――――あぁ、これは夢だな。
灰色の街に佇みながらそう思う。
まるで中空から突然湧いて出てたような自分の意識。
前後の脈絡も無く、自分がここにいることを自然なものだと認識していた。
自分の足元には歩き慣れたアスファルトの地面。
左右に目を向ければのっぺりとした画一的なデザインのコンクリートのビル。
黒々と固められた大地の上に立ち並ぶ灰色の石塔はまるで墓標の群れのようだ。
見上げた空は鉛のような雲に覆われて隙間から微かに漏れ出るように鼠色の日差しが注いでいる。
通りを吹く風は、生温くて埃の臭いがした。
すれ違う人々は顔もわからない影法師のように見える。
どうせ夢の中だ。印象に残っている誰か以外の顔が浮かぶことも無いのは当然の事なのだろうけれど。
……半世紀ほど前に第三次世界大戦が終結した。
歴史の授業で聞くばかりだが、それは酷い戦争だったらしい。
戦争というのはとても経済的なものだ。近代以前の戦争は資源を巡るものが多く、他国を征服して得られるものがあるという見込みがあるからこそ戦争を吹っ掛けたのだ。
だが、第三次世界大戦にそんな展望はなかった。
当時の世界中の国々の首脳は熱心な愛国者だった。連中はグローバル化によって他国と協調することは、その国の損害までも押し付けられることだと主張して民衆の支持を得ていた。
だから第三次世界大戦は、今までの歴史上に行われた戦争の様に『相手を取り込む戦い』ではなく、『相手を否定するための戦い』だった。最初から得られるものなんて何もない戦いだったのだ。
今の自分達から見ればこれがどれほど愚かなことだったのかよくわかる。当時は既に世界を経済の網が覆いつくしており、どの国もどこかの国から何かを輸入しては輸出し、持ちつ持たれつの関係を築いていたのだ。
当時の
結果として第三次世界大戦はそれによって利益を得たものも誰もいないままに幕を閉じた。
後に残ったのは瓦礫の山、難民の群れ、夥しい死者、核兵器で汚染された土地、ズタズタに寸断された経済ネットワーク、疲れ果てた一般市民だけだった。
その後を生きている
暗黒時代というほど絶望的じゃない。でも未来が明るいものだと誰一人として思っていない。
暗闇ではないが、明瞭でもない。自分が歩いている夢の中と同じように、灰色の時代を生きている。
周りに見える墓標の様に聳え立つ灰色のビル群はその象徴のようにも見えた。
核兵器で破壊された土地と寸断された輸出入の経路のせいで、日本という国はまともに農作物を育てることも外から買い付けることもできなくなった。
林立するビルはそれを補うための屋内農場プラントだ。AIが自動管理する遺伝子加工済みクローンの穀物、野菜、果実、家畜が生産されている。
AIとロボットは偉大だ。第三次世界大戦で激減した労働人口を補うために発達したそれらの技術は、今日では社会を回すために必要不可欠になっている。
むしろ人間がやる仕事がなくなったので、人間という『非効率的で非生産的な生物』の働く場所はほとんど残っていない。
労働を対価にして賃金を受け取るという社会形態はもう古いのかもしれない。
ただ、それでも一応法律で人間の働く場所は少しは確保されているが……。
灰色の街を歩く。天に向かって伸びるコンクリートのビルは墓のよう。
灰色の空を仰ぐ。ぼんやりとした日差しはアスファルトの上に影さえも落とさない。
灰色の風が吹く。夢の中ですれ違う人々は朧に霞んでは消える陽炎のようだ。
……灰色の時を生きる。それでいい。生きているだけで幸福だ。死んでいないだけ幸福だ。
少なくとも
こうやって穏やかに、暗闇に沈むことも眩しさに目が眩むことも無い、そうやって生きていくのだと………………。
――――――本当に?
気が付けば、
コンクリートとアスファルトに固められたそれではなく、木目も鮮やかな茶褐色の木材で組まれた大きな橋。
温かみのあるその木製の欄干に手を添えて下を見下ろせば、橙色に揺れる水面が見えた。
顔を上げれば逆光の中に黒々とそびえる山の稜線に眩しい山吹色の夕日がかかる様が見える。
川面を駆けるような風が、私の長い髪を散らす。吹き抜けるその風からは水と草木の瑞々しい香りがした。
ざあぁ、と音を立てて春の新緑に色付いた川辺の木々が枝葉を揺らしている。
急激に色付いた景色に圧倒されて私はその場に立ち尽くしていた。
なんて鮮やかな世界なんだろう。眩しい夕日に照らされた視界に深い陰影。光が照り返す水面に緑の草木。
そして――――、
「リオ」
穏やかで優しい声が耳に届く。ギターの太い弦を軽く弾いて鳴らしたようなその響き。
そうやって私を呼んでくれる彼の声を、いつだって楽しみにしていたような気がする。
今だって、その声を聞いた瞬間に高鳴った自分の胸の鼓動を感じている。
だから私は微笑みながら振り返った。
こちらに手を伸ばす、艶やかに赤いその人影に向かって………………、
赤。
赤。
赤。
赤。
赤。赤。
赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤が、赤が溢れだす。流れ出す。
どこまでも真っ赤な、あくまでも真っ赤な、容赦なく真っ赤な、そんな赤が視界を埋め尽くしていく。
そして、視界が切り替わる。
木々と藪と雑草に覆われた周囲。
私の手には弓が握られていて、もう片方の手は弦に矢を番えている。
無造作に放たれた矢は私の視界の中でゆっくりと飛翔し――――そこにいた男の腕を吹き飛ばした。
そこから鮮やかな赤い血が噴き出し、錆のような臭気が周りに漂い、肉と骨の破片が周囲の藪に降りかかる……。
その光景を、私の意識は極めて明瞭に見定めていた。
――背筋が戦慄く。
電流のような何かが、私の体を駆け抜けていく。
その正体が、私にはわからなかった。
いつしか、私の手元にはコンソールがあった。
それを不思議に思うことも無く、手慣れた手順で動かして先ほどの光景を巻き戻して、また再生する。
弓を構えて、弦を引いて、矢を放つ。
肉が弾ける、血がしぶく、草が濡れる。
その度に背筋に
思い出すのは自分の本来の仕事だ。
工場で作業するAIにエラーが発生したら、作業を止めてからエミュレーターで動作を試行する。
何度も行動を巻き戻しては再生し、おかしい挙動が発生する瞬間を見極めて絞り込んでいく。
今回も同じことだ。仕事で使っているのと同じコンソールを動かし、目の前の光景を何度もリピートする。
自分の背筋が戦慄く、その瞬間を捉えればその感覚の正体がわかるのではと期待して。
巻き戻し、再生、一時停止。
巻き戻し、再生、一時停止。
巻き戻し、再生、一時停止……。
何度も何度も、
幾度も幾度も、
飽きもせずその
鮮やかな赤の、血飛沫の記憶を、私は夢の中でひたすらに反芻していた。
******
「――――はぁ……っ!!」
いきなり跳ね飛ばされたように鼓動を打った心臓が、胸の奥でジンジンと痛みを発していた。
どっ、どっ、どっ、どっ……、と今も激しく脈が打っている。その脈拍の速さにせかされるように、荒い息を吐きながら身を起こした。
突然の覚醒に意識が追い付かない。
ただ困惑と混乱だけが頭の中に渦巻いている。
「………………??」
何か……何か、夢を見ていたはずだ。だがその夢の内容を思い出せない。
文字通りに雲や霞を掴むような感覚だ。具体的な像が解らない。
ただ……漠然とした印象だけが残っている。
倦怠感、閉塞感、忌避感、嫌悪感……。
そして、
「はぁっ…………」
今も胸を裏から叩いている心臓の音がうるさくて、胸元を手で押さえた。
底冷えするような寒気と、内側から焼けるような熱気を感じる。
ぐらぐらと揺れる頭の中で、漫然と喉の渇きを覚えた。
ベッドサイドのテーブルに置いてある水差しに手を伸ばして、コップに水を注いで飲み干す。
ごくり、と喉を鳴らして少し温い水を嚥下すると少し頭の靄が晴れたような気がする。
はぁ、と溜息を一つ零し、努めて体の熱を外に追い出した。
机の上にコップを置けば夜の部屋にかたん、と硬質な音が響く。
私はベッドの上に体を投げ出すように仰向けに倒れ込んだ。
柔らかく沈み込んで私の体を受け止めるベッドのシーツの感触も、今はもう親しんだものである。
「…………」
何も思うことも無く、ただただ漫然とベッドの天蓋を見上げる。
天蓋から垂れさがるレースのカーテンが窓の外から差し込む月の明かりを受けて、ベッドの上に薄ぼんやりとした影を投げかけていた。
ごろり、と体を横に倒して窓の方へと目線を向ければ今夜は月光が眩いのがよくわかる。
窓ガラス越しに見える夜空、その向こうから差し込んでくる光は煌々と光り続ける電灯のようだった。
冷たく澄んだ、銀色の月の光。
私は無言でそれを眺め続ける。
それは命の危機を感じたときや暴力の気配を感じたときのような怖気が走るモノとは少し違って、まるで体の内側から何かが爪を立てて静かに引っ掻いているような
いや、待て?本当に
違うような気がする。でも似ているような気がする。
だから違うとは言い切れないし、同じではないとは言い切れない。
あやふやだ。あやふやで、うやむやだ。
よくわからない。結論が出せない。
頭の芯の部分が未だに痺れているような、寝ぼけているような。
「……っ、はぁっ……」
ただ、胸の奥が疼く。
しかし今はそこから埋火のような熱が燻っていて、それがチリチリと私の胸を焦がしているようだった。
気が付けば私はそれを宥めるように、自分の胸元に手を置いてゆるゆると撫でさすっていた。
寝巻のネグリジェとキャミソール越しに
その代わりに疼きと言うべき感覚は一段と強くなっていく。
まるで自分の体が「もっと触れ」、と訴えているように。
その求めに答えるように、私はじっくりと焦らず、しかしそれでいて少しずつ大胆に自分の胸を撫でて――――いや、揉みしだいていた。
掌に布越しの柔らかく張りのある
ゆっくりと撫でて揉んでいるうちに胸の中からゆっくりと心地よい感覚が滲み出してくる。
「んん……っ」
手の平で転がすように乳首をあやすと思わず鼻にかかった声が漏れる。
疼きの感覚が集中しているそこを手の平の部分で軽く圧をかけながら回す。硬くなって立ち上がっている乳首が左右に捩れればじんじんとした痺れが走り、思わず体がくねる。
乳首の快感は痒みに似ていた。少しの痛みと、その奥の心地よさ。
疼痛のようなそれは胸の先を弄れば弄るほどに段々と感度を増していく。
疼きを収めたいのに触れれば触れるほどそれが激しくなる
指で摘まんでは挟み、爪先で軽く引っ掻く。
乳房ごと掌で潰すようにして揉み込む。
いずれも優しく、慎重に。心地よさと疼きと痛みの境界を探るように自涜に耽る。
頭の奥はいまだにぼうっとしている。
起きているようでいて、眠っているようでもあった。そのどちらでもあるのだろう。
理性をどこかに沈め、私はただ快さを求めて自分の体をまさぐっていた。
「あっ……、ん……っっ」
横になって丸まった姿勢で、もじもじと太腿を擦り合わせる。
気づけば股座から痺れるような感覚が立ち上ってきていた。
ネグリジェの裾の奥で太腿同士を擦りつけるとそこからピリピリするような感じがする。
そして、その上の股の間でも同じような――いや、それよりももっと純度の高い感覚が眠っている予感がしていた。
私はその期待感に促されるように自分の股座に手を差し込んで擦りあげた。
軽く力を込めてショーツ越しに陰部を揉むように擦るとずぅん、と重くそれでいて鋭い快感が背筋を駆け抜ける。
瑞々しい感触のする太腿で自分の手を捉えるように挟み込んでより強い密着感を得る。
その状態で何度も手を動かすとヒリヒリと焼けつくような快感がそこから生まれた。
しゅっしゅっ、というショーツと手が擦れる音の中にくちゅくちゅ、と軽く粘るような音がする。
そのぬるぬるした感触と秘部が擦れ合う感触が何とも心地よかった。
気が付けばもっと刺激を欲しがるように、私は手の動きに合わせて腰を押し付けるようにして動かしていた。
「んぁっ、はっ、あぁ……っ」
声を噛み殺そうとして、それでも堪え切れず甘ったるくて熱い声が漏れる。
自分の口からこんな声が出るなんて想像もしていなかった。
これじゃあまるで女みたいだ。
いや、でも間違っていないのか。
今の自分は
「はぁぅ……っ♡」
そう思った瞬間、体の中を切ない痺れが走り抜けた。
きゅうぅっ、と体の奥を絞られるような感覚。
絞られた端から甘酸っぱい果汁のようなものが体の内側に溢れていくような。
気が付けばショーツがべったりと愛液で汚れている。
布越しに糸を引きそうなほどに溢れた女の蜜。
それを吹き零した秘めやかな場所が今までに感じたことのない疼きと痺れを伴って戦慄いている。
その感覚は股座から更に昇って奥まで至り、下腹に奇妙な熱を宿していた。
その感覚はさながら
「きゅうきゅう」と切なく収縮して蠕動し、満たしてくれるものを探し求めて
何かが欲しい。何かを入れたい。何かで満たしたい。
そんな飢餓感に耐え切れずに、私は自分の指をそこに突き込んだ。
「…………はっ、ぁ゛……っ」
ショーツのクロッチ部分を横にずらして、指を一本膣の入り口にあてがって押し込む。
既に愛液で濡れそぼっていたこともあり一度入り口を見つけると存外にあっさりと、滑り込むように指はそこに飲み込まれた。
私の細指一本でも感じられる確かな圧迫感。飢えにも似た寂寥感に喘ぐそこにはその圧迫感が心地よかった。
くぅっ、と股座に力を籠めると中が締め付ける感触が指先に伝わる。同時にその指の骨の硬い感触が中の肉に伝わる。
僅かであれど満たされたような感覚に喜びにも似た感情が湧きあがる。
だがそれだけではまだ不十分だった。
小さな刺激が中を満たした代わりに、より大きな刺激への期待が煽られる。
もっともっと、とねだるように体の奥から蜜が流れ出るような感触。
それを満たすために私はベッドの上で蹲ったまま、指先を自分の膣内に押し込んで何度も何度も出し入れを繰り返し、中の肉を磨り立てた。
指先に襞に包まれた柔らかく、それでいて強烈な締め付けを見せる肉が絡む。
膣の肉はとても熱く、それでいて粘ついた汁で奥までぐっしょりと濡れそぼっている。
まるで肉で出来た、熱した泥の様。
そしてその肉を指先で掻き分ける度に重たい快感が走る。
締め付ける肉襞にわざと絡ませ、膣肉の壁に指を押し付けながら引き抜いていくとぞくぞくっ、と背筋が震える。
中で傷をつけないように、それでいて肉を指で掻きむしるように幾度も前後させる。
ちゅぷっ、ちゅぷっ……、と静かな水音が自分の中から響くのが恥ずかしい。
だがそれが却って自分の体が今どうなっているのかを突きつけられるようで興奮を煽を煽られる。
「はぁっ……、あっ、んんん……っ♡」
だけど――、
だけど、まだ足りなかった。
自分の手で乳首を勃起させた胸を揉みしだいて、
指先で濡れた膣内を掻きまわしてくちゅくちゅと卑猥な音を立てて、
それでもまだ明確に何か
気が付けば何度もしきりに舌で自分の唇を舐めている。あるいは唇で枕の生地を挟んでは離してという行為を繰り返していた。
そうだ、何だか無性に口寂しかった。
唇に何かを触れさせたくて、何かに触れてほしくて。
そんな渇きにも似た思いに煩悶する。
――――キス、してほしい。
そんな言葉が脳裏をよぎって、明確にその飢渇感に形が与えられる。方向性が確かになる。
そうだ。ここに誰かの口付けが欲しい。
そっと頬を手で包み込んで、顔を寄せて、優しく唇と唇を触れ合わせて欲しい。
そして小さなちゅっ、という小鳥の囀りのような音を立て欲しい。
それだけで――――それだけで、どれほど私は満たされるのだろう。
『リオ』
そんな妄想をしていた私の頭の中で声が再生される。
何度も耳にした、耳に心地よい声。弦楽器の太い弦を弾いた時のような、艶のある男性の声。
その声が私の耳元で、他ならぬ私の事を呼ぶ想像が浮かぶ。
それだけの事で
この感覚の名前は疑いようも無く明白だった――――『喜び』だ。
そこからはイメージの流れが止まらなかった。
艶っぽく張りのある声、男らしくて大きい掌、少し骨ばった指先、私より頭一つ分くらいは大きい体格、間近で感じた体温、不快ではない整髪料と香水の香り。
端正な顔立ちに浮かぶ少し子供っぽい笑顔と、時々見せる真剣な表情。
緑がかった
そして、赤。
赤い服、赤い髪が――――残像の様に目に焼き付いて離れない。
「ヨア、ヒム……っ」
彼の名を呟いた瞬間、全てが一つの線で繋がれて明確な像を結んだ。
私の体の内外を苛む飢餓感と飢渇感と寂寥感が一つの方向を向いた。
――――
そう自覚するともうたまらなかった。
どうしようもない切なさが体の内側を電流のように駆け巡る。
苦しいほどの寂寥感が胸を締め付けるのに、それが全然不快ではなかった。
ヨアヒムの事を思えば思うほど胸の奥が絞られて甘酸っぱい気持ちと温かい熱が私を満たす。
鼓動が甘く切なく脈を打つ。まるで桃色の血が心臓を満たしているかのよう。
「あっ、はぁっ…………♡」
総身が疼く。
皮膚の一枚、産毛一本まで、自分の体に触れてくれる誰かを求めている。
そしてその誰かは明瞭に像を結んで、妄想と想像の中で私に触れてくる。
想像の中でヨアヒムが私に触れる。
その指が私の長い髪を梳いてその声が耳元で「綺麗だ」と囁いて掌が私の頬を包み込んでは撫でて榛色の眼が私を熱っぽく見据えて、大きな体が私の上に被さるように近づいてきて彼の体温と香りが私を包んで艶のある声が何度も私を「可愛い」と言ってくれる。
そして、その端整な顔が私に近づいてキスをしてくれるのだ。手の甲でもなく、頬でもなく――私の唇に。
想像の中で彼のそれが私の唇に優しく吸い付いて、その熱が私の唇に伝わって――――。
…………?
……あれ?
なんかおかしくないか?
確か
あぁ、いや。別にいいのか。
だって
――――ブレーキが一つ、カキン、と欠ける音がする。
妄想がずっと奥へと、先へと進んでいく。
想像の
思い起こすのは鍵穴から覗いた夜の寝室。橙色の暖炉の明かりに照らされたベッド。
衣服を脱いで曝け出される男女の裸身。その中で男の、ヨアヒムの体がより克明に思い出される。
細くて引き締まっている、意外なほどに筋肉のある男らしいその体。
彼が熱っぽい声でベッドの上の女性――テオドラに囁きかけ、その肢体を丹念に手で撫でまわし、白い肌の上に口づけする。
そのイメージに私は自分を投影する。
ヨアヒムにではなく、彼に愛されるテオドラに。
「―――――っっ♡」
下腹の奥が、求めているものを理解して戦慄いた。
きゅんきゅん、と子犬が餌をねだって哭くような切ない疼きが体の奥からこみ上げてきて私は体をのたうち回らせた。
明確に、体の奥から噴きこぼれる愛蜜の量が増える。
膣の肉が指先をぎちっ、と食い締めて桃色の電流を走らせる。
想像の中でヨアヒムが私をベッドの上に横たわらせる。
裸になった彼と同じように私も当然生まれたままの姿で、恥ずかしさを覚える。
でも彼はいつものように「綺麗だ」、「可愛いな」と甘い言葉を囁くのだ。そうして誉めそやされるたびに一段と恥ずかしさと――――面映ゆい、くすぐったいような喜びが胸を満たす。
そして彼の手が、唇が私の肌に直接触れる。テオドラにそうしていたように優しく陶器に触れるように、それでいて肌の感触を味わうようにねちっこく。
そうやって実際彼に触れられるのはどんな心地がするのだろうか。想像の中でしか触れてもらえない私の肌が人恋しさで疼く。
それを紛らわせるように私はむずがる猫の様に体を何度もベッドのシーツに擦りつけた。
そして……そして、そう、ついには私の脚が彼の手で割開かれる。
一番恥ずかしい所。女の秘部。彼に触れられて熱く蜜を垂らして、それでも尚飽き足らず
彼なら私にどんな言葉を掛けながらそこに視線を這わせるのだろう?
テオドラにそうしていたように詰るような、意地悪な言葉?
それとも、いつも私にそう言うように甘ったるくて気障な台詞で褒めちぎるのだろうか。
どちらでも良かった。
きっとどちらでも嬉しく感じる。
彼が私を想って、私を見詰めて言葉を掛けてくれるならきっとなんだって嬉しいのだ。
「あっ、ぁ゛っ♡ は、あ゛ぁ……っ♡」
自分はヨアヒムのモノを見たことがある。自分でかつて持っていたソレを思い返すこともできる。
だからこそ自分の
でもきっと気持ちいいのではないだろうか。
少なくともテオドラは気持ちよさそうだった。
彼のヨアヒムの槍のような肉の棒を思い描く。
そしてそれが自分の体の中に入っていく様を想像する。
きっと大きすぎて太すぎて、私の中はきっとギチギチに引き延ばされてしまう。
でもその分きっと、硬くて熱くて力強いそれを余すことなく味わうことになるのではないだろうか。
そして、何より彼と
彼の体の一部を中に受け入れて、彼の体にぎゅっと抱きすくめられて、彼の体温を体の内と外で感じて、
こちらからも抱きしめ返して、その体にしがみついて、
そして、彼の昂りが何度も何度も優しく、私の体の中心を割り開いて…………。
想像するだけで頭の奥と、胸の奥と、下腹の奥が桃色の炎と電流で焼け焦げるような気がした。
こっ恥ずかしい茹だった妄想がとめどなく溢れて止まらない。
胸やけをしそうなほどに甘酸っぱい鼓動が拍子を打ち続けて、熱い吐息が枕を湿らせる。
股座の奥の奥――――私の子宮と膣洞が、想像の中にしかない熱感と質量を恋しがって泣いている。
私は目をつぶって自慰に没頭した。
男を求めて哭く私の女の部分を慰める。
ヨアヒムの男らしい大きな掌で包まれる妄想をしながら、乳房を手と指で揉みしだいて乳首を指先で捏ね繰り回す。
硬くて熱くて太くて長い男根を妄想しながら、そのせめてもの代用として私の細い指を膣肉に何度も突き立てる。
くちゅっ、くちゅっ、と淫猥な粘液の音を太腿の間から響かせる。
「はっ、あぁ……♡ あ゛――……っ♡」
何度も指を出し入れする間に見つけた、一番快感が響くところを重点的に弄る。
入り口の程近くで腹側の膣壁が少し腫れぼったい。そこを指で押しこんだり、指の腹で掻くようにすると重たい快感が全身に響き渡る。
その感覚に耽溺しながらそこを擦りたてていると、指を入れているのとの同じ側の手が陰核を同時に潰して快感のボルテージが一気に高まっていく。
一気に燃え広がるようにして到達した絶頂感が総身を包み込んでいく。
まるで全身に砂糖をまぶして火で焙られるような、熱くて甘くて幸福な快感。
ぎゅうう……、と全身に力を入れてその奔流に耐えようとして――――その体の硬直がより一層性器にあてがわれた手を締め付けて、また一段と絶頂感が深くなる。
それから私が戻ってくるのにどれだけの時間が経ったのかはよくわからない。
ただ、気が付けば私はベッドの上に四肢を投げ出すように仰向けになって荒い息を吐いていた。
吐く荒い息も、どくどくと血を巡らせる鼓動も、全身にかいた汗も、残り火に火照る体も、何処もかしこもが熱く甘く疼いている。
僅かながらに満たされた飢餓感と疲労による虚脱感。
それを感じながら、今もなおうまく働かない頭。
ぼんやりとした思考の中で、片手を掲げる。
ふやけるのではないかと思うほどにべったりと愛液がこびりついた指。
粘ついたそれを指で弄ぶとにちゃり、と卑猥な音を立てて糸を引いた。
月明りで銀色に濡れ光るそれを見つめながら、私は何も考えることができないでいた。
――――私の中で何かが変わっていく音がする。
努めて無視をしていたそれが、
それを意識するとまたも、
これは恐怖なのか?
いいや、それとも――――
「………………」
掲げていた手を投げ出すと、ばたんとシーツの上で音を立てた。
恥ずかしい液体で濡れた指や股座を拭いたり、汗で濡れた服や下着も換えないといけないとは思うが、今はそうしようという意識さえも泥の様に鈍かった。
月明りが嫌になるほど眩しい春の夜のベッドの上、私は全ての思考を放棄して、ただただ自分の内側の心臓の鼓動を感じていた。
何もわからなくても、何も考えたくなくても、それだけがこの世界で明白に信じるに値するものであるかのように。