じりりり………、じりりり………と連続して鈴を叩くような音が聞こえる。
無意識の動作で端末を弄り、目覚まし時計を切って音を止めた。
そして、薄く目を開けてしばらくぼーっとしてから体を起こす。
「………………おはようございます………。」
まぁ、挨拶などしても誰かの返事があるわけでもないのだが。一人暮らしなので。
あくびをしながら軽く体を伸ばして、ベッドから降りる。
その時枕元に置いていた
自分の住んでいる部屋の内装はかなり殺風景なもので、木製のテーブルとベッドくらいしかまともな家具がない。
必要なものは全部アイテムボックスに放り込んでいるし、大体部屋にいる日の方が少ない。何か物を置いておいて空き巣に入られたらどうするのか、という考えの方がどうしても先に立つ。
この部屋が入っているのは私のように「別に普段ずっとここで寝泊まりをするわけでもないけど、帰って寝る場所を一か所は持っておきたい」という微妙なニーズの持ち主(大体冒険者や訳ありの仕事についている人々)にお答えする雑居住宅………平たく言えば寮のようなものだ。
部屋の内装は必要最小限、風呂なし、トイレ・炊事場共同。家賃が格安で懐に優しいのが最大の売りだ。
スリッパを足に履いて椅子に引っ掛けてあるカーディガンを羽織って部屋を出る。
一階にあるダイニングスペースに降りていき、厨房で朝食を作ることにする。
食堂では一人の若い女性がテーブルに突っ伏していた。この寮の住人の一人であるノーマだ。
多分夜の仕事の帰り際に酒でも飲んで悪酔いしたのだろう。いつものことだが。
「おはようございます、ノーマさん。私今から朝食なんですけど、味噌汁作りましょうか?」
「あー…おはよう………、リオちゃん?ありがとう………よろしくお願いするわ………。」
微妙に焦点のあっていない胡乱な瞳でこちらに礼を言うノーマ。話しかけて返事が来る分今日は軽症だ。
というわけでアイテムボックスから色々と取り出して朝食を用意する。
ちなみに厨房は薪を突っ込んで火を起こす伝統的な作りである。魔石を使って火を起こすコンロなども巷では普及しているが、この寮にそんな先進的設備が導入される予定はない。
火おこしから始めたので結構な時間がかかったが、干し貝の味噌汁と米というオーソドックスなメニューを用意した。
茶碗一杯分の味噌汁と米をノーマにサービスしたあと、私は私で丼一杯の味噌汁と米を掻っ込んで食事とする。
ノーマは青い顔で礼を言ってくるが、私はあくまで自分のついでだったので礼を言われるようなことではないと返しておいた。
朝食を終えたあと煙草で一服しているノーマを尻目に茶碗やら丼やらを片付けて、自室へと取って返す。
寝巻を脱いで、いつものように身支度を済ませ準備を確認する。
そして、アイテムボックスから愛用の武器を取り出した。
街に戻ってきてから数日、男と遊んだり、ものを売り買いしたり、服の洗濯をしたり、男と遊んだり、おいしい料理を食べたり、女遊びをしたり、etc、etc………としてきたが、今日はようやくラストルの依頼の品を採取するために『地下都市』に潜ることを決めた。
街で普段生活している分には予備の武器だけ装備しているが、ダンジョンに赴くならそれ相応の用意はしなければならない。
まぁ、地下都市の低階層では出番もないだろうが、これは心構えの問題としてである。
私が取り出したのは一本の弓と矢筒だった。
弓全体の見かけは近代のアーチェリー競技で使用されるリカーブボウという弓と同じような構造をしている。さらに言えば、リカーブボウの中でもスタビライザーなどの補助器具をつけない
ハンドル部分はゴム状の手に吸い付くような素材で、リム部分は
握りの感覚や、弾いた時の弦の感触を何度か確かめる。
そして矢筒から一本矢を引き抜き、つがえて軽く引き絞る。全体のバランスも問題なし。
自身の愛弓の調子を確かめて満足した私は矢を仕舞って矢筒と弓を背負い、忘れ物がないか確認してから部屋を後にした。
******
剥き出しの地面が続く下町の道を、目的地――――――地下都市の入り口へ向けて歩いていく。
この街はそれなりに広いが目的地には何度も足を運んでいるので迷うことは無い。
地下都市は入り口が街の中にあり、しかも有名なうえに目立つので初めて行く人間もそう間違うことは無いだろう。
下町の方から北へ、町の中心あたりの区画にその入り口は存在している。
――――――この世界は『現実化』の影響によって、ゲーム時代のシステムの軛から外れた。
五感に制限はなく、活動すれば腹が減り、疲れれば眠くなり、切られれば血が出て、殺されれば死ぬ。
例を挙げれば現実になったことでの変化に切りはないのだが、『ダンジョン』だけは別だった。
現実のものとして動き出したこの世界で、ダンジョンはいまだにゲーム時代のルールを色濃く残している場所だった。
例えばこの世界ではフィールドの魔物は独自の生態系を持つ生きた敵であり、私のような冒険者はそれを狩り、解体することで肉や皮や骨といった素材を入手する。
しかしダンジョンの魔物はゲーム時代にそうだったように『湧いて』出てくる。そして倒せば死体は煙のように消えて戦利品としてアイテムや金を残していくのだ。無論、放っておけばしばらくして新しい魔物が湧いてくる。
他にも、ダンジョン内の構造物は破損しても再生し、宝箱は中身が復活する。ボスも辿り着けば何度でも戦えるし、トラップやギミックも時間がたてば元通りだ。
つまり、ダンジョンは頑なに変化というものを拒み、その存在を維持しているのだ。
ちょうど、
そして、これらのダンジョンの特性が現実化した世界とかみ合った結果………ダンジョンは産業と化した。
何せアイテムもアイテムを落とす魔物も理論上は何度だって復活するのだ。取っても取っても尽きないというのであれば恒久的に取り続けることに何の憂いもない。
なので、町中あるいは町の近くに存在するダンジョンは手厚く保護され、そこに冒険者が派遣され、獲得されたアイテムは町の市場で売りさばかれる………といった図式が定着する。
ゲーム時代も似たようなことはあったが、現実化した現在は特にこの図式は強固なものになっている。何せ、ダンジョンからは食料だって取れるのだ。
かつては何もない山間に存在した洞窟型ダンジョンの周りに冒険者相手の宿屋に酒場、採掘されたアイテム目当ての商人やらが集まった結果町が形成されたという話も聞く。
というわけでここフロラントの街に存在する地下都市―――――――――正式名称『フロラント・メガロメトロ』というダンジョンはこの街の目玉産業として誰もが知っている場所なのだ。
まぁ、ゲーム時代からその特徴のおかげでプレイヤーの間ではとても有名だったが。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、いよいよ人通りが多くなってきたので隠形スキルを使って気配を絶った。
探知スキルと隠形スキルを併用し、周囲の人間の動く方向と意識の方向を認識しつつその隙間を縫うようにしながら誰にも気づかれることなく人混みをすり抜けていく。
こんなことをしょっちゅうやっているせいで私の隠密行動力は円熟の域に到達してしまった。
やがて見えてきたのは周りの建物よりも一際高く目立つ、白いドーム状の建物だった。
他の建物が石材なり木材なりコンクリートなりを積み上げて直線構造で形作られているのに対して、その建物のお椀をひっくり返して地面に置いたような極端な丸さは実に奇異なものだった。
その建物の周りはバックパックやポーチを携えこれから旅に出ると言わんばかりの冒険者たちや、そんな冒険者を目当てに物の売り買いにやってきた商人たちの出店で賑わっていた。
そう、この街中に突如出現したドームこそが地下都市への入り口である。
人混みをいつものようにひょいひょいとすり抜けながら、ドームの麓まで足を進める。
ドームの内部へと続く門、そこには検問所がありそこにいる冒険者組合の職員が冒険者に身分証――――――この場合は冒険者証の提示を求めていた。
別にそのまますり抜けても構わないのだが、体裁が悪いので私も隠形を解いて素直に冒険者証を提示する。
ジャケットの内ポケットのパスケースに収められている冒険者証には名前、現在の住所、冒険者等級、顔写真などが記されている。
なんとこの世界、写真がすでに普及しているのである、カラーで。
どうやらプレイヤーが写真の原理を持ち込んだうえで足りない技術をこの世界特有の魔法技術や錬金術で補った結果らしい。専門の写真屋でなければまだ自由に撮影できずコストも高いが、こうして冒険者証に使われるくらいに普及している。
ドームの内部に踏み込んで、松明の灯された薄暗い廊下を進んでいくとやがて開けた場所に到達する。
そこはちょっとした野球場程度の広さがある場所で、天井はここがあのドームの内部だと示すように丸みを帯びていた。
そして地面には大きな魔法陣が六つ敷かれており、その上あるいはその周りに冒険者達がたむろしていた。
やがて一つの魔法陣の近くにいた人物――――――組合の職員が声をかけると、周りにいた冒険者のうち何人かがその魔法陣の上に移動した。それを見届けた職員が魔法陣を起動させると、そこにいた冒険者たちは光とともに消えていった。
これが地下都市第一層のへの入り方である。
それぞれの魔法陣の上に人が立った状態で魔法陣を起動させると地下へと移動させられる。そして六つある魔法陣はそれぞれ第一層内でも送られる場所が違うので、入るときには目当ての魔法陣をあらかじめ見繕っておく必要がある。
ただ、ゲーム時代はプレイヤーが自由に起動させて良かったのだが、今では組合の職員が管理して一度に送る定員を決めているようだ。
――――――というかそもそも冒険者組合自体、現実化の後に作られた組織だ。
かつて冒険者といえば大体プレイヤーのことであり、NPCの冒険者はあくまで協力者や世界観を彩るモブといった扱いだった。
しかし現実になった今、現在はネイティブと呼ばれるようになった
というわけでその日の食事にも困る貧困層の人間、夢を追って都会に来たけど金が無い若者、暴力を振るうことしか能のない乱暴者………などといった云わば『問題のある人間』、『実力が足りていない人間』までもが冒険者を自称してダンジョンに赴くようになった。
名ばかりで実力の伴わない冒険者の急増、集団モラルの低下による冒険者への周囲の心証の悪化、といった諸問題を受けて既存の冒険者たちと公権力が結びつき、これらの問題の解決に着手することになった。
これが冒険者を登録・管理する『冒険者組合』の始まりである。
昔に比べて冒険者がある程度組織化され不自由なことも多くなった、と嘆く古参の冒険者もいる。
私も少し面倒なことが多くなったし、ぶっちゃけると組合から距離を置きたい(というか少し組合からは睨まれている)人間なのだが、それでも組合の事業には理解を示すし長い目で見れば彼らの活動は有意義なことが多いだろう。
少なくとも食い詰めた子供がせめてもの駄賃稼ぎにダンジョンに入って死んだりという事件はなくなったのだから。
そんなことを考えながら、目当ての魔法陣の近くで起動待ちをする。
ぼーっと突っ立っている私だがその間にも自分に注がれる視線を感じていた。
隠形を解除したまま入ってきたのだから仕方がない。既にある程度の注目を浴びている状態で再発動しても意味はないので甘んじて視線を受ける。………落ち着かないが。
視線の感じからして、こちらを見ている人間のうち三割が興味、二割が畏怖、残り五割が目の保養気分。ちなみにその五割の内、何人かは劣情込みである。このロリコンめが。
私に視線を寄こしている人間はこちらを遠巻きに見るばかりで、近寄ってくる人間はいない。
普通なら私のような幼くも愛らしい美少女(自賛)がこのような物騒な場所に一人でいれば心配するふりをして臨時でパーティを組んであわよくばお近づきになりたいと思う人間がいてもおかしくはないのだが(特に劣情込みの視線を向けている連中数名)。
ただその理由もわかる。
私の外見が問題なのだ。
冒険者の装備は基本実用性重視である。命を懸けているのだから当たり前の話といえる。
その中で外見重視の装備を持っているということは、そうするだけの余裕のある実力者、あるいは見た目と性能を両立した装備を作れる職人とのコネクションがある人間である。
なので冒険者の界隈で明らかにネタにしか見えない装備をした人間は本当にネタにしかならないか、よほどの強者かのどちらかである。
というか、「変な格好した冒険者は大体プレイヤー」というのが冒険差たちの間で暗黙の了解になっている。
さらに言うと、冒険者は基本肉体労働である関係で、男女比では男の方が多く、ましてや幼い少女などほとんどいない。
なので『幼い少女でありながら強者の証である冒険者として場違いな服装をしている私』はもう「自分はプレイヤーです」という看板をぶら下げているようなものである。
そして冒険者をやっているプレイヤーは大体強いというのが大まかな認識なので、私は周囲から全く心配されていないのである。
ただ、もう一つの理由として私がこの街の冒険者の中でそれなりに有名だというのもある。
外見から推理するまでもなく、私のことを知っている人間は多いのだ。
そう思って少し聞き耳を立ててみると、周りの会話が少し耳に入ってきた。
「………おい、あれってまさか『青薔薇』か………?」
「本物だ………………久しぶりに見たな。間違っても声かけんなよ。」
「あぁ、知ってる。………ここでアイツ口説こうとしたオッサンが両手足圧し折られて再起不能になったとか………。」
「あれ、そのオッサンが『冒険者狩り』だったって聞いたけど………。」
「それはちげーよ………。『冒険者狩り』は挽き肉にされたヤツだって………。」
「なんだそれ………初めて聞いたけど。」
「あぁ、それはな………………。」
…………………何も聞かなかったことにしよう。
こちらに聞こえているとも知らずに声を潜めている彼らのためにも聞こえなかったことにしよう。その方が良い………。
しかし話が変な方向に尾ひれがついていて困る。
セクハラおじさんは両足の膝に
『冒険者狩り』は別の冒険者に襲い掛かっているところをたまたま見つけたので背後から心臓を打ち抜いて――――――そのときに胸部が四散したのでやはり挽き肉案件だった。
(………早く開かないかなー………。)
気まずい居心地の悪さに耐えながら、私はおとなしくよいこで魔法陣の起動を待つのであった―――――――――。
『冒険者』
未開のフィールドを旅し、未踏のダンジョンに挑み、強大な魔物を打倒し、神秘の宝物を発見する………………というのが世間一般の冒険者に対するイメージ、あるいは理想である。
実際のところは大多数が組合から仲介された依頼を受ける何でも屋兼、町の近場のダンジョンでアイテムを拾ってくる採掘者といったところ。
難度の低い依頼や比較的安全に出入りできるダンジョンのアイテムなどは実入りが少ないが、逆に高額の報酬を求めると当然命の危険がある………正直なところ普通に働いていた方が安全だし収入もずっと安定する。
そんなわけで冒険者組合が定める『冒険者等級』のうち新米冒険者の等級である十級、九級辺りは、夢見がちな若者や仕事がないからとりあえず冒険者でもやろうという甘い考えの人間に現実を思い知らせる類の依頼が回される。
ここでの振るい落としを経ても冒険者一本で食べていけるようになるのは遠い道程である。
冒険者登録の際の誓約書には色々と書いてあるが要約すると「いつどこで野垂れ死にしても文句は言いません」ということ。