※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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ep.6 The First Supper

 

 

 

 「――――――今からちょうど十年前の事だ。オレ達………この世界に住んでいる人間たちは突然『プレイヤー』という異邦からの存在を認識させられた。『プレイヤー』が何処からやってきたのか、それをオレ達に知らせた奴は一体誰なのか………それすらもわからん。ただ『いる』という事実だけがオレ達の頭に植え付けられた。」

 「ふむふむ。」

 

 向かって右手の皿に盛られたポタージュスープをスプーンで掬いながら話を聞く。

 乳白色がかかった明るい黄色のコーンポタージュは口に含むととろりと濃厚で、それでいてくどくなく、飲み込めばするりと喉奥へと滑り落ちていくよう。

 飲み込むときに感じるのはトウモロコシとミルクの甘み、それと軽く焼いてから散らしたパン粉の香ばしい香りだ。

 暖かなスープが胃の腑に流れ落ちる感触さえもはっきりとわかる。お腹の奥からじんわりとした温かさが広がっていき、消化管が喜んで活動し始める。飲めば飲むほどお腹が空いていく。

 

 「今になって思い出して見れば、十年以上前………おおよそ十五年ほど前から異様に腕が立つ冒険者やら、驚異的な速度で販路を広げる商売人、恐ろしい勢いで腕を上げていく職人だとか………そういった、云ってしまえば奇妙(・・)な連中の話をちらほらと聞くことがあったのは確かだ。多くの人間はそういった連中が『プレイヤー』なんじゃないかと直感した。確証はなかったがな。」

 「ふむふむ。」

 

 向かって左の皿に盛られたパンを手に取りながら話を聞く。

 私の掌には少々余るサイズのパンを両手でちぎると、それだけでもちもちとした生地の柔らかさが伝わってくるようだった。

 ぱくりと口に含んで咀嚼すればパン生地の甘みと………焼くときに練り込まれたのであろうバターの味が微かな塩味と共に口内に広がった。噛めば噛む程唾液が止まらない、実に罪造りな一品である。

 

 「『プレイヤー』というのが本質的にどんな存在なのか?誰が『プレイヤー』なのか?オレ達には知る術はない。そんなだから当時の対応も様々だった。疑心暗鬼になって狩り出そうというやつ、今まで通りに過ごすやつ、なるべく関わらないようにするやつ、対応を図りかねて静観するやつ………。ある程度方向が固まってきたのはある程度『プレイヤー』の能力についての情報が上がってきてからだ。」

 「ふむふむ。」

 

 右奥にあるキノコのオイル煮込みにフォークを伸ばしつつ話を聞く。

 香草(ハーブ)を漬け込んだオリーブオイルで器ごと煮込んだこの料理はホカホカと湯気を立てており、見るからに熱そうである。中の大小さまざまにカットされたキノコに直接フォークを突き立てて、いただく。

 歯で噛み締めると感じるのはキノコ特有のコリコリと歯ごたえと旨味、そして香草(ハーブ)とオリーブの豊かな香りである。それらが混然一体となって口の中で山の幸と恵みを存分に味合わせてくれる。

 キノコは多数の種類を使用しているようで、一つ一つの微妙な食感の違いがあってこれまた食べていて飽きがこない。

 

 「『プレイヤー』という存在は総じて強力な(・・・)人材だ。どういう原理が働いているのかわからんが、彼らの成長速度はこの世界に元からいる人間――――――オレ達よりも早く、さらに上限が高い。戦士としても、魔法使いとしても、技術者としても、それ以外にせよ『プレイヤー』達は強力な力を持ち――――――あるいは何が由来なのかよくわからん発想をこの世界に持ち込んできた。」

 「ふむふむ。」

 

 左手奥の皿に盛られたサラダに手を伸ばす。

 水が表面で弾かれるほどに瑞々しいレタス、ベビーリーフ、ブロッコリーなどなど………。この上からさらにドレッシングの代わりに、雪の様なパルメザンチーズを振りかけていただく。

 バリバリと歯の間で音が立つほどに生きのいい野菜だ。野菜の青臭さが気になるかと思ったが、それを相殺してくれるのがパルメザンチーズ。唾液に反応して口の中に広がる濃厚なチーズの風味を知ったらスーパーで一本150円の粉チーズなんかでは満足できなくなりそうで恐ろしい。

 

 「『プレイヤー』達もこの世界に来てから何をするかは千差万別だ。自分の力に溺れて横暴に振る舞う者もいれば、その力を使って世の中に貢献してくれるような奴もいる。同時に――――――何かに絶望して外部との接触を断ってしまうような連中もいるが。」

 「はむはむ。」

 

 そして、私に向かって正面手前に鎮座するのは今晩のメインディッシュ――――――私はいよいよそれに手を伸ばした。

 赤みも鮮やかな鹿肉の焙り焼き(ロースト)。私の口のサイズに合わせてくれたのだろう、小さめにカットされたローストステーキをナイフとフォークでさらに一口サイズに切り分けていただく。

 噛み締めると感じるのはその濃厚な赤身肉の旨味。赤身は脂肪分が少なくて硬いものだと思っていたが、ここでこうして食べるとそれが中々どうして悪くない。口の中で幾度も咀嚼して繊維を噛み千切るたびに染み出してくる肉の味をじっくりと、じっくりと、堪能させていただく。

 肉についてきているソースは玉ねぎ(オニオン)がベースの様だ。生玉ねぎ特有の辛みと、火を通した時に生じる甘み、同じものから生まれた相反する要素を一つに纏め上げた甘辛仕立ての濃厚なソースが鹿肉と絡み合って絶妙なハーモニーを醸し出している。

 

 そしてそして、これを丸ごと押し流すかのようにグラスに注がれた葡萄酒(ワイン)を一杯、ぐいっと煽る。口の中で混ざり合った肉の旨味とふくよかな赤葡萄の香りが混ざり合って素晴らしい後味を演出し―――――――――、

 

 ………………って、葡萄ジュースだこれ!!

 

 「そして、この十年の間で『プレイヤー』に対してこの世界の人間がどう接するかは大まかに二つに分かれた――――――共存するか、排除するかだ。一応、うちの領内では領主であるオレの方針として前者を取っている。その為に『プレイヤー』と名乗り出てくれればその者を名簿に登録して領主権限で援助を―――――――――――――――ところでオレの話は聞いてもらえているのか?」

 「はむはむ………………。あ、大丈夫です。ちゃんと聞いてます。一応。」

 「………ならいいんだが。」

 

 卓(テーブル)を挟んで反対側に座っているヨアヒムが苦笑している。

 何やら微笑ましいものを見るような目で見られて、ちょっと気恥しくなる。

 

 ごほん、と軽く咳払いして姿勢を正すが、既に手遅れだ。

 ヨアヒムのみならず、ダイニングルームに控えている使用人が全員すっかり和みムードでこっちを見ている。

 これはあれだ。動物園で動物が食事をしているのを眺めて愛でるような………何というか、そういう感じの(生)温かい雰囲気だ。

 

 「うちの料理長(シェフ)の料理は美味いだろう?そんなに美味そうに食ってもらえたんなら料理人冥利につきるというものだろう。オレの方から厨房に伝えておこう。」

 「………いいですよ、吹聴しなくても………。というか、代金は払わなくてもいいんでしょうか………。」

 「はっはっは、面白いジョークだ。オレにこのくらいのもてなしで金を払わせるようなケチな貴族させてくれるなよ。それに、女性に美味い食事を奢って、それで喜んでもらえたのならそれだけでも男にとっては何よりの報酬だ。つまり、君が気にするようなことは何もない。」

 「はぁ、それならいんですけれど………。」

 「飲み物をお注ぎいたしますね。」

 「あ、ありがとうございます。」

 

 メイドさんに足してもらった葡萄ジュースを口に含んで飲み下す。

 すっきりとした喉越しとしっかりと感じられる甘酸っぱさがとても良い。葡萄酒(ワイン)ではなくとも、それに劣らぬ豊潤な香りが鼻を抜けていき、思わず「ほぅ」と息を吐いた。

 

 ………夕食が始まるまではかなり気持ちが張りつめていたのを思い出す。

 馬車の中でいきなり『プレイヤー』だということをヨアヒムに指摘されてどうしたものかと内心で狼狽し、「続きは夕食の席で」とはぐらかされた。

 そして実際に夕食の場でこの世界の『プレイヤー』について色々と説明を聞くことになった。

 無論、私はそれを聞くために此処に来たので全霊をかけて耳を傾けていたのだが………それよりも夕食に思いっきり意識を持っていかれた。

 

 でもしょうがないだろう。

 

 だって考えてみれば、私のこの体(・・・)が仮想現実(バーチャルリアル)から現実(リアル)になったのがほんの数時間前。

 つまり、ここでの食事が私の体が食べる初めての食事(・・・・・・)だったのだ。

 一口ものを口に含んだ瞬間から脳内で摂食中枢が弾かれたように動き出して、唾液がだばだばと溢れるのを感じた。

 空っぽの胃と腸が、初めて与えられた食べ物を嬉々として消化しにかかるのがわかるほどだ。

 

 それに加えて純粋に料理の美味いこと美味いこと。

 時間が無かったのであまり手の込んだものは用意できなかった、などと言われても正直困る。

 これ以上美味いものが出てきたら、舌が無駄に肥えてこれから先まともなものが食えなくなりそうだ。

 

 それにしても味覚と嗅覚が生きているって素晴らしいことだなぁ。

 ゲームだった頃にも食料アイテムはあったけど、口に放り込んでバフをかけるだけのものだったわけだし。外見上美味く見えるものも味を想像するだけしかできなかったわけで………。

 これからはそういうものも実際に食べて味わえるようになったというだけで夢が広がる。

 元の世界に帰れるかどうかはまだ全然わからないけれど、飯が美味いというだけでこの世界に来た甲斐はあるな。うん。

 

 私が余程美味しそうに食べていたのだろう、ヨアヒムは笑いながら「詳しい話は食事を終えてからにしよう」と言い、私もそれに同意した。

 奢りなので好きなように食っていいということで、私は遠慮なくお代わりを注文して、大いに食べて大いに飲んだ。

 頬の筋肉がでろんでろんに緩んでいるのが自分でもわかるくらい、すっかり警戒心が薄らいでいた。

 おいしいご飯を奢ってくれただけでここまで心を許してしまうとかちょろいな自分、と思いつつ私は晩餐を大いに満喫した。

 

 

******

 

 

 クラートフ伯爵家に招待された少女、リオ・オーガスタは食卓に着いた当初はまさしく借りてきた猫のように大人しいと言うべきか………あるいは威嚇する猫のように表情を強張らせて警戒心を露にしていた。

 それが一変したのは実際に晩餐に手を付け始めた直後からだった。

 スープを一匙口に含んだ直後から眉間の皺が取れ、食べ進めていくほどに頬を綻ばせて目を輝かせて食事に没頭していく様は、ある種の見物だった。

 

 対面に座っている伯爵や、同伴している使用人たちも少女のそんな微笑ましい様子を目の当たりにし、内心で相好を崩していた。

 見目麗しい少女には険しい表情よりもやはり笑顔がよく似合う。

 もごもごと頬を膨らませて、夢中になって食事を堪能する様は小動物を彷彿とさせた。

 

 (本当、猫みたいなやつだな。)

 

 ゆるゆると手の中でワイングラスを回しながらヨアヒムはそう内心で独り言ちる。

 料理の方が自分自身よりも効果的に彼女の警戒心を解いたことに、男としてのプライドが若干傷ついた感もあるが、ここは結果良ければすべて良しと流すことにした。

 

 「えーと、それで………ヨアヒム、さんが私がプレイヤーだと気が付いた理由を教えていただいてもよろしいでしょうか。」

 「ヨアヒム、と呼び捨ててくれて構わない。」

 「いえ、さすがにそれは………。」

 「………ふむ、まぁそちらがその方が良いっていうんなら構わないがな。」

 

 晩餐を都合二人前ほど平らげて、デザートのティラミスを口に運びながらリオが問いかけてくる。

 これは彼女としてはずっと疑問に思っていたことだった。馬車の中での短いやりとりの中で彼がどのようにして自らの素性を言い当てたのか、それが不思議でならなかった。

 ティラミスのふわふわしっとりとした食感に舌鼓を打ちながらではあるが、リオは真摯な目で彼にヨアヒムに質問した。

 

 「決め手は主に三つだな。山賊と相対していた時の態度、左手の端末、そして最後はカマをかけてみた。」

 「………カマですか。」

 「リオは顔に出やすいタイプみたいだったからな。」

 

 にやり、と笑いグラスに口を付けながらヨアヒムが解説する。

 

 ――――――曰く、プレイヤーの多くは強力な戦闘能力を持ちながらも、戦いを躊躇したり、忌避したりするような者が多い。特にこの世界にやってきたばかり、と思われる者にその傾向が顕著だった。

 そのプレイヤーの様を見たある軍人は「訓練で優秀な成績を残していた新兵が、いざ実戦となって尻込みしているのに近い」という所感を述べていた。

 山賊と対峙していた時のリオの弓の構えはベテランの弓兵を思わせる堂に入ったものであり、使用する武器も遊びで持てるような業物ではないというのは明白だった。それでいて山賊一人を撃つのに躊躇いや恐怖を見せるちぐはぐさ(・・・・・)がヨアヒムの目に留まったのである。

 

 ヨアヒム、およびこの世界の人間たちのプレイヤーに対するこうした所感はある意味正しい。

 今まで仮想現実(バーチャルリアル)の中でしか戦いというものを知らなかったプレイヤーに対して、現実(リアル)の戦いとは非常に精神に負担をかけるものなのだ。

 潰れる肉、飛び散る血、砕ける骨………戦いの中で避けえない傷と痛みという現実に怖気づき、戦いから背を向けるプレイヤーも数多い。

 ただ――――――全員が必ずしも(・・・・・・・)そうとは限らない(・・・・・・・・)のだが。

 

 そして、もう一つの要素は左手首に巻いている『端末』である。

 プレイヤーは左手に(左利きのものは右手に)『端末』と呼称されるマジックアイテムを巻いている、というのは多くの人が知るところになっていた。

 『端末』の機能は物品の収納、正確な時刻の確認、世界の詳細な地図情報など実に多彩であり、マジックアイテムの研究者から見れば垂涎の的なのだとか。

 ………ちなみにこれでも、現実化した後になって多くの機能が停止して以前に比べて劣化しているのだが。

 

 「腕時計をしているのならわかるが、針も動いていないハリボテをしている理由はそれくらいしかないとオレは踏んだわけだ。」

 「なるほど………………。んん?ちょっと待ってください。」

 

 ヨアヒムの話を聞きながら情報を整理していたリオが、そのアクアマリンの瞳をぱちくりとさせながら頭に浮かんだ疑問を口にする。

 

 「えぇと、プレイヤーの存在をこの世界の人達が知ったのが十年前で、プレイヤーもその頃からこの世界に来ていて、それに関しての認識も色々と進んでいて………………。えっと、ひょっとして、十年経ってこの世界に来た私って………………相当遅れているのでは………。」

 「それについては心配いらない………というべきなのかな。どうやってプレイヤーがこの世界にやってくるのか原理は知らないが、時間差(・・・)があるというのは聞いている。」

 

 ひょっとして自分以外の全員が十年前にこの世界に現れて、自分一人だけ十年に渡ってどこかで取り残されていたのでは………という嫌な想像をしていたリオに、ヨアヒムはそういうわけでもないと言った。

 十年前の『あの日』の直後からこの世界で活動し始めたプレイヤーもいるがそれはむしろ少数派で、現在いるプレイヤーはその多くがさらに時間が経ってからこの世界に流れ着いたとされている。

 この十年の間にしばしば新しくやってきたプレイヤーの情報の各地から上がってきている。果たして将来的にどれだけのプレイヤーが何年かけてやってくるのか定かではないが――――――リオの様に十年経ってやってくるものも少なくない。

 

 「そういうわけで、だ。こういうものを見せておこうと思う。」

 

 ヨアヒムがメイド長のテオドラに目配せする。

 それだけで主人の意を察したテオドラは予め用意していた紙片をリオに手渡した。

 デザート後のコーヒーを飲み下しながらリオはそれに目を通す。

 

 「これは………名簿?あ、でも見たことのある名前が………。これってもしかして………。」

 「先ほども言ったとおりだが、オレはプレイヤーにその力を役立ててもらおうと思って領主として援助をしている。そのリストはオレが援助をしているプレイヤーの面々だ。そこに載せているのはこのイルマートの街に住んでいる者だけだが………。」

 「あっ!メリィがいる!」

 「なんだ、知っているのか?」

 「知っているも何も………。」

 

 リオは名簿をひっくり返して、ヨアヒムに見せるようにして記載されている名前の一つを指さした。

 そこには「メリィ・アイリン、錬金術師」と書かれている。

 

 錬金術師のメリィ――――――彼女は何を隠そう、この世界にやってくる直前、世界がゲームだった最後の日にリオに依頼を出した張本人である。

 もとはと言えばリオが森でいたのも彼女が薬草の採取を依頼していたからだ。

 

 そして何より――――――彼女は現実(リアル)においても、葉月了(・・・)と面識のある友人の一人でもあった。

 

 「彼女はとても優れた錬金術師だ。彼女がこの世界に来たのは七年前。その頃から彼女の工房(アトリエ)に出資しているが、多種多様な素晴らしい成果を残してくれている。正直なところ、彼女に投資することを決めた当時のオレの判断を自画自賛したいほどだ。」

 「………まぁ、彼女は結構オタク(ギーク)なところがありますからね。研究に専念できる環境を用意してあげれば幾らでもやる(・・)でしょう。」

 

 苦笑しながらリオはつい昨日(・・)も「素材集めも在庫管理も販売も面倒くさいにゃー、ひたすら調合と錬金だけやってたいにゃー、誰か養ってにゃー」とぼやいていたのを思い出す。

 

 ただ――――――リオにとっては昨日の事でも、当のメリィにとっては実に七年も前のやり取りである。

 その事を想像して、リオは一抹の寂しさを感じた。

 つい昨日まで、こんなことになるなんて思いもしなかった。

 今は七年という突然に挟み込まれた歳月が、二人の間に横たわっていた。

 

 「………なんなら会ってみるか?」

 「い、いいんですか?」

 「気にするな。うちの屋敷の常備薬は彼女の工房(アトリエ)から買っている。在庫の補充をそろそろしたいと思っていたしな、そのついでだ。」

 「………………。」

 

 提案に対してリオはしばらく考える表情をした後、頷いた。

 ヨアヒムから聞いた話はあくまでこの世界の人間の目線から見たプレイヤーに対する話であった。

 それに対して同じプレイヤーがこの『ゲームの現実化』という異常事態をどう捉えているのかという情報はどうしても必要だった。

 この世界の人間にはできないメタ的な視点から見た意見を聞くことができるだろうというのが重要だ。

 

 具体的には――――――現実に帰れる(ログアウトできる)のかどうか。

 

 「よし、そうと決まれば話は早い。オレの方から彼女に手紙を書いておく。数日のうちには屋敷に来させるとしよう。ゆっくりと旧交を温めてくれ。」

 「どうもありがとうございます。何から何まで………。って………数日のうちに屋敷に来させるって………私がこの屋敷に滞在するのが前提のような話に聞こえますが。」

 「うん?オレは最初からそのつもりだったんだが。」

 「えぇ………ですけどそこまでお世話になるのは。」

 「食事は毎食、うちの料理長(シェフ)に美味いのを作らせるが。」

 「うぐっ。」

 

 人から一方的に世話になることに抵抗感を覚えるリオだったが、そこを狙いすましたかのようにヨアヒムは『美味しい食事』というカードをちらつかせた。

 その瞬間のリオの表情の揺れ動きが面白くて、彼は内心でくすくすと笑っていた。

 

 「まぁ、そうだな。世話になりっぱなしが性に合わないって気持ちはわかる。なら、そうだなリオのこっち(・・・)での身の振り方が決まるまで、ということでいいか。」

 「身の振り方………ですか。」

 「何をして生きていくか、と言い換えてもいいが。」

 

 今すぐに決めろとは言わないさ、とヨアヒムはそう締めくくった。

 その言葉を受けてリオは手元のコーヒーカップに視線を落として考えに耽る。

 そうこの世界はもうゲームではない。生活の余暇に行う遊びではなく、生きる場そのものである世界。

 生業――――――生きる為に何をするのか。何をするべきなのか。

 

 「時間はたっぷりある。好きなように考えてくれ。」

 「………………はい。」

 

 リオは残ったコーヒーを飲み下し、カップを皿の上に置いた。白い陶器同士が触れ合ってかちん、という涼やかな音を立てた。

 既に食べるものも飲むものもなくなったし、お腹も膨れた。今、聞くべきことも粗方聞いた。――――――そう判断したリオは「ごちそうさまでした」と言って席を立つことにした。

 そして金色の髪を揺らして丁寧に頭を下げて、ヨアヒムに礼を言い、メイドに付き添われてダイニングから出ていった。

 その様子をヨアヒムは手の中でワイングラスを弄びながら見送った。

 

 「さて、新しいプレイヤー………吉と出るか凶と出るか………。」

 「不躾ながら、お言葉をよろしいでしょうか伯爵様。」

 「構わん。」

 

 独り言を呟く伯爵に声をかけたのは、彼の背後に終始影のように寄り添っていたメイド長のテオドラである。

 彼女は眼鏡の奥の感情を伺わせない黒いガラスのような瞳を主人に向けて発言した。

 

 「あのお客様――――――リオ様は伯爵様のご愛人ということでよろしいのでしょうか?」

 

 ウンカラ族ばりの淡々とした無表情で投下されたその爆弾発言に、同じ室内にいた使用人が内心で一斉に噴き出した。よく訓練されているがゆえに無様を晒すものはいなかったが、多くの者たちが顔の筋肉を痙攣させて奇妙な表情を作っていた。

 そして当の伯爵自身は端整な顔にげんなりとした表情を浮かべ、グラスに残ったワインを飲み干しながらメイド長に呆れた視線を向けた。

 

 「どうしてそうなるんだ………。」

 「伯爵様が邸宅にお客様、特に女性を宿泊させる際は多くの場合において肉体関係にあられることが多いからです。」

 「否定はしないが、オレはロリコンじゃねーぞ。」

 

 嘆息するヨアヒム。

 確かに、彼が多くの女性と関係を持っているのは確かだ。純粋(?)に女性との関係を楽しんでいることもあれば、人脈を結ぶ一環という下心から手を出したこともあるが――――――少なくともあのリオような、幼げな少女に手を出す趣味はなかった。

 彼女を拾って屋敷に連れ込んだのも、純粋に保護する目的であってそこにやましい気持ちはなかった。

 

 なお、ヨアヒムの趣味の一つが女遊びであることは彼に関係するものもよく知る事実であった。それ故に彼の周囲には彼にお近づきになりたいと考える女性が数多と存在していた。

 特に彼が未婚であるというのがその周囲の反応に拍車をかけていた。玉の輿を狙う人々、伯爵家の血縁になりたい人間はいくらでもいるのだ。

 そうした自信を取り巻く状況を理解したで、それらを利用して自身の利益に結び付くような立ち回りをしている辺り、ヨアヒムという男は相当なやり手ではあった。

 

 「はい。伯爵様が幼女性愛者ではないということは存じておりますが、突如性癖が開拓されたという可能性もございます。また、リオ様が『プレイヤー』であられるという事実を鑑みた場合、将来的な利益を見込んで手を付けておく(・・・・・・)というのも選択肢としてあり得ると愚考した次第であります。」

 「前者は論外としておくとして、後者に関してはオレも考えた(・・・・・・)んだが、正しく愚考だな。あれは男に触れられることに忌避感を覚えるタイプだと踏んでいる。単純に緊張していただけっていう線もあるにはあるんだが………。」

 

 控えめに言って、ヨアヒム・クラートフ伯爵という男はモテる。そして本人もそれを自覚している。

 ワインレッドの艶やかな赤い髪。均整の取れた体つき。端整な顔立ちに浮かぶ優し気な笑み。少年のような稚気を浮かべる榛(ヘーゼル)の瞳。加えて二十代後半で領地の発展に心を砕く有能な若き伯爵であり、かつ独身。

 おまけに紳士として女性の扱いにも慣れているとあっては、どのような女性からも関心を買わずにはいられない。

 

 言葉も覚束ない童女の初恋から、若い燕と遊びたい貴族のマダムに財産狙いのハイエナのような女まで、自らに言い寄ってくる女性の在り方というのは熟知している。

 そのヨアヒムの目からみて、リオが自身の事を異性として懸想しているような態度は全く見られなかった。

 まだ幼いが故に男性に触れられることを拒む潔癖さかもしれないとも思うが………なんとなくそれとも違うようなものを直感していた。

 

 つまりは現時点で脈なし。

 自分よりは夕食のステーキの方がよほど好感触だったくらいだ。

 

 「それに、縁故を保っておくにせよ、オレから彼女にそういう風(・・・・・)に手を出すことはないさ。余計なことは考えず、普通に客人としてもてなしてくれ。」

 「畏まりました。」

 

 この話はこれでおしまいだ、と言う風にヨアヒムがぴしゃりと言い切るとテオドラは恭しく頭を下げた。

 

 この伯爵にとってみればリオ・オーガスタという客人は(言い方は悪いが)たまたま拾った猫のようなものだった。

 容姿は愛らしく、夢中で食事に勤しむ姿は微笑ましい。しかし、それに対して性的な目を向けることは考えもしなかった。

 

 (まぁ、懐いてもらえればそれに越したことは無いんだが。)

 

 そう思いながら彼は空になったグラスを卓の上に置いて、使用人に片付けるよう指示を出したのだった。

 

 

 

 

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