アイゼンブルート王国は名前を日本語訳すると『鉄血』という意味になることからわかるように、鉄鋼業が盛んな国だ。
事実、山間部に行けば幾つもの鉱山(及び鉱山型のダンジョン)が現役で稼働しているし、鉱山から持ち運ばれた鉱石の加工を生業とする工業都市が多数栄えている。
そんなお国柄なので街に行けば
だが、そんなことは別にどうでもいい。重要なことじゃない。
特に現在の私にとっては。
「………………はぁ。」
溜息を一つ吐く。
まだ息が白くなるほど寒いわけではないが、そうなるのも時間の問題だろう。冬の足音はすぐそこまで聞こえている。
………となると嫌な話だ。この辺りは特に寒い。
あぁ、それ以前に――――――この世界で迎える最初の冬、ということになるのか。
黒々とした大きな木。巨人の脚のような幹に相応しい、そのごつい根が作る陰に身を潜めながらそんなことを考える。
周囲は夜のように暗い。
だが、実際には夜ではない。天蓋のように空を覆いつくす木の枝と生い茂る葉が地面にまで日の光を通さないだけだ。
私がいる場所はアイゼンブルート王国の秘境とも言える場所の一つ、シュバルツバウム森林である。
巨大な木々は幹も根も枝も葉も、全てが炭のように艶のない黒一色。
鬱蒼と茂る木の枝は日の光を全て遮り、森の中はいつも夜のような闇に包まれている。
そのせいで地面まで黒く見えてくる始末だ。
恐らく森の中での例外は、うすぼんやりと青白い光を放つ
この森の中では魔物でさえ黒い。
他の場所でも見られるような魔物達も、名称の枕に『黒』が一文字加えられた亜種になっており、しかも能力値は本来の物よりも高めだ。
――――――ちょうど、私が今狙っている相手のように。
「………………。」
木の根っこの陰からこっそりと顔を覗かせて観察する。
私の視線のおよそ二十メートル程先にあるのは、一見すると私が潜んでいる場所と同じような木の根元の暗がりにしか見えない。
だが、よく目を凝らせるとそれが何やら平べったくて大きなものが身を伏せているようにも見えた。
「………。」
逸る気持ちを押さえて、射線を確保するように立ち位置を移動する。
背負っていた弓と矢を構えて狙いをつけた。
すぅ、はぁ、と息を吸っては吐いてを繰り返して、余計な緊張を取り去るように努める。
今更失敗するような距離でもないが―――――不必要に緊張しているのだろう、胸苦しさがあってそれが煩わしいだけだ。
………あのクソ師匠のアドバイスに従っているような気がしてはらわたが煮えくり返るような思いだが、そこは抑える。
「………っ」
ぎりり、と奥歯を噛んで余計な考えを振り切って――――――矢を放った。
******
「やっぱりですね。いい加減に肉は食い飽きたんですよ。」
「へぇ、なるほど。確かにね、栄養価の偏りは僕としても懸念事項だった。そして君はそれを解決するための方策を考えて実行したというわけだ。」
「栄養価がどうかっていうんじゃなくてですね………。来る日も来る日も豚料理しか出てこないでしょう、このキャンプ。純粋に飽きます。」
「ははは、それは仕方の無い事だよリオ。殺めた命があるからには、殺めた側にはそれをなるべく活用する義務があると僕は思うのだよ。不必要な命や無駄な犠牲は基本的にこの世に存在しないが、不必要も無駄も人間の業が生むものだからね。つまり、一杯豚肉があるからには積極的に使って、使い切りたいのさ。」
「はいはい。」
ところ変わって私が今いるのは森の中のキャンプ地。
真っ黒尽くし、真っ暗尽くしのシュバルツバウムという秘境にあって数少ない日の光の差す場所はこのような木々の開けた場所――――――つまり川辺くらいしかない。
ゴツゴツとした石礫がゴロゴロと転がる武骨な自然の河原。
その一角に私達が滞在しているキャンプがあった。
そして私が何をしているのかというと――――――先ほど狩ってきた獲物の解体作業である。
ゴザを敷いてその上に座り込んで、私が解体しているのは一見すると体長二メートルくらいのワニに見える。
だが正確にはワニに見えるだけの
ワニを彷彿とさせる強靭な顎は実は巨大な二枚の葉っぱであり、この咬合力によって大型の魔物であっても食い殺すとされる。
だが、基本的には生えている場所にじっとしているだけなので足元に気を配って不意打ちを避ければあまり手ごわい敵でもない。
弓矢で仕留めたこいつを私はキャンプまで持ってきて絶賛解体中である。
解体に使うのは予備武器として持っていた
………だが、こいつ一本でこのサイズの獲物をばらすのはちょっと骨が折れるな。もうちょっと性能のいい奴があればもうちょっと楽なのだろうが。
そんなこんなを考えていたら腹の中から消化されかけている狼のようなものの死体が出てきた。
グロっ。
「………ていうか、師匠も黙って見てないでちょっとは手伝ってくれませんかね。野菜分けてあげませんよ。」
「うん?それは君が仕留めた獲物なのだからね。君が責任をもって解体するのが筋というものではないだろうか。」
「はぁ?だったら私が殺した豚どもの処理を積極的にしていたのは何処のどなたですかねぇ。」
「ははは、あれは君が一人では捌き切れないと踏んでの事さ。僕が君の業を代行したと、そう考えてくれていい。」
「はっ、善意の押し売りですか。反吐が出ます。」
「おや、怒らせてしまったようだ。………さて、そろそろ瞑想の時間も終わりのようだ。僕も君に倣って昼食の準備をしよう。」
「………………。」
そう言って川の真ん中に浮いているように突き出ている岩の上から立ち上がったのは、一人のウンカラ族の青年だ。
額の第三の眼と樹木のような茶褐色の肌は種族特有のもの。
頭髪は短めの金色がかった茶髪。
体はまるで木彫りの巨大な仏像を人型に圧縮したような、密度の高い引き締まった筋肉に覆われていた。
だが、その男の最大の特徴はそんなものではなく――――――全身の肌を覆いつくす入れ墨である。
頬に肩に胸に腕に腹に背中に、露になっている上半身全体にびっしりと入れ墨が彫り込まれているのだ。ちなみに脱いだら下半身にもある。
一見すると邪教の儀式を実践している怪人なのだが、良く見るとそれらの入れ墨の意匠は全て六大神教にまつわるものであることがわかる。
胸のど真ん中にでかでかと刻印された光明神の聖印を筆頭に、彼の体には六大神の聖印や聖句を象った文様が刻み込まれているのだった。
この何というか、色々と奇抜な、インパクト抜群の見てくれをした男の名前は『独覚』のマグラ、またの名を『破戒仙』。
現在頼まれてもいないのに私の『師匠』を買って出ている男であり――――――目下私が一番殺したい人間である。
「………昼食のメニューを聞いてみてもいいですか。」
「ベーコンとハムとサラミとチャーシューがあるけど、君の意見を聞かせてもらいたいね。」
「………私が今捌いているこれを突っ込んでベーコンサラダにします。」
一足飛びで川の中の岩から河原に着地した師匠に質問してみたが、どうやら豚以外の選択肢はないらしい。
諸事情合ってこのキャンプには現在、大量の加工済みの豚肉がある。そのせいで連日連夜豚料理だ。
とりあえず私は師匠を睨みつけて見送ってから作業を再開することにした。
「~~~♪」
「………………。」
鼻歌交じりに料理の下ごしらえを終えた師匠と一緒に食卓を囲む。
卓とは言ってもやはり河原の上にぞんざいに敷いたゴザの上なのだが。
食前の祈りを捧げてから師匠は木製のボールに突っ込まれたベーコンとベアトラップを和えたサラダをむしゃむしゃと食べ始めた。
彼に対して向かい合うように座る私はその様子をじっと眺めていた。
食事中、隙だらけのその様子を見ていると――――――
私がさっきまで野菜を解体するのに使っていた
それができたら――――――あぁ、それができたら!どれほど胸がすっとすることだろうか!
「どうしたんだいリオ。僕の事をそんなに熱心に見つめて?もしかして僕に惚れてしまったのかな?」
「うるさい、死ね。殺しますよ。」
「剣呑だね。君の取ってきてくれた野菜はこんなに美味しいというのに、食べないのは損失だよ。時間をかければ冷めるという料理でもないが、何時までも食べていないと鮮度が落ちる。君も新鮮なうちに食べるといい。」
「………………。」
微動だにせずに睨みつけていたらそれは気にされるか。
相変わらず師匠のしたり顔には殺意が湧いてくるが、
私は雑な作りの木製のフォークを皿の中に突っ込んでサラダを口に頬張った。
私が捌いたベアトラップの果肉は、丁度アロエを彷彿とさせるコリコリとした歯ごたえで中々美味しかった。
「僕を殺したいのなら、殺意は食後の休憩の後にまで取っておくことだ。――――――ところで、そんなに元気なら今日の鍛錬は少々過激に行ってもいいのだろうか?」
「望むところだ。このクソ師匠。」
師匠がもぐもぐとサラダを咀嚼しながらそんなことを言ってくる。
私はサラダの中の豚肉を噛み千切りながら、それを承諾した。
上等。
売り言葉に買い言葉。
今日こそ、そのすまし顔に矢を突き立てて殺す。
******
『スキル』というのはパックツアーに似ている、と私は思う。
いきなりそんなことを言われても意味が分からないだろうが………例えばの話をしよう。貴方が旅行会社の立てたプランに則って何処かに観光に出かけたとする。
観覧に夢中になって時間を過ごしていた貴方は土産物屋さんを見て回る余裕が無いことに気付く。
しかし、旅行は予めスケジューリングされているので貴方は次の移動時間に間に合うように、土産物の吟味を妥協するなり、土産物を買うこと自体を別の機会に先送りするなり………そういった判断を迫られることになるだろう。
つまり、一部
この世界でのスキルもよく似ていると最近思うようになってきた。
ゲーム時代に習得したスキルは
『
『
『狙撃手の隠形』なら攻撃態勢に入るときに相手に気付かれない。
だが――――――これはスキルに
かつては熟練度の存在によってスキルの練度を引き上げることで多様な戦闘ができると思っていたが、現実化したこの世界ではそれではまだ足りなかったのだ。
現実になったことでゲーム時代の
必要なのは予め存在しているツアーのパッケージを選ぶことではない。自分の手で便と宿を手配して、行先を決めて、計画を立てること――――――そうして初めて
スキルの術理を換骨奪胎し、スキルの発動と共に
だからゲーム時代のようにスキルの上に胡坐をかいていると――――――こんな風になる。
「うっ………!?ごっ、あ゛ぁぁぁっ!!」
真横から襲ってきた悪寒に対し反射的に身を守った瞬間――――――激烈な衝撃を感じて吹っ飛ばされた。
まるで
咄嗟に体幹を守った腕のところからメキメキ………ッ、と異音がした。
そのまま私の体は撥ね飛ばされて、地面をピンポン玉みたいに転がった。
森の地面は木々の根っこで凸凹している。その上で全身を不規則に打ち付けられて鈍痛に打ちのめされる。
必死に体を丸めて少しでも衝撃を殺しながら転がって、何処かの木の幹にぶつかってようやく止まった。
「……………っっっ!!!!クソ………っ、クソッタレがぁ………………っ!!」
ズキズキと鈍い痛みが全身に沁みつくようで煩わしい。心底頭にくる。
そして何が一番頭にくるかと言うと、私に
まともに攻撃――――――蹴りを受け止めた私の腕からは骨が軋むような異音がした。罅くらいは入っていてもおかしくないのだが、そこから腫れ上がるような熱感はない。
あの野郎、私を
地面を転がったときにも土と落ち葉に塗れたくらいで五体満足だった。あろうことか継続治癒まで付加されていたのだ。地面をバウンドした時のダメージまで計算した上で。
痛みはあるが、傷はない。どうせこの痛みもすぐに消えるだろう。
その事が――――――殺したいほど頭にくる。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!ぶっ殺すぞこのクソ師匠がぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
「ははは。女の子が『殺す』とか『クソ』とか言ってはいけないよ。」
体に纏わりついた落ち葉を散らしながら、立ち上がって前方にいる師匠を睨みつける。
あいつは蹴り足を振り抜いたままの姿勢で一本足立ちしながら、相変わらずのしたり顔だった。
反吐が出る。
「確か
つまりそれは『ある程度適切な走り』であって『最適な走り』ではないということに気付いているかい?その隙を突けばこうして君を蹴っ飛ばすのは難しいことじゃあない。いつまでも与えられた
上げていた片足をとん、と地面に下ろして師匠が仁王立ちになる。
入れ墨に覆われた全身の表面をうっすらと黄金色に発光する魔力が覆っている。
常時夜のように暗いこの森の中では凄まじく目立つが、こいつにコソコソ隠れる気はさらさらないのだろう。
とりあえず師匠のご高説にはこう返答した。
「うるせぇ、死ね。」
「へぇ。―――――――――でも君、まだ一回も僕の事殺せてないよね。」
「死ねッ!!!!」
頭の奥で堪忍袋の緒がブチン、と弾けて千切れる。
全力で引き絞った矢をその
「おっと!」
パァン!!という空気が弾ける音がして、かつて矢だった木片が周囲に飛び散った。
あの野郎、ライフル弾並みの速度で飛ぶ矢をどうやって叩き落としてるんだ?
だが、そんなことはどうでもいい。私はギリギリと歯を食いしばりながら何度も矢を放ちながら後退して、隠形スキルを起動して木々の間に隠れた。
「ウゥゥ゛………………ッ!!」
食いしばった歯の間から唸り声が漏れる。
これでも堪えている方だ。本当は叫びたい。
腹の中、胸の中、頭の中に煮えくり返っている熱を、あいつに叩きつけるように叫びたい!!
『地形適応』、『三角飛び』の合わせ技で、周囲の木の幹を足場代わりにして縦横無尽に飛び回る。隠形も併用して可能な限り足音は消す。
『
『
あらゆるスキルに加えて
だというのに―――――――――
「ははははははははは!!この程度じゃまだまだ甘いと言わざるを得ないなリオ!!」
師匠が、『独覚』のマグラが笑う。
私が全方位から放つ矢を、弾いて、捌いて、掴んで、いなして、すかして、逸らして、躱して、防ぐ。
一発一発の矢が銃弾のような速度なのにも関わらず、その全てに対処している。当たっている矢もあるが、全て牽制目的の威力が低い矢だったりしてダメージは低い。完全に見切られている。
仁王立ちになりながら嵐のような矢の雨の中で立ち続けるその姿は本当に出鱈目で――――――本当にさっさと死んでくれないものか!!
「なぜ全て防がれているか不思議そうだねリオ。」
矢を迎撃しながらあいつが流暢に喋り始める。
その声は何故かやたらとはっきり私の耳に届く。
うるさい、黙って死ね。
「答えを言ってしまうとね、僕には矢の軌道が
そう言ってあいつがこちらの方向を向く。
気配を可能な限り消しながら、三角飛びで駆けまわっている私を――――――あいつはきっちりと捕捉している。
クソったれ!
次の瞬間、あいつがこちらに向かって拳を振り抜いた。風圧だけで人間を吹き飛ばすくらいわけはないあいつの拳だ。
警戒したが――――――衝撃は私に向かってはこなかった
一体何を………?
「――――――っ!?」
突如、足元が異様な感覚に襲われた。
目を向けると飛び回る際に足場代わりに使っていた木の幹、自分がたった今
予想していた形の足場でなくなったせいで、着地の瞬間バランスが崩れる。
あいつめ、これを狙ったのか!
「そして――――――せっかく気配を絶つスキルがあるのに、殺気が駄々洩れでは意味がない。」
足元に気を向けたその一瞬、それが致命的だった。あいつの声がすぐ近くで聞こえた。
顔を上げるとそこには師匠がいた。ジャンプした直後の体勢、空中で全身を
そしてその握り締めた拳が―――――――――、
「
体のど真ん中に
胴体に穴が開いたような衝撃に体を貫かれる。
空気が弾け飛ぶような爆音がして、私はそのまま斜め下に砲弾のように射出された。
地面に激突、粉塵と土砂が舞い上がって視界が暗くなった。
「ぐっ、うっ………!う゛っ、うう゛ぉぇぇ………………っ!!」
クレーターの中でのたうち回りたいのを我慢しながら、蹲って喉の奥に絡んでいたものを吐き出した。酸っぱい胃液と錆び臭い血が混じった吐しゃ物を土の上にぶちまける。
――――――なのに死んでいない。傷がない。後遺症がない。
攻撃と一緒に叩き込まれた治癒魔法のお陰で、内出血で溜まった血と痛み以外はまったく問題がない。
「………………ぶっ、殺す………っ!」
内臓からせりあがってきた血をひとしきり吐き出してから、もう一度立ち上がる。
生まれたての鹿のように頼りなくがくがくと震えている足腰に鞭を打つ。視界がぐらぐらするし脂汗が気持ち悪い。
全身から痛みが、内臓から吐き気が襲ってくる。
でもそれがどうした。それはただ
むしろこの痛みと苦しみが、私が何者なのかを教えてくれる。何をしたらいいのか教えてくれる。私が生きていると教えてくれる。
――――――誰を殺したらいいのかを教えてくれる。
「殺してやる………!!殺してやる………………っ!!」
「元気だねぇ、君は。ただ、敢えて忠告させてもらうとするならもう少し罵倒と脅迫の語彙を増やした方がいいのではないだろうか。君、さっきから『クソ』とか『殺す』とか『死ね』とかしか言っていないだろう。」
私は無言で弓を構える。矢を番える。
腹の奥から頭の天辺まで、手の指先から足の爪先まで、赤熱するような白熱するような、荒々しい
多分これが怒り、あるいは殺意と言われるもの。
今や慣れ親しんだ、私の中の激情。
「アァァ゛………ッ!!」
吐く息が熱い。体から漏れだした熱気のようだ。
この熱を思いっきりぶちまけて、あいつにぶつければどれだけ気持ちがいいことか。
その想像で思わず口の端を釣り上げて笑ってしまう。
「………それもいいだろう。とことんまで、君の相手をしようじゃないか。」
師匠がだんっ、という音を立てて一歩地面を踏みしめる。その震脚で周囲の木々が震える。
軽く重心を落としただけの体勢だが、それだけで明確な戦意が辺りに満ちていくのがわかる。
殴りつけられた場所がジクジクと痛む。その痛みが怒りを呼んで、殺意を呼んで、私の中で
「天より投げ落とされた明けの明星!輝けるもの、光を運ぶもの、いと眩き十二の翼!流星の如く地に下る傲慢の君よ!闇より暗き冥府の底でこそ、我らが主の無辺の光を識れ!!」
私を傷つけるやつは、私を殺そうとするやつは、私の邪魔をする奴は絶対に殺す。
絶対にだ。
「『ヘレル・ベン・サハル』ッッッ!!!!」
師匠が魔法を完成させる。あいつの背後から放たれた無数の光弾が尾を引きながらこちらに向かって降り注ぐ。さながら地上の花火か、光の瀑布といったところか。
無数の光弾によって構成される逃げ場のない面制圧攻撃。
真っ暗な森の中にいきなり現れた光源に目が眩むが、目線は逸らさない。
私は雄叫びを上げながらマグラに矢を放った。
******
「………さて、改めて言っておきたい話なんだが………リオ、君には
「………………。」
「殺人は是か非かとか、命の価値はだとか、今そういったことは特に論じない。その上で敢えて言うなら僕はそんなことを論じるくらいなら、君のその稀有な資質を磨くことに注力したいという所だ。」
「………………。」
「この世界、死んでから生き返った人間はそう少ないわけじゃないのだけど、生き返った人間は大抵死を忌避する。有体に言えば臆病になる、神経質になると言ってもいい。死というものは全ての生物が全力を持って回避するべき最大の禁忌だ。其れに接触した経験がある者は、二度とそれに触れることのないように本能的に自分の身から過剰なまでにあらゆる危険を遠ざけるようになる。君たちにわかりやすい言い方をするなら
「………………。」
「さて、翻って君は違う。君は自分が死に瀕した時、真っ先に『恐怖』よりも『怒り』を覚えるタイプの人間だ。しかもその怒りを『相手を殺し返す』という方向性、『殺意』という形で発露させることができる。これは極めて稀な資質であると僕は評価している。つまり――――――追い詰められればやるタイプ、叩かれれば伸びるタイプ、と言われる人間の極めつけというわけだ。というわけで僕は君を叩いているわけだけど、物理的に。」
「――――――っ。」
「そんなに睨まないでくれ。ともあれ、君のその才能を鍛え上げて一つの武器として確立することが師匠を買って出た僕の使命だと思っている。え?そんなの頼んでないって?確かにその通りだ。でも悪い話じゃあないだろう?だって僕を殺そうとしているときの君はあんなに
「………………っ。」
「でも、今のところはまだまだ未熟。一言でいえば
「………………。」
「自覚はあるようだね。殺意に身を任せるのは楽しいだろう?それは君の本質だ。歓迎すべきことだよ。でもそれだけでは駄目だ。御者のいない暴れ馬は、暴れまわって体力を使い果たしたところを囲まれて討たれるのがオチだ。君は差し当たって自分自身という暴れ馬を御す、優れた乗り手にならなければならない。暴れ馬の暴力を生かして殺さず、それを十全に使いこなさなくてはならない。」
「………………。」
「前からも言っているようにまずは呼吸を使いこなすところから始めるべきかな。呼吸は無意識に行っている動作でありながら、同時に意識的に行うことができる動作でもある。いわば意識と無意識を繋ぐ架け橋だ。うまくすれば君は君の殺意を明確に発露させながら、同時に冷静な思考と術理を失わずに戦えるだろう。」
「………………。」
「あとは呼吸をうまく使いこなせば相手の呼吸もわかるようになってくる。緊張と弛緩のリズムとその間――――――つまり相手にとっても無自覚の隙を突いたり、意図的に隙を作ったりも可能になるだろう。現に僕は君に対してそれをやっている。君もいつかは僕に対して同じことができるようになるさ。」
「………………。」
「隙と言えばそうそう。やはりスキルの使い方の見直しも早急な課題かな。スキル自体が体に行わせる動作が自然に入らないと、呼吸が乱れて隙ができるからね………。………………そういえばリオ、さっきから無言だけどちゃんと聞いているかい?」
「………………………聞いてますよ、クソ師匠………。」
時は流れて既に夕方になっていた。真っ黒な木々の合間から見える空は鮮やかな夕日色だ。
師匠との模擬戦という名の
………正確には疲労で動けなくなった師匠に連行されてゴザの上に転がされているのだが。
「………クソったれ………。」
毒づく声も今は滑稽で惨めなだけだ。
全身の疲労感は熱した鉛が血管と筋肉にぎゅうぎゅうに詰め込まれているみたいな酷いもの。
私にできることと言えば焚火で鍋を沸かしながらペラペラとご高説を垂れている師匠を睨みつけることくらいだった。
あぁ、くそっ。本当に腹立たしい。イラつく。
今もまだこいつを殺したいと思っているのに、体が全くついていかない。
「悪態が吐けるようなら元気なようだ。顔を洗ってきたらどうだい?そろそろ晩御飯にしようじゃあないか。」
「………ちなみにメニューは………。」
「豚骨スープとチャーシュー。」
「また豚か………。」
鍋の中からはグツグツというお湯が煮立つ音と微かに豚の脂っぽい香りが漂い始めていた。
豚素材の多さにやや呆れはしたが、現金なことにその匂いを嗅いでいると腹の虫が騒ぐ音が聞こえた。
どうやらこんなにボロボロな状態なのに、それでも――――――いや、だからこそ肉体は食事を欲しがっているようだ。
「………………っ………。」
鉛のように重たい体を引きずるように起こして立ち上がる。
言われたからそうするわけではないが、いい加減に顔を洗いたかった。
気づいてみれば顔も髪も土で汚れて泥だらけだ。まったく嫌になる。
見下ろせば頭だけでなく体や服も盛大に汚れている。
いつも着ているお気に入りのジャケットに至っては、相当な強度があるはずなのにフリルが所々切れかかっていたり解れたりしている。
本来なら痛まないようにしまっておいた方が良いのだろうが、現状これ以上に防御力が高い装備がないので師匠と戦う時にはどうしても着ざるを得ない。
こいつを作ってくれた職人はセプテモールのフロラントに工房を構えていたはずだ。
ここからなら結構かかるだろうが………仕方のないことか。
………森を出る前に師匠を殺すのは絶対条件だが。
「………………絶対に殺す。」
「楽しみにしているよ。」
私の独り言に律儀に反応を返す師匠。
鍋の煮込み具合を確認しているその憎たらしい後ろ姿にガンを飛ばしてから、私は顔を洗うための水を求めて川に歩み寄っていった。
………ゲーム時代の事を知るプレイヤーなら、あの男を独力で殺そうとしている私の事を無謀だの無茶だのと言うのだろう。
実際自分もそう思う。ただ、そうしないと気が済まないだけの自分のわがままなのだ。
『独覚』のマグラ、またの名を『破戒仙』。
ゲーム時代の人間種NPC最強を誇ったレイドボスの一体。
そして今はお節介で憎たらしい、私の師匠だった。