※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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回想ⅲ 巨人の迷宮

 

 

 はぁ、と少女が息を吐いた。

 外気温は極めて低いはずだが、それでも吐いた息は白くならない。

 

(確か息が白くなるのは、呼吸に含まれる水分と大気中に含まれる不純物が衝突して凝結した時……だったかな)

 

 その手の蘊蓄に事欠かない友人(メリィ)の事を思い出しながら少女は、自身が身を潜めている岩陰から周囲を窺っていた。

 寒冷地では吐く息が白くたなびくのを目印にされて隠れている人間が見つかるケースがあると聞くが、この環境ではそれを心配する必要はなさそうだった。

 

 極めて澄んでいる清浄な空気――――それこそ生物の生存が困難なレベルで含有物が希薄な大気では息が白くなる余地すらないようだった。

 

「…………。」

 

 自身の視界(インターフェース)上に表示される情報に少女は目を凝らす。

 探知系感覚スキルである『獣の六感』の効果によって、周囲の地形から風向き、動体情報から適性反応などなど……さまざまな情報を拾い上げて状況を把握していく。

 その合間に背後に背負った矢筒にアイテムボックスから取り出した矢を補充しつつ、その時(・・・)を待つ。

 

 ズシン、ズシン、と地面が揺れる。振動に合わせてパラパラ、とどこかで小石が落ちる音が聞こえる。

 表示される震源が近くを通りがかるのを確認して、彼女は岩陰から飛び出した。

 

 岩の陰から飛び出した日差しの下。開けた視界に移るのは荒涼とした大地だった。

 左右には壁の様に聳え立つ崖、少女が立つのはその合間に挟まれた渓谷の谷間であった。

 周囲の地面には滓の様にまばらな雪が被さっており、その下には峡谷の荒々しい岩と石礫だらけの大地が顔を覗かせていた。

 どこまでも険しく厳しい自然を感じさせる渓谷の風景に対し、何処までも青白く澄み渡った空の明るさがいっそのこと不気味でさえあった。

 

 そして今、隠れている場所から表へと躍り出た少女の視線の先にいるのは、一体の恐るべき巨体を持つ人影であった。

 

 巨体。

 そう、それは大きいというよりは()()()というのが適切なものだった。

 その姿形は人間に相当する構造と造形――――つまりは直立二足歩行の形態をとっていた。

 だが……その身長が実に30メートルは優に超える巨体であるならば、人間と同じ生物であるとは認められまい。

 つまり、それは巨人(ジャイアント)……その中でも強者として知られる上位(グレーター)巨人(ジャイアント)と呼称される存在であった。

 

 ただし、その巨人をしても全く上辺に手がかからない左右の崖の高さも凄まじいものであった。

 なまじ巨人が人間に酷似した造形をしている分、縮尺(スケール)の観念がおかしくなりそうな、そんな光景だった。

 

 今現在、上位(グレーター)巨人(ジャイアント)は何かを探すように周囲に注意を払いながら渓谷地帯を歩き回っていた。

 それを見て、自らの作戦がうまくいっていることを確信した少女は、左手に持つ弓に矢を番えた。

 

 ぎりぎりぎり……、と手の中で音が立つほどにたっぷりと溜め(・・)を作る。

 彼女がいる場所は巨人の探知範囲の外にある。いくら相手が警戒していたとしても、この間合いであれば十分に準備をした上で不意打ちが可能である。

 

 狙いは頭部。『鷹の目』による遠視の効果で視界がズームアップされ、巨人の頭が良く見えるようになる。

 更に『標的補足(ターゲティング)』によって対象のこめかみ部分に照準線(レティクル)が表示された。

 他にも『精密射撃』や『狩猟の極意』などのスキルを複数発動させた状態で、矢が放たれた。

 

「グ゛ ッ 、オ゛ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ッ ッ !!」

 

 少女が放った矢はさながら閃光のように宙を駆け、狙い過たずに巨人の頭に叩き込まれた。

 深々と頭部にめり込んだ矢は通常なら即死ものであろうが、生憎と相手は尋常の生物ではない。

 確かに負傷はしているものの、巨人にとっては致命打とはなっていなかった。

 苦悶の声を上げた巨人はぐるり、と攻撃が加えられた方向へと首を回した。

 その双眸が周囲の地形を睨み据えて、自身の頭に矢をあてた下手人を見つけ出した。

 

「オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ー ー ー ー ーー ッ ッ ッ ! ! ! !」

 

 ビリビリと周囲の大気を震わせる巨人の雄叫び。

 それだけで至近距離でのダメージ判定や吹き飛ばし効果、『恐怖』などの精神弱体効果も発生させる咆哮を上げながら、ビルほどもある巨体が走り始める。

 

「くわばらくわばら」

 

 そう呟いて少女は踵を返し、脱兎のごとく逃げを打った。

 日差しに照らされて白金色の輝きを見せる長い髪と、深い青色の服の裾を翻して谷間の大地を走り抜ける。

 遠距離攻撃に特化している彼女からすれば、巨人相手に距離を詰められれば逃げるしかない。

 こうして逃げに徹するのも作戦の内ではあるが、心臓に悪いのは事実である。

 なにせ彼女の背後にはビルのような巨体の大男が、地震のような地響きを立てながら走って迫ってきているのだから。

 

 そしていくら少女が早く逃げたとしても、歩幅というものには絶対的な差が存在していた。

 少女を間合いに捉えた巨人が棍棒を振り下ろせば、ミサイルを落としたかのような轟音が響き渡り、衝撃と粉塵を周囲に撒き散らしながら地面を抉り取っていった。

 

 だが、少女もさるものである。

 巨人の攻撃を躱しながら、置き土産と言わんばかりに矢を一発撃ち放ってからその場を離脱していた。

 さらに隠形スキルも使用しながら粉塵のどさくさに紛れて死角に回り、渓谷のあちこちに散らばる岩陰に身を隠した。

 

 そのまま気配を絶った少女はこそこそと息を殺しながら巨人から距離を取る。

 少女を探して周囲を警戒する巨人の隙を伺いながら、再度の攻撃の機会を図るためである。

 

 隠れる、撃つ、逃げる、躱す、そして隠れる。

 これらの一連のサイクルは既に何度も繰り返されていた。

 少女は巨人との距離を注意深く測りながら、息を整えた。

 

(今のうちに削れるだけ削っておきたいんですけどねー……)

 

 身を隠しながら心中で独り言ちる。

 鑑定スキルで確認できる巨人の生命力(HP)は目減りしてはいるが、それでも『そこそこ』といった程度のものだった。

 もとより上位(グレーター)巨人(ジャイアント)はベテランでも単独(ソロ)討伐は避けた方が良いと言われるだけの強靭なタフネスの持ち主だ。

 一撃離脱(ヒット&アウェイ)に徹している少女ではかなりの時間をかけても削りきるのは厳しいものがある。

 それに関しては安全策を徹底している故の代償として致し方ないことでもあるが。

 

(まだこっちの方角なら……問題はなさそうかな)

 

 視界に表示されている周辺情報を確認する少女。

 この渓谷地帯に存在する魔物は無論、現在交戦中の巨人一体だけではない。

 それ故に他の魔物と不用意に接敵(エンカウント)しないように、彼女は気を付けながら巨人を振り回すためのルートを作っていた。

 逃げ隠れた先に別の魔物がいて、巨人と挟み撃ちにされるような可能性は極力避けたいのである。

 

 はぁ、ともう一度息を吐く。

 白い息は出ないし、そもそも冷え冷えとした空気の温度も()()()()()()感じられない。

 それでも喉にひりつくような渇きを感じる。

 何せ相当にハードな鬼ごっこの真っ最中だ。

追いつかれれば即座にぺしゃんこに叩き潰される状況で緊張しない方がおかしいだろう。

 

 それでも作戦の関係上、かくれんぼの様に引きこもっているわけにもいかない。

 

「よし……っ」

 

 次に逃げる方角を決定し、少女は再び岩陰から躍り出る。

 再度の不意打ちの矢が、今度は背後から巨人の頭部に突き刺さった。

 

 射手(シューター)の本領は極めて長い攻撃の射程距離を生かした戦闘である。

 相手のリーチの外側か一方的に攻撃を加えることで、安定して相手にダメージを与えることができるのである。

 

 ――――ただし、遠距離攻撃ができるからと言って常に無傷で、一方的に敵を仕留めることができるわけではないが。

 

「やばっ」

 

 それから幾度も敵に攻撃を与えては隠れ……を繰り返していた少女は苦い表情を浮かべた。

 走り回っている渓谷地帯は多数の『路地』が複雑に入り組んでおり、さながら迷路のような構造になっている。

 そして今、彼女が踏み込んだ『路地』は運悪く人が身を隠せるような場所がない、だだっ広い構造になっていた。

 

 周囲に視線を走らせ、崖下の辺りに隠れられる場所がないかどうか確認する少女。

 だが、そこに辿り着くより早く、背後から地面が揺れる響きを感じるのが先だった。

 

「…………っ!!」

 

 少女が振り向いた瞬間、目に入ったのはこちらに向かって歩き出しながら、視線を真っ直ぐに向けている巨人の姿であった。

 完全に補足されている……、その事を理解した少女が逃げようとした瞬間、巨人はその手に持っていた棍棒をおおきく振りかぶり――――地面に叩きつけた。

 

 轟音が響く。

 巨人が振るった一撃は文字通り大地を揺らし――――その衝撃波は、目に見える形となって渓谷を疾走した。

 地面が捲れ上がり、砂と岩が巻き上がる、大地の津波である。

 上位(グレーター)巨人(ジャイアント)の放った地を揺らす衝撃波を放つ特殊攻撃、『グラウンドウェイブ』。

 その衝撃に巻き込まれた少女は回避を試みたものの巻き込まれ、全身をしたたかに打ち付けながら地面に転がった。

 

「あー、きっついなぁ……!」

 

 視界の端の表示に視線を巡らせる。

 先ほどの攻撃によって少なからぬ生命力(HP)を削られたのがわかる。

 回避、隠密に優れている少女だが、その代わりに防御力それ自体は大したことがなかった。

 先程の攻撃は広範囲の遠距離攻撃であったため単発の威力はさほどでもなかったのが幸いといえた。

 巨人自身の腕による攻撃の直撃を受ければひとたまりもなかっただろう。

 

 そして――――実際にその直撃を食らわされそうな状況は刻一刻と近づいている。

 少女が吹き飛ばされ、体勢を整え直しているうちに巨人はズシンズシンと土煙を上げながら、まさにその眼前に迫っていたのだ。

 

「オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ ッ ! !」

 

 ビルほどの巨体を誇るその魔物が棍棒を大きく振りかぶる。

 間近で見上げるそれはまるで今にも天が落ちてくるかのような破滅的な光景だった。

 少女はまさに振り下ろされんとするその一撃を、片手に弓を握り締めたまま見つめている。

 

 まさに万事休すというべきなのか。

 己の生存を諦めてしまったのか。

 

 否――――そうではない。

 

「そろそろ時間ですね」

 

 少女がそう呟いた瞬間、地を砕く一撃が天から降り降ろされる。

 直撃すれば死体の肉片も残らぬであろう凄絶な一撃。

 

 だが――――それは少女に届くことはなかった。

 

「待たせたな」

 

 そんな言葉と共に、一人の男が両者の間に割り込んだからである。

 雷が落ちたかのような壮絶な打撃音がと粉塵が舞い上がる。土煙が薄れたときそこに立っていたのは剣を携えた一人の騎士だった。

 男が掲げる大剣は、まるで大木を直接切り出したかのような巨人の棍棒を確りと受け止め、拮抗している。

 男は巨人に比して大きいわけでは全くない。その上背は大柄ではあるものの二メートルを超えておらず、人間の範疇でしかない。

 それでも男はたった一本の剣で天突く巨人の一撃を受け止め、少女を救ったのである。

 

 威風堂々たる緋色の外衣(マント)が、受け止めた衝撃と共に吹き荒れる風になびく。

 その姿はまるで、威風堂々たる勇者の様であった。

 

 

 ――――ただし、うさぎの着ぐるみであることを除けばだが。

 

 

「危ない所でしたよドニーさん」

「悪いなリオ。もうちょい早く来れればよかったんだが……なっ!!」

 

 大剣を手にしたウサギの着ぐるみの男――ドニーが剣を振るい、満身の力を込めて棍棒を弾き飛ばした。

 彼は自身が庇った少女――リオに声をかけながらも、目の前の巨人から目を逸らさない。

 その一撃を受け止めはしたものの、彼にとっても上位巨人は容易い相手ではないからだ。

 

「そちらの方はもう片付きましたか?」

「あっちは片付きそうなんで俺が先行してこっちに来た。そう長くは掛からねぇはずだ!」

「そうですか……なら、ここから先は本格的に討伐ですね」

 

 先ほど自身の生命力(HP)の残りを確認した時に、援軍の到着も同時に確認していたリオ。

 他の仲間たちが別の魔物の討伐に専念している間、上位巨人の囮役を買って出ていた彼女は、いよいよ時間稼ぎの時間が終わったことに発奮した。

 

 矢筒から矢を引き抜いた少女が青い服の裾を翻して、巨人の攻撃が届かない場所へと距離を取る。

 今まで散々射掛けられてきた巨人がその後ろを追おうとするが――――その前にドニーが立ち塞がる。

 

「おっと行かせねえぞ」

 

 敵対心(ヘイト)集中スキルの一種である『仁王立ち』を発動し、巨人の注意を自らに釘付けにする。

 更に幾つもの防御関連スキル――『守護者の武装(ガーダーアームズ)』、『防性要塞(ディフェンシブフォート)』、『守護騎士(ガーディアン)』等々――を発動し、相手を迎え撃った。

 

「オ゛ オ゛ オ゛ オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ オ ォ ォォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ! ! ! !」

 

 渓谷を揺らす咆哮が轟き、巨人の攻撃がドニーに向けて叩きつけられる。

 一撃、二撃、三撃と繰り返されるそれはまるで暴風のよう。

 人が虫を潰すかのように、巨人の連撃が人間を潰すために振るわれる。

 

 ――――だが、倒れない。

 

 大剣を振りかざし、外衣を靡かせて、ドニーという男は巨人の攻撃を真正面から受け止める。

 さながら暴風に晒される一本の樹木のようだ。吹き荒れる暴威に身を晒され、翻弄されるかに見えても、その足は大地に確りと根を張って不動であった。

 空気が弾け、地が揺れる音が幾度も響き渡りながら、ウサギの着ぐるみを鎧代わりに着込んだ騎士はいまだ健在であった。

 

(まぁ、その代わりにこっちも動けないんだけどな)

 

 しかしながら、上位巨人はドニーにも手強い相手である。

 現在の彼がこうしてその猛攻を正面から押しとどめていられるのは幾つものスキルの効果で防御に特化した体勢を取っているからだ。

 普段であれば、ある程度の被弾を覚悟で自身も攻撃を仕掛けるのだが、そこまでの余裕がないのが現状だった。

 

 ただしそれも彼一人でならば、という話だ。

 自身一人で出来ないことならば、それを補う別の誰かに任せればよいのである。

 

「オ゛ オ オ オ ォ ォ ォ ッ ッ !」

 

 巨人が苦悶の声を上げる。

 安全圏に退避したリオの放った矢がその頭部を的確に打ち抜いたのだ。

 今までは射っては隠れを繰り返していたが、壁役がいる今はその必要もない。

 

 存分に溜めを作り、気兼ねなく狙い、撃ち貫く。

 空気が弾ける効果(エフェクト)を纏いながら矢が飛翔し、的確に相手の急所を穿っていった。

 

 前衛のドニーと後衛のリオ。二人の連携によって巨人の生命力(HP)は的確に削られている。

 だが、攻撃手(アタッカー)が一人のこの現状では、それを削りきるまで時間がかかるのは明白だった。

 故に二人は待ち望んでいたのである。

 他の魔物達の討伐に専念していた別動隊の合流を。

 

 そしてやがてその時がやってくる。

 巨人の棍棒とドニーの大剣が打ち合う音の合間に、別の音が混じり始めた。

 遠く鳥の鳴き声の様に聞こえる微かなその音は、少しずつ少しずつはっきりと二人の耳に届き始め――――やがて明白な拍子(リズム)と音階を形作り始めた。

 スキル『梟の耳』の恩恵で、その正体と効果(・・)をいち早く理解したリオが視線を巡らせる。

 

「『アグレッサーズパレード』ですね!」

 

 聞こえてくる音楽は、吟遊詩人(バード)の使用する音楽魔法の一種『アグレッサーズパレード』であった。

 その効果を受けてリオの攻撃力と攻撃速度が飛躍的に上昇。その勢いに任せて連続で放たれた矢が巨人に痛打を浴びせかける。

 

 巨人の足止めに専念しながら、ドニーもいよいよそれを視界の端に捉えた。

 気が滅入るほどに真っ青な蒼天を戴く渓谷。その空を一羽の巨大な鳥が翼を広げ、まっすぐにこちらへと飛翔している。

 紅蓮の翼に虹色の羽を靡かせる金翅鳥(ガルーダ)、その背中に跨りながらギターをかき鳴らすのはテンガロンハットに革コートという出で立ちのエルフの男。

 そしてそこに同乗しているのは黒い胴鎧を身に纏い、鉢金を額に巻いたいかにも屈強なドワーフの男であった。

 

「ヤメス・ヘンリクセン&ガンテツ・バンジョー、友軍の救援に参上した!!只今から奇襲作戦を敢行する!!トラトラトラ!!」

「ギター鳴らしながら奇襲もくそも無いと思うんじゃがなぁ!!」

 

 ガルーダを駆る吟遊詩人のヤメスが高笑いし、戦士のガンテツが呆れ交じりに苦笑した。

 大気を裂きながら飛翔する巨鳥は減速するどころか、むしろ加速しながら巨人の方へと突っ込んでいく。

 あからさまな特攻、だが巨人はそれに対処できない。

 足元のドニーが音楽魔法の支援効果を受けて守勢から攻勢に転じ、いっそう敵対心(ヘイト)を自身に集中させたからである。

 

 その光景を確認し、ガンテツはガルーダの背の上で自身の得物を構え直した。

 

「そんじゃ、一丁逝ってくるかのぅっ!!」

「っしゃあ!!ガンテツ弾投下!!」

 

 誰が弾じゃあ、とヤメスに悪態を吐きながら――――躊躇なくガンテツはガルーダから身を躍らせた。

 飛翔の速度を加味した空対地爆弾さながらの肉弾投下。

 投げ放たれたドワーフの戦士は正確に地上三十メートル地点にある巨人の頭部にめがけて突っ込んでいく。

 

 男の右手には戦鎚(ウォーハンマー)、左手には戦斧(バトルアックス)。空中でギリリ、と得物の柄に力が籠る。

 更に『乾坤一擲』、『大打撃』、『大切断』、『兜割り』、『脳天唐竹割り』などの攻撃スキルを一斉発動。

 そしてその両腕に満身の力を込めて武器を振り上げる。

 

「む゛ん゛っ゛!!!!」

 

 ゴッシャアアアアァァァァッッ!!という身の毛もよだつような破砕音と共に、戦鎚と戦斧が同時に巨人の頭部に叩き込まれた。

 頭蓋を割り砕かれた巨人はそのままぐらりと体勢を崩し、膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。

 大地が震える音を立てながら上がる土煙を背景に、巨人を打倒したガンテツが華麗な着地を決め、武器と共に両腕を振り上げた。

 

「10点!!10点!!10点!!どんなもんじゃいっ!!」

「いいえ、5点です」

「リオちゃん酷いのぅ!?」

 

 自画自賛を決めるガンテツの近くにいたリオは、やや呆れたような表情で冷ややかな評価を浴びせた。

 格好よく決めたと思っていた彼は目に見えてがっくりと肩を落とした。

 そんな彼に対してリオはやれやれ、と溜息を吐いて弓に矢を番えていた。

 

「まぁ、今のでトドメになっていれば満点を上げていたんですけどね……。」

「マジかぁ……。儂、これだから巨人系は嫌いなんじゃ」

「私もですよ」

 

 ただでさえ此処だと体力(SP)消費が激しいのに、と悪態を吐く二人の前で、倒れ伏した巨人が再び起き上がろうとしていた。

 急所(クリティカル)ダメージが出やすく、また大きくなる頭部に渾身の一撃を叩きこまれてもなお戦闘を続行するその姿に一同はげんなりとした表情を浮かべていた。

 

「我、奇襲に成功したものの撃沈には至らず!!指令本部(ヘッドクォーター)、急ぎ指示を乞う!!」

「とりあえずパレード歌っといてください。ここからは畳みかけましょう」

「儂は殴るしか能がないんでな。援護は任せるぞい」

「そんじゃ、もうひと踏ん張りと行こうじゃねぇか」

 

 大きなダメージを与えたもののいまだ健在の上位(グレーター)巨人(ジャイアント)

 だが、それに立ち向かう面々には疲労感こそあれ、悲壮感はなかった。

 敵は強敵でこそあれ、決して絶望するような相手ではないからだ。

 

 ヤメスが上空で旋回しながらギターの弦を爪弾く。

 リオが番えた矢を引き絞って狙いを定める。

 ガンテツが両手の武器を素振りしながら歩み寄る。

 ドニーが大剣を構えて巨人の前に立ちはだかる。

 

「オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォォ ォ ォ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! !」

 

 大気が震える巨人の雄叫びと共に、戦闘の第二ラウンドが始まった。

 

 

******

 

 

「っしゃー、全員集まれー。HPとMPとSPの回復するぞー」

「はいはい、それじゃあ私『クレイドル』張りまーす」

「誰か僧侶(プリ)回復お願いー。HP赤くなってるー」

「一番ヤメス。『ナイチンゲールセレナーデ』歌います」

「じゃあオレ、タンバリンやるわ」

「じゃあおれ、カスタネットやるわ」

「じゃあ自分、腹太鼓やるわ」

「なんでみんな打楽器なんだよ……」

「突っ込むところそこじゃないだろ」

「誰かポーション余ってるやついないかー?」

「前衛は優先して回復してくれ。まだまだこれからだぞー」

 

 しばらく後、上位(グレーター)巨人(ジャイアント)の討伐が行われた場所では十名前後のプレイヤー達が(たむろ)してワイワイと騒ぎ立てていた。

 巨人を始めとした魔物達との激戦はかなりのベテランともいえる彼らにとっても大いに消耗するものであり、今は一時的に場の探索を止めて回復に専念しているところであった。

 回復効果を拡大する神聖魔法『ホーリークレイドル』と持続回復を行う音楽魔法『ナイチンゲールセレナーデ』の効果範囲内で、プレイヤー達は各々のステータスを確認し合いながら魔法や薬品で回復を掛け合っていた。

 

 その輪のギリギリの範囲内で矢を拾い集めている少女がいた。

 腰ほどにある長い金髪は日の光を受けて白金色にも見え、少女が荒れ地を歩くたびに風に波打って光を散らしていた。

 

「ほいよ、リオちゃん。儂も拾えるだけ拾っといたぞい」

「ありがとうございますガンテツさん。お手数おかけします」

「なに、構わんよ。こいつの討伐のMVPはリオちゃんじゃからな」

 

 一掴みほどの矢を抱えて彼女に話しかけてきたのはドワーフの戦士であるガンテツだった。

 射手の少女であるリオは受け取ったものと自分が拾ったものを合わせ、まだ使える矢を検分し始めた。

 もう使えないと判断したものもアイテムボックスに選り分けて収納しておく。大抵の場合、鏃の耐久値が下限に達しているだけなので、その部分を交換すればまた使えるようになるからだ。

 とはいっても、現状はそれだけのことをやる余裕はないが。

 

「今回のはお前さんに負担をかけて悪かったのう。体力(SP)は大丈夫じゃろうか?」

「まぁ、ボチボチと言ったところです。休みを入れながら、足止めと引き離しに専念していましたからね」

 

 そう言ってリオはアイテムボックスから体力回復用のポーションを取り出して飲み下した。

 仮想現実(VR)空間であるがゆえに味覚は作用していないが、代わりに視界の端に表示されている体力(SP)のゲージが目に見えて回復していった。

 

「とは言っても予想していた以上に消耗が早いですね。早くも在庫が不安になってきました」

「儂もじゃ。……特に体力(SP)周りは戦士系にとっては死活問題じゃからな」

 

 ガンテツもそう言いながらポーションの蓋を開けて飲み下している。

 野伏(レンジャー)のスキルで継戦能力に優れた能力を有しているリオに対して、純戦士(ウォリアー)で瞬間火力に特化しているタイプのガンテツはかなり消耗が激しかった。

 しかしそれでも戦闘時に出し惜しみをしていればあっという間に死が見える難易度なのがこのフィールドである。

 

 ――――『巨人の迷宮(ギガントメイズ)』。

 オリエス大陸最難関と言われるフィールドの一つ。

 雲海を遥か下に見下ろす超高原地帯の上に連なる山と谷が織りなす天然の迷宮である。

 『The Unlimited Horizon』のゲーム上では高地という環境の厳しさが体力消費の増大という形で表されているが、特にこの『巨人の迷宮』は世界最高峰と言われる高原地帯であるがため、その消費倍率は尋常ではなかった。

 予めその情報をもとに、今回のパーティを組んでいるプレイヤー達はそれぞれ準備をしてきているが、それでもその消耗の激しさには辟易させられた。

 

 特にそれを助長するのが出現する魔物達の強大さである。

 『巨人の迷宮』と銘打たれているだけあり、フィールドではベテランのプレイヤーが数人がかりで戦うのが推奨される上位(グレーター)以上の巨人族が当たり前の様に登場する。

 更に、巨人以外の魔物も全て『巨大(ギガント)』の名がつけられた大型の亜種になっており、そのいずれもが極めて高い生命力(HP)によって長丁場の戦闘を強いてきた。

 

 今回の戦闘にしても、単独での生存能力に長けるリオが上位(グレーター)巨人(ジャイアント)を引きつけている間に、他の面々が別の魔物達を撃退するという各個撃破戦術を用いた。

 この渓谷地帯は石礫と敷雪に覆われた荒れ地であり、普通に歩いているだけでもかなり体力を削られる。

 それでも十全に行動できる野伏(レンジャー)としての能力と、引き打ちに徹して生き残れる射手(シューター)としての能力があるリオだからこそ任せられた囮役であった。

 

 ちなみに彼女がこれを引き受けたのは巨人のドロップアイテムを総取りしてよいと言われたからである。

 そうでなければリオとしても断っていたところである。

 

「リオちゃんは今回は……『アステライト神鉄』の採掘に来たんじゃったかな?」

「えぇ、そうです。そろそろ新しい武器にアップデートしようかと思いましてね。どうせなら一番良さそうなのを、と」

「そうじゃなあ。あれは金出して買うと目玉が飛び出そうな値になるからのう」

「ここでしか取れないっていうのが入手難易度高すぎるんですよねー……。そもそも迷宮(メイズ)に入るまでの道のりで何人か死んでますよね、私達」

「道中で三人逝っとるな。こっち入ってからもう既に一人」

「……まだまだ入り口近くのはずなんですけどね……」

 

 今回の目的や道中のあれこれについて雑談をしながら時間を潰す二人。

 幸いこの二人はそうでもないが、パーティメンバーには生命力(HP)に甚篤なダメージを負っているものや、大きく魔力(MP)を消費しているものもいる。

 そうした面々の回復までは今しばらく時間がかかることになるだろう。

 

「……のう、リオちゃんや」

 

 話の最中、暫しの空白を狙ったようにガンテツはぽつり、と呟いた。

 彼の声のトーンが少し変わったことに気付いたリオは「何でしょう」と言って彼の方へと視線を向けた。

 彼女の、この渓谷の間から見える空の様に澄んだ青い瞳が、ガンテツの濃い焦げ茶色の瞳を捉える。

 ガンテツは何かを逡巡するように豊かな髭に手を置きながら、「あー」だの「うー」だのと呻いたのち、意を決するように口を開いた。

 

「実はな、提案があるんじゃが――――」

「おーい、リオ!悪いけどこっち来てくれ!」

「はい、ドニーさん!緊急ですか!?」

「斥候に出てくれねぇか!ヤメスがガルーダを貸してくれるってよ!」

 

 ガンテツが言葉を口にしようとした瞬間、ウサギの着ぐるみを着た騎士――――ドニーからリオにお呼びがかかった。

 今回の臨時攻略パーティのリーダーはドニーであるため、彼からの話は無下にできなかった。

 リオは少し躊躇うようなそぶりを見せた後、ガンテツに「また後で」と言って手を振り、ガルーダに搭乗する斥候チームに合流していった。

 

「…………」

 

 後に残されたガンテツは呆気にとられたかのようにその場に佇んでいた。彼の片手がリオを呼び止めるように、しかして何も掴むことなく所在無げに宙に揺れている。

 その何だか哀愁漂う背中を、パーティメンバーが何かを察したようにパンパンと叩いて慰めていった。

 

「ヤメス、『ソロウバラード』歌います」

「やめんか」

 

 哀愁に満ちたメロディを奏で始めた吟遊詩人のエルフに、ガンテツは問答無用のデコピンを叩き込んだ。

 ぬおぉぉ、と悶絶しながらもギターを弾くことを止めない主人の指示に従い、ガルーダは斥候チームを背に乗せて離陸を始めた。心なしかその鳥の貌に呆れたような色を浮かべながら。

 

「何やら元気ですねぇ」

 

 リオはガルーダの背中に乗り込んで、背後の喧騒を尻目にそう呟いた。

 やがて巨鳥の羽ばたきと共に彼女の視界の中で地面が遠ざかっていく。……とはいっても崖を超えるほどの高さまでは飛ばない。

 あまり高く飛びすぎると大型の飛行タイプの魔物に囲まれて叩き落とされる危険があるためだ。

 ガルーダに指示を出しているヤメスも、仕入れた事前情報からその辺りは重々承知の上だった。

 

 さて、と独り言ちてリオ・オーガスタは意識を切り替える。

 彼女の視線はまだ見ぬ脅威を見定めるべく、迷宮のごとく入り組んだ渓谷の先を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、この後斥候チームが飛び立って直ぐに、地面の下から『巨大(ギガント)螺旋鉄爪(メタルスクリュー)土竜(モール)』の群れの襲撃を受けてパーティがてんやわんやの大騒ぎになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 




今は昔、平和だった頃の『ゲーム』の記憶
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