なんやかんやあって乱れた服やら髪やらを整えてから宿を出る。
チェックアウトの手続きや代金はラストル持ちである。
持つべきものは甲斐性のある男だ。私には勿体ない………と思いつつ、手放す気はない。
「ではしばらくお別れです。ご依頼の品をお待ちしていますね。」
「はい、準備もありますが二週間ほどでお届けします。」
「それは頼もしいです。ですが、どうか無理はなさらないでくださいね。」
「勿論です。」
去り際にさりげなくこちらの手を取って手の甲に口づけをしていくラストル。
きちっとした仕立ての良い服を着た状態でそういう紳士的な行動をされると実にイケメンで困る。
絵面だけ見ていると私がなまじ小柄な分、事案発生と誰かに通報される危険もあるかもしれないが、この国では結婚可能な年齢が定められていないので合法である。
それに私は実年齢30歳くらいなので地球でも合法だ。
宿の前で互いに再会を約束しつつ別方向に歩きだす。
彼と別れた私は通りを南西の方へと進む。
石畳で舗装された歩道を、踵を鳴らして歩いていく。
足元で革靴が鳴らすコツコツという音を聞きながら歩く朝、というのは中々乙なものがある。
今私がいる場所はフロラントの街の中でも土地の価格が高い区画に属する。
必然的に通りに立つ建物は高級志向の商店、宿、住宅であり、全体的に上品な雰囲気が漂っている。
私が足を向けた方角はそれとは逆方向。
通りを抜けるとだんだんと人通りが多くなり、どことなく雑然とした喧騒が聞こえてくる。
やがてたどり着いたのは大きな広場であり、そこを埋め尽くすように立つテントの露店である。
ここは街の住人たちの台所とも言われる大市場だ。
「へいらっしゃいらっしゃい!今朝届いたばかりの新鮮な魚だよ!」
「こちらぁ、キャベツ一玉100ルシ!半分と四分の一玉も売ってます!」
「おばちゃん、鹿の干し肉。中くらいので十切れ。」
「一切れ追加でくれてやるよ。サービスだ。」
「スパイス見ていかないかい?ついでにレシピも売ってるよ。」
「米を一俵頂いていく。店主、俵はそこの荷台に。」
「味噌はお好き?結構、ではますます好きになりますよ。余裕の香りだ、発酵技術が違いますよ。」
「鶏を一羽ね。ちょっと待ってな、いまそこのやつを締めてくるんでね。」
「おっちゃぁーん!!さっき買った牛乳腐ってんだけどぉーっ!」
「
「あぁ、ダンジョンで取れた豚肉じゃねえぜ。一枚味見するかい?」
「さぁ、スライムの天日干しだ。歯ごたえアリ、のど越し良好で低カロリー。いかがです奥さん。」
「このハーブ、別の店ではもうちょい安かったよ店主さん。」
「んん、そうかい?ならこうしようお客さん、あんたには一束当たり10まけるというのは。」
「ままー、あめちゃんかってーっ」
「駄目よ、甘いものばかり食べてたら大きくなれないわよ。」
相変わらずの活気だった。
客を呼び込む店の人の威勢のいい声や、注文をする客の声があたりに満ちている。
時間帯が昼前だからだろうか、主婦らしき女性客が目立つ。
他にも保存食や薬草を買い求める冒険者や、材料の仕入れに来た料理人なども目に入る。
私はといえば客引きに引っかかったり迷子と間違われて声をかけられたりするのが面倒なので、隠形スキルを駆使して人ごみの合間をすり抜けていく。
私は自分の容姿を飾るのは好きだが、それで注目を集めるのが好きなわけではないのだ。
店が立ち並ぶ広場を突っ切ってまた別の通りへと入っていく。
広場から直接続いているこの通りは馬車や荷車が複数通れるように車道が広く作られている。
そのため全体的に解放感があると同時に人通りの多さが否応なく活気を伝えてくる。
そんな通りの一角にあるのが私の目的地である。
大きなコンクリート建築の建物だが、物々しさを感じさせないように外壁の色や飾りに温かみを感じさせる意匠を凝らしている。
建物自体の大きさもあって、通りの中では目立つ部類である。
建物の看板には『フェニア商会』と書いてあり、その下に『商連』に所属している証であるロゴマークが入っていた。
人が出入りしている開け放たれたままの扉を潜ると、そこはデパートともいうべき場所だった。
所狭しと人が行き来する商品の売り場は無数の種類がある。
案内板を見れば服飾・食料・日用品・家具・雑貨・武器防具・冒険用品、etc、etc………。
とりあえず商売になるものなら何でも売りますと言わんばかりの混沌ぶりだった。
私はそれを眺めながら入り口の近くにいた店員に声をかけた。
無論隠形は解除してある。
「すみません。」
「いらっしゃいませ。………リオ様ですね?」
「はい、店長にお会いしたいのですが。」
「店長でしたら奥の倉庫の方に………。」
「ありがとうございます。」
目当ての人物の居場所を聞きだした私は一旦店の外に出た。
この店の裏手には大きな倉庫があり、商品の搬入はそちらで行われている。
私は気配探知のスキルを発動させながら、勝手知ったるといった風に倉庫に足を向けた。
******
「いらっしゃいませ~。リオさんにお会いするのも、久しぶりですね~。」
「お久しぶりです。………とはいっても二か月くらいですが。」
目当ての人物は比較的すぐに見つかった。
倉庫の二階にある店長用の執務室にいたこの人物が商会の主フェニアだ。
私と同じプレイヤーであり、ゲーム時代からの付き合いになる。
間延びした口調でしゃべる彼女は小柄な私よりもさらに一回り小さく、地球の基準でいえば小学校低学年くらいにしか見えない。
というのも彼女はリトルフット、俗に小人族といわれる種族である。これでも種族内では成人相当の背格好なのだが。
処理していた帳簿や商品の目録をいったん脇にどけて、彼女は部屋の応接スペースのテーブルへと私を案内した。
「仕事の途中にお邪魔したようで申し訳ありません。」
「いえいえ~、あまり時間のかかる仕事でありませんし。融通くらいいくらでも効きます~。お茶飲みますか~。」
「では緑茶で。」
秘書を呼びつけてお茶を入れるように指示を出すフェニア。
ライムグリーンのくりっとした目でこちらを向いて話を振ってくる。
「最近はどこかに行ってらしたとか~。」
「耳が早いですね。つい先日まで北の方で熊狩りなどやっていました。」
「ん~、北の方で熊となると………
「はい。」
この時期冬ごもりから目を覚ました
私は特にこの時期被害情報が多い北の国境沿いの地域に赴いて熊狩りをしてきたのだ。
「実は今日こうしてフェニアさんのところを伺ったのもそれ関連でして。」
「ほうほう~?」
というわけで私はアイテムボックスを起動させて中身を引っ張り出した。
「
「ほうほう、どれどれ~………………」
机の上に出したのは丸めたカーペットのような黒い毛皮の塊である。熊の毛皮が丸々二頭分だ。
本当はもう一頭分あったのだが、昨日ラストルに売りつけた。彼ならカーペットにでも仕立てるだろう。
「ふむふむ。よく処理をされていますね、これなら良いお値段が付きそうです~。さすがはリオさんです~。」
「ありがとうございます。………骨とかありますけどそちらも見ていきます?」
「ぜひ~。」
骨の塊もガラガラとテーブルの上に投げ出していく。
ちなみに頭部は狩りを行った地元に証拠品として提出しているので存在しない。
肉や内臓は同じく現地で売りさばいた。冬ごもりの後なので痩せた肉だが、副産物に文句は言わない。
元々肉目当てなら冬ごもり前を狙うのがセオリーだ。その時期の熊は冬に備えて栄養を蓄えており、肉も多い。
これを捌くとたっぷりの肉が手に入るのだが、この時期の猩々熊は栄養を確保するために貪欲になっており人間に対して非常に敵対的で危険が………いや、魔物なので遭遇したら大体人間と戦闘なのだが。
「これとこれとこれとこれはこっちにわけて~。こことこことここはこちらによせて~。リオさんは骨は使われます?」
「使う分は既に確保していますからお気になさらず。」
「では全部こちらでお引き取りしますね~。」
間延びした緊張感のない声だが、会話をしながらフェニアはてきぱきと熊の骨をより分けている。
魔物の骨のみならずその死体は全て武器や防具の素材になったり、薬の素材になったりと利用価値がある。
使用される分野によって使用される部位も違い、その価値も様々な切り口で変動していくが、それでもフェニアの脳内では骨格の全部分の最も有用な売却先を見繕ってその上で仕分けをしているのだろう。
職業『
結局彼女の秘書がお茶を運んでくるまでに仕分けと査定が完了した。
フェニアは人を呼んで熊の毛皮と骨を運ぶように指示して、こちらに小切手で支払いを済ませた。
「買い取っていただいてありがとうございます。」
「銀行に持っていけば換金してもらえますのでよろしく~。」
アイテムボックスに小切手を放り込んで、お茶を飲んだ。
机の向かいではフェニアも同じようにお茶で一息ついている。
「あぁ゛~。こうしてお茶を飲んでいると平和を実感しますね~。」
「なんだかお年寄りのような………。」
「うっ、歳のことは言わなくてもいいじゃないですか~。いくら私たちが年とらないっていっても~。………確かに私はリオさんよりだいぶ年上になりましたが………。」
あはは…、とフェニアはどことなく乾いた笑いを浮かべる。
確かに外見上歳を取らないとはいえ、結構な時間をこちらで過ごしているプレイヤーは多い。
「………確か、フェニアさんはこちらに来て…。」
「13年になりますね~。それなりに早く来た部類です~。いやぁ、当時は大変でした…。」
彼女は遠い目で虚空を眺めた。
この世界に飛ばされた時期はプレイヤーによってまちまちだが、13年前はかなり早い部類に入る。
この世界――――――ゲーム『The Unlimited Horizon』の世界が現実になったのが15年前の事。
当時の世界は凄まじい混乱に見舞われた、と聞いている。
プレイヤー達は自分がログアウトできなくなり、端末のメニュー画面がほぼ機能停止したことなどに戸惑いパニックを起こした。
だがもっとひどかったのはこの世界の現地の人々だろう。
彼ら――――――NPC達は突如として、ただのAIから血の通う生身の人間になった。
自分がそういった経緯を経た存在であるという自覚はなくゲーム時代の当時の『設定』を自らの記憶として受け継ぐ彼等だが、大きな変革が一つあった。
それはこの世界に異邦からの来訪者――――――『プレイヤー』がいるという認識を植え付けられたことだ。
何の前触れもなく現実へと昇華された世界で、プレイヤー達は自分たちが異邦の世界に閉じ込められたことを知り、NPC達は自分たちの世界に異邦からの来訪者が紛れ込んでいることを知った。
結果としてそこからの数年間は俗に『混乱の時代』と呼ばれた。
プレイヤー達はゲーム時代にシステムの一環として貴族として爵位を得たり、国家を運営したり、会社を興したり、といったことが可能だった。
NPC達に誰がプレイヤーなのかを知るすべはなかったが、自分たちの世界の権力中枢にも異邦人が紛れ込んでいるという事実は凄まじい疑心暗鬼を呼び起こし、魔女狩りめいたことが各地で起こった。
たかがNPC風情が、とこの世界の人間を格下に見て傲岸な振る舞いをしたプレイヤーは大きな反感を買ってこの混乱を助長した(このことから『NPC』という呼称は差別用語という認識が広まり、代わりに『
各地で勃発した『プレイヤー狩り』とも呼ばれる狂騒は各地の既存の政治不安と結びついて戦争や内紛を誘発した。
しかし、この混乱の時代は数年で落ち着きを迎え始めた。
ある国家元首のプレイヤーは自分の素性を率直に公表した上で閣僚や国民に団結を訴えた。
ある冒険者のプレイヤーは知ったことかと言わんばかりに魔物狩りと素材収集に明け暮れていたが、その実力と功績を素直に称賛する人々もまたいた。
ある錬金術師のプレイヤーは現代知識を生かして様々なアイテムを生み出し、ある人々はそれを有効利用するためにプレイヤーを保護するべきだと考えた。
ある商人ギルドは戦争によって通商ルートの確保が難しくなることを問題視して、あらゆる手段で火消しに回った。
あるネイティブはゲーム時代に、プレイヤーに世話になったことを覚えていた。
なんのことは無い、人々の善意や博愛、それにちょっとばかしの打算と利益が世の中に蔓延しつつあった悪意と疑心に打ち勝ったというそれだけの話だった。
今、こうして私の前でお茶を飲んでいるフェニアは当時のことを知るプレイヤーの一人だった。
「私がこっちに来た時にはゲーム時代に作った自分の店が潰れてましたからね~。『商連』の他のメンバーに頼んで建物を一棟貸してもらってそこからの再スタートでした~。」
「うはぁ、大変ですねそれは。初めて聞きました。」
「幸い財布とアイテムボックスの中身がありましたから、それを元手にやりくりしまして~。」
当時のことを思い出しながらさらっと言うフェニアだが、私は自分の身に置き換えて肝を冷やした。
私で云えば大枚をつぎ込んで職人に作ってもらった愛用の装備が壊れるようなものだろうか。
もしそうなったらしばらく立ち直れない自信がある。
ちなみに先ほど彼女が口にした『商連』とは『汎商人連合ギルド』の略称である。
プレイヤーが設立したギルドはゲーム時代に星の数ほど存在したが、間違いなくその中で最大勢力がこの商連だろう。
加入条件は
その加盟人数の多さが情報網の広さとなり、情報は商人たちの武器となり、この世界を席巻した。
あまりに商連が巨大組織になったせいで上層部も末端が何をやっているのかわかっていないだとか、新規のプレイヤーが運営の用意した組織と勘違いしているなどいろいろな話がある。
フェニアが運営しているこの商会のように、システムとしてのギルドが崩壊した結果独立するものも増えたが、それでも商連の影響力は世界中に残っている。
なお商連がこの世界で真っ先にやったのは米と大豆を買い占めて研究し、日本食をプレイヤーに食わせることである。
「大変だった時期も過ぎてしまえば笑い話ですよ~。いえ、笑い話にできるからこそ過ぎ去ったといえるのか………なんと言い始めるとおばあちゃんみたいですが。」
「年齢の話はよしましょうか。」
互いにそんなことを言って笑い、お茶を啜った。
それからしばらくの間、二人で雑談に花を咲かせた。
昔話から始まりゲーム時代の思い出話や、最近の噂話、個人的な愚痴や儲け話のヒント等々………。
そうして時間を過ごしていると、ふとフェニアが端末に視線を落とした。
「ん~、どうでしょうリオさん。少し時間は早いかもしれませんけど一緒にランチなんてどうです?」
つられて私も時間を確認する。
午前十一時、正午というわけではないが昼食にするには別に不都合でない時間だ。
私は頷いて同意した。
「私は軽めのものが良いですね。朝食は結構な量を食べたので。」
「あはは~、私も見ての通り小食なのでおあいこです。」
ぴょこん、と子供のように応接室の椅子から降りた彼女は秘書に幾つか言伝を残してから部屋を出ていく。私もそれの後に続いた。
部屋の外に出て廊下を歩きながら、私は思い立ったことを彼女に相談した。
「ところで提案なんですが。」
「なんでしょう~?」
「あとで、お店で買い物させてもらって構いませんか?色々足りないものが出てきまして。」
「もちろんです~。お客さんになっていただけるならいつでも大歓迎ですよ~。何がご入用ですか~。」
私はアイテムボックスの中身を色々と思い出しながら、指折り確認していった。
「えーと………野菜と果物、お酒………あぁ、空の酒瓶を捨てとかないと。………それと、洗剤と香水でしょうか………他には何があったか………。」
「ふむふむ~。どうせならランチの後に私が直接店内をご案内しますよ~。確か洗剤にはこだわりがあるとお聞きしていますが~。」
「えぇ。」
私が常備している洗剤は、血臭や血痕を消すことに強い効果を発揮するものだ。
獲物を解体しているとどうしても服に血の匂いやシミがつくので、そういったものが必要になる。
結構割高な代物だが必要な出費だと考えている。
香水に関しても同じ理由で使っている。
「血の香りを漂わせている女の子なんて、ちょっとどころではなく物騒ですからね。」
「おや~、そういうのもいいかもしれませんよ。キケンな女、みたいな~。」
「いやですよそういうのは、女として。」
「女として、ですか~。」
私がそういうと、前を歩いているフェニアがくるりとこちらを振り向いた。
顔には面白いことを聞いたような、悪戯気な笑顔が浮かんでいる。
「すっかり、『女の子みたいな』ことをおっしゃるようになりましたね、リオさん?」
「………………………。」
思わず、足を止めて真顔になる。眉間に皺が寄った。
私は今、かなり気難しい顔をしているだろう。
そのまま数秒私は視線を投げかけたが、フェニアは変わらず微笑のまま。
張り合ってもしょうがないので、私は肩の力を抜いた。
少しため息をつく。
「その辺はあまり突っつかないでもらえるとありがたいですね。もう昔の話だと思っていますから。」
「いや~、それもそうですね~。こちらも軽率でした。当時も話せる人あんまりいませんでしたしね~。つい、話を振りたくなって~。」
「隠していたわけではないんですけどね………。」
少し苦笑する。
当時も『そのこと』について知っている知人はあまりいなかった。
内緒話のつもりとしてそれについて話したくなったフェニアの心情も少しはわかるつもりだ。
話をそこで切り上げて、また適当な雑談をしながら昼食を取りに向かった。
今の私は冒険者のリオ。
リオ・オーガスタだ。
私以前の『私』について語ることに、意味はなかった。
――――――残酷な話だと、思ってはいるが。
『
職業の一つ。分類はその他。アイテムの売り買いに特化しているという特殊な職業。
代表的なスキルは、アイテムを金銭的価値から鑑定する『商人の目利き』や表計算ソフトが使えるようになる『商人の帳簿』など。
この職業を収めたものにとって『UH』は経済シミュレーションゲームとなるらしい。
他の職業との組み合わせとして、『