※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

4 / 102
第四話 朝食

 

 

 「うぁー………………極楽極楽………………。」

 

 なにやらおじさん臭い呻き声が出てしまうがそれは仕方がない。

 風呂は命の洗濯という言葉があるがさもありなん。

 全身の血液循環が熱によって加速することで全身の細胞への栄養の供給と老廃物の排出が飛躍的に促進され人体の免疫能力や自己修復力は向上する。

 つまり風呂は万能薬である、証明終了。

 なので今の私が浴槽で体を溶解させているクラゲめいたサムシングになっているのは仕方のないことなのだ………!

 

 でも入りすぎると体力を消耗するから気を付けるにゃー、と蘊蓄を語っていた知り合いの姿が脳裏に蘇る。

 あぁ、風呂から上がったらどっと疲れが出ることってあるよね、と脳内で相槌を打ちつつ浴槽内でさらに脱力する。

 

 「うー………生き返るー………。」

 

 流石に今回泊まっているのは高級宿ということもあってなんと一部屋ごとに風呂がついている。

 セプテモールという国は土地柄色々なところで温泉が湧いており、風呂に入る文化が深く根差している。

 フロラントの街も御多分に漏れず公衆浴場や温泉付きの宿が多数存在している。

 とはいっても個室ごとに風呂がついているというのは早々お目にかかれないが。

 

 「ういしょ………。」

 

 浴槽は個室使用とはいえかなり広々としており、中で多少体を動かしても余裕がある。

 私は風呂に漬かりながら体の各部を捻って簡単なストレッチをする。

 凝っていた体の筋を伸ばすとそこにお湯の熱が浸透して大層気持ちが良い。

 

 あぁ、そうだ。こんなに広いのだからソーププレイとかすればよかった。勿体ないことをした。

 

 後悔先に立たず。色々と思い立ったことを悔やんで私は肩を落とした。

 現在の時刻は夜も明けてしばらくたった頃である。

 私と一緒に情事に耽っていたラストルは残念なことに夜明け前にダウンした。

 「ちょっと休ませて…」といって横になった後、もう目が覚めることは無かった。惜しい男を亡くした………。

 いや死んでいないが。

 

 そんな彼の寝顔を眺めたりつついたりしてしばらく起きるのを待とうと思っていたが、私も結局寝落ちした。

 そして目が覚めたら体表で色んな体液がパリパリに乾いて肌に張り付いていたのに気づいて、風呂で体を洗い流して今に至るというわけだ。

 

 そしてそのようなことを考えていると、腹がぐぅと不満げな音を立てた。

 

 (うーむ、お腹が空いた。食料は何が残っていたか………果物と野菜はもうあまり備蓄がなかったはず………肉は結構残ってたはず………朝なのでベーコンが妥当………?)

 

 と、そこまで考えたところで今日はキャンプではないので自分で用意する必要がないことに気付く。習慣とは恐ろしいものだった。

 うむ、朝食はここで作ってもらおう。高級宿なのだからそれなりのグレードを期待してもバチは当たらないだろう。

 

 特にケーキやらワッフルやらが食べたい気分だった。

 つい先日まで狩猟に出ていたが、旅では保存のきかない焼き菓子は持っていけなかったのだ。

 想像したら余計にお腹が空いてきた。

 

 「………よしっ」

 

 そうなれば善は急げだ。早く食事にしよう。

 私は重い腰を上げ安寧の風呂に別れを告げて、脱衣場へと旅立った。

 

 

******

 

 

 

 ベッドで寝ていたラストルを叩き起こして風呂に放り込んだ私は内線を使ってルームサービスで朝食を注文した。

 この世界で通信機型マジックアイテムは発展の途上であり、まだまだ普及しておらず高額である。それを各部屋に設置してあるとは宿のレベルの高さが知れようというものだった。

 

 部屋に朝食が届けられたのはラストルが風呂から上がってくる頃だった。

 従業員には朝食は扉の前に置いておくようにとだけ言っておく。

 私はバスローブを上に羽織っただけの姿だったので人前にはあまり出たくなかったからだ。私にもそれくらいの羞恥心はある。

 

 「えっと、すごい量ですね。」

 「そうですね。お腹が空いていましたので。」

 

 タオルで体をふきながら席に着いたラストルは私用に並べられた品々を見て苦笑いを浮かべた。

 私の仕事は体が資本なので食べられるときには目一杯食べなければならない、という考えが基本にある。食い溜めは必須スキルなのだ。

 いや、今朝までセックスしまくって体がエネルギーを欲しているというのもあるが。

 

 「では、いただきます。」

 

 二人そろって食事を始める。

 私の朝食はベーコンエッグ(厚切りベーコン三枚に卵二つ)、トマトとレタスのサラダ(ボウル一杯)、トースト(二枚)、フルーツジュース(一杯)、デザートにワッフル(ジャムと生クリームを盛って三つ)、ホットケーキ(ハチミツとバターをかけて三枚)、コーヒー(一杯)といった内訳である。

 対してラストルは非常に無難に味噌汁、焼き魚、豆腐、白米という和食セットだった。

 元日本人であるはず私が大量の洋食を食べ、どう見ても欧米人なラストルが楚々とした和食を食べているのは妙なちぐはぐさがあって中々に面白かった。

 

 ちなみにこの世界がゲームであったころ、無論の事だがオリエス大陸北西部に和食などという文化はなかった。

 しかし、十五年前に起きた『現実化』という大事件に際して悪名高き『商連』の面々は真っ先に食の分野に投資を始めたのだ。

 彼らは知っていた――――――この世界に取り残されたプレイヤー達はそのうち故郷の食事が恋しくなると。

 商連は凄まじい勢いでオリエス大陸内の土地を買い漁って米を栽培して売りさばいた。

 さらに大量の錬金術師を囲い込んで大豆の研究をやらせた。目当てはもちろん味噌と醤油である。

 結果として商連の目論見は成功し数多のプレイヤー達の需要は満たされ、ついでにこの世界に和食文化が浸透していった。

 他にもプレイヤーが持ち込んだ文化は色々とあるがここでは割愛する。

 

 「ところで、食事中に悪いのですが――――――リオさんに頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」

 「はほひ………………頼み事、ですか。」

 

 私がベーコンエッグを頬張っているとラストルが声をかけてきた。

 厚切りなうえに油を多めに使ってカリカリに焼き上げられた食いでのあるベーコンと淡白な白身と濃厚な半熟の黄身の対比が素晴らしい目玉焼きを飲み込みながら私は返事をした。

 

 「私の工房で大口の注文を受けることになったのですが………リオさんに是非その素材を調達していただきたいのです。」

 「いつものように。」

 「えぇ、いつものように。」

 

 そう言ってラストルは味噌汁を啜りながら微笑んだ。

 

 彼はこの街で幾つかの家具工房を経営している。

 彼自身は家具職人としての技能があるわけではないが、経営者としては有能な部類である。

 そして彼は個人的なコネクションの一つとして私に工房で使う素材の調達を依頼してくることがある。

 今でこそ体の関係だが、私と彼は本来こうした依頼主と依頼相手という関係だ。

 

 「欲しい素材は『白無垢の大理石(イノセントマーブル)』です。〈大〉で六つあれば十分でしょう。」

 「『地下都市』第八層の素材ですね。確かに普通の冒険者に頼んだら高くつきます。」

 「えぇ、ですのでリオさんにお願いしようかと。」

 

 ふむ、と納得しつつサラダを頬張る。シャキシャキとした歯ごたえのレタスと甘酸っぱい果汁が中から溢れるトマトが素晴らしい。

 

 地下都市を第八層まで潜れる冒険者は数が限られる。

 冒険者組合を通して依頼を出せば信用できる冒険者を見繕ってくれるだろうが、仲介料という形で高くつく。第八層まで行ける腕の冒険者ならなおさら高額だろう。

 だが実力があり信頼のおける冒険者に個人的な伝手があるなら直接依頼するというのも手だ。

 ちょうどラストルが私にそうしているように。

 

 「『組合』相場の1.2倍で買い取りいたしますが………。」

 「1.5倍ではダメですか?」

 「上目遣いでおねだりしてもダメです。1.3倍までならいけますよ。」

 「わかりました、ならそれで。」

 

 少し女の武器を使ってみたが大して譲歩は引き出せなったようだ。

 まぁ、ラストルは取引にはシビアな人間なので色仕掛けの一つや二つで折れないのは最初から知っていたが。

 

 トーストをさくり、歯を立てて咀嚼しながらついでに聞いてみる。

 

 「ちなみに白無垢の大理石なんて何に使うんですか?」

 「いつもの通り家具の素材です。首都の教会に色々納品することになりまして。」

 「なるほど首都なら納得です。」

 「えぇ、予想はつくかと思われますが。」

 

 ラストルが情報を補足してくれる。

 

 セプテモールの首都、帝都ロムレウスは国の政治の中心地であると同時に、六大神信仰の中心地でもある。

 プレイヤーのもたらした建築技術(主に鉄筋コンクリートによる工法など)で高層建築がある程度可能になったこともあり、経済的に余裕のある国や都市ではにわかに都市開発ブームが巻き起こっている。

 それに乗って六大神教も教会や聖堂を新築しているようで、今回の注文の他にも色々と仕事が入っているらしい。

 白無垢の大理石で作られた机や扉はさぞ聖堂に映えるだろう。

 

 「詳しい話は守秘義務に違反するので話せませんけどね。」

 

 そう彼は締めくくった。

 一つ思い立ったことがあるので、ついでに彼に質問してみた。

 

 「ちなみに〈大〉以下の大理石………〈小〉や〈中〉はどうしましょう。買い取っていただけますか?」

 「えぇ、あって損はありませんからね。同じく相場の1.3倍でそれぞれ買取いたしますよ。」

 「―――それはいいことを聞きました。」

 

 しばらく第八層に籠ることになるかもしれない。

 備蓄をありったけ用意しよう。節約すれば半月……いや三週間くらいは………。

 

 「………………『全部買い取る』とは言っていませんからね?」

 「………そ、そうですね。」

 

 リンゴと桃のフルーツジュースを飲みながら、私はちょっとだけ目を反らした。

 

 

******

 

 

 朝食のデザート、ワッフルとホットケーキは絶品だった。

 甘ったるいクリームと酸味を敢えて強調したブルーベリージャムのコンビで彩られたワッフルは焼き立てならではのサクサクした表面としっとりした内部の触感も相まって思わず顔もほころぶ美味。

 ホットケーキは濃厚なバターと天然もののハチミツが邪魔にならない程度の適量で載せられており、ふんわり焼きあがった生地そのもののおいしさも余さず堪能できた。

 皿一杯に盛られた焼き菓子を平らげて食後のコーヒーを呷る私を見てラストルは「すごいですね…」と感想を漏らしていた。

 お腹が空いていたのだ、仕方ない。

 

 ちなみに大量に糖分を摂取するのに躊躇がないのは、私が太らないからだ。

 私のみならずプレイヤーは肉体(アバター)に大きな変化が発生しないため、どれだけ食べても太らないのだ。

 この世界にやってきて嬉しかったことの一つである。

 

 部屋の前に配膳台と一緒に朝食の食器類を出してから着替えることにした。

 同じ部屋に異性がいるが、ラストル相手に今更恥ずかしがる必要もない。

 私はバスローブを脱いでから、端末を起動させてアイテムボックスから衣装ケースを取り出した。

 

 「いつみても思うのですが、本当に便利ですね。羨ましく思います。」

 「似たようなものなら買えるでしょう?」

 「容量や使い勝手は段違いですよ。」

 

 ラストルが言っているのは私、もといプレイヤーがゲーム時代から引き続き使用している『端末』だ。

 プレイヤーの好みによって端末の形状は様々に変更されるが、左腕についているという点では共通している。私は腕時計型にしている。

 

 メニュー画面を開くのに使用されるこの端末だが、現実化した影響でメニューのほとんどの機能が死んでいる。

 チャット画面は繋がらないし、フレンドリストは確認できず、装備変更は実際に着付けをしないといけなくなり、当然ログアウトはできない。

 生き残った機能は時計とマップと財布とアイテムボックスだけだ。

 

 ただし生き残った機能だけでも十分既存のマジックアイテムとは一線を画した性能がある。

 現在開発されて市販されている『収納バッグ』というアイテムは端末のアイテムボックス機能を参考にして制作されたが、それでも携行性や収容能力に大きな差が存在している。

 そのためプレイヤーの持っている端末は多くの人間にとって垂涎の的とされる。

 十数年前は端末を目当てにプレイヤーの腕ごと持っていく強盗が流行ったらしいが、端末はIDと紐づけされているので所有者以外には起動できないという事実が判明してからは聞かなくなった話である。

 

 私が端末から取り出したのは普段着が入っている衣装ケースだ。

 端末のアイテムボックスは容積や重量ではなく、個数で上限が決まっているため、こうして一纏めにしておくと容量の節約が効くのである。

 

 ケースから服を取り出してさっさと着ていく。

 下着はレース飾りのついた濃紺のブラジャーとショーツ、ガーター付きのストッキング。

 白いブラウスのボタンを留めて、藍色のリボンをタイに使う。

 スカートとジャケットは揃いのデザインで、共に黒に近い暗青色(ダークブルー)の生地で白いフリルをふんだんにあしらっている。

 靴がなかったので何処に行ったかと思ったが部屋のベッドの脇に脱ぎ捨ててあったので回収して履く。黒い革靴だ。

 左のこめかみに青い薔薇の花を加工して作ったコサージュをつけて、両耳にサファイアのピアスをつける。

 両手には黒い絹のような素材でできた手袋を嵌め、何度か手を開閉させて具合を確かめた。

 

 全身の服装の具合を確認してから衣装ケースを片付けて、別のモノを引っ張り出してくる。

 いくつものポーチがついたベルトを腰に巻き、一緒に取り出した鞘込めの山刀(マシェット)を左の腰に差した。

 右の太腿に同じくベルトと鞘込めの短刀(ナイフ)を取り付ける。

 

 「ふむ。」

 

 何度か山刀と短刀を抜き差しして鞘の位置を確認する。山刀は左右どちらの手でも抜けるように、短刀は自然体の状態で手を下ろした時に柄に手が触れるように。

 ついでに両方とも抜き放って状態を確認する。振ると、ひぃん、と空気が鳴くような音がする。刀身を軽く指でなぞり問題がないことを確かめた。

 本命の装備は身に着けない。今日は狩りに出るわけでもないし、ダンジョンに潜るわけでもないからだ。

 

 アイテムボックスに手を突っ込んで今度は化粧品の入ったケースを取り出す。

 部屋の鏡で自分の顔を見ながら髪を梳いた後、メイクを施していく。

 とはいってもあまり念入りにはやらない。軽く頬紅を差して唇に艶を入れて、眉毛と睫毛を整える程度である。

 

 それと軽く香水を体に振りまいておく。

 風呂には入ったばかりだが、職業柄体臭には気を使いたい。

 

 「んー。」

 

 最後に全身鏡の前に立って全体を確認する。

 服のたるみや皺などを直しながら、ついでに服の各所に仕込んである投矢(ダート)も確認しておく。

 

 その場でくるり、とターンすると先端部分で微かにウェーブのかかる長い髪がふわりと舞い上がった。

 窓から差す日の光を受けて、白金色にも見える長い金色の髪だ。

 

 「うん、完璧。」

 

 私の外見(アバター)は言うならば趣味の産物であり、言い方を変えれば理想の造形である。

 ゲーム時代「どうせなら毎日目に入れても飽きない容姿にしよう」というコンセプトで作られたこの姿は、現に毎日鏡で見ても飽きない。

いや、むしろ惚れ直すほどだ。あのときの自分は本当にいい仕事をした。

 ナルシストと言いたければ言うがいい。それでも私が最高に可愛いという認識は揺るがない。

 

 「さて、ところで………ですが。」

 

 鏡から目を離して振り向くと、ラストルと目が合う。彼は少し顔を赤くして、バツの悪そうな表情でそっぽを向いた。

 私の着替えの最中ずっとこちらに意識を向けていたのはバレバレである。

 

 「明後日の方向を向かなくてもいいじゃないですか。ずっと見ていたくらいで怒りませんよ、あなたとの仲ですし。」

 「いやぁ、女性の着替えというのも趣があるなと思っただけでして………。」

 「確かに、男性から見ればそうでしょうね。」

 

 私はそう言って彼の傍に移動した。

 彼がこちらを見ていただけでなく、既に勃起していることもバレバレである。

 

 「裸の女性と服を着ている女性では違う趣があるのもわかりますよ?」

 

 ベッドに腰かけたままの彼の胸にそっと手をつく。

 近くによると風呂上がりの人間ならではの清潔な香りが鼻をくすぐった。

 思わず息を吸い込みたくなってしまう、蠱惑的な香りだ。

 

 「リ、リオさん………」

 「着替えたばかりですし………………あんまり激しくはしませんが。」

 

 私はぺろっと舌を出して、彼の体を押し倒した。

 

 その後については省略するが、何はともあれ宿を出る時間は予定より遅くなったとだけ言っておく。

 

 

 

 




『米』
米の種類は大別して、ジャポニカ米、インディカ米、ジャバニカ米の三種類に分けられる。
日本でよく食されているのはジャポニカ米である。
オリエス大陸北西部はジャポニカ米の栽培条件を満たす気候ではないが、ジャバニカ米なら栽培可能である。
なので商連は『炊くときに混ぜ込むことでジャバニカ米にジャポニカ米っぽい粘り気を付与する薬品』を開発して販売している。健康と味に影響はない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。