る。

 死に瀕するからこそ発露する、原始的で破壊的な生存のための暴力。

 

 今のリオを突き動かしているのもつまりはそういった生存と闘争のための本能だった。

 どんな薬物よりも強烈な脳内麻薬が多量に分泌されるその感覚。

 車にニトロをぶち込んで安全装置も外してアクセルを全開にして走らせるような、生命体と(・・・・)しての性能(・・・・・)を極限まで発揮するという快感。

 端的に言えば、リオは今ハイ(・・)になっているのだ。

 

 だが、本能に任せてただ走らせるだけでは無駄が多すぎる(・・・・・・・)。

 本能の力を最大限引き出しつつ、その手綱を理性で持って取るというのが『師匠』が彼女に教えたことだった。

 故に彼女は意図的に身を刺すような『死』のイメージを想起し、そこから生きる為の本能を怒りや殺意という形で引き出しつつも――――――芯の部分で冷静さを失うことは無い。

 それに身を任せることがどれほど甘美でも、それでは勝てない相手がいるということを知っている。

 

 「『神風(ゴッズゲイル)』、『杭矢(パイルアロー)』。」

 

 口元に凶笑を浮かべながらも淡々と矢が放たれる。

 放たれた矢は『神風(ゴッズゲイル)』の作用で閃光となって守護者の足を貫通し、その場に縫い留めた。

 『杭矢(パイルアロー)』はその名の如く、相手の体を貫通した際にその奥の壁や床に対象を固定する作用がある。

 二本の矢が守護者の脚に突き刺さり、文字通り釘付け(・・・)にする。

 

 無論、守護者としてもむざむざやられっぱなしというわけにはいかない。

 深々と足と地面に食い込んでいる矢を手で掴み、目一杯の力で引っぱるとガリリリッ、と石が削れる音がして矢が抜けた。

 

 再び立ち上がった瞬間、守護者は見た。

 彼我の距離十メートル程、薙ぎ払われた大理石の柱の向こう、遮る物のない直線上。

 そこには背筋をピンと伸ばし、弓を正確に構えたリオ・オーガスタが立っている。

 そしてその番えられた矢の先端には、幾つもの歯車が高速で回転しながらこすれ合うような音を立てる、渦を巻くエネルギーの塊があった。

 

 「『回天(ワーリングヘヴン)』。」

 

 リオの宣言と共に矢が放たれる。

 とっさに守護者は魔力盾(シールド)を前面に展開し――――――次の瞬間、矢と盾が衝突した。

 だが悲しいかな、『回天(ワーリングヘブン)』はリオの技の中でも最大級の貫通力を誇る一撃である。いかに第八層のボスが使用する魔力盾(シールド)と言えど正面から受け止めるのは不可能だった。

 

 僅かな拮抗。だが、一瞬にしてガラスが擦り潰されるような音が辺りに響いて盾が破砕され――――――守護者の胴体に着弾する。

 

 ギャリギャリギャリギャリッッッ!!!!と酷く耳障りな音が立つ。

 脚部を執拗に攻撃された結果、踏ん張りのきかない守護者の体を背後に吹き飛ばしながら、回天(ワーリングヘブン)が石像の体を抉る。

 背後に立っていた無事な大理石の柱を何本も薙ぎ倒して、守護者は壊れた玩具のように床に転がった。

 

 番人(ボス)の生命力(HP)の総量は非常に多い。

 その為普通なら回天(ワーリングヘヴン)の一撃でも殺しきれないが――――――これまで積み重ねてきたダメージがあれば話は別である。

 

 削岩機の如き矢の直撃で左の胸部から先、上半身の大部分を吹き飛ばされながらも聖別の守護者は立ち上がろうとする。

 だがその衝撃は全身を容赦なく打ちのめしており、蓄積された損傷と相まって体のいたるところに罅が入っていた。

 

 「鞴は主の息吹。幸いなれ――――――」

 

 回復の魔法を唱えようとする守護者――――――だが、そのようなことをリオが許すはずもなかった。

 ここで決めると云わんばかりに容赦なく打ち込まれる矢の連打。

 頭に顔に首に胸にと、殺意を感じるほどに幾本もの矢が突き立てられる。矢が刺さった場所は正確に石像の体に走る罅割れを捉えていた。

 そして当然のように、罅の部分が徐々に深まり亀裂となり――――――やがて砕け始める。

 

 「―――――――――!!」

 

 聖別の守護者(ディバインガーディアン)が無言の断末魔とも言うべきものを上げる。

 そして砕けていく石造りの体が赤い光を発しながらその像を解(ほつ)れさせていき――――――やがて光の粒子となって消えていった。

 

 「…………………………………フゥー………っ。」

 

 そしてその様を見届けた後――――――リオは長い長い溜息をついてから、弓を下ろした。

 目を閉じて何度か呼吸の調子を確認しつつ自身の体を落ち着かせ、臨戦態勢を解いていった。

 再度彼女が目を開けたときには窄まっていた瞳孔も、獣じみた笑みも元に戻り、いつも通りの面立ちに戻っていた。………戻ったとはいえややその表情には疲労の影が残っていたが。

 

 (この状態になるのも久しぶりですからねー………。)

 

 弓を仕舞って首や肩をぐるぐる回しながらリオは一人そんなことを考えていた。

 あの(・・)状態のリオは意識的に自身の全力を引き出している。

 突っ走っている最中は昂っているせいで気にもならないが、一度止まってしまうと疲れを意識してしまう。そういうことだった。

 

 体に不具合が出ていないか調子を確かめながら、リオは歩みを進めて先ほど聖別の守護者(ディバインガーディアン)が消滅した場所へとやってきた。

 足元に落ちているドロップアイテム………『ジョルダンの香油』を回収してから彼女は入り口の扉の方に顔を向けて声を掛けた。

 

 「終わりましたよー。」

 「う、うむ。」

 

 扉の陰から出てきたのはキムロだった。彼は戦闘に巻き込まれないように入り口の境界線ギリギリのところで戦いを見守っていた。

 あまり中に踏み込みすぎると番人(ボス)が彼も攻撃対象にする可能性があったが、下がりすぎると締め出されることになるためその辺りの匙加減は難しいものがあった。

 

 何はともあれ戦いが終わった後の聖堂にキムロは足を踏み入れて――――――恐る恐るといった風にリオに話しかけた。

 

 「リオ殿は………。」

 「………?あぁ、私なら見ての通り無事ですよ。………髪の毛の先が少し焦げましたけど。」

 

 声を掛けられたリオは少し困ったように笑いながら、先端の辺りが焼けて縮れた髪を一房、指で摘まんで掲げた。

 まったく女の命に酷いことをしてくれたものです、と肩を竦める彼女は全く持っていつも通りのように見えた。

 

 それがキムロには――――――少し、空恐ろしいものに見えた。

 

 「………………?」

 

 未だ自らを訝し気な表情で見つめるキムロを不思議に思ったのか、リオは小首を傾げた。

 その仕草はまるで野の花が風に揺れて傾くような、少女らしく微笑ましいものだった。

 だがキムロは既に見て知っている――――――その冬空の色をした瞳の奥に確かにある、殺意と憤怒に満ちた獣の様相を。

 

 「いや、何でもない………これで、この探索も終わりだな。」

 「えぇ、その通りです!地上に出たらまず風呂に入りましょう!そして美味い料理屋さんに行って美味い飯と美味い酒をたらふく頂くのです!打ち上げですよ、打ち上げ!!キムロさんも如何です?」

 「うぅむ、相伴に預かりたいのはやまやまだが………その前に拙者を一刻も早く刀を鍛え直したいと………いや、その為にもまずは戦利品の換金を………」

 「うーん、そうですか。でしたら後日、時間が空いた時に一緒に食べに行きましょう。連絡は―――――――――、」

 

 名状しがたい感覚を飲み込んで、キムロはリオと他愛ない話に興じる。

 話しながら彼らはボスが倒されたことで出現した、ステンドグラスの下の扉へと進んでいった。

 目的は第九層への道――――――ではなく、地上にある入り口のドームへと直通の魔法陣である。ちなみに今までは無視してきたが、これまでの階層にも同じものはあった。

 

 

 リオとキムロ。

 二人はこれから先の予定に話の花を咲かせながら、意気揚々と地上へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

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