※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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ep.7 Good Evening, Good Night

 

 

 「こんばんは、初めまして!ご主人様からリオ様のお世話係を仰せつかりました、アンネ・ニアンナといいます!気軽に何でもお申し付けくださいねっ!」

 

 ん?今何でもって言ったよね?

 …………というのはジョークとして。

 

 晩餐を終えてダイニングを辞した私の前にいるのは一人の小柄なメイド服の女の子だった。

 濃い赤茶の煉瓦色のふわふわとした髪の毛の少女で、背丈は私よりも頭半分小さいくらいだろうか。

 幼女というか童女と言って差し支えないくらいの少女だ。

 

 「アンネちゃんですね。お仕事ご苦労様です。えらいですね。」

 「わわっ、あのっ、ちょっとリオ様っ!私の事子供だと思ってませんか!?」

 

 少しかがんで目線を合わせて、頭を撫でてあげる。こんなに小さいのに仕事を頑張って偉いなぁ。

 でも見たところ小学校低学年か、それくらいの女の子がこういうお屋敷で奉公しないといけない背景事情に少し思う所もあるが。

 

 しかしながら彼女は頭を撫でられるのに不服の様だった。

 なんだろう。お年頃というやつなのだろうか。

 

 「私、こう見えてもちゃんと大人なんですからねっ。」

 「そうですね。えらいですね。」

 

 えへん、とドヤ顔で胸を張るアンネ。

 そうそう、子供ほど大人に憧れるし、大人から子ども扱いされたくないものなのだ。

 生意気とは思わない、むしろおませさんだなぁ、と微笑ましい気持ちになる。

 私も大人としてその辺りの機微を組んであげないといけない。

 

 「うぅ………その生暖かい視線………。いいですよ、もう………。私なんてどうせ一生ちんちくりんの小人族(リトルフット)ですよぅ………………。」

 「えっ、あっ。しまった。」

 

 肩を落として暗い表情で俯いてアンネが落ち込んでしまった。

 ぶつぶつと低い声での呟きは普通なら聴き取りづらいのだろうが、私のスキル補正で高性能な聴覚はばっちりと内容を捉えてしまった。

 

 ついつい意識の外に外れてしまっていたが、この世界には地球での人間と同じ身体構造を持つ汎人(ヒューマン)を含んだ数種類の種族によって『人間種』が構成されている。

 小人(リトルフット)もその一つで、彼らは名前の通り成人しても汎人(ヒューマン)の子供くらいの背丈にしかならないのが特徴だ。

 そのせいで人里に暮らすリトルフットはヒューマンの子供と勘違いされて就労に苦労したり、変な目で見られたりと色々と苦労があるという設定だが………どうやら私は思いっきり地雷を踏み抜いてしまったようだ。

 

 「えーと、アンネさん。すみません、その、お屋敷にいるのが皆さんヒューマンだったもので………思い至らなかったと言いますか………。」

 「いいえっ、いいんですっ!見た目で侮られるのは慣れていますからっ!――――――ですのでここはメイドとしての仕事ぶりをご覧いただいて立派な大人だと証明するまでの事ですからっ!!」

 「あっ、はい。すみませんでした………。」

 

 謝っていたらいきなり腕を振りかざすようにして復活したアンネ。

 ふんす、と鼻息荒く気炎を上げる姿はやる気に満ち満ちていた。

 なんだろう。この子はテンションの上下が激しいタイプの様だ。

 

 「ではでは、早速ですがリオ様をお部屋にご案内いたしますっ!」

 「よ、よろしくお願いします。」

 「逸れないようにご注意くださいっ!」

 「逸れるような複雑なルートなんでしょうか?」

 「いいえっ!」

 「………。」

 

 ………そうでもないんだ。

 

 内心でなんだかなぁ、と苦笑していると、当のアンネはキビキビと歩を進めて廊下を先行していた。

 彼女の先導に合わせて私も廊下を歩いていった。

 

 ………ちなみにちらりと周囲を窺うと、他の使用人が微笑ましいものを見るような目で我々のやり取りを見守っていた。

 どうやら他の使用人から見てもアンネはマスコットめいた扱いの様だった。

 

 

******

 

 

 「こちらがリオ様のお部屋になります。何分急なご来訪でしたので、お部屋の準備で至らぬ点がございましたら何なりとお申し付けくださいっ。」

 「………………いえ、どうぞ、ご心配なく。」

 

 うん、確かに予約も無しでの急な客だものね。こちらとしても申し訳ないと思っている。

 時系列を鑑みるに準備をする時間は私が食事をしている間だけだったのだろうし、用意してくれた人には迷惑をかけただろうな、と思う。

 

 ………なので、部屋のチョイスに関して私から文句や注文を付けるのは憚られた。

 

 「えーと………その、可愛らしい部屋ですね。」

 「ありがとうございますっ。このお部屋は元々、ご主人様――――――クラートフ伯爵様の従妹に当たるお方が使われていたお部屋になりまして。従妹様がお屋敷を離れられてからはご本人の許可も頂いてこのようにして客間として使用いたしております。」

 「なるほど………。」

 

 私はうんうん、と頷いた。

いつ従妹さんが屋敷を出たのかは知らないが、結構前の話なんだろうなー、と思う。

 こう、立派に大人になった女性が使うにしては若干、少々、………いや結構、抵抗があるタイプの部屋だ。

 

 ベッドの上にはレース付きの天蓋。カーテンやらソファやらは花柄。

 床を覆うカーペットはふかふかした踏み心地で、色はストロベリーピンク。

 お茶用の小さめのテーブルと椅子が部屋の窓際に置いてあり、いずれも細かく花をモチーフにした装飾や彫り物がしてある。

 部屋の隅には化粧台やらなにやらあるがこちらも苺を思わせるカラーリングとデザインの装飾。

 ついでにベッドの上やらソファの上にはパステルカラーのクッションやらぬいぐるみやら………。

 

 うん、どうみても少女用です本当にありがとうございました。

 

 「本当に申し訳ありません。リオ様のお召し物を拝見させていただいて、青や紺といった色合いがお好みなのは存じ上げているのですが、そういった色合いの装飾の部屋がこのお屋敷には少ないものでして………。」

 「んー、あー。大丈夫です。十分素敵な部屋です。可愛いですよね、ピンクも。えぇ。」

 

 隣でアンネが申し訳なさそうにしている。私の服装を見て、私の趣味に合いそうな色合いの調度品が少ないかったことに忸怩たる思いを抱いているようだった。

 だが、私が言葉に詰まっているのは色の問題ではなく、部屋のパステルカラーっぷりやらレースのフリフリっぷりやらといった少女趣味っぽい所にあるとは思いもよらないようであった。

 

 いや、しょうがないことではある。

 実際リオ(私)が着ているのはフリルで飾られた暗青色のジャケットとスカートに、青い薔薇の花飾りやらと、かなり可愛らしさを重視したものである。

 ただし、それは了(俺)が『リオに似合う』と思って着せている(・・・・・)ものだ。

 了(俺)の日常生活の調度品にまでそういった可愛らしさを持ち込むなど考えもよらない。

 

 この世界においてリオ(私)と了(俺)が不可分であるという事実がここに来て重くのしかかってくる。

 しかし、かといってここで「チェンジで」などと言い出す横柄さがないのが私だった。

 せっかく伯爵の厚意で泊まる場所を用意してくれているのだからそれにケチをつけるのはためらわれたのである。

 我ながら感性が小市民だった。

 

 内心での葛藤を押しつぶしながらここに泊まることを了承し、部屋に関する説明を受ける。

 トイレ、洗面台は完備されているが、シャワーや風呂場はついていない。浴室は別のところにあり、使用人に連絡して用意してもらう必要があるようだ。………というかこの国では頻繁に風呂に入る習慣がないのでお湯で体を拭くくらいで済ませることが多いらしい。マジか。

 また、部屋には暖炉が備え付けられていた。今の時期は夜寒いのでお世話になることも多いだろう。実際に火を付けるのは使用人、この部屋だとアンネの仕事になるようだが。

 

 「暖炉の他にも、寒いときにはこの湯たんぽなどお使いください。抱っこして寝るととても暖かいですよっ!」

 

 そう言って彼女が差し出してきたのは熊のぬいぐるみだった。外装がぬいぐるみで中に湯たんぽが入っている作りになっていらしい。

 可愛いデザインですね、と口で言いつつ、内心では「使う時は外装から引っ張り出して中身だけ使おう」と決心する。

 この年(二十六歳、精神は男性)でぬいぐるみを抱いて寝るのはプライドが軋む。そりゃもう、ギシギシと。

 

 「では、僭越ながら私が体をお拭きしますね。準備をさせていただきます。」

 「へ?」

 

 一通り部屋についての説明が終わったらいきなりアンネにそう宣告された。

 体を拭く?いや、まぁ、寝る前に汗を流すのは当然だけど………シャワーのためにお湯をわざわざ沸かせる手間をかけさせるのも心苦しいので、拭くくらいで済ませるならそれでいいんだけど………。

 

 「い、いいですって!自分で拭けますから!

 「いえいえ、恥ずかしがらずともっ!これも使用人としての務めですからっ!」

 

 恥ずかしがらずとも、って十分恥ずかしいわっ!女性の前で裸になるとか二十年ぶり(母親以来)だぞ!

 ………とそのように叫びたいのも山々だったがやたらと大張り切りなアンネのやる気に水を差すこともできず、そのままズルズルと押し切られる私だった………。

 

 お湯の用意してきますからねー、と言ってアンネは洗面所の方へと姿を消した。

 それを見送った私はため息を吐いてから、左手の端末に視線を落とした。

 

 「………よし。」

 

 わざわざ口に出して気合いを入れる。

 その必要があった。

 

 ――――――ところでだが『The Unlimited Horizon』というゲームは全年齢対象のゲームだ。いや、具体的には年齢制限はあったはずだが、詳しくは覚えていない。

 重要なのはR-18仕様ではなかったということだ。

 なので、成人指定に値するような――――――性的な要素はゲーム中では極力排されていた(軽い下ネタや、彷彿とさせるような表現はあったが)。

 プレイヤー自身もそうした性的な要素を含んだ行いをすると運営から直接警告が入ることがある。………その辺のR指定ギリギリのラインを攻めることに生きがいを見出していた変態どももいたが、別の話である。

 

 さて、そういうわけで――――――ゲーム時代において、プレイヤー(P)キャラクター(C)から装備をどれだけ剥いでも裸にはならなかった(・・・・・・・・・)のである。

 

 そして今、私は体を拭くために――――――全裸にならなくてはいけない。

 この体(リオ)の初めての完全脱衣。

 そのことに嫌が応にも高ぶりと、恥ずかしさを感じる。

 

 うん。あれだよ。確かにゲーム時代に『リオ』というアバターを見てその艶姿を想像しなかったと言えば嘘になる。

 が、何処か俯瞰的(・・・)に一歩引いたところでそう考えられていたのは今や昔の話。

 リオと自分が完全に不可分になっている現状では――――――自分の裸を妄想して興奮する変態野郎の一丁上がりである。

 

 なんだそれめっちゃ恥ずかしい!ナルシストか!!

 確かナルシストっていう単語の元ネタになったやつってギリシャ神話だったよな。水鏡に映った自分の顔に恋しちゃった奴。

 うわぁ、ほとんど今の自分だよ。うわぁ。

 でもしょうがないよね、リオ(私)って了(俺)の考えた理想の美少女像だし………。

 ナルシストになっちゃうのもしょうがないよね………。

 

 「よし、いくぞ………。」

 

 頭の中が混乱で沸騰しそうになっているところに喝を入れて、端末を起動させる。呼び出したのは『装備』のメニューだ。

 画面を起動させると中空に現在のリオ(私)の3D映像がフィギュアのように表示されていた。

 この状態で装備品を選択して横のウィンドウに放り込めば、アイテムボックスの方に仕舞い込むことができる。

 とはいってもそれは普通の装備の話。現在の私の装備一式――――――フリルジャケット、スカート、ブラウス、タイツ、革靴、手袋、ピアス、髪飾り――――――はまとめて一つのコーディネートとして一括登録されている。

 なのでメニューの隅にあるアイコンをタップして『現在のコーディネート』から『装備を一括して外す』を選択して一斉にアイテムボックスの中に仕舞えば………………。

 

 「あっれぇー………?」

 

 メニューに表示されているボタンをタップしてもうんともすんとも言わない。

 返事がない、ただの機能停止のようだ………。

 

 「………………。」

 

 無言でボタンを外して、ジャケットを脱いでその辺の椅子に引っ掛けておく。

 すると画面上に表示されているリオ(私)の3Dモデルからもジャケットが消滅した。

 もう一度着直すと同じように3Dモデルもジャケットを着直した。

 

 「………………………これ、いちいち全部着たり脱いだりしないといけないやつだ。」

 

 なんて面倒くさい仕様なんだ!誰だこんな改変、というか改悪をしたやつは!責任者出てこい!

 ………と叫んでも意味はないことはわかっているので、そこはぐっと堪えた。

 一気にパッと全部脱いでしまえればまだマシだったのに、一枚一枚脱いでいく羽目になるとは………これじゃあまるでストリップショーだ。

 あぁ、もう意識すればするほど恥ずかしい。

 

 頭から火が出そうな気分で、もたもたと服を脱いでいく。

 そしてちょうど「スカートってどうやって脱ぐんだ?ホックとかあるのか?」と四苦八苦しているところにアンネが戻ってきた。

 彼女が持っている大きい木製の桶(バケツ)の中には温かそうに湯気を立てるお湯が並々と張られていた。

 

 お湯が沸くのが意外に早いな、と思って聞いてみると、水の中に投入することで反応し、熱を発生させて水を湯に変えるアイテムがあるらしい。

 なんでも『熱素剤』というものだそうで、見せてもらうと一見何の変哲もない洗剤の粉のようなものだった。

 これもこの十年内で開発されて日常生活のお供として広く普及している錬金術のアイテムだそうだ。

 ………なるほど、生活に密着したアイテムに需要が存在するというのはゲーム時代からの大きな変化なのだな。

 

 ちなみにアンネは同じようにお湯を使って湯たんぽの準備もしてくれていたらしい。

 ありがとう。でも、そのぬいぐるみの外装は後で剥がす。

 

 「では、私の方の準備はできましたので、お着換えのお手伝いをさせていただきますねっ!」

 「えっ、ちょっ」

 

 そういうわけでやたらと気合の入っているアンネに押し切られ、私はあれよあれよという間に残っていた服を引っぺがされ、裸に剥かれた。覚悟を決める間もなかった。

 アンネが入ってきた瞬間に画面は閉じたが、今メニュー画面を開けばそこにはリオ(私)の生まれたままの姿が表示されているのだろう。

 

 そして生身の私はと言えば興味半分、恥ずかしさ半分で身動きが取れないでいた。

 少し目線下げれば、陶磁器のように眩しい少女の白い肌が視界に入ってくる。

さらにはささやかながらその存在を主張する丸みを帯びた胸も、である。

 自分一人であれば、恐る恐るといった風に目線を落としてみたり、感触を確かめてみたり、といったことができたのだろうが………生憎と私はこの部屋において一人ではない。それが非常に恥ずかしい。

 

 自分で自分の裸を見て恥ずかしがっている様を見られて恥ずかしさが込み上げてくる、という入れ子構造めいた羞恥で頭が半ばパニックになっている私。

 だが、そんな私を尻目にアンネは何やら難しい表情をしていた。

 ――――――私の下着を両手で掲げながら。

 

 「リオ様――――――恐れながら、下着の類は他にお持ちでしょうか?」

 「し、下着ですか?」

 「下着ですっ!」

 

 ヒューマン最低水準クラスの私よりも背の小さいリトルフットの女性から、その体を一回り二回りと巨大に見せるよくわからない圧力が発せられている。

 なんとなく爆発寸前の活火山めいた何かを感じる。

 それに気圧されながら、私は何とか返答した。

 

 「下着の類なら、その、靴下とかタイツとかが他にも幾つか………。」

 「ブラはっ!?ショーツはっ!?」

 「も、もってないですっ!!」

 「キィエェェェエッッッ!!!!」

 「ひぃっ!?」

 

 突如としてアンネが奇声を上げて天を仰いだ。ヴォルガノ火山島に生息する紅蓮大鳳(クリムゾンバード)の嘶きを彷彿とさせる怪鳥音であった。

 私は思わずドン引きして後ずさる………が、ぐわしっ!と音が立つような勢いで腕を引っ掴まれる。

 

 「ダメよダメッ!!絶対ダメッ!!こんなッ、こんな可愛げも色気もへったくれもない野暮の極みみたいな布キレ着てたら絶対にダメよッ!!特にリオちゃんみたいな美少女がッ!!」

 「ア、アンネさんっ?」

 「お洋服も髪飾りも素敵よッ!デザインも手触りも素材もすっごい上等で可愛いし、可愛いかと思いきや実はちょっとセクシーみたいなそんな感じに纏まってて凄い似合ってるわよッ!!」

 「あ、ありがとうございますっ?」

 

 あー、はい。可愛いと褒めて貰えるのは素直にありがたいと思う。

 リオというアバターは了(俺)が恐ろしいほどに手間暇かけて(具体的には丸一昼夜)かけて設定した理想の造形だ。

 その上で今の装備一式は職人と綿密な協議の末にデザインした自慢の一品だ。

 『上着の袖はフリルで広がらせて可愛らしさを演出しつつ萌え袖のような過度な長さを廃することで腕を上げた際に生じる手袋との境目に生じる手首の露出に着目すべし』だとか『ガーターベルトストッキング着用時において常時の太腿見せなど愚者の戯言、動きと共に翻った瞬間スカートの裾から僅かに覗く柔肌の白とガーターのラインが打ち建てる想像の階(きざはし)こそが真理へと至る道』とか熱弁する職人(変態)との会議が今や懐かしい。

 そんな苦労を重ねて作り上げた外見を『可愛い』と言ってもらえるのはうれしいと思う(気恥ずかしさも無論あるのだが)。

 

 だが、

 

 「でもッ!でもッ!!ガーターベルトまでつけてて肝心の下着の上下がこれじゃあダメでしょおぉぉぉぉッッッ!!!!」

 「あぁ………、で、でも、その、事情が………。」

 

 べっちーん、と哀れな音と共に私がさっきまでつけていた下着の上下が床に叩きつけられる。

 下着のデザインは………まぁ、野暮ったいと言えば野暮ったいのだろう。

 上はタンクトップなんだかスポーツブラなんだか………といったような趣で、下はパンツというかスパッツに似たような手触りと外見のものだった。

 

 これはゲーム内でのデフォルトの衣装だ。

 下着の着せ替えまで実装すると、必然的に一回アバターを裸にする必要があるわけで………。必然的にR-18行為を戒めている『UH』はそのシステム上、下着だけは弄れないのである。

 職人(変態)は以前、「これは俺にうさちゃんぱんつを作らせまいとする運営の陰謀、やはり運営はクソ」とかほざいていたような気がする(クソなのはアンタの頭の中だ)。

 アイツら今何をしているんだろう………。

 

 「デモもストも無いわよッ!!いいリオちゃんッ!!下着っていうのは女の子の最終決戦武装(ファイナルリーサルアームズ)なんだからねッ!!外から見えないところだからって妥協してたらいざという時に死ぬわよッ!!!!」

 「いざっていう時ってどんなですかっ!?っていうか死ぬんですか!?」

 「いざという時はいざという時で死ぬときは死ぬときよッ!!」

 「ひぃ………っ!!」

 

 がしぃっ、両手で私の肩を引っ掴んでがくがくと揺さぶってくるアンネ。

 最早可愛らしくて仕事のできる小人(リトルフット)のメイドさんの面影は完全に吹っ飛んでいた。

 キャラ崩壊しすぎである。

 

 「せっかく………せっかくあなたは可愛いんだから、おしゃれに妥協したらダメよ、リオちゃんッ!でないと、せっかく美少女に生んでくれたあなたの親に申し訳が立たないわよ………ッ!!」

 「あっ、はい………。善処します………。」

 

 こんな美少女に作ったのは自分です、などとは口が裂けても言えなかった。

 

 

******

 

 

 それから私はアンネに全身を丁寧に、念入りに洗われた。

 せめて前だけは自分でやるから、と半泣きで懇願しても駄目だった。

 どうやら彼女の中で変なスイッチが入ってしまったらしく、据わった眼で「全身きっちり、くまなくお手入れいたします」と言われては最早抵抗の余地などなかった。

 

 美術品の埃を払い取るかのような恐ろしく繊細かつ入念な、執念さえ感じるほど手つきで全身を拭かれていく。

 それがくすぐったいやら恥ずかしいやらで、もう頭がどうにかなりそうだった。

 ついでに体を拭くためのタオルには香水のようなものが振ってあったようで、汗拭きが終わったときには私の体から仄かにアロマな香りが立ち上っていた。

 

 それから手渡されたのは私の今晩の寝巻だった。

 ふんわりとしたデザインの白のワンピース………というかネグリジェで裾の辺りのレースの刺繍やら何やらがやたらと細かくて、私は値段が高いんだろうなぁ、とか場違いなことを考えて現実逃避していた。

 無論のことながら一緒に下着も着せられた。シルクのキャミソールと揃いのデザインのショーツである。

 今はこれくらいしかないけど我慢してね、などと言われたが、私に文句はなかった(何か言う気力がなかった)。

 肌触りと着心地は存外良かったのでもう当分これでいいよ、などと言ったらどうなっていたのか想像もできない。

 

 ついでに「リオちゃん専用の下着を作ってもらいますから!」と言い出したアンネによってスリーサイズを巻き尺で測られた。

 その頃には無の境地に入ってされるがままとなっていた私である。もうどうにでもなれ。

 

 そこで終わってくれればよかったのだが、まだやることがあると言われて内心で呻く。

 

 今度は髪の毛の手入れだった。

 椅子に人形のように腰かけた私の髪の毛を手に取って、お湯に濡らしたタオルで表面の埃を取るように丹念に拭っていき、さらに水分を取るように乾拭きしてから櫛を入れてさらにトリートメントを薄く延ばしながら塗り込んでさらに櫛を………………。

 正直この一連の作業だけでどれだけ時間がかかっていたのかあまり思い出したくないし考えたくない。

 とにかく一番印象に残っていたのが、私の髪の手入れをしながらアンネが「髪の毛こんなに長いのに凄いサラサラでツヤツヤ、アレンジし甲斐がありそう」、「肌もツルツルで染み一つないし信じられない、どんなドレス着ても絶対似合う」、「バストは意外にあるわね、お屋敷にある着替えの胸元確認しとかないと」とか延々とブツブツ呟いていたことだ。

 最早ホラーである。正直泣きそうだ。

 

 「お疲れ様っ!本当はあとお肌のケアとかもみっちりやってあげたいんだけど、そこまでの準備がないから、今夜はここまでっ!このお屋敷にいる間は私があなたの専属だからねっ、これを機会に私が隅から隅までお手入れしてリオちゃんを素敵なレディに仕立て上げてあげるわっ!!」

 「あ、はい………………。どうも………………。」

 「じゃあ、私はここで失礼するけれど夜更かししちゃダメよ?夜更かしは美容の大敵なんだからねっ!!おやすみなさいっ。」

 

 ――――――そうしてアンネというメイドは私の部屋から立ち去っていった。まさしく嵐のような時間だった。

 途中から彼女、完全に敬語やら抜けていたが大丈夫なんだろうか。それでいいのか伯爵家のメイド。

 

 「つ、疲れた………。」

 

 身体的なものもあるが、精神的な疲労が色濃かった。

 湯たんぽ内蔵ぬいぐるみを抱えてベッドに倒れ込む。

 ぼふん、と私の体を受け止めたベッドのシーツはふかふかと柔らかく、ついでに心なしかフローラルな香りまでして癒し効果抜群だった。

 あー、これはやばい。人をダメにするタイプのベッドだ。春眠暁を覚えない系の寝床だわ。

 

 「色々とあったな、今日は………。」

 

 ぽつり、と呟いて掌をかざす。

 部屋の明かりは落とされて、カーテンの隙間から差し込んでくる青白い光がベッドの上の私を照らしている。

 

 その存在を確かめるように、何度か掌を握っては開いてを繰り返す。リオ(私)の小さく細くて柔らかい、少女の手がそこにあった。

 VR空間だった頃に感じていた、僅かな感覚の齟齬もそこにはない。正真正銘、自分のものとして感じられる、私の手。

 

 その手を――――――おもむろに下ろして自分の胸に当てる。

 

 「………………ちょっと痛いな。」

 

 むにむに、と胸元に今は確かに存在する、かつてはなかった脂肪の塊を揉んでみる。

 寝巻と下着越しに感じる、その張りの強いマシュマロみたいな感触には感動すら覚えるが――――――少し力を入れて指を沈めると奥の方に痛みを感じる。

 まだ芯のあたりが硬いような感じだ。青い果実というべきか。

 

 「まさか女になってしまうとは………。」

 

 指先でぷにぷにと自分の胸の感触を楽しみながらそう独り言ちる。

 ゲーム時代にこの『リオ』というアバターを使っていたときは、何処か客観的にものを見ていたような気がする。

 ………今思えばそれはある種のロールプレイだったのだ。

 

 自分の作ったキャラクターの中に入り、そのアバターを飾って楽しむこと。

 それには前提として、ゲームから現実に帰るとともに『リオ(私)』から『了(俺)』に戻るというのが条件だった。

 

 でも今はそれができない。

 寝ても覚めても、了(俺)はリオ(私)から抜け出せない。

 ゲームと現実できっちりと引かれていた一線が――――――今は、もう存在しない。

 

 「ふわぁ………ぁ。」

 

 これからどうなるのか――――――果たして現実(リアル)には戻れるのか、女として生きるというのはどういうことなのか、この世界で生きるとするならどうすべきなのか――――――色々な問題が頭の中でグルグルと渦を巻く。

 でも今一番大きな問題は、私を飲み込むような眠気だった。

 疲労困憊の体と心が早急な休息を訴えてくる。

 私はあくびを噛み殺しながら、シーツを被って枕に頭を埋めた。

 

 「目が覚めたら夢だったりしないかなぁ………。」

 

 そんなことを言いながら、眠気への抵抗を止めて睡魔に身を委ねた。

 胸元に当てた掌、その奥から響く「とくん、とくん」という心臓の音――――――この体が生きていることの確かな証を聴きながら、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なおこの後、湯たんぽをぬいぐるみの外装から引っ張り出すのを忘れて抱えたまま寝ていたことに気が付いて悶絶したり、

アンネと他のメイドとの「女三人寄れば姦しい」どころではない女子トークの末に、メイドたちが大挙して部屋に押しかけてくることということを

 

――――――私はまだ知らない。

 

 

 

 




『淑女服の三紳士』
フロラントの工房街に存在する女性ものの衣服を扱う工房の名前。
『淑女服』なのに『紳士』なのはご想像の通り、経営する職人達がネカマだからである。
男性の目線から見た夢と希望と執念と怨念と妄念と煩脳となんやらかんやらが注ぎ込まれたその衣類のセンスは流石の一言(作られた経緯と動機に目をつぶれば)。
どうあがいても変態という名の職人であり、職人という名の変態だが、衣類を専門とする鍛冶師(ブラックスミス)としての腕前はフロラント内でもトップクラス(なのがタチが悪い)。
リオの衣服はここで白熱した会議の末に作られた。
余談だが、近所には『紳士服の三淑女』なる店もあるらしい。

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